MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴− 
−過去の書評群 (掲載順)−  


98/08/31
司 凍季「蛇遣い座の殺人」(光文社文庫'96)

司凍季の第二作。ハードカバー版の原題は『蛇つかいの悦楽』。司氏のシリーズ探偵の一人、謎の農民探偵、一尺屋遙もの。

W県の紀ノ川沿いにフランスから移築された洋館。この洋館はフランスにあった二十五年前に「空中を浮遊し、壁を突き抜けて転落死した」という迷宮入りの事件が発生していた。更に日本の地に移設された後も、空中を浮遊する大蛇が館の周りで目撃されている。主人公の「私」は金銭を巡るトラブルから自殺をする為にその館のある志野村を訪れる。折しも館では館主の娘の結婚パーティーが企画されており、館主に縁のある複雑な人間達が集まってきていた。私や一尺屋もそのパーティに呼ばれ、館主の提案する奇妙なゲーム、館の中の宝石探しに参加する。そしてまず、館の園丁が広間の時計の中に閉じ込められて死亡しているのが発見される。そして次々と奇怪な死体が訪れた人々の前に現れる。

そっか、司凍季って横溝正史に比せられるのか。
と解説を読んで納得。今のところ三作を読んだが、「隔離され、地縁血縁に縛られた世界」「過去に繰り広げられた愛憎劇」「奇妙な状況、状態で発見される死体」「最後の最後まで謎を解かない名探偵?」など色々と各作品に共通点が見受けられる。本作を読んでいる間は、かなり個性の強い館を持ってきている分、綾辻氏の館シリーズの雰囲気を感じていたが、読後に得られた感覚は確かに横溝氏のそれに近いかも知れない。本作もかなり大がかりな物理トリックがいくつも用意されており、読者の度肝を抜いてやろう、という作者の意気込みがひしひしと感じられる。それらの屋根に突き刺さった死体だの、壁を抜けて落ちる転落死体など、不可能的状況の分、ちょっと大がかりが過ぎて解決部分では「あらあら」と思わないでもない。とはいえ、小説内世界できちんと成立しているのだから良しとすべきなのだろう。

もう一つ付け加えるべきは、島田荘司氏の提唱するミステリの執筆作法を律儀に守っている点。冒頭の印象的な謎、大がかりなトリック、どんでん返しの結末。この系統が好きな人には逆に理想作と言えよう。特に刊行順にこだわらずとも構わないシリーズかと感じる。


98/08/30
竹本健治「殺戮のための超・絶・技・巧 パーミリオンのネコ1」(徳間文庫'92)

ミステリに対して一時的に嫌悪に陥ったと言われる竹本氏が、その頃著したSF作品の中の一つ。本作は4まである筈だが1作目のみ文庫化され、残りを入手するのは超困難。

D種特務捜査官であるネコ。彼女は百万分の一も失敗が無いことから「パーミリオンのネコ」と呼ばれていた。彼女は存在自体秘密のD種犯罪者を狩り出すのが任務で今回のターゲットは数千人のテロ事件の首謀者である”大鎌”と呼ばれる人物。彼はサイ能力と呼ばれる超能力を持ち、金属カビの蔓延する寂れた惑星、グラビアに潜伏していると見られていた。

絵に描いて額に飾りたくなるようなSFサイキックアクション。「開拓惑星」「超能力者」などの設定といい、「士郎正宗の作品に出てきそうな(笑)主人公」「幼い孤児」などの登場人物といい、それ以外の説明が付けようがない。強いて言うならスペースオペラ?これだけコードを使って、お約束のストーリーとなれば慣れたSF読者なら子供だましと一蹴するかもしれない。
ただ、理系蘊蓄に強い竹本氏らしい設定も随所に見られ、脇役のある言動から真相を見抜くシーンなどミステリ的な部分も散見されるが、ラストの対決シーンのスピード感、躍動感は「これが竹本氏の作品??」と思ってしまった。はっきりと竹本ミステリとは一線を画した作品と言えるだろう。

SFだからという訳でもないだろうが、内容が一つ軽い。ミステリばっか読んで疲れた時の気分転換には良いかも知れない。連作の一しか読まずにこんなことを書くのもなんだが。


98/08/29
吉村達也「夜は魔術(マジック)」(光文社文庫'92)

シリーズの多い筆者の比較的マイナーなものの一つ「OL捜査網」シリーズ。この主題が「大江戸捜査網」から来ていることはあまり知られていない(笑) 二作目にして現在までのシリーズ最新作。

元タレントで、ヨコハマ自動車のOLに再就職した杉本千鶴はBFとのドライブ中、多摩川縁で白いブルーバードの中で男が三人死んでいるのを目撃、自ら110番通報をする。知らせを受けた神奈川県警は現場に巡回中のパトカーを急行させるが到着まで二分とかかっていないにも関わらず、車の中には大量の血痕が残されているばかりで、死体の姿は消えてなくなっていた。関わり合いになるのを恐れ現場を後にしていた千鶴はその事実を知り、愕然とする。実は彼女自身、六年前に罪を犯していた。ヨコハマ自動車のOLたちの推理が出した結論は?

吉村氏お得意の複線ストーリー。特に本シリーズだと探偵役にあたるOLが複数に渡っているので、彼女達の行動、他の登場人物の行動に従い謎が次々と呈示され、読み過ごすような点も、彼女らに指摘されて更に謎が深まっていく。
・ブルーバードの中の死体はどうやって消失させられてしまったのか?
・発見された死体の首にかけられた千羽鶴の意味は?
・被害者の妻はなぜ夫の死を全く悲しんでいないのか?
・ヨコハマ自動車のOLを狙って誘拐未遂を繰り返す男は一体何者?
などなど、上記した以上にたくさん物語中に存在する複数の謎を、少しずつ解明していき、徐々に収斂させて一つのストーリーに紡ぎ上げていく手腕は見事。OLたちも一人一人が魅力的だし、今回舞台になっている東横線沿線の描写も、「あ、うまいなぁ」と思わせられるものがある。何よりも普通のOLたちが知恵を出し合って、少しずつ事件を解決に近づけていく、通常あまり見られない解決方式が何とも楽しい。
一つだけ気になる点があるとすれば、トリックそのものが見事なのに、氏自身が嫌っているトリックのためのトリックになりかかっている点か。要は必然性の問題なのだが。

軽いタッチで読みやすい作品。ミステリ性、サスペンス性とも溢れており、素直に面白かった。吉村先生、新作待ってます。


98/08/28
都筑道夫「きまぐれ砂絵」(光文社時代小説文庫'96)

御存知「なめくじ長屋捕物さわぎ」シリーズの五作目。本編は'82に発行されたもの。六編の短編全てが落語をヒントに作られたという作品集。

謎の男に唆され、花見に来ていた商人衆の酒樽を川の水に取り替えたなめくじ長屋御一行。ところがその水を飲んだ連中が苦しみだした『長屋の花見』、貧乏長屋に住む職人が殺された。彼は野ざらしになっている骨にお酒をかけて謎の呪文を唱えて回っていた『野ざらし』彼が言うには幽霊が商家の若旦那が橋の上で鍋を被って死んでいた。彼は最前、二百両積んで浅草寺の五重塔によじ登り、てっぺんの擬宝珠(ぎぼし)を舐める、という奇行をしていた『擬宝珠』、金持ちの娘と一緒にいたという浪人が中州で殺されていた。その浪人と娘は小舟に乗っていて、船頭は娘を拐かそうとしていた浪人から娘を助け八十両貰ったと主張していたが、それはどうやら夢だと片づけられていた『夢金』他『舟徳』『高田の馬場』の六編。

季節感溢れる江戸情緒と、相変わらずの長屋連中が醸し出す雰囲気の面白さ。
冒頭に描かれる奇妙な謎、そしてそれぞれの事件で発揮されるセンセーの快刀乱麻の推理が一級なのはもちろん。ただ、それだけでなくある程度キャラクタの性格を掴んだ読者なら更に余裕を持った楽しみ方が出来そう。例えば、都筑先生が丁寧に描いている江戸の町人たちの生き生きとしたした生活振り、春夏秋冬季節を存分に楽しむ粋、それぞれの階層の人間達が必死に生きていく様などなど、我々が時代劇でしか分からない「お江戸」の毎日に読者がまるで入っていけるような、そういった書き方をしている。親しみやすく嫌みがない、だから別に時代小説が苦手な人でも、この世界にはすんなりと溶け込めるはずだ。当然ミステリとしての性格は堅持。
推理小説としても、捕物帖としても、キャラクタ小説としても、江戸風俗誌としても十二分に堪能できる。

一作読むと二作、二作読むと三作と次々と読みたくなるのは不思議。時代小説が好きな向きにはもう堪らない作品であろうが、「捕物帖」なんて、と敬遠されている人にもこのシリーズは手に取ってみる価値が必ずあると思う。足掛け三十年近く続いているシリーズものミステリ、時代を越えて面白いものは面白いのだから。


98/08/27
岡嶋二人「三度目ならばABC」(講談社文庫'87)

もちろん、二十七の単行本を残して解散した井上泉(現、井上夢人)と徳山諄一のユニット、岡嶋二人の七作目にあたる単行本。連作短編集。

ワイドショー「奥様、お昼です」の事件再現フィルムの作成を請け負う弱小プロダクション、剣プロ。そこに勤務する山本山コンビ、上から読んでも「おださだお」下から読んでも「おださだお」の織田貞夫と同じく「とさみさと」土佐美郷の大男と小女の二人が繰り広げる痛快ドタバタミステリ。
毎週金曜日にライフル銃を人の家に撃ち込む愉快犯と思われる人物が、三週目にして遂に一人の男の背中を撃ち抜いた。分厚いカーテンがかかっていた部屋での事件に警察は偶発事故として捜査中だったが美郷が計画殺人説を主張し始めた。表題作『三度目ならばABC』、仮装パーティの最中に起きた殺人事件の再現フィルムを撮影中に、その事件の矛盾にコンビが気付く『十番館の殺人』、誘拐事件の取材中に美郷のカメラが盗まれ、その犯人を類推するうちに事件全体がひっくり返る『七人の容疑者』他『電話だけが知っている』『三人の夫を持つ亜矢子』『プールの底に花一輪』の七編による連作短編集。

登場人物の設定がいいのか、ストーリーがうまいのか、岡嶋作品は主人公が毎回違うにも関わらず、すぐにハマれる。本作ももちろん、最初の数ページを捲ったところで作品世界にどっぷり浸かってしまった。更にうまいのが、登場人物の事件への取り組ませ方。これを自然に持ってくるのは作家にとっては頭の痛い部分であるはずなのだが、彼らは簡単。テレビの仕事なのだから。首を突っ込むのは「業務命令」更に深く突っ込むのは、あくまで「正確な情報を流す必要性」から。錦の御旗を持つ彼らの立場に加え、ちょっとおっとりした貞夫と、勝ち気で疑問は解明しないと気が済まない美郷の性格の妙が作品を更に引き立てている。ちょっとこの作品の変わっている点は、「謎を解く」のではなく「再構築」するミステリであるという点か。ほとんどの作品で警察が既に容疑者を固め、取り調べをしている段階まで進んでいる。コンビが事件を再現し、その筋書きを一旦解体、更に紡ぎ直して事件を別の姿へと「創り上げる。そのプロセスがこの作品集の最大の魅力だろう。

深く考えても考えなくても、エンターテインメントとして高いレベルの作品。いつの間にかすっかり感情移入して、彼らの一挙一動にわくわく出来ること、請け合いです。軽い気持ちで手にとってじっくりハマって下さい。


98/08/26
仁木悦子「猫は知っていた」(講談社大衆文学館'96)

昭和三十二年の第三回江戸川乱歩賞の受賞作で仁木氏の実質のデビュー作品。仁木悦子氏は江戸川乱歩に「日本のクリスティ」と称せられたストーリーテラーで五十八歳で亡くなっている。

植物学を専攻する学生、仁木雄太郎と音大に通う悦子の兄妹は病院に下宿を開始する。その病院、箱崎医院は診療施設と八つの病室があり、離れに院長はじめ家族が住んでいた。下宿開始早々、病院で盲腸で入院中の古物商の患者が失踪し、同居していた院長の義母が行方不明になる。とはいえ、出入り口には人の目があり、彼らが何処から出ていったのかは分からない。患者の方からは一方的な電話が掛かかり、焦点は義母の行方であったが、家族も知らない庭の片隅にあった防空壕の中から他殺死体となって発見される。死体を発見した雄太郎らは、老女の傍らには埋まっていた缶に気づき、その中から高価そうな指輪を発見する。身近に発生した怪異事件に雄太郎、悦子の兄妹は独自の捜査を開始する。

「現代ミステリのお手本」と私はこの作品を読んで感じたのだが、いかがだろうか?
連続殺人も起きるし、複雑な家庭事情もあるし、戦時の面影を残す防空壕が頻繁に登場するしで、それまでの「探偵小説」という一連の小説群と道具立ては非常に似ているように感じる。しかし、仁木氏の明るい筆致のお陰で、全体の印象は乾いて軽やか、なのである。文章の妙?構成の冴え?これは少なくとも現代のミステリの持つ臭いにより近い。かれこれ、この作品が四十年前に書かれたことを考えると、驚きを越えて不思議でさえある。
連続殺人、現場に残された猫、密室の防空壕での殺人・・と発生する謎の掴みが良い。雄太郎と悦子の合理的思考は多分に現代的な思考も良い。この際、警察の捜査や取り調べの甘さも良しととしてしまおう(笑)とにかく、この小説で使われたロジックは現代でも通用するもの。そして何より最後の決して大団円とはいえないまでも最大限に配慮された結末、これが心に残る。

現代のミステリを系図にしたら、その頂点近くにある作品の一つではないだろうか。松本清張の『点と線』と同年の出版である点も興味深い。少なくともミステリ史において一つのターニングポイントとなった作品。ミステリ世界をより深く楽しみたい人へ。