MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE 国産ミステリ・レビュー
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


11/05/31
天袮 涼「キョウカンカク」(講談社ノベルス'10)

 天袮涼氏は1978年生まれ。本書『キョウカンカク』で第43回メフィスト賞を受賞してデビュー。

 二〇※※年十二月。X県星守市に滞在していた、共感覚を持つ女探偵・音宮美夜はエリート警察官・矢萩から接触を受けた。そこまで二人の出自の異なる女性を殺害して焼いていた「フレイム」と呼ばれる連続殺人鬼による事件を解決して欲しいという依頼。三人目となった被害者はこの市に住む女子高生・神崎花恋。その花恋の幼馴染みで仲の良かった甘祢山紫郎は後追い自殺を考えていたところで、美夜と出会う。美夜は山紫郎を捜査のパートナーに指名、山紫郎は山紫郎で、目立った銀髪をした女探偵を自らの目的のために利用しようと企む。美夜は山紫郎の携帯電話を借り、死の直前に彼にかかってきた公衆電話からの花恋の声を分析、市内の廃工場が事件に関わっていると目星を付けた。その工場はかつて、山紫郎や花恋、そして花恋の兄で、現在は精神医学者の卵である神崎玲らがまだ子供の頃、トラウマになるような事件を発見した現場でもあった。果たして花恋の共感覚によって現場から不自然な壁を発見、三人の女性が凶手にかかった現場を特定することが出来たのだが。

共感覚の特殊性はほんのおまけ。伏線と回収にこだわった劇的本格ミステリ
 音や声が視覚的にも感じられるという共感覚。本書の場合は、厳密にいうと『命を奪おうとする声』が見えるということらしいが、こういったSFめいた設定はミステリの場合は使い方が複数ある。その設定自体が絶対であり、真相はその設定によって先にはっきりしているものの、他の手がかりが別方向を向いているという矛盾を解き明かす方法、また、そのSFっぽい設定自体がペテンであり、そのペテンを理屈で崩してゆく方法、使い方によっては最終的に犯人をその超能力で示すという適当な方法も有りかもしれない。本書の場合は、その前者。共感覚は絶対。 ではミステリとしてヒントが多すぎるのでは、犯人がすぐ分かってしまうのでは、といった疑問が湧くかもしれないがそれは杞憂。視点人物がその共感覚人物と異なるため、そもそもこの感覚自体がどこまで信用が置けるのか、という点すら危うさをもって描かれる。その意味では、むしろ事件解決の補助というよりも、不安定要素として前半は機能している。
 一方、事件そのもの、その展開、後半に至るまではそれなりにスピーディ。とはいえ、伏線を回収しながらまた新しい伏線をばらまいてゆくのが作者の癖らしく、その分文章に負担が来ている印象。リーダビリティという意味ではあまり高いといえない。が、読んでいられない程ではなく、本格ミステリを維持するに問題ないレベルではある。
 個々のキャラクタも探偵役や主人公格含め、個性的ではあるが魅力的ではない。ただ、圧倒的な存在感があるがゆえ、新人最初の作品でありながら「立った」作品になっている点もまあ好印象といって良いだろう。しかししかし、本書で驚かされたのは、偏執的に回収してゆく伏線の数の多さにある。意外性あるもの、当たり前といって良いもの、そのレベルは様々ながら、特にその数が多いのだ。一つや二つの伏線はミステリに限らず、どんな小説にだってある訳だが、本書の場合、「伏線」→「回収」のコンボ、百や二百じゃ効かないんじゃないか。(数えていないけど)。大きな流れを回収したあと、小さな伏線の回収でそれを補強、更にはあえて説明されないまま読者が気付かないと回収できない伏線などなど、連関の理(?)にこだわった作風には大いに好感を持った。

 正直、この作品の犯人の意外性のみであれば、そう大きなインパクトを持つものではない。が、そこに至る過程と、その犯人の動機であるとか、行動理由であるとか、細かな伏線→回収の大量の流れから大小の衝撃を多数受けてしまった。 恐らくは作者の狙いはむしろ大きな事件の流れよりもそのディティールにあったのではないか、と正直考えてしまうし、それは結構好きな流れでもある。メフィスト賞ということで少し敬遠していたこと、失敗。


11/05/30
倉阪鬼一郎「五色沼黄緑館藍紫館多重殺人」(講談社ノベルス'11)

 おおよそ講談社ノベルスでは年に一冊のペースで秋頃に倉阪センセーは、特殊系本格ミステリ(バカミスとかいわないぜ)を発表されており、一部でカルト的人気を誇っている。これが一部であるのが実に残念。今年の特殊系本格ミステリ(バカミスじゃないってば)へのその一部読者の渇望を埋める一冊。ノンシリーズ。ああ、でも巻末の著作リストでは御自らバカミスに分類を……。

 猪苗代駅から半時間ほどバスに乗り磐梯山の裏に回る。その裏側の名所の一つが五色沼である。その五色沼から奥の方に散策してゆくと個人の別荘などが散見される。夏休みには多くの観光客が詰めかけるこの地も四月になったばかりの今は霧に閉ざされている。そんな中に浮かび上がる黄と緑、そして藍と紫の面妖な組み合わせの唐草模様。黄緑館、そして藍紫館。上から見ると「L」字に見える館。まだ出来て間もないこの館のお披露目パーティが行われる。しかし招待客はたったの四人。天候が荒れ始めるなか、その四人は順次館に消えてゆく。館主・宮野川瞬吉にその娘・絵美がホステス役。執事と添島と使用人の桜沢。対する客は評論家・更藤、詩人の笠原、大学教授の北田、そして小説家の大伴の四人、全員男性だ。館のゲストルームに通された彼ら。しかし、まず窓から怪物が入ってきたと心臓の悪い更藤が絶命、続いて亡き妻の亡霊を、館の便所で目撃した笠原が恐怖の余りに心臓を止めた。彼も心臓が悪かったのだ。続いて「密室」内で一人が刺され……、ゲストの一人は犯人を指摘するものの、完璧な謎解きを要求される。果たしてこの館の秘密とは……?

ああ、もう相変わらずここまで凝り凝りに凝って。テキストの魔術師の特殊系ミステリ
 ここまでも数多くの倉阪ミステリが出ている訳だが、漠然とした傾向がある。基本的にはテキストにて読者を騙す方法を非常に好むということ。その場所がどういう場所なのか、登場している人物はどういう人物なのか。明記されているようでいて明記されていない、詳らかにされていないようで実は説明されている。こういった人を煙に巻くような表現が多用されているのだ。このあたりは特長である一方、読者を選んでしまうのかなあ、と思う。
 本書で使われているテクニックも、超絶の行為とはいえそのポイントだけ抜き出してしまうと作者自身が過去に近しいことをやっている。(その行為に対する意味の付加の仕方は全く異なるが)。ただ、文章に対して偏執的なこだわりが無い限りこれを完遂するのは無理で、そして何度出会っても気付いた時の衝撃は巨大だし、深く感心する。本書に込められた仕掛けのうち、一部は読んでいる途中で気付いた。(さすがに)。だけど、種明かしされたときの衝撃はほとんど減少していないように思えた。その形象は見えても、意味まで見通すことが難しい「謎」だからか。更にテキストに対してこだわっている部分と、物語中の特殊な形象とが繋がっているところなど、想像力の凄まじさを感じて戦慄させられる。
 そしてもう一つ、カーの『魔女が笑う夜』が作中でも散々事前に例として引っ張り出されている、二人の人間を恐怖から死に追いやる殺人。一種の予告殺人。いやもう、これは。ふはふはふはふは。ある意味では、オレは大いに感動した。 講談社ノベルスでこれが有りですか、有りなんですよ奥さん。しかし二人とも心臓が悪いニトロ仲間ってのは大きな伏線だねっ! いやー、これで人間の尊厳を傷つけられたまま(特に便所のシーンは秀逸)死に至るってのは死んでも死にきれんのじゃなかろか。出現する場所がなんといっても……(悶絶)。あ、でもこういうことで怒ってしまう方にはクラニーミステリはお勧めできません。

 本書、ラストには「伝説の怪物が世界の〈外〉から現れる」のです。その正体、ある意味予想の範囲内ではあるだが、その登場の仕方が圧巻。結末では、どこか人間ではあらざる世界に旅立たれてしまわれる物語ともいえましょう。頭の先からしっぽの先までどこを切っても倉阪成分100%という、やっぱり特殊系本格ミステリ(またの名をバカミス)という作品かと。一部の同好読者はこれで渇を潤すのだ!!


11/05/29
貴志祐介「鍵のかかった部屋」(角川書店'11)

 第58回日本推理作家協会賞長編および連作短編集部門を受賞した『硝子のハンマー』、更に中編集『狐火の家』に登場した自称「防犯コンサルタント」の榎本径と、密室事件が得意だと思われている美人弁護士、青砥純子が登場するシリーズ三冊目となる作品。収録作最初から順に、『野性時代』二〇〇八年五月号、二〇〇八年十二月号、二〇一〇年五月号、『小説 野性時代』二〇一一年七月号に発表された作品がまとめられたもの。

 葬儀会社の社長・大石満寿男の連絡が急に取れなくなり、時々通っていたという別荘で密室状態で発見された。発見したのは司法書士の日下部と、ナンバーツーの専務・池端。大石との不仲も噂されていた池端に、ほぼ全財産を譲るという遺書の内容に疑問を持った日下部は、青砥純子に相談を持ちかけた。 『佇む男』
 サムターンによる窃盗が得意だった会田は警察に捕まったあと収監され、刑期を終えて出所、自分のことを案じてくれていた今は亡き姉の自宅へと赴いた。唯一の親族である甥と姪、しかし引きこもっていた甥はよりによってその日に練炭自殺と思われる方法で自殺してしまう。 『鍵のかかった部屋』
 高校の野球部顧問の杉崎。同僚との結婚も決まって新居の準備を進めていたが、その新築の家がとんでもない欠陥住宅で建築会社に対する怨みが積もっていた。杉崎は一計を案じ、その建築会社社長に対する殺意をかたちにする。 『歪んだ箱』
 変人揃いの劇団・ES&Bの公演を観に来た純子と榎本。アドリブありドタバタありの演劇ではあるのだが、どうも出演者の様子がおかしい。やはり公演中に殺人事件が発生していた。しかし関係者の話を遭遇すると、犯人は逃げ出す方法が無いのではないかと思われた。 『密室劇場』 以上四作品。

正統派密室ミステリなのに想像すると微妙にシュール。それこそが密室の味わい、か。
 過去は本職の泥さん(尼さんではない)だった雰囲気が以前より強く出てきた防犯コンサルタント・榎本径。恐らく世間的には不可解な事件を解き明かすことのできる敏腕弁護士という虚像が出来てしまっていて、そのギャップに自分で困っているであろう・青砥純子。世間からの目線はとにかく、彼ら二人のやりとりによって、様々な形式の密室が解き明かされていく展開がまずユニークなシリーズだ。本シリーズの良いところは、最初に徹底して「誰もが思いつきそうなトリック」を使用出来ないようつぶしてゆくところではないかと思う。物理的なケースは実際に示してみせて、それ以外、心理的、時間の錯誤といったところは青砥純子を道化役にイージーな解決を拒絶してゆく。残されるのは、幾つかの不自然な「あからさまな手がかり」と、「堅牢な密室」という流れだ。
 もちろん、本書は何故密室が作られたのかだとか、犯人の隠された動機だとかに大きな焦点は置いていない。あくまで、密室がメインターゲットという作品集。どうやって密室が作られたのか、その密室を作るためにどう犯人は工夫したのか、しかしどこに瑕疵を残したのか。もちろん読者が推理することも可能だが、その密室がユニークでかつ犯人が独創的な頭脳を持っていることもあって、なかなか真相に届かない。
 そしてその真相がまた、何というか「愛すべき」という形容詞が似合うようなタイプなのだ。恐らく真相を知った人間全てがにやにやしたであろう『歪んだ箱』。ほかはじめからギャグっぽいテイストを狙った『密室劇場』にせよ、密室という結果ではなく、密室になってゆく過程を思い浮かべると何故かほのぼのとした気分になるのは何故だろう。まあ、もちろん殺人が絡むお話なので不謹慎ではあるのだが、必死こいて犯人さん、こんなことしたんかねー、というのを考えるのは実際問題、楽しいのだから仕方ない。

 当たり前の意味での伏線、そしてその伏線の回収というあたりは流石に職人芸で、綺麗に回収されている。物語に無駄も隙も無く、(ある意味)非常に完成されている「密室短編集」だといえるだろう。密室を必死で構成する犯人たちの精神は歪みきっているのだけれども、それに対して誰が読んでも違和感を覚えさせない、間口の広い作品となっている点は素晴らしい。オーソドックスにポイントの高い作品集かと思う。


11/05/28
霞 流一「災転(サイコロ)」(角川ホラー文庫'10)

 霞流一氏による書き下ろしホラー小説。と、さらっと書いてしまったが、基本的に動物がメインテーマでかつ超絶本格ミステリが単著の場合の霞氏の作風であるなか、動物から、本格ミステリから離れるというのは、かなり大変なことなのではないかと思ったり。書き下ろし。

 一年前、運転していた車が不可解な状況で事故に遭い、秘書と共に亡くなった金融会社「アーキュリー・ローン」創始者で『総裁』と呼ばれていた津賀野喜郎。当時六十八歳ながら運転は達者のはずだが、運転していたBMWの窓から突然血が噴き出し、その後事故が発生したのだという。しかも遺体の状況も身体が内側から突き破られたようにみえるという状態だった。その喜郎が眠る、高さ2メートルの御影石製の墓が前触れなくぐにゃりと曲がってしまった。墓石をデザイン、制作した碑工師である桃川は、アーキュリー・のローンの社員・井出らにつるし上げられるが、勿論原因は不明。たまたまその現場を訪れた桃川の師匠格である飛崎漂示が、井出と交渉、一週間の期限を貰って事件の謎を探ることになった。そんな彼らを謎の男が襲う。男は薮原、水商売を行っていた妻・希久恵がアーキュリーローンに借金をしたが返済できず、そのまま薮原を捨て『総裁』の愛人にされたうえ、経営していたスナック火災で希久恵は死亡したことを怨みに思っていたのだ。他、喜郎自身、悪趣味なアートを趣味にしており、その関係での怨みを買っていた可能性があった。アーキュリー・ローンの関係者でも他にも飛び降り場所から20mも離れた場所で不可解な死を遂げた人間が存在していることも判ってきた。また、生前の希久恵は社長のSM趣味にもつきあわされていたようだが、「私にはサイコロがある」という言葉を身内に呟いていた……。

ホラーでありながら、様式は本格ミステリの骨法。恐怖の対象が理詰めで突き詰められてゆく
 暴力的ではあるものの、墓石がねじれているというある意味すっとぼけた出だし。真面目なのか真面目じゃないのか判らないメインの登場人物の会話。身体の内部から骨が突き出て死ぬ、といった次から次へと登場する不可能状況での不審な死。こうやってポイントを挙げてゆくと、霞流一氏のこれまで刊行されてきた本格ミステリと何ら変わらないように思えるのが不思議だ。逆説的には、これまで本格ミステリを標榜しつつ、実際どんだけ凄まじい状況を作って、それを超絶な論理とトリックで解決してきたかの裏返しということなるのだが。霞流一先生のすごさを改めてこんなところで思い知るとは。
 但し本書は少し話が別。版元が示す通り本書はホラー、で小説としてもホラーだ。つまり、必ずしも理屈や論理で辻褄合わせをする必要は無く、怖がらせるだけ怖がらせて後は「怪異ですぅ」と放り出すことも可能だったはず。だが、やはりここまで積み重ねてきたキャリアなのか、霞流一という作家の骨絡みの創作方針のせいなのか、怪異の要素が絡むにせよ、その怪異が論理で納得できるかたちに繋がってくる。 ただ──、終盤に明らかになるその怪異が発生する要因、すなわち壮絶な怨みが発生するに至った出来事というのは、かなりシュールにして残酷。現実的に不可能ではないのだろうが、本当にこんなことを実行する人間なんて普通いないよね、というエピソードだ。ただ、そういった「現実としてあり得なくはないレベルのエピソード」というのは、本格ミステリにおける霞流一氏の強引な解の付け方においても散見するやり方かと思う。そういう意味でも、この霞ホラーというのは霞ミステリと非常に近しく感じられるところも、おかしくないってことか。
 ホラーであっても結局のところ霞流一は霞流一という訳で、本格ミステリというフィールドから離れても突然作風が変化したりはしていない。問題は描写の方法なのか文体なのか、うまくいえないのだが、恐怖である部分の怖さが足りない。怖いハズの場面で怖いと感じられないという問題はあり。嫌だな、とか悪趣味だな、とかは感じるのだけれど、関係者の狂気が凄まじすぎて普遍的な怖さに繋がっていないというか、現実の読者にまで還元されないというか、そんな味わいが残った。この点はやはり残念。

 最終的に、読み終わると「霞流一氏によるホラー小説」というところで妙に納得がいくし、これまで霞作品を読んだことのある読者であれば本書にも違和感はないはず。ただ、先述した通り普通に怖いというタイプのホラー小説ではないため、霞流一成分が濃い、論理性強い悪趣味小説(悪い意味ではなく)といった印象です。

 最後にもうひと言付け加えると、なんというか朝山蜻一(判る人はたぶん判る)。


11/05/27
黒 史郎「幽霊詐欺師ミチヲ」(角川ホラー文庫'11)

 黒氏は1974年生まれ。『夜は一緒に散歩しよ』で第1回「幽」怪談文学賞長編部門大賞を受賞してデビュー。その後もコンスタントに恐怖小説を発表。本書は中編二つで一冊となっており、既に二巻目の発売も決定している。書き下ろし。

 郊外にある有名な心霊スポットで首つりの準備をする若者がいた。大神ミチヲ、十九歳、元食料品加工工場勤務。結婚詐欺師に引っかかり、五百万円近い借金を背負ってしまったため自殺でカタをつけようとしていたところだ。しかし、まずは犬が、そして続いて現れたカタリと名乗る男がある仕事を引き受ければ、借金を肩代わりしてくれるのだという。否応なく引き受けてしまうミチヲだったが、連れてこられたのは古い隧道(トンネル)ここを通ると高い確率で女性が助手席に座るのだ。つまりは幽霊トンネル。ミチヲはその幽霊が見えてしまったため合格だ。カタリによれば、彼女は普通の結婚を夢見る普通の女だったのだが、"運命の男"との結婚を望んでしまった結果、詐欺師に騙され、結果的にトンネル内で自分を相手の横で滅多差しにして凄惨な自殺を遂げた。ミチヲの仕事は、その女性・キリシママミコに改めてプロポーズして、彼女が生前残した財産を引き出すというものだった。 『赤い逢瀬』
 前回の仕事に成功、しかし再びミチヲはカタリの指示で仕事を行う必要が。今度は本来の評価額が億単位ながら、幽霊が現れ入居者の関節を外しまくるために三百万円まで値切られた物件。ミチヲには幽霊を除去することが出来るのか。 『約束手形』 以上二編。

人間が寄り付けないからこその幽霊、そして維持されるその経済的価値。目の付け所、邪悪過ぎ
 ……邪悪だ。普通、こんな設定考えつかないよ。(褒め言葉)。
 確かに現世に怨みを残して幽霊となって人間に存在をアピールする存在、それがあるとするならば、並みの人間がそれに好んで近づくことはまず無いはず。少しでも神経があるのであれば、「命あっての物種」とばかり、その存在と接触することを遠慮することが普通。多少の経済的な毀損が発生しようとも、命には代えられない。その普通の人びとが持つまともな神経を、こいつら逆手に取ってくる。
 一作目は結婚詐欺師を恨むが貯金を貯め込んだ女性。二作目では幽霊が出るものの、それ以外の資産価値がしっかりした建物。いずれも危険さえ無ければそれなりの経済価値、しかし誰も手を出さない。出したくても出さない。発想そのものも邪悪なのだが、カタリという一連の首謀者、彼が使い捨てに近い感覚でミチヲを使うところがミソ。騙しすかし、おだてくすぐり、脅しつけられたりした結果、とにかくミチヲは現場に送り込まれる。そこで出会う、幽霊たちの強烈な負の感情が本書のホラー小説としてのキモ。 こちらは邪な心を持って近づいているだけに、幽霊側はむしろ純心。その純心を踏み躙るという人間どころか幽霊以下の行為を行うのが幽霊詐欺師。 その行為に徹し、金儲けのために生きてゆくカタリ、また幽霊を背中に背負ってしまいおどおどびくびくしながら、だけれども幽霊に対する詐欺行為を行うミチヲ。この二人の対比も面白いし、ミチヲの味わう感覚は一種のサスペンスも呼び起こす。幽霊だけに、何がどうなるか、因果応報の理からは外れているため、本当に何が起きるか少し先すら読ませない、独特のエンターテインメントにもなっている。

 残念ながら、ミチヲが背負っているマミコさんは絶世の美女ではないのだが、第二作『約束手形』における彼女の扱いはユニークだ。(もし本書がラノベだったりした場合は存在理由や容姿ががらっと変えられそうだけれど)。ただ、登場人物の個性が立っているうえ、微妙にカタリに謎を残すなど、今後のシリーズ展開への含みも感じられる。ユニークなホラーであることは確かなので、興味が出た向きには一度試してみていただきたく。


11/05/26
西尾維新「傾物語」(講談社BOX'10)

 奥付でいうと2010年12月24日発売、といってもクリスマスに何も関係無し。『化物語』シリーズ、第二部『猫物語(黒)』『猫物語(白)』に続く、二冊目。題名的には「第閑話 まよいキョンシー」ということで、八九寺真宵の物語(半分は忍のような気もするが)。

 八月二十日。夏休みの途中、なぜか阿良々木家に遊びに来ていた八九寺真宵はリュックを忘れてゆき、彼女を探して阿良々木は町を走り回るが、斧乃木ちゃんに出会ったりしたものの一向に姿は見えない。家に帰って夜半になり、金髪の吸血鬼幼女・忍野忍が僕の目の前に現れ、阿良々木に夏休みの宿題を一つもやっていないことを指摘される。その結果なぜか二人はドラえもんよろしく、時間移動で夏休みを遡ってやり直そうということになってしまった。忍と共に例の神社で時間移動に挑戦──した結果、二人は十数年前のこの町にやってきてしまった。よくよく調べてみると十一年前の第二土曜日、すなわち八九寺真宵が交通事故に遭った日である。阿良々木は迷わず、その事故を阻止するべく行動を開始。不審者に思われるなど種々の苦労はあったものの、なんとか無事に八九寺を目的の母の家に送り届けることに成功する。改めて忍の力で、現代に戻ってきた二人ではあったが、その世界は変貌しており、夜になるとゾンビとなった町中の元人間が跳梁していた。八九寺を救ったことで変化した世界の理由とは──?

脱線要素もほどほどに。真正面のストーリーでこの「化物語」世界を魅せつける作品。
 改めて考えるに、このシリーズ、凄いなあと感心する。きっちり分析したことが無いので他にもあるのだろうが、まずいわゆるハーレムシステムを、それぞれのヒロインの配置・立ち位置を変更して成立させている点。彼女である戦場ヶ原だけでなく、羽川、八九寺、千石、神原、忍に妹二人。それぞれ一冊を与えられる存在でありながら、同じ立ち位置の人間が一人もいない。それはそれで凄いのだが、本書は化物語シリーズで初めての試み、近年のエンタメにおけるトレンドの一つ、パラレルワールドがテーマ。
 むしろ近年の、というよりも発想の原点はドラえもんにあるようにも思うのだが、まあそれは置いておいて。時間遡行して、今の世界では地縛霊として彷徨う八九寺真宵の事故死を阻止して。すると当然にして未来が変わるのだけれども、その未来はもともとの阿良々木たちがいた世界とは異なる世界の訳で──。ただ、その結果としての世界の変わり様が、ここに至ると奇想だよなあ、と。セカイ系? なぜそうなったか、の要因がほんの少しのすれ違い、つまりはえーと「つばさキャット」での猫羽川と阿良々木の対決の結末に至るまでの「ある描写」が関係しているとか、巧すぎる。すれ違いその行為自体は大したことがなくても、そのもたらされた結果の違いの大きさが、超絶に極端なかたちで描写されているわけだ。この極端さの強調、さりげなく凄いこと。
 パラレルワールド自体の収拾をつける方法にせよ、傾国の美女と傾奇者と「傾」をさりげなく会話に織り込むことなど、物語全体への配慮も重々。これだけシリアスな物語でありながら、会話の軽口っぷりも健在で楽しみながら読めてしまうところはもう才能としか。また、吸血鬼・忍野忍とのツーマンセル、恋人とも家族とも違う、いわば自分自身の裏表のような強固な繋がりを表現しきっているところも凄い。
 これまでこの化物語のシリーズ、楽しみながら読んできていて(人によってその好まれる要素も様々だとは思うけれど)構成の妙と人物配置、物語展開などの諸要素を考えると本書の完成度、単体にしてめちゃくちゃ高いように思われた。

 最後に、この作品、阿良々木に救われた結果、大人にまで成長した八九寺の容姿性格の描写と、忍と二人八九寺の生きた世界を守ろうと決意する場面あたり、何度か涙腺がやばくなりました。題名はまよいキョンシーだけれども、八九寺自身よりも忍野忍に関する描写が濃厚だった。それにしても阿良々木さん格好ええ。作者に仕組まれてるの判ってるんだけどな、畜生。


11/05/25
小路幸也「猫と妻と暮らす 蘆野原偲郷」(徳間書店'11)

 小路幸也氏による連作オリジナルSFジャパネスク短編集。短編(更に小さい)が幾つかまとまったもの(例えば【風竜 古童 晩唱】がまとまって連載一回というかたちで発表された。初出は『SFJapan』。2007 SPRINGから始まって2009 SPRINGが最後。

 人里離れたところにある蘆野原という集落。この世に害を為す妖を退治する──ある年齢以上の人びとにとっては畏敬と恐れと共に語られるこの地の長筋であった和弥は、あるきっかけから蘆野原の地を離れて生活している。大学の研究職にあった和弥は、恩師から娘のことを頼まれ、その娘・優美子を嫁に貰う。恩師は急逝してしまうが、優美子は非常にいい妻であった。ある日、家から帰ると妻が猫になっていた。猫だが妻であり、その猫は災いに対して必ず何かの働きをする一方、突然もとの妻に戻り、しかも妻には猫になっていたあいだの記憶がない。蘆野原の郷からは、幾人もの人間が外に出ており、なかでも和弥と幼馴染みの泉水はもともと長筋を助ける家柄で、和弥と違って妖が「見える」。磊落な泉水はしょっちゅう和弥宅に出入りしており、妖を様々な道具を使って「鎮める」(作中では「事を為す」と表現されている)。和弥、更に猫になってしまった優美子と良いコンビを組む。時は文明が開化しはじめた時代、猫になった妻と静かに妖と対峙する人たちの物語。

妖怪退治が基本ながら、既存の要素に頼らないで打ち立てられる幻想SFジャパネスク
 例えば最初に出てくる【風竜】なる妖は、強烈に吹き込む風。二と七の年の春の風鳴りに潜む竜。攫われると我をなくすという。蘆野原の郷を出た男は特に気をつけなければ、三月ほど木偶の坊になってしまう──。といった怪である。シンプルではあるが、あまり他に類型の覚えがない。続く【古童】にしても、泉水がやってきて「これは古童だ」という掛け軸でしかなく、それを見た優美子が気分が悪くなるというくらいのもの。和弥自身は不吉さにすら気付かないが、シンプルな方法でその効果を封じ、焼くことで散じさせる。なんというか具体的ではないし、直接的問題がないのだが、それでも何かと静かに戦ったという物語になっている。
 あえて怪異を具体化させず、更にそれを封じる呪文にしても儀式にしても伝統に則らず。 しばしば小説でもドラマでも漫画でも妖怪は擬人化、擬生物化されて扱われることが多いのだけれども、本書の怪異は、ちょっとした変化がそのまま怪異である。なので、ちょっとした兆しや変化がそのまま、怪異として扱われる。演出がない分、落ち着いた雰囲気が持続し、しっとりと静かな和風であることの良さが(結果的に)強調されているように感じられるのだ。
 加えて暮らしぶりのシンプルさもまた魅力的。この文明開化の時代と、相性が良くて性格の良いご婦人と(そして猫と)。小路氏独特のほんわかな世界が築き上げられており、一種の妖怪退治話であるにもかかわらず、物語での居心地が良いのだ。蘆野原の役割、人びと、和弥の立ち位置、生い立ちといったところも物語が進むにつれ明らかにされてゆく。さらに家族がいろいろなかたちで増えてゆき、物語は終盤にいたってゆく。ただ、居心地の良さは最初から最後まで変わらない。側にいたいというタイプよりも、見守っていたいというタイプの良さ、か。

 恩田陸さんの『常野物語』のシリーズとコンセプト的には近しいようにも感じたが、物語の断片を繋げさせる同シリーズに対し、ストーリーが一貫しているところなど、作品としての狙いは明らかに異なっている。(あちらはあちらで最近続きは出てませんよね)。

 激しいアクションや奇怪な妖が織りなす恐怖を求める向きには絶対に合わないものの、小路幸也氏によるハートウォーミングな物語が好きで、ちょっと不思議な物語とかを好む向きにはかっちりツボに嵌まるのではないだろうか。


11/05/24
鯨統一郎「努力しないで作家になる方法」(光文社'11)

 鯨統一郎氏初の自伝的エッセイ的フィクション長編。書き下ろし。

 伊留香総一郎。子どもの頃から作文が好きで、高校時代に仲間に作家になると宣言した男。とはいうものの執筆一辺倒ではなく、高校時代から多種多様な書物、映画、マンガ、テレビ、スポーツ観戦、サブカルチャーの知識を吸収し続けてきた。ただ一つのことに一時的に強烈にのめり込みながら、一定期間が過ぎると次の文化に興味が移ってしまうようだ。高校卒業後、大学を二度中退。その時にしなければならない本業に対する怠け癖もあった。そんな彼がずっと持ち続けてきたのが作家になりたい、物語を書きたいというモチベーションだった。アルバイトをしながら、就職しながら、投稿を続けるのだが、一次選考すら通過しない時期もあった。三十歳になって無職の状態で結婚。子どもも生まれて三十二歳になった。徳間書店『SFアドベンチャー』に連載されていた投稿コーナー〈森下一仁のショートノベル塾〉の常連ではあったものの、他の常連が次々とデビューを果たしてゆくのだが、自分の番にならない。もう作家になるという夢は諦める──。家族のため、生活のため、この時、心が折れて全部で二十冊にもなっていた創作ノートを妻の前で破り捨ててしまうのだ。しかし、伊留香は夢を諦めきれなかった。そんな彼が『邪馬台国はどこですか?』を刊行するのは、実に作家を目指し始めてから十七年が経過した後のことである──。

あのアイデアの源泉は、そして多作のモチベーションは。鯨統一郎の(一部が)判る!
 題名が叙述トリック。 全く努力しないで心の底からなりたい「何か」になれる訳がない。そういう意味では題名の後ろの「などない」といった意味の言葉が隠されていると思うべきなのだろう。ただ、題名としてそちらが優れているとはとうてい思えないわけだが。
 さて、鯨統一郎氏の作風は皆さんご存じの通り。軽妙にして洒脱。よくぞこんなにというあらゆるといって良いような方面の知識が作品ごとに違えたテーマで取り込まれ、その範囲はデビュー作にあった歴史の謎をはじめとして、民俗学、純文学、ミステリ、SF、映画、テレビやラジオの各種番組、サッカーや野球といったプロスポーツ、自然現象……と冗談ではなく枚挙に暇が無い。
 作風ではないが、最近こそ多少は落ち着いたとはいえ、デビュー直後からの超絶ともいえる執筆スピードもまた特徴的だった。デビューから数年、新作が毎月というのはオーバーまでも二ヶ月に一度のペースで出ていることが珍しくなかった。いったい何故これほど作品が生み出せるのだろう? というのも覆面作家である鯨統一郎氏にまつわる謎の一つであった。

 その二つの疑問に対する解答が本書にあった。 大きな回り道、そして自らに課したプレッシャーと恩返し。夢を叶えたというモチベーションの高さ。ここいらはキモなので詳しく説明はしないが、本書を読むと得心すること、間違いない。
 そして、もう一つは奥様の存在の大きさ。成功している現在だから良かったものの、中盤では目を覆いたくなるような状況も多々ある。それでも夫を信じる度量の大きさ、愛情の深さがあってこその「鯨統一郎」の成功だったのか。本書、伊留香総一郎(鯨氏の分身)の物語ではあるのだが、実際のところは影の主人公は間違いなく奥様である。

 「早くデビューさせてあげて! もう伊留香総一郎のHPはゼロよ!」 中盤以降の感想はもうこんな感じ。『邪馬台国はどこですか?』にしても、読者視点だといきなり現れた謎の新人! だったのだが、その舞台裏は、実はかつかつだったとか。

 逆説的ではあるけれど、これまで通りに鯨統一郎を軽い気分で読み続けてゆきたいという読者は、むしろ読まない方が良い作品だと思う。作者の苦労、舞台裏を知ることが必ずしも作品鑑賞にプラスになるものでもないし。一方、どっぷり鯨ワールドに入っている人にとってはこれは必読。作品の裏、その裏までもしゃぶりつくすことが可能になります。


11/05/23
森谷明子「緑ヶ丘小学校大運動会」(双葉社'11)

 2003年に『千年の黙 異本源氏物語』でデビューした森谷明子さんは、その宮廷文学とミステリの融合を図るような一連の作品とは別に日常系の一般ミステリも何冊か発表している。本書はその日常系に連なる長編作品。『小説推理』二〇一〇年七月号から二〇一一年三月号にかけて連載された作品の単行本化。

 三年前に母親が急病死し、父親で市役所関係で薬物関連の啓蒙業務などをしている真樹夫と二人暮らしている小学校六年生のマサル。今日はマサルの通う緑ヶ丘小学校の運動会当日、真樹夫は例年と同じメニューながら何とか弁当を作りマサルを送り出す。マサルは心を寄せているハルカと同じ係で気持ちが高ぶっていた。そんななかちょっとした好奇心で運動会の優勝カップを見てみようと親友のイッキに誘われ、校長室に隙を見て忍び込むのだが、そのカップの中から何か怪しげなピルケースを発見してしまう。何故こんなところに薬が? 同級生のヒロシやミチコと話し合ううちに殺人疑惑に発展、そこに薬を入れられたのはマサルが尊敬する昨年卒業した太田先輩ではないかということになってしまう。しかし、運動会の最中、そのピルケースを安全に隠しておける場所がなく、四苦八苦する。一方の真樹夫は携帯電話に同級生の母親たちからの意味不明のメールを受け取る。更に学校内で声を掛けられた女性の話などから、学校内に危険な薬物が出回っている可能性があることに気付いた。マサルはマサル、真樹夫は真樹夫で運動会当日に”薬”を巡って走り回ることになる。

小学校大運動会の期待感膨らむ序盤、薬物絡みで大人視点の終盤と。盛り沢山の分のまとまりが……。
 序盤から中学校にかけて、いかにも現代の小学校運動会という場面や情景が活写されている。我先にカメラやビデオを構え、競技そのものはファインダ越しにしかみない父母、子どもと家族で隔てられた昼弁当、安全重視で迫力を失う競技……。また、携帯メールで危険管理も秘密保持もへったくれも無しにやりとりをする母親というあたりも付け足されるだろうか。親だけではなく、ちょうど女の子が気になる年齢になり、ガールフレンド・ボーイフレンドがいる子はいるという小学校六年生の状況などもそうか。まあ、そういった環境下で謎の薬の入ったピルケースを隠し通そうと苦労する子どもたちのやりとり、工夫などが前半部をもり立てる。
 一方、父親の真樹夫を含め、何かダイエット薬にまつわる問題がこの小学校にあること、昨晩生徒の母親の一人が急死していることなど、匂わされるが前半部は薬品に関して伏線ばかりで特に大人視点における盛り上がりはない。
 ただ中盤から終盤にかけて、物語(謎)の鍵は子どもたちから大人、特に真樹夫へと移ってゆく。学校内で取引されていた薬物があること、しかしその流通に無防備だったり秘密主義だったり、奇妙な歪みがあること──。事件の全貌が見えてくるのは運動会終了後の夜だ。真樹夫の推定で明らかにされる事態や、関係者の独白によって何があったのか、何が原因だったのかが見えてくる。ただ、残念ながら裏の秘密が明らかにされればされるほど、運動会というイベントとは無関係になってゆく。
 同様に、真相であるとか、裏テーマとか、悪くない。悪くないのだが比較の問題で後半に不満がやっぱり感じられる。折角の前半の小学生視点によって、運動会のプログラムと並行して進むため、物語自体がテンポとスピード感をもって進んでゆく。それほど生き生きしていた物語が後半にミステリ度を高めるとどこか失速してしまうのだ。その前半部にしても、ミステリとは離れた部分での題材を、子ども同士の友情、父子を中心とした家族像、子ども同士の淡い恋愛と様々取り入れた結果、まとまりを欠いてしまっているようにみえる。薬品に関する部分のシリアスな問題を抜きにして、勘違いスラップスティックで押し通して子どもたちと運動会と謎解きとか絞ってくれれば……というのが個人的な感想だ。

 これはこれで運動会の描写が秀逸であることは確かだし、お好きだという方も多い作品だと思う。ただ、それだけに手を広げすぎての全体のアンバランスや失速がやっぱり勿体ないと思うのだ。ただ、現在の小学校運動会の雰囲気を感じたいという人にはお勧め。


11/05/22
城平 京「虚構推理 鋼人七瀬」(講談社ノベルス'11)

 城平氏は奈良県出身。第8回鮎川哲也賞最終候補作品『名探偵に薔薇を』が創元推理文庫から刊行されてデビュー。その後は『スパイラル』をはじめとしたコミック原作やノベライズ等に活動の軸足が移っていたが、本書は久々のオリジナル作品である。

 幼時に遭遇したある出来事の結果、定期的に病院通いをしている岩永琴子。容姿端麗小柄な少女体型で一見お嬢様風、実際にお嬢様でもあるのだが時々言動が怪しくなる岩永琴子。高校時代に病院で、従姉妹を見舞いに来ている桜川九郎に一目惚れし、女子大生となった現在、九郎の彼女に収まっている。かつて桜川九郎には、傍目から見ても相性抜群の美女で恋人の弓原紗季がいたのだが、二年前、旅行先の京都で遭遇したカッパが九郎を見て一目散に逃げ出した事件の結果、恋人関係は解消され、彼女は現在女性警察官として真倉坂市に勤務している。真倉坂では、巨乳でミニスカートという衣装のアイドルの亡霊・鋼人七瀬が鉄骨を持って人を襲っているという都市伝説がはびこりつつあった。噂だけではなく、、被害を受ける市民が出るにつれ警察でも目端の利く寺田という刑事がが”鋼人七瀬”に注目し始めていたが、他殺死体となって発見された。強面で紗季に想いを寄せていた寺田、しかも遺体はまさに鋼人七瀬に襲われたかの様相を呈していた。そして紗季自身も七瀬らしきものと遭遇する。その彼女を救ったのは義眼義足の美少女、岩永琴子。ある理由でこの地を訪れていた琴子は、紗季に対し自分が現在の桜川九郎の彼女であることを名乗る。

ラブコメ的(ラノベ的)に面白い一方、本格ミステリとしても超のつく実験作
 どうしてこんな設定を作っておいて、こういう都市伝説に進んでこういう展開になるのかなー、と改めて振り返るに、そのストーリー展開の拡がり方、転がり方がが実に凄まじい作品。 そもそも、探偵役のカップルが双方人間ではなく妖怪寄りの存在。一本足一つ目のおひいさまに、その肉を食べることが日本妖怪界的に禁忌とされる二大やばい肉を両方とも食している九郎。加えてこちらはNormal人間ながら、かつて九郎と交際していた紗季。この三人、一般エンタというよりもラノベらしい性格付けによって、その生い立ち等々含めかっちりと設定されていて、強い個性が打ち出されている。……こういう設定であれば、妖怪ハンターになるのが普通じゃないですか。
 まあ、そこはそう外れていない。ジャパネスクオリジンではない都市伝説とはいえ、相手はこの世のものではない謎の存在だ。口伝・噂から生まれる都市伝説系の化物『想像力の怪物』だ。これを打ち消す方法は、実体化した存在を倒すだけではなく、その根本を論理で打ち消さなければならない。ここからの展開が、本格ミステリのようで本格と限定できなくて……と、マニアを悶々とさせる流れになってゆく。推理を披瀝する相手は掲示板の匿名の人びと。彼らが、鋼人七瀬が都市伝説だと納得するのか、それとも本当に存在する化け物だと認定するのか。議論ではなく、一方的な論理開陳によって人びとの気持ちをどう動かしてゆくのか。オーソドックスなミステリの謎解きとも異なる、新たな、だけど現代ではあり得るスタイルの謎解きである。本格ミステリで実験、ないし実験が本格ミステリ。ふーむ。

 なんか読み終わってみると素敵なジェットコースターだったとかとも、強引な投げ技によって騙くらかされたとかとも。そのいつの間にか作者の術中に嵌まってました感がなんとも不思議な満足感に繋がっている気がする。また、本書のラノベ風のキャラクタ配置、登場人物設定もまた、この論理展開の唐突さをあえて際立たせるためにあるように思える。本格ミステリの約束を知りながらぎりぎりのところでひょいっと変化させているという不思議な印象の作品である。


11/05/21
太田忠司「琥珀のマズルカ」(講談社ノベルス'11)

 太田忠司さんによる新シリーズないしはノンシリーズ長編。第一篇「In Court」が「メフィスト」2009年VOL.2に、第二篇がVOL.3、第三篇が2010年VOL.1、第四篇「In Rampart」がVOL.2、終篇が書き下ろしで付け加えられている。

 その世界はほとんど現代の日本と同じ。社会構造もテクノロジーも。だけど時折り、人間の魂は肉体から離れかけて不安定な状態なることがある。医学の世界からは正式に認められてはいないのだけれども、そういった状態を整えるための特殊能力を持った人々がなる整魂師という職業があった。両親が整魂師で自らもその才能を持つ桃内大輝は、敢えて警察へ身を投じ若手刑事として日々、先輩の野瀬から鍛えられていた。そんなある日、女性ばかりを狙う連続殺人事件の被害者がまた見つかったという報に現場に赴いたところ、同居していた妹が病院に搬送されていると聞かされる。ただ妹は殺されかけ、離魂状態にあるのだという。彼女・竹内元美を診立てた大輝だったが、彼女は更に魂が離れてしまっている魂睡状態にあることに気付く。こうなってしまうと整魂師でも手立てはない。しかし野瀬は桃内を連れ、一軒のバーを訪れた。「bar fermata」ここでピアノを演奏しているマズルカが事件解決の鍵を握っているかもしれないのだという。彼は整魂師とはまた異なる魂の使い手。夢追いという能力と特殊な機具を用いることで相棒である「琥珀」に対象者の魂を追わせることが可能なのだ。最初の事件解決後も、マズルカと桃内は魂睡者が出る事件を解決してゆき、遂に一連の事件の黒幕である「全能者」の存在にたどり着く……。

ほんの少しずれた設定を現実と重ねることで、ファンタジックな雰囲気と人の想いの強さが強調される
 どこか太田忠司さんによる傑作『月読』シリーズと比較したくなるような作品。テイストが近しいというかはっきりいって同系統である。『月読』にしても本書にしても、ストーリー展開のなかで、ある程度ミステリの要素が強く存在しているし、更に当初の設定の結果、その設定を補助線として使用することで初めて推理が可能になるような、SF本格ミステリとなっている。
 その共通する設定、現代日本とのパラレルワールドであり、その世界には科学で説明できていない不思議な現象が発生するというもの。『月読』では死ぬ間際に何らかの異常現象が発生するというものだったが、本書の場合は魂が不安定になったり、人間を離れてしまったりといったもの。特殊な能力者が、その現象を制御することが可能で、更にそういった職業の人間が、その世界であっても胡散臭い存在だと認識されている点も近い。ひとことでいえば人間の生死がテクノロジーだけでは割り切れず、アナログな要因が加わっている世界といったところだ。
 夢追いのマズルカは、魂が身体から遠く離れた魂睡状態の人間を救うことが出来る。また、その魂を操ることで犯罪を計画する何者かが存在し、最終話にいたってはほとんど無差別殺人(魂睡?)に近い。大敵と戦う物語とすれ違ってしまう。これでマズルカが疲弊するのでなければ、この世界ならではの謎を解き明かすSF本格連作も可能だったのではないかと思うのだが、作者は本書一冊を支配する黒幕と、マズルカたちとの闘いを選んでいる
 あまり触れられていないが、本書におけるミステリの要素もユニーク。ベタな遺産相続にまつわる骨肉の争いを提示しておいて、本書ならではの動機が含まれる意外な犯人が指名されたりする。終盤のクライマックスは少々テイストが異なるものの、中盤までは十分謎解きのみでも楽しめるはずだ。

 地獄? というか魂がさまよう寒々しい心象風景が若干平凡で陳腐に感じられた。また物語の展開からすると本書で完結ということになりそうだ。(ラストに不可逆のエピソードがある)。ただ、一冊のSFないしファンタジーミステリとして読んだ場合は十分に楽しめるものと思う。本格もSFも好きという贅沢な方向きか。