MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴− 


98/08/25
北川歩実「僕を殺した女」(新潮文庫'98)

「二十世紀最後の覆面作家」北川歩実のデビュー作品。『金のゆりかご』の評判がとても良いため、とありえず'95に出版されたデビュー作を押さえてみた。

「僕」篠井有一は見知らぬ部屋で目を覚ました。目の前に空になった酒のボトルがあるが昨晩の記憶がない。バスルームで顔を洗おうとして怖ろしい事実に気が付いた。僕は女になっていたのだ!別の部屋に寝ていた見知らぬ男性を起こして、何があったのかを確認しようとしたが、要領を得ない。よくよく観察すると部屋割りは自分の部屋に酷似している。マンションの別の一室に来ていたのか、と確かめるが間違いなく自分の部屋番号だ。日付を確認すると何と自分は五年後の世界に来ているようなのだ。僕は自分の身に着けていたマッチを頼りに自分自身を取り戻しに出掛けるが、そこにいた女にいきなり追い掛けられる羽目に陥り、更に混乱を深めることになる。

よくある記憶喪失ものパターンと思うと大間違い。
記憶喪失した人間が主人公、というミステリーは名作、駄作含めて世の中に無数にあるが、本作は更に、気が付くと女性になっていたという一歩間違えるとSFにしかならないような設定が付加されている。更に、自分とは別に「篠井有一という男性」が存在するし、自分の記憶そのものは篠井有一固有のものとしか考えられないし、「僕」の行き着く先々で連続殺人まで発生するし、と謎は混迷を極めていく。しかしホントにこの作品の凄いところは、これだけ解決困難な謎を提示しながらも「僕」の身に発生した出来事にきちんと論理的な解決がつく点
この手の「主人公のアイデンティティ喪失もの」は井上夢人の作品に佳作が多いが、本作もその一連の作品群に負けずと劣らない内容。ラストの自分を取り戻した「僕」の姿に好感。

未だメジャーとは言えない作家かもしれませんが、凝ったロジックといい、科学的背景に裏付けられた解決といい、「欲張り」な作品です。本格ではないかも知れませんが、真相を想像しながらじっくり読める人向けでしょう。


98/08/24
山田正紀「ふしぎの国の犯罪者たち」(文春文庫'83)

コン・ゲーム風に「普通の人々の冒険」をまとめた連作短編集。昭和五十五年に出版された作品の文庫化。

六本木にある変わったバー、「チェシャ・キャット」。会員制とされたこの店では職業や本名を名乗ることは御法度である。中年の「兎さん」学生風「眠りくん」自由業っぽい「帽子屋さん」彼らは退屈で平凡な日常を嫌いながら、何をすることもなく毎晩のようにその店に集まってきていた。ある日、「兎さん」は装甲された現金輸送車が犬を轢き殺す場面を目撃する。その母体『装甲輸送車警備保障』の余りの傍若無人に義憤を覚えた彼らと「チェシャ・キャット」のママはその輸送車を襲う計画を立て始める。それは「犯罪」と言う名の最も甘美なゲームの序章であり、まさにそれは”ふしぎの国”への入り口だった。計画が成功したとき、彼らは”ふしぎの国の犯罪者”となったのだ。しかし彼らの日常は少しずつ変質が始まっていく……
『襲撃』『誘拐』『賭博』『逆転』の四編、それぞれ語り手を変えて綴られる不思議なストーリー。

「普通の人々がとてつもない冒険をやってのける」冒険小説の基本とも言える骨組みである。しかし、山田氏の凄いところは、読者にその爽快感を与えつつも更に深く突っ込んだストーリーを裏に流していることだ。読者は彼らの活躍に喝采しつつも、その裏に仕掛けられた「作者の作為」を感じ取ることだろう。最後の最後までそれは明かされることはないのだが、そのテイストが普通の冒険小説にはない、それこそ「ふしぎな味わい」を醸し出している。
幾ばくかの知識とそれを実行するチャンス、そして本当に実行してしまう決断力があったことで(普通はないけれど)自ら危地に飛び込み、逃れする主人公達。最後に彼らを襲う運命が、山田氏による「ふしぎな冒険小説」の答えなのだろうか?

確かに結末に対する好悪の差はかなり大きいと思うが、完成度の高さ、伏線の素晴らしさなど小説としてのレベルは非常に高いものをクリアしており、充分読む価値のある作品だと思う。


98/08/23
天藤 真「鈍い球音」(創元推理文庫'95)

天藤氏の昭和四十六年の作品で比較的初期の部類。野球をテーマにしているが、私の中の「野球ミステリはつまらない」という常識がひっくり返った。解説は倉知淳。

万年最下位のプロ野球球団、東京ヒーローズがペナントレースでリーグ優勝した。明日から大阪ダイヤを迎えて日本シリーズ開始という日、ヒーローズの桂監督が「人と会う」と言い残し東京タワーに上ったきり失踪してしまう。しかも桂の娘と腹心の立花コーチの目の前で帽子とトレードマークの髭が残されている、という不可解かつ不可能のものだった。立花は親友で新聞記者の矢田貝に極秘で調査を依頼、矢田貝は上司の了解を取り、四人の極秘プロジェクトチームにて事件を追った。監督の立ち回りそうな先を探るも収穫はなく、作戦会議を練っている時に謎の電話が監督の行方を告げてきた。人気のない倉庫で監督は昏睡している所を発見されるが、そのまま入院。ヒーローズは代理監督が指揮を執ることになった。

ストーリー作りの巧さに改めて瞠目。 いきなりの冒頭の不可能状態での失踪。続いて東京ヒーローズはどうなるのか?日本シリーズの行方は?黒幕は?どうやって?と、読み進めていくうちに「?」がどんどんどんどん出てくる。しかも凄いのは序盤のちょっとした「?」であっても必ずラスト迄に全てに合理的な説明がされる点。その秘訣の一つは天藤ミステリっぽく、登場人物の造形に非常に気を使っている点。ちょっとした謎も普通の作家の作品だと「これはちょっと・・・」と思えるようなトリックでさえ、「このキャラクタなら、こういうことをするのか、なるほど!」と納得させられ、不自然に思わないように出来ている。主人公、脇役、ヒロイン共々魅力的で、気付くと物語世界にどっぷり嵌った自分に気が付くという寸法。
もう一つ凄いのが時代を感じさせない所。野球のルールそのものは不変であるし、小道具に凝ったトリック作りをせず、「人間」で読ませている分、「現代」を扱っているにも関わらずせいぜい数年前に書かれた作品だとしか思えない。

この「野球ミステリ」を楽しむのには野球のルール知識さえも必要なし。ただ単に本を入手してページを開けば天藤ワールドが始まります。


98/08/22
泡坂妻夫「折鶴」(文春文庫'91)

泡坂氏の二十六冊目の単行本。四編収められた短編のうち『忍火山恋唄』は九十五回、表題作『折鶴』は九十八回のそれぞれ直木賞候補作となり、『折鶴』は泉鏡花賞を受賞した作品。当時は「直木賞はミステリでは獲れない」というジンクスがあり、それに嵌ったのだろうか。泡坂氏は後の第103回、『蔭桔梗』にて受賞する。

職人同志での協会の旅行で友禅の模様師、脇田はある芸者の奏でる新内に心を奪われる。自らも新内を嗜む脇田は彼女の不思議な魅力に惹かれ、再会を約して当地を去る。東京に戻った彼は師匠筋から、酒と女で身を持ち崩した名新内語りについて聞かされる『忍火山恋唄』、東京の片隅で呉服の何でも屋悉皆屋を営む征次は、先代の訃報に触れる。その通夜の会場で出会った女性は彼がまだ若い頃に三日だけ駆け落ちした元芸者だった『駆落』、盛岡に住む檜垣塗りの漆工、敏之は東京から駆け落ち同然にやってきた裕子と暮らしていた。自分たちが仲人を務める結婚式に際して裕子は暫くぶりに東京に帰る『角館にて』、縫箔の職人田毎は自分の知らない間に自分の名前が他人によって使われていることを感じていた。ある事から自らの名刺を受け取った人物が関係していることは分かっており、かっての恋人であった鶴子と再会したパーティでの出来事である可能性が大きかった。表題作『折鶴』切なく哀しい大人の恋愛ミステリ四編。

四作品全て主人公の男性は着物や和服に関する仕事に携わる”昔ながらの職人”。「時代に取り残された」と自嘲する彼らを支えるのは、その職人たちに魅せられた女性たち。時代が彼らの行き方を拒絶するようになろうとも、頑固に、いや鈍重に思えるほど彼らは「自分の信念」に従って生きていく。泡坂氏自身、紋章上絵師を職業としているせいか、彼らの描き方は迫真を通り越して凄絶でさえある。また、彼らを慕う女性たち、彼女たちも切なく、哀しく、その愛を「職人」たちに捧げるのだ。ここにあるのは「人生」そして「大人の恋」。これらの物語は演歌が良く似合う。
とは言っても、名手泡坂氏のこなれた文章は訴えてくるものを綺麗に表現しており、泥臭さはあまり感じさせない。ミステリ的部分はそれぞれ意図的に押さえた表現となってはいるのだが、そこは恋愛小説、その展開そのものが既にミステリである。

亜愛一郎シリーズや初期長編からすると、「明らかに円熟味を増した」と実感できる作品。じっくり読んで、彼らの生き方に感動し、彼らの愛に胸を打たれてみたい、そう思わされるオトナ向けの味わい深い作品群。


98/08/21
宮部みゆき「魔術はささやく」(新潮文庫'93)

宮部氏の第二長編にして第二回日本推理サスペンス賞の受賞作。

それぞれはありふれた死でしかなかった。一人の女性はマンションの屋上から飛び降りた。二人目の女性は電車に飛び込んだ。三人目の女性はタクシーに飛び込んで……しかし、ある人物がこれらの事件の裏で糸を引いており、その狙いは四人目の高木和子に向かって伸びていた。
現在高校生の草日下守は父、母と共に枚川という地方都市で育った。しかし彼が子供の頃、公務員の父は行方不明となり、愛人に貢ぐための公金横領が発覚していた。その地でいじめに遭いながらも逞しく育った守も、母の死と共に上京し、伯父夫婦の家に居候していた。そんなある日、タクシー運転手の伯父が女性を刎ね、死亡させてしまう。目撃者がなく警察に拘留される伯父を助けるべく、守は自らも調べてみようと思い立ち、まずは事故のあった現場に向かう。

既に二作目にして宮部節は確立されていたのか!!(一人で勝手に驚いている私)
最初は三つの殺人事件のミッシングリンクのテーマか、と思わせられるが、実は効果的な謎の人物のモノローグが入っており、主人公の活躍もあってそのリンクが何なのかは比較的序盤で明かされてしまう。とはいえ、それではそのリンクを付け狙うのは誰なのか?彼はどのような方法を使っているのか?守の父親の事件の真相は?などなど謎が謎を、謎の解決がまた次の謎を呼び、気付くとストーリーに引きずり込まれている。それに背景に巧みに加えられた社会的問題(例えばいじめ、悪徳商法……)の数々。これらを効果的に配することで、現実性が飛躍的に高まっている。
加えて人物造形の巧さ!!少年の成長の過程のこの爽やかさは一体どこから生まれてくるのだろう?普通のミステリなら謎が解けた段階でエンドであるのに、宮部作品にはその先が必ずあり、その先の方がミステリそのものより大切なことのような気がする。

本作、このページを御覧になる方はほとんど読了されている作品かもしれませんが、未読の方は文句無しに是非!!素晴らしい宮部ワールドに触れてみて下さい!老若男女問わず、誰が読んでも面白い作品です。


98/08/20
黒崎 緑「死人にグチなし」(東京創元社'91)

東京創元社のノベルズ”MYSTERY4YOU”に収録されていたもの。共著を除くと黒崎氏の五作目にあたる。種々の系統を書き分ける氏だが、本作は題名から分かる通り「しゃべくり探偵」のシリーズに近い軽めのミステリ。

大阪は御堂筋に事務所を構える駆け出しのライター熊谷万里子と同じくコピーライターの清水ミヤ。彼女らは痩せて関東出身、きびきびとした万里子、小太りで大阪ネイティブ、おっとりしたミヤと全く正反対なのだが、何故か気が合って一緒に事務所を構えている。彼女らが巡り会う四つの事件を本作では収録。
偽毛はえ薬を販売していた社長と騙されたと怒り狂う客を巡るトラブル『怒髪、天を突けず』神戸の高級レストランが連続して荒らされる事件『覆水、瓶に返らず』ミヤ好みの男性インストラクターのいるアスレチッククラブでプールに飛び込んだ女性がそのまま行方不明『溺れるものは久しからず』某デパートの試食品を食べた女性が薬物中毒死?『天は毒物を与えず』の四編。おまけとして黒崎氏のお酒に関するエッセイ数編が『緑のカクテル』として収録されている。

軽さに磨きがかかって完成度アップ。しゃべくり探偵の全編会話文!とかに比べると遙かにアクが抜けていて、良くも悪くも「普通のミステリ」になっている感。ただそれが、つまらないという意味ではなく、結構フェアに本格しているので面白さという意味では甲乙付けがたい。「なぜ毛はえ薬会社社長は髪の毛を短く切られて殺されたのか?」「なぜレストランの食料庫ばかりが荒らされるのか」「プールに飛び込んだ女性はどこに消えたのか」「デパートの試食品になぜ毒が混ぜられたのか」それぞれきちんとよく練られた合理的な説明がなされる。また全編探偵役は清水ミヤが務めるのだが、ペアを組む万里子、アシスタントの松世、編集者白浜と魅力的な脇役が揃っており、彼らの関西系ならではの掛け合いもほのぼのしていていい感じ。

創元社が再版ないし文庫に落とさない限り、今から入手するのは非常に難しいかと思われる。しかしこのノベルズシリーズ、割高なだけ(爆)あり、洗練されたデザインで好感の持てる装幀である。また各章の表紙に添えられた、いしいひさいち氏の一コマ漫画も楽しい。


98/08/19
山田風太郎「甲賀忍法帖」(角川文庫'74)

年代的に風太郎忍法帖シリーズの最初の作品。昭和三十三年頃「面白倶楽部」という雑誌に連載された作品。とはいえ、忍法帖は執筆時期関係なしに面白い。

徳川家康の御前試合。甲賀と伊賀の二人の忍者がこの世のものとは思えない戦いを繰り広げていた。一人は口から謎の粘液を飛ばして相手の動きを封ずる技を、もう一人は一本の縄を体の一部のように自在に操る技を使う。彼らの戦いはいつ果てるとなく続いていたが、家康自身が止めた。彼は自身の三代目を決めるにあたり、宿怨の関係にある甲賀、伊賀の両一族から代表者を選び、彼らを代理で戦わせることを考えたのだ。服部半蔵の取りなしで長いこと一族同士の争いを止めていた両者だが、一度そのたがが外れれば骨肉の争いに至るのは必定。選ばれたのは両軍十名、その名前が刻まれた瞬間にその仁義なき戦いは火蓋を切った。しかし一方、そんなことはつゆ知らない伊賀、甲賀の里では運命のいたずらにより、頭領の孫甲賀弦之介、伊賀朧は将来を契り会う恋仲となっていた。名簿にはその両名とも名前が載せられている。

完全無欠のエンターテインメント。
歴史の一部を巧く借りながら、その上で荒唐無稽な、しかし妙に引き込まれるような設定を乗せ物語世界に読者を否応なしに引きずり込む忍法帖シリーズ。本作、選ばれた十名対十名の仁義無き戦いは、現代の少年漫画にも似ている。いや、漫画が風太郎のノリを借りていると言った方が正しいかもしれない。
様々な「謎」が読者を惹き付ける。彼らそれぞれがどんな忍法を使うのか?甲賀、伊賀の争いはどういう結末になるのか?ロミオとジュリエットたる弦之介、朧の恋の結末は?物語の最後の最後に至るまで一気に読破せずにはいられなくなるような、巧妙な作りのストーリーである。また時代を危惧される向きもあろうが、元々の設定が時代ものでもあるものの、語り口は非常にスマートで現代の作家しか読まない人間でも、文章や会話には全く違和感を感じることはないはずだ。

講談社ノベルズで復刻版が出ており、今でも入手は比較的容易だろう。忍法帖シリーズはミステリではないが、この面白さは埋もれさせておくには勿体なすぎる作品である。一度はシリーズの何でも良いので目を通すべきだろう。

実家に帰った際、ウチの親父が学生時代「忍法帖」にハマっていたと聞いてきた(笑)


98/08/18
夢野久作「少女地獄」(角川文庫'76)

『ドグラ・マグラ』を著した戦前の幻想・探偵文学作家、夢野久作の作品集。

横浜の臼杵病院にやって来た天才看護婦、姫草ユリ子。生い立ちから何から虚言に塗り固められ、自らの虚言に追い込まれて破滅していく「何でもない」バスの女車掌と殺人魔である流浪のバス運転手との愛憎劇「殺人リレー」背が高く醜い事を悩む女学生の復讐劇をプロット「火星の女」三部から成る表題作『少女地獄』(S11)、廃人寸前の天才音楽家が道端で出会った一人の女により蝕まれていく『童貞』(S5)、スキャンダルで有閑マダムを強請ろうとした男が知ったその女性の真の姿とは『けむりを吐かぬ煙突』(S8)、男勝りの炭坑主の女主人と彼女からダイナマイトを得ようとする若い男の騙し合い『女坑主』(S11)の都合四編の中編・短編。

狂気?幻想?
やはり中でも圧巻は表題作でもある『少女地獄』に尽きる。全ての作品が夢野氏らしく「書簡」型式で手紙や遺書の形の関係者の独白として綴られており、その淡淡とした文面が逆に登場人物の凄まじさ、狂気を浮かび上がらせている。(書簡形式の夢野氏の傑作と言えば、孤島に流れ着いた幼い兄妹をたった三通の手紙で描いた『瓶詰の地獄』が想起される)しかも単なる狂人の記という訳ではなく、彼女らは、その信じる真理に従って行動しているので、果たしてそれを我々が狂気と呼んで良いのかどうかさえ、微妙なところだ。彼女らはそれぞれの行動の後に「自殺」という形で自らの世界に終止符を打ってしまう。それは弱い人間が己の真理を貫き通すことの困難さを端的に象徴していると言えよう。彼女らから感じられる哀しさは『少女地獄』という題名そのものに象徴されるように「この世では具現出来ない」種の信念が原因だからであろうか。

一方残りの三長編に関しては、夢野氏の女性に対する畏怖、恐怖など、性差から発する様々な感情が噴出しているように私は感じた。

かなり重版も出ているとはいえ、入手しにくい作品か。『ドグラ・マグラ』で魅せた狂気の世界は彼の他の作品群にも迫力を持って息づいている。夢野久作は戦前の稀代の作家の一人であると思う。


98/08/17
我孫子武丸「ぼくの推理研究」(集英社ジャンプジェイブックス'93)

我孫子氏のジュヴナイル。とはいえ、「週刊少年ジャンプ」に(厳密な意味での)対象年齢が無いように、多少子供向けの気遣いはあるものの、内容は大人が読むに耐えうる本格ミステリ。

真夜中にやってきた引っ越しトラック。中学三年の皆川歩(あゆむ)の隣に越してきた萩原さんは、彼や同じマンションに住む悪友、大塚翔一らに好きなだけゲームをしても良いと部屋を開放してくれた。そんなある日、窓から女の人が墜落していくのを萩原さんの部屋から大塚が目撃する『ぼくの推理研究』、彼らと同じマンションに住む中学一年生、遠山可奈子も同じく、大塚さんと仲良くなり、よく部屋に遊びに行くようになる。とはいえ、ある事情から人付き合いが苦手な彼女は歩や翔一のことは避けていた。年明け、お年玉代わりに大塚さんがくれたのは自分の名前や友人の名前を入力するタイプのアドベンチャーゲーム。しかし、ゲームの中での出来事と現実が少しずつ交錯し始める『凍てついた季節』の中編二編。

一読した限りでは、主人公がそれぞれ中学生でそれぞれの視点で物語が綴られていること、文章が比較的平易なこと、出版元が少年向けノベルのシリーズであること以外は特に「大人が読めない理由」はない。二編の中編それぞれに我孫子氏らしい、本格のトリックが使用されており(それぞれのオリジナリティはとにかく)、「推理ファンでも十二分に楽しめる」だけの内容を備えた本である。
そしてもう一つ、子供の視点から大人を描くことにより、知らず知らずの内に大人が持っている子供に対するエゴや醜い部分、子供が持っているのに知らんふりしている部分がきちんと述べられており、その辺り、大人になってしまった我が身としては耳の痛い部分もある。作中、通じて調停役(探偵役とは言いにくい)をする萩原さんはあるセンセイであり、彼の存在ははやみねかおる氏の人気シリーズの「教授」を何となく彷彿とさせる。

内容、トリック、結末共に我孫子氏の他の傑作に引けを取らない内容(雰囲気的には人形シリーズに近いか)。他の我孫子作品を読み尽くした方には是非、「子供向け」の枠を越えて挑戦してみて頂きたい作品かと思う。


98/08/16
山口雅也「ミステリー倶楽部へ行こう」(国書刊行会'96)

山口雅也氏の九冊目の単行本にして評論、エッセイ集。

'77年、氏がまだ大学在学中に「ミステリマガジン」誌に連載していた『プレイバック』というちょっと変わった角度からのミステリ書評をはじめ、同じく「ミステリマガジン」誌に寄稿した原稿、「エスクァイア」誌にて連載していた新刊書評、クリスティ、カーなどの文庫などの解説など種々の出所の原稿を寄せ集めたもの。そしてその言及されているほぼ全てが、俗に言う「洋物」、つまり海外ミステリである。とは言え、海外作品の論評につきものの「インテリ臭さ」が余り感られず気取っていないあたりに、読者への配慮が多く感じられる好編集の書評集。

今までも私は山口氏の作品を敬愛しているが、その背景にこれだけの裏付けがあったのか!!と唸らされた。
古くは黄金時代のカー、チェスタトン、クイーンを初め、現役のキングやクィネルやシーモアまでその読書量は半端じゃない。(数千冊は確実?)しかも作品毎に平易な解説、マニアックなツッコミ、厳しい注文とそれぞれ、納得させられるコメントが寄せられている。また「エスクァイア」誌での連載では当時話題の映画をミステリと結びつけて読み解く試みもされており、映画ファンの方にも目を通して貰いたい部分もある。ハヤカワのポケミスのレア本、幻の一冊などについて述べられた部分もマニアは注目すべきだろう。とにかく、「存在を初めて知ったけれど、ああ、この本読んでみたい!!」と思わされる書評が目白押しなのだ。国産ミステリの読書に一息入れられる時が来たら、私も読書の参考にするつもりです(来るのか?)。

国産ミステリは何となく読み飽きた、海外ミステリに手を着けたいけれども、種類が膨大だし何から手を着けて良いやら分からない……そういった方の読書ガイドに、ミステリを読み尽くした人にはそれなりの評論に、一冊(?)持っておくと何かと役に立ちそうな評論集。肩に力の入らない平易な語り口も嬉しい。