MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE 国産ミステリ・レビュー
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

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 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


12/04/20
田中啓文「猿猴」(講談社文庫'12)

 講談社文庫で書き下ろし刊行されたノンシリーズ長編作品。伝奇もの長編で文庫書き下ろしというのは少し珍しい気もする。

 非常に良いプロポーションを持ちながら顔つきが猿系の顔つきだった奈美江は、同僚の博之と結婚し、子供を授かった。しかし現在、夫婦はわがままで自己中心的考えを持つ夫の母親と同居中で、奈美江は姑からの圧力により何かとストレスを溜めていた。奈美江は、妊娠を機に今回が最後だと夫に頼み込み、学生時代からの趣味であった登山をすべく、真冬の真白山へと向かう。真白山を推薦、一緒に行くはずだった親友のみずきは、会社の都合で行けなくなったと連絡があり、奈美江は仕方無く単独登山を開始する。その段階では分からなかったが、その日は猿神によって登山が禁止されている当日にあたっていた。しかし、突然の吹雪に奈美江は遭遇、猿の吠え声に惑わされ遭難、滑落した結果、謎めいた仏像が並ぶ洞窟にて目を覚ます。なんとか生還を果たしたものの、脚を骨折したうえに流産してしまい、夫婦関係はめちゃくちゃになってしまう。そんな奈美江へ、みずきは人生のリセットのため、リベンジに真白山にもう一度挑戦すべきだという。そしてあの日から一年後、みずきの上司・笹倉と同僚の城も同行で山に向かう。やはり地元民に制止されるものの強引に山に入った結果、吹雪に巻き込まれてしまう。しかしまた迷い込んだ洞窟内部で悲劇が……。

各種各地の猿ネタに彩られた強烈にして悪趣味、饒舌にしてユニークな伝奇絵巻
 一応というか真っ正面から「伝奇小説」。現代に甦る猿、及び猿にまつわる史実から、いろいろな不気味な仮説が作り上げられ、聖徳太子や豊臣秀吉が登場するような、その大きなうねりに登場人物が翻弄される──ではあるのだけれど、更にその大前提として、田中啓文氏が、時々思い出したかのように発表する「すごく嫌な話」の系譜に連なる作品でもあるのだ。
 生理的な嫌悪感を催す描写が少なくなく、筋書き自体はすっきり通っているけれど、読んでいて落ち着かない。展開はダイナミックで、真白山という謎の山だけでなく大阪から中国へと物語自体の拡がりについても予想外に拡がってゆく。さらにその展開に付随する、真偽までは不明ながら、過去の実在文献のユニークな解釈に至る(無理筋を繋いで、牽強付会な気がするのはご愛敬として)緻密な考察についてはどちらかというと真面目さが強い気がする。 まあ、こう考えるとおもろいというのも有りですけれど。
 田中氏描く伝奇系統の話は、徹底的に嫌な話にしてしまうか、登場人物に強烈な個性を付与して伝奇でありながらギャグの領域に持ち込むか(馬子とか)。本書の場合は圧倒的に前者。主人公ら周辺人物も含め、強烈な個性を付与しながら、意外と物語の展開のなかで使い捨ててしまい、後半、特にクライマックスに至るとばったばったと屍の山が築かれる。ドラスティックな展開と人間のあっさりとした死に様が奇妙にマッチングをみせているように思う──と、とりあえず正直な気持ちを書いて起きます。ただ何らかの「歴史上の大いなる流れ」に対して人間個人なんて無力である、というのは田中啓文伝奇のなかでは一貫したテーマ(主張)のように思うのだけれども実際どうだろう。

 グロ描写多め、駄洒落要素は少なめ。どちらかというと真面目に「伝奇」というジャンルに田中氏が取り組んだという印象が強く、ある意味「真面目な伝奇小説」である。そして伝奇というジャンルにおいては正統派の作品であるので、ご自身の好みで読まれるかどうかをご判断願いたい。


12/04/19
近藤史恵「シフォン・リボン・シフォン」(朝日新聞出版'12)

 『小説トリッパー』誌2010年秋号から2011年夏号にかけて連載された作品の単行本化。とある地方都市に新設されたランジェリーショップを巡る連作短編集。

 尊大な父親と介護が必要な母親とパートをしつつ暮らす佐菜子。兄弟は親元を逃げ出し、一人で背負い込むが無理解な両親の言葉に傷つけられる毎日。胸が人より大きなことがコンプレックスでもあった彼女は地元・川巻の商店街に新しくできたランジェリーショップ「シフォン・リボン・シフォン」を訪れる。『第一話』
 川巻商店街で米穀店を営む中森。息子の篤紀は家を継がず、地元の会社で営業職として働いている。その篤紀に結婚を急かす発言をしたところ、篤紀本人と妻の態度が硬くなった。息子の将来を案じて何が悪いと我を張るが、相手方も折れる様子はない。そんななか彼女もいない篤紀が近所に出来たランジェリーショップに出向いていることに気付く。交際相手としては年上過ぎることに中森は不満を抱くが。 『第二話』
 川巻町に「シフォン・リボン・シフォン」を開店させた店長・かなえが抱える事情。自分自身の病、そして下着店を経営することに反対していた両親との葛藤。 『第三話』
 通信販売・インターネット販売を中心の経営をしている「シフォン・リボン・シフォン」。店舗に地元の名家を事象する品の良いお婆さんが訪れる。店が暇でもあり相手をしているのだが、購入するそぶりはみせるもののあとから言い訳とともにキャンセルを入れてくる。どうやら商店街では常習らしい。 『第四話』 以上四編。

田舎町に突如開店した高級下着店。店と客とが織りなすハートウォーミングストーリー
 「第○話」ではなくて、それぞれに題名を付ければ良いのに! とも思ったが、読後改めて考えるに、下手に題名を付けないことで読者の想像力がかき立てられる効果にも思いが至った。と、いうのもそれぞれ題名にある「シフォン・リボン・シフォン」という名の高級下着店をベースにした物語でありながら、短編ごとにその構成が極端に異なるからだ。
 最初の作品の主人公は冴えない独身女性。両親の世話係を事実上やらされ自由を奪われながらも、容姿や結婚について両親からいわれなき迫害を受けている。そんな彼女が勇気を持つきっかけとなったものは? ──という内容で「シフォン」は、縁の下から彼女の気持ちをサポートする役割を果たす。さて、ならば「身体のラインの悩み万ず解決します」といった内容かと思うと、二話目の主人公は米穀店の親父。愛人がいる訳でもなく、頑固で真面目、妻一人と彼女のいない息子一人の三人暮らしでどう「シフォン」が絡むの? ──なるほど、その手がありましたか、というかその事実自体は読めるものの、物語としてどうコントロールされるかは予想出来なかった。
 三話目ではいきなり店主が主人公、さらに四話目では冷やかしの客が中心の物語となっている。店の持つ秘密というか事情については三話目であきらかになってしまうため、最初の二話までで感じた多少謎めいた印象は喪われているものの、細腕繁盛記的な興味へと移るだけで、物語としての魅力が褪せるものではない。
 また、近藤さんの人間描写力、特に世間的にはダメではないけれど、身内にいると結構きついタイプの人や、世間体の方が家族の方が大事だという旧世代や、自分評価や基準が絶対に正しいと思い込んでいる人物など、「悪人ではないけれど困ったちゃん」が活かされている。そんな彼ら彼女らと、血縁であるがゆえに折り合いをつけなければならない人々の心の叫びが物語の下敷きとなっている。まあ、本書はそんな登場人物に「一息吐かせてあげる」ための物語でもあるのだが。

 ミステリでもなく、どちらかというと人間描写で魅力をみせる一般小説といった区分になるだろうか。ただ、先に述べたように人間描写力の妙味が詰まっており、読み出すと先が気になって仕方無くなるタイプの連作集。一冊の分量がちょうど適当な印象もあり、好作品集だといえるだろう。


12/04/18
川瀬七氏u147ヘルツの警鐘 法医昆虫学捜査官」(講談社'12)

 作者の川瀬七緒さんは、『静寂のモラトリアム』で2010年の第20回鮎川哲也賞の最終候補、更に同年、第56回江戸川乱歩賞で『ヘヴン・ノウズ』が最終候補となった経験を持つ。2011年、玖村まゆみの『完盗オンサイト』とともに『よろずのことに気をつけよ』にて第57回江戸川乱歩賞を受賞してデビューしている。本書は著者二冊目となる単行本。書き下ろし。

 板橋区高島平近辺で放火が相次いでおり、遂に全焼したアパートから死者が発見された。遺体は焼けこげて内蔵まで炭化していたが、司法解剖の結果、腹腔内部からボール状にまるまった大量の蠅の幼虫(というかウジ)が生きたまま発見された。捜査一課の岩楯警部補は、西高島平署の鰐川と共に捜査にあたるが、虫が事件に関係しているということから「法医昆虫学者」の赤堀涼子准教授に捜査の一部権限が与えられるという日本で初めてのケースが適用されることになった。赤堀は早速事件現場に赴き、舐めるように残された遺留品から虫に関係する証拠を集めるものの、彼女の博識な知識をもってしてもウジが生きたまま焼死体から現れた理由の見当がつかない。一方、岩楯らは被害者の身もとを心療内科に勤務していた三十二歳の女性カウンセラー・乙部みちるであると断定、人間関係について探ってゆく。その結果、浮かび上がってきたのは不誠実な恋人らしい人物と交際していたらしい彼女と、更にそれ以前、学校側と対立しながら中学校のスクールカウンセリングを引き受けていたという事実だった。岩楯の鋭い勘により恋人・國居を発見するものの、彼は詐欺師であった。果たして赤堀は、虫の声を聞き取ることができるのか?

蘊蓄と捜査のバランス、虫が醸すグロと興味のバランス。難しい物語をセンスでまとめた力作
 なかなかに魅力のある作品であると感じる。ただ、その魅力をここで伝えるためには内容に多少触れなければならないところが難点。
 前作『よろずのことに気をつけよ』でもそうだったが、冒頭に登場する死体が相当にグロい。焼死体というだけでも大概なのだが、その一部に焼け残りがあってその中から取り出されるアレ、といった描写は想像力が豊かな人ほど辛いだろう。最初は読者の耳目を引きつけるためにやっているのかと思ったこの描写、実は結構あとあとには重要な伏線として効いてくる。伏線を目を逸らさせる程どぎつくすることでうまく隠している。
 また、登場する赤堀涼子准教授、現代の虫愛づる姫君が個性的で良い。昆虫バカでありながら、きちんと周囲に気配りもできる女性というアンバランスさに魅力がある。また、彼女の語る様々な虫がらみの蘊蓄も興味深い。蜘蛛だとか蜂だとか、蜂の子だとか。食べたことないのだけれど。
 また、特定された被害者の人物像が明らかになってゆくにつれ実は「危ない人物」だったという展開はなかなか興味深かった。そこから芋づる式に現れる結婚詐欺師を中心とした犯罪者たちの描写もなかなかリアル。ダメな人間の描き方が巧い。設定にせよ、人間関係にせよ、バランスの取り方がとても巧い。
 一方で、本書で唯一バランスが悪く感じられたのが主人公たちの人間関係。主人公・岩楯の結婚生活が破綻寸前になっていて、そこで赤堀との微妙な心の交流が、といったところがちょっと無理筋な気がした。岩楯が赤堀にみせたような、「興味がない事象に対しても相手のことを慮った気遣いをする」という態度を妻にみせれば済むだけの話で(小生が読み取る範囲では)ちょっとこのコンビ(カップル)については安易に結びつけているな印象を受けた。あくまで捜査上のコンビに徹するか、岩楯を最初から独身にしておけば、そう気にはならなかったと思うけど。
 あとラスト、細かい点ではあるのだけれど蜂の巣を探すために元々使用していた手法(蜂に紐つけるやつ)が、そのまま岩楯からすると手がかりに変わって救出されるという必然性の連鎖は展開上、凄く良く感じられた。

 法医昆虫学者という存在はとにかく、死体周辺の虫を利用していろいろ事実を解き明かすというエピソード自体は初めてではないのだけれど何で読んだのか思い出せない。うう。どうしても、その昆虫というところに目が行くし、そこはそこで重要なのだけれど、その反対側にある「犯罪」そのものがしっかり作り込まれている点に好感。二作目でも期待は裏切られなかったので次作以降も楽しみだ。


12/04/17
森巣 博「悪刑事(わるでこ)」(徳間文庫'08)

 元版は2004年の単行本で更に初出は『問題小説』。ギャンブラーでもある森巣氏による腐敗警察官小説。現在は続編にあたる『犯人に願いを─悪刑事』も刊行されている。

 三流私立大学卒業後就職浪人、そのあいだに警視庁警察官募集に応募してなんとなく警察官になった名和平太。かつてはノンキャリアの星として真面目に成績を伸ばし、二十八歳の若さで警部補にまでなった彼だったが、そこでノンキャリアの限界を感じ、普通の警察官になってしまう。現在は適当に働き、適当にたかり、適当に遊ぶ妻子持ち四十五歳。しかし、七年後輩で、かつて平太が教育係をしていた亀井が上司となり、迷宮入りが前提の賭博事件などの担当をさえられるようになる。そんな折り地元Y学園の中学生・十五歳の小泉麗と路上で知り合い平太は彼女と関係を持つ。ホテルからの帰りにSM行為の挙げ句捨てられたような死体を発見してしまう。殺されていたのは扇真美、同じくY学園の十七歳だった。これまた迷宮入り前提で平太は捜査を命ぜられるのだが、平太は涙ながらに麗をおとり捜査に利用して、その黒幕に迫ってゆく。

悪い奴らがもたれあって、日本の権力は機能している。負け組がごちゃごちゃと文句言うんじゃないよ
 上記は本書からの引用である。
 ストーリーそのものではなくディティールを読ませる小説。そのディティールにしても、警察官の具体的な腐敗具合であるとか、そもそも警察官の生活状況であるとか、地下賭博の実態であるとか、どちらかというと三流週刊誌のゴシップネタのような内容が並ぶ。あいだには女子中学生〜女子高生の売買春行為が具体的な描写を伴って描かれ、そういった向きに潔癖な方にはちょっと読ませられない。良くいえば品行不公正、悪くいっても下品な描写が多いのだ。
 更に物語自体も安直で援助交際(金の授受は無いにせよ事実上、四十五歳が交際する相手として三十歳下は犯罪だろう……けど、取り締まる側だから構わないという理屈か)、売春している女子中高生の性格や行動が都合良すぎ。彼女たちに囮捜査をやらせる警察官。そして浮かび上がる更なる上層の男たちの下品な欲望といった図式。ただ、こういった巨悪(権力を持った小悪党といった方が合う気がする)たちの醜悪さを描く、これもひとつの方法論でもあるよなあ、と感心もする。
 名和平太という主人公をはじめ、警察官たちが総じてバカっぽく、年齢と精神年齢とが釣り合っていないようにみえる。ただ、そのアンバランスすら現代の警察のどうしようもなさを演出するための計算ずくだとすると作者恐るべしってことになるのだが。また、これだけ警察や関係組織を実名や実名が想起されるネーミングで取り上げておきながら、最後の最後に「本作品はフィクションであり……」のおきまりの文言が書いてあるところ、よくよく考えると微妙に笑えるところだなあ、とも。

 文体は軽快だけれども、文章自体は軽快とは言い難く、読者を相当に選ぶタイプの作品。 ギャンブルだとか、警察組織だとか中学生の援助交際だとかを直視したうえで笑い飛ばせる、もしくは興味がある人向け。こういった作品が普通に存在しているうちは、出版界はある意味健全ということなのかな。


12/04/16
中山七里「静おばあちゃんにおまかせ」(文藝春秋'12)

 第8回「このミステリーがすごい!」大賞を『さよならドビュッシー』で受賞後、コンスタントにヒットを飛ばす中山氏。本書は連作短編集で、『別冊文藝春秋』2011年7月号から隔月で掲載、最終的に2012年3月号まで連載された作品が単行本化されたもの。

 警視庁捜査一課に所属する葛城公彦は、神奈川県警組織犯罪対策本部長・久世達也殺害の容疑者として元上司で組対主任・椿山道雄が逮捕された事件の捜査を、管轄外でありながら独自に開始する。被害者は暴力団との癒着が疑われる厄介者の刑事で、椿山とも確執があった。組織としての嫌がらせを受けながら執念深い捜査を行う葛城は、かつて事件で知り合った高円寺円の意見からある事実に気付く。『静おばあちゃんの知恵』
 町田のレディーガガと呼ばれるほど派手な服装をする、資産家で吝嗇家の女性。彼女が殴打され殺害されていたのを孫娘と生協の配達員とが目撃する。親戚一同、彼女に対し含むものがあったようだが、全員にアリバイがあった。『静おばあちゃんの童心』
 カルト系新興宗教の教祖が亡くなった。しかし密室からその教祖の死体は消失。警視庁関係者の娘が熱心な信者でその消失を目撃、信仰を更に深めてしまった。彼女を民間人(つまり円)と協力して奪還するよう、葛城は元上司から指示される。 『静おばあちゃんの不信』
 東京の新名所となるスーパータワーの現場で、外国人に偏見を持つクレーン技術者が作業中にナイフで刺されて死亡した。男には誰も近づいていなかったが、近くのクレーンで作業中で男ともめていた外国籍の男性が容疑者とされていた。 『静おばあちゃんの醜聞』
 南米の小国パラグニアのロドリゲス大統領が訪日、夫妻ともども一流ホテルに滞在していたのだが、日本のSPやボディガードたちがフロアにいたにも関わらず、その人物が銃殺されてしまった。部屋は完全な密室で犯人の出入りした形跡もない――。『静おばあちゃんの秘密』 以上五編。

軽めのミステリでありつつも「正義」「組織」「裁き」についてかっちり論じてもいて読み応え抜群
 さすがに捜査一課の人間が民間人、しかも家族以外の女子大生に捜査上の機密をぺらぺらしゃべるものかいな、だとか、更に上司からその民間人に暗黙の捜査協力を要請するとか、いくらその民間人の女子大生・高円寺円が日本で二十人目の女性裁判官だった祖母・静との二人暮らしであったとしても。現実の警察が民間に助けを積極的に借りるという設定、この点がある意味ではファンタジーである。だが、──、それがある後半の設定に引き継がれ、伏線となって機能していると考えると凄ぇな、この連作短編集……。 多少脱線。ただ、もう一つ付け加えると、捜査一課の刑事と本来ほとんど繋がりのない女子大生との恋愛ってところもある意味ファンタジーだよな(強調)。うん、ファンタジーだ。大事なことだから二度言った。
 その一方で、明らかにチェスタトンを意識したであろう謎と、その謎を設定した「状況」に、かなりの工夫があって、普通に短編ミステリとしてとても面白いのだ。警察官が警察官を殺害という冤罪の匂いがぷんぷんする状況を描いた冒頭の『知恵』からして、かなり本格的な奇想と論理が展開されており、いきなり感心することも間違いなく後半に向けても「謎」の設定に手抜きが無い。。
 葛城が円に相談し、円は静おばあちゃんに解決を訪ねる。静おばあちゃんは状況をヒアリングするだけで、真相へのヒントを示唆する。安楽椅子探偵が前提の当たり前の伝言ゲーム。それが、人間味溢れる印象なのは、助ける対象が冤罪であると思われるケースが多いからか。容疑者だけでなく、その周囲の情動、即ち冤罪を作り出しているのではないかという恐れもまた物語となっている。当然、人間味という意味では、かつて裁判官だったという静おばあちゃんの存在も大きい。物事が行き詰まると正義論、組織論といった抽象的なところから説明してくれるのだが、それにいちいち頷いてしまう。そのきっかけ部分だけでなく、物語全体を通じて、「正義」「裁き」といったこと読者に問いかけるという側面もある。

 正直、もっとライトなミステリだと思い込みつつ読んだところ、思わぬ収穫。本格ミステリ系の謎が多く、読みやすく、そして登場人物にも魅力がある。また謎解きには必然性が必ずあり、舞台も凝っている。トリックとしてもそれぞれなかなかユニーク。連作短編としてはかなり高いレベルの出来かと感じる。いろいろ個々の短編以外の趣向もあり、そういったところからもたらされるサプライズもまた結構心地よいのだ。


12/04/15
西尾維新「悲鳴伝」(講談社ノベルス'12)

  西尾維新による書き下ろし小説。物語シリーズが完了していないなか、これだけ長大な作品が書けるという点、本気で驚嘆に値する。書き下ろし、あとがきによると原稿用紙千枚以上で、現時点の単一長編としては西尾維新最長の作品にあたる。(シリーズを繋げりゃもっと長いものはありますよもちろん)。

 2012年10月25日、後に『大いなる悲鳴』と呼ばれる災厄が地球上で発生、全人類の1/3にあたる23億人が死亡した。超高音の悲鳴で亡くなった人々の精神は破壊されていたが、人間以外の他の動植物には一切の影響が無かった。そして地球が発したとされるその「悲鳴」の正体は未だ不明。それから半年の後、十三歳の中学生空々空(そらからくう)は、自分が何事にも動ぜず、何をされても心を動かされない人間であることに苦悩し、飢皿木という精神科医にかかった。飢皿木は適当に問診しながらも空々の特性をある機関に報告、空々はその性格が買われ、ヒーロー候補として「地球撲滅軍」なる謎の組織にスカウトされる。「地球撲滅軍」はその名の通り、人類を守り、地球と戦う組織。地球が人間界に送り込んでくる『地球陣』なる人間そっくりの存在、装置を通してみると目が潰れるというその存在を、空は見ることができると予想されたのだ。しかし、何も知らない空々が帰宅したところ、家族は剣道着を着た若い女性によって身体がバラバラに殺害されており、また彼が通っていた学校は謎の放火魔によって内部にいた人間ごと焼き殺されていた。更に一瞬奪われた携帯電話から、彼と繋がりのある人間は全て処理されてしまう。あっという間に係累を全て喪った空はなし崩し的に地球撲滅軍に組み入れられ、彼の家族を殺した女性・剣藤犬个に身の回りの世話をされ、マンションの一室で暮らし始める。

正統派でもアンチでもダークでもない、無感動無情動のニュータイプヒーロー、そして悲劇
 あらすじの紹介しづらい作品である。読んでいるあいだは、独特のリズムであるとか設定であるとかが、そう違和感を覚えるではなかったのだけれども、改めて文章に起こすと結構妙な部分もあるよなあ。「悲鳴伝」とあるものの、基本的にはヒーロー譚である。ただ、西尾維新が描くところの物語ゆえ、ダークヒーローというかアンチヒーローというか、そもそもがヒーローですらないヒーローというひねくれた設定状況の物語。これに加え、主人公が所属することになるのが地球撲滅軍という謎の軍隊。防衛ではなく撲滅とあるのは、彼らヒーロー団体が戦う相手が「地球」そのものだから。──というとんでもないもの。
 そりゃ「地球の声を聞け」とかレトリックはあるけれど、その地球の悲鳴で全人類の1/3が死んでるところからスタートしており、そのツッコミは確信犯。また、戦う相手も特殊なゴーグルを通して視て初めて怪人と気付く存在で、怪人と気付かれない怪人は人間な訳で、主人公ら撲滅軍は、人間にしかみえない怪人かもしれない存在こをこれまで切り刻んできたというのは、シュールですらある。
 その設定だけではなく、物語の展開についても西尾流。ヒロインに主人公の家族をみじん切りにさせる、係累を消すために学校に放火する、人間にしかみえない犬、マッチポンプなんでもあり。主人公を含む登場人物が当然ながら一筋縄ではいかない。マンガ・ラノベの当たり前の形式というか、常識的な展開を下敷きにしながら、そこから適度に離れた物語を構成している。 加えて感情移入できそうな登場人物をいきなり退場させたり、地の文でいろいろと先を予見させる文章を並べたり。ここまでの西尾維新に比べると、主人公が無口な分、地の文が饒舌になっているようにみえる。

 ラノベの系統にある作品ながら、普通のラノベとはやはり一線を画した深みのある造りに。西尾維新節としか形容しがたい意外性や展開の裏切りを適度に楽しみ、主人公の行く末に思いを馳せる。そんな作品。あと、長さはそれほど気にならないです。


12/04/14
今野 敏「果断─隠蔽捜査2─」(新潮文庫'10)

 『隠蔽捜査』に登場した竜崎伸也が主人公を勤めるシリーズ二作目。シリーズはスピンアウトを含め続刊されており、STシリーズとは別の、今野氏にとっての代表的な警察小説シリーズになりつつある。2007年に刊行された本書は、第27回吉川英治新人文学賞を、また第61回日本推理作家協会賞(長篇部門及び連作短編部門)を獲得

 とある不祥事の責任を取るかたちで警察庁エリートだった竜崎伸也は、都内の大森署署長へと左遷させられた。とはいえその措置は寛大といえるものであり、竜崎は周囲の戸惑いをよそに自分流で地域署のやり方を合理的に変化させ所轄の刑事や副署長らと仕事を開始する。そんななか都内で強盗犯人が逃走、大森署も逃走ルートに入る可能性があったため、緊急配備の要請が入る。竜崎の指示のもと合理的な手配を行い、他の所轄ではあったが犯人は確保された。しかし、その捜査の途中、管内の小料理屋で怒鳴り声があったとの情報があり、確認させたところその小料理屋から発砲があり、立てこもり事件となった。大森署が本部となり、竜崎と同級生でもあるキャリア刑事部長の伊丹が着任。竜崎自身は部下が戸惑うのも聞かず、自ら現地へと赴き、前線の本部長として指示を出す。その場でも合理的に指揮を執る竜崎は、犯人が交渉に応じないことから、SATへ発砲許可を出し突入させ、犯人は射殺という結果に終わったものの、無事に人質を解放した。しかし、犯人が所持していた拳銃に銃弾が残っていなかったことから、過剰な攻撃だったのではないかという世論が持ち上がる。

ユーモア警察小説→事件サスペンス→議論ミステリ→大逆転。構成の妙味がリアリティを加速する
 シリーズ第一作目では「変わり者のキャリア警察官」という、警察小説でありながら、どちらかというと竜崎伸也という人物の面白みが重視された内容だったように思う。真面目な効率主義者のようでいて、本質的には正義感に溢れた好人物。誤解されやすく、敵も作りやすいのだが、あまりそういった軋轢に意を介さない。こうやって書き出すと「強い」人物だ。組織のなかで生き残るには。
 二作目となる本書では、まずこの確立した竜崎というキャラクタを地域署で活躍させる。前例主義者、ことなかれ主義者、中央に媚びたい者、そういった人間をさらっと否定し、警察の本分を守ろうとする姿には、どちらかというと「ほっ」とする。ただ、周辺で同僚や後輩、部下が右往左往しているのは、それはそれで正直楽しい。
 続いては、現実に発生する事件を巡る緊迫した状況。その状況が終わると責任問題と、竜崎に休まる暇はなく走り回されることになる。現実にやると大変なのだが、上司を電話で説得する
 本書が凄いのは実はここから。 これまでに出てきた周辺情報をもとに組み上げていった理論の先には普通に見えていた事件がひっくり返るような結末が待っている。作者自身が楽しんで竜崎を動かしつつも、物語展開や謎解きについては、きっちりとミステリとしての骨法を踏むという、軽めに読めるにかかわらず丁寧な作りが特徴的な作品となっている。
 何より巧いのは、やはり立てこもり発砲事件。一義的に重要なのは立てこもりである以上、人質の無事が重要。その人質が無事に戻ってきた――というところで、思考停止してしまうという心理の隙をきっちり捉えているところ。謎の構成自体、つまり真相自体は、実際はそう凝ったものではない。むしろ小人の悪あがきといった内容なのだが、その周辺に張り巡らされた「対読者」の目くらましが絶妙に効いている。こういった手順を丁寧に進めた結果、かなり大きな大どんでん返しが開陳されるのだ。巧い。

 もちろん『隠蔽捜査』を読了していることが望ましい(人間関係など)が、場面ががらっと変化していることもあり、本書単独で読むことも可能だ。続編も刊行されており、竜崎伸也の活躍はまだまだ続きそうである。


12/04/13
森 晶麿「黒猫の接吻あるいは最終講義」(早川書房'12)

 『黒猫の遊歩あるいは美学講義』にて2011年第1回アガサ・クリスティー賞を受賞した森晶麿氏のシリーズ二作目となる長編作品。著作としては別に日本タイトルだけ大賞を受賞した『奥ノ細道・オブ・ザ・デッド』が別にあるため、三冊目ということになる。書き下ろし。

 通称「黒猫」は、24歳にして「美学」を専門とする大学教授。その彼の「付き人」を任命されている同年齢の博士課程の「わたし」は、研究対象と関連するということで、黒猫の誘いによりバレエ「ジゼル」を観に行くことになる。珍しくドレスアップした「わたし」は、劇場に黒猫の学生時代からの友人の塔馬なる人物とも同席することになる。その劇ではアルブレヒト役の男性ダンサーが演技の途中で目眩を起こして倒れ、プリマであるジゼル役川上幾美は、憤然として舞台から立ち去ってしまい、その日の公演は中止となってしまった。実は五年前、同じ舞台、同じ演目で、幾美の異父姉妹である花折愛美が舞台上で死亡する事件が発生していたのだという。しかも、この姉妹は黒猫とも当時から付き合いがあった? 塔馬は「わたし」の知らない黒猫の過去を知っているといい、知りたければ明日十一時にアトリエに来るよう、黒猫が席を外しているあいだに「わたし」を誘う。好奇心に突き動かされガラスアーティストであり、幾美の恋人でもある塔馬のアトリエを訪れた「わたし」は、塔馬のある行動によって自分の行動を深く後悔することになる……。

形而上の論理や展開が飛び交うなか、詩的な美しさと独特の間合いの物語が紡がれる
 シリーズ二冊目を読了した今なお、実は「美学」というものがよく分からない。何が美しいかという基準や考え方が学問になるというところ、分かるような、でもやっぱりよく説明ができないような、という曖昧な感覚がつきまとう。だがそのこと自体で本書の意味が分からなくなる程のことはない。むしろ、独特のミステリとして感嘆させられた。
 バレエやガラス芸術など、美学を専攻する黒猫&付き人に対し、今回相方となるのは、バレエダンサーにガラスアーティストと、芸術を自らの身体や、ガラスといった対象に焼き付けてゆくことを生き様としている芸術家たちだ。そして、ある程度ネタバレっぽくなってしまうが、進行する事件はそういった芸術家たちの感性をもって遂行されている。 芸術家の感性を持つ人間が行う、芸術家の感性に沿った事件。これは反面、事件の筋書きやディティールが、一般常識に当てはまらないということを示す。マスコミなんかが「心の闇」とかいって怖れているアレですな。
 簡単にいうと「狂気」とされる感覚で、個人的に本書最大のファインプレイと思われるのは、その「狂気」のひとことで片付けられかねない事件を扱いながら、その狂気を段階を踏んで筋道を立てて、「読者に説明しきっている」点だ。美学という補助線を用いつつ、犯人が何をやりたかったのか、何が犯人にとって完成形なのか、といったもっとも分かりにくい情動を巧みに説明してくれているのだ。加えて、それを説明し「ああ、そういうことなら動機としてはありだよな」と納得までさせるところは凄いとまでいえそうだ。

 長編でもあり、ポオのモチーフもあまり登場しない(皆無ではない)ため、前作に比べると美学美学と蘊蓄は少なめになっている印象だが、それもまた計算なのかもしれない。終盤に向けて少しずつ明らかにされる「黒猫の考えていたこと」が微笑ましく、ラストも続けることも、ここで終幕とすることも可能な演出もなかなか小憎らしい。「センス」というものを強く感じる作品。


12/04/12
二階堂黎人「増加博士の事件簿」(講談社ノベルス'12)

 パズル雑誌『ニコリ』に2005年から2012年にかけて発表されたショートショート・ミステリを集成した短編集。増加(ふえる)博士ものとしては『増加博士と目減卿』に続く二冊目となる。

収録作品の題名は
『ダイヤのJ』『狐火のマジック』『ドラキュラ殺人事件』『人工衛星の殺人』『死者の指先』『ペニー・ブラックの謎』『ある陶芸家の死』『北アルプスのアリバイ』『花の中の死体』『おクマさん殺し』『果物の名前』『カツラの秘密』『火炎の密室』『ゴカイと五階』『パソコンの中の暗号』『猟奇的殺人』『トランプ・マジック』『物質転送機』『〈M・I〉は誰だ?』『密室の中の死者』『嘘つき倶楽部』『嘘つきのアリバイ』『〈増加博士の講演〉から』『呪われたナイフ』『謎めいた記号』『ペンション殺人事件』『絞首台美女切断事件』
 密室とかで事件が起き、被害者が謎めいたダイイングメッセージを残し、増加博士が「おおバッカスよ!」と、その回答にたどり着く(答え合わせは無し)というパターンが多かったように思う(amazonのレビューがちょっと面白かったので真似しかけたが不謹慎なので止め) 

ある程度トリックで読ませる作品もある。が、基本はマッチポンプな暗号と蘊蓄のクイズ。
 作者の言葉を読む限りは〈本格〉から離れることができない、ということなので作品群は「本格」だということらしいのだけれども。作品数が多く、全てに大ネタを配置するのは難しいことは理解できるにせよ、さすがに「これはいくらなんでも……」というレベルのダイイングメッセージや蘊蓄のみのクイズが多すぎる。
 個人的解釈になるが、作者が恣意的に(都合良く)作成したダイイングメッセージや暗号そのものは本格ミステリの要素ではないと思っている。本格たり得るのは、ダイイングメッセージが何故犯人によって消されなかったのか、なぜ普通に犯人を書き残さなかったのかといったプラスアルファの要素がある時のみで、本格の要素はダイイングメッセージではなくて、そちらのプラスアルファの方にある。
 トリックで目に付いたのは、ショートショートではかなり極端に走っている『おクマさん殺し』、密室と鍵の関係が大技的強引さがみえる『火炎の密室』、いろいろ残酷な『猟奇的殺人』、血の取り方が極端ながらトリックはアリかな、という『呪いのナイフ』以上の四つかなぁ。当然、暗号系が入っていない。
 特に近年の二階堂作品で顕著になっている、設定の必然性の無さが本書でも発揮されているように思われ、ダイイングメッセージそのものが目的のミステリは、面白いと感じられない。また嘘つき村、正直村の住人の話も、いわゆる論理クイズではなく、単にマニアックな蘊蓄話を語らせ、その重箱の隅を突いて、間違っている個所がある人物が犯人という、想像できない展開で物語をまとめている。
 他、多少トリックがある作品にしても、例えば切手の幾つかの蘊蓄を複合させて無理筋のトリックをひねり出しているなど読者が多少なりとも推理を試みたくなるような作品がほとんど無いのも特徴。ただ、これも個人的感覚ではあるが、本作を評価するならば叙述トリックに頼った作品が一つもない、というところには、強烈なポリシーが感じられる。どうしてもショートショートでサプライズのみを追求するとなると、意外な犯人を仕込むためには叙述が必要になってくるのだが、恐らく「敢えて」だろう、そちらに逃げていない。ただ、逃げないことは良いのだけれど、無理筋のダイイングメッセージがその分多くなるのは、ちょっとどうなの、という気持ちになるのもまた事実で。

 もともと増加博士という存在自体がパロディであり、この形式や増加博士のわがままや運動不足っぷりも含め、ユーモアミステリとして読むのことがぎりぎり耐えられるラインではないでしょうか。


12/04/11
京極夏彦「定本 百鬼夜行 陽」(文藝春秋'12)

『大首』は「小説現代」二〇〇三年五月号、『青鷺火』が講談社から二〇〇七年に刊行された豆本が初出。ほかは掉尾を飾る『目競』が書き下ろしのほか、残りについては『オール讀物』二〇〇九年一月号から二〇一一年十一月号にかけて単発で掲載された作品。文春へのゆるやかな移行が微妙に伺えるような。

『青行燈』 『陰摩羅鬼の瑕』平田謙吉
由良伯爵家の管財人として仕事を全うしてきた平田。彼には”きょうだい”が実際に存在しないのにいるようなするという悩みがあった。管財人としての仕事が終わりに近づいたある日、由良家の長老・篤胤と話をするうちに彼は。
『大首』陰摩羅鬼の瑕』『邪魅の雫』大鷹篤志
 三十二歳になる刑事・大鷹。父親の愛人と密通し性交していた彼は、性欲を覚える度に「愚かだ」という背徳い気持ちに悩まされてきた。かつて情欲を覚えたこともある彼の隣人の若い女性が死体となって警察に運び込まれた時、思わず彼は──。
『屏風のぞき(のぞきは門構えに規)』『絡新婦の理』多田マキ
 幼い頃、料理屋の娘として裕福に育ったマキ。その彼女は屏風の上に黒い何かを見て驚いて屏風を傷つけてしまう。それから彼女は「うしろめたい」気持ちで、背徳的で乱れた生活に突入してしまう。屏風ではその気持ちは隠せないのだが──。
『鬼童』邪魅の雫』江藤徹也
 母親が死んで半日。僕はなんにも感じず、どこにも知らせず、その死体の横で食事をしている。そんな自分がおかしいと内心思っている頃に近所の人が僕たちを発見。悲しさで僕がおかしくなったと勘違いしてくれるが、僕は人でなしなのだ──。
『青鷺火』『狂骨の夢』宇田川崇
 戦争が激しくなるなか都会から田舎に疎開してきた小説家。金さえあれば何とかなると高を括っていたが本当の田舎ではどうにもならない。村人から蔑まれる老人と仲良くなる。老人は鳥が夜、光るのだという。
『墓の火』 『鵺の碑』寒川秀巳
 昭和九年に植物学者だった父が日光で亡くなった。事故死とされたがその前後の様子がおかしいと息子の寒川は事件について調べに日光を訪れ、森に住む不思議な老人と知り合った。どうやら父は「厄介なもの」を見つけてしまったらしい。
『青女房』 『魍魎の匣』寺田兵衛
 復員船に乗って戦地から戻る箱作り職人。出征前、彼には女房と子どもがいたが、妻は心を病んでしまい男は自分で必死で仕事をしながら子どもを育てた。しかし彼にとって大事なのは「箱作り」の方だった。
『雨女』 『邪魅の雫』赤木大輔
 赤児に対する村独特の厄落としの風習に”失敗”して以来、家族ともどもうまくゆかない赤木は今やチンピラ。彼は子ども時分から雨の日の水たまりに女の顔を見るようになり、その度に女の子を救ってゆく。
果たしてその行為は。
『蛇帯』 『鵺の碑』桜田登和子
いつからか登和子は蛇に似た細くて長いものを嫌悪するようになり和服の帯紐ですら握れなくなってしまう。家族のために働かなければならない彼女は仲居の仕事が勤まらず、榎木津ホテルのメイドとなる。彼女が恐れたのは蛇なのか、紐なのか……。 『目競』 榎木津礼二郎
探偵・榎木津礼二郎の持つ特殊能力「人の記憶が視える」という力。子どもの頃からそんな能力があった彼はどう感じ、どう生き、そしてどうして探偵になったのか。シリーズ全体の前日譚といえる作品。

厄介な観念と妖怪との奇妙なマッチング。サイドストーリーというよりどこか観念小説のよう。
 まだ刊行されていない『鵺の碑』から、さすがに『姑獲鳥』はないまでも『魍魎の匣』まで遡って。既に京極夏彦が世に出てから十年余。さすがに京極堂シリーズの刊行ペースはがた落ちしたとはいえ(昔話的には初期の刊行ペースは驚異だった)、ここまでの築き上げてきた世界のボリュームは半端なく多い。それでいて主要登場人物でさえ語られていない設定が数多くあることが再確認される。この人、誰だっけ?
 その一方で、本作品集の掉尾を飾る作品の主人公は、あの榎木津礼二郎。彼などは大概人気のキャラクタであり、その設定についてもある程度物語のなかで触れられてきているにも関わらず、本作はその特殊な設定について、本人の一人称視点を利用してユニークな物語に変じている。 なぜ榎木津が探偵になったのか。ただ、この作品については多少ボーナストラックめいたサービス精神が先に立っているようにも読めるかも。
 しかし、本作品集の本質はそちらではない。むしろ作品無いの「誰だっけ?」的な、無名の登場人物が何かに「囚われて」ゆく姿を淡々と描写すること、そちらが作品集のポイントのように思われる。また、既に語られた本編に部分的に触れることによって、その物語が内包していた”雰囲気”がまた、短編それぞれにプラスアルファの息を吹き込んでゆくように感じられる。
 個人的に強烈なインパクトを感じたのは『雨女』あたりか。短編でありながら、種明かしが進むにつれ強烈な悲劇性が次々に明らかにされてゆく。物語としてのハッピーエンドではなく、妄執が強烈に匂い立つ(多かれ少なかれ、そもそもこの『百鬼夜行』自体が、人々の得体の知れない妄執を集めた作品集ではあるのだが)。
 特定の観念にせよ、奇妙なこだわりにせよ、特定の何かへの発情にせよ、妖怪としての形容がなくとも「憑かれた」感じになってしまうのだよなあ。まあ、その「憑かれた」人間をみて、妖怪が想起されるというのも理解できるところではある。

 同じ妖怪を扱いながら、どちらかというとドタバタナンセンスに徹した『百器徒然袋』に対し、やはりこの『百鬼夜行』は、あくまで人間の本質を様々な角度から抉った物語。どちらかというと私小説めいた雰囲気すら漂い、正直エンターテインメントとしておもしろおかしく読める作品ではない。ただ、それでも京極夏彦の筆力と相まって、奇妙な魅力、タブーに触れる怖さのような「雰囲気」が匂い立っており、手に取るのを止められない。観念の小説。そして、それこそが禁忌だというのに……。