MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−過去の書評群 (掲載順)−  


99/01/31
国枝史郎「神州纐纈城」(講談社文庫大衆文学館'95)

纐纈は「こうけつ」と読む。大正時代に活躍した伝奇作家、国枝史郎。『蔦葛木曽桟』『八ヶ嶽の魔神』と並ぶ氏の三大傑作長編の一つが本作品。更に戦前以来長い間絶版で、再版された際には三島由紀夫が絶賛したという。ただ残念ながら未完。

武田信玄の時代の甲州。その寵臣であった土屋庄三郎は、真っ赤な布を売る謎の老人と出会う。再三断るのだが結局買わされた布に一瞬、蒸発した父親の名前が浮かんだことから、庄三郎は肌身離さずこの布を持ち歩く。庄三郎の父親と母親、そして父親の弟は不義の三角関係で互いに苦しんだ挙げ句、三人とも幼い庄三郎を残して逐電してしまっていた。庄三郎はその布が人の血で染め上げられたという纐纈布であることを知り、誘われるように富士山麓に赴くことになる。まず彼を出迎えたのは三合目陶器師と呼ばれる人斬り。更に山中には仮面を被った城主が君臨する湖の中に隠された城や、謎の教団に支配される洞窟の中に隠れた街などが存在し、さながら異世界の様相を漂わせていた。信玄は国を出た庄三郎に対し、少年ながらすばしこい高坂甚太郎を追っ手として差し向けた。

今なお目眩く陶酔を呼ぶ伝奇伝説
主人公は不遇を囲いながら凄腕の剣士、土屋庄三郎であることは間違いない。彼の両親と叔父を探す旅が軸となり展開するとまず思う。彼の父親は奔馬性癩を患い、人の生き血を持って纐纈布を織り上げる湖の中の要塞、纐纈城の暴虐絶対専制君主として君臨している。彼の叔父は富士山麓の秘密教団で役小角の啓示を受けこちらも千人もの信者をまとめる教祖、光明優婆塞として登場する。いつの間にやら彼ら二人や、山麓に住む殺人淫楽症の剣士や、悪の顔を追及しているという造顔師、究極の薬を創るために人間を犠牲にする薬師ら、それぞれ様々な業を背負った人々が入れ替わり立ち替わり物語の語り手となり、常識を破壊し、人の本質に迫っていく。そもそもの主人公はそっちのけで我も我もと登場する人々の何と激しく凄まじいこと。各々の場面の描写は酸鼻を極める部分から、決闘の緊迫感、女性美のエロティズムまで様々ながら、筆致の迫力は全ての部分に及に、作者の力量も確か。広大な作者のイマジネーションの中で、読者は善悪について、人間について、家族について、生死について色々なメッセージを受け取ることになる。読み終わって溜息が出た。

その流れるような物語と同時に存在する迫力。未完に終わりながらも完結した作品と同様の読後感を得ることが出来た。日本の伝奇小説がこんなに凄い作品からスタートしたかと思うとぞくぞくするような気分になる。古文、漢文が注釈無しで引用されたりしている点を除けば、今でも充分に通用する文体、そしてストーリー。意外と読みやすいのでこの手の伝奇系作品が好きな方はぜひ。


99/01/30
久生十蘭「顎十郎捕物帳」(朝日文芸文庫'98)

「捕物帳」と呼ばれる分野の中でも傑作として語られることの多い本作。『からくり長屋捕り物さわぎ』を執筆した、あの都筑道夫氏絶賛という戦前の作品。判明する限りの全作品が収録されている。

元は甲州でぶらぶらしていた仙波阿古十郎、眼も鼻も口もみんな額際にはねあがり、そこでいっしょくたにかたまって、顔の半分、唇の下は四寸もあろうかという長大な顎。彼の前で顎を触っただけで二人が半殺しになったという。性格は至って呑気でのんびり屋で叔父の北町奉行の伝手で奉行所の閑職についている。顔に似合わず怜悧な頭脳で次々と難事件、怪事件を次々と解決していく。
本書では、ほぼ物語の進行順に『捨公方』『稲荷の使』『都鳥』『遠島船』『鎌いたち』『ねずみ』『氷献上』『咸臨丸受取』『ご代参の乗物』『三人目』『紙凧』『丹頂の鶴』『野伏大名』『蕃拉布』『日高川』『菊香水』『初春狸合戦』『猫眼の男』『永代経』『両国の大鯨』『金鳳釵』『小鰭の鮨』『蠑もり』『かごやの客』以上二十四編を収録。

捕物帳の基本にして既にエンターテインメントの極
まず何よりも、その多彩な事件と鮮やかな解決の数々。
鰹漁船が海で行き会った遠島に罪人を送る船の様子がおかしいことに気付き、調べてみると竈に火が入り、航海日誌は書きかけでついさっきまで普通に運行されていたように見えるのだが人っ子一人船に乗っていない…『遠島船』、洋物かぶれの商人の集まった屋敷で、真っ暗闇の中、誰も近寄っていないのに一人が首を絞められて殺された…『蕃拉布』、見せ物小屋に安置していた鯨がほんの十分の間に消え失せてしまった…『両国の大鯨』などなど、奇怪な事件が目白押し。工夫されているのは事件−解決だけでなく、その形式のバリエーションにも富んでいる。顎十郎は時に歩き回る探偵役となり、時に安楽椅子探偵、さらには事件に巻き込まれるわ、推理合戦に呼ばれるわで、事件そのものに加えて「読み物」としての楽しさがある。顎十郎の境遇さえも浪人−奉行所の下働き−江戸で一番の称号−事件で辞表して貧乏な籠かき…と変化していき、マンネリズムを嫌った作者の心意気を感じるし、二十四編もの短編を一気に読んでも全く飽きさせない。これだけ点数があると作品のレベルにも差が当然出てくるが、全体的な水準の高さはやはり戦前という執筆時期を考えると群を抜くのではないだろうか。
「推理小説」に類するエッセンス以外に目を向けても、読み進めるテンポを計算された洒落た文体に加え、そこはかとなく漂うユーモア、時代噺に欠かせない人情もあちこちに盛り込まれ、季節感と叙情感溢れる江戸市中の年中行事など、時代物として完成されている。捕物帳を語るためには押さえる必要のある一作。

本書の他にも『顎十郎捕物帳』は創元推理文庫の探偵小説全集の『久生十蘭集』にも収録されている。気軽に(ちょっと高いけれど)入手できる今のうちに楽しんでおくべき「捕物帳の傑作」に恥じない作品かと思う。


99/01/29
日影丈吉「ハイカラ右京探偵全集」(講談社文庫大衆文学館'96)

昭和二十九年('54)から雑誌『探偵倶楽部』に連載したシリーズ十三編と後に昭和五十八年頃に書かれた二編を追加した一風変わった探偵小説作品集。

明治初期の東京。朽葉色のインバネスに青灰色のトール・ハット、細身の杖を握り、フランス好みの洋服にナポレオン三世風の針ような髭先。元国際スパイで外務省嘱託の私立探偵、右京慎策。人呼んで「ハイカラ右京」少年スリを手先に使い、解決した事件の犯人の獲物を横から攫ういかがわしさを併せ持つが、どこか憎めない。警視庁随一の腕利き、吾来警部と共に当たる難事件、怪奇事件の数々。
独楽回し芸人の弟子の謎の失踪『舶来幻術師』少年連続誘拐殺人鬼との対決『明治の青髭』幽霊が出る古城を購入希望の外国人『幽霊買い度し』英国人日本妻が裏切られたと自殺『異説蝶々夫人』空き地に顔の剥がれた遺棄死体『当世錬金術』金貸しの死体に被された外道とひょっとこの面『新春双面神』右京が恐喝で牢獄入り『右京閑日月』重要人物と行き先の重なった吾来警部が簀巻きに『開化隠形変』花見で賑わう場所に両断された男の死体『怪異八笑人』女性の呼び出しでお化け屋敷に向かう吾来警部『開化百物語』夜な夜な訪れる謎の支那女性の虜となった外務官僚『牡丹灯異変』遊び人の紳士が連続して殺される。目撃された美女の正体は『美人通り魔』財産目当ての義理の兄から襲われた双子は返り討ちを狙う『双児の復讐』若い女性が次々襲われ、その死体からは血が抜き取られていた『明治吸血鬼』憧れの彼女が狼男の見せ物小屋に。直後男女とも失踪してしまう『狼男の恋』計十五編。

謎の探偵の怪しい魅力と漂う開化直後の東京の妖しい魅力。
本作を「推理小説」の括りでみると冒頭の奇怪な状況を論理で解きほぐす形式であり、現代的な推理短編と言えよう。特に毎回異なる、発端の不可能不可解怪奇的状況は、人々を怯えさせるに足るイメージを想起させる。対する快刀乱麻の右京の推理が鮮やか。相棒の吾来警部が立ち往生している横を何の迷いもなく、真相へと進む姿は格好いい。その思考過程が省かれていたりで一部の作品では論理が完全に成功していないものもあるが、基本的には「怪奇現象を論理で紐解く」スタイルを堅持しており、事件毎の右京の着想、冴えには見応えあり。
そして人物。右京のハイカラなスタイル、鼻持ちならない尊大な口調、決して正義の味方と言い切れない割に人情深かったりする特徴は、怪盗ルパンを彷彿。共に活躍する素朴な正義感、九州男児吾来警部も楽しい。
そして忘れてはならないのが時代背景。西南戦争直後、江戸の面持ちをまだ伝えながら、西洋文化が一気に流入してきた頃の東京。粋と洒落が生きながらも猥雑さも、合理的思考も敷衍し始める時代。日影氏の手で鮮やかに描写されたこの街は、経験したことのない時代を映した映画の名作を味わっているかのようだ。この街は、見たことがないのに懐かしい。

謎の経歴を持ち多彩な分野に才能を発揮した日影氏。現在でも気軽に入手できる本は数冊しかないが、それもまた本作とは違った側面をきっと見せてもらえそうな気がする。


99/01/28
山田風太郎「伊賀の聴恋器」(角川文庫'80)

山田風太郎忍法帖の短編集。初出は昭和四十三年('68)から四十八年('73)頃で忍法帖としては比較的後期の作品が集められている。

服部大陣は小道具発明に才があったが、忍術には早々と見切りをつけた。柳生一門の娘に惚れるが三人の剣士が恋敵。彼は怪しげな道具を発明して…『伊賀の聴恋器』
小次郎と武蔵の一騎打ちをお膳立てした細川家の次男、与五郎は武蔵に挑み、敗れる。復讐に燃える彼を案じた細川家は彼を忍び組の娘とを娶せる『剣鬼喇嘛仏』
牢人をしていた男が怪しげな男根占いを開業したところ、いい加減な予想が的中を続けてしまい、彼は事業を拡張していく『嗚呼益羅男』
太平の世で貧乏暮らしを余儀なくされる忍びの末裔。その頭領が若手の男女四人に教えた”内職”の忍術が波紋を呼ぶ『読淫術』
忍術の鍛錬こそ続けながら、あまり実はやる気のなかった男が精汁の移動により、自らの魂を他人に移す技を会得『さまよえる忍者』
津軽藩の君主が三代続けて南部藩の差し金の女性で命を失う。これを嘆じた一人の忍者の末裔は、生まれながらにその体だった『怪異二挺根銃』
古い忍びの一族の実力派の青年は、世継ぎが出来ない主君に取り入る怪しい術を施す妖僧と対峙、その対抗の為に西洋医学を学ぶ許可を殿に求める『呂の忍法帖』
江戸時代の刑場に住む首斬りの名人と、その新弟子が、男女交合の液を用いて行う人間接ぎ木の術。違う首が別の胴体に繋がったときの奇妙な人間観察『忍法小塚ッ原』以上八編

常に読者を上回る想像力と人間諷刺
本書に収められた八つの物語。時代背景もばらばらなら、登場人物の境遇や、その理想や行動も全くバラバラ。大体においては奇天烈な技や、胡散臭い呪い、小道具などで男と女の極端な愛情を露骨にそして極端に浮かび上がらせ、面白おかしく読者の前にさらけ出していく。「男根と子宮を繋いでその発する音を聞く」「男女交合したまま羅刹の如く戦う剣士」「男根を見てその運命を占う」……ただそれをエログロに終わらせず、人間の限りない欲望や、日本人の特殊性といった独自の観察力から発揮される諷刺精神をそこかしこに漂わせているのがミソである。もちろん登場する多数の”技”はオリジナリティに満ち溢れ(こんなの風太郎でしか読めない!)その着想、切り口もろもろの鋭さにはいたく感心させられる。これらの”技”の影響下にある人間達が幸せになるのか、不幸になるのか。どっちもありなのが風太郎流。なかなか安心して読ませて貰えない。そして、忍法帖の長編でもそうだが、歴史的な事実に関する著述にも手を抜かず、よくもこんなエピソードを、と吃驚するような事例をうまく物語舞台に応用している。この辺りを押さえることで荒唐無稽な物語なのに、読者への説得性を強調させているのだろう。

数々の忍法帖を長編にて楽しんできたが、短編にはそのエッセンスが詰まっている。シンプルなだけに主題への切り込みが深く、ストレートな印象を受ける。忍法帖はだから探しがいがある。


99/01/27
北村 薫「ターン」(新潮社'97)

北村氏が「時と人」をテーマに描く三部作のうち『スキップ』に続く第二作目。前作からの続編ではなく独立した作品なので、本作から読んでも構わない。

森真希。独身、母と二人暮らし。29歳。友人の美術教室を手伝いながら、プロ半人前の銅版画を作成している。その様子が「彼女に向かって誰かが語りかける二人称形式」にて語られる。その彼女は七月のある日、愛用の軽自動車を運転中、激しい交通事故に巻き込まれる。……そして彼女は自宅の座椅子に座っているところで目を覚ます。事故は夢だったのか、と思うが何かおかしい。そう、自分以外の人間の気配が全くないのだ。パニックに陥ったまま夜が明け、昼過ぎになると再び、自宅の座椅子で目を覚ました。彼女は奇妙な時間の反復の世界に身を置くことになっていた。一日一日に取った行動は全てある時間がくると『くるりん』と元に戻され、記憶を除くと目覚めた時の状態に戻ってしまうのだ。そしてその繰り返しを百回以上繰り返したある日突然、家の電話が鳴った。

物語の全ては最後の一言のために
「時と人」の三部作としての視点からすると、本作は「反復する一日の中に閉じ込められた女性」がテーマ。他の生物が存在せず、更に自分が一日に取った行動が全てリセットされてしまうという二重の喪失感。ある意図により「二人称形式」で書かれている為、世の中に彼女一人しかいないにも関わらず、会話形式で物語が進み、状況の整理がつきやすいのと同時に多少は救われる気分になる。それでも、どうにもならない状態でかかってくる電話とその相手とのやり取りには、まずびっくりして、それから「ほっ」として、更に微笑ましく思えて、嬉しくなった。物語は大まかに三部構成になるが、あまり語ると微妙なネタバレになるのでこれに留めたい。ただ冒頭に書いたとおり、この物語はそもそも最後に主人公が言う一言のために存在しているのではないか、と深く感じた。

九十年代の言葉の魔術師、北村薫。彼の紡ぐ文章は優雅な物語世界と心優しい登場人物を、自然に読者の心に運び込む。真夏の明るい日差しから、ふさぎ込む主人公まで一つ一つの描写、心理を違和感なく読者の頭の中に描いていく天性の作家。彼の作品は、読み終わると優しい気持ちになると同時に、生きていくことの勇気さえ感じてしまう。(ベタな表現だけど、そういう小説なの、北村作品は)


99/01/26
佐野 洋「新推理日記」(光文社'80)

雑誌『小説推理』に連載された佐野氏のミステリ関係のエッセイ「推理日記」を集成したもの。本作以前にも潮出版社から『推理日記』という題名で出て一応はその続編にあたる。

都筑氏との『黄色い部屋はいかに改装されたか』を巡る「名探偵論争」、科学捜査と推理小説との関係、同一トリックの再使用に関する問題、そして分量として多いのは佐野氏による当時のミステリに対するコメント。取り上げられている作品は『乱れからくり』(泡坂妻夫)『事件』(大岡昇平)『富豪刑事』筒井康隆『解明旅行』草野唯雄などなど。

私は佐野氏の作品をここ数年全く読んでいません。その点を割り引いて以下お読み下さい。
まず「名探偵論争」について。都筑氏の主張「名探偵復活論」とはもちろん『黄色い部屋…』にて主張されたもので「論理的事件の解決には論理的思考に長けた名探偵が適している、そしてその思考が出来る名探偵役は他の事件でも続けて活躍すべき」という意見。これに対し佐野氏は、都筑氏の意見の後半部分に対し、結城昌治氏の意見などを引き合いに「同一探偵を多用すると作品がマンネリズムに陥る心配がある」という反論をされている。何度かやり取りがされているのだが、例えば都筑氏が「マンネリが心配なら複数の名探偵を登場させれば良い」としているのに対し佐野氏が「それでは却って不自然だ」と論争されているように、要はどちらが優れているという意見ではなく考え方の違いのようだ。(少し論争が噛み合っていない印象も)作中、評論家権田氏のコメントとして出ているが「好みの問題」で二人の大作家の作品に対するスタンスの違いが問題で、恐らく徹底的に話し合っても結論は出ないのではないか、との感想を持った。(そしてその後もお二人はその考えを実行した作品を執筆している)

個人的には代表的探偵は上記の意見とは別に「読者に残す印象」を考えた場合に作家にとって必要な存在だと考える。探偵役が同じシリーズというのは読者にとって「保険」の一種で、安心感を持って読むことが出来るし、現在のところ「シリーズ探偵の中の代表作品」がその作家の自信作であることが多い。ところが毎作、作風が違うのでは読者にとっては読み始める前に本のセレクト段階で冒険が強いられているようなもの。お金を払って「楽しみ」を購入する読者が冒険より安心を選ぶのは自明だろう。

さらに本書のその他の部分で佐野氏が他の作家の作品について「この点は現実にはあり得ない」「この辺りは実際の手続きとは違う」と細々と例示して挙げている点を読むにつれ、佐野氏の小説への取り組みが非常に厳密であることを知った。自ら「根本的な間違いのある作品なら、私ならすぐに絶版にしてしまう」とまで言い切っているのだ。私個人にとっては充分許容範囲内とも思える、小説を楽しむ上で問題にならない程度の些少なミスも、氏は作品として世に問う以上、間違いは許し難いものらしい。当時の推理作品の賞の選考において、新人作家の作品評価にかなりこの「現実にあり得る、あり得ない」が大きな障害となって立ちはだかっていたのではないか、と推察する。また、いくつかの作品でその点がマイナスになったと実際に書かれている。今、その点をどうこう言っても仕方がない。そういう時代であったのだろう。

佐野氏の厳格な考え方も理解できるが、読者はいつの時代も「面白い」作品を求めている訳で「間違いのない」小説が面白がられるかどうかは別の問題だろう。本エッセイが書かれて三十年、氏が少し問題があるのでは、と提示した作品の方が現在でも支持されている(ように私に思える)のは皮肉なことかもしれない。

いずれにせよ、興味深く読めました。


99/01/25
都筑道夫「死体を無事に消すまで 都筑道夫ミステリー論集」(晶文社'73)

都筑道夫のミステリに関する最初のエッセイ集。現在でも評論家達が論争の引き合いに出す『黄色い部屋はいかに改装されたか』が出版されたのは、この作品の二年後になる。

内容は大まかに三部構成。第一章は推理小説論で「論理のアクロバット」の説明をされている箇所もあり。また、実際にエッセイが執筆された昭和三十年代のミステリや恐怖小説、捕物帖などの諸問題についても色々と触れられている。
第二章は海外作家の評論や作品のあとがきを集成したもの。現在ではビッグネームとなっている作家がまだ駆け出しだったり、そのギャップや当時の日本に紹介されたい きさつが語られており興味深い。
第三章は第二章の日本版。久生十蘭に割かれたページが多く、他に小栗虫太郎や乱歩、大坪砂男などについてのあとがきなどがまとめられている。

ホント、罪作りな本である。
だって「あとがき」をこれだけ取り上げられて、本編を誉めまくっている文章を読まされれば、本編も読みたくなるのが人情というものでしょう。ただ、これが時代のせいで入手困難作が多い……辛い。
小説論については『黄色い部屋…』の方が詳しかったが、この段階でまだ「なめくじ長屋」のシリーズがようやく開始されたところという時期。またその開始した動機は「論理的な推理小説を描くにあたり、警察の科学捜査が邪魔になる。それならば舞台を江戸に移して名探偵をその時代に設定すれば良い」という発想である。そして同様な『七十七羽の烏』の創作秘話もなかなか。そして問題は、作家についてのエッセイ部分。フレドリック・ブラウン、ロアルド・ダール、イアン・フレミング、久生十蘭、岡本綺堂。誉めるべき作品をきちんと理由付けして誉め、誉められない作品(いくつか挙げられている)も理由を付けて誉められないことを述べている。その理由が三十年、いやそれ以上時間の経過した現在でも、しっかり納得が行く点が何しろ凄い。都筑道夫という人は何よりも本格推理(探偵)小説を筋道立てて愛していた人なのだ、ということに感動すら覚える。理論だけでなく、文章も決して古びていない。この点も評価されるべきポイントの一つだろう。

本書を今から読まれる方はそうそういないかと思いますが、都筑道夫氏はホントに凄い作家です。入手できる作品を何でも読まれることを強くお勧めします。氏は1929年生まれ。今年で七十歳を迎えられるようですが、いつまでもお元気でいて下さい。


99/01/24
小林泰三「玩具修理者」(角川書店'96)

第二回角川ホラー大賞短編賞を受賞した表題作に、書き下ろしの中編を加えて単行本化されたもの。小林氏のデビュー作品。

彼女は昼間いつもサングラスをかけていた。男は彼女がそうしている訳を知りたがり、喫茶店のテーブルでその理由について執拗く尋ねた。彼女はそれを「事故」だと言い、彼女が幼い頃に近所にいた”玩具修理者”の話を始める。彼は国籍性別年齢名前不明で、石を組み立てた妙な家に住んでいたという……『玩具修理者』
サラリーマン、血沼荘士はいつもの店で同僚達と飲んでいた。帰る段になり一人別方向のタクシーを読んだ彼はカウンターの片隅に座っていた一人の見知らぬ男に声を掛けられる。彼は血沼が自分の親友だった、という。記憶にない事実に面食らった血沼はタクシーをやり過ごし男の話に耳を傾ける。男の学生時代、菟原手児奈という香りを聞き、味覚を視覚する不思議な感性を持った女性に恋をしたというところから話は始まった……『酔歩する男』以上二編。

全ての毛穴から何かが滲み出るような……
ハードカバーにして二編というので今まで購入を躊躇してきたのだが、読んでみれば伊達に角ホラ短編賞を受賞していない。『玩具修理者』『酔歩する男』両者異なるタイプの怖さで氏の実力の片鱗を見せつけられた。
まず『玩具修理者』だが、どちらかというと生理的嫌悪系。短い中に効果的に人物、描写を配してあって、物語の中盤くらいで”背筋ぞくぞくスイッチ”をバチバチONにされてしまった。主人公とその友達の女の子二人の無邪気な会話は秀逸。その部分で想像力が弾けるほどに広がった。着地点も良く、理想的なホラー短編かと。
そして、かなり長めの書き下ろし『酔歩する男』これは展開が予想もつかない不思議な小説。氏の物理学や医学に関する深い知識が登場人物の口を借りて語られ、その結果、主人公に発生した事象は”我々が当たり前だと思っているある概念”を根本的に揺さぶる。その徹底的に裏打ちされた理論からくる、「もしかしたら」という感覚と、きちんと冒頭から伏線を張りながら展開し、ラストのカタストロフィに向かって突っ走る物語構想が巧み。登場人物の精神構造の崩壊を無理矢理観察されられているような雰囲気に寒気を感じた。ただ、完全文系人間の私にとっては理論を理解しようと努力する時間が読みながら必要だったので、テンポについて行けなかった気もする。

出版から日が経つので、そろそろ角ホラ文庫落ちがあるかも。(『黒い家』は早すぎ)そうなったら絶対に買いでしょう。ハードカバーも古書店で良く見かけます。


99/01/23
鮎川哲也「砂の城」(角川文庫'78)

1963年、つまり昭和三十八年の作品。ただ鮎川氏の長編としては青樹社文庫で平成八年に再刊されているので(青樹社文庫の販売店を見つけることはとにかく)比較的入手しやすい作品のハズ。

広大な鳥取砂丘の風紋を撮影しようと早朝にやって来たカメラマン。彼は撮影後、奇妙なものを見つける。砂の中から突き出し、ストッキングを纏った二本の足。マネキンと思って近づくとそれは女性の死体であった!彼女は松江市に住む美術教師であったことが判明。鳥取の駅前でサングラスを掛けた男と会い、何かの受け渡しの打ち合わせをしていたという目撃証言が取れる。更に被害者が事件直前に倉庫に預けていたトランクの中から一枚の絵が現れた。その絵は高名な画家の偽作として有名な『雪の風景』という作品であった。この絵に何らかの手掛かりがある、と看破した鳥取警察署の槇刑事はその絵の手掛かりを追い、単身東京に乗り込む。しかし警視庁の河原刑事の協力も虚しくその贋作者の糸は途切れてしまう。失意のまま鳥取に戻った槇刑事は『雪の風景』を美術品の鑑定家の元に送り出したところ、その絵から意外な手掛かりが発見された。

堅牢に過ぎるアリバイも鬼貫警部の手にかかれば…
事件が発覚するのは鳥取砂丘。第二の事件が発生したのが京都。そして容疑者がいる東京。山陰と京都で発生した事件の容疑者は、当日のアリバイを主張する。鳥取県警、京都府警の刑事が次々と証拠をひっさげその容疑者に挑むのだが、彼には犯行の行われたと思われる当日には二重三重のアリバイがあった……。そして最後に本命たる鬼貫警部が登場、その事件に挑む。
上記のコメントでもお解りのとおり、本作、鬼貫「アリバイ崩しもの」のゴールデンパターン。という割に執筆時期は、それほど最近でもなく、比較的鮎川長編の中でも初期の部類のもの。鮎川氏の中で早くから鬼貫長編の基本形が固まっていたということかも。登場する地方刑事らが次々と上京しては容疑者のアリバイの確かさ、過剰なまでに自信満々の態度に歯噛みしながら去っていく様子には読者も一緒に悔しく感じるだろう。しかし同時に「こんなに確実なアリバイを持つ男が本当に犯人なの?」という疑念さえも浮かぶのだ。その隙のないアリバイが徐々に鬼貫によって丸裸にされ、解体され尽くした時に得られるカタルシスが「アリバイ崩しもの」の快感だろう。物語のベースは一部のミステリファンが嫌う(私も苦手な)時刻表トリックではあるのだが、鮎川氏がその開祖みたいな存在であることを思い出すことが出来れば不満は少ないだろう。その部分以外での「日付を錯綜させるトリック」などの意表を突いた繊細な手口と結果としてのそのアリバイの意外な堅さも興味深かった。

「時刻表!」と聞くだけで拒否反応を示す方に無理に勧めたりは出来ないが、それでもは「正統派アリバイ崩し推理小説」として正々堂々取り組んで読みたい作品である。


99/01/22
西澤保彦「念力密室!」(講談社ノベルス'99)

人気急上昇の感のある「神麻嗣子・チョーモンイン」シリーズの三冊目。デビューエピソード作品を含み、全作品「超能力によって構成された密室」で主題が統一されている。雑誌『メフィスト』に掲載されていた五編に書き下ろし一編が加わった。

推理作家の保科匡緒の住居兼仕事場のマンションで本人が知らないうちに部屋の中で人が殴殺された。扉の鍵はおろかチェーンまでロックされた密室で保科さえ入室は不可能。能解警部と神麻嗣子が初登場する『念力密室』
能解警部の同僚、英田刑事の住むマンションで花火大会をベランダで見物していたとみられる男の死体が。しかも出入り口の鍵が内側からロックされており犯人の行動の意味が分からない『死体はベランダに遭難する 念力密室2』
「超能力」絡みの事件の度に保科宅に集まる二人。今度の事件は密室とされたマンションの部屋で女性が殺されている事件だった『鍵の抜ける道 念力密室3』
親戚の家に姪の顔を見に訪れていた能解警部。叔母の執拗な男性関係へのツッコミに辟易。そこに再び奇妙な密室殺人事件が発生したとの連絡が『乳児の告発 念力密室4』
前妻、聡子から「鍵をかけた家の中の様子が帰る度に少しずつ変わっている」と相談を受ける保科『鍵の戻る道 念力密室5』
聡子が見た幻想的なしかも曰くありげな夢を描いた『念力密室F』以上、六編。

神麻嗣子可愛さ&能解匡緒の色気!だけに紛らわされちゃいけない。
読めば読むほど味わいのある密室トリックもしっかり味わうべし!!
雑誌『メフィスト』のみ定期購読中なので、書き下ろしを除くと一度目を通した作品ばかり。初読時はミステリとしてよりも、保科、能解、嗣子の三人の関係はどうなっていくのだろう?という興味を持って追っていた気もする。西澤氏の見事な設定と描写、更に水玉蛍之丞画伯の魅力的なイラストとが合わさり、登場人物が持つ強力な個性が光っていたのは事実だし、本シリーズの人気の源泉はその点にあるのだろう。ノリもミステリ漫画(他意はないですが)を読んでいるかのような軽さを持ち、かつ物語の展開もスムース。若い読者がはまる訳だ。
しかし、じっくり読み返すと本作品、実はミステリとしての構成もなかなかツボを押さえた優れモノ。奇怪な動機、意外な犯人が(超能力がある、という前提で読んでいれば)きちんと筋道立てた論理の元で導き出せる。特に偏執的に壊れた論理を持つ犯人像に、私は改めて驚きと同時に大きな魅力を感じた。その真面目に取り組まれた側面を踏まえて保科の推理の冴えや、超能力の存在を巧みに利用したトリックの解明など、キャラ萌え以外にも様々な読み方が可能な佳作。

もちろん、キャラに引っ張られてミステリにこだわらずに読んでも楽しいシリーズ。ちなみに作品の時系列では本作五編の間に長編『幻惑密室』『実況中死』の二作が挟まるので、より深く楽しみたい方は併読をお勧めします。


99/01/21
山田正紀「贋作ゲーム」(文春文庫'83)

犯罪や壮大なテーマに対して挑む男達の「ゲーム」を一貫して描いた作品。書かれた時代は少々古いが発想が飛んでいるために陳腐化していない点は誉められる。

謎の画家の描いた作品の美術館への展示を阻止するため、元贋作家の美術評論家が「ある理由」から余りにも強固に警備・保護されたその絵の輸送を襲う表題作『贋作ゲーム』
警視庁「対・破壊活動班」班長で爆弾のプロの男が、娘を誘拐された為、中東に拠点を構える伝説のゲリラ”風”と共に「完璧な」機雷に挑む『スエズに死す』
ハイジャック映画の資金集めの為に無修正のポルノを密輸していた男が、その悪事で監督をスキャンダルに巻き込むのを防ぐため、実際のハイジャック計画を手伝わされる『エアポート'81』
亡くした妻の面影を持つ女子大生に惚れてしまったがために、自ら空調設計したビルにある事務所の金庫破りを敢行する男『ラスト・ワン』以上四編のノン・シリーズながらテーマに沿った中編集。

燃える男と鮮やかな手口
それぞれが一種の犯罪の物語ばかりである。しかもそのテーマは完璧な警護された絵を襲うもの、設置したものが音を上げるような爆弾、ハイジャックした機体からの脱出、開く時刻が決まっている金庫内の金を奪う……それぞれ、どう考えても実行が極端に困難なものばかり。主人公の男達は様々な理由からそのテーマを引き受け、そして途轍もない計画を打ち立て、僅かばかりの確率に人生を賭けるのだ。それぞれが「ゲーム」である。男はそれが「ゲーム(遊び)」であるから、成功したといって実は大した、あるいは何の役にも立たないことと分かっていながらも、真剣に「ゲーム」に立ち向かっていく。それが出来ることが「魅力的な男」の一つの条件であるように私は思う。本作に登場する主人公や脇役の男達も自らの「美学」を行動の指針としており、男が憧れる男の魅力をふんだんに兼ね備えている。もちろん物語はフィクションであるから、現実にはこのような事態は起こり得ないことは読者が一番分かっているはずだが、その世界に自ら飛び込みたくなるような錯覚を本作品からは味わうことが出来る。個人的にはこの作品の魅力を、ちょうど名作アニメ『ルパン三世』を観ているような、そんな感覚に例えたい。

四人の魅力的な男達の「ゲーム」。場外から読者は覗く事しかできないが、その興奮は一部だけでも火傷するくらいホット。先の読めない展開にどきどきわくわくしたい方へ。