MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−過去の書評群 (掲載順)−  


99/02/28
北村 薫「覆面作家の夢の家」(角川書店'97)

覆面作家、新妻千秋が主人公、コミカルなミステリー連作のシリーズで漫画化、連続テレビドラマ化も果たした。本作は『覆面作家は二人いる』『覆面作家の愛の歌』に続く第三弾にして最終作品。現在まだ文庫化されていませんので、念のため。

”外弁慶”のお嬢様で本名を隠して執筆を続ける覆面作家、新妻千秋。彼女の名もいよいよ高まり、それに加えて彼女の人間関係の輪も着々と広がっている。彼女を陰ひなたにサポートするのは、御存知『推理世界』を発行する世界社の編集部員、岡部良介。良介の兄、優介は良介のライバル社の編集部員の静美奈子さんと結婚してしまうが、本作品では、他の個性的な作家先生なども登場して賑やかに最終巻を迎える。
美奈子さんと元同僚がディズニーランドへ。しかしその日の写真を収めたアルバムには、当日その場所にいるはずのない人物が写っていた『覆面作家と謎の写真』
『推理世界』の新人賞を受賞した作家との打ち合わせのため福島に向かう良介。帰り道、道案内をしてくれた車が突如運転を乱し、大破炎上してしまう『覆面作家、目白を呼ぶ』
ドールハウスの趣味を持つ、別の女流推理作家。彼女はある年輩の評論家といい関係だったが、彼から謎のメッセージが込められたドールハウスを受け取る『覆面作家の夢の家』以上三編。

いや、とにかく、なんだ、うん。ラストがいい。すっごくいい。
完全に登場人物として立ち上がった新妻千秋と岡部良介のやり取りが楽しい。前二作に比べ、良介が多少なりとも逞しく、千秋が多少なりとも女らしくなってきているところ(もしや成長したのか?)が二人のほんわかした良い関係を生んでいるのだろう。そして地の文などにみられる文章表現における「北村マジック」。「どうしてこんな譬えがさり気なく使えるのだろう」という瑞々しく、透明感溢れる表現が、良介の視点を借りて色々な事象に程良く使われている。文章を追いながらも、ふっとストーリーを追うのを止めてその状況や光景を頭の中で思い描き直し、心の中で(もしかしたら口元も)にっこり微笑む……というのは私の北村作品を読むときの楽しみの一つ。
それぞれの作品で中核に据えられる「謎」はちょっと難しい。とはいえ『夢の家』以外の二作ではその知識に関して伏線も張られているしアンフェアではない。北村氏が洒落た問題を思い付いてそれを結末から逆に逆にそれをひねって、その端っこが事実として現れている、といった印象。読了後に思い返してその筋道を逆に辿るとすっきりするのだが、読中は(悔しいけれど)結末がどのようになるのかさっぱり分からない。

本シリーズのうち本書は絶対に最初に読んではいけない。ラストの雰囲気は通して読んだ上で是非とも味わっていただきたい。シリーズを途中まで読まれている人は、いつの日になっても構わないので、本作まできっちり読み上げましょう。義務です。


99/02/27
都筑道夫「黒い招き猫」(角川文庫'78)

都筑道夫お得意の「怪談」「恐怖小説」をベースとしたショートショート集。ところどころに挿入される山藤章二画伯のイラストが雰囲気をもり立てている。

縁起物の招き猫も長年使い込まれていくうちに福を吸収し持ち主を不幸な目に遭わせることに。表題作『黒い招き猫』、ある作家が同業者のしている腕時計を羨んでいると、その作家の死でそれが自分のものに『腕時計』、幽霊が出るという屋敷にカメラマンと二人で乗り込むと屋敷の主人とビキニの女性がお出迎え『幽霊屋敷』、深夜のドライブで山道を前の車について走っていると廃村に入り込んでしまった『過疎地帯』、ひどい熱にうなされて四人の女性から恐悦の体験を与えられた夢を見た男が現実に戻ると…『ひどい熱』、バーのホステスの自宅に入り込んだ男はその女性がたくさんの小鳥を部屋で放し飼いにしていることを知る『小鳥たち』などなど22編のショートショートがぎっしり。

変幻自在、先の読めないショートショート
まず筆力が凄い。ショートショートを書く技術というのは一般小説よりも難しいと言われる。ぎりぎりまで絞った紙幅の間に登場人物、背景、状況などを全て詰め込み、読者の頭の中にきちんとイメージを植え込まなければならない。さらにそのイメージをまたまた限られた紙幅ないで、オチにまで持っていく必要があるからだ。この当時ショートショートが一つのブームであったのだが、星新一氏と並んで名手と呼ばれた都筑氏、上記の難点を文章を味わう上では、何の苦労もなく創りあげてしまっているかのようにみえる。執筆は勿論大変だったのだろうが、読者にそれを全く感じさせない。逆にスムーズに世界に入り込まされて、読み終わってから舌を巻くばかり。
そして、そのプロット。怪談をテーマにしているだけあって「幽霊」やら「呪い」やらのキーワードはたくさん使われている。(なぜか「妖怪」は使われないなぁ)その不条理な存在を現実と混ぜ込むことによって物語が作られるのだが、そこからの変化球が全く読めない。つまり「幽霊が存在するのが現実」だったり「幽霊なんか存在せず現実が幽霊みたいな現象を起こしている」だったり「どっちも非現実」だったり……少なくとも先入観を持って取り組むと作品のマジックに確実に煙に巻かれることになるだろう。
後味の良い作品よりもショートショートのオチだけに毒が効いた作品の方が多い。そこから伝わってくるのは都筑氏の思想や主張ではなく、あくまでエンターテイナーとしての心意気。奇抜な設定から奇妙な着地まで鮮やかに紡がれる都筑マジックを、素直に楽しみ感心したい作品群だ。

特にこの作品を読んだとき私自身、風邪を引き、熱があって思考能力が低下していたにも関わらず内容がストレートに脳髄に飛び込んできた。変幻自在といいながら基本はエンターテインメント、どんな状態でも楽しめる都筑氏の作品は読んでいて嬉しい。リクツでなく面白い作品だからこそ、だからだと思う。


99/02/26
天藤真・草野唯雄「日曜日は殺しの日」(カドカワノベルズ'84)

天藤真の絶筆。本作執筆中に天藤氏は入院、'83年に永眠された。本作は天藤氏の遺言により親友だった草野唯雄氏が引き継いで完成させたもの。あとがきによると「原稿は約半分くらいしか出来ていない。もっとも、彼が別に書いたあらすじのようなものはあるので、全くの処女地に踏み込むのとは違う。」とあるので、完全に天藤氏のストーリーと判断して差し支えないだろう。また草野氏は自身の健康問題から本作完成に「小田原在住の作家、川辺豊三に多大な協力と援助を願った」と触れているのだが、私は寡聞にしてこの方が誰なのか分かりません。

養護学校教諭の小野道夫と小学校教諭の友季子は共稼ぎの夫婦で幸せに暮らしていた。ある日曜日に道夫がひどい腹痛を訴えた。彼を病院に連れていこうと都合を聞いて回るのだが、近所はどこの病院も休診。救急車を呼びそれでもたらい回しにされた上、ある病院に道夫は担ぎ込まれるのだが、その病院の担当医師、村中は患者を患者とも思わない酷薄な男で、道夫は最終的に彼の誤診が元でこの世を去る。憤慨する友季子に対し”せい子”と名乗る見知らぬ女性が仇討ちをしないか、と持ちかけて来た。せい子は弄ばれたうえに脅迫されている、宮川という男に復讐したい、と言う。せい子の計画は大胆ながらも恐ろしく綿密に練られた「交換同時殺人」とでもいうもの。村中と宮川を別々に誘い出しながら、事故に見せかけ同時に葬り去ろうというのだ。友季子とせい子の発案に協力し、車を使った突飛な方法で二人を葬り去ることに成功する。しかしその日から友季子は激しい良心の呵責に苦しみはじめることになった。

……やっぱり例の謎は分からない…
天藤氏らしからぬシリアスタッチが光る社会派サスペンス
本作の底に流れるテーマは「日本の医療体制に対する弱者の怒り」がある。天藤氏自身が同様の経験もあるということで、ぶつけようのない哀しい怒りが主人公の友季子を通じて感じられ、天藤氏が病床で執筆した遺作であるという事実と合わせて、作品全体が静かなトーンで落ち着いている。やり切れない怒りを復讐の形で晴らした友季子の不安と、彼女に同情しながらも捜査の手を緩めない警部補の葛藤など、天藤作品の最大の特徴であるユーモアも抑制されている。かなりシリアスな文章で物語が進むため、草野唯雄氏がどの部分から引き継いだのかさえ、さっぱり分からない。主題の扱いや仕掛けられた二重三重のトリックとその明かし方などは、やっぱり鮮やかで、印象に残るのだけれど、本作は天藤氏の別の側面を見せつけたもの、と受け取れる。
比較的序章、事件のあらましが語られた部分で明らかにされているのだが、メインとなる事件は「交換同時殺人」である。交換殺人といえば鷹見緋沙子『最優秀犯罪賞』…への類推は葉山馨氏が「天藤真の作品世界・別名義長編について」で素晴らしい説を展開されている。読了した印象では私も同様に感じた。まず、交換殺人の使われ方が良く似ている。事件を発端に起こし、事件そのものの謎を終盤に向けて解き明かす点、殺人に協力した人間が段々と被害者に思えてくる点。葉山氏の説を知らずとも、これらの共通点の方が目立つ。異なるのは文体から受けるイメージか。その点はユーモラスな展開が楽しめる分、出自のはっきりしている本作よりも『最優秀犯罪賞』の方が天藤真作品の主流に近いとさえ感じるほどだ

創元推理文庫の天藤真全集に果たして所収されるのか、現時点では分からない。従ってノベルズを探さないといけないのだが、これがまた見つかりにくいんだ。鷹見緋沙子問題解決の切り札にはなりにくいようなので、純粋な天藤ファンにお勧めします。


99/02/25
我孫子武丸「腐食の街」(双葉文庫'99)

'95年に双葉社から刊行された単行本が待望の文庫化。名作『殺戮に至る病』などから連なる我孫子氏のハード系に属する作品。

西暦2024年。メガロポリス東京はスラム化した地域が広がる危険と犯罪の巣窟のような街となっていた。生活するのにIDカードは必需、貨幣価値は今の倍くらいだろうか。しかし、ケミカルドラッグやヴァーチャルセックスに興じる一方で、人々はほうじ茶をすすっている。カタストロフィや第三次世界大戦抜きで、我々が生きているこの世界の、かなりあり得る選択肢の未来が舞台。
上野のスラム街に住む溝口警部補。彼は帰宅の途中で男娼の少年が複数の若者に襲われているのを目撃する。美貌の少年はナイフを巧みに操り、苦もなく彼らを倒す。ボス格の男と戦うのに助太刀をした溝口が警官と知ると、シンバと名乗ったその少年は彼に体を差し出そうとし、受け入れられないと知るや突如襲いかかってきた。逆に彼を打ちのめした溝口は仕様なく気絶させた彼を家に連れ帰る。そこへ過去に溝口が逮捕し、死刑執行されたはずの猟奇殺人犯『ドク』と手口とそっくりのバラバラ殺人事件が発生したとの連絡が入る。しかも現場には溝口宛の脅迫状が残されており、その筆跡は間違いなく『ドク』と同じだというのだ。彼は捜査に協力するため、シンバを部屋に残したまま赤羽署に出向く。

圧倒的な舞台設定、迫力の近未来クライムミステリ
掴みにあたる冒頭部分から、設定世界の魅力に引きずり込まれる。通信手段や、建造物などが格段の進歩を遂げている割に、人間の営みや嗜好については理解できる範囲でしか推移していない。異常な犯罪や、性の無道徳化も現代を客観的に観察すれば実は突出したものではない。一方でその異常性も個体差としてかなり「普通」に考えられている、という倫理観の変化は当たり前ながらも興味深い。とにかく舞台全体の説得力が妙にあるのだ。大友克洋の『アキラ』を最初に読んだときの衝撃にも似たものを感じた。
物語そのものは、主人公の警部補が、主流の捜査とは別に自らの判断で捜査を進める、一見ハードボイルドっぽい作り。果たして連続猟奇殺人は誰の手で行われているのか、残された脅迫状や、謎の電話は誰が掛けているのか。死刑執行された後行方不明になった『ドク』の死体。誰が何のためにそのようなことをしたのか。提示される謎々も不可思議な魅力を持ち「真相を知りたい」という気分は読むほどに強まっていく。終盤こそ先が見える展開になってしまうのは少し残念にしろ、この後味悪さは逆に猛烈な印象となって本作品の記憶に一役買うことだろう。
読後、この設定を使って我孫子氏がやりたかったこと…を考えた。この設定下でしか有り得ない謎とその解明がやはり一番に来るのだろう。しかし繰り返し展開されるリアルな暴力シーンなどを見ていると、ハード我孫子氏は自らの登場人物たちが、もっとも活き活きと活躍できる世界を、ただただ創りたかったのかもしれない…などとも考えてしまった。

双葉文庫は大きな本屋にしかないことが多いです。貫井徳郎氏の『失踪症候群』なども出ているのですが、残念ながらあまり目にしません。新刊ですが油断せず見たら買い、です。暴力セックスシーンがダメ、という方には勧められませんが、この「作品世界」は色んな人に体験してもらいたい不思議な魅力があります。


99/02/24
森 雅裕「鉄の花を挿す者」(講談社'95)

森雅裕の十九冊目の単行本。この頃から発行数が年に1.5冊ペースに落ち着き始めた。しかし文庫化とかされる気配は全く感じられない…。

若手刀鍛冶、角松一誠は島根の刀剣工場に間借りし独自の刃紋を持つ刀をこつこつと作っていた。業界雀から彼の師匠にあたり齢九十九歳になる孤独な刀鍛冶、酒泉の訃報を聞く。岡山にある、かって角松も通っていた仕事場に駆け付けたが、葬式では現代の刀業界の醜い一面に触れざるを得なかった。そしてそんな中、彼はその場で出会った酒泉師匠の晩年の生活の世話を一手に引き受けていた橘今日子という女性と知り合い、知らず魅了されていく。彼女の勤める有力美術館が企画したプロジェクトで、鎌倉期の刀の再現という仕事に打ち込んでいた師匠は二振りの刀を作っていた筈だったが、どこを探しても一振りしか残されていなかった。その後、師匠の死ぬ前に手助けをしており、プロジェクトにも噛んでいた弟弟子の古志村が師匠の遺作と同じ見事な刀を作ったとの噂を聞き、角松は古志村の仕事場を訪れる。古志村は角松との食事後「焼入れ」があると言い残し仕事場に戻ったものの、翌朝、事故死体となって発見された。

森雅裕流刀剣ミステリー
如才というものに欠け、融通の利かない主人公、角松。彼はまた、森雅裕の諸作に登場してきた幾人もの男性主人公そのまんまの性格である。自らの信念を貫くことにかけては人一倍の情熱を燃やす。その代わりに、何かを得るためにその何倍もの何かを喪ってしまう男。そんな彼の心情こそ理解できるものの、そのささくれた神経に対して感情移入は少々難しい。刀鍛冶に関しては一流の腕を持ち、更に大きな夢を持つ彼が真っ直ぐ、思った通りに生きていくためには「刀剣」という業界は余りにも狭量でそして、俗っぽいのだ。他の作品でもそうなのだが、森雅裕の書く「無器用な男」は作者そのままだからか、読んでいて辛くなる。彼らは世間的に無器用とされている人間より「遙かに無器用」なのだから。
さて、そんな彼が巻き込まれる業界全体を揺るがすような大事件。事故にしては色々な人為的な作為のみられる古志村の死。師匠の遺した刀剣と古志村の死の真相を追ううちに自らも危地に巻き込まれていく。例のごとく丁寧に説明された「刀剣」の世界は何も知らない私のような人間にもその一部が理解できるようになっている。ただミステリ的な謎やその解決の為には、説明された「刀剣」の分野をより真剣に理解する必要があるかもしれない。どちらかというと人間ドラマ的に読まれるた方が無難に楽しめるのではないだろうか。

森雅ワールドにしてはラストが比較的明るいのが、もしかすると本書の最高の魅力かもしれない。他の森作品を読み終わった時より良い気分。あと名物の蘊蓄は少な目(笑)刀剣界の描写は正確だと思うのでそちらに興味のある方と森雅ファンに。


99/02/23
浜尾四郎「浜尾四郎集 日本探偵小説全集5」(創元推理文庫'85)

言わずとしれた東京創元社の大業績の一つ「日本探偵推理全集」(分厚い文庫のアレです)その第五集にあたる作品。子爵にして貴族議員議員を務め、四十歳という若さで夭折した戦前の探偵作家、浜尾四郎氏の諸作集。

事件は美しい婦人と姦通した一人の学生が、ある晩互いの感情の縺れから婦人を主人もろとも刺し殺したもので、学生もその通り証言、死刑判決が下された『彼が殺したか』
牢獄から犯人が、学生時代の友人である検事に宛てた手紙で自らの殺意を告白する『悪魔の弟子』
若い女が身分ある若者に熱烈な恋をした挙げ句、相手を殺そうとして返り討ちにあった『死者の権利』
同室の夢遊病癖のある男を殺そうと策を練った男は彼を連れ出してその準備を行った…『夢の殺人』
公方の隠し子と呼ばれた天一坊を裁いた名奉行の悩みについて淡淡と側人が独白『殺された天一坊』
自らの妻の従兄弟に対し嫉妬心を燃やしていた主人はその従兄弟を誘って人里離れた静養地に向かう。従兄弟はそこで事故死を遂げる『彼は誰を殺したか』
どこかで顔を合わせた男が列車で前に座り、自らの犯した犯罪を弁護士で探偵小説家の主人公に語り聞かせる『途上の犯人』短編は上記七編。
名士秋川家を舞台に発生する連続殺人事件。主人や娘の元に届く、事件を予言する三角形の印の入った封筒。この事件に挑む二人の名探偵。ヴァン・ダイン『グリーン家殺人事件』に触発されたといわれる代表長編『殺人鬼』一編を収録。

徹底した法律への懐疑から生まれた、強い思想を孕んだ探偵小説群
本作収録の短編群、戦前の大いなる収穫である。犯人当ての形式に囚われない凝った作風、登場人物の訴えによる社会に対する問題提起、心に染み入る一抹の寂しい読後感などなど、この時代では比類のないような印象を受ける作品が多い。それぞれ基本的には「法律の抜け穴をくぐった罪は罰せられないのか?」「人間が人間を裁くことへの懐疑」が中心に据えられており、読者への「法律」に対する意識を喚起する作りになっている。この問題を強調する余りに「本格探偵小説」の枠組みから逸脱している作品もあるが、それでも犯罪小説、純文学として充分に評価できるレベルにある点も付け加えておきたい。特に『殺された天一坊』は徳川将軍の庶子と言われた天一坊に対する大岡越前の裁定を描いた異色歴史作品だが、かの有名な「大岡裁き」(痛がる子供を見て先に手を離した方がまことの親よ…他)について穿った見方をし、更に天一坊に対する裁きをするに辺り越前守を大いに悩ませることで不気味なまでの迫力を醸し出すことに成功している。名作。
一方、長編『殺人鬼』こちらは事件の構成要素に工夫を凝らし、短編で前面に押し出されていた法律への懐疑は少し影を潜めた(重大な意味は残されている)Who done it?の本格探偵小説である。複数の探偵による知恵比べの構成で、次々に明かされる新事実や徐々に減っていく容疑者の中で、それでも最後にここまでの意外性を演出するとは。発生するのが連続殺人だけに、見えない部分にどろどろした動機と作品の表に出てこない異常性はあるものの「一見、普通の登場人物」が繰り広げる事件の綾が、戦前の探偵小説としては逆に新鮮に思えた。

探偵小説マニアが、別の代表長編『鉄鎖殺人事件』を探し回る理由がようやく分かった。怜悧な論理と、ほのかなロマンチシズムから書き上げられた洗練された作品。作品数が限られていることが惜しまれる作家である。もちろん、本書は新刊書店(但し大きな店)で入手可。


99/02/22
鷹見緋沙子「わが師はサタン」(徳間文庫'80)

立て続けに三つの全く異なる作風の長編を世に送り出した幻の匿名作家、鷹見緋沙子のデビュー長編。これも謎宮会の'98 11-12月号の葉山馨氏の「読書日記・十一月」では草野唯雄氏の別名義作品だということらしいのだが……?また一方では、『最優秀犯罪賞』ではなく、本作が天藤真の別名義であるという方もいらっしゃるらしい。

三流大学として知られる金城大学の学生、田俊二はふとしたきっかけから医学部の高木らとオカルトを研究する為に「マジック研究会」略称マジ研を設立することになる。他に男子一人、女子三人の部員を集め、活動を開始するが何をして良いやら分からない。彼らは南郷という講師に紹介され風変わりなオカルト研究家、明日太郎人を伊東に訪ね、彼の教えを受けて本格的に活動に入る。明日太は彼らには決して素顔を見せず、常に自宅の悪魔の姿を模したスピーカー越しに、神の信仰への疑問や黒魔術について、その博識を彼らに披瀝、いつの間にやらマジ研部員は彼を信奉するようになる。更にマジ研は学内に巣食う「悪」との対峙を目的に、若い教授と公然と浮気し、不正入学への関与が噂される学部長の夫人を、入念に準備した黒ミサで罰することに成功する。味を占めた彼らは学部長に手込めにされ、妊娠中絶までさせられたという噂の女子学生を救おうと、再び黒ミサを実行。彼女に催眠術をかけ、彼女の口から真実を語らせようとするが、深夜のミサの最中に彼女が喉を刺されて殺されてしまった。彼らは自らの進退に窮して、講師の南郷に事態を相談する。

不可解不気味で「あれよあれよ」と展開するサスペンスの連続活劇
序盤からかなりオカルト系のトンデモがかなり入った飛ばし方である。人を喰った名前(アスタロト)という奇妙なオカルト研究家、マインドコントロールよろしく彼に洗脳され、本格的な黒ミサを実行するまでになる若者たち、奇矯に近い小道具、互いを相手に催眠術の修行し、アスタロトに唆されての性交する……エロティック、そしてサスペンスフルで、かつちょっとインチキ臭い不思議な雰囲気が全体を包む。どこか連続ドラマ風のチープで強引な引っ張り方だが、物語世界たる登場人物らが、状況を完全に許容しており、作者の強引な力技とは分かっていながら「乗ってやろう」と気分を盛り上げてくれる。そんな中、突然降って湧いたように殺人が勃発。ここから物語は二転三転、一枚岩を誇っていたマジ研集団でさえ分裂、味方と思っていた人物が敵に回り、敵は味方と変わり、人間関係のいい加減さを暴露しつつ、意外な方法を用いた犯人摘発まで一気に突き進む。終盤にかけてのスピーディな展開は、素直に面白い。なんのかんの言われそうだが、色んな技で嫌味なくラストまで引っ張られた。
それにしても、本作最大の謎は、黒ミサの最中に突如対象の女性が死体となる部分よりも、警察の指導で現場の再現実験を行った際に誰も彼女の口を塞げなかったという事実ではないだろうか?そこまでは、誰かが嘘をついていれば、誰でも殺せる状況だった訳で、それほど事件そのものに興味は感じられなかった。
また、男の子の青春を強調するあまり、彼らのセックスへの興味ばかり書き立ててある点だけはちょっと鼻についたなぁ。確かにそういう時期もあるけれど、それ以上にナイーヴな時期でしょう、普通は。逆に彼らが妙にオヤジっぽく感じられて残念。

天藤真の作品かも?という印象は読了後には感じられなかった。後半の逆転に次ぐ逆転の部分は無理をすればそう捉えられないこともないが、全体を通じて受ける印象からは色んな意味でもあまり暖かさが感じられないし、登場人物の個性も一部の強烈な人物を除くと、今一つ天藤風ではないように思う。「作者は一体誰なの?」鷹見緋沙子を巡る謎はまだまだ続く……。


99/02/21
小泉喜美子「弁護側の証人」(集英社文庫'78)

'59エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジンの第一回短編賞に『我が盲目の君』で佳作入選(優勝は結城昌治のデビュー短編『寒中水泳』)後、'63に初めて書き下ろされた処女長編。本作の成功から夫の生島治郎に離婚するよう迫られたという曰く付きの作品。

「…………を死刑に処す」
判決が下され、わたしは彼と金網越しに別れのキスを交わした。
聡明な頭脳を持ちながら家庭の事情からストリップダンサーに身を落とさざるを得なかった「わたし」漣子は、舞台で踊っている姿を見初められ、一人の男性から熱烈な求愛を受け、出会ってから一ヶ月後にはウェディングベルを聞いていた。しかしその男性は一大コンツェルン、八島家の一人息子、八島和彦。今までも派手な行状や会社の使い込みなどの前歴があり「どら息子」の烙印が押されている男だ。結局彼らは新婚旅行後は八島家の実家に住まうことになり、もちろん、漣子は居心地悪さを感じるが持ち前の性格で何とか乗り越えようと奮闘する。そんなある日、親戚やお抱え弁護士、医者が揃った夜に八島家の当主が撲殺されてしまう。そして判決が下された後に彼女はストリッパー時代の親友から紹介された頼りない弁護士、清家と共に孤独な戦いを開始する。

気を付けていたのに、すっぱり鮮やかに騙された
思わせぶりな冒頭から、序盤の数章。独特の雰囲気が文章から立ち上り、「あ、これは何か仕掛けがあるな」ということだけはすぐ分かる。一人称や三人称の使い方にちょっと存在する癖?に引っかかり「作者に騙されないようにしなくては」という気分で読み進めさせられる。事件そのものは遺産絡みのごたごたによる殺人であり、その背景にあるものはどら息子の気まぐれな求愛と到底釣り合いのとれそうにない女性との必死のラブロマンス。美しく切なく描かれているが、もちろんこれ自体を作者が表現したかったわけではないだろう。ありきたりとも言えるロミオとジュリエット。更に彼らおのおのの過去や、事件の周辺部こそ丁寧に描かれているものの、その中心となる事件の核心部は、巧みに読者の目から隠されている。「一体、何が起きているのか」を推理するのが一つのポイント。そしてラストに待っているのは鮮やかなどんでん返し。「あ゛っ!」と呻かされた。特に注意していたつもりだけにそのショックは大きかった。
読後に振り返ってみると本作に描かれているのは「強く逞しく、そして真摯な女性」そのもの。このことに気付くと作品全体を覆っていた「もやもや」が氷解する。いや、素晴らしい作品だ。

本作品、著名な割に意外と入手出来ない。現在でも昭和のベスト100を挙げると必ずランクインするというのに、だ。俗に新本格と呼ばれる人達のあの作品やあの作品に多大な影響を与えていると見ることも出来る価値ある作品。図書館ででも探すべし。