MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE 国産ミステリ・レビュー
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


13/03/10
乾 ルカ「たったひとり」(文藝春秋'13)

 『別冊文藝春秋』第295(2011年9月)号から第300(2012年7月)号にかけて連載された作品の単行本化。ノンシリーズの変則連作短篇集──というか、やはり長編か。

 ホテル・シャトーブランシュは廃墟に少しでも興味のある人間にとっては有名な場所だった。七月下旬の局地的豪雨の夜、土砂崩れで建物が半壊したまま、二十七年放置されている田舎のラブホテルだ。事故後、およそ半月ほど経過してホテル内の土砂から一体の身元不明の遺体が発見されている。一部白骨化した遺体の身元は不明、男女のどちらかすら明らかではなかった。帝都大学廃墟探索サークル・時旅──ときたびに所属し、四年生となって代表に就任した葦原隆介は実践にこだわり、個人で訪れたことがあるにもかかわらず、サークル単位でこの地を訪れた。法学部三年の間野坂、同じく三年の金城まどか、文学部二年の日吉、そして教育学部二年の小野寺秋穂。彼らはこの地でその土砂崩れの夜にタイムスリップをしてしまう。一旦逃げ出しても、五分後からリセットされる。ホテルは生け贄を求めているのか。五人は一人ずつ残ってタイムループからの脱出を試みるのだが──。

ダーク乾ルカ炸裂! 嫌な人間の嫌なところ、徹底的に抉ります!
 テレビドラマ化された『てふてふ荘へようこそ』など、SF混じりでも情に篤い作品のある乾ルカさんであるが、同様にSF設定を用いつつも、皮肉でブラックな結末を迎える作品も実は結構ある。本書はそのダークサイド・乾ルカの今のところ極北に位置する作品だ。
 タイムスリップしてしまった五人の男女。歴史的に一人が死体として残されていた。土砂崩れ前に全員が逃げたのでは、当時の再現にならず、誰かが残り、当日と同じ状況が求められている──という、改めて書き出すと説得力があるような無いような「設定」がベース。当日いたのはフロントの男一人と、カップルが二組。ループごとに当日の状況が再現されていて、人間の姿は見えないものの、彼らが残した痕跡は時間の経過と共に浮かび上がる。(煙草の吸い殻だとか)
 こういった設定だけみれば、西澤保彦氏による初期のノンシリーズSF本格ミステリのような(『七回死んだ男』とか、設定は違うけど発想は似てる)印象。ただ、狙うのは本格ミステリではなく、あくまでサスペンス。中盤は失敗しても(残り時間が短くなるとはいえ)生き返るということで、読んでいるこちらも気楽といえば気楽。ただ、登場人物の一人称によって隠されていた性癖だとか、感情だとかが剥き出しになってくるにつれ、彼らがどんどん生臭く、そして醜くみえてゆくようになる。

 リーダーシップを勘違いしている葦原、自分以上に頭が良い奴と出会ったことがないという最悪性格男・間野坂、計算高い美女・まどか、実直さが売りの日吉、目立たないことで損をしてきた秋穂。「作者凄ぇ」と唸らされるのは、典型的に性格悪い登場人物だけでなく、それ以外の目立たない人間は人間なりにしっかり醜く描いている点。この人は幸せになるのかなーと思わせておいて突き落としますかそこまで。

 とにかくラストに至る迄ダークにしてビター。読後感が良くないのだけれど、良くないがゆえに心にざらざらしたものがすりつけられたかようのな異様な感覚が残る。「たったひとり」が誰なのかも意外なら、その他の人物が陥る運命も意外。ミステリとは異なるかたち、物語が読者の常識・思い込みを裏切ってゆく。 ここまでくると痺れて、どこか快感かも。


13/03/09
東川篤哉「私の嫌いな探偵」(光文社'13)

 「烏賊神家の一族の殺人(仮)」として予告されていた題名が本題に変更にされて刊行となった短編集。もちろん、東川氏本来の人気シリーズであった「烏賊川市」シリーズの短編集。『宝石 ザ ミステリー』や『ジャーロ』誌に2011年から2012年にかけて発表された五作品がまとめられている。表紙イラストは『日常』のあらゐけいいち氏。

 深夜。朱美がオーナーそして、鵜飼の探偵事務所が入居するビルが小さく揺れ、ビル脇に男が大の字になって倒れていることを二人は発見する。しかし目撃者によると、男は隣の駐車場に突然現れ、全力疾走したうえビルの壁に激突したのだという。病院で意識を取り戻したその男性は何も覚えていないというが……。 『死に至る全力疾走の謎』
 嫌々ながら浮気調査を引き受けた鵜飼。雪の降った日の翌朝、ホテルから出てくる男性と浮気相手の証拠写真撮影に成功する。依頼人である妻は離婚を決意、当初嫌がっていた夫も、改めて写真を確認した途端に離婚に同意した。しかし、その夫が殺害され依頼人である妻に疑いが。 『探偵が撮ってしまった画』
 烏賊川市にある烏賊神神社の跡継ぎ息子の婚約者の身辺調査の依頼を受けた鵜飼と、助手扱いでついてきた朱美。彼らが訪れたタイミングで、アルバイトの巫女が通称「逆さまの祠」で女性が死んでいると飛び込んできた。鵜飼たちは慌てて祠に向かうが、死体は影も形もない。 『烏賊神家の一族の殺人』
 暗い田舎道を通る中二病の中学生が、その帰路の途中にある崖上から人間が落ちてくるのに遭遇。しかもその死体の口からは黄色く光るエクトプラズムのようなものが吐き出されるのを目撃する。 『死者は溜め息を漏らさない』
 イケメンのバーテンの恋人から依頼された浮気調査。鵜飼と朱美が向いにある空き家で見張っていたところ、髪の長い女性と熱烈なラブシーンを繰り広げ、直後にその部屋で火事が発生。幸いボヤで済んだものの、男は心臟にナイフを突き立てた状態で死亡していた。しかもその部屋から逃げ出した人物はいないという。 『二〇四号室は燃えているか?』 以上五編。

トリックを要する犯罪に伴う「格好悪いところ」をクローズアップ? これはもう変態本格ですなぁ
 初心(うぶ)な読者ならとにかく、ある程度のミステリ、特に本格・新本格を読んできている読者であれば、本書に登場する「トリックだけで」サプライズを得られることはないと思う。それぞれ作品なりにユニークな追加趣向が凝らされてはいるものの、基本的には新しい革袋に古い酒を入れたミステリ。つまり、ある程度は「見たことがある」トリックかと思う。ただ、本書の場合は、古い酒を新しい皮袋に入れ替えるという単純な換骨奪胎ではなく、その古い酒を飲んで酔っぱらってしまう(判りにくい喩えだが)ような作品となっているのだ。ミステリとしてのポイントにそのトリックを使用はしている。ただ、それを単純に借りるだけではなく、トリックが成立する、ないしは試みる経過において、どうしても必要となる「格好悪い」「滑稽な」「間抜けに見える」行動を同時にピックアップしている。「その場面」が切り取られ、読者の前にさらけ出される──。(真犯人にとっては)悪意といって良い。
 ただ、そういうふざけた要素がみられる一方で、その「真実」を読者に提示する前の状態は、島田荘司御大作品なみに(まあ、冒頭作品の印象で書いてます)サスペンス、緊張感、ミステリー感、どうしてそうなった? という不思議状態に溢れているのも特長。特に突然地上を走り出して頭を壁に強打する謎の自殺志願者というのは秀逸だと思う。口からエクトプラズムも、真相に唖然としたし。奇想天外の使いどころを心得ている印象だ。

 本来、失笑といった場面をトリックやポイントに使いながら、全体的に許せるのは、鵜飼や戸村、朱美といった烏賊川市シリーズお馴染みの面々による安定したボケも欠かせない。特に朱美の、鵜飼らへの染まりっぷりが凄く(前からこんなんだったっけ?)、もうトリオと呼んでも差し支えない境地にある。読みながらニヤニヤする場面が結構あった。
 あと、本編とはあまり関係ないが『烏賊神家の殺人』に登場する、イカのゆるキャラにして探偵役・剣崎マイカの口調は、『侵略!イカ娘』のイカちゃんとほとんど同じじゃなイカ?(但しゲソ抜きでゲソ)。


13/03/08
北山猛邦「猫柳十一弦の失敗 探偵小説五箇条」(講談社ノベルス'13)

 『猫柳十一弦の後悔 不可能犯罪定数』のシリーズ続編となる長編作品。書き下ろし。

 山奥位置する過疎の稲木村の名家・後鑑家には四人の姉妹がいた。成人するまでに嫁にゆかなければ、一族を追放する――という、この地域で戦国時代に非業の死を遂げた姫・龍姫の名前を騙った脅迫状が届くが、長女から三女まで誰も成人までに嫁に行くことはなく、その後も大過なく過ごしていた。しかし、その四姉妹の末娘・千莉にも脅迫状が届いた──。探偵・猫柳十一弦によって解決された前回の事件より二週間が経過したある秋の日。大東亜帝国大学の探偵助手学部に通う君橋君人(クンクン)と、その友人・月々守(マモル)は、二週間前に同じ事件に巻き込まれた彼女の友人・小田切美奈から相談を受けた。その脅迫状については、マモルが発案した奇想天外な方法によって、悲劇はサプライズと共に完全に回避された。はずなのだが、彼らのゼミ教授である猫柳十一弦は、このままではまだ足りず、姉たちにも惨劇が起きる可能性があると推理していた。猫柳はクンクンを伴い、事件を阻止するべくクリスマス前の稲木村に乗り込んだ。

金田一耕助をはじめとする、かつての名探偵に対する逆方向オマージュ! 名探偵という抑止力
 前作で明らかにされているのは、猫柳十一弦が探偵として非常に優秀であり、若くして教授になれるほどの才能を持つにもかかわらず、その名前が世間にほとんど知られていないという、目立たないけれども少し不思議な状況の──「理由」。 答えをいってしまうと、事件が「事件」になる前に、その発生を未然に止めてしまうため、「難事件」を後から解決する機会がそもそもなく、名探偵になることが出来ないという心優しき探偵のお話なのだ。

 本書でもまた、「その才能」が遺憾なく発揮される。序盤でこそ、マモルが考えついた奇想天外な事件解決方法に目を奪われてしまうものの、中盤以降に猫柳と君橋が村に乗り込んで以降は、猫柳が主人公らしい動きを見せてくれる。
 トリックが仕掛けられた小屋を被害者を出さずに潰してみたり、同じく真犯人のトリックを事前に発動しないよう細工をしたり。
 横溝正史的命題というと大げさに過ぎるか。探偵が到着した後も、むしろ加速するかのように殺人事件が連続する金田一耕助シリーズの対照となるような展開。攻撃するための核兵器vs抑止力としての核兵器。
 探偵が現地に来ているのに目の前でじゃんじゃか村人が殺害されていく某シリーズを逆手に取ったような(実際に逆手に取っているのか)展開だ。 各章の題名にしても、普通と逆。五箇条は段々解決から遠ざかっていく。一般的な本格ミステリ、新本格ミステリの定石を踏まえてのあえて逆。ただ、その逆という試みが仕掛け倒しに終わっておらず、物語としてのきちんとした読後感まで繋げているところは作者の美点かと。
 ミステリとしての衝撃は、前作のパワーアップ版でよくまとまっているとはいえ、多少武骨な作りですらあった前作の方が明らかにされた時のサプライズは大きかったかもしれない。

 ミステリ成分が結構本来は派手なはずなのに、読んでみるに意外と地味。その一方、二十五歳彼氏いない歴年齢(たぶん)の猫柳嬢のほんわかした恋物語成分が地味なのに濃いめ。まあ、これはこれでなんというか、ありなんではない でしょうか。ただ、本作の場合は「五箇条」が邪魔しているところが何とも皮肉で、かわいそうな気もするなぁ。十一弦センセ。


13/03/07
中山七里「ヒートアップ」(幻冬舎'12)

 『ポンツーン』2011年10月号から2012年7月号にかけて連載された作品を加筆修正して単行本化したもの。同氏が2011年に刊行した『魔女が甦る』の続編にあたる長編作品。

 麻薬を摂取しても反応や依存症状が出ないという特殊な体質を利用、自らの肉体を使って囮捜査も辞さない厚生労働省関東信越地区麻薬取締部捜査第一課に所属する麻薬取締官・七尾究一郎。二ヶ月前に殉職した捜査官・宮條貢平から強い薫陶を受けていた麻取現在のエース格である。ただここのところ麻取全体は、最近出回っている危険な薬剤・ヒートに手を焼いていた。ヒートはドイツの製薬会社が開発した局地戦の兵士向け薬剤で、服用することにより暴力傾向が過度に強まりタブーが無くなって肉体が強靱化、周囲にいる人間を見境無く攻撃するという代物だ。元製薬会社社員でヒート売人の元締めとみられる仙道を捕らえるため、広域指定暴力団・宏龍会の渉外委員長の山崎という人物から、水面下で手を組まないかと七尾は持ちかけられる。暴力団組長の息子がヒートの犠牲になったことが理由だというが、七尾は胡散臭いものを感じ一旦は断った。しかし、直後のヒート服用者との戦いで同僚が重傷を負い、戦力ダウンを余儀なくされたため、上司・篠田の許可を得て、七尾は山崎を情報提供者とすることになる。

兇悪な薬物が引き起こすハザード・ミステリ! と思いきや、サプライズ含みの意外性も
 読了してからの直感的な感想では、中山七里氏のなかで「物語」が勝手に動き出したのかな−? というもの。前述している通り、『魔女が蘇る』の続編にあたるわけだが、そこで登場する薬物「ヒート」と、前作登場した麻薬取締官らが、意図せぬ化学反応を起こした、という風に感じられた。良くいうと勢いがあり、語弊を怖れずいうならば、作者の制御を外れんばかりの勢いを持つ物語に流されている――という印象なのだ。もちろん辻褄が合っていないとか、そういうことはなく、むしろ終わってみると周到ともいえる仕掛けなのだだけれど、特に後半にて急いでいるという感じは拭えない。

 「ヒート」という薬物(残忍ながら素晴らしいアイデア)が引き起こす、兇悪かつ凄惨な事件、そして利権。 気軽な摂取とその結果の超絶アンバランスが吐き気を催すという、最低の薬物である。小金を求めて青少年にヒートを卸す元製薬会社社員の仙道と、彼の身柄を押さえたい麻取、そしてヤクザ。そこに新たな事件が発生し、麻薬捜査官とヤクザが手に手を取って逃げ出すという異色の組み合わせによる共同作業が後半の読みどころ。(といっても冒険ですが)。個人的には逃げ込む場所、そこ? という感じがあって、また物語の展開が早すぎて多少荒っぽく感じられた。
 どこまで作者の計算なのかは不明だが、終盤の麻薬捜査官&経済ヤクザ&変態科学者がトリオとなって廃墟となった研究所に、銃で撃たれた程度では倒れない、凶暴過ぎる野犬の群れが現れる、バイオハザード的、かつ怒濤の戦闘シーンの迫力が凄い(先の荒さの裏返しでもある)。さらに追加で襲い来るのは彼らでは対抗できない○○○○。そこからの脱出シーンは迫力満点。読みながら思い出したけれど、中山七里氏の作品で戦闘シーンが出てくる場合、結構「痛そう」なこと、多いんですよね。本書もそうでした。

 真犯人については、普通の場合であれば想像の範囲に入っているタイプであったのだが、本書の場合この展開、この流れでそういった仕掛けをしてくるか――ということで、不意打ちでやられました。驚天動地ということはなかったものの、それまでの人物像とのギャップや丁寧な伏線がじわりと味わえたという印象。序盤と中盤で強引さが感じられたのも、ここに落とすためだったかと判ると納得。そういう意味では、続編ながら、実は周到にきちんとまとまめられたミステリかと。


13/03/06
皆川博子「少年十字軍」(ポプラ社'13)

 皆川博子さんの日本ミステリー文学大賞受賞後第一作となる作品。近年の皆川作品のライフワーク的な題材にも みえる、欧州歴史・時代ものの一つ。書き下ろし。佳嶋さんによる装画、挿絵が雰囲気にマッチしている。

 両親がおらず、森の中でたった一人で生き延びてきた野生児・ルー。運悪く森番に捕まって散々痛めつけられた挙げ句、雷の中、木に縛り付けられた。落雷の寸前、ルーを縛っていた縄を切ったのは、羊飼いでエティエンヌという名の十二歳の少年だった。彼は自分の気力体力を使って他人を癒す能力を持っており、奇蹟の存在として説教師に見いだされ、数人の貧しい少年少女と共に聖地・エルサレムを目指して旅をしていた。ルーは彼らに興味を持ち、無理矢理同道する。一方、当面の目的地であるサン・レミ修道院では、本来、教会を守るべき修道士が地下に閉じ込められ、代わりに助修士たちが会を取り仕切り、戒律を無視し欲望のままに毎日を送っていた。エティエンヌはその会食の場において彼らに罰を下すという奇蹟を引き起こし、地域周辺に名を轟かせることになる。一方、土地の貴族ノワイエ伯爵の息子・レイモンは奇蹟の少年たちの噂を聞き、自分こそが奇蹟を起こすものであると自称、胸に十文字の焼き印を入れて奇蹟とし、権力を笠にベルトランら騎士見習いと下僕のガブリエルら仲間とマルセイユに向け出発する。最初の都市でエティエンヌら一行とかち合い、彼ら同士で勝負をすることになるのだが……。

奇蹟を起こす少年と、彼を取り巻く人々の様々な思惑や幻想を絡めて苦みのきつい、魂の旅物語に。
 抑制された淡淡とした筆致のなかに、政治があって無きがごとき、力無き者は貧しく理不尽な中世欧州の人々の暮らしが浮かび上がる。成立していなくて当たり前だが、未成熟の社会システムにおいて、保護者の庇護が無くとも生きてゆかなければならない子供たちの生き様、そして理不尽というのが、いくつか感じさせられる本書の主題のひとつだ。無欲で心優しいエティエンヌの生き方は宗教者じみているのだけれど、能力無しに肥大した自意識と狡猾な立ち回りで奇蹟の子の賛辞を受けてゆくレイモンもまた、むしろ哀しい存在として描かれている。また、エティエンヌに寄せられる期待もまた、無垢ゆえに際限無く、後半の「エティエンヌがいるから、大丈夫」という言葉は、むしろ残酷さの象徴でしかない。
 また、エティエンヌをはじめ、本書で行われる奇蹟という存在について、あるところではその科学的な裏話があり、あるところでは、説明できない特殊な能力扱いであったりと、物語内部における扱いを一定にさせていない。(あくまで全てが嘘で、トリックとしないところが皆川作品らしい)火薬であるとか毒薬であるとか、当時人口に膾炙していない技術を用いることで、奇蹟に見せかけるという行動は実際に当時も普通に行われていたことだろう。一方で、少年十字軍といった存在があり得たのは、本当の奇蹟があってこそ、ではなかっただろうか。

 また、本書で特筆したいのは、この中世欧州の空気感だ。そもそも南欧という地域自体に個人的経験など無く、更に中世ということになるとほとんど知識も経験もない(高校は日本史だったし)にもかかわらず、この地域、この時代の空気のようなものが、活字のあいだから伝わってくるのだ。これは本作に限ったことではないのだけれど、どこか汗ばむような、そして饐えたような空気。不思議とそれが身近に感じられる。

 物語としては、少年十字軍が艱難を乗り越えてマルセイユに到着するというものと、一方、幻覚を見る記憶喪失者でレイモンの下僕・ガブリエルの感じる物語とが絡み合う。前者では大人や権力者、聖職者のみならず、同じ子供同士でも狡く汚い駆け引きと欲望にまみれた世界が描かれ、後者では個に属することながら、個人としての絶望が描かれる。もともと少年たちの旅路という史実そのもののファンタジーのうえに、幻覚という(ガブリエルにとっては事実だろうが)異なる絵を重ねながら足腰は折れず、むしろ強靱な「物語」と化している。 結果として、物語世界の豊穣さを感じさせるのみ。更に、別にあえて読者に易しくしようという意図はないだろうに、文章も物語も非常に受け入れやすく、読みやすい。

 さまざまな要素が最終的に全て物語上で結びつき、普通に考えると無力な子供たちにとっては悲劇しかあり得ない結末が、鮮やかに反転させられる。 彼らの将来は確実な幸福ではないかもしれないが、そこに至る光明が見せられるということだけで、この物語がその歓喜の声とは別に静かに心穏やかに閉じてゆくような錯覚を覚えた。

 本書を読むまで「少年十字軍」が(一応)史実だということを知らなかった。勢いで古屋兎丸の『インノサン少年十字軍』も読んだことは関係あるような、無いような。どちらかというと大人の幻想から辛うじての幸福な結末を逆算するような皆川『少年十字軍』に対して、大人の(汚い)現実から凄惨な悲劇が結末が導かれる古屋『インノサン』という印象。史実がベースは同じで、中途でのエピソードに似ている部分もありながら、受ける印象がそれぞれ異なるところは、やはり物語そのものの面白さゆえか。なお、印象が異なると書いたが、迫力や物語の面白さという意味では、高いレベルで両者拮抗している。
 題材に興味を持たれる向きには、是非とも読み比べていただきたい。


13/03/05
天袮 涼「セシューズ・ハイ 議員探偵・漆原翔太郎」(講談社'13)

 メフィスト賞を受賞した『キョウカンカク』をはじめ、サイコ系の本格ミステリを発表してきた著者だが、昨年のスマッシュヒットとなった『葬式組曲』に続き、ライトなテイストの、国会本格ミステリを打ち出してきた。『メフィスト』に掲載された一作目「議員探偵・漆原翔太朗」(郎の字が違ったらしい)をベースに、書き下ろしを四作付け加えて刊行された、実質書き下ろしに近い連作集。

 国民にも人気が高く清廉な人柄で知られた漆原善壱が志半ばで惜しまれつつ亡くなり、そのZ県での地盤看板を引き継いで当選した二世議員・漆原翔太郎。世襲議員を絶賛するなど天然問題発言が多く、政治に対する熱意があるのかどうかよく分からない。イケメン公設第一秘書の雲井は、敬愛する善壱先生亡きあと、翔太郎の教育係として奮戦するものの、翔太郎のおバカなのか周到なのか分からない行動と発言に振り回されてばかり。
 寂れた市民公園にマンションを建築しようという政治家に対する反対運動が市民から巻き起こり、翔太郎のもとへ陳情が届く。雲井は支持率を上げるために運動に乗るよう翔太郎に勧めるのだが……。 『公園』
 選挙区のパトロンがかつて移動図書館を短期間運営していた事実で叙勲を受けたいといい、一旦内定するものの官僚に取り消される。その裏側にある人間関係と、その理由とは……。 『勲章』
 選挙が近づいてくるが、翔太郎の所属する自由国民党は総理をはじめとする失政が続き、支持率はどん底に。野党が送り込んできた対抗馬圧勝の下馬評のなか、どうやら事務所にスパイがいることが判明する。 『選挙』
 当選した翔太郎が国会に対して出したコメントの真偽を巡って、粘着質の新聞記者が翔太郎に迫る。やきもきする雲井だったが、翔太郎は平然としている。 『取材』
 善壱先生の出身地であるZ県の知事が替わった。その背後にいたのは善壱先生時代から秘書を務めた宇治家。翔太郎は日本経済を揺るがしかねない不正が背後にあるとブチ上げるのだが、証拠がどうやら乏しいらしい。 『辞職』 以上五編。

軽やかなタッチのなかに無駄の少ない本格ミステリ要素も込めて。天祢氏の多芸に瞠目
 デビュー作からのいくつかの作品は、ラノベ系のテイストをもった、でも本格ミステリ作家として注目していた天祢氏なのだが、『葬式組曲』で「お?」と思わせられ、さらに本作では目を疑うような器用さを見せつけてくれた。
 作家としての経験によって成長したのか、それとも元もとこれだけ広い作風を描けるだけの引き出しがあったのかは不明ながら、少なくとも余芸ではなく、本格ミステリをコアにしながら、専門外(?)でもユニークで一定水準を超える作品を打ち出せる作家であることを、本作で証明している。驚かされた。

 ということで、本作。いろいろな意味で試みがユニーク。国会議員を探偵役としていることになるのだが、ワトソン役の秘書・雲井の方がすっきりと頭が良く、状況に対する的確な推論、対処方法を述べる。探偵役といえど翔太郎先生は推理しているのかどうなのか、みえにくい。公園の話にせよ叙勲の話にせよ、ポイントになる謎すらどこにあるかよく分からないまま、話を進めてゆき、でも読み終わったあとにはきっちりミステリになっているという不思議な作風なのだ。
 つかみ所のない国会議員vsしっかり者のイケメン秘書(サムライ秘書と呼ばれているといった形容もありますが、個人的にはイケメンもサムライも必要とか別に感じませんでしたが)。深く考えがあるのか、それとも本当に天然行き当たりばったりなのか、この漆原翔太郎という人物の「底」が見えないところが、最終的にはポイント。一応は考えあっての行動という結論に至るものの、その「考え」自体が究極的に正解なのかどうかはやはりリドルストーリーっぽくぼかされており、むしろ余韻として尾を引く感じだ。

 また、いわゆる本格ミステリらしい謎は三話目のスパイ捜しのみ(但し、これはシンプルながらハウダニットフーダニットがユニークで面白い)なのだが、他の「なぜ公園にマンションを建てようとするのか」「叙勲を取り消されたのは何故なのか」といった個のテーマと、その解決を更に手掛かりにして、最終話の『辞職』に持ち込む展開は巧みといって良いだろう。そこまで個々の短編のなかで完結する雲井なり、翔太郎なりの行動がさらに、もう一段高みの意味を持っていると気付いた時のサプライズは、本格ミステリのそれといって構わないと思う。

 国会議員が探偵をするというよりも、国会と政治を舞台にした日常の謎系統の物語。また、ユーモアとまではゆかない(と個人的に思う)ものの、翔太郎の性格が軽いことと、全体のタッチが緩やかななため、ライトな読者でも違和感なく読めそうなところもポイント(今風?)であろう。本書の続編が、というよりも、次はどんな世界の作品を打ち出してくるのか、という意味で次作が楽しみだ。


13/03/04
保科昌彦「名探偵になりたくて 若槻調査事務所の事件ファイル」(東京創元社'12)

 『ウィズ・ユー 若槻調査事務所の事件ファイル』に続く、同シリーズの二作目となる作品。書き下ろし。

 夫がホームレスになってしまっていたうえに、六本木で何者かに殺害されたという依頼を受けていた若槻探偵事務所。そこにサングラスを掛け、スタイルの良い若い女性が訪れ、何者かに追われているので自宅まで無事に送り届けて欲しいという依頼を持ち込んできた。見元を明かしたがらない彼女は柿沢朱李と名乗り、自宅は世田谷の久品仏にあるという。偶然、護身術マニュアルの本を読んでいたうえ、自称脚線美評論家の探偵事務所メンバー・向坂貴人は彼女を送っていくが、確かに彼女は誰かに尾行されており、向坂は地下鉄を使い、尾行相手を捲いた。しかし、彼女の自宅に到着した途端、何者かに頭を殴られて気を失ったうえ、彼女の夫のカリスマ美容師・柿沢氏によって気付いた時には、既に彼女は他殺死体となっていた。警察からは容疑者扱いされた向坂はニュースを見ているうちに、その脚線から、被害者と依頼者が別人であることに気付く。事件の裏側に暴力団の影がちらつくのだが、果たして真相は――?

変形の「二人一役」トリックをベースにサスペンス系事件が絡んだ複雑な展開を解きほぐす
 映画の脚本家を目指し、人間観察を目的にアルバイトからいつの間にか若槻調査事務所に居着いた脚線美フェチ調査員・向坂。事件に巻き込まれて怪我を負い、彼女からは自分を取るのか、仕事を取るのか白黒をつけるようにいわれて、その事件解決を目指す――というストーリーは良い。
 依頼者と被害者、実はそこで入れ替わりがあることに気付く展開と、暴力団の抗争とを絡める展開は悪くないと思うし、勘違いや行き違いがあったとはいえ、事件が起きたあとも何故追われるのか分からないまま暴力団と対決せざるを得ない独特のサスペンスも不思議な雰囲気を持っている。
 (小生は詳しくないが)ところどころ差し挟まれる映画の蘊蓄も、恐らくストーリーに沿っているように思え、物語の展開に対する肉付けとしても良い味わいを出すことを助けている。
 事件自体は、複数の要因が関係し、かなり絡まり合った毛糸のような状態で起きているのだけれども、そこを解決に向けて、読者が納得できるかたちで探偵役らが丁寧に解きほぐしてゆく姿勢には好感が持てた。

ただ、個人的にだが一点不満があるとするならば、一応の真相が明らかになったあと、ある悪意を確認しに向坂がその人物を訪れ、真相を追求し、相手を糾弾する場面。普通に読むならば、その人物も偶然の行動から暴力団に追いかけ回される羽目に陥った純然たる被害者であり、そこで自分を護る行動(ここに別方向への悪意があったとしても)を取ったからといって、ボディガードを引き受けながら、その暴力団に殴られてあっさり気絶して横で被害者が殴殺されているあいだも意識のなかった役立たず探偵から、なぜ糾弾されなければならないのか、という点。読みながら、お前がそこでボディガードを完遂してさえいれば、犯罪はなかったのに何様? という気持ちが強くなり過ぎて、ここから主人公が嫌いになりました。

 物語としてはしっかり構成されており、日本の探偵事務所を中心として、主人公をスライドさせて群像劇にするという試みも面白いと思う。次は所長の登場か、経理の女の子の事件か。そういうところでも厚みをみせてくれるのではないかと楽しみではある。


13/03/03
福澤徹三「怪談実話 盛り塩のある家」(メディアファクトリー'12)

 日本唯一の怪談雑誌『幽』vol.11からvol.17にかけて連載されていた「続・怪を訊く日々」がまとめられ、書き下ろし「黒い帽子の男」が加えられたもの。ハードボイルド系の創作で知られる著者ではあるが、『怪を訊く日々』『いわくつき 日本怪奇物件』『怪談実話 黒い百物語』などの怪談実話集もあり、その系譜に連なる一冊である。

 大阪にある格安だが薄汚れたビジネスホテル。チェックアウトした部屋の窓、中に誰かがいるように見えた。慌てて戻った部屋で差し出されたものは……。 『忘れもの』
 酔っ払って乗ったタクシー。寝てしまうと鬱蒼とした森の中に。運転手ともども道に迷ってしまった結果……。 『迷い道』『なめくじ』『青いスエット』『あんたが呼んだ』『黒い塊』『テナントビルの老人』『侵入者』『ユタ』『佐藤さんの家』『三角定規』『吹き抜けの視線』『白いひと』『静かなマンション』『再会』『ベランダの箱』『白い薔薇』『老人の写真』『Tシャツの男』『盛り塩のある家』『贈りもの』『足音』『うしろの気配』『最後まで聞いて』『失せもの』『人形のゆくえ』『線香の匂い』『頑固者』『斧』『異音』『来年はない』『卒業式の予言』『夢で見た寺』『先輩の霊感』『導くもの』『消えた同級生』『憑かれたふたり』『変な教室』『窓』『S滝』『窓から覗く顔』『冷気』『寒い部屋』『心電図』『A神社』『丘の上の墓地』『鏡視』『閉ざされた工場』『電話』『年間三件』『黒い帽子の男』

怪談実話の玉石混淆、石とみるか玉とみるかは読者により違い、ただ、だからこそ生々しい。
 福澤氏の実話系怪談を読んだあとに、自分でかつて書いたことの繰り返しになるが、

 「真に怪異譚が心に染みいるのは、読んだ後、話そのものさえ忘れかかっている時分、ふと自分のいるシチュエーションだけが「あの時読んだ話」と同じ状況じゃないか――と思い出した時にぴりぴりと感じる「思い出し怖さ」にあるようにも思う。

 そもそも実話系を沢山読むことで、そういったシチュエーションを蓄積していってしまうって俺はなんちゅうものを読み続けているのだろう。
 ──夜中にふと一人で読書をしている時に聞こえる不自然な物音。暗いとはいえ帰り慣れたいつもの夜道でふと感じる違和感。初めての都市に出張で一人で宿泊する時の微妙な心細さ。そういったもろもろのシチュエーションが、断片的ながら本書に描かれている。特にテーマを決めずにある時期に集められたという話だけに、そのバリエーションが様々で、読んでいるあいだに怖く感じる作品がある一方、思い出して怖くなる作品も、これから後(読み終わって、もう忘れかけている頃)にまた出てきそうだ。
 そして、もう一つ。本書はその「思い出し怖さ」を補強する技巧が凝らされている。実話として書かれた部分を補足するかたちで、例えば「怪談実話本を読んでいるあいだに実際に起きる怪異が報告されている」とか、まさに読んでいるこの瞬間のこと。キツいなあ。
 とりあえず強烈に心に残るのは、ホラー映画のワンシーンのような『佐藤さんの家』。海から現れる何かが、文章を読んでいても怖い。何かが訳わからないところ、三津田ホラーミステリの一場面にもこういう感じの怖い場面があったようななかったような。『あんたが呼んだ』も、昔からある怪談の定番のようなシチュエーションに携帯電話を当てはめることで、現代的な嫌な怖さが喚起されて個人的には心に残っている。『静かなマンション』はオチが強烈すぎて、恐怖譚というよりも小咄みたいなユニークさがあった。

 恐らく人により、恐怖を感じるツボは異なるものとは思うので一概にいえないが、本書の場合は怖い話からあまり怖くない、ただ奇妙なだけの話まで、玉石混淆。ただ、上に書いた通りどれを玉としてどれを石と読むかは貴方次第。自身の目で確かめていただきたい。


13/03/02
東野圭吾「ナミヤ雑貨店の奇蹟」(角川書店'12)

『小説 野性時代』二〇一一年四月号から二〇一一年十二月号にかけて隔月で掲載された五作品が単行本化されたもの。本作は単行本になってから、2012年第7回中央公論文芸賞を受賞している。

 翔太、敦也、幸平の若い三人組。深夜に窃盗を働いて逃走に車を用いるも、その盗難車が故障してしまったため、朝まで姿を隠すため、翔太の提案で彼が知るというあばら屋に入り込む。かつては店舗として利用されていたようで、表には郵便の投入口のあるシャッター、看板からは辛うじて「雑貨店」の文字が読み取れる。勝手口の鍵は壊れており、中に入れた。その脇には牛乳箱が。三人が雑貨店に入り込んだ直後、封書が投げ込まれる。侵入がばれたかと思いきや、それは悩み相談で有名だった「ナミヤ雑貨店」への相談事だった。三人が回答をするあいだ、どうもこの雑貨店は時の進行が止まっているようで、さらに相談は過去から届いているらしいことに気付く。
オリンピック強化選手と恋人の関係 『回答は牛乳箱に』
 魚屋の跡取りでありながら、大学を止めて音楽の道を志す克郎。しかし芽は出ないまま父親の病気で帰郷。ナミヤ雑貨店に相談をするが……。 『夜更けにハーモニカを』
 雑貨店が儲からなくとも相談を受け続けていたナミヤ雑貨店店主・浪矢雄治。八十になり体調も悪く店を畳むことにし、息子・貴之との同居に合意。更に体調を悪化させて入院した雄治は、貴之にある頼み事を。 『シビックで朝まで』
 ナミヤ雑貨店が一晩限りの復活というネット記事を芽にした浩介。子供の頃に裕福な家庭で暮らした彼は、父親の失敗に伴う夜逃げに同行することになりナミヤ雑貨店に相談をしたが……。 『黙とう(とうは祷の正字)はビートルズで』
 高校を卒業してOLとなりながら、経済的に自立したいがために夜に水商売を始めた「迷える仔羊」という女性の相談に腹を立てる三人組。しかし彼女には児童養護施設から引き取ってくれた養い親を支えるという目的があった。三人組は彼女に、水商売から足を洗って経済的に自立するためのある提案を行う。 『空の上から祈りを』

ファンタジー空間を軸に様々な事象をつなぎ合わせ、絆と再生を謳う、いわゆる「いい話」
 こそ泥がたまたま入り込んだあばら屋でかつて行われていた人生相談。時空がなぜか当時と繋がって三人のこそ泥たちは店の主人とは別に、三十数年も前の人たちの真剣な悩みに向き合うことになる。まず、三人組以前、ナミヤ雑貨店の主人の、万人からの相談に対する真摯な態度やとんちのある回答から『生協の白石さん』が思い出された。特に、本書の終盤において、何も書かれていない白紙に対してまで真剣に回答を提示する姿には心打たれる。その真摯な姿勢がまずいい話。そこにまぎれた小悪党たちまでもが何故か真剣に悩み相談に回答するのも良い話。終盤に、このナミヤ雑貨店としばしば登場する児童養護施設との意外な繋がりが浮かぶのもいい話。

 そもそもが、「東野圭吾史上もっとも泣ける感動作」という触れ込み。当然、いい話である。

 ただ、読みながら、何でも書ける東野圭吾さんだから「普通にいい話」を安易に、簡単に打ち出してくるものかなー? と深読みをしすぎて、ちょっと待ちかまえて受けてしまった。いや、素直に読んどけってことなんでしょうね。人間同士の関係性を繋げ、過去や未来で実は関係や繋がりや共通性があったといった点を、ご都合主義的にまで強調するのは、恐らく伊坂幸太郎作品あたりを強く意識して「やってみたけど、どう?」という感じなのかなぁ、と。(やっぱり穿ちすぎ?)

 ちょい悪、ちょい嫌な人物は登場するものの彼らも「いい人」を強調する引き立て役程度に過ぎない。なんというかいい話のためにいい話を書いたというか「いい話であることを強く狙って書かれたいい話」という風に感じてしまうのですよ。本来あるべき、コクとかアクというものを敢えて取り去って、だだ甘スイートな作品を作ってみましたーという感じ。もちろん、だからといってひっくり返って本書が嫌な話になるかというとそんなことはないだけれど。

 普通の読書好き、普通にたまに読書するという方が、いい話、優しい物語を読みたい方向け。(嫌みに聞こえたら申し訳ありませんが)


13/03/01
小路幸也「スタンダップダブル!」(角川春樹事務所'12)

 月刊『ランティエ』2011年11月号から2012年9月号にかけて連載されていた作品を単行本化したもの。ノンシリーズの長編作品。

 全国紙の新聞記者でありながら不倫で失敗して北海道支社に転勤となった前橋絵里。かつてスポーツ少女だった彼女の専門はやはりスポーツ。彼女が興味を持ったのは、決して目立つことはないものの、何やら堅実かつ変わった守備をみせて勝つ弱小高校野球部だった。南北海道地区に属する彼ら・神別高校野球部に新たに入部したセンターラインの三名、センターの青山健一とピッチャーの康一、性格が真反対康一の双子兄弟とキャッチャーの村上信司らには、これまで培ってきた絆から生み出される、力があった。彼らはある理由から、必ず甲子園を目指し、自分たちの活躍をテレビ電波に乗せ、日本中に飛ばすという、誰にも負けない強い信念があった。彼らに加え、先輩たち、同じ一年生でスカウティング能力に優れたマネージャー・めぐみ、現役の競合社会人チームの選手から転籍、ユニークな理論と穏和な性格で彼らを導く新監督・田村。彼らは快進撃を開始する。一方、道内で一人暮らしをしている絵里は、帰り道にひったくりに遭い、そのひったくり犯を追いかけてくれた青年と、球場で再会する。山路蓮と名乗るその好青年に絵里は思いを寄せ始めるのだが、彼は彼で絵里に対してある秘密を隠していた。

「万人に膾炙している野球」をあえて前提に持ち込んだ、一種のスポーツファンタジー
 小路さんの事実上の看板シリーズである『東京バンドワゴン』が、昭和期の娯楽の王道をいっていたホームドラマをベースにしているとするならば、本作は、その当時のお楽しみテレビ番組で双璧(?)にあたる、昭和期の娯楽の王道・野球をテーマにしている――というのは穿ちすぎか。(すみません、かなり穿ってますね)
 娯楽としては本来プロ野球なんだろうけれど、当然、高校野球も同様ですよね。いずれにせよ今と違って、野球というスポーツがエンタメの常識となっていた時代の香りがある。特に、野球を扱った最近の小説によくみられる「野球を知らない素人にも分かりやすい」といった解説つき要素が恐らく敢えて廃されており、普通に毎晩のようにプロ野球中継を観ていた、かつての子供達(つまりは今の大人たち)に向けた、野球ファンタジーといった側面があるように感じられるからだ。

 その一方で、物語は骨太。どうしても「そうしなければならない」理由がある少年少女が甲子園を目指す物語。ユニークなのは、野球に、試合に勝ち進めさえすれば全てOKという程、状況が簡単ではないことだ。普通のスポーツ小説や漫画ではあり得ない展開である。その忍び寄る障害も含めて解決して甲子園を目指さなくてはならない。

 とはいっても野球自体に関しては、登場人物たちの持つキャラクタや能力が相当にチート。但し超能力だとかのアンリアルとあり得るリアルとのぎりぎり境目にあることに加えて、フラッシュベースボールとか、ロイヤルストレートフラッシュベースボールだとか、真面目な野球関係者が読むと怒り出すような設定も、あくまでテレビ越し、球場の柵越しに観戦する立場の人間からすると「あり」だけど、やはりトータルして考えるに、スポーツ小説と単純にいうよりも、スポーツ+ファンタジーに近い印象を受ける。

 とはいえ、こんなユニークな発想にお目にかかれるなんて、嬉しくて仕方がない。(ま、実際うまく行っているとは 言い難いようにも見受けられるけど)。ただ、なんというか、野球のルールは知っていて当然というところ、を傲慢と かではなくて、天然の感覚で描き出しているように思える。ついでにいうと、たぶんだけれども、ルールを知らなくて も、物語の筋書きがかっちりしているので百パーセントかどうかは保証できないものの、作品自体を楽しむことは出来るように書かれている。甲子園が行われている季節に読むのが吉ですねぇ。