MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE 国産ミステリ・レビュー
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


11/07/10
西尾維新「囮物語」(講談社BOX'11)

 『化物語』第二部としては『猫物語(黒)』『猫物語(白)』『傾物語』『花物語』に続く、五冊目。副題は「第乱話なでこメドゥーサ」。まさか題名がそのまま物語をきっちり表現しているとはね。

 阿良々木暦のことが大好きな中学生・千石撫子。彼女はなぜか阿良々木暦と壮絶な戦いを繰り広げ、かつ優勢であった。それは何故かというと……。
 十月末のある日、千石撫子は学校への登校途中、通学路で忍野扇(女性)という女子高生との接触事故に遭いそうになる。事故自体は扇の身体能力にてぎりぎり回避することが出来たが、彼女と撫子は初見のはずなのに、何故か自分のことを知っていた? その後、登校した撫子は下駄箱の中にいた白い蛇の怪異を見つけてしまう。果たしてこれは怪異の前触れなのか。教室へ。撫子の所属するクラスは、先日の貝木泥舟による呪いから、ぎすぎすした雰囲気となっており、撫子はその犠牲になるかたちで、自分に相応しくなく、やりたくもない学級委員に指名さてしまっている。更に現実を直視しない先生からは、クラスをどうにかするよう無理難題を押しつけられていた。朝に見た白い蛇の怪異について、撫子は阿良々木暦に相談するが、阿良々木は、知識がありそうな忍が目を覚ます夜に改めて相談したいという。電話を終えた直後、クチナワを名乗る白蛇が現れ、撫子がかつて蛇に囚われた北白蛇神社に行くよう促される。そこで撫子が眼にしたのは、かつて自分が呪いから逃れるために切り刻み、木に貼り付けた多数の蛇の死体だった。撫子はこの件については自分が加害者であることを自覚、クチナワの願いである「本体探し」を自分一人で手伝うことにする。夜中に家を抜け出して公園の砂場を掘り返していたところを、撫子を探しに走り回っていた暦と邂逅、心配した撫子の両親に対し、月火が家にいると嘘をついたこともあって撫子は深夜の阿良々木家に連れてこられた。

──絶句。しかし納得。まあ、伏線ったら伏線通りだよなあ。
 先に『花物語』の感想でも少し触れたけれども、ラノベだとそう大した理由無しに使用される属性が西尾維新の手にかかると、その先の一歩まで考察された(創作された過去)結果から導かれる必然に変わってくる。本作の主人公は千石撫子。阿良々木暦の下の妹・月火の小学校の同級生で、小学校二年生の時に一緒に遊んだだけの阿良々木暦のことを一途に思い続けてきた中学二年生。ラノベ的センスでいえば、まあ、多少ストーカー的ではあるけれど、無理矢理「一途」と形容して、性根が真っ直ぐでピュアな女の子だと表現することもあるかもしれない。
 しかし、西尾維新はその「ピュア」の裏側にある重く汚くどす黒い要素を容赦なく抉り出し、読者の目の前に 晒すのだ。

絶対に叶わない夢ならば、見つからなくても、追いつかなくても、叶わなくても傷つかずに済む

 これも確かに真理。ついでに千石撫子の阿良々木暦に恋するという行為が、自己目的化していることを意味する。可愛い自分自身を盾に自分の意思を持たず、実は図太く自分を甘やかしているだけ――ということが赤裸々に明らかにしてしまう。どの巻だったか、千石は実は頭の良い子でもいい子でも何でもなく、学校の宿題すら面倒臭がり、やらなくても怒られておけば済むという合理主義者であるという記述があったし、本書に限っていうと撫子はかなり他の女性登場人物から、ひどいことを言われている。女に嫌われる性格っていうことになるのだろうけれども。そして、同じようにかつて神原駿河が千石撫子を評していった言葉が、本作における強烈にして大いなる伏線になっているところが面白い。普通、伏線じゃないだろ、それ。
 最後に。戦場ヶ原ひたぎさん格好良いです。もうなんというかこれは彼と彼女とか、普通の夫婦関係を超越した魂の関係ですね。(詳しくはここでは書けませんが)。

 しかし、口の中に「化」で囮、ね。よく考えられているなあ。ただ、こうやって『化物語』シリーズの第二期を読んでゆくと、第一期で見方によっては阿良々木暦の内面的にものの見事に棲み分けを果たしていたはずのハーレムの解体というか終焉というかが狙われているようにも感じられる。最後は果たしてどうなるのか。
 あと、実は結構西尾作品ってワイズクラックの塊でもあるように思うのだけれども、それはまた別の機会に。


11/07/09
深水黎一郎「人間の尊厳と八〇〇メートル」(東京創元社'11)

 最近の深水黎一郎氏の活躍をみていると、メフィスト賞デビューであることを忘れそうになる自分がいる。深水氏は2007年『ウルチモ・トルッコ』で第36回メフィスト賞を受賞してデビュー。09年には『花窗玻璃 シャガールの黙示』が第10回本格ミステリ大賞候補作に選ばれた。そして、本書の表題作「人間の尊厳と八〇〇メートル」で第64回日本推理作家協会賞短編部門を受賞、本書はその他短編と合わせた、深水氏初の短編集でもある。

 飛び込みで入ったバーカウンターに居合わせた男。彼は主人公に対し、人間の尊厳を賭けて近くの校庭で800メートルの競争をしようと持ちかけてくる。彼は一等地の権利書まで賭けるというのだが……。 『人間の尊厳と八〇〇メートル』
カタカナを一切使用せずに北欧旅行の様子を日常の謎と共に描く。アナログで究極の個人認証とは? そして田舎の美術館が閉館を急ぐ理由とは。 『北欧二題』
 内閣府に送られた犯行予告状は海外サーバを経由してのもの。おかげでお盆の期間も特別警戒のため、警備責任者でもある父親はその期間もずっと仕事に駆り出されることになった。 『特別警戒態勢』
 本当の完全犯罪とは犯罪が行われた痕跡すら残らない犯罪のことをいう。そのことを知り尽くした犯人による緩慢な毒殺は全く無問題にて遂行されるハズだった。 『完全犯罪あるいは善人の見えない牙』
貧乏旅行で世界を旅したことが自慢の男が、結婚。新婚旅行でフランスに向かい、その先々で一人旅なら常識でパックツアーの客が知らないような蘊蓄を述べ、男が小粋だと思っている行動を取ろうとする。新妻は最初は男のそんな行為に最初は頷いていたのだが……。 『蜜月旅行 LUNE DE MIEL』 以上五編。

当たり前、定型ではなく、自由な発想・着想から導かれるさまざまなミステリのかたち。
 なんとも奇妙な短編集である。表題作の『人間の尊厳と八〇〇メートル』。一応、日常の謎めいた奇妙な出題内容が含まれているのではあるが、冒頭から何か蘊蓄というか詭弁というか、煙に巻かれるような展開なのだ。視点人物をを担う主人公もまた何が何だか判らなくなっており、判断が怪しくなっていく。ただ、その判断の怪しさすら詭弁で押し通してしまう相手はどこか悪魔的だ。その化けの皮の剥ぎ方、探偵役の秘密等々、終盤にいたっても読者は「あれ? あれっ?」という目に遭う。登場人物ではなく作者から煙に巻かれてしまうといえばいいのか。謎解きの定型からどこか外れた、でもやはりミステリであるという一夜の夢に遭遇したかのような不思議な作品である。
 『特別警戒態勢』は、逆に作者が前例にないことを狙ったというか、スケールの大きさを狙いすぎているせいか中盤には作品の狙いが明らかになってしまい、つまらなくなってしまっている印象。ミステリ作家はほら吹きであることに読者も慣れており、このギャップもまた想定範囲内に留まる。『完全犯罪あるいは善人の見えない牙』も、語り口は面白いのだが完全犯罪の定義自体は、過去にも多くの作家が取り上げているし、どちらかというとワンアイデアの倒叙ミステリであるといった印象だ。
 『北欧二題』は漢字が多い文章に好き嫌いが出そうだが、島田荘司ばりの奇想が含まれていて、特に前半の”個人認証”を巡る作品のアイデアは素晴らしい。この発想の柔らかさが深水作品の魅力の一つである。そして、実は個人的には『蜜月旅行』も結構好きだ。ミステリとしてはそもそも”謎”の定義が曖昧で、「広義のミステリ」と但し書きがついてしまうが、普通だったら格好良いハズの個人旅行の経験や知識、常識が新婚旅行では微妙に、むしろ邪魔になったり、パックツアーを必ずしも否定していなかったりと、変なかたちで凝り固まった読者の海外旅行に対する常識を柔らかく溶かしてくれている印象。小さなエピソードの積み重ねによって深い滋味を醸し出している、そんなイメージを持った。

 深水黎一郎という作家の深み(駄洒落だ!)を感じさせてくれる好作品集。全てが全て傑作ということはないが、様々なタイプのミステリを書くことが出来る、作者の実力をきっちりと見せつけてくれる。文章には定評があり、全体的に読みやすいのでいずれ文庫化されて、更に長期間にわたって読み継がれてゆくタイプの短編集だと思う。


11/07/08
歌野晶午「春から夏、やがて冬」(文藝春秋'11)

 歌野晶午氏の書き下ろし、ノンシリーズ長編作品。帯には『葉桜の季節に君を想うということ』を超える衝撃が、といった惹句が書かれているが(版元が同じだから)、ちょっと衝撃の意味合いが違うように思われる。

  吉浦という地方都市にあるスーパー・ベンキョードー吉浦上町店で保安責任者の任にある中年男性の平田誠。彼はベンキョードー本社でも役員一歩手前のエリートコースを歩んでいたのだが、高校生になった一人娘を交通事故で亡くしてから一家が崩壊。現在は単身でこの地方都市で生活している。万引きをした客を警察に突き出すのも許すのも、平田の裁量に任されていた。冬のある日、食料品を万引きした小汚い格好をした娘・末永ますみの態度をみて、平田は反省を認め、警察に知らせないまま解放した。その二日後から、ますみは平田としばしば世間話をするようになる。DV癖のある彼氏と同棲していて、非常に不器用なこと、平田は平田で亡くなった娘とますみが同い年であったことなどを話すのだが、二人を見かけた関係者の讒言によって平田は注意を受ける。疾しいことのない平田は毅然とした態度を貫くが、彼には自分自身の身体に秘密を隠していた……。

ストーリーを上位にトリックを下位に。ミステリの手法で魂の落ち着き場所を提示してゆく……。
 基本「鬱」な物語。 表紙からしてどこか落ち着いているのだが、基本的に明るく楽しい話ではない。そういった明るくない話であるにも関わらず、帯でがんがんにサプライズの大きなミステリとして売りだそうとしているところは、読み終わって改めて考えるに、どこか間違っているような気がする。広義のミステリーであることは間違いないにせよ、ストーリー重視であり、作者がサプライズそのものを求めようとしているとは思えないのだ。あくまでサプライズはある手法をとった結果であり、その手法によって浮かび上がるのは、不器用な優しさであり、深い悲しみである訳で。やはり物語に深みを与えるために使われた「手法」だと思うのだ。なので、ミステリ的な興趣(サプライズ)に重点を置く帯に対しては違和感を表明しておく。
 さて、歌野晶午といえば、『密室殺人ゲーム』シリーズなどをはじめとする変格的本格ミステリの書き手という近年の呼称に加え、後味の苦い作品が多いことも特徴だろう。ストレートに行けばハッピーでありそうな作品も、あえてハッピーエンドにたどり着かせることはなく、バッドエンドに突入させたり、匂わせたりするケースはままある。本書も帯には「ラスト5ページで世界が反転する」とあり、その前に物語終盤に「あれ?」と思う展開が待ち構えている。なんで○○が××を殺害しちゃうの? そこに至るまでのおおかたの予想は違うハズ。悲しい運命に翻弄されてきた平田誠が、もし何かコトを起こすとしたら、そっちではなくて、こっちでしょう? という予断。更に、その背景は、いくらなんでもこの運命はフィクションにしても、えええ?
 ただ、ここから帯でいうところの「ラスト5ページ」が効いてくる。 その結果、浮かび上がるのはご都合主義でもなんでもなく、計算と誤算。そして別のかたちの哀しみ。サプライズではなく得られるのは得心であり、その結果浮かび上がるのは、不器用な優しさであり、不器用な計算である。 彷徨う魂の落ち着き場所はどこなのか。祈りにも似た気持ちが、このラストにて浮かび上がる。

 暗く、つらい物語。冒頭で述べた通り「鬱」が入るストーリー。だけど、だからこそ傷ついた魂が引き合い、慰め合う展開にすっきり馴染むのだろう。もとより、サプライズを期したミステリであっても近年の歌野作品はきっちり読ませてくれるだけの展開や文章を持っている。なので、こういう路線も予想してしかるべきだったのだけれども……。ただ、また次の作品で別の皮を被ったり剥いたりした作品が出てくるはずで、結局のところ予想のつかない作家なのだ……ということかな。


11/07/07
拓未 司「恋の病は食前に」(朝日新聞出版'11)

 『禁断のパンダ』で第6回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞、料理ミステリの分野で着実に地歩を築いている拓未司氏。本書は『小説トリッパー』誌2009年冬号から2010年冬号にかけて連載した作品に加筆修正して単行本化したもの。

 肥えたカエルのような外見、低くて小さい鼻、薄くて短い眉に大きすぎる目、タラコ唇。料理評論家の草刈春男は見た目もゴージャスなら性格もゴージャス。自分がもてないため、担当者が妻帯していることすら許せないうえ、スイッチが入ると対象しか目に入らなくなるという厄介な恋愛体質持ちの男。週刊誌の取材のビフテキには見向きもせず、偶然入った定食屋の看板娘に一目惚れ。 『麗しの横手やきそば』
 コンビニのバイトをしている主人公の前に現れた彼女。おでんを注文してショウガ醤油は無いかと尋ねる。そんな彼女を付け狙っている男がいるようで、そして彼女の職業は。 『姫路おでんの純情』
 ぽっちゃり体型で人見知りのひどい妹が作家として開化。美人の姉は妹の身代わりとなって作者のふりをする。妹が料理評論家を登場させたいといったため、姉は草刈春男を紹介して貰おうとするのだが。 『シロコロ・ホルモンのすれ違い』
 四〇代の母親と高校生の息子。母子家庭に育った息子は、最近母親の様子がおかしいことに気付く。幼馴染みに相談すると母親に彼氏が出来たに違いないといわれて動揺してしまう。 『肉巻きおにぎりの青春』
 イケメン料理評論家で売り出し中の男は、テレビで出会った女性を誰彼口説いてしまうが、別に本命の十年来の彼女がいた。その彼女から相談したいとのメールが届くが、また彼はテレビ局で出会った女性と浮気をしてしまう。 『イタリアンスパゲッティの目覚め』 以上五編。

B級ご当地グルメ+変人料理評論家+恋愛譚。しかし不発
 はっきりいって三題噺である。五つの作品、それぞれアプローチや導入部分、視点人物がそれぞれ異なるものの、ちょっとした、主人公を巡る恋愛模様が描かれ、そこに「スイッチ」が入るとあっという間に相手に惚れてしまう料理評論家・草刈春男が絡み、さらにどこかにB級グルメが関わってくるというもの。ただ、割り切ってしまっているのか、五つの作品、もうミステリと呼べる内容ではない。物語の結末に向けて何かちょっとした情報を「伏せて」いる程度の謎しか登場しないのだ。はっきりいってしまうと一般小説、頑張っても恋愛小説とせいぜい呼べる程度に過ぎない。
 そして、そう考えたとしても作品集としての完成度も低い。一応五作通じて、週刊誌編集者の奥田と、勘違いエンターテイナー・料理評論家、草刈春男が登場しているものの、そもそも解くべき謎がないのであれば、当然誰も名探偵役など引き受ける訳もなく、そもそも必要すら無い。もう一つは、これまで拓未氏が書いてきた「食べ物の美味しそうな描写」についても、本作では不発のように感じられた。相手がB級グルメということもあろうか、特殊性が勝ってしまい、その表現では心に響くような食欲には繋がってこない。(そもそも登場するグルメで食べたことあるのはイタリアン・スパゲッティーくらいなもんだし)。
 謎解きの対象になるような「謎」がそもそも無い。変人料理評論家は見た目がめちゃくちゃな割に天上天下唯我独尊を地で行く存在で、料理を美味しそうに表現することもない。ひと言でいうと嫌な奴なので、普通、彼には感情移入とかなどやり用が無い。ついでにいうと題名に登場するB級グルメ、確かに作品内にも登場はするのだけれど、一部作品を除くと本筋と絡む必然性のないものばかり。登場人物の思い出とか約束に引っかけると意味があるようにみえるが、筋書きで絡まないのであればわざわざ名前を挙げて描写する必要もないと思うのだが。

 ここまでそれなりに他未読未作品を楽しく読んできたので、本作は「ちょっと残念」な作品である。複数の料理評論家が登場しているにもかかわらず、料理を食べた時、作った時の感動が全く感じられないのだ。その感動が隠し味となって作品全体を盛り上げるのが拓未作品だと考えていただけにやっぱり「残念」であった。


11/07/06
有栖川有栖「真夜中の探偵」(講談社'11)

 某出版社が鳴り物入りで立ち上げたミステリーの新レーベルにて『闇の喇叭』が刊行された当時、有栖川氏は本編は独立した長編という趣旨の発言をしていた。ただ、奥行きの深い世界設計が為されたパラレルワールド、特にその結果、警察による秩序を乱す存在として、探偵行為の禁じられた日本という設定がどうやら気に入ってしまわれたようだ。探偵行為が許されないを超え、犯罪行為として取り締まられる世界での探偵小説の続編である。版元の筆舌に尽くしがたい不義理により、刊行後数ヶ月で入手不可能になっていた『闇の喇叭』と本書、二冊同時に講談社から復刊と書き下ろし刊行というかたちで世に出てきた。

 三発目の原爆が京都上空で爆発、第二次世界大戦の終戦日が我々の世界と異なる日本――。平世(へいせい)の日本はロシア寄り北「日ノ本共和国」と南の「日本」と青函海峡を挟んで対立している。政府の方針や警察捜査に異議をとなえる存在として、「日本」では探偵行為が違法行為として迫害されており、方言や英語由来の外来語の使用も控えられている。日本の田舎町、多岐野の女子高生だった空閑(そらしず)純。しかし彼女の母親・朱鷺子は優秀な探偵で四年前に、ある事件を追ったまま失踪、父親で同じく探偵だった誠と共に、母親からの連絡を待ち、彼女の実家のある多岐野で暮らしていた。しかし彼の地で発生した事件を解き明かす探偵行為によって誠は逮捕され収監、純は伯父の住む大阪で一人暮らしを始めた。アルバイトを掛け持ちしながら純は失踪した母親の手がかりを探し求めており、誠の弁護士を通じ、両親の探偵業務の仲介をしていた人物・押井照雅との面会を果たした。しかし、それでも手掛かりは僅かしかない。しかも、純が押井宅を訪れていた時に居合わせた男性が、押井の別宅で他殺死体となって発見される事件が発生した。

本格ミステリをやりながらのサスペンス、加えてビルドゥイングスロマンまで狙うのかも
 偶然の縁もあり、いろいろな意味でまず『闇の喇叭』自体が個人的に思い入れの深い作品である。その作品世界、微妙なパラレルワールドを作り出した設定の匙加減が絶妙で、徴兵制があったり、全体主義が日本国内に蔓っていたりと一見不幸で不自由な社会に見えつつも、有栖川氏曰く「現代の日本より必ずしもこの世界が絶対に悪いといえるかい?」と問われ、深く考え込まされた。
 この『真夜中の探偵』は、どちらかというと『闇の喇叭』にて強調されていた「不自由な世界」という設定が少しだけ後ろに下がり、「探偵行為が禁止されている」という側面がより強く打ち出されてきている。 結果、青春小説を強く感じた『闇の喇叭』以上に、女子高生(じゃないけれど)の寄る辺なき一人暮らしの心細さに、当局、そして得体の知れない陰謀までが加わって、サスペンス感覚がより深く強調されている。探偵行為を働いたという理由で拘束されている父親は、この世界では重罪人。収監された建物のすぐそばにソラがいるのに面会すら許されない。心の支えを持たず、多岐野の友人たちとも絶縁している純の心細さと意地とが切々と描かれる。
 前作では父親と一緒に推理していた純だが、本作では父親はおらず一人。それでも不可解な事件を目の前にするや、類い希なる推理能力を発揮してしまう。宿命的に探偵であることが悲劇に繋がる世界だからこそ、余計にこの設定が引き立っているようにも思える。
 これは本筋とは無関係だが、有栖川作品のなかではちょっと珍しく、多数の大阪圏北部の地名が具体的に登場する。あくまで個人的にだが、大阪市在住の有栖川氏による「大阪ミステリ」といった側面もあるように感じられた。(ただ、地名が多く登場するだけで大阪の旅情を狙ったり、必然性があったりするものではないことは少々残念)。純もこのまま九州に行ってしまいそうだし。

 さらに、遅筆(?)の有栖川氏には珍しく、シリーズ第三作目の構想も既にあり、題名もおおよその刊行時期も決定しているという。ミステリーYA! 版が入手できない現在、この講談社版『闇の喇叭』をお買い求めください。本書も面白くはありますが、『闇の喇叭』の続きという要素があるため、順番に読んだ方が吉です。


11/07/05
霞 流一「スパイダーZ(ゾーン)」(講談社ノベルス'11)

 バカミスの帝王として本格ミステリファンのあいだでの知名度は抜群。霞流一氏による久々の長編書き下ろし本格ミステリ。講談社ノベルスはどうやら初登場?

 警視庁北中野署の捜査一課に所属する刑事・唐雲蓮斗。警察官でありながら、どんなマニアよりも警察マニアであるという彼は、通常の勤務が終了した後に、他署で発生した殺人事件現場に出向いて初動捜査を見学したり、ボランティアで手伝いをしたりする警視庁の名物男。しかし、彼には誰にも知られてはならない秘密があった。普通の警察が考える「正義」とは別に、自分なりの「正義」を信念として抱いているのだ。そのために彼は日夜身体を鍛え、情報を集めて悪人と対峙し、「操査」を行う準備を周到に行っていた。すなわち証拠を捏造し、架空の推理を捜査員に吹き込み、警察自体が実際の真相ではなく、唐雲の狙う真相に向かうよう誘導すること。そんな唐雲の所属する班が担当するのは、東京で発生した美容整形クリニックの院長が殺害された事件。被害者は体中を鋭い刃物で切り裂かれ、かつ全裸にされてハンガーに吊られるという凄惨な死体で発見された。遠宮という女性刑事と唐雲は組み、早い段階で真犯人と真相を見抜くのだが、唐雲はその犯人を告発せず、私刑に処してしまう。更に神話の見立てを遠宮刑事に吹き込み、あたかもそれが真相であるかのように、捜査員たちは彼女の言葉を信じてゆく……。

警察小説でありアクション小説であり、本格ミステリでもある。でも3倍面白いわけではない。
 バカミスの帝王として既に名高い霞流一先生。確かにいくらそんな称号を奉られたとしてもその肩書きが通用するのは残念ながら一部のカルトマニアだけ。これまでの動物づくしの物語に加え、濃厚な本格ミステリが必ず、という方向性は好きだし、作者も楽しんで書いているように思われた。だが、どこまでこの路線を追求したとしても、絶対に直木賞は取れないし、推理作家協会賞ですら覚束ないであろうこともまた、残念ながら想像がついてしまう。
 そこから方向転換をするのは悪くない(個人的には残念にしても)。仕方ないこと。だけど、本作を読む限り、霞先生が何か間違った方向に進んでいるような気がしてならなかった。語弊を恐れず書くと、新しいことに挑戦しようとしてかえってややこしいことにしているような感じだ。
 作者のことばによると、「コロンボ×ブルース・リー×ダークナイト」というテーマで執筆されたという。かつ講談社ノベルスの警察小説フェアというタイミングで刊行、この作品は本格ミステリよりも警察小説を指向しているということだろうか。警察所属のダークヒーローという意味だけならその存在も「有り」なのだが、かけ声のピポーッ! (警視庁のマスコットキャラクターの名前から)も引くし、その唐雲の悪人認定基準の理解出来なさ(お前は徳川綱吉か)にまた引く。
 ひと言で言うと、万人に理解しがたい理由で「捜作」を行い、空手ベースの謎の技で悪人を私刑にして殺害してゆくのがスパイダーZである。その過程に、三重密室(実際に密室が作られる事態を一旦キャンセルして、別の方法で密室をこしらえ、更に解決方法として別の密室製作方法を提示する――)など、本格ミステリらしいユニークなアイデアもあるのだけれども、主人公の後味悪い活躍の方が印象に残ってしまう
 やっていることは確かにバカミス。こんなことをわざわざ時間をかけてやるヤツはいないという特殊なトリック。ただ、そこになんというか爽快感がなく(だからダークナイトなんでしょうけど)、コロンボのしつこさ、ブルース・リーの口調とべったりべとべとなくどさばかりが眼についてしまうのですよ。霞先生はどうしてしまったのだろう。

 どこか、この前に刊行されている角川ホラー文庫の『災転』にテイストというか、後味が近い長編作品。バカミスを標榜しつつ、本質的にはホラーっぽいサイコミステリであるということでもあるのだけれど。


11/07/04
田中啓文「ハナシがうごく! 笑酔亭梅寿謎解噺4」(集英社'10)

 人気シリーズ『笑酔亭梅寿謎解噺』の四冊目となる単行本。題名が梅寿でありながら、実際の主人公は梅駆こと竜二である点、「天才バカボン」みたいなものか。『小説すばる』誌二〇〇八年六月号から二〇〇八年十月号、二〇〇九年一月号から二〇〇九年十一月号にかけ、それぞれ隔月で発表された作品がまとめられた。

 笑酔亭梅寿と昔から仲の悪い線香亭不覚。不運の弟子・不運もまた何かにつけて竜二につっかかってくる。そんな折、松茸芸能が上方落語を総括するような大落語会企画が梅寿に持ち込まれるが、梅寿は出演を断ってしまう。 『二人癖』
 大落語会の当日に梅寿と不覚の二人会が企画された。不覚師匠の家では猫の幽霊が出るといい、なぜか竜二がその招待を確かめるために不覚の家に行かされる。 『仔猫』
 梅寿の立ち上げた事務所に仕事が無く、二人会の資金稼ぎで働きづめの竜二は、先輩噺家・桂あおかびの持ってきた、外国人相手の仕事を引き受ける。なにやら怪しい船に乗り込んだ二人は沖合に出てしまい……。 『兵庫船』
 若旦那こと桂ぼんぼんが楽屋に持ち込んだ北斎絵の十枚揃いを梅寿が知らず破り捨ててしまう。梅寿は竜二に似た絵を探せと無茶な注文を。竜二は竜二で地味な落語ではなく派手に客席を沸かす漫才に興味を抱く。 『皿屋敷』
 竜二に降って湧いた落語CD発売話は正月で師匠宅に集まる兄弟子の嫉妬を買う。しかし梅寿に別のCD発行の話が届いて梅寿自身の態度は一変。CD化のオファーを断る他の師匠宅に竜二を出稽古に行かせる。一方、竜二の出る会には次々妨害が入って録音が出来ない……。 『猫の忠信』
 突然年季明けを言い渡された竜二は住む家を探す必要が。散々探し回ってたどり着いた格安の家『落伍荘』。その家の元住人は貧乏な桂柄玉だった。その竜二には悲惨な過去に焦点を当てるテレビ番組出演のオファーが。 『鬼あざみ』
 梅寿に文化庁から人間国宝のオファーが。梅寿の頑なさに痺れを切らした松茸芸能はインディーズレーベルに事実上梅寿の落語CD刊行を譲っていたのを撤回。竜二は番組出演を断り切れず、さらにチカコの漫才の相方まで。 『牛の丸薬』
チカコの漫才の相方を断り切れないままM壱予選と同日、竜二と梅寿との親子落語会開催が決まる。梅寿の人間国宝決定の前日、松茸芸能は録音準備万端だったが邪魔が入って……。 『ひとり酒盛』 以上八編。

謎解きの妙味は薄れ、落語という芸能のあり方を竜二の成長を通じて描き出す展開へ
 「謎解噺」と副題には依然残っているものの、各話で謎解き、というような内容へのこだわりは(特に本格ミステリという意味では)無くなってきている。シリーズ開始時期当初における、あくまでミステリ、かつ上方落語の紹介というニュアンスの必要性自体が時の流れと共に変化していることもあるだろう。多少「謎解き」めいた要素のがあるのは本書では『仔猫』『猫の忠信』くらい。『仔猫』は、現実でもありそうだけれどもちょっとそりゃなんですか、という脱力系のオチではあるものの、『猫の忠信』の、なぜ老落語家が自分の噺のCD化を断るのか、という謎は、落語家自身ではなく、家族の気持ちなども含め、さりげなくもなかなか味わい深い謎解きだと感じた。他の作品にせよ、例えば、○○と××の仲が悪いのは何故かといった広義のミステリーとしての要素は基本的に各話踏襲されているため、ぎりぎり踏みとどまっているといえる。
 しかし、代わりの要素、すなわち若手落語家・竜二の成長譚という重要な部分が、よりクローズアップ(グレードアップ?)している。特にこの巻においては大手芸能事務所・松茸芸能を仮想敵に据えることで、落語家個人と大手プロダクション/刹那的なお笑い至上主義のエゴという部分も微妙に浮かびあがらせているようにも感じられた。また、もっと大仰にいうと竜二の個人の「気づき」を通じて、落語というエンターテインメントの本質を探る文化論的追求が、このシリーズで為されているようにすら思う。
 個別のエピソードとしては、上記にも関連して本書では、漫才に心を寄せてしまう竜二が、漫才の良さそして落語にしか出来ない良さに気付くところが最大のポイントだろう。普段は酔っ払い暴力スケベ爺にしかみえない笑酔亭梅寿が、それはそれなりに竜二のことを(更に竜二を使うことで周囲のベテランや若手噺家に対しても)大いに気に掛けているということが判るエピソードが多く、師匠と弟子の理想的なあり方についても示しているとも……どうだろう、いえないかな。ただ、少なくとも漫才が上、落語が上といった単純な比較が出来ないということだけは事実としていえることが判る。

 本作で年季明け(内弟子を三年務めて、一人前として認められること)した竜二。とはいっても、師匠の家には通いで来なければならないし、先輩で頭が詰まっている事態は同じ。ただ、本作は、連作短編のかたちで発表されていたにもかかわらず、個別のネタと作品集通じてのエピソードがうまくクロスオーバーしているところに技巧を感じる。
 あと単行本と文庫で表紙絵のイメージが違いすぎるのも一興。まあ、単行本竜二のイメージで読んでいますが。


11/07/03
朱川湊人・笹公人「遊星ハグルマ装置」(日本経済新聞社'11)

 ポプラ社の一般向けWEBマガジン『ポプラビーチ』に二〇〇七年四月十七日から二〇一〇年四月六日にかけて連載されたショートショートと短歌の連作。にわとりとたまごの関係ではあるが、朱川氏のショートショートと、それを見てインスパイアを受けた笹氏が短歌をつくり、その短歌からまたインスパイアを受けた朱川氏がショートショートを作るという、創作の無限ループ。

 例えば「土産屋の少女としばし見つめたる海をふちどる夜光虫の灯」という『土産屋の少女』と題された笹公人の句から、朱川湊人は『夜光虫』と題するショートショートを書いた。二十七年前、二十歳になったばかりの姉が夜の海に身を投げて亡くなった。発見された時、入り江には夜光虫が多数集まっていて、不謹慎ながら彼女の遺体は非常に美しく見えたと、遺体を引き上げてくれた漁師はいう……。そのショートショートがベースになり、笹氏が今度は『中学生とデスマスク』と題する五編の短歌を書き、朱川氏が、先の短編とは全く色合いの異なる、『ゴメンナサイネ』とうい題名の、なにやらおばさんめいた幽霊が住み着いた門松荘というアパートの話を書く……といったかたちで、ニワトリが先か卵が先か、作品からインスパイアされたイマジネーションがキャッチボールされてゆくという実験的な創作形態によって生み出されたのが本書。相当回数が継続されたようで『雨の世界』『黒いおもちゃ箱』『不都合な真実』『夏の包帯』『蚊帳の外』『謎麻呂』等々多数。基本的にノンシリーズだが、意思を持ったぬいぐるみで最後は宇宙に飛び立ってしまうウサギのラビラビであるとか、超能力一家であるとか、ショートショートに関してはちょこちょこと再登場や連作めいた作品が散見される。

奔放で深いアイデアが内包された言葉、思い切り良く、イマジネーションが膨らむ物語
 ショートショートと、五編の短歌とが交互にページを形成しており、どこからでも読めるしどこまででも読める。丁度、携帯小説やモバイルゲームのような区切りの良さが一種売り物としての価値を加えているかもしれない。ショートショートと現代短歌と、どちらもバランスが良いが、あまり普段なじみがない分、笹氏の短歌から、何かじわじわくるような言い様のない感覚を得たように思う。気に入ったものを少し書き出してみた。

 「激熱愛特攻堕天使参上!と女暴走族(レディース)早朝からの恋文」
 「幽霊でいいから美女を抱きたいと老童貞は熱く語りき」
 「「そのピエロは殺人鬼だ!」とみずからの寝言の声にとび起きる朝」
 「降霊を終えて肉体(からだ)を傷めたる紳士か洋館(やかた)の庭に血を吐く」

 うまくいえないがユーモアだけではなくペーソスもあり、更にファンタジーであったり、ミステリやホラーの一場面であったり、青春であったり、オタクの孤独であったりと、様々な人びとの様々な感情を少しひねった形で表現しているのだ。僅かな言葉を手がかりに、どちらかというと心の底に仕舞い込んでいた様々なイメージと俳句となった言葉とが化学反応を起こすような、不思議な気分。 その結果(全部が全部ではないが)鮮やかに目の前に光景が思い浮かんでくるのだ。日本語の、言葉の力を新たに思い知らされる一瞬である。
 もちろん朱川氏のショートショートも魅力がある。個人的には中途半端に連作にしたものよりも、一作品に世界を閉じ込めてしまったような作品が好みか。ただ、こちらもファンタジーからSF、不思議小説まで様々なシチュエーションを物語に採用していて、朱川氏の作家としての懐の広さ奥深さを改めて味わわされる。見たような嘘をいい、とはよく言ったもの。SF系統だけではなく、例えば飲み屋での会話のなかにオタクが一人紛れ込んでいた場合……といったユーモア小説も多く、こちらは素直にイマジネーションの多様性を感じ取れば良い感じ。

 実は「ポプラビーチ」連載といった情報を知らずに何となく購入した作品集なのだが、結構ツボに嵌まった。あまり肩肘張らずに読書を楽しみたい方向け。ショートショートも短歌も、読み取る文章量は少ないにもかかわらず、豊潤な背景を持つ作品であり、想像力の翼を拡げることが可能な方には素晴らしいプレゼントになるはず。


11/07/02
玖村まゆみ「完盗オンサイト」(講談社'11)

 2011年、第57回江戸川乱歩賞受賞作。玖村さんは1964年、東京都生まれ。中央大学卒業後、航空会社でCAとして勤務。退職後も創作活動を続け、現在は神奈川県在住で法律事務所勤務。

 海外を転戦していた21歳のフリーのロッククライマー。水沢浹(とおる)は、年上の恋人でクライマーとしても世界トップスリーに入るプリンセス・伊藤葉月と別れたことをきっかけに帰国した。有名登山グッズメーカー社員と葉月は婚約したと聞くが、なけなしの現金をはたいて彼女の引退疑惑が記事が掲載された登山雑誌を購入するなど、まだ微妙な未練はあった。その浹は、帰国後は沼津の実家とは連絡を取らず、様々なアルバイトで食いつないでいたものの、ついに手元不如意となり、野宿で気を失っていたところを寺の住職である岩代に助けられ、当面は寺に置いてもらうことになった。岩代は、事情があって言葉に問題のある幼児・斑鳩(いかる)と共に生活、子供嫌いの浹にはなかなか懐かない。岩代と共に、バイトとしてビル建築工事の現場に出ていた浹が無断でクライミング練習をしていたところ、発注もとの不動産会社社長の國生環に見つかり、所属していた孫請け会社ごと馘にされてしまう。これは環の兄で会社の実権を握る会長・肇による差し金だった。肇は、皇居内にある徳川家光が愛でたという盆栽「三代(確認)将軍」を、一億円の報酬で盗み出すことを浹に提案する。

設定がどうとか、登場人物がどうとかというリアルよりも、奇抜な発想とテンポの活きの良さに拍手。
 乱歩賞という権威が問題だったのか。ちょっと軽く読めてしまう作品であることは否めない。が、まるっきり否定されてしまうような作品ではない。
 確かにストーリーの根幹はシンプルだ。ロッククライマーが、いろいろな事情を抱えた結果、その肉体的特長と特技を活かして、盗みを働くというもの。その盗みが、皇居から盆栽を盗み出すという、ある意味では無理系の場所、脱力系の対象というところがユニーク。背景となる事情については多少作りすぎている印象があるとはいえ、こういった部分をのみ捉えて、マンガ的といった形容詞を理由にオミットするのはゼロ年代以降はもう無いのかと思っていたのだが、そうされる可能性もまだあるのか。
 とはいえ、乱歩賞は受賞できているので、先述の問題は今回は働いていない。なにしろまずリアルではないという形容詞はあたらない。 ロッククライマーだって、皇居だって、盆栽だって、体重が増えすぎて動けない人だって、欲望の塊のような人物だって、個々の要素を為す人びとの性格やバックグラウンドは、多少特殊かもしれないにしても 、現実にいても/あってもおかしくないものばかり。その組み合わせによって意外性を演出し、組み合わせることで加速してゆく物語をきっちり捉えているのが作者の強みであろう。
 前半と後半のテンポが異なるなど(他にもあるが)、小説家として未熟であるゆえに行き届いていない配慮は確かにまだ残っている。後半のエピソードが終盤にいけばいくほど尻すぼみになっているし。幾人かの魅力的な登場人物の運命についても尻切れトンボにみえる。ただ、それもあくまで少し残念、というレベルであり、決定的な瑕疵ではない。
 このレベルで物語を紡げるのであれば、十分作家として認められるということになるか。本作を読んで懸念されるのは、勢いだけで物語が出来てしまっているようにもみえること。多少ロッククライミングについては詳しい説明があるものの、トリックもサスペンスもめちゃくちゃにヒネリがある訳ではなく、むしろ奇抜な設定で押し通し、そのまま押し切ったという迫力が強く作品なのだ。今後、二作目、三作目と来たときに、勢いだけではないプラスαがまた要求されるかもしれない。

 文章に癖もなく、読んでいてするすると頭に入ってくる。その意味では描写力も適切。もちろん先に述べている通り、構成力がとにかく凄いので、本書そのものは、シンプルに誰が読んでも軽快なエンターテインメントとして楽しめる作品かと思う。ただ、一方で基本的に良い話のうえ、途中で悪が自滅して滅びてしまうため、ざらっと残る感触は無い。軽快路線も悪くないのだが、もう一段別のかたちでのインパクトがあれば更に良いのに、と感じた。


11/07/01
桜庭一樹「ばらばら死体の夜」(集英社'11)

 桜庭一樹さんによる長編作品。『小説すばる』2010年10月号から2011年3月号にかけて連載された作品を単行本化したもの。ちなみに帯に「桜庭一樹の最新&最高傑作!」とあったのだが、最新は当時最新であることは間違いないものの、最高傑作であるということはいったい誰が決めているのだろう?

  神保町にある古書店「泪亭」の二階にある不便で古くて安い下宿に住み着いている白井沙漠。年の頃は二十台後半か、乱杭歯が玉に瑕だが、整った顔立ちと大きくて形の良い胸を持つ、崩れた感じながら奇妙な美しさをまとった女性だ。普段は近所のラーメン屋で時給850円のバイトをし、住み着いて一年ほどになる今は店主・佐藤の代わりに古本屋の店番をしたりしている。生活は基本的にだらしなく、一般常識もあまり無いうえお金に対する執着は強い。その沙漠の前に、かつてこの下宿で苦学生として暮らしていた、翻訳家兼大学講師の吉野解が現れた。四十代の彼は、現在は資産家の娘である妻と結婚し一人娘もいる身ではあったが、彼女に惹かれてゆき、何度も身体を重ね合うようになってしまう。ブランド品を身につけた解に対し、彼女は二人の行為をビデオ撮影し、三百万円貸して欲しいという。しかし解自身は、自分自身で稼ぐ金は僅かで、自由になる金をほとんど持っていなかったうえに彼自身も借金を抱える身であった。解の妻や、共通の学生時代の友人たちがからみ、ゼロ年代の後半、消費者金融の落日時期と重なって発生する殺人事件……。

弱い男を吸い寄せる、自覚のない毒花。そこに現代小市民経済情勢が二重写しに
 何とも形容しがたいサスペンスである。近年の桜庭節とでもいえばいいのか、ベースになっているのは、ろくでなしのだらしない人間たちが、爛れた人間関係を織りなすというもの。惚れたはれたに明確な基準もないことも当然として、桜庭一樹の描く男像、女像というのは普通の意味での美男美女ではないから、かえって現実的にみえてしまうのかもしれない。かといって不細工ということではなく、やっぱり崩れた美しさが男からも女からも感じられる、というのが正しい表現のように思う。
 ふとしたきっかけから借金地獄に落ち込んで逃げている白井沙漠にせよ、高学歴ながら低収入に喘ぎ、過去の貧乏コンプレックスから抜け出せない吉野解にせよ、ほんっとダメ人間このダメ人間同士がダメな人間関係から精神的に肉体的に依存し合い傷つけ合うのが桜庭ベース。 本書の場合は、そんな人間関係に加えてマザコンだとか、お金の問題だとかが絡まっているのが特徴だ。
 特に頻繁に登場するのが消費者金融の問題で、ちょうど改正貸金業法が施行される直前くらいの時期、業者も大変な一方、年収以上の借金を抱えた人間も頭を抱えるという節目の世相がうまく物語に取り込まれている。現実にはあまり社会問題化はしなかったように思うが、この時期に己の借金を見直すことで人生を変えた人も多いのではないか。
 とはいえ、借金に関してはとってつけたようなところもかいま見え、例えばヒロインの沙漠は別に借金という要素が無くともダメな人間だし、吉野解にしても奨学金の借金は実際あったにせよ、無くても物語は成り立つ。(妻の実家が仕送りを絞れば一発だ)。双方に感情移入できないまま、沙漠はお金を、解はママの偶像を夢見てラスト近くのカタストロフィに流れ込む様は、サプライズよりも虚しさが先に立つ。 他にもいろいろ隠喩とか暗喩とかありそうだけれども、全部が完璧に構成されているのではなく、意図が先走ってしまうせいか、微妙な半可さがあったりするのはご愛敬か。(もちろん読者であるこちらが全て読み取っているものでもないのだけれど)。

 冒頭で題名通りのばらばら殺人事件の犯人からの描写があり、実際殺人事件の起きる話ではあるのだが内容としてはサスペンス以上に、テーマ性を内包した文学作品のように感じられた。すらすらと読めるのではあるが、エンターテインメントとして流し読みするのは不適ではなかろうか。強いていうならば、いろいろなざらりとした人間感情を受け止めながら読む長編である。