MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE 国産ミステリ・レビュー
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


12/02/10
飴村 行「粘膜戦士」(角川ホラー文庫'12)

 第15回日本ホラー小説大賞長編賞を受賞して飴村行のデビュー作品となった『粘膜人間』、日本推理作家協会賞長編賞を受賞して一気にその名を高めた『粘膜蜥蜴』、更に三冊目の『粘膜兄弟』に続く、粘膜シリーズ四冊目にして初の短編集。五編の短編のうち四編は二〇一〇年七月号など『野生時代』に発表されたもので、最後の『凱旋』のみ書き下ろし。

 ナムール国駐留中の陸軍軍曹・丸森清は、命令により師団司令部の金光大佐の部屋を一人で訪れた。大佐は何故か肌つやが異常に良く、これまでの当番兵が直腸炎になったという理由で、丸森を厚遇の当番兵に取り立てるという。丸森は感激するのだが、その代わりに差し出すよう求められたものは……。 『鉄血』
 戦場で奇跡的な回復力をみせたことから七階級特進して少尉となった戸田繁之。日本で兄の繁之を待っていた俊夫の前に現れたのは、半分が機械の身体となり「機動斥候兵−三型改」だった。 『肉弾』
 陸軍士官学校のドイツ語教師である父親と、恐ろしく怖い婆やに育てられた昭少年。母は二歳の頃に病死しており、祖父と祖母と父親の四人ぐらし。そんな昭は家のなかで不思議な声を聞き、その正体を確かめようとするのだが。 『石榴』
 陸軍でも拷問のスペシャリストである憲兵隊の松本少佐。司令部に入りこんだ若者と老人を部下の清水少尉と共に尋問を行うのだ。若者が怪しいと思われたが、松本の勘は別の事実を指し示していた。『極光』
『鉄血』の結果、ナムールのジャングルを逃走していた丸森清。逃避行の疲労と空腹のなか、爬虫人の雌の死体を発見した。 『凱旋』 以上五編。

粘膜世界のリンクを果たす一方、人間の根源的感情を直接揺さぶってくる衝撃作品集
 粘膜シリーズ共通して登場するナムール国、更にその地域に生息するという爬虫人といったおなじみのガジェットに加え、ベカやんやヘモやん、さらに拷問コンビなど、これまでの『人間』『兄弟』に登場してきた個性豊かな登場人物が再登場、というか作品の要所に彩りとして登場している。登場した時のぶっ飛びっぷりも印象的だったが、短編でちらりと登場するだけにもかかわらず、それぞれ皆が皆、相変わらずの変態っぷりもを晒す。だが、そのある意味で首尾一貫している変態性が、正直半端なく凄いと思う。
 過去とのリンクが強い、その意味ではシリーズ三冊を読んだ後の方がより楽しめる(?)かたちではあるが、本書のみでも「粘膜」シリーズ独特の変さは味わえるので、それでも構わない。たぶん冒頭の『鉄血』の、部下と上司の鉄の信頼関係を踏まえたやり取りと顛末に、この世界の「変さ」の全てが集約されているから。
 基本的にホラー小説大賞出身であるし、そもそも刊行レーベルが角ホラであるのだけれど、ここまでくると悪趣味ではあっても恐怖はない。むしろ、その悪趣味やナンセンスを通じて露出させられる剥き出しの人間の本能や欲望は、下手すると純文学作品どころではない生々しさに満ちている。 さりげなくこういったテーマ性を維持していることが、単なる空想エログロ小説に留まらず、どこかもう一段上のステージにあるように思わせるのに役立っているように思う。作者自身にそこまでの計算は無いようにも思えるし。
 例えば『肉弾』の最後、兄の英雄的行動に救われた筈の弟が兄の爆発音を待ち望む場面。おかしさと恐怖とが入り交じったこの焦慮状況のインパクトは凄まじい。兄に死んでほしくないだけど僕たちを護ってくれてありがとう、という複雑な思いが、身内であるのに「早く死ね」という感情へ変化する過程がまざまざと見せつけられる。怖いっすよ。結構。

 一部繋がりがある五編。ナムール国や(この世界で)戦争中の日本であるとか、シチュエーションの作り方が巧い。思わぬ登場人物との再会もユニークであるし、この独特の世界観・発想はなかなか余人が簡単に真似できるものでもないだろう。これからも「オンリーワン」の世界を築き上げていって欲しいもの。


12/02/09
蒼井上鷹「4ページミステリー」(双葉文庫'10)

 『小説推理』二〇〇五年九月号から二〇一一年一月号にかけて連載された2000字ミステリー(原稿用紙5枚、ページにして4ページ)を60本まとめ、いきなり文庫本として刊行したのが本作。但し、全作が初収録ではなく『九杯目には早すぎる』ほか、これまでも双葉社から出ている単行本からの再録作品がる模様。であったとしても、個人の書いたショートショートだけで一冊まとめた点は評価すべきだろう。

 美人ミステリ作家・葵のストーカー撃退用に三谷が連れてきたのは、芸能プロダクションに所属する葵そっくりの女性。その替え玉の彼女を連れてパーティに出ることでストーカーに一泡吹かせると三谷はいうのだが。 『最後のメッセージ』
 「変な人につけられている」と友人に携帯で電話している彼女。とある設定で電話した結果、後ろを歩いていた男はどこかに行ってしまった。電話を終えた後もそれっぽく電話しながら彼女は帰ることにするが。 『ロック・オン』
 向かいのマンションで事件が発生し、警察を名乗る人物がマンションに訪ねてきた。私はある理由から目撃した内容を隠し通そうと決意していたのだが……。 『まちぶせ』
 オンナ遊びが過ぎて愛情のもつれの結果、一人の女性から指された五十才の男。死の間際になってとったある行動、そしてその目的はいったい何だったのか。 『あなたの笑顔が好き』 他、『2009年6月のある日』『PK戦』『疫病神の帰宅』『深夜の客』『被害者は意識不明』『耳に残るあのメロディ』『冷たい水が背筋に』『アレアレ』『キレイでなくてもいいから』『オレンジの種二つ』……と全部で六十のショートショート。

玉もあれば石もある。内容は玉石混淆も、このボリュームは玉。ショートショート・ミステリ集成
 4ページ、しかもミステリーと銘打っていることもあって、長いこと連載するというにあたって、いろいろ大変だったんだろうなと推察される。どうしても一人の人間の発想すること、ある程度限界とパターンが出来てしまうと思うのだ。ただ、この点については頑張っている。男、女、老人、若者、金持ち、貧乏人、犯罪者、被害者……etc、登場人物のバリエーションはいろいろと豊かであるし、その設定されているシチュエーションもそれぞれ工夫がある。いきなり警察の取り調べを受けたり、不気味な状況からスタートしたり。よく頑張っていると思う。
 ただ流石に、シチュエーションにはいろいろと変化がつけられてもどうしても「ミステリとしての構造」が似てくる作品がかなり見られる。 叙述トリック、錯覚トリック。ある人物に対する殺意を燃やしていたら、逆に意外なところで殺意を燃やされていて先に殺されちゃうだとか、善意のつもりでアドバイスをしていたら犯罪や自殺の幇助になってしまったりだとか。読み進めていくうちに、構造が似ている作品にぶつかってしまうのはある意味仕方ない。
 また、広義のミステリである奇妙な味わいの作品や、ホラーっぽい作品が後半に進むにつれ増えてきている印象。ブラックな味わいが多いのは、この作者の特徴でもあるので、むしろ美点だと思うので吉。とはいえ、どこか似ているといっても、微妙な処理を違えるだけで印象が異なって面白く感じるところもあるし、むしろ、その短さを逆手に取るような奇手もある。ただ、こういった「キレ」は、短編集のなかで、更にそのなかでも「よりぬき」で作品が選ばれて(ボリューム調整のためだったかもしれないながら)いたからこそ、短いページによる破壊力に繋がっていたのかもしれない。
 あくまで4ページ。短編ですらない短さに人間の細かな心情までは描けないし、物理トリックを作っても細かく説明はできない。最後は、ラストのキレがポイントになるのだろうけれど、そのキレが全部が全部鋭いかというと、残念ながらそうでもないのだ。もちろん全部鋭いのが理想で、オチがキレていないからといって批判はできないが、どこか生暖かい終わり方をしている作品が多いように思える(厳密に数えた訳ではないけれど)。

 実用的なことを考えると、表紙絵にある通り、電車の待ち時間、移動時間のちょっとした隙間に、4ページずつ読む、というのが正しい読み方で、一気にがががががっと読むからこういったところに引っかかりが出てきてしまうのかもしれない。読む間隔があいていれば、ば多少オチが似ていたり先が読めたりしたとしても、いちいち気にならずに読めそうな気がする。


12/02/08
相沢沙呼「ロートケプシェン、こっちにおいで」(東京創元社'11)

 第19回鮎川哲也賞を受賞した作者のデビュー作品『午前零時のサンドリヨン』に続く、女子高生マジシャン・酉乃初(とりの・はつ)が探偵役を務めるシリーズ二作目。うち、後半の一エピソードについては創元推理文庫刊行のアンソロジー『放課後探偵団』のなかで「恋のおまじないのチンク・ア・チンク」として先に発表されていた。

 酉乃さんと甘酸っぱい一時を過ごしたはずのクリスマス。しかし僕ことぽっちーこと須川は酉乃さんの連絡先を聞き忘れたまま冬休みに突入してしまい悶悶とした日々を過ごしていた。そんななか友人の織田さんからカラオケに誘われる。メンバーは香坂先輩と白山先輩、そして織田さん。上機嫌で歌を歌っていた織田さんだったが、食事の後に突然泣き出して店を飛び出していってしまう。ほんの僅かなあいだに彼女に何があったのか、僕はその理由を知りたくて『サンドリヨン』に行って酉乃の力を借りることにした。 『アウトオブサイドじゃ伝わらない』
 その後もイベントは目白押し。須川くんが友人から預かった大切な、そして女性に見つかると非常にマズイ”何か”が入った封筒が女生徒の手に、さらに中身がいつの間にか入れ替わっていたという謎。 『ひとりよがりのデリュージョン』
 バレンタインデーの日、生徒不在の教室で、何者かによって仕舞い込まれていた筈のクラス中のチョコレートが先生の机に集められていた。 『恋のおまじないチンク・ア・チンク』ほか、『スペルバウンドに気をつけて』『ひびくリンキング・リンク』 連作要素含む五編。

ゆっくりゆっくり進む密度の濃い日常系ミステリ──ということで良いのでは。
 元もと短編ミステリとして発表された個々の作品に付け加えるかたちで、別に「Red back」と題された、いじめに悩む女の子のストーリーを絡めてつないで、一冊を長編という扱いにしている。個の作品であっても、須川と酉乃さんの関係がじわーーーっとゆっくり進んでゆく様でも読ませるので、無理くりに連作長編にしなくても、という印象が強かった。というのも、この「Red back」、高校生のイジメや無視といった内容やテーマが、かたやほのぼの恋愛譚に比して相当にシリアスであることに加え、ミステリとして、そちらでも同時に大きなサプライズを読者に与えようとしているがため、どこかアンバランスになっているように感じられた。つまり、ミステリとしても物語としても綺麗な円環として閉じられていない。もちろん、辻褄自体は合っているので崩れている訳ではないのだけれども、どこか無理しているようで、全体的に窮屈になっているという印象自体は払拭できていない。
 その一方で「日常の謎」系統の本格ミステリ短編集としては上々の出来。 なぜ彼女は突然にファストフード店から飛び出してしまったのか。バレンタインのチョコが一個所に集められていたのは何故か。仕掛けられたトリックというよりも、特殊な心理状態からくる行動が不可思議な状況を生み出しているもの。 種明かしされてみれば、それぞれがほのぼのと、そして淡い彩りによって包まれているところが微笑ましい。一連の行動のなかで奇妙なところがピックアップされるとミステリになる、というのは、相沢氏得意のマジックとも通じているのかもしれない。

 鮎川哲也賞という、ミステリ新人賞のなかでも特に本格に特化している賞デビューながら、軽めタッチでの高校生恋愛模様の評価が高い相沢氏。ライトノベルと較べる向きもあるようだけれども男子高校生の感情の動きが多少ヘタレというか、繊細に過ぎる感じがあるものの、基本的には普通の恋愛小説だと思う。(もう少し関係を進めてやってくれ、とは思うが)。一方で、ミステリとしてはとにかく、青春のダークサイドについても(今回の作品でいうとイジメとイジメられの関係)、具体的な描写を伴って非常にリアルに描き出していることも覚えておきたい。二作続けてこういった複雑な感情も描けるというのは凄いこと。恋愛方面に戻るとまあ、主人公が自分の気持ちばっかりで相手の気持ち考えてないよなぁ、とか中盤で思ったらしっかりとそれがまたネタにされていたり。面白いです。


12/02/07
牧野 修「死んだ女は歩かない3──命短し行為せよ乙女──」(幻狼ファンタジアノベルス'11)

 牧野修さんによる「強い女」シリーズの三冊目にして最終刊。『死んだ女は歩かない』『死んだ女は歩かない2 あくまで乙女』の続刊。以前にも書いたが人気があればもっとシリーズが続いたようなのだが残念。ただ、伏線など全て回収されており、これはこれできっちり三部作のラストを締めている。

 先の事件の結果、疫病監視機構の千屍文書所長のシンは更迭され「元シン所長」の芸名で、下っ端芸人としての生活が強要されていた。そのシンに代わって所長に赴任したのは、ブラックダリアレコードの社長で日本国全体の黒幕といって良い存在であるマダム・スカムの腹心でもある橘尋(タチバナ・ヒロ)。その彼女の強引なやり方に特務部隊長の乾月やその部下の無苦は苦々しい顔をするが、輝十字の様子が微妙におかしい。結局、新しい所長とそりが合わず、乾月は、友人で警部部部長の種車子の制止もきかず、職を辞することを決めてしまう。一方、千屍区分所の医局長を十代ながら勤め上げている天才医学博士・蟻塚勤は、MW変異体感染症の完全な治療薬を発明したかどで本部へ栄転となった。しかし当然連れてゆくはずのゾンビ、デージー・スージーと別れさせられたり、研究に使用した資料が不自然に紛失したりとどうも様子がおかしい。さらに、テレポーターの庚、ムザーヌとザンニーナの残酷姉妹ら、特殊能力を持つ水没民たちが、マダム・スカムに対する反旗を翻し始めていた。

最終回に相応しい回収回。生き残りの敵も味方も入り交じってめちゃ格好いい!
 牧野作品はキレが身上ということになるのか、だらだらとシリーズ作品が続くことを潔しとしない。(というと格好いいのだけれども、最初から三冊と決まっていたっぽいのは実に残念だなあ)。
 改めて振り返ってみると、超能力が女性にだけ発現する世界が、SF的に説明されている点がやはり巧い。MW変異体、ブラックダリアレコード、千屍地区分所といった設定一つ一つに独自性があり、様々な女性たちが無茶苦茶な超能力を使うというバリエーションを許すだけの設定が背景にきっちり出来ているところが心強い。その意味では三冊読み続けたが、世界観のうえからの違和感が全く無かった。
 さて、そんな世界観のなか、アウトローとして生きる多数の「強い」女性と、幾人かの男の子たちが、強烈な敵と戦い続けるというのが、ざっくりとしたこのシリーズの特徴になるだろう。個々の強い女性たちの個性も魅力も当然あるのだけれど、特に三冊目の本書において強調されているのは、その異能vs異能の凄まじい戦闘場面にあるように思う。自分が負った傷を他人に飛ばせる無苦、腹の中に宇宙を持ち剣を取り出す乾月。特殊な音程を発音することで破壊活動を行える輝十字。彼女たちだけではなく、様々な能力者たちがぶつかり合う。特殊能力同士の戦いであるがゆえ、押し込み合いこそあれど、いわゆる尋常な力比べは行われず、意外性のある攻撃方法で相手の弱点を制した者が勝つというアイデアの戦いになっている。このあたりの工夫を気にとめながら読むのも乙だ。
 そしてもう一つ、気に入っているところ。梗概に書けていなかったところでのカンニバル・カービーなど、これまで登場してきて、この段階で生きている登場人物を総ざらえして再登場させているところ。そしてそれぞれが見せ場を与えられている。やるなあ。

 「強いオンナ」が「強く戦う」というシンプルな命題を三冊全体できっちりこなしている牧野△。登場人物も魅力的で(ここに至ると元シン所長ですら、どこか格好いい)、超能力自体もいわゆる典型的なタイプに対し変化をつけてあるところもユニーク。SFホラーアクションとして佳作以上でしょう。 手に入るうちにきっちり買っておかないと後でめちゃくちゃ後悔する可能性がありますよ。


12/02/06
黒田研二「さよならファントム」(講談社ノベルス'11)

 近年ではコミック『逆転裁判』の原作や、『真かまいたちの夜』のシナリオなど、メフィスト賞出身ながら小説以外の分野でも活躍の目立つ黒田研二氏。本書は他メディアとは関係のないミステリ長編。書き下ろし。

 楽器店で働くシングルマザーの母親の子供ながら、天才ピアニストとして頭角を現していった新庄篤。音大時代の同級生だったカオルと結婚、長じて日本のコンクールで優勝するなど実績を重ねてきたが、三ヶ月前に妻が運転していた車で交通事故に遭ったことから、長期間にわたって自宅で寝たきりの生活を余儀なくされていた。海外のコンクールに出場する予定だった篤は、内心焦っており、更に事故から回復している途中、熊のぬいぐるみ・クーニャという悪魔じみた存在が、常に彼の側に現れていた。クーニャの言動は常に皮肉じみていたが、彼以外には誰もこのぬいぐるみが見えていないようだ。ようやくベッドから起き上がった篤が目にしたのは、妻のカオルの浮気場面だった。かっとした篤は妻の言い訳も聞かず、彼女の首を絞めて殺害してしまう。サイフも持たずパジャマのまま家を飛び出した篤は、その道すがら、ココロと名乗る謎の美少女と遭遇、ココロはココロで何者かに命を狙われているのだという。篤自身は、母親の墓の側で自らの命を絶つことを決めていたが、行きがかり上、ココロのことは助けようと考えた。そんな二人の謎めいた逃避行が開始された――。

多少の無理は承知のうえ。真相が明らかになってからの「反転した世界」が実に美しい
 くろけんさんがピアニスト主人公の作品? というのが実は個人的には最初の違和感だったのだが、それが笑い話だけに終わらずに、ミステリとして、物語として必要だったからそうなっている、つまりきっちり回収されている作品である、と最初に述べておく。
 実は、一人称の語り手でもある主人公にまつわる様々な要素が、序盤から違和感というか、普通ではない感触がつきまとっている。 くだけた物言いで主人公と対等にしゃべる熊のぬいぐるみ・クーニャ。主人公以外には見えないこのぬいぐるみが自分だけ見えるという段階で、精神的に危ない状態だ。その彼が、病気明け、芸術家ということもあってか、ひどく介護してくれている家内に対して攻撃的だし、猜疑心や思いこみも強い。加えて、妻の殺害後の行動も、パジャマのまま外に飛び出してうろうろしたり、無軌道っぷりが目立つ。こういった描写の結果浮かび上がるのは、世間知らずでエキセントリックな主人公の性格で、作者として読者が簡単に感情移入が出来ないように設定しているようにすらみえる。
 一方で、そんな彼にすり寄ってくる美少女・ココロ。こんな変人、まともに相手にするなよー、と思っていたら、どうやら彼女自身が何者かに狙われているようだ。こんな二人がタッグを組んで逃避行という行動パターンだけではなく、ここに至る過程で何か不自然さがある……。
 そういった何か不自然な展開を続けておきながらミステリとして巧いところは、「何が不自然なのか」がなかなか分かりにくい不自然さであること。 普通に考えたらこの行動は不自然だろうこれは、というところまでは誰でも分かる。その反面、主人公のどこがおかしいのかピンポイントで示せない。狂気には狂気の理由があり、その理由を意外な角度から示すことでユニークな本格ミステリに仕上げている作品なのだ。これ以上本質に触れることは書けないので、あとは本書で確認頂くしかないのだが。

 読んでゆくと、最後の最後に「ファントム」という言葉が題名に付けられた意味がわかる。(やるなあ)あと、主人公にとってのクーニャの存在意義の位置付けも巧かった。なるほど、逃避行の相棒であるココロ以前にもう一人、篤には必要だったわけだ。ある意味一発ネタなれど、その一発が強力でかつ類似はあれど、同一前例はないタイプのトリックであり、そのトリックを活かすための周到な物語作りと合わせ、評価に値する本格ミステリとなっていると思う。


12/02/05
鮎川哲也「この謎が解けるか? 鮎川哲也からの挑戦状!1」(出版芸術社'12)

 芦辺拓・山前譲編。
昭和三十年代、生放送中心だった頃のNHKが放送した謎解きドラマ『私だけが知っている』。渡辺剣次がかかわったこのドラマの原作については、当時の一流どころの推理小説作家が多く協力した。その成果の一部は光文社文庫『私だけが知っている』(第一集。第二集、第二集が手に入りにくい)にまとめられているが、録画自体が残っておらず、幻となっている作品も多い。

 山奥にあるヒュッテに集まった男女五人の客とその主人。どうやら中に一人銀行強盗がいる。そして翌朝女性が一人矢が刺さった状態で死んでいるのが見つかる。 『白樺荘事件』
 山荘に宿泊した客が五人。そのうち一人が山荘の女主人の拳銃によって殺害された。しかし、関係者全員にアリバイがあるのだという……。 『遺品』
 金融業者が殺された。その晩、三人の男女がそれぞれ借金について続けて彼と会っていたというのだが、やはり最後に高利貸しと会ったと主張するキャバレー勤めの女性の嫌疑が濃厚なのだが……。 『俄か芝居』
 裕福な細菌学者が殺された。助手の女性と研究に打ち込み、若い妻を顧みない男だった。その死体の顔面には白い灰が大量にふりかけられていた……。 『悪魔の灰』
名古屋の墓地で一人の男が殺害される。同期の依頼もあって鬼貫が容疑者ののアリバイ確認に動く。しかし彼らは、推定殺害時刻には東京や静岡にいて現場にたどり着けないと主張する。 『アリバイ』
 芸能人が多く宿泊する山のホテル。滞在中の女優を強請っていた雑誌記者が殺害される事件が発生した。死体は庭で発見されたがどうやら現場は彼の部屋らしく、運び出された形跡があった。 『茜荘事件』
 劇団オメガ座の一行が海の寮に泊まっていた。なかでの様々な恋愛模様があり、濃い霧のなか弓矢で射られて女優が一人殺された。関係者にアリバイは無く、手がかりは少ない……。『弓矢荘事件』 以上七編。+夏樹静子さんへの「私だけが知っている」に関するインタビュー。

鮎川哲也の足跡を少しでも多く残す――企図が素晴らしく、それだけでも良いのにそれ以上。
 今回の作品集では、鮎川哲也本人がシナリオを作成した数多くの作品のなかから、他の作品集などに収録されたことのない「未刊行作品」に絞って七点が収録されている。 これだけ著名で、未だ本格ミステリ愛好家に信者の多い巨匠の、未刊行ですよ。加えて未刊行なのに鬼貫とか丹那とかシリーズ探偵の名前があるんですよ! それだけで分かる人は分かるし、マニアによっては複数冊買い込む人がいてもおかしくないレベルじゃないですか。2012年にもなってまだこんなお宝が残っているとは、放送業界は奥が深い。(厳密には、いくつかの作品は短編に改稿されたりはしているけどね)。
 ……と興奮気味になってしまった。
 さすがにシナリオ形式であり、必然的に改行も多いので、本の厚みに対する活字ボリュームとしてはコストパフォーマンス的にマニア以外は喜べない内容かもしれない……と漠然とした危惧もあったのだがさにあらん。
 活字以前に、本来のメディアである映像で製作されていたとしても、確かに一部は絶対に解けないような作品(よりによって鬼貫ものの『アリバイ』がそう)もあるのだが、一方でシンプルな構成のなかにも「巧さ」が主張されている作品も多く、その手抜きのない姿勢に驚かされる。 実際、そちらの作品は文章量以上に読み応えのある内容になっているといえる。もちろんシナリオから起こしていることもあって文章だけだと表現が足りない部分もあるのだが、そこはわざわざイラストを新規に誂えらえて、本の読者に対してアンフェアにならないよう配慮されているところも嬉しい(これは、編者である山前氏、芦辺氏の功績だが)。
 それらイラストのちょっとレトロっぽい雰囲気も含め、一昔前の推理クイズ風で懐かしくもあった。さらに、そのイラストが素直に描かれておらず、ヒントであるのに一方でミスリーディングになっているなど心憎い演出もある。
 また、全体がシンプルであるがために、問題編が終わったあとで読む手を止めて(思い浮かぶ浮かばないは別にしても)答えについて一編一編真剣に考えてしまうのだ。少なくともワタシはそうしてしまった。問題編といいながら、法月作品あたりになると手も足も出ない、古野まほろ作品になると、挑戦する気にすらならないワタシでも、だ。
 一般視聴者が録画なぞ出来ないという時代だったからこそかもしれないが、ある意味ぬけぬけと証拠が目の前に提示されている。ちょっと怪しいとか思いつつ、場合により全く気付かずあとで、「ああ、やられた、巧いなあ」と感心できるバランスの良さがある印象だ。証拠であることが明らかな要素の裏、場合によっては裏の裏を考えさせる論理と、それを納得させられるだけの展開がうまく組み合わされていると感じた。

 そういう意味では実に素直な(?)本格ミステリであり、その基本であるという風にも受け取れる。マニア以外の方には前述通りコストパフォーマンスは多少問題あるかもしれないが、何らかのかたちででも是非読んでみて頂きたいと思うユニークな作品集である。


12/02/04
逢空万太「這いよれ! ニャル子さん」(GA文庫'09)

 以前からクトゥルーをテーマにしたライトノベルがあると噂では聞いており、長らく興味があったのをようやく読むことが出来た(と、そう大げさなもんではないが)。まあ、今春テレビアニメになるという情報を聞かなければ、題名を特定出来なかったという情弱な自分が悲しいが。
 逢空万太(あいそら・まんた)氏は北海道札幌市在住のライトノベル作家。第1回GA文庫大賞奨励賞を受賞した『夢見るままに待ちいたり』を本題に改題し、2009年4月に刊行、現在は八巻まで刊行されている。

 ごく普通の日本人の男子高校生・八坂真尋は、コンビニからの帰り道、夜道でいきなり謎の怪物に襲われ、逃げ出した。しかし走っているうちに自宅近辺から全く知らない空間に紛れ込んでしまい、行き止まりにて遂に真っ黒で巨大な怪物に追いつかれ絶体絶命のピンチに! 誰に向かうともなく助けを求めた真尋に「はーい」と緊張感のない軽やかな返事がどこからから聞こえ、怪物は腹の中から爆発するように四散した。それを行ったのは、真尋と年齢のほとんどと変わらないような少女姿の生物。「こんばんは、いつもニコニコあなたの隣に這い寄る混沌、ニャルラトホテプです」と自己紹介した彼女に真尋は自宅まで送ってもらう。が、彼女はそのまま真尋宅に上がり込み、スナックを食べ散らかしテレビを見始めた。真尋がフォークを突き刺して話を聞き出したところ、彼女は惑星保護機構に所属する宇宙人・ニャルラトホテプ。宇宙の犯罪機構が企てる人身売買で真尋が狙われているので、上司の指示により彼の護衛に来たのだという。しばらく真尋のことを付きっきりで護衛するというのだが、どうやら真尋は彼女の好みのタイプのようで……。

この世にラブコメは数あれど、ラブ(クラフト)コメディとはこれいかに。面白すぎる
 ラブコメ系ラノベにいろいろなパターンがあることが最近の読書にてようやく判ったきたのだが、クールで女性にあまり興味を持たない男性に対して、空気を読まない個性ユニークな女の子が熱心にアプローチをする、その掛け合いが漫才じみているという組み合わせも、そのパターンのなかにあるようだ。(どうでも良いけれど、圧倒的にラノベ主人公にはモテの自覚がないことも、判ってきた)。
 さて、本書の主人公・八坂真尋に対するニャルラトホテプ、つまりニャル子のアプローチもまたそれ。どうやら真尋は地球人、日本人としては平均的人物であるのに、なぜか宇宙人には美少年として大人気。ニャル子は真尋に一目惚れし、なんとかして好意を得ようと空回りする。見た目美少女中身邪神ということを忘れない真尋にスルーされたり、つっこまれたりするニャル子の言動が、そもそも基本的に面白い。(これはラノベ経験値の問題=他愛のないネタでもスレていない分、読者として素直に面白がれるという可能性はあるけれど)本書の場合、そこに加えて強烈な付加エッセンスとしてクトゥルー用語が絡むことが多く、その度ごとに脳細胞が刺激され、破壊されるようなどきどき気分を味わった。

 こんなの。

 「ごは」「私を呼ぶ声がするッ!」「ん」
 「□肉□食」「(こたえ)人□屍□」
 「これ、副作用とかは」「SAN値が下がります」
 「周辺のダゴン君及びハイドラちゃんが一斉に速度を上げていった」
 「あれ、あそこにいるのヨグソトス先生じゃないですか? ほら、小学校時代の恩師の」
 「そんな記事がいつだかの週刊旧支配者に掲載されてました」


 加えてルルイエランドのマスコットキャラクター『インスマウス』のくだりなんかも異様におかしい。 マウスが同じだけなのだけれども。株式会社クトゥルーがなんとかマウスの版権にうるさいって、そっちのネタですか。

 コメディ系のライトノベルとして(一冊で断言するのは問題あるにせよ)、なんか凄く面白く読めてしまった。SFとして面白いというものではなく、やっぱり改めて考えるに、やっぱりラブコメめいた物語と、絶対相性が合わないはずのクトゥルーというスパイスの利かせ方が絶妙で、これで料理が膨らんでいる。フォークでざくざくニャル子を突き刺せる真尋君であるとか、それでもめげずにラブを貫き通すニャル子であるとか、これが一般的主人公と美少女ヒロインだったら、単なるヤンデレストーリー。ついでにいえば、終盤の戦闘場面が平成仮面ライダーが下敷きになっているところも個人的相性が良い理由になる。

 クトゥルーを知らずともそれなりに面白く、多少なりともクトゥルー知識として持っている読者ならば笑い転げること請け合い。一方で真面目に邪神のことを考える人たちにとっては腹立たしく思われるかもしれないでしょうが、それはまあ一過性エンタメ、個人の判断ということで。


12/02/03
中山七里「贖罪の奏鳴曲(ソナタ)」(講談社'11)

 『さよならドビュッシー』で第8回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞、その後もコンスタントに作品を発表する中山七里氏。本書は書き下ろし長編作品。埼玉県警のメンバーが『連続殺人鬼カエル男』と繋がっているか。

 弁護士・御子柴は大雨の中、ブルーシートに包まれた遺体を埼玉県の某所から川に投じた……。遺体は海には至らず、河川敷で身元不明の遺体となって発見された。埼玉県警の刑事・渡瀬と古手川は、遺体から服が脱がされていたにもかかわらず、顔を潰されていないことを不審に思う。事実、被害者は取材した内容を元に恐喝を働いていた怖れのある札付きの悪徳記者。捜査線上には、彼がターゲットとしていたと思しき、製材所社長を被害者とした妻による保険金殺人事件が浮かび上がる。身体に重大な麻痺を持つ息子が働く製材所の社長が、積み荷のワイヤが切れた材木の下敷きになって重傷。その生命維持装置が切れたことで社長は死亡するが、そのスイッチに妻の指紋があり、また3億円もの巨額の生命保険金が掛けられ、妻と子供が受取人になっていた事実が判明した。妻は情状酌量を狙ったり無罪を主張したりした結果、無期懲役の判決が下される。この事件の弁護を引き受けていたのが弁護士の御子柴。しかし御子柴は暴力団員など、脛に傷を持つ人物の弁護を高額で引き受け、巧みな弁護により執行猶予を獲得することで、その筋では悪徳弁護士としても知られていた。事実、彼は少年時に大きな犯罪を犯して少年刑務所に入所していた経歴があった……。

倒叙ミステリ→法廷ミステリ→最後の最後は社会派本格ミステリ。変転が弱点で、でも魅力
 帯では「どんでん返し」が強調されているし、実際に終盤にいくつかそれまでの推理がひっくり返される場面があるのだけれど、個人的にはその部分は本書本来のポイントではないような気がする。むしろ、冒頭で凄惨な状態の他殺死体を無造作に捨てる「御子柴」の場面が描写されるところから始まる、一連のミステリとしての見せ方がころころ入れ替わるところに、本書の不思議な魅力が集中しているように思えた。
 つまり最初は倒叙。その倒叙が続くと、この御子柴、悪人の弁護を高額で引き受けるダークヒローめいた姿を読者の前に見せる。「あれ?」と思うと、続いては強請の常習犯にどうやら、御子柴ないし御子柴の手がける事件関係者が脅されていた、そしてその常習犯が死体となっていることが明かされる。しかし、その事件もあまりお金になりそうにない、しかも国選の弁護人だ。御子柴は悪者じゃなかったの? 「あれあれ?」
 そこから快楽殺人を犯して捕まり、刑務所に入れられた御子柴の回想が……。「あれあれあれ?」
 あるパートでじっくり事件が語られるのかと思うと、捜査の途中、区切り区切りで新たな出来事が判明したり、過去に飛んでみたり。その度毎にといって良いくらい、物語の見え方が変わってゆくのだ。弱点でもある。一つの物語というかテーマに集中させてもらえない。御子柴の過去の事件、少年刑務所といったエピソードでも十分に巻の半分くらいは費やせそうなのに、ある程度の事態が説明されるとさらっと流される。しかし、それもまた次の変化への布石で……といった感じで、次から次へとミステリとしてのテーマが変転してゆくのだ。

 そして気付くと題名にある「贖罪」とは。過去に罪を犯した人間が罪を償うという意味とは、といったかなり重いテーマへと入りこんでゆくのだ。それでいて、物語のテンポが緩むこともなく、きっちり全部読まされる。法廷での論争はスリリングだし(普通に読むと、この法廷部分が一番スリリングではないか)、続いて明らかになった事態が、見方によって二転三転してゆく様もまたユニーク。ただ、この部分がユニークだからといって、やっぱり「どんでん返し」のみに注目するのがおかしいことは明らか。次から次へと変化を付けながら、軸がぶれていない物語作りにこそ、中山七里氏のセンスが現れているといえるだろう。


12/02/02
柳 広司「怪談」(光文社'11)

 『雪おんな』から『食人鬼』までは『ジャーロ』二〇〇八年夏号から二〇一〇年冬号にかけて掲載された作品。『鏡と鐘』は「小説宝石」二〇一一年八月号、『耳なし芳一』は書き下ろし。全六編からなる短編集。

 地元の多摩で堅実な経営を続けるミノワ工務店の副社長・蓑輪健太郎。彼が出席した同業者のパーティで一人の目立たない女性が気にかかって仕方なくなった。ユキと名乗るその女性は、自分勝手なデートの要求を健太郎に突きつけるが、なぜか仕事があっても断れなくなってしまっている。 『雪おんな』
 地元の病院の要職にありながら、職を辞したばかりの医者・磯貝平太。彼は駅前でいきなり刑事に声を掛けられ、警察に連れてゆかれる。実は彼は不正を咎められ、かっとして院長を殺害、死体を始末してきたところだった。 『ろくろ首』
 残業で毎晩遅くなるサラリーマン・赤坂俊一。自宅に至る近道の暗がりで、深夜、泣いている女性と遭遇、思わず声を掛けてしまう。DVに逃げた彼女の自宅を訪れたところ……。 『むじな』
 変わった食事を供する地下組織「美食倶楽部」が摘発された。その「美食倶楽部」のものと思われる冷凍コンテナが密告され、警察官が二人、現地を訪れて現品を確認する。絶滅危惧種の肉と共に発見されたのは……。 『食人鬼』
 ボランティアサイトに勝手に名前と住所が掲載され、不要な荷物が次々に届いて困るという高慢な主婦遠江聡美。誰がそのようなことをするのか興信所を使って調べたのだが、その結果は……。 『鏡と鐘』
平家物語をモチーフとするビジュアルバンドのボーカリスト。彼がライブ中に顔面から血を流して倒れた。そこに至るまでに彼が経験した出来事とは……。 『耳なし芳一』 以上六編。

「怪談」が現代に甦るというよりも、そのホラー・スピリッツが永劫に続くということ。
 柳広司氏は『ジョーカー・ゲーム』系のスマッシュヒットによって名前が売れたものの、作品数でいうと実在の歴史人物を扱う『饗宴』系や、既にある文学作品の名作にミステリテイストを取り入れた『贋作『坊ちゃん』殺人事件』のようなタイプの方が多い。本書もまた後者に連なる作風で、ラフカディオ・ハーン、つまりは小泉八雲の著した一連の怪談時代小説(考えてみると、これらこそがホラー・ジャパネスクの原点ということになるのか)をオマージュし、ミステリやホラーのテイストを加えて現代を舞台に蘇らせた作品である。
 とはいえ『雪おんな』『むじな』『耳なし芳一』あたりは、八雲の小説というよりも「日本昔ばなし」レベルで一般的にも刷り込まれているはずで、わざわざ原作を先に押さえなければならないということはない。(後から読み比べてみたが、それなりに味わいはあったけれど、その復習ももちろん必須ではない)。ただ、読み比べて思うのは、本書の作品が単に時代小説を現代小説に置き換えただけというものではないということだ。ストーリーを敢えて重ねて意外性を引き出す『むじな』や、逆にシチュエーションは思い切り変更して、怪奇な部分のみ重ね合わせる『ろくろ首』など、方法論はいろいろ。それでいて、原作のもっている恐ろしいもの、訳の分からないものへの畏敬のような精神がきっちり伝わってくるところがミソである。
 例えば、『耳なし芳一』は、全身にお経を書くという琵琶法師の話(意訳)がベースで、ここに敢えて雅楽ではなくロックミュージシャンを配置したところがユニーク。耳なし芳一の時代と数百年離れた時代、この「現代」が強調され、そこでもまた芳一と同様に、この世の者ではない者どもが、その才能を求めるという図式がなんとも不気味。もともと平家や貴族たちの底知れない恨みを描き出した怪談がベースでありながら、この作品によって、その「底知れない恨み」に執念深さを付け加え、その深淵をさらに執念深く、真っ黒に塗りつぶされているかのような不気味な印象が強調される。巧いねえ。

 何も考えずに下敷きを考えずに読んでも、例えば『ろくろ首』や『むじな』はそれなりのミステリとして、良いテイストを出していると思う。ただ、原作が思い浮かぶ展開とすることで、現在の物語だけでは紡ぎきれない深みを付与することに成功している。実にテクニシャンの柳広司氏らしい作品集だと感じた。


12/02/01
篠田真由美「黄昏に佇む君は」(原書房'11)

 篠田真由美さんの人気作品「建築探偵桜井京介」シリーズで、学生たちの保護者として登場するW大学文学部教授・神代宗。彼が登場するスピンアウトとして『風信子の家』『桜の園』に続く、三冊目となる長編。書き下ろし。

 W大学の学生となった蒼(とは書いてないが)は自分のこれから先に何をやりたいかについて悩みを抱えていた。元同居人や、年上の友人たちほど強烈な動機もない彼は、文学部教授の神代宗に、自分くらいの頃に何をやっていたのかを聞いた――。
 約三十五年前。神代は、実姉の沙弥と、その夫でW大学の講師をしている神代清顕の養子として育てられていた。大学に入学したものの、なかなか養父と親しむことができない。そんななか、神代は大学授業料値上げを機に経済的負担を養父母にかけてまで、勉学を続けることに意義が見いだせなくなりつつあった。清顕の薦めで、西洋美術史教授の宮地のもとを訪れた神代は、小森フミヤと名乗る絵が抜群にうまい美少年と知り合う。小森は宮地の甥で、葛城龍星という名の日本人画家と、ハーフの母親とがフランスで産んだ子供なのだという。成り行きで、小森のモデルを引き受けるようになった神代は、少しずつちょっと変わった小森と親しくなってゆくのだが、小森には彼の外観を崇拝する学生や、外国人の素行の悪い友人がいるようで、よく判らないまま事件に巻き込まれてしまう。

親子・兄弟。幾つもの関係のうえに様々な事情。神代宗の「今」に繋がる「過去」の物語
 神代宗の大学生時代、小森という人物との駆け抜けたある季節の物語。この青臭くも哀しい青春像の物語を挟み、戦前に幼い兄弟だけでヨーロッパに絵の修行に出された葛城兄弟、さらには謎めいた西洋画の贋作騒動、画家の殺害疑惑といった、神代とは一見あまり関係なさそうな事件が、中心となる冒険譚の周辺軌道を巡っているという構成。
 つまり、頻繁に戦前から現在進行形の六十年代まで、何かが重要なキーワード(その一節の語り手は誰かとか)が意図的に伏せられているようにみえる文章が頻繁に挟み込まれる。過去の時代の誰かが、現代の時代の誰なのか? 洋画を習いに渡欧した兄弟、日本に戻って誰かの手で殺害されそうな画家。個々として曰くがありげな、何か隠されたかのような完結しないエピソードが幾つも登場、──それがなかなか繋がってゆかない点に、むしろ興味が向いたくらいだ。どちらかというと、この構成はミステリの謎解きよりも、物語全体に対してのインパクトが強いか。
 それ以外であれば、は小森の正体であるとか、そこに至る(作者がどう思おうと)BLが多少意識されるような、男同士の多少濃厚すぎる友情であるとか、そういった部分に注目がいってしまう。果たして学生・神代を襲ったのは誰なのか。また、建築探偵シリーズ本編で、神代は何故、あれほどまでに「蒼」にこだわるのか。本書で登場する小森フミヤの物語がその回答になっている。
 とはいえ、本書の存在意義は、神代宗若かりし頃のきゃっきゃうふふではない。むしろ、過去の事件や関係者を通じて浮かび上がる、神代宗自身のルーツが一つ。また、この構成にした結果、浮かび上がる「家族関係」の難しさも、同様に裏テーマになっている。建築探偵シリーズでもどちらかというとレギュラーが固定後、準レギュラーくらいの位置づけで登場した、神代宗。彼にシリーズ中に付与されてきた、断片的とも思えるプロフィール、バックグラウンドが、みごとにこの作品で、そして一つの流れのなかで結実している。

 最後の最後の数ページ。神代宗が経験する一連の事件は、集結したあとに残された、特に養父の神代清顕が宗に対して残した手掛かりが重要な役割を果たす。(少しネタバレ)エピソード途中で唐突に現れた仲根清太郎という、芸術家気質が激しく強い祖父がいて、宗にその血が色濃く受け継がれているかもしれない、ということから同じ系統でありながら、その衝動を飼い慣らすことができている清顕に託されたという。 

 この神代シリーズに対するというのとちょっと違うのだろうが、特に本書では「神代宗」という不器用なおっさんに対する作者の愛情もまた感じられたように思う。シリーズが完結した後も、こうやって世界が次々と補完されていくのが本来あるべき物語の仕組み? かもしれない。