MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE 国産ミステリ・レビュー
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


13/01/31
高田崇史「カンナ 京都の霊前」(講談社ノベルス'12)

 早いテンポで刊行されていた歴史アドベンチャー「カンナ」シリーズ、最終作にして九冊目。最後は年一冊刊行となってしまったものの、きちんとした大団円を迎えている。

 蘇我大臣馬子傳暦を巡る各方面の戦いも大詰め。傳歴を持つ早乙女諒司は、出雲で柏木竜之介と秘密裏に合流、中国地方の重鎮のもとを訪れる。竜之介は月読を奉じ、現在の天皇制を否定する玉兎において、跡継ぎに相当する重要人物であったのだ。一方、その竜之介の祖母・三好ハルは何者かによって殺害されるが、その悲報は竜之介には届かない。諒司と竜之介はそこから玉兎の本拠がある京都に向かうが、敵対勢力に襲われる。どうやら敵は諒司の妻・志乃芙の父である雲居良源が率いる忍の集団、波多野村雲流らしい。更にその地には、志乃芙本人と、二人の娘である澪の身体に憑依している冴子もいた。そもそも冴子は玉兎の幹部であり、着々とテロリズムともいえる計画を仲間と推進していた。その少し前、甲斐を救うために自らが毒を受けた海棠聡美を甲斐は見舞っていた。聡美は辛うじて生命こそ取り留めたものの、意識不明の重体のままだった。海棠聡美の祖父「名張の毒飼い」鍬次郎と相見えた甲斐は、決意を固め、中村貴湖は忍者犬ほうろくと共に、決着を付けるためやはり京都へと向かうことになった。複数の勢力が京都の山林で忍の技を使ってぶつかりあうなか、全ての秘密が明らかになる。

カンナ総決算・数多くの登場人物が勢揃い。日本史の常識を覆すことで初めて見通せる新しい感触
 某作品の解説にも書いたことを繰り返しになってしまうのだが、やはりフィクションでなければ書けないこと。どんなに言論の自由が保証されている日本においてもそのまま表現できない事柄は存在するということだ。実際に直接的に干渉が無かったとしても、一部の放送禁止用語のように「抗議がくるかもしれない」と誰かが考えただけで、コマーシャルベースに乗せられなくなる要素というのは、恐らく世の中に普通にある。
 この「カンナ」シリーズが、後半にゆくにしたがって甲斐の能力が人間離れしてゆく部分、恐らく歴史の謎のみを求める、真面目な読者には不評だと思うのだけれども、そう考えると第六感を越えた第七感といった能力も、物語の「刊行上」絶対必要要素だと思うのですよね。

 シリーズ全体を通じての謎の一つであった蘇我大臣馬子傳暦が持つ謎、「偽書であるのに、なぜ複数の集団が命を賭けて奪い合いをするのか」。直接的ではないものの、最終的にはおぼろげにその内容が明らかになってゆく。「乙巳の変(大化の改新)」の真実。藤原氏VS秦氏の血で血を洗う主導権争い、蘇我氏が「天皇家を超える程の権力・財力を当時持っていたのはなぜか」。これが、歴史のうえの「常識」をひとつ疑うことで、数多くの歴史上の「不思議とされていたこと」が説明されてしまう。特に、その背景に大陸・朝鮮半島の出来事を絡めることで動機に相当する部分の多くに説明がつくのだ。
 この「カンナ」シリーズの一冊一冊については、どちらかというと高田崇史的史観(歴史上ワルモノとされている 人物はむしろ、現実の政治のうえで貴金属の産地であったことなどを理由に迫害されてきた人たちである、)が強調されているように思えたが、そういった要素を踏まえて最後の最後にかなり衝撃的などんでん返しが仕掛けられていた。もちろんひっくり返るのは、ミステリ上の謎といったものではなくて、我々が常識だとしてきた歴史そのものであるのだけれど。

 「蘇我大臣馬子傳暦」の処置についても決着し、その他登場人物についても(概ね)ハッピーエンド、聡美と貴湖というタイプの異なる美女二人については、甲斐はどうするんだろう? という疑問のみを残してシリーズはきっちり完結。いつかまた、彼らの十年後など外伝的作品が発表していただけると嬉しいです。


13/01/30
島田荘司「アルカトラズ幻想」(文藝春秋'12)

 『オール讀物』誌に二〇一二年六月号から十月号にかけて連載された作品を単行本化した作品。初出から大幅に加筆されているという。御手洗も吉敷も登場しない(できない)ノンシリーズ長編。

 一九三九年十一月、ワシントンDCにあるジョージタウン大学の森で、娼婦とみられる女性の死体が発見された。両手首と首を縛られ、木からぶら下げられた遺体は、女性器の周囲が切り取られており、股間から内蔵が垂れ下がっていた。続いて、別の娼婦が同様に殺害されるに至って切り裂きジャックの再来とマスコミは大騒ぎをする。しかしある情報がもとになり、急転して容疑者・バーナード・コイ・ストレッチャーが逮捕される。そのきっかけとなるのが彼の執筆した「重力論文」という、恐竜に関する独自の言説であった。さらに彼は、世間には理解されにくい理由で猟奇的な事件を引き起こしてしまったため、精神病院送りとなり、さらに脱獄不可能といわれていた「アルカトラズ」の牢獄に移送される。アルカトラズでは、囚人仲間によって脱獄を唆されて巻き込まれてしまい、心ならずも刑務所の外に出てしまったバーナードは、ポーラと名乗る謎の女性に助けられ、アルカトラズの地下にある”パンプキン王国”なる場所に匿われ生活することになる――。

一冊の長編としては破綻しているといっていい。ただ、困ったことに抜群に面白い。
 ――ということで、良くも悪くも島田荘司氏しか書けない大長編であり、そもそも内容以上にこの構成・内容で商業出版で刊行することが可能なのは、島田荘司御大ただ一人しかこの世にはいないのではないだろうか。(もはやゴッドオブミステリー、単なる一編集者程度ではもうダメ出しができない?) いくら「超本格ミステリー」を標榜しようとこの超悶絶展開は一般作家にはいずれにせよ”出せ”ないだろうなぁ。
 先に文句を言おう。

 (1)連続猟奇殺人事件。刑事の事件への執念、残された子供の話。いきなりぐいぐい読者を引き込む展開。
 (2)重力論文。確かに存在した恐竜に関する、ある疑問に対する仮定。
 (3)アルカトラズからの脱出。
 (4)パンプキン王国。なんなんなんなんなんだ、これは。

 この四つ、それぞれの章同士、いかにも強引で関連が弱い。壮大な構想を作品で体現することの多い島田作品にして、長編でここまで接続の道筋が揺らいで千切れそう……という作品は初めてかも。正直に申し上げて「長編」としては破綻していると断言しよう。 最後まで読んで、なぜ第一章があれほどまでに丁寧に描写されていたのか、さっぱり理解できないし、回収されていない事柄も多すぎる。

 それでもなお、読者をぐいぐい引き込む、暴力的魅力に満ちている。 困ったもんです。
 章ごとに、(さっきまでの話は置いておいて、てな感じで)それぞれが読者を引き込む内容になっている。別に文章が特別に巧いとか登場人物に強い魅力があるということもないのに、その世界に読者として自然に没入させられてしまうのだ。(別に島田作品の場合、本作に限ったことではないのだが)
 特に感心したのは、やはり第二章。そもそも刷り込まれてあまり気にしたこともなかったのだけれども、化石や様々な遺留品が出土する恐竜、地球上であのサイズで生きてゆくことができたのか。某映画よろしく、現代の地球に恐竜が再現されたとして、敏捷に動くことが難しいであろうことは象やキリンを見るまでもなく明らか。その真相はこれこれこういうことではないか――という、まさに論文。そういう意味では、これほどスリリングな論文にはなかなかお目にかかれない。
 一方、上記の(3)(4)に相当する部分については、近年の島田荘司氏の扱うテーマ(トリック)のバリエーションのなかにある。ただ、バリエーションとはいえ、前提であるとか解答であるとかといったところがそもそも破格であり、凡人の想像力の及び解決ではない。ただ、刊行時期的な意味からの類推でで、ある程度着地点については想像した方向へ行った感。恐らく、そう事前に多少の読者に看破されたとしても、このタイミングで刊行される本作の着地点は、島田荘司はそこに求めざるを得なかったのだと思う。大人の判断というか創作姿勢というか、ぶっ飛んだ作品であっても、全てを丸め込んで納得させるカリスマの勝ちといった印象。

 めちゃくちゃなんだけれども、愛すべき作品であり、そして実際に面白い。ミステリを超えたミステリ、ないし島田荘司が書くものがミステリ。ミステリというジャンルよりもはや個人の方が大きい存在。同時代に生きて、最新作を日本語で読めることを幸福だと思わせる作家の一人である。


13/01/29
倉阪鬼一郎「不可能楽園〈蒼色館〉」(講談社ノベルス'12)

 近年、年に一度講談社ノベルスから必ず刊行される、『三崎黒鳥館白鳥館連続密室殺人』『五色沼黄緑館藍紫館多重殺人』など、倉阪鬼一郎氏のミステリ作家としての執念が結実した「バカミス」の系譜に連なる一冊。書き下ろし。

 〈蒼色館〉という名前の葬祭式場があり、オーナーの出身地の関係もあって東北新幹線沿線で多くの広告が出されている。あくまで普通の葬式会場であり、〈蒼色館〉そのものには特別な仕掛けはない。そのオーナーと生前親交があった関係で、往年の大物女優である美里織絵の葬儀が〈蒼色館〉で盛大に行われた。美里織絵は引退後は公の場には一切姿を見せず、山形にある屋敷に隠棲して晩年の姿を家族と使用人以外誰にも見せることはなかった。その織絵には双子の妹である・浪江がいたが、織絵の葬祭の最中、留守宅に賊が侵入、見習い執事と家政婦を殺害したうえ、浪江が孫と可愛がる美咲を誘拐して逃走した。織絵の親族をはじめ、動機を持つ複数の人間には葬儀に出ていたというアリバイがあり、捜査にあたる上小野田警部らは、その糸口がつかめない。捜査陣は山形の織絵の自宅に乗り込み、誘拐犯からの連絡を待った。誘拐犯は、オークションにかかれば数億もの価値を持つといわれる、美里家の家宝・経典を入れたお堂の形を模した光堂を対価として要求してきた。

味わい深い誘拐ミステリ+「本」という形式にこだわる著者の電子化不可の超絶トリック。
 いやー、いいわー。
紙の碑に泪を』や『新世界崩壊』に登場した上小野田警部の、しかも最後の事件。もともと上小野田警部は芸術的な犯罪を求める、求道家っぽい浮世離れした公務員。その上小野田警部が、事件を捜査しながら浮き世離れした発言をするうえ、捜査一課に修行にきているフランス人刑事であるとか、所轄の刑事たちとマラソン談義を初めてしまうなど、前半部に脱線が多く感じられた。ただ、従来の例でいくと、これら、あからさまにおかしい描写は必ず、別の何か、作者の意図のもとに行われる脱線であることが分かっているため、注意深く読まざるを得ない。さらに、トリックや手がかりは物語どころか、全ての活字部分に拡げられている。帯や紹介文、作者の言葉にも注意する必要があるところも、ある意味ではこれまで通りともいえるだろう。

 が、まずは前半の誘拐事件が眼目となる。大切な孫が誘拐されている事案で警察力がかなり動員されているにもかかわrず、全体として緊迫感がなく、捜査担当者にしては剣呑な発言があるなど違和感を覚える部分は多い。一部、読んでいるうちに分かったトリック(個人的な話で恐縮)があるものの、そこには理由があった。いくつも仕掛け、特に一部にはとんでもない仕掛けが込められているのだ。ネタ的にはバカミスではあるものの、相応のサプライズを味わってしまった。 ところで、蒼色館の場所って秘密だったの?
 ただ、倉阪氏のバカミスの真骨頂は(正々堂々このネタを発表しちゃうところはもちろんだけど)、やはりテキストに込めた、執念深いいろいろな仕掛けにある。過去の作品でも近似の仕掛けはあったし、長年の読者であればあるほど、今更に驚くことではないのだけれど。違和感の理由がとんでもないところからやってくるところなど嬉しくて仕方無い。こちらは単純な驚きと同時に、作者の執念に対し、お疲れさま的な複雑な感情を同時に覚えてしまう。これは作者が書籍の電子化を拒むわけだ。

 なるほど確かに──上小野田警部最後の事件です。 最初からはっきりしていたといわれると返す言葉がないくらい。改めて気付くが、この一連の講談社ノベルス「バカミス」のシリーズは、このノベルスという形式の檻から出ることは基本的にありません。万一、万に一つですが品切れになった場合はそれでおしまい。なので、普通に購入できる今のうちに「紙の本」で買って、手元に置いておかれることをお勧めしますぞ。


13/01/28
逢空万太「這いよれ! ニャル子さん8」(GA文庫'11)

 うーん。ニャル子の第八巻。『ニャル子7』の続きに位置している。(当たり前だが)。

 実はニャル子が地球にやってきて真尋の生活に干渉し始めてから、まだ二週間と半分。 風邪を引いていたニャル子もすっかり回復して、真尋の母親もすっかりニャル子、クー子、ハス太のいる生活に馴染んでしまった。相変わらずの朝から大騒ぎ、ドタバタしながら学校に行ったところ、暮井珠緒にハス太がなにやら相談があるという。放課後、ニャル子に強引に誘われて一行はカラオケに出かけ、その帰りにルーヒー・ジストーンが営業するたこ焼き屋に寄った。ルーヒーはルーヒーで、かつては敵同士だったハス太になにやら形容しがたい感情を抱いており、彼女は少ない友達のなかからある人物に相談を持ちかける。翌日、登校した面々の前に現れたのは、情報処理を担当する教育実習生として紹介されたルーヒー・ジストーンその人であった。八尋はルーヒーに猛烈な抗議を行うが、どうやら真尋自身に対する興味によるものではないことが判明。一旦停戦することになり、微妙に仲良く過ごし始めることになる。ところがいきなり、彼女の過去を知るらしい謎の邪神が現れ、最初は抵抗していたルーヒーも仕方なくその邪神についてゆくことになってしまう。意気消沈するハス太に対して真尋が行ったアドバイスとは……?

どこかでみた展開に唐突の伏線回収! パロディクオリティも高く、いつものニャル子、健在
 前半部はぐだぐた(良い意味で)。オールスターのぐだぐだ(良い意味で。だから良い意味で。大事なことなので二回書いた)。八坂真尋のもとにニャル子が現れてまだ一ヶ月どころか三週間も経過していないことも驚異だけれども、なんだこの二人の馴染みっぷりは。夫婦か。お前ら結婚してしまえ。
 さてさて、本作もまた安心のワンパターン。物語展開のうえでの変奏曲的要素は少なく、既視感の固まりのような作品でした。ぐだぐだ日常→ルーヒーが謎の悪人っぽい人物に連れ去られどこかへ→ハスターの強い願いもあって、一行で救出へ→今回は宇宙で再会。悪人をやっつけろ! やっつけた!→ 彼らの目的は一体何だったのか? 脅迫!脅迫!拷問! → 答え。ズコーッ!(吉本新喜劇風に)
 〜7巻までの日常に、普通にルーヒー・ジストーン(ある意味では年上系美女だ)が邪神仲間として加わってくる。ただ、彼女が気にしている(気になっている)のが主人公の真尋ではないところが一般的ハーレム系ラノベとは異なるところか。(但し真尋に対しては自称十七歳の実の母親が異常な興味を示しているが)。
 流れとしては前述の通り、概ねお約束そのまま。戦闘場面に本気になったハスターのチート過ぎる能力もユニークだったが、最初のボスがやられて「11人いる!」で真の黒幕っぽい悪役が登場してからの展開――。唖然とした。 本書最大のサプライズはここかな。お約束を裏切るのがお約束というか。ヒロインが主人公以外に対してここまで超絶的に暴力を振るうという作品も、ラノベは詳しくないながら結構珍しいのかもしれないですね。

「え、セラエもんをご存知ないんですか真尋さん。ガキ大将のクトーニアンに毎日いじめられる駄目邪神のハスター星人の元に、セラエノからはるばるとビヤーキー型ロボット、セラエもんがやってきてセラエノの禁断の知識で物事を解決する星民的アニメですよ」
「お前らの宇宙の流行なんざ知るか! 何だその毎回最後には必ずおぞましい結末で終わりそうなアニメは!」

「何を仰います真尋さん。シャンタッ君、歌は上手ですよ。シャンタク鳥五匹で眷属ユニット組んで歌ってましたからね。まあ、もう活動していませんけど」
「そんな裏設定を表に出すな」

「どうして真尋さんはそうやってメインヒロインに無遠慮になれるんですか! やっぱり真尋さんの青春ラヴコメは間違ってますよ!」
「間のクラフト省略すんな!」

「D・S……イニシャルか?」
「つまり頭文字はDって事ですね!」
「何で超嬉しそうなんだよ意味分かんねえよ」

「ならば私が護身術として誰にでもできる簡単な宇宙CQCを真尋さんに伝授しましょう」
「それは僕らの身体構造でもできる護身術なんだろうな。間接外してパンチを伸ばすとか相手のガードを両足で開いてからチョップとか無理だからな」

 ――今回はジョジョネタが多かったことと、フォーゼをきちんと観ていないので、それっぽいネタがよく分からないのが個人的にはマイナス。それはそうとて、侍ジャイアンツとか、作者幾つだよ? というようなネタもあって楽しいことは楽しいので、これはこれで良し。


13/01/27
三津田信三「のぞきめ」(角川書店'12)

 題名の付け方がちょっと従来と異なるので(版元の関係かな)、ちょっと構えたものの、作家・三津田信三が第三者から教えて貰った怪異譚について開陳、さらに(一応)ミステリ的な解決をつけるという、三津田ホラー・ミステリの保守本流ともいえる系譜に連なる長編作品。書き下ろし。

 作家・三津田信三が怪異を集める過程で知った市井の研究者・四十澤想一(あいざわそういち)。研究に定評のある彼が中途半端に触れた怪異に関する未発表ノートがあるとライターの南雲桂喜に誘われ、話を聞くが、どうも南雲が違法に入手したものらしく、三津田は入手を忌避した。最終的には、四十澤が亡くなり、その遺品のかたちでノートは三津田のものになる。その内容を読んだ三津田は愕然とする。彼の知人の利倉成留(とくらしげる)から聞き取った話『覗き屋敷の怪』で、彼が貸別荘でのアルバイトの最中に入り込んだ廃村は、五十年前に四十澤想一が学生時代に訪れた村と同じだったのだ――。人里離れた不便で不吉な地にある貸別荘地で四人の男女学生がアルバイトを行い好奇心から管理人に止められていた山道に入り込み、地図に掲載されていない廃村に入り込んでしまう話。『覗き屋敷の怪』
 四十澤想一がまだ民俗学を志す学生だった頃、同じく地方出身の難読名字の鞘落という親友がいた。彼は自分の出身地について黙して語ることはなかったが、ある日、地方の閉鎖的山村で分限者ながらも地域から村八分にされているといった家の状況について四十澤に語り、調査先で奇妙な振る舞いの挙げ句に死亡してしまう。四十澤は、鞘落の出身地に向かうも近くの村でも、周辺地域からその村は忌み嫌われていることが伺えた。さらにどうやら鞘落家から葬式が出たところらしい。かえって訪問を断られにくいと踏んだ四十澤は山を越えて村に向かうが、葬列と出会いそうになり藪の中に隠れる。冷静になって観察すると彼らや周囲の奇妙な振る舞いに気付く。 『終い屋敷の凶』

好奇心が恐怖心を凌駕しかかる究極状況の描写が、忌まわしくて恐ろしくて蠱惑的で困る
 長編でありながら、キレある恐怖がテンポ良く繰り出されるので、読むのが止められない。ホラー小説は短編の方が上、という説もあるが、このテンションを長編一本まるまる維持できるということが、すさまじく凄いことはいうまでもない。
 さて。年月を隔てた同一の根っこがあると思われる怪異について二つの、実話怪談風のテキストで多角的に描写するという一編。 作品の手法としては時系列を隔てた複数の怪異譚を描きつつ、終盤でそれらの根っこが同一であると推測してゆく『幽女の如く恨むもの』(やばい感想書いてない)の裏返しにあたり、先に現在に近い出来事を、実話怪談風に語り、続いてその五十年前の記録をベースに、その起源や原因について推測してゆくもの。――と、書くと簡単なのだが、その個々の出来事描写が、めちゃくちゃ怖い。

 前半の、岩を超えて廃村に入ってしまう一行や、追いかけてくる鈴の音や、様子がおかしくなってしまう仲間の様子、後半の話では、親友の生まれ育った閉鎖的な村に、わざわざ葬式のタイミングで訪れてしまう主人公が次々味わう恐怖。前半の語り手は、どちらかというと「巻き込まれ型」。バイトで訪れた場所がそもそも不吉な場所であり、本人というよりも仲間が暴走して勝手に怪異に巻き込まれてしまうタイプ。 これはこれで、自分のせいではないのに、なんで恐ろしい目に遭うのだという理不尽による恐怖がある。
 しかし、後半の語り手は自ら進んで恐怖に身を投じていく印象。 ただ、その場というか、空気や雰囲気がどうも彼をそちら向きにしてしまう(ようは怪異の側が誘っているってことか)印象で、邪悪の度合いは当然後半の方が強い。恐怖そのものに対する恐怖と同時に、どうしてもその「怖いもの見たさ」という言葉に集約される、好奇心が人間には備わっている訳で……。その好奇心のどうしようもなさが、恐怖と共に読者の胸に迫ってくるところがやりきれない。そして堪らない。

 物語中の全ての怪異に説明がつかない部分もあるのだけれども、特に五十年前のエピソードのラスト、この世の終わりともカタストロフィともいえる鮮烈な結末を迎える。 この現象、更に周辺の不可思議に対する作家・三津田信三による解釈といったところ、これもインパクトが大きい。得心というか唖然というか、なるほど確かにそう解釈もできるのかとびっくり。
 火葬の棺桶から突如飛び出した脚だとか、家の中の視線だとか、村人には見えていない人物だとか。確かにある補助線を引くことで説明がつくようになる。もちろん、それでも割り切れない「空気」が残るところが、本作の場合は褒め言葉。読了したあとに改めてカバーのイラストを眺めるとまた違ってみえてくる演出も小憎い。

 本格ミステリのひとつとしてとりあえず年間ベストの候補に入れておこうと思うレベルの作品。 ミステリとしてとはまた別に、これだけ似たパターンを繰り返しながら、読者の恐怖を煽るの、どうしてこの作者はこんなに巧いのだろう。リアルで暗くなった山道を歩いていて、この作品のこととか思い出すかもしれないと思ったら、その段階で背筋に冷たいものを感じる。
 刀城言耶シリーズや、三津田信三シリーズなど、作者のホラーミステリの系譜がお好きな方であれば、間違いなく 必読。一番とはいわないまでも、十二分に三津田信三の味わいを堪能できる長編です。


13/01/26
似鳥 鶏「戦力外捜査官 姫デカ・海月千波」(河出書房新社'12)

 似鳥鶏氏は'06年『理由あって冬に出る』にて第16回鮎川哲也賞に佳作入選、同作が創元推理文庫より刊行されてデビュー。以来、創元推理文庫を中心には「葉山君シリーズ」を執筆、2012年には同社を離れ? 文春文庫より『午後からはワニ日和』を刊行。本書は著者初の文庫以外の作品となるソフトカバー。

 七年前、幼女にわいせつな行為を行った挙げ句殺害した容疑で一人の高校生が容疑者として挙げられた。任意で同行したものの容疑は否認、自宅に帰したところ彼は自殺してしまった。被疑者死亡という後味の悪い事件と思われたまま、世間は事件の存在を忘れていった――。
 警視庁捜査一課火災犯捜査第二係所属の巡査・設楽恭介は、桜田門警視庁本部庁舎内で女の子が迷子になっている場面に遭遇した。眼鏡をかけた色白で可愛らしく、身長百五十センチくらい。彼女は、刑事部長の越前警視監を尋ねてきたのだという。その彼女、越前警視監とも親戚関係にあることは確かながら、キャリアの警部で、恭介の所属する二係に配属となった。恭介の班は、西東京市を中心に発生している連続放火魔の事件を追っている最中。しかし空気の読めない海月警部は、強面の面々が並ぶ捜査会議の最中に、奇矯なたとえ話を交えた場違いな提案をしたり、捜査中に常識知らずの行動を取ったりと、あっという間に関係者のお荷物となる。結果、恭介ともども捜査の指示が与えられない、戦力外捜査官扱いされてしまう。

ユーモアミステリで扱いきれない骨太のテーマと、それを繋ぐ接着剤の微妙な弱さと
 昨年一度読んで、感想を書きあぐねていて再読してみた。……やっと何となく分かった気がする。きちんとしたテーマをしっかり扱っているという点は伝わってきたものの、初読時にどこか釈然としなかった理由、改めて読んで分かった。この作品には良い点と同時に勿体ない点あるのだ。(以下ネタバレあり、反転無しです。注意)

 まず良い点。どす黒く骨太な事件の構図。 ライトなイラスト系の表紙からはちょっと想像がつきにくい、どろどろした事件が物語の幹となっている。特に読了後に振り返ってみると、犯人の強烈な執念、さらに大量殺人も辞さずといった信念に基づく行動があり、海月警部の抜けっぷり描写との落差が強烈。
 読んでいて気分が良いかどうかは別にして(実際、かなり陰惨である)犯人らの動機はシンプルながら納得がゆくものだ。
 さらに過去に発生した事件と、現在進行形の二つの事件が繋がってゆく構図、その背景にあるのが個人の悪意ではなく、無謬を標榜する歪んだ警察組織に対する復讐が重要な動機となっている点。誤認逮捕という図式を過去と現在の二重写しにして、告発のチカラ(社会性というか読者の納得度)を高める演出もうまい。

 さて、本作の特徴は、よくもわるくもキャリア海月警部と、相棒の設楽巡査のコメディめいたやり取りにある。これ自体はいいんです。ぬるくも生温かくも、東川篤哉氏同様、ゆるゆると見守れるタイプのユーモア。殺伐とした背景ゆえに、こういった柔らかさが物語にあることは悪くはない。また、個々の事件の扱い方、放火魔事件の真相であるとか、放火犯誤認逮捕後のやり取りであるとか、血まみれで犯人に手錠をかける刑事部長の真意であるとか小さなトリックやロジックは、さすが鮎川賞出身という意外性を垣間見せてくれる。 この、ところどころにみられる本格ミステリっぽさも本書の良い意味での特徴だといえると思う。

 さて、勿体ない点。「構図」で頑張りすぎているせいか、全体を通じての大きな流れとしてのミステリの手掛かり→謎解きの手続きが、ところどころいきなりおろそかになっているようにみえる。本書で扱われるのは、本筋を貫く骨太の幹、即ち七年前の事件の誤解と隠蔽体質、そこから派生した悲劇とラストに至るテロ事件、と、海月と恭介が捜査していた西東京市連続放火魔の事件、改めて冷静にみると、これら二つは、本来交わるはずのない、無関係の事件なのだ。ある意味偶然掘り出された、珍しい毒物が、たまたま、真犯人の手に渡ったために話が続いていっているに過ぎない。この二つを事件を物語上で繋いでいるのが、インターネットの闇サイトだけ、というのはいかにも弱い。その闇サイトの存在が明らかになるのが、一般人の高校生が偶然見ていてそれを恭介にたまたま教えてあげたから、という展開は読んでいて正直かなり「あれれ」と思った。
 また、最終的に犯人たちは、大量殺戮を狙ったテロまがいの行為を試みるのだが、そもそも、毒物が発見→販売→強奪できたこと自体偶然なうえ、通常では入手不可、メジャーな毒物とはいえないサイロームを使用したテロに向けた準備の手回し(ラジコンとか)が良すぎるところも、気になった。

 また、最終的に警察組織が主題であるのに、組織としての警察の描写や対処が甘いところも残念な点だ。官僚的な組織に立ち向かうための切り札が、海月千波(頭が良くて正義感が強いものの、天然ボケ、世間知らず、体力・運動神経無し、対人関係構築不能のドジッ娘)というのもまた、作中で狙われている構図に対して無理筋だと感じた。まあ、ここは物語のキモなので本来問題視すべきところではないのだけれど、「本当はめちゃくちゃ出来る優秀な人間であるけれど、戦力外として扱われるために、敢えてボケをかましまくった」 もしくは「刑事部長が進めるプロジェクトが気に入らない別の勢力の人間が、プロジェクト自体を頓挫させるために、無能っぽい海月を送り込んだ」とかの方がすっきりする。普通の感覚であれば、彼女の仕事を信頼するのはかなりオッズの高い賭けだろう。

 ちょっと分析的に読み過ぎているし、内容について厳しいコメントになっているとは思いますが、やはり期待の若手本格ミステリ作家であるだけに、ユーモアミステリの皮に隠れて、本来の警察ミステリ・本格ミステリとしてのポイントで手を抜いて欲しくないという、これも歪んだ愛情の裏返し。面白く読めるしテンポも良いので、あとはやっぱりバランスかなぁ。


13/01/25
米澤穂信「リカーシブル」(新潮社'13)

 二年ぶりとなる米沢穂信氏の書き下ろし作品。帯にある通り、カタカナ題名と版元が同じ『ボトルネック』と近い系統の作品という位置づけにしようとしているようだ。あれはあれでインパクト強烈だったんだけど……。

 中学一年生のハルカと義理の弟の小学三年生のサトルは、母親と三人で坂巻市に引っ越してきた。母親とハルカは血が繋がっておらず、ハルカの父親は会社の金を使い込んで失踪してしまっており、母親の故郷の近くに転居せざるを得なかったのだ。母親はホテルの従業員として働き、三人は古い一戸建てに住むことになった。坂巻の町は寂れつつある地方都市で、人口の減少が著しい。鉄道は町外れを通り過ぎ、高速道路の誘致にも失敗し、町自体の勢いが下り坂にあった。この町に来てからサトルの様子がおかしいことに気付く。ひったくり犯の居場所を当てたり、くじ引きで当たる人間のことに気付いたりと、本人は全く意識していないまま、過去や未来のことが分かるような不思議な発言を繰り返すのだ。ハルカはこの町で知り合った同級生・在原リンカから、三市合併の坂巻市のうち、ハルカのいる地域である常井に昔から伝わる「タマナヒメ」の伝説が、そんな状態を描いたものだと知る。どうやらこの地域には「タマナヒメ」は、お伽噺の昔から何人も存在し、地域に強い圧力がかかった時に、その人物に自らを差し出して圧力を逸らし、その役目を終えたあとに自死、そしてその対象となった人物も、町にかかる「報橋」というところから転落死を遂げるというもので、大昔だけではなく、つい最近含めて四度、この地域で同様の事件があったという――。

茫漠とした不安感覚。伝奇なのか現実なのか、じわじわと迫り来て高ぶってゆく危険……。
 本格というよりも、むしろホラーの手法を用いたサスペンスといった様相。対比されている『ボトルネック』も、本格というよりもSFの要素を取り入れていた作品でもあり、異色に思える点は同じか。本書、作者を伏せられて呼んで米澤作品だと看破するのはなかなか難しそうな異色作となっている。(むしろ、この弱者に対するざらざらした手触りは同じ本格ミステリ系統の若手作家で比較するならば、道尾秀介の作品に近い感じがした)。
 父親が多額の使い込みをして失踪、義理の母親とその連れ子と三人、不幸な状況での転校、感情にも財布にも余裕がないという多感で繊細な女子中学生にとって、かなり凹む状況にある。転校ではなく、新学期と同時に学校を移ったとはいえ、周囲、特にイジメの標的になったりしないようクラスメイトの顔色をうかがいながらの学校生活となっている。それを一人称で描写されるので、読者としてのこちらも浮き浮きした気分にはなりにくい、というかむしろ一緒になって凹む
 越してきたこの古くて活気の少ない町に伝わるタマナヒメ伝説――。上っ面ということはないけれど、この停滞した田舎町の感覚は『ひぐらしのなく頃に』の雛見沢(むしろ近くにある少し大きな町・興宮あたり)を彷彿させる。
 ヨソ者に対するあからさまではないお客様扱い、あまり表立てては行われない排他行動、さらには目的を伏せた懐柔と遠回りの嫌がらせ。序盤もそうだけれど、中盤、終盤に至るまでその目的が不明なので、サスペンスというよりも 茫漠とした不安感で霧のように包まれるという感覚だ。
 とはいえ単純に伝奇やホラーで終わらせてはくれず、やはり本書がミステリであったことに気付かされる展開となる。これまで説明がつかなかったサトルの超能力や、ハルカのデジャヴといった要素、さらにタマナヒメに興味を持つ人間が次々と退場する意味――が、繋がる。伏線は回収され、出来事に論理的な筋道が見えてくる。そういう意味では本格の手法は確かに使われている。一応。  ただ、そうなったきっかけが実は、母親が母親であることを放棄した結果だということが哀しすぎるし、マインドコントロールのように少し考えれば不条理、不合理な行動であっても、団結して統一行動を取る町民たちといった数々の後味悪さ、不気味さが、本格の論理に納得する気持ちの遙か上をゆくのだ。

 物語上で、真相が明らかになって事件が収拾を迎えたあと、中学生の姉と小学生の弟、物語は何となくハッピーめいた消極的結末にて閉じられていくのだけれど、彼ら子どもたちの本来は拠り所となるべき保護者の身勝手を思うと何かやりきれない気分になる。まあ、それも含めてのフィクションであるということなのだけれど。何気なく、重い作品でした。


13/01/24
津原泰水「猫ノ眼時計」(筑摩書房'12)

 津原泰水氏が一般小説に転身して二冊目の単行本となった『蘆屋家の崩壊』にて登場した猿渡と伯爵の謎めいたコンビ。再登場となった『ピカルディの薔薇』に続く三冊目の作品集にしてシリーズ「幽明志怪」最終作品(らしい)。webちくまに2010年11月から12年3月にかけて連載された『EVERYBODY'S GOT SOMETHINGS TO HIDE EXCEPT ME AND MY MONKEY』を加筆修正したもの。『続・城と山羊』のみ書き下ろし。

 かつて猿渡らとバンドを組んでいたエキセントリックなボーカリスト・五十嵐アイダベル。怪奇小説作家である伯爵と共に豆腐竹輪のために鳥取を訪れた猿渡は彼女と再会するが、彼女は超絶なる伯爵ファンであった。伯爵は用事を思い出して彼女にサインもせずに飛行機でとんぼ帰りしてしまうのを、アイダベルは追いかけようとする。猿渡は伯爵を庇おうとするものの、自称発火能力者のアイダベル は凄まじい勢いで追ってくる。 『日高川』
 偏頭痛から入院していた伊与田が退院する。猿渡は何くれと入院中の伊与田の世話を焼いていた。伊与田は猿渡、伯爵と共に自宅に戻り、階下の女性から預かっている犬をどうするか尋ねられる。そんななか、診察を担当したという女医・美作が訪れてきた。 『玉響』
 猿渡の出身地である瀬戸内海。父親が悪魔崇拝があると近づかなかった山羊の島(也美乃島)に、知り合いの女性・砂本サバトが渡ったとアイダベルはいい、伯爵と猿渡に連れ戻すのを手伝って欲しいという。おっかなびっくり渡った島は何かおかしく、島民は何かを隠している様子があった。猿渡は島内にある謎の城へと導かれそこで意外な人物たちと再会する。『城と山羊』
 一旦は城から逃げ出した猿渡であったが、彼らのことが気になって再び城へと戻る。 『続・城と山羊』
 高円寺に猿渡が川底にある謎の建物に下宿していた時代、強烈な痒みに襲われる。理由は階上に住んでいた親子が飼っている猫についている蚤らしい。そのロシアンブルーの猫には特別な能力があると少年はいうのだが……。 『猫ノ眼時計』以上五編。

エンタ、ミステリ、恐怖、サスペンス、グロ、サイコ。要素・幻想ぶっ込みでも世界が崩れない津原マジック
 しっかし五感全て使って物語世界を構築する作家である。目で見る場面だけでなく、全身で暑さ寒さから感触や匂いや味や(山羊の汁不味そう)とにかくいろいろ。また時間も自由自在に操っていて、巻末に年表があるものの、あくまで巻末の話で物語自体は前後左右に自由に飛び回る。
 また、キャッチで書いたように様々なエンターテインメント要素の集合体でもある。短編ひとつひとつがそうだしその短編のなかにある様々な要素が、また異なる様相を呈している。幻想小説風の作品あり、ミステリ風あり、サイコサスペンス風から、ナンセンス小説まで。小生が気付かないで読み過ごしている要素は他にもあるに違いない。
 一筋縄どころか縄が何本あっても足りない周到さと計算があるはずなのに、その計算結果を半分どころかチラ見しか読者に許さない。なので、一見では唐突にみえる描写や行動などが一つの物語にあるのだけれど、トータルで物語を眺めるに世界が浮かび上がってくるのだ。『日高川』。安珍清姫伝説と元バンドメンバーを絡めてみたら、化学反応で凄いことになっちゃいました。『玉響』はここまで描写されてきたエキセントリックな猿渡の性格を踏まえての、どこか哀しい物語。一応はミステリ仕立てということになるだろうけれど、狂気の果ての寂寥感が強烈なインパクト。『城と山羊』。うーんこれは頭の中に浮かんだのはフランスのモンサンミッシェルだけど、全然違うよね。人間関係とか、なんというか、スリリングなんだけれど、結末に至るに「ああ、どうでもいいじゃん」という退廃的な気分になっているのはなんでだろ? 

 怪奇現象あり不思議探訪あり本格ミステリありと読者の立場は次々と異なる視座にいることを要求されるものである一方で、活字のうえで活躍する彼らの行動は大胆にしてフリーダム。時々は現実世界からも飛んで、どこかに行ってしまっているし。ここまで書いて思った。感想を書くことはできるけれど、分析することを拒む作品なのだ。作品集全体がそうなっていて、それでいて説明つきにくい面白さで満ちているのが始末が悪い。
ついでにいうと「ここが面白いから、こう読め」といった薦め方もついでに拒絶。「なんだかうまく説明できないけれど、面白いわ、これ」こんな感じ。


13/01/23
石持浅海「フライ・バイ・ワイヤ」(東京創元社'12)

 『ミステリーズ』vol.47号から51号にかけて連載された作品を単行本化したもの。ノンシリーズの長編。

 近未来。技術系の優秀なエンジニアを数多く排出する、さいたま工科大学の附属高校。更にそのなかでも優秀な生徒が集まる選抜クラスに通う、僕こと宮野隆也。試験でクラス一位を獲得し、二位の上井未来と共に学級委員をさせられている。そんな隆也のクラスに”転校生”と称して、最先端の科学が結集したと思しき、二足歩行で人間のような動きをするロボットIMMID−28がやってきた。さいたま工科大学の一ノ瀬教授と、日本有数の重工業メーカー・稲毛重工業の共同開発なのだという。そのロボットは一ノ瀬梨香と名乗る少女の遠隔操作にて動かされており、病気などで学校に来られない生徒が、ロボットを通じて疑似通学する実験なのだという。最初は戸惑う隆也だったが、幼馴染みのヨハンや日菜子らも含め、徐々に垣根が下がり、普通のクラスメイトのように接するようになった。隆也は、梨香のあまりの絵の下手さに、彼女に対して人間的な親近感を覚えるようになる。普段は授業が終わるとメンテナンス担当者によって運び出されていたが、テストが終わった日に梨香に外出許可が出て、彼らは一緒に出かけようとする。しかし、待ち合わせ場所に現れたIMMID−28の背中には血がべっとりついており、慌てて彼女の行動を遡った隆也は、頭を殴られ大量に出血して事切れていた上井未来の変わり果てた姿を発見してしまう。

近未来予見系SF+冷静で筋道立った思考が可能のエリート学生=石持テイスト溢れる本格
 エリートの通う近未来の高等学校で発生した殺人事件。その中心にいるのは、一ノ瀬梨香という人物に操縦されているというロボットだった。そのロボットの側で撲殺される生徒。最初に学級委員の女生徒、続いてはその女生徒に好意を持っていた別の男子生徒。事件の中心にロボットがあることは間違いなく、クラスの雰囲気は最悪になってゆく――。
 出入りの監視された学校内部の事件、GPS付き生徒手帳、凶器も明確……ながら、犯人が捕まらない。というか、容疑がある有力な者すら見あたらない。何が凄いというか、全くレッドヘリングの要素を持つ容疑者が物語に登場しないのだ。教室で生徒同士が推理しても、犯人候補すら挙がらない。ついでにいうと、殺された理由も分からない。どうやらIMMID−28も映像や音声の記録から嘘はないと思われる。つまり、犯人不在の事件
 犯人候補が複数存在するサスペンスはもちろんあるのだけれど、ここまで「誰も怪しくない」のに「連続して殺人が 学校内で発生する」。これって結構、嫌系ミステリかも。近未来やロボットというテーマから、本格以外の解決があるかも、というのも読者的不安に加わってくる。
 謎解き。そして真相。最終的には、これも石持ミステリらしく、殺人の方法等は(いわば)どうでも良く、その動機がユニークという作品。 ラストの探偵役によって犯人が追い詰められていく過程もスリリング。探偵役を誰が務めるのか敢えて事前段階では分かりにくくしているのも犯人不在と関係あるかな。つまりは終盤まで探偵も不在。また、犯人の動機も、このロボットの登場する近未来SFでしかあり得ない理由(この程度はネタバレではないと思うので)で、明かされると結構「うひゃー」とチカラが抜けました。(良い意味で)。
 個人的に良かったのは、石持テイストを十分残したまま展開される、学園生活の描写だ。高校生くらいの主人公が出てこなかったということはないのだが、冷静な女性と冷静な男性が互いに高次元で信頼し合うという大人の恋愛模様を描くことの多かった石持氏が描く、高校生。まあ、その大人がそのまま高校生になっているようなのだけれども、このエリート高校&近未来という設定が微妙にうまく嵌まって、石持ミステリにおいての男女間の好意の演出に向いているように思えた。
 個人的な想像力の問題でもあるのだけれど、このIMMID−28というロボットの姿であるとか動きであるとかのイメージが、実はすごくつかみづらかった。連載時はイラストがあったのだろうし、文章だけでもきっちり拾えば形容詞が全てあるのだと思うのだけれど……。

 本筋とは関係ないのだが、本書に登場する稲毛重工業という会社以外、世の中の技術の進歩を説明するにあたって 現在存在する会社の社名が実名で登場している。パナソニック、シャープ、村田製作所等々。近未来の優れたエンジニア養成の学校を舞台にするにあたって、外資ではなく日本の企業名を挙げているところに、日本の将来に対するエールのような気持ちを感じた。まあ、単に物語を親しみやすくさせるための手段だけ、なんて可能性も否定できないけれど。


13/01/22
大山誠一郎「密室蒐集家」(原書房'12)

 アンソロジー等に作品を発表する度に高い評価を得てきた大山誠一郎氏の「密室蒐集家」なる探偵役が登場するシリーズを集成した短編集。'09年にアンソロジー『不可能犯罪コレクション』に発表された「佳也子の屋根に雪ふりつむ」、同じく'11年『密室晩餐会』の「少年と少女の密室」に三編の書き下ろしを加えた、待望の一冊。

 校庭に探偵小説を忘れた千鶴は、夜の学校に忍び込む。校庭を通った千鶴は音楽室に音楽教師が残っていることに気付くが彼女が見ている前で、音楽教師は二発弾丸を撃ち込まれる場面を目撃してしまう。犯人の姿は千鶴からは見えず、校舎が施錠されているため、外を回って宿直室に千鶴は直行、宿直の教師と用務員と共に現場を調べるが、部屋は内側から施錠されていたにもかかわらず、被害者の音楽教師しかおらず、犯人の姿は無かった……。 『柳の園』
 荻窪署の柏木は、愚連隊に絡まれている高校生の男女を助けた。鬼頭真澄と篠山薫と名乗る二人は高校生の同級生だといい、鬼頭家の子供であるということが絡まれた理由であった。柏木は二人をタクシーで自宅近くまで送り届ける。後日、柏木は、煙草の闇取引の現場を見張るが、現場は奇しくも篠山家の隣家であった。柏木は篠山薫が帰宅し、後から鬼頭真澄が帰宅するところを確認するが、それっきり誰も出てこない。二人は現場で他殺死体となって発見された。警察が監視していたにもかかわらず、犯人が出入りした形跡は無かった……。 『少年と少女の密室』
 結婚を決めていた女性画家・優子のもとを訪れた元恋人。彼が大声を出してやると窓の側に近づいたところ、女性が転落する場面と出くわす。優子は遺体をみて上階に住むホステスだといい、元恋人を帰らせる。警察が捜査したところ転落した死体は、転落前に殺害された形跡があり、さらに部屋は内部から施錠された密室であった。 『死者はなぜ落ちる』
 匿名の通報があり警察官が駆けつけた現場は密室で、鍵は遺体の胃の中から発見された。被害者はフリーライターで取材者を恐喝していた形跡があり、三人の人物が犯人候補となった。密室はプリンタのモータを用いて作られたものであったが、なぜ密室にする必要があったのか、密室蒐集家が看破した。 『理由ありの密室』
 結婚を考えていた恋人の裏切りにあい、知らない土地で睡眠薬を大量に摂取して自殺を図った佳也子。目が覚めると香坂典子と名乗る女医の診療所で目を覚ました。既に彼女は三日眠り続けていたといい、佳也子に優しく看病をしてくれた。親友の秋穂に連絡を入れて安心して眠った佳也子だったが、目が覚めると典子が殺害されていた。しかも診療所は犯人の足跡のない密室となっていたのだ。 『佳也子の屋根に雪ふりつむ』 以上五編。

使い古されたテーマ「密室」ばかりを選びつつ、本格ミステリの新しい地平をスリリングに織りなす傑作作品集
 本格ミステリと相性の良い密室という主題を使った五つの変奏曲。ある意味、本格ミステリ界隈で使い古された密室でありながら、密室そのものの不可能・不可解さが醸し出す不安感以上に、ロジックによって現象を分析・解読してゆく展開がスリリングなのだ。密室そのものの構成自体に目新しさはない。特殊な施錠方法を使用するといったアイデアはむしろ少なく、犯人の心理であるとか、計画、さらには偶然といったところによって成立するもの。ただ、その状態を解明していく筋道がとにかく良いのだ。
 過去にアンソロジー『密室展覧会』に発表され、そのアンソロジーごと年間ランキングに食い込みかけた『少年と少女の密室』、これは冒頭の記述で勘の良い読者なら気付くトリックをもってして、さらにその上をゆくロジックで本格を極めた傑作。そしてこの作品に劣らず素晴らしいのが『理由ありの密室』。「密室を作るトリック」ではなく「犯人は、なぜ現場を密室にしたのか」が作品の眼目。これに密室蒐集家による”密室講義”が加わったうえ、回答の候補を潰してゆく過程、ぞくぞくしまっせ。
 密室の成立自体は、実は偶然やタイミングによって形成される事件が散見される。ただ、そのアクシデントとしての要素を踏まえながら、密室蒐集家がきっちりと理詰めの論理で解へと到達してゆく展開は、最初の作品から。
 一時期気になったこともある大山氏の文章も大幅に改善されていて、読んでいて引っかかるところもなく、純粋に謎解きのみを頭のなかで味わうことができる。

 感想自体は書くタイミングが遅くなってしまったが、昨年に読み終わった段階で本格ミステリでの年間ベスト3級と個人的にも評価していた。結果、本ミス2013での一位こそ法月綸太郎『キングを探せ』に譲ったものの、続く第二位と高い評価を得ている。内容的に時代に左右されるものではないため、創元推理文庫あたりでずっと版を重ねてもらって、今後も末永く読み継がれて欲しい好作品集である。あと続編希望。アリバイ蒐集家とかでもいいです。


13/01/21
東野圭吾「虚像の道化師 ガリレオ7」(文藝春秋'12)

 物理学者・湯川が友人で警視賞捜査一課の刑事・草薙と共に事件解決にあたる「ガリレオ」シリーズの七冊目となる作品集。『別冊文藝春秋』第二九二号、第二九八号に発表され『幻惑す』『演技る』二作と『オール讀物』二〇一一年四月号、同七月号に発表された『心聴る』『偽装う』二作、合わせて四作品で構成されている。

 念で心を浄化するという連崎という教祖を擁する新興宗教「クアイの会」。週刊誌の取材とカメラマンがいるなか、十人いる幹部の一人が、資金横領の疑いをかけられ、自らビル5階の窓から飛び出し、転落死してしまう。連崎は自分の念が人を殺めたと警察に出頭するも、当然立件できず困った所轄は、捜査一課の草薙に助けを求める。 『幻惑(まどわ)す』
 不倫をしていた営業部長が自宅マンションから飛び降りて死亡した。草薙らは事情を聴取するが、死の直前、部長に奇妙な言動や行動が目立ったことからノイローゼによるものと判断された。しばらくの後、草薙は病院で幻聴が聞こえて暴れる男を取り押さえるが逆にナイフで刺されてしまう。その男と部長は同じ会社に勤めていた……。 『心聴(きこえ)る』
 学生時代の友人の結婚式に出席する湯川と草薙。会場は山の中にあるリゾートホテルだった。雨による土砂崩れで道がふさがれるなか、ホテルより上にある別荘地で、著名な作詞家が散弾銃で撃たれ、その妻が首を絞められて殺されているのが発見された。発見者はここまでの途上で草薙たちと面識のある若い女性・桂木多英。彼女は二人の娘であった。 『偽装(よそお)う』
 劇団「青狐」の主宰者・駒井が刺され、殺害された。犯人は同劇団の女優・神原敦子。敦子は駒井の携帯電話を奪って発信通知を残すことで自らのアリバイ工作に利用、さらに携帯電話の写真を撮影し、実際の殺害時刻を誤魔化してゆく。凶器は劇団で使用されたナイフであり、内部犯の可能性が高まるなか、敦子は青狐の後援会に所属している湯川に接触、警察の動きを知ろうとする。 『演技(えんじ)る』 以上四編。

東野圭吾のアイデア、才能、論理が絡んで迫力のミステリに。なんか素直に凄いです
 全部で四編の作品集になっているが、前半二編、後半二編とのあいだに作品上の微妙な差異があるように感じられた。というのも、多少ネタバレになるので伏せるが、前二編については「現在ある科学をベースにしたあまり一般的ではない特殊目的特殊用途の試作機」を用いた犯罪が扱われる、特殊ミステリである。その情報が一般的ではない、ないし再現が普通は困難であるがゆえに事件はあたかも魔法など非科学的な作為があったのではないかと思われる内容となり、その真実を暴くために博学で物事をフラットにみることができる、物理学者。湯川の登場が必要となる。本格ミステリ読みとしては、これらのネタははアウトなのだけれども、そんな(どうでもいい)縛りがない読者にとっては、これはこれで大きなサプライズとなるはずで、東野圭吾の深謀遠慮(特に一般読者に対して)が空恐ろしい。
 一方で、後半二編については、ある意味、普通の本格ミステリ。 第三作の『偽装う』に至ってはいわゆる陸の孤島(外部からの接触絶たれる状態)まで演出されている。(ただ、東野圭吾凄いっと感心するのは、陸の孤島を利用はするものの、警察及び鑑識の捜査を全く舐めていないこと。つまりは後から入った科学捜査で真相はすぐに見破られる――ことを、さらに前提に物語をどんでん返し含めて構成していること)。『演技る』は倒叙形式。犯人は既に判明している前提で物語が進行しているのだけれども、彼女の一部行動について説明がなされておらず、その部分が湯川によって見とがめられることが真相解明への大きな鍵となっている。
 後半二つはどちらかというと、本格ミステリのベーシックな手法をミステリ部分に用い、『偽装う』では悲哀を『演技る』では狂気をストーリーに振りかけることで奥行きの深い東野ミステリへと昇華させてある、という印象だ。一流の料理人の仕事をみている気分になる。

 つまり四作品、どれも手慣れた、でもなかなか他では味わえないかたちで料理されており、それでいてミステリとしての魅力だけではなく、物語としての深みが付け加えられている。文章の読みやすさも言わずもがな、さらに草薙や内藤、そして湯川といった人物の”キャラ立ち”も十二分と、いろいろ巧すぎて文句の付けようがない一冊。強いていうならば、その隙の無さがかえってしんどいという人もいるかもしれないくらいか。
 四編、先に述べた通り、実は微妙にタイプの異なる作品でありながら、一冊にまとまると(題名の付け方だけではなく)、それなりに統一した感覚にまとまっているところも、考えてみれば凄いこと。