MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−過去の書評群 (掲載順)−  


99/02/20
江戸川乱歩「黒蜥蜴」(創元推理文庫'93)

乱歩の通俗長編の一つ。挿し絵の再現された初出は'34年と戦前だが、後に春陽堂からの全集発行時に著者自身により改訂されており、読みやすい。

その美貌と豊満なる肉体、奔放な性格で男を酔わせる暗黒街の女王、黒蜥蜴。彼女の左腕には今にも動き出さんばかりの「黒蜥蜴」の入れ墨が彫られている。美しいモノをこよなく愛する彼女は大阪一の宝石商の一人娘、早苗を拐かす予告を行う。宝石商は高名な名探偵、明智小五郎に、彼女の護衛を依頼する。ところが黒蜥蜴は奇想天外な手段を用いて、早苗を見事誘拐してしまうのだ。彼女の目的はもう一つ、世界の秘宝たる巨大なダイヤ「エジプトの星」。果たして名探偵明智小五郎は彼女の邪な野望を阻止できるのか?女賊対名探偵の行き詰まる死闘が開始される。

華麗でスピーディ、見せ場満開のアクション
誰だって「通俗もの」とか「大衆向け」と聞くと何だか安っぽい印象を受けてしまう。しかーし、ほとんど大多数のミステリファンの原点はここにある。明智小五郎と賊の対決。機知と英知のぶつかり合い、変装を多用した騙し合い、おいおいちょっと、とも思う強引なトリックの群。これにわくわくしない人間にミステリファンを語る資格はない!…のではないだろうか。(ちょっと弱気)
この作品は「唯一明智小五郎が女性の敵と対峙した作品」だとか「悪人である黒蜥蜴と、正義の味方である明智小五郎の互いに通う恋心が見どころ」だとか色々な真っ当な評価もあろう。しかし私個人が最も魅力に感じたのは、やっぱり全編ぶっ通し見せ場というサービス精神である。七面倒くさい心理描写、手掛かりからの地道な捜査といった推理小説の常道はほとんど省かれ、警察や他の余計な登場人物も最低限に押さえられている。もちろん、この点が乱歩の通俗長編たる所以だろうし、本格推理という視点からみたら不満だらけのポイントであることも理解する。でも読者をこれだけ惹き付け「わくわくどきどき」させるこの小説の真の魅力は、本格推理小説でないことから生じる全く別の文学からの力のように思う。

いやはや、一気読み。エロティックでサディスティックでロマンティックでチープでダイナミック。安っぽいドラマにも、高尚な演劇にでも転化できる不思議な内容でした。


99/02/19
夢野久作「あやかしの鼓 夢野久作怪奇幻想傑作選」(角川ホラー文庫'98)

夢野久作の諸作品のうち、怪奇と幻想テーマの作品を中心に編まれたもの。'25年から'35年までの大正から戦前期の『新青年』などに掲載された短編が主。

大戦中、元露西亜兵がある人物に自らの数奇な体験を独白する『死後の恋』
無人島に流れ着いた幼い兄妹を襲った悲劇『瓶詰地獄』
古本屋を訪れた男が主人から聞かされた「悪魔の聖書」の物語『悪魔祈祷書』
露西亜の酒場の生娘が奇妙な性癖を持つ亜米利加軍人に惚れ込んでしまう『支那米の袋』
我々の船に乗り込んできた少年は「乗船すると必ず船が難破する」という伝説の持ち主だった『難船小僧(S.O.S BOY)』
チフスで死んだ二人の水夫が船に取り憑いた『幽霊と推進機(スクリュウ)』
ショートショート形式の幻夢譚『怪夢』
兇悪な脱獄囚が赤い灯りに誘われ入った屋敷は人形で埋め尽くされていた『白菊』
こちらもショートショート形式で短いながらもひねった事件群を扱った『いなか、の、じけん』
不幸な事故で家族を亡くした小学校教師の男が鉄道線路を通る度に脅かされる幻聴『木魂』
遙か昔からの因縁で非常に美しい音色を醸し出しながら怨念に包まれている鼓に翻弄されるその子孫達『あやかしの鼓』

夢野奇想ワールド。それぞれ最終数十行に戦慄
この作品集の第一印象は「活字が大きい」ということ。個人的感覚なのだが、夢野作品というのは行間からさえも妄想や心象などが立ちのぼるような妖しいテンポ、独特のリズム感を持つ文体が魅力のため、一頁にぎっしり詰まった本で読む方が雰囲気を味わえる。最近出版された文庫だけにその点はワタクシ的マイナス要因(なんと勝手な)
内容的には大満足。いくつか既読の作品もあったが、さすがは現実と夢想の境界を彷徨う創造主。露西亜の片隅から、太平洋横断船、因習に縛られた片田舎の村……舞台こそ違えど、夢野氏にかかれば、すわそこは異界魔界と変じるのだ。新しくこの物語群の為に作られたのではないか、というくらい妖しげな魅力ある語彙、氏の持つ独特のリズムに乗せられた話し言葉。読み出して数行は取っ付きにくいことこの上ないのに、暫くすると不思議なことに物語世界に引き込まれている。夢野ワールドたる人間の妄想妄執偏愛変態的な世界は、残酷にも夢野氏が自らそれぞれのラスト数十行によって、登場人物はおろか作品世界までを衝撃的に手酷い裏切りで解体してしまう。その部分に至るまでの独特の高揚感と、その解体の急降下感が読者の脳髄のドーパミンを直接刺激する夢野式の麻薬なのだ。もちろん読者は読んでいる間の快楽と読み終わった後の禁断症状に苦しむことになる。

多少は改訂してあるとはいえ戦前の文章。大作『ドグラ・マグラ』から入ろうとして、挫折ないし積ん読になっている人たちにとっては、こういった短編集から夢野ワールドをのぞき見した方が良いか、と思います。雰囲気良し。


99/02/18
山田正紀「仮面(ペルソナ)」(幻冬舎ノベルズ'98)

螺旋(スパイラル)』に登場する風水林太郎の妹、風水火那子のシリーズで『阿弥陀(パズル)』に続く二作目。彼女の素性が少しずつ明かされるが、本シリーズ、続編は出るのだろうか?

(章立てそのものにも工夫が凝らされているため粗筋が紹介しにくい作品)
折からの不況により、東京の街では銀行の取り付け騒ぎが嵩じて暴動がかしこで発生する事態を迎えていた。そんな夜、これも不況で潰れたクラブで、潰れたクラブの元オーナーや、ゴルフ場経営者の息子など七人の若い男女が退廃的な仮装パーティを開催した…そこで章が代わり、地下に設置してあるワインセラーの密室の謎を風水火那子がいきなり解説を始めるシーンとなる。一体惨劇とは何だったのか?警察での取り調べのシーンを経て、火那子は関係者の一人高名なピアニスト瑠璃子を連れて自宅に帰る。火那子は別に事件の手記をまとめるよう別の関係者にも依頼し、それを電子メールで自分に送るよう頼んでいた。倉庫のような自宅に到着すると、電話が鳴り「後藤」と名乗る男から「話したいことがある」と火那子は倉庫街への呼び出しを受ける。

現代人の側面を抉った実験的試み
前作の『阿弥陀』がかなりストレートな本格ミステリだったのに比べると本作、変格で実験的な作風。「クレイモア」というクラブの説明と登場人物のおおまかな説明で一応本編は始まる。ところがいきなり時間軸が移り、「探偵」の風水火那子は事件が起きたと思しきワインセラーの「密室の謎」を解き始めた上に犯人まで指摘してしまう場面へ。読者はこの段階で100%煙に巻かれる。そして登場人物の一人の取調調書を挟んで、事件終了後から物語は、登場人物の手記と火那子の回想で綴られていく。エドガー・アラン・ポーや、シェイクスピアの作品と重ね合わせて語られる仮装パーティでの事件。登場人物一人一人に被せられた「仮面」が重要な意味合いを持つのは薄薄感じられるのだが…
誰が犯人なのか?皆が自ら被った「仮面」にどのような意味が?そして冒頭現れた男の正体は?そして中盤に火那子が追われるのは何故なのか?山田正紀ミステリの特徴でもある”溢れるような謎の連発”が挙げられる(サービス精神旺盛とも)と思うのだが、本作も(小粒ではあるけれど)その点はきちんとクリアしている。ただ、それを補うためか、別のある理由からか、構成(プロット)に凝りすぎた感もある。色々な蘊蓄と譬えを持ち込むには紙幅が狭すぎたのかもしれない。別の側面からみると山田正紀的「探偵論」とも受け取れるが、それを浮き出させる為には「その相手となる人物」が少し弱かったようにも思う。

文章も読み易いし、登場人物達の一貫した無力感、頽廃感が「現代の世相」を見事に反映。不況を「赤死病」に例えるあたり、実感そのもの。面白いのですが余りにも深い世相への斬り込みにどきっとする部分多し。ただ読む人の立場により、この辺りの受ける印象は相当違うかも。


99/02/17
鮎川哲也「密室殺人」(集英社文庫'79)

雑誌『幻影城』の編集長として知られた島崎博氏がセレクトした鮎川氏の「密室」テーマの短編集。本作品集をはじめ、集英社文庫の鮎川作品は意外とあっさり古書店で見つかるので注意して探してみたい。但しない時はない(笑)

大学医学部のエリート学生同士の醜い争いから、離れに建った解剖室に出現した小包に梱包されたバラバラ死体『赤い密室』
雪の降ったある日、女子学生が大学教授の屋敷を訪ねると見知らぬ男が現れ「教授が殺された」と告げた。その屋敷へは男と彼女自身だけの足跡『白い密室』
愛憎入り交じった関係を持つ劇団俳優達が住む専用アパートの鍵のかかった一室で男が青い光の中で殺されていた『青い密室』
人気作家連が集まる別荘に招待された「わたし」が、近所で発生した雪の密室に挑む。その屋敷の回りには下駄とハイヒールの足跡しかない『矛盾する足跡』
気のあるプロデューサーに呼び出されたと信じて外出した女優が海岸で死体となって発見される『海辺の悲劇』以上五編。

改めて気付かされる鮎川短編の魅力
最初の三編が『りら荘事件』などで知られる貿易商、星影龍三もの。後ろ二編はノンシリーズ。やはり最初の「色の密室」三編が濃密な雰囲気と鮮やかな解明とのコントラストが見事で印象深い。『矛盾する足跡』のちょっと洒落た感じも良い。特に国産密室小説の短編での傑作とも名高い『赤の密室』なのだが、私はあるところで既にメイントリックを知ってしまっていた。(最近多いな…)にも関わらず、通して読了することで総合的に新鮮な驚きを感じ、感動さえ覚えた。本作、短編でありながらメイン一つだけのトリックによりかからずに複数の策を作者が組み合わせ、その真相を巧みに覆い隠している点が特に成功している。つまり一つ二つトリックを解明しただけでは全景が見渡せないということ。最後に星影によって解き明かされ、完全に白日の下にさらけ出される解体の快感。この犯罪をわざわざ犯す必然性は?とは言ってはいけない。ここまで美しい(状況を想像するとグロいけど)密室ならトリックのためのトリックでも充分堪能出来る。全ての統一されたテーマにより、結果的に現れてくる状況が『密室』と分かっている作品であってもその過程、経緯などに変化を付けて同様の題名さえもミスリーディングに使った結果、三つの傑作が出来上がっているのだと思う。贅肉のないスリムな作りが、密室のアイデアをより光らせている。
現在ではこのような短編を書くのは有栖川有栖氏くらいであろうか。洋物古典の推理小説の匂いが漂うこういった小説もまた楽し。

東京創元社から今般、北村薫のプロデュースで鮎川氏の短編全集が刊行開始されるらしいが、そこは創元社の仕事、どうなるかみんなで暖かく見守ることになるでしょう。にしても鮎川氏の短編が長編にない魅力を放っていることは紛れもない事実。「アリバイ崩し」でない鮎川氏の実力はどんな形ででも知って頂きたいものです。


99/02/16
小野不由美「悪夢の棲む家(上下) ゴースト・ハント」(講談社X文庫ホワイトハート'94)

小野不由美がデビュー直後に低年齢層をターゲットに書いていた「悪霊シリーズ」の続編に当たる作品。前シリーズを引き継いだ登場人物が多数登場しているようだが、これが初読でも十分に楽しめた。(本作もかなりティーンを意識した作りではあるが)

OLの阿川翠は、母親と共に念願のマイホームに越してきた。格安で、しかも交通の便など上々の掘り出し物件であったにも関わらず、最初に足を踏み込んだ瞬間から「家」に対して翠は何か違和感を覚えていた。隣三軒の家がすぐ近くに建っているため採光が極端に悪い上、前の住人が窓硝子のあるべき場所に鏡を填め込んでいたこともあった。実際に住み出したところ、雨漏り続発、異臭発生、簡単にブレーカーが落ちたり、テレビや電話の調子がおかしかったりとかなり深刻なトラブルが続出。母親が「家の中で誰かが私を見ている」とノイローゼに陥るに至り、友人を介して公務員の広田と、更に彼を介して「渋谷サイキックリサーチ」という調査会社に相談を持ちかける。大挙して押し寄せて来た調査会社のメンバーは若い上に一風変わっており、大規模な調査装置を家中に設置、その結果いくつかの説明しうる真っ当な原因が判明した。この家に纏わる謎は解明されたと思われたが……。

二重三重、用意周到、立派なホラー
ここまで小野不由美さんを読んできた経験から「ティーンズ向け」という先入観を抜きに取り組んだ。そこは小野作品、やっぱりメインとなるプロットや、ホラーとしての怖さを盛り上げるための組立はしっかりしていると感心。必死で購入した自宅に取り憑いている何か。次々に発生する怪現象、前の住人の意味不明の装飾、隣の住人のしつこさ。「何か理解不可能な存在に監視されている」という謎づくしの独特の状態描写が巧く、そこはかと漂う不吉感を盛り上げる点に大成功している。一連の謎に対して上巻で一旦論理的な解決を付けながら、それを下巻でしっかりと裏切り、怖さの相乗効果を狙っているあたりは、小野さんのミステリ的センスの勝利。取り入れられている現実感溢れるエピソードやかなり高度な(トンデモ系?)蘊蓄も小説内ではごく自然に触れられており雰囲気作りに役立っている。読後に振り返ると相当の取材をしたのだろう、とは感じるけれど。
誉める部分が多いが、そこはホワイトハート。「謎の組織」「ほんわかラブストーリー」「必要以上の登場人物及び美形キャラクタ」などの「ティーンズ向けのコード」もしっかりと組み込まれている。これが小野氏の人気の源であろうが、人によってはちょっと辟易する部分もあるかも。

総じて、構成としても成功しているし、上記の世代的な問題点(漫画的ノリ)についていけるのならば、ホラーとしてそこそこ評価出来るのではないだろうか。もちろん『屍鬼』とは狙った読者層は異なりますが。


99/02/15
吉村達也「猫魔温泉殺人事件」(講談社ノベルス'96)

吉村氏の「温泉シリーズ」で'98に文庫化もされた。ワタクシ的にはこれで吉村氏の温泉シリーズは完読。残り二作品で吉村全作品(ミステリ・ホラー)は制覇かな。

美人の部下と不倫を続けていたエリート経理課長が、大切な副社長の社葬に遅刻してきた挙げ句、その服装は葬式に来たとは思えない真っ白なスーツだった。上司の叱責も意に介さない様子の彼を不安げに見つめる不倫相手の女性…。一方、その課長の妻も年下の野卑た男と不倫関係を続けており、その葬式によって旦那がその晩帰ってこないことを知るや否や、いそいそと相手の男と不倫旅行の目的地「猫魔温泉」に向かった。しかしそこへのドライブ途上、彼女は遊びのつもりだった不倫に、年下の男が本気の関係を求めているのを知ると、気持ちが急速に冷めていくことを感じた。彼との口論の末、彼女は突如姿を消し、一ヶ月後、人里離れた場所で首をペット用のロープで絞められた格好の全裸死体で発見される。

猫づくし旅情推理
温泉は猫魔、その旅程に現れた猫を抱いた美女、死体の首にはペット用ロープと物語の表層、深層至る所に猫が散りばめられている。その殺意も物語中の意外なところで繋がっており、真相そのものの明かされ方にはちょっと不満も残るが、意外さはまずまず。今回の事件に挑むのは、志垣&和久井の捜査一課の温泉コンビだが、さらに推理の仕上げは朝比奈耕作が加わるという豪華キャスト。登場人物の交錯した不倫と交錯した殺意を料理した作品に、更にお馴染みのあとがき「猫魔温泉ガイド付き」がついてお得かも。(笑)
作者のコメントによると「出来る限り短めにまとめようと”オールマイティーカード”朝比奈耕作を登場させた」そうなのだが、その短くまとめる必要が果たして本当にあったのか、作品の出来を見る限りでは判然としないのが残念かも。(本論から逸れるが、吉村氏が'98年中に一作しかミステリを出さなかったのも本作などから判断するに正しかったのかも。ホラー作品こそ何とか質を維持しているが、近年のミステリ作品はその動機やトリックが強引なこじつけや牽強付会に過ぎるものが目立つ。氏特有の滑らかな語り口を活かした本格的なミステリの新作をファンとしては期待したい。)

本作も、ミステリとしてお勧めできるとは到底言えないが、旅情系の雰囲気がお好きな方、お気軽なミステリを楽しみたい方にはそれなりに楽しめるのではないだろうか。


99/02/14
中井英夫「黒鳥譚・青髯公の城」(講談社文庫'75)

中井英夫が作家としての出発点と位置づけ'48年から執筆を開始、'69年に一応の締めくくりをつけたといわれる『黒鳥譚』に二編の中編を加えた作品集。

自分の存在を恥辱と感じている男の妄想を黒い羽の下に白い翼を隠したオーストラリア産の黒鳥と、その彼と瓜二つの弟を通じ、戦争や日本人の心について徐々に、幻惑的に浮き彫りにしていく中編『黒鳥譚』
別荘地に避暑に来ているある体の秘密を抱えた清純な婦人が、近所にいる美少年高校生との間で繰り広げる崇高な愛と愛との哀しいすれ違いを描く『青髯公の城』
毒草を研究して祖父、父、息子の三人が暮らす家。父も息子も危ういバランスの精神状態で常に「死」を意識しつつ暮らしている。そんな彼らが最後に行き着く先は『死者の誘い』以上三中編。

中井英夫の純文学の凄まじさ、実感
乱暴だが三つまとめて論ずると「最後まで文章での直接表現を避け、底を見せずに自らの語りたいところを想念で読者に伝えている」ように感じる。それぞれ恥を背負った人間、幻想の中に崇高の愛を見出す人間、死に特別なこだわりを持つ人間が、結局、社会生活を送るがうえでどうしても避けられない自分自身以外との交わりにより、その想いや常識を千々に乱す様を幻想的に、蠱惑的に、背徳的に美しいのに鬼気迫る迫力を持った文体で描かれている。彼らは「作者から与えられ」そんな境地に陥っているのだが、仮に現実に彼らの思想を「人間」が得るためには十年、二十年とそのことに思索を続けなければならないかと思う。彼らは人間であって人間ではないのかもしれない。これらの危うい考え方を、自分自身の頭脳内部で造りあげた中井英夫自身は一体何者だったのだろうか。いろいろな文体を文章を神様のごとく自由自在に用い、恐らく自身も煩悶に煩悶をかさねて創った世界かと思うが、その分、ミステリで使っている頭と別の所に何か「極限状態での思索」がじわじわと染み込んでくる。

三一書房刊の全集が底本。現在入手出来るところでは創元ライブラリ(文庫の高級版)の2に収録されているようです。(100%さん情報ありがとうです)難読の漢字、当て字が大量にあり、読むのに少し苦労しました。とはいえその修辞が中井英夫なんでしょうが。


99/02/13
結城昌治「白昼堂々」(講談社大衆文学館'96)

和製ハードボイルドやスパイ小説で知られ、『軍旗はためく下に』で第63回直木賞を受賞した結城氏の「コミカル系」の代表作品で'65年に『週刊朝日』に連載されたもの。

元スリで現在は更正してデパートの警備員として働いている通称「桶屋の銀」こと銀三は、墓参のため筑豊の廃坑となった寂れた村を訪れる。侵入者に対する警戒がやたら厳しい、何かいわくありげの村だったが、そこでかってのスリ仲間、ナベ勝と再会する。彼はまともな職業に就くことが出来ない村民を生かしていくため、やむなく彼らにスリや万引きを指導、法に触れながらも何とか最低限の暮らしを立ててさせていた。情にほだされ見かねた銀三は「もっと割のいい仕事がある」と、ナベ勝ににデパートでの集団万引きを示唆してしまう。その数カ月後、その村で見た男女が自分のデパートに出現したことに銀三は気づいた。「さては!」しかし銀三は彼らをしっかりマークをしていたものの、逆に自分の財布をスリ取られるという失策を犯してしまう。村の男女がスリや個人の万引きを一切止め、ナベ勝の指導のもと、厳しい特訓と綿密なチームワークを完成させ集団で上京してきたのだ。

暗い背景さえも乗りきらんとする明るい登場人物に注目。
取り上げたテーマにまず打ちのめされる。犯罪のプロに率いられた個性豊かな「万引き集団」。現在でこそ多少他にも作品名が挙げられるが、当時としては数少ない「泥棒小説」である。さまざまな事情があってまともな職業につくことが出来ない彼らが仕方なく犯罪にて生計を立てていくことに同情する反面、スリや窃盗と戦う刑事たちの立場も人情味たっぷりに描かれている。人という個人ではなく、もっと大きな企業という集団を標的にすることで罪悪感を減らしたい犯罪者側の持つ情。巧緻長けた彼らに翻弄されながらも彼らの立場に対して一定の理解を示すが、やっぱり面子回復に燃える警察側。彼ら一人一人が情に厚く、使命感に燃えているため、読んでいるうちに「どっちもガンバレ!!」という気分にさせられてしまう。しかし犯罪は犯罪、結局はいろいろな局面から段々と追いつめられていく万引き集団が最後に狙う「相手」と「計画」がまた見事。その対決シーンは映画を見ているかのような迫力を感じた。(映画になっているのかな?)

今では取り上げられにくい「貧困」という社会問題を斜に見ながら、口当たりの良いエンターテインメントとして仕上げた結城氏の筆力に圧倒された。読後、一抹の寂しさも残るが、タフな彼らの生き様に一種、普通とは違う形の感動を覚えるに違いない。


99/02/12
北森 鴻「メビウス・レター」(講談社'98)

鮎川賞デビューの北森氏の四冊目にあたる単行本。

山梨県を襲った大地震により、高速道路の橋脚部分から白骨化した死体が発見された…という冒頭。場面は一転し、阿坂龍一郎という人物へと移る。取材から戻った阿坂は担当編集者、野島の留守番電話に残されたメッセージをうんざりしながら再生していた。消去しようとした間際に、その最後に謎のメッセージ『テガミハ、トドキマシタカ』が入っていることに気付く。突如、部屋まで押し掛けてきた熱心なファンに気分を害しながらも阿坂は届いていたそれらしき手紙の封を切る。内容はある高校生の手記形式で、その高校生が憧れを感じていた友人が、突然美術室で焼身自殺してしまった事件について語られ、その死について色々な疑問を覚え、その事実を調べているというものだった。阿坂はその手紙に(なぜか?)衝撃を受け、更にその手紙が秘書にいつの間にか読まれていたことを知り更に動揺。そしてある晩、担当の野島が阿坂に書き下ろしの依頼を断られ、やけ酒を飲んだ帰り道で何物かに刺殺される。阿坂の過去は、この謎の手紙とどう関わるのか?読者にも疑問を持たせたまま物語は進む。

謎、謎、謎だらけ。狡知に舌を巻く
作家、阿坂の生活と視点、それと次々と送りつけられる過去の犯罪を摘発する手紙。この二層構造で物語は進む。もちろん最終的な着地点で物語は交錯するであろうことは少し読めば分かる。何かに疲れた作家の秘密めいた生活、亡くなった友人のことを調べる高校生の、決して交わることの出来ない友情。それぞれが淡淡と綴られ、読んでも読んでも謎が増えるばかりでその、着地の様子がイメージ出来ないのだ。(イメージさせないのが作者の腕か)
過去の高校生焼身自殺事件の真相は?この手紙を書いている「ぼく」とは誰なのか?手紙を阿坂に送りつけてくるのは誰か?現実に発生する事件の殺人者は誰なのか?そして阿坂自身はどう過去の事件と関わっているのか?…阿坂はいったい何物なのか。設定された代表的な疑問がこれだけありながら、読み進める分には物語の二層構造が効果的に作用するためさくさくと進む。この構造そのものの意味と巧妙に隠されたある事実にまず驚かされ、更にそのファクターを踏まえて次の段階の物語へ…。とにもかくにもプロットがよく練られており、その点に本作の眼目がある。
登場する人物は皆、表向きは朗らかでも裏では色々と影を引きずっており、全体的に物語全体から受ける印象はあまり明るくはない。ただ彼らの背負った業がこの物語の各層にたっぷりと色を付けており、そのような人物たちでなければ織りなせない複雑な紋様を物語上に描き出している。

ネタバレにならないように書いたので多少焦点の暈けた文章になってしまった。登場人物から「メビウスの輪」のように巡り巡ってまた戻ってくる哀しさを感じるし、それを構成する要素を創り出す力量は相当のもの。ただ本作そのもののトーンは人により好みが別れるかも。


99/02/11
山田風太郎「秘戯書争奪」(角川文庫'86)

結構消費税で改訂されるぎりぎりまで角川文庫は風太郎忍法帖を出版していたのだなぁ。それでも元本は'68年に新潮社から出版された『秘書』(題名は改題)

徳川十三代将軍の家定は虚弱体質で凡愚、精力が全く無く子供が出来なかった。薩摩藩から嫁を迎えるにあたりこれを危惧した御目付の伊勢守と奥医師の多紀法印は、中国から輸入され京都の宮中に代々伝わる門外不出の秘書『医心坊』を入手すべしと手を打つ。彼らは甥で、剣法に優れ蘭医の弟子となっている丹波陽馬と七人の甲賀の女忍者に『医心坊 房内編』を宮中より盗み出せ、と命令する。陽馬は恋人雪羽にだけこの事実を告げるが、彼女は実は宮中典医の一族で『医心房』を代々守護する半井家の一人娘であった。半井家は雪羽に『医心房』を持たせ、公方が諦めるまで七人の伊賀忍者の守護の元逃げ回らせる作戦に出た。しかし伊賀者の首領、木ノ目軍記は『医心房』そのものに興味を持ち、甲賀の女忍者に対しその技を実行すべく画策する。そして追いついた必死の女忍者と好色な伊賀忍者との凄惨な死闘が開始された。

北陸路で繰り広げられる七人vs七人の極限の性愛と極限の戦い
ふむ、先に言ってしまうとコンセプトが『甲賀忍法帖』に似ている。恋人同士の主人公が互いに「医心房を奪う」「医心房を護る」という相反する目的を抱えながら、否応なしに戦いに巻き込まれ最後に決着を付けざるを得なくなるところ。そう、今回もまた忍法帖の『ロミオとジュリエット』なのだ。ただ今度は甲賀方の七人が全て色んな意味での美女揃い、争っている書物が言ってしまえばセックスの奥義を究めた書。伊賀方は全員男と来たらそりゃ、その過程はどろどろのぐちゃぐちゃになりそうに思う。事実、部分的に描写だけ抜き出せば、そうとしか捉えられない部分もある。しかし、そこは忍法帖、それぞれの登場人物に色んな趣向を凝らし三ひねり四ひねり(ひとひねりじゃ効かないからね)色んな趣向を凝らしているのがミソ。忍者それぞれの持つ極限の体術は今まで読んできた忍法帖の忍者たちとも重ならない度肝を抜かれるような技だし、登場人物それぞれが抱えるセックスに関する悩みがまたいいスパイスになっている。男性恐怖症、女性恐怖症の忍者なんて思いつくのは風太郎くらいだろう。
最終的に双方、目的のためには相容れない状態におかれた陽馬と雪羽が「医心房」を扱いをどのような決着に持ち込むのか、というのが重要なんだろうが、物語の過程にこそ忍法帖の「何が出てくるか分からない」楽しさがある。

角川でも比較的後期に出版されているので運が良ければ見つかるかも?ちなみに本書は上記の『秘書』と角川文庫でしか読めません。