MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−過去の書評群 (掲載順)−  


98/10/29
東野圭吾「名探偵の掟」(講談社ノベルズ'98)

東野氏の独自のシリーズ、名探偵天下一大五郎主人公の連作短編集。元本は'96にハードカバーで刊行されている。

本作、ミステリはミステリなのだが、名探偵天下一大五郎、ワトソン役大河原警部共々、メタな存在である。つまり自分たちが小説世界の登場人物であることを自覚しているのだ。彼らは本筋そっちのけで、裏の話をし始める。それが、もう無茶苦茶に笑えて面白い。しかし、笑えるといってもキャラクタがおかしいとか、そのまんまなギャグではなく「探偵小説」の存在をとことんまで茶化したパロディ、なのだ。

プロローグ、エピローグ、十二の章、そして「最後の選択」と名付けられた最終章からなり、その一つ一つに意外な犯人、密室、ダイイングメッセージ、アリバイ崩し、バラバラ死体、童謡殺人とコアな推理小説ファンが俗に「あれだよ、あれ」とか呼びそうなテーマで書かれている。一応短編の体裁を取ってはいるが、ミスリーディングの為に登場する脇役をAとかBとかで呼んでみたり、逮捕・取り調べ・釈放の過程が三行程度で書かれていたりと、「極力無駄を省いた」内容で、サクサクと読み進めることが出来る。

大河原警部も大変である。犯人の目星がついても、名探偵の解決前に決して真犯人を指摘してはいけないため、わざと誤った捜査方向に警察を導かないといけないし、名探偵天下一も犯人が全ての殺人を終えるまで推理を開陳する事が出来ないのだ。彼も恥ずかしがっており「密室宣言」の時などは、照れの余り、顔が真っ赤になってしまう。犯人が分かった後の推理の内容なんて誰も聞いていない、などなど、ネタバレに近くて書けないようなエピソードがいっぱい。推理小説で読者が内心作者に向かって入れていた「ツッコミ」を彼らがずばずば突いてくれる、おかしく楽しい内容。

個人的に自ら小説を書くとしたらこの路線、と考えていた部分を根こそぎ持って行かれた(笑)どんなミステリファンでも必ず大笑いすることでしょうが、読書量に自信がある方によりお勧め。「YAKATA」的な細かいネタがバシバシ琴線に触れることでしょう(笑)


98/10/28
天藤 真「死角に消えた殺人者」(角川文庫'81)

天藤氏の作品群の中では比較的後期、名作『大誘拐』の前くらいに書かれた作品。'76年に元本は出版されている。

千葉県銚子の人気のない断崖絶壁から一台のスポーツカーが転落した。中からは年齢性別が全くばらばらの四人の男女の死体が発見された。車の落ちた痕跡など、現場の状況から殺人事件と警察は判断し、捜査を開始する。その結果、それぞれの被害者の身元こそ特定されたのだが、彼ら四人には生前の接点が全くなく、更にそれぞれに殺されるような動機も見あたらないような人たちであった。怨恨などの見込み捜査が行き詰まる中、ただ一人の肉親である母親が被害者であったOL、令子は、この事件の他の遺族らと「遺族会」を結成し、それぞれが警察には話せないような事情を出し合って協力、それぞれの被害者が実は身内にも隠していた意外な事実を持っていることを突き止め始めた。令子も遺品を整理しているうちに、天涯孤独で母一人子一人の生活で秘密など持ちようのないはずだった母親にも、実は知られざる側面があったのではないか、と感じ始める。

手練れの読者の裏をかく作者の深謀遠慮。
本作、「死角に消えた本格探偵小説」である。一般的には、作者の著作の中でもそれほど高く評価されていないよう(そんなことはないか?)なのだが、今までの常識(現代ミステリの、とも置き換えられる)を打ち破るようなものすごいトリックが内包されている。ネタバレになるので詳しくは控えるが、手練れの読者なら「あのテーマ」か…と必ず勘違いするように出来ており、その裏に巧妙にしかもフェアに隠された「意外さ」にびっくりすること、請け合い。このアイデアは今まで数冊読んだ天藤作品の中で推理小説的にはベストではないだろうか。(天藤作品は推理だけじゃないので総合評価は別だよ)
事件を追っていく主人公、令子のキャラクターが直情潔癖、天真爛漫が過ぎて我々の世代(ないし男性サイド)にしてみると感情移入がストレートに出来ないところもあるが、逆にその彼女を利用しようとしたり、脇を固めたりする登場人物のキャラクタもそれ以上に際立って巧く描かれており、物語世界は十二分に成立、内容を堪能出来る。全体を貫く天藤氏らしいハートウォーミングな雰囲気も嬉しい。

「本格推理を読み込んだ」人にこそ、おすすめ。ミステリに詳しければ詳しいほど、この魅力の高さにはくらくら来るはず。天藤氏の実力、本領が遺憾なく発揮された傑作。いずれ創元推理文庫の全集で出版される??


98/10/27
山田正紀「神狩り」(角川文庫'77)

今やミステリの大家と言っても差し支えない山田正紀氏のデビュー作品。 本作品のお目見えは正確には'74のSFマガジン誌。デビュー作でこの内容では、大物と騒がれるのも致し方なし。

情報工学と語学の天才、島津は自分の知識欲の為には手段を選ばない男だった。彼は退屈な学会を抜け出し、ある男の手引きで神戸の建築現場へ、発見された古代文字を見学に訪れる。しかし、文字のある壁と対面した瞬間、謎の岩盤事故が発生、同行の男は死亡、彼も閉じこめられる。その闇の中で島津はオーラに包まれた男の姿を目撃する。彼は島津に「−忘れるのだ」と語りかけ、消えた。救出された後、自らの出世を棒に振りながらも憑かれたように古代文字を研究する島津。とうとう彼はその文字が「人類に理解し得ない構造を持っていること」に気付く。これは<神>の文字なのか?島津は<神>の強力な悪意を感じるようになり、<神>と戦うあるグループの仲間に否応なしに組み入れられていく。

デビュー作品のテーマがいきなり神様。壮大。
とにかく島津を中心としたスピード感ある物語の展開が全て。下手をすると「トンデモ系」で片づけられそうなコード(秘密基地、CIA、超能力etc)が沢山出て来るにも関わらず、それぞれに無理のない程度の説明をきちんとつけ、ストーリーの展開を出来るだけストップさせないような心遣いがされている。デビューし立ての、この段階で既に読者の心を惹く術を身に着けているのは、後の作品でも分かるように山田氏天性の感覚なのかもしれない。
共に闘う人間にしろ、競争者となる人間にしろ、そのキャラクタそのものはステレオタイプな感じがしなくもない。だが、それを補うのにあまりあるストーリーの走り。実際に「神」そのものの存在を描くことなく、その輪郭をなぞることで逆にその支配感を読者に感じさせることに成功しているあたりは、小説技巧でどうにかなる域を超えているのではないか。

現在の山田ミステリのルーツ。「SFはちょっと……」という人でも、これくらいきちんとした作りの作品で在ればエンターテインメントとして楽しめるはず。現在はハルキ文庫で新刊で入手可能。


98/10/26
都筑道夫「西洋骨牌探偵術」(光文社文庫'86)

都筑氏のシリーズキャラクタではあるが、まとまった作品集がこの一冊のみの探偵、鍬形修二を主人公とした作品集。但し、後半二作はノンシリーズ。

鍬形は兄の遺品のタロウカード(タロット)の占いを独自に修得、占い師として生計を立てている。一方、変わった事件や依頼が持ち込まれると自らの推理力を駆使、探偵に早変わりする。
自宅のプールで泳いでいた筈の妹がビキニの水着だけを残して消えてしまった『腎臓プール』、自分の亭主が二人三人に増えていく気がするという主婦の依頼『亭主がだんだん増えてゆく』、劇団の看板女優が自宅で死亡、届いていたはずの台本が消えていた『アドリブ殺人』蛭で身体を吸わせる健康法を実践していた吝嗇家の中年女が自宅で殺された『赤い蛭』、パトロンの男性以外の男相手に性交が出来なくなったと訴えるホステス『ガラスの貞操帯』(以上鍬形シリーズ)、自分の描いた連載漫画のストーリーと同様にバラバラ殺人が発生する男の恐怖『二重底』、殺し屋を詐称し、小金を稼ごうとした男が、本当に殺人事件に巻き込まれてしまって大慌て『空前絶後・意外な結末』以上七編の短編集。

謎と論理のエンタテインメントの短編集での実践。
それぞれ冒頭に現れる謎が気が利いている。発生するのは殺人でなくとも良い。亭主がたびたび違う男のような顔になる、とか、特定の男以外としたいのに性交が出来なくなるとか、それぞれが「あれれ?」という謎である。冒頭の不可思議な状況、果たして何がどうなればその状況が出来上がるのか?これが都筑氏のアクロバットたる所以であろう。トリックなぞなくとも、論理がその状態に帰結すれば読者は満足するのだ。短編とはいえ、シリーズキャラなので、登場人物の余計な説明も省けるため、作品に没頭できるし、それらのアクロバットの着地点が、単に整理されているだけでなくて、何とも洒落ているのだ。都筑作品の何とも言えない心地良さはこの「洒落た」部分にもありそうだ。

さすがは短編の名手と唸らされる作品揃い。小出しにされる豊富な知識や洒落た文章。よくよく考えると都筑作品は皆、とってもお洒落なのだ。GOOD。


98/10/25
若竹七海「海神(ネプチューン)の晩餐」(講談社'97)

若竹七海の九作目。昨年に書かれた小説にも関わらず、今年ブームの「タイタニック」のエピソードが効果なプロローグとなっており、今年出ていたらブレイクしていたかも?

1912年のタイタニック号沈没時、乗船していた一人の日本人は米国人作家からガラス瓶に詰められた原稿を託される。彼は扉に自分自身を縛り付けて漂流していたところを奇跡的に救助された・・・・20年後の1932年、太平洋を周回する日本の豪華客船氷川丸(横浜に係留されているあの船)に搭乗するために横浜に訪れた本山高一郎は、親友だった河坂という男からタイタニック号の生き残りと名乗る男から譲られたという英語の文章の書かれた原稿用紙を買い取る。それは探偵小説家フュートレルの作品であった。(事実「十三号独房の問題」などを書いたフットレルはタイタニックと運命を共にしている)氷川丸は横浜を出帆、十日間の航海の後にバンクーバーに到着する旅程であった。その贅を凝らした一等船内には偶然の利合わせた本山の親友、牧野、日系カナダ人サラ、その弟のイタズラ好きの少年ら個性のある人物が乗り込んでいた。そしてその船内で静かに事件が発生していく。

歴史と船を上手く利用した限定状況ミステリ。
氷川丸という数奇な運命を辿った船を舞台に、様々な過去、そして状況に陥った人達を静かに組み合わせて物語が形成されている。本山の持っているフュートレル(フットレル)の短編原稿のラスト数ページが物語の中途で失われてしまう。その作中作の結末、及び、原稿そのものの持つ意味が本作の「謎」の中核になるかと思うのだが、他にも船内を徘徊する金髪女性の幽霊や消失する死体など魅力的な「謎」がいっぱい。航海中の船という大きな限定状況で作られるトリックはなかなかのものだし、細かい謎の解決にしても面白い。なんといっても更に巨きな「その時点での歴史的状況」が大きな物語背景としてのし掛かっていて、登場人物はその逆らいがたい状況そのものに翻弄され、彼らがそれぞれ取る行動の大きな理由となっている。そのことに気付き、成長していく主人公の姿に対して、共感と共に感動を覚える。

比較的淡淡として静かに進む物語構成。歴史ミステリとしても魅力があるが、一種の青春ミステリとして読む分に面白さが増すような気がする。タイタニックファンの方もどうぞ。しかし、この作中作、フットレルの「思考機械」シリーズの短編は若竹氏の創作……ですよねぇ。


98/10/24
結城昌治「仲のいい死体」(角川文庫'74)

結城昌治の「ひげのある男たち」の郷原部長刑事ものの三作目。

郷原部長刑事は娘の病気の療養の為、住み慣れた東京を離れ山梨県にある宿場町、腰掛という所に転勤してきた。到着早々、原因不明の若い女性の自殺があるが張り切りすぎてのんびりした地元警察の面々からは煙たがられてしまう。その腰掛のとあるぶどう畑に突如、温泉が湧いた。野天風呂、「腰掛温泉」を巡り、地主の未亡人に様々な話が降ってくる。元々彼女は多情な女で地元の住職、旅館主らと関係があり、更に都会から来たホテル建設計画を持ちかけてきた男とも関係があるとされていた。それぞれの思惑と情痴がぶつかりあう中、寺の階段にその未亡人と、堅物で有名だった駐在との一見心中と思われる死体が発見される。心中で片づけたがる地元警察を制し、死亡時間がそれぞれ異なることを見抜いた郷原は殺人事件として捜査を開始する。

私のテイストを満たすもの。ユーモアに満ちた本格。
いや、なんだか読んでいて楽しく、ほほえましかった。殺人も起きるし、情痴も絡むしで決してそのように感じさせられるばかりの筈ではないのだが。この辺りのほのかなユーモアが結城氏の手なのか?
全編を覆うのどかな田舎の環境、そして状況が都会から来た郷原部長刑事にとって事件を必要以上に難しいものにしてしまっている。やる気のあまりない警察、近所の手前必要以上は証言をしない村民、飛び交う噂にデマ、メンツを気にする町の有力者……彼らそれぞれは必死にその中で「生きている」のだが、なぜかそれがほのぼのと感じられてしまう。終盤、ある証拠物件から犯人だけは一つの方向性をもって示される。しかし、その動機が今度はさっぱり分からない。ここまではそれほど意外では無かったが、いざ明白になった動機に「とてつもなくビックリ」。『ひげのある男たち』でもビックリしたが、本作でもラストに驚きの真相があった。この「驚き」はうまく表現できないが、「とにかく考えられないほどすごい」のだ。

想像していた以上に面白かった。スパイ小説、ハードボイルドで知られる氏のメイン作品群を読まずに評するのは変かも知れないが、ユーモア本格として傑作として勧められる作品だ。


98/10/23
佐賀 潜「華やかな死体」(春陽文庫'70)

昭和三十七年、('62)の第八回江戸川乱歩賞受賞作。現在復刻中の講談社文庫の乱歩賞全集にいずれお目見えすることだろう。

千葉に住む実業家、柿本が自宅の応接間にて何者かによって花瓶で殴られ死亡していたのが息子により発見された。秘書兼愛、二十歳若い妻、金を無心していた息子、会社をクビにされた元秘書など容疑者にあがり、それぞれ遺産や痴情のもつれ、使い込みの発覚など様々な動機が考えられた。千葉地検の野心家の若き検事、城戸は花瓶についた指紋と遺留品の髪の毛と目撃証言から、元秘書の人見を容疑者として拘留する。一方、人見が現在勤務する会社からは山室という大物弁護士が彼の弁護に乗り出し、検察側の不備を突いてくる。果たして公判の結果は?そして事件の真相は?

法廷モノ。推理小説というよりミステリっぽい検察小説か。
まずは事件発生、警察と協力しながら検事が証拠固めを行い、容疑者の行動を洗い傍証を捜し目撃者に証言させる。もちろん事件そのものの真相は読者にも分からない。主人公の事件にかける焦り、徹底的に否認を続ける容疑者、経験からか余裕のある弁護人。物語は法廷に移り、検察側の弁論と弁護側の弁論、関係者の証言による取引が見せ場。公判は第五回まで行われ、判決。そして何ともやりきれないラストへと続く。
確かに法廷や検察の動きなど迫力があり、構成そのものは大きく、乱歩賞受賞は頷ける。ただ三十年後の現在でも、そのまま楽しめるかどうかはちょっと疑問も。逆に、時代を感じさせるキーワードが多数あり、余裕を持ってそのあたりまで楽しんでしまうのも手かもしれない。この後に法廷小説も多数出版され、いろいろ名作も知っているだけに、物語そのものの構造に少し物足りなさも感じる。

とはいえ、ストーリーそのものはしっかりしており、二重三重に読みとれる事件の作り方は感心出来る。法廷小説、及び警察小説が好きな方なら、丁丁発止の検察側、弁護側のやり取りを楽しめるのではないだろうか。


98/10/22
山田風太郎「忍法八犬伝」(トクマノベルズ'76)

現在なら講談社ノベルススペシャルで入手が可能。

徳川の世になる少しばかり前、南総は里見家に代々伝わる家宝に四つの玉があった。それぞれには彫られたでも描かれたでもなく、それぞれに「忠孝悌仁義礼智信」の文字があり、里見家の先祖、伏姫と八人の忠臣の伝説から伝わるものである。ある時、徳川家の若君、竹千代がこれを所望、八人の家臣の必死の反対を余所に時の安房守里見忠義はそれを一年後に献上することを約してしまう。八人の家臣を良く思わない奸臣、印藤采女は殿を言い包め、八人の女かぶきと殿を交わらせる際に玉を使わせた。使用後(笑)それらは「淫戯乱盗狂惑悦弄」の文字のものとすり替えられていた。彼女らは伊賀のくノ一であり、里見家の取りつぶしを狙う本多佐渡守と服部半蔵の配下にあるものであった。その事を知った八人の忠臣はそれぞれの息子に後事を託し、切腹。八人の女忍者と甲賀の里で修行した八人の息子たちの壮絶な戦いが始まる……はずだった。

さすがは山田忍法帖、ここからが違う。
普通なら今までぼんくらだった息子達は父の憤死の報せを受け、甲賀の里から主君の元に馳せ参じるところ。ところが彼らは、とっくの昔に甲賀の里を逃げ出し、それぞれが江戸で役者や泥棒、香具師、軽業師、乞食、女郎屋の用心棒…と好き勝手な生活を始めており、報せを受けても「ふーん」とばかり動きやしない。もちろん、ところが…と続くのだがこの辺りの肩すかし、普通は考えつかない。結局の所、あるきっかけを通じて忍法帖の美学へと通じていくのだが、本家本元の「南総里見八犬伝」の単純な忠臣達の物語とは、全く違う面白さを創造をしている。

彼らの格好良さ。普通の時代物とは二味も三味も違う面白さ。やっぱり忍法帖はエンタメの極だ!!


98/10/21
岡嶋二人「殺人!ザ・東京ドーム」(カッパノベルズ'87)

岡嶋二人の第二十二作目(ということは比較的後期の部類か)どちらかというと徳山色の強い(多分)作品。

TVディレクターの児玉は南米の原住民が使う神経性の猛毒クラーレを日本に持ち帰り、友人の勝本と共に伊豆の山中で興味本位に動物に試そうとする。二人は偶然穴に落ちる事故に遭うが、その効果を目の当たりにしていた久松敏彦という男が毒ごと道具を持ち去ってしまう。内向的で偏執的な性格の敏彦はその毒をたまたま目にした家の飼い犬で試し、改めてその効果を確認すると自らの中に新たな力がわき上がって来たかのような錯覚に陥り、狂喜する。彼が勝手に恋い焦がれていたクリーニング屋の看板娘、彼女の洩らした一言「−巨人・阪神戦なんて、どうしてあんなに騒がなきゃならないの−」その言葉を過剰に捉えた敏彦は工夫を凝らした毒矢を手に東京ドームへと向かう。

犯人、関係者、捜査陣他、様々な視点から事件を照らし出す犯罪小説。
今となってはそれ程珍しくない犯人像ではあるが、大球場を舞台にした動機不明の毒殺魔と様々な便乗犯、一向に手掛かりの掴めない捜査陣、そして突然の凶行に声を立てる暇もなく絶息する被害者。基本的には、「いじめられっ子人生」を送り続けて性格の歪んだ犯人と、その常軌を逸した行動が物語の軸になるのだが、複数の関係者の物語を絶え間なく挟み込むことで物語に光と影が現れ、三次元化した面白さを実現している。
惜しむらくは現在なら編集者が泣いて止めるであろう、ベタな題名。登場するのも実在のプロ選手(王監督、原、篠塚、大野、田尾、金森……現役は槇原と和田くらい)だし、その題名と共に時代で風化してしまう部分があるのは些か残念。

とはいえ、スピード感溢れる内容と「ラストはどうなるんだろう?」という「ハラハラ感」は確実に味わえる筈。サスペンス系の小説が好きな方に。光文社文庫で気軽にまだ入手が可能。


98/10/20
鮎川哲也「貨客船殺人事件」(光文社文庫'86)

鮎川氏には数作あるらしいが、今や珍しい「犯人当て」の推理短編小説集。主に昭和四十年代の作品が多いが、ものが「本格」だけに古さをあまり感じない。

「純粋な犯人当て」と「完全犯罪を行ったはずの犯人の失敗を指摘する」倒叙ものとの二種類の作品があるのだが、内容について先入観を持って頂きたくないため題名を記すに留める。舞台、登場人物ともに多岐に渡っている。『夜の散歩者』、『二つの標的』『白馬館九号室』『貨客船殺人事件』『伯父を殺す』『殺意の餌』『花と星』『ふり向かぬ冴子』『砂の時計』以上の九編。全て、解決編については本の後半部にそれだけを集めてある。昔よくあった「名探偵に挑戦!」などのパクリ本と同じような型式だが内容は雲泥の差。

何はともあれ、作者の冒頭の辞がイけている。

「作者も本格派の端くれ。そうやすやすと読者の軍門に降るはずもなく、問題はいずれもひとヒネリしてあります。まあ、三篇の正解が出ればいいほうでしょうな」作者敬白

こうまで言われれば、必死で解きたくなるというもの。結局はいくつかは「やったぜ」いくつかは「やられた!」であった。(比率はヒミツ(笑))全般的に言えるのは伏線が丁寧に張られていること。短編の体裁であるからして、キーワードを埋め込むのは大変だとは思うのだが、それがあくまで自然に文章に溶け込んでいる。また回答もシンプルかつ明快で、反則技は見当たらない。この手の作品集では一作でも「ちょっとそれは無茶」な作者の解答があると興ざめなのだが、鮎川氏の作品ではそのような事はないようだ。凄いのはラスト直前であっさりトリックの大部分を開示したり、大胆にヒントを与えたりしながら、それでも真相は簡単には読者に見破られないようにしていること。作者の余裕、そして遊び心を感じる。

鮎川氏の円熟期の作品だけあり、どれも面白い。本格としての常で文章そのものはちょっと硬いが、純粋に謎解きを楽しみたい人には絶対面白い作品集。


98/10/19
森 博嗣「有限と微少のパン」(講談社ノベルス'98)

萌絵&犀川シリーズの十作目。これがシリーズ最終作らしい。何と言っても『全てがFになる』の英題、THE PERFECT INSIDERに対して、本作の英題はTHE PERFECT OUTSIDERなのだ。ちなみに通は『有限微パ』と略して読んでいるらしい(笑)

ゼミ合宿を控えた萌絵は親友二人とともに、長崎にある新興のソフト会社が経営するアミューズメントパーク「ユーロパーク」に来ていた。その会社「ナノクラフト」の若き経営者、塙理生哉(はなわ・りきや)は西之園家と以前から繋がりがあり、親同士が決めた萌絵の許嫁でもあった。ユーロパークでは以前、「シードラゴン」というアトラクションで死体消失の事件があったと噂されており、萌絵は興味を持つが色々仄めかされるものの、関係者がおらず詳細は分からない。理生哉の招待を受け、「ナノクラフト」を訪れた萌絵は勧められた酒を飲んでいる間に気を失い、『すべてがFになる』の事件で重要な役割を果たした謎の天才女性、真賀田四季と再会する。幾つかの応答のあと、再び意識を失った萌絵はホテルの自分の部屋で目を覚ます。一方、横浜で妹の儀同世津子宅を訪れていた犀川は、ナノクラフト製のRPGゲーム、「クライテリオン」に纏わる謎を聞かされる。そのゲームに込められた暗示に犀川は気付き、長崎に向かう新幹線の中で真賀田四季からの電話を受ける。

この作品の成立のために今までの萌絵&犀川作品があった……?
まず最初に言っておかないといけないが、『すべてがFになる』だけは最低読んでおかないとストーリーの一部が分かりにくい。再読してから読んでも良いくらい。
最終作の割に主要キャラクタ以外の脇役はあまり登場しない。喜多助教授さえ名前が出てくる程度だ。その分、描写が多いのと、相対する敵役?が余りに人間離れしているため(否定的な意味ではないよ)萌絵や犀川に対する描写が深く、今更ながら彼らの「人臭い」部分を感じることが出来た。逆にこれくらい相手が手強くないと、他作品で見られたように彼らの凄さばかり際だって鼻につくのも事実だが。次々発生する事件は、全くもって「不可能、不可解」な犯罪である。これら事件の真相は驚くと同時に、最近読んだある某氏の某作品を想起させた。ただ、森氏の場合はその「真相」に微妙に不確定要素を配することで、読者からの真相の隠蔽を更に巧妙に行っている点を評価したい。「ある御約束」に対して妙な不確定要素を持ち込むのは森氏最近数作のパターンとなっていたが、今回が一番効果的に機能しているように感じた。
冒頭のフレーズの意味だが、今まで長い時間かけて、読者の共通認識として創り上げた「萌絵」というキャラクタが存在して、初めてこの作品の意義が成立するということ。これが単発作品であったら恐らく顰蹙もの。
ラスト近くの朝日のシーン、これは今年のミステリの中での名場面の一つとして記憶に残ることだろう。

萌絵と犀川のラブストーリーを期待する方にはちょっと肩すかしかも。(これくらいはいいよね)しかし、『すべてがFになる』と比肩出来、私の中では森博嗣の今までの作品の中の最高の作品の一つとなった。十作掉尾を飾る作品として納得できる内容。オススメです。

暫く粗筋紹介で「塙(はなわ)」とすべきところを「埴(はにわ)」と誤記していました。すみません。
98/10/18
貫井徳郎「烙印」(東京創元社'94)

慟哭』で衝撃のデビューを飾った貫井氏の二作目。

警視庁の防犯課に勤務する迫水は伊豆に死体の確認に出向いていた。内縁の妻だった綺子が突然、遺書を残して崖から飛び降り、自殺したというのだ。太股の黒子や腐乱した死体の指紋が遺書と一致したことから、迫水は妻の死を確認、その十五日後に警察を唐突に辞職する。籍も入れず、過去を余り語らなかった綺子のことを、迫水は実はほとんど知らなかったことに気付き愕然とする。さっぱり心当たりのない自殺の背景を知るため、彼は綺子と知り合ったキャバレーに出向く。彼女はそこで働いていたのだが、元同僚たちも彼女のことを良く知らなかった。迫水は彼女を店に紹介したというバーテンの名前を聞き出し彼を訪ねるが、いきなり逃げ出そうとする素振りが見え様子がおかしい。迫水は更に謎の男達から暴力を振るわれ、彼女の自殺の背後に何か裏が隠されていることを感じ取る。

基本的に貫井氏の文章は硬質なのだが、本作はそれに輪を掛けたようなハードボイルドタッチが全編を貫いており、主人公の孤独や迷いが際立つようになっている。「妻の死は一体なんだったか」から「妻は一体何者だったのか?」へ謎は移り変わり、主人公は自らも迷いながら、少しずつ真相に迫っていく展開はスリリングかつ緊張感が溢れている。妻や関係者の行方を追って糸のように細い可能性を辿り、次の可能性に繋がっていく構成はハードボイルドのそれ。ただ、「単なるハードボイルド」と割り切るにはミステリとしての魅力が強すぎる。元々の"Who was her?"という疑問に加え、プロットが巧妙に処理され、ミスリーディングが随所に施されているのは、ミステリ手法の王道だろう。ただ、いくつか重要なポイントが後半に集中していることもあり、真相を中途で読者が見抜くことは不可能?かと。ただそれらの点が鮮やかに繋がり、主人公が燃え上がるクライマックスのど迫力は超一級。やり切れないようなラストと、人間の奥底に隠された激情の発露。貫井作品の魅力は本作も健在だ。

物語のテンポや主要登場人物の魅力、そして緻密に構成されたプロット、と作者の作品を読ませる力はやはり高い。更に脇役や小道具などにも気を使っており、濃密で骨っぽい物語世界を堪能したい。ハードボイルドファンにもお勧め。


98/10/17
泡坂妻夫「死者の輪舞」(講談社文庫'89)

泡坂氏のユーモア系のキャラクタの一人、警視庁名物刑事、海方刑事がデビューする作品。続編に『毒薬の輪舞』がある。

競馬場で大穴馬券を当てた男が刺殺された。たまたまその場に居合わせた新米刑事、小湊が死体を発見。しかしその馬券は盗まれておらず、物取りの犯行ではなさそうだった。同じく競馬場にいた名物刑事海方は、その被害者がわざわざ目印になるような状態であり、その傷口からある暴力団員を犯人だと断定する。しかし彼もまた死体で発見される。引き続いて奇妙な殺人事件が続発。一見やる気がなさそうな海方は、得意な話術や豊富な知識、優れた洞察力を持っているがやっぱりあまりやる気がない。警察が奔走しているうちに、この連続殺人事件の被害者がみんなある病院に関わりがあったことが判明する。

亜愛一郎シリーズに匹敵する、泡坂氏の隠れユーモアミステリ長編の傑作。
ユーモアと特異な海方というキャラクタに目が行きがちだが、やはり真髄は度肝を抜くようなミッシングリンクとその殺人の真相にあろう。ただそれだけを看破するためには、海方の人をおちょくったような態度と向き合う必要がある。この二つの微妙なバランスを行き過ぎず、足りなくさせず、うまく釣り合いを取っているところが泡坂氏の手腕であろう。ちょっと奇抜な職業や性格の人をうまく各所に配置して、それがまた物語のユーモアと真相を隠すことの両方の意味を担わせているし、物語そのものもテンポ良く、次から次へ事件が起きながら読者に不必要な混乱をさせていない、こんな作品は泡坂氏しか書けないんじゃないだろうか?有能なのか、単なる怠け者で強欲なだけなのか、海方という主人公のバランスさえ考え抜かれているんじゃなかろうか、と思わされる。凄い凄い。

この独自の作品世界、ちょっと他では味わえない。私は先に読んでしまったが、『毒薬の輪舞』より本作を先に読んだ方が、両方とも楽しめるかと思う。


98/10/16
今邑 彩「「通りゃんせ」殺人事件」(フタバノベルズ'92)

現在は改題され『赤いべべ着せよ…』という題名で角川ホラー文庫に所収されている作品。

都会での生活の間に夫を失い、伯父の家に娘と共に身を寄せる千鶴。その田舎町は彼女自身が子供の頃、母と二年ほど住んでいた田舎町だった。そこで千鶴は五人の幼なじみと再会、彼らの手による歓迎会が開かれる。しかし千鶴を含め彼らは二十二年前の九歳の時、一緒に遊んでいた幼女が扼殺され寺の古井戸に投げ込まれるという悲惨な事件を共に経験していた。その町外れにはその事件で精神を病んだ老女と、殺された娘の兄で、顔に傷のある息子が暮らしていた。またその地では三年前、二十二年前と同様、幼なじみの一人、高村の子供が寺の井戸で扼殺死体となって発見される事件が起きていた。そして千鶴の帰還と時をあわせ、子供のいない裕司の愛猫が首を絞められ殺された。そしてそれと前後して裕司のもとに「通りゃんせ」を低い声で唄う女から電話が入り、幼なじみ五人の子供に惨劇が訪れる前兆であった。

作者の意図がどうなのかは分からないが、ホラーっぽい道具立てが沢山出てきている。例えば、誘拐事件が発生する度に掛かってくる「通りゃんせ」の歌や、古屋敷に住む怪しい過去を持つ謎の男や、その謎の男になついてしまった娘や、二十二年前に娘を失い頭のおかしくなった老女などなど。ただ残酷な描写があるでなく、その道具立てそのものは空回りに近いような存在。それなのに子供を殺された親が、事件の前後で変質していく様が何よりも怖かった。
ミステリとしては、伏線に捕らわれず事象を読みとる事で比較的安易に真犯人は読みとれるかもしれないし、「もっと恐怖を煽れるのに」というところを淡淡と書いていたりで勿体ない部分も見受けられる。しかし本作の本当の魅力は、「逆鬼子母神」となり、自らの悲しみや怒り、恨みを本末転倒なところにぶつけてくる人の親、もしかすると人がそれぞれ隠し持つ気持ち(ある意味エゴイズム)を、引っ剥がされていくような、神経的な怖さにある。「人が殺される」ということは、残された者にとって結局きれい事では済まないということか。

たまたまノベルズで読んだが、ミステリとしてよりも現在「角ホラ」で発行されている通り、ホラーとして読んだ方が良さそう。悲劇的な結末もまた、この閉じられた世界の物語には相応しく、彼らを襲った哀しみをうまく象徴している。