MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−過去の書評群 (掲載順)−  


98/12/10
小森健太朗「ローウェル城の密室」(ハルキ文庫'98)

「'82年に弱冠十六歳にして江戸川乱歩賞の最終候補に残った」小森氏を語る時に枕詞として使われることになった元になる作品。当時は出版されず、紆余曲折を経て出版芸術社から'95年に刊行されたものが底本。

中学を卒業した春休みのある日、丹崎恵と笹岡保理の二人は街外れの林を散策するうちに鬱蒼とした森に迷い込んでしまう。針金に吊され、残虐に殺された猫に導かれ一軒家に入った二人は怪しい老人と出会う。彼は漫画には二次元生物が住んでいるという妙な説を信じ込んでおり、それを研究しているというのだ。老人は三次元物体二次元変換器なる謎の機械を使用した……すると二人はメグとホーリーとして『ローウェル城の密室』という少女漫画の中のキャラクタとして二次元の世界を生きることになっていたのだ。その世界ではメグは靴屋の娘でレイク王子のハートを射止める役柄、そしてホーリーはその王子の弟であった。二人はその奇妙な世界で漫画のキャラクタとして活動を開始する。

「読者」を選ぶメタミステリの最終兵器
ファンタジー世界では現実世界の人物が、異世界へ紛れ込んでしまう……というパターンは結構あるようだが、「漫画」の世界にいきなり入り込んでしまう、というものはあるのだろうか。本作品はその部分が物語成立の為の大きなポイントになっている。(それを強調したからといって、密室殺人の本当の真相に気付く人間がいるとは思えないが)三次元に生きる我々が、その認識を持ったまま二次元世界に入った時に、どのようなことを考えるか。一つの命題とも言えるこの部分を作者は最後の最後まで隠し玉にして物語を進めている。漫画部分もバカに出来ない。困ったことに面白いのだ。 ローウェル城の内部の王子の婚約者選びや奇妙な風習、貴族同士の愛憎など、他部族との確執など伏線もきちんと張り巡らされているし、ストーリーの展開も楽しい。そして発生する密室殺人。探偵役のキャラクタが唐突すぎる感もあるが、関係者を集めて密室講義から入るあたり、本格スピリットの遊び心に満ちていると言えるだろう。漫画部分を読んでいるうちに、こちらをもっと続けて欲しい、と思ってしまうのも作者の術のうちか。

この謎解きをどう捉えるか、(笑うか怒るか感心するか)ということも確かに強調されるべきだが、事前の伏線から予想できない範囲ではない。どちらにせよ、色んなポイントそれぞれが超強力で「インパクトの強い」作品であることだけは確かである。


98/12/09
都筑道夫「やぶにらみの時計」(中公文庫'75)

都筑道夫氏のミステリとしては第一長編にあたる。他の本もほとんど絶版だが、本作も入手しにくかった。そしてこの作品は「日本で初めての二人称本格ミステリ」らしい。(例えば最近では法月綸太郎氏の『二の悲劇』など。きみは……した、という文体)

したたかに酔っぱらって見知らぬ布団で目が覚めた「きみ」は浜崎誠治という東京の片隅のアパートで女性のヒモみたいな生活をしている男のはずだった。その部屋は豪奢な作りで、彼は妻と名乗る見知らぬ女性に服を着せられ、会社に向かうよう言われる。どうやら「きみ」は森脇毅という実業家になってしまったいるようだ。「きみ」は半信半疑ながら自分のアパートに向かうが、内縁の妻の雅子は「きみ」なんか知らないと言い、近所付き合いのあった隣人も同様の事を言う。自分が見知らぬ他人になってしまった「きみ」は訳が分からなくなりながらも昨晩の行動をなぞるのだが、どうやら浜崎誠治と森脇毅は酒場で偶然意気投合し、一緒に行動していたことが判明する。「きみ」自身、元は神戸に住んでいたのを会社の金の横領が元で東京に逃げている身分だけに、警察に知られたり身元が明かされたりするのは困るのだ。探偵ごっこを続けるうちに、「きみ」に興味を持ったモヒカン頭の自称前衛美術家が、協力してくれることになる。

洒脱。絶妙。ミステリ処女作がいきなりツヅキ節。
元々1961年に書かれた作品、なのにこの文章の洒落た雰囲気は、もうどうにでもして!というレベル。各所に散りばめられた小道具、東京の地名、本格ミステリ(洋物)、名画の蘊蓄のさりげなくも凄まじい深さ。失礼ながら金満の現代日本ではなく、「あの時代」にこれだけ古今東西のブランドや、名品に言及できるとは、都筑道夫とは一体何者? とまで感じてしまう。
文章や描写だけでなく、二人称ミステリという「枠」で遊びながらも、推理小説としての構想の深さも特筆もの。本作は俗に言う「記憶喪失もの」のバリエーションで、読者も読みながら色々真相を想像するはずだ。しかしこの作品では、登場人物が古今東西のシチュエーションの似たミステリを色々と引っ張り出して、現状を照らして分析までしてしまうのだ。この辺りはミステリファンに是非とも注目してもらいたいところ。ぞくぞくわくわくしてしまった。
真相そのものはシンプルなのだが、その周到に張り巡らされた仕掛けには驚いた。ラストのちょっとやり切れない感じは仕方ないか。主人公を巻き込んだ陰謀そのものは端折ってあるが、これは物語の主眼を考えた時には、描かない方が得策なのだと思う。

ほとんど完成されてはいるが、幾つか瑕疵も見えないこともない。ただ、あの時代にこれだけのミステリを書ききる人間がいた、ということは是非とも皆さんに知ってもらいたい。現代でも通用するやっぱり凄い作品である。


98/12/08
鮎川哲也「沈黙の函」(光文社文庫'84)

小説宝石に'78年に連載された『鑞の鶯』という作品を改題、カッパノベルズにて同年発行された『沈黙の函』に更に加筆修正が加わったもの。

原宿で中古のレコード店を共同経営する落水と茨木。アルバイトの昭子と大山を加えても、折りからのブームにより経営は順調であった。愛想の良い独身男、様々な伝手を辿って地方で出物の中古のレコードを仕入れる落水は、函館で大量の掘り出し物のSP晩と、古ぼけた鑞管レコードと出会う。現金決済を主張する持ち主との折り合いで出直すこととなった落水は鑞管レコードについていた外国語の解説書を持ち帰るのだが、散々調べてもどこの国の言葉かさえ分からない。再度の交渉のため落水は再び函館に向かうのだが、彼はそのまま行方不明になってしまう。彼が引き取ったレコードだけが先に店に到着。好事家の前で開けられたジュラルミンのそのケースの中からは落水の無惨にも切り落とされた首が現れた!過日に茨木が出した投書が原因か、動機とアリバイを丹那刑事と鬼貫警部のコンビが着実に追い求める。

鮎川氏の音楽趣味丸出しの蘊蓄ミステリ
例のごとく丹那刑事が関係者のアリバイを丁寧に調べていくシーンがそれなりの割合であるが、この作品に関しては「アリバイ崩し」が主眼ではない。落水には恨まれるような形跡はなく、函館からぷっつり断ってしまった足跡の追跡もうまくいかない。そもそも容疑者の数さえ極端に少ないが、それぞれ動機はないし、アリバイもあるようだ。従って、犯人はなかなか誰だか絞り込めないし、趣味の部分に書きたいことが多すぎるせいか、話の進め方としては少し気になる。ただ、鮎川ミステリの真の迫力は犯人の目処が立ってから。緻密に犯人が練り上げた計画を、いかに鬼貫、丹那が崩していくのか、ほとんどの読者の注目はここに集中するだろう。最後は「どうやって?」という疑問が残るが、その整合性は鮮やか。終盤の犯人不在での謎解きのあたり、名探偵モノのミステリ的な楽しさまで堪能させてくれる。この動機はなんか身につまされるけれど……犯人は……(うーん)。
光文社文庫版のあとがきは東大ミス研OBと肩書きがある、後の第二回鮎川哲也賞受賞者が書いている(当時は一ファンの立場)点についてもちょっと注目しておきたい。

鮎川氏の豊かな音楽の知識が物語り全体を彩っているが、ちょっとこの辺りは時代がかってしまっているかも。ただ、いつの時代も「コレクター」の情熱、掘り出し物と巡り会った時の感動ってのは同じなのですね。「鮎川らしさ」を非常によく感じる一編。


98/12/07
山田風太郎「信玄忍法帖」(富士見時代小説文庫'95)

1962年に執筆された作品で講談社ノベルススペシャルにも収録されている。

元亀三年、三方ヶ原の戦いで信玄軍に散々に痛めつけられた徳川家康。ただその後一気に攻め上がるかと見えた武田軍の様子が俄かにおかしくなった。信玄に異変ありや?家康は服部半蔵配下の精鋭伊賀者忍者九名に、武田信玄の様子を探るよう指示する。一方、死の淵にあった信玄は一子勝頼に「自らの死を三年隠せ」と遺言、志半ばに往生を遂げる。また十二年前の川中島の戦いで戦死したはずの山本勘介と六人の信玄の影武者がその遺言を遂げるべく準備を進めるが、徳川の影を感じた勘介は若き真田昌幸とその麾下にある武田忍軍の猿飛天兵衛、霧隠地兵衛の一騎当千の三人を以て伊賀者に対峙させる。果たして六人の影武者と真田昌幸らは伊賀の忍者の人間離れした技をうち破ることが出来るのか。

歴史そのものを重視した、他とはちょっと雰囲気の違う忍法帖 というのも、本作は(連載の都合もあろうが)連作短編のような趣がある。その一つ一つに実際に史実に存在した出来事、史書に記されている人間の動きなどがテーマとなっており、山田氏の自説や、後日談の形でそれぞれに解釈がされているのだ。例えば、勝頼に輿入れする北条家の姫君のエピソードなどその気性や史実などを巧みに一編の中に組み込んでおり、その巧みさには嘆息するしかない。
もちろん、風太郎忍法帖独自の「忍術の戦い」は確乎りと確立されており、伊賀の九人の忍者の持つ様々な体術や、妖術などはどんどん人間離れしながらも、その着想はやはり非凡。彼らの任務遂行に盲従する様や、その際取られる手段なども周到かつ、万端。人間の欲望を操り、煩悩を刺激し、赤の他人や目的とする人物を自らの手中に絡め取るやり方は、戦国時代のインテリヤクザのようだ(笑)

どうしても武田信玄をテーマにすると綺羅星の如く周りを彩る配下の武将が避けては通れないものなのだが、逆に彼らを最低限しか登場させないことで物語が厚くなっている。忍法帖の最初の作品としては勧めないが、何冊か読まれた人なら、忍法帖を読みながらも歴史小説(時代小説でなく)を読んでいるような雰囲気を味わえることかと思う。


98/12/06
西澤保彦「彼女の死んだ夜 匠千暁第一の事件」(角川ノベルズ'96)

私の「何でまだ読んでなかったの?」の一冊。西澤氏の人気キャラクタ、タック、タカチらの活躍する最初の作品。(厳密には最初じゃないけれど)

安槻大学の二回生である浜口美緒は両親とも教師で厳格な躾を施され、今時門限が六時という超箱入り娘で、通称は「ハコ」。たまたま両親が泊まりがけの法事で留守の夜、ボアン先輩を初めとする面々と居酒屋で盛り上がっていた。明日は一年がかりで両親を説得して計画したアメリカへのホームステイの出発日なのだ。酔って帰宅した彼女は自宅に何かいつもと違う雰囲気を感じ取り、不安に思って調べてみると居間にて頭から血を流して倒れている女性を発見、パニックに陥る。彼女は自分に好意を寄せてくれていると知っていた友人、ガンタを二次会でなだれ込んでいたボアン亭から呼び出す。唯々諾々とハコに従うガンタは「車を持ってきて欲しい」とタック、ボアンに依頼、それを受けハコの家に赴いた二人だったが、状況から警察を呼ぶべきだ、と主張する。それに対してハコちゃんは「その死体を何とかしてくれないと、死んでやる」と喉にカッターを当てて大騒ぎ。渋々ガンタが遺留品も一緒に捨ててきて、タックが事件を推理する、という条件で事態を収拾するのだが、事態は思わぬ方向に推移していく。

これはもしかして、現段階西澤氏の本格では最高傑作かも?
とマジで思った。登場人物が魅力的なのも後の作品を読んでいるので知っているし、舞台となる安槻大学の設定も出来上がっているし。そういうのを全部抜きにして単発でこの作品を出したとしても「類い希なる本格名作」として扱われるのではないだろうか? 逆にシリーズ作品であることがこの作品の正当な評価を妨げているような気さえする。(まぁ、無茶な性格のキャラクタは出しやすいんだろうけれど)……と、どこが評価されるか、というと、謎の呈示とその伏線の巧妙さ。大きな謎の内側に種々張り巡らされた小さな謎。小さな謎にも大きな謎に対しても、純粋な安楽椅子探偵形式の論理による謎解き。読者への挑戦はないけれども、全ての行動に理由があり、その理由に意味があり、そして意味は真相に繋がっている。 西澤氏は表層は気にしていないような作風でありながら、もの凄く「本格推理」を意識して作品を書いているが、この作品は更にその点、じっくりしっかり練り込まれた風である。何重にも張り巡らされたラストのどんでん返しに、大きな「驚き甲斐」といった趣さえ感じる。

今でも多作で知られる西澤氏だが、比較的余裕のあるスケジュールの時期に書かれたのではないかと推察される。角川なのでそろそろ文庫化されそうだが、タカチの過去もあるし、これはシリーズファンも本格ファンも要チェック。


98/12/05
仁木悦子「黒いリボン」(角川文庫'83)

猫は知っていた』などに登場する仁木氏のシリーズ探偵、仁木悦子、雄太郎兄妹が登場の掉尾を飾る作品。(「ラスト」という気負いなどはなく、あれ、もう終わり?という印象) 音大に通う悦子が友人のリサイタルの切符を知り合いに売って歩いている時、偶然旧知の女性に出会う。富裕なご主人と結婚し国近という姓に変わっていた彼女、絵美子は直彦という子供を連れていたが、彼女の息子に向かう態度はベタ甘だった。悦子は彼女に「チケットを買ってくれる一を紹介してあげる」と田園調布にある国近亭に招かれる。その豪邸で、悦子は彼女の夫の昌行が長女の赤ん坊、マユミにはべたべたと甘いのに直彦に極端に冷たい態度を取ることをいぶかしく思う。他にも高校教師の昌行の弟、浪漫小説家の姉など、個性的で歯に衣着せない物言いをする家族らに、悦子は戸惑いながら晩餐を御一緒させてもらうことになる。その時、お手伝いの女性が、一人で温和しく遊んでいた直彦がいなくなったと慌てて告げる。家人が庭に出てみると、木戸が開いており、ブラックリボンと署名された新聞雑誌から切り取られたと思われる脅迫状が残されていた。

誘拐をテーマにしたサスペンス風ミステリ
本作について作者本人が「手掛かりが少なすぎる」と言っていた通り、本格推理かと言われるとちょっと疑問符がつくことは否めない。とはいえスピーディな展開、次から次へと出てくる謎など物語としてのバランスは非常に良くできている。ここでは明かせないが、真相の構造が凝っており、「誘拐」というテーマに対し、「さて、どう来る?」という読者は変化球で空振りさせられる事は間違いないだろう。仁木兄妹のシリーズのため三人称で書かれているのだが、読後これを倒叙で書いたらもっと凄い作品になるのに、と考えてしまった。
仁木氏の著作全てで言えることなのかもしれないが、著者の登場人物への目配りが心地よい作品。探偵役に素人探偵を持ってくると限界が目に付くかもしれないが、権力者には許されない「優しさ」が読者に心地よい。悪人が出ない訳ではないが、それでも読み終わった後に安心感を覚える、そんな作品。

ミステリは好きだけれど、どぎついのはちょっと苦手、というレベルの方に仁木作品は一番向いているように思う。本作そのものは仁木兄妹の他のシリーズを読んでからの方が楽しめるかと。


98/12/04
山口雅也「垂里冴子のお見合いと推理」(集英社'96)

山口氏によると「クレイグ・ライス」を書いてみたかったとも、「キッドピストルズのハードロック路線に対するアンプラグド路線」ともどちらとも頷ける氏の作品の中では異色の短編集。単行本ながら解説を加納朋子が書いている。

ヤマグチ流ホームコメディ&ミステリ。
観音市に済む垂里一家。この一家の長女、冴子、三十三歳、容姿端麗、健康良好、趣味読書。しかし今まで彼女の十二回のお見合いはことごとく不慮の事態が発生して本人に全く非がないのに破談になってしまう。果ては先祖代々の垂里家への呪いという説まで飛び出す始末。水産試験所に勤務するどこにでもいる父、一路。ちょっと心配性の母親の好江。外人ばりのプロポーションと容姿、能天気な性格の次女、空美、姉のことになると妙にムキになる高校生の弟、京一。そして≪お見合い界の孤高のハンター≫、お見合いのセッティングが生き甲斐の叔母、人見合子。彼ら彼女らが演じるホームコメディ的世界の中で繰り広げられる冴子の十三回目〜十六回目のお見合いと、それに付随して発生する事件を面白可笑しく、そしてミステリに描いた作品。
春の章『十三回目の不吉なお見合い』 夏の章『海に消ゆ』 秋の章『空美の改心』 冬の章『冴子の運命』。春夏秋冬、季節感あふれる中で繰り広げられる四編の物語、というかおはなし。

ミステリというよりコメディ的要素が強く、それが全く嫌みがない。山口氏の「ちょっとアメコミ系」の軽いセンスが良く出ていて、ワタクシ的になんか非常に楽しい気分になれたのだ。本編そのものも、どちらかというとミステリを書くための舞台としてホームコメディ的世界を選んだと言うより、ホームコメディが書きたくて、一応ミステリもつけてみました、と言ってしまえるんじゃないだろうか。物語が進めば進むほど、垂里一家+α達の性格に慣れてくるのか、どんどん楽しさが増してくる。
ミステリ的にもちょっとした趣向や教養のある作品で悪意の(比較的)少ない日常系のおもしろさがある。

ピンクの表紙や装幀も凝っており、ハードカバーで持ちたいところ。山口氏の作品の中ではミステリ以外のファンにもっとも受けそうな作品である。作品世界の中に遊びに行きたくなるような、そんな世界を楽しみましょう。


98/12/03
江戸川乱歩「D坂の殺人事件」(創元推理文庫'87)

孤島の鬼』と同時に発刊された乱歩の短編集。収録作品は下記を参照して下さい。

温泉街で出会った男に学生時代、夢遊病の為に犯した犯罪を語る 『二廢人』
明智小五郎デビューの作品にして日本家屋での密室殺人を描く表題作 『D坂の殺人事件』
奇妙な話を愛好する人々の集まりで自らが犯した九十九人の殺人について語る男 『赤い部屋』
道端で大声で自らの犯罪を吹聴する男 『白昼夢』
戦前の堕胎に対する恐怖がテーマ 『毒草』
深い森と沼を舞台に広がる幻想譚 『火星の運河』
妻の浮気に苦しむ気弱な男は子供達との隠れん坊で、恐ろしい目に出会う 『お勢登場』
人間嫌いの男の一生に一度の大恋愛の相手は小学校が同級だった今をときめく女優だった 『虫』
愛知県の廃屋で発見された死体は手足を縛られ硫酸を飲まされていた。死体の前にはそれを熱心にデッサンする青年が 『石榴』
東京大空襲の最中に豪邸の敷地にあった防空壕で見知らぬ女と熱烈な愛を交わした男 『防空壕』 以上十作品。中編に近い長さの作品とショートショートくらいの作品もあり。

探偵小説を単に創造するのみならず、それを熟知した作家
冒頭の三作品は「乱歩の短編集」には必ず収録されているような超有名な作品。特に表題作、『D坂の殺人事件』は現代でも短編のオールタイムベストに選ぶ人もいるだろう。それくらい凄い。監視された古本屋の中で絞殺されている奥さん。目撃者の曖昧な証言、人の出入りの出来ない現場。冒頭の奇妙な謎から、その最終的な解決まで維持される緊張感。プロット、場面転換、登場人物、ミスリーディング、真相、動機……全てに至って時代を超えても決して色褪せない迫力がある。(そりゃ風俗は別だけど、それもこれくらい隔世すると良い味である) 短編でありながら、足りなすぎず引きすぎず、文章に無駄というものがない。全てに計算が成されているといよりも乱歩の天賦の才能と思える。この衝撃的な動機も現代ならいざ知らず、当時はタブーだったのではないだろうか。他の作品では『虫』に殺意の奇抜さと犯人の死体に対する狂気に強い印象が残り、ホラーとしての高い完成度も感じる。時代を現代に持ってきても十分に通用する作品だ。また『石榴』の二転三転するプロットも短編本格推理のお手本だろう。ショートショートっぽい短い諸作品にしても不思議な味わいがある。

この作品集に限らず、乱歩作品を読める媒体は数限りなくあるし、皆さんの方がよっぽど読まれていることと思います。私のように「子供の頃以来乱歩は御無沙汰」という人こそ乱歩を読むべきなのかもしれません。


98/12/02
東野圭吾「虹を操る少年」(講談社文庫'97)

東野氏の「超人」シリーズの系譜?に連なる作品で、'94年に発行された単行本の文庫化。

幼少の頃から天才的に知能が高く、そして超人的に色彩感覚に優れていた光瑠。知能が高すぎる故の葛藤を乗り越え、高校生になった彼はパソコンや電子楽器を組み合わせ、「光」を「演奏」する「光楽」を紡ぎ出す。深夜、学校の屋上で一人で「光楽」を発信する彼の元に、そのメッセージに惹かれ、元暴走族の功一や、両親の不仲に苦しむ中学生輝美ら、若者達が集まりだす。彼は「コンサート」の場所を建設途中で放棄された市民会館に変え、更に多くの若者を集めるようになるが、彼に目をつけた「大人」による妨害が入る。しかし光瑠はある人物のバックアップにより、自らを商業的なルートに乗せて多くの若者にメッセージを送り出す。まがい物や教育団体が反対の声を挙げる中、もっと執拗に彼を付け狙う更に不穏な影があった。

ハートフルファンタジックドラマチック。
まず、講談社文庫版の井上夢人氏の解説があまりにもどんピシャなので。
要約ですが「人間にも絶対音感を持つ人がいるという。同じように光瑠はあらゆる色を見分けることが出来る。彼はその能力をフルに使って「ある計画」を実行に移す。そしてそのプロジェクトとともに小説は展開していく」

本作の魅力は、奇想天外でありながら十分に有り得る光瑠のその「能力」そして彼がやろうとする「プロジェクト」の壮大さ、にある。場面切り替えや登場人物の配置など一流の映画を観ているかのよう。最初の光瑠の設定にノックアウトされたまま、スケールの大きさなストーリーを追うのに夢中になり、なにか作者の手の中で驚かされっぱなしのまま一気に読み終えてしまった。登場人物もどれも人間くさく、多少胡散臭い設定もあるのに全てを呑み込んでしまう。ホントに東野氏の巧さと凄さを一気に感じることが出来た。

物静かで賢く、目的意識を持ち、自己犠牲も厭わない光瑠の姿は人間の理想像であろう。彼を使って東野氏が創り上げたファンタジックサスペンス。厳密なミステリではないけれど、一流のエンターテインメント作品であることは確かです。


98/12/01
海野十三「蠅男」(講談社大衆文学館'96)

主に昭和初期から戦後すぐまで活躍した「日本SFの父」(いや祖父くらい)とも言われた存在。小松左京や筒井康隆クラスが少年期に影響を受けたといわれている。他に代表作『深夜の市長』など。科学的な手法をグロテスクに展開したような作風が持ち味。

大阪の街になにやら不気味な臭いが漂う。現場にいた名探偵、帆村荘六は現場と思われる洋館に向かう。その玄関には主人の鴨下某は旅行中との張り紙があり、人気はない。居合わせた警官と共に家に押し入った帆村は暖炉の中に人骨を発見する。何と煙突の中で人が燃やされていたのだ。驚愕する警官を後目に家の中を捜索した帆村は隠れていた謎の人物に機関銃で撃たれて意識を失ってしまう。無理矢理退院した帆村が警察で事情を聞いていたところ鴨下の娘と名乗る人物が現れるが、彼女も父とは幼少の時分から会っていないという。そんな中に「蠅男」と名乗る男から「二十四時間以内におまえを殺す」と書かれた脅迫状を受け取ったという玉屋という富豪から連絡が入る。彼は部屋の中に閉じこもり、警官隊が厳重に監視していたにも関わらず、玉屋はその密室の中で後頭部を錐で刺された上に天井から釣り下げられた無惨な死体となって発見された。彼の娘、糸子の涙に犯人検挙の誓いを堅くする帆村であった。

これぞ昭和初期エログロナンセンス探偵小説!!
人気のない洋館で暖炉の火が死臭を発しながら燃えている。首尾良く現れる名探偵。姿をちらちらと見せながらも全く正体の掴めない犯人。送りつけられる新聞を切り抜いた脅迫状に貼り付けられた足をもがれ、胴体を半分切り落とされた蠅の死骸。勇ましいけれど、ちょっと慌て者の警察の面々。とにかく舞台装置が抜群に「探偵小説」。完全なる密室で殺される被害者と、完全防備の警察を嘲笑う恐るべき犯人、という図式は、何となく「怪人二十面相」(ないしはルパン三世(笑))を彷彿とさせる。それでも犯人造形の特異な着想から、単なる怪盗小説や冒険小説の要素は強くあってもその範疇に留まらず、真実探求の興味を尽かせないあたりは、本格かどうかはとにかくとして推理小説の魅力を強く持っている。本書の犯人のような「奇想天外の怪人」が小説内世界に違和なく存在できるのは、戦前の探偵小説の最大の魅力かと思う。確かに風俗や小説構造含め「古い作品」ではあるが、その古さがかえってある種の「郷愁」?を誘い、読了後に深い満足感が味わえる。

「探偵小説」の魅力、雰囲気を満喫出来る一作。戦前の作家のこのような作品が(多少高いとはいえ)新刊扱いで書店で入手できるのは素晴らしい。普通「蠅男」という題名でグラッっと来ますよね。その正体を知りたい人は……読んで知りましょう。やっぱり、コレは。