MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−過去の書評群 (掲載順)−  


99/02/10
鷹見緋沙子「最優秀犯罪賞」(徳間文庫'82)

'75年の八月、『わが師はサタン』『死体は二度消えた』そして本書と立て続けに出版した謎の作家、鷹見緋沙子。「'43年横浜生まれ、東京女子大中退、神奈川県在住、主婦」が表向き発表された唯一のプロフィールである。
そして本書は「天藤真の別名義長編」であると識者の間では言われている。この辺りは謎宮会の葉山馨氏の原稿に詳しいのでそちらを是非とも御参照願いたい。またストラングル成田さんも「密室系のWhat's New」で'99/02/07より「緋沙子最終撃」というタイトルで興味深い考察をされている。

九州の炭坑が潰れ、そこで働いていて東京に流れ着いた四人が相互扶助のために「切羽会」を結成した。上野に集まった彼らはそれぞれ都会での慣れない生活のなか不幸な目に遭っていた。女房が不動産会社社長の餌食となり自殺した森重、工場内で女房が事故に遭ったが補償してもらえない堀田、環七沿いの非道い環境で気管支炎で苦しみながらも金が無くて引っ越せない野見山、そして高齢のためドヤ街暮らしを余儀なくされている古賀。彼らは世の中への怒りから食料品強盗に押し入り、一年後に会うことを約す。
一年後、野見山は苦しみながら世を去り、息子の武が切羽会に訪れた。手紙により彼らに呼び出しをかけた古賀は伊豆の別荘で彼らを迎え奇妙な提案をする。彼はブラジルに移民した弟の巨額の遺産を受け取ったが癌で余命が幾ばくもない、というのだ。彼が死ねば遺産は国のものになってしまうが、今まで冷たい仕打ちをしてきた世間に復讐をしたい。病身の自分に代わりにおまえ達にやってもらいたい。世間を騒がした加減、具体的には新聞記事での取扱量により、一位には「最優秀犯罪賞」5億円、二、三位にそれぞれ3億、2億もの賞金を用意するという。かくして三人は標的を決めアリバイの為に交換殺人を実行するのだが、予想外の展開が彼らを待ち受けていた。

奇抜な設定から二転三転する展開に瞠目
私の場合、これは「天藤真の長編だ」との先入観ばりばり状態で読んでいるのだが、そうでなかったとしてもかなりの評価がつけられる作品だ。クライムノベル的な興趣と本格ミステリ的謎解きが巧妙に組み合わされ、どちらのプロットにも一切の手抜きがない。上記した「最優秀犯罪賞」という奇抜な設定の元、社会の悪人(少し小粒)を標的に、謎のテロ集団を装い、考え抜かれた奇抜な方法で殺人を実行する切羽会メンバー。被害者が悪人だけに小説内の世間も余り彼らを憎くは思っていない。しかし、犯罪を終えた彼らの前から古賀は蒸発しており「この途方もない計画は誰が何のために仕掛けたのか?」という次の謎に彼ら共々読者も直面する。一方、警察側も地道な動機探し、アリバイ確認で交換殺人を疑って、切羽会に着々と迫ってくる。その担当者の推理の筋道や、捜査の過程もまた一つの興味。作品内に差し挟まれたその他関係者の動きや意味深な文章の持つ意味なども、ヒントだったりレッドヘリングだったりで、益々読者を悩ます。更に最後に仕掛けられた二転三転するラストは最後の一行まで目を離せない。しかも皮肉に満ちあふれたものだ。社会全体の厳しさとそれに対する憤りを描いていたはずの前半部と、「最優秀犯罪賞」が個人レベルの利害問題に降りてきたことで小粒な動機に結びついて合理的な解決へ繋がる後半部とのギャップがまた、本作に作者が仕掛けた最も大きな皮肉のように感じられた。個人的には一つくらいわざと解決されない謎を残しても良いようには思った。

鷹見緋沙子作品、意外とブックオフ系では今でもカンタンに入手できるようです。但し、最近「鷹狩り」がブームですのでこの状況はいつまで続くか分かりません。(天藤真の作品を捜す方が大変かも)本作品は先入観無しに一冊のミステリとして捉えても、アイロニカルな内容は十二分に現代でも通用する、価値ある作品でしょう。


99/02/09
土屋隆夫「天国は遠すぎる」(角川文庫'75)

長編第二作?現在、もう既に80歳を越えていらっしゃるらしい。初出は'59年(四十年前だ!)、現在は光文社文庫版が入手しやすいかと思う。

アパートの一室で若い女性の服毒死体が発見された。自殺を誘う歌として当時流行していた「天国は遠すぎる」の歌詞が書かれた遺書らしき文書が残されており、その宛名は何故か「久野様」となっていた。大方の見方としては間違いのあった女性の覚悟の自殺だろうとされた。しかし、宛名と同姓ということで呼ばれ捜査に加わった久野は彼女の鞄に残されていたボタンからこの死に不審を抱き、妻の何気ない一言から「これは他殺ではないか」と疑い始める。被害者が普段と異なる布団の敷き方をしていた点を加え、捜査陣はこの事件を本格的に他殺として捜査を開始。そして次に問題となるのは宛名の「久野様」であり、彼女が残していたマッチだった。

凝ったアリバイトリックとその突破の歓び
夫婦間の関係や、仕事への情熱など多少時代がかった点は当然ある。とはいうもののこの思いこんだらがむしゃらに「犯人を必ず捕まえてやる!」という登場人物の情熱がまず心地いい。読了後振り返ると、主人公の刑事の執念深い捜査がもちろん本筋となるのだが、この「執念深さ」が物語の進行においても大きなポイントとなっている。いくつかのミッシングリンクを解き明かし、真犯人と思われる人物が久野の前に鉄壁のアリバイをもって久野の前に立ちはだかる。このアリバイは時刻表などとは無縁の、あるからくりを持っている。(この点がアリバイトリックながら古さを感じさせない理由かも)これに対し執拗な調査を行い、ふと日常に立ち返った時に謎を解く意外なヒントを思いつくところなどは、この時期のミステリ全般に見られる共通した面白さ。
そして最後に明かされる事件の構図には社会的な要因も多分に含まれている。この問題の捉え方、作品との関わらせ方を読んで、島田荘司氏の一連の社会派絡みの本格ミステリを思い出した。根本的な思想は非常に近いように思う。島田氏登場前に本格に社会問題をうまく取り込んでしまう作家が既にいた、という事実にあらためて土屋隆夫の偉大さを感じた。

偉そうなことを書いていますが、私の土屋体験はまだ二冊目です。積ん読はまだまだあるので今後も土屋氏から色んなことを学べそうで、楽しみ。


99/02/08
式 貴士「イースター菌」(角川文庫'82)

間羊太郎、蘭光生、小早川博など多数の筆名を使い分けた式氏の二冊目のSF作品集。本作は割愛されがちの名物「長いあとがき」に更に「”ふたたび、長いあとがき”のための長いあとがき」が加わり、単行本より内容が増えてお得かも。

予備校生の「ぼく」の元に異世界から突然やってきた「窓鴉」は二次元も三次元でも存在可能で博識。様々なコミュニケートを通じて「ぼく」にとりかけがえのない存在となった…『窓鴉』
日本からユリタン星に四週間かけて向かう直行便。ユリタン星はフリーセックスの日本人にとってのパラダイス。まずユリタン語についてガイドします『ユリタン語四週間』
パラレルワールドの日本。胃毛袋から皮声まで塔京都の私鉄、東城線の沿線を詳しくご案内(後の『連想トンネル』所収の短編と関係アリ)『東城線見聞録』
大雨のある日、自宅の庭に一人の女性が裸で突っ立っていた。そんな彼女の魅力に取り付かれた主人公は家に招き入れ…『涸いた子宮』
「性」についての研究心旺盛な高校三年生、珍峰大三を中心に展開する奇天烈なエログロ・ファンタジー『チンポロジー』
銀座の路上で格安で販売されていたモアイ像の置物。時が経つにつれ、約三百個それぞれが原因不明の巨大化を始めた『イースター菌』
これらに名物、『長いあとがき』が加わり六編+α。

正常な神経を持つ人とお食事前の人には勧められません…
……だからワタクシ的にこんなに楽しめるのかなぁ(笑)もしくは時代がようやく式貴士に追いついてきたというか。
やはり内容はエロありグロありナンセンスありハチャメチャありの、なんでもあり式の式ワールド。加えてちょっとセンチメンタルな気分にさせてくれる叙情系の作品もあり、他の作品集同様、本作も脳味噌の色んな箇所を刺激してくれるスーパーな作品集。SF的なオチがきちんとつく表題作『イースター菌』や『ユリタン語四週間』ももちろん普通に面白いし、『涸いた子宮』『窓鴉』も恋愛小説とSF小説を巧く融合してホラーっぽい雰囲気をかなり上品に醸し出している。しかし式氏の真骨頂はアイデアだけで突っ走ったような『チンポロジー』と『東城線見聞録』の二作に見られる壊れ方。特に前者、男子高校生がテスト受験中、自らの性器に入れ墨で女性教諭の顔を彫り込み、それを見つけた男性教諭が「黙っててやるから、それを……」(書けん)この調子で何人ものサブキャラ(含む動物)を巻き込みながらアブノーマル街道を突っ走り、グロテスクを越える光景を執拗に描いたこの作品は「変態小説」と紙一重。『東城線見聞録』は式氏が住んでいた某路線を完全に造り替えた私SF。これも言葉遊びを情景に還元してしまう手腕がまた。いやはや、すごい。あっぱれ。
とにかく、世の中には既にここまで現代的な奇想を持った作家が存在していたことを知るだけでも一読の価値があるというもの。ちなみに『窓鴉』が当時の一般読者アンケートでは最も評価が高かったらしい。

氏がSF創作に本格的に関わりだしたのが四十歳を過ぎてから。ワセダミステリクラブ草創期メンバーでもあった氏は'91年にお亡くなりになっている。残された一冊の長編と十冊の短編集(一つはベスト版)なかなかに入手が難しい。執筆当時から二十年経った現在の方が絶対ウける作家だと思う。


99/02/07
都筑道夫「悪魔はあくまで悪魔である」(角川文庫'76)

角川文庫の都筑道夫作品は一時期あれだけの冊数を重ねながら、全て絶版となっている。本作はその数十冊ある角川のラインナップのうち、最初に出版された作品。

その題名の通りテーマとなるのは「怪談・恐怖」だが一筋縄ではいかない十九編のショートショートを収録した作品集。
「三つの願いを叶えてもらえるんだが何をお願いすればいいんだろう……」と悪魔との契約をしてきた男に相談を持ちかけられた男は『悪魔はあくまで悪魔である』、「ひとを殺してきた。それも四人の独身女性ばかり……」告白を受けた男は『あしたの夢』、友人宅の二階に全裸の少女の姿が見えた『窓の女』、最近冷たくなってきた恋人は以前の火事のときに出会った女性が忘れられないらしい『業火』、自分が旅行に行って立ち寄った先が、数日後になると災害で潰れてしまう法則に気付いた男は、ある計画を立てる『旅行ぎらい』、夜中にふと目を外にやると、アパートの正面にじっと濡れたまま動かない人影があった『雷雨』などなど。

恐怖小説だからこそ冴える論理(ロジック)
基本的には『野性時代』に連載されたショートショートを収録したもの。連載時の事情は不明だが「怪談、恐怖小説っぽいショートショート」を目指したのではないかと思われる。本作を通読して強く感じたのはそれぞれの「説得性の高さ」。ショートショート、怪談と荒唐無稽の代名詞のような二つの要素を巧みにミックスした作品群でありながら、それでも物語内部には作品毎に常に一定のルールが存在し、それに従って悪魔なり、幽霊なり、怪奇現象が発生する。これはさりげなくも凄いことだと深く感心。例えば「奇怪な現象が発生しました。原因は悪魔でした」といういい加減に片づける悪い例に対して、都筑氏の作品は「奇怪な現象が悪魔によって発生しました。その結果、こういうことが起きました」となるのだ。都筑氏は悪魔の存在は読者に対しても既知のものとしながら、その更に裏をかくテクニックを必ず使い、より効果的な刺激のある作品に仕上げている。簡単に言えば「ひねったオチにニヤリ」とさせられる作品ということ。

ミステリとはもちろん違うし、ホラーにジャンル分けするほど恐怖感漂うものでもありません。強いて言うと「洒落た大人の童話」かな。この作品は今となっては「良さを分かる人(良いと思える人)が楽しむ」ものなのかもしれません。


99/02/06
仁木悦子「粘土の犬」(講談社文庫'77)

「子どもが主人公のミステリ」の代表作の傑作『かあちゃんは犯人じゃない』他、仁木兄妹ものを含む珠玉の短編集。しかし仁木悦子の短編集はみんな「珠玉」であります。

下町の悪ガキの主人公の少年、”おれ”は昼寝をしていた父親が家の中で殺されていたのを発見する。たまたま外に出ていた母親は父親との折り合いが悪く、容疑者として取り調べられてしまった。犯人をちらりと目撃した”おれ”はかあちゃんの無実を証明するために、自分一人で事件を調べ始める『かあちゃんは犯人じゃない』
悦子がクリーニングに出したコートを受け取ったはずの雄太郎。ただ店員の不手際でコートは別人のものだった。悦子はクリーニング屋に乗り込むが、店は定休日で中では留守番のばあやが縛られた上に刺し殺されていた『灰色の手袋』
仁木兄妹の住む隣の家でお金持ちの老人が殺されたという。様子を調べに行った兄妹だが、手掛かりは多いものの犯人の目星がつかない。雄太郎は敷地内にある珍しい花に眼を付けた『黄色い花』
悦子がドラマを見るために立ち寄った歯医者の待合室。そのすぐ外でお爺さんが撃たれた。折しもテレビでは画面に向けて俳優が銃を発射したところ。続いてポスターの金髪女が銃を撃ったとしか考えら得ない状況で米国人が射殺されていた『弾丸は飛び出した』
年上のバツイチ女性と懇ろになった男が彼女を殺して金を奪おうと計画する。その計画を実行した時、彼女の目の不自由な息子が事件に気付いたが、男は自信を持って逃走した『粘土の犬』以上五編。

不思議と飽きの来ない面白さ
昨年からそれなりの仁木短編集を読んだのだが、同じ作家の作品をこれだけ読んでも飽きない。それぞれ毎回、全く異なった趣向を凝らしてあり、何か違った印象を受けるのだ。そのポイントはトリックであったり、意外なロジックであったり、特殊な知識だったりするのだが、その用い方にも舞台にも登場人物にも工夫を凝らしているため、実際以上の雰囲気の差を毎作品から感じる。この作品集では、子ども主人公のミステリから始まり、手袋が鍵になる本格、植物の知識を応用するもの、冒頭の奇妙な事象と論理的な解決、そして悪党の犯した犯罪小説風ミステリまで、本格推理をベースにしながら、微妙に違う角度から物語を作っている。そしてそれらの特徴とは別に、小説全体が暗くなりすぎないように徹底的に配慮されている点も特筆すべきだろう。悪人も登場するし、殺人も起きるが、全体的な雰囲気が明るいのだ。その雰囲気を計算して執筆しているというより、おそらくは仁木さんの人徳によるものなのだろう。

毎回「読者を今度はこうやって驚かせよう」と考える仁木さんが目に浮かぶようだ。そしてその目論見のほとんどに読者が見事にはまってしまうところがまたミソ。一冊読み終えてしばらく経つと、あ、また読みたいな、という気分になるのだ。


99/02/05
宮部みゆき「ステップファザー・ステップ」(講談社文庫'96)

宮部みゆきお得意の子供を中心に据えたクライム&ミステリコメディの連作短編集。

泥棒を稼業としているちょっと憎めない男が新興住宅地のある家に忍び込もうとして失敗、気を失ってしまったところを隣に住む中学生の双子に助けられる。天真爛漫な彼らは男に「お父さん」になって欲しいと言い出す。彼らの父親と母親は同時に愛人と駆け落ちして家には彼らしかいないというのだ。同情して彼らに付き合いを開始する男。その男と双子の男の子たちが遭遇する不思議でおかしな事件の数々。
表題作『ステップファザー・ステップ』
倉敷を真似た妙な都市の美術館での人質騒ぎ『トラブル・トラベラー』
双子の授業参観に男が出席する羽目に陥りあたふた『ワンナイト・スタンド』
盲腸で双子の片方が入院する『ヘルター・スケルター』
主婦が文通相手から脅迫される『ロンリー・ハート』
一日おきにある家に届けられる山形ローカル新聞の謎『ハンド・クーラー』
双子がそれぞれ別の犯人に誘拐されてしまう『ミルキー・ウェイ』以上七つの短編集。

ミステリな暖かいホームコメディ。
男の泥棒稼業としての仕事の物語だけでなく、それとは別にそれぞれの短編ごとに「解かねばならない謎」があり、深層まで意外としっかりミステリしている。しかもそれぞれに、泥棒の彼と双子たちとのホームコメディ的面白さまである贅沢さ。これだけ内容を詰め込みながら、宮部さんの文章の巧さからか、全体的に受けるトーンが軽く読みやすい。意外と人間の悪意をしっかり描く宮部作品の中では性善的な人間が多いのも読後感の良さに繋がっている。「謎」や「泥棒の手口」などもそれぞれ手抜きせず、しっかりと意外性のある内容になっているが、最も印象に残るのは男と双子の「疑似親子」状態を面白く、かつ寂しく、なんとも優しい視点で描いている点だろう。
物語そのものとは関係ないが講談社文庫版のあとがきにあたる部分、新保博久氏による「メイキング・オブ宮部みゆき」これは労作にして傑作。宮部氏の今までのインタビューや対談、エッセイを抜き出すことで「作家・宮部みゆき」の人柄、雰囲気を上手に表現している。宮部ファンなら、ここだけでも読む価値がある。

ミステリとしてもコメディとしても物語としてもなんとでも読めるうえ、それぞれに大いに楽しめる。宮部ファンはもちろん、それ以外の人にも読んで貰いたい一冊。ミステリなんてちょっと……と言うミステリファンじゃない人に勧めるのも良いかも?


99/02/04
倉知 淳「占い師はお昼寝中」(東京創元社'96)

倉知氏の三冊目の単行本。東京創元社の『創元推理』掲載の作品に書き下ろし二作を加えたもの。探偵役は「霊感占い所」の自称占い師の辰寅叔父さんで、その姪の美衣子が語り手となっている。

エリートサラリーマンの身近なものが紛失する『三度狐』
バリバリビジネスウーマン宅に現れたポルターガイスト『水溶霊』
心霊写真を持ち込んできた軽薄学生『写りたがりの幽霊』
下町の主婦が遭遇したドッペルゲンガー『ゆきだるまロンド』
江戸っ子爺さん達の幽霊話を美衣子が占う『占い師は外出中』
父親の無実を晴らそうとする息子が嵐の日に目撃したのは一つ目入道『壁抜け大入道』以上少し長めの短編五編より。

暖かさに包まれた人間観察の鋭さ
普通、人間は不思議なことや困ったことがおきると家族や友人、身近な人に相談するもんでしょう。ところが、何が哀しくて悩み事を「霊感占い所」に持ち込まないといけないのか?本書の人間観察はこの点からスタートする。依頼人の持ち込む用件は上記の通り、ポルターガイスト、心霊写真などなど一見超常現象としか思えない事件。しかし、この占い師ははじめから「そんな胡散臭いものはあるはずがない」と占い師にあるまじきスタンスで臨み、更にいくつかの質問からその真相を喝破してしまう。巧いのはここで「じゃあ、心霊現象を解明して差し上げましょう」ではなく、起きた事件を見通し、これから起きる可能性のある事件までを予見して、依頼人に対しては決してその謎の答えをストレートに明かさないところだ。依頼者やその周りの人間が(自分も含めて)出来るだけ幸せになるような回答を辰寅は提示する。そこに悪意は介在せず、辰寅という男の優しさが見え隠れする。これがこの物語の暖かさの所以。
前作までの倉知氏の名探偵「猫丸先輩もの」とテイストはよく似ており、限りなく日常の謎とその延長となる事件を扱っている。「霊感占い所」の怪しい雰囲気とわざわざそこに持ち込まれる事件の更なるいかがわしさや、全くやる気の感じられない探偵役の設定は都筑道夫の物部太郎シリーズを彷彿。

確かに謎があり答えのあるミステリという形式を踏まえている。しかし、単なる答えでなく、最高の答えを導き出す名探偵の存在で本作は、高度なメタミステリとしての体裁ともなっている点に注目して欲しい。東京創元社の文庫化への道程は長いよ(笑)ハードカバーを探しましょう。


99/02/03
岡嶋二人「なんでも屋大蔵でございます」(講談社文庫'95)

「なんでも屋」つまり便利屋を営む男が巻き込まれた事件を語る連作推理。新潮文庫でも出ていたが絶版?あとがきはデビューしたての宮部みゆき。

興信所の「旦那さんは清廉潔白です」という問題のない調査報告書を依頼主の家から盗み出そうとする男達『浮気の合い間に殺人を』
大量の猫を飼っているお婆さんが「そのうち一匹が誘拐された、探せ」と大蔵に強請する『白雪姫がさらわれた』
「自分はいったい誰なんでしょう?」大蔵の名刺を持った若者がやって来た『パンクロックで阿波踊り』
リスの餌やりを頼まれてマンションに向かう大蔵に尾行者が。しかも彼は大蔵の目前で何者かに殺される『尾行されて、殺されて』
「とにかくすぐに来て」クリーニング会社社長夫人に呼びつけられた大蔵だが、用件も告げないまま彼女はどこかへ行ってしまい、後日死体で見つかった『そんなに急いでどこへ行く』以上五編

「自然な流れ」「さりげなさ」が実は凄いミステリ
シチュエーション、登場人物、その境遇、四方八方細かいところまで、実は深い配慮がなされている。大量の飼い猫を抱え、馬券を拾って生計を立てているお婆さん、嫉妬が過ぎてなんの疾しいところのない旦那を興信所に調べさせる奥さん、自分の意のままに相手が動かないと勝手にヒステリーを起こす夫人。それぞれ現実に「ああ、いるいる」と思わせられる人物たちなのだが、小説という枠の中にいる彼らは何故か岡嶋作品ぐらいでしかお目にかかれない。こういう人物や背景をさらりと(そう、ホントにさらりと)物語の一エピソード、エッセンスとして作者は簡単に使っている。普通ならこんな特殊な設定で気張ったり、妙に説明がくどくなったりしそうなものだが、それが全く感じられない。計算ずくでされているのであろうが、全く読者の違和感を覚えさせずに巧みに処理しているあたり、語り手としての岡嶋二人の凄さを実感させられてしまう。もちろん、各々の作品で示される謎も洒落ていて、かつ、どんでん返しがあって、そして結末に至ってもあまり殺伐な気分にさせられない。「ああ、自分はミステリを楽しんでいる」そういう気分になれる作品群。

岡嶋作品の特徴としてほとんどシリーズキャラクタがないので、どの作品から手にとっても先入観なく色々なシチュエーションが楽しめる。現在、他社刊行作品が講談社文庫でまとめられつつあるので、順番に読むのも良さそう。軽く入ってさらりと読んで、軽快な気分に♪


99/02/02
鮎川哲也編「鮎川哲也の密室探求」(講談社'77)

鮎川哲也を天城一、松村善雄両氏がサポートして編まれた「密室」をテーマにしたアンソロジー。同名で文庫版もあるが、藤村正太<川島郁夫>氏の作品が差し替えられており微妙に内容が違っているとのこと。西尾さま、須川さま、情報ありがとうございました。

灯台の中に大岩と幽霊出現、しかも密室。大阪圭吉『灯台鬼』
独身寮で毒薬を飲んで死んだ男。彼は様々な恨みを買っていたが、現場の部屋は密室。島田一男『殺人演出』
山荘に招かれた男は主人の企みを予感。その奥さんが突如密室から失踪してしまう。左右田謙『山荘殺人事件』
資産家兄弟の家にやって来た美しい姉妹。その愛憎の果てに妹が密室で殺された。藤村正太『盛装』
配色濃いロシア戦線。民家に泊まった一部隊の将校が密室で絞殺された。豊田寿秋『草原の果て』
一人の女優がテレビ局の中で死んでいた。しかし誰もその部屋には近づいた様子はなかった。渡辺剣次『悪魔の映像』
男が最新のプレハブ建築内で刺殺されていた。密室の現場の鍵を持っていた自分が疑われる。飛鳥高『二粒の真珠』
犯人当て共同連作。女性がアパートの部屋で毒殺された。部屋は密室で容疑者は三人。果たして答えは?大谷羊太郎・鮎川哲也『密室の妖光』
亜愛一郎登場、空飛ぶゴンドラの内部で殺されていた男。空間の密室で起きた出来事は何か。泡坂妻夫『右腕山上空』
大学教授が自室で殺された。目撃者の証言を総合すると誰にも彼を殺すことが出来なかったはずなのだが…。天城一『朽木教授の幽霊』
勤務先の社長は入れないはずの社屋にいた?秘書は社長の行動に疑問を抱き、ある男性に相談する。山沢晴雄『扉』
以上十一編に各作家についての解説が付いている。

密室テーマ以上に顔ぶれに惹かれる
決してメジャーな方を集めている訳ではないにも関わらず、いかにも「通好み」の作品&作家のセレクト。才能を持ちながら、あまり出版面で処遇が恵まれていない作家を巧みに選んでいる。従ってマニアの方以外には馴染みの薄い作家名が並んでいるのではないだろうか。
それでも、作品それぞれには強烈な個性が込められており「この作家の他の作品をもっと読みたい!」という気分にさせてくれる。強烈な冒頭の謎に怪奇趣味を重ねながらも叙情的なラストまで持ち込む『灯台鬼』、二重三重のどんでん返しとそのために何重にも練り込まれたトリックに舌を巻いた『山荘殺人事件』、多重視点からの愛憎劇と一風変わった密室トリックとの融合『盛装』、奇想天外なトリックが面白い『二粒の真珠』……個別に挙げてもやっぱり後々まで印象に残りそうな作品が多い。もちろんその他の作品もシチュエーション、密室の作成法などに独特の工夫が見られる。密室の種類、トリックの種類も様々で、頭が「密室」にこだわっているため、気付くと別の落とし穴にはまってしまう感。更にそれぞれに作者特有の遊び心や、読者を騙してやろうという、大きな心意気が見え隠れする点がなんともいい雰囲気を醸している。必ずしも私は熱心な「密室ファン」でもないが、濃密で贅沢なひとときを過ごさせてもらった。

鮎川氏の名前が冠されるアンソロジー、私が読んだ範囲内(まだまだ少しですが)では外れがない。本書からは入手できる出来ないに関わらず、過去の作品を振り返ることで得られる悦びを再発見することが出来た。宝物をどこかに落としていませんか?


99/02/01
天藤 真「雲の中の証人」(角川文庫'83)

角川文庫で四冊出ている天藤氏の短編集のうちの一つ。検事や裁判官、弁護士などを絡めた「法曹界もの」。

三千二百万円の給与に用意した現金を詐取し、相手を殺したと起訴されている男。彼の証人は妻だけだった。この事件の弁護を担当する北弁護士の助手として探偵社より出向してきた「私」は妻の証言の裏付けを取るため、十日間しかないにも関わらず途方もない仕事を仰せつかってしまう『雲の中の証人』
探偵社の下っ端の「私」は横領の末、温泉宿で自殺した弟の事件を調べて欲しいという姉の迫力に負けて会社に黙ってその依頼を引き受けてしまう『逢う時は死人』
一家七人皆殺しをしながら一過性精神障害で無実となった実話をテレビで見た男が、自分の境遇に余りにも犯人が似ていることを知り、ある計画を立てる『赤い鴉』
適当な嘘をついた窃盗犯があれよあれよという間に裁判で無罪になってしまう。彼が再び窃盗を犯すと…『公平について』
麻酔で身動きの取れない患者を強姦したとして起訴された医者。マスコミの餌食となった彼から次から次へと悪い噂が立つ『悪徳の果て』
土工夫たちの酔った上での喧嘩に対して、再審議の上別の容疑者を指摘した裁判官。しかし指摘された容疑者は犯人ではなかったのに…『或る殺人』
表題作の『雲の中の証人』のみ中編。合計六編が収録される。

逞しく健気な登場人物へのあふれる人間愛
外れ無し。どれも素晴らしい。というのも天藤氏の「柔らかく暖かく面白く、それでいて本格推理」という作風が全ての作品で見事に結実しているのだ。表題作『雲の中の証人』、本作では現金を持つ会計課長を殺す機会は容疑者にしかなく、容疑者は工場経営が思わしくなく金策に詰まっており、更に事件後、入手先の分からない金を方方に支払ったという。会計課長が殺された時分は妻と一緒にいたというのだが、彼らを目撃したという証人もいない…。更にいくつもの陥穽が待ち構えており、どう考えても容疑者が犯人としか思えない状況を、どのように逆転していくのか。はらはらどきどきわくわくくすくす。登場人物のとぼけた味わいと相まって、拍手喝采のラストまでホントに目を離せない。
他の作品も事件の表層を真相でここまでひっくり返せるのか!という驚きは確実に味わえるし、同時に虐げられたり、不幸に陥った人々が最後にハッピー(幸せ、よりもハッピーの方が雰囲気に合う)になる姿に読者が一緒になって「良かったね」と言いたくなるような作品が多い。作者の「人間よ、頑張れ」という読者への暖かいエールを感じとることが出来る。

実は天藤氏の短編集を読むのは初めてだったのだが安心した。渋みのあるユーモアを交えた本格的なミステリばかり。期待を裏切らないトリック、ロジック、文章などなど高いレベルの作品。創元推理の全集に収録されるのか不明なので、角川版を見つけたら買い、です。