MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
 


98/09/30
加納朋子「ガラスの麒麟」(講談社'97)

加納さんの五作目の単行本にして第四十八回の推理作家協会賞受賞作品。名作の誉れが高い。

主人公「私」は童話のイラストレーター。彼の女子高生の娘、直子の親友の安藤麻衣子が通り魔に刺殺された。その直後、直子は自らを「麻衣子」だと言い出す『ガラスの麒麟』他、高校の直子、麻衣子の担任小幡、保健室教諭、神野、卒業生で現在OLの由利枝、「私」の親友、小宮とその息子高志ら少しずつ視点を変えながら彼らに訪れる事件を綴った『三月の兎』『ダックスフントの憂鬱』『鏡の国のペンギン』『暗闇の鴉』そしてその底辺に流れる大きな事件の真相を描く『お終いのネメゲトサウルス』の六編による連作短編集。

「人はいったい、なんのために生まれてくるのだろう」
一人の通り魔に殺された女子高生を巡り、決して押しつけがましくなく人間の生、青春の揺れ動き、親子の情愛、人と人との信頼などふんだんに取り込んだ、最高の作品。短編一つ一つに発生する事件やちょっとした謎、例えば「飼い猫の足が刃物で切り裂かれた」を通じて、人々の心は揺らぎ、躊躇い、傷付くが、保健の先生、神野の聡明な推察で彼らは落ち着くべき場所に一旦は落ち着いて収斂する。しかし冒頭の通り魔事件、これは物語世界の底流を這うように人々の心の片隅にずっと残っており、ラストまでそれは解決されない。彼らが前向きにその事件を乗り越え、立ち上がっていくラストからは、色んな「想い」が読みとれ、ただただ心が震える。
まさにガラスが煌めくような、そしてガラスのように透明なミステリ。一編一編の質が高い上、周到に計算された伏線が連作としての効果を想像以上に高めている。そして人間が生きていく上で抱えている喪失感、孤独感、焦燥感を静かに優しく癒してくれる物語。

もう何も付け加えられません。男性も女性も老人も壮年も中年も少年少女も黙って読んで、そして癒されて下さい。


98/09/29
連城三紀彦「もうひとつの恋文」(新潮文庫'86)

直木賞受賞作『恋文』の二年後、'86年に続編として刊行された作品集。……分かってて読む。それでもずっしり来る来る。

器量の悪い女性が男の元に枕を持って押し掛ける。迷惑がる男の独白調で描かれた『手枕さげて』、放送業界に勤めていて生活が不規則な男が、中学生の息子の変貌に戸惑う『俺ンちの兎くん』、売れない年輩の作詞家に身も心も捧げる無器用な女の子とその男の人生『紙の灰皿』、九つ下の友人が自分の女房に惚れたと言い、強引に押しまくる『もうひとつの恋文』、平和に暮らす夫婦の許に、二年前に離縁した男が転がり込んでくる『タンデム・シート』の五編。

通勤電車の中でなければ、泣いてた。
前作に引き続き、オトナの、しかも無器用で一生懸命でどうしようもないオトナの小説。それぞれ短編の主人公たち、相手に嫌われているのが分かっていてもひたすら尽くすことでしか自らの存在価値を確認できない女、自分自身が子供であることにいつまでも気付かない男、自分の父親のような男性の夢を叶えるために自分は風俗で働く女、自分の女房に男が迫っているのに何にも行動できない男、女房の昔の男を黙って家に迎え入れてしまう男。自堕落で我が儘で弱くて甘えんぼで、すぐ流される彼らは決して美しくないし、むしろ泥臭く醜い。彼らの心情がひたひたと心の襞に染み込んでくるのは、恋愛や人生が決して美しいばかりではなく、泥臭いことを自らが理解する年になったからかも。ただどんなに体や生活が汚れても、彼らの心は限りなく澄んでいる。胸を熱く打つのはそんな彼らの「純粋な想い」が伝わるから。

五編のうちいくつかは「恋愛」をトリックにした鮮やかなミステリ的どんでん返しもある。でもこの作品集はあくまでオトナの恋愛小説として読んで欲しい。


98/09/28
山田風太郎「くノ一忍法帖」(富士見書房時代小説文庫'93)

初出は1960年より翌年にかけ『講談倶楽部』に連載された忍法帖長編。

落城間近の大阪城。豊臣秀頼の命運は尽きかけていた。希代の謀将、真田幸村は五人の女忍者に秀頼の子種を貰い受けるように指示した。翌日大阪城は落城するが、徳川家康の孫娘で秀頼に差し出されていた千姫は、出羽守坂崎主殿助の奮闘で助け出される。しかしその付き人の中に五人の女忍者も含まれていた。豊臣家の女と化した千姫は家康への反骨を露わに五人を庇い、もし彼女らが殺されるようなことがあれば自分も死ぬ、と孫娘を溺愛する家康を困らせる。家康は服部半蔵に事を相談、彼は伊賀の鍔隠れの里から五人の忍者を呼び寄せる。ここに信濃女忍者五名と伊賀忍者五名の壮絶な戦いが切って落とされた。

性と死の壮絶エンターテインメント
筋立てが凄い。豊臣家を断絶させない為に五人の女忍者がそれぞれ妊娠する。それを倒すために現れる伊賀の怪しい忍者五人。子供を産まなければならない彼女らと、家康から自然に死んだように見せかけるように厳命された彼ら。双方縛られながらもやはりその戦いは壮絶。彼女ら、彼らが使う技の殆どは何らかの意味でセックスに関連する。男の精はおろか体液まで残らず吸い尽くす忍法、淫薬を用いて女性を思うのままに操る忍術、他いろいろ。それぞれ何とも激しく強烈な「性」の発露であり、鮮烈、激烈なインパクトこそ受けるが、それらにまつわるいやらしさはあまり感じない。これは忍法が即ち彼らの「生」と同一であるが為だろうか。快感の裏側に陥穽があり、気付いた時には男女は諸共に燃え尽きている
途中から出てくる長曾我部盛親の奥方、丸橋と悲運の孫娘、千姫、そして彼女に付き従う女忍者たちの運命。それを風太郎の空想力で優しく包んでいるラストには思わず膝を打つことだろう。

忍法帖を未だ手に取っていないアナタは幸せ者。瞞されたと思って読んで下さい。風太郎先生が必ず貴方をもカッチリと忍法の術中に搦めとってくれるはずです。

注意:富士見書房版の解説は読了するまで読まないこと。最後のオチまで粗筋を紹介している。
98/09/27
都筑道夫「証拠写真が三十四枚」(光文社文庫'87)

ミステリ、SF何でもこなす都筑氏によるショートショート集。最近ショートショートという分野に余り触れていないが、小学校の時?星新一、眉村卓、結城昌治といったところを貪るように読んでいたなぁ。(少し思い出モード(笑))

ショートショート集という特性上、特に一編一編の紹介はしません。本作品集に関して言うならば、舞台は一般家庭から、サラリーマン社会、OLたちのおしゃべり、テレビドラマの企画会議、近未来、泥棒、強盗……とさまざまなシチュエーション。その結末もミステリ風なもの、SF風なもの、人情的なものと様々。どうしてもショートショートのオチは牽強付会や御都合主義と紙一重のところもあるので、作品の善し悪しの判断は難しい……。はっきり言うと個人的に面白かった作品と、こりゃないだろう、という作品が混交していたのです。

ショートショートという分野は通常の短編より遙かに短い描写で「読者を必ず驚かす」ことが最低条件だと言えよう。そのためにはミステリ風に見せてメタ、現実風にみせてSF、SF風に見せてホラーなどなど、作者は読者の想像力を常に裏切らないといけない。その縛りの中で作者の力量が発揮されるし、受け入れる読者の許容度も試される訳だ。(言わずもがなの事を書いてごめんなさい)
正直に書くと、ある程度都筑作品を読んだ上でこのショートショートを読むのと、星新一しか知らないで本作を読むのとで評価ががらりと変わりそうだ。私個人は楽しめた作品が多かったが、人によっては面白くない、という人もいるかもしれない。

と、いうことで純粋に楽しむためには都筑ワールドをある程度知ってから、の方がいいかもしれません。(ちょっと歯切れが悪くて申し訳ないです)


98/09/26
天童荒太「孤独の歌声」(新潮社'94)

後に山本周五郎賞を受賞する天童氏のミステリ作家としてのデビュー作品。第六回日本サスペンス大賞優秀作品。現在は新潮文庫版あり。

現代の孤独を象徴するコンビニエンスストア。そこで働く潤平はフルフェイスのヘルメットを被り片言の英語を喋る連続コンビニ強盗と遭遇する。同僚の中国人留学生、高が強盗に挑むが居合わせた客の一言で強盗は高を返り討ちにする。事件捜査に携わる新米女性刑事、朝山風希もまたその近所に住んでおり、そのコンビニを利用していた。彼女は過去に負った心の傷から、同僚が捜査を担当する連続婦女監禁殺人事件に多大な興味を示していた。そしてその犯人もまた歪んだ愛情表現の為に次々と女性を狙い、自宅に監禁していたのだ。

表向きは猟奇サイコスリラー。人間誰もが抱える孤独が、この恐怖を更に増長させる。
物語は主に三人の視点から語られる。コンビニ店員のミュージシャン潤平、女性刑事風希、そして次々と若い女性を監禁し暴力を加える謎の男。事件は陰惨で描写も女性を切り刻む様、屍体の様子など酸鼻を極めており、それなりの恐怖感は掻き立てられるが、コンビニ強盗以外の事件の経過はすべて読者の前に晒されており、謎という意味合いは薄い。この三人がそれぞれ抱える己の強烈な孤独感が、他者からの手の差し伸べに、気付かない、受け入れられない、といった拒絶反応を示してしまい、事件を複雑化させてしまう。ただそういった当惑、焦燥、強がりは誰しも思い当たるところで、それを乗り越え、成長してく主人公らの姿には青春小説的な側面さえ感じさせられた。
ただ異常な行動を起こす犯人の行動、過去の執拗な描写が逆に現実事件での類型した犯人(要はステレオタイプの猟奇犯罪者)を想起してしまう。それでも彼の常軌を逸した行動がこの物語の主眼である。

サイコサスペンスとしては一流の小説だろう。つかみからクライマックスにかけての緊張感の続くストーリー作りは非常に巧いと思う。小説を読んでいる間中、ずっとどきどきしていたい人向け。


98/09/25
黒崎 緑「しゃべくり探偵の四季 ボケ・ホームズとツッコミ・ワトソンの新冒険」(東京創元社'95)

しゃべくり探偵』の続編にあたる”ボケ・ホームズ”保住くんと”ツッコミ・ワトソン”和戸くんの東淀川大学大学生コンビによる抱腹絶倒「吉本系」ミステリ。なお本作の売り上げと印税の一部は阪神大震災の被災者の方に寄付されるらしい。神戸出身の黒崎さんらしい企画(まだこの企画は続いているのかな?)

例のごとく関西風のボケツッコミの会話体だけで繰り広げられる『騒々しい幽霊』『奇妙なロック歌手』、一転して東京在住の大学生の独白の形態で描かれる『海の誘い』『高原の輝き』、床屋のおっちゃんが保住から聞いた事件の話を刑事に聞かせる『注文の多い理髪店』、保住和戸のコンビが学園祭で謎の占い師を開業『戸惑う婚約者』、ラストは屋台でアルバイトする保住が客の話から真相を解明する『怪しいアルバイト』以上七編の連作に近い短編集。

さりげなく計算された関西弁の効果。マジ笑えるボケツッコミ
ギャグ・ミステリーと看板を掲げた作品も多数あり、似非関西弁が横行する中、本作の持つ価値は二重の意味で貴重である。まず、「ボケ・ツッコミが絶妙」。この「えー加減にしなさいっ」という感覚、真の意味では全国レベルで理解されていないと思うのが、関西人が書いてもここまで淀みなく、自然に嵌っている作品は数少ないのではないか。加えて「卓越した安楽椅子探偵小説」でもある、ということ。単に笑いたいだけなら漫才師の著書でも読めば良いが、人の会話を聞き出すだけで鮮やかに事件の真相に迫る保住くんの異様な迫力がこのミステリーの真骨頂。論理の飛躍が鮮やかで、かつ全く違和感もない。さらに読者も同じ会話(同じ条件)を与えられおり、その中から解決を導き出すのであるから、本格推理としての趣まである。

黒崎氏の作品はロマンミステリ風の作品からこれらギャグ風まで多様だが、ロマン系は極端な話書ける人が沢山居るので、こっちの「ギャグ路線純関西系」ミステリの方が価値が高いように思う。少なくとも第一作は文庫化されているので、お試しあれ。関西弁を受け付けない人は敬遠すべきかもしれませんが。


98/09/24
今邑 彩「盗まれて」(中央公論社'95)

今邑氏の二冊目の短編集。表題作は第四十七回推理作家協会賞短編部門の候補作品。

同じマンションに住む女性を殺して自殺した兄の死を一枚の花びらから推理する妹『ひとひらの殺意』、マンションの自分の部屋に誰かが忍び込んでいる、しかも自分のドッペルゲンガー?表題作『盗まれて』、生みの父親の息子を誘拐したつもりが二転三転する『情けは人の…』、作家志望の男の原稿を自分の原稿として発表、作家デビューした女。ところが男が急死してしまう『ゴースト・ライター』、可愛がっていた犬を夢遊病のさなかに殺してしまい、犬を飼えなくなった女性の悲劇『ポチが鳴く』他『白いカーネーション』『茉莉花』『時効』と電話や手紙といった小道具を中心にまとめられた全七編。

ひねりとちょっとしたスパイスの効いた出来の良い短編集。
特に表題作『盗まれて』の全く何も盗まれていないように見える彼女が盗まれていたモノ、と『情けは人の……』で誘拐の片棒を担いだ男が次々と発生する事態に翻弄されるさま。この二作、短編だけに短い紙幅をしか持たないにも関わらず、いくつもどんでん返しがあり、作品として非常に高い水準にある。また他の作品も「ちょっと有り得ない状況」を設定して「あ、SF系に落とすのかな?」と思わせておきながら、しっかりとそのトリックが、読者が納得できる論理で詰めてある。妥協せず誤魔化しのないこの創作姿勢もGOOD。

シンプルで取っ付きやすい文体がまた魅力。今邑氏の作品に触れたことのない方に特にお勧め。ただ薄めとは言ってもハードカバーなので、その辺りは難かも。中公文庫orC★NOVELS化はあるのかな?


98/09/23
有栖川有栖「双頭の悪魔」(東京創元社'92)

有栖川氏の「学生アリス」三部作の最後。本作を有栖川パズラーの最高傑作とする人も多い。

孤島パズル』の嘉敷島の事件で心に深い傷を負ったマリアは傷を癒すための一人旅に出掛け、四国山中にある夏森村に辿り着く。その村に住む友人からその奥にある木更村の存在を聞く。そこは文化人のパトロンを自認する大富豪、木更氏が才能を持ちながら不遇な生活を送る芸術家が創作に専念できるよう作った一風変わった空間で部外者の侵入を頑なに拒んでいた。マリアはその村にひょんなことから滞在することになり、一ヶ月以上が過ぎた。
一方、アリス、部長の江神を初めとする英都大学推理研究会の面々は、心配するアリスの父親から、マリアの様子を見てきて欲しいという依頼を受け、木更村に赴く。

伊達に傑作扱いされていない本格パズラー小説
物語の途中、マリア、江神のいる木更村と、アリスや他のメンバーのいる夏森村は完全に分断され、そのどちらにも不思議に満ちた殺人事件が発生する。二つのプロットがほぼ交互に描かれ、更に両方の事件と最後に「読者への挑戦」が挿入される作者の本格へのこだわり。その事件は様々な意味での不可能的興味に満ちたものであり、その解決はフェアでまた鮮やかである。アリス、マリアの仄かな恋物語の進展は薄いが(別の意味での興味はあるが)、ラストの江神と真犯人との行き詰まるような論理戦は、言葉だけで構成されているにも関わらず、鬼気迫る迫力があり、本作の最大の見所の一つだろう。

「本格ミステリ」はやっぱり面白い!と、しみじみ感じさせられる快作。以前にも書いたが「ヒムアリ」よりも「学生アリス」の方が完成度が高いように思う。


98/09/22
鮎川哲也「死びとの座」(新潮文庫'83)

'98現在における鮎川氏の最新長編、鬼貫警部もの。この作品を最後に氏は長編執筆から遠ざかっている。『白樺荘事件』の完成はいつになることやら……

中野セントラルパークにあるベンチは丁度二人掛けで若い恋人たちに人気があった。ただ、一角にあるベンチは夜になるとナトリウム灯照らされ、座ったものの表情が死人のようになるため「死びとの座」と呼ばれていた。ある日、死びとの座近くの噴水で男が腹を撃たれて死亡しているのが発見され、ベンチにも弾痕が検出された。男は人気タレント、ジャッキー上野の物真似で人気が出つつあったミッキー中野という男。捜査員は怨恨の線を中心に捜査を進め、関係者のアリバイを確認して回る。

地道なアリバイ崩しが魅力だが、単なるアリバイ崩しだけじゃない。
プロローグ、Zという人物がAという人物を殺害するシーン、そしてPという人物がOという人物をどこかに連れていくシーンが描かれる。そして作者の注釈が渋い。「PとZを追及していくのが最終的な標的となる」これは作者による読者への一種の挑戦状だろう。よっしゃ、やってやろう、と読み出すと容疑者がぞろぞろと出てくる展開。そして鮎川氏の常套手段で「これは犯人ではないだろう」という人物から「犯人かも?」という人物までみんながみんな鉄壁のアリバイを持っているというおまけ付き。「タレントのそっくりさんが殺された」という部分から、いくつか推理出来そうだが、真相は思わぬ所に隠されていた。読み返すと伏線が実にさらりと引いてあり、名人芸、という言葉がやっぱり一番適当か。

登場人物の名前が山手線の駅名で統一されていたり、クラシックの蘊蓄がさらりと傾けられていたりと遊び心も多い。じっくりどっしり、鬼貫警部の推理を楽しみたい佳作。
新潮文庫版あとがきはネタバレあり。注意。


98/09/21
山田正紀「長靴をはいた犬 神性探偵・佐伯神一郎」(講談社ノベルス'98)

神曲法廷』に続く、神の声を聞く男、佐伯神一郎を主人公とした第二作。

東武亀戸線のローカル駅「劭疝犬神宮」東京の下町にありながら過疎が進む寂れた街。街の中心には犬神を祭る神宮があり、”犬男”という口裂け女にも似た都市伝説が消えずに街に長い間伝わっていた。こんな街で通り魔事件が発生、襲われた女性は半円状の刃物で刺し殺されており、犬の歯形が体に残されていた。現場にあった足跡から長靴を履いた男が逮捕され、自白したため公判に進んだが弁護士はこの男の無罪を主張する。そんな中、手口の似た通り魔事件が再び劭疝で発生する。その容疑者は二年前の事件で心に深い傷を負い、人との接触を避けるためホームレスにまで身を窶した佐伯神一郎であった。

確信犯的変格ミステリ。
作者自身があとがきでも触れているのだが、中途で探偵は犯人の名前を告げてしまう。それにも関わらず、それぞれの通り魔殺人の犯人と目される人物が次々と現れ、かつ真実を告げないまま彼らは舞台から姿を消してしまう。半ば理性で犯人が分かっているにも関わらず、作者の術により「更に裏があるのでは?」「どちらが真実?」と悩みながらでないと読めないので、ミステリとしての興味が失われることはない。それにしても舞台設定の見事さ。本作品の最も優れたところだろう。都会のど真ん中、しかしその部分だけ異界としての要件を保っている。不気味な「犬神伝説」とこの異界空間がマッチした結果、「謎」に不思議な彩りが現れる。

「神の声」という一種「反則技」で思索し推理を進める佐伯神一郎、彼が活躍するためのフィールドはやはり、通常の世界でなく、何らかの意味での異界である必要があるのだろう。読んでいる間宙ぶらりんになるのが好きな人に。とにかく雰囲気抜群。


98/09/20
貫井徳郎「天使の屍」(角川書店'96)

貫井氏の四作目の長編にあたり、角川の50周年記念「書き下ろし新本格ミステリー」の一冊として刊行されたもの。

イラストレーター、青木の中学生の息子、優馬はテレビニュースの中学生の自殺報道を見て、「そんなつまんないことで死んで、どうすんだよ」と感想を述べるが、その晩「コンビニに行く」と言い残したまま近所のマンションから飛び降り自殺をしてしまう。優馬の自室からは直筆の遺書が発見され、消去されたビデオテープが大量に見つかった。更に優馬の死体からLSDが検出されたことを青木は警察から知らされる。彼は息子の死の真相を探るために優馬と仲の良かった友人グループから話を聞いて回るが、数日後グループの一人がマンションから飛び降り、死亡してしまう。そして更に別の少年も自殺。青木が一歩一歩迫っていく「少年の論理」とは?

はじめ驚愕、なかハードボイルド、そしてラストに慄然。
自殺するはずのないような少年が、自殺。そして彼と親しかった少年達が次々と自殺を続けていく……ちょっと考えられないような状況。その状況に触発されるかのように、亡き息子のために体を張って真相に挑む青木の姿も、親子の情愛以上に男の意地を賭けているような凄まじさが感じられる。しかし何といっても、この動機・結末は凄い。しかも妙に納得出来るのがまた……。一見、何も問題の無さそうな優等生が自殺をしてまで隠そうとしたある事実は、我々の親の世代には分からない(理解できない)かもしれない。私が理解出来たのは、現代の世の中が「オトナ」の言う綺麗事ほどうまくは出来ていないということを、自分自身(そして我々の世代)が既に肌で感じていたから。今の日本社会は子供の段階で、いや、子供の段階だからこそ、失敗が許されないのだ。「いじめ」による低年齢層の自殺を取り上げた作品は島荘はじめ、多数の社会派作家が描いているが、本作はその遙か上を行く大きなテーマを内包しているように思う。「人間は子供であっても、子供なりの論理で様々なことを考えている」という単純だが大切な事実を常に思い出していたい。

本格ミステリとして作品を読む場合、ミッシングリンクを探すのが主眼となるだろう。しかし、もっと高い立場から作品全体から発される「叫び」に耳を傾けながら読んでもらいたいように思う。


98/09/19
仁木悦子「二つの陰画」(講談社文庫'81)

「日本のクリスティ」仁木女史が昭和三十九年に刊行した作品。中期の作品にあたる。

櫟(くぬぎ)健介、和子夫婦の住むアパートの大家、木岡満寿が殺された。満寿は他に金貸しもしている強欲な婆さんで、彼らに家賃の急な値上げを宣告したところだった。現場は彼らのアパートの隣の満寿の自宅。しかも、現場はなぜか密室状態だった。更に弁護士によると満寿の甥と姪が一人ずつアパートに住んでいるにも関わらず、彼女の遺産は全額が満寿の死んだ娘の友人に支払われるという。事件の概要を教えてくれる新聞記者の友人、太刀川という存在もあり、櫟夫婦による犯人捜しが始まるがアパートの住人のほとんどが何らかの動機を持っていた。

綺麗に張り巡らされた伏線、動機のミスリーディングなど完成度の高い推理作品。
なんといっても探偵役の夫婦の設定そして雰囲気が良い。旦那は外で聞き込み、女房は井戸端会議、それを二人で情報を持ち寄って推理する、という構成なのだがそれが作品世界にぴったりはまっている。(探偵役が一人だとこうは行かない)明らかに「金目当ての怨恨」としか思えない事件が、実は二重、三重の構造を持っており、特にラストのどんでん返しを更にどんでん返ししてしまう手腕はお見事。まさに「意外な犯人」のお手本のような作品だ。「密室殺人」の不可能的興味ではなく、背後に隠された人間ドラマを重視した物語構成になった結果、密室の必然性が薄れまくるのは致し方ないだろう。人殺しを扱っている割に全体のトーンも明るく、エンディングも雰囲気良し。

冒頭でも書いたが、クリスティの良質の作品を読んだかのような読後感。ストレートなミステリなのに女性ならではの語り口が、骨組みの確かさを幾分和らげている、ということだろうか。ミステリの基本、と言いたくなるような作品。


98/09/18
山田風太郎「天使の復讐 山田風太郎傑作ミステリー」(集英社文庫'97)

昭和20〜30年代に書かれた風太郎のミステリの短編を収録している。

太平洋戦争終戦の一週間前から当日に至る切迫した状況を背景に男女の哀しい愛を綴る『狂風図』、女恋しさにその旦那を惨殺し、更に脱獄して山の中に遺児と隠棲している女性の許に凶悪犯が迫る表題作『天使の復讐』、色情狂の医者が付き合っている看護婦を捨て同僚の身持ちの固い女医に迫る『色魔』、他、夫婦や恋人の関係に倦んだ男女が織りなす奇想天外な駆け引きを描いた『見えない風船』『鬼さんこちら』『知らない顔』の計六編。

基本的には一見平穏そうな関係を保っている男と女のどちらかが相手を何らかの理由で排除しようとするところから始まる。この平凡な男女関係のもつれ、の出だしが風太郎にかかると非凡なラストへと雪崩落ちていくのだ。ちょっとしたバランスの崩れ。更に実在感があるような単なる突飛なのか、判断できないような状況設定。彼らは決して美しくは描かれない。どちらかというと容姿性格、共に醜悪かもしれない。その醜さ故に、逆に読者の想像力を不思議なほど掻き立てるのだ。
冒頭の『狂風図』だが、「戦争」という我々の世代には分かりにくい時代を背景として取り込んでおり、どんでん返しの条件としてその時代背景が大きな意味を成している。読後の複雑な余韻はちょっと他では味わえない。時代さえも「ミステリの小道具」として取り込んでしまう風太郎の力量なのであろうか。少なくともほとんどの現代作家はこのスケールを超えられないだろう。

最近出た短編集でもあり、比較的入手はし易いかと思う。ひたすら感心。風刺の効いた風太郎短編、私自身もっともっと読んでいきたい。


98/09/17
西澤保彦「実況中死」(講談社ノベルス'98)

西澤氏の超人気キャラ神麻嗣子が活躍する「チョーモンイン」シリーズの二作目にあたる長編。(私は能解匡緒のが好きだが)短編は季刊『メフィスト』を中心に四編が発表されており、いずれ単行本にまとまるのだろう。

主婦、岡安素子は愛人と車に乗っている旦那を目撃、自転車を駆って大追跡を行う、がその最中、落雷が彼女を直撃する。それでも奇跡的に怪我一つなかった彼女だが、その時以来自分の視覚が時々、前触れなしに他の誰かの視覚に繋がる、という妙な状態に陥る。しかも、その繋がっている相手がどうやらストーカーや殺人行為を行っているようなのだ。迷った彼女はマスコミ各社に訴え出るが逆にイタズラと思われ黙殺されてしまう。その時の手紙がひょんなことから、推理作家、保科匡緒の許に届けられる。それをネタに保科はやっぱり「超能力者問題秘密対策委員会」の見習調査員、神麻嗣子に連絡を取るのであった(笑)

着々とシリーズが続いてきたことにより、嗣子、そして推理作家の保科匡緒と美人刑事の能解匡緒、この三人のトライアングルが完全に固まってきた感。ミステリ的興味とは別に、三人の関係の進展にも興味が湧いてしまう。更に毎回へんてこ(失礼)な設定を作らなければいけない作者の苦労が偲ばれる……
とはいえ、視覚は繋がるか誰と繋がっているのか分からない、という簡単そうで難しい設定できちんとミステリ仕立てにしているし……しかしラストでこう来るか!脇役の変人キャラクタの妙な存在感も西澤氏ならでは。どたばた的にキャラクタを玉突き状に動かしているようでいて、きちんとそれを伏線に使っているあたりは流石。ちょっと力技的な強引な解決も「チョーモンイン」だから許そう。

人間関係が進むに連れ、順番通りに読んだ方が数倍楽しめる。単行本から、という方は少なくとも『幻惑密室』を読んでからの方がベター。水玉雪之丞さんのイラストがまたかーいんだ、これが(笑)


98/09/16
天藤 真「殺しへの招待」(角川文庫'80)

昭和49年の推理作家協会賞にノミネートされた作品。この年の受賞作は小松左京氏の『日本沈没』で天藤氏は後に『大誘拐』にて受賞する。

三十歳で結婚五年目、子供が一人いる互いに面識のない五人の男の許に、謎の脅迫状が届けられる。仮名文字タイプライターとカーボン紙を使った手紙はそれぞれ同じ文面で、だらしのない夫への殺人予告という内容だった。脅迫状の送り主はその送られた男達のうちの一人の妻。しかし男達は一様に心当たりがあり(笑)恐れおののいて、脅迫状の指示により赤坂のクラブで顔を合わせる。一人の音頭により対策会議を開こうとするが、他のメンバーは身元を隠したり、代理を立てたりと足並みが揃わない。そうしているうちにメンバーの行動を指摘したり、殺害方法のヒントを予告してきたりと脅迫状は枚数を重ねていく。

緻密なプロットがユーモアに包まれた「大傑作」
三部構成になっており、脅迫状に怯える男たちをユーモアたっぷりに描く第一部、意外な人物が殺され、その捜査が行われる第二部、更に意外などんでん返しが待ち受ける第三部と、当時には珍しく緻密なプロットでサスペンス性を高めて読ませる作品となっており、推理小説が氾濫している現在を基準にしても、その完成度がびっくりするほど高い!
また、五人の男それぞれの抱いている事情も丁寧に説明され、その他の脇役一人一人に対して手を抜かない描写が心がけられており、小説そのもののレベルアップと共に、その描写そのものが大きな読者へのミスリーディングにもなっている。もう三十年も前になろうかという時代に、書かれた作品だとは信じられない。

そして天藤氏の作品で良いのは、そこはかと底流を流れる人間の温かさ。本作はちょっとラストの毛色が他の作品と異なるような気もしますが、「いい奴」が沢山登場するので、ミステリを読んでいて、殺人を取り扱っているのに、不思議な良い気分で読み進められます。