MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−過去の書評群 (掲載順)−  


99/04/30
浜尾四郎「博士邸の怪事件」(春陽文庫探偵CLUB'96)

貴族院議員にして探偵小説家、若くして夭折した浜尾四郎。彼は四つの長編(一つは未完)を遺したが、そのうち最初に執筆された長編にあたる『博士邸の怪事件』、それに短編『不幸な人達』を加えたもの。

偏屈な歴史文学の研究者、簑川博士は七時より生放送するラジオ番組に出演するためラジオ局に来ていた。準備時間に妻の百合子から「大阪の母親が死んだ、すぐに大阪に出向きたい」という電話を受け取る。ところが、放送を終えて急ぎ帰宅した博士は、首を絞められ冷たくなった妻、百合子の死体を発見、探偵の藤枝真太郎に相談の上、警察に通報する。ところが検屍の結果、百合子の死後硬直の状態から昼の一時には殺されているように見受けられた。関係者を調べてみると百合子の母親は実は資産家で、百合子の死亡時間によって利益を受ける人間が違うことが判明。また百合子は前夫から脅されており、前科者の前夫は百合子が七時過ぎまで生きていた、と証言する。また百合子の死体の下から出てきた手紙からはよりによって藤枝が助手に使っている井上青年の手跡になるものだということが分かり、捜査は混迷を深めていく。(『博士邸の怪事件』あらすじ)

(ある一点に目を瞑れば)二重三重の論理で固められた完璧な本格推理小説
ある一点……それはネタバレになるので言えないのだが、読者に予備知識として与えられていない事実が推理の証明に必要となる点、とでも表現したら良いのだろうか。問題の核たる部分である。でも、これは戦前の純然たる本格、その点は皆さん、進んで目を瞑るように。そうすればこの不可解な事件に対して、何人も存在している探偵役が様々な角度から検討を加え、それぞれ異なった推理を披瀝し、それぞれが説明がついていく過程は驚けるはず。戦前の作品の中にあって、このこだわりは嬉しい。事件そのものは一人の女性の死だけなのだが、多数の関係者(無駄はない)を登場させて、解釈の仕方が増えていくように巧妙に仕組まれている。文章も平易で、後期の短編に見られた「浜尾氏の主張」という意志の存在もなく、本当に純粋な探偵小説だ、と感じさせられ大いに満足。

春陽文庫で入手可能な今のうち、でしょう。今更ながら浜尾四郎が寡作だったことが残念です。それにしても、うう『鉄鎖殺人事件』……読みたい。


99/04/29
江戸川乱歩「黄金仮面」(創元推理文庫'93)

戦前の人気雑誌『キング』に'30年から翌'31年まで連載された作品。『キング』誌が大衆雑誌であったことから、乱歩は出来る限りの健全性を意識して執筆したという。

東京中で奇妙な人物が噂になった。黄金色のマスクを被ったその姿は銀座のショーウィンドウ、東海道線の踏切など十数人もの人に目撃されていた。そして四月、上野公園で大博覧会が開催されることになり、国産随一と言われる「志摩の女王」と呼ばれる大真珠が展示されることとなった。警備体制は万全の筈だったが、その場に現れたのが件の黄金仮面。彼は巧妙な手段で真珠を手に入れると、必死の警官の追跡を奇想天外な方法で振り切り、逃げ果せてしまった。続いて日光の鷲尾侯爵亭にフランス大使が訪れた際に、再び黄金仮面が登場。国宝級の仏像を盗み出し、これまた明智小五郎を含む警官隊の必死の追跡虚しく、やはり逃走に成功する。神出鬼没の怪人に対して名探偵、明智小五郎が全知全霊を傾けて戦いを挑む。

黄金仮面VS明智小五郎。純粋冒険推理活劇
黄金仮面は誰でしょう?
乱歩の通俗長編において「犯人は一体何者?」というテーマは、各作品ともかなり重要なポイントとなっている場合が多い。それが本作品に関しては全くの予備知識なしに取り組んだとしても三分の一程度まで読み進めば、誰にでもこの「何者?」の答えは容易に埋められるものと思う。ただ、作品としての興趣がその段階では決して損なわれないのが本書の凄さか。恐らくその理由は物語が「活劇の連続」である点と余りにも偉大なその人物と明智との「勝負の行方」が最後の最後まで気になるから。
大博覧会の会場、別荘地とその裏の湖、仮装パーティ会場と、舞台装置そのものの明と暗の独特の雰囲気を取り混ぜ、所狭しと暴れ回る敵と明智の動きには、ページを捲る手さえもどかしく感じる。それぞれの「戦い」において明智は、敵は一体誰に化けて、どこから現れ、どんな役割を果たすのか。結局最後の一行を読み終えるまで、読者の興味は持続させられてしまうのだ。

本作の雰囲気は他作に比べ確かに健全。しかし、その健全さの中に見え隠れするごく僅かのいかがわしさが、良いスパイスとなって効いている。最終的にはストーリーテリングの巧さに集約されるのだが、やっぱりこの雰囲気は乱歩しか出せまい。余談だが、この創元推理文庫版の竹本健治による乱歩解説は、乱歩作品のエロティズム、マゾヒズムなどの特徴を見事に分析した佳品かと思う。


99/04/28
井上雅彦編「グランドホテル」(廣済堂文庫'99)

全編書き下ろしのアンソロジーシリーズ、<異形コレクション>の第九集にあたる。第一集こそ読んでいるがいきなりすっ飛ばしたのはある事情があるのだけれど。

東京近郊のリゾート地に建つ歴史と伝統を誇る「グランドホテル」建物は改築を重ねた木造ながらその格式は宿泊料金を含め並び立つものがない。そして世間の人々の間には「ヴァレンタイン・デー」の晩に「グランド・ホテル」に宿泊するといいことが起きる、という噂がまことしとやかに流れていた……。この日のこのホテルを舞台にし、繰り広げられる様々な場面を切り取った短編小説(含むイラスト・写真)は以下、二十三編の超豪華競演。
新津きよみ『ぶつかった女』 芦辺拓『探偵と怪人のいるホテル』 篠田真由美『三回特別室』 奥田哲也『鳥の囁く夜』 −インターミッションI、五代ゆう『To・o・ru』 山田正紀『逃げようとして』 恩田陸『深夜の食欲』 森真沙子『チェンジング・パートナー』 村山潤一『Strangers』 京極夏彦『厭な扉』 田中啓文『新鮮なニグ・ジュキペ・グァのソテー。キウイソース掛け』 難波弘之『ヴァレンタイン・ミュージック』 田中文雄『冬の織姫』 −インターミッションII、倉坂鬼一郎『雪夫人』 飯野文彦『一目惚れ』 斉藤肇『シンデレラのチーズ』 本間祐『うらホテル』 榊原史保美『運命の花』 北野勇作『螺旋階段』 竹河聖『貴賓室の婦人(レディー)』 津原泰水『水牛群』 菊池秀行『指ごこち』 井上雅彦『チェックアウト』

切り取られた画の中からぼんやりと浮かび上がる、恐怖の館
基本的コンセプトを合わせてあるので非常にまとまった印象を受けた。そしてその枠の中で各作家がそれぞれ持ち味を出して様々なタイプの世界を繰り広げている。館に棲み着く物の怪、館そのものに飲み込まれる人、館の因縁話あり、館で起きるサイコな事件ありとヴァリエーションがきちんと広がっており、異なった怖さを味わうことが出来る。特に井上氏が途中に挿入するインターミッションがホテルの異常な雰囲気を出すのに高い効果を上げている。気に入った作品は色んな意味で沢山ある。一応、田中啓文『新鮮なニグ・ジュキペ・グァのソテー。キウイソース掛け』料理を題材にしたこの短編、着想、まとまり具合、そしてグロさが非常に心に突き刺さる佳品。徐々に「何かある」という雰囲気を巧く盛り上げている恩田陸『深夜の食欲』、現実と非現実の錯綜、出だしとラストのスパイスが心地よい倉坂鬼一郎『雪夫人』、宝石と貴婦人という小道具が「グランド・ホテル」にきっちりマッチした竹河聖『貴賓室の婦人(レディー)』などを挙げておきたい。京極氏の作品は巧さが勝ちすぎて、短編小説としては優れていても、ホラーとしては落ちが見えて少し残念。
某所でも述べたが井上雅彦氏自ら書いた『チェック・アウト』この趣向は賛否両論あるようだが、私は「雰囲気」という点を重視したいが故に、解体の仕方に疑問があり多少辛く感じた。

これだけの作家が競演して「グランドホテル」という一つの大きな大きな物語を創り上げた、とも言える。この企画そのもの、この舞台を提供して下さった井上氏には、それでもやっぱり拍手。小説における怖さを手軽に味わえるという点で、本シリーズ、値段以上の価値があります。


99/04/27
日影丈吉「応家の人々」(徳間文庫'82)

内部の真実』と並ぶ日影丈吉氏の代表作の一つ。'71年に刊行され、ベストセラーとなった作品。文学的な香りが漂い来るミステリー。

第二次世界大戦前、台湾が日本の属国として扱われていた頃。思想犯を追う密偵を命ぜられ, 久我中尉は、ブラックリストに新たに掲載されたという中学校教諭の様子を確かめるため台南の田舎町へ向かう。その街では半年前に警部が刺殺される事件があり、更にその警部の未亡人、珊希に執心していた一人の男が毒殺されるという事件が発生していた。現場となった場末の飲み物屋には、その中学校教諭、品木と珊希、殺された男と同居していた黄という男が居合わせていたが、現場や彼らの所持物まで徹底的に調べたにも関わらず、毒物の痕跡は見当たらなかった。この怪事件を調査する久我はいつしか、不思議な魅力と奔放な性格を持った珊希に心知らず惹かれていく。しばしの平穏な時の後、事件の重要参考人だった黄も失踪、更に珊希自身も品木宛の手紙を残して姿を消してしまった。

オリエンタルな雰囲気が悪女の蠱惑を引き立てる
常春の台湾の気候、エキゾチックな風俗、複雑な感情を持ちながら数十年にわたる植民地としての生活に慣れきった現地の人々。人々が、土地土地が、ちょっとした小物の一つに至るまで香り立つような独特の雰囲気を醸し出している。実際は優秀な人物でありながらも任務は任務と割り切り、決して熱心に職務をこなしているように見えない主人公の久我。彼にしても、珊希の周辺をうろつく男性群にしても、久我が色々と話を聞いている人々にしても、捉え処のない雰囲気を持っている。過去の事件、現在の事件、現在進行中の事件と、人が多数原因不明の死を遂げるにしては展開も平板で、ミステリとしては地味な部類かも。それでも本作品が不思議な魅力を湛えているのは、この「雰囲気」の存在に他ならない。別天地を鮮やかに描ききり、そこに事件を持ち込んで逆に事件を舞台に溶け込ませてしまっている。推理小説としての印象よりも「土地に生き、島に生きる」人々の息吹、逞しさ、強かさを描いた部分の印象を強く感じるのは、私だけだろうか。

さりげなくも気を使われている文体。多少取っ付きにくいかもしれなくとも、手招きされているような不思議な気分に入り込むのに、それほど時間はかからない。広く深い世界を持った作家である。


99/04/26
土屋隆夫「粋理学入門」(角川文庫'76)

土屋氏の短編集。現在は光文社文庫にて『小説 離婚学入門』という題名に変えられてラインナップに加わっている。しかし、角川版の題名の方が洒落ていると思う。

離婚願望を持つ男の許を訪ねた「離婚促進協会」という団体の男『離婚学入門』
トリックを考えながら、小説にすると人に先を越される男の考え出した商売とは『経営学入門 トリック社興亡記』
役所を訪ねてきた見窄らしい男は厚生課長に公衆便所に関するアイデアを買ってくれ、と申し出た『軽罪学入門』
一軒のバーを出ると、見知らぬ女が男の袖を引き「お姫様」と会わせてあげると告げた『再婚学入門』
完全無欠の密室に住む作家の許に訪れた編集者。彼らの間に諍いがあって……『密室学入門』
若い妻を貰った男性が、不貞を疑うあまりにその妻を自ら罠に仕掛ける『粋理学入門』
川端康成のガス自殺の真相を知るという男の存在を知った新聞記者が彼に接近する『報道学入門』
選挙戦に卑劣な手段で敗れた男がライバル議員に持ちかけたアジアからの土産『媚薬学入門』以上八編。

軽いノリに込められた人生の皮肉。巧みな技
全部で八つの短編全ての冒頭に、作者から読者への「作品案内」に相当するモノローグが付けられている。これがそれぞれの「掴み」として抜群の効果を果たしている。例えばテレビ番組「世にも奇妙な物語」でタモリが冒頭で「あなたにはこんな経験がありませんか……?」などと視聴者に語りかけてくる、そんな雰囲気によく似ている。そこから語り出されるのは離婚であるとか、脅迫であるとか、密室であるとか、一つ一つのテーマだけを取り上げると推理小説で使われる普通のテーマなのであるのだが、土屋氏の「冷たい側面」(私はそういう部分があると思う)から語られるそれらの物語は皮肉に満ちたもの。その仕掛けも二重三重のどんでん返しが仕組まれ、凡百のショートストーリーとは完全に一線を画した短編推理であり、全てに満足できた。味わうのは「小説」を楽しんだ心地よさ、か。土屋氏の乾いた登場人物への視線が厳しく、主人公らに感情移入してしまうと結末で暗くなってしまうから。

いや「名人芸!」です。引き込み方から、展開、結末まで、徹底的に計算され読者への影響を考え尽くして作られた、珠玉の作品群。短編だからこそ、その効果が光る。ショートショートを読むくらいの気軽な気持ちで、しっかり楽しめます。


99/04/25
佐々木丸美「夢館」(講談社文庫'88)

幻のカルト作家、佐々木丸美の「館シリーズ」の第三作目にして完結編。『崖の館』『水に描かれた館』では既に喪われた存在であった謎の少女、千波が主人公を務める。

四歳の女の子、千波は両親が交通事故で他界した時に、夢で見た「ガラスの家」を探しに歩き出した。ようやく行き着いた旧家の庭園。そこで泣きじゃくる私はその家の若き当主、吹原恭介に抱き上げられた。迷子としてその家の居候となった千波は、紆余曲折の後にその家に引き取られ、育てられることになる。吹原家には住込の執事、女中、秘書らが住んでいたが皆、歪んだ形で当主の吹原氏のことを慕っていた。彼に恋い焦がれ、冷たくされた女性は本当に身体を悪くして死んでしまうほど。そんな中、千波は、吹原氏が生まれる前から自分が巡り会うべき人物であることを、知っていた。そして吹原氏は千波を置いたまま、インドへと旅立つ。千波は一年、一年と成長を続けながら吹原氏の帰りを待ち続けていた。一方、当主のいない吹原家ではいろいろな軋轢が発生、親友の巴田氏や堂本氏が、事件を取りなしながら何とか持ちこたえている状態だったが、吹原氏は何を思ったか、七年のインドでの研究生活が終わるとそのままイタリアへ向かってしまった。そして千波は十六歳となった。

余りにも美しく、切ない三部作の完結編
これはやはりシリーズは通して読むべきだろう。第一、第二作を通じて人々の心の中、回想シーンでのみ登場した千波。なぜか彼女が幼女として登場する。しかも一人称形式で描かれるのだ。しばらく読むと、今まで登場してきた「千波」と本作に登場する「千波」の境遇が異なっていることに気付かされる。果たしてこれはどういうことなのか?今まで書かれなかった事実があるのか、それとも仕掛けがあるのか?このあたりがミステリ的な興味にはなるかと思う。しかし本作はミステリを越えた「永遠の愛の物語」として読みたい。純粋なミステリファンはこの作品の骨子となっている、大きな設定に対し異を唱える人もあるだろう。しかし続けて読むと、この「館の世界」における整合性ということは、一見儚げながらも、意外と堅牢に構築されていることに気付くはずだ。その土台となっているのは女性的視点から見た「愛」。これが嫌味でないのが、本シリーズの一つの特徴か。しかしサイコ、というか精神世界の作品への取り入れ方が本当に巧い。

読む人の気分や、背景によって本作は哀しくも切なくも嬉しくも読めると思う。三作続けて読んだ後、佐々木丸美の世界に魅了されている自分に気付く。


99/04/24
黒岩涙香「黒岩涙香集 日本探偵小説全集1」(創元推理文庫'84)

乱歩の時代より遙か以前に、近代探偵小説の祖とも言われるべき人物がいた。明治時代に海外物などの翻案を得意としていた作家、黒岩涙香。彼の作品より二編。1889年(明治22年)に発表された(現在より百年以上前!)に創作された探偵小説、『無惨』と、1892年(明治25年)に刊行された『綾にしき』に収められた作品で翻案されたものらしいが原作不明『血の文字』

身元の分からない男の他殺死体。溺死体のうえ、頭に叩き割られたような傷があり、後背にもいくつか裂傷があった。この死体について、二人の探偵、ベテランの谷間田、新人の大鞆が互いに推理を競い合う『無惨』
アパートの隣に住む不思議な行動をする隣人。その人の怪我を治療してやったことから仲良くなった「余」は実際の事件の現場に遭遇する。一人の老人がナイフで刺されて血塗れで死んでいたのだ。老人は左手でMONISI、とダイイングメッセージを残していた。ただ一人の親戚にあたる甥で、名を藻西という男が警察の追及によりあっさりと犯行を認め、一件落着と思われたが……『血の文字』

重厚、肉厚、迫力。時代ごと受け止めたい
新仮名遣いに改められたとはいえ、文体そのものが明治の文章のために非常に入りにくい。この探偵小説集を一巻から入ろうとして、黒岩涙香で挫折した人は相当数に上るのではないか。句点を読点代わりにするスタイル、改行無しの説明付き会話文など、独特の特徴が多い。確かに読みにくい。が、その点は逆手に取って考えたい。当時の文章であるからこそ、当時の時代風俗を映す真の鏡であると考え、作品世界に思いを馳せるべきだろう。この当時(年代を見よ)にこれだけ論理が編み込まれた作品が生まれているという点は脅威であり、また世界に誇れることかと感じる。


99/04/24
小酒井不木「小酒井不木集 日本探偵小説全集1」(創元推理文庫'84)

元々随筆を新聞に連載していた不木は、'20年(大正10年)雑誌『新青年』の編集長の森下雨村に求められ、探偵小説に関する仕事をこなすようになる。創作を始め、評論、研究、随筆、翻訳と全てをこなしたマルチプレーヤーであった。

頭が良いのに手許が無器用なため人から罵られ続けてきた医学生が、先生にある手段を以て復讐を図る『痴人の復讐』
友人に最愛の女性を奪われた男性が、様々な感情を持ったときに心臟の鼓動をグラフに描く研究に没頭し、結婚するその友人にあるものを送らんとする『恋愛曲線』
ある未亡人が変死した事件で、警察に呼ばれた死亡診断書を作成した医者。彼の供述から意外なことが明らかに『愚人の毒』
精神医学の研究をする二人の研究者が自らの理論を実践するため、奇抜な手段を用いて相手を欺く『闘争』

医者の目を通した冷徹な研究者による探偵小説
なるほど、探偵小説としては未熟な部分もある。登場人物の描写が寂しく、プロットも目の肥えた我々からすれば工夫の余地がありそうだ。しかし、作品全体に流れる「冷たい人間観察眼」が、読者を惹き付けてやまない。そしてこれらの作品を読む限り、感じられるのは医学博士としての経験と知識から導き出された「奇想」。奇抜な着想が小酒井作品の根幹にある。

同時期の探偵小説作家と比べ、独自の路線を貫いたのではないか、と推察される創作群。グロも含む「奇想」をベースとした作品は、多少読者を選ぶかもしれない。


99/04/24
甲賀三郎「甲賀三郎集 日本探偵小説全集1」(創元推理文庫'84)

'23年に雑誌投稿により『真珠塔の秘密』を世に出した甲賀三郎は、翌年『新青年』に『琥珀のパイプ』を発表、軽妙な筆致で次々と作品を生みだしていく。応用工学を専攻し、農商務省に勤務していた経歴からか物理トリックも多いが、自らを「本格」と呼ぶように、短編では真っ向からの探偵小説にも力を注いだ。

吹き荒れる嵐の中、隣組による夜警が火事を発見、中に飛び込むと留守番夫婦と子供が死んでいた。しかし彼らは焼け死んだのではないことを松本という新聞記者は見破り、警察に進言する。『琥珀のパイプ』
聖書会社より勝手に聖書を持ち出し販売していた宣教師の男、支倉。警察の手を掻い潜って逃亡を始めた男は前科持ちの悪人であった。また彼が過去に住んだ家は必ず火事で焼けており、保険金の詐取の疑いや、女中を手込めにして病気を移した上、殺害したのでは、と次々に余罪が浮かび上がってきた。躍起になり彼を追う警察だったが、逆に支倉から警察を愚弄する手紙が毎日のように届く。甲賀の代表作の一つとされる長編『支倉事件』
塔の中で蜘蛛の研究に励む学者。彼のライバル学者が蜘蛛に怯えて助手の目の前で塔から飛び出して転落死してしまう『蜘蛛』
学生時代の貴族の友人が、突如日本アルプスの雪渓を掘削するという大事業を始めた。その真意は?『黄鳥の嘆き』
別荘の中で一人の男が死んでいた。彼は従兄弟と待ち合わせるために別荘に来て、そのまま発作で亡くなったらしいのだが……『青服の男』以上、短編四編と長編が一編。

天性の語り部。乱歩に次ぐ人気だったことに改めて頷く
収録作品のバランスもあろうが、『支倉事件』に関しては犯罪実話記録だという。後半の獄中に入ってから、関係者に呪咀の言葉を吐き散らす支倉の執念深い行動にはその雰囲気が伝わってきたのだが、前半の支倉対警察との巧妙且つ大胆な鬼ごっこの部分は創作とは思われない迫力に満ちている。逃亡の巧みさ、巧妙な連絡方法など、リュパンを彷彿とさせる。この展開には好き嫌いがあろうが、前半のスピード感、後半の重厚感それぞれ、甲賀の筆致により眼を離させない内容に昇華させられている。
そして他に収録されている四つの短編がまた、凄い。着想、舞台設定、プロットの妙。互いに互いをカバーし合って多少無理のあるトリックだろうと、違和感を覚えさすヒマもなく一気に読ませてしまう。力技と繊細さを併せ持つ、現在まで思い至ってみてもかなりのレベルの高い作家だったことが感じられる。

甲賀三郎はもっと再評価されるべき作家の一人であろう。長編で見せる活劇的面白さだけでなく、短編の冴えも素晴らしい。もっと読みたい。


99/04/23
山田風太郎「自来也忍法帖」(角川文庫'81)

'66年に『漫画サンデー』に連載されていた作品。忍法帖というジャンルが作者のやる気と人気と共に絶頂期にあった頃のもの。

天保八年の十月、将軍家斉が御三家はじめ大名たちに亥子餅を賜る行事のさなか、伊勢から上野にかけてを支配する、藤堂潘三十二万石の跡継ぎである藤堂蓮之介が突如、四つん這いになって倒れ伏した。彼は身体を上下に揺らしながら夥しい量の精液を撒き散らしながら悶絶、そのまま死亡した。断絶を怖れる藤堂家の家臣は将軍家の実力者中野翁の許に相談に駆け込むが、彼は自らの孫で家斉の第三十三子たる石五郎を蓮之介の妹、鞠姫の許に婿入りさせるよう要求する。しかし、石五郎は唖でしかも頭が弱かった。甲賀蟇丸という忍者を連れ、やって来た石五郎は鞠姫の癇癪を誘い、鞠姫は上野の城に逃げ出してしまう。実は全ては藤堂潘の乗っ取りを企む伊賀忍者の末裔、服部蛇丸の計画によるものであった。蛇丸は石五郎を亡き者にせんがために五人のくの一を石五郎の許に送り込む。彼女ら全員と交わると、蓮之介同様の死に襲われることになる。しかし彼女らは白い覆面を被った「自来也」と名乗る忍者に撃退されてしまい、なかなか石五郎に近づけない。

月光仮面を彷彿!「自来也」とは一体誰なのか?
普通のヒーローもののドラマなりアニメなりを想定しよう。その場合、世間一般の人はその正体は分からない、としてもテレビの視聴者は、その正体について知っているのが普通だ。仮面ライダーしかり、ゴレンジャーしかり。一方、本作の場合、最後の最後までこの正義の覆面忍者の正体は明かされない。その興趣を残したまま、物語はジェットコースター的風太郎忍法帖の世界で、ぶっ飛ばしていくのだ。これが、面白くないわけがない。また歴史をかなり正確に作品に反映させる風太郎だが、本作の場合、大枠の設定こそ歴史的人物を配しているものの、ある藩の内輪の権力争いを題材に取っていることもあり、かなり自由度の高い内容。彼らが暴れ回る、自由自在な忍法帖世界を素直に楽しもう。
本来の「児雷也」は蝦蟇の妖術を使う児雷也という義賊が、蛞蝓の術を使う綱手という女性の助けを借り、大蛇の精を受けた怪賊、大蛇丸と戦う……草双紙の名作で歌舞伎でも人気を博した物語で『児雷也豪傑譚』と題される。これが下敷きにはなっているがあくまでネーミングのみ。スケールそのものは負けずとも劣らず、読後の寂寥感と幸福感は味わったものしか分からない。

本作に関しては'60年代以降に出版されたのは角川文庫版しかなく、当面復刻される予定もなさそう。従って読むことに多少の困難があるかと思うが、その価値はあった。あとは貴方次第。


99/04/22
岡嶋二人「ツァラトゥストラの翼」(講談社文庫'90)

岡嶋二人の作品としては十四作目。丁度岡嶋名義の作品としては中間点にあたる作品。本格ミステリとしては数少ない正統派完全ゲームブック。(ゲームブック:読者が選択肢に従って、指定のページを順に読んでいくことにより、選択によって複数の結末が存在する形式の本。'80年代初頭に一大ブームがあった。)

総項目数四百六十でイラスト満載。もちろん致命的にミスを犯してしまったときはそれなりの結末が待っている。また、ファンタジーRPGゲームブックのようにサイコロを振る必要はないが、重要な証拠なり情報を得た際に、チェックが必要。
読者は登場人物たる「オレ」と共に物語を選択、進めていく。鹿島英三郎というお金持ちが殺され、その男が所有していた高価な宝石「ツァラトゥストラの翼」が盗まれたという。「オレ」は殺された男の義理の息子、鹿島清志から依頼され、その宝石を取り戻して欲しい、という指示を受けている。さて、あなたはどうする?鹿島邸に行くなら119へ。警察に行くなら226へ。依頼人に会うなら376へ。

本書を一冊コンプリートするなら、落ち着いた時間と落ち着いた場所、そして忍耐と根性
最終的には「密室殺人の犯人当て」「暗号を元にした宝石探し」の二点に集約される。「犯人当て」は密室殺人ではあるが、奇抜なトリックというわけでもなく逆に密室であることがヒントになっている程度。丁寧な類推、ないしはアリバイや犯行方法を類推すれば簡単に犯人に辿り着くはずだ。反対に暗号の謎解きはかなり難しいし、実際にそれが解けないと物語が進まない。救済措置として巻末に袋とじの暗号解読方法があるものの、使用しないにこしたことはない。ただし、暗号を解いた後の宝石探しもかなりキツイ。またゲームのエンディングをちゃんと迎えるためには「謎を解く順番」もきちんと作者の意図をくみ取って正しく辿る必要がある。覚悟せよ
「ミステリのゲームブック」という形式で生き残っているのは本作が最後だと思う。このジャンルの本がもう出版されておらず、この形式は家庭用ゲーム機へと引き継がれている。実際問題、久々にゲームブックをプレイしたが所定の箇所を探すのに疲れてくる(ゲーム機だとこの部分が軽減化される)。またどうしても末節にこだわらざるを得ないのか、事件と関係ない場所にかなり行かされ多少煩わしさも。

古書店でも買うのは構わないが、前書きの直後のチェックシートが切り取られていないものを探すこと。また、ぱらぱらと捲って落書きのないもの。中途の暗号部分に答えが書かれていたりすることもあるので要注意。(私は読む前に消しゴムで消さざるを得なかったのです)最近ゲームブックをテーマに取り上げられた作品が目に付くので試しに読んでみるのは一興。


99/04/21
篠田真由美「桜闇 建築探偵桜井京介の事件簿」(講談社ノベルス'99)

建築探偵桜井京介シリーズの初の短編集。季刊『メフィスト』ら雑誌掲載された作品が七編、残り三編が書き下ろし。「二重螺旋」四部作も収録。

京介が浪人時代の放浪中、トルコの船上で出会った学生は学業を断念せねばならないと悔しがる『ウシュクダラのエンジェル』
同じく放浪中。イタリアの二重螺旋の井戸で殺されかけた京介『井戸の中の悪魔』
外国旅行のお守り役としてベトナムに赴いた京介と深春の前でお嬢様が消失『塔の中の姫君』
京介のストーカーだった女性の事故死は会津にある栄螺塔で昔起きた不思議な話へと繋がった『捻れた塔の冒険』
尾道へ旅行した三人。深春が初デートした女性にそっくりな人間を見かけるが、彼女のいた館には入り口が見当たらない『迷宮に使者は棲む』
妹の死から京介を逆恨みした女性は、パリで彼を罠に掛けようとする『永遠を巡る螺旋』
ある酒場で初老の男が、自らの妻の不審死について京介に疑問を投げかける『オフィーリア、翔んだ』
神代教授はあることに思い悩み、京介に相談を持ちかける『神代宗の決断と憂鬱』
無事W大に入学した蒼は、過去と訣別するために深春にある場所へ同行して欲しいと頼む『君の名は空の色』
神代の養子だと勘違いされた十五歳の京介は謎の男に連れ去られ、パティオにしだれ桜のある館に連れてこられた『桜闇』以上の十編。

徐々にミステリ色は薄くなり、三人の人生と成長へと視点が移りつつある
シリーズも事実上「京介、深春、蒼」三人のシリーズとなっている。これら十編を通じて強く感じるのは、建築物に関する蘊蓄的な部分もあるものの作者の興味が三人の人生を描くことに強く傾斜しつつあるのでは、という感触だ。シリーズを通しで読んでいる人間にとってはそれはそれで大きな魅力であろうが、本作の短編それぞれを取り出すとミステリとしての興趣は薄められつつあることは否定できない。本作品集を最大限楽しもうとするならば、やはりシリーズを全てを押さえて「京介、深春、蒼」彼らの人となりを知っておく必要があるだろう。でなければ、本作収録の作品で作者が描きたかった部分がぼやけてしまう。「二重螺旋」四部作がその典型。一つ一つがミステリ仕立てなのだが、キャラクタに思い入れがあってこそ楽しめる作品かと思う。
ただ、その点を踏まえた上ではなかなかに味わい深い。特にぼろぼろだった蒼が徐々に過去と訣別し、元気を取り戻して行く様を見ていると、こちらも明るい気分になれる。
ただ、京介の性格はやっぱり客観的に悪いぞ。優しいのは身内に向かってだけだし。

ですので、本作に関してはシリーズを通して読まれている方にはお勧め、と言っても読むよね、普通。本作から桜井シリーズに入るのは短編集とはいえ、正直避けた方が無難でしょう。