MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE 国産ミステリ・レビュー
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


12/05/10
あさのあつこ「スパイクス ランナー」(幻冬舎'11)

 全くノーチェックだったので読了して調べるまで気付かなかったが『ランナー』という作品の続編のようだ。表紙における題名デザインに違和感があったのはこういう訳か。書き下ろし。

東部第一高校陸上部に所属する長距離ランナー・加納碧李。彼は昨年の秋に開催された県大会の予選で一万メートルを走り、惨敗を喫していた。走ること、それ自体に怯えていたはずの碧李はまた大会に戻ってきた。出場するのは五千メートル、なんとなく落ち着かないまま出走の一時間以上前に会場入りしてしまう。その碧李を励まし、応援してくれる元ハードル選手で、怪我が原因で現在はマネージャーとなっている久遠信哉。また、碧李の母親・千賀子とまだ幼い妹の杏樹も応援に来てくれている。昨年の大会の直前に、母親が血の繋がっていない杏樹を虐待していたことに気付き、当時一波乱があった。今もまだそのことを少しだけ碧李は引きずっている。兄を応援しようと、一人で控えスペースに入り込んだ杏樹は転んで怪我をしてしまう。その杏樹を助け、治療してくれたのが名門・清都学園の長距離選手・三堂貢と新聞部の坂田光喜だった。その三堂、データベースに入っていない。そして彼はスタートに際して碧李に対して、昨年の走りを見ていたことを告げ、何故また走る気になったのかと碧李に対して問いかけるのだった。

走るというシンプルな行為の背景にある複雑なさまざまな事情とか
 本書は一旦は選手生活を諦めた主人公・加納碧李が、練習を経て久々のレースに臨む場面からスタートとなる。(前作『ランナー』はそのあたりの事情を描いた物語のようですね)。
 個人話をすると、大阪マラソンの直前にモチベーションを上げようと手に取った本。ただ、青春小説特有の青臭さ、スポーツに賭けるこれまた青臭い情熱や、感情といったところと共に、走ることが好きな人間についての本質的なことがいろいろと素朴に書かれていて、読んでいて心地よかった。ランナーがいちいち言葉に変換したりしない部分、その気持ちが活字になっているところが多い――といった印象なのだ。

 例えば。

 走ることに挑むために走る。
 自分の脚で走る。その刹那に生まれる快感と走り続ける苦痛。碧李が知っているのはそれだけだった。
 光とか風とか芝の匂いとか、今ここにあるもの全てを柔らかく受け入れるために走っている。

 ほんの序盤だけでこういったフレーズがそこここに目に付く訳で。ストーリーとしては、エンタメとしては定番だし、そう大きな起伏がある訳ではない。そこで初めて出会った少年たちが走る。片方が勝ち、片方が負ける。大きな意外性はないし、番狂わせも起きない。ただ、それでも、主人公らが抱える全ての事情を割り引いても、走った者たちの爽やかな気持ちが読者を包んでくれるのでOKなのだ。
 これは割とどうでも良いことだが、あさのあつこさんの小説を読んでいると、結構きらきらネームというのか、現代の子供たち特有の難読・当て字の名前を、登場人物に必要な個性とは無関係に、ごく普通に使用しているケースが見受けられる。ラノベ以外ではなかなか一般小説では目にしないように思うのだが、これはこれで現代的なのかもしれない。

 本来の物語的には前作の『ランナー』から順に読むべきなのだろうが、小生のように走ることのモチベーションを得たいという向きであれば、本作からでも全く問題なし。いわゆるヤングアダルト向け作品であり、後口もさっぱり。


12/05/09
道尾秀介「光」(光文社'12)

 第一章『夏の光』のみ、光文社カッパ・ノベルスの50周年記念で刊行された『Anniversary50』が初出。第二章以降は『ジャーロ』四〇号(二〇一〇年十二月)から『ジャーロ』四十四号(二〇一二年四月)にかけて連載された作品。

 硫黄分が多く魚がほとんど住まない女恋湖の側にある田舎町。この町に住む小学校四年生の利一。ちょっと抜けたところのある同級生・慎司と、その二つ上の姉・悦子と一緒によく遊んでいた。今日から夏休みという日、金持ちの同級生・宏樹が、同じく同級生で山近くに祖母と住む清孝を糾弾している場面に出くわす。宏樹によれば、皆で餌を与えるなどしていた野犬・ワンダを清孝が殺したのだという。ワンダは半年前から行方不明となっているが、宏樹の父親が撮影した写真にワンダのものと思われる血が撮影されていたのだという。同級生からキュウリー夫人と呼ばれている清孝の祖母にワンダがその直前に噛みついていたこともあり、状況証拠もあるらしい。清孝は大声でその罪を認めて、祖母の代わりに買い物に行かなければならないといってその場を去る。しかし、その祖母を含め、周囲は本当に清孝がそんなことをしたのか半信半疑だった。利一は、証拠だという写真に書かれた文字から真相に繋がるヒントをつかむ『夏の光』。以降、彼ら五人は共に行動・冒険することが多くなり、様々な事件を引き起こし、そして巻き込まれてゆく──。

柔らかなタッチで思春期以前の繊細な感覚と冒険を絶妙に描ききる
 まず、冒頭の『夏の光』のパート、これは実にキレイなミステリである。少年期特有の思い込みや、意地っ張りといった未成熟の精神感覚をうまく描写し、その乱暴な行動、論理では無く感情による論戦といった、これまた子供らしい行動が非常に自然な流れとして物語となっている。ミステリとしてのアイデアは写真トリック(?)一点に収斂するのだけれども、不自然な行動の裏側にあった感情であるとか、真相がみえると細かなところまで腑に落ちるという構成が絶妙なのだ。
 二話目にあたる『女恋湖の人魚』からは、少年たちの冒険譚に物語全体がシフトする。多少のミステリ的謎を込めている場合もあるが、むしろ誰かのために行動する彼らの姿、そして多くの場合の失敗に終わる姿に、読んでいるこちらもはらはらどきどき(死語?)させられる。こちらが大人目線であることもあるが、どうも計画段階から失敗すべくして失敗しているところなど、小学生らしさを強く感じる。その分、小賢しさがなく、感情がストレートに伝わってくる。小説構成のテクニックともいえるやり方ではあるが、きっちり「嵌まって」いるようにみえる。
 もう一つ気付いたのは、子供たちの物語であるのだが、それ以外でメインで登場する大人もまた「普通ではない」人が多いようにみえること。利一の両親は普通っぽいが、物語の主導権を握る話はない。「ところで、普通って何」と問われると困るのだけれど、本書に登場する大人たち、彼らは彼らで普通に秘密があったり、辛い境遇をかつて、ないし現在抱えていたり、悩み多き大人たちなのだ。もちろん子供らも、その境遇なりに悩みがある。全体として浮き世離れした冒険物語である一方で、その登場人物の内面が一般小説並みの深みをもって演出されているのだ。いつの間にか、道尾秀介氏はこういったテクニックをさらりと使いこなせる作家になっている。

 ミステリとしての興趣は、本格→冒険と移り変わっており、それを踏まて許容できる方なら面白く感じられるはず。正直、後半に進むにつれて少なくとも本格系統の謎解きは影を潜め、ノスタルジーの要素、サスペンスの要素が高まってくる。トータルとして終わってみると小学生中心とはいえ「青春小説」(色恋抜き)になっている。最後の事件の幕切れの微妙な幻想性も個人的には好み。


12/05/08
永嶋恵美「視線」(光文社'12)

 身近な題材を中心に独特の味わいを持つ手堅いミステリが多い永嶋さんの書き下ろし長編。

 今年三二歳になるが、ずっと裏方を中心に活動を続ける劇団員・夏帆。生計は住宅地図を作成するために使用する、地区の表札名前を記録する調査員アルバイトで立てている。普段は知り合いに会う可能性のない、人付き合いが苦手な人間にも気楽な仕事であったが、今回担当する埼玉県の四ツ坂町は、夏帆が小学校低学年の頃住んでいた町だった。興味深く町を歩き回っていた夏帆は、地元の主婦たちに不審者ではないかと見咎められる。最近、小学生が襲われる事件が発生していたらしいが、その中の一人・仙波聡美がかつての夏帆の同級生だった。夏帆の方は全く覚えていないが、話を合わせた結果、副業の自販機設置場所斡旋の可能性も出て気分も浮かれていたなか、出会い頭に不審者から怪我をさせられてしまう。ちょっとした事件でしかないと夏帆は思っていたが、その晩に現場近くで女性の他殺死体が発見されたため、夏帆はしばしば警察から話を聞かれることになる。一度きりの調査のつもりが、夏帆はその地域にずるずると入りこむことになってしまい……。

ミステリとしての興味を繋げながら、実質は現代社会の構造を淡々と描き出す
 ミステリとしては、主人公を襲った人物及び、序盤で出てくる殺人事件の犯人は誰かという点。自分が関係者になることで、事件に少しずつ深く関わってしまう主人公が、望まないままで探偵役を務めることになってしまう──という展開が自然で、その意味では先々に興味を持って読み進めるような構造になっている。
 ただ、永嶋作品の特徴というか、しばしば登場する主人公たちと同様に、主人公の立場が盤石ではなく、性格も屈折しているのだ。結婚適齢期を微妙に超えそうな独身非正規労働者。田舎に親を残して上京しているものの、その東京にしがみついている理由が、これから先も芽が出そうにない一介の劇団員というもの。田舎は田舎で、性格に難のある親戚の介護を押し付け合う状態で、当てもないまま結婚を考えていると言わざるを得ない。一方、小学校を同じくして地元に残っている同級生たちは、何のかんので収まって見栄えは確かに衰えたかもしれないながら、結婚して子供がいて専業主夫に収まっている。主人公の行動・考え方には彼女たちへの(認めたくない)羨望があり、田舎に残してきた両親はじめ親戚たちへの後ろめたさがある。主人公が抱いているような、こういった負の感覚を描くのが永嶋さん巧いのだ。
 結果、確かに殺人があるミステリでありながら、物語全体を覆うのは「現代の社会状況の縮図──非正規独身労働者vsそれ以外」といった構図。双方の感覚のズレが描き出す、ぎすぎすとまではいかないまでも調和の取りにくい雰囲気は、もう現代社会の縮図そのもの以外の何者でもないと感じられた。
 ということで、実はミステリとしては意外性こそあるものの、一応伏線はあって説得性もあるものの、この部分についてはサプライズ狙いのための構成となってしまっている印象を受けた。その犯人というか事件そのものにも微妙に社会性(日本人の攻撃性というのか)があるところなどは社会派として徹底はしているものの、普通のミステリとしてのエンタメ性が犠牲になっているように思う。

 手堅いミステリではあるし、読者の興味を引くように構成されているものの、どことなく雰囲気が重く、作中で様々な角度から描かれている社会派様相もまた重い。主人公があまりに等身大なので、読者サイドにもそれなりにパワーが要求されるタイプの作品だ。読み通せば読み通したなりに感じるところがある作品でもあるけれど。


12/05/07
三津田信三「ついてくるもの」(講談社ノベルス'12)

 2009年に光文社文庫でまとめられた『赫眼』に続く、二冊目となるホラー小説短編集。『小説新潮』『異形コレクション』『小説現代』『ミステリマガジン』『メフィスト』『ジャーロ』と出版社を異にする媒体に、おおよそ2011年から12年にかけて発表されてきた短編を一冊にまとめたもの。ここまで初出が異なる短編集は近年では少し珍しいかも。

 寿司屋で知り合った男性が少しずつ変化する夢を毎晩見るのだという。彼はあるパーティで加奈子という女性と知り合い何度か二人で会う関係になるが、彼女の思い込みがやたら激しいことに気付く。そこで距離を取ろうとしたのだが……。 『夢の家』
 高校二年生の時、帰り道で見かけた鮮やかな朱色、それは捨てられた雛人形だった。多数の傷ついた人形のなか、一体だけ無傷のお雛様。彼はその一体を家に持ち帰るが、その日から少しずつ怪異が彼の周囲で……。 『ついてくるもの』
 四つ葉荘という賃貸物件で女性二人と男性一人とルームシェアを始めた真由美。様々なルールはあったが当初は快適に生活できていた。しかし女性の一人の様子が徐々におかしくなってゆき……。 『ルームシェアの怪』
 自分にいろいろ良くしてくれた四つ年上の叔母は、後で考えると独特のセンスの持ち主だった。三十になっても結婚しなかった彼に叔母は結婚式の絵が描かれた祝儀絵を送ってきた。彼はその絵に不吉な印象を抱いたものの、一応部屋にかけ、それから忘れていたのだが……。 『祝儀絵』
 クラスに馴染めなかった転校生の恵太は、ガキ大将と共に探検ごっこに明け暮れるようになる。ある程度の冒険を終えた彼らは、決して入ってはならないという森への進入を挑戦することにした。 『八幡藪知らず』
 ある本の翻訳が成功した女性翻訳家が当時交際していた男性と一軒家に引っ越しをした。事前情報では子供のいないということだった裏の家に子供がいるようだ。その子供があまりにうるさくするので、ぐるっと回って抗議に出向いた彼女だったが……。 『裏の家の子供』
 編集者・祖父江偲が異界探訪という取材記事の対象に選んだのは、家具職人の鎖谷鋼三郎だった。彼は人間をデフォルメしたデザインをした家具を製造、カルトな人気を持っていた。家はもともと材木商であり、そこからの援助を巡り兄弟で対立していたが鋼三郎だが、祖父江の取材中、その兄の一人・照三が鋼三郎宅を訪ねたあと、行方不明になってしまう事件が発生した。 『椅人の如き座るもの』 以上七編。

怖い小説ってやっぱり本気で怖い。理屈抜きの恐怖がこれだけ味わえる作品集は希有です
 ホラー系本格ミステリの書き手として認知されている三津田氏ではあるが、そのホラー短編のキレには凄まじいものがあり、お世辞や冗談抜きで本気で震え上がるような世界を醸し出すことが出来る。前作品集『赫眼』でも大概凄まじかったが、今回もまた素晴らしく怖い作品が揃った。三津田氏の作品の表紙の多くは村田修氏がイラストデザインを担当されているが、そのイラストが発する禍禍しい魅力と作品の雰囲気が非常に近しい。(思うに、作品とイラストが惹かれ合ってとしか……)。
 個々の作品に解説を入れてゆくと切りが無いのだけれど、表題作の『ついてくるもの』がまず強烈に怖い。ちょっとした善意で行った行動から、本人含む周囲が次々と不幸のどん底に陥れられる恐怖、更に多少の抵抗は対象を怒らせるだけという恐怖、理不尽ともいえるつきまとわれ方まで。とにかく全ての要素が恐怖に奉仕している。その無軌道にして唐突な展開により、ある程度ホラー小説のパターンを知るつもりのこちらですら、全く先を読むことが出来ない。
 この『ついてくるもの』と似た恐怖感覚を喚起するのは『祝儀絵』か。こちらは原因というか主要因が分かっていながらどうしようもない恐怖にちりちりする作品。ミステリ風味がありながら、後味が途轍もなく悪い『ルームシェアの怪』、これまた取り憑かれているような怖さがじわっと染みいってくる『裏の家の子供』……。作品のパターンはもちろん、語り口や雰囲気も異なる作品群なのに、その下敷きに「三津田信三」という味わいが、がっつりと食い込んでいる。はあ。
 そして最後の『椅人の如き座るもの』、これは題名からも想像される通り、東城言耶シリーズ短編。実際不注意なことながら、全てがノンシリーズのホラー作品集だと思って読んでいたので非常に嬉しかった。ただ、作品はミステリとはいえ設定に度肝を抜かれるもので、狂気がほとばしるような作品。個人的にはいわゆる『人間椅子』ではなk、人間のような椅子を造る職人という段階で妙にツボに入りました。

 正直、心臓の弱い方、ホラー的展開やサスペンスが苦手な方にはお勧めできません。つまりは本格的に「恐怖」を楽しめる方、どきどきしたい方にはこれ以上ない程の質の高い短編集であるといえましょう。また、非常に作品全体が日本的であり、ある意味ホラー・ジャパネスクをもまたきっちり体現した作品集でもあります。


12/05/06
小野不由美「残穢(ざんえ)」(新潮社'12)

 長らく沈黙を破って今年二冊刊行された小野不由美のホラー作品。長編作品。

 小説家の私は、かつて発表していた少女小説のあとがきがきっかけで、読者の身の回りに発生した怪異体験を受け取ることがある。もうその小説群は絶版になっていたが、久しぶりに久保さんという編集プロダクションに勤める三十代の女性から実話体験が送られてきた。久保さんが一人で住まうマンションでは、寝室として使われている和室内部で「さっ」「さっ」と何かを掃くような音が聞こえてくるというのだ。最初はたったこれだけのことだった。作家は、現実的な問題がないか調べるよう連絡するが、特に問題になる要素は見つからない。その久保さんと作家は文通をするようになるが、徐々に久保さんの体験がエスカレート、帯が左右に揺れる様子を室内で目撃してしまう。作家と二人強力して、そのマンションに何か問題がないかをチェック、さららにその土地やかつてその近辺に住んでいた人の消息までも含めて調べ始める。

割り切れそうで割り切れない。いわば当たり前のホラーの常識に翻弄される感覚を楽しむ
 あるマンションにて発生している怪奇現象。それも誰もが感じ取れるものではないながら、「何か」が確実にあるという現象を取材や証言をもとに「その原因は何なのか、理由や対処が何かあるのか」という探索・見極めを行ってゆこうという展開。途中まで読んで思ったのは、これは怪異を対象とした『理由』(宮部みゆき)みたいだ! ということ。つまりは、怪異を巡るルポルタージュ形式が取られているということ。ノンフィクションならばとにかく、敢えてフィクション・小説でこういった形式をホラー系統の作品で取るというのはちょっと珍しいのではないか。その結果、一人称怪談とはまた異なる意味でのホラー感覚が励起されたように感じられた。
 一応、”作者”(作中における作家)がまとめて記してはいるものの、様々な関係者に話を聞き、それをまとめてゆくがために、いろいろな角度から「怪異」が眺められる。また、関係者それぞれにとってが真実であり、また対象が怪異なだけに第三者に納得させる必要がなく、思ったこと感じたこと、そして事実(不動産的な部分とか)が、少しずつ語られ、明らかにされてゆくうちに、感じられ方の異なる怪異が着々と頭のなかで積み重ねられてゆくような、不思議な読書感覚を味わうことになった。
 もちろん怪異でありスーパーナチュラルな現象である以上、明快な解答は得られない。ただ、このルポ形式ではどこか割り切れそうにも見えてくる(展開次第だが)──が、やっぱり割り切れることはない。この明確と不明確との狭間をうろうろする感覚が本書における「面白み」に繋がっているように思う。結局のところ「ホラー小説」の常識とういうか当たり前というか、割り切れないという感覚に一周して戻ってきていることになるのかも。

 短編ホラーのような切れは、ここまで長編になると望むべくはない。本作の場合、長編は長編としてリドルストーリーめいた面白みが滲み出てきている。また、単に怖いというだけではなく「怖い」をテーマにいろいろ試してみた、という要素もあるように感じられた。そのあたりは小野不由美さんの最初期作品(少女小説時代)にも感覚としては通ずるところがあるのではないか。


12/05/05
大倉崇裕「夏雷」(実業之日本社'12)

『小説NON』平成二十二年十一月号から平成二十三年十一月号にかけて連載された同題長編の単行本化。一応は著者の山岳ミステリに連なる作品で主人公ほか立ち位置としてはノンシリーズながら、登場人物として他の作品の主要人物が顔を見せるところがあり、ファンには嬉しいサービスあり。

 元私立探偵ながら、ある事件をきっかけに引退することになった倉持は、月島にある商店街でしがない便利屋として生活していた。そんな彼のもとに山田と名乗る初老の男から「8月までに槍ヶ岳」に登れるように鍛えて欲しいという依頼が舞い込んだ。北アルプスの急峻に挑む、その理由を山田は決して明かそうとはせず、さらに人並み以下の運動能力を精神力でカバー、月島に毎日通っては倉持の提示するプログラムを寡黙に生真面目にこなしていった。倉持は倉持で、学生時代に遭遇した後輩の事故を防げなかった負い目があり、本来は山登りは封印していたのだが、うつ病で要介護にあるうえ極端に仲違いしている父親を施設に入れる必要があり、山田はその施設への入居資格の融通と費用の提供を申し出たため、どうしても断ることが出来なかったのだ。トレーニングが進み山田の実力が備わってくるにつれ、簡単な山に挑戦してゆくうちに倉持は山田の頑なな態度がどうしても気になり始める。しかし、倉持に謎の男たちがつきまとうようになり、いよいよ槍ヶ岳が目前になった時期に山田が急に姿を消してしまう――。

山そのものより「山に挑む姿勢と理由」が謎を形作る、どこか切ない山岳ミステリ
 大倉崇裕氏の山岳ミステリ──、ご本人によるといわゆる”山岳ミステリ”を書くという意図はあまり強くないというが、やはり山(あと落語とか怪獣とか)が絡むと作品が生き生きしてくるのもまた事実。本書の場合は、父親の介護や、頑なで寡黙な山田氏、倉持が大手の探偵事務所にいられなくなった理由等々、結構切実な描写もあり、どちらかというと全体のトーンとしては明るくない(というかはっきりいうと暗い)系統の作品である。
 ただ、そういった暗い背景であるからこそか、中盤までは山田のひたむきさが、後半からは倉持の必死さ、そういった男臭い描写が読者の心に伝わってくる。 特に、山田に倉持が課すトレーニングの真面目さ、大変さという部分は地味ではあるけれども山登りへの真摯な姿勢や、山そのものに対する畏敬といった、実際のクライマーたちが持つであろう気持ちや心構えをしっかり描写しており、このあたり経験者ならではの優れた描写になっているかと感じた。
 ただ、優れているとはいえ中盤が地味目な作品であることは事実で、強烈な謎で引っ張るでもなくカタルシスもないという中盤についてはちょっと読んでいて辛抱が必要な時間帯があったことも事実。ただ、このあたりでさりげなく登場している描写や設定が、終盤できっちり伏線となって効いてくる。 ここは頑張って読み通しておくべし。
 何もないようでいて、実はいろいろありました、という作品なので終盤にかけてちょっとばたばたしてしまっている。山の描写についても、ここまで我慢(?)しながら、山に入ってからの描き方があまり丁寧ではなく、折角の山岳・登山の臨場感が味わいきれなかったように思う。(小生の感性の問題かもしれないけれど)。

 序盤から終盤にかけて最終的にはまとめきってはいるものの、途中で多少迷走しているような気も正直した。とはいえ、ハードボイルド系山岳小説として一応満足できる出来だったかと(大倉さんの本気はもっと凄いと思うけど)。


12/05/04
石持浅海「煽動者」(実業之日本社'12)

 月刊『ジェイ・ノベル』二〇一一年一〇月号から二〇一二年七月号にかけて連載されていた作品を単行本化したもの。連載時のタイトルは『V』だったものが改題されている。背景としては『攪乱者』の(一応)続編にあたる。

 普通に生活する一般人が週末だけ参加して目的を達成するテロリズム。その組織の名前は「V」。流血や死者によらず、様々な方法で現政府への不信感を国民が抱くように持ってゆくこと。その目的は手段は抽象化されており、細胞と呼ばれる数名によって形成され、互いにコードネームで呼び合い、その素性はミッションのあいだ決して明かすことはない。今回、ある企業の研究所を装ったアジトに「春日」をはじめとした八名のメンバーが招集された。掌紋認証によって閉ざされた空間内、彼らがリーダーの「三沢」を通じて命じられたミッションは子どもを通じて、現政府にダメージを与える「武器」を製造すること。各人によるディスカッションの結果、幾つかのアイデアが試されるが、致死性の低い毒物を用いて医療機関を大混乱に陥れるという基本計画がまとまった。「串本」という本部の人間が後から食事係として訪れるなか、メンバーの一人が休憩時間に首を絞められて殺害された。警察の介入は許されないなか、組織における命令も絶対であり、残されたメンバーは犯人推理と武器完成とに頭を絞る。

クローズドサークルと「日常の謎」に近い謎かけと。そこからの展開、組織の正体、どれも異色
 上で『攪乱者』の(一応)続編としたのは、作品内で触れられる”組織”と、そのコンセプトが同じだけで異なる物語だから。どちらかというと日常の謎、意外な回答というコンセプトが強く、ショートショート的な味わいがあった『攪乱者』に対し、本書は長編であり、じっくりと二つの謎(組織の命令への回答、殺人犯人の推理)に取り組む作品であること。ミステリとしてのアプローチ、サスペンスの醸成、いろいろな意味で全く異なっているといって構わない構成となっている。
 テロリストメンバーのみが侵入を許されるアジトという設定はユニーク。まあ、もともと非合法組織の集団は警察の介入はあり得ない。(このあたりは非合法組織を狙って強盗するという設定を持つ他の作者による某作とか某作とかとコンセプトは被るようにも感じた)。結果、探偵役による推理、更に科学捜査の非介入を合理的に説明できる。ただ、ミステリとしてはこの設定を徹底しておらず、犯人不明のまま一旦解散ということになってしまう。一旦解散し、再集合してからまた展開があるのだが、どことなくミステリとしては二兎を追う展開になってしまっているようにみえ、少し緊張感が途切れる印象だ。(クローズドサークルを解放するということですから)。
 犯人特定に至るロジック、というよりも注目すべきは動機か。石持作品らしい意外性ある動機が事件の根源にあり、個人的にはこういうのが好きながら、全体としては好悪が分かれそう。サプライズはむしろこの一連の事件よりも、終盤に明かされる「組織の正体」の方に強い。なるほど、スポンサーにしても何にしても、構成員の動きであるとかコンセプトであるとか、反政府とはこういうことなのだ、と妙に得心できる存在なのだ。現実にあり得るとまではいわないまでも、関係者はこういう存在を待ち望んでいるだろうと思わせた点で勝ちですねぇ。

 ミステリとして焦点がぼやけているところが正直あるけれど、それでもやはり石持ミステリらしさが強く出た作品。微妙な幕切れっぽいラストも含め、続編(真っ向からではないと思うけれど)があればまた読んでしまうだろう不思議な魅力を持つシリーズ。


12/05/03
戸梶圭太「原子力宇宙船地球号」(イースト・プレス'12)

 徳間文庫から『迷宮警視正』シリーズが出ているものの、近年は急に小説発表数が減っているように思われる戸梶圭太氏の書き下ろし長編。(とはいっても年一冊以上は出てますが)戸梶氏は昨年、山口雄大監督『デッドボール』という映画の脚本も担当されている。

 二〇一一年福島の原発事故から七年、慢性的な人手不足で原発作業をしていた未熟な作業員により再び原発爆発事故が発生、日本は途轍もない海洋汚染を引き起こしたうえ、次々と原発事故を引き起こし続け、更にそんな日本に反発するテログループによって、やはり原発事故が引き起こされ日本全土と朝鮮半島、中国、ロシアまでが深刻な放射能汚染に見舞われた。世界中の人々は絶望、地球に住むのを諦めた世界中の人類(除く日本)は叡智を結集し、スーパーコンピューター「ヤレンコフ」を装備、6000万人が搭乗可能な超巨大宇宙船「ザ・ウィル」を建造した。乗船出来ない人々の自殺推進や殺戮が常態化するなか、地球型惑星を目指して300年を超える長旅に出発した。居住ブロックは国ごとに分かれていたが、日本人は世界のなかでももっとも地位の低い、最下級労働者として扱われていた。原子力エンジンの一基で爆発が発生、この事態を収拾するために数百人の日本人労働者が送り込まれた。最悪の環境下、彼らは狂気にとらわれ互いの対立を高めてゆく──。

戸梶圭太というフィルターを通じて「視た」日本・世界の将来。行くも地獄w、退くも地獄w
 一時期の戸梶作品を彩っていた「安い」人間たちという表記というか、見方が消えているように思われた。勝手に考えるところによると、日本人という存在自体が世界規模で見渡してしまった際にはどっちにせよ「安い」ということなのかもしれない。本書の登場人物は、放射能の危険と隣り合わせ、むしろどっぷり浸かっている労働者たちが多くを占める。肉体労働専門から多少の技能が必要な職員、更には機械屋、医者とそれなりのインテリ層もいるものの、総じて日本という国家が(本書の大前提では)世界の最下層という位置づけなので、各国からの扱いは五十歩百歩。はっきりいって使い捨ての労働力としか扱われていない。その閉ざされた環境下でのサバイバルが、ある意味第一部となる。
 最低限の食料は水などがあるなかでのサバイバルは、女性が全く居ない環境下での男性をセックスの対象としてみる一部のならず者たちと、その対象者となった人間とのサバイバル。本来はその用途にない物質を合成してアルコールを醸造してみたり、都合が悪いことがあると相手を殺害して宇宙に放出するゴミと混ぜて完全犯罪を企てたりと、ろくなことがない。彼らの対立が、スーパーコンピューターの異常化を引き金に先鋭化、完全に二派に分かれての強烈なサバイバルゲームになってゆく。車を、武器を、食料を、水を。問題はその補給が無いこと。

 あほらしくもあまりに悲惨な消耗戦を終えたあと、生き残りたちが目指す中央、そしてその中央部での真実──。(実はこちらの結末はぴたりとまではなくとも、戸梶圭太氏の傾向を考えるとある程度は予想のつく内容)。幾つかの国を強烈に揶揄しているも、昨今の状況を考えるとこれもまた一種の未来予想図、「あり」だろう。(詳しくは読んで)。
 ということで自己中心的で刹那的欲望に身を任せるのが人類の真実であると。ただ、ここから多少メロウな結末に向かうところ、微妙に従来の戸梶作品が持っていた自己破滅性とは一線を画している印象だ。普通のエンターテインメント小説のような結末であり、その意図について少し考え込んだ。まあ、これはこれでもちろん良いのですが。

 「原子力宇宙船地球号」というネーミング、敢えて狙ったものだとは思うのだが、昭和期の無邪気なSFというか未来予想図の香りがぷんぷんと漂う。その夢あったはずの名前が超強烈な皮肉となって戻ってくるのが3.11以降の我々というものなのか。戸梶圭太という、一種希有な才能を持つ作家のフィルターを通じての日本人への回答(のひとつ)だとさえも思えてしまう。


12/05/02
山田彩人「幽霊もしらない」(東京創元社'12)

 二〇一一年『眼鏡屋は消えた』で第21回鮎川哲也賞を受賞した著者の受賞後第一作。書き下ろしの長編。その『眼鏡屋は消えた』に登場したイケメン猫探し探偵・戸川涼介が本作でも名探偵として再登場。本作では猫探しが取れているようです。

 なかなか就職が決まらないまま大学を卒業してしまい、現在はフリーターという名の無職となっている入江康輔。同じような境遇の仲間と飲んだ帰りに電車を乗り過ごしてしまう。ほとんど人のいなくなった車内で、ふと手にしてしまった一冊の本。それは音楽ユニット「ルナティカン」のヴォーカル・広瀬琉奈が書いた歌詞を集めた詞集だった。なぜかその詞集には、暴言を吐く若い女性の霊が取り憑いており、まんまと康輔はその霊に取り憑かれてしまう。しかもその霊はルナティカンのボーカル広瀬琉奈であると名乗る。彼女によると自分は一ヶ月前に事故死扱いとなっているが実際は何者かに突き落とされて殺害されたのだという。ただ、後ろからやられたため犯人が分からないといい、康輔に自分を殺した犯人を捜しなさい、と喚き散らして命じた。康輔は頭のなかで喚きまくる彼女に根負けするかたちでリクエストに応じるものの、ほとんど変質者扱いされ、調査に限界を感じ、入江という私立探偵に調査を依頼することにした。

ミステリの勘所が終盤に集中、中盤でのユーモア崩れのだらだら展開が惜しい
 妙齢の暴言女性幽霊に取り憑かれた就職活動失敗のフリーターさんが主人公。いきなり核心でもあるのだけれど、この主人公の性格がなんというかあやふやでいい加減で、読んでいてとっつきにくいのだ。(言い方は極端になるが)何も成していない割に、自己主張だけはやたらと強く、その主張が強い割りにちょっとした事柄や言動にすぐに傷ついて打たれ弱い。頭が決して良い訳ではなく、じゃあ、身体を張るのかというと根性がぜんぜん続かない。加えて他人の女性や男性に対し、一方的に外観や好き嫌いなど幼稚な思いこみが激しく、更にその思い込みに囚われてしまうがゆえに、そこをベースに展開される思考方法があまりに非論理的(幽霊さんにも突っ込まれてはいるものの、そのボリュームが行数稼ぎをしているかのようにくどい)。
 こういった登場人物が物語に現れること自体は別に問題ないのだけれど、一人称で延延と彼の理屈に付き合わなければならない「読書」はちょっとしんどかった。彼の一人称であり、その段階段階で推理というか思いつきを口にするものの、あっという間に関係者に否定されていくのだ。 はっきり言うとダルい。 ミステリであるし、推理なら沢山でてきても良いのだが、主人公が口にするのは「単なる思いつき」。ユーモアだと言い張られるにせよ、笑えない。
 ミステリとしては、暴言を繰り返す女幽霊が、なぜ自分自身のことをきっちり語らないのか、という部分が実は本書の大きなポイント。幽霊の評価が本人以上に最悪であるところなどなど。それらがポイントであることをなかなか見せないで(隠しておいて)最後に一気に謎解きという部分は悪くないし、最終的に評価を引き上げることになった。そこで題名を意識させるとか結構巧いと思ったが。

 ミステリとして読み終わってみると悪くない。それでもやはり中盤のたらたらした展開を思うとどうしても高い評価を差し上げられない。小説としての読者をもう少し意識していただいたうえで三作目に期待したい。


12/05/01
石持浅海「玩具店の英雄 座間味くんの推理」(光文社'12)

 『小説宝石』誌二〇〇八年七月号から二〇一一年十一月号にかけて不定期に発表された作品がまとめられたもの。石持氏の初期の傑作『月の扉』、そして『心臓と左手』に続く”座間味くん”シリーズの第三番目となる作品。実質は『心臓と左手』と非常にコンセプトが近く、シリーズで考えると二作目といえるようにもみえる。

 対人地雷を巡って失言のあった国会議員が地元出身障碍者作家のギャラリーから出てきたところを、暗殺者に刺されて死亡した。警護の警官が身体を投げ出したものの、凶器が漁業用のヤスで防ぐことが出来なかった。雨上がりのタイミングで気持ちが緩んだことが要因と分析されていたが、座間味くんの解釈は違った。 『傘の花』
 テロリストが通りがかったベビーカーの女性を人質にしようと狙ったところ、たまたまそれを目にしていた警官に阻止された。この事件にも更に裏側の見方があった。 『最強の盾』
 スポーツ推薦で有名な学校で怪我でリタイアした生徒が学校に逆襲に訪れたが、返り討ちにて殺害されてしまうという痛々しい事件。生徒は更正のきっかけを近くの交番巡査から得かけていたというが。 『襲撃の準備』
 非番の警察官が玩具店で暴漢と遭遇。立ち向かおうとしたところを一般男性の突撃によって助けられた。警察官が竦んでいるあいだにその男性は過剰防衛で犯人を殺害してしまう。とはいえ行為からその男性は英雄視されていたが……。 『玩具店の英雄』
 新興宗教団体が住宅地で巨大な仏像を製作。周辺住民は抗議をするものの違法ではなかった。警察が念のため警備するなか男が侵入、爆発物を持ち込もうとするが取り押さえられた。 『住宅街の迷惑』
 非番で釣りに来ていた二人組の警官の前で交通事故。意識不明の少年を一人が助ける一方、運転手死亡のトラックが寝たきり老人のいる商店に突っ込みそうになるのを一人が防ごうとするのだが……。 『警察官の選択』
 新幹線で移動する新興国の重鎮。新幹線をその国に売りつけるデモも兼ねていた。そこに新興国のビジネスに失敗したエリート会社員が発煙筒を持って乱入するのだが……。 『警察の幸運』 以上七編。

解決済の事件が、座間味くんの示唆にて鮮やかに反転。七つもの、世界変化の快感が素敵
 冒頭に警察関係者(後のテーマの関係もあり、警備関係者が多い)の一人称で事件に関する体験・目撃談が語られる。そこからあとは「座間味くん」と前作から引き続いての警視庁の大迫警視正、そして科学警察研究所に勤務する妙齢の女性(彼氏持ち)の津久井操さん、三人の飲み会というパターン。そこで操さんが研究しているという事件事例を、警視正の許可を得て座間味くんに説明する。一連の話を聞き終わった座間味くんは、警察がこれまで見逃していたような視点から、事件そのものを再構成してしまう……というもの。
 その他にも新宿で待ち合わせ、待ち合わせにおける書店での様子、お店を選んだあとの予約といった序盤、加えて事件関係者によるプロローグ、導入部、飲み屋での肴としての事件、そして座間味くんの推理……など大まかに決まったパターンのなかで微妙にバリエーションを付けるやり方、さらに座間味くんが意外な真相を述べたあと、大迫警視正が大あわてして捜査をやり直そうとするところ、そして、「そんな簡単に犯人は逃げない」とか、「そのままにしておきましょう」とか、座間味君が大岡裁き的発言で締め括るところまで、その方法論だけでなく、作品全体から受ける雰囲気というか空気が、鯨統一郎さんが描くところのミステリ連作集とどこか近しいように感じられた。
 ミステリとしての切り口と切れ味については相変わらずというか、非常に高い。 特に短編であるがゆえのサプライズへの持って行き方の巧さが素晴らしい。不自然さが後から指摘されると判るのだが、そこは警察関係者がスルーしても仕方無いよなあ、という手がかりの薄さ(?)の作り方がめちゃくちゃ巧い。
 また、あくまで個人的な好みではあるが、節度ある大人による上品でかつウィットに富んだ雰囲気が漂う飲み会――という雰囲気がとても好き。また、そういった雰囲気のなかであれば飲み会でありながら三人が高いレベルの推理・推論を積み重ねてゆくという展開の違和感がなくなるのだ。計算されてのことかどうかは不明ながら、石持作品でみられるかなり極端な論理展開を支えているのはこういった細かな描写の積み重ねであるように改めて感じた。

 シリーズとして非常に読み応えある展開が続くし、本書一冊として最後のエピソードでキレイにまとめる手腕も確か。これはこれで石持さんらしい職人芸の極みであるといえましょう。また、着々と作中で(実は)年齢を重ねている座間味くん、これもまた古くからの読者を喜ばせるツボを心得ているというか何というか。本格ミステリらしい味わいが詰まった作品集です。