MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−


99/03/31
海野十三「深夜の市長」(講談社大衆文学館'97)

本作、海野十三の最初の長編。'36年の2月より雑誌『新青年』に連載された作品。裏話では構想に手間取り筆が全く進まず、悪戦苦闘して書かれた作品ということだが、出来上がりを見る限りは海野長編の傑作の一つと言えるのではないだろうか。

深夜のT市。昼の間喧噪を極めたこの街も、深夜になると暗闇に覆われた全く違った街へと様相を変えてしまう。語り手となる貧乏作家、黄谷青二というペンネームを持つ「僕」は本名で別の堅い職業に就いているのだが、特殊な睡眠方法を身につけることで深夜の散歩を思う存分楽しめるようにしていた。ところがそんなある晩、深夜の下町で「僕」は人の悲鳴を耳にする。現場に駆けつけると二人の男がぐったりした男を抱きかかえようとしていた。酔っぱらいを連れているのだ、という二人を怪しんだ「僕」はその男が殺されていることに気付くが、賊により「僕」は昏倒させられた。気付いた「僕」はいくつかの証拠品を手に現場から離れようとするが、運悪く警官に見つかり追われる。もう逃げ切れないと思った瞬間「僕」は髯だらけのルンペン態の老人に救われる。その人こそ深夜に生活する人間の尊敬を一身に集める謎の男「深夜の市長」だった。

SFと探偵小説の融合、なんて一言で片づけられない不思議な世界
執筆された昭和十一年。夜の闇はあくまで濃く、深夜となると街中でさえ暗い…、こういった当時の風景が、見たこともないのに頭の中にすっと浮かんでくる。現在と違い、深夜に徘徊する人々がごくごく限られた時代、「夜」というのは都会であっても一般人には知覚できない、通常世界と異なる存在であったのだろう。海野氏はその点を巧妙に利用、パラレルワールドを創り上げている。「深夜のT市」に生きる人々は連続性こそ昼間に持ちながら、夜と昼とで別の顔を持つ。同じ空間を共有して、時間軸をずらしただけのこの世界の何と遠くて、そして魅力的なこと。この親しみある、手の届かない世界を構築した段階で、この作品の成功は約されたとしても過言ではないのではないだろうか。
一方、物語は「僕」が遭遇した殺人事件と「深夜の市長」の正体、という二つの大きな謎の真相を探すという構成になっている。登場するのは、酒場の女から、謎の科学者、無口な運転手、日の光の苦手な赤ん坊……と奇妙な人物たち。更に、彼らの言動、行動も(少なくとも日中の平常感覚では)常軌を逸している。これが、何故だか「深夜」には相応しいように思えるのが不思議だ。最終的には強引な科学的解決で、一応謎はクリアになるのだが、もっともっと作品の世界そのものを楽しんでいたい、と思うのは決して私だけではないはずだ。

現在でも新刊で入手できるのはいいのだが、薄目の文庫に関わらず値段が\740。「これでしか入手できない」本がほとんどのこのシリーズ。やっぱり蒐集には値段がネックだな…。でも、その価値は十二分にあります。


99/03/30
仁木悦子「凶運の手紙」(角川文庫'77)

角川文庫で最初に出版された短編集。本書の解説で初めて知ったのだが、角川文庫は仁木短編集をまずは六冊刊行する計画だったらしい。本作は'61年から'76年まで雑誌各誌に掲載された作品から六編がセレクトされている。

新婚の女性が田舎に里帰りしたところ、親しくしていた精神薄弱の女の子が自分をかたる手紙で誘い出されて殺されていたことを知り、犯人に強い怒りを覚える『凶運の手紙』
女流推理小説家の息子で小学校五年生の「僕」は母親の知り合いの女性が殺され、しかも容疑者として母親が警察に連れられたことから捜査を開始する『花は夜散る』
心中のような様子で知人夫婦が死んでいるのを、訪れた悦子が偶然に発見する『初秋の死』
母一人子一人で育てられた一人のOLが過去に強盗に殺されたという父親の死因に疑問を感じ、昔を知る人を訪ねる『遠い絵図』
落とし物のキーホルダーを宝物にする貧しい女の子が、誘拐事件に巻き込まれる『金ぴかの鹿』
目立たぬ役所勤めの男が大晦日に購入した一冊の日記帳には翌日の出来事が書いてあった『一日先の男』以上六編。

スリリングな面白さと心に残る暖かさを同居させる達人
今回の短編集での一番の収穫は『金ぴかの鹿』。ミステリというより小さい女の子を主人公に据えた巻き込まれ型サスペンス。同居している不良のお兄ちゃんとその友達が金持ちの家の女の子を誘拐。少女は友達の女の子がそんな目に遭っているとは知らず、彼らに脅され、言われたとおりの脅迫状を書かされる……。自分が犯罪に巻き込まれたことに気付いた、少女の姿、行動がもう、健気で健気で。まだ小さすぎて、肉体的にも精神的にも弱いのに「自分」というものをきちんと持っている。彼女は自らの経済的苦境や、周囲からの同情というのがまだ理解できなくて、それでもこの子の本能的な善悪に対する衝動的行動が物語を動かしている。デビューから四年経過しているとはいえ、仁木さんの筆遣いもまだなんとなくぎこちなくて硬いが、少女の精神的な動揺と幼い倫理観を徹底的に、丁寧に描写した内容はとにかく見事。ミステリの範疇に入れておくのが勿体ないくらいの作品。
他の作品にしても、人の心の奥底の機微や、表に出せない想いが事件に結びつくような、仁木さんの冷静な観察眼と暖かい心から生み出された人間関係のドラマ。SFっぽい『一日先の男』にしろ、哀しい事件が印象的な『凶運の手紙』にしろ、心理描写が巧みで主人公とすぐに同化してしまう。

何度も勧めていますが、何度でも勧めます。仁木悦子は良いです。短編が凄いです。「推理小説の固定観念」の時代からか殺人事件が多く取り上げられますが、それでもこれだけ読後感を良くできる作家というのは過去にも現在にも、そうはいないと思います。


99/03/29
吉村達也「「吉野の花」殺人事件」(トクマノベルス'99)

「早書き達っちゃん」とも揶揄された吉村氏だが、'98年は一年を通して刊行したミステリは一冊限りで、その出来も長年ファンの私から見ても今ひとつであった。そんな氏が(恐らく)満を持して発売に漕ぎ着けた朝比奈耕作ものの新作。

『花咲村の惨劇』『最後の惨劇』と桜にまつわる事件にて自らの人生を左右する大きな衝撃を受けた朝比奈耕作は、「満開の桜」に対して普通以上の恐怖心を抱くようになっていた。そんな折、親友で転職が趣味の平田均より「奈良で働いている」という手紙が届く。耕作は偶然にも港書房の高木より、二十五年前女人禁制の山で殺された女性という事件と共に、吉野を舞台にした新作執筆を勧められていた。その上、吉野在住の外科医兼純文学作家の井筒屋義信という男と食事を共にする機会があり、彼は自慢の三人の娘を耕作を引き合わせたいと、自宅へ執拗に誘ってきた。ここにいたり、耕作は吉野に向かう決意をする。大阪で大きな病院を経営していて資産家だった井筒屋家は、診察過誤事件の噂から経営が傾き、歪んだ遺産相続を機に兄と弟が仲違いをしていた。朝比奈は事件の匂いを感じ取る。

吉村氏の著作の初期の特徴「軽いタッチの意外と本格トリックを使ったミステリ
吉村氏の著作の近作の特徴「トリックに無理があるが旅情で読ませるミステリ
約一年の実質充電期間を経て、氏が出した答えは
軽いタッチで意外と本格なトリックを使い、かつ旅情を活かしたミステリであった!
これこそ、吉村氏にしか書けない分野であり作品と言える。
前半部は朝比奈耕作の決意から、東京から吉野へ向かう旅行記の装い。この辺りの作風は昨今の旅情ミステリの描き方と何ら変わらない。興味があればそれなりに面白いのだが、興味なければ単に紙幅の増大を招いているだけ、という風にも考えられる。登場人物の紹介が終わり、実際の事件が発生すると様相は一変。初期の吉村作品に見られた「かなり本格的な謎」が登場する。今回は「雪の密室」というテーマを逆手に取った謎。それに加え、被害者のどんでん返し、多数のレッドヘリングなどがかなり効いており、謎解きに至るまでスリリングな展開を楽しめた。
吉村氏のトリック案出方法の一つに「推理小説的謎」に対する懐疑、というものがあるが、本作もそういった傾向が強い。従来作品の中ではその「懐疑」部分こそ納得出来るものであっても、その反証を組み立てる際に、妙な牽強付会が加わって全体のバランスが崩れることが多かったが、本作はその問題がクリアされている。

本編は600ページを越え、上下巻に分冊されていた『銀河鉄道の惨劇』よりも長い。辛口に言うと旅情部分はとにかく、それ以外の説明部分で冗長な箇所がいくつか見られた。初心者も含む読者のために、言わずもがなのことまで朝比奈が一生懸命真相を解説するところなどは、良くも悪くもその「わかりやすさ」が吉村作品の特徴なのだが。

今後、『吉野の花』に続き『横濱の風』『鎌倉の琴』『舞鶴の雪』と続く四部作になる予定で、それぞれ独立しながらも共通テーマとして「日本人独特の精神構造が引き起こす異常殺人」が取り上げられる予定とのこと。吉村氏のいい方への復活を素直に祝いたいと思います。特に近作でお見限りの人にはもう一度挑戦して頂きたい力作かと。


99/03/28
竹本健治「カケスはカケスの森」(徳間書店'90)

竹本氏がゲーム三部作を著した後に、一時的にSFに走ったのは有名。本作、『パーミリオンのネコ』のシリーズの後に久々に出版されたミステリ復帰の第一作目。

謎の少女「わたし」と主人公の女子大生穂高桜子との二人称形式で進められる物語。
桜子は異性の幼なじみ、矢川真澄に誘われ、心理学部の教授助手の相川と共にベルギーの山奥にある、真澄の叔母の住む古城へと赴く。列車の事故などトラブルに巻き込まれた彼らを待っていたのは真澄の叔母、翠とその娘、麻耶、そして数人の使用人達。美しい風景と裏腹に、桜子は城の中で何故か居るはずのない幼女を目撃する。かってその付近のジュー(カケス)の森では、幼い娘が惨殺されたという事件が発生していた。そして嵐の晩にその古城のどこかからカリヨンの音が聞こえ、召使いが片腕を切り落とされて惨殺される事件が発生する。犯人は外部の浮浪者か、内部の人間か。古城では陰惨な連続殺人事件の幕が開けられたところであった。

幻想が開いた幕は悲劇を垣間見せ、再び幻想へ還る
ベルギーの片田舎、森に囲まれた古城、人間離れした美貌を持つ女性、と幻想的な雰囲気を醸し出すお膳立てが整えられており、主人公の桜子の様子を「あなたは…」と描写する不思議な二人称の形式と相まって、捉え処のないような、不思議な気分に包まれたまま物語は進む。前半部は美しい欧州の光景や、名所や、物語の舞台となる土地や、登場人物説明などにあてられており、のんびり読めてしまうのだが、実は様々な伏線が散りばめられている。さらに中盤まで事件らしい事件も起きず、雰囲気だけで進むのが後半に差し掛かると一変、折しも舞台を襲う激しい嵐の中で立て続けに発生する惨劇が、前半部との激しいコントラストを見せている。かなり酸鼻を極めた事件により、ラストのカタストロフィまでそこからは一気。
本作の最大のポイントは「一応の解決」こそついているものの、最終的な真相についてはいくつか考え方があり、その結末は読者に委ねられていること。読み終わった後の宙ぶらりん感を楽しんだ後、振り返って、読んだ人なりの結論を見つけだす、そういった楽しみ方が味わえる。逆にミステリはかっちりしていないと、という人にはあまり向いていないかもしれない。

本作、徳間文庫版も存在するのだが、古書店でもあまり見かけない。竹本氏のノンシリーズ特有の「幻想的空間」と「物語の現実」の狭間という世界を巧く活かした佳品かと思う。厳密に分類すると「幻想ミステリ」といった作品になるかと思うので、そちらに興味のある方向け。


99/03/27
天藤 真「極楽案内」(角川文庫'84)

天藤氏の角川文庫版の掉尾、十二冊目を飾る短編集。昭和四十年代に執筆された比較的初期の作品が収録されている。

劇団内部で上演する芝居「金瓶梅」に見立てられてヒロインが次々と殺人者の毒牙にかかる『金瓶梅殺人事件』
裸婦の絵で名声を得た画家の元に、日付を指定した脅迫状が。彼は絶対殺人不可能下の状態で死亡『極楽案内』
どぶ川べりのアパートから二つの人影が飛び降りた。『三匹の虻』袋小路の奥で刺殺された死体。隣人同士の証言者はそれぞれ別の時間に事件があったと主張する『袋小路』
アパートの隣室で叫び声が聞こえた時、時計は鐘を一つだけ打った。次々と浮かぶ容疑者に適合する時間は一体?『夜は三たび死の時を鳴らす』
大盗賊、国定忠治の物語のあるエピソードを別の側面から描いた時代推理『真説・赤城山』
ある人物に恨みを持つ人間が四人、綿密な殺人計画を立てたのだが……『われら殺人者』
田舎の個人病院である患者が注射を打たれた途端に死亡。医師に法外な要求を突きつける未亡人『死の色は紅』

ほんわかとした語り口に滲むブラックなユーモア
「初期の作品を集めた」ということで作品集全体としては色んなテイストを持った天藤作品が集まっているイメージ。中でも異色なのは時代小説風の語り口で歴史考察を行う『真説・赤城山』だろうが、個人的にもっとも印象に残ったのは『われら殺人者』。あまり話題にのぼらない作品ではあるのだが、変格調の犯罪小説風の構成と、登場人物の配置、ラストのどんでん返しが秀逸。長編で見られる天藤氏独特のブラックユーモアの詰まった佳品だと思う。ある会社の社長を標的に彼に恨みを持ちながらも互いに関係を持たない四人の間が協力して殺人を計画する。しかし、実際にその人間は死亡するのだが、計画とは少々違った結果となっていた……果たして実際は誰が殺したのか、無くなっていた大金の行方は?もちろん謎のヒントは文中にしっかりと込められており「本格推理」と言っても恥ずかしくない。最後の少年の独白がブラックながらも強固な意志を感じ取るような不思議な味わいを醸し出している。
その他の作品も後の長編で取り上げられた夫婦間の愛憎をテーマにしていたり、巧妙なアリバイトリックをベースに人間を楽しく描いていたりと天藤氏の諸作のエッセンスはもちろん十分に堪能できるはず。

入手は多少困難かもしれないが、まだ今の段階では不可能ではないでしょう。何度でも書きます。創元推理文庫の更新がされない現在、天藤作品はとにかく見たら買い!です。とにかく読んでみて下さいませ。


99/03/26
都筑道夫「未来警察殺人課」(徳間文庫'82)

都筑氏のSF設定をベースにしたジャンル分け不能の短編集。もう一冊『未来警察殺人課2 ロストエンジェル・シティ』という作品もある。

地球以外の惑星に移住して数十世紀、だけど先祖たちは地球同様に国家を分けてそれぞれ特色がある。警察で最も変わったのは強力な予防措置により「殺人課」がなくなったこと。コンピューターとテレパシーによる健康管理により殺人を犯す危険性を持つ者は事前に隔離されてしまうのだ。普通は治療されるのだが、治療不能の殺人願望と特殊な能力を持つ主人公、星野のような場合は警察の秘密組織、三課に強制的に配属され刑事となる。そこで「人を殺しそうな人間を事前に抹殺する」という仕事に従事する。
ケニアの猛獣狩り施設に逃げ込んだ殺人願望を持つ男を排除せよ『人間狩り』
ニューヨークで行方を断った同僚を救出せよ『死霊剥製師』
東京の新名所に逃げ込んだ設計者とその殺人機械を探知せよ『空中庭園』
国外逃亡した危険人物をフランスの麻薬取引現場にて捕らえよ『料理長ギロチン』
イギリスの国際会議に出席している博士の殺意を突き止めよ『ジャック・ザ・ストリッパー』
グリーンランドの遺跡発掘現場に隠された秘密を探れ『氷島伝説』
ラスヴェガスの不正診療施設に逃げ込んだ男を捕らえよ『カジノ鷲の爪』

SFミステリアクションハードボイルドコメディどたばた活劇…そしてスーパーエンターテインメント小説
西澤保彦氏が展開する「SF本格」とは全く異なる、SFをミステリっぽく料理しながらエンターテインメントの一つの形に仕上げられたもの。乱歩の本格に対する通俗、そういったイメージを想起させられた。そのレベルが高さも、もちろん同様。設定こそ遠い未来、となっているが科学的に現実から類推を重ねて…という未来予測はほとんどされておらず、悪く言えば舞台設定や小道具は御都合主義的でさえある。ただ決してその点は批判されるべき点ではなく、都筑氏が自らのサービス精神を実現するための「七面倒臭い説明」という縛りを取っ払うための手段であったと解釈すべき。「未来」というのを「パラレルワールド」に置き換えるとすっきり来る。
それにしても都筑氏のサービス精神には脱帽。標的となる人間の奇抜な設定。短編それぞれに仕組まれた色々な罠。動物的な直感や勘で、またそれを見事に切り抜ける主人公。人肉料理や、解剖ショウなどの悪趣味な舞台。主人公を楽しませるエロティックな美女達。息を継ぐ暇もなく次から次へと「趣向が凝らされた何か」が物語に登場し、頭の中のイメージは膨らむ一方。その趣向一つ一つをこの場で取り出して並べたとしても、きっとそれらは薄っぺらいチープなものに見えてしまうのだろうが、『未来警察殺人課』のフィルターを通すとそれらは、複雑に影響しあって万華鏡のような輝きを得るのだ。都筑氏のサービス精神、受け取らないでどうします?勿体ない。

ジャンル関係なく「楽しめる小説が読みたい!」と渇望している方に勧めたい。設定が設定で時代臭さがない分、面白さは数十世紀先の未来まで保証できるというもの。


99/03/25
泡坂妻夫「妖女のねむり」(新潮文庫'86)

泡坂氏の七作目の長編にして、'83年に発行した十四冊目の単行本が元本。この頃から氏は既に年に長編を一作のペースで執筆していた。

登山が趣味の大学生、柱田真一は廃品回収した古紙の中から素人目にも達筆と分かる一枚の反故を見つけた。その反故は巡り巡って市井の研究家に持ち込まれる。研究家は、その手跡が樋口一葉のものと酷似していることを指摘、更に未発表の遺稿である可能性が高いという。その反故が焼き物の包み紙として使われたことを知った真一は、その焼き物を発送した上諏訪にある吉浄寺という寺に向かう。その旅程で彼は一人の謎めいた美しい美少女と特急電車内で出会う。麻芸(まき)と名乗ったその女性は、真一に不思議な印象を残しつつ別れるのだが、再び彼らは吉浄寺近くの乳母桜のそばで邂逅する。彼女は自らを前世で悲恋の末死んだ女性西原牧湖の生まれ変わりで、真一もまた牧湖の恋人で既に死んだ平吹貢一郎の生まれ変わりだと告げる。二人は時を超えて生まれ変わったというのだ。次々と訪れる既視感、そして不思議な暗合にいつしか真一も自らがその男の生まれ変わりであることを不自然に思わなくなるようになる。

物語全体を支配する大きな、とても大きな、そして何とも魅力的な、
本作の主題は「輪廻転生」。しかも脇役が自ら信じ込んでいるなどの状況でなく、あくまで物語のメインとなる主人公二人が二人とも前世からの記憶を持っているというのだ。果たして実際問題としてこんなことが有り得るのか?ミステリ的にきちんと解決に持ち込まれるのか?このことだけで、既に物語全体が途轍もなく大きな謎の中に包み込まれる。更にそれと絡めて、有名な画家や陶芸家の余りにも美しく気高い、謎の贋作群や、他人の真実を見通す新興宗教教祖、主人公らが前世で遭遇したという心中事件、そしてある人物の突然の死など、作者が提示する謎も次から次へと登場する。そういった謎物語の中を、何か夢うつつ、熱病にうなされたまま読んでいくようなこの気分。泡坂氏の手練はいとも簡単に読者をそのマジックの中に絡め取ってしまう。終盤にかけて一枚一枚剥がされるベール。剥がされたいような、しかし剥がされたくないような微妙な世界。そして最後のベールが剥がされ、この物語を支配していた大きな罠に気付いた時に「やられた」と思うか「知りたくなかった」と思うか、読んでいる貴方の読書経験、歴史、立場、思い入れでそれぞれに変わってくるだろう。

大がかりなトリックを仕掛けたミステリという見方の反面、幻想的な恋物語のような側面もある。泡坂氏のミステリ以外のラブロマンスが持つ、一抹の寂しさを強く感じた。ちょっと手に入れにくいかもしれませんが「どっぷりと浸る」価値のある作品かと思います。


99/03/24
藤木 稟「黄泉津比良坂 暗夜行路」(トクマノベルス'99)

題名が不親切ですが、本作、前後編に分かれた後編です。前作『黄泉津比良坂 血祭りの館』を読んでいない人は絶対にそちらから読みましょう。
京極系という妙なジャンル付けにてデビューした藤木さんの四冊目。上記の通り後編にあたる。段々と藤木さんスタイルが確立されたのか、単に私が慣れただけか、読みやすい文章になってきているように思う。

十四年前、二家族が惨殺された事件の発生した和歌山県の山奥に住む素封家、天主家。先代宗主、茂道の妹にあたる沙々羅は東京の遠縁宅に預けられ英語教師として働いていたが、再び本家に呼び戻されていた。現在の当主は時定という傍系から連れてこられた男。彼は一族の心を掌握できない焦りから、黒魔術などオカルト系の趣味に耽溺していた。そんなある日、十四年前の悲劇の発端となった「動くと鬼が出てくる」という「不動岩」が動いたことに続いて、「鳴るとこの世が終わる」という伝説を持った「不鳴鐘」がある晩、大音量で鳴り響いた。大慌てで集まった天主家の人々は鐘の中からぶら下がった二本の足を見る。鐘の内部で首を縊って死んでいたのは一ヶ月前から屋敷に来ていた庭師の秀夫であった。その事件に続いて、召使いの作次が頭を鈎爪状の凶器で割られ、時定コレクションの中世の拷問器具の中で死体で発見された。思い余った執事の十和助は、十四年前に僧として館を訪れていた朱雀十五に事件の解決を依頼しに、はるばる上京する。

上巻に勝るとも劣らない奇妙な事件、全てに与えられるアクロバティックな着地
前巻でも、相当数の不可能犯罪、不可思議事象が提示されていた。密室、自然現象、アリバイ……多岐に渡った奇妙な現象。それらは一応は上巻のラストにて解明されたかのように見えたのだが、結局全て否定された。その謎を持ち越したまま十四年後、再び奇怪な事件が続々と発生し人々を恐怖のどん底に陥れる……。なんと魅力的な、そして挑戦的な設定
そして、本作のもう一つの主人公は「血祭りの館」たる、館そのもの。怪しげな宗教的な装飾、中世を彷彿とさせる器物、館そのものの複雑な構造は抜群の雰囲気作りに役立っている。ただ「秘密の御宝」を護るため、とはいえ建築学、宗教学、数字学、暗号術などなど衒学的な種々の雑学を総動員しなければ、決して解けないこの館の謎。確かにこの部分、作者の意気込みが感じられるのだが……、彩りに満ちたペダントリーは『黒死館殺人事件』へのオマージュ?そう考えでもしないと、読者に対して、徒に内容を小難しくしているだけの空回りになってしまう可能性もある。
とはいえ、提示された謎の群への興味は尽きないし、最終的に全ての謎をきちんと解決に持っていく手腕には敬服。その解決内容も一様ではなく、物理トリックであったり、自然現象であったり、大技小技取り合わせた興味深い内容。この部分もっと勿体ぶって語っても良さそうなところもあっさりと通り過ぎているあたりは、藤木さんらしい。

内容がみっしりと詰まっている。本作、読者が謎を解くミステリ、ではなく、探偵の解決過程を楽しむミステリ。いわゆる「新本格好き」ならば絶賛出来る内容でしょう。アイデアが枯渇しないまま、この路線が続けられれば、藤木さんが大メジャーになるのもそう遠くないかもしれません。少なくとも「京極系」なんて分類はもはや無意味です。


99/03/23
倉阪鬼一郎「百鬼譚の夜」(出版芸術社'97)

日本で唯一の「怪奇小説家」を名乗る、倉阪氏のホラーとして三冊目の作品。

連作短編とも長編とも分類しづらい、どうにも不思議な構造が何とも魅力的。
怪奇小説のライター「私」は同好の友人、黒川と居酒屋「皿屋」で怪奇小説談義に耽っていたところ、神経科医の奥という男に声を掛けられる。彼は自分の患者だったという奇妙な男の話を始め、彼が遺した日記を送るので出来れば本にして欲しい、と「私」に持ちかける。それは募金の際に配られる赤い羽根を病的に怖れる男の物語だった『赤い羽根の記憶』
黒川がたまたま古書展で入手したという一冊の古本。それは表紙に焼けこげのある『底なし沼』という作品で作者は妻沼宗吉。彼がそれを斜め読みした日から、彼の書棚の前に作者らしい幽霊が立つのだ、という。その本の一節を読んだ「私」にもまた、怪異な現象が発生するようになった『底なし沼』
前の事件の傷も一応は癒えた「私」は黒川より再び「皿屋」で奇妙な話を聞く。あるカルト系の詩人、風岡が狂女からの電話を受け彼女に対し、半ば冗談で「声を出したくないなら喉を切ればいい」と示唆したところ、彼女がその通りにして死んでしまった。それから風岡は変事に巻き込まれるようになったという『黒い家』
「私」は好事家たちの間で開催される俳句の会と百物語の会に出席するため「皿屋」を訪れる。大半は見知った仲間であるはずなのに何となく彼らの様子がおかしい。そんな中、俳句の会が終了し、「実際にあったという出来事を語ること」というルールの元、終了時に怪異が発生するという百物語が始められる『百鬼譚の夜』

現実と怪異との狭間の恐怖は更に変異を続けて…
一応、主人公の「私」はフリーライターで怪異現象に首を突っ込む宿命のような存在として描かれている。彼が「ゴーストハンター」と揶揄されるのはいかにも安易だが、心霊探求家とか妙に凝られるより逆に率直で良いかも。全体では、大きく四つの短編が段落を形成しつつ、大きな一つの長編を構成している。その一つ一つの題材に対する取り上げ方こそ異なるものの「文章」に纏わる怪異という仄かな共通点を持つ。そこで重要な小道具となるのが、手紙や小説、日記といった「言霊」と変わりうるもの。それらが登場人物のみならず、読者にも取り憑いていくようになっている。また物語展開の中で、ずぶずぶと怪異現象に足を踏み込む主人公の行動は、読者の想像の先回りを誘って「こうなるかもしれない」「こうなると嫌だ」という感覚が惹起される。それが倉阪氏の筆を通じて強烈な「恐怖」のイマジネーションとして心の中に突き刺さってくるのだ。特に『底なし沼』での主人公の葛藤。「忘れてしまえば恐怖から逃れられる」ことに気付き、必死で忘れる努力をする一方で、その恐怖の対象に近づき、その対象を確かめたいという欲求に逃れられない姿に、人間のどうしようもない根元的な好奇心と、それを持つ我々自身との重なり合いを感じ、とっても嫌な気分になれる。(この場合の「嫌」は誉め言葉)最終的なまとめ方は、比較的ハッピー(私の感覚では)なのだが、もっと強烈に「彼ら」からも爪弾きにされた方が物語全体としての効果が高いように思ったのは、受け取り方の問題だろうか。

まだ大きな本屋では新刊で入手可能。銀色の綺麗な表紙にゴシック調の可愛い題字。しかし、中身は倉阪氏の見識と主張まで詰まった総毛立つようなホラー小説である。和製でこのような雰囲気溢れる作品が存在したこともまた、私としては一つのショックだった。


99/03/22
角田喜久雄「角田喜久雄集 日本探偵小説全集3」(創元推理文庫'85)

正式には「大下宇陀児・角田喜久雄集」のカップリングで非常にお得な(だけど分厚い)一冊なのだが、感想・評の都合上、二つに分けた。(大下分は昨日)この方の読み方は分かりますね。

角田氏は春陽文庫に多数収録されているような時代伝奇小説作家としても有名。わずか十六歳の時点で処女作『毛皮の外套を着た男』を発表、その後新聞連載した『妖棋伝』などの伝奇小説が好評を博し、戦前は圧倒的に伝記時代小説作品が多いが、戦後となって優れた探偵小説作品をも発表するようになり、この分野の歴史に名を残している。

幼い頃、父がある男との争いから不具となり、その復讐の為に育てられた青年がいよいよそれを実行に移す時が来た『発狂』
妻と親友の三角関係に悩む男が、スキー場で遭難しかかった親友を見殺しにしてしまった『死体昇天』、食堂で謎の男がトランクのすり替えを行うところを目撃した加賀美捜査一課長。その男は更に奇矯な行動を取り、加賀美を悩ます『怪奇を抱く壁』
大富豪ながら心のひねくれた高木家の当主、孝平が銃殺された。出戻りの妹、父を恨む息子、怪しげな親戚ら皆にアリバイがある。この事件に挑むのも加賀美捜査一課長。角田喜久雄を代表する長編『高木家の惨劇』
終戦直後、上野駅から阿賀野川近辺の友人宅に向かった男が汽車で出会った女の様子はおかしかった『沼垂の女』
地方を回る名神父の元に自分が悪魔のような女であると懺悔する女『悪魔のような女』
新聞に犯罪実話を書いていた良輔の元に来た絵奈という女性からの不思議なファンレターは「−笛を吹いたら人が死ぬよ」と結んであった『笛吹けば人が死ぬ』

本格推理としての構成、登場人物の情感、いずれも高い!
まず、驚かされるのがやはり筆力。伝奇小説を書き連ねていただけに、登場人物の造形が非常に巧く、また小説の舞台となる奇妙な状況、環境の設定が、無理のない範囲で突飛。某氏の提唱する「冒頭の謎」という概念を意識せずに身につけておられる、と思った。(というより読者を驚かせようという気持ちからかも)
本作品集収録の中ではやはり名作として名高い『高木家の惨劇』が圧巻。冒頭の加賀美捜査一課長が遭遇する奇妙な男の行動から始まり、一種の密室内での被害者の不審死、次々と現れる遺産相続者の性格の奇矯なこと。それだけでも十分に興味深いというのに、次々と発見される新証拠から、物語そのものが、真相の解明と共に競争を開始し、遂に明かされる驚きの真相。密室に関してあるトリックが使われているのだが、物語全体がそのことに寄りかからなくとも、すっきりと立ち上がっている。つまり探偵小説としての構造を越えて、一般小説として高い水準の作品となっているのだ。これだけレベルの高い本格探偵小説が戦後すぐに書かれていたとは一種驚きとさえも言える。他の短編も構成の妙が全編を覆い、読者へのインパクトが計算されていたかのよう。とにかく発端に対してラストで意外などんでん返しの用意された作品が多いのだ。唸るしかなし。確かに戦後という時代は感じるが、文体そのものの古さは余り感じられない。現代読者にも充分に受け入れられる範囲の作風だと思う。

「探偵小説」に興味のある方はいずれにせよ、必読の部類でしょう。大下、角田両氏とも新刊で入手可能な作品は限られているのですから。


99/03/21
大下宇陀児「大下宇陀児集 日本探偵小説全集3」(創元推理文庫'84)

正式には「大下宇陀児・角田喜久雄集」のカップリングで非常にお得な(だけど分厚い)一冊なのだが、感想・評の都合上、二つに分けた。(角田分は明日)念のために付け加えると、名前は「うだる」と読む。

日影丈吉氏による解説によると、大下氏は江戸川乱歩、木々高太郎氏らと並び「戦前の三大家」と呼ばれていたとのこと。甲賀三郎氏と職場を同じくしており、'25年に雑誌「新青年」に『金口の巻煙草』という作品を発表して世に出る。戦前、戦後を通し作品を発表、'66年没。

自ら犯した不義からの犯罪を切迫した独白にて綴る『情獄』
父親から虐待を受けていた母の指示によって二種類の凧を揚げていた少年が長じるにつれ、その秘密を知るようになる『凧』
幸せな夫婦の家で働く下女が思いついた本の少しの悪戯が思わぬ波紋を呼ぶ『悪女』
不動産ブローカーをしている外面のいい、しかし実は女たらしの小悪党が、不遇の母子をその毒牙にかけた『悪党元一』
思いこんだら、その通りにせずにはいられない、真っ直ぐな性格の高校生、大谷千春。彼女の父親が殺されたことから彼女の運命も悲劇的に千変万化していく傑作長編『虚像』以上、四短編、一長編から成る。

探偵小説というよりも、犯罪を通して人間を視る小説群
大下宇陀児は今までアンソロジーで何作か読んだ程度。まとめて読むのは初めて。
本作品集に収録された、四つの短編と一つの長編。読み通してみてそれぞれに共通すると感じたのは、犯罪に至る人間や、事件を解決しようとする人間の、深い心情であり、境遇であり、生き様であった。遠慮のない表現をするならミステリとしてのトリックや、どんでん返しよりも、大下氏が克明に記した登場人物に圧倒的な存在感がある。解説でも触れてあった言葉なのだが「犯罪を通じた人間ドラマ」を見せつけられた感。
「犯罪」という大きな地獄の門を潜るに至った道筋が徹底的に分析され、さもすれば殺伐とだけしそうな彼らの物語に落差の大きいどんでん返しを設けてある。犯罪者が主人公の場合は救われないラストもあったのだが、その分、普通のミステリを読む時よりも、心に深く刻まれるものがあった。「犯罪者の心理」を徹底的に描き出すことで作り上げられた独自の世界。「探偵小説」と呼ばれる小説群の中でも不思議な光を放っているのではないだろうか。

「探偵小説」に興味のある方はいずれにせよ、必読の部類でしょう。大下、角田両氏とも新刊で入手可能な作品は限られているのですから。