MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE 国産ミステリ・レビュー
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


10/08/07
貫井徳郎「灰色の虹」(新潮社'10)

 『小説新潮』二〇〇九年三月号から二〇一〇年九月号に連載され、加筆修正されて単行本化された作品。ノンシリーズ長編。

 過去のパートと現在のパートがモザイクのように交互に描かれてゆく。
 過去のパート。顔に大きな痣があり、内向的で真面目な性格に育ってきた江木雅文。婚約を間近に控えた太陽のような性格の姉にからかわれながらも、最近、性格が明るくなりはじめている。というのは、職場の同僚であまり目立たない由梨江と出会い、最近交際を始めたからだ。地味な性格・容姿の二人の交際は職場でもからかいの対象にされるが、ある日、普段から横暴な上司から由梨江を庇うため、珍しく江木は逆上して上司の胸ぐらをつかんでしまう。その翌日、その上司が殺されたという情報が……。
 現在のパート。刑に服した江木が出所。冤罪である江木の事件にかかわった者たちが、それぞれ不審な死を遂げてゆくまでの様子が、彼らの現在の生活状態と共に描かれる。最初に標的にされるのは一匹狼で昔気質、予断で捜査を進めて筋道通りの自白を強要することのある刑事・伊佐山。続いて江木の事件を告発した担当検事、そして無実であることを信じもしないで弁護を引き受けた弁護士。彼らは彼らなりに職務に忠実であったし、現在もそうなのだが……。

冤罪が出来うる日本の土壌を直視、絶望以上の絶望をミステリとして描ききる力作にして傑作
 この『灰色の虹』は、様々な読みどころがあって、それらが絡み合って大きな物語が形成されている。その複層構造にて物語が重厚にリアルになっているため、誰が読んでも「どこか」が必ず琴線に触れるものかと思う。そのポイント、まず語弊が微妙にある表現になるのだが「冤罪事件が出来るまで」という要素が一つ。「なぜ、やっていないことを容疑者は自分がやったと認めてしまうのか」この点については小生も含め、経験無き人間からすると「なんで?」というのが率直な感想ではないかと思う。それが本書を読むに、それが「もしかすると同じ立場なら認めてしまうかもしれない」という恐怖に変わる。圧迫捜査や脅迫紛い、暴力すれすれの取り調べ。寝かさない、休憩を与えない。人間の尊厳を傷つけ、時には泣き落としを絡め、あの手この手で自白を求めてくるような取り調べ方法。一対一ならまだしも、多対一の不平等な戦いを続けられるのか。江木個人を責めることはできないが、「あとでもっと賢い人たちが、正義を実現してくれるはず」という希望(そしてそれは想像上のものでしかない)が、逆に悲劇をもたらす要因となっているところが実は非常に重要だと感じた。
 もちろん、警察側だって冤罪を作ろうとしている訳ではない。犯罪を憎み、見込みや予断捜査はあれど、ある繋がらない糸を繋げれば事件の構図が出来るとなると必死になる。きれい事ではない世界。彼らの圧力にたった一人が意志で対抗することは可能かと自問してしまう。検事にしても、裁判官にしても同様だ。特に司法の上層部は、人並み以上の努力をして司法試験を突破、さらに競争を続けているという、ある角度からみると日本人の職種エリートのなかのエリート。頭が良いことだけは間違いない。そして、そんな「頭の良い人は間違わない」という我々の誤解(希望)。そういった人々が、どういったことを考えて生活し判断を下しているのか。つまりは上がってくる情報が誤っていれば判断も誤るということなのだ。この司法エリートの考え方・生き方・生活を事件に搦めて描き出しているところが読みどころポイントの2。
 江木による復讐ストーリーが背後にあることを知りながら、彼ら冤罪に関わった人々の「現在」が、豊富なエピソードと共に描かれる。多少癖はあっても、そして悪人であっても人間的、そして基本的に職務に忠実である人々。なのに、そんな彼らをみていると冤罪が起きること自体不思議に思えなくなってくる。

 冤罪が出来ることの恐怖を描き出す一方で、まだ読みどころを二つ残す。ひとつは罪をおかしていないのに、その冤罪サイクルに乗ってしまって人生が奈落に突き落とされてゆき、普通に絶望という言葉では生温い、超絶の絶望に江木が入り込んでゆく場面。重いといえば、あまりにも重い。やったことで被差別されるのは仕方ないが、冤罪で家族までもが突き落とされるマイナススパイラルの凄まじさ。直視するのは読者ですら辛いのだが、これこそが冤罪被害者に起き得る現実であろうと、フィクションであっても納得させられる。後半、自身も復讐の気持ちを持ったことのある刑事・山名によって再現されてゆく絶望。これもまた本書の大きなテーマであろう。
 最後になったが、ミステリとしての本書が最後のテーマ。あまりに「社会派」的テーマが重くなりすぎて、周到に張られた伏線と「見えない人」テーマの不気味さまでがそちらに食われているかもしれない。が、なぜ対象者が絞られ、警護・警戒が強化されてどんどん実現が困難になるはずの「復讐」を江木が成し遂げられるのか。その不可能を可能にする、不思議さの裏側に潜むトリックとは? 本来は、これだけでも十分評価に値するテーマであるのに、繰り返すが他の要素が重く、目立たないとまではいわないまでも、割を食ってしまっている感はある。

 近年の貫井作品の持つ「重み」に通ずる作品ではあるものの、その重みが本書の場合、「絶対に必要」だったと読了後に深く納得させられる。特に全てが明らかになったあとに付け加えられた、江木と由梨江の二人の場面。一旦落ちるところまで落ちた江木にとっての、「元いた場所」での会話と心中は涙なしには読めなかった。
 少し離れて眺めると、それぞれの関係者の存在は類型的な描き方でもあるのだが、それぞれのエピソード自体での引き込む力は尋常ではない。本書自体それなりのボリュームではあるものの、実際はもっとボリュームがあって然るべき内容だ。その分、ぎゅっと中身が詰まっているということ。日本で生活する人間には、「多少テーマは重いが、絶対読んでおけ」と言いたくなる作品。 間違いなく二〇一〇年の大収穫である。


10/08/05
伊坂幸太郎「オー! ファーザー」(新潮社'10)

 伊坂幸太郎初の新聞連載作品。仙台在住の伊坂氏にとって地元紙にあたる河北新報に二〇〇六年三月から二〇〇七年十二月にかけて掲載された作品の単行本化。まとめるにあたって幾つか葛藤があったといい、このあたりについては「あとがき」を参照のこと。

 由起夫はバスケットボール部に所属して頭も良く顔も性格もなかなか良いという、だけどそう珍しくもない普通の高校生。しかし彼は一人っ子であるにもかかわらず六人家族。母親と父親が四人いるのだ。母親が四股をかけていた結果、その四人が全員、自分が由起夫の父親だと主張、彼女(母親)と別れるくらいなら四人一緒に暮らすということで今に至っている。ギャンブルが大好きな鷹、中学校の教師で、スポーツ万能、由起夫のバスケの師匠でもある勲、大学で働いていて物静かで知識が豊富、頭の良い悟、そしてバーを経営して女性にもてることに関して才能を発揮する葵。個性的な四人の父親の影響を受けて、由起夫もまた様々な素質を持っていた。その由起夫のに元バスケ部主将と交際していたが、別れたという多恵子が執拗につきまとうようになる。不登校の生徒、中学時代の由起夫の友人・鱒二、市を二分する大選挙戦。勲に連れられて訪れたドッグレース場で鞄のすり替えを由起夫が目撃してしまってから、不穏な事件に彼らは巻き込まれてゆくのだが……。

はじめて伊坂ワールドに触れる読者への配慮? 他世界との接点の少ない純粋エンタ
 四人の、性格の異なる父親に育てられたという高校生が巻き込まれる冒険譚。登場するキャラクタそれぞれ新しく、それぞれある程度の背景と特徴を持っている。とはいうものの、話運びを概観として眺めるに、序盤から中盤に張られた伏線が後半になってくいくい回収されていくという物語構成の基本は伊坂流そのもの。 もちろん、それが面白くない訳がなく、というか面白い。
 二大陣営が政治的に衝突しているという状況、積極的な女の子に迫られて辟易している主人公、それぞれが主人公の母親にぞっこんで、ライバル心はあるものの妙にチームワークの良い父親たち。彼らの日常だけでもシチュエーションコメディとして成り立ちそうなところ、主人公は定期試験前の重要な時期に、カバンのすり替えを目撃し、犯罪に巻き込まれてしまう……。不登校のクラスメイト、バスケ部の先輩、普通の日常の裏側に非日常が繋がっている?
 いつものこととはいいながら、それぞれのエピソードに因果応報を付けるやり方がうまい。また、高校生レベルでは万能にすらみえる主人公が大人の世界に放り込まれた途端に無力になる点など、荒唐無稽と現実との境界線にうまく物語を持ち込んでいるようにみえる。基本的にはそれぞれの主人公、現実的には規格ぎりぎりなのだが、組合せの妙技によって全体のバランスを取っている。人によっては鼻につくこともあるというが、個人的にはこの物語を調和させる匙加減にいつも感心させられるのだ。

 設定自体に映画などに前例がある、といってもまあ盗用とは呼ばないだろうこれは。そのシチュエーションを活かして「伊坂幸太郎ならこうやる」というストーリーになっていると思う。伊坂幸太郎を初めて読むという人でもOKだし(どうせなら他にもお勧めは多いが)、ある程度読まれた人でも「安心して」読める作品だと思う。


10/08/05
東川篤哉「謎解きはディナーのあとで」(小学館'10)

 デビュー当初から東川篤哉という作家とその作品の大抵を読んでいるが、なぜこの連作短編集でいきなりブレイクしたのかが、さっぱり判りません。烏賊川市シリーズだって充分笑えたし面白いと思うのに。版元の話題作りとか、そういうこと何でしょうか。東川氏のデビューを支えたK文社さんは今から頑張ること。

 国立署所属の新米刑事・宝生麗子。彼の上司に中堅自動車メーカー「風祭モータース」御曹司の風祭警部がいるが、彼女はその遙かうえをゆく金融・エレクトロニクス・出版社まで抱える世界的コングロマリット「宝生グループ」総帥・宝生清太郎の一人娘。彼女の抱える謎を解くのは、彼女のお抱え運転手で暴言癖のある影山。決め台詞は「お嬢様はアホでいらっしゃいますか」
 3階建てのアパートの部屋のなか、明らかに外出する服装をしていた女性がブーツを履いたまま殺されていた女性。 『殺人現場では靴をお脱ぎください』
 国立にある若林動物病院。ワインを飲んでいた形跡を残して死亡している男性。風祭警部は自殺説を採ろうとする……。 『殺しのワインはいかがでしょう』
 老舗ホテルの名誉会長の息子が家に入れようとした女性が、温室の薔薇園にある薔薇のベッドで、死体となって発見された。誰かが死体を動かしたと風祭は看破するが……。 『綺麗な薔薇には殺意がございます』
 大学の後輩の結婚披露パーティ。その新婦の姿が消え、彼女を捜した麗子は新婦の悲鳴がある部屋から聞いた。部屋には鍵が。 『花嫁は密室の中でございます』
 ぎっくり腰を患った会社員・宮下は病院に向かう途中、隣人の野崎が女性連れで歩いているのにすれ違う。その野崎が全裸死体で発見され、彼と関係ある女性が容疑者として浮かび上がるのだが。 『二股にはお気をつけください』
 金融業を営む女性がトロフィーで殴られた死体となって発見された。会社の方針で長男と諍いがあったことから、風祭はその長男を疑うのだが……。 『死者からの伝言をどうぞ』 以上六編。

いやもちろん影山の暴言&鮮やかな推理、麗子のツンMっぷりが楽しいのは楽しいのだが。それにしても
 繰り返すが、この作品は面白い。面白いのだけれども、これまでの東川氏の作風から全く外れておらず、ストレートど真ん中であるし、こういった作品(本格ミステリ+ユニークキャラの掛け合いによるギャグ)が出てきたことに対する意外性は全くない。つまりは、東川篤哉という作家の持つ能力を体現したかのような作品ということになる。
 あ、そうか、時代がようやく東川篤哉に追いついてきたということ――か? この景気低迷政治不信世情不安円高進行した、この世界が。
 とはいっても、これまでの生暖かいギャグも健在、本格指向が意外と強いミステリ要素も健在となると、改めて違いを求めるならば、探偵役・影山の強烈なひと言であろうか。 というか、使用人の分際でありながら主人の能力を小馬鹿にする発言を繰り返すというギャップ。立場的には圧倒的に強い主人側が歯を食いしばりながら我慢しながら教えを請うしかない。それ以外の仕事ならばとにかく、推理については影山に頼るしかないという状況は万人が認めるところだから。こういった時々逆転する主従の関係性が、快感として迎えられているのだろうか。従来以上に「主従」という立場が厳しくなっている不景気な世の中における一服の清涼剤として、この『謎解きはディナーのあとで』がウケている、のかもしれない。(一応、分析めいたことをしてみたかった)。

 特徴的ではないとはいえ、嫌味のない文章、多少きついところもあれどユニークなギャグ、それにシチュエーションコメディめいた展開なども、マニア以上にミステリ初心者や、普段ミステリを読まない層にも受ける要素ではあるはずだ。小学館のプロモートのおかげかもしれないが、一度人口に膾炙すれば、あとあと息長く活躍できるのではないか。今後もこのポテンシャルを維持してくださると嬉しい。


10/08/04
小林泰三「完全・犯罪」(東京創元社'10)

 主に『ミステリーズ!』に掲載された短編に別アンソロジーから一編、最終話を書き下ろしにてまとめられた短編集。ノンシリーズ。

 タイムトラベル理論を研究する時空惑雄博士だったが、先に水海月只朗博士が別のアプローチから同じ理論を発表してしまう。怒った時空博士はタイムトラベルによって五年前の水海月博士のもとに爆弾を送り込んで殺害しようと企てる。 『完全・犯罪』
 カー生誕百年記念アンソロジー『密室と奇蹟』からの転載。『火刑法廷』に登場したゴーダン・クロスが作品内で僅かに言及した殺人を本格とホラーの両面から再現。 『ロイス殺し』
 双子の姉妹・真穂と嘉穂。真穂と嘉穂は親ですらどちらか見分けがつかず、しばしば名前を間違えて呼ばれていた。特に真穂は「真穂」「嘉穂」のアイデンティティについて深く悩みを抱えたまま成長、そして第三者が彼女たちを取り違える事件がまた……。 『双生児』
 貞二が河川敷を歩いているとちりちりと刺すような視線を感じた。ホームレスがこちらを睨んでいる。心当たりはないが身の危険を察した貞二が逃げ出すと、そのホームレスがしつこく追いかけて来る。 『隠れ鬼』
 スポンサーから広告費を集め、いわゆる「ドッキリカメラ」を一般相手に仕掛けて動画共有サイトにアップする「ドッキリチューブ」。社長の○○は受け取った制作費を社員に支払う給料まで使い込んでしまい、社員たちから突き上げを喰らっていた。 『ドッキリチューブ』 以上五編。

SFありミステリあり。しかし冗談なのか壮絶な悪意なのか。ラスト数行で物語の見え方が変化する
 まず表題作品『完全・犯罪』はほとんど「落語」。冗談っぽく始まったSFなのだが、きっちりハードSFの理屈を取り入れながらめちゃくちゃな方向に突っ走る。タイムトラベルをすればするほど身体がぼろぼろになってゆきながら、最後訳判らなくなってサゲで終わるところが楽しい。というか、これ、小林泰三さんがハナノベで発表した落語「時の旅」と微妙にネタ被っているように思うんですけど(扱い方は大きく違うにせよ)。
 『ロイス殺し』は再読。ちょっとした記述からこれだけの短編に膨らませるところが素晴らしい。中盤からラストにかけて垣間見える狂気がGOOD。 『双生児』にしても『隠れ鬼』にしても、元になるアイデアはどこかで似たネタを聞いたことがあるようにも思えるが、この展開と結末の落としどころが小林泰三さんらしくブラックかつシュール。 当然ある種のホラーとも読める一方、なんだか可笑しさを同時に覚えてしまうところが不思議。
 そして『ドッキリチューブ』。これも展開は読めないことはないのだが、テレビではなく動画共有サイトを使うことで歯止め無き状態を常態にしたところがポイント。ヒドイ目に社長が遭うことは予想されるにせよ、状況が酷くなればなるほど社長が半狂乱に、社員が冷静になっていく対比が面白い。ラストシーンは蘇部健一さんの『六とん4』収録の某作を思い出した、というかコンセプトは全く同じですね。

 東京創元社から満を持して刊行されたかのようにみえるので、題名から来るイメージと合わせて、きっとばりばりの本格ミステリだ! と想像だけさせておいて、読み終わるとカクッとなる。そういえばこの人は『密室・殺人』の著者だったと思い出さされる。いずれにしても読み終わった後の印象はミステリ部よりも、SFなりホラーっぽいオチの方が強く印象に残る。その主題や必要とされるテイストに合わせて微妙に文章が変化しているのも、印象強化に役立っている。


10/08/03
汀こるもの「動機未ダ不明 完全犯罪研究部」(講談社ノベルス'10)

 前作『完全犯罪研究部』の刊行から僅か半年。もともとシリーズ作品の予定はなかったというこのシリーズ、続編がやってきた。2010年10月刊行の講談社ノベルス、この月のフェアは「人気シリーズ 女子高生ミステリーフェア」ということで(青春ミステリとか学園ミステリではない何かを狙いつつ完全に大外ししているようなこのネーミングセンスがそもそもオヤジだなあ、とも思うのだがどうか)刊行された。女子高生ったって杉野二号だけだと思うのだが。

 前作の結末で法的には完全に「推理小説研究部」は終了かと思いきや、元顧問で化学教師であったゆりっぺこそ責任を問われて学校にいられなくなってはいるものの、かたちを変えて古賀鷹也をはじめ「完全犯罪研究部」は同じメンバーにて微妙にかたちを変えながらも存続し続けている。相変わらず露悪趣味で眼帯を付けた杉野二号をはじめ、メンバー全員は自分勝手に己の趣味を追求し、事件の匂いがあるとその武器をもって集結してくる。そんな日常のなかに現れたのは女装をさせられているという中学生・葛城小枝。彼の兄・圭一郎は、学園の匠らと同学年だというのだが、小枝のいうことによると、その圭一郎は父親の殺害を計画しているのだという。鷹也に惹かれるているらしい杉野二号、その杉野二号にぞっこんな博士といった恋愛三角関係も成立中。懲りない面々は人助けにならない人助けのため、法律すれすれ(もしくはしっかり法律違反の)の危険行為にまた手を染めてゆく……。

面白ければ何でもあり。精神的、肉体的に痛めつけられても「懲りない」という神経の太さが身上?
前作では小さな事件を細かく解決してゆく連作短編集の要素が強かったが、二作目に至ってエピソードの多い長編という構成に徐々に変化してきている印象。売り言葉に買い言葉の中学生に本当の戦い方を教えてみたり、イジメにあった生徒の復讐を面白がってやってみたりと、登場人物の役割分担がはっきりしてきたせいか、テンポ良く進んでゆく。
 彼らの得意能力は、知識にしても制作物にせよ、ここまでくると一種特殊能力じみているところもあるが、一連の仕返し譚における魅力はHOWではなく、むしろその研究部による必ず行き過ぎるお仕置き(?)にある。 人を呪わば穴二つというが、依頼した側にも相応のリスクが生じるところが彼らの危険さ。杉野二号が描く悪魔的シナリオ、仲間ですら人間と考えないような冷酷な計画、人間が壊れたり傷付いたりすることに対する無神経。そういったある意味酷薄で冷静な彼らでなければ成り立たないストーリー。 その行き過ぎ度合いに魅力がある。ゼロ年代のクライムノベルってこういう感じになるかもしれない。彼らの、独自の価値観で生きていく姿は、何かと縛られて窮屈な人々からみると自由を謳歌しているようにみえる訳で。更に倫理観や道徳観が希薄な彼らの、自由な生き様(?)には、共感できないまでもちょっと羨ましいと思うところもある。つまりは、新種のダーティ・ヒーローズということだ。なんたって、自らの肉体や精神が傷付こうが、平然以前に何とも感じてすらいないという存在なのだから。
 前作でも書いたが、彼らの(つまりは作者の)持っているサバイバルやテロに関する知識量が凄まじい。オタク方面やゲーム方面の造詣にももちろん深みがあり、細かなところに「判る人には判るが、判らないなら判らないで物語の進行になんの支障もない」というようなtipsがちりばめられているところもゼロ年代風。

 一応は鷹也に関しては、その生い立ちに絡んで一本筋の通った謎も提起されている。とはいうものの、個人的には上記したような人間造形のディティールにより感心したし、同様に細かな雑学の応用度合いや、コンビネーションの妙技を相変わらずに楽しんだ。その意味では、杉野二号による女子高生シリーズなんて細かなくくりではなく、新世代クライムノベルというくらいの受け取り方の方が楽しめるように思う。


10/08/02
倉阪鬼一郎「新世界崩壊」(講談社ノベルス'10)

 倉阪鬼一郎先生は『三崎黒鳥館白鳥館連続密室殺人』にて第3回世界バカミス☆アワードを獲得。バカミス・アワードを受賞してしまったがためにクラサカ先生は禁断の扉を開いてしまいました、ということなのでしょうか。年に一回はミステリを発表して下さると表明下さっています。本書にて『紙の碑に泪を』で登場した上小野田警部が再登場。

 美女・シンディはある組織に属し、ニューヨークを拠点としてある特殊な任務を遂行している。あるとき彼女は組織の命令によりターゲットとなる男をニューヨークの密室で殺害後、瞬時にロンドンに移動。またある時は、アメリカの東海岸から西海岸への瞬間移動をして殺人を繰り返していた。果たして彼女は何者なのか。一方、FBIとの人的交流にてアメリカにやってきた上小野田警部は相変わらず独自の美学による「理想の犯人」とのやりとりを思い描き、シンディに目を付けた。上小野田はシンディの属する館に非番の日まで通い、心を交わそうとする。そんな上小野田に館の執事はシンディが執筆したという童話を手に取る。その童話に隠された別のメッセージを上小野田は読み取るのであったが……。

薄い膜が物語全体に被さり、事象は見えそうで見えない。そして取り除かれた時の衝撃・テラバイト級!
 まず『紙の碑に泪を』に登場した上小野田警部存在が、前作に引き続き強烈な目くらましになっている。頭のなかに理想の事件、理想の犯人、理想の解決を詰め込んだ夢見るオヤジ。 彼の感覚が現実(特に警察組織というか機構)から大きく遊離しているおかげで読者もまた薄い膜一枚隔てた向こうで起きる事件を眺めているような隔靴掻痒気分を味わうことになる。また、困ったことに半端に上小野田、頭が良いのだ。読者が解けないうちから暗号文の意味を一人理解して悦に入ったりしているのも、微妙に苛つく、というか登場人物に苛ついてもしょうがないけれど。
 ニューヨークでの事件を上段に、ロンドンでの事件を下段に上下が同時(タイムラグなし)に進行するパートがあり、「活字」にこだわる作者ならではの展開が途中にあるのが圧巻。(最近だと浅暮さんがどこかで似た趣向をやってたと思うが)ただ、同時進行だけではなく暗殺者がなぜか大西洋を股に掛けてあっという間に集合しているところは、やはり謎であろう。
 いやまあ、いろいろ書いてもあれですね。
 いろいろと記述上で細かな配慮があることはあるのだけれど、それ以前にメインとなるトリックが圧巻過ぎる。 というか、ぬけぬけとこれはまあ、というタイプのものだけに脱力がひどくて検証出来ません。ちょっとしかしなんだかなあ。この手を使えば何でもありになるところを、うまく暗号文等でアクセントに変えている印象も。

 実際、小説とは別に思い付くだけなら小学生でもこれに似たネタはあるかもしれないけれども、それを商業出版レベル(?)にてやってしまい、かつ読者を大喜びさせるのはクラサカ先生しかいません! もっともっと書いてやって下さいまし。
これから毎年楽しみにしています(はあと)。


10/08/01
牧野 修「再生の箱 トクソウ事件ファイル(2)」(講談社ノベルス'10)

 担当編集者はネパールでは何も見ていないそうです。というかネパール行ってない。多分だけど。『破滅の箱』に続く、(2)であり(下)である続編である。ちなみに(1)も(2)も同時刊行だ。正確には○2です。第一話『昆虫美人』から第五話『地球は狙われている』まで五話構成になった「書き下ろし」連作短編集。各作品の題名は「アウターリミッツ」のエピソードから取られているようです。

《地獄の季節》と呼ばれた、一連の事件も収斂して行き、平凡な町・金敷にも平和が戻ってきた。事件の温床ともなっていた、家と家との高い塀は取り去られ、見通しの良い生け垣が植えられる。町では自警団が組織され、自分の町の治安は自分たちで守ろうということになっている。金敷はどこから見ても風通しの良い街――になった筈だった。しかし、警察ですら把握できないところで事件は起きていた。少女を襲った挙げ句に自殺させた癖に罪の意識すら持たない男。小さな子供を泥酔運転でひき逃げで殺しておきながら、嘘で罪を軽くする青年、子供を虐待の末に瀕死の目に遭わせておきながらのうのうと教育だと言い張る親、立ち退きを拒否する公園に住むホームレス。住民にとって害を為した存在、害になる恐れのある存在はいつの間にか自殺や事故として警察に処理され、その姿を消していた。トクソウ所属の警察官・伊丹三樹子、そして野口キアラはその実行犯たちを特定して捕らえてゆくのだが、一向に事件自体が減少する傾向が見えない。果たして事件に黒幕・鴻上はまだ生きているのか、それとも?

正義とは何なのか。法とは何なのか。行き過ぎた自警を、いけないことだと言い切ることが出来ますか
 前作では連作短編集風でありながら、第一話から主人公格人物を壊していくという大技でいきなり読者の度肝を抜いてくれた、このトクソウ事件ファイルのシリーズ。それに比べると(2)に相当する本作は、普通の連作短編集の形式が踏襲されているような印象。ただ前作は電波で狂気な牧野式ホラーの定型と物語の破格とを混じり合わせた展開だったのが、その結果を踏まえてながら、どちらかというと「罪と罰」的な、人間の善悪、正義と悪魔、遵法と脱法といった倫理観のボーダーに踏み込んでくるような展開が特徴。 いきなりどうしちゃったの、という印象もあるかもしれないが『破滅の箱』の展開が大きな伏線と、そして説得材料となって本作が進む。その意味では(1)は完全にこの(2)の踏み台になっているともいえる。
 無惨な状態で身内を殺されたり喪ったりした遺族は、司法では罪に見合った裁きを受けない犯人に復讐してはならないのか。我が身が危険な程に虐待に晒された子供は、状況から脱出するために計画的な親殺しを行ってはならないのか。罪を犯しながら全く反省の色のない人物に、徹底的な反省をする機会を与えてはならないのか。
 現実問題として身につまされるような、理性と感情で相反する答えが出てきそうな「問いかけ」に読者とトクソウの課員たちが晒される。加えて、本作ではそれを影で操っている「何者か」の姿がなかなか浮かび上がってこない。もどかしく、そして、恐ろしい。

 物語の結末に至るまでなかなか展開が読めない。果たして黒幕はいるのかいないのか、読者として物語に接していても、物語の筋書きへの興味と同時に、その倫理感覚が揺さぶられるかのような錯覚に陥ってしまう強烈なインパクトを内包している作品である。また『破滅の箱』から続き、この作品全体にもちりばめられた伏線が指し示す先。その絶望感覚もすさまじい。 牧野修さんらしい「壊れ方」をみせる警察小説なのだが、某米国のテレビドラマに、よりその雰囲気が近づいてしまうのはご愛敬か。


10/07/31
牧 薩次「郷愁という名の密室」(小学館'10)

 年末ランキングをはじめ、各方面で高い評価を得た『完全恋愛』に続く、作家・牧薩次の二冊目の長編。前作はマガジンハウス刊行だったが今回は小学館ですね。書き下ろし。

 地方都市でヘルパーの仕事をしている矢住鼎・35歳独身。彼はかつては漫画家を志していたが佳作止まりで挫折。自分より年若い漫画家のアシスタントを続けていられなくなり故郷で就職をしていた。夢よ再びと最近改めてギャグマンガを投稿したが、旧知の編集者から駄目だしを喰らってしまう。失意のうちに仕事先の老女の家に向かう途中、車で自損事故を起こしてしまい、遅刻。半分痴呆の入った老女は遅刻をとがめないかわりに、鼎を泥棒呼ばわりして大騒ぎを始めた。止めようとした鼎は老女を突き飛ばすかたちになってしまい、誤って死なせてしまう。絶望した鼎は、雪山で自殺を図ったのだが……。目覚めると無量温泉の温泉宿の一室にいた。しかも、高校時代そのままの姿を保った後輩・雫と再会。どうやら自分は死ぬ前の夢のなかにいるらしいと鼎は気付くが、その旅館では連続殺人事件が発生する。

ベテランらしい円熟の技が光る、タイムスリップSFと本格ミステリの幸福な融合。
 牧薩次というまだ単行本二冊目の新人にベテランという言葉を使うのは問題ですかそうですか。
 冒頭では漫画家への夢やぶれて意に沿わない就職をしている中年一歩手前の主人公の日常が描かれる。根拠のない自信、裏付けのないプライド等に対しての厳しい現実は、主人公も痛いし読んでいるこちらも楽しいものではない。という導入部。そこから一転、高校時代のマドンナがそのまま仲居として働いている夢の温泉旅館に場所を移しての推理劇。ネタバレを避けると、一応、この状況は自殺しようとした鼎が死の直前に見た夢のなか、ということになっている。なので、雫との再会以外にも、ほんのちょっとした鼎の記憶から導かれる様々な過去が蘇っているのが特徴。まあ、ミステリとして最大のポイントは、ある年齢層以上であれば『七回死んだ男』、現在なら『ひぐらし』や『うみねこ』あたりが想起されるある設定だ。但し、そうそう繰り返されるほどのボリュームではなく、その終わり方も唐突に過ぎる印象があった。どちらかというと、本格ミステリ指向の作品ながら、そのSF設定を縦横無尽に、しかもしっとりと物語に溶け込ませる手腕が印象に残る。
 一方で、題名通りの密室殺人が、スリップした先の無量温泉の旅館にて発生する。こちらも――、手慣れたかたちで組み立てられてはいるのだけれども、旅館の特殊な構造(しかも事前には見取り図無し)に、特殊条件が付け加えられて初めて成立するもので、トリックとしては成り立ってはいるもの、解明を経ても得心させられる度合いはかなり低い。しかしこちらも、ベテランならではのテクニックか、真相に至るまでの議論や試行錯誤のところで膨らませてあり、全体としての引っ掛かりがない。

 さらに「郷愁」へのこだわり方、演出の仕方も微妙になんだか共感できないというか、こちらは定型に嵌ってしまうようにみえる。様々な角度からみて『完全恋愛』の凄まじさに比べると、巧くまとめてあるけれどもそれだけ、という作品だと感じた。ただ、文化的なサブエピソードへのアプローチなど、辻先生(あ、書いちゃった)のご年令を考えると、よくぞ、という内容も数多くあり、やはり小説としてはしっかり読ませる内容だと思う。