MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE 国産ミステリ・レビュー
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


11/04/30
篠田真由美「翡翠の城」(講談社文庫'01)

 建築探偵・桜井京介シリーズの三冊目。シリーズが完結した今となって改めて俯瞰するに、シリーズ展開の最初のターニングポイントとなった一冊である。本書の末尾、蒼の独白がそれ。'95年に講談社ノベルスから刊行された元版に加筆修正が加えられ文庫化されている。

 イタリアに行っていた見た目だけは格好いいW大学文学部教授・神代宗が帰国した。留守を守っていた桜井京介、蒼、そして深春は神代宅を訪れたところ、神代は旧知で『未明の家』にも登場した杉原静音から日光にある老舗ホテルの鑑定を、京介たちに振る。名門オグラ・ホテルの所有する明治後期の建築物・碧水閣。ここには当時から存命の九十五歳になる創業者の娘・巨椋真理亜がまだ住んでいるのだという。和洋折衷の特殊な形状をしたホテルに興味を引かれ、一行は日光へと赴く。しかし、オグラ・ホテルは経営方針を巡って一族内部での対立が発生しており、過去に殺人事件が起きたという碧水閣を巡っては取り壊しや移設などさまざまな意見が錯綜している。京介らは真理亜から一族内で唯一信頼を受けている、オグラ・ホテル社長の双子の妹・星弥の案内で碧水閣を見学することは出来た。しかし、その夜、碧水閣では放火騒ぎがあり、一族内部で対立していた巨椋一族の秋継が当初は自殺死体として、調べが進むうちに自殺に偽装された他殺死体として発見された。巨椋一族の人間模様、そして碧水閣百年の歴史に込められた真実とは──?

建築探偵シリーズの、本格ミステリとして、建築ミステリとしての至上の融合が果たされた一冊
 まず三冊目ということで、前期における建築探偵の基本フォーマットが固まってきた印象がある。和洋折衷の異形の建物、鑑定のための専門家、そしてその館にまつわる過去の事件、さらに発生する現在の事件。必ず歴史のある館には、過去に様々な問題やしがらみ、利害関係の対立等があった「一族」が関係していて、その人間関係は現在、物語の瞬間もかなりややこしい。
 こういった背景を取り入れ、嫌々ながらも謎解きを引き受けた建築探偵が、ぶっきらぼうに事件に臨み、丁寧に謎を解く、と。 本書は、その基本フォーマットが丁寧になぞられている印象が強い。(ただ、この次の、『灰色の砦』では、京介・深春の過去が描かれるため、そのフォーマットはあえなく崩されるのだけれど)
 しかし、この『翡翠の城』、そういったフォーマットに沿いつつも、素晴らしい本格ミステリなのである。特に数十年前に、持ち主が子どもの頃に発生した殺人事件の謎を解き明かす場面は圧巻で、この真相については二十冊近くあるこのシリーズのなかでも一、二を争うインパクトと、美しい解決を両立されていると感じられる。
 桜井京介の謎解きは、発生した事件の謎を単に解決しているのみではなく、当然ながら事件の謎を解決しつつ、関係者が抱えていたわだかまり迄をも百八十度ひっくり返してしまう、鮮烈な解決を見せてくれるところに味がある。物理的トリックを解き明かしつつ、心理的に仕掛けられたトリックも解決してしまうところが、毎回毎回の読みどころとなっているのだ。本書でいうと、……ネタばらしになるか。しかし、碧水閣の持ち主が考えていた殺人事件の光景が、あからさまに語られていた様々な事象を回収してうえで反転される場面、更に具体的な場面だけではなく、心理的な障壁まで突き崩し、反転させてしまう場面が両立しているところなど、一種の神業のように感じられたことは事実だ。
 歴史ある建物だからこそ、由来と共に生きてきた人の思いや希望が詰まっている。ネーミングの珍しい「建築探偵」が、それ以外の普通の名探偵と一線を画し、真の意味での「建築探偵」であること、そして建築探偵でしかないこと。その事実もまた本書あたりでじわりと感じさせられる。建築探偵の存在理由がきっちり確立したというのは言い過ぎか。

 本書に登場する巨椋一族の人物や刑事の工藤迅もまた、シリーズの後半で登場する。ただ、そういう点はあまりシリーズ全体でいうと重要なことではない。本書の場合は、シリーズの一部であることよりも、この一冊に込められた美しい真相を堪能して頂くことが最重要。同時に、湖畔にたたずむこの屋敷に思いを馳せて、その建物の様子を想像するところもまた醍醐味となっている。


11/04/29
山口芳宏「蒼志馬博士の不可思議な犯罪」(創元推理文庫'11)

 2007年に『雲上都市の大冒険』にて第17回鮎川哲也賞を受賞した山口芳弘氏。デビュー作、更には第二作『豪華客船エリス号の大冒険』に続き、荒城・真野原の探偵コンビと弁護士・殿原が活躍するシリーズの三冊目。中編それぞれが『ミステリーズ』Vol.41(二〇一〇年六月号)〜42、43、44に発表された作品群が一冊にまとめられている。文庫オリジナル。

 殿島のアパートの隣人で四人の身寄りのない子供とボランティアで同居していた綾子が失踪した。子供たちも行く先は聞かされておらず、事件の匂いがする。彼女に仄かな好意を持っていた殿島は、探偵・荒城と調査を開始。彼女は横浜の山下公園近くで目撃されていたが、その近辺では蒼志馬博士なる人物が「殺人光線」で米軍を脅迫するという事件も起きていた。その綾子が横浜南京町で目撃され、その報を聞いた残されてた娘の一人・小夜が、一人で現地に出向いてしまったのだという。殿島と荒城が駆けつけたところ、飲み屋の二階で殺人光線にやられたと思しき米兵の死体が発見された……。 『殺人光線の謎』
 長野県で発見された米兵は全身が内部から焼け焦げたような他殺死体で発見された。蒼志馬博士の声明によれば灼熱細菌なる強烈な菌によって殺害したというのだが。殿島と真野原は長野に向かうが敵に捕らわれ、研究所内の虜囚とされてしまう。 『灼熱細菌の謎』
 私は人を殺してしまったらしい。Y県の病院で意識を取り戻した私は、真野原から君は殿島だと告げられる。真野原と私は二人で私が意識を失うきっかけになったファームと呼ばれる村を調べることにする。ここに洗脳兵器があるらしいのだが。 『洗脳兵器の謎』
 ようやく取り戻した綾子の口から衝撃の事実が。しかし今度は荒城らしき人物による「強化人間」そのもののような犯罪が映像によってもたらされる。荒城は洗脳され改造手術を受けたのか? 私と真野原は事件の関係者を追ってナイトクラブに潜入するのだが……。 『強化人間の謎』 以上四編。

戦前・戦中の探偵小説系統の香りが更に強く。つまりは本格と謀略と冒険とが混じり合う展開
 四中編を通じて、戦時中に日本軍のために研究開発をしていたという「蒼志馬博士」なる人物の発明した(かもしれない)殺人兵器の謎が、ミステリとして提示される謎の中核を占めている。連作としては弁護士の殿島の隣人、綾子が誘拐され、どうやら博士の計画に協力をしているらしい、また綾子を助けなければならない、という点が縦糸となり、日本に駐留している米軍兵士が無差別に、具体的な方法不明のまま殺害される事件と絡んで、殿島と探偵・真野原が冒険を繰り広げる展開だ。
 ただ、本格ミステリとして厳しい視線で事件をみると、やはり些か強引に「事件のために事件」を作っている構図が多いところが気になる。また、その秘密の背景についても米軍やその他国家、スパイやその協力者を配置しておけば何をしてもOKという、一種荒唐無稽な背景が前提となっている。また、奇怪な現象を奇怪な現象とするためのトリック(わざわざ録画を撮影しておいたり、奇妙な出来事があったと虚偽証言をしたり)といった部分も、気になる人には引っかかる点だろう。
 本書はむしろそういったリアリティの厳密さと切り離されたところで楽しむ、戦前探偵小説風ファンタジー本格ミステリ、として読む本なのだと思う。荒唐無稽を糾弾するのではなく面白がり、荒唐無稽なトリックを批判するのではなく面白がり、登場人物の都合の良い動きを排斥するのではなく面白がる。かつて冒険小説や探偵小説を読んだ頃に感じた、全てを受容したうえで面白く感じるだけの心の余裕がある人のための作品である。
 あったかもしれない(どちらかというと現代利用されている技術の端緒の)科学技術をうまく作品内に取り込んでいるし、荒唐無稽というよりかは現実と陸続きで、SF的な処理をしていることはない。とはいっても、これはまあ、あれだろうな、というトリックではあるところは微妙としておく。

 否定的に捉えられると困るのだが、こういった点を全て受容したうえで、小生自身は探偵小説系冒険小説として非常に楽しく読ませて頂いた。 この無茶、無理筋トリック、登場人物の謎めいた行動。常に作品を盛り上げよう、盛り上げようと、そういった、新聞連載もかくやというような作者のエンターテインメント精神が作品から感じられる作品なのだ。


11/04/28
陳 舜臣「月をのせた海」(徳間文庫'83)

 元版は1964年に東都書房から刊行された長編。文庫化されたのもこの徳間文庫の一度きり。ノンシリーズの長編作品となる。

 祖父の代から続いていた黒川洋行という貿易会社を経営していた両親から莫大な遺産を引き継いでいる黒川常彦。彼は、その遺産の有効活用は番頭格だった小西耕造に任せ、自分は勤め人として久保田商事に勤務していた。朝日荘という黒川のアパートの管理人をしている小西は、黒川を御輿に担いで黒川洋行の再興をしたくて堪らないようだったが、あいにく黒川にその気が無かった。黒川には恋人がいた。浜名小夜子という美しい女性であったが戦災孤児であったことが小西には気に入らない。黒川は小夜子に夢中といえたが、小夜子は黒川に合わせて演技している部分がある。そんな折り、小西が絞殺される事件が発生、小西が結婚に反対していたことから小夜子は容疑者にされてしまう。一方、常彦はデパートの美術品展示で、かつて父親の愛人が大切にしていた壺が出展されていることを知る。幼い頃の彼が憧れを抱いたその婦人は、現在は銀行重役夫人に収まっていた。黒川はその女性が小西殺害に関係していたのではないかと疑い、探偵活動を進めてゆくのだが……。

トリックらしいトリックもあるのだが、「時代」を色濃く反映した女性の意地と覚悟が何とも哀しい
 読み終わって、発表年代を改めて確認した。1960年代前半かあ。写真を使用したトリックは、これはこれで時代も鑑みると創意のうえでの話であろう。今となってはそう感心できるものではないし、物理トリック(を利用したアリバイトリック)がある、という程度の位置づけ。むしろ小粒としかいえない、このトリックを弄して犯した犯行で真犯人が何がしたかったのか、が重要だし、読み進めてゆくうちに胸に染みいってくる。トリック自体よりも、そのトリックで「やりたかったこと」が重要視される展開は、現代のミステリにも通じるのではないか。
 以下、ネタばらしをすることになる。本作における(以下反転)犯人と容疑者、双方が不幸な生い立ちを自分の魅力を磨きぬくことによって玉の輿を手に入れた女性である。その地位にしがみつくというよりも、愛する人に真実を見せてしまって嫌われたくないという気持ちから、かつての自分の後ろ暗い過去を隠す行為に出る。その行為は些か大胆、というかその行為の大胆さこそが、彼女たちの覚悟であり愛なのだ。 最初は打算だったのかもしれないが、その先を感じさせるのだ。こういったかたちで表出する愛情は、ぼけぼけの男性主人公には重すぎる。(最後に受け止めるだけの描写をさせたのは救いではある)。
 発表から四十年以上経過して本書を読むと、果たして本書の主題は現在に通じるものだろうか、とか思うのだ。この時代にしかリアリティがない話。いやしかし、ここから先の時代にまた、あまり嬉しくない話だがこういう話が「時代を先取りした」なんていわれる時代が来るのだとしたら嫌すぎる。

 先のトリックに話にも通じる話ではあるが、プロットとして物語をみるに、結構渋いどんでん返しとなっている現代読者として読んで百パーセントの共感が得られるような物語ではないだろうが、読んで全く時間の無駄という作品でもない。(必読とまではいわないが)。


11/04/27
近藤史恵「モップの精と二匹のアルマジロ」(実業之日本社JOY NOVELS'11)

 『天使はモップを持って』にて初登場、以降都合三冊の短編集に登場してきた清掃作業員兼探偵兼新妻・キリコが活躍するシリーズ四冊目の作品。これまで短編で登場してきた彼女と、相棒(現在は夫)の梶本大介であるが、本作が初めての長編となる。月刊『J-novel』に'09年11月号から'10年6月号まで連載された。

 系列の証券会社に出向することになった”ぼく”こと大介。妻のキリコは清掃作業の派遣会社に所属しており、早朝からビルや会社やショッピングセンターの清掃に出向いている。出向した先は、偶然現在のキリコが働いているビルにあった。それから一ヶ月半程たった頃、ぼくは掃除するキリコを熱心に見つめる一人の女性に気付く。彼女・越野真琴はキリコに相談したいことがあるという。ぼくはキリコに彼女の存在を告げ、キリコは彼女と会って話を聞いた。同じビルに勤める越野友也、つまり彼女の夫の身辺調査をして欲しいのだという。別のフロアにあるシステムキッチンの会社に勤務する彼はビル内でも有名な、非常に外見の整った人物。真琴の話では新婚であるにも関わらず、家に残業であるといいつつ家にまっすぐ帰ってこないのだという。私立探偵に頼むほど大事にしたくないという彼女の望みをキリコは快く引き受ける。しかし、友也はあるマンションに定期的に通っているらしいことが判明。キリコと大介がそのことを真琴に伝えるか悩むあいだに、友也は大介の目の前で交通事故に遭い、意識不明からここ三年ばかりの記憶を喪ってしまう。必死に看病する真琴だが、そもそも友也は一年半前に知り合った彼女が妻であること自体がよく判らないようなのだ。

謎めいた夫の行動に隠された秘密とは。サスペンスが半端な分だけ人間ドラマが引き立つ
 サスペンスが半端、という書き方は誤解を招くかもしれないので先に書いておく。本書、夫の浮気を疑う平凡な容姿の妻と、浮気にも受け取れる行動を取っていた美男の夫の姿が序盤から中盤にかけてキリコの調査によって浮かび上がる。しかーし、夫に真実を突きつける前に、いきなり交通事故に遭って三年分の記憶喪失。ある程度、醸成されていたサスペンスの空気が、残念ながらここでかくっと折れる。
 ただ、ではこの段階で作品として終了かというと全然そんなことはない。 むしろ当事者の解答が得られなくなったここから後の展開の方で、ミステリとしての難易度のハードルは引き上げられたとみるべきだろう。謎が簡単に解決に至らなくなった結果、浮かび上がるのは秘密だらけ謎だらけ、あまりに不器用な夫婦生活。目の前の女性が妻であることを今ひとつ納得出来ていない夫と、その夫に尽くすしかない妻。釣り合うようにみえない二人はそもそも何故結婚したのか。元々の浮気疑い以前の、もっと根源にある謎が代わりに浮かび上がってくるのだ。
 うまく行かない夫婦と、結果的に対象的に描かれるのがキリコと大介夫婦。仕事ばりばりいつも元気で明るく気遣いもばっちりのキリコ、それに釣り合うだけ一生懸命の大介。この二人の「日常」が普通に描かれれば描かれるほど、本書における越野夫婦の辛さが浮き彫りになってゆく。これは当事者の気持ちを慮る以前につらいよな、きっと……。
 幾つかの経過を経て明らかになる真実。明快な伏線や手がかりの結果、謎が解けるというタイプのミステリではないが、謎の人物・越野友也が抱えていた秘密は、あまり他に類を見ないタイプのものだった。(余談だが、ハーレムシステムの中心にいる男子主人公とか、説明つくのではないかとか思った)。なるほど。しかし。これは。うん。哀しい話だと思う。

 だからこそ? キリコと大介の関係が重要なのだ。 本文より、「それでも、ぼくは自分の物語の最後に付け加えたいのだ。/ぼくたちは、いつまでもいつまでも幸せに暮らしました、と。」ベタ。ベタなんだけれど、大介が純粋にキリコを思う心が滲み出ている。さすがにキリコも恋愛感情は薄れて、別の感情に変わってきたという(実際、家族愛みたいなもんだよな)が、それでもこの若い二人には幸せなままシリーズを終えてもらいたい。(終わらなくてもいい)。なんというか、ミステリを除くとこの適度に距離感を保ったラブラブな夫婦生活が本シリーズの読みどころのような気がしてならないってのは俺だけか。いや、そうだったらそうでもいいけど。


11/04/26
北村 薫「飲めば都」(新潮社'11)

 『小説新潮』誌、二〇〇九年一、四、六、八、一〇月号、二〇一〇年一、二、四、六、八、一〇月号、二〇一一年二、四月号に連載されていた作品がまとめられ、連作風長編作品とされたもの。編集女子の主人公にも、主人公の相手のイラストレーターにしても、複数のモデルがいるものと思われる。

 とある出版社に勤務している小酒井都さん。年の頃なら三十前後、すっきりした顔立ちで大学を卒業する直前まで酒で失敗することはなかった。のだが、卒業旅行の時に初めて飲み過ぎての酔っ払いと化し、ある人物を痛い目に遭わせてしまう。それから現在に至るまで、酒の席でたびたび失敗をしている。飲んでもつぶれたりはしないらしい。吐いたり寝たりということもない。しかし普段からは考えられないような突飛な行動を取ったうえ、そのことを後で全く覚えていないのだ。出版社に勤務し始めた当初の歓迎会、その後の食事会。都の行動は周囲に悲喜こもごものドラマを引き起こしてゆく。彼女には昔から交際している男性がいたが、その彼は同じ会社の年下女性の籠絡に負け、彼女の元を去ってしまう。そんな都さんを迎え入れてくれるのも酒。そして時は流れ、とあるイラストレーター小此木さんに惹かれてゆく都さん。そして彼とのあいだにも酒。そんな彼女の、仕事とお酒の日々が綴られる。

酒の失敗、酒の効用。ああ良き哉、愛すべき酔っぱらいたちや!
 ある程度の規模で、ある程度歴史ある会社、組織であれば(もちろんそうでなくても)酒の席にまつわる伝説の一つや二つや十や二十や転がっているもの。 たいていは失敗で、まあ過半は笑い話となっているようなものだ。自分だって飲み会で新幹線に乗るために二時間前に帰ったハズの先輩が、乗り込んだ地下鉄で大口を開けて寝ていたとか、別の同僚は電信柱にしがみついたままセミの真似を30分続けたとか。 まあ、そういった類いのどこにでもある超絶酔っ払い伝説を、主人公・小酒井都と、その周囲の人物が一手に引き受けていると、そういう話。が前半。
 ただ、後半に至ると前半で安全パイだと思っていた彼氏に振られ、独り身になってからあるイラストレーターに惹かれてゆき、結婚して幸福になりましたー、という過程が多少の酒の失敗はあれども(パンツのミスはちょっと引っ張りすぎじゃないかと思うのだけれども)、突き進んでゆく物語。この後半の展開の、女性視点が、とここまで書いて思ったが、主人公の都だけではなく新入社員と○○してしまう中年女性編集者にしても、先に結婚して玄関で寝ている先輩編集者にしても、よくぞこれだけ女性心理を、北村薫というどう考えても壮年男性が描写しているのか、というのは謎だ。まあ、この謎は北村薫デビュー時から謎ではあるのだが。
 そして圧巻は、仲良くしていた男性同僚の結婚を祝う会での、同世代女性編集者の醜態というか失敗であろう。これは想像で描ける出来事ではある。あるのだが、その奔出するような感情描写が、押し殺している涙が読者の心にも染み渡るような、切実な描写なのだ。さすが、と一言だけ書いておこう。今更北村さんの文章に対して美辞麗句並べるより、本書読んでもらう方が早いし。

 この小酒井都にはモデルが(たぶん複数)いるんでしょうし、どうやらこのイラストレーター小此木さんにもモデルがいる模様。そういった面白話の再構成ではあるのだけれど、北村薫という稀代の語り手がきっちりとエピソード満載の長編に仕上げましたよ、と。 軽く読めて後味すっきり。どこぞのアルコール飲料のような小説です。


11/04/25
横関 大「グッバイ・ヒーロー」(講談社'11)

 2010年『再会』で第56回江戸川乱歩賞を受賞してデビューした横関氏。本書はその受賞後第一作となる長編作品。書き下ろし。

 中華料理屋を営む実家を飛び出し、音楽で身を立てたいと夢を語る伊庭亮太。普段は都内に展開する〈ピザ・アルバトロス〉で宅配ピザの配達員として働き、同じ配達員仲間を中心とした〈チキン・ランナウェイ〉というアマチュアバンドで演奏している。亮太には、困った人をみると助けずにはいられないという父親譲りの信念があり、宅配中であってもシンクの水漏れを直したり、夫婦喧嘩の仲裁をしたりと、その行為は止まらない。そんな亮太を指名しての宅配業務があり、注文品を持って出向いた。時折、配達人指名というケースはあり、それほど警戒はしていなかったところ、謎の男たちに取り押さえられた。配達区域内で立てこもり事件が発生しており、たまたまホームページで顔が出ていた亮太にピザを配達させろという指名があったのだという。何とか配達をした亮太は、応対に出た人質らしい中年男から頼みを受ける。まずある家にピザを配達すること、そして警察の突入時に混乱を引き起こして自分を警察に捕まらないようにして欲しいというものだった。亮太はその依頼を引き受け、ある方法で現場に混乱を引き起こすだが……。

お助けマンが遭遇するトラブルシューティングから、成長物語へと変移
 第一部、そして、ある程度年月の経過した第二部との二部構成になっている。第一部では「困っている人をみたら助けずにはいられない」という厄介な性格と信念を持った青年が主人公。この性格そのものは悪くない。むしろミステリ向きともいえる。ただ、二、三のエピソード後のエスカレーションが半端ではない。いきなり、立て籠もり現場への突入をしてしまうのだ。いくらWEBサイトに顔写真があるピザの配達人が指名されたからといって、銃を持っていると判っている籠城現場に警察が一般人を送り込むものだろうか?  ……というところ(もちろん作者も何も考えていない訳ではなくて幾つかのエクスギューズはある。それにしても)で結構引っかかってしまって、少し入れなかった。(その意味では、二度目の東京タワーも少し引いた。これはリアル系の作品である以上、読者がそう感じてしまうこと自体は仕方ないと思う)
 が、一旦引き、また入り込んだあと、通常であれば迷惑行為にあたるある手口で警察と犯人を同時に翻弄するやり口に感心し、おっさんの正体や、真実の人間関係なども巧みに構成してある小器用なテクニックに気付いてゆく。ピザという小道具を徹底的に使うあたりもなかなか味わいがあった。ただ、それでも前半部だけだとぎりぎり及第点という印象。
 それが第二部で、第一部では小学生でしかなかった人物が主人公を受け継ぐパートで一気に読者としての気持ちが盛り上がる。それなりに年食っているのだけれど、この時間差が青春小説の「成長後」を感じさせてくれるのだ。ストーリー自体に吸引力があるというものではなく、第一部で使われてきた意味があったり、意味のなかったたりした様々なエピソードを伏線化して第二部に繋げてゆく手際よさが光る。ミエミエだけれども、亮二の渡したCDの使い方など、ミエミエだけに良かった。軸としてこれくらいベタな内容があった方が良いのかも。

 ミステリとしての謎解き、人間関係といったところにそう大きなサプライズはない。第二部での人間の配置や構成にしても多少の意外性があるにしても、ミステリでいうサプライズとは若干ニュアンスが異なる。むしろ、人間同士の繋がり、約束、思いが消えずに伝わって、実現してゆく展開が心地良い。単純であってもこの構造は悪くなく、小説としての根源の面白みが良かった。


11/04/24
海堂 尊「アリアドネの弾丸」(宝島社'10)

 海堂尊のデビュー作品である『チーム・バチスタの栄光』から続く、田口・白鳥のコンビを中心とする東城大学付属病院シリーズの長編。2011年には、同じシリーズの一作品としてテレビドラマ化されている。宝島社刊行の長編としては『イノセント・ゲリラの祝祭』に続く五冊目という扱いで良いのかな。『ジェネラル・ルージュの伝説』もあるので六冊目か。

 東城大学不定愁訴外来主任にして東城大学リスクマネジメント委員会委員長、田口公平は、院内政治の事情が絡み、東城大学付属病院長の高階によって東城大学エーアイセンターのセンター長に任命される。エーアイセンターとは、遺体の立体画像記録を残して死因判断を行う施設で、従来から存在する司法解剖と両輪となって不審な死の原因追及に役立つはずなのだが、司法と医療の両面から綱引きがあり、特に警察組織は設立を快く思っていなかった。警察側はエーアイセンターの副センター長に法医学者の笹井や、警察庁OBの北山らを送り込み、内部対立からの無力化を図る。一方、医療側も東城大の放射線科エースの島津をはじめ、彼のアイデアで田口はセンター長就任と引き替えに、副センター長に次々癖のある人物を呼び込み、更にオブザーバーとして厚生労働省の白鳥を引き込んだ。一方、エーアイセンターに納入されるMRIの調整をしていたエンジニアの友野が謎の死を遂げ、さらには院内で強烈な磁力の働く状況下で、拳銃による変死事件が発生、現場近くにいた警視庁キャリアの宇佐見の証言により、高階院長が意識不明のまま殺人容疑で拘束されるという事態に陥ってしまう……。

司法vs医療の勢力争いに加え、特殊状況下の不可能犯罪をベースとする本格ミステリロジックが鮮やか
 前半部から終盤に至るまで、通底しているのは「官僚小説」である点。 つまりは、新しい利権にまつわる勢力争いがベースになっているということ。本書の場合、エーアイという存在がそれ。これまで不審死の原因究明は法医学者が一手に引き受けてきたという事実、これ自体の矛盾点が吹き出し兼ねないという問題、さらに警察側で隠しているかもしれない不都合が表に出てしまうかもしれない問題。基本的には遺体を傷つけずに死因の特定が出来るかもしれないエーアイは、遺族にとっては福音の筈なのだが、いろいろ難癖を付ける既得権益の受益者層が存在するということ。
 さらに官僚側には不都合を非合法に片付け、合法的に処理するという影の組織が存在するというから恐ろしい。(それは流石にフィクションだと信じたいが)。いずれにせよ、この勢力争いは強烈であり、その権益の綱引きのなかでは人間が殺されてもいっこうにおかしくない。 殺人事件となった場合、ある意味Why done it? の究極、つまり直接的な動機は無くても構わないということになる。むしろその事件が、関係者の「駒」として使われるのだ。
 その意味では本書での二つの死も象徴的である。加えて、特にこの二つ目の殺人事件。強烈な磁力によって人体を破壊した弾丸ですら、その磁性体に引き寄せられ、筐体にくっついてしまう筈という条件下で発生している。金属が許されない超強力磁力があるMRI条件下の殺人事件。なぜ弾丸は頭の中に止まっているのか。ある説明を付けると、ある説明が成り立たない矛盾地域。そもそもそんな場所で何故被害者はもっとも向かない殺人方法である銃で殺されているのか。新しい医療機器を小道具に使用していることもあって、これは前代未聞のトリックといってよいはずだ。
 この謎に挑むのが普通の名探偵ではなく、厚労省のロジカルモンスター・白鳥。普通の意味での謎解きとは少し違うが、その真相は徹底的に論理的である。特に犯人側の抜け道を次々論理でつぶしてゆくところが心地よい。最後の、犯人との対決シーンは、答えがある程度みえるのに手に汗握る、論理と論理が互いにぶつかり合い、つぶし合うという凄まじい展開になっている。ここははっきりいってかなりの読みどころ。浮き上がる犯罪の異常性も、真相に至る論理の糸も、いずれも素晴らしい。

 これまで田口・白鳥のシリーズ、シリーズ外ながら同じ世界を共有する海堂作品に登場した様々な人物、施設が本書でも登場していて、何か「帰ってきた」懐かしい気持ちにもなる。また、その伏線というか人間関係の使い方もまたうまい。再会できそうにない人、患者さん、そういった人が時系列の関係もあって次々再登場していく展開も周到、そして、人物の去来に気付いてゆくのが本書、本シリーズの醍醐味でもあるのであまり詳しく触れないでおこう。


11/04/23
奥泉 光「シューマンの指」(講談社'10)

 2011年「このミス」で5位にランキングされるなど、2010年の年間ランキングで高い評価を得ていたミステリ作品。昨年の投票期間中には読み逃してしまっていた点を反省、今更ながら読んでみました。書き下ろし。

 かつては一浪の末だとはいえT音楽大学に合格したことのある里橋優は、現在は音楽の道を諦めて医大に入り直して医師となっている。医大にいた時分に、同様に音楽の道を志していた後輩・鹿内堅一郎がドイツで、ある事件の結果、ピアニストとしては引退している筈の永嶺の演奏を聴いたという手紙を送ってよこしてきた。その手紙を目にした里橋は、三十年前の高校時代のことを回想する。里橋がピアニストを目指していた高校のある時期に、知り合った天才ピアニストが二つ年下の永嶺修人(まさと)。彼は高校入学以前から天才ピアニストとして輝かしい経歴を持っており、卓抜した音楽理論、特にシューマンに関してはもっていたが、優にはなかなかその演奏を耳にすることがなかった。その体験は生涯でたった三度。そのうち一度については、深夜の学校で居残りをしていた永嶺がピアノを弾いている途中、プールサイドに謎の殺人者が登場、更衣室にて何者かに襲われた女子生徒が殺害されるという痛ましい事件が同時に発生していた。犯人は複数の人物によって目撃されたが、街に消えてしまって捜査線上に現れることはなかった。被害者の女子生徒は遊び人と思われており、深夜のプール更衣室にいたこと自体、そう驚きではなかったが、やはり痛ましい事件であることに変わりは無い。そのまま犯人が捕まらないまま現在に至っているのだが……。

序盤の退屈さ加減を吹き飛ばす、後半の大・大逆転劇
 正直、シューマンとかいわれても曲も頭にすっとは浮かんでこない自分にしてみると、序盤は個人的に合わなかった。音楽に向ける情熱が今ひとつ実感として味わいにくかったことに加え、そもそも事件らしい事件がなかなか始まらない。音楽評論も読んではみても、そもそも「音楽」が頭のなかに浮かばず、どうも自分のものとして読むことが出来なかった。あくまで自分の問題ではあるのだが、ただ、この評論部分も含め、後々は重要な伏線であったことが明らかになる。
 あと序盤の「指が切断されて無くなった筈のピアニストが、演奏家として復活している」という謎は、本来結構魅力的なはずなのだが、その後の展開でその事件に至るまでが長く、物語全体を維持するには至っていない。ミステリ読みからすれば、やはり深夜のプールに投げ込まれた死体と、その序奏として里橋優が感動に打ち震えたという永嶺修人の演奏部分からが盛り上がりの端緒となっている。さらりと描かれている(ようにみえる)この場面、実に多くの手がかりやヒントが隠されていて、その解釈が二転三転する終盤への大いなる助走となっている。 全部読み終えたあと、この一連の部分を再度読み直して周到さに舌を巻いた。
 そして散々いっているが終盤である。三人の音楽系学生の青春小説のような味わいに加え、なぜ永嶺はあまり美人ではない末松佳美と交際していたのか、永嶺修人が指を失った事件、さらにプールサイドで実際にあったのはどういったことなのか。こういったところが次から次に新たな解釈と共に浮かび上がってくる。そのどれもが一定以上の説得力があり、どれも真相にみえてくるという混乱が、逆に物語の面白さを引き上げている。

 通じてになるが終盤の目眩がするような感覚は、物語の着地点が現実なのか妄想なのかすら曖昧にしてしまう。読み終わってみると奥泉氏のミステリらしい迷宮感覚のようなものが手の中に残っているという寸法だ。序盤の評論が現実の事件と対応しあうなど小説としての技巧もさすがに高く、なるほど、ランキングで高位を獲るのも頷けた作品だった。


11/04/22
篠田真由美「玄い女神」(講談社文庫'00)

 元版は講談社ノベルスにて1995年1月に刊行された作品。『未明の家』に続く、「建築探偵桜井京介シリーズ」の二冊目。しかし、いきなりシリーズ全体からみると多少逸脱気味の作品、かな。

 十年前、七人の男女がインドに渡り、そのリーダー格で旅慣れていたため現地でも主導的役割を担っていた、橋場亜希人が密室内部で不可解な死を遂げていた。橋場は肋骨周辺が陥没した状態で死んでおり、その出入りに使うべき扉は、彼に迫って関係を持っていた吉村祥子が正体を無くしてもたれかかっていたがために閉まっていた。部屋内に犯人はおらず、不可解な状況のまま残されたメンバーは慌ててインドを後にした。十年後の1994年十月、橋場の恋人だった女優・狩野都が、軽井沢の近く、霧積温泉近くにプティホテル「恒河館」をオープンするという招待状が、当時のメンバーにわたり、当時まだ高校生だったためにインドに同行できなかった桜井京介を含む六人に届けられた。都は、当時のメンバーに犯人がいると考えており、京介に協力を求める。しかし都は病に冒されていることが明らかだった。彼女の養子だというインド人、ナンディが彼女に同行していた。彼には左手首の先が無い。犯人捜しに協力して欲しいという都の言葉に、招かれた五人は反発、そんななか都は夜の闇のなか飛び出して……。

序盤の鈍重にして重たい流れが嘘のよう。終盤の逆転、再逆転がもたらす大きなサスペンスが強烈
 十年前の事件と、現在。正直、女主人の執念深さと、軽い気持ちでお祝いで訪れたはずの友人たちとホステスとして招く側との温度差に、読みながらこちらが正直、辟易するような導入部。確かに故人を愛していたのだろう、だけど十年も経ってからまたその犯人捜しに引っ張り込まれた挙げ句、仲間内から犯人を炙り出そうという行動に共感できるか、というと、彼女の病弱を差し引いてもなかなか共感しづらいところ。一方、読者の感情移入とは無縁の立ち位置にいる桜井京介、そして蒼。
 狩野都の突然の死、更には悪天候。いつの間にか始まっている当時の事件の回顧、そして推理。確かに建築探偵的ではあるけれども、物語としては建築に関する要素が相当に薄い。(まだ二作目なので順だと気付きにくいポイント。これは全て読んでいるからこそいえる話ではあるのだけれど)。インドの風俗や建物に関しても、むしろそれ自体が何か主張をすることは少なく、本格ミステリとしてのサプライズに奉仕している印象が強い。狩野都という強烈なキャラクタですら、物語のなかから自己主張しているよりも、サプライズに協力しているようにみえてしまうのが、この作品を良くも悪くも象徴しているように思える。むしろ、立場上積極的に事件に関与する桜井京介の立ち位置の、普段との差違の方が目立っているようにも思えるが。
 ミステリとしては、事例のあるトリックの応用+インドという地域的必然性と日本人らしい嫌らしさというか、事勿れ主義というか。それらがうまくハマリ、一つ一つのトリック自体はむしろ小粒といって良いにもかかわらず、トータルでみるとなんかすごく驚かされているという。 ある意味では現代的本格ミステリのお手本のような作品だともいえよう。冗長かと思えた部分ですら、実はヒントであり伏線だったりするのだ。

 この段階、少なくともノベルス刊行時点では「建築探偵シリーズ」自体の方向性がまだ定まっていない(はず)なのだが、本書を読んでも少なくとも逸脱感はない。このシリーズは、ここで「順番に読め」と強く推しているのだが、本作は例外的に一冊でも読めるように思われた。


11/04/21
西尾維新「猫物語(白)」(講談社BOX'10)

 収録されているのは「第懇話 つばさタイガー」ということで、シリーズ初、阿良々木暦の一人称「以外」の作品。(羽川翼視点)。ここから先は、西尾によると当初の「化物語シリーズ」の構想になかった部分ということで新章扱いになる。

 二学期最初の日。いつも通りネグレクトを貫く両親と共に暮らす、居心地の悪い自宅から登校した羽川翼は、その通学途上で阿良々木暦を探しているという八九寺真宵と出会う。真宵はトレードマークのリュックサックを阿良々木家に忘れてしまったのだが、既に暦は自宅を出てしまっていていないらしい。真宵と別れた羽川は、今度は巨大な虎の怪異と行き会ってしまう。虎の怪異をやり過ごし学校に到着した羽川、阿良々木はやはり登校しておらず、戦場ヶ原と話をしているうちに自宅方向で火事が発生していることに気付く、というか自宅そのものが火事。慌てて駆けつけるが自宅は全焼してしまっており、羽川は両親と共にいるのが嫌で一人で友人宅に泊まるとアテもないまま家を出てしまう。羽川が向かった先はかつて忍野が一時的に宿にしていた学習塾跡。そのまま一夜を過ごした朝、一晩中彼女のことを探し回ったという戦場ヶ原に見つかり、そのまま戦場ヶ原のアパートへ連れてゆかれ、父親が出張で不在だというその晩は彼女のアパートに泊まり、それ以降は戦場ヶ原がファイヤーシスターズに策を仕掛けた結果、阿良々木暦不在の阿良々木家に厄介になることになった。暦はメール連絡はあるものの、トラブルに巻き込まれているようで帰って来ない。羽川は自ら怪異と向き合うことになる。

完全無欠の委員長がなぜ完全無欠だったのか、そのワケと、第三者視点からみた阿良々木暦。
 今更なんだが、この作品、つまり『猫物語(白)』を読んで、デビュー作で打ちのめされて以来の衝撃を、また西尾維新から受けた気がする。
 どこにだしても恥ずかしくない優等生、誰に対しても公平で優しく、美人でスタイル抜群で眼鏡っ子の委員長キャラ。こんなもの面々と続くラノベをはじめとするエンタの世界では一種の記号として君臨する存在でしかない(というか、君臨する存在である、と書くべきか)。しかし西尾維新は、作者は、その記号の内面にあったであろう葛藤や嫉妬、羨望、怯懦といった感情を引きずり出し、人間化したうえで次のステージへと送り出すのだ。本書は「化物語」の世界をベースにしつつ、(黒)ではかなり「作者の遊び」側に傾いていた天秤をかっちり元に戻している印象なのだ。
 また、ここまで基本的に阿良々木暦視点で描かれてきた物語が、本書で視点人物を羽川に譲り渡している。(というか、阿良々木自身ほとんど登場しないのだが)本書に限らず、複数ヒロインからモテモテの主人公の最大公約数的性格、それは「鈍感」であるのだが。こうやって第三者視点で阿良々木暦が描写されると、彼の場合は一概にそうと言い切れない側面があるように感じられた。一人称では、自らのいい加減さを強調し、人嫌いを標榜しつつも極端なトークをヒロインたちと繰り広げてはいる。ただ、彼(と読者)が自分自身を評価するほど、周囲の人間は阿良々木を鈍感だとは思っていないようだ。むしろ、(ある方法を自らに課すことで)鈍感化していたのは羽川の方だったという話でもある。なぜブラック羽川が、そして今回、苛虎なる怪異が、優等生・羽川に降臨してしまうのか。作者の呈示する真相はごくもっとも、そして最も哀しい。
 だから余計に、羽川が人間らしさを取り戻すための通過儀礼(イニシエーション?)の描写が終盤にあるのだが、そこは爽やかで哀しくて、とても印象に残るものだった。揺るがない阿良々木暦、悔しいが格好いいぞ。

 ということで、どちらかというと読んでいると心の隅に残されている中二病的な何かを刺激されることの多い西尾維新作品ではあるのだが、本作はかなり真面目に、真っ向から取り組んでいて、それがストレートにココロに響く。ああ、今更こんなこと書くの、少々恥ずかしいのだけれど、それでもそう思うもの、仕方あるまい。化物語のシリーズを読んでいることという前提が必要な点が勿体ない、ここ暫くの西尾維新作品の個人的ベストと言い切れる一冊だった。