MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−過去の書評群 (掲載順)−  


99/01/10
西澤保彦「ナイフが街に降ってくる」(祥文社ノンノベル'98)

SF本格の第一人者(他にいないとも言う)で多作で知られる西澤氏が'98年最後に送り出した作品。しかし、この方は出版社を選びませんねぇ。

女子高生、岡田真奈はこの夏休み、憧れの杉本先生に迫る準備のため彼の住む隣街を訪れ、その自らのフラチな妄想を実現させるための下調べをしていた。彼の行動をこっそり監視した結果、喫茶店やファストフードで偶然の邂逅を装うのだ良いと結論した。ぐはは、彼のハートは私のものよん。ところが!!2時5分、突如時間が完全に停止してしまった。全てのものはその瞬間のまま固まってしまっており、動けるのは彼女ともう一人だけ。原因はそのもう一人、末統一郎。彼は何か疑問に思うことがあると彼自身と身近のもう一人を巻き込んで時間を停止させてしまうという奇妙な癖を持っていたのだ。その疑問の発端となったのはナイフを腹に突き立てたまま道ばたに突然に倒れ込んだ男性。普通ならパニックとなる状況の中で意外な冷静さを発揮する真奈に好意を抱く統一郎。しかし、彼らの前には次々と背中や腹をナイフで刺された人間が現れ、統一郎は更なる謎に悩まされることになる。

相変わらずの西澤風。魅力的な設定&登場人物
「時間よ、止まれ」ああ、我々一般人が常日頃抱く妄想をいとも簡単に西澤氏は本格推理小説の舞台として取り入れてしまう。「時間停止」のリクツ自体は登場人物の口から説明されているので、その秘密を解き明かすことが本作の主眼ではもちろん、ない。中心となる謎は「複数の人間が同時にナイフに刺されており、それが何らかのリンクをしている」という点。あまりにも「時間停止」の設定がスムースなだけに事件の謎そのものは取って付けた感も否めないし、その最終的な解決には本格ミステリとするならば、もう一ひねり欲しいような気もするが、そこはそれ。西澤SF本格の魅力的な世界は多少のマイナスを相殺して余りあるパワーを持っているので大きく気にするほどの点ではない。
とにかく「時間停止」におけるヒロイン真奈の行動が楽しい。交通事故になりかけの人々を「今のうちに」と助けるところまでは頷けるのだが、その後憧れの杉本先生のある行動を目撃してしまいヤケになった彼女は街中を混乱の極みに陥れるような悪戯に耽るのだ。つい「動き出したらどうなるか」を想像して爆笑してしまった。

単発なので本作から入るのも構わないが、多少の推理小説上の甘さもなくはないので、他作品で西澤流を理解してから読まれる方が良いかも。ただ、笑えることは保証付き。


99/01/09
式 貴士「連想トンネル」(角川文庫'82)

角川文庫に式貴士が書き下ろした作品集。作者曰く「自分の全てがこの作品集に包含されている」というもの。

眼底手術で用いられた瞳孔拡散材から「連想」した事柄の超リアルな幻覚を見るようになってしまった『連想トンネル』念願のマンションの一人暮らしを手に入れた若者は、誰もいない部屋の中で女性の独り言を聞く『見えない恋人』大学に入ったうぶな美少年は劇団サークルに入り、一人の美少女に想いを寄せるが…『ロボット変化』、古今東西さまざまな首吊りに関して博学の男が曰く付きの三味線を弾きながら独白をする『首吊り三味線』、宇宙人による地球人の文明破壊作戦は恐るべき手段を用いることでスタートした『文明破壊作戦』、ワンマン社長の娘の婿候補になった男は彼女にベタ惚れしたが彼女の飼い猫からは気に入られない『猫は頭にきた』、幼い頃の事件をきっかけに互いにテレパシーを使える男女の甘く切なく哀しい恋物語『マスカレード』以上、七編の短編集。

他人の妄想を覗き見ている気分
どう表現したらいいのか。物語が既に極限に行っている。設定も平凡のように見せかけながら「どうしたら効果的な演出が出来るか」と巧みな技巧が織り込まれているし、その主題たるや「妄想の極限化」としか言いようのないもの。更にオチまでニヤリとさせられる。ただ表現に惑わされず、その本質に目を向けると「人間の弱さ」「愛の哀しさ」などまで感じ取れるのがまた面白い。
ただし、やはり目に付くのはそのリアルな表現。もちろん式作品のポイントである。それは「ここまでするか?」というくらいグロいし、エロい。そして人間の想像力の極限を超えている。式氏以外の誰が地球滅亡の経過を描写するのに「包茎手術の最中の医者」なんて選ぶだろうか?美少年を、両家の令嬢を三文エロ小説以上に非道い目に遭わすのか?読者が見ているのは、ほんのちょっとした「誰かの妄想」であるのだが、それがエスカレートしていくに連れ、ますます残酷にエロティックに物語は爆発寸前まで膨らんでいく。丁度、見たくないけど見たい、両目に掌をかざしながらも指の隙間から覗いてしまう、そんな刺激が全作品に散りばめられている。

角川文庫の式氏の作品は全て絶版です。古書価で一冊500円が相場。文字から刺激を求めたい人、普通の文学に飽きてしまった人……禁断の扉を開けてみて下さい。


99/01/08
江戸川乱歩「魔術師」(創元推理文庫'93)

初出は昭和5年から6年にかけて『講談倶楽部』に連載されていたもので『蜘蛛男』のすぐ後の続編のような形にあたる。通俗長編といわれる分野。

『蜘蛛男』の事件を解決した明智小五郎はとある湖畔のホテルに静養に来ていた。彼はそこで有名な宝石商の令嬢、妙子と知り合い、互いに惹かれあう。妙子が帰京してすぐその宝石商、玉村善太郎の実弟得二郎の元へ日付をカウントダウンする奇妙な脅迫状が舞い込んできて来ているという連絡が入る。波越警部からの出動要請に応え、急ぎ引き返した明智小五郎だったが、駅前でいきなり賊の手で拉致されてしまった。一方、得二郎は自宅の警備を固めていたにも関わらず、は不気味な笛の音と共に密室で死体となって発見された。現場の天井近くには血塗れの手形が残っており、死体は首が持ち去られているという惨状。彼の首は小舟に乗せられ、ある川を流されているところを発見された。更にその頃、賊に捉えられた明智は東京湾に浮かぶ船の中で絶体絶命のピンチを迎えていた。

猟奇、凄惨。そして乱歩らしいプロットの饗宴
色々な意味で読了後に溜息が漏れる。計算されていたのか、行き当たりばったりだったのか分からないまでもどんでん返しに次ぐどんでん返し。追っ手対犯人の行き詰まる捕り物。アイデアが秀逸なだけにもっと執拗く描いて欲しかった意外な実行犯人。とにかく、完璧だとは言い切れないが、当時としては最大級であったであろう色んなアイデアが盛り込まれた、興趣に溢れた作品であることは確か。そして本作の別側面は、明智小五郎の恋物語。これは後の乱歩作品を読む際に明智小五郎の人となりを理解する意味でも重要な位置付けを持つ作品であろう。
それにしても乱歩作品の犯人の残酷なこと。衆人環視のもと「こんなこと」や「あんなこと」をやっちゃうんだから。その行動の整合性を考えると僅かに「なんでこんなことを?」と疑問符が浮かぶのは確かではあるが、最終的に謎が収斂し、お馴染み「大団円」の章に至るとそんなことはどうでも良くなり、手放しで礼賛してしまいたくなるところがまた不思議だ。

創元推理文庫版の岩田専太郎画伯による初出時の挿し絵がとにかくイイ!探偵小説としてよりも当時の微妙な雰囲気を楽しんで読んだ方が印象深いかもしれない。微妙なネタバレもあるため『蜘蛛男』よりに後に読まれることを強くお勧めする。


99/01/07
高木彬光「能面殺人事件」(角川文庫'79)

高木氏の第二長編で昭和25年度の探偵作家クラブ賞(日本推理作家協会賞の前身)受賞作。後に様々な作風を用いるようになる高木氏の作品のうち「探偵小説」に属するもの。

神奈川県の三浦半島に住む千鶴井(ちづい)家に居候している柳光一青年と石狩検事はある夏の日に偶然の再会をする。話の弾んでいるその時に千鶴井家の二階の窓から鬼のような能面を付けた女性が高らかに笑うのが見えた。彼らは家の主人、泰次郎と共に様子を見に行くが能面は硝子ケースにきちんと納められていた。その能面は二百年前恋に破れて自殺した若い能楽師の呪いが込められているという。不安を感じて怯える泰次郎は光一を介し私立探偵として、近くのホテルに滞在している推理小説マニア高木彬光の助力を依頼する。光一が高木を迎えに向かったところ泰次郎は「犯人が分かった」とホテルに電話をかけてくる。しかしその直後、密室内部で死体となって発見された。彼自身全く外傷はなかったが緊迫した状況と死体に振りかけられた香水、そして現場に落ちていた能面から高木は事件を他殺と断定、警察の介入を要求する。思えばこれが千鶴井家に降りかかった惨劇の幕開けであった。

海外本格を強く意識した実験的本格推理
欲望に取り憑かれて人格的に感心できない千鶴井家で発生する事件に対し、検事、居候、探偵役それぞれの登場人物が自らの行動や印象、感想を手記にしたためる記録形式で構成されている。従って物語そのものの進行は不可思議で凄惨な一家連続殺人に沿っている。全く痕跡なしに密室で死亡していた冒頭の事件を始め、悲惨な一家の人間関係、二次大戦直後という時代背景などが相まって作品全体を覆う影は非常に暗い。この重厚な雰囲気は人により好みが分かれるかも。ただ作者は読者に対し二重三重の罠を仕掛けており、この辺りのロジックやその罠の鮮やかさは海外の名作群を彷彿とさせるものがある。日本の探偵小説の系譜を組むどろどろ凄惨な殺人事件の陰湿さに対し、海外探偵小説(ある作家を彷彿させる)で用いられていた乾いた感じのトリックやロジックをコンビネーションした点が、本作品が高く評価されている理由でもありそうだ。

新本格と呼ばれる現代の作家が使っている様々な技巧の原点が本作品に見え隠れしている。彬光を御存知のミステリ歴の長い方はもちろん(再読でしょうけれど)、若い新本格ファンに受けそうな気がします。


99/01/06
吉村達也「家族の肖像」(C★NOVELS'97)

吉村達也氏のノンシリーズ短編集。「家族」「夫婦」をテーマにホラーっぽい味わいの作品を集めたもの。

天真爛漫な性格だと考えていた婚約者は実は虚言癖を持っていた『モナリザの微笑』、結婚したつもりの銀行員の夫は籍を入れなくても良いと言い、そして実は新婚旅行も母親と一緒に行こう、と言い出した『美和さん』、引っ越ししてきた新婚家庭の新妻に纏わりつくストーカーの恐怖『隣の江畑氏』、無口で従順が取り柄の長年連れ添ってきていた妻が深夜番組に関して新聞に投書をしていた。一体何故?『踊る少女』、今をときめく人生相談で名を馳せたコラムニストに纏わりつく遠縁の異常性格の親戚『親戚』、新しく生まれた年の離れた妹に親の関心が移り、孤独を感じた少女の取った行動『ぜったいナイショだよ』、無事定年まで会社を務め終えた男が帰宅したところ、家の中に妻の気配は無かった『11037日目の夫婦』以上七編。

家庭、夫婦、親子の枠組みの内部崩壊と外部破滅
「永遠の愛を誓って一緒になった夫婦」「無条件の愛情を注ぐべき相手」「共に築き上げる幸せ」「相手のことは全て知っている裏表のない家庭」……こういった夫婦とはこうあるべき、というステレオタイプの幸せを徐々に歪ませて物語が展開していくのが序盤。そして歪んだ部分から少しずつ吹き出してくる”悪意””憎悪”の感情……その感情が「可愛さ余って憎さ百倍」「結婚相手の知られざる内面」「夫婦間世界に侵入する他者」などと形を持って主題として迫ってくる中盤。そしてそれぞれで提示された傷口が修復不可能なまでに広がっていく過程がじっくりじわじわと描かれ、「相手が破滅」「自分が破滅」「共々破滅」する悲惨なラストに続いていく……
考えようによっては、上記した展開はホラーのストーリーとしてはステレオタイプという見方も出来るかもしれない。しかし吉村氏の登場人物造形の巧さ、特にサラリーマンや一般人を書かせたときのデフォルメされた表現は、元サラリーマンだけあって他の専業作家と比しても群を抜いて上手い。それが読者のイマジネーションを刺激して、「日常、普通に、誰にでも起こり得る恐怖」を感じさせるのだ。

「自分がこの立場に立つのは嫌だな」とどの作品でも思わせることに成功している。二番目にある『美和さん』の出来(もしくは歪み方)がこの中では特に秀逸。軽めのホラーが好みの方へ。


99/01/05
鮎川哲也(編)「透明人間大パーティ」(講談社文庫'85)

「透明人間」をテーマにした珍しいアンソロジー。新保博久氏がかなり協力しているらしいがSF的な分野だけにメンバーもかなり強烈。戦前戦後の各界の超大物がずらり。

まずは収録作品。モンキーパンチ氏の作品こそ漫画だが、手塚治虫は小説を収録、乱歩はエッセイ。以下『透明の人間』槙尾栄、『赤外線男』海野十三、『白蛾』香山滋、『Mr.とうめい』モンキーパンチ、『高天原の犯罪』天城一、『透明願望』草野唯雄、『傍のあいつ』手塚治虫、『透明人間がやってきた』都筑道夫、『見えない手の殺人』赤川次郎、『見えない敵』横田順彌、『透明の恐怖』江戸川乱歩の11作品。

執筆者だけでなく作品内容も超一流!!
どうしてもアンソロジーというのは主題を統一したとしても、作者がバラバラ、執筆時期もバラバラということが多いため、全体的に散漫な印象を受ける作品集が多い。しかし本作、そのバラバラ度が逆に良い味わいになっている。なんたって主題が透明人間!SFものばかりになりそうなところを「ホントの透明人間」「透明人間としか思えない状況」それぞれ色々なひねりを加えた作品を集めたおかげでミステリ側の人間が大喜びするような内容に仕上がっているのだ。SFサイドとなる作品を戦前の「空想科学小説」にて統一したのが雰囲気の良い要因かも。
作品別では海野十三の『赤外線男』が個人的一押し。氏の短編での代表作品としても挙げられる作品だが『蠅男』にも登場した探偵、帆村荘六が登場、非常に良くまとまった傑作探偵小説となっている。着想、そしてその解決に至る過程も非凡。とにかくわくわくする面白さがある。他にも都筑氏には珍しいジュヴナイル『透明人間がやってきた』。子供向けの優しい語り口になっていながら、内容は高度な推理小説なのに驚き。赤川次郎氏の『見えない手の殺人』は現在の赤川氏の持ち味の軽さがなく、逆に極端に悲惨な結末を迎える点で逆の意味で驚かされた。横田氏『見えない敵』には「訳の分からない」面白さ、乱歩の『透明の恐怖』は短いエッセイながら「怪奇小説」の要点を押さえた非常に良くまとまった内容で感心することしきり。そのまま本アンソロジーのあとがきのように思えるくらいの高度なもの。手塚氏の小説は漫画のノベライズのような印象。他の作品も「透明人間」を巧く料理した高雅な(?)味わいのある作品で外れがなかった。

まだあまり鮎川氏のアンソロジーを読み込んでいないので大きなことを言う資格はないのだけれど「大当たり」だと感じた。うーん、でも本作あまり古書店でも見かけないような…。SFの人とミステリの人とで取り合いしそうな本だし(笑)


99/01/04
天藤 真「皆殺しパーティー」(角川文庫'80)

(今回のレビューは謎宮会10月号、知ってるつもり!? −昭和ミステリ作家再評価− 第15回 天藤真特集に投稿したものとほとんど同じです。別にネタに詰まった訳ではありませんのでご安心を。^^;)

天藤氏の第四長編。元本は昭和四十七年、サンケイ新聞社より書き下ろされた作品。

富士山麓にある地方都市、富士川市。この地において豊富な水を利用した製紙業から身を起こした吉川太平は、その後順調に新聞出版デパートなど富士川市のありとあらゆる産業をその手に掌握、役所から政治まで富士川市で思い通りにならないものなどない、という富士川市の実質的な首領となっていた。彼の親友である富士川市長の息子、野方英吾が東京のラブホテルにおいてたまたま悪癖であった隣の部屋の盗聴から、吉川太平の殺害計画が進行していることを知る。同行の女性を置いて犯人を追跡した英吾はホテルの外の駐車場で虫の息の所を発見され、殺害計画の存在を言い残してこの世を去る。この事実を知った太平とその家族は事態を重視、隠密裏に警護を固める。そこへやって来たのは英吾と同衾していたガールフレンド。「押し掛け秘書志願」の彼女と秘書の永倉と太平は私設探偵団を結成、太平に恨みを持つ者をリストアップするが、事業展開、女性関係共に超派手だった太平に心当たりは多く、その人数は250余名に上った。更に生涯四人目の妻がいるという太平の境遇は、複雑な家族関係を抱えていた。

複雑そうでシンプル、ドロドロなのにハッピー。不思議な味わい。
はっきり言って、一人称主人公「わたし」こと吉川太平はひどい人物である。一代でこれだけの成功を収めた事実は曲げられないが、その影で泣いている人物の心の痛みを感じることが出来ていない。無理矢理手込めにした女性を「金がもらえてかえって良かっただろう」と思っているような奴である。
ここで天藤氏は憎い手を使っている。太平自身が「わたし」による一人称 で物語を後日談の形式で物語を語るのだ。彼自身の口、彼自身の解釈で語っているので彼に踏みつけられた人物が非常に都合良く解釈されてしまうのだ。それをところどころに挟まる第三者の手記や手紙で太平が 強烈に罵倒、皮肉を受けていることで丁度バランスが釣り合った状態で読 者は彼の人生を眺めることが出来る。それでも半ば悪党の彼に共感さえ抱 かされてしまうのは天藤氏のマジック。
物語は吉川太平の命を狙う凶刃と、本人&私設探偵団の戦いがポイント。この一連の事件全体の構想の深さ、そして登場人物それぞれに対する深い情愛は天藤氏の作品の特徴である。最後の最後でその遠大さに、あっと驚き、そしてニヤリとさせられる。家族間のごたごたや、男女のモロモロなど「あれ?」と思うくらいきつい描写もありながら、全体から受ける印象はあったかいユーモアであり、本格的な推理小説の面白さなのである。

ああ、もう、絶対損はしません。創元推理文庫の天藤真推理小説全集でも出ているので、是非是非是非読んで下さい。一気読み保証つき。


99/01/03
仁木悦子「赤と白の賭け」(講談社文庫'82)

昭和四十三年から昭和四十八年まで種々の小説雑誌に掲載された短編をまとめたもの。

父に世話になったという老人の招待でホテルに赴いた男の目の前に差し出される赤と白のワイン、『赤と白の賭け』、隣近所の郵便ポストに何枚かずつ千円札が投げ込まれていたが、母子家庭の僕たちの家にはそれが来なかった『石段の家』、事故死した友人の父親から、彼の落胤が本物かどうかを鑑定して欲しいと依頼された新聞記者『幼い実』、主婦となった仁木悦子が、偶然とれた雛人形の中から見つけた一枚の紙「ハンニンハナエダ」この紙から推理を繰り広げる『ひなの首』、手芸店を営む母さんと時々デートしているおじさんが殺人事件の犯人にされた?『悪漢追跡せよ』、ほんの出来心でデパートの黄色いスカーフを万引きした主婦が、見知らぬ男に路上で呼び止められる『黄色の誘惑』、アパートで一人の女と生活している記憶喪失の男が自分を取り戻すために自分の筆跡のメモと共に街に出る『霧のむこうに』以上七作による短編集。

繊細な表現骨太のロジックの祝宴
仁木ミステリは現代で言うところの完全なる「日常ミステリ」ではない。短編でも意外と深刻な犯罪が発生するし、人も殺される。本作でも七編の作品のうち六編は作品中「人死に」が重要なポイントを担っている。『石段の家』『悪漢追跡せよ』に至っては主人公が子供であるにも関わらず「殺人事件」だ。それでも仁木作品が一時期「日常ミステリ」と言われていたのは、物語の出入り口が「日常そのもの」だからかと思う。主婦は晩御飯のおかずを考え、子供は友達と遊びに行く。旦那は仕事の合間の急速でリラックス。そういった市井の人々の平凡な日常に突如降りかかる事件。「読者にとってももしかしたら明日降りかかってもおかしくない」と思わせる仁木作品の根本設定の繊細な描写に「日常ミステリ」と呼ばせる力があるかと思う。反面、それぞれの事件の骨格はしっかり作られている。長編でも行けるんじゃないかと思えるようなロジック。奇をてらわないが巧みなミスリーディング。そして仁木作品には欠かせない、希望のあるラストシーン。本作品集のそれぞれの作品は見事にそれをクリアしている。

仁木作品は独特の「味」を持っている。『猫は知っていた』だけを読んで少しでも興味を覚えたら、もう一冊でいい。重ねて読んで欲しい。しかし、講談社も角川もなんで絶版にしちゃうの?


99/01/02
藤木 稟「ハーメルンに哭く笛」(トクマノベルズ'98)

藤木氏の第二長編。前作『陀吉尼の紡ぐ糸』の一年半後の設定で主要登場人物はほぼ全て前作と重なっているため、順番通り読むのが無難。

前回の事件の後、防犯課部長に異動となった馬場の元に田中という男が訪れる。彼は子供を事故で喪って以来、精神に変調を来しており「毎年子供の命日になるとハーメルンの笛吹き男が現れ、自分を人殺しだと糾弾する」と馬場に訴える。その二日後、昭和十一年、上野ので児童三十人が誘拐され、その近郊の墓地で手や足を切断された廃棄死体となって全員が発見された。それと同時に近くの陸軍の免疫学研究施設から出火、研究者と助手二名が行方不明となる。捜査の過程で田中の元を訪れた馬場は、ハーメルンの笛吹き男が田中を脅している姿を目撃する。忽然と消え失せた笛吹き男と狂気が進行し一向に受け答えの要領を得ない田中。しかし、彼の手には「子供タチハ、イタダキマシタ……」との笛吹き男が残した切り貼りの脅迫状が残されていた。時あたかも戦前の不況が世の中を覆い、軍部の勢力は着々と広がっており、老若男女を問わず人心が荒んでいる時代。研究所から行方不明になった津田教授のパトロンをしていた伊部という男を連れ、新聞記者の柏木は吉原の自営組織、車組の長、朱雀十五の元をまた訪れる。

構想の大きさに驚嘆すべし。ただ小さいことには目を瞑れ。
やっぱり島荘だ… 前作でも思ったけれども、本作では更にその傾向が強くなっている。大がかりで、幻想的、そして奇怪な謎の数々、謎が謎を呼びもう全く解決不可能じゃないかというところまで追い詰められる登場人物。颯爽と謎を解く名探偵、その哀しく、複雑で、あまりにも動機に自分自身のアイデンティティまで揺るがされるような読後感。田中という「狂人」を中心に据え、物語は「彼の経験」が一体なんだったのか?という事が軸となる。ハーメルンの笛吹き男に脅かされ、しかもどうやらそれは実在している痕跡を持つ不思議な体験。かと思えば、巨大な女の顔だとか、死者が生き返るだとか、どう考えてもトンデモなことを語る不条理。登場人物それぞれの側面は相変わらずあまり描かれないが、この「狂人の論理」は執拗に読者を責め立て異界へと誘ってくれる。更に一刀両断に謎を断ち切る朱雀の論理も見事。
ケチをつけようと思えば、前作から多少マシになったものの、無防備な点が多すぎ(笑)我田引水な推理と矛盾、細かい時代考証の確信的無視や、文章の読みにくさなどは相変わらずだが、本作を愉しもうと思うなら全て目を瞑ってストーリー展開と大きなロジックに視線を集中しよう。

スケールの大きな謎はそのままに。前作で藤木作品を見限った人でももう一度トライする価値はあるはず。今後こなれてくれば(刊行期間をもう少し開けて推敲すれば)いずれ大化けしそうな予感。


99/01/01
都筑道夫「からくり砂絵 なめくじ長屋捕り物さわぎ」(光文社時代小説文庫'96)

御存知、砂絵のセンセーが登場する捕り物さわぎの三作目。角川文庫でも探せば手に入る。

花見の席での若旦那の金のかかった道楽、仇討ちの茶番劇。竹光の筈の刀が真剣にすり替わって仲裁に来た侍を斬り殺してしまった『花見の仇討』、神田川の畔で男女五人が揃って首吊り自殺。三日前に最初に発見され、それから消えていたはずの死体がまた現れた『首つり五人男』、庭石として置いていた富士山の形をした巨石に、何故か座敷の中で押し潰されて圧死した男『小梅富士』、質屋の旦那がからくり人形に斬り殺された。普段は箒を持って座敷を掃く人形が一体なぜ?『血しぶき人形』、蝋燭問屋の離れに住む娘の元に部屋中水浸しにする水幽霊が現れた。慌てて神様を奉る祠を修理するとその大工が水浸しで死んでしまった『水幽霊』、長屋で昼寝をしていたセンセーの元へ「センセーが道端で死んでいる」と情報が。あれよあれよという間に死人にされてしまい、センセーの葬式が始まった『粗忽長屋』、長屋の乱暴者が河豚にあたって死んでしまって他の住人が一安心していたところへ、その男の兄だという輪を掛けた乱暴者がやって来て死体を担いで乱暴狼藉『らくだの馬』、以上の七作品。

見よ、この奇妙な謎の数々!
都筑短編ミステリの眼目と言えば、「冒頭の奇妙な謎と、論理によるアクロバティックな帰着」だが、本作に収録されている短編は全てそのセオリーをクリアし、レベルも後の砂絵シリーズの作品より高いように思える。冒頭の謎が凄い。どう考えてもからくり人形が刀を持って襲いかかったとしか思えない死体、部屋一杯の巨石に下敷きにされてしまった死体、死亡時間が少しずつずれた五人の首吊り死体、水浸しで部屋の中で水死していた死体……ちょっと普通では起こり得ないし、ミステリの虚構と割り切っていても理由付けの難しい事件ばかり。謎を見せられた時点で、砂絵センセーが果たしてどのような謎解きをするのか知りたくて知りたくて、つい頁を捲る手が早まってしまうこの気持ち。恐らく読まれた方全てがそうなるのではないだろうか。
合わせて、本作は七作のうち四作は先行している著名な捕物帖作品のパロディ、そして残り三作品は著名な落語のパロディである。センセー曰く、死んでいるのは確かに俺だが、抱きかかえているのは一体誰だろう?(『粗忽長屋』より)こちらの方面からは、不勉強にして完璧には分からなかったが、自らの創作に一定の枷をはめながら、これだけの作品を書き上げられるのは都筑氏以外には考えられない。

「捕り物さわぎ」ということで「時代物は苦手」という方はいらっしゃるとは思いますが、それこそ自分に枷をはめていたことを後悔することになる作品。短編ミステリがお好きな方は、シリーズ一冊は目を通すべきでしょう。