MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE 国産ミステリ・レビュー
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


10/04/20
初野 晴「初恋ソムリエ」(角川書店'09)

 第22回横溝正史賞を『水の時計』で受賞、『漆黒の王子』を発表したあと、しばらく沈黙を保っていた初野氏は近年に再ブレイクを果たす。(ある意味では早すぎたデビューだったということなのか)。本書は推理作家協会賞(短編部門)候補にもなった同題の表題作を含む『退出ゲーム』の続編にあたる作品集。

 高校で未経験の吹奏楽部に入部したチカは、幼馴染みのハルタと再会する。このハルタ、中性的な顔立ちで女性に人気があるのだが、なぜかチカの憧れる吹奏楽部顧問の草壁先生を巡る恋のライバルでもある――、といった二人も二年生。吹奏楽の甲子園「普門館」に出場するために、部員を少しでも増やして、さらに演奏の腕を上げる必要もある。  何者かが出入りする早朝の音楽室。吹奏楽部の自主練の校舎間のアンサンブル。そこに加わるイレギュラーな音色があった。プロの演奏家を目ざし、吹奏楽部とは一線を画している芹澤直子。チカは彼女に吹奏楽部への参加を乞うのだが……。 『スプリンググラフィ』
 チカのお気に入りのミニFM局。手作り感漂うこの局の名物人生相談に、どこか共感のもてる投書が送られていた。一方、お金のかかる吹奏楽部。予算アップを認める代わりに生徒会長からどこか謎めいた依頼を引き受けさせられる。幻のクラブ・地学研究会の部長に対する依頼であったが……。 『周波数は77.4MHz』
 大会に向けての練習の最中に顧問の草壁先生がダウン。なんと先生はライバル校・藤が咲高も手伝っていたのだという。もともと同校の顧問の先生が、なぜか謹慎しているためらしい。藤が咲の生徒を巻き込み、チカとハルタらは謎解きに乗り込むが。その先生――堺が急に何度もクラスの席替えを行った理由は? 『アスモデウスの視線』
 初恋研究会なる組織の代表・朝霧。芹澤直子の叔母が、その朝霧に自らの初恋を相談してしまったのだという。なぜか巻き込まれるハルタとチカ。その叔母が学生時代属していたある組織のなかで抱いていた恋心と、その裏側に隠されていた秘密とは。 『初恋ソムリエ』 以上四中編からなる作品集。

どこか全体に「借り物感」――が、うっすら漂うも、小粋でコミカルな青春小説としての筋も通す
 物語の大筋としては、社会学的な悩みを持つ男子とノンケ(といっても、これもブラコンorファザコンってことではないかい?)女子が同じ対象に憧れを抱きながら繰り広げられる、ある意味では古式ゆかしきラブコメディ。 物語の大筋という部分に新たな諸要素が次々投じられていることは理解できるものの、なぜかその投じられたモロモロが、特別な化学反応を引き起こすでもなく、筋書き的にはやはり古式ゆかしきラブコメディの筋書きに飲み込まれてゆくのが不思議といえば不思議か。ただ、その作者の懸命な努力の結果、安心できるけれども古びすぎていることもない、特別な青春ミステリという立ち位置を獲得していることもまた事実なのだ。
 ミステリとしてはそれぞれの作品に多少なりともトリックというか、アイデアが仕込んである点は好感。単に隠れた人間関係や伏せられた性癖のみでミステリを維持していない。(というか、大筋でそうであっても必ずアイデアがある)。少し気になるのは、そのアイデアもまた強烈に色づけされた各作品のゲスト登場人物に飲み込まれている点か。その登場人物たちの個性によって、恐らくは一見の読者は引率されてゆくのだろうが、こすっからい本格読みからすれば、そこで目立たなくひっそりと籠もっているトリックの方により愛おしさを感じたりする。(すみません、異常者ですんで)。
 もう一歩突っ込んだ話をすると、基本的には吹奏楽の甲子園を狙う生徒たちによって繰り広げられる少年漫画的な要素もある。昨日の競争相手は今日の親友。細かな謎を積み上げつつ、人間関係を深化させて大きな物語を創り上げてゆく手腕なんかも褒められて良いのではないかと思う。(ただ、これはシリーズが完結した際に振り返った方がよりよく判るとは思うが)。

 『退出ゲーム』の感想を書き損ねているので、本書が初登場状態で恐縮ですが。恐らく普段あまりミステリに接していないとか、接していてもライト層の方がより楽しく読めるように思われます。あと、文庫化されることでより広範なブレイクを手に入れられそうな予感。


10/04/19
北森 鴻「暁英 贋説・鹿鳴館」(徳間書店'10)

 北森鴻氏は二〇一〇年一月二五日、三時頃に逝去された。本書は『問題小説』二〇〇六年八月号から二〇一〇年二月号まで隔月連載(二〇〇七年一〇月号は休載)された作品で未完。結果的に最後の掲載となった二〇一〇年二月号の原稿は、二〇一〇年一月十四日に担当者宛にメールで届いたもので、その十一日後に急逝されたことになる。本サイトでほぼ全作品を網羅している(現段階『うさぎ幻化行』が勿体なくて読めないことを除けば)ことでもお判りの通り、個人的に大好きな作家の一人でした。美術、グルメユーモア、そして鮮やかな角度から切り取った歴史小説の数々。新本格ミステリのムーヴメントから世に出て、だけどしっかりと大人の鑑賞に堪える作品を生み続けた天才肌と職人肌の両方の特徴を併せ持つ希有な作家であったかと思います。心の底よりご冥福をお祈り申し上げます。

 表のテーマは「鹿鳴館時代」という一時代を創り上げた鹿鳴館という建物の秘密。既に取り壊されて現存しないのはもちろん、なぜこの館の設計図や資料が極端に残されていないのか。作家である津島好一は、この鹿鳴館を主題とした物語を作ろうとしていたが、その資料のあまりの少なさに四苦八苦していた。設計者であるジョサイア・コンドルの他の建造物の資料は残されているのに、鹿鳴館に関してだけは極端に少ないのだ。しかし、編集者の紹介である人物と出会ってから津島は、コンドルの、そして維新直後の明治に生きた人々の物語を紡ぎ始める――。明治十年、若き英国人建築家・コンドルは工部大学校顧問として日本政府から招かれ、学生教育と欧風建築の推進を依頼される。維新の後まだ日本国内は安定しておらず、治安も良くない。しかしコンドルは日本文化の魅力の虜となってゆく。そのコンドルには、日本行きの仲介をしてくれた世界的な商社ジャーディン・マセソン社からのある密命があった。先に日本に入り銀座一帯の整備を行ったウォートリスの行方を捜せというものだった。

北森鴻氏がもっとも力を入れて描いた時代と境遇の人物たち。完結していればさぞや……(涙)。
 本書が未完作品を北森氏の急逝をネタに無理矢理に本にした、と考える向きがいたとしてもおかしくない。……が、そんなつまらないことを理由に本書に手を出さないという読者が万一いるとするならば、ひと言いっておく。「もったいないこと」 結末が完全についていない点についてはもう残念というしかないのだが、本書内部で投げかけられた謎のうち、ある程度の目鼻はついているし、ヒントも作中にちりばめられている。それよりも何よりも、そこに至る過程の部分、つまり物語本体がミステリだのなんだのといったジャンル分けを峻拒するほどに濃く、手堅いのだ。明治期の様々な人間ドラマを読んでいるだけで、素で十分面白く、その周到さに舌を巻く。
 物語は、まず大きなメタというか、作者の分身のような作家が「鹿鳴館の謎に挑む」という主題を大枠に控えさせる。続いて鹿鳴館を設計した親日の建築家・ジョサイア・コンドルの来日後の様子と、彼が見聞きした内容についてが中心となって、実際はこちらが展開の中心だ。コンドルは、画家河鍋暁斎に弟子入りし、「暁英」という雅号をもらい、日本人女性と結婚するに至る人物。来日直後、曇りのない状態からの彼の目を通じて、明治維新後の人々や政治家たちの様子が巧い。この時代ならではの一筋縄でいかない様子や、腹に一物ある様子。そういった描写や演出がうまい。
 また、維新そのものだけではなく、その後の世情や政治のパワーバランス、こういったところを見据えて、当時の大物たちが採用した手段ややり方など、全方位を見据えての判断や決断があったことも、また作品から伝わってくる。北森氏が、暁英/コンドルという異色外国人の活躍を描きたかったことはまた間違いないのだが、彼の視点を通じての、維新後・明治時代の激動史までもが読者に届くというものだ。では、なぜ鹿鳴館だけがコンドルの生涯のなかでも異色の建築物となっているのか。その答えは明確には描かれていない。が、その部分が否応なく読者の想像に委ねられるというのも、こうなっては悪くないように思える。

 筆に油がのっているというか。人物描写に冴えがあり、物語の起伏は大きく、歴史の検証は緻密かつ丁寧。小説家としての足許も確かで、なんといってもその取材力・応用力に素晴らしい才のあった作家だったかと思う。本書のみならず、北森さんの手によって物語になるはずの話がまだまだあったはず。残念でならない。


10/04/18
百田尚樹「モンスター」(幻冬舎'10)

 百田尚樹氏は1956年大阪生まれ。放送作家として「探偵ナイトスクープ!」などの番組で活躍後、2006年に『永遠の0(ゼロ)』にて作家デビュー。スポーツ青春小説『ボックス!』ほかの著書がある。本書は書き下ろしの長編作品。

 瀬戸内海に面した古い町。かつてはK興産という会社が幅をきかせており人口も七万人を超えていたが、現在は四万人程度で、その人数はそう変わらない。その街を訪れた、地元の人が初めてみるような美人女性。モデルでは、いやタレントでは、という街の噂が拡がるなか、彼女はペンションを改装し、町はずれでレストランを開業した。その町では破格という程、高めの単価設定だったにもかかわらずそのレストラン『オンディーヌ』は美人オーナー・鈴原美帆の存在と共に繁盛する。しかし、美帆の正体はかつてその町で育ち、化け物ともモンスターともいわれるほどの醜貌を持っていた田淵和子。容貌でひどいコンプレックスを持っていた彼女は、同級生らにひどい目に遭わされ続け、また好きになった相手からも冷たい仕打ちに遭う。あるきっかけから町を出た和子は、整形に整形を重ねて現在の顔を手に入れたのだ。そんな彼女はかつての同級生らに復讐を開始するが、彼女が町に戻った理由は他にもあった……。

顔なんて人間の皮一枚。とはいえ、その皮一枚の重みが響く、女性の数奇な運命を辿った物語
 現在進行形の物語と、その主人公による過去の回想が並行して描かれる。ひとことでいえば、醜貌を持った女性が、その恨みを超絶美人になることで果たしてゆくという物語。単に、顔だけで女性の価値を判断するようなバカな男たちへの復讐という側面だけではなく、(残念ながら)本来の容貌では成就しなかった恋を叶える物語でもあるのだ。その後者があるゆえに、後味が悪いだけの物語となっていない。
 作者は整形そのものの是非については意見を保留している印象。どうしても、これだけ顔にメスを入れ続けたという話を聞くと、顔面の方がその負荷に耐えられなくなって、更に二目見られないようなひどいことになる――という先入観があるのだが、本書の結末にその方面の失敗は採用されていない。その命が尽きるまで顔は美しいまま。ただ本人は手術や、その手術費用を得るための職業の結果、本来よりも命を削って生活することを余儀なくされているようだが。
 さまざまなところで述べられている、美人と不細工に関する人々の考え方が残酷でユニークで本質的。ストーリー自体は平凡なので印象に長く残らないと正直思うのだが、本書にて述べられている美人論などにインパクトある意見が幾つかあった。(高学歴・高収入の男が、美人女性を配偶者にする結果、その子どもたちも容貌が整って……というスパイラルが日本に存在することであるとか、整形に対して無責任に「前の方が良かった」という偽善オヤジだとか。また、工場勤務時に最初の整形をしてから、彼女が開き直ってゆく過程などにも異様なリアルと迫力が籠もっている。
 また、モンスターという題名、一義的には主人公がかつてその醜貌ゆえにモンスターと呼ばれていたというエピソードから採られたように読めるが、恐らくはこの主人公の生き方そのものが既に人間離れした「モンスター」であるというダブルミーニングがあるように思う。

 どういうサスペンス、どういうサイコホラーになるのかと、読みながら戦々恐々としていた部分はあるのだが、結末部分に至るとそのどちらとも異なる展開となっていて少し驚いたというか安心したというか。しかし、ここに至ってしまうと物語の幕の引き方はこうしかないのだろうねえ。


10/04/17
飴村 行「粘膜兄弟」(角川ホラー文庫'10)

 飴村氏は『粘膜人間』にて第15回日本ホラー小説大賞長編賞を受賞してデビュー。同シリーズの二冊目となる『粘膜蜥蜴』は年末ランキングで高い評価を受け、さらになぜか(?)長編および連作短編集部門にて、第63回日本推理作家協会賞を受賞する。本作は「粘膜」シリーズ三冊目、同賞受賞後の第一作目ということになる。書き下ろし。

 他の粘膜と世界を同じくする日本のある田舎 ――須川磨太吉と矢太吉という双子の兄弟がいた。究極の世間知らずという彼らの生計が立つのは、フグリ豚を妻とする変態爺でありながら、豚のことに関する知識では帝大の博士を凌ぐというヘモやんという老人が同居しているから。戦争の不穏な空気が漂うなか、二人は駅前のカフェーで働くゆず子という女給に執心していた。双子なので女性の好みも全く同じなのである。美人で愛嬌のある彼女は人気が高く、兄弟は名前すらまともに覚えてもらっていなかったのだが、あることをきっかけにゆず子は食事をしようと彼らに提案してきた。しかも二人で一度ではなく、一人一人別々にチャンスがあるのだという。弟の矢太吉は、洋服屋の勧められるままに服を買い込み、ちんどん屋のような格好をしてゆず子をエスコートするが、向かった先はなぜか支那そば屋。さらにそこで彼女に対して大失態をおかしてしまう。彼らのあとをつけていた兄の磨太吉は憤然と去っていくゆず子を追いかけたが、どうフォローするか逡巡しているうちに、ゆず子は町で一番のヤクザもの城田に絡まれてしまう。

粘膜シリーズ初の恋愛小説。どろどろでハッピー、アンラッキー。そしてヘモやんの個性が強烈
 新登場(だよね確か)の謎の高級家畜・フグリ豚、それに前触れなく兄弟のところを訪れ、空間を開いて(八雲紫か?)矢太吉だけを集中的にタコ殴りにしては去ってゆく黒助などの新要素が幾つかみられるものの、太平洋戦争風の戦争をしている日本風の国(つまりはパラレルワールド)においての物語という意味で、従来の粘膜シリーズという重要な枠組みについては変わりない。 健康な男は徴兵され、南方戦線へと向かわされる。
 先に不満を言っておくと、主人公にあたる双子の兄・磨太吉の考え方、神経が常識的・まとも。弟の矢太吉のぶっ飛び加減に比べると、双子にしては頭脳レベルが違いすぎ。さらに途中で彼にベタ惚れになるゆず子ともども、恋愛部分は普通のメロドラマ(しかも超純愛)にて進んでゆく。 ご近所様に配るための配慮でもしてしまったのだろうか。粘膜シリーズたるものは、こんな甘っちょろいことではいかんと思うのだ。(あくまで個人的にだが)
 一方、良いところは、やはりヘモやんなるフグリ豚飼育の天才爺さんののぶっ飛び加減。 本件に関しては余人には真似できない変態度の高い人物を創り上げることに成功している。女よりもフグリ豚を妻もかくあらんというほどに愛し、でも一方で最高の状態で食べてしまう。一種素直な性格で、だけど兄弟に対する忠義は一途。ふと思いついたのだが、本作が芯からヘモやん視点の物語で描写ができていたならば、さらに狂気に溢れた傑作になっていた可能性がある。(読みたくないが)
 一方で、細かな「粘膜」節は引き続き成立。個人的にはジャングル内部にいる動物たちがツボでした。蜥蜴人間といった種族も引き続き登場して味わいを深めているのも良し。オチはさすがに伏線が見え見えなので事前に想像していた通りであったものの、細かな点で読者の期待を良くも悪くも裏切っている部分あり、ミステリ的手法も使われているといえよう。(が、本質はあくまでR指定付きホラー・ファンタジーである。

 あくまで比較の問題ながら、純な恋愛小説が含まれている分読みやすさは「粘膜」シリーズのなかで本作が一番上。ただ、エンタメの要素や斬新さといった部分では『蜥蜴』『人間』に微妙に落ちるように思われる。ただシリーズは好きなので、この物語を想像力が尽きるまで続けて欲しいところ。


10/04/16
山口芳広「100人館の殺人」(東京創元社'10)

 2007年『雲上都市の大冒険』で第17回鮎川哲也賞を受賞してデビューした山口氏は、同じシリーズである『豪華客船エリス号の大冒険』を刊行。一方、これらと同じ世界の延長ながら、時代を現代近くに設定し登場人物に互いに親戚関係があるといった世界を舞台にした『妖精島の殺人』『学園島の殺人』という著作がある。本書はそれらとシリーズとしては異なるが、世界は重なっている。

 大学を卒業してから四年、元プログラマで現在無職の神尾智彦は、一ヶ月前から大富豪・高崎幸之助の邸宅で住み込みメイドの仕事をしている妹の結衣子からのメールを受け取った。館で死人が出るかもしれないからすぐに来て欲しいというのだ。両親を早くに亡くし、叔母夫婦に育てられた神尾兄妹。智彦はその叔母に事情を話したところ、なぜか叔母は同級生だったという名探偵・西園寺剛三を紹介してくれた。なぜかその西園寺と共に、豪雨が降るなか館に向かうことになった智彦。嵐の館だとかクローズドサークルだとか訳の分からないことをいっては盛り上がる探偵・西園寺。果たして山奥にある豪邸に到着した二人。しかし、当主の親戚や従業員、さらに当主が募集したという新製品の枕のモニターという人間たちが百人近くが館の内部にいた。怒った西園寺は帰ろうとするが、唯一の通り道にかかった橋が爆破されて通行が出来ない。館に仕方なく戻ったところ、当主がモニターたちの前で余興で行った手品の最中、不自然な状況で頭を殴られて殺されるという事件が発生していた。しかし、容疑者は百人……。

古典的本格ミステリの約束を逆手に取ったパロディーでもあり、オリジナルの本格ミステリでもあるが……。
 大富豪が建てた人里離れたお屋敷。メイドに執事といった使用人。遺産相続を巡る争い。当主は不可能状況で殺害され、暴風雨に唯一の通路が遮断されて外界との連絡が閉ざされてしまう。名探偵の名前は西園寺剛三、ワトソン役の名前は神尾智彦。(ミステリ的に)ごく普通の二人は、ごく普通の依頼を受け、ごく普通に館を訪れました。でも、(ミステリ的に)ただ一つ違っていたのは、館には100人もの人間がいたのです。
 最後にやって来た新本格ミステリ作家・山口芳広による、本格であり、本格パロディでもあるというミステリ。この屋敷、クローズドされた状況、不可能殺人、遺産相続といったキーワードは、こうやって新たに取り上げられてみるに、何らかのかたちのパロディとしてしか機能しない。こういった説明を現代にて存在しうるように通用させようにも、そのパターンも限られた幾つかしかなく(曰く、主人が人間嫌いだった、身内の呼吸器系の療養のため……)、もはやガジェットとしての館だけではなく、その存在理由も含めてがパロディの対象であってもおかしくないところにきている。
 ただ、本作は100人の容疑者(に成り得る人物)がいました、ちゃんちゃんではなく、作者お得意の不可能犯罪をきっちりとトリックを踏まえたかたちで投影している点は評価したい。百人もの人間がいる状態で実施する必要あったのか(もう少し少ない方が確実だろう)という点は疑問が残るにせよ、トリックらしいトリックは悪くない。個人的には、その背後にある錯綜する人間関係や思惑といったところ(これも100人と関係はある)が、こねられすぎているように思われた点がマイナス。木を隠すには林のなかに、というが、結局ストーリーに絡める人数は限られてしまう一方、できるだけ多くの人間を物語に絡ませようという努力とが空回りしているというか。ワトソン役に整理できない人間関係を理解するのは読者にも無理なのだ。

 ただ、ミステリとしてのどんでん返しを考えた場合には、これだけ人数がいるなか単に別人が犯人というのではなく、効果のあるなし関係なくきっちり構図を作っておいて、丁寧にひっくり返している本作に好感が持てるのも事実。なので、トリックのためのミステリであり、大真面目に本格をしている一方、強烈なバカミスな香りがするという独特の作品である。個人的には楽しめたが、オールド新本格ファンあたり(オールドなのに新とはこれいかに?)以外には、あまり受けなさそうな部分が一つ問題ではある。


10/04/15
貫井徳郎「明日の空」(集英社'10)

 これまで直木賞候補には入るものの、あまり賞には縁のなかった貫井徳郎氏。しかし2010年に入り『乱反射』で第63回日本推理作家協会賞を、『後悔と真実の色』で第23回山本周五郎賞を立て続けに受賞することとなった(おめでとうございます!)。本書は両賞受賞後第一作目となる短めの長編作品。書き下ろし。

 両親は日本人。しかし父親の仕事の都合で米国で生まれ、十七歳になるまでずっとアメリカで育った真辺栄美(まなべえいみ)。しかしついに親が帰国することになり、高校生である彼女もまた日本に戻って転校することになった。家では日本語を喋っていたものの、英語の方が得意な彼女は、父親のアドバイスもあり米国流の自己主張は控えめにし、目立たないように新たな学園生活を送ることになる。米国時代と同様エイミーと呼ばれて、少しずつ友人も出来、学校に溶け込んできた彼女は、飛鳥部という格好いい同級生と少しずつ仲良くなってゆく。また、彼女はクロウと渾名され、父親が警察に捕まったことで暮らすから仲間外れにされる小金井の立場に違和感を覚えていた――。
 大学生のユージは、生きた英語を学ぶため六本木で外国人相手の店案内でチップを稼いでいた。多少のトラブルはあってもおおむね順調ななか、小さな猫を抱いた黒人に声を掛けられる。アンディと名乗ったその男は、捨て猫の飼い主を捜して欲しいとユージに依頼する。その事件がきっかけでアンディとユージはよくつるんで遊ぶようになってゆくが、時折アンディは意味があるのかないのかよく判らない、謎めいた行動を取るのだった――。

瑞々しい少年少女による青春ストーリー。一方でその裏側にある苦みが、読者の死角から浮かび上がる
 貫井さんの作品である以上、普通の青春ものではないはず……と疑って読み始めたのも束の間、その騙されないぞ、という気持ちがいつの間にやらどこかに霧散してしまっている。というのは、学園ものといいながら、視点人物の造形が巧みで普通の小説のそれとは一線を画しているのだ。第一章においては帰国子女、しかも生まれてこの方ずっと米国暮らしだった女子高生。日本語で思考しており、文章でトレースできているものの、価値基準であるとか、感覚であるとか、人間や物事の距離感といったところ全てが日本人離れしている(ように読める)。一方、学園生活そのものは、いわゆる普通の高校生のそれ。普通の日本人の感覚では「当たり前」となるところが、価値観の異なる視点人物を通すことで「新鮮」に変わるのだ。
 一方、二章の主人公は大学生。この大学生・ユージは発想が合理的で思い切りが良いこと、つまり語学の勉強をするのに六本木でキャッチセールス(?)のような行為をするという発想はユニークだし、チップを貰うという考え方も合理的。また黒人のアンディと真剣に友人関係を結んでゆく様子が描写され、どこかこちらは清々しい爽やかさが感じられるのだ。
 高校生と大学生というのは、普通でいえば交わることはなく、第一章にも第二章にも、ところどころ引っ掛かるような描写や光景はあったとはいえ、登場人物に重なりはないし……、というところで爆弾・第三章がバクハツする。
 ただ、サプライズとしては「ああ、なるほど」というもの。ヒントや伏線が丁寧に張られている分、驚天動地のサプライズといった趣ではない。……が、個人的には本書で明かされる真相には、さまざまな寓意と日本人独特の文化(への批判)が込められているような気がしてならない。別に米国礼賛というものではない。が、米国文化を通じて日本をみることで、例えば行き過ぎた全体主義、連帯責任、もちろん人種差別やさまざまな偏見といった苦みがじんわりと浮かんでくるのだ。しかも正面から批判を批判として描くことを意図しない。あくまで物語のなかの構成として、だけど読者が想像していないところからハンマーが飛んでくる。それに物語自体はもとから日本人の批判など意図した構成ではない。そこにミステリとしてのサプライズと、その苦みを同時に成立させ、創作された世界の奥行きを深めているといるところが貫井氏の円熟した巧さであろう。

 ボリュームとしてはそれほどでもなく、近年の貫井作品に登場してきたような底抜けの悪意といった毒も少ない。(無いとはいわない)。ストレートな青春小説として味わったあと、別角度からの不意打ちを食らって喜ぶ(?)、毒に顔を顰める。こういった感覚とともに手に取るのが、本書の正しい読み方のように思いますが如何でしょうか。


10/04/14
奥田英朗「町長選挙」(文春文庫'09)

 奥田英朗の隠れた(?)人気シリーズ・変人精神科医・伊良部が登場、『イン・ザ・プール』『空中ブランコ』に続く三冊目の短編集。二〇〇六年に文藝春秋から刊行されたソフトカバーが元版。最初から『オール讀物』二〇〇五年1月号、4月号、7月号、二〇〇六年1月号にて発表された作品が収録されている。

 一介の政治部記者からたたき上げで現在は新聞社オーナーとなった田辺、通称ナベマン。もう老齢に差し掛かった彼にはまだ大志があったが、周囲は足を引っ張ろうとしマスコミもあることないことかき立てる。田辺自身はめまいや閉所恐怖症をはじめ、様々な障害が出始めていたのだが我慢を続け……。 『オーナー』
 IT業界の風雲児・安保貴明。インターネットビジネスからラジオ局買収まで、現在は知名度が上がることに快感を覚える日々。しかしPCばかり使っているせいか、簡単なひらがなが書けなくなってきてしまう。 『アンポンマン』
 四十代半ばの年齢ながら「若さ」が取り柄の女優・白木カオル。何かを食べると衝動的にその分カロリー消費をしたくなるという衝動を抑えることが出来ない。見栄の張る食事の後、ところ構わず運動を開始する彼女に周囲は引いてゆく。 『カリスマ稼業』
 伊豆半島の沖合にある千寿島。行政上は東京都のこの島では四年に一度、島を二分する町長選挙が行われる。実弾攻撃は当たり前、役所内でも二派に別れて対立。出向でこの島の役所に勤める二十四歳の良平は、両派の板挟みで辛い目に遭う。その島に派遣医師として伊良部とマユミのコンビが……。 『町長選挙』 以上四編。

頑張ることは良いこと。だけど肩の力を時々抜かないと、という説話をアホさ加減満載で描き出す
 本書を手に取る読者のうち99.99%は共感できない、というか少なくとも同じ立場に立つことはないだろう、という特殊な人々が本書の患者である。……少なくとも前二作にてモデルにされた人物はすぐに思い浮かぶ。また女優に関しては特定の誰かということはないのかもしれないが、ある程度は女優(セレブ?)同士の争いはゴシップ的に想像も付くし、作品内でサイボーグだとか揶揄されている女性なんかにはモデルがいますわな。さらに今から五年後、十年後の読者が「ああ、あの人」といえるかどうかは分かりませんが)。
 読者側に親和性を求めず、テレビの向こう側にありそうなことを面白可笑しく描写する、というのが本書のポイント。 毎日テレビカメラに追いかけられて大変だなあ、とか裸の王様みたいな状態は厭だよなあ、とか。そういうレベルの同情を読者から引き出すことに長けている。そして、そのテクニックがめちゃくちゃ巧いのだ。
 そんな彼らを治療(?)する伊良部。欲望に忠実で世間知らず、父親が医師会の要職にあるという無敵状態のぼんぼん、しかもオバカときた。実は、本作における伊良部は大した役割を(それぞれの患者に対しては)果たしていない。何か見えない敵と戦っている彼らの肩の力をほんの少し抜いてやるだけなのだ。……が、そこに至る方法であるとか、言動であるとかはまさにオバカ。幼児性溢れた愛すべき自己中心主義者。調子に乗るとつけあがるが、ちょっとしたことで怯えてすねるといった伊良部の困ったちゃんぶりは本書最終話に詳しいが、全体としてはなぜか良い方向に話が進んでいる、というのが良いです。

 もう一つ、この文庫版を手にとって思ったのだが、解説は無し。それがむしろ良い感じ。本書の場合は、面白さがダイレクトに読者に伝わるタイプの小説であるため、物語のラスト=本のラストというバランスが心地よい。 ちょっとしたことであるのだが、わざとそうしているのであれば粋な計らいであるといえるだろう。本書から読もうが最初から読もうが全然構わない、更に読者も選ばない。万人に向けてよく出来たエンターテインメントシリーズかと思う。


10/04/13
折原 一「赤い森」(祥伝社'10)

 『黒い森』と対をなす赤っぽい装画が特徴。三つの中編によって成り立っており、『樹海伝説』『鬼頭家の惨劇』は、それぞれ2002年、2003年に祥伝社ノン・ポシェット(祥伝社の文庫シリーズ)の400円文庫として刊行済。これらに新たに書き下ろされた『赤い森 鬼頭家の秘密』が加えられて単行本化されたもの。

 「あの家で何が起こったのか、実際のところ、誰も知らないんだ」 亭主が作家で妻が画家。美しい双子の娘の四人家族。十年くらい前、創作に行き詰まった亭主の希望で、樹海の中にある一軒家に移り住んだ家族。静かな環境で執筆するため、森の中にある山荘は改装された。自殺者の多い樹海。その家も事件が発生してから、誰も訪れる者がいなくなり、樹海に飲まれかかっているという。物好きな若者がその山荘を訪ねようとしたものの『遭難記』と呼ばれる手記を残したまま、死亡していたのが発見される。民宿でその話を聞いた、大学のハイキングクラブの部長は、その山荘を訪問するプランを提案する。部員の多くは尻込みしたり、事情で帰宅しなければなるなか、部長の恋人と一人の下級生が手を挙げる。鬼頭家の山荘。そこに近づこうとする彼らを後から追いかける、部長の恋人に対してストーカー行為をしていた人物。そして辿り着いたその山荘には何かの気配が残っている。そして自衛のため、野望のため、彼らがとった行動とは……。

よくよく読むと人を食った最初の頁。高まるサスペンスと乗数効果で拡がる混乱。真実は何処に……?
 祥伝社創立40周年記念作品ということなのだが、元々のベースである『樹海伝説』も『鬼頭家の惨劇』も、祥伝社400円文庫のラインナップとして刊行されてから読んでいる。たぶん7〜8年前くらい? ただ、それらは中編一冊を構成し、さらにその内容にて二転三転を期した作品であった。従って場面の濃密な描写と、逆にわざと端折った描写の双方によって、眩瞑感を強く感じさせ、さらに論理で突き詰めて納得させられるというよりもサスペンスで引っ張り、混乱の渦にたたき込むというタイプの作品だったと記憶……というのは間違っていなかった。
 さらに、ごくごく短いとはいえ近年の折原作品ではしばしば登場する「袋とじ」が加わり、一連の樹海の事件の混乱と謎がさらに深くなってゆく……という展開となっている。
 ――ただ、残念ながら、後から実はこうなのでした!……とやられても、元の作品がやはり伏線というには伏線が多く、誰がどういう理由で誰を殺した、という部分に妄想やらフェイクやらが入り込み過ぎて、訳分からないを越えて、「もう真実なんてどうでもいい」という気分にさせられているカンジ。正直。結末を知りたくて読み進めるわけではあるものの、実際読み終わると、その結末を知りたいという気持ちで読まされている経過そのものが本書の価値だったということに気付かされる。(判るかな?)

 肯定的にみた場合は、このサスペンスと、混乱した感覚を楽しむのが本書の味わい方になるのではないだろうか。
 歌野晶午氏も本書に似た構成の単行本を出しているし、四百円文庫の同一テーマを四つ束ねてノベルズが出ていたこともあるしで、非常に再生産率の高いテキストである。文庫自体に買った読者が舐められているとか、そういうつもりはないとは思うけれど、なんとなちょっともやもやした気分ではある。


10/04/12
平山夢明「ダイナー」(ポプラ社'09)

 個人的には刊行年度に読み逃した作品。傑作との呼び声高く、少し悔しい思いをしました。『このミステリーがすごい!2010』でも第15位を獲得している長編作品で、ポプラ社のWebマガジン「ポプラビーチ」に連載された作品に半分以上の加筆を加えたもの。

 街を仕切る犯罪組織によって運営されるダイナー(定食屋)《キャンティーン》。めちゃくちゃに美味いハンバーガーと良質の酒を提供するこの店、入り口は厳重に固められており、訪れることができるのは殺し屋ばかり。雇われマスターとしてこの店を切り盛りするのは、ハンバーガー作りの名手で、自分自身かつては組織の殺し屋だったというボンベロだ。この店で最も安い命はウェイトレスのそれ。オオバカナコ30歳は離婚歴があり、ちょっとした遊ぶ金欲しさに裏サイトの仕事を請け負うことになる。車を運転するだけという筈だったが組織に捕まり、拷問されてしまう。結果的に彼女は《キャンティーン》に買われ、ウェイトレスとなった。気に入らないと(気にいると)すぐに彼女を殺そうとするボンベロや客たち。しかし、カナコは近々ボスが飲むために店に置いてあった超高級ウォッカを隠し通すことで自分が生き残るための切り札を(一時的に)手に入れ、ウェイトレスとして働き出した。全身傷だらけの客、子供にしか見えない客。それぞれが特徴ある、そして殺し屋たちだった。店とボンベロそして、入院先から戻ってきた犬の菊千代、彼らが辿る運命とは。

殺されそうになり、人殺しに囲まれ、銃火のスキマで逞しく成長するウェイトレス。これってビルドゥイングスロマン?
 平山夢明氏の作品で、ダイナー(食堂)っていう題名。詳しく調べないまま思い込んだ。間違いなく、これは人を食う話だと。人を食った話ではないよ。きっと悪趣味な悪食、それに超常現象が絡むか、人型ながら別の思考回路で動く何かが出てきて、どろどろのぐちゃぐちゃに違いない。絶対そうだ。……と思ったわけですよ。 失礼ながら、平山夢明さん自身が、そういう所業を繰り返してきたわけで、超常現象も人知を越えたモンスターもSFもない。日本のどこか、この世の延長を感じさせる世界で、比較的真面目に殺人ゲームが行わているなんて普通想像しない。
 が、その想像を良い方向に裏切るのが本作。
 序盤から読者の吸引力が凄い。いわゆる「安い」女が、低料金で買われて、すぐに命を喪いそうな職場で淡々と働き出す冒頭から、ぐいぐい物語に引き込まれてしまう。全体的に漂う疾走感が、人間の悲鳴やグロをかき消し、究極ともいえるクローズドの状態がすなわち安全地帯の一種として読者の安心感を誘う。 この微妙なバランスが計算だとすると巧すぎる。
 また、次々と登場する個性豊かな殺し屋たち。本来部品であある筈のカナコに徐々に心を開いてしまう客やボンベロ。組織の、ボンベロの過去が少しずつ浮かび上がってくるような物語展開。何よりも、いきなり連れてこられて便器までナメさせられたカナコの存在感が少しずつ上昇していく様が心地よい。もう一つ、ボンベロが作るハンバーガーがめちゃくちゃ美味そうなんですけど。横に死体が転がっているような環境はとにかく。
 物語の展開のなか、主要登場人物以外の個性的な人物含め、とにかく登場人物は次々利用され、壊され、店のなかだろうが外だろうが、死体が大量に転がってゆく。そこに作者の情はなく、元よりボンベロやカナコにもほとんど情がない。この突き放し方や、微妙に存在しているミステリの要素などなど、他の作品と対比しようのない魅力が本作にあります。

 ある意味、実話系ホラーと超常系ホラーという二大・平山作品の系譜から一歩離れた作品である。推理作家協会賞を取ったから後からミステリ風にしたとか、そういう意味ではなく、非日常ではあるけれど現実と繋がっていなくもないという新たなスペースを、平山氏自らがグルーブ感溢れる作品舞台に選んだという点に最大の魅力を覚えるところ。


10/04/11
鯨統一郎「今宵、バーで謎解きを」(光文社カッパノベルス'10)

 『九つの殺人メルヘン』『浦島太郎の真相』と続いてきた、アリバイ崩しの達人・桜川東子による安楽椅子探偵シリーズの三冊目。西欧お伽話から日本昔話ときて、今回のテーマはギリシャ神話。物語の数も、なぜか9→8→7と減ってきている。『ジャーロ』二〇〇八年春号〜二〇〇九年秋号にかけて掲載された作品がまとめられている。

 糖尿病に冒された七十七歳の老人と二十六歳の新婦。殺されたのは新婦の方。コックでもある彼女の元カレが訪問していたその直後の事件だった……。 『ゼウスの末裔たち』
 夫婦二人暮らしの妻が焼死。夫は飲み会に出ていたというが、実は浮気をしていた。彼らが飼っていたネコが現場から逃げ出せたのが不幸中の幸い……。 『アリアドネの糸』
 幽霊が出ると怯えていた男が殺された。その首につけられた指紋は、三年前に入水して死んだはずの、彼の恋人の元ソープ嬢のものだった……。『トロイアの贈り物』
 肉体派の体育教師が体育館で殺害された。ダイイングメッセージは手で書き残した「H」そして携帯には、女子生徒を彼がレイプしたとの告白が……。 『ヘラクレスの棺』
 若い女性を教祖とする新興宗教のナンバー2が大金を持って失踪した。その男・安河内はかなり大金を教団に貢いでその地位に上っていたのだが……。 『メデューサの呪い』
 愛人の住むマンションの屋上から転落して死んだ男。しかしその愛人は男が来ていたことに気付かなかったという。男の妻は資産家で逆玉の輿カップルだったのだが……。 『スピンクスの問い』
 中小企業の若社長が殺害された。その父親は事業をしていたがうまくいっておらず、一族には金持ちと貧乏が点在している状態だった……。動機は誰に……? 『パンドラの真実』 以上七編。

ワイン+チーズの味わい、小学校の頃の流行りとか、そして難事件が、それぞれ7パターン
 初登場時は女子大生、二冊目では大学院生。三冊目の本作でもまだ大学院生になるのだろうか。バーの片隅でお酒を傾ける一方、謎の盛り上がりをみせるヤクドシトリオが繰り出す事件の謎を鮮やかに解き明かす。即ち自称ライターの山内の「ヤ」、元刑事で現在は探偵事務所を営む工藤の「クド」、そしてバーのマスター島内の「シ」。四十二歳の厄年に知り合った三人組による掛け合いが前半の読みどころ、そしてその謎を、要求する一つ二つのヒントで蓋然性の高い答えを導き出してしまうクールな東子が後半の読みどころだ。毎回感心するのだが、一冊分の短編に同じパターンで異なるバリエーションを作品数分だけ用意してしまう、のは裏の見えないところに作者の大変な努力が必要だと思うのだけれども、あいかわらずに各作品さらっと流してしまっている。実は凄いこと。覚えておきましょう。
 ただ、今回の作品集については事件の方、さすがに唐突感が強い。犯人は捕まっていないのかもしれないが、安楽椅子探偵として、そしてギリシア神話との繋がりとして、「ためにする」謎のようにみえる設問ばかりにみえる。さらに問題が提示される段階で、出題者側が酔っ払っており、様々な茶々が入る。なので何が謎で、どこが不可能状況なのかが一読分かりにくい。この部分はさすがに七作分続くと鬱陶しく思った。
 一方で、ギリシア神話の解析、それから事件の謎解きが終わった後に披瀝される、ギリシア神話に対する新解釈などについては、鯨作品らしい思い切りの良さを感じる。さすがにそのまま信じられるものでもないが、ギリシア神話の定説に対する別の角度からの解釈として結構ユニークだと思われる。これは本書にて確かめて頂きたい。

 いつもの、そして安心の鯨統一郎ブランド。作品の種類としては、相当に軽めであり、気軽に手にとってさっと読み終われるタイプのシリーズ(本来はじっくり系のシリーズだった気もするのだけれど)。ギリシア神話の新解釈についても、そうぶっ飛んではおらず、むしろ別解釈といったニュアンスだと受け取れます。