MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−過去の書評群 (掲載順)−  


98/11/20
中井英夫「人外境通信」(講談社文庫'86)

昭和五十年から雑誌「太陽」に連載されていた作品をまとめたもの。「とらんぷ譚」シリーズの三作目。とらんぷ譚とは、先の『幻想博物館』『悪夢の骨牌』、後の『真珠母の匣』と四冊合わせトランプにならって四種五十二枚(+ジョーカー二枚)の物語集を作ったものである。

王様に預ける美少年を教育する男『薔薇の縛め』森に迷い込んだ高貴な家の奥方『被衣』薔薇園のある豪邸に棲み着いた美少年『呼び名』所有者の血を吸って存在し続ける椅子『笑う椅子』(若き日の竹本健治登場)『鏡に住む男』扉の出入りに異常なこだわりを持つ男『扉の彼方には』年下の美少年の肌に執着する女性『藍いろの夜』魅惑的な青猫に魅入られた女性『青猫の惑わし』心当たりのない画廊からの招待状を貰った男『夜への誘い』ある食材の為に時空を旅する男『美味追真』狂人からの手紙に呼び出される編集者『悪夢者』自らを薔薇の生まれ変わりと信じる美しい少年『薔人』”薔薇の戒め”を破った男に与えられる罰『薔薇の戒め』以上の十三編から成る短編集。

フランス文学とも見紛う幻想ミステリ
記した各編の題名からも分かる通り、薔薇、猫、美少年などから題材を取った作品が多い。となるとキーワードは「ナルシズムに限りなく近い美しさ?」か。「美というもの」を持たざる者は望み、畏れ、崇拝し、持てる者は誇示し、失うまいとする。その両者の醸し出す情念は、純粋であればあるほど狂気に近い。それらが醸し出す雰囲気か、雰囲気がその題材をそうさせるのか。どれもぼんやりと薄いカーテン越しに演じられ、物語そのものはただただ眺めることしか出来ないのに、自らの心の澱にダイレクトに訴えてくる物語の自己主張はいったい。その舞台は中世のヨーロッパであり、大きな洋館であり、四畳半一間のアパートであったりと様々だし、登場人物も前作とは後半の三作品を除くと毎回異なるのだが、全作品を読み通した時に受ける印象は何か似ている気がした。不思議。

評までちょっと難解になってしまった(笑)けれど、全体的に美しいトーンで染め上げられた、まるでスーツの揃ったトランプのような物語。幻想的な味わいの作品が好きな方にはたまらないはず。


98/11/19
井上夢人「風が吹いたら桶屋がもうかる」(集英社'98)

小説現代、小説すばるに不定期で連載されていた作品を集めた見事な連作短編集。井上氏の七作目の単行本にあたる。(『おかしな二人』を除く)

『風が吹いたらほこりが舞って』『目の見えぬ人ばかりふえたなら』『あんま志願が数千人』『品切れ三味線増産体制』『哀れな猫の大量虐殺』『ふえたネズミは風呂桶かじり』『とどのつまりは桶屋がもうかる』巫山戯ているのではない。七つの短編の題名がそれぞれホントにこれなのだ。(内容と題名にあまり関連はないけれど)
牛丼屋でバイトをしている三宅峻平は超能力者の公務員、松下陽之介とミステリマニアで自称パチプロ実質プータローの両角一角と三人で元倉庫という建物で生活している。ものの見事に短編それぞれがあるパターンに嵌っている。というのも、峻平の元に美人がやって来て困っているので陽之介を紹介して欲しい。→倉庫で話を聞く→陽之介、超能力発揮モードに入る→一角が口を挟み、依頼者からヒアリング、推理を述べる→・・・・この後もあるパターンがあるのだが、それは本作を読んで、ということで。

西澤保彦氏が絶賛したという超能力+安楽椅子探偵エンターテイメント小説。
当てにされているのが常に超能力者のヨーノスケであるため現れる依頼人の”困ったこと”というのが亡くなった叔父を呼びだして欲しい、だの夜中に変な物音がするだの、ろくでもない?ものばかり。引き受けるヨーノスケの超能力も三十分かかって割り箸を折ったり、10円玉を机の上で動かすことは出来ても500円玉だと難しかったり、三十分かかってお湯の温度を10度上げたりと「趣味」の領域。当然、快刀乱麻に依頼事が解決できないのがまたミソである。毎回パターン化した物語が続くにも関わらず、その継続が飽きよりも楽しみになる不思議な魅力がある。ミステリの様式も取りいれているのだが、結局の所毎回その結末を読者の予想と少しずつ逸脱させているせいだろうか。従来のミステリ小説と呼ばれる範疇から毎回必ずその上を目指しているかのような実験的な試みをしてくる井上氏ではあるが、本作は合理的な範疇で、パターンに縛りをかけながらも何か新しい、とやっぱりそういう気分にさせられるものがある。

例えば、西澤氏の超能力本格ものとかが好きな人であれば一発ではまると思う。それにしても軽妙な語り口、どこにでもいそうで、どこにでもいそうにない彼らの人物造形はやっぱり井上氏ならでは。するすると喉の奥に滑り込むような物語なので、読み始めから終わりまで一気に読めてしまう。この不思議な世界には一度は触れてみて欲しい。


98/11/18
加納朋子「月曜日の水玉模様」(集英社'98)

小説すばるに95年から不定期に連載されていたものをまとめた連作短編集。加納さんの著書では六冊目。(ようやく積ん読脱出!)

普通の小さなメーカーに勤める正真正銘一般事務職片桐陶子と大日本リサーチという何でも屋?に勤務する萩広海。彼らがOLと会社員の普通の日常で出会うちょっと不思議な話を快刀乱麻に、そして暖かく優しく解決する物語。
通勤電車で一緒になる水玉のネクタイの彼の正体は一体誰??『月曜日の水玉模様』、病院で違った薬を受け取った人はどうやら偽名を使っている??『火曜日の頭痛発熱』、電車の中で頭から弁当を被った広海。その時聞いた声に聞き覚えがあるぞ??『水曜日の探偵志願』、会社を退社した先輩に会った日、後輩の女の子は迷子に捕まって会社に戻れない??『木曜日の迷子案内』、陶子の仕事相手が机の中の現金を盗んだのではないかと疑われている??『金曜日の目撃証人』、営業担当の代理で土曜日の大阪出張を仰せつかった陶子は新幹線の中で不思議な女性と出会う??『土曜日の嫁菜寿司』、社長の鶴の一声で接待ソフトボールにかり出される陶子ら。そこでは意外な人物が試合に出場している??『日曜日の雨天決行』以上の七編の連作。(興を削がないよう粗筋紹介を簡略化しています)

OLとサラリーマンを元気にするミステリ!!
♪毎日、毎日、ぼくらは鉄板の〜じゃないけれど、社会に出て会社勤めをすると何となく毎日が判で押したような生活になりがち。そんなフツーの会社員やOLを主人公にしてしまうとミステリとして成り立ちにくいのでは?という些細な危惧をキレイに吹き飛ばしてくれた。月曜日から日曜日まで題名にちょっとした仕掛けがあることからも分かるように作者の色んなこだわりが随所に見え隠れし、短編それぞれの舞台となる曜日もきちんと題名と重なっている。全体を通して描かれるのは日常の謎、強いて言っても軽犯罪止まり。人も死なないし、常に前向きな主人公らが悪意をうち消しているようなそんな雰囲気を感じる。とはいえ、日常に潜むほんのちょっとした不可思議な状況をうまくミステリに昇華する手腕もきちんと披露されており、そして「何にも代わり映えしないような生活でも見方を少し変えるとこんなにスリリングですよ」という作者のメッセージを感じる仕上がりとなっている。登場人物の元気さ、ひたむきさも良い。

作品別でみると日常系ゆえ謎は小さい気もするが、全編通じて感じる暖かさはまた別物。会社勤めもいいもんじゃない、何て気にさせられる連作短編集の佳作。ただラストの大団円はもっとひねっても良かったかも。


98/11/17
江戸川乱歩「孤島の鬼」(創元推理文庫'87)

昭和四年に書かれた乱歩の不朽の名作。乱歩作品では常に人気投票の上位を占める「大人向け乱歩」の顔とも言える作品。(個人的には「大人向け乱歩」はほとんど全てが未読なのでこれからが楽しみ)

私、蓑浦金之介は商事会社に勤める平凡な男だったが、同僚の木崎初代との間で熱烈な恋に落ちた。彼女は捨て子だったという過去を持っており、唯一持っていた系図帳だけが彼女の素性を語るものだった。しかし破損した部分が多く先祖は誰なのかは今ひとつ分からない。彼らの仲が無器用ながら深まった頃、私の親友である諸戸道雄が彼女に対し熱烈に求婚していることが分かる。そんなある時、初代は完全に戸締まりされた家の中で刺殺死体となって発見される。犯人に対し復讐心の固まりとなった私は友人の一人で素人探偵深山木幸吉に調査を依頼する。深山木は何か怖ろしい事態が進行していることを嗅ぎ付けるが、一向に私にはその詳細を明かさない。結局彼は何者かから送られてきた脅迫状通りに衆人環視の海水浴場で刺し殺されてしまう。私は諸戸と共に彼女が残した系図帳の謎を追い始めるがその先には更なる恐怖が口を開けて彼らを待っていた。

怪奇趣味、密室殺人、暗号、不気味な登場人物。
探偵小説の醍醐味満点の時代を超えた傑作中の傑作。

いやいやホントに驚いた。乱歩の傑作とは以前から聞いてはいたが、まさかこれほどとは。体裁はもちろん「探偵小説」そのものなのだが、その中に込められた様々なアイデアの豊富さが凄い。冒頭の謎たる殺人事件は前半部で解決されてしまい(しかしその真相は思いもよらないものである)、後半部は強大な敵との知恵比べになってしまい、物語構成は完全に異なる筈なのに読んでいる最中は全くそのことを意識しなかった。全体を通じて感じられるおぞましさ、背筋に来るような恐怖感、犯人の不敵さなどはあふれ出すほどに書き込まれ、そのトーンを整えてられているからか。特に、真犯人の狂気の論理の鮮烈さには、私は呆然と、そして深く感心した。人によっては荒唐無稽かもしれないが、その中にある哀しみや一本筋の通ったやり口とそれを見事に小説内で造形した乱歩の手腕は名人芸のそれ。。この小説が今でもそれなりの地位を得ているのはおどろおどろしい道具立てやストーリーテリングだけでなく、それらを融合した乱歩の独自世界の素晴らしさ(凄まじさ?)にあるのではないだろうか。

最後に小説内で使われ、後半の冒険に重要な役割を果たす暗号を記す。これだけで昔、少年探偵団シリーズにわくわくしたあの頃思い出した。

神と仏がおうたなら / 巽の鬼をうちやぶり / 弥陀の利益をさぐるべし / 六道の辻に迷うなよ

この本を手に取るまでに色々アドバイス下さった全ての方に深く感謝いたします。
百花繚乱の趣のある現代ミステリ。その海外作品の先祖はポーでありカーでありヴァン・ダインであるのだろうが、日本における先祖はやっぱり乱歩だとしみじみ感じる。


98/11/16
仁木悦子「灯らない窓」(講談社文庫'82)

昭和四十九年に発表されたノンシリーズの長編。

練馬の団地に住む平凡な家族。小さな科学専門の出版社に勤務する篠田久とその妻、子供は二男一女の五人。ある日、町内のお祭りで輿に乗る長男の進を見物に篠田が他の二人の子供を連れて行き、戻ってみると妻の様子がおかしい。「しつこい生命保険の人が来て・・」という妻の言葉に一旦は納得するが、それからも妻は躁鬱が激しくなり、子供もその違いに気付いてしまう。長男の進はある晩、父親の晩酌の麦酒に母親が睡眠薬を入れるところを目撃してしまう。夜更けに家を抜け出す母親の後をつける進。近所の人のところへ行ったようだが、すぐに母親はただならぬ様子で駆け戻ってきた。気丈にも原因を調べる進は知り合いのおじさんが部屋の中で死んでいるのを発見する。しかもその首に巻き付いているのは父親のネクタイ!彼はとっさの機転で額縁の裏に隠されているカセットテープを発見し、家に戻る。翌朝、その家から出てくるところを目撃されていた母親は逮捕されてしまう。

少年探偵団+大人・子供ダブル視点の面白さ。
私の数少ない読了仁木作品にも傑作があったが、彼女は「子供を主人公とするミステリ」の第一人者であるという。その仁木氏の実力が遺憾なく、そして素晴らしく発揮された作品であると言える。本作では長男の進が妹と共に自分たちなりの力で事件の真相に迫っていくのだが、彼の視点に加え、父親の久(これが途中までずっと駄目な父親なんだ)の視点と交互に描くことで単なる「少年探偵団」的な面白さだけでなく、事件そのものの裏の背景を見事に浮かび上がらせることに成功している。「逮捕された母親を救いたい」一途な想いで一生懸命行動する兄妹の姿と、事件そのものの裏に気付き、オトナの行動力でもって真相を探そうとする久。この二つのコントラストが長編にするとだらだらと子供騙しっぽくなってしまいがちな退屈さから、物語を救っている。
正直、ある意味興味だけで事件に顔を出す仁木兄妹ものよりも、その必死さ、けなげさにおいて本作の方が物語展開としては上位にある作品かと思う。題名は「母親がいないので団地の窓に明かりが灯らない」の意。それだけでも彼らの心情を思えば泣かせられるではないか。

事件そのものの構図はなかなかに複雑で、そう簡単にパズルはきっちり嵌らない。とはいえ、サスペンスフルな構成に読んでいる間中、わくわくどきどき感が味わえます。


98/11/15
山田正紀「魔境(カーフ)密命隊(上)砂漠妖女編(下)地底魔獣編」(フタバノベルズ'85)

山田氏の長編で言うと三十四作目。ばりばりのSFを書き続けていた時期の作品。コンセプトは別なのだが、個人的には既読の『ツングース特命隊』との共通点が見え隠れした。

東京でペルシア絨毯の取引をしている佐嶋は、若い頃イランを放浪したことがある程度の平凡な男で、婚約が決まり人生は順風満帆に推移していた。彼は奈良の上得意との大きな商談の為に借金をして商品を取り揃え、一流料亭に赴いた。ところが、絨毯と共に客は忽然と姿をくらましてしまい、佐嶋は一気に窮地に陥ってしまう。そんな佐嶋の前に阿部と名乗るハーフの男が現れ、窮地から逃してやることを条件に奇妙な提案をしてきた。転害美術館に展示されている正倉院の宝物の絨毯を盗み出せ、というのだ。その絨毯は一流の表具師であった佐嶋の父親が丹誠込めて修復したもので、父親は佐嶋が六歳の時にその魔力に取りつかれ、略取を試みて失敗、それが原因で自殺していたという曰く付きの宝物であった。何故自分に白羽の矢が立ったのか訝りながらも、必要以上に自分を「平凡」に見せようとする男、両性具有の美貌の男女ら、奇妙な仲間と共に佐嶋は美術館を急襲する。

何たって本に書かれた副題がSFエロチシズム&アクション!
・・・・・・とあるほどエロくない(寧ろソフト)なので一般の方でも特に問題はないと思う。(期待した方はごめん)基本的にペルシア絨毯に隠された秘密地図を頼りに、主人公らが歴史の裏側に隠された人類創世に関する秘密を追うために秘境を探検する・・・ストーリー。もちろん彼らを快く思わない敵や国際社会の謀略、厳しい自然、次から次へと彼らを襲う苦難など、お楽しみはてんこもり。予感を覚えつつもテンポよく中東に侵入していく彼ら密命隊を描く上巻に比べると、すぐに主人公の記憶が曖昧になって「よく分からないけれど気付いたらこうなっていた」下巻が強引な展開が多くてちょっと残念。真相の意外性も読める範囲にあって、その分カタストロフィの爽快感が減殺されちゃっているように思えるが、主人公が仲間意識に目覚めたり、自分の生きる目的に気付くところなんかは共感が持てた。

今はこういうのは流行らないのかもしれないけれど・・・・・「巻き込まれ型の主人公が冒険の中で自分自身に目覚める」冒険小説は斯くありたい。


98/11/14
若竹七海「船上にて」(立風書房'97)

若竹七海嬢が'92から'96までの間に執筆した八つの短編集。特に冒頭の『時間』はデビュー作『ぼくのミステリな日常』の直後に書かれた作品。

大学時代好きだった女性が半身不随で自殺したと聞いた男は思い出の残る大学を訪れ、彼女の親友と出会う『時間』、偏執狂の年下の男性に惚れられた女性は一ヶ月後に結婚を控えていた『タッチアウト』、私はなぜこんなビルの隙間に横たわっているんだろう。薄れゆく意識の中で必死で何が起きたか考える『優しい水』、子供の頃祖父が死んでから病的な手紙嫌いになってしまった女性が必死の思いでファンレターを書こうとしたが・・『手紙嫌い』、連れ合いが次々亡くなりその遺産で暮らしている男性がとうとう死亡、離婚した女性がその娘を引き取りにイギリスからやって来た『黒い水滴』、友人から紹介されて宿泊した古い日本旅館の竹藪を見て過去を思い出す主人公『てるてる坊主』、心理学の教授の元に送られてきた5通の手紙から背後に隠された事件を類推する『かさねことのは』、豪華客船で知り合った老人といくつかの盗難事件について話し合う『船上にて』以上八編。

サプライズエンディングを巧みに狙った作品揃い。
若竹嬢の特徴とも言える独特の悪意を感じる作品が半数。ストーリーを追っていくうちに「あれあれあれ」という結末に持ち込まれ、もう一度冒頭から読み直す羽目に陥る作品も半数。表題作の『船上にて』のみ他の作品と違った舞台、違った雰囲気、違った狙いで書かれているようだ。にしてもラストの数行で多かれ少なかれ、冒頭から欺き続けた読者を瞠目させる作品がやっぱり目立つ。
収録された作品の中では悪意の目立つ『タッチアウト』『手紙嫌い』などが救いがなく、ダークな気分で他の作家があまり書かないような雰囲気を醸し出していて面白い。『黒い水滴』には短編集『製造迷夢』にて重要な役割を果たす一条刑事が探偵役で登場しており、併せて読めば雰囲気が理解できて面白いのではないだろうか。

幾つかの作品については既に発行されているアンソロジー等に既収録のものもあるが、作者があとがきで書いているように、ほとんどの作品は発表時に比べ大幅に手が入っているようなので改めて読むのもまた一興かも。


98/11/13
田中芳樹「魔天楼 薬師寺涼子の怪奇事件簿」(講談社文庫'96)

出ました、ビッグネーム。と、言いながらSF畑でないワタシは田中芳樹を本で読むのは初めて。雑誌「メフィスト」で読んだ『東京ナイトメア』(講談社ノベルスで刊行)が面白かったので、その前編ということで手に取った。本作は文庫書き下ろし。

薬師寺涼子(27)類い希なる美貌、スーパーモデル並のプロポーション、運動能力抜群、数カ国語を操り、頭脳明晰の東大法学部卒の警察庁キャリア。現在、階級は警視。三代前から警視庁では一族が要職にあり、警察OBの最大の天下り先である日本最大の警備保障会社JASEC社長の一人娘。つまり腐るほどのお金持ち。そして・・・性格は傲岸不遜、唯我独尊、世界全ての民は自分の為にひれ伏すべきと真剣に考えている節あり。通称「ドラよけお涼」(ドラキュラも避けて通る)
そしてその部下兼下僕兼助手兼召使いの泉田警部補(33)有能で、ノンキャリアにしては出世の早いほうだったにも関わらず涼子の部下となったばかりに、奇怪な事件に付き合わされる世界一不幸な(ある意味幸福な)男性。
涼子が退屈しのぎの為に訪れたパーティ会場のあるベイエリアの巨大ビル。そこでシャンデリアの落下や巨大なライオン像が倒壊し多数の死者怪我人が発生。コンピューターの突如とした暴走により、ビル全体の防御シャッターが閉じられ、電話は不通、約一万人もの人々がビル内に閉じこめられてしまう。人知を越えた災厄が予感される中、涼子のパワーが爆発する。

力は正義だ!!ジェットコースター傍若無人アクション。
絶対的な力を持つ主人公。しかもその力がぱっと見だけでは一般人には分からない。確かに行動は破天荒で無茶苦茶なのだが、行動原理が「巨大だろうが、小さかろうが、自分の価値基準で悪いモノは罰せられなければならない」という筋が一本きちんと通っており、単なる自己の欲望に従順な自分勝手なお嬢様的ノリ(それはそれで面白いのかもしれないが)とは一線を画している。多分、ワトソン役?の泉田警部補の独白で再三語られる程、読者は彼女の性格を悪いと思わないのではないだろうか。もの凄い、とは思うけど。
結局の所、スーパーウーマンがばったばった悪い奴を倒していき、最後に巨大ボスと対決、そして必ずそれをも倒す、という人類が古来から最も好んできた物語のバリエーション。ストーリーそのものに目新しいところは実はそれ程ないのだが、ここまで徹底的にやられると、爽快感しか残らない。

逆に言えば、誰が読んでも楽しめる、活字も大きくて本も薄い(講談社・・・・)、軽いノリのアクション小説。もやもやしていて、スカッとしたい時なんかに最適でしょう。


98/11/12
泡坂妻夫「乱れからくり」(創元推理文庫'93)

はっはっは。なんでこの期に及んでまだ未読だったのか、よく分からない超有名な一冊。元本は幻影城ノベルズ書き下ろし作品で、昭和53年、第三十一回推理作家協会賞受賞作品。

ボクサーを引退したばかり若者、勝敏夫は、求人を見て宇内経済研究所の門を叩く。そこはある大手の興信所の下請け会社で社長の宇内舞子が一人で切り盛りしていた。彼女はある玩具会社の部長、馬割朋浩から、その妻の素行調査依頼を受け、敏夫と二人して彼女を尾行。その清楚な外見に反し朋浩の従兄弟の宗児と浮気している事が分かる。帰宅後、継続して監視する二人の前で、朋浩と真棹は旅装で車に乗って出かける。二人が彼らを追う途中で、突如隕石の落下により大事故が発生。巻き込まれた真棹は助かるものの、朋浩はトランクから荷物を引き出そうとしたのが仇となり焼死してしまう。彼は死に際、「マドージョを持って米国に行くように」と繰り返し彼女に命じていたが、彼女は葬儀の為に日本に残る。更にその葬儀の晩、彼らの息子が睡眠薬の誤飲で死亡、馬割一族が建てた五角形の迷路を持つ奇妙な建物、「ねじ屋敷」ではその後も事故とも殺人ともつかない事件が続発する。敏夫と舞子のコンビは謎を解くべく一族に取り入り、屋敷を調べて回る。

仕掛けられたからくりが手を変え品を変え、読者を幻惑する傑作。
「からくり」という言葉に言い知れぬ魅力を感じるのは私だけだろうか。実用的な工作機械でも、意味のないおもちゃでも、その中身がどのような仕組みで動いているのか知りたいと、すぐ思ってしまう。そんな「からくり」が色んな意味で全編を貫いている作品。
「玩具会社の一族」と「ねじ屋敷」が舞台になっているだけあって、からくり玩具、人形、迷路、建築などの雑多な知識が色んな登場人物を借りて歴々と語られる。それらは単にペダンティックな扱いではなく全体を通じて大いなる伏線となっている。次々と発生する事故とも自殺とも他殺ともつかないような事件。それぞれが一見普通の死のようで、実はかなり特殊な性格を持っていることが匂わされ「何かが仕掛けられた」という感じが見え隠れしている。さらに一族を通じた妄執も感じられるが、主人公らの性格と泡坂氏のからりとした筆致に助けられ、内容ほど陰惨な印象はない。(横溝氏が書いたらさぞや、という気もするが)「隕石による事故」という空前の偶然というスイッチから、どのようなからくりが動き出すのか。もう後は読者がそれぞれ読んでいくしかないのではないだろうか。
創元推理文庫版は幻影城ノベルズ版のそのままの復刻で(表紙絵とかは別)、解説もそのまま中井英夫が引き継いでいるあたりユニーク。1979年には松田優作主演で映画にもなっている。

私は後の泡坂作品もかなり読んでいるが、本作は後の恋愛路線とユーモア路線の境界線にある作品かと思う。そういう意味では中途半端でもあるのだが、泡坂氏の魅力が二重に味わえるとも言えるし、受け取り方かな。


98/11/11
鮎川哲也(編)「鉄道ミステリー傑作選 下り「はつかり」」(光文社文庫'86)

鮎川氏のアンソロジーの中でも代表作とされる、鉄道に関するミステリを集めた作品。このアンソロジーのセレクトは凄い。

鉄道や駅にまつわる事件を集めた短編。ショートショートやSF系の作品もありながら、違和感がないのが不思議。掲載内容は順に以下の通り。
『ジャマイカ氏の実験』城昌幸、『押絵と旅する男』江戸川乱歩、『人を喰った機関車』岩藤幸夫、『とむらい機関車』大阪圭吉、『探偵小説』横溝正史、『電気機関車殺人事件』芝山倉平、『飛行する死人』青池研吉、『下り終列車』坪田 宏、『夜行列車』土屋隆夫、『沼垂の女』角田喜久雄、『笑う男』多岐川恭、『下り「はつかり」』鮎川哲也、『最終列車』加納一朗、『泥棒と超特急』星 新一、『浜名湖東方15キロの地点』森村誠一、『二十秒の盲点』斉藤 栄。以上十六編のそれぞれに鮎川氏による作者や作品の解説がついている。

時代を超えているからこそ凄い傑作群。
このアンソロジーがカッパノベルズの企画として編まれたのは少なくとも'70年代。乱歩や大阪圭吉などはこの段階で既に大古典の筈である。それに当時おそらく絶頂の人気を誇っていたであろうショートショート作家を加え、当時まだ新人に毛の生えた程度であった森村誠一の作品まで収録している。アンソロジーとしてのバランスが非常に優れているだけでなく、「鉄道」というモチーフこそ同じであれ、すぐに頭に思い浮かぶ「時刻表を使ったアリバイトリック」を使っているものなどほとんどなく(強いて言うなら鮎川氏ご本人の作品くらい)残りは鉄道や駅というある種の結界を小説に巧く取り入れたものばかりである。それに、ほとんど読まない森村氏や斉藤栄氏の作品にも久々に目を通したが、それなりの新鮮さを味わえた。
個別では横溝氏らしくない?真っ向からの本格作品『探偵小説』、島田荘司氏が泣いて喜びそうな奇想な着想の青池氏の『飛行する死人』そして何度読んでも戦前の作品とは思えない構想の、大阪圭吉『とむらい機関車』、乱歩の傑作『押絵と旅する男』などが印象深い。

現在刊行される若手作家に絞ったアンソロジーもそれなりに良いのだが、ちょうどツボに嵌った時期の鮎川氏の選が非常に渋いこのような作品集は、ハッキリ言うとそれらより「かなり良い」。探して読む価値あり。