MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE 国産ミステリ・レビュー
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


12/02/29
京極夏彦「虚言少年」(集英社'11)

 『小説すばる』二〇〇九年五月号からおおよそ三ヶ月おきに掲載されていた(たぶん)京極夏彦氏の自伝的要素のある連作ユーモア小説集。三話目の「月にほえろ!」は書き下ろし。
 『オジいさん』に登場したものと同じと思しき電気屋が登場しているけれど、物語としてのクロス性はない模様だ。 小学生の物語ながら、小学生の口調ではなく、あくまで京極節という変な小説。新刊購入時にサイン本を店頭購入したのだが、その為書きに「すみません。」と書かれていましたよ。……京極先生、いったい。

 小学校六年生になる内本健吾はオヤジ臭く小太り、教室で目立つことを極力避ける一方、独自の価値観による面白いことを追求する。そのためなら平気で嘘をつくのだが、その器用さゆえに周囲のほとんどは、その性格に気付いていない。その健吾の幼馴染みで下ネタが大好きな矢島誉、そして時代劇マニアの変人で、学校では習わないような雑学知識をやたら良く知っている京野達彦。三人はそれなりに友人とうまくやり、いじめっ子でもいじめられっ子でも人気者でも嫌われてもいないという平凡な立ち位置。別に女の子にモテようという欲求がそもそもなく、だけど「面白いこと」について自覚的に前向きに取り組むのだ。人物紹介とイントロダクションメインの『三万メートル』
 生徒会長の候補をクラスで選出する日。ケンゴとキョーノはホマレを焚きつける。『たった一票』
 クラスのお楽しみ会で演じる劇の内容を決める役割を押しつけられたケンゴ。修学旅行での失敗が尾を引いているのだ。なんとか内容をでっち上げる必要があり、苦し紛れのアイデアを出すが。 『月にほえろ!』
 運動会。三人はそれほど興味はないが、笑えるネタは多いイベントだ。しかしクラスの一人が運動会に向けて一致団結を要求してきた。 『団結よせ』
 三人で秘密結社を作ろうという話がホマレがあっという間にばらしてしまい、クラスの木林慎太郎が加入したいと言い出す。彼は笑いのツボがひとりズレた変な男である。 『けんぽう』
 学校でこっくりさんが流行って先生から禁止されるが、占いに依存している一部からそのブームの源としてキョーノの裏切りもあってケンゴがやり玉にあげられる。ケンゴは苦し紛れに、ひょっこりさんを編み出す。 『ひょっこりさん』
 授業中に放屁しトイレに行くことを習慣にしているハギモトが女子から総スカンを食い、学級討論に。しかしその日に腹を壊していた河下君が大変なことになりかかっていた。 『屁の大事件』 以上七編。

絶対にあり得ないのにどこか懐かしく、底抜けにおかしい、他に類無し、変てこ少年小説
 ミステリ要素もホラー要素も全くなく、結局のところお笑い小説としかいえない作品。ただ、面白さのツボが特殊で、この昭和期の小学校の雰囲気が判る人と判らない人とでツボが異なるのではないかと類推するのだけれどもどうだろう。個人的には非常に楽しめた。二周した。
 ケンゴの一人称、やたらオヤジくさい語り口なのだが、まあ、そういう小説なので。ここを小学生視点、小学生感覚にしてしまうとジュヴナイルとしてはとにかく(それでも駄目だろう)、大人向けエンターテインメントとしては成り立たなくなってしまう。
 いろいろと小学生なりの日常については、ちょっと田舎くさいものの全体的に普通なのだけれども、ケンゴやキョーノが狙っている「笑いのツボ」というのが小学生にしてはちょっと変なのだ。下品だったりアホらしかったりするものの、ずれている。ただ、想像するだにいちいち確かに面白そう。素になって考えると、「これっていじめかも」という内容もまじりはするのだけれども、昭和三十年代の小学生のパワフルさと良い意味での鈍感さによって、陰惨で根暗な印象が薄いのだ。これは、物語全体を過去に設定することであえて見逃してもらえるようになっている点ではないかと思う。最後の『屁の大事件』なんて、下品さ全開、本当におバカなネタなのだけれど、めちゃくちゃ笑った。だっておかしいもん。
 同様に『けんぽう』で、木林君に対して、教科書に特殊爆弾的悪戯を仕掛けていた内山健吾にしたって、高等戦術ながら結構悪意無しとはいえないわけで。でも、これ仕掛けた側からするとめちゃくちゃ面白いだろうなあ、と頭の中でやっぱり爆笑してしまう。
 もしかするとこの作品で当事者に近い嫌な経験があって、笑うに笑えないという方もいるかもしれない。が、しかしこういうことで思い切り笑って、笑われた対象者が今度は笑う側に回り、仕掛けたはずの側が仕掛けられて笑い者になって、といった一面性ではない、「お互い様」といった状況は状況として、必ずあったはずなのだ。フィクションはフィクションとして、笑い飛ばせる世の中であることが一番かと。(あまりフォローになってませんが)。
 話は少しずれるが、『ひょっこりさん』の締めにあたる部分で、占いに依存するクラスメイトたちに対して虚言妄言蘊蓄絡めた滔々とした弁舌にさらに憑物までをもくっつけてて、事態を瞬間で収束(凍結?)させてしまう京野達彦。まあ、間違いなくモデルは京極夏彦自身なのだろうが、この場面については中禅寺秋彦を彷彿しましたよ。こんなん滔滔とやられた日には小学生にはトラウマなりますな。

 一連の彼らの行為について、笑いのツボに入らない人に、この作品の面白みをいくら説いてもたぶん理解してもらうのは無理。理屈で笑う作品ではなく、感覚的に面白さが脳味噌の中に入り込んでくるような作品だといえばまだ判りやすいか。ただ間違いなく、昭和三十年代、四十年代前半に小学生時代を過ごした人にとっては、面白さと、同時に独特の当時の空気がノスタルジーと共に感じられるのではないか、という点でお勧めしておきます。


12/02/28
式 貴士「式貴士 抒情小説コレクション 窓鴉(マドガラス)」(光文社文庫'12)

 このシリーズの前作に相当する光文社文庫版の『カンタン刑』から4年、ようやく続刊が出た。式貴士名義だけでも様々な貌を持つ作家でもあるのだが、叙情小説系統の作品がまとめられたようだ。実体としてはやはり同様の趣旨でまとめられた単行本(未文庫化)『天虫花』(CBSソニー出版)がベースになっている。またマニアに嬉しい単行本未収録エッセイが三編追加されている。

 二次元世界に入り込むことが出来る窓鴉なる宇宙人。その宇宙人を心の支えとして生きる受験生。その受験生が淡い恋を抱き、窓鴉の夢に入り込む力を利用して彼女に近づいてゆくのだが。 『窓鴉(マドガラス)』
 十年前に交際していた昔の彼女。大きなツキをもたらしてくれる彼女と結婚できていたらどんなに人生が豊かだったか……。 『夢の絆』
 ある年齢まで達した段階で突然成長が逆方向に向かい、若者が少年少女になり、幼児になるという病気が発生妻が少女に戻りつつある夫も遅れてUターン病を発症してしまい……。 『Uターン病』
 交通事故で愛する妻を喪った男。残された息子と共に妻が渡った虹の橋を渡ろうとするのだが……。 『虹の橋』
 子供の頃から仲良かった男の子と女の子。二人はテレパシーにて会話が出来ていた。その二人た長じるにつれてすれ違いが……。 『マスカレード』
 クリスマスイヴの、ほんの僅かな時間だけ窓に現れる少女に彼は恋をした。 『飾窓の少女』
 ぼくに三つ年下の許嫁がいることを知らされたのは、ぼくが十二歳の時だった。 『われても末に』
 その星では猫を玩具代わりに飼うことが流行っていた。腕に巻き付かせた猫が鳴く……。 『猫の星』
 空をその星特有の虫の死骸が覆い尽くし、独特の紋様を作りあげる。この星に住む少年のもとに、宇宙を飛び回る兄の婚約者だという野性的な女性が訪れた。 『天虫花』
 男はこれまで人生の分岐点にさしかかった時、必ず頭の上に雫のようなものが落ちる感覚を感じていた。それは良い出来事の時も悪い出来事の時もあった。 『時の雫』
 降り積もった雪に覆われた男の死体。しかし死体から家に向かって続く足跡は途中で消えてしまっていた。果たして通報してきた人物は誰なのか。事件は幽霊の仕業なのか……? 『面影抄』
 恋に恋する少女たちと、遭難寸前の宇宙船。 『空が泣いた日』
 海を巡る三つの短編内センチメンタル短編小説。 『海の墓』 以上十三編。加えて単行本未収録エッセイとして『夢のどんでん』『「宇宙塵」落ちこぼれ人』『大東亜戦争に散った僕の初恋』三編が収録されている。

異様な世界観のなかで浮き出す不思議なリリカル。こればかりじゃないがこれも式貴士
 そもそも叙情小説という括りで短編集を編むというやり方が、式貴士という作家を後世が評価するにあたって本当に適当なのかどうか。実はこの点について、読み終わってからぼんやり違和感を覚えた。叙情は式貴士作品の重要な要素ではあるが、式貴士という作家の全貌のなかでの叙情というのは、ベースとなるユニークな作品設定に加え、エロ、グロ、ナンセンスの諸条件を押さえた物語のなかで、あくまで最後の最後ににじみ出るようにして出てくるものではなかったか。本書を読み終わって手元の角川文庫版を拾い読みしたりもしたけれど、こんなに小説として綺麗な作品ばかり書く作家ではないのです。
 むしろ思いつきだけで引っ張ってしまったり、エロが行き過ぎてどうにも止まらなくなっちゃったり、不器用で過剰で、それでいて発想が独特で。そんな変てこな作家であるにもかかわらず、どこかエレジー、そしてポエジーな側面が作品から滲み出していたり、どこから見ても叙情系の作品が、短編集のなかにひょろっと混じり込んでいたり。 そういうゴッタ煮のなかに一粒光る涙だからこそ、余計にその叙情がじんわり心に浸みたように、今となっては思うのだ。
 とはいうものの一編一編(基本全て再読なので)、それぞれ式貴士らしくはある。 生涯で唯一の本格ミステリである『面影抄』、これはトリックはとにかく、その終盤での何度も変化する事件の構図と、やはり物語の背景にある人間関係など含め、なぜこれが式貴士なのかと惑う程の傑作短編。泣きの度合いも高い。表題作の『窓鴉』は、ポオの『大鴉』を背景に通底させたファンタジーベースのSF作品。これはこれで切なさ度合いが高いが、ファンタジー作品として評価されていることも良く理解出来る作品だ。『Uターン病』『マスカレード』『天虫花』、それぞれ奇想がベースにありながら設定に物語が負けず、最終的にはきっちり叙情が勝った作品でそれぞれ大好きなものだ。

 個々の作品については、式貴士らしいのだけれども、やはりそれだけで並べられるのはちょっとどうかと思うのだ。フルコースでいえば、いくら美味しくてもデザートばかりが出てくるような感覚。とはいえ、このかたちであろうがどうであろうが、入手できてなんぼでもある。引き続き、ナンセンス集でもグロ集でもあいだを四年あけるとか言わずに刊行継続して欲しいものです。
(古書的にいえば、まだ角川文庫版(緑背)はたまに見かける。本書のベースとなった作品集『天虫花』をはじめとした文庫未刊行の単行本は本当に見かけない)


12/02/27
宮部みゆき「小暮写眞館」(講談社'10)

 講談社の創業100周年記念企画として行われた「書き下ろし100冊」のうちの一冊として刊行された作品。ここのところ時代小説と児童小説に若干比率が傾いていたようにも感じられる宮部さん(刊行当時)三年ぶりの現代エンターテインメント小説。古い写真館に越してきた高校生を主人公とする連作風長編作品。

 ちょっと奥手で、でもまあ普通の高校生である花菱英一。サラリーマンの父親、パート勤めの母親と、電車に乗って通学する小学校二年生の弟・光(愛称:ピカ)がいる。英一とピカの下に本当は風子という妹がいたが、英一が十歳の頃に病気で亡くなっている。そんな一家が越してきたのが、少し寂れた商店街にある元は写真館だった建物。変わり者の両親は、いたくこの古い建物を気に入っており「小暮写眞館」と書かれた看板もショウケースもそのままという状態で一家は住み始めた。この元写真館や英一のもとにはなぜか心霊写真が持ち込まれ、その写真に隠された謎を英一とその親友テンコ(店子力)、活発な女の子・コゲパンらで解き明かしてゆく物語。もともと「小暮写眞館」には、亡くなった元店主・小暮氏の幽霊が出ると言われていた。更にそのままの形で英一が住みだした事から、小暮写眞館が復活したと早とちりした女子高生から、奇妙な心霊写真を押しつけられてしまう。ある家の法事の写真なのだが、その場にいる筈の無い女性が写っているのだという。写真館を斡旋したST不動産の社長や、その従業員・垣本順子らの手助けもあり、その真実が見えてくる。同じ高校の先輩が持ってきた心霊写真、フリースクールの生徒が持っていた「カモメ」が写り込んだ写真。それぞれの写真の裏側には様々な思いがあった。

どこかに本当にいるかもしれない彼らの、暖かな気持ちと成長と。宮部さんやっぱり巧いねぇ。
 一応、心霊写真の謎を追うという体裁を取ったエピソードが複数ある。しかしながら、そこに特定のエンターテインメント、例えば探偵(推理)小説や、ホラー、ファンタジーとしての要素は多少は含まれているとはいっても、この物語全体に色を付けるには至っていない。 冒頭の一話だけを読んでいる分には、心霊写真ハンターもの(なんてあるのか?)みたいに読めないこともない。写真を手掛かりに聞き込みをし、様々な人と出会ってヒントを貰って真実に近づいてゆく。私立探偵小説・ハードボイルドでの展開ならば、これも王道だ。ただ、相手は心霊写真、そうそう綺麗な原因でもないし、そもそも謎でもなかったりしてゆく。あくまで写真はきっかけ。そこからどう物語が転がってゆくのか、全四話全て予想がつかない展開なのだ。そもそも、幽霊だとか心霊写真などについての解釈は絶対の真相とはたり得ず、人間の数だけ「その人が考える真相」がある訳ですしね。
 ということで「心霊写真」「小暮写眞館」といったテーマを中心にしたホームドラマっぽい展開が本書のポイント。ただポイントといいつつ、その点を押さえるだけでは何も出てこないところもポイント。一人一人の人間がしっかり「立って」いて、家族であるとか、友人であるとか、恋人や片思いだとか、そういった様々な関係性が重なることで生み出される独特の叙情が本書の本質。
 単行本一冊で七百ページ強というボリュームは大きくみえるけれど、その大きさを感じさせない。英一をはじめとした主要登場人物の思いがしっかりと、人間的に描かれているので読み出すと飽きずに一気にラストまで突き進んでしまうのだ。わざといろいろな感情を渦巻かせようということはなく、自然に自然に物語が進むにつれて、喜びや悲しみ、様々な感情が通り過ぎてゆく。何かを積極的に訴えようということはなく、市井の人々が普通に生きるにあたっての様々な感情が普通に描かれているだけなのに。それでもなお、切々と胸にしみてくる。

泣かせようなんて、これっぽっちも思わないんだよ。幸せにしようって、いつも本気で思ってるんだよ。だけどね、何でか泣かせちゃうことがあるんだ

 ――こういった台詞が物語にさらっと入るところがやっぱり巧い。こういう矛盾した感情や行動といったものを肯定し、強調することで物語事態に深みが出る。高校生・英一と、事務員・垣本順子の心の交流なんかの距離感がうまくつかめないプラトニックさ加減とかいいし、この二人を終盤での強欲親戚クソ喰らえイベントの中心に持ってきちゃうところも読ませる。あと鉄系イベントなんかの取り入れ方も良いのでは。べたべたでもツンデレでもないこの二人の微妙な関係が、愛情云々ではなく、英一の成長物語の一部として読ませちゃうところは何とも健全で美しい。
 英一や順子だけでなく、ちゃらんぽらん、いい加減なようでいて実は人間的にとてもしっかりしているST不動産の社長、これまたちゃらんぽらんは事実ながら、様々なことを実はしっかり考えて行動しているテンコ、小学校二年生として自分なりにいろいろ考え、打算と真剣とを使って懸命に前身しようとしているピカ……、皆一人一人が個性的でありながら多面的に描かれていて、その人間くささが、どこか現実にいる、読者の知る誰か(そりゃ人によって違おうが)に通じるかのように描かれている。物語としての盛り上がり以上に(そもそもクライマックスが強烈な作品ではないし)、その普通の人々のちょっと頑張った普通の暮らしという距離感の取り方が、作家・宮部みゆきのテクニックの真骨頂なのではないかと思うのだ。

 初読時にほんわりしているうちに感想を書き損ねたので再読。多少そのボリュームゆえに挑戦めいた気持ちが先に立つかもしれないけれど、このボリュームを擁していながらも、最後には物語が終わることを惜しむような気持ちになる。宮部みゆき全作品で一番! といった派手さはなく、むしろ穏やかですらある話運びであるのだけれども、ひたすらに小説の健全な面白さを味わい続けることが出来る作品である。


12/02/26
逢空万太「這いよれ! ニャル子さん4」(GA文庫'10)

 ライトノベル『這いよれ!ニャル子さん』の四冊目。パロディ満載というよりも一定の骨組み(これはオリジナルね)のうえに肉付けされる肉の何十パーセントかが、クトゥルー・平成仮面ライダー・ジョジョの奇妙な冒険・各種ゲームのパロディや二次引用ではないかという気がしてきた。

 前回の事件で同族同士戦わせていた生き残りの邪神イタクァに八坂真尋は襲われかけ、絶体絶命のピンチのはずだったところを救ったのは毎年恒例の年一回の新婚旅行から入院した夫を残して帰宅した八坂頼子。即ち真尋の血の繋がった、実の、攻略対象になりえない、母親である。息子を溺愛し、謎の成分ムスコニウムを真尋から定期的に補給しなければ生きてゆけないと嘯く年齢不詳の専業主婦。は某仮面ライダーWの片割れ、鳴海翔太郎の決め台詞(に似た台詞)と共に、彼女が無数のフォークをいつの間にかイタクァに突き立てていたのだ。そこで明かされる母親の秘密。そして最初は「はいよるこんとん」と某ゲームの敵キャラと同一視され(クー子はおまけ)いきなり頼子に敵視されていたニャル子とクー子も、真尋の説得により誤解が解ける。結果、二人はあっさりと滞在を許され、家族のような晩ご飯を一緒に食べるのだが、そこでニャル子に衝撃の一発が母親から下され、場が凍り付く。さらに真尋の冷静な判断と、クー子の悪辣な策略によってニャル子の大切にしていた思い出がこの世の中から完全に消え去る事態と相成った……。通行経路でニャル子たちの同級生の美少女風美少年・ハス太と真尋は出会い、更に謎の女性に頼子とクー子が連れ去られた!

──バカめ、フクは死んだわ! (笑いすぎて)
 相変わらずぶっ飛んだ展開だよなあ。宇宙CQCを使えないとはいえ、邪神であるクトゥグアが倒せなかった別の兇悪な邪神を、普通の専業主婦のはずの真尋の美人母親があっさり瞬殺するというトンデモ展開。さすがノータイムで邪神にフォークを突き立てる攻撃力を持つ真尋の肉親である。

 「……母さん、何やってんの」「え? 剥ぎ取るのよ」(お母さん、クトゥルーでモンハンしちゃ駄目ぇ!)
 「ヒロ君どいて! そいつ刺せない!」
 「……日本人ややっぱりお米」食い意地の張ったクトゥグアは我先にと席に着いた。いつから日本人になったんだ、このフォーマルハウト生まれの可燃性知的生命体は。
 「あだっ! 真尋さん、私の吐き気を催す色の脳細胞が減ったらどうするんです!」
 「試しにそのホットドッグの名前言ってみろ」「ティンダロスドッグと言うんですが」
 「……わたしもサンドイッチは得意」「一応聞いてやるけどどんな名前だ」「……ダンウ・イッチ」

 すみません、何が面白いのか抜き出しちゃうと判らないかもしれませんが。ま、いいじゃない。

 いわゆる男の娘になるのか、ハスターのハス太君が登場、さらに真尋の母親の頼子さんがある理由で別の邪神の誘いに乗って姿を消し、同様に理由を言わずにクトゥグアもそちらに同調します。追いかけるハス太と真尋、そしてニャル子! という展開なんですが。まあ、もう相変わらず飛ばしてますねえ。
 ハス太は何故か、弟以上の熱視線でもって真尋に懐いてニャル子の嫉妬を駆り立てる、というかどうやら本気でライバルのよう。ニャル子はそれ以前に、真尋との交際を母親から禁じられて凍り付くといった起伏の激しい(感情的に)展開が続きます。
 クトゥルーネタは相変わらずですが、ダジャレにしてもかなり苦しくなってきているというのが残念ながら正直な印象。ただ、再びルルイエランドに赴くあたりのそれぞれの無駄にバカっぽい動きは最高に楽しいので、どうでもいいや。緻密な構成を期待するのではなく、怒濤のノリとツッコミを楽しめば良いのだぁっ!(力説)

 真尋が作中で述べているのと同様、こちらも邪神が普通にデレたり人間の(真尋の)ために戦ったりする姿に読者たるこちらも少しずつ慣れてきたのかもしれない。それはそれで危険な状態ではあるのだが。あー、そうそう、やっとアニメの第一話が視聴できましたよ。ナイトゴーントいい味。だけど流石に元ネタが差し障る、例えば仮面ライダー系パロディはスルーみたいですねえ。あと、ニャル子の身長が想像より高かったと思うのは私だけでしょうか。


12/02/25
赤城 毅「書物幻戯(リイリュジオン)」(講談社ノベルス'11)

 赤城毅氏によるのシリーズは、'07年の『書物狩人(ル・シャスール)』以来、講談社ノベルスを中心にコンスタントに冊数を重ねている。『書物迷宮(ル・ラビラント)』『書物法廷(ル・トリビュナル)』と続き、本書が四冊目、そしてシリーズ初長編ということになる。書き下ろし。

 その職業がいつ頃から成立したものかは判らない。企業や国家などの依頼を受けて、世に出ると一大事になりかねない書物を合法、非合法問わずに確保する人物、彼らは書物狩人と呼ばれている。その存在は常に世の中の裏側にあり、国家を含む大組織のトップクラスでなければ、普通その存在に触れることはない。書物狩人の互助機関に相当するのが第二国際古書籍商連盟・通称SILAB、この組織に所属するのが取引内容や、書物狩人の業務に関係しそうな図書の内容を頭の中にインプットしているのが書物道楽家(ビブリオファイル)と呼ばれる存在だ。
 ストックホルムで腕利きで慎重な書物狩人・フィロソーフェンが刺殺される事件が発生した。彼は偽書をつかまされたらしい。SILAB経由でル・シャスールが事態を引き継いだところ、フィロソーフェンと親しかった女性が怪しいことを指摘、彼女を追い詰める。また更に彼の仕事場からドイツ軍捕虜たちを盗聴した記録集を発見、フィロソーフェンが追っていた書物が何であるかが徐々に判り始める。その存在に気付いたCIAが青ざめ、その書を入手したアルカイダが起死回生のテロを計画する。現代でも未だ破壊力を保ち、世界を破滅に導く可能性がある書物、その名は『災厄の書』……。

世界を股に掛けつつ、格調はあくまで高く。一冊の書物が導く国際謀略の妙
 古書を扱うエンターテインメントは数多くあるものの、本書の場合はそのスケールが非常に大きいことが特徴にしてポイント。 マニアの小さな所有欲を満たすとか、その稀少性によって市場価値が高く高価であるとかという方面からでも、誰かの思い出の一冊であるとか、出版後即回収される理由があったとか、そういった情緒的方向でもない。あくまで世の中を書物一つで動かすレベルの古書、なのだ。このふてぶてしくも大胆なアイデアベースが実に頼もしく、そして楽しい。
 主人公であり、書物を追う書物狩人・ル・シャスールがかなりチートな能力を持つ存在で、同じく彼を慕う完璧美女・レディ・Bとペアを組むとあくまである意味では向かうところ敵なし。政治家だろうが、国家元首だろうが、テロリストのボスだろうが、彼らを阻むことはできない。ただ、そのヒーロー状態を楽しむというよりも、そんな彼らが、求めている先にいったい何があるのか、がポイントとなる作品だ。前半は、様々な奇書から導き出される作品への興味が、更に後半以降は上古から伝わる書物でありながら、現代のテロリストが用いることで世の中が破滅する程のダメージを加えられる存在が本当にあるのかどうか、というテーマへと興味が移ってゆく。このあたりの匙加減、ハンドル捌きが巧みで、非常にすらすらと読める。これだけ場面や国家を転換させながらすらすら読ませるところは、もっと注目されて良い。
 語り手が、ル・シャスールと思しき人物から側聞した話を物語風にまとめているという体裁ながら、世界各地にエピソードは飛び、それぞれに異国の情緒を漂わせてくれるところも面白い。ストックホルムから始まる物語がどのような地域に向かうのか。最終的にはイランが大きなポイントとなるのだが、どこに行き着いてゆくのか。あくまで書物というベースでありながら、一時期世界を席巻した国際謀略スリラー風の面白みもあり、かつ、これまた昭和期の探偵小説の雰囲気、即ち、名探偵VS怪人という対決場面もまたすんなりと物語上に填っている。
 そういう意味では、大人の鑑賞に堪えうるお伽噺という感覚に近いかもしれない。

 一冊目を読んで以来少しご無沙汰していたのだが、一冊一冊が完結、過去のネタバレもないため、どれから読んでも良いという趣旨の情報を得てイレギュラーだが四冊目から再開してみた。クォリティは相変わらずしっかり高くキープされていて、安心して再会を楽しませてもらった。


12/02/24
有栖川有栖「高原のフーダニット」(徳間書店'12)

 三編が収録された中編集。(『夢十夜』はショートショート十編にて形成)。前二作はそれぞれ『問題小説』2011年1月号、2011年11月号に発表された作品。表題作は『読楽』2012年2月号に掲載。

 淡路島にて休日を過ごしていた筈の火村は兵庫県警によって殺人事件捜査に引っ張り出されていた。偶然電話を掛けたアリスもまた、火村を追って淡路島を訪れる。高利貸しを営んでいた廃品回収業者・蛭川が殺害された事件で、その容疑者・長益が、火村と旧知の元刑事・打保とずっと一緒にいたのだという。打保は嘘をつけない性格で、その晩は彼と一緒にいたという。三十分、席を外したというが、その時間では犯行現場とのあいだの往復は不可能。長益は確かに蛭川に千二百万円もの事業資金を借りていたが、その妻が二千万円の宝くじを当てたところでもあった。 『オノコロ島ラプソディ』
 山小屋で眠気を覚ますために「あの」ゲームをする話。味覚障害のある人たちのディナーに招かれる話。某戎神社と思われる福男レースに参加する話。遊園地のコーヒーカップに乗ったらにいたら自首していたという話。ある孤立した村で犯人捜しをする探偵と助手の話。精神カウンセリングを受けると灰色の何かが窓を横切る話。人工衛星落下と某国大統領のSPの話。世にも奇妙な館で殺人事件と探偵が「さて」の話。〈たそがれ〉仮面が探偵嫌いの子供たちを拉致する話。ATMから50万円ずつ引き出してまた預入する男女の話。 『ミステリ夢十夜』
 以前に冤罪になりかかった殺人事件から火村が救った双子兄弟・大朔栄輔と光輔。その栄輔から火村の電話番号が知りたいとアリスのもとに連絡が入る。火村のところに入った電話によれば、栄輔は父親の遺産相続のいざこざで光輔を殺害してしまったのだという。これから自首すると電話は切れたが、兵庫県中央部にある彼らの別荘付近で、二人ともが他殺死体となって発見される。 『高原フーダニット』 以上三編。

変格やショートショートもあれど、本格ミステリ小説としての気品と格調がより高みに。
 冒頭に作家・有栖川有栖に対し、気の合わない編集者から叙述トリック作品の執筆を依頼され、それに対するそこはかとない拒絶反応が示される。有栖川は読者だけが驚く事件、登場人物だけが驚く事件、叙述トリックにしてもそういったどちらかにとっては自明というトリックは気に入らない……と述べている。つまりは、事件の真相が探偵役によって明らかにされた時に、物語に登場する関係者と、物語を読んでいる読者とが同時に驚くような作品ならば許す、ということだ。そして『オノコロ島ラプソディ』は、完璧だとはいえないまでも、その試みに応じた作品になっている。惜しむらくは、そういった作品の意義と意図が事前に明らかになっていることが作品として必要な条件になってしまっている点。その考慮抜きにこのトリックと、関係者の証言とが合わさると「一体なんやねんこの話」ということになってしまいかねない。有栖川氏に珍しく、本格ミステリという形式を(さりげなくだが)おちょくっているという側面もあるか。また、ここで作品内部にてアリバイトリック講義が行われている。もともと『マジックミラー』にあったものと同じようだが、手元にすぐ見あたらないので、こちらで使用されているものを写してみた。
 @証人に悪意がある場合。つまりは偽証。
 A証人が時間・場所・人物などを錯覚している場合。
 B犯行現場に錯誤がある場合。
 C証拠物件(写真やビデオ)が偽造されている場合。
 D犯行推定時刻に錯誤がある場合。
 E犯人がいたと証明される場所と犯行現場を結ぶルートに盲点がある場合。
 F遠隔操作などによって犯罪が行われた場合。
(G被害者を何らかの方法で自殺に誘導する場合)
(H『犯行があった時間に僕は遠くにいて、こんなものを目撃しました』と出鱈目を言うたら、それが的中してしまった、という場合)

 また、実は『オノコロ島』については、実験的な本格ミステリであると同時に、淡路島を舞台にしたご当地ミステリとしても、かなり良い出来でもある。観光名所を巧みに織り込みつつ、地理的な要素が過不足と間違いなく、適切に処理されている。だからどうってことはないのだけれど、淡路島が舞台のミステリというのがちょっと珍しいように思ったので書いておく。

 『ミステリ夢十夜』はショートショート集成。それぞれが「こんな夢を見た。」から始まるショートストーリー。これもあとがきで書かれているが、オチがあるようなないような、あっても中途半端なような奇妙な作品。ただ、アイデアはあってもなかなかミステリの形式にまで届かないネタが大盤振る舞いされている印象で、それはそれで楽しい。味覚障害ネタとかもっとうまく使えそうなんだけれど。
 そして正々堂々の『高原のフーダニット』。突き詰めてゆくと、ある事実を認識できたのは誰か、という一点に集約されてしまうのだけれども、そこに至るまでの過程がやはり上手だ。必要な要素はきちんと織り込んだうえで、レッドヘリングや単なるエピソードを多数盛り込んである。一人一人の行動描写に適度な無駄が(例えば風邪気味で鼻をかむ場面であるとか)織り込まれていて、そこが作品としての深みにうまく繋げられている。無駄を削ぎ落とし過ぎて味気なくなく、かつ行動に人間味があるので現実の陸続き世界にみえるという感じ。

 本格ミステリ作家としての有栖川有栖という名前は十二分過ぎるほどに高まっていると思うのだが、近年の作品を眺めるに、そこに現代小説として評価できる別の方向からの軸が加わっているようにみえる。本格ミステリとしては既に十分、深みは別の角度から付与されているという言い方が良いのか。本作もまた同様。それほど厚みはないのだけれど味わい深く感じられた一冊。


12/02/23
市井 豊「聞き屋の芸術学部祭」(東京創元社ミステリ・フロンティア'12)

 市井豊氏は1983年生まれ。日本大学芸術学部卒業。第5回『ミステリーズ!』新人賞で「聴き屋の芸術学部祭」で佳作を受賞。同作を中心の連作集とした本書で単行本デビューを果たす。受賞作を除く三編のうち『からくりツィスカの余命』は『ミステリーズ!』vol.40に、『濡れ衣トワイライト』は同Vol.49にて発表、『泥棒たちの挽歌』は書き下ろし。

 第三文芸部のサークル〈ザ・フール〉に所属する大学生の柏木君は、人の話を聞くことに長けた聴き屋体質を持つ男。別にアドバイスも何もなく、様々な人が彼に単に話をするためにやってくる。大学の芸術学部祭の日、友人で文学新人賞を受賞し作家デビューする川瀬と共に学部内を見て回っていると、美術棟で突然スプリンクラーが作動するところに行き会う。二人が確認のために教室を見回っていたところ、女性の焼死体を発見してしまう。自分の写真を展示する突発企画の準備をしていた写真学科の四年生女子だった……。 『聴き屋の芸術学部祭』
 演劇学科の美人女優・月子が柏木君のもとを訪れる。彼女が所属する劇団〈ザ・ムーン〉の原作者が「ツィスカ」という物語を途中まで作ったところで、彼女らの悪戯に怒って失踪したといい、読み合わせながらその結末を推理して欲しいのだという。 『からくりツィスカの余命』
 模型部に所属する紅一点・一年生・成田が製作していた宇宙センターの大作模型が何者かに破壊された。その惨状を目撃した部員の一人・牧野は他部員から犯人だと疑われており、柏木に濡れ衣を晴らして欲しいと依頼する。『濡れ衣トワイライト』
 芸術学部祭の収益で箱根旅行に出かけた〈ザ・フール〉ご一行。深夜に露天風呂に入ろうとした柏木君と川瀬は、その旅館に忍び込もうとしている二人組の泥棒を発見する。逃走する彼ら(テツとヤス)を追う途中、露天風呂の側で他殺死体を発見した。柏木君は、立場が不安な泥棒から、警察に通報する前に殺人に関わっていないことを証明して欲しいと頼まれてしまう。 『泥棒たちの挽歌』 以上四編。

それぞれ「ひと味違う」本格ミステリを狙おうという意気や良し。丁寧な作風にも好感
 受賞作は『ミステリーズ!』に掲載された時に読んでいたのだけれど、単行本となったことで改めて通読、個々の作品にも、一冊にまとめられた作品集としても、いずれも感銘を受けた。具体的には個々の作品それぞれに本格ミステリとしてそれぞれ異なる趣向が盛り込まれており、またそれが緻密であり、新しさを感じさせられること。もう一つは四つの短編それぞれ異なる趣向を持ちながら、一冊の作品集として不思議な調和が保たれていることだ。
 「芸術系大学生の日常」が基本になっていながら、冒頭収録の受賞作からして殺人事件が絡む話であり、出来事だけ並べていって俯瞰するならば、かなり普通の意味でのミステリに近い。四話目でも複数の死体が登場するなど、根本的に「日常の謎」などと呼べる内容ではないはずなのだ。その一方で不思議なことに、全体からは、そこはかとなく漂う「日常の謎」にも似た緩い雰囲気が作品を覆っている。 どちらかというと聴き屋・柏木、空気読まない美青年作家・川瀬、超絶人見知りお姉さん・先輩といったキャラ立ちの激しい登場人物がユーモラスに立ち回り、事件に際しても緊張感があまり発揮されないところがポイントだろう。かといって死者の尊厳を傷つける訳でなく(かといって特に重視もしていないが)、読んでいてあまり嫌な感じがしないのだ。
 また、冒頭の作品は、ある意味一般的なフーダニットから入っている一方、二作目になるとシナリオから結末を考えるという、普通ならば正解へ至り得ないような「謎」を持ち込み、見事に解決場面を作成している。この『ツィスカ』地味な作品だが、相当レベルが高い。『濡れ衣トワイライト』は一転して「日常の謎」となるものの、ほとんど手掛かりなさそうなところでの心理状態を類推しながら真相を追求してゆく展開は、見方によってはスリリングでもある。そして『泥棒たちの挽歌』。温泉旅館の側で男はなぜ死んだのか。これも、中心となっている泥棒の正体などの複数アイデアだけでなく、錯綜するプロットを組み合わせ、謎解きのシチュエーションもまたユニーク。合わせ技がうまく決まった、かなりレベルの高いミステリだと感じた。
 これだけ様々な趣向を凝らし、パターンをいろいろ切り替えながら「聴き屋」をはじめとした群像青春軍団が、非常に良い味を醸しだしていて、これらのバラエティある物語たちをシリーズとして統一感のあるものにしているのだ。更に登場人物やその周辺、会話などにはそれなりに「無駄」があるものの、事件に関連する手掛かりや伏線については逆にめちゃくちゃにソリッド。手掛かりはシンプルに。登場人物は豊かに。この双方をミステリ小説として面白くするにはどうするか、この部分について天然のセンスをお持ちなのではないかと見受けた。

 新人賞同期となる梓崎優とは異なるタイプながら、良いセンスを持っていることは間違いなく、無事にデビューできたことは喜ばしい。シリーズが続くならば、とりあえず個人的にはこのセンスの続く先も見てみたく、間違いなく追いかけてゆくことになりそうだ。


12/02/22
逢空万太「這いよれ! ニャル子さん3」(GA文庫'09)

 2012年4月からアニメ放送が開始されたラブ(クラフト)・コメディ『這いよれ!ニャル子さん』の三冊目。相変わらずのパロディ満載ながら、ネタもとが分かるので個人的にツボ。他の人にウケているかどうかなんてもう気にしていない。感想を書きたいから書くのだ。

 ニャルラトホテプの身内によって引き起こされた事件によって地球人のメンタル面の防波堤である幻夢境の管理体制が崩壊。惑星保護機構は、後任となる新たな地球の神々を送り込むことを決定した。ニャル子(ニャルラトホテプ)とクー子(クトゥグア)はその神々の補佐というかたちで地球に引き続き滞在することになっている。――結局、なし崩し的に二人は真尋の家に居候を続けることになった。幸い、旅行に行ってまだ戻ってこない坂本家の両親はあと一週間ほど帰宅が遅れるという。日曜日。ニャル子・クー子のわがままに振り回され真尋は彼女たちをアニメショップや百貨店に連れていき、その帰り道のこと。突然、帰り道にクラスメイトでニャル子とも仲の良い暮井珠緒が現れた。しかも彼女に対してニャル子のアホ毛、すなわち邪神レーダーが反応している。その場である衝撃を受けて気を失った真尋が自宅で目を覚ましたところ、なんと真尋とニャル子の身体と精神が入れ替わってしまっていた。その精神を時を操る知識欲の邪神・イースの偉大なる種族改めイス香に乗っ取られてしまっている珠緒は、ニャル子・クー子に捕らえられ、縄を掛けられていた。どうやらイス香の種族の急進派によって、再び人類が危機的状況にあるらしい。だが。

この書物は危険だ。魔書だ。読むと身体が痺れる(腹筋が)。そして笑い死ぬ。
 活字部分の一行目から吹き出した。「SANデーモーニング」 ──サンデーをSUNをSANに置き換えるだけで 妙に邪悪だし、この書き方絶妙にツボってしまいました。はい。
 そんでまたテンポ良く交わされる会話が絶妙。
 「ひどい、少年。わたし猫舌なのに」「お前、本当に炎の化身か」
 「これでもわたしの料理は、わたし一と呼ばれた腕前」「脳内じゃねーか」
 「私、これでもお金持ちなんですよ?」「前も言ってたけど、本当かよ」
 「万札で『どうだ明るくなつたろう』とか、やってみましょうか?」
 「ただし、『窓に! 窓に!』(ウィンドウ)ショッピング」

 遊びに行きたいと手足をばたばたさせて真尋にねだる邪神たち。めちゃくちゃだ。だが、それがいい。
 ナビゲーションをいきなり英単語を分けて言い出したり(これはB'Zネタ、B'Zネタはギリギリチョップとか他にもあった)、古い洋楽ネタが散見されたり(サンデーモーニングもそうですね)、と一読者では全容(全元ネタ)が把握しきれないほどのパロディやジョーク、オマージュが満載されている。小生が気付かない、知らないだけで別のマニアからするとまた別の面白さもあるのだろうが、判る範囲だけで十二分に個人としてツボってしまう。比較的多く採用されていると思われる平成仮面ライダージョジョのネタがある程度判るせいではあるのだが、我ながら(健全なおっさん社会人として)どうなのよ? あとデカマスターはいろんなところで人気ですねえ。これも好きだけど。

 ふう。興奮しすぎ。

 物語としては『おれがあいつであいつがおれで』(いわゆる『転校生』)状態のまま、精神攻撃系の邪神と戦うお話。そのあいだに愛する真尋の身体を手に入れたニャル子による蹂躙だとか、ニャル子の身体で肉欲の権化クー子に空手形を切りまくる真尋だとか、なぜか互いにデレ状態になっていたりとか盛り上がりまくり。盛り上がるだけ盛り上がっておきながら、なんら中身が無いってのも「らしい」ですよね。

 しかしこれこの多数あるパロディ、元ネタそのままアニメとかにしても大丈夫なのかしらん。そういう興味もあるので結局、なんだかんだで家族にバカにされながら放映をチェックするであろう自分の姿が目に浮かぶ(涙)。


12/02/21
近藤史恵「ダークルーム」(角川文庫'12)

 祥伝社文庫のテーマアンソロジーや『創元推理』といったところで発表されてきたノンシリーズ短編と書き下ろしの『北緯六十度の恋』を加えた文庫オリジナルの短編集。短編集が単行本やノベルスといった段階を踏まずに、いきなり文庫というパターン、最近多いです。

 フレンチの高級レストランに毎晩一人で訪れる美女。毎日コース料理を食する彼女にシェフの内山は不審を抱く。そして店外の意外な場所で彼女を見かけてしまう。 『マリアージュ』
 交際していた以前の女性と別れ、明充は新しい彼女と付き合いを開始するが、ある日からその彼女の様子がどうもおかしい……? 『コワス』
ルームシェアして暮らす真紀と涼子の隣室に、魅力的な男の子・孝哉と毅が越してきた。見た目に自信のない女性たちに対し男の子たちは親しくしてくれ、男女の関係になりやがて結婚へ……。 『SWEET BOYS』
 芸大の画学生の牧。才能は感じられない彼だったが、芸術家として有名な叔父がいることが判明、牧の 画に盗作の疑惑がかかる……。 『過去の絵』
 双子の美少女モデルの写真撮影を請け負ったカメラマン・木下。見分けのつかない彼女らのうち一人と少し親しくなるが、そのマネージャーが殺害される事件が発生、アリバイ証言をすることに。 『水仙の季節』
 幼い久美の住むアパートの一階の部屋に同年代と思しき女の子が越してきた。久美は彼女と仲良くなりたいとベランダから大切な人形を落として話をするきっかけを作ろうとするのだが。 『窓の下には』
 写真の専門学校に入った琢己は、暗室を共用するため同級生の女性・榊とルームシェアをすることに。交際を始めた二人だが、琢己にはやたら甘えたがりの妹がいて……。 『ダークルーム』
 女性同士で交際している多佳子と園子。二人はフィンランドに旅行に来ていたが、多佳子には実は園子に隠している事情があり、これが最後の旅行にすると考えていた。 『北緯六十度の恋』 以上八編。

ノンシリーズならではの様々な指向と趣向。懐の深さと良い意味の邪悪さが混じり合う好短編集
 女性ミステリ作家らしい、というとフェミニズムな人に怒られてしまうのかもしれないが、小生がこの作品集から受けたのは、男性には書けない世界がまだまだ物語には多いよなあ……、という強い印象だ。女性ならではの、思考方向、コンプレックスというところを物語のフックとして上手に使っていて、そういったエピソードと出会うたびにおっさんとしては息をのんでしまう。あからさまではなく描かれる、ほんのちょっとした精神上の棘(とげ)。その棘の使い方、そしてそもそも見つけ出し方が非常に巧く、毎々感心させられるのは近藤作品通じてしばしば味わう感覚である。
 一方、この短編集全体をミステリとしてみたときは、発表媒体が異なることもあって、難易度のレベルとしてはあまり揃っていない。広義のミステリーから、かなり本格を意識した作品まで、逆にいうといろいろと揃っているところがむしろポイントか。おおよそは初出となる雑誌の性質とリンクしており、やはり『創元推理』あたりに発表された作品には趣向が強めに出ている。また繊細な恋愛小説としても味わいある作品が幾つかあるのも、その傾向がお好きな方のニーズを満たしそうだ。
 個人的に普通に感心したのはまず『コワス』。二組の男女(ないし男同士、女同士の親友二組)による人間模様。事件の香りはぷんぷん漂ってくるのだけれど、そこに背徳的補助線を加えることで、物語の見え方ががらっと変化した。穿った見方をするならば、このトリックというか真相は「腐女子」の発想からしかなかなか出てこないように思うのだけれども、驚かされたのは事実。
 あと作者自身芸術大学出身であることを活かした『過去の絵』も、小説として魅力があった。特に主人公の、才能に対する他者への冷静な評価など、実はちょっとびびる。でも「本物」のアーティストはこうでなければ。

 殺人があるものもあれば日常の謎の延長のものもある。また、舞台も国内であったり海外であったり。解説でも近藤史恵さんの作風の広さについての言及があり、この点については同意。ただ、長らく近藤作品とお付き合いしていて思うのは、これら作品の幅広さは大変な努力や情報収集を重ねられた結果としてのもの。 天賦の才能のみに頼るのではなく、かなり努力型でもあるその両輪がうまく回ることで近藤史恵作品が出来上がっているように改めて感じられた。