MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE 国産ミステリ・レビュー
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


11/05/20
篠田真由美「灰色の砦」(講談社文庫'02)

 篠田真由美さんの人気シリーズ、『翡翠の城』に続く、建築探偵桜井京介の事件簿シリーズ四冊目。蒼の登場以前、桜井京介・栗山深春19歳の事件ということで過去版である。但し、深い意味での京介の過去については本書ではまだ触れられておらず、彼の背景を知るにはシリーズを読み通す必要がある。

 一九八八年から翌八九年にかけての冬。栗山深春は一度だけ桜井京介の涙を見たことがあるのだという。蒼にせがまれ、深春が回想のかたちで語る、初めての深春一人称の物語──。W大学に通う十九歳の大学生・栗山深春はある事情からそれまでの住居から退去する必要が生じ、慌ただしく引越をした先が、古い木造アパート「輝額荘」だった。大学から徒歩圏ながら家賃は格安。W大二部学生の麻生ハジメが大家を務めるこのアパート内にはW大学関係ばかり七人の若い男女が暮らしており、そのうち一人が伸ばした前髪の下に強烈な美貌を隠し持った桜井京介でもあった。ほかダンさん、番頭、ミステリマニアのオグリなど個性的なメンバーが揃ったアパートだったが、それぞれがルールを守ることで和気藹々とした雰囲気で居心地自体も悪くなかった。しかし、住人の一人、カツが輝額荘の裏庭で変死を遂げたことから、住人たちの関係が微妙にぎくしゃくし始めた。事件後に入居してきたのは、住人とも交流のあった建築評論家の飯村。しかし彼の秘書が他殺死体となって発見される事件が発生した。

あまりに哀しく、あまりに寂しい青春の結末と、天才建築家ライトの生涯と事件との二重写しと……。
 シリーズ全体を終えてからの観点からの本書は、深春と京介の出会いが描かれる、という部分が第一義にされてしまうか。この当時の若き神代も登場するし、門野の名前も出てくる。あまりシリーズ通じて触れられることが少ない、山梨の葡萄農家出身だという深春の生い立ちが本書で初めて明かされる。あくまで結果的に、建築探偵シリーズ年表のある時期を埋めるための作品ではある。……が、やはり強調したいのは、本書は単体で、複数の趣向を内包しつつきっちり成立す一流のミステリ作品である、ということだ。
 趣向のひとつは青春小説/青春ミステリとしての側面。今となってはもうほとんど見かけない木造風呂無しトイレ玄関共同のアパートも、作品成立年代当時は探せば普通に都内に点在していた。(記憶ではバブル期直前なのでそういった下宿屋が激減していた時期でもあったはずだが)。プライバシーが比較的確保しにくいそんなアパートに男女七人が暮らしている、という段階で「青春」である。ちょっと単純にいえば、ここに殺人事件が起きればもう青春ミステリだ。
 ただ、本書はそんな単純な意味での青春ミステリに止まらない。特に結末段階に明らかになるが、大家の麻生ハジメがなぜ(ある意味)似た境遇の人びとを迎え入れていたのか。家賃にこだわらず、入居者をかばったのか。恋愛とは別の、青臭い、だけど真摯な気持ちが当初の輝額荘を支えていたこと、人びとの思いが明かされるほどに苦く切ない気持ちが読者にも伝わってくる。人と人の関わり、一方通行の思い。さりげなく各人の気持ちが、巧みに描かれ、輝額荘の器と中身を形作っている。一連のこういった丁寧な描写があってこその『灰色の砦』なのだ。
 趣向、もう一つは天才建築家・フランク・ロイド・ライトの人生や生涯と事件が二重写しになっているところ。そうどんぴしゃに重なっている訳ではないのだが、現実事件を眺めてもライトのことが思い浮かぶし、ライトの生涯を聞くとこの事件と重なってみえる。ライト自身の不幸な生い立ち、小説内部のそれに近しい不幸。 ミステリとしては定石ともいえる趣向ながら、青春ミステリの切なさを相乗効果で強調することに成功しているようにみえた。
 幾つか発生する事件も実はユニークなトリックというか、錯覚トリックが仕掛けられているが、これは小出しにされていることもあってそう本格らしさは感じられない。どちらかというと誰が犯行可能だったかといった論理をぶつけ合うディスカッションに本格ミステリらしさが滲んでいる印象だ。本書の事件は、誤解とすれ違いが積み重なり、噴出することで発生した事件。動機、その青臭さにも改めて青春ミステリという事実を思い出す。
 そして本書の裏からみたときの特徴、それは探偵役の無様(ぶざま)さだ。今回の桜井京介の探偵っぷりの泥臭さは、わざと演出されたものだろう。また、推理を披露している途中で追い詰められた容疑者が自殺を図り、別の流れでは肝心な事件発生タイミングに間に合わない。さすがに無邪気とまではいわないものの、明らかにシリーズ中盤以降の京介に比べるといろいろとお粗末さが強調されている。それが、求められての行為だとしても探偵役が一つの推理を提示する度に誰かが傷ついてゆく。 多少の配慮があったとしても、それもまだ若者としての未熟さ、視野の狭さが抜けきっていない。後の名探偵と若い頃の名探偵、頭脳が同じであっても、経験値が多いに異なり、視野の広さ、気配り配慮といった点に違いがある。ただ、本書の事件がまた後の桜井京介の探偵時の態度とも関係しているように感じられた。

 輝額荘のメンバーのうち、オグリは別のかたちでシリーズに再登場する。他の登場人物は再登場したくても出来なかったり、まあ、いろいろ。ただ、こうやって改めて読むに本作、実は若かりし京介という意味で需要は高そうながら、その青春を感じさせるエピソードは「京介以外」が、より強くもたらしてくれている。 物語の設定、ストーリー、更に事件とトリックとがうまく重なった叙情系青春本格ミステリというのが小生の判断です。はい。


11/05/19
石持浅海「ブック・ジャングル」(文藝春秋'11)

 石持浅海氏のノンシリーズ長編作品。「別冊文藝春秋」二〇一〇年五月号から二〇一一年一月号にかけて連載された作品を単行本化したもの。

 綾北市と綾西市の二市が合併する関係で、市立綾北図書館が閉館になることが決定した。閉鎖され、蔵書の運び出しと解体工事を待つばかりのこの建物に二組の一般人が深夜に忍び込みを果たした。子供の頃からこの図書館に親しみ、ここで読んだ昆虫図鑑をきっかけにして大学院へ進学、昆虫学者の道に踏み込み始めた沖野。その友人で地元大学を卒業して家業を継ぐことが決まっている秋元の二人。海外のフィールドワークから帰国したばかりの沖野と秋元は単に懐かしむという目的のために、秋元が図って予め開けておいた二階トイレの窓から深夜の図書館に忍び込んだ。一方、父親が綾北図書館の司書で、高校を卒業、東京の大学への進学が決まっていた百合香は、父親が持ち帰るのを忘れた除籍本を取りに、友人の一美と真優と共に深夜の図書館に忍び込んだ。二組は鉢合わせし、お互い予期せぬ珍客に大いに驚く。しかし、そんな五人にどこからともなく現れた三機の屋内用ラジコンヘリコプターが襲いかかる。しかもヘリの先端には毒針が仕込まれているものがあり、、頸筋に針が刺さった真優が程なく絶命してしまった。続いて残った四人にも襲いかかるヘリコプタ。必死の反撃を行う男たち。密室内での激闘、犯人たちの狙いは?

本来脅威ではない存在を、恐怖の使者に醸成する描写力と微妙な設定力が光る濃縮冒険サスペンス
 犯人像については、早い段階から犯人側視点での描写があるため(読者に対しては)比較的容易に明らかにされている。(まあ、後半にそれが揺らがされるのだが、そこはそこで快感ということで)。従って犯人捜しのフーダニットといった要素は薄い。簡単にいうと、閉館した図書館という閉鎖状況内部における「襲う者」「襲われる者」の必死の闘いを描いたパニックサスペンスである。ただ「襲う者」側の人物はほとんど姿を見せない。物語中盤に至るまで「操作する者」まで闘いが届かないのだ。何にせよ、図書館という空間屋内用ラジコンヘリコプタという取り合わせが、異色の緊張感を醸し出している。
 実際に屋内用ラジコンヘリを触ったことがある。操作自体はシンプルだがコントロールは存外に難しく、同じ位置でホバリングさせるのもそう簡単ではない……とか、はどうでも良くて。何がいいたいかというと屋内用のラジコンヘリ、実に軽くて本書でもそうだけれども触れるだけでバランスをすぐに崩してしまうような、実に弱々しい武器なのだ。 本書で作者が最も苦心していると思えるのは、そのラジコンヘリに対して現実以上の性能を持たせず、ほんの少しだけ錘を載せただけでバランスを崩してしまうような、弱々しい玩具のまま登場させていること。その弱々しいはずのラジコンヘリが恐怖の対象となって学生たちを襲い、恐怖の渦を演出している点は特筆に値する。
 実際、数枚のコインで飛べなくなるような描写もある。ここを全体をハリネズミにして数十グラムのブツを載せてもバリバリ室内で飛ぶ特製ラジコンヘリコプタを登場させれば、物語展開はスムースになっただろうに。ただ、こういったことをしないことで石持氏らしい「ぎりぎりのリアル」が現出させられているとみる。
 本書においても、主人公格の登場人物には、明晰な頭脳と冷静的確な判断をくだす行動パターンが付与されている。他の石持作品に登場する人物たちでお馴染みなので全く(石持ワールドのなかで)違和感は無いが、その能力は推理ではなくもっぱら目の前の対象に対する危機管理に用いられているところがユニーク。

 犯人の動機というのが、形而上的な犯罪もある石持作品にしてはベタな気がする。ただ、その犯罪に至るまでの情報収集の方法(というか状況?)であるとか、犯人の図書館に入って以降の冷酷かつ残酷な振る舞いであるとかは、石持氏らしいしこれまで以上に突き抜けているようにもみえる。通常の意味でのミステリとは異なるのだけれど、紛う事なき石持ワールドにしてユニークなサスペンス小説である。


11/05/18
吉永南央「アンジャーネ」(東京創元社'11)

 吉永南央さんは1964年埼玉県生まれ。2004年「紅雲町のお草」で第43回オール讀物推理新人賞を受賞、同作が収録された『紅雲町ものがたり』ほか、ミステリ・フロンティアから『誘う森』を刊行している。『ミステリーズ!』Vol.30(2008年8月)よりVol.40にかけて隔月で連載した作品に書き下ろしで「エキストラ」を加えて単行本化したもの。

 北関東にある、外国人が集まるアパート「ランタン楼」を祖母から引き継いだ瑞輝。司法試験勉強中とはいえ無職だった彼は親戚の圧力に屈して管理人を引き受ける。最初のトラブルはベトナム人とのハーフの女性・フォン。彼女の部屋で事件があったのではと瑞輝は気をもむが……。 『1/4』
 ブラジルから来て近所の瀬戸が経営する農場を手伝うマルシオ。彼はどうやら悪い仲間に誘われているようで、瀬戸の農場が嫌がらせを受けたり周囲は気が気でならない。 『ジロ──jiro Morro Redondo──』
 中国人留学生の淑英は、家族の不幸もありランタン楼の家賃もピンチに。働いていたキャバクラの給料不払いを瑞輝は背後から調べてみたところ……。 『海亀(ハイグイ)』
 イラン人だが米国から来日したジーラ。彼女が女子高生の裸体写真を持っていたことで瑞輝は彼女と周囲の行動に疑いの目を向けるのだが……。 『バルザフ』
 韓国人のクラブ歌手・スジョン。彼女の親友が飛び降り自殺し、彼女は黒人男性をランタン荘に紹介、彼は人気ブティックの商品倉庫代わりに一室を使う計画だったが、その商品がごっそり盗難に遭う。 『テリンノム』
 かつてランタン荘に住んでいた日系人・ソウジロウが久々に来日。しかし時を同じくして近所の老人が変死してしまう。金銭が持ち出された形跡があり事件として捜査されるのだが……。 『住人祭──La fete des voisins──』
 税金と相続の関係で売却話があった「ランタン楼」に買い手が付いた。ランタン楼の登場する映画に出演することになった瑞輝は内心寂しく思うのだが、その買い手がどうもおかしい。 『エキストラ』 以上七編。

いろいろな事件と様々な解決。ランタン楼のユニークな事件と卓抜した短編ミステリと。
 北関東のある町にある「ランタン楼」。そこに住む様々な国から様々な事情で日本にやってきた、住み着いている外国人たちと、新米大家が巻き込まれる事件簿、ということになる。作者にとっても冒険心溢れた試みということになるのだろうか、非常に様々な母国を持った人びとが、更に様々な経緯で入居している。彼らが彼ら、一人一人の暮らしがあり、考え方があり、文化があり、それぞれを尊重してアパートを運営していくだけで実話フィクションとして十分面白いものになりそうな設定。特に作者は入居者を事件後に退去させたり、入れ替えまで実行しているので短編七作品といえど、バラエティに富んだ面々が読者をお出迎えしてくれる内容になっている。
 そこにミステリが加わる。殺人事件があったのではと気が揉まされる事件から始まり、農場荒らしに日本人の腹黒さ等々背景に様々な事情が絡む事件が、変わった切り口で提示されるのだ。普通の意味では『テリンノム』がユニーク。商品を持ち逃げされた家主(日本人)と店子(黒人)が当初は喧嘩しながらも協力して犯人を炙り出してゆくという展開。国際協力というか得意分野で力を合わせてという展開が面白い。
 ただ、個人的に強烈、ノックアウトクラスの衝撃を受けたのは 『バルザフ』という作品。街中にある落書きを消すピースゲリラ運動、裸体の写真、逃げ出す女子高生……。そういった伏線や補助線から導かれる「真相」(ちょっと思いつかない)が素晴らしい。最初の印象はひたすらに鮮烈。しかしじわりじわりと心の中に何か別のものがしみ通って来るような感覚が押し寄せてくるのだ。 ごめん、少し泣きました。誰かのために。

 確かにあまりに多くの登場人物が出てくるため、読んでいてこちらの頭がついてゆかない作品もあったし、描写が独りよがりになってしまっている場面(つまりはうまく場面状況が伝わってこない)ところも一つならずあった。が、これらも結局は先述した通り、ハードルを高いところに設定しているが故のことかと。細かな文章・小説技巧よりも、作品全を通じて訴えかけてくる何かをつかむべきミステリということになりましょうか。そして、たぶん心に響くものが(私と同じではないかもしれないけれど)何か、あるはず。


11/05/17
越前魔太郎「魔界探偵 冥王星O ペインのP」(メディアワークス文庫'10)

 舞城王太郎含む謎の覆面作家集団として、映画『NECK』公開前に複数の人気作家が「越前魔太郎」名義で作品を立て続けに刊行した。本作の(真の)作者は不明、越前魔太郎名義では単行本として四冊目にあたる作品。

 周囲を林に囲まれた一軒家、金星堂と呼ばれる建物があった。洋風のペンションといった趣の建物の中には多数のアンティークな品物と一人の美女、もう一人美少女の二人姉妹が暮らしていた。ライダースーツを常に着込んだ姉の名は明日葉、ゴスロリから和服まであらゆる着物を着る妹は今宵。かつて。家族で仲良く暮らしていた両親と姉妹のうち両親は訪れた【彼ら】の一人によって惨殺され、妹は資格嗅覚味覚痛覚を奪われる事件があった。しばらくして親戚の元で暮らしていた姉妹の許に【彼ら】が訪れ、親戚を皆殺しにした挙げ句に「痛覚」が不要になったと「姉」に返しにきた。結果、妹は感覚のほとんどを喪ったまま、姉は倍の痛覚を得てしまう。二人きりで生きてゆくことを誓った彼女らの前に現れたのが【先生】。【彼ら】の一人ではあったが、姉には攻撃の方法を、妹には【彼ら】を吸い取る方法を教えてくれた。以来、時折【彼ら】にまつわる事件を解決しながら二人は、自分たちを襲った【ゼペット】を倒すために生きている。そんな二人のもとを訪れたのが【先生】の紹介で来たという高校生、僕こと遼一だ。遼一の抱える【彼ら】絡みのトラブルを姉妹はあっさり解決。遼一は金星堂に手伝いに来ることになる……。

冥王星Oは完全悪役。悲運な姉妹の静かで激しい【彼ら】との戦いのストーリー
 題名には従来通り「魔界探偵 冥王星O」と謳ってはいるものの、本編の主人公は姉妹と少年一人。この少年の視点で基本的に描かれている。そのため、当初は素肌にライダースーツを纏うだけのプロポーションの良いお姉さんと、羞恥心があまりみられない感覚を喪った美少女、という組み合わせに煩悩満々の高校生という図式で開始されるのだが「何故彼女たちがそうなったのか」といったところが明らかになるにつれ(煩悩モードは発動するにせよ)、物語は単なるお色気アクションでは無くなってくる。 えっちーところは残るけどね。
 痛みを操り、無機物ですら痛みを感じさせるという明日葉の技、【彼ら】を吸い取ることでお友達を増やしてしまう今宵の技。その周辺をうろうろし、とりあえず二人に料理を作る以外はそう役に立っていないようにみえる遼一。一話ごとの【彼ら】の特殊性、さらにその特殊性を逆手に取っての解決方法、アクションだけではなくちょっとした工夫がミステリっぽい味わいをもまた醸し出している。
 そういう訳で敵もまた【彼ら】である以上特殊な存在。普通の人間ではなく、この世とは異なる理のなかに生きる【彼ら】絡みの事件、それが四つ。特に後半に至ると彼女たちの宿敵である【ゼペット】絡みの事件となってゆくため、物語は一気に盛り上がる。が、特に四話目に相当する『It aim』については想像していなかった仕掛けが残酷に凝らされている。(ちなみに作品ごとに『言いたい』『意図・愛』『遺体』と、基本的に「いたい」をベースにした題名が付けられている)。この残酷な仕掛け、姉妹の、遼一の将来について暗澹とした気分に一瞬落とし込まれるが、これを作品全体の構造で救っている、ということに後から気付いた。つまり↓。
 感想を書こうと改めて何気なくページを繰って気付いた……。この作品「エピローグ」から始まって「プロローグ」で終わっている。なるほどなるほどこのことに気付くだけで読後感が180度までゆかなくとも90度くらい変化してくるなぁ。……ええ話やんか。

 終盤に確かに冥王星Oは登場するものの、非常に影が薄い。まあ、そこが冥王星Oらしいといえばらしいのだけれど。微妙に他の作品の冥王星Oとリンクしているところも悪くない。シリーズの一部というよりも、この一冊で十分完結する世界であり、登場人物であったという印象だ。独立した一冊として十二分に楽しめるエンターテインメントアクションノベル、となっております。


11/05/16
蓮見恭子「無名騎手」(角川書店'11)

 蓮見恭子さんは1965年堺市生まれ。大阪芸術大学美術学科卒業。『女騎手』で第30回横溝正史ミステリ大賞優秀賞を受賞、本作が書き下ろしの受賞後第一作となる。

 二月下旬の土曜日、阪神競馬場。主席という優秀な成績で競馬学校をした紺野夏海騎手は、極端に騎乗の機会が減少しており、その日も平地騎手での乗り手の少ない障害レース一鞍しか出番が無かった。同期で幼馴染みの岸本は売るほど騎乗機会があるにも関わらず心情は複雑だ。またこの日も落馬という結果に終わった夏海は、調教師の鷹野に失踪した元騎手の遺品整理につきあうよう要請を受けた。翌日の日曜日、新聞では珍しく騎手の誤記表記があり、新聞社や印刷所界隈は大騒ぎに。一方の夏海はピンチヒッターで出番となった未勝利戦に勝利、しかし新聞記者たちのインタビューは少し前にYoutubeにアップロードされた騎手落馬時の内部告発映像に関するものばかりだった。夏海自身、その映像を観ておらずコメントのしようがないまま、夏海は鷹野と共に西宮市内のマンションに赴く。現場は密室状態で半ば白骨化した遺体が発見されていた。遺書は加賀尊の名で十年前に別れたきりの鷹野に当てられていた。加賀尊は元JRA騎手、更に当時は十年に一人の天才騎手といわれていた。夏海はその騎手の末路と自分を重ね合わせてしまう……。

密室殺人+もう一つのクローズドサークル:中央競馬。組織の暗部と競馬界の特殊性を傑作ミステリに昇華
 先に書いておくと、個人的に今年のベスト候補。
 デビュー作の『女騎手』自体、新人の作品としての期待値を超える作品だったのだが、受賞後二作目にして一作目を踏み台にして高くジャンプしてみせた、とそんな印象だ。
『女騎手』にて初登場した女性JRA騎手・紺野夏海が本作も主人公を務める。シッド・ハーレーは確かに多くの作品に 出ているけれど、本家のディック・フランシスは結構ノン・シリーズ作品が多かったので、蓮見さんもまた制約を避けて二作目は別の主人公で来ると漠然と考えていただけに、意外でもあったけれど親しみやすさが上回る好結果になった。陽介や鷹野、夏海の父親ら、前作来の個性的な人物たちもまた登場、物語自体に滋味を醸し出している。また競馬業界を多少知っていれば判ることだが、騎手の仕事は競馬そのものよりも騎乗機会を得ること自体が難しいなど、現実の業界状況に則った物語作りによって作品が地面にしっかりと足をつけている。主人公で、女性、けれど夏海の騎乗機会は数えるほどしかない。馬主や調教師にとって騎手に期待する要素は話題性などではなく、その腕だけなのだ。(そしてこのことが物語全体の伏線になっているのですよ)
 また、利害関係者のみで構成され、一種のクローズドサークルである中央競馬の描写もフィクションながら巧い。騎手の控え室から金品が盗難される事件。盗難事件自体は不心得者の騎手の誰かの仕業であることは明らかでミステリ的要素はない。鞄の中から覚えのない金品が発見されたことで夏海が疑われる一方「私はその日騎乗機会がなくて競馬場にいませんでした」で疑った騎手たちが気まずくなる場面など、夏海と読者に冷たい風が吹き抜ける。しかし事件の調査が進んだ結果、疑わしい人物に人気騎手がいたことで中央競馬組織は犯人追及を止めてしまう。くさい物に蓋をする体質が中央競馬にあることが物語のなか、しかも漠然とだが、ここで明らかにされている。 (これもまた終盤への伏線となっているのですよ)
 さらにマンションでの騎手死亡事件から連なる、”本格ミステリとして”キモとなる一連の出来事。一読驚天動地だったのだけれども、これまた凄いテクニックが使われていてかみしめるに味わい深い。というのも本書に使われているトリックは、○井○隆氏の有名な問題作に近しいものなのだけれども、一般人には難しくても騎手の世界であれば全く問題なく普通に出来ちゃう要素がベースなのだ。つまりは「ある世界」からすれば当たり前、一方読者にとっては完全に盲点という超絶トリックとなっているのだ。ある意味ではバカミスになりかねないところを「世界」の方を変ずることでストレートのトリックにしたということで「やられた感」が半端ない。本格を意識したかどうかは不明だが、ここは本格ミステリとして読めると強く感じた。
 最後、本作で犯人たちが狙った不正と、物語の謎の根幹となるある手口について。 ……怪しい行為、あまりに大胆すぎて問題が大きすぎる不正ゆえに、うすうす気付いた人間がいても内部からなかなか告発が出来ない。ここに組織の体質が深く関係させてあるのだ。この組織が潔癖だったらこの手口は立ちゆかない。だが作者はこの組織が腐っていることを事前に読者に知らせている。また重馬場でどろどろに騎手がなることもまた同じ。事前に読者は騎手は条件さえ揃えば入れ替わりが可能であることを気付かされている。体重、顔つき。ある意味では「二人一役」トリックのバージョンアップだともいえるのだけれども、これもまた世界を整えているところが美しい。
 盲点といえば、もともと夏海はJRA調教師である父親の娘であり、中央競馬サークル内部の存在である。その内部存在が探偵役として、巨大な不正を指摘するという行為自体も一種盲点といえば盲点だといえるのではないか。

 ということで、様々なトリックや構成を作品にて実施している盛りだくさんの趣向が楽しめる作品。単独では無理筋となるようなプロットやトリックが集まっているにもかかわらず、事前にそれが可能となるよう土壌をきっちりと耕してある。かつて中央競馬に熱中した経験のある者としては、この世界全く知らない世界ではないし、その視点からみても「あり得てもおかしくない」と思わせられた。
 大切なことなのでもう一度書いておく。個人的に今年のベスト候補。


11/05/15
加藤実秋「ホテルパラダイス銀河」(講談社'11)

 第10回創元推理短編賞を受賞し、東京創元社から刊行されているホストクラブ・ミステリ、『インディゴの夜』シリーズがドラマ化されるなど好評の加藤氏。本書はどこか雑草集団的部分は印象が似ているものの全くの別シリーズによる連作集。初出は『小説現代増刊メフィスト』2009年1月号、その後2009 VOL.1、三作目はVOL2〜3にかけて掲載、最後の表題作品は書き下ろし。

 西島京志・十八歳。新潟で生まれ育ったがある事情から大学入学を機に上京した。ホテルパラダイス銀河という上野にあるビジネスホテルの住み込み従業員として働きながら大学に通うことになったのだ。ホテルにはホテルマンの鏡のような小津、ヤンキーそのものの小林道也、江戸っ子を主張するが日本語が怪しいルミら様々な従業員がおり、更にオーナーは全く姿を見せず、なぜ京志を呼んだのか説明も無い。そんななか始まった生活のなか、京志はオーナーから特命で絵画商法に関わっていたリナの相談事を解決することになる。 『東京甲子園』
 京志の目の前で自殺に及ぼうとしたピョートルという宿泊客。ウクライナ出身の侍マニアで余命が数ヶ月なのだという。彼は死ぬ前にあるお寺で展示されている甲冑を身につけたいと言いだし、オーナーもまたその願いを叶えるよう特命が発せられた。 『サムライアフェア』
 不忍池近辺で発生したホームレス殺人事件。オーナーの特命でその真相を探るよう指示を受けた京志は、リーチさんというホームレスに教えを受けつつ、自らもホームレスのように夜を過ごして事件の黒幕を探ろうとするが。 『闇に潜る』
 素行の悪い道也を狙い撃ちにしたような覚醒剤使用の告発、更に犯罪者を滞在させてしまったことでパラダイス銀河の経営に大ダメージ。なんとか立て直しをしようと営業可能の一階喫茶店から建て直そうとする面々だが、今度はオーナーから「SOS」のメッセージが。 『ホテルパラダイス銀河』 以上四編。

ベースとなる設定アイデアは良いのだが、発生する事件とのバランスで損?
 上野は成田からの玄関口であり、古くからあるアメ横という商店街があり、下町と接する大きなターミナルであり……と、東京のなかでもおしゃれというより、多種多様な人間の集まる街といった語られ方をすることが多い。(最近のところは行ってないから良く判らないけど)。その街にある価格安めのビジネスホテルとなると、それは様々な宿泊客が放っておいても集まる。さらに、地元のおじいちゃんおばあちゃんが気軽に集まり、困ったことを相談してゆくなど、地域コミュニティのなかでも重要な役割を担っている。縦糸、横糸、時間軸まで含めて多くの情報と多くの人間が接してくれる存在であるのだ。
 ここまでは良い。素晴らしく良い。 こういったちょっと厳しそうだけれども、実は面白い環境に無垢な大学生が放り込まれ、事件対応であっぷあっぷする様を面白おかしく描いてゆく、というところ(たぶん狙い)も良い。
 ……だけど、なぜ事件が絵画商法で、軽犯罪を犯しての甲冑を外人に着せて記念撮影で、ホームレス殺人事件なのか。せっかくのホテル、せっかくの人間の繋がりといった設定のユニークなところを利用できていないのだ。 全く顔をみせないけれどホテルを常に見守っていると小津がかばうおーなーの存在が、一応コントロールしていることになっているのだけれど……。ホテルの特性が活かされる訳でも、多様な外国人たちが助けてくれる訳でも、ホテルにたむろする老人たちが大活躍する訳でもない。確かに多少は働いたり動いたりはするけれども物語の根幹には関わってこないのだ。 (結果的には、特に中盤以降、秘密にしているが見え見えのオーナーの正体によって物語全体にいらぬバイアスがかかってしまっている点が最大の失敗だと思える)。
 また、地元ヤンキーの道也の活躍も少ない。水商売の社長に取り入る場面など面白いのだけれど、せっかくの地元(ただし綾瀬)出身という設定でもっと活躍できたのではないかと思う。

 ということで要素と物語との組み合わせがアンバランスだと感じられた作品集。加藤作品として『インディゴの夜』のシリーズと一部似ている部分もあるとはいえ、面白さで同シリーズを超えることが出来ていないというのが率直な評価か。


11/05/14
三輪チサ「死者はバスに乗って」(メディアファクトリー'11)

 第五回『幽』怪談文学長編部門賞受賞作品。応募時の題名は「捻じれた手」。三輪チサさんは福岡県生まれ。第一回『幽』怪談実話コンテストの大賞を受賞、幾つか実話系怪談のアンソロジーに共著がある。

 県立N高校二年の対馬奈美は幼馴染みの塩見薫との帰宅途中、交通事故を目撃する。横断歩道を渡る老女、突っ込んでくるバス。しかし気付くとバスの姿はなく電柱に突っ込んだ軽自動車と、追突した軽ワゴンとが残されていた。死者一名負傷者数名の事故だったが、奈美と軽自動車の運転者、そして老女だけが「バス」を目撃、それ以外の人は何も見ていないのだという。警察の梶原は事件のことが気になり、奈美の自宅を訪ねるが奈美の母親にけんもほろろに追い返された。奈美にかろうじて名刺を渡してコンタクトを取り、話を聞く。奈美にはかつてマサヤという弟がいたが列車事故で亡くなってしまい、それ以来母親は笑顔を見せることはなくなり奈美との母子関係もまた極度に悪化していた。奈美が帰宅するとその母親が笑っており、しかも「マサヤが帰ってきた」という。あり得ない事態、だけど奈美は「何か」の気配を感じ取ってしまった。翌日、梶原は奈美と薫を、霊感を持つ旧友の伊達のもとに連れて行く。伊達は風船を使ったバルーンショウをショッピングモールで行っているのだ。梶原の奸計により奈美と薫は伊達と三人にされるが、その帰り道「バス」を伊達も目撃、さらに伊達は奈美に対し、家に何かいるだろうと看破した。

幼稚園バスという平和の象徴と都市伝説の展開が「怪談」に一定のリアリティを築く
 作品全体の印象とは異なるのだが、長編怪談のなかに「インターネット」を持ち込むことで、現実性を高めてゆくという手法に目を引かれた。都市伝説の伝播方法がここ十年で明らかに変化している。アナログからデジタルへ。かつては友人から聞いた話、ラジオでのリスナーによる投稿、怪しげな雑誌記事といったアナログ文化で伝達されていた都市伝説。これがインターネットの浸透により、あっという間に情報だけは伝播していくのが現代の都市伝説だ。本書では伝説を流すのではなく、確認する作業としてネット掲示板が利用されているのだが、妙にそこにリアリティを感じたことを先に述べておく。
 さて、怪談としての本作である。これもまた都市伝説系の香りを感じた。恐怖小説の表現できる恐怖のパターンというものはそう多くなく、本書における幽霊、バス、廃幼稚園やその原因といった内容そのものに強烈なオリジナリティがあるというものではない。その恐怖のパターンがどこかネット系な印象を受けた。(悪い意味ではない。むしろ現代ではそちらの方が普遍的であろうし)。
 そして本作は恐怖小説(恐怖エンタ?)においてそれらのコードを巧みに設定に当てはめてゆき、複合的に物語を醸成している印象である。ここまでは仕方がない。ただ、そういった普遍的要素を物語運びと、登場人物の個性にてつなぎ止め直し、新しいエンターテインメントを産みだそうとしている姿勢が買われての受賞なのだと思う。
 その意味では、個々の登場人物の個性がホラー小説から少し離れ、どちらかというとミステリ的で、組み合わせによって新鮮さが感じさせられている。警察サイド、女子高生サイド、廃墟カメラマン、謎めいた除霊家(?)、それに永遠に喪ってしまった子どものことを想い続ける母親たち。それぞれの個性をユニークに付けてゆくことで、ちょっと間の抜けた刑事と女性警察官とのエピソードなどホラーというよりも、ミステリっぽさを感じた。が、そういった多数の個性を活かす手法がどうやら評価に繋がっているように選評からは見受けられた。
 長編として普通に読むことが出来るのだが、受賞作とはいえ、読んでいて描写不足を感じたり、登場人物の描き分けに弱さが(特に序盤)みられる。ある程度入り込めば気にならないのだが。もう一つ書けているからこその不満を挙げるとするならば、登場人物の軽重の意図が見えにくいことか。誰が真の意味での主人公だったのか、ホラーなので特定の必要はないといえばないのかもしれないのだが「根」があっても良かったのではないかとも思った。

 長編ホラー、しかもデビュー作となると及第作品。ホラー小説大賞に対し「怪談大賞」は求めるものの質が違い、その違い(もちろん重なる部分もあるだろうけれど)が、ある意味では分かりやすく出ている作品だともいえそうだ。


11/05/13
川瀬七氏uよろずのことに気をつけよ」(講談社'11)

 第57回江戸川乱歩賞受賞作品。川瀬七獅ウんは1970年、福島県生まれ。服飾デザイナーを経て2007年より小説の創作にとりかかり、2010年第56回江戸川乱歩賞の最終候補に『ヘブン・ノウズ』で残るが落選、続いての今回で乱歩賞を射止めている。同時受賞は玖村まゆみ『完盗オンサイト』。(タグ5月ですが本レビューは8月に書いています)。

 中野にありながら格安の賃料であるボロ屋に住む大学講師・仲澤大輔。民俗学の中でも呪術関連を専門にしている彼のもとに十八歳女子大生が訪ねてきた。美少女然とした容貌を持つ彼女は砂倉真由と名乗り、家の床下から出てきたという奇妙な和紙を仲澤に見せた。人骨と髪の毛が梳き込まれ酒と血で摺られた墨で描かれた「不離怨願」の文字。本物の呪術符であった。しかもその現場では一ヶ月前、真由の祖父が殺されていたのだという。真由の両親は小さな頃に出ていってしまって不在のまま。祖父母に育てられ、祖母は他界していて祖父を亡くし、彼女は天涯孤独となっている。その祖父は元中学校教師で温厚な性格、何故殺されたのか動機も犯人も分からないという。真由の真剣さにうたれた仲澤は高井戸にあるという真由の家に赴くが、一般的な呪いとは異なる奇妙な行動を犯人が取っていることを看破、更に警察と呪術の知識を元に掛け合い、幾つかヒントを手に入れた。警察は真由の父親が新興宗教に嵌まっていることから、カルトを疑っていたが、仲澤と真由は呪術符に書かれた文字などから、独自の方向で事件の真相に迫ってゆく。

ホラージャパネスクめいた雰囲気の醸成とサスペンス感覚が卓越。新人離れした風格漂う呪いエンタ
 選評で京極夏彦氏が作品の根幹に無理解と誤謬があり致命的だという趣旨の発言があったようだが(他の選者にはないコメント)、それは民俗学を取り入れた作品を出してきた京極氏だからこそいえること。専門外の者にとっては、こういった要素は「いかにそれらしく整えてくれているか」が重要であって、少なくともある程度、同系統の作品を読むことのあるといった程度の読者(ごめん、自分想定だけど)をその世界に誘いきるだけの筆力があると感じられた。その現実性ではなく、少なくとも「この世界」では見る人が見ると「穢れ」が明確に認識できるような、強烈な呪いが存在する。不気味な”リアル”が作品内にあるがため、物語全体が理に落ちるのか情に落ちるのか判らない、読み手の立ち位置のバランスを危うくさせるような序盤がまず優れている
 呪術を専門とする大学講師のところに大学生になりたての少女が鑑定を持ち込むところから、二人一組のペアがつかず離れずの関係で、呪物の正体を追う展開。特異な専門を持つホームレス、未だ様々な風習を持つ地方の部落等々、行く先々で少しずつ手がかりを見つけ、さらにそこから次の手がかりへと進んでゆく展開からは、どこか足で稼ぐハードボイルドミステリの失踪人探しの類型とも光景がかぶり、またその危機を通じて年齢の離れた二人の関係が進展してゆくのも好ましい。先に述べておくとクライマックス直前までの盛り上がりは素晴らしく、緊迫感が溢れた内容となっている。人間として意思疎通がほとんど出来そうで出来ないという描写、怨みの深さが強烈にピックアップされている。一方真相そのものについては脈々とストーリー展開して積み重ねた結果ということで、意外性という意味ではあまり大きくない。(不満があるとかそういうことではない)。
 ほか、多少説明的にならざるを得ない専門的内容を、登場人物の口を借りるなど(多少フィクショナルではあるものの)しながら読者の頭の中にすいすいと落とし込んでゆく過程は巧いと思った。逆に選者に、この点に不満を表意している人がいることを知って意外に感じた。もう一つ、語弊を恐れずいうと田舎に住む人の描き方も巧かった。ひとことでいうと個性が豊か。都会に暮らす人間よりも遙かに皆が個性と共に描かれている点、印象に残った。

 三津田信三氏が本格ミステリで地方風俗を描写して、呪いや人外が存在するようにみえつつ一応論理サイドに落とす刀城言耶シリーズを展開しているが、本書はその「隣地」に位置しているミステリという印象をまず受けた。本格にこだわらないものの、理には落とすミステリ形式、それでいて呪いだとか呪術だとかの描写が強烈に過ぎるというあたり。川瀬さんが今後どういった方面に進むのか現段階では判らないが、雰囲気作りの巧さが生かせるのであれば様々なミステリを具現できる力を持っていることだけは確かなようだ。


11/05/12
水生大海「善人マニア」(幻冬舎'11)

 水生大海さんは三重県生まれ。教育系出版社勤務後、派遣社員に。『罪人いずくにか』にて第1回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞優秀賞を受賞し、同作を『少女たちの羅針盤』と改題し2009年にデビュー。同作は映画化もされた。同賞受賞前、1995年には秋田書店から漫画家としてデビュー、さらに2005年には「叶っては、いけない」が第1回チュンソフト小説大賞(ミステリー/ホラー部門)にて銅賞を受賞した実績がある。

 住宅設備メーカーで企画の仕事をしている八木珊瑚は三十二歳のOLだ。珊瑚は夏の終わりに三つ上の征市と結婚が決まっており、結婚前だが契約期間満了を機に同居することになったのだ。そんな時、征市は「サプライズ」といって、彼とは血の繋がらないという妹を初めて珊瑚に紹介する機会を作った。そこに現れたのは、派手な化粧で若作りをしている野瀬翠。居酒屋でバイトしていることもあって二十五歳だと自称しているが、実は珊瑚と中学の同級生だった。実は珊瑚と翠は中学時代に同じマイナーバンドのファンをしており、修学旅行先の東京で人間の生死が絡むトラブルに二人で関わっていた。珊瑚は、その事実に目を瞑ってここまで来たのだが、過去の亡霊が現れたようなもの。傍若無人で自分勝手な翠は、珊瑚の気持ちにつけ込むかたちで住むところが無いからと二人の新居に強引に住み着いてしまう。更に昔の常識やしきたりに従って過剰に干渉してくる征市の母親、八方美人で実は自分勝手な行動が目立ちだした征市らの行動に疲労しつつあった珊瑚は、かつて不倫していた阿曽課長のアプローチもあって……。

細かなミスリーディングが配置されたミステリである一方で「嫌な女」たちが織りなす「嫌な日常」がざわざわ残る
 冒頭でプロローグとして「黄色い向日葵柄のワンピース」を纏った女性が死亡しているという描写がある。物語が進むに連れ、悪意と悪意が交錯しだして(不謹慎だが)「さあ、どっちが?」と思わせられるわけだ。が、結論としては「そう来るか!」と、不思議なサプライズが待ち構えていた。超絶トリックなどを配した本格ミステリとは全く異なる方向性ながら、ところどころに伏線の妙味があって良質のサプライズが何カ所にも仕込まれているミステリとなっている。登場人物が限られているなかで、いくつも変化球を作り出せるのは登場する女性たちの造形が巧いからということになりそうだ。
 分かりやすく嫌な女である「野瀬翠」。三十を超えてまで自分の客観分析が出来ず、自分の金に汚く、他人に頼ったり甘えたりするのが当然という、若さが武器の十代女子のような自堕落な生き方でだらだらと生きてきた女性。言動は馬鹿っぽいし、思慮は浅いし、思い遣りが決定的に欠けている。ある意味では「安い女」パターンというか記号化されたような「駄目女」ではあるのだが、その一人称(つまりは思考方法)が時々作品に混じることで妙に生々しく彼女の生き方が身近に感じさせられる。
 一方、もう一人キャリアOL「八木珊瑚」。善人を標榜する、一見まともにみえる主人公。他人からの干渉を大人の受け答えや、行動基準、感情制御によって受け止め、流している。読者の多くが彼女に感情を移入させそうなのだが、これまた善人ぶっていながら、意外と彼女も腹黒い。善人の皮を被った腹黒女、しかも自分が善意の存在であると信じているところに微妙な違和感がある。翠とは、姑とは違うのよ! といいつつ実は別のタイプの「嫌な女」を自分で演じていることに気付いていないところ、ある意味哀れなのか。
 そんな彼女たちが織りなす葛藤と(ある種の)戦いが前半、冒頭の向日葵のワンピース事件以降が後半という構成。この後半には、阿曽課長という珊瑚の元不倫相手が重要な役割を果たす。彼も本質的には単なる色ボケした嫌な男、なのだがその取り繕い方がうまく、なんかナイスミドルにみえる。が、その行き着く先は何とも憐れなのだが。

 題名に「善人マニア」とあるのだけれど、結局のところ明るく乾いた筆致で全力で「嫌な女」たちがクロスする物語を作りました! というのが本質。 ただ、先述の通り、サプライズも多数配置されているし彼女たちが放り込まれる事件の荒波が激しいので終盤「ノンストップ」度合いが高くなる。 展開が早いのと、個々の人物の心理描写が巧みなので、一度読み始めるとぐいぐい引き込まれる。救いのないラストを含め、女性たちのそれぞれ自己中心的でエゴが全開の「現実的な心情」が見せつけられることで、強烈な読後感もまた残っているのだけれど。


11/05/11
結城昌治「魔性の香り」(集英社文庫'85)

 1975年(昭和五〇年)から'82年(昭和五七年)にかけて『小説現代』『小説新潮』『週刊小説』といった各種の小説雑誌に発表された短編がまとめられた短編集。'82年に集英社より単行本化されたものの文庫化。また表題作「魔性の香り」は'85年に、にっかつロマンポルノで映画化され、芸能活動を休止していた天地真理が復帰、主演したことで話題を呼んだ。

 亡くなった友人の妻と浮気を続ける男は、最近になって妻が聞き取れない独り言をつぶやき続けていることに気付く。妻の乱暴な運転に助手席で恐怖を覚えた男は……。 『つぶやく妻』
 美術界で葬式を仕切らせると非常に有能だといわれる美術雑誌編集長の榎木。彼に挑戦するように香奠泥棒を働いていた老女・中江トヨ。彼女が死んだと榎木は聞き、ほんの少しだけ榎木は寂しく思う。 『葬式ばあさん』
 元同僚の圭子とバーで再会した日崎。二人とも結婚に失敗しており日崎は彼女に結婚を申し込むが圭子は首を縦に振らない。郷里に帰るといい行方不明になった圭子と久々に連絡が取れた日崎が彼女の部屋を訪れたところ、圭子は遺体となっていた。 『暗い鏡』
 元ヤクザだったが刑務所に入ったあとに更正した関根。彼には待ってくれていた女がいた。そんな関根のもとにかつての弟分の吉崎が現れる。彼は上からの命令で人を刺してしまったのだという。 『汚れた足』
 老齢の社長と愛人関係にある宏子には別に若い恋人が居た。社長の健康診断が思わしくなく遺産を彼女に譲ると言いだしてくれたので、彼女は後押しとばかりに自らの身体の変調を告げる。 『草葉の蔭で』
 エリート男と美女との地方旅行。昼間からいちゃいちゃする二人の入ったドライブインには身なりの薄汚れたトラック運転手が不味い食事をがつがつと食べていた。 『事故多発地点』
 元刑事でバーテンを最近クビにされた安田の元に刑事が訪ねてきた。最近まで勤めていたバーのマダムが殺害された事件だ。安田は犯人ではないがマダムは男出入りが激しく、安田も関係を持ったことはあった。 『最後の客』
 離れて生活していた義理の妹が殺された。突然来訪した刑事に聞かされた田島は、関わりが少なかったことを後悔、モデルをしていた妹の周辺について聞き込みをしてみることにした。 『偽りの構図』
 出版社に勤める江坂は結婚にしくじった後、行きつけのバーで秋子という女性と知り合い、生活を共にしていた。影を宿した彼女はDV夫のいる大阪から逃げて隠れて生活しているのだという。その江坂が、アキ子の噂を聞く。どうもその特徴が秋子に重なるように江坂は感じて……。 『魔性の香り』
 落語。大工の留は三度の飯より博打が好きだが、弱い。手元が不如意になって、なんやかんやで続けようとするが誰も金を貸してくれない。一旦諦めて家に帰るが……。 『裸大黒』 以上十編。

ひねりやオチよりも、小説技巧とシチュエーションの豊富さで全く飽きさせない手腕が光る
 もとより本格指向の作品が集められたということもなく、文庫化のタイミングもどうやら往年のアイドル天地真理+にっかつロマンポルノという話題性に合わせてというもののようだ。しかし、そこは結城昌治、作品自体のクオリティはしっかりしたもので、十編それぞれを小説として読ませ、人生の明暗みたいなものをじわっと滲ませることを忘れていない。ついでに述べておくと、表題作の『魔性の香り』にしても、男女の暗め恋愛話ではあるものの、別にポルノ的な内容は原作には無く、服を脱がずとも(原作に忠実な内容であれば)映画化は可能だったのではないかと思う。
 作品集としての内容は先述の通りバラエティに富む。 締めの一作が創作落語であるというのも凄い(しかも面白い)し、まさかここで『白昼堂々』を彷彿とさせられるクライムコメディが読めると思わなかった『葬式ばあさん』があり、結城昌治のハードボイルドのエッセンスが詰まる『最後の客』『偽りの構図』といった作品がある。
 ただ、これはこの時期に中間小説的に発表されたミステリ短編に共通することだが、男女の爛れた関係やすれ違い、思い違いといったところ事件を生み出すという基本構図があり、その構図はまた本作にも当てはまる(ものが多い)。平凡とまでゆかずともオチが読めるような一部作品も実はあるのだが、ハードボイルドのエッセンスを込めたり、シチュエーションをひねったりで退屈単に狂ったトラックの運転手がバカップルをはね飛ばす『事故多発地点』くらいまで昇華されるとまた別の味わいになって面白い。
 例えば、ネタバレで恐縮なのだが、冒頭に登場する『つぶやく妻』というのは別に目立った作品ではない。浮気をしている男が、妻の訳の分からない言動に勝手におびえ、とにかく早く別れたいと好条件で離婚を申し入れる。その裏で妻は妻で愛人を囲っていて、夫と離婚するために変な行動を取っていたことが最後に明らかにされる。──こうやって最後まで筋書きを書くと、どこが面白い? と思うでしょ。ただ、読みながらオチもうすうす感じられるにも関わらず、その演出であるとか台詞運びであるとかの巧さで最後まで読まさてしまう。オチが出た時に「あ、やっぱり」と思うにもかかわらず、つまらなかったと思わないのはやはり立ち位置が普通のミステリ短編と異なるためか。

 某所でも呟いたのですが、天地真理の表紙を見て「別表紙バージョンゲット!」と古書店で喜んでいたところ、それが正式バージョンだった、しかもダブりというオチが。手元にあるので読んでしまいました。いつもの結城昌治クオリティ。 本作からお勧めといったつもりはさらさらないものの、小説としての質がしっかりした作品集でした。