MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−過去の書評群 (掲載順)−  


98/11/30
山田風太郎「柳生忍法帖(上)江戸花地獄篇(下)会津雪地獄篇」(角川文庫'74)

風太郎忍法帖のなかで『魔界転生』と共に最長の長さを誇る一編。そして『柳生十兵衛死す』と合わせて柳生十兵衛の三部作の最初の作品でもある。

時の将軍家光の頃、会津領主加藤明成は領内や遊女屋から美女を狩り集め淫虐、暴虐の限りをつくしていた。その悪行に憤り、乱れた政治を命懸けで諫めた城代家老堀主水と、その一族は、高野山に逃げ込む。しかし怒った明成は、自らの側近で残虐無比の「会津七本槍」と呼ばれる七人の男達に彼らを追わせ、捕らえさせる。更に、男子禁制の鎌倉東慶寺に匿われていた堀一族の女性たちまで、無理矢理に引きずり出され、七人を除き惨殺される。残された七人は「会津七本槍」と加藤明成に復讐を誓い、彼女らを保護した千姫は、加藤明成と会津七本槍を女人の手で成敗すべく、将軍の師とも仰がれる沢庵という和尚と、その意を通じた稀代の剣客、柳生十兵衛を呼ぶ。七人の美女を鍛えて復讐を完遂させて欲しいという、一見不可能な依頼を、十兵衛は面白がって引き受ける。彼自身が手は出さずに、いかにして美女軍団が敵を倒すのか、明成の江戸屋敷での暴虐は益々嵩じていく。

結局、最後の一頁、最後の一行まで目が離せない。
忍法帖の魅力の一つに挙げられるのが「忍法vs忍法」の人間の想像を超える能力同士の恐るべきぶつかり合い、というのがある。本作は対手こそ恐るべき技を使いこなす超人たちなのだが、当方は付け焼き刃の稽古を行ったか弱い女性でしかない。。会津七本槍の面々の恐ろしさは冒頭から酸鼻を極め、各々も不敵に強い。分厚い門を手で突き破る拳法、巨大な牛を二頭突き通す槍術、片腕での恐るべき剣法、巨大な犬を自在に操る男、自在の鞭使い、長尺巨大な鎖鎌の使い手、女の髪で編んだ霞網を自在に操る美少年。更にその裏には「会津七本槍」を束ねる芦名一族の長老、幻術使い芦名銅伯・・・所詮は命懸けで七人がかりで向かったとしても、彼女たちの力は蟷螂の斧でしかない・・・・・・・・はずなのに・・・・・・
そうならない。この心地よい作者の裏切りが、最大の魅力だろう。ある意味では柳生十兵衛、千姫、沢庵という有形無形の後ろ盾を持つ女性軍が最後に勝利を収めることは目に見えている。しかし「いかに?どうやって?結末は?」という疑問については、誰も予測は出来ないはずだ。そしてその完成型が知りたいがために読者は睡眠時間を削ってしまうことになる。分かっているのに止められない、忍法帖の一つ一つがそれもまた、風太郎の忍法なのかもしれない(笑)

講談社ノベルスなら比較的容易に手に入るのだけれど、角川文庫にこだわるマニアの気持ちが少し最近分かるような気がしてます。古書価がついていても佐伯俊男画伯の表紙絵は魅力。いずれにせよじっくり取り組む価値充分。


98/11/29
都筑道夫「吸血鬼飼育法」(角川文庫'78)

後に物部太郎とコンビを組むことになる片岡直次郎が単独で謎を解決する「FAA(First Aid Agency)」シリーズ。本作一作のみ。原題は『一匹狼』

そんじょそこらの探偵事務所に依頼される事件でなく、彼らが投げ出すような仕事を好んで請け負う「FAA」。所長兼所員の片岡直次郎はおっちょこちょいで女性にも手が早いが、凄腕の調査員だ。今日もビルの一室で事件が起きるのを待つ日々である。そして何故だか奇妙なトラブルを抱えた依頼人が彼の許を訪れるのだ。
宝石強盗犯人の仲間の女性から依頼を受け、犯人脱出を請け負う直次郎『警官隊の包囲から強盗殺人犯を脱出させる方法』、先祖に吸血鬼がいて夜中に無意識のうちに血を吸って歩き回るという女性の依頼で、親戚と会うために偽の新郎を演じる直次郎『吸血鬼を飼育して妻にする方法』、エレベーターの中で若い女の子と共に殺人犯の人質になってしまった直次郎『殺人狂の人質にされてエレベーターに閉じこめられた少女を救出する方法』、若い女性を強姦したい、という困った中年男性の依頼を受ける直次郎『性犯罪願望を持つ中年男性を矯正する方法』以上の中編四編。

小粋なスラップスティックストーリー
日本版007、というと誉めすぎかもしれないが、たった一人で色んな事をやってのける直次郎の機転、深謀、大活躍はジェームズ・ボンドと言ってもおかしくない。しかも主人公は全て片岡直次郎でありながら、四作品とも依頼人が事務所に頼みに来るところは同じなのに、その後のストーリー展開がまったく違うのだ。順番にクライムストーリー、本格推理、サスペンス、どたばたコンゲームと見事に四つのプロットが楽しめる。もちろん、散漫になることなく、それぞれの完成度もなかなかのもの。(『性犯罪・・』だけちょっと無理があるけれど)ありとあらゆる分野の作品を書き分けられる都筑氏の面目躍如といった感じがする。そして何よりも、文章が格好いいんだ。多分都筑氏の文章は万人に好まれるものではないと思う。けれども、ただだらだら長い文章を書く現代の作家に見せつけたい程、簡潔で洒落ているのだ。それなりの想像力が要求される作品だということだが、そういう文章の作品の方が読者のイメージは膨らむはず。

それなりに古い作品ではあるが、全然古臭くはない。中編で書かれているがこの中に詰まったアイデアは長編に相当するもの。色んな意味で都筑氏のエッセンスが詰まっているので、何作か読まれた人で次(ツヅキ?)を探している人に非常に向いているように思う。


98/11/28
今邑 彩「つきまとわれて」(中央公論社'96)

今邑彩の十五作目。比較的最近出版された八編による変則連作の短編集。

漫画家の妹が送られてきたチョコレートに入っていた事故死。その死に疑問を抱いた漫画家はある人物を問い詰める『おまえが犯人だ』、義母が死に、その形見の中に残っている筈のない実の母の紫色のコートを見つけた男は疑念に囚われる『帰り花』、姉が折角まとまりかけてきた縁談を取りやめたいと言う。裏には昔つきあっていた男の影が『つきまとわれて』、ラーメン屋の息子と医者の娘が駆け落ち同然に将来を誓う。その二人のいきさつに疑問を感じた女『六月の花嫁』、別れた女房の顔を見に立ち寄った画廊で見つけた一枚の絵とその題名に男はその画家の隠された過去を想像する『吾子の肖像』、いきなりマンションを訪ねてきた女性は「描きかけの赤い絵を完成させると不幸が訪れる」と告げてきた。彼女は透視能力を持つらしい『お告げ』、熱帯魚をPCで買うソフトのように新婚家庭をシュミレーションするゲームにはまりこんだ男性に訪れる悲劇『逢ふを待つ間に』、階下に降りてきた女の子の顔は蒼冷め、更に彼女のものよりも長い髪の毛が首に。彼女は生霊となって級友の元に行ったのか『生霊』以上の八編。

軽めで微妙なズレ加減の構成が巧い連作
八編それぞれが、完全に独立しておらず、一部は前作のサブキャラが主人公をしていたり、うわさ話として前作の事件が語られたりと細い糸で全体がつながり、世界観としては一貫している。決して反則ワザを使ったりしている訳ではないが、連作の欠点である「一人の主人公に対して様々な事件が発生する」という不自然さは毎回の主人公を変えることで解決させてある。(若竹氏もこの手を使っていた)それぞれの作品も小粒ながら伏線の張り方や小粋なトリックが効いており、作品としてのレベルは高い。本格以外のサスペンスやホラーっぽい作品もあり、全体のバランスを色々考えてあることが分かる。
個別には、実際に存在していたら怖い新婚家庭シュミレーションソフトにのめり込む男の姿を描く『逢ふを待つ間に』、プライドの高い女性の歪んだ価値観がちと怖い『つきまとわれて』、超能力者のおばさんの秘密を暴く『お告げ』などの印象が強かった。

出版社は中央公論社なのだが、ちゃんと中公文庫とかには落ちるのだろうか。このままハードカバーで消えて無くなるのは絶対に勿体ない作品なのだが。軽めだけれど、しっかりしたのミステリーがお好きな方へ。


98/11/27
北森 鴻「狂乱廿四孝」(東京創元社'95)

第六回鮎川哲也賞受賞作にして、北森氏のデビュー作品(当たり前か?)この年の佳作が『繭の夏』の佐々木俊介氏と『村瀬先生とミステリアスな一年』の藤田継弥氏。

明治維新直後の東京。まだ江戸情緒が漂う時期に一人の名女形が歌舞伎界に登場していた。澤村田之介。しかし彼は希代のセンスを持ちながらも運命には見放され、病のため両足を切断してしまっていた。しかし彼自身の執念と彼の才能を惜しむ座主、守田勘弥、座付きの作家の河竹新七(後の黙阿弥)、大道具師の長谷川勘兵衛らの助けを借り、特殊な装置を使用して歌舞伎「廿四孝」の舞台を成功させた。一方画家の河鍋狂斎は一枚の幽霊画を描き、別の歌舞伎の座主である尾上菊五郎に送っていた。そんな折、田之介の主治医である加倉井蕉庵が何者かに斬り殺される事件が発生した。彼は真一文字に斬られ、指が三本落とされていたという。その事件の様子は半年前にやはり下っ端歌舞伎役者が殺された事件とまるで同じ様相を呈していた。新七の女弟子であるお峯はその事件に興味を持ち、狂斎が投獄されるに際して、幽霊画に秘密が隠されていることを看破する。

境界的な設定の光る時代ミステリ
江戸時代と明治時代の狭間、役者という芝居と現実との狭間、女形という男と女の狭間。幽霊という人間と死体の狭間。これらの境界的な設定が効果的に物語を盛り上げ、物語の構造を深くしている。それに加え新人離れした文章力。市井の人々の日常生活、風俗なども確乎り書き込まれ、主人公達も実に活き活きと、そして個性的にその世界での生活していて、世界に読者を引き込む力は十分と言えそう。加えてミステリとしてのトリックも物理、アリバイ、犯人当て様々に及んでいて、とことん書き込んだ!という姿勢には大いに好感。ただ大がかりな割に一つ一つのトリック個性が薄れてしまい「及第点ミステリ」という印象もなくはない。それでも最後の最後までどんでん返しがあったり、本格的なミステリファンなら、まず及第点は下回らない。
森雅裕の使う設定に良く似ている、というのも梗概に挙げられた人物のほとんどが歴史上に実在した人物で、かつその役回りも同じ。そして彼らを中心に、大きな謀略の中で架空の殺人事件が発生する・・ あれれ?

ある方が戸板康二作品との共通性を指摘されていた。歌舞伎や芝居に興味のある方はもちろん、そのような予備知識無しにも読めます。登場人物と共に雰囲気を楽しみながらの読み方がおすすめ。しかも本格推理です。


98/11/26
北村 薫「スキップ」(新潮社'95)

北村氏が取り組んでいる「時と人」をテーマにした三部作の最初の作品。次の作品に『ターン』が位置しており、三作目は『リセット』の予定(のはず)

時は昭和四十年代。十七歳高校二年生の一ノ瀬真理子は千葉に住む、普通の高校生だった。文化祭で披露するガリバー人形のために居残りして準備する毎日。そして文化祭当日。残念ながら雨に見舞われ、ガリバー人形も披露の機会を失ってしまっていた。その日は家に帰り、お気に入りの音楽を聴きながら寝入ってしまう。
そして彼女は全く知らない家で目を覚ます。ここはどこだろう?玄関では誰かが帰って来る音がする。その女の子は真理子に向かって言った。「ふざけているの?お母さん」真理子は気が付いたときには現代の四十二歳の子供のいる母親になっていたのだ。混乱し、深い葛藤に苦しみながら、四十二歳の桜木真理子の生活を始める十七歳の一ノ瀬真理子。喪われた二十五年間を、どう取り返していけば良いのか。

北村薫はやっぱり言葉の魔術師だ!
「感動」というより「心の深いところに感銘を受ける」作品。
なんと言えばいいのか。普通、このような「子供のまま大人になった」人間が登場する作品では、記憶にない期間の主人公の経験は大したことがなかったり、もしくはその間にあった出来事が非常に重要で、登場人物が自らのアイデンティティを賭けてそれらを追い求めたりするものである。本作はその点、喪われた二十五年に起きた出来事は本人が知らないまでも全く明白であり、しかもその間に四十二歳の主人公は確乎りした自らの立場を築き上げている。ポイントはまだまだ子供の筈だった真理子が、唐突に大人になってしまったが為に、その部分に「怖くて触れられない」点にあるのだと思う。ただそれでも彼女は「自尊心」から自らを受け入れ、自らの役割を理解し、自らの存在価値を高めていく。ミステリ的な読み方をするとちょっと裏切られるかもしれないが、四十二歳となった彼女の姿を見ていれば、そんな不満も感じさせないというもの。 「人が生きるということ」「年を取るということ」「学校教育の在り方」「親と子の関係」など、明確に主張している部分はないのに、さりげなくも確実に北村氏の主張が読者の心の中に染み通ってくる。言葉だけでは伝わらない、だけど、言葉なしには伝わらない、大切なことがいっぱい詰まった作品。

「作品」として読書家全ての方が出会う価値のある作品。売れ方を見ているとミステリ読み以外の方も相当読まれているようだが、私個人としても、本当に本を読む全ての人に触れてみてもらいたい、と切実に感じた。


98/11/25
天藤 真「炎の背景」(角川文庫'78)

'76に書かれた天藤氏の六作目の長編。元本は幻影城ノベルズ版。

未亡人だった母親の不倫を目撃したことから極度の女性恐怖症に陥り、純情な大学生からヒッピーまがいの身分に身を落とした小川兵介、通称おっぺ。彼はそれを思い出す出来事があって泥酔したある晩、新宿歌舞伎町の路上で寝入ってしまう。ぼんやりと誰かにトラ箱に連れられて行くように思っていて、目が覚めると見知らぬ家の屋根裏部屋にいることに気付く。しかも側に寝ているのは、ハイティーンで学生運動を行っている一木久留美、通称ピンクル。彼女は彼女で、尊敬する男性から二度裏切られたことで極度の男性不信に陥っていて、おっぺが信用できない。更に同じ屋根裏部屋の中には、脇腹にナイフを突き立てられた中年男性の死体があった。しかも彼は警察の要職にある人物らしい。彼女ともども何が起きたのか分からないまでも、どうやら何らかの計画に填められたらしいことが分かった。真犯人を捕まえないと自分たちが犯人にされてしまう!しかも彼らは強大な敵と、警察の両方から追われながらも、真実を求めて逃走を開始する。

どきどきほのぼのわくわく逃避行と覆い被さるナゾ。
たまたま新宿で事件に巻き込まれたおっぺとピンクルが互いに反発しあいながらも協力し、色んな人の助けと自らの機転でその危機を乗り越えていく、一種冒険小説的なノリのあるストーリー。それにしても隅から隅までよく考えられ練り込まれた素晴らしい展開。伏線は丁寧だし、トリックもあるし、何よりも思わず「頑張れ!」と応援したくなってしまうような、ほのぼのとした主人公二人のキャラクタ設定が成功している。敵も凶悪な割にどこか憎めないし。ほとんど何も持たない彼らが色々な機転で執拗な追っ手を何度も振り切っていくところは、思い出してもぞくぞくするようなスリルと面白さ。頑なだった二人の心と心が少しずつ通い合う様もまた良し。ああ、青春(笑)彼らの逃避行がメインのストーリーなのだが、そもそもの発端となった事件から、その解決までの大きな枠組みもまた凄い。警察の公安本部長が死体となっていたのは確かなのに、なぜ彼らしき影が事件の最中に見え隠れするのか?他にも様々な謎が効果的に呈示され、解決の爽快感を高めている。

二人の立場、ヒッピーと学生運動という二点さえ気にしなければ、古くささを全く感じさせないまま楽しめる作品。どうして天藤氏の作品はこんなに毎作、毎作よく出来ているんだろう?早くに夭折されたのがつくづく悔やまれる。(なんで絶版なんだ?しかし)


98/11/24
島田荘司「アトポス」(講談社ノベルス'96)

「なぜ未読なんだ!」と怒られそうだが、私自身が未読であることに気付かなかった御手洗シリーズの第七長編。'93に書き下ろされた作品で、現在は講談社文庫版もあり。

精神科医に自らの状態が良くないと相談する松崎レオナ。彼女は重度の麻薬依存症の状態にあった。
一転して十六世紀の吸血女としてしられる女貴族、エリザベト・バートリの物語が延延としかも克明に語られる。自らの美容のために若い女性を次々と殺し、その生き血を浴びていたという実在の人物である。彼女は最終的には地下室に幽閉され餓死させられるその数奇な生涯を終える。その語り部はまたこうも言う。「私なら彼女がそこから蘇ったことにする」彼は米国の人気スリラー作家で、その次作の構想では蘇ったバートリが次々と人間を襲うのだ。しかし、その作家は自宅に戻った折り、顔面が血だらけの怪物に惨殺されてしまう。引き続いてLAでは奇妙な事件が続発。レオナと映画『サロメ』を共演する予定だった大物女優が行方不明となり、その映画の関係者から生まれたばかりの赤ん坊が誘拐される事件が連続して起きていた。しかも目撃されたその犯人は顔面が血だらけで腕の肉のこそげ落ちた怪物であるというのだ。それぞれの関係から松崎レオナが容疑者として浮上、麻薬により精神に異常を来していた彼女は潜入捜査官に発砲、自らを窮地に追い込む。レオナはそのまま死海での映画の撮影に旅立つが、かの地でも連続して惨劇が発生、全ての手がかりから犯人は彼女以外にない、と思われた。

颯爽!御手洗潔!! 御手洗モノはこうでないと、うん。
実際、長編でまともに御手洗が登場する現時点で最終作品であるが、レオナを救うために馬に乗って砂漠やってくる彼の姿には、古き良き「名探偵登場!」の雰囲気がむんむんと漂って印象深い。事件そのものも「これでもか!」というほど身体は切り裂かれ血が滴る、相変わらず(笑)というか奇怪かつ不可能チックであるのも勿論のこと。「おいおい、ここまでやって大丈夫?」とまで思わせられるのが島田作品の真骨頂。それにしても冒頭の精神科医との対話や、作中作、シナリオ型式の文章、唐突に挿入される上海での奇妙な物語、更に読者の最も目の行く部分などなど、読んでいる途中は「凝った作りだな」とか「どういう実験?」などとしか感じさせないテキストでありながら、全ての糸が最後に繋がっているのだ。その全体図は解決編を読みながら島田氏の手腕に震撼しながら、全ての読者が感じるものだろう。ある意味、これまでの相当数の作品で島田氏のテクニックは理解しているつもりだったのに、伏線のほとんどに気付けなかったのは自分の不明とかではなく、島田氏の剛腕が毎回読者の上を行くものだったから、と信じたい。
この作品の後、『龍臥亭事件』を含め、社会派的な部分を多く取り入れる作風に変わってしまうが、本作もその要素は色濃く出てはいるものの、エンターテインメント作品として純粋に楽しめるぎりぎりの淵に位置している。

個人的に残念なのは、ただこれで都合三作品に登場するレオナが犯人の訳はないと逆にたかをくくれたりしたところか(笑)それにしても御手洗作品の中ではスケール、構想ともども最高位近くに位置する作品。一連の御手洗ものを読まれた人は外せないだろう。


98/11/23
樋口有介「ぼくと、ぼくらの夏」(文春文庫'91)

'88にサントリーミステリー大賞読者賞を受賞した作品にして、樋口氏のミステリデビュー作品。開高健氏が当時絶賛したと聞いて個人的に嬉しい。

調布署の戸川刑事の一人息子、春。両親が離婚した彼は家事を取り仕切りながら学校に通うちょっとクールな高校生。夏休みのある日、春は父親からクラスメイトの目立たない女の子、岩沢訓子が自殺したことを知らされる。母親と会うため新宿に出た春は別のクラスメイトで親がヤクザという女の子、酒井麻子と偶然出会う。行きがかり上自殺した女の子宅に弔問に訪れる二人であったが、そこにいた家族や先生ともども自殺の理由に心当たりがない。家に帰り父親から詳しい話を聞いた春は、彼女が自殺の際に「靴を脱いでいた」ことを逆におかしいと思い、麻子と二人で生前の訓子の生活について調べ始める。

おお、これは青春ミステリの傑作だ。
本作を勧められる時に再三言われていた通り、ミステリとしての構成としては、ほんの少し弱い。しかーーし、樋口作品には他のミステリにはない素晴らしい点がある。「女の子が非常に魅力的」なのだ。文章という媒体だけでこれだけ、色んな女の子を書き分ける作家は樋口氏しかいないのではないだろうか?(その分、主人公は実際にいたらヤな奴かもしれない(笑))物語は自殺した女の子の周辺を刑事の息子、ヤクザの娘という特権的地位(笑)を持った少年少女が調査してその真相を探るという、いわば比較的よくあるパターン。ただこの作品の主眼はその謎解きと同時に二人の仲がどうなるのか?というもう一つの謎にも重点がおかれていて、それが全く不快でなく、どちらかというとそちらに興味が移るような展開なのだ。高校生を一応の主人公とおいてはいるが、彼らの考え方は決して大人から見ても子供っぽいものではないし、男女の恋愛観についても共感を覚える部分も多い。ミステリ的にも後半部の展開は意外で弱いとはいえ、ひどい内容でもない。総じて青春ミステリとしては傑作と呼んでも差し支えないのではないだろうか。

恥ずかしながら読了後、自分の昔をつい、回想してしまった。『ぼくと、ぼくらの夏』ミステリアスな夏の物語。やっぱり若い世代に読んで貰いたい気がする。(若者よ、枯れていないでもっと熱くなれ<というのは知る人ぞ知る私の説教モード(笑))


98/11/22
岡嶋二人「眠れぬ夜の殺人」(講談社文庫'96)

'90年に発表された作品で、作品毎に主人公が変わる岡嶋作品では珍しく次作『眠れぬ夜の報復』との連作とのこと。講談社文庫版の解説は貫井徳郎氏。(むー、解説が巧い)

銀行勤務で順風満帆の生活を送っていた男がある晩、人気のない公園で浮浪者風の酔っぱらいに絡まれる。振り払うと男はふらふらと車道に出てしまい、出会い頭の交通事故で死亡してしまう。東京でこのような事件が頻発しており、逮捕されなかった加害者には何故か、その現場を撮影した写真が送られ恐喝が開始されるのであった。浮浪者風の男が立て続けに殺される、この事件の一貫性に疑問を持った刑事部長は一人の男を呼び出す。警察の遊軍とも言えるその男、菱刈は警視庁でもトップシークレットの存在で通常の捜査では暴き出せない犯罪を、「警察」という組織の中では使えない手段をもって解決する役割を担っていた。彼は相馬、聡美というそれぞれクセを持ちながら凄腕の二人と共にその事件に鋭く切り込んでいく。

岡嶋二人版ハングマン!文句無しに面白い!!
冒頭の事件は悲劇的ではあるが、決して謎のあるものではない。単に酔っぱらいを故殺してしまった会社員の話である。一転この事件を知って「逮捕されるだけ幸運だ」と呟く男が。偶然であるはずの事故によって脅迫されるエリート会社員。そして、立て続けに発生する酔っぱらいの死亡を全く別の観点から探り出す菱刈ら。二つの方向から事件が見詰められた時、読者は次々と発生する疑問で満たされることになるはず。そして一つの小さな謎が解けると次々に謎が連鎖的に発生していく。思いっ切り謎を膨らませてラストで収斂させる手腕は見事のひとこと。
一方、主人公らの突飛とも思える捜査?の方法も面白い。警察側にありながら警察でない、というルール無用のやり方にはわくわくどきどきサスペンスフルな面白さに満ちている。

これはハまる、絶対にハまる。出来の良い映画を観ているかのような場面展開、スムースな語り口、魅力ある登場人物。うん、岡嶋二人ってホントに凄い。

解説をしている貫井氏が岡嶋二人のユニット解散に伴って本作を引き継いで「症候群」シリーズを書き出したのは有名な?話。『失踪症候群』『誘拐症候群』の二作がある。こっちも貫井氏の硬派な語り口が渋い秀作。


98/11/21
森 雅裕「The Isle Of Man Story マン島物語」(中央公論社'88)

小粋な会話と強烈な蘊蓄が魅力の森雅裕ワールドが遺憾なく発揮された作品。ほとんど純文学。

マン島で開催される世界でもっとも権威のあるTTと呼ばれる草レースに去年に引き続き出場しに来た三葉邦彦。レースは途轍もなく長い距離とマン島の厳しい条件の中、公道を使用して行われるもので排気量によりF1、F2のグレードに分かれていた。草レースとはいえ人気は高く、その世界の有名人が顔を揃える非常にレヴェルの高いものである。三葉は自ら稼いだ金と昔のコネでレースを続けており、事故で亡くなったレース仲間の家に泊まり込み、友人の孫娘の小学生、ニコラに手伝わせながらマシンの整備とコースの試走に精を出す毎日。一方、新人アイドルのマネージャーとしてマン島へクイズ番組の撮影のためにやって来た比企真弓。彼女はひょんなことから三葉を手伝うことになる。二人は互いに惹かれ会うのだがなかなか素直になれず、すれ違いを繰り返しながらレース本番を間もなく迎えることになる。

こてこてのバイクレースストーリー+森雅節の渋み
とりあえず注記しておくと、この作品はミステリではありません。
とはいえプライドと意地と皮肉な会話。そして無器用な男と女。森雅裕の諸作品に出てくるポイントは全て整っており、物語としての興味が喪われるものでは全くない。本作は特にバイクのマシンと、マン島レースそのものについては徹底的にこれでもか!というほどに書き込まれており、激しいほどのこだわりを感じさせる。マシンの所属同士のやり取りや、説明無しの技術論などはちょっと不親切な気もするが、元からバイクを知らない読者をあんまり想定していないんじゃないか、と思わせられる部分もアリ。ただミステリ的な要素を廃することで三葉と真弓の大人同士でありながら、純粋で切なく意地っ張りなやきもきするような恋愛だけは、目一杯堪能できる。二人に限らず登場人物全てが一言多いか、一言少なく、しかも誰も彼もが毒舌家というシチュエーションはやっぱり森作品ならではの味わいだろう。それでも端端から彼らが「実はいい奴」だと感じてしまうあたりは森氏のテクニックに絡め取られたとでも表現すれば良いのだろうか。

ワニブックスノベルの幻コレクションで入手が可能だが、出来ることなら実際のマン島の写真で飾られた表紙が美しいハードカバー版を探し出したいところ。特にバイクに少しでも興味がある方は要チェックでしょう。渋めのラブストーリーがお好きな方にも。