MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)− 
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)− 


98/09/15
乾くるみ「Jの神話」(講談社ノベルス'98)

第四回のメフィスト賞受賞作品。

全寮制の名門女子高、純和女学院。寮、学校は生徒会を中心に運営されており、生徒会長の朝倉麻里亜の完璧な美しさを持っていた。新入生の一人、坂本優子はこの学校で過去に自分自身と面影の似た生徒が「ジャック」という謎の言葉を残して自殺していたことを知る。更に、麻里亜が子宮から大量に出血して変死する、という事件も発生。しかもいる筈の胎児がどこにも見当たらない。女探偵”黒猫”はその死に納得出来ない朝倉麻里亜の父親から、原因を追及するように依頼される。麻里亜の姉も妊娠中に同様に変死していたのだ。「ジャック」を巡り学園は優子の知らない間に少しずつ変質を始め、調査を継続する”黒猫”にも危険が迫る。

良くも悪くも色んな意味で評判になった作品。(メフィスト賞の存在意義まで含め)大森望氏の推薦文では、「98年度ベストワン、早くも決定」(裏っていくらでも深読み出来るけれど)
テイストとしては角川ホラー系読者が好みそうな内容。設定は御約束。女の園での陰湿な権力争い、その頂点に立つ美しくも底知れない魅力を持つ女性、猟奇的な死体、捜査に携わる美しく勝ち気な女探偵。謎の中心にある「ジャック」の存在などなど。作者はこれらの謎を最後に一つのラインに「ある手を使って」なかなかきちんと収斂させている。この「ある手」がこの作品についての評価のポイントだろう。個人的には、その整合性を求める部分に百科事典的情報が羅列されるところなんかに「ちょっと大技」のイメージを覚えたが、合格点ではないだろうか。

エログロと反則技を受け入れる余裕のある、懐の広い読者向け。性的描写がきついところがあるので、そういうのが苦手な人は読まない方が良いかも。


98/09/14
森 雅裕「ビタミンCブルース」(新潮社'93)

森氏の'93に発行された唯一の単行本。

一部に熱狂的なファンを持つ、23歳の異色歌手、千里。多忙なスケジュールをこなす彼女の許に一人の少年が転がり込む。彼は彼女が渡英した際に知り合った英国在住女性の一人息子であった。彼、真郁は彼女に、母が一ヶ月前に交通事故で死に、遺言で千里に曲を残したと伝え、一枚のフロッピーディスクを差し出す。彼の身寄りの余りの身勝手さに反発を覚えた千里は、不本意ながら彼と共にレコーディングなどを行うが、問題児の真郁はそこかしこでトラブルをまき散らす。そんな時、彼の相続すべき財産について英国から弁護士が現れる。更に千里の物真似が得意なタレントがテレビの本番中に毒殺される。

森雅裕による森高千里讃歌それ以外に表現出来ないよ(笑)
まず名字だけは出していないものの、脚線美、歌の歌詞、オタクのアイドルなどなど、93年当時の森高がベースになっている。登場人物のイメージを勝手に理想の男性、女性に当てはめたくなる森雅作品だが、本作に限っては森高以外に想像がつかない(笑)
ストーリー的にはテンポも良く、相変わらずの伏線、森流どんでん返しなどが楽しめる。ただ蘊蓄がない!(これは特筆すべきことかも)音楽世界を舞台にした作品の必然として「曲に込められた暗号」といったものが出てくるのだが、音楽素養無しの私にはこの手の謎はちと辛いっす。それ以外の謎は「隠された陰謀」も含め、比較的フェアでしょう。

森高ファン必読、です。決して彼女のアイドル性(偶像?)を壊すではなく、ファンが巧く書いているという感じがします。(森先生の森高好きは有名)また、音楽関係ミステリが得意な方にもこの展開とノリはオススメです。


98/09/13
島田荘司「夏、19歳の肖像」(文春文庫'88)

島田氏による「青春恋愛小説」。第九十四回の直木賞候補作品。原題は『夏、19歳の勲章』で、こちらの方が個人的イメージには合う感。

オートバイの事故で入院、体を固定され動けなかった「私」の唯一の楽しみは、病院の窓から見えるビルの谷間に佇む一軒の和洋折衷の小さい家を眺めることであった。その家には銀髪の父親、きつそうな母親、そして美しい女性が住んでおり、その女性に「私」は夢中になる。彼女のことが知りたいあまり、友人から双眼鏡を借りて様子を観察する「私」はある夜、サンルームで父親に殴打され、その後包丁を持って向かっていく彼女の姿を目撃する。更に彼女は夜中に大きな袋状のものを工事現場に埋めていた。傷が癒え、退院した「私」は彼女と近づくべく、不器用ながらも色々な算段を練り始める。

恋愛小説、だけどやっぱり島田作品。ミステリ仕立てになってます。
「私」は十九歳の健康でちょっと世間知らずで向こう見ず。うぶな彼の純粋で、熱い「彼女」への想いが最後の最後まで貫かれていて、読んでいる間「自分自身のその時期」を思い出し、ちょっと「ちくちく」胸が痛んだ。「若さ」ゆえの無知、「若さ」ゆえの純粋さ、そして「若さ」ゆえの無鉄砲さ。そういった少なくとも、もう私からは喪れてしまった数々のパワーが、主人公に満ち溢れていてそれがまた羨ましくも思える。
「彼女」の正体、とか「この恋の行方」なんていうのは、別に読書経験が豊富でなくてもある程度は見通すことが出来るし、ストーリーもある程度はわざとステレオタイプに仕上げたとも受け取れ無くもない。ただ物語を通じて、主人公の「私」と「彼女」の想いだけがひたすら読者の胸を打つ。

人生に於いて、その年齢にしか出来ないことっていうのは、やはり本当にあるのかもしれない。「私」程の波瀾万丈の経験を持つ人はそうそういやしないけれど、どの世代が読んでも「悔いなく前向きに常に生活しよう」いう気持ちにさせてくれる、ある意味人生の指南本。

もう夏も終わったねぇ。
98/09/12
鮎川哲也「人それを情死と呼ぶ」(角川文庫'75)

鮎川氏の昭和三十年代の作品。鬼貫警部によるアリバイ崩しが魅力的な作品。

ある商社の部長がいつも通り出社し、そのまま失踪。彼の会社はA省との汚職問題で揺れており、彼はその疑獄の重要なキーマンだった。また彼と仲睦じかった妻と彼の妹は、彼が別の女性とタクシーに乗り、箱根の旅館に入ったところまで足跡を追うが、それ以上の手掛かりは見つけられない。そうして時が過ぎ、男は白骨の心中死体として山中で発見される。妻と妹は弔いの為に事件現場に向かうが、あることに気付き、この事件が擬装心中であり、殺人ではないかと疑い始める。二人は心中相手となった女性の義理の弟と協力し、関係者に対して独自に捜査を開始する。

何度もテレビドラマの原作に取り上げられるだけの事はある。しっかりした骨組みと地に着いた登場人物の造形で時代が移っても鑑賞に耐える内容。特に社会的な背景までを取り込んだ心理的なミスリーディングによる犯人の隠匿、この辺りに鮎川氏の実力が感じられた。また、箱根を中心とする各地の印象的な風景、汚職に絡む役人や会社上層部の嫌らしさなど、現在のミステリ読者の好み?に通ずるものもある。アリバイトリックとしては作中で弱点を自ら指摘しているように盤石とは言えなかろうが、やり切れないような寂しさが強烈な印象に残るラストは秀逸だろう。

問題は、現在では入手が無茶苦茶難しくなっていることだろう。とはいえ、現在活躍中のミステリ作家に多大な影響を与えた作家の作品であり、捜す価値あり。


98/09/11
都筑道夫「全戸冷暖房バス死体つき」(集英社文庫'82)

何だか赤川次郎氏の題名みたい(笑)ですが、都筑氏のれっきとした滝沢紅子シリーズの最初の作品。

閑静な武蔵野の一角に佇む超豪華マンション、メゾン多摩由良。そのマンションで警備を担当する「退職刑事」の父親と兄と共に住む滝沢紅子(コーコ)。そのマンションで次々発生する怪事件をライター猿(ましら)紘一他、仲間と共に推理する連作短編集。
マンションに住むモデル宅の冷蔵庫から見知らぬ男の死体が発見される『冷蔵庫の死体』、マンション地下のバー「破裸毒巣」からの帰り、コーコのポケットに死体写真が入れられていた『ポケットの中の死体』、エレベーターの中に執拗く描かれる卑猥な絵と文章。厳戒を晒うかのように別のエレベーターに現れた死体『エレベーターの死体』他『屑籠の死体』『飾り窓の死体』『電話ボックスの死体』『樹の上の死体』の七編。

マンションの内部や周囲で次々に発生する殺人事件。「よりによってマンションの周りばかり」と「死体発見は何故かコーコ」という二つの法則まで伴うのは御愛嬌。物理的なトリックというよりもシチュエーショントリックが重視され、誰が何のために、という点が本シリーズのポイントとなっている。例えば、「電話ボックスの中で受話器を握り締めて殺されている死体」これだけの事実から、思わず感心せざるを得ないような結論が見出される。その論理に従って得られた解決は、読者に論理帰着の快感を与えてくれるはずだ。短編小説であるという縛りから、結論に至る過程が飛躍している作品もあるが、総じて納得できる内容。どちらにせよ、コーコのあっけらかんとして進歩的(笑)な性格を気に入るかどうかで本作の評価はがらりと変わりそうだ。

紅子は思索に沈む安楽椅子探偵と自ら捜査に携わるアクティブな探偵の中間の存在。作品の背景そのものは時代がかってしまった感もあるが、都筑氏の芸とも言える遊び心はあちこちに見られ、論理そのものは今でも十二分に楽しめる水準だと思う。


98/09/10
若竹七海「心のなかの冷たい何か」(東京創元社'91)

若竹氏デビュー二作目。デビュー作の『ぼくのミステリな日常』と同様、作者と同名の若竹七海嬢が活躍するが、内容は相当にシリアス。

嫌な出来事から会社を辞めた「わたし」こと若竹七海はふらりと出掛けた箱根で美人だが奔放で口の悪いOL、一ノ瀬妙子と知り合う。それから暫く経った十二月のある日、酔った彼女から「クリスマスイヴに会いたい」と電話がかかってくる。もてそうな彼女がよりによって何故と訝しむ「わたし」を余所に彼女は「会社には観察者、支配者、実行者がいる」と謎の言葉を残す。数日後、妙子に電話した「わたし」は彼女が自殺未遂を図った事を知らされ、更に数日後彼女から謎の「手記」が届く。その「手記」は一人の毒殺魔の独白から始まっていた。

最初に述べておきたい。本書に掲載されている内容は危険ですので決してマネをしないで下さい。第一部、第二部に分かれているのだが、「自称天才」の毒殺魔による手記が(特に現在の世間の状況と相まって)大迫力。些細な原因から次々と恐るべき手段で毒物を用いる手口は、現実もかくや、と思わされる怖さ。その手記に付け加えてまず、第一部だけで鮮やかなどんでん返しが用意されている。更に第二部でもミステリ的興味は継続するが、女探偵を気取る「わたし」や他の登場人物の心がざくざくと傷ついていく過程が、切なく哀しい。作者若竹氏は登場人物を扱う際、結構突き放しているように思えるのだが、そのやり方が本作では主人公らの心の動きを読者に浸透させるのに大いに役立っているように思う。人が人を理解するって難しい……作者が意図してかしないでか、「人間」そして「コミュニケーション」について色々考えさせられてしまった。

「探偵が事件に関わることで、事件は逆に複雑に変貌する」悪人も一歩離れると善人的な側面があり、その逆もまた然り。若竹氏の人間観察の鋭さと表現の巧さに恐れ入る。もちろん、つかみからラストまで一気に読める上、重量感のある読後感。満足出来る作品。


98/09/09
小野不由美「東亰異聞」(新潮社'94)

ファンタジーを中心に根強いファンを持つ小野不由美の重厚な伝奇ミステリ。彼女は綾辻行人の奥さんとしても有名(笑)

維新の後、明治二十九年、帝都、東亰(とうけい)。瓦斯灯が点り四民平等となった世の中。しかしその夜の闇の中には依然、怪しげなものどもが跋扈していた。人魂を背負った男、生首を飛ばす首遣い、居合い抜きの見せ物と称して実際に首を切り落とす侍風、「命の次に大事なもの」をお代に要求する蕎麦屋。更に赤姫の衣装を着て鋭い爪で人を切り刻む闇御前や人を火炎で焼き殺す火炎魔人といった連続殺人鬼が横行していた。新聞記者の平川新太郎が、友人の万造と共にこの殺人鬼を調べたところ、鷹司家という華族の一族の当主と使用人が偶然襲われていたことを知る。更に鷹司家では、人徳のある次男常(ときわ)と家を追い出されたまま気儘な生活を続ける長男直(なおし)との間で、家督相続を巡ってお家騒動が繰り広げられていた。連続殺人鬼はこの家の騒動と関係があると踏んだ二人は、人間関係を更に詳しく調べようとする。

ラストでこう来たか!(読了済みの方はみんな思ったはず)
冒頭の不可思議な人々の描写で一気に読者は東亰の世界に引き込まれる。探偵役(ワトソン役?)はいかにも頼りないが、彼らの粘り強い聞き込みで何となく闇の世界の住人の目的が見えてくる。(ような気がする)底を見せない重要人物、複雑な人間関係、次々と発生する不可能犯罪。ラスト付近で関係者を集めて、披露される驚愕の真相は哀しく、そして辛い。しかし……その後にもう一章、物語は続く。
説明されない語り手、パラレルワールドの東京を舞台にする必然性。圧倒的な迫力を持つ最終章にて語られる物語世界の真相こそ、小野不由美の本領であろう。この最終章を付け加えたことで、ただでさえ評価の高いこの小説の価値が数段上がっている感がある。(嫌いな人もいるかもしれないが)

この世のものとは思えない怪異が解き明かされる快感は京極夏彦の妖怪シリーズに近いかも。それにしても、綿密に構成された圧倒的な世界観。ラストののけぞるような衝撃は味わう価値大。


98/09/08
山田正紀「阿弥陀(パズル)」(幻冬舎ノベルス'97)

これからシリーズ探偵となるのか、風水火那子シリーズの第一作目。山田氏の長編としては、117作目(笑)

完全に各フロアを複数のモニターで監視されているオフィスビル。その十五階に勤務する今村は同僚で婚約者の中井芳子と共に残業をしていた。残業を終え十二階から一階に降りた二人だったが、芳子は「忘れ物を取りに行く」と言い残してオフィスに戻った。ところが今村がいくら待っても芳子は戻ってこない。モニターでは芳子がエレベーターを上っていく姿が記録されており、警備員、檜山はビル内を調べるがやはり彼女の形跡はない。彼女は一体どこへ消えてしまったのか?檜山は、警備員の同僚倉本、謎の新聞配達美少女、風水火那子と共に人間消失の謎に挑む。

本格ミステリの超王道?
人間一人が完全にビルの中から消失してしまう事件。ほんの僅かに残された手掛かりから可能性を次々と論理的に指摘する風水火那子。「これで完璧」という推理も後から判明する事実で覆されたりするのだが、最終的な「真相の解明」という本格推理のプロセスを楽しめる。確かに全てのピースが当てはまる結末はこれで良いのだが。うーん。
山田氏はそれ以上のメタ的な効果を狙っているのかもしれないし、私がうがった見方をしているのかもしれない。最終結論より中途の推理の方がすっきりする感じがなくもない。作者に意図はないかもしれないけれども、森博嗣を中心とする俗にいう「理系ミステリ」への山田正紀の挑戦、にも見えたりする。

探偵役、風水火那子の正体はわざとほとんどが明かされないまま次作に続いていくが、「単なる脇役たち」の造形も非常にユニーク。相変わらずのストーリーテリングの巧さが光り、一気読みさせられる迫力がある。今後の展開が楽しみな一冊。


98/09/07
泡坂妻夫「斜光」(角川文庫'91)

泡坂氏の二十九作目の単行本。野性時代に掲載された長編。

(奇数章)写真館を経営する四十五歳になる夕城の元へ、縁談が持ち込まれた。相手は弥宵といい、新橋の老舗呉服商の娘で三十七歳で初婚だった。写真を見て撮影した相手に男の影を感じ取る夕城だったが、実際に会ってみた弥宵の魅力に彼は深く惹かれていく。
(偶数章)ある夏の朝、山梨県のある村で男の全裸腐乱死体が発見された。遺留品が極端に少なく身元の確認に難航するが、捜査を担当する二人の刑事はあるきっかけからその男がある村に住む女性の亭主で、地元出身の市長立候補者の父親であることを掴む。どうやら殺された男の性癖に周りは手を焼いていたらしい。

泡坂ミステリには二つの傾向があるように思う。片方は「トリックを物語の中心とし、どちらかというとほのぼのとしたもの」もう一つは「男女のさまざまな愛を形をミステリ的手法で描いたもの」である。本作に関しては、完全に後者に分類される。
夕城と弥宵、そしてもう一組の夫妻の陥っていくのは決して美しくなく、泥沼と形容されるような愛憎の世界である。芳醇なエロティズムと豊富な隠喩。そして生々しく描かれた人間としての禁忌の数々。作品全体の底流に流れるのは、彼らが生きていく上での「見えない柵(しがらみ)」そしてそれを乗り越えていく愛の深さ、そして突き動かされるような激しさ。闇が深ければ深い程、一瞬垣間見える生に照らされる部分が艶めかしく輝いて見える。一方、地道な捜査努力から真相に迫る刑事たちとの物語の交錯は予想されるとはいえ、見事で果敢ないエピローグへと続いていく。泣ける。

潔癖な人にとっては受け付けない世界かもしれない。それでも私は堕ちていく彼らの行為をもまた「美しい」と感じた。ミステリを通じて大人の世界を感じたい貴方と貴女へ。


98/09/06
はやみねかおる「バイバイスクール −学校の七不思議事件−」(講談社青い鳥文庫'96)

夢水清志郎シリーズ以外で唯一入手可能なはやみね氏の実質二作目の作品。イラストはあの、吾妻ひでお氏。

大奥村小学校はこの一学期限りでの廃校が決まった。その最後の終業式で六年生の宮沢和子(通称ワコ)以下六人の生徒に、校長先生から小学校に伝わる「七不思議」が伝えられる。それは・理科室のがいこつ標本が踊る、・校庭の大岩「かみなりさんのへそのゴマ」が歩く、・階段をボールが上る、・体育館の絵に描かれた少女が八人から九人に増える、・花壇の花の色が真っ赤に変わる、・プールに女の人の顔が写る、・十四段ある階段が十三段に減る、というもの。再びみんなで集まった学校で次々と七不思議が実際に目の前で発生し、生徒達は驚愕する。ワコはその真相を解くべく知恵を絞るがさっぱり分からない。

人は死なない、誰も傷つかない。でもやっぱりミステリ。
俗に言う、「日常の謎系」のミステリ。これは確かに人は死なないが意外と事件の裏側には人々の悪意が存在していたりする。勿論、彼らに救いを差し伸べて後味の良いミステリに仕上がっている佳作が多いので、それはそれで良い。本作を含む、はやみねミステリに関して凄い点は「悪意が存在しない」こと。子供向けであるという制約や、作者自身の性格(?)もあるだろうが、読者が真剣、深刻にならずとも楽しめるように作られている。とはいっても短い作品ながらも愛すべき登場人物たちには感情移入できるし、「子供たちの冒険物語」としても楽しめる。

夢水清志郎シリーズより、少し学年が下向けかな?という印象。とはいえ、出てくる謎に関してはフェアでしかも結構深い。「読者への挑戦」も挿入されており、大人でも楽しめる点は保証出来ます。


98/09/05
山田風太郎「奇想小説集」(講談社大衆文学館'95)

昭和23年〜昭和31年に書かれた九編の短編小説が編まれたもの。同様に『奇想ミステリ集』という作品もあり、本作はどちらかというとSFや怪奇っぽい小説中心の編集である。

鼻と陰茎が逆に生えている男を通じて、表層と深層の女性のギャップへの激しい苦悩をユーモラスに描く『陰茎人』、密室で男性が窒息死していた。その口には朝顔が差し込まれ他殺の様相を呈しているものの、通常の人間が出入りできる状態ではなかった『蝋人』、人口抑制政策の為に日本人全員に性交時間制限装置を取り付けることになった『満員島』、奇想の科学者素広平太(すひろへいた)博士が開発した男性の性欲を処理する自動販売機が設置される日本のドタバタ『自動射精機』、女性が処女を喪った時と別の男性と交わったときに額に刻印が浮かぶ『ハカリン』『万太郎の耳』『紋次郎の職業』『万人坑(ワンインカン)』、そしてホームズの良質のパスティシュで、ある島田作品を想起する『黄色い下宿人』の九編。

タブーに敢えて踏み込み、その裏側から世の中を眺める快感、とでも言えばいいのだろうか。それぞれ突飛な設定であり、型どおりのSFや空想小説といった分類では飽き足らない世界が展開している。風太郎ワールドは、正に奇想か。設定に溺れず、その裏に人類や日本人、男女に対する風刺や皮肉をちくちくと盛り込んであり、奇妙奇天烈な小説群でありながら、逆に深い洞察に感心させられてしまう。またミステリ的手法を盛り込んでいるものはやはりミステリだし、SF的手法を用いているものには限りなく科学的な裏打ちをつけてあり、世界観の補強が巧い。一つ一つの作品から様々な種類の才能があふれ出ており、初めから知っていないと山田風太郎という同一人物が著した作品とは思えない程だ。困ったことに、これが面白いんだ、全部。

風太郎の短編集を読むのは実は本作が初めてなので、気の利いたコメントは出来ないが、風太郎の才能のスケールの大きさだけは確実に窺える作品群であると言えよう。


98/09/04
貫井徳郎「光と影の誘惑」(集英社'98)

鬼流殺生祭』に続く同一月二冊目の単行本。創元推理に掲載された二編に書き下ろし二編を加えた中編集、貫井氏の通算九作目。白を基調とした装幀もCOOL。

不動産会社に勤務する平凡な男、森脇のまだ幼い息子が誘拐された。慌てて戻った彼に犯人が要求したものは身代金ではなく意外なものだった『長く孤独な誘拐』、米国の保険会社勤務の主人公が、動物園での密室殺人を調査する軽妙なアメリカンミステリ『二十四羽の目撃者』、父の死の際に実家に戻った「僕」は、父の元同僚から一人息子と信じていた自分に昔、姉が居たことを知らされ困惑する『我が母の教えたまいし歌』。そして表題作『光と影の誘惑』は解説の我孫子武丸氏の文章をそのまま引用したい。「表題作にするだけのことはある、もっとも貫井の本領が発揮されている一編。それ以上は書かない。」

変な譬えで恐縮だが、貫井氏のミステリを読んだ後の感覚は、柔道の達人に投げ飛ばされた感覚に良く似ている。最初から「来るぞ来るぞ」と身構えて読んでいるにも関わらず、読み終わったときには既に投げ飛ばされた後なのだ。しかもさすがは有段者(しつこい)、投げ飛ばされた方が感じるのは痛みより、爽快感、これだ。
硬質な文章、必ずしもハッピーとは言えないエンディング、人生の陰を背負い込んだ登場人物。それなのに読んでいるうちに、彼らの暗部に、人生のレールからはみ出して行く彼らに、何故だかぐいぐい引き込まれてしまう。こうなったらせめて”作者の罠にだけはかかるまい”と考えているのにこれまた何故だか、魔術のように必ずやられてしまう。文章や話運びに対して、人により好悪の差は大きいとは思うが、貫井ミステリの本領はこれら全てが融合した上でのサプライズエンディングにある。私はめったに読了後すぐに再読したりはしないのだが、貫井作品に関しては必ず「え?え?一体どこで引っかけられたの?」と慌ててページを捲っている(笑)

『鬼流殺生祭』も確かに優れたミステリだけれども、それから入って他作品を未読の方は、本作、特に表題作『光と影の誘惑』を読んで貫井ミステリの力技に驚いてもらいたい。


98/09/03
連城三紀彦「敗北への凱旋」(講談社文庫'86)

「短編の名手」連城氏の第二長編。ちなみに最初の長編は『暗色コメディ』。

第二次大戦終了から三年後、横浜の場末のホテルで片腕のヤクザまがいの男、津上が中国人らしき女性に射殺された。男は復員後、その女性と暮らしていたが現在は別の女性と生活しており、事件は痴情の縺れと見られた。同居していた女性も撃ち殺され、犯人と目される女性は海辺で投身自殺をして事件は終結したかに見えた。しかし津上の遺品の楽譜から、彼が戦前の有名な音楽家、寺田武史であったことが判明する。そして現代、中堅小説家の柚木は武田の数奇な運命を小説にすべく調査を開始すると、数十年の時を経て意外な事実が判明しだした。

世界で最も巨大な犯罪さえ呑み込んでしまう男女の愛憎
贅沢なミステリである。プロットで魅せる技があり、楽譜や詩の中に暗号を滑り込ませ、「木を見て森を見ず」の世界に読者を引きずり込み、ほんのちょっとした風景描写にまで意味を持たせる。しかもその世界を紡ぐのは連城節の流麗、且つ艶っぽい文章である。トリック、プロットそして隠された愛の表現。これら”表現技術”の完成度が非常に高い。既に技術の域ではなく、やはり連城氏の”技”と言うべきか。
世界で最も巨大な犯罪・・戦争を扱っているだけに、文章のトーンこそ多少落としてあるが、表象からは伺い知れない物語の背後に隠された複数男女の情念。いや、もう甚だに、凄い。

背表紙に書かれた”ミステリー・ロマン”。偉く陳腐な言い回し、と思ったが、実際ミステリー・ロマンとしか形容できないんだ。行われた犯罪、動機とも象徴的で観念的。いくらでも深読みが出来そうな、薄いのに重厚な一冊。


98/09/02
芦辺拓・二階堂黎人・有栖川有栖「鮎川哲也読本」(原書房'98)

芦辺氏が中心となって編まれた「鮎川哲也デビュー50周年記念本」。丸ごと鮎川氏にまつわる内容で、現代の人気作家が多数寄稿している。

冒頭に鮎川氏による書き下ろし記念エッセイ。芦辺・二階堂両氏による前後編に分かれた鮎川氏へのロングインタビュー。鮎川氏の単行本未収録作品『占魚亭夜話』『ポロさん』『クロッツィアンの嘆き』が目玉。他に三氏による鮎川作品のパスティーシュ、小森健太朗氏他による長編全作品レビュー、北村薫氏による短編の代表作レビュー、綾辻行人、山口雅也ら当世の人気作家数十人による書き下ろしのエッセイアンソロジー、山前譲氏による鮎川氏の全作品(膨大!)リストなど、とにかく鮎川哲也という「日本本格探偵小説の父」に関する文章がぎっしりと詰まっている。表紙の手塚治虫の漫画かと思うような鮎川先生の似顔絵は何を隠そう、喜国雅彦氏によるもの。

一言で言うとどうだろう。鮎川氏への思慕本、といったところか。緻密なアリバイトリックによる本格を確立した点、埋もれた作家、新人の発掘にどん欲だった点など、氏は国内本格の父である、という見方は正しいと思うし、私の読んだ範囲の作品は読み応えがあるものばかりであった。また婦人画報に掲載されたという正真正銘のデビュー作品『ポロさん』ミステリではないけれども叙情的で美しい短編だと感じた。
反面、賛辞の嵐(記念本だからしょうがないけれど)で少々一般読者としての立場から鼻白む部分もなくはなかった。鮎川氏のアリバイトリックは無条件に本格で、トラベルミステリのアリバイトリックが本格でない論理が今一つ理解出来なかったし、「当日晴れていなければ打ち合わせの予定を平気で断ってしまう」人を「変」と呼べない業界も不思議だし、引っかかるなぁ。

とはいえ、膨大な鮎川作品をまたどしどし読んでいきたい気分になるのは確か。未読の宝の山を見つけた気分にさせてくれる面白い企画本だと思う。鮎川ミステリのガイドブック足りうる永久保存版の一冊。


98/09/01
霞 流一「フォックスの死劇」(角川書店'95)

第十四回の横溝正史賞佳作でデビューした霞氏の二作目。カバーによると「超笑撃のミステリー」

私立探偵、紅門福助(くれないもんふくすけ)は一年前に死亡した怪談映画の巨匠の老妻から奇妙な依頼を受ける。監督の卒塔婆が墓の外のカラオケボックスの屋上に突っ立っており、秘蔵していた映画の予告編フィルムが盗難に遭ったりしたという。何が起きているのか不審なので調査して欲しい、というのだ。紅門の調査の開始と時を同じくして監督の臨終の謎の言葉「ハモノハラ」この言葉に興味を持っていた監督の愛弟子らが次々と事件に巻き込まれ、手足を切断された無惨な死体として発見される。現場に残されたキツネの面、油揚げ、赤い幟、鳥居・・・これらは何を意味するのか?そして殺人現場に残された謎の手紙「殺人現場はシノダヅマ 世紀末フォックス」犯人の正体は?

ギャグとハードボイルドの仮面に隠されたれっきとした本格ミステリ。
・殺害現場に残されたキツネに関する遺留品の謎・密室殺人・ミッシングリンク・空飛ぶ卒塔婆と空飛ぶ死体・殺害された人物が別の場所で目撃……などなど魅力的な謎がびしばし詰まっている。しかも最終的にはきちんと論理的に謎が終結する。また紅門の「ついツッコミを入れてしまう」というやんちゃ(笑)な性格が自分と重なるせいか、個人的には乗れて読めた。
残念なのは、ハードボイルドとギャグのデコレーションのせいで全体的に水増し(面白いんだけど)された印象になってしまい、折角の謎がそれらに埋没してしまっている。根気ある本格の鬼たちなら、ものともせずに魅力的な謎解きを楽しめるとは思うんだけれど。

映画と酒の蘊蓄とパロディが随所に挿入されており、ミステリパロディなネタと合わせて狙った箇所が多数。この辺り全てに興味があれば、本格ミステリ以上に楽しめよう。個人的には勧めたい人の顔が何人も浮かぶ……