MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−過去の書評群 (掲載順)−  


99/04/20
島田荘司「本格ミステリー宣言」(講談社文庫'93)

'89年、講談社より発行された単行本の文庫化。島田荘司の論文集、ないしはエッセイ集としての位置づけか。当初出版されてから十年もの年月が経過しているが、当時のミステリの状況の時代検証としてなら未だ有効な一冊。

当時、島田荘司が一人持っていたミステリ業界への危機感を顕した、本格ミステリー宣言及び、本格ミステリー論。
当時にかなり物議を醸した、綾辻行人、歌野晶午、法月綸太郎三氏を推挽した際に各氏の著作あとがきなどに掲載した文章。
島田荘司が世に送り出した新人(当時)達と語る。綾辻行人との対談「「新」本格推理の可能性」、綾辻、法月、歌野三氏を招いた座談会「「新」本格推理の可能性PART II」
その他、島田荘司の創作や、現状認識に関係しそうな様々な雑誌のインタビュー、鉄道ミステリー論、江戸川乱歩に関する随想などなど。なぜか巻末に付録として警察の機構と死体の変化についての図表が掲載されている。

当時のミステリ界の状況を振り返り、今を分析出来る一冊
綾辻行人の評価が固まり始め、法月綸太郎、歌野晶午、我孫子武丸ら現在の中堅どころがまだ処女作を上梓したばかり、という時代をまず踏まえよう。創元で有栖川有栖や折原一がデビュー、俗に言う「新本格」ブームが胎動し始めた頃。島田荘司本人は自らの提唱する「本格ミステリー」(冒頭に幻想的な謎、論理的な解決…簡単に言えばその二点)の追随者を求め、彼らのデビューに力を貸した。……が、既に彼らは島田理論に懐疑的なのである。その後の講談社系彼らの作品群を見れば明らかな通り、結局色々な形のミステリが世の中に溢れるようになり、現在に至っている。ただ、氏の理念が全くその通りだとは証明されなかったまでも、一つの「魅力的なミステリの在り方」であることは確かであり、その後'90年代前半の島田氏の創作活動は、基本的にこの理念に基づいていると言える。何人かは真の追随者も、ミステリ界に登場している。
もちろん、当時の出版業界に於ける島田氏の行動は賞賛すべきものである。また改めて読んで、実は氏は社会派推理の批判は全くしていないことにも改めて気付いた。寧ろ、松本清張あたりは賞賛さえしている。氏の思うとおりに世の中は動いたとは言えないが、氏が居たからこそ動いた部分は確かに存在している。

一応、推理小説業界の背景だとかに興味のある人と、島田荘司の熱烈なファン以外には、現在この本を読む価値はあまりないかもしれません。それでも島田荘司の人となり、熱意を知るには好適な一冊かと思います。


99/04/19
夢野久作「悪魔祈祷書」(現代教養文庫'76)

「祷」は正確には旧字。現代教養文庫で今だ重版が繰り返される現役のシリーズ、全五作の第三巻目にあたる。再読のものがいくつかあったが、それでも夢野作品の魅力は全く色褪せていない。感嘆すべきことであろう。大書店、または取り寄せで現在でも入手可能な筈。

古本屋に訪れた男に店主が一冊の本について昔話を始める『悪魔祈祷書』
どこまでも平和な村。最も恨まれているだろう高利貸しの夫婦が殺された『巡査辞職』
戦争中のドイツ軍。衛生兵として戦場に初めて身を投じた男は負傷兵の手当に明け暮れていた『戦場』
天然・自己中心のために関係者に嘘を振りまき、天才的に立ち回る少女をはじめ、バス車掌の女性が陥る疑心暗鬼、尊敬する校長先生の暗黒面を知ってしまった女子高生の悲劇など三部作仕立て『少女地獄』
凶悪な犯罪者が脱走逃亡中、山中の洋館に誘い込まれ不思議な光景を目撃する『白菊』以上、短・中編五作。

改めて感じる夢野の奇想と日常の非日常、非日常の日常
本作品集において中心になるのは'33年から'34年頃執筆された、夢野久作晩年の作品群である。この段階で既に「天才作家」(それが一部のしかもカルト的な意味合いであったとしても)の肩書きは得られていたという。そのプレッシャーがかかる状況下で発表された作品でありながら、夢野の着想、展開の非凡さは健在どころか恐ろしい冴えを見せている。例のごとく書簡や新聞記事、独白などの技法を持って綴られたこれらの物語の中で主人公が絶望、懊悩し、特異な行動に駆り立てられる姿。また逆に戦場の最前線や、脱走中の犯罪者が陥る非日常の状況下での、平々凡々たる日常、常識への感覚の回帰。どちらを表現させても、夢野が描く振り子の振り幅は途轍もなく大きい。日常、非日常、どちら側も一方に感覚を寄せていくのは常人でも可能なのかもしれないが、夢野の場合はその振り幅を意図的に大きくすることで、現実の崩壊感と虚構の現実感の両方を兼ね備えた不思議な世界を醸し出しているように感じる。また夢野世界に於いては、主人公に救済はなく、物語を受け止める読者にも救いはないことが多い。逆にそのことが麻薬のような刺激となって夢野作品の魅力を高めているとも言えるかもしれない。

夢野久作の作品は未だに根強い人気があり、複数の書で入手できる。ただどうせなら、同じシリーズを続けて購入していきたいところだ。どちらにせよ、未読の方は『ドグラ・マグラ』以外の作品から入ることを強くお勧めする。そちらの方が絶対に世界に入りやすい。


99/04/18
貴志祐介「クリムゾンの迷宮」(角川ホラー文庫'99)

黒い家』でミステリ・ホラー界のみならず一般人にも大ブレイクを起こした貴志祐介。角川ホラー文庫に書き下ろされた第四長編。

藤木はごつごつした岩の上で意識を取り戻した。辺りはキノコのような奇岩が地面を覆い、空気は湿っている。一面の深紅色の世界。そしてどうして自分がそこにいるのか、記憶が朦朧としていて思い出せない。見慣れない持ち物を探ってみると、簡易食料と水と共にポケットゲームがあり、画面に集合場所らしき地点が指示されているのを発見し、そこに向かうことにする。その途中、藤木と同じ様な状況に陥っていた大友藍と名乗る若い日本人女性と出会い、共に集合地点へと進む。どこまで行っても変わらない光景。ようやく到着した集合地点には得体の知れない日本人男女七名が待ち構えていた。彼らもまた藤木ら同様、どうしてここにいるのか良く分かっていないようだったが、全員の持つポケットゲームに表示される情報を総合すると、この得体の知れない場所で彼らはサバイバルをしなければいけないようだった。藤木らは四組に分かれ「護身用武器」「サバイバル」「食料」「情報」のそれぞれを求め、再び不気味な荒野を指示された地点に向け、出発する。

ADVゲーム的な設定、展開が魅力のアクションホラーの傑作
十年ほど前に流行ったゲームブックという形式の本がある。読者は物語世界に入り込み、自らの選択により指示されたポイントに進む……。本作の主人公らはそのゲームブックという物語の中に入り込んでしまうのだ。ただ、その前提条件はSFでもファンタジーでもない現実の世界。根本的に「どうして彼らはこのゲームをしないといけないのか」「誰が、何の目的でこのゲームを操っているのか」という謎が澱のように心の底に残る。ただ現実問題として、小装備で奇妙な世界に放り込まれた彼らは日数を経る毎に、想像を絶するサバイバルを強いられる。水、食料、アイテム、そして……。
貴志氏が巧いなぁ、と感じたのは読者の緊張感を巧くコントロールしている点。序盤は「ゲームのルール」の説明から入り、実際のサバイバルへと進めていく。物語の進展と共に徐々に判明していくこのゲームの恐ろしさ。そして終盤の息詰まる展開に至るに緊張感は違った形に変化していく。特にポケットゲームさのファンキーな間抜けさが、主人公が投げ込まれた事態の深刻さを際立たせており、細かい小道具、設定などもきちんと調べられた痕跡が伺え、妙な世界の割に違和感はほとんど覚えなかった。素直に主人公に同化して、怖さを共感できるようになっている。

掴みがとても巧みで、物語世界への引き込み方は素晴らしい。「恐怖」の種類は今までの貴志作品とは少し異質なものかもしれない。ホラーとしてよりも「恐いものみたさ」で味見するのにお勧め。ホラーエンターテインメントとして、設定、物語共に完成度が高い。トータルの力量から今年度の「このホラ」の上位は確実。


99/04/17
鮎川哲也「ヴィーナスの心臟」(集英社文庫'78)

元本は講談社ロマンブックスの『薔薇荘殺人事件』集英社文庫収録の際に本題に改題された。短編それぞれは、判明しているものは'56年から'59年頃に執筆されたもの。問題編と解答編にそれぞれが分かれた作りになっている。

箱根の山荘にて療養している義兄を見舞った浦和が遭遇する惨劇『達也が嗤う』
頑固一徹の老人の宝物が盗まれた『ファラオの壺』
ケチな男の家に訪れた客達。彼らの前で高価な宝石が盗まれた『ヴィーナスの心臟』
山の中に住む発明家が謎の焼死を遂げた『実験室の悲劇』
黒死館を模した建物の中で繰り広げられる惨劇『薔薇荘殺人事件』
映画関係者の集まる山荘で発生した惨劇『山荘の死』
遺産を頼みにする親戚の前で、金満家の男が殺されてしまった『悪魔はここに』以上七編の「問題編」「回答編」

犯人当て推理のはずなのに中身は「本格」短編のお手本
これこそ本格推理の短編。無駄なエピソードを削ぎ落とし、必要な仕掛けは施してある。登場人物はミスリーディングを誘う人数まで含め無駄がなく、選ばれた舞台も閉鎖された山荘や、限られた邸宅内部など必要以上な説明をしない。さらに幾つかの短編に込められた言葉遊び。推理小説のエッセンスだけが抽出されたかのような、研ぎ澄まされた作品群。「本格推理作家」鮎川哲也が乗っていた時期に書かれた作品だけのことはある。
基本的にWho done it?の犯人当てなのだが、その犯人を指摘するためにはロジックがそれぞれ必要。長編で見られるアリバイ崩しは本作にはほとんど見られず、事件のある鍵となる部分に対する必然性を文中から見出すことが出来るかどうか、が大きなポイント。結局のところ、山勘で犯人を当てたとしても楽しい訳がなく、じっくり読むしか鮎川氏に勝利する手はない。私の場合、ほとんど負けましたが、貴方はどうでしょう?

あの伝説の作家、成島りう先生の『浦和が嗤う』は冒頭作品『達也が嗤う』のパロディだという。読んでみたいものだ。もちろん本作『達也が嗤う』も凄いし、『薔薇荘殺人事件』『悪魔はここに』の星影龍三の二作も面白い。かなり価値の高い作品集と思う。


99/04/16
近藤史恵「散りしかたみに」(角川書店'98)

角川書店の「新本格ミステリー書き下ろしシリーズ」の一冊。近藤さんの五冊目の単行本にして、今泉文吾(だと三作目)&歌舞伎女形の小菊のシリーズ二作目。

歌舞伎『本朝廿四孝』を演じられている舞台にて、どういう訳か桜の花びらが一枚舞台の上にひらひらと舞い落ちてくる。この演目には花びらは使われず、その仕掛けもない。女形の歌舞伎役者、小菊は師匠の瀬川菊花より、この謎を探るように言い付けられる。親友の探偵、今泉文吾に相談を持ちかける小菊だったが、文吾はある女性を一目見るなりこの事件から手を引きたいと言い出す。その着崩した和服のよく似合う美しい女性は『本朝廿四孝』を演じている市川紫之助の息子、で同じく人気役者の伊織の恋人だった。伊織は数ヶ月前に暴漢に襲われ、顔に傷を付けられており、役者として奇跡的にカムバックしてきたところだった。小菊と探偵助手の山本くんはどうやら事件がこの二人と関係していることを探り出す。

行間に込められた美しい謎、そして意外で哀しい結末
前作にあたる『ねむりねずみ』同様、歌舞伎世界が舞台。「梨園」という一般人にとって特殊な世界の中では、極端な話、世間の常識というものは通用しない。『ねむりねずみ』を読まなくとも、この粋で激しい特殊世界への導入はスムースで、文章のテンポも良く、読みやすい。「舞台に花びらが一枚落ちる」なんてミステリ作品の謎としては最高に地味なのだけれど、この謎そのものも意外と手強く、さらにプロットを利用した謎も加わり中盤以降、それなりの魅力のある謎が揃っていく。
そして、鮮やかなのはその真相。本格ファンからは反則と呼ばれるかもしれないが、舞台の特殊性と事件の真相を実に有機的に結びつけてある。そして事件関係者の行動も、我々の住む世界とは異なる、「歌舞伎界」という異世界の中では、最も合理的で美しい行動として充分納得させられ、その上で、どうしようもなく切ない気分になってしまう。最後まで読み終えた後で、再び登場人物それぞれの行動に思いを馳せたくなる、そんなミステリ。

ハードカバーにしては少し短い作品のように思えたが、行間に込められた想いが伝わってそんな小さな不満は消し飛んでしまった。歌舞伎が好きな方にも、切ないミステリが好きな方にも。


99/04/15
倉阪鬼一郎「活字狂想曲」(時事通信社'99)

倉阪氏が'89年から'96年まで『幻想卵』という同人誌上に掲載したという「漫文」。もちろんホラーでもミステリでもなく、ひとことで言うと倉阪氏の人生が編み出した「一読必笑のエッセイ」((C)橋詰久子さま)。

倉阪氏(本文中では暗阪)は、さる大手印刷会社の子会社で校正の仕事に就いている。氏曰く、印刷関係の仕事は大抵無理矢理にでも横文字にしているというのに「校正」の仕事だけは古色蒼然「校正」のままなんだそうだ。入稿された原稿に、誤字脱字間違いがないかこつこつとチェックする、地味で根気が必要な仕事で、残業が長く重労働。人の定着率も低い。その一方、出来上がった印刷物はその校正の働き次第で大きく左右される(というか、間違えるとめちゃくちゃ怒られる)。下請け、営業、上司、同僚(!)など人間の出入りもまた激しい職場。そんな中、十三年にもわたってその業界の同一の会社で働き続けた暗阪氏が、シニカルな視点でそのハードな職場環境及び生活を綴るエッセイ。ちなみに同人誌掲載時の題名は『業界の極北で』とのこと。

倉阪視点によるカイシャと人間の爆笑観察エッセイ
サラリーマン的に庶民的?感覚からすると「ああ、自分トコよりひどい職場があるもんだ」とも「まだまだマシじゃないかよ」ともどうしても自分の職場と比較しながら読んでしまうところは仕方がないだろう。(だって私はサラリーマン)「日本で唯一の怪奇作家、倉阪鬼一郎氏の知られざる半生」として読む人もいれば、「印刷業界の内部事情の暴露本」として読む人もいるかもしれない。私は比較職場論をすぐに放棄して「倉阪氏視点の人間観察論」として読んだ。御本人さえ自覚されているように、本文中の暗阪氏的な考え方はあまり「カイシャ」という組織の中での協調をするのは難しそうだ。要するに物差し(価値観)が根本的に違うのだから。校正の仕事の特殊性ゆえか、氏が取り上げる同僚や同業の方々は一般的な組織人からすると、彼らもまた物差しの違う人ばかり。かといって氏とも同じ訳じゃないので、記述される彼らの生態は「みな変」。彼らの仕事ぶり、生活、言動、行動などをデフォルメするでなく、淡淡と描写しているのだが、それが不思議なことに面白おかしいのだ。
それ故「組織」という中での物差しと同じ物差しで世の中全てを眺める人が本書を読んだとしたら、面白いと感じる前に不快になってしまうかも、という一抹の不安もあるのだが。

電車など公衆の前で読むことをあまりお勧め出来ません。吹き出したときに恥ずかしいです。しかし、ホラーでもミステリでもない普通の日々を綴ったエッセイで、こんなに人が亡くなる本を読むのは初めてでした。ほんとうにハードな業界ですね……。


99/04/14
森 雅裕「マンハッタン英雄未満」(新潮社'94)

森雅裕氏の十七冊目の単行本。ソフトカバーの表紙に魔夜峰央画伯によるベートーヴェン、土方歳三のイラストが印象的な表紙が作品内容と非常によくマッチしている。

'93年のニューヨーク。この都市で暮らす貧乏ミュージシャンの青江珠音は教会にて無料の食事にありついていたところを司祭に呼び出される。彼は驚くべき事実を珠音に伝える。彼女が五年前に出産し、死産と伝えられた子供が実は生きており、しかもその子供は人類にとっての「救世主」だというのだ。密かに育てられていたその子供は悪魔の手先により誘拐されてしまっており、悪魔を倒すことが出来るのは聖なる音楽か、聖なる剣のみなのだという。教会は時空の彼方より二人の男を呼び寄せていた。一人は楽聖ベートーヴェン、そしてもう一人は新撰組の土方歳三であった。珠音は教会から彼らを預けられ、悪魔に対し、子供を取り返すための戦いを挑まなければならないのだが、それ以前に時代変化に戸惑う割に我の強い「音楽馬鹿」「サムライ馬鹿」の二人の男達に振り回される。携帯シンセサイザーと古物商に埋もれていた流星刀は現代に蘇った悪魔を倒すことが出来るのか?

魔夜峰央的漫画世界+森雅裕的性格男女三人=奇妙奇天烈物語
森雅裕と魔夜峰央(美少年系ギャグ漫画の第一人者。代表作はやはり『パタリロ!』)は仲がよいというのはかなり有名な話。共通点は創造する人物の口が悪いところ……が真っ先に思い浮かぶのだが、本作、私の読み方に表紙絵が影響したわけでもなかろうが、特に物語世界の創り方が似ている印象。悪魔がいて壮大な計画を実行しようとする。対抗する側には救世主。魔術的な説明でタイムトラベラーがやって来て、その異常性の割に関係者が事態にあまり動じず冷静に対処している。強烈な個性を持ち、好き勝手気まま、そして我が儘、だけど、やる時にはやる登場人物、次々と現れる無理矢理で破天荒な設定……なんだか初期パタリロの名作「スターダスト計画」(だったか)あたりを思いだしてしまった。
実際の物語はやはり森雅。幕末、刀、ベートーヴェン、中世音楽と他の作品でも使われた(ないしはその時調べた?)知識、蘊蓄はさすがのもの。これらの四要素が全て一冊の本に含まれている作品は、森雅裕以外に考えられない。 先に設定ありき、という物語なのだが、それはそれで良し。現代ニューヨークの雰囲気も良く出ているし、おとぎ話として余裕を持って取り組めば、楽しめるはず。

読みながらどうしても「絵的」な部分が頭に想起されてしまう。表紙が強烈なので先入観なしに読むのはちょっと難しいかも。逆にその漫画的なノリを小説で味わいたい方にはお勧め。森雅ファンは当然。


99/04/13
角田喜久雄「下水道」(春陽文庫探偵CLUB'96)

元本は'36年に春陽堂から刊行された文庫では唯一の角田喜久雄の短編集。更に一部が'51年に『蛇男』の題名で再刊されている。優れた探偵小説と伝奇時代小説を得意にしていた氏は'94年に亡くなっている。本作、今だ大書店では購入可能。

向かいのアパートの不具の娘と愛人関係にある男が、隣室に何か異様な雰囲気を感じる『蛇男』
吸い終わった煙草を投げ捨てたことから奇妙な目に遭う男『ひなげし』
美人から、突然に車の運転を頼まれた男は知らず知らずのうちに不思議な高揚感を覚える『豆菊』
怪我をしたという一人息子のために雪山を案内人と共に彷徨う、ある資本家『狼罠』
戦争直後の上野。ペリカンが飲み込んだ盗品を巡るどたばた劇『ペリカンを盗む』
前作の主人公がそのまま登場、犬の傷口に縫い込まれた宝石を巡るどたばた劇『浅草の犬』
一通の俳句の上の句を聞かされ、小金とピストルを渡された三人の編集部員の一晩の冒険『三銃士』
幼い頃から、資本家と戦って敗れた父親に「復讐」を叩き込まれた男の悲劇『発狂』
スキー場で親友が遭難事故で死んでしまい後味の悪い思いをする男『死体昇天』
仕事に困っていた時に、酒場で手帳に書いてある文字を読んで唇を動かせ、と頼まれ実行したところ……『密告者』
人の恨みをほうぼうで買っていた、悪徳資本家が頭を強く打って死亡。その現場には複数の人間の痕跡があった『ダリア』
様々な品物の連続盗難現場に残される意味ありげな「Q」の文字『Q』
大雨の中の幻想的な光景から始まり、風呂屋で発生した絞殺死体の事件が。しかしそれは不可能犯罪だった『下水道』

角田喜久雄は、実にどの分野を書かせても優れている!
本作、伊達に十三編の収録作を誇っていない。ショートショートっぽいストーリーから、短編の本格推理、犯罪小説、幻想小説に近い作品、喜劇、悲劇でも何でもある。本職ともいえる伝奇時代小説は全く収録されていないにもかかわらず、これだけ様々な分野で、それぞれレベルの高い作品が残されているとは、角田喜久雄という人物に改めて驚いた。まず、設定が多様。資本家、貧乏人、会社員、自由人、男、女、老人、若者と主人公や脇役の設定も思うがまま。舞台も大正後期から昭和初期と、時代こそ変わらないものの、大都会、田舎、下町などなど多彩である。共通して言えるのは、論理と一種不可解さの不思議な同居だろうか。論理に基づいて行動する主人公、だが、その彼らの中に一種形容しがたい不可思議な感情や行動が挟まれるのだ。その点が作品そのものに、謎とも幻想ともつかない魅力を付け加えているように感じた。
創元推理文庫の『角田喜久雄集』にも収録されていた『発狂』と『死体昇天』を除くと、本作収録の傑作はやはり表題作たる『下水道』が光っている。冒頭に登場する倒錯的性欲原理に満たされた女性。彼女は大雨の深夜、滔滔と雨水が流れ込む下水道に素っ裸で入り込む。メインのプロットは風呂屋で首を絞められ殺されていた男の犯人探しの論理的な探偵小説であり、それと彼女がどう繋がるのか?彼女の不可思議な行動が不気味な魅力となっている傑作だ。

収録数が多いので全作品が万人受けすることはないかと思う。しかし短編だけながら角田喜久雄の魅力は感じて貰えるものと確信できる作品集。ああ国書の『奇蹟のボレロ』が欲しいなぁ。


99/04/12
江戸川乱歩「江戸川乱歩集 日本探偵小説全集2」(創元推理文庫'84)

創元推理文庫で乱歩再読を図る私が陥っていた盲点。創元の乱歩の基本はまず本書に収録されている。しかし、この分厚い文庫は、読み応えだけでなくそのラインナップも凄い。

説明不要?の名作の数々。
乱歩のデビュー作品で乱歩本格の代名詞『二銭銅貨』『心理試験』
戦前の乱歩の奇想を示す変格の短編『屋根裏の散歩者』『人間椅子』『鏡地獄』
理想郷実現を巧妙な奸智を以て実現に向かわせる美学とも言える名中編『パノラマ島奇談』
乱歩の思想のエッセンスが詰まり、しかも陰惨と甘美な雰囲気を併せ持つ長編『陰獣』
再び、乱歩の幻想的な思想と感覚の詰まった短編『芋虫』『押絵と旅する男』『目羅博士』
還暦を過ぎた乱歩が戦後に著した長編の収穫作品『化人幻戯』
同じく戦後に書かれた凝った短編『堀越捜査一課長殿』
長編二つを含む、十二作もの名作が一冊に込められた、まさに集大成と呼べる作品集

一冊で乱歩の美味しいところ総取り。これを読めば取り敢えず、語れる。
短編、長編とも、半数以上が再読、再々読、再々々読……だったにも関わらず、相変わらず興味深く読めた。「乱歩の本」という意識が無くとも、アンソロジー等に収録されていることも多いし、ドラマや映画となった作品も多々あり、ほとんどの方が「どこか懐かしいような気分」になるのではないだろうか。というのも、中島河太郎、戸川安宣、宮本和男(北村薫)という巨頭三氏による作品セレクトが、絶妙であるから。乱歩の入門書としても、読み込んだ読者の座右の書としても、取り敢えず乱歩を久々に……という方のためにもどうとでも使える最高の書であろう。
それにしても、乱歩が本当に偉大な作家であることを、改めて実感する。初期の論理に基づく推理を基調にした小説から始まり、タブーとされるような事柄を小説の世界に取り込み、自らの幻想や心理を巧みに体現し、探偵小説読者の底辺を広げるような大衆的な新聞連載作品までも著した。さらに、本作には収録されていないが、我々の世代の探偵小説の原体験となる少年ものも多数出版、海外の優れた探偵小説の紹介、現在でも評価の高い評論分野での業績も大きい……。恐るべし、大乱歩。乱歩の前に乱歩なく、乱歩の後に乱歩はない。

『陰獣』の竹中英太郎画伯の挿し絵も復元されており、巻末には乱歩年譜も。乱歩本は数あれど、新潮文庫の『江戸川乱歩傑作集』を越える、創元社の功績とも言って良いような珠玉の作品集。特に乱歩を改めて読んでみようか、という若い世代の読者に、自信を持って勧めることの出来る一冊。


99/04/11
都筑道夫「くらやみ砂絵 なめくじ長屋捕り物さわぎ」(角川文庫'82)

御存知、なめくじ長屋捕り物さわぎのしりぃず第二作目。この巻より仲間となるイブクロも登場。現在は光文社文庫版にて新刊書店で入手が可能。

商家のどら息子が父親怖さに評判の坊主に父親の呪殺を依頼する『不動坊火焔』
大商人で亡くなった旦那の死体が人を刺し殺して逃げ出した『天狗起こし』
見せ物小屋の女性の太股に浮き上がった「良さん死ぬ」の文字『やれ突けそれ突け』
近頃評判の女性手品師の芸を見るために商人に呼ばれたセンセー『南蛮大魔術』
江戸に聳える半鐘から落ちた刺殺死体。しかし半鐘の上には誰もいなかった『雪もよい明神下』
見事な羽子板の押し絵が切り裂かれる時、そのモデルとなった人気役者が次々と毒牙に『春狂言役者づくし』
二人の男が天狗の面を被って殺された。しかし彼らは死体となった後に強盗に入ったという『地口行灯』以上七編。

捕り物さわぎはやっぱり完全なミステリである
時代劇は類型化が簡単に出来る。善良な人間が無惨に殺され、町娘が襲われ、江戸市民が恐怖に怯える。裏に存在するのは決まって悪徳商人○○屋(お好きな文字を入れましょう)と結託した悪徳武士。必ず武士は山吹色を囓り「お主もワルよのぉ」とつぶやき商人と共に高笑い……岡っ引きは彼らの悪事を暴き、巧妙な制裁を加えて、平和を取り戻してちゃんちゃん。隆盛を誇る捕物帳はこの形式のバリエーションであることが圧倒的に多い。確か謎はある。しかし、それはあくまでストーリーで隠しているだけで、決してミステリファンの期待する謎ではないだろう。
都筑氏が本シリーズを執筆した動機は、世間に氾濫する勧善懲悪義理人情の安易な捕物帳でなく、江戸時代を舞台にしたきちんとした推理小説を書きたい、と考えたからだというのは有名。その理想として挙げられるのは岡本綺堂の『半七捕物帳』、久生十蘭の『顎十郎捕物帳』などである。本シリーズにも言えることなのだが「提示される謎が充分に奇妙」なのが、ポイント。本作品集では、押し絵に描かれた役者が殺され、犯人のいない場所で被害者は刺殺され、手品師は月へセンセーを連れていく。死体が人を殺したり、強盗を働いたり、坊主は人を呪い殺したり、当時の人が信じても、現在の世の中では有り得ない謎がスマートに提示され、それぞれきちんと論理的な解決に結びつけられている。そして一作でもこのシリーズに触れた人なら御存知の登場人物の魅力。センセー、マメゾー、ガンニン、オヤマ……一癖も二癖もある彼らの活躍はこの世界の魅力を何段階も高めている。これは読んで触れてもらうしかない。

実はこのシリーズ、最初の作品が発表されて二十年以上になる現在も続いている。最近の都筑先生の新作は評論を除くとほとんど「なめくじ長屋捕り物さわぎ」ではないだろうか。都筑作品の中では最も手に入れやすく、そして恐らく若い読者にも最も親しみやすいシリーズかと思う。