MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE 国産ミステリ・レビュー
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


11/04/20
夏寿司「トリック・ソルヴァーズ 哀しみの校歌」(トクマ・ノベルズEdge'08)

 2011年『アリシアの三姉妹』を講談社BOXから刊行した夏寿司氏のデビュー作品。第3回トクマ・ノベルズEdge新人賞を受賞した長編で、本作以降、このトリック・ソルヴァーズのシリーズはトクマ・ノベルズEdgeより『籠の中の飛べない鳥』『三人の道化師』と合計三冊が刊行されている。

 自遊高校に通う高校二年生・桜咲(さくら・さき)は、実力の高さを誇る自遊高校演劇部のエース。その演技力は、演劇を知らない生徒までをも興奮の渦に引き込む折り紙付きのレベルにあった。彼女の父親もまたヒーローものに出演していたアクション俳優で、子供の頃から父親の演技を見て育った咲は格闘術までをも身につけている。春、新一年生が入学してきた直後、咲の前に「名助手」を名乗る小林新という少年が現れ、この学校で近々殺人事件が起きるので、咲にある人物とパートナーとなって名探偵になって欲しいと告げる。咲は一旦は断るのだが、自遊高校の教師が不審な死を遂げたため、もう一人の名探偵・華崎灯(はなざき・あかし)とのコンビを承諾する。灯は双子の兄が野球部で活躍しているのだが、彼自身は卓抜した推理能力と広範囲にわたる知識を有しながら、ある理由から他人とうまくコミュニケーションが取れない。そこを咲の情報収集能力と演技力とで補うのだ。しかし、自遊高校の教師が屋上で殺害された。どうやら、校歌を見立てに使った連続殺人のようなのだが……。

一定のお約束はお約束として置いておいて、それでも根本には本格ミステリへの挑戦精神有り!
 二人一組の高校生探偵であるとか、実は小林新が特殊な政府組織に属しているとか、犯人は犯人で黒幕がトリック・アーティスターズなる犯罪組織に属していて、事件の犯人を影で操っているとか、「この設定に関してはこういうもの!」と作者が決定してしまうお約束が多少目立つ。トクマ・ノベルズのEdgeというレーベル(その昔、Mioと名付けられていたレーベルと狙いは同じかな)は、絵師さんの署名があり、実際作中でもラノベ並みに挿画があることを考えると、新書版のラノベと単純に考えても良いのかもしれない。いや、もちろんラノベが良いとか悪いとかそういう話ではない。どちらかというと、そのような「お約束」をすんなり受け入れてくれる柔らかい頭の読者向けということなのかと、そういうことです。
 この、物語世界の前提として、結構突飛なお約束っぷりをかますのは、先に読んだ『アリシアの三姉妹』でも幾つか要件を前提にしていたので、作者の癖というか芸風なのだということだろうけど。
 ただ、その前提を踏まえたうえで、ということになるけれどミステリとしては本格ミステリフィールドでの真っ向勝負。 嬉しい誤算というと失礼かな。でも、見立て殺人にきっちり意味を与え、手がかりの提示方法はフェアであり、関係者を集めて謎解きを行うスタイルもあり、そしてその真相に一定のサプライズを用意している点など、大傑作とまではゆかないまでも佳作となるべき要件は満たしているのではないか、というのが結論。
 確かにトリックに関しては微妙、というか人によっては不満を申し立てるかもしれないタイプのもの。ただ、手がかりがあからさまではないにせよ、その言動であるとか細かな点ではきっちり計算した表現がなされていることは事実。正直小生も、作中の一部の記述が引っかかってその可能性を思い浮かべた。(けど何かでそれを打ち消してしまって読み終わる頃にはその想像をしたことを忘れておりました)。

 ちょっと厳しいことをいうとまだ一冊目だからかもしれないながら、登場人物そのものにあまり魅力が感じられなかった。真面目過ぎるというか、もう少し恋愛要素を入れて人間らしくしてみても面白いかも、というか既に出ている二冊目、三冊目では変わっているかもしれない。
 とはいっても先に述べた「お約束」のうえで、本格ミステリを楽しむという、軽く読みつつ楽しむという読み方が正解のようだ。「お約束」に目くじらを立てるような偏屈なミステリ読みは相手にされないってことですかねえ。


11/04/19
森 博嗣「ヴォイド・シェイパ──The Void Shaper」(中央公論新社'11)

 中央公論新社の森博嗣といえば、アニメ化もされた『スカイ・クロラ』のシリーズの印象が強いのだが、同シリーズは完結ということで新たに始まったのがこの『ヴォイド・シェイパ』。シリーズ名がこのままになるのか不明だが、続巻が出てくるのは内容的には確実という流れだ。

 山奥で剣の師であるカシュウと共に小さな子供の頃から暮らしていたゼン。ゼンはある理由から、これまで暮らしていた山を下り、一番近い集落の長であり、かつてカシュウと同門だったというサナダを尋ねた。ゼンは読み書きは師から学んでおり、礼儀正しく行動することに問題はないのだが、多人数で過ごす際の風習や決まり事、人間同士の距離感の取り方がよく分かっておらず、居心地の悪い思いをする。また、カシュウは伝説の域にあった剣士であり、弟子を取らなかったため、ゼンの刀の腕前もまた興味の対象となった。サナダは不在で、戻る待つように言われたゼンは、サナダの娘・イオカに手合わせを所望されるが断った。イオカは、サナダの道場にいるフーマに剣の勝負で敗け、許嫁となっていたのだが、どうやらその事態は彼女にとって不本意な状態だったようだ。サナダが帰宅し、ゼンはカシュウの死を告げた。ゼンはこのまま里へ下り、旅に出るつもりであった。その晩、ゼンはイオカの剣を受け止め、さらにイオカからフーマを倒して欲しいという婉曲な要望を受け取るのだが、積極的な行動を取るつもりはなかった。しかし夜中に出た散歩にイオカが同道した結果、フーマがゼンに斬りかかってきた。

戦いが主題の剣豪小説でありながら、緊張感と全体を覆う静謐な雰囲気が心地よい。
 西尾維新の『刀語』のシリーズを少し思い出した、というか実際に部分的に共通点がある。が、まあ、文体というか物事のとらえ方、視点の取り方がいつも通りの森博嗣らしい冷たさに満ちていて、それが作品の雰囲気というか、主人公の精神状態というか、要は物語の芯のようなところと同調している。その結果、物語全体がピンと張り詰めたような印象となっているのだ。
 そして世間知らずで育って来ている(良くも悪くも)ゼンの一人称で、この世界そのものが改めて観察されて展開されていく。 戦国時代くらいのイメージの日本を想定しているのであろうが、全くこの時代の人々の常識と離れた視点から観察された世界が新鮮に感じられる。ちょっと喩えが極端になるが、S&Mシリーズなどで「理系」の極端な視点から、世の中の常識(と我々が感じている様々な事柄)が、非効率だと再定義されていく時に感じた新鮮な感覚に近い。そういう意味ではデビュー直後の森博嗣が与えてくれた衝撃を追体験しているってえことかいな、とか。
 ただ、特に物語の序盤から中盤にかけて、ものの見事に浮世離れして、その実力も高く無敵に近いように見えていたゼンが、なぜか後半にかけて俗っぽくみえてくる。というのも、ある人物の自分を遙かに凌駕する強さに気付いたからなのだが、正直なところ急にこの人間くさい向上心が登場する部分は、ちょっと一冊の本の中で浮いているように感じられた。個人的な感覚だし、悟りを開いていると思いこんでいた人間が思ったより俗っぽかったってそれだけのことですが。

 一人称の戦闘小説と捉えると『スカイ・クロラ』のシリーズに近いのだけれど、世界観からして微妙に難解だった同シリーズに比べると序盤から比較的分かりやすく感じられる。「ミステリィ」以外の森博嗣、という意味では比較的経験の浅い読者にもお勧めしやすい作品だと思う。本書一冊のみでの盛り上がりという意味では静かな作品なので、ちと欠けるかもしれない。


11/04/18
篠田真由美「未明の家」(講談社文庫'00)

 元版は講談社ノベルスで1994年に刊行されている。つい先日『燔祭の丘』で十数年越しのシリーズが完結した、篠田真由美さんを代表する探偵「建築探偵・桜井京介」が登場する最初の一冊。完結を記念して文庫版で再読を開始してみた。ノベルス版でずっと読んでいるので文庫で読むのが新鮮。

 一九九四年のGW明けのこと、W大学文学部の院生・桜井京介と助手の蒼が張り出した西洋館鑑定を受け付けるチラシを見て、一人の女子学生が研究室を訪ねてきた。遊馬理緒(あすま・りお)と名乗った彼女は文学部一年生。父親はスペイン文学者の遊馬灘男、母親は会社経営者で三人の姉がいるという家族環境のお嬢様。彼女は、馬術を嗜むことで一族のなかでも最も親しくしていた彼女の祖父・遊馬歴が伊豆・熱川に残した「黎明館」という館の鑑定をして欲しいのだという。歴は一族でも変人扱いされており、その死もまた謎めいていた。その息子である灘男もまた、その館にしばらく住んだものの自殺未遂を起こしている。理緒の母親と不動産業者は、館を解体してリゾートにするとと決定していたが、理緒は祖父の愛した館の価値を測定することで計画を阻止したいと考えたらしい。桜井と蒼は、友人の栗山深春と共に現地に赴く。スペイン様式で建設された別荘には不自然なパティオ(中庭)があった……。

ミステリのために作られた館ではなく、曰くがあっても普通の館。その館と頒ちがたき事件と謎
 さすがに十数年ぶりに再読となるといろいろ当時と印象が異なってくる。読んだ当時はあくまで新本格ミステリのうち、さらに「館ものミステリ」として選択して読んでいたと思うのだが、建築探偵という題名を考慮の外にしてしまうと、そもそもの「館ものミステリ」のコードとは異なる成立様式を、当初から指向していたのではないかと思うのだ。
 一つは圧倒的な建築学の知識。専門家でないにせよ「館」という存在が、現実に好きでないと書けない深みがまずある。本書における「黎明荘」にしても、スペイン式の単純様式で建てられていないという変化球から始まり、日本の伊豆地方の立地条件、更にはその現実の建築様式とのズレが事件の謎を深めるポイントになっているという念の入りよう。最初から殺人事件の舞台として、トリックを内包するアイデアとして、ミステリ作家から好きな場所に好きなように建設される「館」とは根本的に意味合いが異なっている。
 ただ、双方同様にミステリを醸し出している。この『未明の家』に関していうと、不可能犯罪というよりもWhy done it? の興味が強い展開だった。何となく全てで本格をやっていたような印象がシリーズにあったが、本書ではWho done IT? やアリバイ崩しなどもあるにはあるとはいえ、「館」に対するWhat? が最大の謎であった。その解もまた、建築という現実と切って切り離せないところに答えがあるところが、本シリーズの幕開けを象徴しているように感じられた。

。  事件と主題への真摯な取り組みがある一方、桜井京介を普段は髪の毛で隠しているけれど超美形、年下の可愛い少年枠での蒼、ワイルド肉体系の栗山深春など、キャラクタの方は敢えて類型的(ラノベ的というよりも少女漫画的か)にしてあるところもまた、ポイントだったと思う。ここで中途半端なリアルを追求せずにある程度極端なキャラクタを刻み込むことで、読者の裾野をきっちり拡げたのではないか。読者あってのシリーズ作品、そういう意味ではこのシリーズも幸せな作品だといえるように思う。


11/04/17
深木章子「鬼畜の家」(原書房'11)

 第3回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞作品。(同時受賞は一田和樹『檻の中の少女』。深木さんは1947年生まれ、東京大学法学部卒。弁護士だったが60歳を機にリタイアし、本書を書き上げたのだという。

 元警察官で激務が理由で離婚して独身の探偵・榊原聡。従姉妹で児童福祉施設で保育士をしている遠藤理恵子から、北川由紀名という十八歳の少女について相談を受ける。彼女は小学校も出ずにずっと引きこもっていたという経歴を持っていたが、その母親・北川郁江と兄・秀一郎が心中のようなかたちで岸壁から車で飛び込み、そのまま行方不明になっているのだという。その自殺には何かと疑いがあり、保険会社が支払い拒否、彼女は遺産を受け取れない。由紀名には、彼女の面倒を見ていた亜矢名という姉がいたが、彼女は一年前、大学入学の直前にベランダから転落して死亡していた。由紀名のために一肌脱ぐことにした榊原は、彼女から事情を聞くが、開口一番出てきたのが「あたしの家は鬼畜の家でした」との言葉だった。開業医の一家だった北川家は、粗暴な夫・秀彦のDVで壊れかけており、その後も不幸が起きるたびに賠償金や保険金を受け取ってこれまできていたらしい……。

どす黒い保険金詐欺や身内を駒とするようなサスペンスから一転、下斜め四十五度からの切り返し
 保険金詐欺、というのが最初に頭に浮かぶ構成。鬼畜の家という題名、登場人物の自称に恥じない(?)どす黒い計画とその結果が序盤を彩ってゆく。身内の死や不幸を最大限に利用し、保険金だろうが賠償金だろうが取れるところから、さらに無理筋であろうが、ゴネまくって最大限の金を毟り取ることを続ける一家。生命保険を使って強烈なサスペンスを生み出した貴志祐介『黒い家』を裏側から(実行犯側から)描いたかのような展開に、読んでいて、なぜかずずっとのめり込む。年の功というと失礼ながら、細かな人物描写についても丁寧であり(多少類型的ではあったとしても)いわゆるキャラ立ちがしっかりしているため、読んでいてつまらない違和感を覚えさせない描写力が素晴らしい。
 展開は、ドキュメンタリーというか、探偵が様々な人物からインタビュー形式で関係者の話を引き出してゆく方式。一見なかなか事件の全貌が読者に伝わりにくいかたちである筈だが、あえてフェアプレイに徹しているともいえよう。その過程から浮かび上がってくるのは、近親間のタブー関係。このインタビュー形式では受けている側の印象などがモロにバイアスとして証言に方向性がかかってしまうもの。このあたり割り引かないといけないのだけれど、読者にそれをさせない迫力での「におわせ方」が抜群にうまく、他の点も含め、ミスリーディングを厭な方向に持ってゆくテクニックに長けている。真相そのもののみを取り出して「実は……」とすると、見方によってはあっさりとした、割と良くあるシンプルな真相ではあるのだけれど、そこに至るまでの読者に対する誘導がうまいのだ。特に心理面というか、先に述べたタブーが、通常のミスリーディング以上に読者の目線を逸らしてしまう。恐らくそこも計算された結果用いられた手法かと思われる。

 堅固な状況描写とかっちりした人物構成が、ミステリとしてのシンプルな構成をより際立たせる方向で、非常に良い相乗効果を生んでいる。新人作家のデビュー作品と思えぬほど、というと年の功に対する敬意が足りないということになるのだろうか。非常に完成度の高いミステリを堪能させて頂いた。


11/04/16
北野勇作「メイド・ロード・リロード」(メディアワークス文庫'10)

 電撃文庫の兄貴分(?)にあたる、一般向けを意識したレーベルがこのメディアワークス文庫だという。北野勇作氏の書き下ろしとなるノンシリーズ長編。表紙(メイドさんの絶対領域のみですが)及び冒頭のページにメイド姿の女性の写真が使用されているのだが、モデルを務めているのは黒崎真音さん。(取り合わせが意外)。

 売れないSF作家の湯浅は、旧知の編集者から「ラノベは書けるか?」という問い合わせに対して、仕事欲しさに二つ返事で承諾の返事をしてしまう。打ち合わせの場所に指定されていたのはなんとメイド喫茶。編集者と、出版社社長との審査(?)に合格してしまった湯浅は早速、執筆を開始する。テーマは何故かメイドが登場する小説。主人公は自分自身についてよく判っていない、いわゆる記憶喪失者。彼につくメイドが、冥途迷子なる女の子。二人はなぜか冒険を開始することになるのだが、その冒険というのもよく判らない。さらに、実は湯浅は打ち合わせの最中に不慮の事故で死んでしまっているのだという。しかし小説の執筆は続けることになっていて……。

現実遊離の北野風ファンタジー空間にメイドさんとファンタジーパロディとが飛び交う
 冒頭からラノベラノベと繰り返され、作中でも作者、違た、主人公がラノベを書かないと、と四苦八苦している。なので、本書自体がラノベでなければいけないように初読では感じていたけど、違うな。ラノベが「書けない」というなかで生み出された小説であるがゆえ、ラノベじゃない小説なのだ、本書は。
 その点から切り離して、北野勇作の作品として読むと、むしろ作品が理解しやすくなる。主人公のナビゲーター役がたまたまメイドさんであったというだけ。題名にあるからメイド小説であるという決めつけもまた無効なのだ。従ってメイドについて素晴らしい考察をしたり、こだわったり、萌えたりという要素もなく、あくまで彼女はナビゲーター。本当の意味での主従関係もなく、関係も対等、というか主人公よりメイドの方が上っぽい。
 主人公(SF作家の方)がメイドテーマのライトノベルを書こうとして悶え苦しみ、結果生まれたところが、なぜかファンタジーのパロディというところが面白い。まさかラノベ=ソード&マジックのファンタジーないしファンタジー系RPGという安易な決めつけではない──と信じたうえでだが、宿の電球を変えてもらうだけで壮絶な冒険になってしまうエピソードであるとか、旅の勇者が生み出される仕組みであるとか、倒されるべき伝説の竜との戦いであるとか、その凄絶な最期であるとか、一連のRPGパロディはめちゃくちゃで、良い意味で中途半端ないい加減さの演出により、北野勇作さんらしい雰囲気に溢れている。 登場人物も、読者も「あちゃー」と感じる勇者の戦いの結末、ほとんど落語です。
 本書全体の結末にいたってもメイド愛(?)がなぜか登場するものの、どちらかというとやっぱり酩酊系。こういった締め方もまたこれまでの北野勇作氏の作品群と共通する味わいになっている。従って普通に北野ファンが読む分には全く問題なく楽しめるのではないだろうか。ただ、北野作品の重要な要素であるノスタルジックな雰囲気はあまり感じられず、プロット自体は相互独立しつつキリッとしている印象だった。

 同じメディアワークス文庫から刊行された『かめ探偵K』を買ってきて、そういえば本書の感想を書いていないということに気付いて先に再読してみた、なんて個人的背景はあまり関係ないですね。はい。


11/04/15
柄刀 一「バミューダ海域の摩天楼」(講談社ノベルス'11)

 柄刀氏には数多くのシリーズ探偵がいるが、本書でまた新たな探偵役が登場。米国ウェルズリー工科大学の教授を務める、たった十三歳の特任教授・Dr.ショーイン。柄刀氏の別出版社のシリーズで登場している探偵役を国際的にしたような印象も少し。違うけど。『バミューダ海域のドラゴン』が「メフィスト」2010年vol.1に発表、もう一編は書き下ろし。

 フォートロック空軍基地を飛び立ったまま三機の飛行機が消息を絶った。軍事機密を搭載した軽輸送機が消えたのはバミューダトライアングルの近辺だ。一週間が経過し、捜索が続けられたにもかかわらず機体の破片すら発見されない状況だ。情報保安局所属の三十歳の現場職員・リリーは、十三歳の天才教授Dr.ショーイン(松陰)と供にその謎に挑戦することになった。『バミューダ海域のドラゴン』
 四年前にNASAが打ち上げた人工衛星が予期せぬ事態により墜落が確実となった。計算上は南米大陸の沖合いに墜落することになっているが、不慮の事故があれば南米・ペルーの人口のある地域への墜落も懸念される状態だ。Dr.ショーインは、リリーと共にアステカ考古学の発掘現場を訪れていた。この地域では逆さに地面に埋められたピラミッドなど特殊な遺跡が発掘されつつあったのだ。そんななか、南米の原住民の方の身体を調べていた新薬メーカーを発端とする謎の伝染病が発生した。 『熱波の摩天楼』 以上二編。

未知の不可解現象を多方面の科学情報を多面的に分析して(人間的な)答えを導き出す──。
 天才、である。
 十三歳にして米国でも勢いある大学の教授となる。コンピュータ方面から人間工学、考古学、病理学、語学そのほかとにかく幅広い知識を誇るのが今回(から)の探偵役。それでいて年相応にあどけなさと無防備さを持ち、正義感もあり情もある。名探偵によくみられる人間的な欠陥も特段見当たらないという、かなり百パーセント・パーフェクトの存在に近い人物のようだ(今のところ)。
 題名でこそ、二つの作品が合体させられているものの、収録二作で味わいが微妙に異なっている。いずれも謎解きの対象になるのは、かなりスケールの大きいものだ。前半部はバミューダ海域付近での飛行機三機の消失、後半の作品では謎自体がなかなか具体的にみえてこないなか、謎の病気が発生しパンデミック・サスペンスが進行するといった内容で、物語の構造としては前半と後半で異なっている。シリーズとしての方向性に関して、まだ簡単にその全貌を見せてもらえていない印象だ。ただ──、共通するというか、必要事項として感じられるのは、科学に対する非常に幅広い知識と、その知識から来るイメージを自由に活かす柔らかい頭の双方が備わっていないと、絶対に解けない謎ばかりという点。つまりは、『バミューダ海域のドラゴン』も、気象学やオカルト学などだけではなく、航空管制に関する知識や人間心理の盲点なども計算に入れなければ解けないであろうし、『熱波の摩天楼』に至っては、コンピュータ、考古学、語学、病理学等々、普通の教育では全てを教わることのない散らばった知識がまとまり、整理されることで初めて道筋が見えてくるというもの。限られた手がかりでロジカルな解決を導こうとするというよりも、複数の起こりえる科学現象を利用して謎を演出するというような意図がより強かったように感じられた。
 後半の事件については、リリーともう一人が一緒だとはいえ、Dr.ショーイン自身が火事に巻き込まれて脱出する必要が生じるなど、なかなか危険な目にも遭遇している。しかし直接的な謎解きとは無関係に、大火事から消火器一本で脱出する方法であるとか、パンクしたタイヤを火事場であるのに修理してしまうところなど、細かなところにも驚かされるネタが多数使用されている。うまい、というか、全体的にミステリとして贅沢だと思う。

 実はまだ判断を保留にしているところが幾つかある、というと大げさだけれども、まだ二作ではこのシリーズ探偵・Dr.ショーインの名刺代わりでしかないのではないかという疑念。まだまだ彼の実力はここが限界だと思えないのだ。──というか事件の質に合わせて、また今後、更にすばらしい推理が披露されていくことが予測される、非常に可能性を感じる探偵役でもある。まだ若いしね。


11/04/14
太田忠司「ルナティックガーデン」(祥伝社'11)

 太田忠司さんによるノンシリーズ長編作品。SFミステリと謳われている。

 西暦2080年。高名な造園家・アデル・コープの弟子であるエチカ・ヤマギワは、軌道エレベーターを利用して月へと向かっていた。中間駅「アーサー・C・クラーク」駅では、エチカは無重力近い重力を楽しむなか、途中で親しくなった少女の行方不明事件を持ち前の洞察力から解決に導いた。彼女は、月に住む元音楽家で大富豪のタッドの建てたオンルッカー・ハウスにアデルの名代として庭を造る仕事を任されていた。無事に月面に到着したエチカだったが、使用人筆頭の揚をはじめ、元大物女優や元実業家、大作家や元貴族などタッド本人を含めた滞在者は皆、偏屈な性格を持つ人々ばかり。彼女はおろか、滞在人同士でもほとんどうち解けていないようだ。さらに地球規模で組織されている環境保護団体により月の造園に関して執拗な妨害を受け、なかなか仕事は捗らない。そんななか、彼女は単独で月面に向かった作家を救うため後を追った結果、偶然未知なる声を月面上で聞くという体験をしてしまう――。

SFがファンタジー領域にも見えたあの頃の雰囲気に、上質の心理劇を絡める
 上記した、SFがファンタジーに見えた、というのは個人的な感傷でしかないのだが。もともと専門的にSFを読み込んだ時期がないので、若さを言い訳にするのもおこがましいのだけれど、若かったあの頃、SFとファンタジーは自分のなかではほとんど同義だった。 例えばスターウォーズはSFだけど一種のファンタジーとも受け取れる、そういった感じ。
 本書で太田忠司氏が創り上げた月面世界についても、その当時の感覚と似た印象を受けた。ある意味、現代のテクノロジーの延長線上、遙か先の時代の話であるのに、どこか懐かしい。 その懐かしい、七十年代、八十年代SFへのノスタルジー(?)がこもっているようにみえる、太田SF世界上で味わうのは、濃厚な人間ドラマだ。登場する老人たちにせよ現在の読者としての自分よりも後の世代の人間たち。それでいて、人間くささは現在と全く変わらないところ、そちらの方が現実的だと思う。老人たちの思いは様々であっても、人間、いつの時代であっても悲しければ泣くし、楽しければ笑うのだ。
 途中のエピソードの幾つかは、どちらかというとミステリの手法によって解決されてゆく。連作短編集のような味わいも当初はある一方、終盤に差し掛かって主人公が月で”ある変化”を経験してから物語の色調が変化してゆく。大幅にSFに舵を切るようなイメージか。どちらかというとミステリ寄りの読者である自分からすると、物語が手の内からこぼれ落ちてゆくような印象を受けたのけれど、SF側の読者はまた異なる感触を得られたのではないか。
 最終的には、ミステリというよりも心理劇に移行し、元々内包されていたSF要素が、より強めに感じさせられる終わり方になっている。少し残念に思うのは、庭が本書のなかでは完成せず、当然ながらその最終形が読者にも示されていない点だ。最後にどのようになるかを読者の想像にゆだねるには舞台がSFだということからも何か不親切で(だって現在知識の延長では想像出来ないのだもの)、やっぱりエチカの脳内描写でも良いから最後の姿の描写が欲しかったと思う。

 SFミステリーの傑作誕生というコピーは少し安易だったのではないかと思う。昔懐かしい、だけど古くない。そんなSF作品。本書を表現する適切な言葉はきっっと別にあると思う。それが究極的にどんな言葉が相応しいのかはすぐに思い付かないのが何かもどかしい。


11/04/13
森谷明子「白の祝宴 逸文紫式部日記」(東京創元社'11)

 森谷明子氏は2003年、紫式部を探偵役とした『千年の黙 異本源氏物語』にて第13回鮎川哲也賞を受賞してデビュー。他に『れんげ野原のまんなかで』『七姫幻想』などの著書がある。本書は書き下ろし刊行での待望の受賞作の続編にあたる。

『源氏物語』の作者・紫式部の残したもう一つの書物、それが『紫式部日記』。この紫式部日記では、時の帝の寵妃である中宮彰子が土御門邸で親王を出産する様子がごく丁寧に念入りな描写によって描かれている。なぜ紫式部はこの部分をそれほどまでに克明に記録しなければならなかったのか。……という歴史の謎はとにかく、出産が無事に済み、この白で覆われ祝いの宴が催された邸内に、手負いの盗賊が一人逃げ込んだとの知らせが届く。追っ手である夫・義清の依頼で、邸内の紫式部の連絡を頼まれた阿手木は一人の少年を供に土御門邸を紫式部を訪ね、ことの始終を相談するがそれらしき人物が表立って争った形跡は無かった。少年・小仲は邸に残って式部と供に当日の様子と従者たちからの情報を集めてゆくが、盗賊の血痕が僅かに残るばかりで、その本人らしき影はどこにも見えない。一方、義清らに捕らえられていた盗賊が脱走、その結果、義清は大怪我を負ってしまう……。

逃げ込んだ盗賊に仕掛けられた呪符。本格ミステリ風の謎に加え、紫式部日記の歴史上の真実にも迫る意欲作
 さりげなく、これ傑作じゃないか。
 あとがきにて様々な本作成立の経緯が作者自身によって暴露されているのだが、それを踏まえてもよく出来た作品かと思う。紫式部日記自体は、これまで興味なく、古文の授業以上で接したことはない。しかし、これもあとがきによると、この日記自体が源氏物語より文章の良さ、内容といったところの完成度は低く、宮廷ドキュメンタリー程度のものであるらしい(認識違うかもしれない。そうだったらごめんなさいと謝っておく)。
 どうやら、この紫式部日記自体が「なぜつまらない」のか、そしてそのつまらない日記が「なぜ現代まで生き残っているのか」 シンプルではあるが根源的な謎について、作者は回答を用意する。そもそも文学的に面白くなく、史記としての価値もない作品がどうして? という点、なかなかこれは得心のゆく話である。
 また、さすが東京創元社の刊行物だけあって、作中では密室内での犯人消失事件(と書いてしまうと身も蓋もないが)も発生する。このあたりを処理するセンスにはむしろ現代的な多様化した価値観を作品内部に違和感なく持ち込んでいる点が評価できる。 実際に事件が発生してから謎解きが完全に為される迄にかなり時間が経過しているため、サスペンスという要素は薄いのだが、関係者の行動を振り返って確かめてみると、それが様々なかたちで伏線だったり、事件を構成する要素になっていたりとかなり周到な構成になっている。事件そのものの全貌が当初は見えにくいものの、中宮で起きていた小さな事件、違和感、都周辺での出来事が様々なかたちで動機や伏線となって絡み合い、最後にほぼ過不足なくその円環を閉じるのはお見事。
 特に事件にある視点を加え、さらに王朝文学らしい当時の人間関係を加えることでそのリングを成立させている点が素晴らしい。現代の理由だけでもないし、当時の理由だけでもなく、その両方を組み合わせて「歴史ミステリでありながら、現代本格でもある」という最初のハードルをクリアしたうえ、更に先に述べたテキスト 成立そのものの、大きな歴史の謎にも挑戦し、一定の回答を見つけ出している。
 これは本来的にはマイナス評価になるかもだが、王朝を舞台にしているものの、本書、王朝文学そのものではない。殿上人同士の権謀術数や女房たちのどす黒い争い、そういった要素もあるにはあるものの権力や寵愛をゴールとするような、柔な構造(?)を狙ったものではない。紹介される和歌も最小限に留められているし、王朝を舞台にしていながら、視点人物の式部にせよ阿手木にせよ情には篤いものの現代的で理知的な性格なので、読んでいて古くささが一切感じられないのだ。

 繰り返しいうことになるが、この作品、歴史そのものを扱った歴史ミステリ、歴史上の人物が登場する歴史ミステリ、そして現代本格として二重、三重に楽しめる。 ちょっと読みはじめるにあたっての敷居は高いかもしれないが、現段階で既に今年の収穫作の一つに数えるべきレベルの高い作品だと思う。


11/04/12
西尾維新「猫物語(黒)」(講談社BOX'10)

 『化物語』シリーズ、主人公の阿良々木暦の次に、実は出演時間が長い(と思われる)委員長・羽川翼が怪異と出会うエピソードを描く。物語シリーズ第4弾、通巻で6巻目。『化物語(下)』の「つばさキャット」ってどこからどこまで書いていたんだっけか。曖昧な記憶によれば、他の物語で触れられている「ゴールデンウィークの事件」すなわち、第禁話「つばさファミリー」が本書。

 一連の物語の基礎(?)である『化物語』より前、阿良々木暦が吸血鬼に遭遇した最初の事件である『傷物語』の後。優しく頭もスタイルも良い完璧な委員長・羽川翼と出会い、助けられた彼が迎えた最初のゴールデンウィークのこと。ここまでの彼女との関係のなか、これまで人を好きになったことがないと広言する暦は、羽川の存在が気になって仕方がない。この気持ちはいったい何なのか。暦は朝、二度寝を起こしにバールを持ってきた小さい方の妹・ファイヤーシスターズの片割れ・阿良々木月火に自分の気持ちについて相談する。紆余曲折の盛り上がりの後、暦は妹から借りたお金を元手に自らの欲求不満を慰めるための本を購入するために書店に向かった。その途中、歩いている羽川に出会う。彼女の頬には大きな絆創膏があった。父親から殴られたのだという彼女は、家に帰らないための散歩中でもあったのだ。二人で歩いている途中、死んだ猫を見つけた羽川は、躊躇わずにその猫を土に埋めてしまう。その行動が「障り猫」、羽川が遭遇する怪異の始まりだった。忍野のアドバイスに従って深夜、羽川の自宅に向かった暦は、下着姿で猫耳、前身が真っ白の猫化した羽川(通称:ブラック羽川)と出会う。

一冊の半分が特殊趣味全開、阿良々木暦(&月火)のフェチ与太話。残りは委員長・羽川翼のこと。
 先に、前半部について書く。二度寝をしているところをバールでたたき起こされそうになったうえ、お互い下着姿のままでパンツ話に花を咲かせる暦と月火の兄妹。それぞれのこだわりを問答形式で再確認したあと、物語的には重要な阿良々木暦が現在(物語中のGWの冒頭時)抱いている羽川翼に対する感情が果たして恋なのかどうかという相談が行われる。丁度『化物語』がアニメ化された前後ということもあろうが、その中身についてメタ的に言及する部分もあり、ぐだぐだ感がはんぱ無い。 可笑しく楽しくボケとツッコミのテンポで進んでゆく。
 こういった阿良々木暦と、他多数の様々なパーソナリティを持つ女性キャラクタとの掛け合いこそが”○%趣味で書かれた小説”である所以であり、むしろこの部分が「書ける」ことの方が、作者の執筆動機として大きいのではないか。知らんけど。

 後半部については、実は既に『化物語』のなか「つばさキャット」のなかであらすじというか出来事については触れられているエピソードである。
 羽川翼のめちゃくちゃ重い人生。 ちゃらんぽらんなようで、ご都合主義のようでいて、微妙にブレていない阿良々木暦の「気持ち」(?)については、不覚にも少し感動してしまった。なぜ暦は、命の恩人であり、外見的にも彼にとってパーフェクト、更に自分に好意を寄せてくれていて、自分自身憎からず感じている羽川翼ではなく、戦場ヶ原ひたぎを、その後の展開のなかで恋人として選んでいるのか。読者サイドからしても多少もやもやするここいらの経緯(いきさつ)を、後半にがさっと描ききっている。そりゃ羽川との戦闘シーンとか読みどころもあるにはあるけれど、本書が書かれる意義は、暦→羽川、暦→戦場ヶ原との「好き」の種類を峻別することにあったのではないか……というのは考えすぎか。

 青春小説として読ませるし、幾つかある暦の決め台詞も泣かせる。作者が登場人物を使って遊び過ぎ……っていえば阿良々木暦と愉快な仲間たち――的な遊び過ぎのところは多すぎると正直思うの。ただ、その遊びを抜いても、軽オカルト系青春小説としてしっかり読める作品。アニメ化されて読者層が拡がってはいるのだろうけれど、アニメで表現しきれない隙間の、そして過剰な魅力を活字版で確かめて欲しいもの。


11/04/11
夏寿司「アリシアの三姉妹」(講談社BOX'11)

 夏寿司は(かずし)と読む。徳島県出身で2008年『トリック・ソルヴァース 哀しみの校歌』で第三回トクマ・ノベルズEdge新人賞を受賞してデビュー。ここまでライトノベルを中心に活躍中とのこと。

 嘘をつけないどころか他人の嘘に接すると強烈な頭痛を患う特異体質の高校二年生・真実一朗。嘘の内容が大きければ大きいほど頭痛がひどくなり、相手が真実を告げてくれると元の状態に戻るし、嘘をつき続けると意識を失い、その嘘を聞いた周辺の出来事を喪ってしまうという厄介な体質。そんな彼が出会ったのは九頭竜響姫と名乗る少女――なのだが、聞いた瞬間に酷い頭痛が。そして自分はモテモテであると彼女がいえばいう程頭痛がひどくなる……。彼女こそ、夭折し た推理小説作家にして天才的名探偵山本アリシアの残した三姉妹のうちの次女”弐(ツヴァイ)”だった。実は武闘派の”弐”、頭脳派で謎を「食べ」ないとおなかが空いて仕方ないという保健室女”壱(アイン)”末っ子はある特異体質を有し、弐よりも見た目可愛い参(ドライ)。世間では「神犯人」を名乗る連続殺人鬼が跋扈、一朗の親友で子供の頃に受けたひどい仕打ちから、嘘を徹底的に憎む赤塚ヒヅキが、行方不明だった父親との出会いに立ち会う予定であったこと を思い出す。彼からの連絡によると、父親は殺害されており、犯人は同じアパートの人間だというのだが……。

ラノベ文体と様式にて展開されるドタバタ劇の裏側に潜む、論理とパズルの本格風味
 メルカトル鮎と、こういったラノベに登場する名探偵たちとの差異は一体どこにあるのだろう? とふと思ったのだけれど、そこは深く考えない。(もしかすると本当に出版社のレーベル以外に違いはないということになりかねない)。
さて、うそツキならぬ「ほんとうツキ」なる(都合良くできているけれどもそう嫌みのない)特異体質、美しく極端に頭の良い、名探偵体質の長女、可愛いツンデレ武闘派の次女、容姿でいえば群を抜く特異体質の末っ子。……と、四人だけでキャラ立ちまくりのうえ、敵対するのはモリアーティや怪人二十面相クラスの、こちらもキャラが立った名犯人を目指すという「神犯人」。こういった登場人物に「ある意味人間離れした」判りやすいフラグ(?)というか、際だった特徴を付与するのは、個人的認識ではラノベをはじめ、若者向けレーベルに多い方法論だ。
 読者にも(もしかすると作者にも)優しく、読みやすく、内容が把握しやすくなる。(その一方で、一般向け作品の場合はリアリティの欠如とかいわれる可能性が出てくるのだが……)講談社BOXというレーベル自体、ラノベと一般書のマージナルな部分に屹立する存在であり、挿入されるイラストも本書の場合、ラノベ系統の伝統に則った可愛い絵柄(絵師・えいひ氏)が使用されている。
 ミステリとしては、どうだろう、ある程度年季の入った読者にとっては”悪くない”という位置づけになろうか。この物語の流れのなかで違和感はなく、それなりの意外性を醸し出してはいるのだけれど、その根本的アイデアは昔からあるトリックを新しい革袋に詰めた、と。そういうタイプのトリックになっている。ただ、見せ方が上手いことと、物語上の整合性という部分がロジカルなので、トリックを基準に作品の出来を判断すべきではないだろう。同様に真犯人に関するある性情に関しては個人的なタイプではないのだが。これもまあ、そういう意味では有りなのか。
 そんなことよりも何よりも、主人公・真実一朗の頭痛が招く、ツンデレ弐殺しの局面局面がなんというか個人的に異様にツボ。 ツンデレのはずが、ヒロインに対する究極の羞恥プレイになっていて面白い。この点は逆にスーパーオリジナル? ということで、非常に面白く読めてしまった。少なくともデビュー作に遡って読んでみようと思うくらい。ということで買ってきて手元にあるのだけれど、いつ読めるんだろ。

 ミステリ小説の地の文のような主人公。(そのココロは嘘をつけない)。それを逆手にとったミステリという逆転の発想がユニーク。ノリが完全にラノベではあっても、それはそれ、これはこれでどういう風に進んでゆくのか(続編を意識した締め方になっている)、注意深くウォッチしておきたい。