MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−過去の書評群 (掲載順)−  


98/12/31
山田風太郎「おんな牢秘抄」(角川文庫'84)

昭和三十四年に執筆され翌年刊行された作品で、角川文庫に再収録されたもの。忍法帖ではなく、時代推理作品(捕物帖とも少し違う)。比較的近年まで再版されていたので入手しやすい。

江戸中期、大岡越前守の娘、霞は越前守秘蔵の同心、巨摩主水介が捕まえて牢獄送りにしようとしていた女泥棒、姫君お竜に興味を持つ。彼女が真の悪人でなく男性優位の封建社会の犠牲者である、と見抜いた霞は父、大岡越前守にある申し入れをする。小伝馬町の女牢に新入りとして入ってきた姫君お竜。女牢は色々なしきたりがあり牢名主と言われる女性を頂点とした身分制度がまかり通っていた。お竜は巧みな体術でその名主の取り巻きを倒すと、牢の中にいる女性から彼女らが囚われている訳を聞き出すのであった。毒蜘蛛を使って亭主を殺したという見せ物屋の女、姦通を仕掛けてきた間男を刺し殺した武家の女房、新興宗教の教祖を殺した町娘……いつの間にやら世間に出たお竜は彼女らの事件を洗い直し、その裏に女性であるが故の悲劇と大きな陰謀を見出していく。

痛快時代小説であり同時に本格探偵小説。見事。
「おんな牢…」というキーワードを聞くとつい「女囚残酷物語」みたいなモノを想像してしまうアナタ。私も(一緒にしていいのか?)そういうクローズドの世界での物語を風太郎流に著した作品かと思っていたのだが、これが大間違い。本格連作推理小説だったのだから、これはもう吃驚、としか言いようがない。大岡越前守が裁いた六人の女囚。当時の女囚たちがどういう境遇にあったか、牢内の奇妙な作法やしきたりも綿密な考証から再現されており、メインストーリーと関係のないその部分から興味が尽きない。加えて死罪と確定した彼女らをひっくり返すために「姫君お竜」が牢屋に飛び込み、評定と称してまた牢外に出て事件を再捜査するのだ。その再捜査の方法、直感の鮮やかさ。女性達は自ら罪を犯したと思い込んでいたり、実際に実行犯だったりはするのだが、その影にいる黒幕を次々と暴き立てる「姫君お竜」の八面六臂の大活躍にはただただ目を見張る他はない。何よりも凄いのは六人の女が囚われた事件、それぞれを繋ぐ一本の糸があり、恐るべき陰謀に繋がっていることだろう。ラストは一転してほのぼのとまとめられていて読後感も鮮やか。

本の厚みもあり取っ付きにくいかもしれないが、忍法帖系が好きな方にも捕物帖が好きな方にも本格推理が好きな方にもオススメできる佳作。問題は探し出すことだけ。頑張ってください。


98/12/30
鮎川哲也「黒いトランク」(角川文庫'74)

鮎川哲也の作品で最も高名な作品にして、鮎川哲也名義の処女長編。昭和三十年第ゼロ回乱歩賞とも言える講談社の書き下ろし探偵小説全集に応募、見事にそれを射止めた作品。このエピソードは後の鮎川氏による賞創設の重要な契機となっている。

1949年、汐留駅で保管日限の過ぎた黒い革製のトランクの中から、ゴムシートに包まれた男の死体が発見された。宛先こそ架空の住所であったものの、そのトランクが発送された福岡県の二島駅の係員が発送した人物と顔見知りであった。その男、近松は麻薬取引の疑いから既に警察からマークされていた人物で、その荷物発送の前後から行方をくらましていた。とはいえ彼は様々な場所で目撃されており、足取りが追えそうではあったものの妻に宛てた兵庫・別府消印の葉書を最後に投身自殺を思わせる遺留品が発見され、暫く後にその水死体が瀬戸内海で発見された。近松は鬼貫警部の大学の同級生であり、近松夫人は鬼貫が生涯でただ一人本気で愛した女性であった。近松の死に他殺の疑いを感じた鬼貫は、幾つかの疑問点を胸に調査を再開する。

時刻表ミステリの原点にして硬派の推理小説
この作品が有名な理由の一つにこの黒いトランクの事件がただ一つの「鬼貫警部自身の事件」であることが挙げられる。犯人と目される人物とその妻、そして後の捜査線上に浮かぶ人物も皆揃って鬼貫の大学時代の友人であるのだ。彼らを悼み、疑わなければならない鬼貫の心中はいかばかりであったろうか。(の割にアリバイが成立した人間に対してもえらく執拗いが)
物語そのものは複数存在する黒いトランクの行方と近松が同行していたと思われる「青い服の男」が一体誰なのか、という主題の元に進む。一つ越えたかと思ったところに次々と立ちはだかる壁のように強固な犯罪計画を鬼貫がどうつき崩すのかが見所。ただ(鬼貫ものではありがちだが)動機を全く後回しにしたままアリバイにばかり鬼貫が固執する点に僅かな違和感は残る。更に事件の最終構造は鬼貫以外の人間に明かされてしまうのだが、これも鬼貫に語って欲しかったのは望みすぎだろうか。

時刻表ミステリの原点であり、世を席巻するトラベルミステリの祖たる作品。とはいえ作品全体を覆う重厚な雰囲気と物語構造は「軽さ」とは無縁。じっくり時間のある時に頭をすっきりさせて取り組まないとついていけないかも


98/12/29
泡坂妻夫「奇跡の男」(光文社文庫'91)

泡坂氏の昭和61年から62年に書かれたノンシリーズの短編を一冊にまとめた作品集。デビューより二十五冊目。

超高額の袋くじに日本でただ一人当選した男は、以前にも六十三人が死亡したバスの事故でただ一人助かった男だった。その幸運の秘密を探るべく写真週刊誌の女記者が彼を追う『奇跡の男』、自家製の醸造酒を呑ませる居酒屋に来た刑務所帰りの態度の悪い男が翌朝死体となって発見された。彼に送られてきた香典から事件は意外な方向へ『狐の香典』、私が日曜画家を愉しんでいたリゾート地の浜辺に水泳部の女子学生が大挙してやってきた。ことあるごとに目の保養をしていた私は大変なものまで目撃してしまう『密会の岩』、その日の食べ物にも困った男女三人が雪崩れ込んだ知り合いの作詞家は、隠し子がいるということで恐喝まがいの訪問者を受けていた。その彼が仕事場の離れで毒を呑んで死んでいるのが見つかった『ナチ式健康法』、民宿の小学生の息子、義雄は小学校の先生からの宿題の絵日記を付けるために泊まり客らを観察していた。綺麗なお姉さんに纏わりつく地元の男たち。義雄の民宿に宿泊中の美人客が鍵のかかった風呂場で刺し殺された『妖異蛸男』以上五編。

計算されているのは、意外な結末だけではない
泡坂氏の作風を一口に言うと「変幻自在」である。オトナの恋愛小説からユーモアミステリ、本格推理、戯曲からショートショートまで何でもこなしてしまう。本作はその泡坂氏の色んなエッセンスが混じり合った作品集である。亜愛一郎シリーズのような突飛な設定の『奇跡の男』『妖異蛸男』、大人の人生小説のような『狐の香典』、幻想小説のような『密会の岩』、青春小説的味わいの『ナチ式健康法』と背景も文体も登場人物も異なる作品が集まっている。一見ばらばらで読んでいても統一感はない。しかしそれぞれを独立した短編と考えて、もう一度考えるに、この手法は読者に与える驚きを計算し尽くした結果こうなったに他ならない、ということが浮かぶ。錯覚や逆転の発想を狙ったトリックがこれらの文体、設定からラストに効果的に読者に浸透する。まさに職人、まさに名人芸。

登場する人物は(私の通読では全部は分からなかったが)かなり他の短編やシリーズ作品と重なった人物も登場しているらしい(解説より)。その辺りの泡坂世界を構築して遊ぶ心にはニヤリとさせられる。人を食ったようなオチのものもあるが、泡坂流に料理されたアラカルトを余裕を持って愉しみたい。


98/12/28
山田正紀「謀殺の翼747」(中公文庫'92)

山田正紀六十三作目(?)の長編。C★NOVELSで'89に発行された作品。

日本の各地に零細企業の労働者や中国人の留学生として潜伏していたアジア人三名が密かに羽田空港に集結した。彼らが搭乗したのは中央航空の羽田発那覇行きのボーイング747-400型機。ある方法から銃器を持つ彼らは難なくスチュワーデスを脅し、操縦席に入り込む。彼らのうち一人はジェット機の操縦が出来、操縦士らは拘束された。一方乗客もある方法により全員眠らされた為、三人のテロリストを阻むものは無くなり、二百二十人の生命を乗せた旅客機のハイジャックは成功した。彼らは管制塔に対し、日本の商社、葉山商事が持つ三十億円相当のダイヤモンドを要求する。慌てふためく日本政府を後目にダイヤの供出を受け入れる葉山商事。そしてハイジャックされた747-400の背後には米軍の最新鋭の情報収集用航空機E-4が密かに接近していた。

さり気ない山田氏の技量が溢れた航空サスペンス
一方の主人公たる三人のハイジャッカー。男っぷりが良く、彼らの潜伏時の行動ぶり、乗り込んでハイジャックするまでの手際、そしてその鮮やかな計画。プロとしての仕事を観る面白さがまず楽しめる。そして本当の主人公たる”臆病者”島村。彼のアジアで黒幕に拾われるまでの荒んだ人生と、今回の与えられた仕事に赴くまでの緊張した時間。物語の側面説明という役割と自らではどうしようもない大きな流れに囚われた個人の哀しさを読者は感じるだろう。更に彼らに様々な人物が加わって展開される途方もなく大きな陰謀がまた大きな魅力。読者は、この陰謀のベールが一枚一枚剥がれ、その全貌に近づいていく快感まで味わう事が出来る。幾重にもおいしさを感じる作品である。
普通は気付かないだろう点、いや気付かされないように考えられた点に一番気になった。良くも悪くも話の流れが非常にスムース。頻繁な場面転換と簡潔な登場人物の台詞。的確な場面説明と各地の風景描写。完全なる「小説」なのだ。そう、気になった点とは「全く無駄がない」ということ。よく言われる後の山田氏の作品でよく言われる長大さとは反対の作品である。(とはいえ、私個人としては山田氏の後の長大作品群も”必要だから”そうされていると思っている)

多作で知られる山田氏の著作群のうちで本作は決して代表作という訳ではない。山田氏のサスペンス作品と限定すればそれなりの評価を得られるであろう作品。ホントに外れの少ない方である。


98/12/27
宮部みゆき「夢にも思わない」(C★NOVELS'97)

『今夜は眠れない』の続編にあたる「僕」と「島崎」少年二人を主人公としたミステリシリーズ。

中学一年生となった「僕」は相変わらず下町に住みサッカー部に所属し、充実した毎日を送っている。気になるあの娘はクドウさん。「僕」の親友、床屋の息子、島崎は体力知力抜群で将棋部に所属。他校生徒を交えたトーナメントで優勝するような実力の持ち主。そして「僕」と相変わらずつるんでいた。そんなある日、クドウさんが家族で出かけるという白河庭園の虫聞きの会に「僕」も彼女会いたさに出かけたところ、場内の様子が騒然としている。「女の子が殺された」聞いた声に「僕」は夢中で園内に駆け込み、死体と対面する。その大人びた服装からは想像できなかったが、閉じられた瞼を持つその顔はクドウさんだった!ショックを受け卒倒した「僕」は病院に担ぎ込まれたが、結局殺されていたのはクドウさんそっくりの従姉妹であったことが分かる。しかし、他の人間の無責任なうわさ話や中傷に憤慨した「僕」は島崎と共に真犯人探しに乗り出す。

少年青春ミステリに見せかけたハードボイルド
体裁は青春ミステリ。中盤まではそうとしか読めないように作っている。「僕」の淡く幼いクドウさんへの想い。彼の一人称での語り口はそのまま恋する少年の一途な気持ちとしか感じられない。従姉妹が殺され、しかも死後に黒い噂が立ったことで傷ついた彼女のために「僕」は「今、出来ること」を必死に模索しているにすぎない。その「出来ること」が結局事件そのものの謎解きと繋がっているのが宮部さんのテクニックであろう。「僕」の行動は少年探偵団的で(多少の御都合主義には目を瞑って)多少の無鉄砲と子どもであることの特権を活かして、次々とミッシングリンクを解き明かしていく。クドウさんとの初デートや、親友に対するちょっとした疑いを感じたりとちょっと甘くて切ない中学生生活もスパイスになり、物語の進展は鮮やか。事件を通じて成長した「僕」は最終的に得られた事柄からあまりに残酷で、少年が大人になるための壁といっては険し過ぎるような壁を越えることになる。これをハードボイルドと言わずしてなんと言おうか。

相変わらずの読みやすい語り口とその背後に埋められた色々な人間の毒。中学生の目を通じて、人間や社会の汚い部分を鋭く描いた作品。受け口の甘さにとらわれずにしっかり読んで欲しい一冊。


98/12/26
霞 流一「赤き死の炎馬 奇跡鑑定人ファイル」(ハルキノベルス'98)

横溝正史賞出身作家、霞流一氏の四作目の長編。

出雲大社が統括する「大社第四調査室」に所属する「私」こと魚間岳士は奇跡だの怪異現象などを解決する「奇跡鑑定人」だ。怪しげなオカルトなどから人々を未然に守るために活動している。私は岡山県で瞬間移動としか思えないような奇妙な状況に遭遇したという女性と面会、その村、羅馬田村の旅館、織音荘に赴いた。羅馬田村は備前焼の盛んな普通の田舎村であったが、平家の落ち武者が頸の無い馬に乗って凄絶な死を遂げたという伝説が残っており、馬頭観音や馬を模した道祖神などがそこかしこにあった。彼が二度目の調査の為に「本能のままに生きる男」天倉を連れて村に戻ったところ、旅館の娘の妙子が殺されていた。彼女はビニールハウスの中で全裸死体で発見されたが、そこには犯人はおろか彼女の足跡も無かったという。さらに立て続けに締め切ったログハウスの中で男が撲殺された。部屋は中から鍵がかかっており、室内はポルターガイスト現象があった後のように荒れ果てていた。

全編を彩るくすくす笑いに騙されよう!
一応本格ミステリの体裁を取っている。見方によっては不可思議極まりない殺人事件や事象も発生する。もちろん最終的には合理的な解決に持ち込まれるし、そのヒントもきちんと文中に隠されている。なのにラストに至るまで読者はマトモに推理をさせてもらえないはずだ。何故ならギャグ満載だから。普通はさりげない描写で伏線を隠すところを、霞氏は強烈なギャグでその部分を隠蔽しており、私はまんまとそれに乗せられてしまったクチである。
猛毒な皮肉を得意とする江戸っ子捜査員の「私」と自らの欲望に忠実な行動を取る探偵役の天倉とのコンビネーションが、物語を埋め尽くして読者を煙に巻いてしまう。物語もその背景も小道具も良く考えられていて、トリックも惜しげなく使われている。この部分がもっと誉められるべきなんだろうと思うが、キャラクタに飲み込まれているんだよなぁ…。

知る人ぞ知る(一作読めば分かるけれど)霞氏の作品は動物づくし。本作のテーマは「馬」。ギャグ満載ながら「アホバカミステリ」とは一線を画している(と思う)。新本格ファンに限らず、色んな人に読んでもらいたい作品だ。


98/12/25
小野不由美「月の影 影の海(上下)十二国紀」(講談社X文庫ホワイトハート'92)

屍鬼』などでホラー作家としてもブレイクした小野不由美氏の本来の代表作である「十二国紀」シリーズの第一作。(厳密には『魔性の子』が第一作かも)本シリーズは中高生に大人気(らしい)オリエンタルな雰囲気のファンタジー。とうとう手を出してみました(笑)

ちょっと天然の赤い髪を持つ平凡な高校生、中嶋陽子は家庭においても学校においても典型的な「良い子」であった。ただ毎晩、何か化け物に襲われかける悪夢を見るのが最近の悩み。日を追う毎に襲い来る化け物との距離は近づいてきていた。そんなある日、悪夢のせいで睡眠不足に陥っていた陽子は授業中に居眠りをしてしまい職員室に呼び出される。唐突にそこに「ケイキ」と名乗る金髪の青年が現れ、「お迎えに参りました」と彼女に告げる。突如、職員室の窓ガラスが割れ、学校に化け物が襲ってくる。パニックに陥る陽子をよそに「ケイキ」は陽子に剣を授けると様々な別の化け物を呼び出し、彼女を守るように告げる。陽子は化け物の背に乗せられたまま空を飛び、海の中に飛び込んだ、と思うと別の世界の海岸に流れ着いていた。

素直に入り込める不思議な世界
「平凡な主人公が何かの弾みで異世界へ」ああ、なんと陳腐なファンタジーの出だし。突如襲ってくる化け物。味方なのか敵なのか分からない登場人物。訳も分からないまま異世界に連れてこられた主人公が感じる焦燥感、不安感は上巻をぶっ通しで貫いており、読者自身にもそれは伝染する。主人公、陽子が今まで築き上げ信じてきた愛情、友情、経験、信用そういった諸々のアイデンティティは完膚無きまでに叩きつぶされる。しかし通して読んだときには結局、このツライ前半が物語を綴る上で大きく効いている。無論、この長い陽子の放浪の旅、この部分は主人公は勿論、読んでいる読者にも辛いパートだ。人によってはこの段落のやるせなさに本を投げ出すのでは、と余計な心配をしたくなるほど。しかし、この部分により「異世界に生きる主人公」という存在が凡百の類型ファンタジーの何倍も引き立っている。
とうとう異世界での友人と出会えた主人公がどう成長していくか、自らの心情にどうけりをつけていくか。ファンタジーという舞台で無ければ有り得なかった主人公の成長。これが大きな見所である。そしていつの間にか世界にどっぷりと移入させられるこのテクニック。ラストは一つの物語の終わりでありながら、多数の物語の始まりを感じさせる。ファンタジーとたかをくくらず、先入観なしに読んだ方が楽しめるかも。

まだまだ序盤にさしかかったばかりで、一つの物語を読んだだけでありながら、すぐに「次!」という気分になってしまった。末永く付き合っていきたいと思える「世界創造」を成し遂げた小野先生の力量に素直に拍手。


98/12/24
岡嶋二人「クリスマス・イヴ」(講談社文庫'97)

岡嶋二人氏の作品の24作目。徳山氏との実質解散が決まっていた状態の井上氏がほとんど一人で書いた作品と推察される。

あるクリスマス・イヴの日。友人の持つ雪深い山荘で開催されるプライベートパーティの為に車を走らせる喬司と敦子。彼らは友達以上恋人未満という間柄だった。パーティの主催者が夫婦でもう一組来る予定の男女が婚約者同士ということを聞いて拗ねる敦子。雪道になり、彼らは目的地である別荘に到着したのだが、別荘は静まり返っていた。主催者の悪戯だと中に入った二人を待ち受けていたのは、別荘の持ち主の男性の死体。電話線も切られていてパニックに陥った二人に突如襲いかかってきた謎の殺人者。必死の抵抗で一旦は男を撃退した二人だったが、車は目茶苦茶に破壊されていた。電気も繋がらず、不安に怯える二人は更にもう一人の死体を発見、途方に暮れる。

クリスマス・イヴにラブラブのカップル二人で読もう!

嘘です。ごめんなさい。ホントはこんな感じ。

孤立無援の二人に襲いかかる殺戮の嵐
二人が山荘に入ってから、ラストに至るまで息を吐く暇さえ与えない怒濤の緊迫感。雪の降る人気のない別荘地、脱出できない焦燥感、神出鬼没の殺人鬼。大きな緊張と、ほんの少しの安堵を繰り返しながら、雪道を転がり落ちる(登場人物も時々転がり落ちている)ように話は展開する。悪鬼のような犯人のやり口と、それに対して身を削るようにして反撃を試みる二人のギャップが、言いようのない不安としてページを繰るごとに降り積もって行く。某作品のように化け物のような肉体を持っているでもないのに「なぜ襲われるか分からない」この殺人鬼がこんなに恐ろしいなんて。推理小説として推理する余地などほとんどないし、わざと作者が書かなかったある点については不満もなくはない。しかし瞼を閉じずとも映画のワンシーンのように頭の中に浮かんでくるようなこの情景、この迫力こそを作者は追い求めていったのだろう。成功している。

心理でもサイコでもない、真っ向からのホラー。映画と違って本は「決して一人では観ないで下さい」という訳にはいかないからね。こう書くしかないです。「こういうの、好きな人」どうぞって。


98/12/23
若竹七海「サンタクロースのせいにしよう」(集英社'95)

若竹氏の六作目の作品。デビュー作『ぼくのミステリな日常』に続く連作短編で全て「小説すばる」に連載されていたもの。

振られて落ち込んでいた二十代後半のアクセサリー販売業勤務、独身の岡村柊子は、京王線柴崎駅徒歩十五分一戸建て、ルームメイト募集という友人、夏見の話に飛びついた。同居人となるのは松江銀子、有名な俳優の四女だが、家事一般が何にも出来ない完全なお嬢様。更にその家には玄関の上にお婆さんの幽霊まで住んでいたのだ。
複雑な銀子の今までの家庭生活における姉たちや父親との少し変わっていて、少し微妙なコミュニケーションを様々に描く『あなただけを見つめる』、家のある一角には異常にゴミ出しマナーについて五月蠅いおばさんが住んでおり、住民のゴミ袋を勝手に開けてチェックまで始めだした『サンタクロースのせいにしよう』、家の近所の花壇のチューリップが雑草ごとごっそりと引き抜かれてしまった。銀子の腹違いの兄、達郎と共に安楽椅子探偵にふける柊子『死を言うなかれ』、自分の住んでいる一戸建ての家賃が相場より相当に安いことに気付いた柊子は、家にいる幽霊のせいだと考え前の持ち主について調べ始めた『犬の足跡』、芸能界にいた銀子の下の妹、卯子が突然の自殺。銀子の気持ちを思い滅入っている柊子の元へ、「卯子に殺されかけたことがある」という女優の卵から電話が入る『虚構通信』、夏見や竜郎が止めるのを聞かず、銀子と台湾旅行に出掛けた柊子。飛行機内でバカ息子と高慢女の会話に呆れ返りながらも興味が引かれる『空飛ぶマコト』、銀子が実家に戻ることになり、ルームメイトの柊子も家を出ることになった。夏見、達郎、柊子の三人で行ったお花見の席でちょっと眼を離した隙に達郎の大切なビデオカメラが壊されてしまって険悪な雰囲気になる『子どものけんか』、以上七編の連作短編集。

ユーモアたっぷり、気軽に読めるオススメご町内ミステリ
設定だけなら出来の悪いコメディホームドラマ。転がり込んだ一軒家。ルームメイトは有名俳優の娘で天真爛漫家事能力ゼロのお嬢様。おまけに下駄箱の上にはお婆ちゃんの幽霊まで出てしまう。この設定を逆手に取るのが主人公、岡村柊子。彼女がフツーの感覚を持つ20代女性であり(多少変わったところもあるけれど)フツーの感覚で彼らに接することで、このとんでもない設定が逆に活き活き、溌剌とした大きなプラスの印象になっている。読み始めてしばらくすれば、柊子の気持ちに読者の気持ちも重なっているはずだ。
それぞれの短編に呈示される「謎」は他愛のないものから、人の生死に関わる深刻なものまで様々。剥き出しの悪意もほんのちょっとした悪戯心も、無邪気な事故もあるが、それがどう関わってくるかは読んでのお楽しみ。それぞれの作品毎に謎のタイプが微妙に異なっていて、さらに毎回違う人物が探偵役となりその謎を解説してくれる。それぞれの関わりがコロコロと変わるところがこの作品集の最大の魅力なのだから。

全てのヒントが物語に示されている訳でもないので、じっくり取り組むというよりミステリーとして素直に文章を愉しみたい作品。軽い気持ちで読み始めていい気分になりたい人へ。(特にクリスマスに向いている訳でもないです)


98/12/22
式 貴士「怪奇日蝕」(角川文庫'81)

超異色、ブラックな作風が魅力の「スーパーSF作家」式氏の作品集。式氏の紹介をしたいのだが、手許に資料がないのでまた後日。

私には誕生日になると現れるインモラルな分身がいて私の知らないところで私の初恋の人や最愛の恋人を陵辱していくのです。表題作『怪奇日蝕』、未来から突然やって来たスイッチを入れた人の妄想を画像化し、念じたことが実現してしまう懐中電灯のような機械『懐中幻燈』、幼い頃に犬をいじめてその逆襲にあって以来、犬が怖くてしょうがなくなってしまった男の話『犬が嗤う』、白血病の妻とお祈りしていたら、ある日突然世界中の水という水がいつの間にか全て血液に変わってしまった『血の海』、自ら念じたものを石に変える能力のある男がある女性に恋をした『おれの人形』、宇宙からやってきた桂痴雀師匠はお客を自らの演目の中の登場人物に変えてしまう不思議な能力を持っていた『落語ワールド』、丘の上にぽつりと建っている謎の扉がある時突然開いて中から美しい少女が現れた『われても末に』以上七編のスーパーSFの作品集。

夢野久作の再来?エログロブラックな現代人の妄想が全て詰まった作品群
私が通読して抱いた感想はまさに上の一文。一個の人間にこれだけの妄念が詰まっているものだろうか?と考えさせられるくらい受けた衝撃は大きかった。表層上のお話はナンセンス、かつブラック、そしてエロティックなスラップスティックなストーリーである。着想は強烈とはいえ、非凡というほどでもないし、SF的には科学的な裏付けなどは意図的に無視されている世界。「自分が超能力者だったら」「世の中がこう変わったら」「念じたとおりに世の中が動いたら」それぞれ発想そのものは誰もが生きている間に一度は考えるレベル。式作品の凄さはここから徹底してその妄想にこだわっていくこと。その描写は極めれば極めるほど、露骨で醜くなっていく。禁断の愛、叶えられないセックス、世の中の徹底的な破滅。描かれているのは人間の本質が持つ情欲であり、物欲であり、破壊欲であり、それらは更に徹底的な自己崩壊に主人公達を向かわせている。しかし、読者は登場人物の愚かさや、下劣さ、貪欲さを笑う前に、自分自身のどこかに潜んでいる同じような気持ちや考え方に気付かされるはずだ。その瞬間、式作品の麻薬にも似た魅力の虜となっている。凄い作家だよ、ほんと。

何となく手に取った割にドはまりしそうな予感。実は本作が私も初読なので、人に勧める前にもっと自分で読んでみます。はい。


98/12/21
江戸川乱歩「蜘蛛男」(創元推理文庫'92)

昭和四年から翌年にかけて講談社発行の『講談倶楽部』に連載された作品で、探偵小説でその名声を高めた乱歩が通俗路線へと転じていく過程の作品と言われる。それでも探偵小説的興味は尽きない点はさすが乱歩か。

東京にあるとある貸しビルの十三号室を「美術商 稲垣」と名乗る恰幅の良い男が借り受けた。彼は電話を使って即席で調度を整え、新聞に「女事務員募集」の三行広告を出す。整った条件に応募してきたなかから里見芳枝という十八歳の女性を選ぶと彼は言葉巧みにその女性を空き家に連れ込み、風呂場で惨殺する。勿論、美術商も稲垣という名も全くの嘘であった。暫くの後に再び事務所に現れた稲垣は今度は男性の営業マンを募集、彼らに六つの石膏像の一部を渡し、挨拶として学校に配るように指示をする。もちろん、それは切り刻まれた芳枝の身体に石膏が塗られ、あたかも石膏像として見えるようにされたものであった。「蜘蛛男」といわれるその犯人と対決するのは在野の高名な犯罪学者、畔柳(くろやなぎ)友助とお馴染み、波越警部。しかし彼らを嘲笑うかのように「蜘蛛男」は芳枝の姉、絹枝を偽手紙でおびき寄せ、心臓を一突きにした死体を江ノ島の水族館に曝すのであった。

作品内から横溢する狂気と脅威と驚愕
乱歩の通俗長編のエッセンスが詰まった作品(らしい)。勿論、一般雑誌に掲載された作品なので道具立てや、犯人の狂気や行動が大人(というか大衆、庶民?)を意識してかなりドロドロした味付けがされているのだが、その根本にある骨組み、特に一本走っている背骨の部分に、子どもの頃読んだ「少年探偵団シリーズ」の面影を強く感じた。大人向けの冒険譚、というのが基本か。「悪の美学」に取り憑かれた圧倒的な犯人像も乱歩作品の大きな特徴であろうが、死体をわざわざ天下に晒すその妄執、捜査陣を翻弄する悪魔的な狡知など本作品でも犯人は遺憾なくその力量(?)を発揮している。更に後半部分の初めの方で明かされる大きなトリックや、犯罪に用いられた手口など、探偵小説作家としての乱歩の腕前も冴えており、その意味での驚きも十分に堪能できた。

乱歩自身愉しんで書いたのだろうことも推察され、創元推理文庫版付属の松井一夫画伯の初出時の挿し絵、山口雅也氏の見事な解説ともども、十二分に乱歩の世界を堪能できる「文庫本」である。但し「蜘蛛男」は足が八本あるわけでも、壁をよじ登るわけでもないので、念のため。