MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE 国産ミステリ・レビュー
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


13/02/28
津原泰水「廻旋する夏空―クロニクル・アラウンド・ザ・クロックII―」(新潮文庫'13)

 一作目、『爛漫たる爛漫』に続くクロニクル・アラウンド・ザ・クロック(略称クロクロシリーズ)、三部作の二作目にあたる作品。文庫書き下ろし。

 人気ロックバンド『爛漫』のボーカリスト・新渡戸利夫が薬物の過剰摂取で死亡した。『爛漫たる爛漫』では音楽ライターである向田むらさきの娘・十七歳の登校拒否娘・くれないが、利夫の兄で、爛漫を作曲などで影ながら支えていた鋭夫と仲良くなるが、鋭夫が登壇するステージで感電事故が発生、その事故を仕掛けることの出来た女性PA・和気さんが死に、その背後で禁止薬物を扱っていたと思しき人物が、黒幕と思われたが――。そして、爛漫のベーシスト・板倉史朗が岩倉のステージで暴漢に刺され、入院。その入院の見舞いに来た爛漫メンバーの前で、元マネージャーの鵜飼が、利夫の代わりになるメンバーを入れ、爛漫を復活させたいという。史朗と鋭夫は反対するが、その候補者は、無くなったPA・和気さんの弟で、そこそこの実力の持ち主だった。くれないは病院内で迷子になり、偶然に先の事件の結果、昏睡状態になっている武ノ内が、同じ病院に入院していることを知る。しかも、彼女が病室にいるタイミングで、訪れた何者かが生命維持装置を無効化し、武ノ内を殺害する。手掛かりは、くれないが聞いた足音のみ、そしてくれない自身も容疑者となる。果たして爛漫は復活するのか――?

ミステリとしてひっくり返る一方、青春小説としての柔らかさと切なさがじんわりと浸みてくる
 本書は、前作を「ひっくり返す」作品につき、本シリーズは必ず順番に読んで欲しい。

 前作は読んだね? ということで、一作目『爛漫たる爛漫』のあとがきにて記述されていた通り、前作がいきなりひっくり返された。どうやら前作で犯人と目されていた人物は真犯人ではなく、操られただけらしい、ということが分かった以上に、本作ででもともと昏睡状態で登場する彼は被害者として殺されてしまう。まあ、生命維持装置が外されるというかたちなので、あまり阿鼻叫喚の地獄絵図とならないところは救いではある。
 一応、前作の「あとがき」でひっくり返すと宣言されていたのでそれにつきあったが、この短い第二部、ミステリとしてのあれこれよりも、より青春小説としての、手の届きそうで届かない切なさみたいな何かに満ちている。向田くれないの、欠落感のある生き様と、彼女に寄り添うような、やはり欠落を持つ鋭夫。コンビニの大根ご飯にほっこりとし、彼から離れることを予感するくれないというあたりなど、気付くと泣ける。探偵役となる人物の強引さ、大人の論理がせめぎ合うバンド復活の交渉。細かなところが、人間味に満ちており、それがまた登場人物のリアルっぽさへと繋がっている。小さな仕草で人間を描き出してしまう演出、心憎いばかり。

とても短い、薄い文庫本であるのだけれど(もちろん『爛漫たる爛漫』を読了している前提で、それでも作品から発するキレが良い。犯人特定の手段は、本格からすると犯則技かもしれないながら、真犯人の判明から醸し出されるそこはかとない切なさ、哀しさ、これもまたミステリよりも青春小説としての味わいを補強しているように思うのだ。うん。


13/02/27
皆川博子「双頭のバビロン」(東京創元社'12)

 『ミステリーズ』Vol.30(2008.8)からVol.43(2010.10)にかけて連載された長編を単行本化したもの。

 母方がオーストリア貴族に連なるユダヤ人の家に男の子の双子が生まれた。二人は腰の部分で癒着しており、母親から帝王切開で取り出されたが、母親は死亡。それでも家に余裕があったこともあり、そろって大事に育てられた。四歳になったある晩、当時最高の技術をもって二人は切り離され、一人はゲオルクという名でもともと存在した者として扱われ、長じてウィーンの名門貴族グリースバッハ家に養子として迎えられる。一方、もう一人・ユリアンは存在していなかった者として、ヴァルターという男と共に〈芸術の家〉と呼ばれる、精神に問題のある者たちを収容する施設にて育てられる。ゲオルクは優秀な学生であったが、グリースバッハ家に取り入ろうとするブルーノの陰謀もあって、一人の女性を巡って格上の貴族の息子と決闘する羽目に陥り、勝負には勝ったものの、圧力からグリースバッハ家を放逐され、仕方なく太平洋を渡りアメリカ・ハリウッドへと向かう。ゲオルクは、ハリウッドで苦労しながらチャンスをものにし、悪役俳優、そして脚本家・監督として名を上げてゆく。ユリアンは、〈芸術の家〉にて高度な教育を受けながら、神父に育てられているツヴェンゲルという少年と仲良くなる。ユリアンの保護者であるヴァルター・クッシュは特殊な双子であるゲオルクとユリアンに興味を持ち、二人の精神感応や自動書記といった能力開発を進めようとしていた。紆余曲折の末、自分の存在がなかったユリアンは、ゲオルクの身代わりで、ツヴェンゲルと共に従軍、死線をくぐり抜け、自分の名前を得ることに成功するのだが……。

擦り切れた絢爛とぼろぼろの栄耀、特徴ある三都を舞台に繰り広げられる一大どころか二大絵巻……。
 最初に読んだ時は圧倒されて感想どころではなかった。あまりにもイメージが大きく頭の中で拡げられてしまった結果、何を書いて良いのか分からなくなったのだ。そして今回、一年弱を置いて、二度目の読書に挑んだけれど、結局またあまり変わらない感覚だ。ひとことでいうと凄すぎる。 から。
 じゃあ、二回目を通読した今、何が書けるかってえと、やっぱり大したことは書けないのだなこれが。

 日下三蔵氏が著者にインタビューした際に、現在の皆川博子さんは山田風太郎が明治物を著した時期に近い(大意)といったコメントをしていたが、小生もそれに同意。実際にあった歴史、そしてその歴史上に現れる都市、本作でいうと第一次世界大戦前のウィーン、大戦後のハリウッド、そして無声映画が主流(というかトーキー出現以前)の、映画界の状況、汚濁と鴉片に汚染されながらも、独特の活気を持つ戦前の上海。どれも違う空気をまとった「魔都」が、実際見てきたかのような筆で自由に闊達に描写される。 こちらは活字を読んでいるだけのに、まだ見たことすらないのに、なぜか当時の空気で読者の周囲を包み込むのだ。ウィーンのちょっと気取っていながらも、不衛生で古くさい街並み、ハリウッドの気障ったらしく、新しいのだけれどどこか冷たい雰囲気のある街並み、がちゃがちゃ五月蠅く、もっとも穢く貧しいのだけれど、生命そのものの活気が全てを覆う上海の街並み。もちろん、それらを繋ぐ、快適と はほど遠い、地獄のような船旅も。
 物語自体の筋書き以前に、凄絶にして美しい歴史上の大都市が瞼に浮かぶ段階で、もう奇跡といって良いのではないか。しかも、舞台は海外、だけどこれ日本語でっせ、さらに。

 運命の双子、そして流転する運命。彼らに関わる複数の男女の、それまた彼らの数奇な運命。映画界、貴族、上海暗黒街の大物たちまで巻き込んで繰り広げられる人間絵巻。人間の繋がりだけでなく「映画」という筋が通っていることで、ばらばらに掲げられているタペストリーがうまく繋がっているような印象がある。
 そして、そこで繰り広げられるのは、背徳感に溢れた、人間同士の生々しい結びつき。 本書の場合、基本、男同士。女の子に見えても○○。恋人同士の愛情、家族の愛情といった、ノーマルな人間たちが求めるような結びつきの斜め上をゆく、無垢の魂同士が求め合うような、激しく生々しい感情が作品に滾っている。
 もともと皆川博子さんの描く作品では、普通の意味の男女の愛情が描かれることは少ない。見目が麗しい、性格が合う。そういった凡百の我々とは異なった、運命や変態的趣味など数奇な理由で結びつく恋人たちがしばしば描かれる。年の差、性差、肉親同士といったタブーは、むしろ愛情の調味料として使われたりする。
 歴史や都市が前面に出る本書も、また終わってみると、その系譜の愛情の物語であったことも分かる。
 ただ、一方で愛情を描くだけではなく、最初に立ち戻ってしまうが、皆川さんはこの時代や空気というものをまた、自分の手できっと描きたかったのだろうなあ、ということも感じられるのだ。

 物語の概況を把握できる中盤までは、読むのが結構大変な作品。読書慣れしていない読者は途中で投げ出す方も多いだろう。でもそれで構わない。この読了後のなんともいえない感覚は、通読できた者同士が持つ共通の悖徳感として共有すべきものだと思うから。


13/02/26
折原 一「潜伏者」(文藝春秋'12)

 '95年に発表された『誘拐者』から始まる「○○者シリーズ」に連なる長編作品。書き下ろし。同シリーズは現実事件を下敷きにするケースがあるが、本作は独立したフィクションのようだ。←ご指摘あり。本作は足利事件を下敷きにしているとのことです。気付かなかったのですが序盤の展開は確かに近しいです。

 売れないノンフィクションライターの笹尾時彦は、とある理由からミステリ新人賞の下読みを担当することになる。そこで割り当てられた作品のなかに『堀田守男氏の手2』という、手記風の文章があった。作者は松下未来なる人物。小説としては全く破綻しているものの、かつて発生した少女連続消失事件の重要容疑者として拘留され児童ポルノの罪で服役している人物と同姓同名の「堀田守男」の名前に笹尾は引っかかり、その前の回に応募されたという「1」を探し、出版社の倉庫を漁り、首尾良く発見する。笹尾はその過程のなかで、同業の女性ライター、高島百合子と再会、彼女もまたこの事件を追っているという。行方不明になった少女は三人。笹尾は、その家族との接触を図り、様々な残された者の悲劇を感じ取る。そんななか、一貫して少女略取については無罪を主張してきた容疑者・堀田守男が釈放された。堀田に対し、支援をしてきたある女性が、彼と獄中結婚を果たしており、身もと引受人となった。しかし、隠されていた殺意はここからまた蠢きだしてゆく――。

果たして誰が「潜伏者」なのか──。ルポルタージュ風の展開から思いがけない真相へ
 ちょい厳し目になるけれど、手法そのものはこれまでの折原一のやり方そのもので、読んでいて違和感はないのだけれど、その手法の結果立ち現れてくる幻影、もしくはそれに類するものの発する輝きが少しずつ減衰しつつあるのでは――、と思った。
 はっきり言うてしまうと、これまでの力作に比べるといくつかの理由から残念な印象がむしろ強かった。
 このシリーズというか、このテーマにおける折原氏の作品では、錯誤や叙述といったトリックは、読者に対するサプライズだけが目的ではなく犯罪が行われている「場」での独特の緊張感や、犯人と思しき人物の一人称や手記を読むことによるサスペンス感覚など、雰囲気作りの側面が強いと考えている。しかし、本作、二人のノンフィクションライターが過去の事件を追うという展開、また、その対象となるかつての少女略取犯の容疑者も、小悪党っぽさこそあるものの、そう不気味な存在ではない。途中で人は殺されるし、行方不明になった娘たちの親など、何か腹に一物はありそうなのだけれども、直接的に何かしてくるではなし。つまりは恐怖感、サスペンス感が他の折原作品に比べると薄いのだ。(これまでだと結構胃が痛くなるようなサスペンスがあったことに比べると)。
また、題名含め、結末はなるほど、よく考えられていると、真相が明らかにされた瞬間は思う。  とはいえ、真相についてはかなり驚かされる。 ただ、そのあとからまた「えー、でもこのあたりは現実問題としてどうなの?」とフィクションであるながら、実際に可能なのかとか、中途半端な原稿を出版社に送る行為だとか、犯人の動きだとかに、微妙にぎくしゃくした感覚があとから想起されてしまうのだ。リアルを舞台にしているのに、どこかリアル感が薄いという、中途半端な気持ちにさせられてしまった。

 あと、これはあくまで個人的な感覚だが、児ポに対する嫌悪感がどうも作品全体で薄い。個人的には法律以上の制裁があって然るべき所業(刑務所に入った程度では償えない罪)だと考えているので、登場人物たちの台詞やその対象への、他の普通の犯罪と大して違わない態度がものすごく引っかかった。(繰り返しですが個人の感想です)。

 個々のトリックであるとか、複雑に混じり合うプロットによって浮かび上がってくる真相であるとかは、さすがベテランと、素直に感心できるレベルにある。 だが、トータルとして、先にも述べたようにいろいろ引っかかるところが存在する分が、そのままマイナスの読後感となっている。


13/02/25
黒川博行「繚乱」(毎日新聞社'12)

 『螻蛄』以来? 3年ぶりとなる新作長編。第138回直木賞の候補作品にもなった『悪果』に登場した、(当時は) マル暴所属の刑事だった堀内と伊達が再登場、警察OBとしてコンビを組んでいる。『サンデー毎日』誌二〇〇九年二月八日号から二〇一〇年二月二十八日号にかけて連載されていた長編。

 『悪果』の事件後、ある悪事が発覚してしまい警察を退職した堀内は、まとまったお金をつかんだものの銀座で愛人が経営するスナックの赤字につぎ込まれており、自身は無職で無聊を託つ日々を送っていた。そんななか、大阪府警時代にコンビを組んでおり、愛人のヒモに刺されて同じく警察を退職した伊達と再会する。伊達は、競売専門の不動産会社に再就職しており、その調査の一環で東京に来ているのだという。伊達は強く堀内を誘い、二人揃って帰阪。伊達の紹介で堀内はそのまま不動産屋・ヒラヤマ産業の嘱託として働くことになる。コンビの初仕事は中堅パチンコ店「ニューパルテノン」の調査。巨額の債権者が多数いるこの店が近く競売にかけられようとしているらしい。中途半端な債権者が競売を先導していることが不審で二人は調べを進めるのだが、店には多くのヤクザや元犯罪者、さらには警察OBなどが多数絡んでいることが判明、さらに二人が話しを聞いた従業員が行方不明になった挙げ句、奈良で不審な交通事故死体となって発見された。二人はその裏に不自然な作為を感じ取るのだが――。

「悪徳警察官もの」の進化系(?)「悪徳警察官OBもの」という新境地
 警察権力を笠に着て、法律を破ったりもみ消したり、弱者を脅したりと好き放題するのが一般的な悪徳警官もの。その悪徳警官には二種類あって、事件に際して解決する気があるものと、解決する気がないものとに分かれる。(当たり前だけど) 荒っぽく強引なやり方なりに事件に立ち向かう前者はハードボイルドなり、本格なりのミステリになるし、事件があっても放っておいて自分の利益のために行動する後者は、悪漢小説、またはノワールになってゆくのが一般的な展開だ。
 本書の場合は、どちらかというと前者、つまり真相の解明に非常に前向きでありながら、手法は悪徳警官のそれ、しかしその立場が警官ではなく「警察官OB」であるところがユニーク。そもそもが、警察官OBをコンビにして、ヤクザ顔負けの方法で、過去の事件の真相に迫ってゆく(但し目的は自己の利益だけど)という手法自体、過去に同じような例はないのではないか。
 ちなみに、彼らの捜査方法は警察手帳がないだけで、やり方そのものはやはり警察官、マル暴刑事のそれ。喧嘩慣れして身体の大きい二人で組んで、ヤクザや証言者に圧力を掛ける、警察OB、後輩や同期の伝手を使う、相手の弱みをネットワークで握ったり、搦め手で取り込んだりして、好きなように操る、警察OB同士の連帯感を利用する──といった、警察官ではないけれども、警察権力の特権とかなり近いところを使い、時に危ない橋を渡りながら、事件の核心に迫ってゆく。
 金遣いは荒いし、粗野で強欲で助平だし、暴力を何とも思っていないしと決して良いヤツらではないのだけれど、素人相手に我欲を張るでなし、自分たちの気持ちに正直だしと、間違いなく悪人であるのに、読んでいて「嫌さ」が全く感じられない。 黒川作品の特長でもある、関西弁を繰る二人組による、漫才トークも当然健在、読んでいて飽きさせない。(関西人同士の普通レベルの会話なんだけどなぁ)。

 ちょっと結末に至る部分で急いでいるようにもみえるけれど、全般のテンションが高く、読んでいるこちらもどこか高揚させられてしまう。扱われるテーマそのものが不動産の競売で、そのからくりは専門的ながら、そこにサプライズを仕込んでいない分、読みやすくもあった。他の黒川作品にしてもそうだが、主人公二人、本書の場合は堀内と伊達の造形がやたら人間くさく、なぜか応援したくなるんですよね。


13/02/24
森博嗣「ジグβは神ですか」(講談社ノベルス'12)

 気付くと長い期間刊行が中断されていた、森博嗣氏のGシリーズ、本書が八冊目となる。しかし、前作『目薬αで殺菌します』」から4年以上が経過しており、久しぶりに手に取った気がする。と、作品内でも同じくらいの時間が経過していた。

 N大学生だった、加部谷恵美、雨宮純、山吹五月そして海月及介らも社会人となっていた。隣県で公務員となった加部谷、地元テレビ局に理系で就職しながら現在はレポータのような仕事をしている雨宮、西之園萌絵に指導を仰ぐ大学院生・山吹、そして遠くW大に転籍をして東京に住む海月。海月から土曜日は時間が取れないとつれない返事を受け取ったものの、残り三人は宿泊費用が非常に安い、美之里という施設のコテージで一晩をみんなで過ごそうと訪れた。美之里はスポンサーが運営しており、一般が立ち入れない地域で芸術家たちが自給自足のような生活を営んでいるという。美之里にいるという女性を訪ねて、かつて赤柳と名乗っていた(今回は水野涼子という名前)探偵が、地域のインタビュアーを装って訪れる。彼女は、加部谷らと数年前に会っており、四人は再会を驚き、そして喜んだ。しかし水野は尋ねたその相手の遺体を発見してしまう。遺体は棺桶に入れられ、梱包用のラップでぐるぐる巻にされた状態となっていた。

講談社ノベルスでの、これまでのシリーズオールスターたちのさりげない競演が、通し読者を喜ばせる
 正直にいってここに至って本書で初めて森博嗣作品を読むという方は、ごく少数(いるのか?)というレベルであろうし、ついでにいうと内容的に全く勧められない。本書はあくまでシリーズの過半をこれまでしっかり読んできたファン(語弊があるが、信者と呼んでも良い)を対象にしたエンターテインメントだと思う。
 芸術家の集まる宗教的な集落で発見された、棺に入れられ、かつラッピングされた若い女性の死体。美しいといえば美しいのだろうけれど、人里離れた場所でもあり、そうされた理由が分からないという居心地の悪さはある。最終的に海月らが辿り着く、遺体の置かれた状況から類推される犯人と動機。もちろん、論理としては破綻しておらず、成立し得るトリック(というか経過)だとは思う。が、正直、その論理は多数考えられる理屈のうちのひとつに過ぎず、結果的に作者が特権的にその流れを正解と認めたために得られた正解だという印象なのだ。
 このGシリーズの主題と絡むのかもしれないが、一連の流れのなかで真賀田四季という天才が、超絶のカリスマとして描かれていて、事件の遠因は必ず彼女の存在へと繋がっている。その真賀田四季のカリスマ力(りょく)が半端なく凄まじいため、「動機」に全く意味がない。 「お前は誰かが死ねといったら死ぬのか?」という命題が通用しないんだもん。命じる以前に察することで死を選ぶような人々が複数登場してしまうと、ミステリとしての推理は出来ないですよ。(という意味を逆説的に気付かせてくれるわけでもあるか)。

 なので、ミステリではあるものの、本書の読みどころは別だと思うのだ。ネタバレになるので具体的には書かないけれど、これまでの「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」といった、一連の「森ミステリィ」を読み続けてきたファンがニヤリとするようなエピソードというか要素がかなり多く採用されている。そもそもが叙述っぽく登場人物の素性を隠すことの多い著者が、その手を緩めて多くの登場人物の背景について回答を提示しはじめている――という印象がある。明示されていなくとも類推できる範囲であるところなど、匙加減も結構巧いです。 ○○と××が同一人物? するとあの時に名前のあった▲▲は……? 

 さらに、そういった内容とは別に、

 生粋の理系、合理主義者である森博嗣氏の作品からは何かしら、示唆に富む表現があったりする。もちろん登場人物が全て作者の気持ちを代弁しているとはいわないが、その想像力の及ぶ範囲であろうし、無関係ということはあるまい。本書の場合は、事件に際し、マスコミ他が必死で犯人の動機を調べることについてのコメント、これが心に残った。

 ただ、作品のクオリティとしてはそう以前と変わらない印象だ。長期間継続されたシリーズ全体の伏線をしっかり回収にかかっているところ、お付き合いしてきた甲斐があるというもの。ここまでくると最後までお付き合いすることも確定的ではありますが。


13/02/23
大村友貴美「前世探偵カフェ・フロリアンの華麗な推理」(角川書店'12)

 『首挽村の殺人』で第27回横溝正史ミステリ大賞を受賞してデビューした大村友貴美さんによる連作短編集。『デジタル野性時代』に発表された前半三作品に加え、書き下ろしで後半二作品が付け加えられている。

 表通りを一本入った小路、うらぶれた雰囲気を漂わせた入り口。しかし、一歩入り口を入ると豪華な内装とオネエ系のママ・ショウが迎えてくれる。昼はカフェ、夜はゲイバーという店で、さらにショウは前世が見えるという人々に対し、相談に乗ってくれるという特技(?)があった。
 五年前に小料理屋の女将と駆け落ち、そのまま行方不明の祖父・キサブロー。しかし最近、突然に小学生にもならないような子供が家に現れ、あたかも自分がキサブローかのように振る舞っている。孫の南美と母親は戸惑うが、言動はキサブローそのもの、さらに彼は自分は駆け落ちなどしていないと言う。 『キサブロー、帰る』
 大学生カップルは、それぞれ運命の出会いを感じたという。二人は怖い夢を見るようになり、調べてみるとどうやら二人とも前世で二十五年前に発生した連続殺人事件の被害者だったという。 『ロスト・ヴィレッジ』
 設計事務所に勤める地井は、しょっちゅう処刑される光景をみるのだという。なかでも気になるのはイヅツタカシなる人物の夢だ。彼は明治二十年頃、ある人物の暗殺計画に荷担したかどで刺客として切り殺されてしまうのだという。 『僕が殺された日』
 妻にも勤め先の役所でも、何かと人に使われてばかりいる寺見鈴太。彼の前世は奥州の武士であり、虐げられることの多い彼の心の支えは、その前世だった。しかしショウにその前世と彼は無関係と断言され、落ち込んでしまう。   『虐げられた男は逆襲する』
 カフェ・フロリアンに出入りする青果店の娘。祖母が最近前世のことをよく口にするといい、更に八戸にある寺の境内を掘り返して欲しいと頼むのだという。どうやら江戸時代に亡くなった女性の秘密がそこにあるというのだが……。『また逢う日まで』 以上五編。

あんまり探偵系の物語(ミステリ)ではない、けれどなんか、んー、いい話。
 残念ながら、題名にある「前世探偵」という設定自体は、実はあまり機能しているといえない。探偵役(ということになっている)ショウにせよ、他人の前世が見えるものではなく、あくまで「前世を見た」という人々に対してアドバイスをしているに過ぎないし、彼らの抱える問題に対して推理をする訳ではない。そのため、カフェ・フロリアンという、どこかアンバランスな喫茶店についても、ごたごたとした飾り付けもまた無駄になっている。常連客の一人がある職業にある点は必要だけれども。「ミステリとして」の視点からは、評価が辛くなる。
 ──ただ、「物語」としては、それぞれがとてもしっかりしている。
 祖父のキサブローが乗り移ったかのように働く幼稚園児という設定がユニークな『キサブロー、帰る』、この状態ではじめて分かる「駆け落ち」の真相に加え、意外なその顛末が明らかになると、それまで性格などで片付けられていたある人物の行動が全て腑に落ちるものになるなど、良い構成だと感じた。ミステリとして特別に突き抜けた展開ではないけれど、見せ方を変えることで意外性の作り方が一段引き上げられているような印象なのだ。
 また、もうひとつ、奥さんの年季の入った悪女っぷりに加え、同僚や部下上司の横暴による虐げられっぷりが見事なまでに黒い、『虐げられた男は逆襲する』。どんな横暴にもひたすら耐える彼の姿が哀れを誘い、一方で彼が思い切った行動を起こしたあとの周辺人物たちの慌てぶり、しょげ具合に面白みがあった。(しばらくするとまた虐げられるようになりそうだけれど)。この作品は周囲の彼に対する事実上のいじめ(本人達に自覚はないものと思われる)が強烈で、心にざらっと残るものがある。口当たりが良いだけの作品なんかより、はるかに良い。
 また『また逢う日まで』、ちょっと構成に作りすぎな感じもあるけれど、八戸まで行くというアクションに良さを感じた。ここに至ると、一連の「良い話」シリーズの集大成という意味合いもありそうだ。普通に心温まる良い話。

 ただ、先にも述べている通り、どれも良い話ながら、設定などとの繋がりという部分で若干損をしている。本書の場合は、探偵という冠をつけてミステリとして売り出すよりも、一般小説として売った方が広範な読者の支持を受けられるように感じられた。
b 
13/02/22
江戸川乱歩「三角館の恐怖」(創元推理文庫'97)

 江戸川乱歩による海外探偵小説の翻案作品のひとつ。初出は『面白倶楽部』誌で昭和二六年一月号から十二月号にかけて連載された。原作となったのはロジャー・スカーレットの『エンジェル家の殺人』という作品で、この作品自体、同じ創元推理文庫で刊行されている。

 隅田川沿いの四角い敷地内に建てられた大ききな西洋館。L字型をしたその建物は敷地ごと対角線で分割され、三角館と呼ばれていた。持ち主は七十歳になる蛭峰健作と康造という双子の老兄弟で、それぞれの敷地に家族数名と使用人と共に暮らしていた。両家の中心には共有のエレベーターこそ設置されているものの、両家の仲はすこぶる悪い。というのも孤児だった二人を引き取った義理の父親は一代で巨財を築いた傑物だったが、健康と長寿に異様なこだわりを持っていた。その義父が亡くなるにあたり財産は一度、実子にわたったものの、実子は父親の遺言通りその財産を信託とし、双子二人のうち長生きした方に全てを譲るというルールが出来た。二人は競って長生きできるような生き方を目指していたが、長男の健作は病にかかり、自らの余命が幾ばくもないことに気付く。彼は弁護士の森川を呼び、康造に対してどちらが先に死んでも残された遺族で財産を折半するという契約を結ばないか持ちかけた。とはいうものの康造は健作の健康が優れないことを見抜いており承諾しようとはしなかった。しかしその晩、屋敷を訪れた謎の人物の放った銃弾によって康造が射殺され、結果、健作に相続の権利が生じたことによって、それぞれの一家の立場は逆転してしまう……。

乱歩による翻案は、原作を踏まえつつも、日本人に合う”原作以上”を生み出している
 まあ、理想的には『エンジェル家の殺人』を読んでからこういった文章を認めるべきなのであろうけれどごめんなさい読んでいません。本書解説の小森健太朗氏によると、同作よりも面白くなっているとのこと。さて、それはそれとして気付いたところを書いてゆく。
 例えば、序盤で森川弁護士がこの館を訪れる時にパトロン紙の包み紙が川に捨てられる、どこか不気味な場面から開始される。ああ、乱歩だ乱歩だ、という雰囲気にいきなり引き込まれるのであるが、解説によるとどうやらこのプロローグ相当の部分は全て乱歩の創作なのだという。原作がどうの、ということではなくこの最初の数ページで、この作品は乱歩の懐にきっちり入ってしまっているということ。そして、かみ砕かれてフィルタライズされて、日本人という読者の前に提供されている。こういった手順と読者に自覚的な作品だとまず感じた。
 さて。本書では二件の殺人事件が描かれている。さすがに古典なので斬新性、新規性を問うことはないまでも家と家とのあいだが、両方から出入り可能のエレベーターと、その内部での殺人については、(今のミステリの基準からして)トリックとして穏当なレベルにあるといえるだろう。科学捜査の技術も現代とは当然異なる訳だし。なので、本書の眼目となっているのはトリック以上に、やはりその殺人の動機にある。
 この作品が雑誌に連載された当時に、解決編前に「犯人当て」の趣向が行われたという。その際も、犯人の名前を当てることよりも、その動機がエキセントリックに書かれているかどうか、この点が重要視されたようだ。そして、この動機についてはシンプルながらユニーク。論理型の本格ミステリにおいて、少ない手掛かりで犯人や犯行方法に至る展開でしばしばみられる、「犯人の思考方法のトレース」を論理的に行う場面によく似ている。つまり、最初に康造が殺され、続いて健作が殺されるという、普通に考えると双方に動機を持つ人間がいない筈のなかに、犯人がいる訳なのだが、その回答が実にスマートなのだ。そして、作中で開陳された手掛かりをもとに、論理を積み重ねることで「動機」という犯人の心の内部に、その論理のみでたどり着けてしまう。 ある意味、快感すら覚える結末である。

 ある晩、急に乱歩が読みたくなって未読を探してたどり着いた本。個人的に乱歩翻案の一般向け作品にあまり触れていなかったので、本書は良い経験となった。『緑衣の鬼』は読んでるけれど。ある程度、乱歩の一般向けを読まれており、小生のような食わず嫌いの方が万一おられるのであれば。ぜひ、一度どうぞ。


13/02/21
福澤徹三「ジューン・ブラッド」(幻冬舎'12)

 『ポンツーン』誌に『3P』という題名で2011年5月号から2012年10月号にかけて連載されていた作品を大幅に加筆修正した長編作品。様々なジャンルの作品を著す著者ではあるが、改めて『すじぼり』で第10回大藪春彦賞を受賞していたことを思い起こさせる正統派武闘系ミステリ。

 関東にある東誠会という暴力団の三次団体である本城組の梶沼武は、他三名と共に、関西最大の暴力団の二次団体組長の浅羽の暗殺を命ぜられる。本城組の組長が浅羽組の構成員に襲われており、その復讐だと梶沼の兄貴分である一ノ瀬はいう。愛人のマンション地下での襲撃は、浅羽のボディガードに阻まれ失敗、銃撃戦で仲間が死ぬなか梶沼は逃走、しかし嗅覚が働き、自分の組からも一旦姿を隠す。失敗した筈の浅羽組長は何者かに殺害されているうえ、病院に運ばれた筈の関係者もまた、謎の死を遂げていることを知る。梶沼は前の晩に訪れていたデリヘル嬢を呼び出し、出迎えの車を奪い、アンジー(本名は里奈・大学生)を人質に逃走する。警察、敵対組織、身内、さらに一ノ瀬らが雇った凄腕の殺し屋・八神に追われながら梶沼は東京から脱出を図る。途中で車を盗もうとした家にいた、引きこもりの高校生・新田健吾を巻き込み、三十代のヤクザと女子大生、高校生の三人組はひたすら西へと向かってゆく。

ライク・ア・ローリング・ストーン。凸凹の三人組が戦いながらゆけるところまで突き進む逃避行ストーリー
 いわゆる「鉄砲玉」として対立する組長を襲い、何人か殺害した梶沼と、元デリヘル嬢の里奈、そして元引きこもり高校生の健吾。最初は無理矢理連れ出された人質だった里奈、さらに両親が嫌で自分から志願して逃避行に加わった健吾。三人で修羅場をくぐり抜けてゆくあいだに、家族とも友情とも違う堅い絆が三人のあいだに結ばれる。小説内では「家族」といった表現がなされているが、ちょっとそれは違うんじゃないかなとも思うのだが、血よりも濃い情で結ばれた絆であることは間違いない。最後まで逃げ延びることは困難。行くところまで行っても最後は刑務所。ならば、ゴールを沖縄にする──という、微妙にセンチメンタルなゴール設定が良い。 本来、人を何人か殺した段階で、人生は詰むのだけれど、詰む前に行くところがあって、そのあいだに行動を共にした里奈と健吾が一回りも二回りも成長するという展開、ベタながら悪く無いと思う。
 さらに、特徴的な殺し屋・八神。ちょっと創られすぎた感じがしないでもないが、何代目かのターミネーターの如く、素手でも武器を持ったヤクザを制圧し、自分に関わった素人を傷つけることにも何の痛痒も覚えないという特異キャラ。強いというだけなく、宿泊場所から自分の仕事への信念から女性の趣味からキャラが立ちまくり。ある意味チートなこの人物、ラストの締め括りでの動きなんか、なんというか、物語としてどうかと思うのだけれども、好きだ。

 ただ──、ここは言ってしまうとどうしようもないのだけれど、里奈はとにかく、健吾が家を急襲してきた梶沼と同行を希望するところはちょっと動機付けとして弱いと感じた。なので、そうしたいがために登場人物を動かしている感が全体的に強い。これは北九州での顛末あたりでも感じた。でこぼこトリオがヤクザ他と戦う物語であるゆえ、多少の不自然は仕方無いのだけれど、このあたりがもっとスムースに動いていれば凄まじい傑作にもなり得たかもと思う。一方でヤクザ業界の本書における裏事情はしっかり過ぎるほど作り込んであり、そちらは非常に周到だった。

 いわゆる逃避行、ロードノベルということになるのだろうか。一定の緊張感が物語の最初から最後まで維持されている。そのサスペンスのなかで醸成される「絆」が良い話ではあるのだけれど、物語の展開上、どんなに頑張ってもハッピーエンドにはたどり着けない。 どういう結末を迎えるのか、とにかくそこに興味が集中して最後まで一気に読みきってしまう、そんな物語。

 小倉のラーメンが食べたい。