MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE 国産ミステリ・レビュー
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


13/05/10
黒川博行「離れ折紙」(文藝春秋'13)

 京都に住む古物商の澤井と、彼と同棲する洛鷹美術館館長・河嶋が絡んだ美術品に関する事件を扱う緩い縛りの連作集。『オール讀物』誌二〇一一年一月号から二〇一二年六月号にかけて不定期で発表された短編がまとめられた作品集。

 京都に屋敷を構える未亡人が処分していた遺産のなかに、陶製の焼き物・パート・ド・ヴェールの逸品があったが惜しむらくは割れていた。目利きを依頼された澤井は、修復することで一儲けしようと企むが……。 『唐獅子硝子』
 借金のカタに日本刀を美術商に入れたパチンコチェーン社長が、知り合いの医者に借金の肩代わりを依頼。医者は喉から手が出る程欲しいその刀「考相」を担保に金を貸し、結果自分のものにすることに成功した。本物だと信じていたその刀は実は……。 『離れ折紙』
 摂津市の旧家から出たという浮世絵の版木。研究者の坪内は古美術商からその売り先を打診されるも、学術上の価値は低く、高くは売れそうにない。しかし調べるうちに上方の著名な浮世絵作家の珍しい作品であることが判り……。 『雨後の筍』
 贋作を売ったとヤクザ紛いの探偵に賠償せいと文句を付けられている美術商。兵庫県にある近代美術館から指名で現代作家の名作を買いたいと依頼があり、彼にはその名作を所蔵している人物に心当たりがあった。 『不二万丈』
 関東に住む著名な政治家のコレクション放出を扱っていた関西の古美術商。直近の取引で従来窓口だった番頭格による不正持ちだしがあったとして警察が店を訪れる。 『老松ぼっくり』
 美女画商が、売れっ子作家である小乃原寿夫の『室生寺八景』連作を揃いで購入できる美術館を探しているという。日本画家の大物であるが発表点数が多い。結局、洛鷹美術館で購入したのだが……。 『紫金末』 以上六編。

騙すつもりが騙されて。古美術・芸術、正価のない世界の欲得渦巻く人間模様が赤裸々に
 黒川氏の描く美術業界ミステリ──というか、ミステリとしての妙味は限りなく薄くなっており、主眼は(主に)金銭欲に塗れた男女の人間模様がひとつ、もうひとつは、古美術や芸術品といった材料を使用してあの手この手で詐欺をはたらくそのユニークな手口の描写にある。
 特にこの業界が描かれる際に面白いのは「善意の第三者」を装うことで罪に問われないことだ。価値のあるものが一つあれば、真正品以外に贋作が当たり前のように存在する世界。「本物だと信じていた」というと、偽物を高価格で売りつけても罪に問われることはない。当然のこととして、偽物を本物に見せかける行為は当たり前、更に第三者を関与させることによって信憑性を高めたり、真正を保証する立場の人間が贋作を助けていたり。本物も本物の証拠がなければ価値を喪い、証明書だけがあるものに贋作を後から製造したり。人間、金が絡むとこれだけ知恵が回るものなのか──、と感心させられることしきりである。
 本筋とは関係ないのだが、美術品を愛でることの出来る人間は、ひと言で言うと「お金持ち」である。このお金持ちの世界、お金持ちの金の使い方、行動、価値観といったところを描写させると、黒川氏は現代作家でも随一ではなかろうか。本書のように美術品・芸術品の入手に血眼になるような人々は基本金持ちなので、この筆力は大きな武器になっている。自分が金持ちではないので検証とかはアレだけれども、凡人とは違う、言葉に簡単にできない雰囲気みたいなものを登場人物に纏わせるところ、実に上手い。
 短編それぞれが異なるタイプの美術品芸術品工芸品を扱っており、物語を引っ張る主人公もそれぞれ異なっている。従って登場する手口や狙いも様々で、何が飛び出すか予測がつかない面白さもある。ただ、トリックとしてその狙いを想像するのは、専門知識が必要な内容であるため、ちょっと素人には無理。蘊蓄系の作品と考えて頂ければ。

 大阪ではなく京都を舞台に取り上げているせいもあるのか、黒川作品特有の会話のキャッチボールは控えめ。ただ、詐欺自体をコンゲーム的感覚で描写していることもあって、全体としてそこはかとないユーモア感覚がうっすら感じられるところには好感が持てる。本作に限っていうならば、美術ミステリというよりも、美術犯罪小説といった印象である。


13/05/09
真梨幸子「鸚鵡楼の惨劇」(小学館'13)

 2005年『孤虫症』でメフィスト賞を受賞してデビューの後、『殺人鬼フジコの衝動』が文庫化の後にベストセラー。現在は一つのトレンドともなった読後感の悪いミステリの総称である「イヤミス」の旗手として活躍する真梨幸子さん。本書は書き下ろし刊行された長編作品。

 千九百六十年代にまだ再開発される前の西新宿に存在していた十二社池の近くに花街があった。家業が洋食屋だった小学生の僕は、同級生のミズキがその街の鸚鵡楼という店で暮らしていることを知っていた。出前でその街を訪れるうちにミズキに関するあることを知ってしまい……。そしてその鸚鵡楼で殺人事件が発生する。──一九九一年。人気エッセイストの蜂塚沙保里は、夫と四歳になる息子の駿との三人で、西新宿にある超高級マンションで暮らしていた。沙保里には、女子高生の頃、元グループサウンズのメンバーで広告会社会社員の河上航一に誑かされていた時期があり、幼女暴行の疑いで起訴された河上を弁護したという過去があった。更に現在の生活レベルを維持するために元々の引き出しの少ない沙保里は、夫の母親や小姑、駿の通う幼稚園の母親たちをしばしばエッセイの俎上に乗せて少しずつ反感を買っていた。そんななか、沙保里が取り上げたマンション内の女性の話題から深刻な喧嘩が発生、同じ日に沙保里とその夫が部屋内で刺し殺されているのが発見される。犯人は出所してきたばかりの河上とされたが、逮捕されないまま時が過ぎ、二〇〇六年、時効を目の前にして「鸚鵡楼の惨劇」をテーマとした映画が撮影されていた。その主人公・河上役を務める若い男もまた事件の関係者であった……。

作者が「求められている」要素を随所に取り入れた結果、人間関係は歪み皆不幸になってゆく
 ベストセラー作家の宿命というものだろうか。恐らく真梨幸子さんのところには小説の発注が殺到しているのではないだろうか。恐らく「イヤミス」を書いて欲しいという。本書もまた、嫌な登場人物に嫌な展開、嫌なエピソーが目白押し。 ──こういうのが世間様に本当にウケてるのかなぁ。ざらっとした手触りが残るので個人的には嫌いではないけれども、マイノリティの趣味だと思っているのだけれど。
 さて、本作は西新宿にかつて存在した花街の売春宿をベースに、その地の因縁を三時代に描いた物語。場所以外の縦軸は果たしてどのように設置されているのか(もしくはいないのか)──というあたりが一つの興味になるか。各時代のお話は、それぞれ少女売春、プライバシー侵害、少年売春とゲイといったところが淡々と描かれる。(この「淡々と」というのがミソで物語視点としては一方的な排撃とかが無いことは、小説としてのバランスを考えると重要)。
 全部読んでいる訳では無いので、数作からの印象ということを断ったうえで書くと、真梨幸子さんの描く女性登場人物、イヤミスの中心を構成する人物の特徴は「安易で目の前の餌に釣られやすい」ことにあるようだ。本作における沙保里はその典型で「それだけはやったらあかん」ことを出来心でやってしまい、そこから本人や周囲を襲う悲劇が始まってしまう。人間の弱さを描く、というと芸術的に聞こえるが、読んでいていらいらさせられること甚だしい。まあ、だからイヤミスなんだけれどさ。

 殺人事件が三時代それぞれで発生しており、特に中心となる沙保里の事件では、犯人は河上航一とされていながらもどうやら冤罪臭い──と、全体ではミステリの体裁を取っている。題名のイメージから本格ミステリっぽいイメージが想起されるのだが、ただ、真犯人やその構成についてはどこか「うーん」となる印象。確かに序盤から登場している人物を重要な関係者にしているとはいえ、都合の悪いことを書かないでスルーして、最後に隠されていた人間関係を説明しましたーというのでは流石に頂けない。(あくまで本格視点では)。もちろんサスペンスというジャンルであれば、これくらいは当然許容範囲ですよ。

 実に安定した「イヤミス」。登場人物が総じて不幸になってゆく展開など、実に安定した「イヤミス」。小説に爽快感を求めない、むしろ読み終わった後に暗澹とした気分になりたい方にお勧めです。


13/05/08
道尾秀介「笑うハーレキン」(中央公論新社'13)

 道尾秀介氏のノンシリーズの長編作品。ミステリというよりも、一風変わった人間模様を描いた友情小説といった趣。『読売新聞』夕刊に二〇一二年一月四日から十月二十七日にかけて連載されていた作品の単行本化。

 以前は凝った家具を作る会社を設立して社長として毎日忙しく過ごしていた東口。しかしその幼い息子・笙太が死亡し、妻と離婚することになり、同時期に傾いていた会社も主力取引先の倒産に巻き込まれ、やはり倒産の憂き目に遭う。その頃から東口は”疫病神”と彼が呼ぶ謎めいた老人のようなものを目撃し、言葉を交わすようになっていた。トラックで飛び込み家具修理をして糊口をしのいでいた彼は、ホームレス数人が地主の許可を得て生活するスクラップ置き場で寝起きしている。そこに西木奈々恵と名乗る、若い女性が東口に弟子入りしたいと押しかけてきた。最初は追い出すつもりだったが、周囲の応援もあって徐々に弟子として認めざるをえなくなってくる。そんななか、東口は倒産のきっかけとなった取引先の会社社長が泥酔して警察に厄介になるのを目撃、更に彼を引き取りに来たのは元妻だった。またスクラップ置き場でも住人の一人が謎の死を遂げるなど、東口の生活にさざ波が拡がってゆく。

少し変わった経歴と少し変わった生活のなかで浮かび上がる人間の本質的な何か。
 新聞連載という発表形態が影響しているのか、極端にタブーに踏み込むことはないものの、もともと普通の暮らしをしていながら、何かが間違ってしまった結果、ホームレス一歩手前の状態で暮らす人びとが物語の中心をなしている。いわゆる手に職を持つ東口はまだマシだが、辛うじてスクラップ置き場に「住所」を持つのがやっとという貧しく逞しい生き方を淡々と、やっぱり新聞連載なのに書いてしまうのはやはり道尾秀介らしいともいえる。
 スクラップ置き場の住人や、その周辺の人々の対応などちくりちくりとした棘をちりばめてはいるものの、ある意味平穏な流れが続く。しかし、そのなかに、小石をいくつも投げ込んで人間関係に化学変化を発生してゆく。彼らの言葉にもあったが、「外」と「中」の差違が強く意識させられる。世間というのは「外」で、スクラップ置き場は「中」。そこから出ることが正しいことは誰もが知っているけれど、なかなかそうすることが出来ない。広い意味での格差社会の縮図というと言い過ぎか。
 ミステリとして無理矢理捉えるならば、謎が意外なところに仕込んであったこと、それ自体。 つまり、設定自体が実は謎だったというか。この点を明かしてしまうと読み方が変わってしまうと思うのでここでは具体的に書かないが、作者が気まぐれで使ったともみえる、ある設定の裏側に驚くべき(?)真実があった。
 ただ、あくまでこの物語は、疫病神に取り憑かれた主人公の再生への軌跡がメイン。周囲の応援、喪失に対する自分自身への向き合いといった要素が、辛いながらも着実に描かれており、小説の巧さが以前よりも着実に増している印象。また、そもそも真面目な事柄が多いにもかかわらず、全体としての筆致にユーモラスなところが多いところも素晴らしい。

 最後にどうでもいいこと。本書冒頭の「いまの俺は爆弾だ──」という言葉は個人的には名言だと思っている。というか、自分も胃腸があまり強くないので、同じ境遇に陥った時に思わず同じ言葉を呟いてしまった。冷や汗で顔を青くしながら……。うん、どうでもいい。けれど、この台詞ひと言のおかげで、この小説のことを一生覚えていることになるかもしれない。


13/05/07
菅原和也「CUT」(角川書店'13)

 第32回横溝正史賞を『さあ、地獄へ堕ちよう』にて受賞した著者の受賞後第一作目となる長編。書き下ろし。

 キャバクラでボーイをしている安永透は、他のボーイたちと違って駅前で酔っ払いの様子を観察しながら客引きすることを好んでいた。その店にスポットで訪れた絵子(エコ)というキャストを車で家に送り届ける途中、他殺死体を発見してしまう。その死体が首が切断されていたこともあり激しく動揺する透をよそに、エコは淡々と遺体の状態を観察し、犯罪者が首を切断する理由について透に説明しようとする。エコはキャバクラの他にドラッグストアや探偵事務所でアルバイト(?)をしており、似たような事件がその近辺で過去に発生したことを嗅ぎ付ける。店長から、エコを専属キャバクラ嬢にするよういわれたことから、透はエコと行動を共にするようになるのだが……。

どこかぶっ飛んだ登場人物たちと意外に(?)緻密な構成、そして癖になるような最悪の後味
 前作におけるSM、フリークスを中心とした弾けっぷりが強烈に印象に残っている著者の第二作。「今度は何が出て来るのだろう?」という怖いもの(面白いもの)見たさに手に取った二作目。冒頭からいきなり首ちょんぱ、なので痛いことは痛いのだけれど、身体的な痛みを追究するような意図は本書ではみられない。作品全体を無理矢理にひと言でいうならばやはり「精神的フリークスたちの饗宴」という感じかな。
 連続女子首切り殺人事件と、その痕跡を追うキャバクラボーイ・透とキャバクラ嬢やドラッグストアで働くフリーター兼私立探偵・廃園絵子(はいぞの・えこ)。透の方は過去にいろいろトラウマを抱えており、一方のエコはむしろ感情が抜け落ちたかのようなハイな性格で(ラノベ風というと語弊があるが、現実離れした印象は拭えない)。ただ、そのキャラクタの浮き世離れとは裏腹に、買い込んだ本が詰まっている状態により、あと一人でも人間が入りこんだら部屋の床が抜ける──といった状態で家主が殺害されていた「開いた密室」や、なぜ犯人は被害者の首を切り離さざるを得なかったのか──の解といった要素については、本格ミステリとしても及第点を得られるレベルの論理が込められている。(これはこれでサプライズでしたよ)。
 ただ、首の切り落としについては、首を切り落とすという重労働が、その目的に比して大きすぎると感じられたのがちと残念。そこまでしなくても、目的は達することが出来るのにという部分が少しだけ引っかかりました。

 コピーにある「最後のページを読み終えた時、最悪の絶望が待っている」──というのは、取り押さえる時のやり取りで分かってしまったけれど、そこはそれ、後味の悪いミステリという意味では変わらず、こういうざらりとした感触が大好きだという向きには歓迎されると思う。つか、小生もそっち側かな。


13/05/06
折原 一「グランドマンション」(光文社'13)

 『小説宝石』誌に二〇〇八年十二月号から二〇一三年三月号にかけて不定期に掲載された作品に書き下ろしで『リセット』と『エピローグ』が加えられたとあるマンションを巡る連作短編集。

 グランドマンション一番館に住む沢村は神経質な性格で上階の子供がたてる足音すら気になった。彼にはかつて妻と子供がいたが、子供は赤ん坊の時分に変死、その後、妻も男を作って音信不通に。その上階に文句を付けるうちに、虐待があるのではという疑いが……。 『音の正体』
 グランドマンション二番館のモデルルームに勤務する派遣社員・松島有香は、グランドマンション一番館に住んでいる。上司の大田原に心惹かれる彼女だったが、ある若いカップル客を応対して以降、携帯が紛失後出てくるなど不審な出来事が発生し始める。 『304号室の女』
 独身のまま区役所の定年を迎えた高田英司は口の悪い母親と二人暮らし。地区の民生委員を引き受けた彼は、マンション内の高齢者情報を入手しようと管理人と交渉する。そんな彼はかつて隣人だった久保田綾香に好意を寄せていたが、その綾香が結婚するという……。 『善意の第三者』
 203号室の瀬沼は、地震で壁に人が通れる穴が出来ているのを発見する。隣人の老婆の金を狙うも、結果的に彼はチェーンのかかった自室で殺害されてしまう。死の間際、管理人が犯人と言い残していたが管理人にはアリバイが。 『時の穴』
 マンション内の老人を狙った振り込め詐欺が続出。ピンポイントで老人が狙われるなか、301号室の塚本ハルは詐欺に対して新聞紙のお金を渡して撃退した。104号室の岡安という青年が怪しいと思われていたが……。 『懐かしい声』
 103号室の武藤留子の部屋のチャイムが鳴らされ、留子は身の危険を感じ咄嗟に相手を殴ってします。頭を打った男は病院に運ばれるが、そこには一冊の手帳が落ちていた。その中身は虐待に苦しむ少女の手記だった……。 『心の旅路』
 105号室に住む老婆・多賀稲子は、朝、目を覚まして外を見るとある筈のマンションが消えてなくなっていることに気付いて呆然とする。住民にそのことを話そうとするのだが、周囲の人間は誰も不思議には感じていないようなのだ……。 『リセット』
 一連の事件が終わり最後に落ち着いたマンションの状況は……。 『エピローグ』 以上八篇。

一棟の集合住宅(マンション)のなかで繰り広げられる折原マジック&奇々怪々の人間模様
 一昔前はマンションといえば若い世代向けの住居だった筈なのに、本書に登場するのは老人がメイン。近年の折原一作品は現実に発生した事件を参考に物語を構成することが多いのだが、本書においては、無名の人々が日本で遭遇する事件がテーマとなっている。振り込め詐欺、年金の不正受給、老老介護、痴呆、一人暮らしの孤独死といった、現在問題になり、今後もっと深刻になりそうな諸問題が次々と発生、もちろんその問題のみを描くのではなく、そのひとつひとつに意外な落とし穴を設定している。
 また、個々の住人が遭遇する事件が単体として物語となっているだけではなく、民生委員の高田をはじめ、そのマンション住人の関係性をうまく繋げてあるのも特徴。事件に巻き込まれたり、死亡したり、犯罪者として退去したりで登場する人物は徐々に減っていくなかでなお、まだ意外な関係性をテキストに潜ませているあたり流石としかいいようがない。といっても連作短編集とすることで強烈に何か上乗せ出来ているかというと、そこまでのこともなく、アクの強い作品群を一定のテーマでまとめきったという部分に意味がある。
 その一方で全体としてトーンに抑制が効いているというか、それぞれ工夫されているもののやり過ぎ感もなく、ミステリとして落ち着いて読めるようにも感じられた。とはいっても最初の騒音問題の話など、いきなりこれか! というインパクトはありましたが。叙述トリックというよりも、敢えて問題点を省くことでフェアに持ち込んだという記述の妙が冴えている印象。またマンション内に蔓延る「悪意」の扱いも上手い。

 改めてふりかえってみると、折原作品にしてはサスペンス味が抑えられているため、強烈な吸引力はない代わりに物語に比較的気軽に入ることができる。つまりは間口が広いということ。これまで折原作品の「濃さ」から敬遠していたような読者であっても本書なら入りやすいはず。それでいて軽めとはいえ中にあるのはきっちりとした折原ワールド。じくりでも、ゆっくりでも楽しめる筈だ。


13/05/05
中山七里「切り裂きジャックの告白」(角川書店'13)

 警視庁に勤務する犬養隼人という刑事が新たな主人公を務めているが、『連続殺人鬼カエル男』で主人公を務めた埼玉県警の古手川刑事(『贖罪の奏鳴曲』にも登場)が脇を固めており、同じ世界を舞台にしたスピンアウト系の長編作品。

 警視庁の深川署と目と鼻の先にある木場公園で惨殺死体が発見された。遺体は若い女性で絞殺された後に身体を切り開かれ、ほぼ全ての内蔵が持ち去られていた。現場に残されていた夥しい量の血液から、切開はその場で行われたことが判明、更に鮮やかな切開手口から犯人像は何らかのかたちで医療に携わった経験のある者だと思われた。事件から間もなくテレビに「ジャック」を名乗る人物からの犯行声明が送られてきた。その犯人の行動は十九世紀イギリスを恐怖のどん底に落とし込んだ切り裂きジャックを想起させ、マスコミの扇動的な報道によって国民は恐怖し、警察は非難の矢面に立たされる。更に埼玉県下で同様の手口による事件が発生、合同捜査本部が立ち上げられ、警視庁の刑事・犬養と埼玉県警の刑事・古手川が捜査にあたるが、手掛かりが得られないまま二通目の犯行声明がマスコミに届く。無差別殺人との疑いが強まるなか、二人は臓器移植が事件の背後にあることを突き止めるが、先走った警察トップがテレビに登場し犯人逮捕を宣言するのをあざ笑うかのように第三の事件が発生する。

切り裂きの中山全開! 猟奇殺人と臓器移植、内蔵系サイコミステリ
 中山七里という作家はかなりの多作である。更にデビュー作含む(恐らく最も人口に膾炙した)代表作がピアニストを主人公・探偵役に据えた作品ということもあって、どちらかというと”爽やか系”の印象を抱いている人もいるかもしれない──というのも勝手なこちらの予断だけれど、むしろ特徴的なのは『連続殺人鬼カエル男』を筆頭にした内蔵バラバラ系統の作品群にあるように思う。
 たまたま一作品だけ、バラバラ殺人があっただけなら、そうは思わない。むしろシリーズの異なる各作品の、冒頭なりに内蔵を含めて強烈に損壊された死体が登場する点、逆にその点で共通しているところが不思議なのだ。やっぱりお好きなのか、そこから想像力を膨らませて創作するのか。個人的には活字なのでぎりぎり耐えられている感じ。
 さて、本作。警察をあざ笑うかのような場所で発見された、内蔵が取り出された死体──という描写が冒頭。手際の鮮やかさから医療従事者が犯人であることは明確で、読者の興味は登場するうちの誰が犯人か、そして動機は、という部分となる。物語は切り裂きジャックという題名が予見されるような(そもそも切り裂きジャックにせよ、真犯人の動機は不明な訳だけれど)猟奇系に物語は進まず、臓器移植を含む最先端医療の内容が絡む、医学ミステリ的な展開となる。臓器コーディネーターのお姉ちゃんが話をややこしく(間接的に殺人を手助けしているかのような展開)しているところが気になったが、真相はいくつかのドンデン返しを経た意外なところに求められている。
 ただ正直、意外ではあるのだけれどすっきりするかというと微妙だったりもするのだけれど。医療従事者の心意気とこの事件の陰惨さとのコントラストがむしろ微妙かなー。

 医療に関する倫理や社会性の問題というよりも、二転三転するラストにむしろ注目すべきか。この結果、何かが見えること自体を求めるのではなく、医療ミステリを舞台にした意外性エンターテインメントとしての物語として読むならば、十分に楽しめるはず。


13/05/04
深水黎一郎「美人薄命」(双葉社'13)

 『小説推理』二〇一二年六月号から十一月号にかけて連載された同名作品の単行本化。ノンシリーズ長編作品。

 バイクに乗ることを趣味にしている普通の大学生・磯田総司は、主婦や民生委員が中心のサークルが行う、お年寄りへの弁当宅配ボランティアの配達手伝いを開始した。別に本格的にボランティアに興味があった訳ではなく、大学のレポート評価が悪く進級に響くため始めたものだった。そのサークルに、巨乳で美人の元同級生がいることがわかり、総司は早速、弁当宅配を開始するのだが、配達先のお年寄りが個性的でわがままでかなりの苦戦を強いられる。そのボランティアを続けてゆくうちに、総司はこの国の抱える老人問題や、加齢による身体の不自由さといった事実に気づき始める。一方で、一連の配達ルートから少し外れたところにある内海カエという八十四歳のお婆さんと、総司は徐々に仲良くなってゆく。カエ婆さんは口だけは達者だが腰が曲がっている上、片目の視力が無く、何か行動するのも一苦労するほどの状態。だが、それでも総司と一緒に茶を飲むことを楽しみにしており、いつしか総司は戦前から戦時中、そして戦後、カエが体験したという苦労話を聞くようになる。そんなある日、カエの住むおんぼろアパートが火事に見舞われた。

老人問題・戦争の悲惨さ・世代間断絶。若干薄っぺらく時事を扱うかとみえたら物語の深みにずぶずぶと。
 表層の物語だけ拾ってゆくならば、ちょっと不思議が入った、でもいわゆる「いい話」として読める。どこにでもいそうな、そう思慮深くない軽そうな大学生が、ひょんなことで踏み入れたボランティアから、老人問題について、そして太平洋戦争で命を散らした若者たちへと思いを馳せる物語。こういった話を読みたいという先入観で読まれる方は、むしろ深水黎一郎のミステリ的な企みなど無視してしまうのも一興だろう。
 だが、一歩離れて物語を眺めると深水作品の底意地の悪さというか、テーマ性を持ちながらも読者を少しでも瞞してやろうという意志が、そこら中から感じられる。一つは、どこか微笑ましくある主人公・総司とカエ婆さんの交流が、どこか割り切れず、「何が謎なのか」が明示されないまま物語が終盤に至ってしまうところ。 予知能力をどうやら持っていたらしいカエ婆さん。彼女の身の上話のうち、どこまで本当でどこまでが虚構なのか。彼女が総司にとった行動の一つ一つの意味とは──。
 様々な要素が、実はこれまで読んで来た流れのなかに伏線として溶け込んでいたことに気付かされる時のショック。なんというか「自分の読みの浅さ」に気付かされるタイプの驚きで、作者の老獪さすら感じさせるテクニックにいつの間にか翻弄されているという。
 高齢化社会、戦争体験といった社会問題自体に対しても、決して浮ついたかたちではなく小説としてきっちり向かい合っている。その一方で、一歩踏み込んだところでミステリを構成しているこのテクニック。はあ、感心するしかないです。

 小説として読みやすい一方で、ミステリとしてもかなり高度なテクニックを、凄くさりげなく埋め込んである作品。意地悪な言い方をするとミステリである必然性自体は無い作品なのだけれど、ミステリの要素を活用することで小説としてもミステリとしても互いに好影響し合って高みに至っている。 そんなイメージを受けた。


13/05/03
西澤保彦「ぬいぐるみ探偵の帰還」(東京創元社'13)

 『赤い糸の呻き』に収録されている犯人当て「お弁当ぐるぐる」に登場した一風変な性格と性癖をもった刑事たちが主人公となる作品集。東京創元社『ミステリーズ!』二〇一二年四月(Vol.52)から二〇一二年十二月(Vol.56)まで連続掲載となった作品がまとめられた作品集。

 資産家の両親が旅行中、血の繋がらない彼らの娘が素っ裸で邸宅内で殺害されていた。先代から残されたまま、番号が分からないまま誰も開けなかった開かずの金庫が開いており、中身が持ち去られていた。しかも、娘と情交していたと思しき容疑者は、近所の大通りで交通事故死していた。 『ウサギの寝床』
 帰宅途上の女子高生が何者かにバットで撲殺される事件が発生した。しかし現場には昨年殺害された男子高校生の生徒手帳が残されていた。その男子高校生は将来を野球で嘱望されている男の子で、通り魔事件にしては不自然なところがあることに着目される。 『サイクル・キッズ・リターン』
 人付き合いの悪いコンビニ店員が自室で殺害された。ダイイングメッセージらしき「C」の血文字が現場にあったが、誰かを招き入れた形跡はあるものの、利害関係のありそうな人物が浮かんでこない。そんななか音無が着目したのは現場にあったぬいぐるみだった……。 『類似の伝言』
 女性実業家の息子で画家志望だという半分引きこもりの男性がマンション内で殺害された。隣人からの通報であったが、現場には黒い服を着た女性がモデルとして出入りしていたと証言があった。確かに彼女らしき人物をモデルとした絵が現場に残されていたが……。 『レイディ・イン・ブラック』
 妻を誘拐したと携帯電話に着信が。そのまま電話を切るなと犯人はいい、男は車に貴重品を載せ、携帯電話を片手に身代金受け渡し場所を転々とするが、最後に到着した現場マンションで、妻は謎の転落死を遂げてしまう。かつての浮気相手がいた関係でマンションのオートロックを解除した男は、犯人と思しき人物を発見、殺害してしまう……。 『誘拐の裏手』 以上五編。

刑事たちの変態的どたばたと裏腹に、事件の方は後味の悪い奇妙なタイプ。西澤流ロジカルどたばた劇
 少女漫画から抜け出してきたようなルックスを持つキャリアでありながら、その心中は愛らしいぬいぐるみのことでいっぱいという音無警部を筆頭に、その音無と愛を交歓する自分の姿を脳内で想像して一人めろめろ、外見はクールな美人刑事という則竹刑事、見た目は渋い現場たたき上げの刑事としかみえないのに、その脳内は強度のミステリオタクという江角刑事、さらにそんな彼らを醒めた目線で観察する桂島刑事……。主にこの四人が奇妙な殺人事件に挑む。
 特に音無が現場の証拠だろうが、関係者の持ち物だろうが、ぬいぐるみを見つけた途端に愛称を付けたうえに、そのぬいぐるみを事件のキーとして、解決に導いてしまうという展開がユニーク。特に冒頭の『ウサギの寝床』におけるぬいぐるみの使い方は鮮やかだ。
 ただでさえ西澤本格ミステリ、短編となると奇妙な事件と奇妙なロジックが組み合わさることが多いなか、ぬいぐるみが毎回有機的に組み合わせられるかというとちょっと難しかったか。犯人の狂気がひとりよがりにみえる作品もある。ただ、事件解決に向けた音無警部の熱意の源泉がぬいぐるみ、というのは面白いのだけれど。
 個人的には『類似の伝言』の被害者青年の人物像に強烈なインパクトを感じた。栄養の偏り方が凄まじい──というところもあるけれど、この孤独で奇妙な愛情表現を創造できるところ、さすがは西澤氏だと思う。

 ただ、シリーズ短編集としてみると、ちょっと微妙か。確かにそれぞれ個性的ではあるものの、登場人物のユニークさ、面白さで引っ張れるほどに短編が盛り上がる訳ではなく、本格ミステリ短編集のみとして抜き出すならば西澤作品にはもっと凄いものがぞろぞろある。たぶんに、登場人物の性格が全体的に内向的なタイプで揃えてしまっているところで、人間同士の絡みがあまりうまくゆかないのかなー、とか愚考してみたり。


13/05/02
中山七里「いつまでもショパン」(宝島社'13)

 中山氏のデビュー作品となった「このミス大賞」受賞作品『さよならドビュッシー』、その続編『おやすみラフマニノフ』に続く、第三弾。岬洋介が探偵役を務めることに加え、過去作品に登場した主人公格もその姿を終盤に見せている。

 航空機に仕掛けられた爆弾によって大統領夫妻を含む乗客全員が死亡するテロが発生したポーランド。全ての文化的行事が中止されるなか、世界中の注目が集まる国民的行事、ショパン・コンクールだけは従来通り開催されることが決定された。予備予選を勝ち抜いてきた世界各国が誇るピアニスト八一名が予選に臨むポーランド国民が期待しているのは、音楽エリート・ステファンス家が誇るヤン・ステファンスの優勝だったが、真面目な性格のヤン自身は父親を始めとした関係者の期待を重荷に感じていた。そんななか気分転換中の公園で同じコンテスタントだという岬洋介という青年と知り合う。一方、ヤンはコンクールの審査院長を務めるワルシャワ音楽院の学長、アダム・カミンスキから、岬と、もう一人、盲目の日本人ピアニスト・榊場隆平がライバルになると聞かされており、その演奏を聴こうと会場に出向く。しかし、その榊場が殺人事件の死体を発見してしまう。被害者は、大統領テロの実行犯を追っていた刑事で、その指が十本とも切断されていた。テロリストのコードネームは〈ピアニスト〉。このショパンコンクールの出場者も疑われるが、テロは相次ぎ、岬とヤンが知り合うきっかけになった少女・マリーまでもがその爆弾テロの犠牲に……。

凄惨にして残酷なテロ+情熱と芸術の頂点・ピアノコンクール。中山七里らしさの強引な融合
 『さよならドビュッシー』を読んで驚いたことのひとつに、活字で書かれたにもかかわらず、その打鍵の激しさから何から臨場感をもって伝わってくる演奏シーンの迫力ある描写だった。ピアノの演奏ひとつをとっても、迫力や情熱といったものが伝わるという第一段階を超え、本作では各国が誇るピアニストたちがそれぞれ持つ「個性」が、活字で表現されているのだ。実際に耳で聞いてもなかなか分からない(門外漢の自分だから)音楽性の差違が、まさか紙の上でこれだけ迫力と共に描かれるというのは、ある意味奇跡に近い。一人や二人ではなく、最終予選に残る八人近くのピアニスト、それぞれに見せ場を与えているのだから。

 一方で、そのポーランドを襲うテロリストの無慈悲さが強烈。 その描写は、別の角度からはサイコ・ミステリを得意ともする中山七里という存在が、遠慮会釈無く登場しているともいえ、音楽ミステリのどちらかというと悲劇的であれ美しい展開を望むタイプの読者の期待をあっさり裏切る。ある意味、ピアノ音楽を表現する豊かな日本語能力で同様に殺人現場が表現される訳で、作者の実力が高いということの裏表だともいえるかも。
 その犯人よりも、個人的に興味深かったのは「テロリスト」vs「コンクール」という対立軸だ。何故、テロリストが跋扈しているなか、コンクールが続行されるのか。犯人〈ピアニスト〉の正体については、かなり序盤から露骨にヒントが出ているので、多くの読者が見抜くことが出来るのではないかと思うが、この背後にある「コンクール」まで重ねてから見えてくる真相、ここに込められた深謀遠慮が深い。

 『審査委員たちが与えないのなら我々が君に感謝と栄誉を与えよう。本当にありがとう、ミサキ。君の音楽がいつまでもショパンの魂と共にあることを願う

 ──終盤については、分かりやすく「狙った」展開であり、非現実的でもあるので人によっては興醒めだという人もいるかもしれない。が、あえて自分としてはそれでもフィクションだからこそ描かれるこういった「奇跡」は大好きである。音楽が人に与える「何か」をこういうカタチで描くことも、もちろんエンタの世界であれば「大あり」だと思うから。

 描写という部分に目を奪われすぎ(実際の力の入り方も凄いのだが)るせいか、筋書きについてはシンプルなように感じられた。ただ、圧倒的なピアノ表現については繰り返しになるが、恐らく日本語で刊行された音楽専門以外の小説としては本書は最高峰にあるといっていいはず。シリーズの締め括りとなるのかどうかは不明ながら、中山七里らしさが良くも悪くも詰まった長編だと感じた。


13/05/01
近藤史恵「キアズマ」(文藝春秋'13)

 『サクリファイス』を筆頭に、近藤史恵さんにとってスマッシュヒットとなっている自転車シリーズ(?)の四冊目に相当する長編作品。これまでのプロ自転車レーサーとは異なり、大学の自転車部を舞台とした物語となっており、ミステリ的な興趣も大幅に減らされている分、小説として充実している。

 中学生の頃、所属していた柔道部で親友が顧問の理不尽な暴力に晒され重体にされるのを目の当たりにしたことのある岸田正樹。フランスに留学するも一浪してお坊ちゃま大学と揶揄される大学に入学する。体格は良いものの人付き合いの苦手な正樹だったが、通学途中で自転車部に絡まれ、思わず逃走した結果、交通事故が発生し部長の村上が重傷を負ってしまう。成り行きから正樹は、一年間限定で自転車部に所属することになる。部員は部長を入れて四人しかおらず、エースは口が悪い大阪出身の櫻井。村上の自転車を借り、本格的に走り出した正樹には自転車の才能があり、経験で勝る先輩たちを追い抜いてゆく。徐々に自転車レースの魅力にとりつかれた正樹は、本格的に身体を絞り、トレーニングに励むようになる。しかし、正樹の頭の中には中学時代の友人・豊の影があり、櫻井にもまた、自転車に賭ける深い思いがあった……。

自転車レースの大原点に立ち戻り、危険も孕んだその魅力を一から伝えるシリーズのベーシック
 一応自転車シリーズの一環として発表された作品であることは間違いないながら、いくつかこれまでの三編とは違いがある。一つは、白石誓をはじめとするプロの日本人自転車レーサーが登場せず、あくまでアマチュアの世界を舞台としていること、もうひとつは奇妙な現象→解決といった、これまであったミステリめいたプロセスを利用していないこと。共通するのは、自転車を通じて描かれる一筋縄ではゆかない人間ドラマであるところだ。
 その最初に述べた違いがあるにも関わらず、読んでいるあいだのスリリング感覚はもちろん、肉体を酷使する自転車というスポーツが発する熱気と汗の描写、レースにおける独特の緊張感──といったこのシリーズの良い意味での印象は裏切られない。むしろ、巻を重ねた現在の方が、スリルという意味では上かもしれないくらい。
 また、スポーツを通じた人間ドラマのなかで、本書では様々なかたちで怪我と、及び怪我人が登場し、その自由と不自由の落差、絶望と希望といったところを巧みにスパイスとしている。そもそも主人公が自転車部に入るきっかけも、主将に大怪我をさせたことにあるし、かつたの親友もまた現在不自由な身体を抱えている。ライバルであり、先輩でもある櫻井も怪我をする。自転車レース自体が非常に危険なスポーツであることを逆手にとって、そこから生まれる人間関係にスポットを当てているあたり、構成に巧みさが増しているような印象を受けた。
 その一方で、自転車レース、レーサーたちの原点、「自転車に乗ることは楽しい」という感覚を根元でしっかり表現している。危険な側面はあるけれども、やはりどうしようもなく楽しい。その魅力表現についてもぶれがなく好感が持てる。

 このシリーズはまだ続くようである。そもそも多少は有名になってきたにせよ、自転車レース自体がメジャーなスポーツではないという状態は変わらない。(レースではなくスポーツとして嗜む人はランニング同様に増えてきている印象はあるのだが)。そんななか、その魅力をきっちりピックアップできている本シリーズは存在としても貴重であるし、当然エンターテインメントとしても上質。次はどんな角度で自転車と向き合わせてくれるのか、やはり目が離せないシリーズである。