MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−


98/10/15
東野圭吾「怪しい人びと」(光文社文庫'98)

東野氏の「月刊宝石」に掲載された短編を集めたノンシリーズ短編集。

東野版「アパートの鍵貸します」同僚に部屋をラブホテル代わりに貸していた男が部屋に戻ると見知らぬ女性がベッドに 『寝ていた女』
逃走中の強盗犯人はある昔の知人の家に飛び込んだ 『もう一度コールしてくれ』
休み明けのあるメーカーの工場の休憩室で男性が頭を強く打って一人死亡していた 『死んだら働けない』
再婚の新婚旅行でハワイに来た男は新妻に対し、自分の子供の死に関して疑惑を抱き続けていた 『甘いはずなのに』
頼ってばかりいた幼なじみに嫌気がさし、精神的に逞しくなるために一人旅に出た青年。幼なじみも別ルートで旅に出るという 『灯台にて』
ハイミスの友人がとうとう結婚したのだが、その結婚報告の封筒に入っていた写真は見たことのない女性の顔が 『結婚報告』
コスタリカでバードウォッチングを楽しんでいた夫婦が公園内で強盗に会う 『コスタリカの雨は冷たい』以上七編。

推理短編集のベーシック。
それぞれ、気の利いたオチが楽しい作品で「短編にすべきネタを短編としていかに美味しく読者に魅せるか」が良く考えられている。特に印象に残るのはメーカーのサラリーマンをテーマにした『死んだら働けない』。 これは作者がデビュー前働いていた某日本最大手の自部品メーカーを想定しているのだろうが、技術屋さんの根性とメーカーの体質そのものがトリックとして作品に大きく関わっており、内容についてしみじみと心に届くモノがある。これはメーカー系のサラリーマン必読といってもいいだろう。 また『灯台にて』。これも同性の庇護者という善意にしろ悪意にしろ鬱陶しい関係から脱却したい! という主人公の「未必の故意」これが作品全体のブラックな雰囲気を僅かながら和らげている気がする。とはいってもブラックはブラックなのが東野圭吾らしい。
全体的に通じて受ける印象は、その粒ぞろいの作品群における個々の印象が全て高く、「絵に描いたような短編集」である。特に、細かいディテールや人物造形に東野圭吾氏らしさが滲んでおり、それぞれに深い味わいがあるのが特徴。

学生、OL、自由業と色んな人が主人公として登場するので読む人を限定しない。連綿とした正統派の推理短編を好まれる方に向いていそう。実際のところ、題名ほどには「怪しい人びと」は登場していないように思う。


98/10/14
小野不由美「屍鬼 (上下)」(新潮社'98)

上下巻の圧倒的な文量。小野不由美ひさびさの新作にして本年度「このミス」ランクイン確実の問題作。京極夏彦氏が帯で激賞している。

外場村はおおよそ六つの集落に分かれ、約四百世帯、千三百人の住人が住む。村の周りを囲む樅の木を使った林業で栄えてきた村だ。そこでは人々はそれぞれ不満や希望を抱えながらも、表面上は平穏な生活を送っている。ある日、代々の実力者の住居跡に不気味な洋館が移築されてきた。しかし一向に人が移り住んでくる気配はない。そして迎えた夏、村の周りの道祖神やお地蔵さんが破壊される事件が起きる。それと前後し、夜中にその洋館に桐敷と名乗る家族が越してくる。彼らは病気の家族の療養のために田舎に越してきたのだ、と言明する。ただ、その日を境に外場村で病死する人間の数が少しずつ増えてくる。村の中でももっとも辺鄙な集落、山入では住人三人が揃って遺体で発見される事件が。村で唯一の病院の医師、尾崎敏夫と寺の住職、室井静信は不審に感じて調べるが、亡くなった人からは伝染病などの異常は発見されず、彼ら同士の明確な関連は発見されなかった。ただ少なくとも外場村では何かが進行しており、その後も死者の数は着々と増加していった。また、村から理由もなく突然引っ越したり、村外の職場を急に退職したりする人間も増え、村は異様な雰囲気に包まれていく。

読んでいる間は怖さに締め付けられ、読み終わると哀しさで胸が痛い。
ほとんど文学としての芸術の域まで達している。序盤から中盤にかけて淡淡と、しかし丁寧に村の様子を描写。村でずっと暮らす人、村外から転入した人、老人、青年、子供、更に変わり者まで必要以上とも思われる多数の人間が登場し、それぞれの生活が描かれ、それぞれの想いを吐露していく。ちょっとこのあたりは人により、読むのに我慢も必要か。ただ、事件が僅かずつ、その内容を明らかにされて、読者が恐怖におののく中盤、そして周到に入念に描かれた前半部が生きる、色々な意味で悲劇的な終盤。
作家を兼ねる僧侶、静信が描く「神に見放された男」の物語。小野不由美が創り出した世界で神の視点に立つ読者が、その主題を理解するときには既に世界は崩壊を開始している。怖さの対象物にさえ、ある意味優しさを投げかける彼女の作風には驚愕するしかない。

とにかく読後のインパクトが強烈。読了後の虚脱感は既にミステリというより純文学の大作を読了した時の感覚に近い。少なくとも「ホラー」というジャンルの枠組みから物語全体がはみ出している。出来るだけ時間のある時に小野ワールドに没入して読みたい。読んだ人にしか凄さを説明できないくらい凄い作品である。


98/10/13
結城昌治「ひげのある男たち」(徳間文庫'82)

推理作家協会賞、直木賞、吉川英治文学賞などを受賞、日本のハードボイルドの代名詞とまで言われる偉大な作家、結城昌治氏。残念ながら96年に永眠されている。本作は氏のデビュー長編。郷原部長刑事三部作の第一作。

電話がかかり女性住人を呼び出そうとしたアパートの大家が、彼女が部屋で死んでいるのを発見する。通報を受けて立派なひげのある郷原部長刑事以下が到着したところ、一人のひげを生やした男が死体を覗き込んでいた。彼はアパートに住む私立探偵だと言う。一見、仏壇の前で青酸カリを飲んで自殺したかのように見えるその女性を、郷原はちょっとした事から他殺だと看破し、捜査に取りかかる。聞き込みを行ったところ、事件当日立派なひげを生やしてびっこを引いた男が裏口からこのアパートに入り込んでいたことが分かる。また同じアパートには前科者がおり、この男は事件より行方が分からない。

プロット重視の本格、軽妙なユーモア、意外中の意外な犯人。
結城昌治氏は様々な分野に才能を発揮、特にクライムノベルやハードボイルドを得意としており、本格推理と呼べるのは本作を含む初期三部作のみだという。しっかし、この作品の構造は本当に凄い。特に犯人には超びっくり。 最後まで読んだ後、読み返すとカットバックやら関係者の証言から周到に伏線が張られていたことが分かる仕掛けになっている。また物価や風俗を除くと昭和34年の作品にも関わらずその描写に古さを感じさせない。物語の焦点が本格ミステリとしての謎解きに当たっているからであろう。全編を覆う上質のユーモアが統一された品格を感じさせる一級品。

現在ではちょっと入手が難しいかも。とはいえ、ロジックで構成された上質の本格であることは確か。特に本格ファンで未読の方は探す価値があると思う。後、ひげフェチの貴女も(笑)


98/10/12
奥田哲也「三重殺」(講談社文庫'96)

奥田氏の二作目のミステリ作品。元は講談社ノベルス版。

アパートの入り口で男性のバラバラ死体が発見される。遺体は段ボールに入れられ、どこからか発送されて来たモノだったが、頭部が見当たらない。刑事である「私」と部下の小橋は被害者は発送元の部屋の住人、矢萩であると推定する。そして容疑者として彼とトラブルのあった前科者、片岡と荷物の再転送先の住人、新発田が挙げられたが、二人とも既に失踪していた。捜査を進めるうちに、また矢萩と思われる焼死体が発見され、捜査が根本からやり直されるが、栃木の山中から更に矢萩と思われる転落死体が出たとの情報が寄せられ、ますます状況は混迷していく。

何となく茫洋としてとらえ所のない不可能犯罪小説
全編を通じて「私」のシニカルでちょっと投げやりな一人称で語られている。「それなりに真面目なのだが、決して好きで仕事をしていない」(う??)という主人公の心情が、小説の構造の大きな鍵となっている。発生するのはバラバラ殺人他、猟奇的な不可能犯罪で、主人公たちが様々な推理と試行錯誤を繰り返し、右往左往するのが、何となく自分自身が捜査員の一員で、一緒に小説内をうろうろしているかのような幻惑感へと繋がる。また、うまい比喩ではないが文章全体が濃い。状況にとけ込むためにはじっくり一行一行反芻しながら読んで行く必要がある。
関係者が最初から非常に限定されており、その中に犯人がいると分かっているのだが、誰をどう事件に当てはめればすっきりするのか、主人公も(そして読者も)最後まで悩みまくる。でも、ラスト全てのコマが填め込まれた後でも、個人的にはあまりカタルシスを感じられなかった。この濃さに自分自身がどっぷりと浸からされていたことが理由のような気がする。

主人公のブラックな感覚に自分自身が乗せられるかどうか、が読書のポイント。本格ミステリとしてきっちり作られており、この物語の内部に乗り切れる人なら楽しめる作品かと思う。


98/10/11
鮎川哲也「鍵孔のない扉」(光文社文庫'89)

鬼貫警部シリーズ。最初に刊行されたのは'69年という作品の二十年ぶりの文庫化。(といってもそれから相当時も経ってはいるけれど)

声楽家で美しいが勝ち気な性格の妻と、伴奏家で冴えない雰囲気を持つ夫。妻が名古屋の短大に講師として雇われ、鎌倉にある家を必ず週に二日間空けるようになった。夫はふとしたきっかけで妻が実は一日しか名古屋にいないことに気づき、興信所を使った結果、妻が実は東京で不倫をしていたということを知る。彼らは大喧嘩の末、別居することになった。
それから何月か後、人気放送作家が自宅で刺殺されているのが発見される。彼は二週間前に水商売の女性と婚約したばかりであったが、それとは別に近所の住人から「木曜日の女」と呼ばれる女性が彼の許を訪れていたという。放送作家の自宅が、依頼を受けて調査した女性が通っていた先だということに気付いた興信所員は、そのことを知り合いの警察署員に告げる。

読者へのミスリーディングこそが物語の「鍵」。
次から次へと容疑者が変わり、果たして一体誰が真犯人なのかさっぱり分からない前半から中盤と、いくつかの付加情報から容疑者が絞り込まれ、鬼貫によってそのアリバイトリックが崩されていく後半部分と二種類の楽しみがある。作品で使用されているトリックの一部は現代では不可能となっているものもあるが、上記のプロットや構想そのものは現代でも十分に通用する。
鮎川氏の本格は時系列で物語が進むことが多く、大がかりな叙述トリックなどは施されていないのだが、別の意味で読者に物語で事件の様々条件を提示することにより「読者の勝手な思いこみ」を沢山作っておいてから、少しずつその思いこみをひっくり返していく作りとなっている。しかもその一部は物語の真相と関係が全くなかったりするため、この巧妙さには気付きにくい。アリバイ崩しミステリは解決が退屈なものが多いのだが、鬼貫警部にかかると締まりが出るのか、妙に引き込まれる。時刻表だけで考えられた作品ではないからだろう。

鬼貫警部による、「事件の整理」が楽しいミステリ。 特に物語の鍵を納めるところに納めるまでの過程が魅力。重厚な筆致とそれぞれに考えられた設定、展開の妙が楽しめる。頭の良い犯人と、鬼貫との知恵比べが面白い作品。鮎川作品のなかでは比較的評価が低いようなのだが、やっぱり読ませる部分は読ませるし、個人的には出来は決して悪くないと思う。


98/10/10
樋口有介「彼女はたぶん魔法を使う」(講談社文庫'93)

青春ミステリを得意とし、根強いファンを持つ樋口有介氏の第三長編。柚木草平シリーズ。

38歳の刑事専門のフリーライター、柚木草平は元刑事。過去に複雑な事件を起こし退職、売れっ子コラムニストの妻と10歳になる娘とも別居して生活しており、現在警視庁キャリアの冴子(こっちも既婚)と不倫中。彼は裏の稼業(笑)として私立探偵まがいのことも行っていた。ある日冴子の依頼で草平は島村香絵という女性と出会う。彼女は交通事故で死んだ妹の事件を調べ直して欲しいと言う。彼女の妹の関係者を洗ううちに元親友や友人(みな美人で良い性格)に心惹かれる彼であったが、妹の元婚約者がアリバイを偽装していることに気付き、彼をつるし上げる。

楽しい楽しいエンタメ系ハードボイルド。
ミステリとしてハードボイルドとしての作品のレベルを云云するというのは本作に限っては野暮、というもの。「柚木草平と美女たち」と言ってもおかしくないくらい物語を彩る多くの女性が登場、下は10歳から上は三十代。それぞれみんながなんとも魅力があるのだ。また、対する柚木はなぜかよくもてる。けれどもそれに嫌みがないところがまた良い。(多分、もてる割にうまい立ち回りをしていないから)とにもかくにも、身近に居て欲しいような様々な魅力を持つ女性たちと、彼女らに振り回される柚木のコミカルな姿を楽しむのが王道だろう。
野暮とは言ったが、依頼を受けその事件を解決するまでの過程も水準はクリアしているし、その真相も十分に納得のいくものだ。キャラクタだけに頼った小説ではないことは自明なこと。

柚木草平シリーズについては、「青春文学+ミステリ+ハードボイルド/3」くらいの印象。登場する女性たち、そして柚木のキャラクタもあって、どうしても作品全体の印象が軽くなるのは否めないが、実際あまり深く考えずに気軽に手に取りたいところ。


98/10/09
吉村達也「初恋」(角川ホラー文庫'93)

それまでミステリ一辺倒の作品を打ち出してきた吉村達也氏が、初めて発表した長編ホラー作品。角ホラ文庫への書き下ろしとして刊行された。

三宅は十人並みだが性格の良い奥さんを貰い、十人並みだが小綺麗な住宅を購入し、十人並みの出世をしているごくごく平凡なサラリーマン。そして現在の自分の境遇にしごく満足していた。そんなある日、会社の彼の許へ受付経由でお弁当が届く。同僚や部下は愛妻弁当だと騒ぐが、三宅にそんな心当たりはない。しかし弁当は彼の似顔を形取り、丹誠込めて手作りされたものだった。不審に思う三宅だったが、妻から「妊娠した」との電話を会社で受けてそんなことは忘れてしまう。翌日、その弁当の送り主から電話が。それは三宅が中学生の時に血迷って一度だけキスをした女性だった。彼女はその時から十六年間、三宅のことだけをひたすらに想い続けていたのだ。

侵入者、破壊者。締め付けられるような怖さ。
ストーカーの女性の異常性が冒頭からラストまでぶっ続けでしかも丁寧に描写されている。この女性が楳図かずおの描くヤバい系の女性を想像させる気持ち悪さ。 もとより、こういった狂気を抱いた人物を描くことを吉村氏は得意としているが、本作の場合、その女性が途轍もなく、思いこみが激しく、かつ怖い。彼女なりの歪んだ価値観によって平和な家庭が浸食され、ぶち壊されていく様は、恐怖と呼ばずしてなんであろう。ストーカーという言葉が流行る前の作品であり、筋だけなら平凡な作品とされてしまうかもしれないが、そこは吉村氏、巧みな登場人物造形できっちりと読ませるホラー(厳密にいえばサイコサスペンスかな)に昇華させている。強いて言うなら主人公とその女性との”対決”の様相が濃く、ちょっと展開に無理が感じられる後半部より、ストーカーの異常さを強調して、得体の知れない怖さのある前半から中盤への盛り上がりに強い印象が残る。しかも救いのないラスト。嗚呼。

単純構造のホラー好きの人には結構お勧めです。反面、潔癖な読書家の方には間違っても手に取ってもらいたくない作品。おー怖え。


98/10/08
仁木悦子「林の中の家」(講談社文庫'78)

仁木悦子の『猫は知っていた』に続く第二長編。元は雑誌、旧「宝石」に掲載され昭和34年に刊行された作品。

今度はお金持ちの家の留守番役として豪邸に住む仁木雄太郎、悦子の兄妹の元に一本の電話がかかってきた。「悦子さんですね。お兄さんはいらっしゃいますか。すぐこちらに来るようにおっしゃってください」「近越常夫の家です。林の中の……」と言いかけて悲鳴と一緒に電話は切れてしまった。持ち前の好奇心で調べに行こうとする悦子と止めようとするが最後には同行する雄太郎。彼女はその名前がラジオ・ドラマ作家のものと気が付き、その家に車で向かう。二人は林の中にある家で女性が頭をライオンの置物で殴られて死亡しているのを発見する。しかもその女性はその家の者ではなかった。

読後に初めて知る伏線の美しさ。何気なくも超ロジカル。
さりげなく展開される冒頭から、ほんのちょっとした日常を描いたような部分にまで隅々にまで気が配られ、折々に伏線が設けられている。これがあまりにも普通の文章の中に「さらっ」と述べられているので、読み通しただけではちょっと気付けない。更に、ちょっと複雑な家族構成を創ることで、容疑者が沢山登場している上、それぞれが「怪しいようで怪しくなくて、やっぱり怪しくて」と読者が一番怪しいと思う虚々実々の犯人像を備えており、非常に手強いWho Done It? になっている。発生している事象は決して明るくはないのだが、仁木兄妹中心に物語を書いていることで雰囲気的には非常に柔らかく読みやすい。
その読みやすさ、入りやすさにカモフラージュされながら屈強の読者でさえ迷わせる手強さもある。これが仁木作品の魅力だろうか。

口当たりの柔らかさと、一本筋の通ったミステリとしての歯ごたえ。そういった二つの要素の同居が仁木悦子作品の魅力だといえるだろう。本作など、あまり手に取られていないようだが、現代の読者が読んでも十二分に通用すると思うし、その魅力が届くものだと確信する次第。


98/10/07
泡坂妻夫「ダイヤル7をまわす時」(光文社文庫'90)

泡坂妻夫のノンシリーズの短編集の一つ。'79〜'85年頃に書かれた作品を集めたもの。

二つの暴力団の抗争中、片側の親分が何者かに刺し殺された。講演者で聴取者相手に行う犯人当て 『ダイヤル7』
元賭博師が遊覧船の中で巡り会った稀覯品のトランプにまつわる殺人 『芍薬と孔雀』
マンションの構造の関係か向かいの棟のベランダの声が反対側に届く。何気なく観察していた男は墜死した女性が何者かに殺されたことに気付く 『飛んでくる声』
妻に殺されかけた夫が彼女の半生を語り、必死で弁護しようとする 『可愛い動機』
切符蒐集家同士のライバル心理が殺意と変わる様を見事に表現した 『金津の切符』
ある女性の好みの男性像を巡る日常の謎系の好作品 『広重好み』
新しく街にやって来た画家は絵が一枚もアトリエになかった 『青泉さん』以上、七編の短編集。

人間の様々な心理を巧みに顕す職人芸。
作品それぞれ、ほんの短い短編なのに登場人物の心理の揺れの描き方がうまい。特定のテーマがあるでなく、寄せ集めに近い作品群にも関わらず、それぞれが印象に残る。特に蒐集家同士のライバル意識を殺意に結びつける『金津の切符』はモノをコレクトしたことのある人なら、我が身に迫る迫力を感じることだろう。『芍薬と孔雀』も同様に希少品のコレクターならどきどきするような内容だ。他にも「広重」と名前のつく男性がタイプだ、という女性を巡る謎は深刻味がないにも関わらず、種明かしをされると女性心理を巧みに取り入れた真相に、あっと驚くこと請け合いの『広重好み』など味のある作品が収録されている。短編集としての統一感は今ひとつも泡坂氏の「読者をいかに引っかけるか」という企みが感じられる。

時代がかって逆にキッチュな文庫版の表紙で、何となく敬遠していたが中身はしっかり泡坂流。『亜愛一郎』『ヨギ・ガンジー』などのシリーズものはもちろん傑作だが、それ以外でも実力者はやはりひと味違う。


98/10/06
山田風太郎「魔界転生 (上)熊野山岳編(下)伊勢波濤編」(角川文庫'78)

忍法帖シリーズの中では最も長い作品の一つで、かって角川で映画化もされたこともあり御存知の方も多いのではないだろうか。ある人は風太郎原作と知って驚いてましたが。原題は『おぼろ忍法帖』。本作を忍法帖最高の傑作と推す方も多い作品。

島原の乱が幕府軍の手で壊滅して数日後、海を埋めた数万人の死体の腐臭が漂う海岸。二人の男に連れられた女の躰から魔術のように男が生まれ出た。追っ手を叩き斬った男は無双の剣豪、荒木又右衛門、若い男は天草四郎、そして老人はその参謀、森宋意軒。彼らは西洋魔術と忍法を融合させ「魔界転生」の秘術を編みだし死体再生を行ったのだ。伝説の剣豪を次々と仲間に引き入れ魔人として蘇らせた彼らの最後の目的は「南海竜」と畏怖される紀州藩主徳川頼宣を籠絡し幕府を転覆させること、そしてそのために最強の剣客、柳生十兵衛を魔界へ誘うことであった。企みを知ったため殺された紀州の侍の娘らの仇討ち、そして紀州を救うために柳生十兵衛は秘策を凝らした。

神秘と伝奇と恐怖と人情と欲望。猛烈なスピード感、漲る緊張感。
基本的には柳生十兵衛と仲間たち十四人(うち女性三名子供一名)vs魔人剣士七人衆、切支丹女忍者三人+忍者根来衆(三十名)。奇想を凝らした”戦い”のラッシュ。どう考えても十兵衛不利の状況下で策をこらし、捨て身の戦法で戦い抜く十兵衛。「忍法」でなく「剣法」に重きを置いているため、その戦いは驚きよりも緊張感を重視。蘇った魔人剣士(斬られたら死ぬけれど)と柳生十兵衛の息をも吐かせぬ戦いは、さりげなくも美しい情景など様々な興趣を盛り込んである。更に各所で繰り広げられる謀略や裏切り、己の信じた志に身を投げ出す仲間などなど物語の魅力は語り尽くせない。構想、文章、人物、何を取っても超一流だ。
最後にして最強の剣士との戦いの前、柳生が「おれはおれ、柳生十兵衛だ」とさらりと言い残すシーン。その格好良さに震えた。

忍法帖が復刻される時、必ずそのラインナップに含まれる作品。エロチックな場面、グロテスクな場面、多々あるけれど上下に渡り長時間、風太郎ワールドに浸れます。


98/10/05
井上雅彦(編)アンソロジー「異形コレクション1 ラヴ・フリーク」(廣済堂文庫'97)

自身でも『異形博覧会』を書き下ろしている井上氏が編纂するホラーアンソロジーのシリーズ。かなりハイペースで続編も刊行中。

「異形」と使われているが別に変なカオの事ではない。異なった形の物語、異色の文学といった意。本作は題名通りLOVE−−恋愛をテーマにしたものが集められた。豪華執筆陣。
中井紀夫、加門七海、早見裕司、朝松健、森真沙子、田中文雄、倉阪鬼一郎、井上雅彦、奥田哲也、竹河聖、友成純一、久美沙織、高井信、岡崎弘明、飯野文彦、矢崎存美、津原泰水、皆川博子、菊地秀行の19人。ミステリ、ホラー、ファンタジー、SF様々な分野の作家が集められている。

これだけ人数が集まったせいか作風はばらばらだが、井上氏が精力を傾けただけあって、全体として受ける印象は散漫でもない。グロ、心理ホラー、パラノイアなど恐怖をどのような形で取り上げるか各人各様の工夫があり興味深いものがある。

個人的には、魔女の力を借りて決して結ばれない恋を成就させようと躍起になる少女の姿をユーモアさえ交えて描いた、久美沙織『REMISS(リミス)』、妻への思慕の情から自らが変質しながらも遭難した南の海から生還する男の姿を描く、田中文雄『怪魚が行く』他、早見裕司ら普段私が触れない、純粋ホラー畑の作家の作品にとりわけ光るものを感じた。

本作全体に限って言うならば技巧が立つ人が多すぎるせいで「夜も眠れないホラー」というより「不思議な味わいを持つホラー」という風に感じる。しかし彼らのイマジネーションには素直に脱帽。ミステリに食傷気味の方には、こういった作品も一興かと思う。


98/10/04
山田正紀「ツングース特命隊」(講談社文庫'85)

山田正紀の比較的初期の作品。初出は'80年。

明治時代の終わり、ロシア領シベリアの辺境を軍の密命を受けて移動中だった武藤は、地の果てツングースで世にも不思議な大爆発を目撃する。それから年が経ち、大正時代。朝鮮半島の京城で武藤は武器商人として闇の世界で生きるようになっていたが、日本軍の謀略の天才で元武藤の上司、明石大佐の策略により、ツングースで発生した大爆発の正体を探るよう命ぜられる。彼に同行するのは武器の扱いに長けた元文学青年、愛国心に満ちた若い軍人、謎の医者、シベリア好きを自認する格闘家など、奇妙な男達であった。武藤はツングースの大爆発を見て生還したという男をペテログラードに訪ねるが、その男は誘拐されていた。彼を誘拐したのは怪僧ラスプーチンだった。

人外魔境を思わせる地底探秘境冒険アクション浪漫小説。もちろんSF。
序盤は歴史小説風の展開が進む。第一次大戦の始まる前の世界情勢や日本のアジア戦略などが登場人物の口から分かり易く語られるし、京城の雰囲気にも全く超常的なところはない。暴力的な世界ではあるが、社会の底辺で生きる個性的な男達が描かれている。それが場所をツングースに近づくにつれ世界が伝奇的雰囲気を帯びてくるようになり、ツングースの大爆発に近づく頃には奇想天外な世界が展開されるのだ。読後に気付いたのだが、このように現実から徐々に非現実に読者を引き込むようなストーリー展開に、作者の巧妙な計算、乃至は天性の小説家としての才能を感じる。冒頭からSF設定ばりばりだと引いてしまうのだが、このようにされると、読まない訳には行かないじゃないか!
人生の蔭の部分を持つ登場人物や彼らが辿る運命など

物語の謎という点は基本的に「大爆発は何なのか?」に収斂して生き、多少消化不良な点も出る。ただ、雰囲気の怪しげな冒険小説的雰囲気が好きな方には展開がたまらなく面白く感じられるのではないだろうか。


98/10/03
松尾由美「ジェンダー城の虜」(ハヤカワ文庫JA'96)

バルーンタウンの殺人』の松尾由美の四作目。彼女はSFとミステリの舞台をうまく借り、社会問題を風刺するのが持ち味。

東京の住宅問題の解決のために広大な土地を提供しようという申し出をする水原氏。しかしその見返りにその地域を「伝統的家父長制度」から逸脱した家族だけが住むようにする、という取引が条件だった。背に腹が変えられない自治体は、結局その実験団地「地園田団地」を建築する。高校生の谷野友朗は母が働き、父親が専業主夫でこの団地に住み、地元高校に通っていた。彼のクラスにアメリカからの美少女、小田島美宇が転入してくる。彼女も地園田団地に住み、しかも父親は「マッドサイエンティスト」だというのだ。友朗は彼女と仲良くなり、その父親、小田島修にも紹介される。そんなある日、唐突に小田島修が誘拐された。

ドタバタ冒険活劇なのになぜかさりげなくSFでミステリ。
登場人物の設定が凄い。主人公こそ普通の少年だが、トンデモな性格の美少女とマッドサイエンティストの父親、妙に気の回る家政婦、女装に目覚めた友人、ゲイの刑事にその恋人、美人英語教師とその僕の体育教師、過去に事故に遭い男女どちらか分からない黒幕……彼らが「究極の女性解放装置」の研究をしていたために謎の組織から誘拐された博士を救う為に、私設探偵団「地園田イレギュラーズ」を結成する……。
たた、本作で特徴的なのは普通なら「単に物語に彩りを添える」ためのキャラクタにそれぞれ意味合いを持たしていること。社会的性差「ジェンダー」ということについて考える為の触媒的な存在として、それぞれが配置してあるように思う。この世界の中では「特殊な環境、特殊な性癖」が存在せず、皆その状態をそのまま受け入れている。ミステリの鍵として物語世界が関わってくるとまでは言わないが、色んな意味での皮肉や警鐘が読む人ごとに感じられるに違いない。

誘拐ミステリとしてのレベルは残念ながらそれほど高くなく、人によっては犯人の看破は簡単かもしれない。それよりも世界観も含めた喜劇的世界、喜劇的(現実?)登場人物を楽しみつつ、ジェンダーについて、ちょっとでも考えてみるのに適切な一冊。


98/10/02
天藤 真「大誘拐」(角川文庫'80)

映画化もされた天藤真の代表作。昭和54年、第32回推理作家協会賞受賞作品。この年の他の候補作には竹本健治の『匣の中の失楽』がみえる。

柳川とし子刀自は博愛の心に富んだ誰にでも好かれる八十二歳のお婆ちゃん。しかも和歌山県を中心に山林を大阪市の1/3に相当する面積を持つ大富豪である。一方、健次は孤児院出身、スリの罪で刑務所に入れられていたが、出所後仲間二人と共に、このとし子刀自の誘拐を計画する。山林に囲まれた自宅の監視は苦労を極めるものがあったが、とうとう山歩きの途中のとし子を誘拐することに成功する。ところが、自らの計画をとし子に次々と言い当てられた彼らは、とし子の知恵を借りることになる。身代金も予定の五千万円から一気にとし子の指示で百億円に引き上げ、いつの間にかとし子の指示で彼らは動き回ることになっていた。

どきまぎ緊張しながらも自然と頬が緩んでくる不思議な作品。
誘拐ものは数あれど、この作品に出てくる登場人物設定、トリック、動機どれを取ってもそれぞれがオールタイム・ベスト級。とし子の指示で「虹の童子」と名乗る健次らと、とし子お婆ちゃんの絶妙の連携、とし子の考える絶妙のトリックが本作の最大の魅力だが、とし子に若い頃世話になり、救出に血道を上げる三宅和歌山県警本部長との虚々実々の駆け引き、「虹の童子」らの心情の変化、そして心温まるラストなど他の見所もたっぷり。今となっては二十年近く前に書かれた作品ではあるが、マスコミを利用した駆け引きを初め、今読んでも全く古さが感じられないのは、しっかりしたストーリー作りが根底にあるからか。読んでいるうちにいい気分になってくる。

全編通じて人は一人も傷つかないし、本当の悪役も出てこない。それでも究極のエンターテインメントに仕上がっている天藤氏の力量に本当に感服。創元推理文庫版で新刊でも手に入るので、天藤作品の入門にはこれがベストかと思う。


98/10/01
山口雅也「マニアックス」(講談社'98)

『ミステリーズ』の続編にあたる、山口氏のノンシリーズの短編集第二弾。

大きく三つ、『蒐集家たち』『映画狂たち』『再び蒐集家たち』の章に分かれておりそれぞれに二つないし三つの短編がある。漂流物を蒐集する趣味の女性を取材に、彼女が住む孤島に乗り込むライターとカメラマン『孤島の島の島』、死体置場勤務から一念発起して作家としての成功を収めた男が迎える、初めての幸せなクリスマス・イヴには招かれざる客が続々訪れる『モルグ氏の素敵なクリスマス・イヴ』新聞スタンドで安物のパルプ雑誌を買い込む男は、小説の三文ライターだった。彼の作る世界に憧れる少年は彼を著作の中のスーパーヒーローの仮の姿と思いこむ『≪次回へつづく≫』、スター女優のメイドとして働く彼女は女優志願者だがうまく行かない。彼女は迷い込んだ酒場で悪魔の囁きを聞く『女優志願』、C級SF映画を鑑賞するプロデューサー『エド・ウッドの主題による変奏曲』、団地で連続して発生する幼児墜落事件と流入する外国人『割れた卵のような』、ドールハウスの熱狂的コレクタの元親友の許を訪れた作家がその人里離れた屋敷で見たものは『人形の館の館』以上七編。

世界が歪む奇妙な読後感。
『ミステリーズ』を読んだときにも思ったが、これは凄い。作者のライナーノーツ(あとがきでなく)にもあったがホラーテイストの作品が多い。それらが短編であるにも関わらず、その奇妙な世界観がそれぞれ確立しており、それで騙し、それをひっくり返してしまう。読んでいるこちらは「あらあら」となるだけで抗う術はない。これも作者によるとManiaと言うのは英語では狂人みたいな意味が強いそうだが、彼ら狂人の歪んだ世界が正しいのか、読んでいるこちらが正しいのか、その揺らぎまで計算し尽くされているのでは、と勘ぐりたくなる。特に『人形の館の館』の密室トリックは山口氏の手でなければ怒り出すところだが、世界観までincludeして改めて見たら「傑作だ!」と感じてしまう。氏には珍しく、このうち二編は日本人が主人公だが、それぞれ凄いのはその設定に文化的必然性があること。

トリック的にというより、一つ一つの「世界」のレベルが高い。ついでに2,000円という価格も高いと思われるかもしれないが、キッドピストルズとはまた違った山口ワールドも、覗いておくだけの価値があるように思う。