MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−過去の書評群 (掲載順)−  


99/04/10
鮎川哲也「宛先不明」(講談社文庫'85)

元もとは'65年に学研よりミステリー9というシリーズの一部として書き下ろし刊行された作品。鮎川氏の十二番目の長編にあたる。鬼貫警部のシリーズのアリバイ崩しもの。

出版社に勤務する男が満員の電車内で見に覚えのない痴漢の罪で捕まってしまうプロローグの後、本編が開始される。印刷会社の秋田への慰安旅行の最中、辣腕の営業マン、伊吹が何者かの呼び出しの電話を受けて別行動を取ったところ、秋田駅近くの公園で絞殺死体となって発見された。彼の靴底にはガムでくっついたと考えられるネクタイピンがあった。陽気で成績の良かった伊吹が殺される理由は警察の必死の捜査にも関わらず、なかなか見つからなかったが、彼の妻が「伊吹が誰かを強請っていたらしい」と捜査員に告げる。ただ残念ながらその証拠とされる手紙は既に焼かれてしまっており、半分しか判読出来なかった。更に伊吹が出入りしていた出版社の社員から重要な証言がなされ、伊吹が何らかの強請のネタをもって動き回っていたことが、捜査を担当する丹那の耳に入った。

時刻表を使わない題名通りのアリバイトリック
思わせぶりなプロローグを終えて登場する舞台が秋田。もちろん鬼貫警部は警視庁所属だから時刻表トリックが登場すると考えてしまう。実際に秋田に早朝に到着する夜行列車が最初のポイントになるのだが、本作のメインとなるトリックは電車や鉄道によるものではない。日本人の運営するシステムのきめ細かさは鉄道に限らない。現代以上に当時は厳格に「お役所」というものが運営されていたことをそのまま鮎川氏は物語に取り入れている。アリバイトリックが日本を舞台にしてこれだけ隆盛を誇ったという事実は、日本の社会性の裏返しとも言い切れそうだ。
アリバイトリックに止まらず本作は「男性を一人社会的に抹殺するには」という恐ろしい罠と、それに対する復讐が背骨を成している。この点は物語の進展上、あまり目立たないように描かれてはいる。しかし身に覚えのない罠に填められ、窮地に陥れられた男の姿には、やはりぞっとさせられるものがある。本作に限らず、このようなシビアな人間描写が本質的に鮎川作品から感じられる男性的な骨格を根底から支えている。あと今言っても仕方のないことだが、鮎川氏の作品では氏の知る範囲の世界を舞台にすることが多く、その辺りに一工夫欲しいな、とも感じる。本作舞台の編集業界などがそう。あと音楽趣味をベースにする場合と。

鉄道・時刻表はちょっと、という方に特にお勧め。鬼貫警部ものとしては水準作か。角川文庫などに所収されていないので、文庫ではこの講談社文庫版でしか読めません。


99/04/09
久生十蘭「平賀源内捕物帳」(朝日文芸文庫'96)

雑誌『講談倶楽部』に'40年に半年にわたり谷川早名義で連載されたもの。もう一つの名作『顎十郎捕物帳』の後半部分と執筆時期が重なっている。もちろん主人公は不遇の天才、平賀源内、である。

雪の中で次々と頭を割られ殺される若い女。彼女らは皆、人気歌舞伎役者を贔屓にしていた。しかも犯人の足跡は全く見当たらない『萩寺の女』
獄中の極悪人が次々と不審な死を遂げる。一方源内は人形館で日本に存在しないはずの植物の絵をみつけ興奮する『牡丹亭』
江戸を騒がせていた女幻術使いが捕まり、彼女そっくりの女性が主演する女歌舞伎が上演されることに。御用聞きの伝兵衛は何かがひっかかる『稲妻草紙』
お祭りの山車の巨大な象の胸から血が溢れてきた。中では一人の女性が胸を刺されて殺されていたのが見つかるが誰にもそんな機会はない『象の腹』
江戸、大阪、長崎で同一日に三人の男女が殺された。三人が三人とも同じ犯人を名指しした『長崎物語』
長崎の隠れ切支丹をまとめる謎の女性は一度死んで三日後に蘇生するという儀式で信者を集めていた『風見鶏』
大商人が瀕死の重傷を負わされ、犯人の名前を告げるが、土壇場で違うと呟く『三人姉妹』
伝兵衛の姪、お才は道ばたで斬り殺されている二人の隠密から「縁の下に気を付けろ」と言われる。果たして田沼意次を狙う一味が江戸を暗躍する『預り姫』以上八編。

リズム、テンポ、雰囲気、そして名探偵
久生十蘭の言葉のリズム。これは「天才」と言い切ってしまっても良いのかもしれない。本作でもそのリズムは遺憾なく発揮されており、無駄がなく切れの良いテンポは「文章の江戸っ子」を思わせる。またその「夏祭り」など季節感、臨場感を醸し出すために練りに練られた単語や言葉、さりげなくも緻密に調べ上げられている風俗考証。実際に眼で直接見るより鮮やかな「江戸」。そんな賑やかで粋な世界を舞台に、当時としては天才でありながら変人としても知られたであろう平賀源内先生を活躍させている。なるほど、ミステリとしては『顎十郎捕物帳』よりは確かに弱い。発端の異常性や事件性は顎十郎にも引けを取らないのだが、探偵役に平賀源内という時代の怪物を持ってきたことからくる弱さか。源内の発明品は当時の人にとっては魔法と変わらないであろうし、また彼の博学もまた然り。彼がそれを駆使することにより、知識のない一般市民の中の名探偵として君臨する、という図式だ。それでも筋道が読者に見えにくい下手な論理的な解決よりかは、余程、特殊な知識を利用した一刀両断の解決の方が読者に取っては気持ち良いはずだ。

独特のテンポ、雰囲気を大切にした久生ワールドとしては完璧でしょう。後は探偵小説的趣味の問題ですが、顎十郎の方が本作よりも優れていると言い切れる訳ではありません。両方とも楽しんでしまいましょう。


99/04/08
浅暮三文「ダブ(エ)ストン街道」(講談社メフィストクラブ'98)

第八回メフィスト賞の受賞作ながら、講談社ノベルスでなくハードカバーのメフィストクラブから刊行された非ミステリ作品。「メフィスト賞は読まなくてもいい」と仰る方にこそ読んでいただきたい。

世界を股に掛ける駆け出しの考古学者、吉田健二(ケン)は、ハンブルグの街で一人の女性と熱烈な恋に陥る。彼女の名前はタニヤ。職業、モデル。彼らは一目会ったその時から互いに惹かれ合い、一緒に暮らすことになったのだが、タニヤは困ったことに重度の夢遊病者だった。目が覚めると彼女はどこかに行ってしまい、ひどいときにはどうしたことか国境さえ越えることがあった。そしてある朝、彼女は彼の許から姿を消した。ケンは「今、ダブ(エ)ストンにいる」と書かれた彼女からの手紙を信じ、徹底的にその地名を調べ、ついに大英博物館にて、その世界最後の謎の大地の手掛かりらしきものをつかむ。十八世紀のカーライル卿の手記を元に、タニヤを探す旅に出たケンは、敢えなく遭難。浜辺で一人目を覚ました。彼は自分もダブ(エ)ストンに辿り着いたことを知る。そして奇妙な冒険はここから始まった。

オトナが心を遊ばせるに足る、高度のメタ・ファンタジー
いわゆる新本格ミステリ系の季刊誌と化している雑誌『メフィスト』の名前が冠されているが、その内容はミステリ作品ではない。強いて言うならファンタジーの様式を借りた自己探求型青春小説。冒頭、主人公がロストワールド的地域に踏み込んでしまうのだが、ダブ(エ)ストンと名付けられたその世界の特殊性、非日常性のインパクトが非常に大きい。熊が喋ったり、人ならぬ者がぽんぽん登場したりで異境冒険小説orファンタジー的な色彩を感じるが、導入が巧くあまり違和感を感じない。それどころか、通常の価値観、常識を捨て去ることが当たり前、シンプルに生きるということが最も大切な、この世界に足を踏み入れた瞬間、読者の物語世界への没入は確実だ。今まで味わったことのない不思議な魅力が漂っている。世界の案内役として登場する郵便配達人、アップルとの出会い、ダブ(エ)ストンを「迷いながら」旅することになるケン。戸惑いながらも、素直な心で世界に順応していく彼の姿を、ページを捲りながら追いかけるのが本当に楽しい。多彩で奇妙な登場人物には色々と笑いも誘われるが、彼らもまた「迷っている」ことに後で気付かされる。果たして彼はこの地でどうなるのか、何を見つけるのか。読者も一緒に「迷う」ことが出来る小説だ。

ミステリやホラーでがちがちにされた頭を解きほぐす一服の清涼剤。生きる悦び、魅惑の舞台、人生の転換点を迎えた主人公に訪れる自立に感動、そして味わい深いラストにほろり。明日を生きる力を与えてくれるタイプの本です。ミステリ以外としては、ワタシ的お勧め。


99/04/07
式 貴士「吸魂鬼」(角川文庫'83)

普通の人には「SFだから」と敬遠され、SF読みの人には「式はエロ・グロだから」と敬遠される、永遠のカルトスーパーSF作家、式氏の第四作品集。

三人の作家がタイムマシンで未来に呼びつけられ、ショートショートの執筆を強いられた『SF作家倶楽部』
いつの間にか自分自身が違う身体に入り込んでしまう!奇妙な事態を引き起こすのは、小さい頃から神隠しに会いやすい陽介の体質が原因だった『吸魂鬼』
地球にある目的で乗り込んできた宇宙人が、母星に送る東京の様子と彼の地球生活『エイリアン・レター』
「海」を巡る三つの美しく恐ろしい短編内短編小説『海の墓』
一人で海水浴をしていた玲はUFOの爆発を目撃、その直後、海に浮かぶ色の変化する不思議な玉を偶然発見する『カメレオン・ボール』
自らの触覚をエクトプラズムにして飛ばすことが出来る主人公。まずは同級生の女の子に触覚を這わせ、遠くから弄び始めた『触覚魔』
第二次大戦中に戦死し、天国に住む男が神様と賭をして、七人の人間として改めて生まれ変わらせて貰うことになった『シチショウ報告』以上七編。

式作品は人生の麻薬だ!
作中作、短編の中でも内容の分けられた小短編、連作風短編、小プロット独立風短編……と他の作品集に比べ、構成に非常に凝っている印象。とはいえ、個別の作品内容は、やはり常人を寄せ付けないスーパーSFである点に変わりなし。中途半端なポルノ小説を越える描写を誇るエロ、中途半端なホラー小説を越えるグロ、中途半端な青春小説を踏み躙るような主人公の純真。ああ、どれもこれも式作品のコアなエッセンスを誇る作品ばかり。どれも秀逸だが、ワタクシ的お勧めは、構成に凝ったストレートな悪意の伝わる作品よりも、人間の持つ負の感情を徹底的に描写する作品になってしまう。例えばハードコアな性的な描写が執拗に描かれているにも拘わらず、二転三転していくストーリー、グロの極致というラストを持つ強烈作『触覚魔』だとか、地球外生物とのセックスを含む哀しい恋愛を綴った『カメレオン・ボール』だとか、式さんでないと書けない!と確信できる物語に強く惹かれる。この辺りが一作読むと次々に手を出したくなる式作品の魅力なのだと思う。

さぁ、皆さんも一緒に式中毒になりませんか?(まだ完集していないのであまり競争者が出るのも考えものなのですが)世の中には実際のところ、いやらしいほど露骨に描くことでしか表現できない世界がまだまだ沢山あることに気付くことが出来ますよ。


99/04/06
小林泰三「密室・殺人」(角川書店'98)

角ホラ出身、小林泰三氏の三冊目の単行本にして、初の長編。帯には「新本格推理とホラーを融合させた初の長編」とうたわれている。

四里川探偵事務所に年輩の高圧的な女性が訪ねてきた。「息子にかかった容疑を晴らして欲しい」この女性の態度に辟易しながらも、なぜか表舞台に出たがらない所長の指示により、助手の四ッ谷礼子は事件現場に向かう羽目に陥る。現場の亜細山にある別荘に向かう礼子はローカル線の車中で、別荘の管理人を名乗る不気味な老人と言葉を交わす。事件の現場である亜細山は神社が奉ってあり、その現場は神社を壊して作った敷地内にある、というのだ。彼の案内の元、現場にたどり着く。依頼人に四里川を紹介した谷丸警部は、この事件が非常に特殊なケースであることを説明する。雪の夜、部屋に閉じこもっていたはずの浬奈が、窓の下の凍った池に墜死したというのだ。しかもその部屋は内側から鍵がかかった密室であり、室内には人っ子一人いなかった。この事件は「密室殺人」ではなく「密室・殺人」だったのだ。礼子はこの現場付近で、自身の経験から来る恐るべき幻視に何度も悩まされることになる。

ホラーテイストを纏った本格推理
同じような形で世に問われた倉坂鬼一郎氏の『赤い額縁』と続けて読んだせいか、ホラー部分よりも、推理小説部分の印象の方が強い。もちろん、一般的なミステリに比べれば遙かに不気味な雰囲気の創造には成功しているし、超自然的な現象が説明抜きに発生する点は確実にホラー。その光景にしろ、小林氏らしい生理的な嫌悪感を誘う描写は健在で、部分部分を取り上げると「怖い」ところは無数にある。
ミステリ的な謎は表題通り「密室・殺人」とでも形容すべきもので、これはこれでかなりハードな謎といえる。被害者が入った部屋が密室となり、その部屋の「外」で被害者が死んでいる。どういう意味があるのか分からない密室と、殺されたにしろ、自殺したにしろどのような手段を用いられたのか分からない被害者。解決そのものは必然性の点で少し?を感じないでもなかったが、ホラーとの融合という大事を果たした作品にその点を突き詰めるのは野暮だろう。被害者も関係者も少し普通の人間とは神経の出来が異なっている風に描かれているのだし。その部分から最終的に明かされる被害者の心情部分とのコントラストが不思議な感覚を読後に味わわせている。謎のほとんどが何らかの形で「理」に落ちるこの作風はミステリ系の読み手にアピールするものがありそうだ。

'98年度の問題作の一つであるのは確かだし、各種ランキングでもその意欲は評価されている。個人的には、今回の作品を序章として彼らの隠された過去、彼女の恐怖をもっと続けて味わいたいように感じる。続編はあるのだろうか?


99/04/05
土屋隆夫「天狗の面」(角川文庫'81)

寡作な作家、土屋隆夫氏の長編第一作で'58年に刊行されたもの。氏自身は'49年の『宝石』への懸賞小説が処女作で、この第一長編執筆までかなり間があいているのは、それだけ苦労したからか。

長野県の山奥にあり、歴史こそ古くからあるものの、交通の便が悪く旧弊が依然として残る農村、牛伏村。因習や地縁に縛られつつも平和だったこの村に、騒ぎの予兆が立ち上っていた。現役村議の池内市助に対し、村を近隣の町と合併させようと小木勝次という男が宣戦を布告したのだ。一方、三代前に通りすがりの山伏に世話になり、彼と母親が逐電したために村人からのけ者として苦労して育った四十女、おりん。彼女に突如「天狗」が取り憑き、その様子を市助と村の老女二人が目撃、一気に評判が広がる。おりんにより、長年の病気が治ったり、行方不明の牛の居場所の託宣が当たるなど、彼女の評判は鰻登りに上がり、当初奇跡を目撃した市助ら三人が積極的に働きかけ「天狗講」とも呼べる新興宗教組織が創りあげられた。ところがある時「天狗講」に出席していた市助は衆人環視の中で突然腹痛を訴え、血を吐いて死んでしまった。これが毒殺と判明するが、村の駐在、土田巡査らの必死の捜査にも関わらず、誰にも毒を入れる機会がなかったことが判明し、捜査は難航する。

古風な村と新興宗教を舞台とした連続殺人事件。土屋推理小説の原点。
時代的には昭和30年代前後。恐らく作者が最も苦心惨憺したのは本作の舞台となる牛伏村の構築ではないだろうか。というのも、文明から隔絶したこの僻地の村の持つ独特の雰囲気が本作における最も重要なポイントではないか、と思われるのだ。古い因習に縛られ、身近なゴシップには目が無く、伝説や奇蹟をすぐに信じてしまう村人たち。夜の闇はあくまで深く暗く、風が吹き抜け、埃が舞う村。寂れつつも、冒頭で唄われ、プロローグとして深い意味を持つ、牛伏音頭で象徴されるように、村人はそれでも逞しく生きている。古今に「隔絶された村」での事件は多々あるが、本作もまたそういった系列の中でも抜きんでた舞台を備えている。 この村で発生する「天狗講」に纏わる連続殺人事件。これら一連の事件は、牛伏村を舞台にしたことでひときわ目立ち、難解さを増し、その解決が鮮やかに感じられるのだ。
トリックだけを抜き出すと第一の事件などそのあるトリックに少し無理があるように考えざるを得ないのだが、それでも牛伏村の特殊な状況の中において説得力は充分に補強されている。途中に挟まれる「毒殺講義」ともいえる部分、ラストにて意図的に作者の意志を介在させた点など、物語全体に試行錯誤と工夫の跡がみられ、それがあまりいやらしくない。土屋隆夫がいかに非凡な作家であるか、現在でも十二分に納得出来る仕上がり。

本作に関しては「意図された古臭さ」にて執筆された時代性を隠すことに成功している。従って今読んでも、純粋論理で解き明かす推理小説として楽しむことが可能である。そしてまた、土屋隆夫は光文社文庫版でかなりの作品が現在でも入手できるはず。また古書店などでも、比較的安価な値付けがされていることが多いので、その気になれば読むのはたやすいかと思う。


99/04/04
佐々木丸美「水に描かれた館」(講談社文庫'88)

「幻のカルト作家」(何故にこの呼称なのかは相変わらず判明せず)佐々木丸美の『崖の館』に続く「館シリーズ」第二作。前作と同じ「崖の館」を舞台としており、内容的にもネタバレ含め続いているので、前作を必ず読んでから取り組みたい。

何人ものいとこたちの命が喪われた北海道の孤立した「崖の館」。以前の事故は残された者の総意により、全て事故として処理された。莫大な財産のこともあり、捜査陣は疑惑を抱えたまま引き返し、世間の心ない者は勝手な噂を流したが、おばさんはそれらの一切無視を決め込んでしまっていた。春を迎えた館では財産目録作成のために弁護士より四人の鑑定家を派遣する、と連絡を受けていた。研さん、真一、哲文、涼子、おばさんら、館の人間が出迎えた鑑定家は、なぜか五人。そしてまた最後の一人が館に入ると同時に、雪混じりの春の嵐が猛威を奮って国道を土砂崩れで分断させ、電気と電話が通じなくなった。そして平和を取り戻したはずの館に再び白い影が舞い、不気味な事件が発生する。

眩瞑の館にふさわしい、幻惑のミステリ
裏表紙の梗概には「サイコ・ミステリー長編」などと銘打たれているのだが、ジャンル紹介として適当でないように思う。寧ろ「高度の幻想小説の器にミステリの色を付けたもの」であり、ミステリよりも幻想小説の範疇に含まれるのでは、と感じた。ただ、ミステリにあたる部分のコアとなるトリックは独特で、現在でこそ似た構造を使う作家もいそうだが、当時としてはかなり先進的な内容でなかったか、と推察される。また、作中では心理学に関する事柄、エピソードなどが散りばめられているのだが、その一つ一つが蘊蓄、伏線と効果的に使われているうえ、勉強にもなる。
物語は、主人公涼子の視点で語られる点は前作に同じ。ただ前作の経験から涼子自身が女性としての成長を遂げており、微妙に読者が受ける印象は異なる感がある。また成長したとは言っても、まだまだ少女的な未熟さや甘えもあり、その不安定な状態が、反転して物語そのものの不安定さを印象づけている。その揺らめきが佐々木さんの筆力の高さとも相まり「少女をテーマにした詩」を読んでいるような、文章そのものの魅力へと繋がっている。

恐らく前作を手に取られた方なら、本作も探されることだろう。私としてもこの「崖の館」がどこに着地するか、見極めたいがために次作への期待が高まるばかり。(もちろん、押さえてます)


99/04/03
都筑道夫「七十五羽の烏」(角川文庫'80)

老後の楽しみに、と取って置いた物部太郎シリーズの第一作。唐突に光文社文庫で復活('99/3)してしまったので慌てて読みました。都筑氏のミステリ評論の実践作としても有名な本作、復刻される価値は充分にあります。

危険冒険大犯罪』で主役を張っていたFAAの片岡直次郎の元に奇妙な依頼人がやって来た。朝から晩まで働くのは罪悪だという桁外れの怠け者、物部太郎。金儲けの天才の父親の目から逃れるため「働いているように見えて、ほとんど遊んでいられる仕事」に就きたいというのだ。そこで片岡は身上調査などを一切引き受けない特殊な探偵事務所を設立し太郎を所長に収めた。心霊現象や幽霊に纏わる事件だけを捜査するという名目で、調査料も図抜けて高い。案の定、全く来ない依頼人に太郎は満足していたところ、「平将門の娘、滝夜叉姫の怨霊を見ると人が死ぬ、それを叔父が見てしまったので助けて欲しい」と美人の依頼人が訪れてきた。難癖をつけて追い返そうとするが依頼人も必死、結局彼らはその叔父が本当に変死を遂げてしまったことから、彼女の実家の茨城へ向かうことになる。その叔父というのは裸の絞殺死体で蔵から発見され、しかも足袋だけ身につけていたという。

都筑氏本格推理論の実践的成果!
冒頭に出現する奇妙な現象。章毎に挿入される作者のコメント、巧妙なミスリーディング、レッドヘリング、凝った小道具。押さえたユーモア。目立たない警察。そして名探偵による解決。都筑氏が『黄色い部屋はいかに改装されたか』にて提唱したいくつかの理論の実践がここにある。多少理論の方に気が向きすぎたのか、後の物部太郎の二作品『最長不倒距離』『朱漆の壁に血がしたたる』らに比べると「謎」そのもののインパクトこそ多少弱い。シリーズ初回ということで状況設定の説明などに紙幅が費やされたせいかもしれない。(後ろ二作品は、意識したのかそのあたりが整理され、かなり強烈である)それでも、次から次へと発生する殺人事件それぞれが、素っ裸で足袋だけ履いた死体、妙なもので撲殺された死体、不思議な密室など奇妙な謎に満ちているため、一つ一つの印象がそれほどでなくとも物語が進む毎に心の中に「?」が着々と蓄積、最後の解決部分で、組み立てられた真相は、宙ぶらりんになっていた様々な事象がぱちりぱちりと填め込まれていく快感に満ちている。
本作を独立した作品とした場合、平将門伝説がモチーフとされるため、神社や祭事など、少し現代読者の馴染みの薄い世界に展開されるところに、読者がはまりこめるかどうか、も一つのポイント。ただ、都筑理論の真価を読みとるためにはシリーズ三冊とも読んで頂きたいように思う。

当時は批判と賞賛の半々だったと言いますが、今となってはやっぱり歴史に名を残す作品として喝采したい。復活を果たした光文社の英断にも。推理小説として大切な部分の教科書的存在とも言える作品かと。


99/04/02
倉阪鬼一郎「赤い額縁」(幻冬舎'98)

怪奇小説作家倉阪氏の初の長編。以前に刊行されている連作短編集『百鬼譚の夜』と共通する登場人物も存在するが、それほど神経質にならなくとも良い。(厳密に言えば順に読む方が望ましいが)

『THE RED FRAME』最後まで読み通すことの出来ない本。何故ならば本を読んだ者には例外なく死が訪れるからだ……。本編は三つの物語が入れ子構造で展開される。
「世界でもっとも怖いゲームブック」の執筆を依頼された怪奇小説作家の古地留記夫。自らのイメージと実際の作業が噛み合わなかった彼は、一計を案じインターネットで同様の本を検索、『THE RED FRAME』という「世界で最も怖い本」という副題が付いた本を米国から取り寄せる。その本から強烈な啓示を受けた彼は驚くべきスピードで執筆を進めるが、怪異な現象に悩まされ始める。
一方、駆け出しの翻訳家、彩川繭子は出版社から『THE RED FRAME』の翻訳を依頼される。前任の翻訳家が謎の失踪を遂げたために機会が回ってきたのだ。彼女もまた翻訳に着手してから色々な暗合に気付き、怯えるが怪異現象は確実に彼女とその周りを蝕み始めた。
そして吸血鬼の黒川と”ゴーストハンター”。『百鬼譚の夜』にも登場する彼らは吸血鬼なので不死。二十年後の開店予定の古本屋のために、新刊のレア本をせっせと蒐集していた。折しも彼らの周りでは連続幼女誘拐殺人事件が発生しており、元からの怪奇趣味と不死の暇つぶしから彼らはこの事件の真相を考える。そのうちに彼らも『THE RED FRAME』と巡り会い、こちらの謎についても取り組み始める。

大きな緊張と小さな弛緩。こだわりの本格ゴシック・ホラー
第一印象では素直に「怖いホラー」だと感じた。と、言うのもやはり倉阪氏の独特の表現で各所各所で描かれるシーンの不気味なこと。その「場」にいたる過程抜きなのに、ほんの数ページ書かれている残酷な光景が一読するだけで、心に染み入ってくる。更に作中作だと分かっていながらも、メタ構造を取っているために自らの足許をどこに置けば良いのか分からない不安感。次々と訪れる理不尽な死。大いなる緊張と小さな弛緩、物語のベースとなるテンポが、知らず知らずのうちに恐怖感を引き出すのに役立っている。そして登場人物を選ばず訪れるカタルシスの大きさ、理不尽さ、不可解さ「ホラー」でしか表現し得ないものかと思う。
読後、改めて考えた。本作が話題になった要因の「ミステリと本格ホラー」の融合について。ミステリ的な部分を抜き出すと確かにきちんと伏線(但しかなり難しい)が張られ、納得の行く結末になっている。とはいえ、これもメタ構造の宿命か、真実はどこにあるのか、という事件の謎以上の謎を常に抱えて読み進めないと解けない点は個人的な読解力が足りないのか少し辛かった。それでも「高度な知的ゲーム」としてのミステリであることは確かであり、読み手が濃ければ濃いほど、ミステリとして作品に挑む気持ちは増すはずだ。特に注目したいのは「これでもか!」というくらいに出てくる「ことば」に隠された秘密。暗合、レトリック、アナグラム。これはホラーの雰囲気づけにもミステリの味わいづけにも通じる絶妙の隠し味となっている。

確かに「ミステリとホラーの融合」を成功させた傑作なのだが、印象では限りなくホラーに近い。つまり、かなり怖い。この辺りには覚悟して取り組む必要があるだろう。しかし、この文章を打っている時に限ってアプリケーションがハングするのはやっぱり『THE RED FRAME』のせいなんだろうか?


99/04/01
山田風太郎「忍法流水抄」(角川文庫'83)

角川文庫での風太郎(忍法帖は全て絶版)の短編集ではそれなりにテーマが絞られていたりするが、本作では'68年から'71年に執筆された比較的後期の作品が収録されているようだ。

明智光秀の本能寺の乱を前にして、光秀の息子の周囲には各陣営から派遣されてきた忍者の影が『叛の忍法帖』
秀吉の朝鮮出兵の折、石田三成は不思議な技を使う朝鮮人捕虜を召し抱えた『おちゃちゃ忍法腹』
皇位を狙う奸臣が世に現れる時、近衛一族は妖怪ひょうすべに伺いを立てて収拾を図っていた『近衛忍法暦』
石田三成、徳川家康のどちらにつくべきか思慮を重ねていた北越の重鎮、大谷刑部は真田忍者、猿飛の訪問を受ける『刑部忍法陣』
家康の長子、秀康は剛力と荒淫で知られ父家康からも怖れられていたが、梅毒にかかり鼻を喪った『羅妖の秀康』
武人から商人になった茶屋四郎次郎は料理に情熱を燃やし、『慶長大食漢』
江戸の中期の平和な時代、旗本の子息らは同類が集まり徒党を組んで「下馬坊組」「呑堀組」「飛屁組」などと名乗っていた『彦左衛門忍法盥』以上、七編。

歴史の陰日向。風太郎の奇想を愉しもう!
忍法帖後期作品の特徴として「歴史を曲げない」という縛りを風太郎自身が物語に埋め込んだことが挙げられる。本作収録の諸作も歴史人物や、合戦、史実の結果を基本的に曲げてはおらず、風太郎流の人間解釈を交えながらも正確に語られていると言える。その中にいかように「忍法」を介在させるか。
もちろん忍者本来の役目、暗殺、謀略など史実に顕れない部分を描く正統派の忍法帖。本作では『叛の忍法帖』にあたる。四つの流派の忍者が互い騙し騙され、最後に血戦を仕掛けるなど、初期の技比べ的なテイストが色濃く残り、やっぱり面白い。
次は歴史上の不思議、例えば人の変心、裏切りなどの原因を忍者・忍法に求める方法。本作では『おちゃちゃ忍法腹』『刑部忍法陣』などが当てはまる。これらの特徴はユーモアとシリアスの同居。戦国という殺気ばった雰囲気と、奇想天外な忍者の活躍を組み合わせることで、その不思議さを風太郎流の解釈、説得力を以て読者に納得させてしまう。知識と奇想があってこそ。これも面白い。
そして歴史上の一景色を切り取り、その実在する人物と忍法を組み合わせてしまう方法。『羅妖の秀康』、『彦左衛門忍法盥』など。これらはシリアスさよりもユーモアが勝っている。不思議な可笑しさと人間の哀しみ。忍法帖としてよりも人の生き様が語られることが多いように思う。忍法に翻弄される人々、これがまた面白い。

と、いうことで短編でも風太郎は面白いのである。忍法帖短編集も講談社ノベルズスペシャルや、同じく大衆文学館で何冊か新刊書店でも購入できるはずだが、少しずつ入手しにくくなっているようだ。いまのうち、かも。