MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE 国産ミステリ・レビュー
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


11/06/20
樋口有介「片思いレシピ」(東京創元社'11)

 「永遠の38歳」柚月草平の離婚した妻が引き取った娘が加菜子。小学校五年生→六年生。これまでも柚月のシリーズ作品では時々食事をしたり、小旅行に同行したり、女性関係にだらしない柚月に皮肉をいい「お母さんに似てきた」とぼやかれたり(本作でもいわれているが)と登場してきた彼女が主人公を務めるスピンアウト作品。『ミステリーズ!』vol.39〜45に掲載された作品を単行本化したもの。

 柚月加奈子・小学校六年生。父親は柚月草平(別居中)、母親はテレビにも頻繁に登場する有名な社会評論家で、三年前から母の実家がある代々木上原で、祖母、母と加奈子の三人暮らし。母親は世界中を飛び回り、今も中国に出かけており、祖母もまた様々な会に所属しているため、しょっちゅう家を空けている。加奈子は地元の小学生が通う槇塾に通っている。同じ塾には小学校でも級友で、加奈子の親友でちょっと変わった性格を持つ美少女・妻沼柚子も通っていたが、今日はお休みだった。加奈子は妻沼家にしばしば遊びに行っており、柚子の家族とも親しかった。柚子の兄でちょっと変わった性格の中学生・翔児のことが加奈子は少し気になっている。そんななか、槇塾の大学生講師・松永が塾内で殺害される事件が発生した。ほんの僅かに一人になった時間に包丁でめった刺しにされたのだ。ご近所ということでこの事件に興味を持った妻沼家は、柚子の祖父を筆頭に家族ぐるみで事件調査に乗り出し、加奈子もまたその流れに巻き込まれてゆく。

単純なようでいて様々な伏線を孕むご近所ミステリにして、加奈子一人称のバランスが絶妙
 一人称というよりも1.5人称というべきか、樋口有介の近作では多用されている感情描写や思考内容含む神様視点にて物語が進められる。そして本書もその場面場面によって幾人かの登場人物に視点が割り振られている個所があるものの、最も多くが割かれているのが本作の主人公・小学校六年生の柚木加奈子の視点である。
 正直、小学生の女の子の視点なんて、普通のおっさん読者である自分、そしても勿論作者の樋口有介氏にしても、経験のない、想像上のもの。そう違和感は正直ある。小学校同学年実在女子が読んだらもっと違和感も大きいだろう。その違和感、正直あるのはあるのだけれども、それはそうとしてその違和感含めて、「この作品ならあり」だとねじ伏せられるのは、加奈子が柚木草平の娘だから、その一点に尽きるように思う。残念ながら(ラッキーながら)柚木加奈子は平凡でどこにでもいるような普通の女の子では「無い」のだ。女たらしで口のうまい父親、タレント紛いの活躍をする社会評論家の母親、口が立つ二人の一人娘。精神的な大人の階段登りかけ。これまで登場した加奈子の姿や口調からしても、かなり早い段階で大人の都合や感覚を知ってしまっている印象だった。結果、彼女は、「大人と子供の中間」ではなく、「大人の感覚もところどころに有する子供」といった特異な成長を遂げたと、そう解釈するとすっきりする。
 そう割り切ってしまうと柚木加奈子の一人称は独特の物の見方がシニカルで、そしてユニーク。妻沼家に対しては、つい甘えてしまうような子供じみたところと大人びた感覚が双方出ているし、警察や塾の大人たちに対しては礼儀正しく、そして、父親に対しては容赦なく。 本書における、加奈子と草平の電話を通じての会話は、何度読んでもニヤニヤしてしまう、というかこういう娘を持つと父親はつらいだろうなあ。

 そしてまた、本作の探偵役は柚木草平でも柚木加奈子でもなく、妻沼家ご一行様である。祖父祖母、翔児、柚子ら四人(母親は早逝、父親は単身赴任中)が、事件の謎を追い、結果的に解決できるという難易度がさりげなく本作のポイント。警察としては幾つも発生する事件のひとつであり、通常捜査によって解決が求められる事件である一方、ご近所探偵団は、警察の知らないコネクションや警察自体や、ご近所の情報網やフリーの刑事事件ライターなどのあらゆる方法で情報を集めて整理する。巨大な猫も活躍する。事件自体は、柚木草平が解決してもおかしくないような、ような男女問題が絡んだ真相であるのだけれど、真相解明に至る手がかりというピースは、ご近所探偵団だから集められる内容だ。 実は事件の重さと解き明かす手がかりとの、このバランスの良さが物語の雰囲気を豊穣にしている。事件は事件、探偵団は探偵団、片思いは片思いではなく、同時に進行してしまっているのは、この事件のバランス故だ。また真犯人が捜査の邪魔をしたり、探偵を襲ったりするようなタイプの事件でもないため、関係者が安心して探偵業に励めるのも重要。こういったさりげない技巧を目にすると、さすが樋口有介さんだ! とワタシなんかは尊敬の思いを深めるのですが。

 現在は創元推理文庫で刊行されている、柚木草平シリーズを少しでも囓ったことのある方であれば、この作品はお勧めです。他の作品内容に干渉しておらず(このシリーズは他作品も大抵そうですが)、草平の女関係はあまりどろどろしておらず、加奈子ちゃんは小さなレディとしてなかなか将来が楽しみ。でもまあ、きっとお母さん似ですよね、たぶん。


11/06/19
越前魔太郎「魔界探偵 冥王星O トイボックスのT」(メディアワークス文庫'10)

 覆面作家・越前魔太郎名義の作品としては六作目(本としては五冊目)にあたる作品で、本書の後は本家本元の舞城王太郎による『デッドドールのダブルD』が残されるのみ。ちなみに、本書の作者は(どこで明らかなのかは不明なので)御影瑛路だといわれている。が、浅学にして御影氏の他の作品に触れたことがなくコメントできない。申し訳ない。

 灰色のコンクリートの部屋の中にある四畳半ほどの大きさの檻で”わたし”は目覚めた。やたらハイテンションで自分を確認するものの、数々の赤ちゃん用品、あろうことかおむつ、どっかの高校の制服を着ていること、同じ檻のなかにほとんど動かない仮面を付けた大男がいること等々しか判らない。ものの見事な記憶喪失。暴れると大男が黄色い液体を注射、そして気持ちの良い昏倒へ。目覚めると大男に抱かれた少女から罵詈雑言を投げかけられる。【彼ら】の少女は、実験体だとわたしに言うと、例の注射と30cmほどの細長い棒を耳に突っ込んでゆく。そこから誰かの思念の物語がわたしの頭の中で展開されてゆく──。
 ある目的から【彼ら】との接触を図るため、まずは冥王星Oの手下になりたいと立候補する20歳の「ヤマト」。小心者である彼は、冥王星Oを呼び出し、自分が未来予知が出来ると嘯く。目の前を通った学習塾に通う美少女が「今から死ぬ」というと、彼女は目の前でダンプカーに轢かれて死亡、ダンプカーの運転手も、ヤマトが指で銃のかたちをつくって「バーン」というのと同時に頭を銃で撃たれて死亡する。

越前魔太郎作品のうちで、ある意味では非常に面白いけれど、もっとも読まれなくて良い外伝
 ベースは幻想小説テイスト。作中でも登場人物が口にしているが、安物ホラー作品にありそうなシチュエーションから物語がスタートする。つまりは、最初はシチュエーションはあっても何が描きたいのか、何が描かれるのかさっぱり判らない。この不可解な図式が徐徐にほぐれてゆく感触が作品の一つのポイント。ミステリなのかSFなのかホラーなのか。その予見すらつかず、実際に物理的に理にはかなっていないけれど、発生しているある事象に対して精神的に理をずらしながら合わせてゆく、そんな不思議なテイストをもった作品だ。
 これまでのシリーズに登場してきた、冥王星O、窓をつくる男、顔のない女といったレギュラーキャラクタも出るには出るにせよ、その立ち位置は他の作品とは全く異なっている。いわばちょい役。物語の多くは彼ら抜きで進む。強いていうと【彼ら】という上位存在のみが絶対必要で、冥王星Oでなくとも物語は成立してしまう。だから外伝。いろいろと驚かされると同時に「ああ、外伝なのだな」と安心できてしまう。
 ということで、本書は何故か目が覚めると記憶を喪っている女子高生が、大きな部屋の中にある檻の中に監禁されていいて、【玩具職人】を自称する少女を弄びながら(「彼ら」から見た場合、人間は家畜以下なので当然そうなる訳だが)幾つもの物語を見せつける、というのが基本的な構造だ。
 読者の登場人物に対する感情移入を最初から求めておらず、むしろ観察者の地位を最初から担保したうえで彼らのやり取りを”眺めさせられている”感覚。 ある意味これがミソか。しかも、彼女(わたし)は誰、ヤマトって誰、 ノアって何ってな具合に、”サイセイ”という装置内で演出されるストーリーと、この部屋の中の現実とが微妙にリンクしてゆく進行速度と、観察者である読者が物語構造を類推する速度がシンクロしている。(作者が狙って行ったのであれば、ハイレベルの技巧だ)。つまりは、何が起きているのか、こいつらは誰なのか、といった問題が、考えたくなくとも考えてしまうような物語構造になっている。物語との強制的二人三脚。
 脳内と妄想と現実と幻覚とが雑じりあい、道徳もモラルも常識も通用しない世界があって、ちょっとカンタンに想像できない真実が真実だと最終的に提示されちゃうところも何とも凄い。単なるシスコンの変態さんとまとめることも出来ちゃうけどね。

 ただ――、間違いなく一般受けはしない。道徳的にもアレだし、基本的に既に人間的には壊れてしまった思考を読者がトレースさせられる作品だし。ただ、その展開と構成に、妙にスリリングで面白いものが感じられた。(これは小生のような変態読者にとってだけかもしれない)。なので、面白い人には面白いのだけれど、外伝だし非道徳的だしテイストが合わない人は無理して読まなくて良い、と思ったので正直にそう書いてみた。


11/06/18
定金伸治「四方世界の王6 すべての四半分は女の15(ハミシュシェレト)」(講談社BOX'11)

 2009年の大河小説として講談社BOXより毎月全十二冊の予定で刊行を開始。'09年に4冊、中断後、'10年に1冊「四方世界の王5 荒ぶる20(エーシュラ)の太陽と変異」が刊行されたまま再び音沙汰が絶えていたシリーズ、ぜひ年に一冊といわず、もう少し間隔を縮めて刊行頂けると嬉しいのだけれど。こうやって待ち構えている読者もいることですし、ねえ。ちなみにここまで1巻から6巻までお買い上げの皆さんに小冊子「イバルピエルと愉快な仲間たち!」が全員プレゼントだ。応募券を本から切る必要があるが、締め切りは2011年10月末だ。急ぐのだ。

 アッシュールに囚われたシャズを救うため、ナムルはエシュヌンナの王子・イバルピエルが人質になるのに同行、アッシュールに潜入した。しかし、アッシュールの傭兵王・シャムシ・アダドを愛し、強大な胞体の力を操る若き娘・エレールによってシャズは生きたまま、その身体をバラバラに切り刻まれてしまう。ナムルは、ナムルを慕い行動を共にする娘・エリシュティシュタルの身体の裡に入り、エレールと戦うが劣勢に。しかしエレールは、突如現れた姉のアッシュール・シャルラトによって暗殺され、死亡する。エレールはシャムシ・アダドを愛するが余りに、自らの、そしてシャルラトの母親をその手に掛けており、シャルラトにとってはその復讐だった。あくまでナムルを護りたいエリシュティシュタルはナムルを身体の外に出したがらないが、シャズの修復には同意、全精力と集中力を注いでシャズは人間の身体を取り戻す。ナムルはシャズを背負い、城を脱出する。一方、イバルピエルを連れてきたシャムシ・アダドの長男・イシュメ・ダガンは政治判断からエレールを殺害したのはシャルラトであることを伏せ、ナムルが全ての犯人であるとしてアッシュールを挙げての追跡体制が取られる。

理想、野望に向けての高度の判断、合従と連衡、個人の意地と愛。先行きが読めないところが実に楽しい
 大きな流れとしては、北の大国アッシュールと、南の大国ラルサが争うなか、中間諸国が生き残りをかけて立ち回っているというもの。本書の流れは、アッシュールに捕らえられたシャズを、主人公の少年・ナムルが助けた後、脱出するまで。実はメインストリームとしては、そう時間が経過していないのだ。そういう流れを読まずにいうと、本書の読みどころはシャズのデレと、ナムルが救った元野獣娘のエリシュティシュタルとシャズとの女同士の対決、か(面白いとは思うけれど最重要ポイントではない……やっぱり重要ポイントではあるけれど)。
 むしろ、この短い期間のうちにラルサは本格的に北への進出を開始、一方、重要な武器であったはずのエレールを喪えどシャムシ・アダドは一辺のぶれもなく戦いに臨む。肉親の情などこの世界に比べれば些事でしかない。かくして『四方世界の王』への道が、いかに厳しいものか、その野望が大きなものかが判るというものだ。
 また、今回もあとあと重要な役割を果たしそうな人物が二人登場している。ラルサ王・リム=スィーンの長子で同名のリム=スィーン、そしてアッシュールに接するマーリという国の皇太子・ジムリ・リム。こうやって考えると前巻同様、本作でも地図と主要登場人物一覧がついていながら、またそれがどんどん増えてゆく。ただ、以前も書いた通り、合従連衡の妙があるので、実力を持つ有力な登場人物は三国志等と同様で、物語を盛り上げてゆく興味として大歓迎なのだ。つまりは、ナムルという個人の主人公が活躍する物語でありながら、『四方世界の王』を目指す群雄譚としての面白みがシリーズが進むにつれ付け加えられているということだろう。

 どうしてもシリーズで読む必要のある作品であり、一作目から読む必要がある。のだが、それでも興味を持たれたならば是非読んで欲しい。オリエンタルファンタジーにして群雄割拠の戦争譚、そして、さりげなく添えられている英語コピー、A BOY MEETS A GIRL BEYOND THE TIME. そういう意味では極上の恋愛物語となる可能性も秘めている。繰り返しになりますが、ある程度定期的に出してくれないと読者が離れてしまいますよー。


11/06/17
乾 ルカ「四龍海城」(新潮社'11)

 題名は(しりゅうかいじょう)と読む。初出は新潮ケータイ文庫二〇一一年三月十八日〜九月二一日。連載時の題名は『四龍城』。

 ある理由からクラスの仲間との会話を厭い孤独を好む中学一年生の健太郎。北海道の道東にある竜ノ岬海岸からおよそ4キロ沖におぼろげに浮かんでいる塔がみえる場所に一人で来ていた。その塔は「飛び地」と呼ばれ、近づく人が何人も行方不明になってしまうため、そもそもその海岸自体に近づくことが敬遠されていた。健太郎は、引き潮の海の中に光る何かを見つけ、それを取りに海の方に踏み込み、そのまま帰れなくなり、仕方なく塔の方へと進む。その塔には複数の人間「城人」が生活しており、健太郎のように迷い込んだ人々は「大和人」と呼ばれて、生活が保護されていた。「大和人」は大人を中心に十数人の人がいたが、皆どこか無気力にみえた。この城を出るためには「出城料」が必要なのだという。そしてそれはお金ではないらしく、気力の残った大人たちは、その「出城料」がいったい何なのかということについて議論をしているようだった。「大和人」のなかには、健太郎同様最近になって城に来た、一人だけ同じ中学生の貴希がおり、彼らの更に後から来た大学生の関を交え、彼ら3人は城の外に出るための方法を、大人とは違うやり方で模索する。城では波力を利用して発電が行われおり、城人は電力会社に勤めているということになるらしい。そして日に四度聞こえる「社歌」が、「大和人」の気力を奪う役割を果たしているらしく、貴希は他の二人よりもその歌に悩まされていた。

ファンタジックでスリリングな場所で育まれる友情譚、そして彼らはどこに行く?
 シチュエーション構成、特にこの四龍島の絶妙な本土からの途絶感が抜群に巧い。(どうやっての描写はないものの)実は日本全国の電力需要の四割をまかなうという謎の電力会社が島全体を支配。多少の人間が拉致されようが、行方知れずになろうが、日本国がほとんど干渉してこない、という説得力がありそうななさそうなシチュエーションが個人的に好みだ。
 この閉鎖空間、日常の繰り返しに油断して気力を失うと「城人」(城内で働く人びと)、出城料なる何かを支払えば、城を出て本土に戻ることが出来る。毎日、定期的に流れる騒音めいた社歌、しかし日常の暮らしに不自由さはないという罠。平和なようでいて油断しているとやられてしまうという微妙な空間は、誰からも直接危害が加えられないのにどこかスリリングでもある。
 ここで吃音がコンプレックスの健太郎と、父親に虐待を受けていた貴希が出会い、友情が育ってゆく。この二人だけだと、べたべたの少年漫画以下の無分別な友情譚になりかねない(双方人生経験の少ない十三歳だし)ところ、途中から、関という大学生を入れることで物語のバランスが急回復する。ただ、彼ら三人による謎解き、出城料を持っていた筈の天野がそれを途中で喪ったこと等々、城に対する秘密はとにかく、出城料がなんなのかは、おぼろげに読者に見えてくるようになっている。決定的なのはある人物が城を出るところを、健太郎と貴希が目撃する場面ではあるが。
 さて、そこで勘が良くなくとも普通の読者であれば、何が出城料であるのかは気付くはず。具体的ではなくとも、何かこのあたりに正解があるだろうなあ、というゾーンは判る。そして、ここで不安になる。

 ラストがどうなるだろう、ということに。

 作者は一存で、ラスト一行で物語全体の印象をダーク/ライト、ブラック/ホワイト、光/影、どちらにでも転ばせることが出来る……。 そこから、作者が選んだラスト一行の独白。

 巧いなぁ。二択しかないように思えるなか、その二択の片方を選択しつつも、一択から残りの一択に対しても微妙、ごく僅かに微妙に含みを残す。どう読んでも普通は片方一択でしかないんだけれども、小生が勝手に紙背から読み取っているだけかもしれないのだけれども、含みが感じられて仕方がない。ある意味このざわざわした感じがいいのかも。設定はもちろんオリジナリティがあって良いのだけれども、この友情とそのラストが強烈に心に残る。この感触が、乾ルカ作品を読み続けたくなる麻薬になっているのかも。


11/06/16
古川日出男「馬たちよ、それでも光は無垢で」(新潮社'11)

 福島出身の作家・古川日出男。本書は、『新潮』2011年7月号に掲載された、古川日出男の3月11日後の福島を巡る半分ノンフィクション的な物語を単行本化した作品、である。

 宇宙人がいて、宇宙人の乗るUFOに当たり前のようにオーディオがついているとして、宇宙人にビートルズを一曲だけ聴かせるとしたら『ストロベリー・フィールズ・フォーエバー』で、UFOふれあい館なる建物が二本松の近くにあった。かつて。3月11日、街が消えた。一日は二十四時間では無くなった。涙。この文章が起筆されるのは4月11日のことである。推敲しろ。そして友人がソングライティングを担当しているロックバンドのパーティに行く。福島出身の古川日出男に対してある曲を演奏するかどうか悩む。演奏する。古川日出男はメガノベル『聖家族』を小説として発表していた。二人の主要人物。兄と弟。そして長男の名前は、牛一郎、姓は狗塚。古川日出男は3月11日には京都にいて『ドッグマザー』という作品、京都を舞台にしたこの作品を書籍化するつもりだった。遅すぎず、早すぎず。古川日出男と編集者たちは、交通が少しずつ再開した東北に、レンタカーを借りて向かう。そこで圧倒される。牛一郎も現れる。そして、東北は多くを語り、古川日出男はこの本の原型を雑誌に発表し、本書を単行本として刊行する。奥付では7月30日の、こと。

古川日出男しか書けない古川日出男の極私的な、体験と感覚が混じり合った、鎮魂の物語
 前半部は、古川日出男という作家の受けた3月11日の衝撃について、古川日出男らしい語り口で、何か様々な事例とテーマに仮託されて描かれている。福島出身、故郷が酷い状況となり、古川日出男の魂が一部傷つきながらも、結局のところ傷つくことしか出来ていない。それはそれで葛藤だったことが感じられる。古川日出男は『聖家族』という東北を巡る長編も刊行している。そこに登場する兄弟が、この作品にも登場し、内部に入りこむことによって物語はフィクションという担保を得られている。 ただ、そんなフィクションを入れなければあまりの状況を直視してゆけない、書いてゆけないということ(書いてはいけない、かもしれない)が、この地震であり原発でありの二重苦にあえぐ福島出身の作家という作者のアイデンティティが赤裸々に描かれているとも読め、読んでいるこちらも痛みを感じる。
 後半では、前半で予告があった通り、古川日出男は編集者らを伴い、レンタカーで福島をはじめとする東北地方を巡る。巡れる場所を巡り、その光景を目に焼き付ける。記憶に焼き付ける。そこでいろいろなものを見て触って感じている。それが言葉になっている。無言、無音ですら言葉になり、何かを訴えかけてくる。瓦礫や人が住めなくなった家に対する考察、関係者以外進入禁止の場所のなかへの思い、松尾芭蕉、誰も人間を憎めない災害によってもたらされた疵痕。 歴史を使い、雑学を取り入れ、他の場所の情報や思い出を入れつつ、古川日出男は東北の、福島のことを描く文章を綴る。それが2011年、5月の東北の姿であると。その東北が、伝わってくる。

 的確(とは限らないが)で、考え抜かれて表現を狙った文章で描かれた光景というものは、下手な写真よりも想像力が刺激される。写真では写らない裏側にある、遠く拡がるその光景が、この場合絶望と希望の入り交じるものではあるものの、するすると脳裏に浮かんでくる。既に見た何かと結びついているのかもしれないが、それもまた映像ではなく文章の力であろう。文章には力があり、その力は記録にも、記憶にも、そして再生にも役立つ。場合がある。人がいる。何かをしなければならない自分の力を使って、という古川日出男の覚悟がダイレクトに心に伝わってきた。小説ともいいきれないし、ノンフィクションだともいえない、古川日出男の作品。それで良いか。


11/06/15
西澤保彦「赤い糸の呻き」(東京創元社'11)

 あとがきを読んで気付いたのだが、本格パズラーの書き手として実績があり、数十の著作のある西澤保彦さんがなんと初めて東京創元社から刊行した作品になるのだという。ノンシリーズのパズラー作品集として『パズラー』、『動機、そして沈黙』に続く三冊目だが、細かな登場人物は他作品といろいろクロスしているようだ。(固有名詞は読んだら忘れる派なんで、ぱっと読んだだけでは思い出せなかったのですが)。

 元は犯人当て。リストラされて家に籠もっていた男性が何者かにフライパンで頭を殴られて死亡。妻によるとその家の倉に美術品のお宝が相当あったというが、それが無くなっていた。毎日弁当を置いて妻は働きに出ていたハズなのだが、弁当の中身が無くなっていたにもかかわらず、男性の胃の中は空だと解剖で判明、果たして犯人は。 『お弁当ぐるぐる』
 都筑道夫の物部太郎シリーズのパスティーシュ。物部太郎のサイキック・ディテクティヴの事務所。終業時間ぎりぎりに妙に色っぽい女性が現れ、家の外に立つ幽霊を何とかして欲しいと依頼してきた。父親の遺言も何かを暗示しているのか。。働くのが嫌いな物部は嫌がるが助手の片岡直次郎が現場に向かうと確かに誰かが立っている……が。事件は解決したかに見えたのだが。 『墓標の庭』
 憧れの先輩の呼び出しに人気のない公園の四阿で待ちぼうけを食らう少年。目の前のマンションでトラブルがあったところに、先輩の筆跡による紙飛行機が。マンションの部屋に駆けつけてみると、先輩の死体が、更に人を呼んで戻ってみれば別の死体も増えていて。 『カモはネギと鍋のなか』
 殺人事件の容疑者がなかなかアリバイを切り出さないと思ったら、不倫の最中だった。そのマンションを訪れた刑事は、窓から見える光景にデジャヴを感じる。相棒の女性刑事が、周囲の部屋を回ることでそのアリバイを確認するが、刑事の脳裏には、なぜか別の似た構造を持つ事件が思い出されるのであった。 『対の住処』
 結婚式場のチャペルに向かうホテルのエレベータ。大学を出てすぐ結婚するカップルの式があるため多くの人間が乗ったそのエレベータには、微かな手がかりからこの結婚式に指名手配犯が現れるのではないかとチェックに訪れていた刑事たちと、当の指名手配犯が乗っていた。途中階で、援助交際が疑われる女子高生や、大きな花束を抱えた少年が搭乗、しかし、急な地震が発生、エレベータが停止してしまう。その混乱が収まった直後、乗客の一人がナイフで首を刺されて死亡していた。怪しいのはそのナイフを持ち込んだ指名手配犯ではあったのだが……。 『赤い糸の呻き』 以上五編。

相変わらずというべきか、斜め上というべきか。論理のアクロバットの上から繰り出される妄想ローリングソバット
 本作に限っていうならば、『ミステリーズ!』の創刊時の鳴り物入りで行われた犯人当て短編競作のなかの一編であるとか、都筑道夫氏の物部太郎シリーズを見事にパスティーシュにした作品であるとか、石持浅海氏の「世界最小の嵐の山荘」(つまりは停電したエレベーター)への挑戦であるとか、一義的にはいろいろ目的があったりもするのだけれども、やはりノンシリーズパズラーというのが基本であり、そうなった時の西澤氏の冴えは凄まじいものがある。そう、冴え。実際の創作手法はどうなのか解らないが、とんでもない不可解な状況を読者に提示すること、そのセンスの冴えである。
 本書でも、リストラおじさんが食べた形跡無しに弁当が無くなっているとか、待ちぼうけを食わした相手の筆跡に従ってみれば、マンション内で他殺されていたりだとか、どこか構造が似た事件が同じ街で数年おきに何件も発生しているだとか、さらには誰にも動機がないハズのエレベーター内部で刺殺事件が発生したりだとか……。
 これも特徴的だと思えることなのだが、西澤パズラーは、その奇妙な状態を論理のアクロバティック(by都筑道夫氏)で、とんでもないところに着地させること、それ自体が目的ではないのだ。むしろその着地した先から、もうひとつウルトラ捻れてジャンプした解釈を、事実として提示したり匂わせたりすることで、読者に対して途轍もない不安感を与えてくれることにある(ようにみえる)。
 最初は論理で飛んでいたハズが、いつの間にか妄想でかき回されていると。基本的に論理の作家である西澤氏ではあるのだけれども、ヒネリを加えるがあまりに妄想じみた展開が待ち受けていることが、近年の連作短編集でも長編でも多く、このノンシリーズ短編集でも例外ではないということなのだ。ただ、――クセになるのよ、これが。

 ミステリ読者のM属性を開眼させるというか、脳味噌が揺さぶられるようなカイカンというか。もう、これで着地したでしょ、という地点から、力業でぽーんと更に遠くに、しかも思いもよらないところに飛ばされる。 最後の方は、論理というよりも妄想に近いことが多い。というか、そういう推論も辛うじて成り立つでしょ、というレベルだったりもする。するのだけれども、クセになる独特の風合いがあるのです。その吹き飛び方が大きければ大きいほど、西澤作品に対する愛が深くなる、と。そういうこってす。


11/06/14
高殿 円「トッカンvs勤労商工会」(早川書房'11)

 『ミステリマガジン』誌二〇一一年二月号から二〇一一年六月号にかけて五回にわたって連載された小説に加筆修正、新たに第六話とエピソードを加えて単行本化したもの。もちろんスマッシュヒットとなった『トッカン─特別国税徴収官─』の続編にあたる作品である。

 国税庁に入庁して四年目、そして特別国税徴収官(トッカン)となって二年目の二十六歳、鈴宮深樹。その上司は、陰気なハスキー犬に似た、中央署の死神とも呼ばれる凄腕トッカンの鏡雅愛だ。言い返そうとする言葉に「ぐっ」と詰まるクセから、「ぐー子」という渾名を頂戴した深樹は、先輩や後輩からもいつの間にか「ぐー子」と呼ばれるようになっていた。とはいえ、一人前ではない自覚はありながら少しずつ仕事を覚え始めた最近、鏡が担当していた大衆食堂の店主・唐川成吉が自殺する事件が発生した。成吉は、鏡から納税に関して脅迫まがいの請求を受けていたと妻の詠子はいい、勤労商工会の顧問弁護士を通じて、裁判沙汰にになりかかった。「そこは蛇の道は蛇で」が口癖の吹雪弁護士は、エリートの経歴を擲って正義の味方を標榜、勤労商工会を手伝う変わり者だ。鏡は弁明もせず出張に出てしまい、ぐー子が一人焦るなか、鏡の幼なじみの弁護士(自称ジョゼ)らが現れ、事件の真相が少しずつ明らかになる。一方、ぐー子は最近着任してきた上役の錨貴理子から、計画倒産の処理を依頼され、その悪辣な手口に翻弄される――。

お金にまつわる悲喜こもごもは、ネタが尽きない? 生々しい事件を通じての、ぐー子の成長が頼もしい
 多くの、普通の、普段は善良な人間であっても、カネが絡むと人が変わる。それが国に納める税金となるとなおさらだ。いったん脱税の蜜を吸い、税金は払わないで逃げると決めた人間の決意は固く、それが指摘され、追徴されると、それがいくら正当な納税であっても「取られた」という気持ちになるだろう。もちろんカネは税金だけではなく、遺産であろうと通常の金銭取引であろうときれい事では片付かないのだけれども。とまあ、お金雑感。これはもう様々なかたちで人間の欲望をかき立てたり、縛ったりする存在。そのエピソードには事欠かない。なぜ、このような前置きをしたかというと、前作から本作にかけて、今回の『トッカン』、長編でありながら、じっくり一つのテーマに絞っていないのだ。本書にしても「vs勤労商工会」としているものの、実際に対決しているエピソードばかりではなく、ぐー子はぐー子で、偽装倒産を装う業者から税金を取り立てたり、鏡雅愛のかけられた疑いを晴らしたりと、細かなネタやエピソードが積み重ねられて一冊の単行本となっている
 もちろんそれは意図があってのこと。そしてそれが巧いのはその部分と構成。お金にまつわる事件等、一つのテーマのみをじっくり追求するのではなく、税金や納税、徴税にまつわる細かな仕事の細かな工夫や、地道な交渉ごとだとかを細かく積み重ねることで長編にしているのだ。この手法を採用することで、同時に、国税庁で働く人びとの仕事イメージもまた、形でリアリティをもって表現されているといえる。ちょっとした、細やかな日常業務を各個人がこなしながら、同時に横断的なプロジェクトで大きな成果を求めたり。小さなリアリティかもしれないけれど、この組織の様子をうまく書き上げることによって個々の事件のフィクション性が薄まっているように感じられる。(実際、本書に出てくるような事件ならば、フィクションでなくとも類似の事例がいくらでもありそうだけれども)。
 そしてもちろん、奇想天外の逆転手といった大きなサプライズではないのだが、個々の事件、小さくても大きくても興味深くエピソードがまとめられている。大きなびっくりはなくても、例えばぐー子のあきらめの悪さ、鏡の性格の悪さといったところを支点にして、物語は大きく動かされている点に好感。加えてリーダビリティが高いところも、本書の面白みのひとつである。加えて、前作に比べると本作、本作のなかでも前半よりも後半、そんなかたちでグー子こと鈴宮深樹が現在進行形で着実に成長しているところも、支持を高めている理由であろう。

 高殿円さんはライトノベル出身。文章の読みやすさと構成の良い意味での判りやすさはその業界で揉まれた結果かも。さりげない人間観察の巧さが加わって、当然大人が読むに耐える、というか大人が読んで楽しい作品となっている。いずれメディアミックスがあるのだろうなあ、と素直に想像できる内容だ。


11/06/13
皆川博子「開かせていただき光栄です ─DILATED TO MEET YOU─」(ハヤカワ・ミステリワールド'11)

 『ミステリマガジン』誌二〇一〇年九月号から二〇一一年六月号にかけて十回にわたって連載された小説に加筆修正して単行本化したもの。皆川博子さん久々のミステリ作品でもある。

 十八世紀のロンドン。医学はまだまだ進歩しておらず、民間医療の延長のような治療が主流だった時代。人間の身体の構造を学び、解剖学の見地から医学の進歩を目指した外科医のダニエル・バートン。彼は周囲の誤解をものともせず、墓堀りから新鮮な遺体を買い取り、防腐処理を施し、解剖に付して様々な進歩的な医療と知見を発表してきた。しかしその名声のほとんどはダニエルのスポンサーであり、実兄のロバートが自分のものにしてしまっていた。ロバートにとっては医学の進歩よりも、その名声を足がかりに上流社会に食い込むことが重要だったのである。そんなダニエルには、医師のタマゴとして優秀なエド・ターナーや細密画を描かせれば抜群の腕前を誇るナイジェル・ハートら、優秀な五人の弟子がおり、解剖を手伝っていた。その夏の日、妊娠六ヶ月の女性の遺体を墓堀りから買い取り、解剖の準備をしていたロバートのもとに、当時ロンドンの治安を守っていた治安維持係(ボウストリート・ランナーズ)が訪れた。妊婦は高名なラフヘッド家の未婚女性らしく、上層部が動いているのだ。いったんはその遺体を暖炉の奥の隠し扉に入れてごまかす彼らだったが、改めて盲目の治安判事ジョン・フィールディングの姪・アンがやってきた。しかもその僅かな隙に妊娠六ヶ月の遺体は、なぜか四肢を切り落とされた少年の遺体に変化しており、更に暖炉の隠し場所からは、顔を潰された第三の謎の遺体が発見される。慌てた彼らがいろいろ策を弄するものの、治安判事の知るところとなるのだが――。一方、その一件の数ヶ月前、田舎から出てきた天才少年がロンドンで、自分の文学的才能と発見した考古学的資料を売り込もうと苦労していた。そんな少年たちが気のいい医者の卵たちと知り合った。しかし、世間知らずの田舎者でしかない彼の前に世間は冷たく、不運も重なって――。

なにこれマジ凄い。十八世紀英国舞台に違和感なく本格ミステリを展開、更に大きなサプライズまで。至上の物語。
 十八世紀のロンドンという、一般的に、日本人にはそう馴染みが濃いとは思えない舞台をさらりと使う。さらりさらり と描かれているのだが、その国にて当時発表された文献かのように濃いディティールが眼前に浮かぶ。この詳細で「当時!」としかいいようのない世界で動き回るのが、解剖命の外科医とその若き助手たち、天才を自負する田舎の文学少年、盲目の探偵とその女助手――たち。登場してくるキャラクタが、これまた一筋縄ではいかない個性を持ち、当時の時代なりに俗物であり人間的であり純粋であって、軽いヒトコトで言い切ってしまうと甚だしく魅力的、なのだ。
 更に、この当時の段階での医学という(解剖が始まり、少しずつ人体のことが科学的に分析されはじめた時代)技術を、ミステリのトリックに取り入れる。それだけでなく、当時ならではの建物構造や、社会状況に風習、風俗、慣習といったところ、加えてこの時代の「人間の考え方」(現代と常識や道徳に微妙にギャップがあったり無かったり)をうまく利用して、物語内部に”盲点””死角”を作成し、結果、とんでもないミステリに仕上げているのである。
 創作物に対して作者の年齢は関係ない……のが建前。だが、齢既に八十を超えられている皆川博子さんの底力というか創作意欲というかに対しては素直に脱帽せざるを得ない。この時代描写や風俗描写、ベテラン作家であれば書けるというものではないし(資料だけではなく、間違いなく才能とセンスの両方も加えて必要だ)、更に時代を丁寧に描いた小説でありながらそれを(語弊を恐れずいうならば)軽く読める、現代風のエンターテインメント小説に仕上げてしまうというのは、それだけで超絶技巧なのだと思うのだ。

 ミステリとしての構造については、いろいろ述べたいところもあるのだが、迂闊なことを書くとネタばらしにもなりかねない。特に終盤におけるサプライズについては、想像の埒外から真相が飛び込んでくるようで衝撃が大きい。しかし、その衝撃も丁寧なミスリーディング含みの伏線を敷いていてのこと。ああ、あそこで不自然な気が一瞬したのに、とか、状況を単に説明しているだけの文章に重要な意味が隠されていたのか、とか、とにかくミステリとしても極上なのです。
 そうそう、皆川さんらしい耽美な場面もあるし。(皆川さん、精神的にはまだまだ若い!)この手の描写がお好きな女子の皆さんもまた強く支持されるのではなかろうか。

  続編を待ち望みたくなるような魅力的な登場人物たち。ダニエル・バートンとその一派は限定的なので難しいにしても、探偵役の治安判事・ジョン・フィールディングと、姪のアンとは許されるのであれば、是非とも再会したい。
 ああ、皆川さん皆川さん、皆川博子さんと同じ時代に同じ日本人として生きていられるこの瞬間を感謝します。 そして今なお新たな著作と巡り会うことが出来ることにも、また。(恐らくは全国数千の皆川ファンが同じようなことを考えているのではないか――)と。心の底から思います。健康に、そして長生きして下さいませ。


11/06/12
天袮 涼「空想探偵と密室メイカー」(講談社ノベルス'11)

 『キョウカンカク』にて第43回メフィスト賞を受賞してデビューした天祢涼さんの三冊目となる単行本。二冊目は『闇ツキチルドレン』なのだけれどもそちらは未読、というかいずれ読む。

 小学校時代に交通事故に遭い額に三日月の傷を負った宇津木勇真は、その後立派な暴力系の不良少年に育つが、通っていた高校の屋上で不思議な人物と出会う。一つ先輩の雨崎瑠雫。並外れた空想力を持つ彼女は自分の知る名探偵を本人に見えるかたちで実体化する能力があり、他の誰もが見られないその探偵を、なぜか勇真だけが見ることができたのだ。勇真は彼女にずっと片思いをし続け、一浪した瑠雫と葵大学で再会、彼女から葵大学ミステリ研究会への入会を誘われ、即決する。二十八歳の若さで急死した大女優・神坂美都子の娘で、現在母親を超える勢いを持つ女優・日下部陽子と親しくしており、葵大学で教鞭を執る陽子の夫・日下部晃夫婦と瑠雫は仲良くしており、葵大学ミス研のメンバーも日下部夫妻と親しい関係を築いていた。一方、十年前に妻が巻き込まれた事件を追い続けた結果、能力はめちゃくちゃ高いまま左遷されたあるベテラン刑事がいた。配属されたばかりのキャリア警部は彼を小馬鹿にするが、周囲は暴力も辞さない一本気なこの刑事に一目置いていた。その彼が興味を持ったのは、密室内で、近年有名な賞を受賞し成長株の女優が不審死を遂げたという事件だった。しかも、その第一発見者の一人が雨崎瑠雫、つまりは彼の娘だったのだ。

周到に緻密に。伏線が敷かれているというより背景描写、全て伏線で構成されている純化された本格ミステリ
 ヒロインが空想で古今の有名な名探偵を操る──という設定は、本格ミステリというよりもファンタジックにして、現在でいえばラノベ的(?)で微笑ましくもある。しかも、その設定が推理に対して、ものの見事に役に立たない。「現実事件を空想探偵が解決する」といった単純構造になっていないのだ。敢えていうとこの点が潔い。ホームズにせよHM卿にせよ、誰でも良いのだが超人的推理によって、はい解決しました! という方向に物語が進んでいない。ひとことでいうと、ヒロインの能力を超えた探偵能力を空想探偵たちは発揮できないのだ。
 推理は、登場人物たちの推理によって行われる(といってもネタバレには当たるまい)。では、この、なぜヒロインと主人公(そして実際のところはよく分からないがもう一人)に、その空想探偵が見えるのかという、当初条件だとさらりと流されているような部分に重要な意味合いを作者は周到に隠している。 そこから、これほど瑠雫のことが好きなのに、なぜ主人公は彼女に告白しないのか、といった別に説明をつけなくても読者もそう怪訝に感じないような部分に至るまで実はすべて伏線とその結果として繋がっているのである。スバラシイ。
 本書を改めて俯瞰すると、その「読者がそう不審に感じないような当たり前と思われる描写」が、頻繁に伏線に取り込まれている。犯罪→解決の流れは勿論そうなのだが、これだけの伏線と、その意外性のある状況結果が繰り返されると、本格ミステリであると同時に「本格物語」とでも呼ぶべき構成を持つように感じられる。
 そして発生するコアとなる事件も深く考えられている。有名女優が密室内部で死亡していた事件。これもまたユニークな密室だ。誰がどうみても怪しい容疑者はいるのだけれど、あまりに堅牢なアリバイが。さらにその細かな真相に関していうならば作品内で登場する科学技術が応用されているのだけれども、そうその技術といっても現実の延長であり、そうそう違和感があるものではない。これを密室に、特に血溜まりを引きずらないという細やかな部分を補助するために使っている点がおもしろい。逆説的になるが、正直、この作品の謎が密室トリックだけであったならば、この作品をスバラシイと表現することは無かったと思う。倒叙としての犯人のミスにしても、まあ「有り」ではあるけれど、突き抜けて凄いというものではない。この事件というか、作品が素晴らしいと思わされるのは、密室を作る理由と方法、その女優の死の理由、これが合わせ技で強烈にして無比なのだ。 密室の細かなトリックも、その後の多少の情感も、この理由の前では霞んでしまう。こちらの前座(?)として操り系の殺人事件が絡むものの、密室単体の、そして殺人の動機としてココロにざくざく刻みつけられるような強烈な意志が感じられてしまうのだ。しかも、この謎解きの段階では前座とみられた操り犯罪もまた、その犯罪を飾るための装飾としてそもそも創造されているなど、どこまで作者は周到なのか。
 結果的に現れる犯罪者像もまた、この国の、いやごく一部の人間が持つ、目立ちたい、歴史に名を残したいという欲求の強烈さをまざまざと見せつけられた気がする。そして、この国に限らず、芸能界に生きる人間にとってはこれは根源的欲求といえるものなのだろう。

 笠井潔氏のいうところ、殺人事件による死は特権的な死であるという。本書の登場人物は人間の存在としての「特権的」を突き詰めていったということになるのだろうか。いくつもの「巧い」展開があり、それら本格ミステリとしての数ある要素が最終的に一点集中させられることによって一冊の長編小説でありながら強烈な破壊力を宿している。物語として、読み物としてはまだまだ改善の余地はあるものの、本格ミステリとしての完成度は本年度ベストクラスとして評しておきたい。


11/06/11
柄刀 一「翼のある依頼人 慶子さんとお仲間探偵団」(光文社'11)

 2000年刊行の『マスグレイブ館の島』に登場していたらしい慶子さんとそのお仲間、シャーロキアンという繋がりのある彼女たちが謎解きを行う作品集。『ジャーロ』36号2009年7月号、37号、そして40号に掲載された短編に、中編の『見えない射手の、立つところ』が書き下ろしで加えられている。

 北海道の田舎から出てきた学生・野村敬吾は自分借りていたアパートが取り壊されることになり、マンション大家をしている叔母に部屋を融通してもらって住んでいた。そんな叔母のもとにシャーロキアン繋がりの女性たちが訪れるのだが、叔母の帰りが少し遅れるので相手をして欲しいと依頼される。しかし敬吾は女性恐怖症。恐る恐る叔母の部屋を訪れたところ、個性豊かな女性たちが次々登場。さらに叔母のマンションから不審火が出て……。 『女性恐怖症になった男』
 小鳥の大量死が話題になっている頃、松坂邸を訪れた野鳥が変な死に方をした。たまたま動物の声を解すると自称するルシイが泊まっており、その鳥がメジロであることが判る。一方それとは別に白いインコの迷い鳥が続いて松坂家に飛び込んできた。そのインコの喋る言葉から飼い主を類推しようとするのだが。 『翼のある依頼人』
 ガンスミス──銃の修理を生業とする兄・弓弦家に居候するシャーロキアンの弟。松坂親子らはその弟に招かれて邸宅を訪れる。修理の関係で家にはエアピストルの日本代表である川瀬も出入りしているが、過去の事件の関係で一家と川瀬の関係はあまり良好ではないようだ。そんななか、家の中で銃殺事件が発生、宙に浮いたピストルから弾丸が発射されたかのように見える不可解な状況。そしてナルコプレシーの慶子が疑われる。 『見えない射手の、立つところ』
 ママは何日か前から眠ったまま。いつもの発作とは違うみたい。そしてパパは密室にこもって血まみれ。そしてパパの首には首を絞めたような血の跡がべったり。ボクはボクなりに事件のことを考えて、犯人を見つけ出そうとする。 『黄色い部屋の夢』 以上四編。

本格ミステリのためにここまでするか、もしくは周到に要素を配置された本格ミステリと呼ぶべきか
 あとがきには、柄刀氏の路線の一つとして”ティータイム・ミステリー”が書きたいという思いがあったのだと書かれており、天地龍之介シリーズもそれに近いのだが、更に近いのがこの〈慶子さんとお仲間探偵団〉であるのだという。確かに、シャーロキアン(シャーロック・ホームズの愛好家)であるという緩い繋がりだけで次々と聡明で個性的な女性たちが次々と登場、ナルコプレシーの持病を持つ松坂慶子という名前を持った若き美しい人妻(しかも息子の名前は松坂大輔だ)を中心に事件を解決してゆくというのが作品群に共通する流れだ。特に探偵側で登場する人物のほとんどが女性であることもあって、お堅い印象の強い柄刀作品のなかでもかなり特徴的なミステリになっていると思う。
 その枠組みについては特にコメントはない、と書くと無責任か。ただ、これまでの柄刀氏の作品を眺めていた限りでは、こういったコージー系の雰囲気が序盤にある作品があっても、結局のところバリバリの本格ミステリとなり、後半は論理が勝った緻密な作風に戻ってしまうイメージが強い。先に例に挙げられていた、天才・天地龍之介のシリーズであっても、前半は柔らかく進もうが結局のところ硬派の本格に落ち着いてしまう印象がある。
 ということで本書もどちらかというと同様の印象を受けた。女性中心の探偵陣とはいってもいい加減さがなく、ミステリとしても真摯に真相を追求する内容となっていて、いわゆるコージーめいた印象(ゆるさ?)があまり感じられない。
 例えば表題作。序盤の展開は不吉とはいえ、逃げ込んできた小鳥の飼い主捜しといった流れまでは柔らかいのだけれども、なぜ鳥の大量死が発生しているのか、インコの覚えた言葉に不自然さがあるのは何故か、そこから導かれてゆく結論が殺伐とし過ぎている。(ミステリとしては普通だし、柄刀ミステリらしい展開なのだが、コージーを目指すのであれば、もう少し真相が柔らかくても良かったのではないか)。また、書き下ろし中編である『見えない射手の、立つところ』、こちらはもう超絶の本格である。先に書いた通り、シャーロキアンの住む館で発生する不可解事件。様々な要素をぶち込んで「不可思議状況」を演出している本格ミステリの手本のような存在。 ……と考えられる一方、この演出を成功させるため、ここまで伏線を細かく、しかも偶然要素を多数用意しなければ成立しない謎まで使って本格の体裁を整えるものなの……? という二つの考えが同時に頭に浮かんでしまった。そのイメージって考えてみると、柄刀氏の本格ミステリ作品で時折感じられる感覚に近しい気もする。

 本格ミステリとしては、さすがに中堅を超えてベテランの域に近づきつつある柄刀氏だけに、それぞれの作品にて過不足なくまとめられていると思う。ただ、先に述べた通り、一種トリックのためのトリックとして、現実的に行き過ぎているように思えるところもあり、読者の立ち位置によって大きく評価が変化するはずだ。しかし、本格のために、ここまでするかなぁ……、という感想がもっとも本作に相応しいという気もする。