MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−過去の書評群 (掲載順)−  


98/11/10
法月綸太郎「二の悲劇」(祥伝社ノンノベル'94)

永遠のスランプ中?(最近は短編は書き出したみたいですが)とも思える法月氏の現時点での最新の長編。既に文庫化もされている。もちろん、名探偵、法月綸太郎もの。

29歳の誕生日を父親と同級生でバンドのボーカルのヨーコと共に祝う法月綸太郎。その日、父親から叱咤代わりに一つの事件の話を聞かされる。殆ど解決している事件なのだが、一つだけ腑に落ちない点があるのだという。世田谷の高校時代の友人で現在OLの二人が同居していたアパートで一人が絞殺された上に、顔を焼かれているのが発見された。そのもう一人のルームメイトが行方をくらましており、容疑者として手配されていた。容疑者の婚約者と、そのルームメイトとで三角関係があり、そのもつれによる情痴が動機だと誰もが思う事件であったのだが、被害者が小さな鍵を死ぬ直前に飲み込んでいることが、法月警視の心に引っかかっていたのだ。綸太郎は事件に興味を持ち、ヨーコらと事件について話す間にその鍵が、日記の存在を暗示していることに気付く。一方、容疑者が自殺したと思われる死体が京都の浄水場で発見され、綸太郎は京都に向かう。

ユーミン”卒業写真”に乗せられた切ない純愛浪漫。
どうしようもなく臆病で意地っ張りで、でも目立たなくて。虚飾に逃げ込むことで自分自身を偽る一人の女性。そして正体は分からないものの、自分自身に空いた穴を埋めたくとも埋められなかった一人の男性。二人称の叙述で紡がれ、法月綸太郎が(否応なく)案内役を務めるひたすら、そしてとにかく切ないラブストーリー。一見そこらでよくある三角関係のもつれと思われる事件。だがその奥底に込められた彼らのピュアなそして傷つきやすい心・・・・・うう、これ以上、本作の真髄を語ろうとするとどうしてもネタバレの危険と背中合わせになってしまう(泣)但し、色々張り巡らされているミスリーディングがミステリ的興味をも満足させてくれるはず。これだけは確かだ。
問題は丁寧に丁寧に書きこまれた文章が、角度を変えると単にくどいだけ、とも思える点か。単に読者の好みの問題かもしれないけれど。そして、ラストの綸太郎の畳みかけるような糾弾は、本当に必要なのだろうか。これが法月氏の抱えている問題なのかもしれない。

いずれにせよ重厚な作品ではあるが、実験的な試みと一見単純に見えるラブストーリーの織りなす絶妙の結末は一読の価値あり。男女共にオススメだが、一連の法月綸太郎シリーズは読んでおいた方が無難かも。


98/11/09
矢口敦子「矩形の密室」(トクマノベルス'98)

鮎川哲也賞最終候補『家族の行方』にてミステリデビューした矢口敦子氏の作品。ミステリ以外にも作品があるらしいのだが、位置づけはちょっと不明。

インターネット上でのエンターテインメントの小説賞に応募した一人の少年に対し、ネットストーカーから執拗な嫌がらせがなされる。彼の作品は密室に閉じこめられる女性の観念的な小説であったが、この中には殺人予告がされているというのだ。このことを審査員である小説家、黒川に身を挺して訴えた、彼の姉、千晶は彼、千尋が病気で車椅子の生活を余儀なくされていることも語る。偶々、黒川と一緒にいた元看護婦の毛利瑤子は彼女の訴えを聞いて、実際の殺人計画は千尋が行っているのでは、と疑い、黒川の妻、十和子と共に押し掛けボランティアとして千尋の家に押し掛ける。

一応メタミステリってことにはなっているけれど・・・・
んー、何だか中途半端で読み通すのが辛かった。冒頭部分で登場する少年の観念的な作中作は、妙であっても楽しめたのだが、主人公の元看護婦、瑤子に感情移入することが非常に困難。もう無茶苦茶と言っていいこじつけの推理で彼の小説から「殺しのメッセージ」を取り出し、車椅子の少年がの殺人を起こさせないように監視するという感覚のところでもうついていけなかった。少年と話しているうちに、彼の魅力からあっという間に宗旨替えしてしまう軽さ。後半の四分の一で取って付けたように発生する事件での押しつけがましいやり口・・・・。ストーリー以前に主人公にどうしても乗り切れなかった。更に一番重要なことを伏線無しに「記憶の底に閉じこめていた」という安易な逃げで明らかにするところ・・・・。なんというか、考えていることやっていることが段落によってバラバラ。せめて他のキャラクタにそれを超える魅力があるとか、文章が美しいとか、世界が完璧に創られているとかだったら良かったのだけれどもそれもまた望めない。何か私が触れられなかった観念で訴えたかったことがあるのかもしれないが、エンターテインメントとしてはちょっとツライ。

強いて挙げれば、車椅子の少年の心の動き、人生観というものとケアの諸問題への書き込み方は交換が持てた。


98/11/08
井上雅彦「ディオダディ館の夜」(トクマノベルス'92)

井上雅彦の最初の長編ホラー。一応ミステリの範疇に入る作品で、後の名作『竹馬男の犯罪』の原点とも言える妖しい舞台装置が興味深い作品。

1800年代初頭、スイスにある詩人バイロンの別荘に三人の人間が招かれた。この晩、後の世界で最も有名な怪談会が催された。シェリー夫人が「フランケンシュタイン」を披露、ポリドリ博士が「吸血鬼」の原型になる物語を語ったという。この由緒在るディオダディ館の一夜が現代の、しかも日本に蘇る。
深い霧に覆われた美晴沢高原。一台の真っ赤なスポーツカーがカボチャのライトのついた車に追われてスピードを上げていた。その車は対向してきた車と衝突炎上、乗っていた女性は自らが宙に浮かんでいることに愕然とする。その後、彼女は近くにある脳外科病院にて目覚めるが、記憶が全くなくなってしまっていた。彼女の夫と称する男が彼女を迎えに現れる。彼は彼女を「未亜」と呼ぶのだが今ひとつ違和感が残っていた。彼は彼女をスイスから移設したというディオダディ館に連れ帰り、そこで彼の一族に伝わる儀式に参加するよう指示されるが、彼女の違和感は募るばかりであった。

ぎりぎりの現実(リアル)に留まるファンタジックホラー。
舞台設定がイけてます。人里離れた洋館、からくり時計で埋まった部屋、近くにある精神病院、馬鹿力の執事にマゾヒスティックなメイド。招かれるのも正体不明で怪しげ客ばかり。偏執的とも言える舞台設定は綾辻氏の館シリーズ以上の迫力。もろ井上氏のそれまでの小説で描かれていたような半ば現実離れした大道具、小道具でページの隙間さえ埋められているかのようだ。これだけの世界では「普通の人間」の存在が許されるわけもなく、一癖も二癖もありそうな人物ばかりが登場する。しかも最大のポイントはここまで風呂敷を広げておいて、(ぎりぎりではあるけれど)全ての事象に対し、一応の現実的な解釈が可能な決着をつけている点。不思議な世界に迷い込んだ読者を鮮やかに着地させる手腕は見事なものがある。

場面場面の繋ぎなどにちょっと無理している部分も見えるが、これだけ宙ぶらりんにされた代償と思えば可愛いモノ。ホラーっぽいミステリが好きな方と、この世に多数いる「館」マニアには是非(笑)


98/11/07
山田風太郎「魔天忍法帖」(徳間文庫'80)

昭和四十年頃『魔界転生』と同時期にアサヒ芸能に連載されていた作品。80年に文庫化されたものだが、版は重ねられたようで、私が手に取ったのは95年の版。これは講談社ノベルスのシリーズからは漏れている長編。

江戸末期、文政の世の中。忍者は存在するにはしたがその重要性は戦国の世に比べると格段に落ち込んでいた。公儀隠密の鶉(うずら)平太郎は、生きては戻れぬと呼ばれた薩摩藩への内偵を見事に成功させ上司へ報告に赴いた。彼の内心はその上司の娘、で平太郎の恋人、お千でいっぱいであったが、何とそのお千は嫁入り行列の中にあった。裏切りに憤慨した平太郎はお千をなで切りにし、上司を刺し殺すと遁走、化粧蔵と呼ばれる忍者の基地に身を潜める。彼はそこで壁にかかった服部半蔵の位牌に向かって「こんなつまらない時代ではなくて戦国の世に生きたかった」と念ずると、なんと服部半蔵に導かれ戦国の世にタイムスリップ(笑)しかも途中で犯した過ちで、パラレルワールドに陥ってしまう。彼が最初に目にしたのは炎上する江戸城。攻められているのは家康で寄せ手は石田三成だという。そこで秀吉配下の真田忍軍、猿飛佐助に目を掛けられた平太郎は、江戸城から救出した秀吉の御台の妹、お千の方、おちゃちゃの方を救いだし、一路大坂へ。彼は道中、裏切られた恋人に似たお千の方に一目惚れしてしまう。

いやはや。ここまで無茶してもますます魅せてくれる。
SF作品にタイムスリップやパラレルワールドはかくあれど、ここまでやっちゃってくれる作品となると、浅学にしてとても思い付かない。普通のタイムスリップだけだと未来から来た人間は予言者としてパーフェクトに君臨・・・出来そうなのに、パラレルだけに平太郎はそれもままならない。歴史上の出来事が悉く変な方、変な方へ捻曲っていくのには、平太郎ならずとも読者も一緒に唖然とするしかない。家康、光秀、秀吉、信長、真田忍軍、甲賀、伊賀鍔隠れ衆・・・・歴史上の有名人が、「歴史」という制約を外されて、活き活きと活躍、もとい活躍できずに現れては去って行く。要所要所に現れる忍者も平太郎の常識では図れないプライドと意地と論理で生きており、やっぱり歴史の闇へと次から次へと消えていく様子は従来の忍法帖と同じ。平太郎の上昇志向とその挫折はやはり忍者、だからなのだろうか。オチはこうしかないだろうな。うん。

ちょっと本道からは外れて、妙に可笑しいシーンの多いどちらかというと明るい忍法帖。それでもしっかり忍者の悲哀は漂ってくるあたり、本流のファンでも納得の行く作品。歴史のIFをこうまで鮮やかに描く手腕は、まさに風太郎マジック。


98/11/06
今邑 彩「「死霊」殺人事件」(カッパノベルス'94)

手に取るまで気付かなかったけれど一度読んだことのある作品だったみたい。今邑氏の九作目にして貴島柊司刑事が探偵役を務める三作目。

東京の世田谷の高級住宅街のある家で三人の男女が死体となって発見された。会社経営者の奥沢峻介とその妻千里、そして奥沢の相棒格だった上山の三人である。発見者は峻介を送ってきたタクシーの運転手で彼が入ってから十五分の間、誰もその家に入らなかったと証言し、奇怪な現場に密室の謎が加わり捜査は混乱する。上山は頭を鈍器で殴られて死亡しており、峻介もクビの骨が折れた上に心臓麻痺を起こしていた。そしてその妻、千里は体中を土にまみれさせて、なんと二階のリビングで発見されたのだ。しかもその爪には土が挟まり、顔は不気味な笑顔を浮かべている。しかも峻介の義理の妹が電話で彼が死の直前「死体が生き返った」と呟くのを聞いていたのだ。まるで千里がゾンビとなって他の二人を襲ったようではないか、と捜査員は首を傾げる。貴島はおっちょこちょいの女性刑事飯島と共に、千里が当日向かっていたはずの函館に向かう。

ロジカルな本格推理+全体を覆う悲恋の影。
本編の事件も十分に奇怪で、正に「奇想」というべきアクロバティックな結末が用意されている。この謎はさりげなくもフェアに読者に鍵は呈示されており、もしかすると「本格の鬼」と呼ばれる方なら真相を見破ることも出来るかもしれない。ただ、本作はそれに以上に、峻介が昔に結婚の約束をしていた女性を巡って物語が進む。本編の謎が解けた後は登場した人物それぞれの人生、そしてその人生そのものに仕掛けられた大トリックに更に驚かされることになる。もし、これが冒頭の不可思議殺人だけであったら、ここまで余韻は残らないだろうが、別の楽しみまで用意されていることで非常に印象深い「ミステリ」となっている。
それにしても、ここまで三作の貴島ものを読んだが、彼はどうにも島荘の作品に登場する吉敷刑事と雰囲気が似ている。ある意味、吉敷シリーズのオマージュとも取れる部分も多数あり。

題名がちょっと寒いが、文庫化されるときは改題されるのではないだろうか。あまり目立たない作品ではあるが、本格のテイストを満足させる一品かと思う。吉敷作品が好きな人は他の『i−鏡に消えた殺人者』『「裏窓」殺人事件 −tの密室』と共に試す価値あります。


98/11/05
天藤 真「陽気な容疑者たち」(角川文庫'80)

まれにみる激戦の年となった昭和三十七年の第八回江戸川乱歩賞。受賞は佐賀潜『華やかな死体』戸川昌子『大いなる幻影』と最後まで凌ぎを競った作品として有名。更に天藤氏の初めての長編作品でもあるのだ。

吉田鉄工所の経営者、吉田辰造はバーのマダム、植木久良子にお金をつぎ込むために自らの会社を売り払おうとしていた。ただ鉄工所には強力な労働組合があって強硬に解散反対運動を行っていたが、着々と事務は進み、解散は目前となっていた。社の解散事務を叔父の会計事務所で手伝っていた「僕」は吉田と最後の連絡を取るために、彼の住む山奥の桃谷村に向かう。寂れきったその村で用事を済ませた彼は三重の鍵のついたトーチカのような寝室にしている建物に入ってしまうが、翌朝になっても出てくる気配がない。警察の立ち会いのもと苦労を重ねてトーチカをこじ開けると、吉田の死体が発見された。但し、心臓麻痺という診断が下された。一方、ケチで強欲なエゴイスト、吉田のことを恨んでいる人は家を追い出される寸前だった親族から冷や飯を食わされていた社の取締役、クビが危ない労働組合まで多数にわたっていて、しかも彼らは警察がトーチカに突入する時には酒盛りまでしていたのである。果たしてこの事件の真相は?

ユーモアにニヤリ。真相にびっくり。ラストにほろり。
狙った訳ではない天然ボケの登場人物がぞろぞろ登場し、関係者が気張れば気張るほど、空回りしていく。その受け答えの妙が何とも不思議なおかしさを醸し出している。>ユーモア。
事件のあったトーチカの設定がまた凄い。鉄条網、濠、人工の茨で囲まれた一つの建物で、南京錠の鍵付き扉とダイヤル錠の扉、最後に閂のある扉の三重の構造でもちろん、壁はコンクリートで固められた頑丈なもの。二階に唯一開いている窓は地上から高さが7メートル以上あり、その真下は茨のある濠で梯子も立てかけられない。(無論事件ではそんな形跡はない)密室とするなら「超密室」で蟻の這い出る隙間もないとは正にことのこと。こんな状況の中で一体何が発生したのか?>真相。
事件が終わり、一年後にはるばる桃谷村の宴に招かれた宴における「僕」そして彼の心情に。>感動。
結末の付け方に天藤氏の心意気、というか作品に対する姿勢というのが見え隠れする。それがまた良い。ちゃんと本格的な(ちょっと変格的な)ミステリに取り組んでいる筈なのに、なんでこんなに楽しく読めてしまうんだろう?

奇想天外(だけど有り得ないことでもない)設定と、とにかく暖かい雰囲気。時代を全くと言っていいほど感じさせないし、未来永劫、子々孫々までずっと楽しめる作品。ホント、凄いなぁ。創元推理文庫版あり。


98/11/04
山田正紀「螺旋(スパイラル)」(幻冬舎ノベルズ'97)

山田氏が『妖鳥(ハルピュイア)』に続いて、幻冬舎から出版したミステリの二冊目にして116作目(笑)の長編。千枚近い大作。

千葉県の水利を担う新プロジェクト「第二房総導水路」の建設にあたり、地元の中小建設会社をまとめ上げて県から一手に受注することを成功させた都築裕三。彼はフィリピン人の妻を持ち、それとは別に会社の秘書を愛人として駅前のマンションに暮らしており、公私ともいろいろ噂される人物だった。プロジェクトそのものは、天然記念物成東湿原の環境保護運動とぶつかり、中断。ベテラン新聞記者の垂水は都築に後ろ暗いところがあるはずだと、新米の新聞記者の関口と共に追う。関口はその先々で神の啓示を受けた牛背(モーセ)と名乗る人物、引退してた学者兼宗教家らと出会い、この地方一帯が「旧約聖書」で語られた地ではないか、との説を聞かされる。そんな中、環境庁から派遣されてきた男が下水処理場で死体となって発見される。死因は青酸の吸入で、彼の宿泊していたホテルでは、彼の死亡推定時刻より後にボヤが出ていた。

奇妙な謎の展覧会。
中心を貫くテーマは「旧約聖書(人の起源)」「人間の善悪」。特に前者に関する記述に気合いが入りすぎて、物語の序盤は多少冗長な感じがなくもない。中盤に差し掛かるまで最初の事件らしい事件が起きないのだが、それまでも「この地には”来てはならない場所がある”」「何もないところで燃えるイバラ」「UFO出現の多発」などなど小さな謎が散らされている。その段階を過ぎれば、殺人が何件か発生し、その度毎に現場に旧約聖書のコピーが見られたり、投棄された筈の死体が水路から消えたり、消えた死体が船に乗って九十九里浜に打ち上げられたり、他殺としか思えない状態なのに犯人の足跡がなかったり・・・・・後半からは大きな謎が目白押し。(更に細かい謎まで挙げればきりがない!)ここまで大量の謎が読者に呈示されると何を推理すれば良いのかさえ、判然としないまま作者の筆についていくしかないだろう。この作品の凄いのはこれだけ大量の謎に対して、ほぼ全て合理的回答を準備していること。鬱陶しかった宗教的蘊蓄も、色々な問題の伏線になっているのだ。また事件の引き起こされた動機が、作品の主題と見事なまでに合致していて、構成の巧みさには舌を巻かずにいられない。

千葉県全体を舞台にした、千葉県民必読のミステリ(笑)。ちょっと入り口は重たいが、我慢して読み通せば、それだけのカタルシスが得られることと思う。島荘の提唱する「奇想」の感覚が好きな人を満足させる迫力がある。


98/11/03
有栖川有栖「幻想運河」(実業之日本社'96)

近作では珍しい、「ヒムアリ」でも「学生アリス」でもない探偵役不在のノンシリーズの有栖川氏の長編。

冒頭、男が大阪の各所を流れる川にバラバラにした死体を次々に投棄していく。別に見咎められることを恐れている風でもない。彼は安治川沿いで巡回中の刑事に職務質問を受ける。警官がトランクを開けると手足首のない真っ白なトルソーのような屍体がそこに。それでも淡淡と彼は手にした包みを川に放り込んだ。
舞台は変わってアムステルダム。この街に住む数人の日本人を中心とするサークルでドラッグのパーティが行われていた。とはいえソフトドラッグが公認されているこの国ではいかがわしいものではない。以前インドでクスリで酷い目にあっていた恭司も恐る恐るその世界に入り込み、その一風変わった世界に踏み込んでいく。

大阪−アムステルダム−大阪と運河と水の街を舞台にした美しく哀しい幻想小説。
もちろん、有栖川氏の作品で分類するなら「ミステリ」の範疇になることは確実なのだが、氏自身が述べているように「本格」の縛りから解き放たれていることで他有栖川作品とは一線を画した味わい深い作品になっている。「なぜ、男は大阪の街から死体をバラバラにして巻いたのか?」という疑問と、主人公がアムステルダムで経験するドラッグ体験、そして作中作などが渾然一体となって、「幻想的な異世界」を紡いでいるのだ。アムステルダムでも発生するバラバラ殺人事件、の解決などミステリ的な部分もしっかり詰められているのだが、ハードカバーならではの色違い活字や違う書体を使って醸し出された幻想的な雰囲気の方が印象としては勝っている感。決して麻薬礼賛小説ではないが、ドラッグで得られる陶酔をあくまで小道具にしながらも巧みに取り入れている。

敢えてシリーズキャラを使わないことで作品の質、雰囲気、印象が大きく変わっている。異国の景色や眩瞑感が美しい有栖川氏の裏傑作の一つだろう。不思議なそしてラストの哀しい気分、試してみる価値は高い。もっとこのような作品を書いて欲しくなる。


98/11/02
都筑道夫「阿蘭陀すてれん」(角川文庫'77)

都筑道夫のショートショート集。星新一をはじめショートショート全盛期に書かれた作品。本作は一部内容を減らして『高い窓』という作品集として新潮文庫でも再出版されている。

以前も他の作品を紹介した時に書いたが、ショートショートは着想や設定を明かすとその性質上そのままネタばらしになるので、内容については詳しく書きたくない。幻の本を題材にした『阿蘭陀すてれん』骨董品の杯がもたらす恐怖『髑髏杯』身体が石に変わっていく男『神になった男』踏切で片腕を切断された男『片腕』など印象に残る傑作が目白押しの二十九編。(まぁ、一冊に二十九編も物語が入るのはショートショートならではの贅沢じゃないですか)

ごちそうさま。

SFも日常も非日常もある。その断片を鮮やかに切り取って読者に呈示し、そのほんの数ページの短い紙幅で起承転結をつけるショートショートにはそれぞれ作者の人生観、文化観、異性観などが如実に見え隠れする。都筑氏のショートショートには人間の原罪や、罪悪感が事件を引き起こす、日常の歪を生じさせるキーワードになっている作品が多い。それに氏一流のペダンティックとも言える大量の知識や雑学が肉付けられ、一編の作品として読者の前に差し出されるわけだ。いくら調味料を振りかけても、こねくり回して料理しても(都筑氏の場合はその調理そのものさえ一流なのだが)もとの素材に読者が共感できなければ、その作品はやはりつまらないものになるだろう。ところが都筑ショートショートの素材はシンプルながら一本の筋がきちんと通っており、「はぁ、こう来たか」と「あれ、こう来るのか」と様々な驚き方を読者に与えており、それぞれに毒があったり、バッドエンディングに終わる作品であっても安心した読後感が味わえる。

特に本作、氏が乗りに乗っていた時期でもあり、ツボを押さえた上で様々な作風が楽しめる。皆さん、たまにはショートショートも面白いですよ。入手難なのがちと問題だけど。


98/11/01
貴志祐介「十三番目の人格(ペルソナ)−ISOLA−」(角川ホラー文庫'96)

現代ホラーの雄(私はこの人が最右翼だと思う)、貴志祐介の実質デビュー作品。第三回日本ホラー大賞長編賞佳作受賞作品。現在は、たまたま『黒い家』と保険金詐欺事件の類似で時の人、と化している感もあるが、その想像力はやはり現代の時流に乗ったものである。

人間の強い感情を読みとる事が出来る能力、エンパス。テレパスに似ながらそれより弱く厄介な能力を持つ賀茂由香里。彼女は精神病院に入院後、自らに折り合いを付けてある職業に就きながら一人暮らしをしていた。彼女は阪神大震災の直後、西宮で自らの能力を隠しながら被災者の心のケアを行うボランティアとして活動、そこで森谷千尋という一人の少女と出会う。彼女の中に複数の人格が存在することを確認した彼女は高校専属の心理カウンセラー野村と共に彼女のケアに専念する。彼女の中の十三の異なる人格は、それぞれ彼女の置かれた不幸な環境から彼女を守るために発生していたが、最後の一人、イソラと呼ばれる人格の正体が掴めない。そんな折り、彼女が無理矢理入院先の病院から保護者代わりの叔父により、自宅に連れ戻される。

ホラーと言うより、特異な状況下に於ける心理ドラマ。
多重人格に潜む謎の人格、否応なしに人の考えが分かってしまう由香里、不幸な環境により多重人格に追い込まれる千尋、幼児体験がトラウマになっている大学講師、自分の醜さがコンプレックスの女性等々、それぞれ登場人物は傷を負っており、説得力ある背景が彼らの人生を覆い、物語の迫力に血肉が加わっている。ISOLAの正体といい、物語の展開といい新人離れした構想と、綿密に調べられた科学的裏打ちが、登場人物の魅力と合わさり、既に完成されたホラーとしての迫力を持っている。この人物をもっと早く登場させれば、とか、何でわざわざボランティアに来たの?とかちょっとした疑問も無くはないけれど、それらの瑕疵を補って余りあるスケールである、と言えよう。あ、でも怖いか?と聞かれたらそれ程怖くないかもしれない(笑)

彼のホラー作家としての実力は次作以降『黒い家』他で発揮されるが、その原点として是非、押さえておきたい一冊。損はしない。


98/10/31
仁木悦子「一匹や二匹」(角川文庫'87)

元本は'83立風書房から。短編の名手、仁木さんの良さが滲み出ている。(でもちょっとマイナーな作品集ではあるけれど)

捨て猫を拾った少年たちが、飼ってくれる人を捜して奔走するうちに殺人事件に巻き込まれてしまう『一匹や二匹』、子供同士で仲間外れにされていた子供が誘拐された。対象が間違っていたにも関わらず、別の親に執拗に身代金を要求する犯人『坂道の子』、幼稚園の遊戯会でサンタクロースの役をするはずだった男が控え室で殺された上に、サンタの袋の中に入れられていた『サンタクロースと握手しよう』、バレンタインデーに偶然、街で知り合った女性から声を掛けられ、彼女の家に訪れた男性。彼が朝目覚めてみると女性は彼が前の日に買った包丁で刺し殺されていた『蒼ざめた時間』、病院で偶然見かけた男と、フランス向けに出すというラブレターの宛先の男が酷似していることに気付いた翻訳事務所の女性『縞模様のある手紙』以上五編による短編集。

美味しい美味しい仁木ミステリ。
特に印象に残る表題作、『一匹や二匹』なんの変哲もない題名がこの短編を読み終わった後に振り返ると魔法のような印象に様変わり。収録されている他の作品にも共通して言えることだが、探偵役(必ずしも解決役ではないけれど)がみんな市井の普通の人々で、単にちょっとだけ正義感や好奇心が強いだけなのだ。彼や彼女が一生懸命推理したり、素人ながらの捜査をしたりする過程にどきどき。クライマックスの対決部分にどきどき。そして明かされる真相にわくわく。それぞれ、殺人なども扱われているし、動機も解決してみるとどろどろしている。トリックも「錯誤」や「偶然」に引き起こされ、事態が混乱しているパターンが多く、際だって凄いという訳でもない。それなのに、特に登場人物の無条件の好奇心や性格の良さが、全編を通じて作品そのものに大きくプラスの印象を与えているため読み終わった後に「いい気分」になる。

なんで絶版になっているんだろう?と不思議になる佳品。特に表題作は、子供が主人公ということを割り引いても、後の宮部みゆき氏の作風とも通じるものを感じる。


98/10/30
山口雅也「キッドピストルズの冒涜」(東京創元社'91)

”MYSTERY4YOU”という(今はもうない?)東京創元社のノベルズ版を入手したので再読してみた。現在は創元推理文庫版で簡単に入手できる。ちなみに「冒とく」の「とく」の字は「讀」のごんべんをさんずいに変えたものが正解。

この後も一貫してキッドピストルズシリーズのテーマとなる、マザーグースの歌をモチーフにした四つの中編。さらに本作冒頭で、同様のテーマを持った過去の名作について山口氏が自ら解説し、自身でこのシリーズを書くことにした経緯について述べている。
五十年間、失意に打ちひしがれ家から一歩も出ることもなく、ひたすら食べることに専念していた元女優が毒物で殺されるが、晩食べたはずの料理が被害者の胃の中には入っていなかった『「むしゃむしゃごくごく」殺人事件』、動物園の園長が自室で愛カバと共に鋭い刃物で斬り殺されていた。飼育員が疑われるが、真相は意外なところに『カバは忘れない』前衛芸術家の仕事場でその元パトロンが撲殺され、石膏漬けにされた死体が発見される『曲がった犯罪』他、『パンキー・レゲエ殺人』四編から成る中編集。

それぞれの作品について「マザーグース」を主題にする、というあからさまなコンセプトとは別に山口氏のコンセプチュアルなテーマ(これはそれぞれの作品で異なる)が見え隠れしている。そしてそれが単なる実験作という意味合いを越えて作品がきちんとエンターテインメントとして処理されている。この辺りをさりげなくもきちんとやっているのは実は物凄いセンスが必要だと思うし、それをきちんとこなす力量は唸るしかない。パラレルワールドの英国という強大な設定に何となく誤魔化されてしまうが、本格としての要件を満たしながら作品内に物語を帰結させる。更にそこかしこに見られるペダンティックな蘊蓄の数々。ホントに魅力的なミステリだと思う。

「本格的」とはいえ、初心者に難しいか、というとそんなことは全くなく、エンターテインメントとしての部分だけを辿るだけでも十分魅力は満喫できる。山口氏の著作に初めて入るには名作『生ける屍の死』よりもこちらの方が適しているかもしれない。