MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE 国産ミステリ・レビュー
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


10/06/10
倉阪鬼一郎「ひだり」(角川ホラー文庫'09)

 角川ホラー文庫で書き下ろし展開される、倉阪氏の「ひらがな三文字」シリーズ長編ホラーの系譜に連なる。『うしろ』『すきま』に続く、第三弾にあたるのが本書だ。

 この鳥居は必ず右足からまたぐべし――。都心から少し距離のあるベッドタウン・比陀理という街にやってきた左(ひだり)言美。父親は翻訳家で、字の違う「ひだり」は名字である。比陀理中学に転校してきたが、この街ではバスは右回りに走り、学校のトラックも右回り。街の中心にある比陀理神社のほか、友塚といった謎めいた旧跡、さらにはこの地方独特の風習が学校行事のなかにも取り入れられていた。この街では「左」が様々なかたちで封印されている。さらに比陀理神社でアルバイトをしていた巫女が、左前に着物を着たことから変死、鳥居を左足で跨いだ長距離ランナーも不審死、回送のバスを左回りにしようとしたバスは運転手が死亡する事故を発生させてしまう。この街を治める人々は、百年ごとに行われる”友愛の友垣”を今年築くことを決定、その対象を絞り込むための儀式に街全体が突入してゆく。親友や両親と楽しく平安な生活を送っていたはずの言美の周辺で、何かが変わり始めてゆく……。

いつになく丁寧に設定された背景となる黒歴史。物語に描かれていない物語の豊穣さが狂気を加速する
 多少地方として、風習や伝統行事に変わったところはあるものの、基本的にはなんの変哲もない少しだけ田舎めいた都市。この都市に住む人々が静かに、だが着実に狂気に染まっていく展開。さらに、ある理由から住民は生け贄を捧げる儀式を行う必要があり、その対象を選択し、その選ばれてしまうのがヒロインである言美。彼女の視線で、その人間たちの狂気を丹念に描き出す――といったタイプのホラー小説。
 ベースになる伝奇的歴史背景が実際にあったものをモデルにされているのかどうかはよく分からない。が、最後の方でようやく全貌が(とはいっても詳細は欠いているが)明らかにされる、「ひだり」が恐怖を生み出す出来事はうまい設定だと思う。人々の欲望や絶望がもたらした事件でありながら、そこはかとないダジャレというか、言葉遊びというか、倉阪小説らしい遊び心もまた潜んでいるように思えるから。とはいっても、人が沢山死ぬ話。ヒロインが集団私刑のような状況に落とされるまで、歴史的にどんな事件が背景にあって、この都市の人々は何を求め何を考えているのかが小出しにされている。この焦燥感とういか渇望感というか、読者を焦らせる展開がホラーとして陥りがちな軽さを押さえ、バランスの取れた警察風味の勝った作品にしているという風に受け取った。
 もう一つ特筆すべき、というか個人的に衝撃を受けたのは、ヒロインの両親の変貌。変貌自体は物語の流れから予想される範囲の事柄であるのだが……。ここまで残酷で狂った子殺しを描き出す作家の、別モードで描かれた作品で、苦界に落とされた母親と娘とが再会する感動的場面で思わず目頭を熱くしてしまった、なんていうのは秘密ですよ。執筆時期も近そうなのに、 これだけ切替がきくところが「作家」だなあ、と。

 ここのところミステリでもファンタジーでも一皮剥けた完成度を見せるクラサカ氏の、ホラー小説として一皮剥けつつある作品というと言い過ぎか。ただ、初期作品でまれにみられたひとりよがりが失せ、バランスの取れたホラーになっていると結構本気で思うのだ。


10/06/09
伯方雪日「死闘館――我が血を嗣ぐもの――」(東京創元社'10)

 連作短編集『誰も私を倒せない』でデビューした伯方雪日さんの初長編。書き下ろし。前作で被害者となったマオリの格闘家・ダレン・スチュードの一族が登場、ある意味続編であるといえる。

 かつて東京ドームで発生した格闘技にまつわる事件を担当した刑事・城島。恋人や仕事の関係に嫌気が差した彼は唐突にニュージーランドへ旅立つ。前の事件で知り合った若き格闘家・ガトロ・スチュードのもとを訪ねることにしたのだ。城島はガトロやその従姉妹・ヒナウリ、更にガトロの道場に来ていた日本人・梯悟(かけはし・さとる)らと共に、火山帯に建てられたガトロの祖父・テ・ケレオパの邸宅へと向かう。純粋な殺し合いの格闘技として世界最強のアオテア柔術を極めているその老人は、なぜか瓦屋根に畳敷きという極めて日本的な館に暮らしていた。テ・ケレオパは盲目だったが、気配を察知する能力に優れており、全てが見えるかのように動ける人物。彼は、自分の二人の息子と一人の娘、その配偶者と孫たちを同時にその館へと呼び寄せていた。彼の妻・マーガレットが癌を苦に自殺したといい、自分の全ての財産を譲ると言い出した。通信手段が喪われ、火山活動によって麓への道が閉ざされた館で静かに連続殺人事件が幕を開けた。

格闘技の達人&不穏な雰囲気。オリエンタルで不思議な世界が舞台を盛り上げる
 どうやら総合格闘技で有名なグレイシー柔術を操るグレイシー一族がモデルのようだ。その人間凶器のような集団が、嵐の孤島・密室状態で殺人事件に巻き込まれたら。いや、犯人候補でも被害者候補でもある状態、わくわくしますね。伯方氏が格闘技、及び格闘家に向ける視線は熱く、しかし冷静。 何も考えずに普段K−1とかボクシングとか格闘技を眺めているこちらとしては、ではなぜ人間は戦うのだろうという根本意義や、字義通りの世界最強の意味を本書から教えられて青ざめてみたり。確かに、世界最強はオンリーワンなんですよね。ナンバー2以下は不要という流儀。そして、そのシンプルな真実が読者の前に立ちはだかり、この世界観のもとでの歪んだ動機が創り出されているところは注目でしょう。
 ただ、本書が変なのは、このような一族がよく判らない理由で殺し合うという物語展開でありながら、同時に不可能犯罪絡めた本格ミステリであるところ。 とはいっても設定に凝りすぎたか、狭義の本格の定義を踏まえて本気で考えると、すがに何カ所か反則と思える箇所がある(実は登場人物以外にも閉鎖空間に人がいたというのは最たる部分)のだが、極端な場であれこういう謎解き形式にしようと試みた点を評価すべきか。特に、世界最強の格闘技という存在をベースにして、極端なこの世界にしか通用しない動機を生み出している点は評価できる。また、この館になぜ武器が祀られているか、といったあたりの背景になる過去の物語もひねりが効いていてなかなかに小憎い。
 そしてもう一つ特筆すべきは、終盤近くに行われる、ある人物とある人物との格闘シーン。 この迫力が素晴らしい。ルールも仁義もないそして、素手での殴り合い締め合い打ち合い。かといって単なる生き残り争いとは微妙に違う、互いの強さを測りながらの人間同士の限界ぎりぎりでの戦いなのだ。ここまでもの真剣勝負の迫力は、あまり(というか普通)本格ミステリにはみられない。格闘技小説を読んでいるかのような味わい強し。

 正直、伏線が強引だったり、事件の構造だったり、ミステリとしては多少の粗が見え隠れしていて純粋には評価しづらい。ただ、一方で格闘技と交わることで、過去の一族の歴史や捕虜収容所での出来事なども含めて物語としての膨らみがより強くなったという印象だ。

 後から思いついたことだが、世界最強の格闘技を目指すという、一種宗教めいた信念と、それを理解・補佐する気持ちがこのミステリの構成の基礎を為すと受け取れる。つまりは、ミステリという切り口からすると反則という構成は、動機の側面から補強され必然性を持っていると。そういう解釈も出来るなあ、とも。


10/06/08
七河迦南「アルバトロスは羽ばたかない」(東京創元社'10)

 第18回鮎川哲也賞を『七つの海を照らす星』にて受賞してデビュー。プロフィールとしては東京都出身、七河氏は、早稲田大学第一文学部卒業という点しか明らかにされておらず、授賞式にも本人が現れなかったという覆面作家。本作も前作と同じく児童養護施設・七海学園が舞台とされており、登場人物含め続編となっている。

 Y県の田舎町・七海にある児童養護施設・七海学園で働く二十五歳・保育士の北沢春菜。「はるのん」の愛称とともに少しずつ生徒たちの信頼を獲得しつつある。そんな彼女は時折、不思議な事件、不可解な出来事に遭遇する。初夏、ハナミズキの咲く頃に起きる、ある男の子が急に暴れ出す事件。彼の過去の心の傷が理由かと思われたが、彼の母親が取った行動に隠された意味とは――。夏。養護施設対抗でのサッカー試合が行われた会場から、あるチームの男の子たちがごそっと姿を消してしまう事件が。周囲は女子生徒や観客に取り囲まれており、抜け出る隙はなかったはずなのに――。初秋。亡くなってしまった女の子が残したCD。施設に入った女の子が持っていた寄せ書き。いずれも謎めいたメッセージが書かれていたものの、CD自体は再生ができない――。晩秋。少し酔った父親が七海学園にいる娘に会わせろと、通りすがりの宅配便屋と七海を人質に大騒ぎ。その裏側では女子生徒が傷付いていた。四つの事件の後に起きた鷺宮瞭の事件。七海学園の屋上から飛び降りて意識不明。「わたし」は、この事件は自殺ではないと冬の七海学園にて独自の調査を行うことにした。

先の作品が踏み台。物語として哀しく渋く、ミステリとしては巧みな構成を取り入れて進化を遂げる
 連作短編の形式を巧く使ってサプライズにも奉仕している作品。『春の章――ハナミズキの咲く頃――』『夏の章――夏の少年たち――』『初秋の章――シルバー――』『晩秋の章――それは光より速く――』 これらが独立した短編に限りなく近いかたちで、冒頭から始まっている『冬の章』から回想のようなかたちで思い出されていくのだ。先の四つの作品が、では短編かというとそうも言い切れない。児童養護施設という特性上の問題か、問題を抱えた児童と謎解きが密接に絡まりあうために、一つ二つの日常系の謎を解決しただけで物語が閉じられないのだ。感覚的にはそれぞれの章で二つばかりずつは謎解きが為されているような印象があった。もう一つ、これも児童養護施設という舞台について、その問題点についても真っ正面から描こうという意志もまた感じられた。前作以上にその部分が強く、綺麗事では済まない、彼ら彼女らの孤独な魂について踏み込んで描かれている。いい話もあれば、やりきれない話もある。恐らくそれが真実としての舞台により近い状態だということなのだろう。
 それぞれで扱われているミステリの基本を形成するのが日常の謎。ただ、日常というには彼らの日常は寂しく哀しい思い出が多すぎる。母親の問題、逃走の問題、寄せ書きの問題。全て綺麗事ではない。ただ、その闇や悲しさを孕んだ全てを、北沢春菜という教師が受け止めようとしているところが物語の強さ。 なので余計に――、連作長編のかたちに立ち返った時に、目眩ましされ、少し不意打ちを食らってしまった。この全体を貫く骨格となる物語、それにおける子供たちの魂の傷付き方が半端ではない。また、その行われていることは非道であっても、その裏側にある悲しみと哀しみが滲み出てきてなんとも切ないのだ。

 確かにミステリだし、ミステリの形式をとることで強く訴えられる事柄も多い。前作を読んでいた方がより楽しめるとは思うが、本作からでも問題はない。(が、ある部分を考えるとやはり読んでおいた方が……)。 この後、があるのであれば、心身共にみんなの元気になった姿を見てみたい――などと、微妙にセンチメンタルになってしまう。連作短編集という形式を当たり前だけれどもうまく利用されてしまった。


10/06/07
越前魔太郎「魔界探偵 冥王星O ウォーキングのW」(電撃文庫'10)

 謎の覆面作家集団ということで、鳴り物入りで登場した越前魔太郎であるが、八冊の著作を担当した八人の名前が、明らかになってきてしまった。(このあたり、なぜ墓場まで持ってゆかんかね、と思うのだが)前作での小生の予測は綺麗に外れ、講談社ノベルスから刊行される 『魔界探偵 冥王星O デッドドールのダブルD』は舞城王太郎作で確定で、残りの七冊は誰がどれを担当したかこそ不明なまでも、相生生音、入間人間、折口良乃、御影瑛路、秋田禎信、乙一、新城カズマの七名であるらしい。さらに、どうやら本書は入間作品らしい。まあ、乙一や舞城以外の作家であれば、誰であれ初読なので、個人的には大きな問題ではない。

 家で母親から激しい暴力とネグレクトに近い虐待を受けている小学生「ぼく」こと、御家聡明(おいえさとあき)。普段は目立たない生活を送っているにもかかわらず、クラスでのガキ大将的存在であり、日常的に万引きを繰り返す悪友・ワルからなぜか仲良くしてもらっている。僕の街の近くに隕石が落ちた。その翌日、ワルは僕と、車椅子に乗っているため、普段はあまり学校に来ないクラスメイト・椎野君に対して、夜中に家を抜け出してその隕石を見に行こうと誘ってきた。勝手な行動を取ることで母親に殺される可能性も否定できない僕も、何とか家を抜け出して、集合場所の公園に集合。椎野君もやって来た。僕たちは三人で隕石が落ちたであろう森へと向かった。一方、魔界探偵を名乗る冥王星O。彼は記憶を喪った状態のまま、【窓をつくる男】に付き従うかたちで探偵の様々な経験を積んでいた。今回の指令は【空を歩く男】の捜索。しかし、その手掛かりを求めて歩くうちに謎の中年女から命を狙われるなど、大変な目に遭いはじめた。

爽快な少年小説、一方でミステリや戦闘アクション等でエンタメの王道。そのミクスチュアの出来映えは
 家庭内にいろいろ複雑な事情を持ち、自身が母親から酷い虐待を受けている聡明(さとあき=ソウメイ)。ガキ大将とはいえ、その神経は真っ直ぐでシンプル、友人思いのワル、そして身体的ハンディキャップがあるにかかわらず、頭が良く冷静にみえる椎野。彼ら三人による夜の冒険譚にどこか懐かしく、そしてわくわくした気分を味わう。の入り口くらいまで、恐らく。 そんな彼らを読むことで、読者のうちの多くが思い出すであろう映画が『スタンド・バイ・ミー』だ。少年たちのちょっと背伸びしての冒険シーンが瑞々しく描かれる、と書くとあれだけれども、本作の場合、子供の純真さやひたむきさとは別に、大人側に壊れた神経を持った人物を多く配している。子供たちのめくるめく冒険も、裏側に身勝手な大人が存在することで背徳感や冒険心というよりも恐怖感が勝ってしまうという「嫌さ」がある。
 特に彼ら自身の無力さが強調され、抗うよりも従うのが普通というソウメイの生き様はむしろ切なく強烈。大人に対する子供の無力感が、哀しい形で先鋭的表現されていて、その結果、現代的な病みが強調された物語となっている点も特徴だ。
 一方の冥王星Oのパート。こちらはどちらかというとバトル中心で、『ヴァイオリンのV』での彼に対する先入観などから、冥王星Oらしい性格の明るさ、軽さ等々を感じ取らせる展開。こちらはドタバタアクション系統で、かつ一定のサスペンス感覚があって、こちらも読ませる。――さて、この二つの物語がどう出会うのか、というのが本書のポイント。個人的に想像していた形ではなく(レーベルが電撃ではなくて、講談社ノベルスであったなら想像したかもしれないが)、結構、強烈に不意打ちを食らった感。ほうほう、そう来ますか。

 ある意味ではミステリともいえる展開でもあるのだが、それでもやはりミステリとしてよりも、ベタな友情&青春小説パート(ワルという少年が、非常に魅力的)に、強い吸引力がある作品かと感じられた。越前魔太郎ワールドがどういう形で展開してゆくのか判らないのだが、本書自体は何となくその中でも鬼子的存在になるのではないかと予想。


10/06/06
蘇部健一「六とん4 一枚のとんかつ」(講談社ノベルス'10)

 これを外したら作家生命終わりと伺っていた、昨年末頃に刊行された『赤い糸』という恋愛小説がある。読了しているもののなんか感想を書くのが怖く、スルーしてここまで来てしまった。ところが、しっかり古巣の講談社ノベルスで、六とんシリーズが再開されたようで嬉しい限り。さらに相変わらずのソブケン節炸裂。

 かつて敏腕保険調査員として慣らした小野由一は、ある事件に巻き込まれた結果、正社員の地位を追われ、現在は契約社員の地位に甘んじている。とはいっても、この契約社員の地位を恵んでくれたのはかつては巨漢(デブ)であったものの、超ダイエットに集中した元部下・早乙女。しかし、小野の働きは以前ほどではないため、リストラの対象として再び小野の名前が挙がるようになっていた。人事部長に対して交渉した結果、早乙女は三つの難事件を小野が解決してくれれば、契約社員といわず、社員として契約してくれるのだという。最初に挑戦する事件は、岐阜県のあるローカル線沿線で三時間で六人もの人間が殺害された事件。犯人はある人物と目され、鉄道以外の移動手段はないのだが、ダイヤ上は不可能に見えた。『一枚のとんかつ』 東京都内で地下鉄に関連する微妙なアリバイがある事件。 『大江戸線5分30秒の壁』 殺人現場に残されたのはダイイングメッセージとも思われる5本のバイブレーター。 『新×××殺人事件』
 以下はノンシリーズ作品となり、ある程度短編ベースで倒叙やその他の形式で事件が描写されたあと、最後に一枚のイラストが提示されて全てを得心させるという、例の方式で構成されている。『犯行の印』『聖職』『ひとりジェンカ』『修学旅行の悪夢』『翼をください』『追われる男』『恋愛小説はお好き?』『琥珀の中のコートダジュール』+あとがき。

相変わらず「特殊形態」ミステリ。他愛ない、というか、アホらしい(褒め言葉)というか。
 そもそも「六とん」という単語自体、「六枚のとんかつ」の略であるはずなのに、これでは題名の正式名称は「六枚のとんかつ 一枚のとんかつ」だ。何じゃそりゃ。ちなみにこの短編集は、このミスにも本ミスにもあらゆる年末ベスト本で黙殺されるであろうけれども、インパクトというか記憶に残る度合いはかなり高いことはいえるだろう。
 気になるのは『追われる男』だ。ストーリー自体、ある映画をパロディで使用しているらしいことまではいいし、その入れ替わり感覚が特徴ということになるのだろうし、登場する女芸人はMさんのイメージなのだろうし。しかし、そのオチは? (以下一部反転) ラストシーンだけドッキリだったってことなのか。乱舞する紙幣の意味は。落とし穴と関係が。そもそも彼女はどこからどこに向かって飛んでゆく(落ちてゆくようには見えない)のか。 いろいろ考えるが、分からない。不親切だ。イラストが悪いのではないのか。ということで、良くも悪くも、素晴らしく一つの短編について考えさせられた。未だに思い出すと腹が立つというか、微妙な気分だ。
 他も、イラストを見れば一目瞭然というタイプ、ではあるのだが、すぐに納得させられるものと、かなりオチとしては苦しいものとがある。このあたりのコメントは差し控えるとして、一個の短編小説として『あとがき』が良かった。 ある元ネタを知らないと笑えないのだろうが、この詐欺は詐欺で正直発想が素晴らしすぎると思います。

 先にも書いた通り、純粋な本格ミステリであるとか、一方でユーモア小説であるとか、御行儀の良い小説ばかり読まれて免疫のない方には向いていません。あくまでこれは「六とん」という流れのなかの一冊であること。それを認識できる、その意味での「大人の読者」が、時間つぶし・暇つぶしに手に取る本であると思われます。


10/06/05
樺 薫「ぐいぐいジョーはもういない」(講談社BOX'10)

 樺薫(かんば・かおる)さんは1980年生まれ。著書に『めいたん メイドVS名探偵』『藤井寺さんと平野くん 熱海のこと』の二冊があるという。(すみません、不確かで)。本書は書き下ろし。

 米国メジャーリーグで不世出の名選手として名を知られるジョー・ディマジオ。不滅の大記録、五十六試合連続安打を成し遂げるなど特にバッティングで非凡な才能を残したこの選手の渾名が「ぐいぐいジョー」。しかし、マイナースポーツである日本の女子高校野球の世界で、ダスティン女学院の美貌のエース投手・城生羽紅衣(じょう・うぐい)もまた、この渾名が冠されるに相応しい選手であった。女子には珍しい高速スライダーを持つ彼女の、その才能は一年時から抜きんでていた。三年の夏の全国大会、四試合に先発していずれも無安打。その彼女は当然、明日に行われる決勝のマウンドに立つ立場。しかし前の晩、彼女は三年間彼女の球を受け続けてきた捕手であり、親友でもある小駒鶫子(こま・つぐみこ)に二つの重大事を告げた。ひとつは、羽紅衣が感じている肘の痛みが限界にあること、そしてお嬢様育ちの彼女は、卒業後すぐに許婚との結婚を控えており、その時に野球自体をすっぱり止めなければならないこと。同様を残す鶫子に対し、羽紅衣は、決勝戦を完全試合で締め括ると宣言するのだが――。

女子野球のべたべた(百合入り)青春ストーリー。精緻な野球描写が雰囲気を創り出す
 女子高校野球というマイナースポーツの世界に身を投じた、二人の少女の友情(少し深入りあり)を描いたストーリー。 一年生時の二人の出会いと、互いを相棒として無くてはならない存在まで上り詰めた三年生時。この二つの時代が交互に描かれている。ただ、大胆なことにプロローグに相当する部分で、投手役の城生羽紅衣が、主人公(本書は主人公は捕手役の鶫子であり、大記録を目指す羽紅衣については、あくまで重要な脇役である)を相方とし、決勝戦のかなりの部分を勝ち進めている場面が描写されている。つまり、物語はその完全試合寸前の場面にどのような経過で至るのか、が興味となる。
 と、ここまで書いていて思ったのだが、本書では女子がプレイしているとはいえ、野球自体は決してマイナースポーツだということはない。女子であってもプロ野球が設立されている。なので、本書の巧さは、女子同士の禁断の関係がどう進行してゆくのかという興味wと、完全試合が達成される(かもしれない)に至る、二十七個のアウトがどういった経過で取られてゆくのかという興味を両立させているところにあるか。
 ただ、その後ろの興味は、別に経験者である必要はないけれども、ある程度は野球の技術論に興味がなければ全く面白くないタイプかも。(プロ野球の解説者のいうことが、基本的には全て理解できるくらいの用語知識は必要)。バッターとバッテリー、チーム同士の心理戦。次に来るのは変化球か直球か。相手はどういう狙いでバッターボックスに入って来ているか。そういった野球上の駆け引き描写が面白いと思える読者向け。
 一方の前半は、よう判らん。片方を男と置き換えるイメージで小生なんかは読んだが、女子同士というのはまた別の盛り上がり(感情の)があるのかもしれん。そっちは判る人に聞いてください。

 小生の場合は、野球知識を背景に駆け引きをこれだけ全部書いた小説は珍しいよなあ、ほおほお、という感覚で読ませて頂きました。ちなみに、ミステリ要素やSF要素は全く無く、ベタベタな青春小説、ないしは百合系恋愛小説といったジャンルに属する作品かと。


10/06/04
東野圭吾「プラチナデータ」(幻冬舎'10)

 幻冬舎の『パピルス』2006年12月号から2010年4月号にかけて連載された同題の長編作品に加筆修正が加えられて単行本化されたもの。ノンシリーズ、さらには微妙にSF要素が入ったミステリ。

 従来の警察捜査にも使用されていたDNAを一段上のレベルで犯罪捜査に使用する方法が発明された。科捜研とは別組織である警視庁特殊解析研究所の神楽研究員が中心となって展開されるその捜査では、現場の遺留品として残されていたDNAが、有志や犯罪者が登録したデータベースと近いかどうかをほぼ100%の確率で的中させることが可能。顔立ちなど身体的特徴、親戚の名前といったこれまでのDNA調査では絶対に判らなかったようなことまでが明らかになり、この捜査が適用された場合の検挙率は飛躍的に上昇した。その捜査方法を半信半疑のまま実行している捜査一課の浅間。しかし浅間らが手がける事件にもこの捜査方法を嘲笑うかのような事件が幾つかあった。Not Found。NFと呼ばれる類似DNA不明の容疑者は少しずつ増え、今度の事件でNF13となった。そのNF13と同様の手口で新たな殺人事件が発生、しかも殺害されたのは、この新しいDNAシステムを立ち上げた人間嫌いの天才・蓼科兄妹なのだという。蓼科兄妹とは友人関係にあった神楽が遺留品である髪の毛のDNAを調べてみると、不思議なことに神楽自身のDNAと99.9%以上の確率で一致するという結果が。神楽に心当たりはなかったが、ある持病があることから自分ではないと言い切れなかった。ある人物から助言を受け、神楽は捜査の手から逃げ出すことを選ぶ。

究極の科学捜査=罪を裁くシステムである以上、人類は必ず死角を求めてしまうものなのか
 基本はミステリ。しかし、そこにスパイスで加えられるのが、ほぼ間違いなく捜査が成功するというDNA捜査。ちなみに、その究極のDNA捜査という部分には、東野圭吾お得意の「ありそうな、だけどまだ存在しない科学技術」を利用した嘘を交えている。本書でいうところの蓼科兄妹といった、数人の天才が創り上げた革新的システムという存在は、微妙にありそうで読んでいても微妙な説得力があるところ、よく作者は理解して手の内に入れているところ。
 ミステリとしては、その究極のシステムをもってしても発見されない犯人というテーマに冤罪で追う立場から追われる立場に変じてしまった刑事が真相を解き明かすというもの。タイムリミットというか、本来追う側の人間が、いきなり追われる立場に変じてしまうというパターン自体は目新しいものではない。だが、立ち返るがそこにDNA捜査の「新しいかたち」を挿入するセンスは、痺れるを通り越してエンタの神様の領域といえるだろう。読者の興味の引き方、そのテンション、全てが紺トールされている印象なのだ。もちろん、それが悪いことなどではなく、むしろ読者の立場としては、素直に東野圭吾が繰り出す理屈に身を任せた方がラクで楽しいのだが。
 一方で、動機の部分はある意味陳腐(現代の犯罪の延長上で犯人の犯罪理由を見た場合、あくまで)。罪を逃れたい、見逃して欲しい人々が創り上げた屁理屈。これはこれで分かりやすい。しかし一方でミステリの文脈から考えるに、ここで露見してしまう(作者によって露見させられる)欲望こそが「プラチナデータ」の真骨頂であるようにも思える。と、いうのは、冷静に考えた時にこの犯人像というのは、そう異常ではない。犯行自体、殺人という行為はもちろん異常ではあるけれども、その罪隠しにこのシステムを利用される前提で、その《究極》から逃げる方法を必死で考えるであろうということへの目配りが素晴らしい。トリックというか、Howの意味で捉えるられそうなこの部分ではあるが、罰せられることからこれだけ必死こいてでも逃げだそうという人間がいるという読みとり方も出来るように思えるのだ。

 題名が「プラチナ」というだけではなかろうが、主要な登場人物の人名から『モーグル』なる謎の単語に至るまで、スキー関連の用語ラッシュ。特に人名はどこのスキー場ですかというような状態。まあ、確信的なお遊びでしょうが。テンションや物語の、ミステリとしてのレベルに関しては東野圭吾というブランドとして求められる状態はキープしているという印象。


10/06/03
垣根涼介「ボーダー ヒートアイランド4」(文藝春秋'10)

 2000年、第17回サントリーミステリー大賞の大賞及び読者賞のダブル受賞をやってのけたのが垣根涼介のデビュー長編にあたる『午前三時のルースター』。一方、その直後に刊行され、エポックメイキングとなった出世作が『ヒートアイランド』である。双方とも刊行時は独立した長編として存在していたのだが、ここにきてその両作のコラボが実現した。できることならば、本作を手に取る前に両方の作品を読んでからにして頂きたい。というか完全にネタバレになっている描写多数。

 かつて、渋谷でストリートギャング”雅(みやび)”を行動派のアキと共に引っ張ってきたカオル。運営してきたファイトパーティというイベントが暴力団に目を付けられたが最後にある花火を打ち上げ、暴力団を壊滅させた後、アキとカオルは雅を脱退した。アキはその事件を通じて知り合った「裏金専門の強盗」柿沢・桃井らと行動を共にするようになっていた。一方のアキは静かな暮らしを開始、大検の資格を使って大学を受験して、現在は東京大学の一年生になっていた。可憐な見た目から「カオルちゃん」と級友から呼ばれても全く意に介さず、過去の事件のこともあって誰からも距離を置いた付き合いをしている。そのカオルが少しだけ気になるのは同級生の中西。他人と独特の距離感を取る彼からは、他の脳天気な級友たちとは異なる印象を受けていた。その中西は血の繋がらない妹・アキラとその友人に連れられ、渋谷で行われている「ファイトパーティ」なるイベントに出向いた。中西を通じて、そのファイトパーティの存在を知り、更にその主催者が”雅”を名乗っていると知ったカオルは心穏やかではない。アキラを通じて自分もそのイベントに乗り込み、何者かが自分たちの過去を騙っていると知ったカオルは数年間没交渉だったアキと連絡を取ろうとする――。

作家・垣根涼介が自分世界のコラボレーションをさらりとやってのけた――。
 「ルースター」の中西慎一郎、そして「ヒートアイランド」のカオルとが東京大学で互いに似た臭いを感じ取りながら知り合いになっているという一点が鍵。実は行動も辞さないが、基本的に頭が良いという二人に共通する資質が背景となっており、その部分については、それなりに説得力がある。ただ、これはこれでありなのだとは思うのだが、その二人、ないしヒートアイランド組全員を共演させること、垣根涼介オールスターの実現自体が作品の目的になっているようにも受け取れる。というか、作者がそうしたかったのだろう。
 アキやカオル、中西、さらには柿沢や桃井にしても、それぞれが個性的で実力(固有の能力?)があり、さらに魅力を持った奴らなので良いことは良いのですけれど。ただ、少し小説上の問題としては、その実力ぱんぱんの彼らに相対するには敵側があまりに弱いこと。 柿沢・桃井・アキの三人組に対して学生でしかない中西一人では勝負にすらならないし、さらに彼ら四人にカオルを加えた集団、vsファイトパーティを騙る連中及びそのケツ持ちしているヤクザという構図といっても、引き立て役にしても弱すぎるという……。(アキたちが強すぎるのだけれどもさ)
 その分、彼らの視点からみての「悪」をこてんぱんにやっつけるという爽快さはあるし、そこに用いられる策にしても一定の配慮はあるのだけれども、とことん戦い抜いてといった感じではない。喩えは悪いかもしれないが、子供向けヒーロー番組のラストのような、圧倒的なヒーローの必殺技を喰らうとその回の主役を張っていたはずの敵があっさり大爆発を起こす、そんな感じの物語展開なのです。いいのですよ。それはそれで「爽快」なので。

 別に本作を揶揄するとかそういうつもりは全くなくて、垣根作品をそれなりに読んでいるから感じることを率直に書いてみた。現実的には目立たず焦らずというのが彼らの生き方かもしれないのだけれど、やはりそこはフィクション。そろそろ大きな波風が立ってもいい頃合いではないの? というのあたりを個人的に期待。
 ここまで書いて思い至ったが、垣根氏は自分の創造したキャラクタに対する愛着が人一倍強いのかもしれない。ちょっとそんな気が。


10/06/02
西尾維新「零崎人識の人間関係 零崎双識との関係」(講談社ノベルス'10)

 「零崎」の名字を持つ殺人鬼の一賊(ママ)が登場する一連の作品群・人間シリーズ。本来、戯言シリーズの外伝として開始されたように記憶しているのだが、『零崎双識の人間試験』以来、かっちりシリーズとなり、2010年3月26日、『零崎人識の人間関係』という題名で四冊が同時刊行された今回で完結とのこと。

 かつて策師・萩原子荻が零崎一賊に仕掛けた、俗に『小さな戦争』と呼ばれる一連の戦い。その王将格として子荻が狙いを付けたのが、零崎一賊長兄のマインド・レンデル・零崎双識だった。そして一方で『人喰い』匂宮出夢との友情を失い、ある意味自由に放浪を続ける零崎人識、十七歳の春。ふと思い立って、兄貴(双識)を殺そうと動き出した彼の前に、裏切同盟のメンバーが立ちはだかる。メンバーは六人。後に世界を破壊するための集団『十三階段』にも二人しかいない、呪い名(まじないな、と読む。のろいな、ではない)が六人集まった最悪の集団である。戦う前から戦いが既に終了している。むしろ、戦わないで既に勝っているという超絶な能力を持つ人々だ。そんな彼らが狙うは、零崎双識・マインドレンデル。の筈なのに、どこでどんな勘違いがあったが、彼らは零崎人識の前に立ちはだかってしまった。ありとあらゆる薬品を扱う、病毒遣い奇野既知がその第一号。人識はその勘違いを正すヒマもなく、病毒にやられて身体が麻痺してしまう……。もはや絶体絶命と思われた人識は、身体的なある特徴から戦いのために痛覚を遮断していた奇野に奇襲することに成功、なんとか生き延びることが出来たのだが、続いては武器製造の第一人者・罪口の女。彼女は武器では決して傷つけられることはないという特異体質を持っている。

壮大な構成力と風太郎ばりの奇想を誇る中二病(褒め言葉のつもり)……。
 まあ、ひと言でいうと零崎人識が主人公兼ヒーローとして強敵との戦いに挑むというシンプルに少年漫画的展開が特徴的な物語。これまで登場したなかでも最悪や最強といった形容詞はままあったと思うが、単純に肉体的戦闘能力を誇るのではない、奇想ベースの敵という点が西尾維新らしい。(西尾作品の場合は単純に早いとか力持ちで強いということだけではなく、必ずプラスαがあり、読んでいて飽きない)。特に本書に登場する敵の場合は、肉体的にはほとんどというか全く強くないところが面白い。戦わずして勝つというコンセプトがユニーク。一人だけならとにかく、そういう人間を六人も(実質五人だけど)創り出しますか。 特にこのあたりの、人間が出来そうなことなら何でもありという特徴的な化け物人間を創造してしまう能力は山田風太郎に匹敵するとか思ってしまう。もちろん、異論ある人もいるだろうけれど、刀語シリーズとかもひっくるめて、”異能者”の創造に関しては当代随一かも、というのは早々間違ってはいまい。
 ただ、ネーミングに関しては相変わらず言葉遊び。格好いいのと中二病がごっちゃになったような通り名や二つ名を正々堂々使いまくるところは微笑ましくすらある。(下手に追随しようとすると恥ずかしいものになるわけだが)。
 こういった、ある意味シンプルな展開を助けているのは、ストーリー上の、というよりも個々の戦いにおける意外性。 絶対絶命の零崎人識がどうやってその強敵を乗り越えてゆくのか。まともではない敵とまともではない結末。実に興味深い。

 戯言シリーズと多くの登場人物が重なるなど世界観としては完全にリンクしている。辞書が作られるレベルの世界をまとめあげる構想力(整理する力?)ってあたりも結構スゴイことだよな、とか思う。なんかこういうの読むと『クビツリハイスクール』とか再読したくなりますが。あれ、もう八年前になるんですかあ、ふーん。