MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−過去の書評群 (掲載順)−  


99/05/20
森 博嗣「黒猫の三角」(講談社ノベルス'99)

講談社ノベルス十三冊目となる森博嗣の新作長編。犀川・萌絵のシリーズを完結させた後の新シリーズの第一作目にあたる。今年は他社からの出版も予定されているようだが。

三年前、七月七日に十一歳の少女が、その翌年、七月七日に二十二歳の女子大生が、昨年は六月六日に三十三歳のOLがナイロン製の特殊な器具を用いて殺害される事件が発生していた。いずれも同じ区内、半径3キロメートル以内の出来事であり、同種類の凶器が用いられること以外に手掛かりは全く無く、事件は迷宮入りの様相を漂わせていた。学習塾の大チェーンを経営し、桜鳴六画邸と呼ばれる大邸宅に住む小田原静江。彼女は六月六日に四十四歳の誕生日を迎えるにあたり、誕生会の警備を自ら経営するアパート阿漕荘に住む便利屋兼探偵の保呂草潤平に依頼。彼は同じアパートに住む、女装の男性、小鳥遊練無と大ざっぱで好奇心旺盛な女子大生、香具山紫子と組み、トランシーバーまで用意して屋敷に潜む。しかし、そんな中、静江はパーティの途中で抜け出し、自室で何者かに絞殺されてしまう。凶器は同じ。犯人らしき男性のシルエットを小鳥遊らが窓際に見ていたにも関わらず、部屋は密室だった。

かなりの気合いの入った新シリーズ第一作目
一作目ということで設定となる部分が多少説明的にならざるを得ないところを除くと、森博嗣らしいトリックがいくつも込められ、森博嗣らしい思考方法を取る登場人物が活躍し、森博嗣らしい世界が創られた新シリーズの一作目に相応しい好作品。仕掛けられたトリックは注意深く読めば見破れる人もいるとは思うが、それにより物語の楽しさが減衰することもないだろう。本作のポイントはトリックそのものではなく、上記のような幾何学的な事件を発生させた動機にあるから。実は少しずつ森作品の過去に出てきた登場人物のエピソードを焼き直しているような気がしないでもないのだが、本作でのその動機部分及び考え方の徹底ぶりは何とも素晴らしい。またラスト近くの対決シーンは言葉の応酬が並の小説のアクションシーンを遙かに越える緊張を呼び起こす。このあたりも見どころの一つ。
平凡とは言えない登場人物の名前はまぁ、御愛嬌。一人は短編作品にも登場しているので探すのも良いかも。それぞれ取っ付きにくいがかなり個性的な造形がされており、一人一人今後明かされていくエピソードと共に馴染んでいくことだろう。

犀川&萌絵のシリーズを知る人でも知らない人でも森博嗣独特のミステリィ観は充分この作品から引き出せることでしょう。唯一危惧するのは、独特のテンポやノリについていけなくて読み通せない人がいるかもしれないことくらい。


99/05/19
新保博久「世紀末日本推理小説事情」(ちくまライブラリー'90)

ミステリ評論家の第一人者の一人、新保博久氏が『EQ』誌に連載していた「ミステリー・オン・マイウェイ」というコラムを完全改稿した発表当時は珍しかった推理評論集。

'88年(昭和63年)を終着として日本ミステリの歴史を俯瞰し、特に昭和二十年代生まれの作家論を中心に、類似、対比が可能な作家を複数取り上げて一つの章にまとめている。序章として『1/10世紀の栄光』、『錬夢術師たちの孤独』赤川次郎・連城三紀彦、『元闘士は小説の革命をめざす』笠井潔・北方健三、『心やさしき人命軽視派』島田荘司・岡嶋二人、『ニュートラリストよ、故郷を見よ』矢作俊彦・栗本薫・高橋克彦、『人生マイナス・ゲーム・イコール・ゼロ』竹本健治・大沢在昌・井沢元彦、最後に終章として『さらば昭和世紀末』として新本格諸問題や、ミステリ界の問題提起などを総括としてまとめている。

ワタクシ的超有用ミステリ評論
本作、ミステリガイドブックの一つくらいのつもりで手に取ったのだが、思いの外にユニークな評論が連なっているので紹介しておきたい。特に昭和の最後の年を以て総括しているように、内容は「昭和ミステリの決算報告書」となっている。雑誌『幻影城』によりデビューした作家、ないしはその時期にデビューした作家が中心。平成以降に世に出るミステリ評論が俗に言う「新本格」の検証や、戦前の探偵作家に多大なページを割いていること対して、本書で着眼している作家群は私にとり大いなる魅力。また本格ミステリに限らず、冒険小説、ハードボイルド系の作家にも光を当てて、時代性を公平に論じている点が嬉しい。寡聞にしてこの時期にまとめられた他の評論を目にすることがないため(島田荘司の『本格ミステリー宣言』くらい)、それぞれ作家論としても有用。特に赤川、栗本ら多作で鳴らしている作家については現在、論としてまとめるのは困難であろう。資料としても「島田荘司作品登場人物相関図」「連城作品の傍点の数」「北方作品主人公の年齢と作者年齢の相関図」「島田・岡嶋作品の被害者数一覧」などユニークな分析がある。また新保氏独特の、作家自身のあとがきやインタビューから、作家の意図や狙いを浮き彫りにしていく方法論は本書でも見られ、また有効に機能している。

推理評論に見られる小難しさはないにも関わらず、色んな切り口からミステリに光を当てており、読者を異なるステージへ案内してくれる素晴らしい書。口当たりの良さが素晴らしい。ネタバレも少なく、昭和ミステリの再訪にはガイド本としてかなり有用だろう。


99/05/18
有栖川有栖「ペルシャ猫の謎」(講談社ノベルス'99)

『IN★POCKET』や『メフィスト』に'97〜'99年にかけて掲載されていた短編を収録した作品集。火村&有栖の国名シリーズの五作目。(『マレー鉄道』はいずこ?)

舞台女優が誘拐されたというビデオを確認するために呼び出された有栖、脅迫の期日が到来する前に練習中の舞台上にクリスマスツリーに吊られた彼女の死体が登場『切り裂きジャックを待ちながら』
シドニーで起きた殺人事件、アリバイを証明するのは容疑者がガールフレンドと撮影したという数枚の写真だけだった『わらう月』
一軒家を持つ独身男が殺された。彼の家の部屋や廊下には変わった品物が色々と置かれていた『暗号を撒く男』
地方から久々に大阪に来たという男が大雨の翌朝、河の中から死体で発見された。手掛かりは彼が被っていた赤い帽子と酒場での僅かな会話だけ。中編『赤い帽子』
火村の授業を受ける学生のレポートは、世の中の犯罪を神へ糾弾する内容だった『悲劇的』
同棲していた女性に振られた男性は、失業して彼女の残したペルシャ猫と暮らしていた。そんな彼が殺されかける『ペルシャ猫の謎』
火村のあまり他人に見せない一側面を描く『猫と雨と助教授と』以上七編。『猫と…』はほとんどエッセイ、『悲劇的』はショートショートで、『赤い帽子』のみ中編。

小粒。あまりにも。
あまりこのような言説をこの場で書くのは本意ではないのですが、有栖川先生の実力を信じて敢えて。
前作『英国庭園の謎』でも薄々とは感じてはいたが、国名シリーズに見られる顕著な(悪い)特徴が進行中。というのは、ミステリ作品としてどんどん小粒になっていくということ。既に『英国……』収録の作品のほとんどで「あ、これはワン・アイデアの短編推理だな」という印象を受け、台所事情の苦しさが窺えたが、本作ではそのワン・アイデアそのものさえ物足りない。単純、無意味、アンフェア。それぞれ短編を読み終わった後に想起した単語。学生アリスの凄さを知っている読者にとっては、到底、満足できるレベルに達していない。辛うじて『切り裂きジャックを待ちながら』に見られるわずかな狂気(説得性については、強引な気がするが)と『赤い帽子』での捜査現場の泥臭さ、このあたりに推理小説として見られる部分が多少残っているのが僅かな救いか。作家としてのキャリアのおかげか、情景設定や登場人物設定の着想、そして描写などでは、それなりに特殊な状況を「場」としてうまく創造しているにも関わらず、ミステリ作品に必須の「読者をフェアに驚かそう」「何か新しいことをやってやろう」という魂が欠けているように強く感じる。
あとがきで謝れば、お金を出している読者に対して何をやっても許される、ということではないでしょう。火村・有栖にキャラ萌えしているファンばかりではないことも思い出して頂いて、次作こそは初心に帰った作品を期待します。

ということで、お勧めかどうかは明白でしょう。未読の方には本当に申し訳ないです。


99/05/17
黒岩 研「ジャッカー」(光文社'99)

黒岩氏にとり本作がデビュー作品にあたる。'65年神奈川県生まれ、早大法卒、新聞社勤務とのことだが、創作歴など不明。

プロローグ。ネオンの裏通りを歩いていた男は誘われるままに風俗店に向かう。行為の最中、悪夢を見た「おれ」はナイフを引き抜き、その対象を切り裂いた……場面が変わって札付きの悪ガキ中学生三人組。罪悪感をかけらも感じず恐喝を重ねていた彼らは、格好の標的の一人、いじめられっ子の秋村という家に向かい、田舎道で自転車を漕いでいた。突如、彼らは後ろから襲ってきた自動車に狙われ、次々と勢い良く刎ねられる。うち二人は即死、ボス格の夏彦は大怪我ながら、意識を微かに残していた。しかし彼らを刎ねた男は悠然と車を降り、彼の顔にシンナーを振りかけた上で火をつけた……一方、新聞記者の木場は、沢口みゆきという女性の取材に向かう。彼女は中学生の頃からの投書マニアで折り目正しい投書が評判だった。そんな彼女が、別人が書いたかのような謎の手紙を新聞社に送りつけた。カタカナだけで書かれたそれは詩のようにも見えたが、内容は最近発生した風俗店でのホステス刺殺事件との妙な暗合を持っていたのだ。報道されていない部分まで彼女が書いてきたことを不審に思った木場。彼をみゆきの母親、千恵子が出迎える。千恵子は真面目だった筈の娘が突然暴言を吐いて、その日の午前中に出かけたきり戻ってこないという。

続発する異常殺人、被害者と無関係の加害者。このミッシングリンクの鍵は?
冒頭から前半にかけての「つかみ」の部分に新人離れした巧さを感じた。幻想的な冒頭の導入部こそありがちさを感じたが、本編に入ってからの勢いが良かった。人間として最低の部類に属する不良中学生が、立場が逆転して極限の恐怖に陥れられるスタート。ここで必要以上に読者は想像させられる。殺し屋?狂人?計画殺人?ある種の戦慄に近い感慨を覚えながら、しかし話は一挙に風俗店で発生した惨劇と女子大生の謎の投書へと飛ぶ。このあたりプロットの組み具合も心憎い。ここで語の進展スピードがある程度抑えられ、事件の不可思議さへの興味は徐々に高まっていく。
前半部では段落構成で有機的に高められていた謎の正体。しかしその謎が薄薄見え始める後半部に入ると、物語の綴り方が一変する。ある場所である組織がある目的の為に行っているある行動。この謎と失踪していた女子大生と主人公らの対決という二本の線が互いに撚り合わさって一本の綱となり、物語展開は怒濤の如き様相へと変化する。ここからラストまでは一気。
科学的な裏付けと豊かな想像力が融合されたホラー(SFとしても読めるか)。「恐怖感」としては今一つかもしれないが、小説としてのまとまりの良さはなかなかのもの。

『パラサイト・イヴ』などの科学とスリラーが融合されたような作品がお好みの方に。私がきちんと理解しておらず申し訳ないが「クーンツ型」エンタテインメント小説とのこと。風間氏の解説を巡って某所で論議もありました。


99/05/16
夢野久作「犬神博士」(角川文庫'74)

'31年(昭和6年)から翌年にかけ福岡日々新聞(現在の西日本新聞)に連載されていた作品。夢野久作の代表作の一つで全集などには必ず収録されている作品。本書を入手するのに風々子さんのお手をわずらわせました。感謝。

福岡の箱崎八幡宮の一角に自ら廃材を組み立てて住んでいる大神二瓶はその行動からキチガイ博士や犬神博士との異名を持っていた。そんな彼の元に新聞記者が訪れ、彼の半生について独白が始まる。
博士は幼名をチイといい、乞食芸人夫婦に拾われ、息子として育てられた。父親が太鼓叩き、母親が三味線引きで四歳のチイはその拍子に合わせて茣蓙の上で幼女に扮して卑猥な踊りを踊り小銭を稼ぐ生活。九州の田舎の村から村へ旅する彼らはチイを暇つぶしのように虐待するが、幼い彼はそれが当たり前だと思っていた。直方で侠客の大物に呼ばれ芸をしたチイは彼らに認められ、芸者として大枚と引き替えに引き取られかける。が、男の子だということがバレてしまう。チイの素朴な親を思う想いに(勝手に)打たれた彼らは父親の知事や警察署長の連なる宴席に彼らを連れてくる。更にチイの何者をも怖れない野放図な行動は逆に彼らの歓心を買い、またそれが炭坑争議のもととなっていく。

探偵小説や幻想小説でない夢野大衆小説、でも傑作だ、こりゃ
「犬神博士」の題名のみで予備知識無しに取り組んだ。てっきりマッドサイエンティストが美女を拐かす話とか、街の発明家が大冒険をする話を想像していた私はぺしゃんこに裏切られた。良い意味で。
犬神博士の幼い頃の姿である、チイ少年。不幸な境遇で両親から虐待を受けながら育って独自の感性と逞しさを身に着けている。その上、誰もが女の子と見紛う容姿と踊りという特技。ちょうどこの時期の男の子の大抵がそうであるように、第一次の反抗期にあたっているのだと思う。そんな彼の天真爛漫な行動が、周囲を巻き込んでとんでもない事態が次々と発生させていく物語。スラップスティックな形式を用いた子供の冒険譚で、文章も夢野作品であることを感じさせないほど読みやすい。一つの事件が次の事件に次々と繋がっていく展開もスピーディ。単純にストーリーを追うだけで楽しい。しかし、そこは夢野久作、不思議と読者を深読みさせる「不思議な雰囲気」がある。
本文庫のあとがきでは幼少、中性の特性と夢野他作品との比較より、チイを「神」と定義している。それはそれで説得力があるのだが、私は彼を「小悪魔」だと感じた。彼のほんのちょっとした悪戯心が、周りの人間を動かし、その直感、判断にて彼に接触した大人達を混乱の極みに突き落とす。彼を崇める大人達を内心で小馬鹿にし、自らの欲望に率直。彼を神様と定義するのはやっぱり躊躇われる。最後まで語られないエンディングをプラス思考で考えるか、マイナス思考で考えるかによって判断は分かれるところではあるが。

何で入手するのが一番容易なのかは分からないが、とにかく読みやすさがいい。本作は比較的平易な展開の中における非凡な少年の活劇を楽しみたい。


99/05/15
法月綸太郎「法月綸太郎の新冒険」(講談社ノベルス'99)

法月綸太郎、久々の新作品集。『パズル崩壊』のハードカバー版から評論集を挟み、実質三年ぶりの新刊ということになる。『IN★POCKET』や『メフィスト』中心に雑誌に掲載された作品を収録。

導入部の『イントロダクション』を抜けると、穂波と二人リゾート地に宿泊した帰り道、特急「あずさ」の車内で夫婦連れの男性の変死体と行き会う綸太郎。彼は男性を毒殺と判断する『背徳の交叉点』
オカルト系のテレビ番組に出演依頼を受けた綸太郎。ポルターガイストを起こす女子中学生が住む家で徹夜で現象をチェックするなか、超常現象の権威である教授がシャンデリアの下敷きになって死亡してしまう『世界の神秘を解く男』
警視庁捜査一課の葛城警部は、飛び降り自殺未遂の女性をビルの上から救い出す。彼女は雇い主の占い師を殺してしまったと主張するのだが、死亡推定時間が彼女の供述と合わない『身投げ女のブルース』
殺人事件の容疑者は「テレビの現場中継に自分の姿が映っている」とアリバイを主張、通話記録からその裏付けが取れる『現場から生中継』
ホステスの殺人を企てた男が失敗して逮捕された。その男の妻も殺されており、逃亡した容疑者の遺留品から交換殺人の疑いが『リターン・ザ・ギフト』以上一編のショートストーリー+五編のちょっと長めの短編(ないし短めの中編)

悩みを捨てた綸太郎が解き明かす本格パズル
本格推理への回帰を目指したと法月氏自身があとがきで言及しているように、オーソドックスな推理作品が揃っている感。ある意味安心して読める反面、吃驚仰天という抜けた作品が無いというのも高めで粒で中身が揃ってしまったためだろう。それぞれの作品を単なる短編とせず、短めの中編にしたことで物語にそれぞれ独特の厚みが出ている。トリック以外にも動機や人間関係など一つ一つの作品に何らかの見せ場が凝らされていて、読み応えはあった。
印象に残るのは『身投げ女のブルース』。意図的に葛城警部というキャラクタ視点から物語を進めることで雰囲気を変えることと同時にある効果を上げている。登場人物の配置、謎の提示などがスムースで読みやすさもあり、意外性の高い結末が、哀しく虚しい後味に繋がっている。また、トリック構造は古典的ながら現代的なアイテムと検証が面白い『現場から生中継』、良くも悪くも新本格短編の王道と思わせる『世界の神秘を解く男』などもなかなか。
疑問に思うのは実在のタレントやテレビ番組などを必要以上に取り上げているように感じられること。風俗を作品に過剰に取り入れることは法月氏のポリシーなんだろうか、数年後にあっという間にその辺りから黴臭い雰囲気が漂うのでは、と物語の本質とは関係ない部分での危惧を感じる。

『法月綸太郎の冒険』も佳作揃いだったが、本作品集も粒が揃った。作品数を減らし、それぞれは水増ししたのでなく書き込んだのだ、という姿勢に何よりも好感。良い出来です。


99/05/14
服部まゆみ「黒猫遁走曲」(角川文庫'93)

'87年、第七回横溝正史賞を『時のアラベスク』にて受賞した服部さんの四冊目の単行本。本作は角川文庫の企画、MYSTERY COMPETITIONの為の書き下ろし。

出版社に長く勤務し、定年を迎えた森本翠は黒猫のメロウを溺愛する独身生活。下訳を手伝っていた腕が認められ、翻訳家としてデビューする予定だった。退職のお別れ会を切り上げて、翻訳の編集長の折橋瑠璃と杯を傾ける。興奮のあまり泥酔した翠はマンションに瑠璃を連れ込んで飲み続けるが翌朝ひどい状態で目覚めると、メロウがいなくなっていることに気付き恐慌に陥る。仕事も手に着かず半狂乱になりながら近所を徘徊する翠。
一方、ふとした弾みで妻を刺し殺してしまった劇団員の昇平。パニックに陥った彼は迷い込んできた一匹の黒猫によって平静さを取り戻す。怯えながらも徐徐に落ち着きを取り戻した彼は、近所の工事の騒音に紛れながら死体の処理に取りかかる。二つの物語が少しずつクロスして行き、そして……。

クロスする三人の狂気、と一匹の黒猫。ユーモアとテンポを含んだミステリ
猫はホントに困った生き物だ。可愛い癖に気まぐれ。どんなに愛を注いでも応分の見返りが期待できない。翠の愛猫で、本編の重要な脇役となる黒猫のメロウもそんな猫。推定六十歳の主人公、翠は結婚の機会がなく仕事一筋の生活を送ってきた。行き場のない愛情は全てメロウに注ぎ込まれている。そんなメロウが誘拐されたか失踪したか、はたまたどこかで野垂れ死んでいるのか、心配で心配で仕方ないのは分かるとしても、それが人間の子供でなく他人から見たらタダの猫というのが彼女の悲劇。徐々におかしくなっていく……なんて段階を踏まず、一気にぶち切れてしまう老女の茫然自失状態は悲惨を越えてブラックな笑いさえ感じてしまう。一方の殺人犯人くん。衝動の殺人から、我に返ってそして再び迷妄に陥っていくあたり迫力があって、精神が狂気に囚われていく様は描写を含めて凄いのに、強烈な老女と比較するとまだマシに見えてしまうのが不思議。そして謎の多い編集者、瑠璃。ある意味狂気に囲われている彼女であるが、この二人と比較されるに至っては全く普通人にしか見えなかったりする。当初の本書の狙いは三人の狂気のクロスだったのだと思うが、恐らく作者の意図以上に一人が抜け出してしまっているのではないか。それでも小説としての面白さが高いのは「物語の狂気」の創造の巧さによるもの。

物語を引っ張るのはあくまで黒猫のメロウだけれど、かの猫に注がれる過分な愛情と勘違いは、結局のところ単なる大迷惑だったのかもしれない。ラストが綺麗すぎるきらいもあるけれど、一気に読めてしまうミステリ。


99/05/13
鮎川哲也「偽りの墳墓」(角川文庫'79)

'62年に『小説推理』に連載されていた中編を翌'63年に長編に訂正、「ポケット文春」として出版された作品。鬼貫警部のアリバイ崩しもの。

浜名湖近くの新興温泉街の駐在所に捨松という男が駆け込んできた。彼の妻が首を吊って死んでいるという。近隣の水商売上がりの女性と捨松が浮気していることを知っており、彼を疑う。案の定、彼女が踏み台に使ったと思しき蜜柑箱ではどうしても首吊りに届かないのだ。他殺となるとまず疑われるのが保険金まで掛けていた捨松だったが、彼には知り合い宅でテレビを見ていた、というアリバイがあった。事件が迷宮入りしかかった頃、その事件を調べ直していた保険の調査員が同地で死体で発見された。廃工場の窯の中で死後数日が経っており、金目のものが奪われていることから地元で、しかも前の事件との同一犯が犯人だと見込まれた。やはり疑われた捨松だったが、彼はまたアリバイがあった。

果たして誰のアリバイが崩れるのか?色んな意外性が楽しめる本格推理
事件に不思議な広がりがある。浜名湖畔の不幸な女性の自殺から始まる事件はその亭主と、それ以前に彼女を訪ねてきたという関西弁の男という容疑者が存在。続いて起きる女性調査員の殺人事件には、その女性の服を質入れした夜の女とそれを依頼した男性の存在、それに人妻ながら奔放な性格のその調査員にも色んな噂がつきまとう。複数の容疑者、複数の証拠。系統だった事件の筋道を読者は描けないまま中盤は過ぎていく。最後に鬼貫によって犯人のアリバイが崩されるということは良くも悪くも読者は分かっている。誰が鬼貫に眼を付けられるか、それが全くぎりぎりまで分からず、そこが本作の意外性と繋がっている。工夫というか創意が、その為のアリバイ以外にも細かいトリックとして全編散りばめられており、メインディッシュ以外でも、唸らされる部分は数多く見受けられた
一方、当時を反映したある病気が、サブテーマとして取り上げられている。控えめながら主張はきっちり行っているあたり、社会派とは異なる本格派のアプローチを感じる。サスペンス的な興味が加わった描写は押しつけがましさが感じられず、一種爽やか。巧い。

解説で「中期の名作」に数えられる、と述べているが、全く同感。時刻表つきのアリバイミステリながら、プラスαの要素が大きいためアリバイ崩しに付き物の倦怠感(登場人物は必死で時刻表とにらめっこ、読者は飛ばし読み)ということがなかった。良い時期の作品である。


99/05/12
東野圭吾「秘密」(文芸春秋'98)

『本の雑誌』1位、『週刊文春』3位、『このミス』9位、この手に辛い『本格ミステリベスト』でも16位と'98年度、ミステリ界全てで非常に支持の高かった作品。映像化の予定もあるようだ。

自動車部品メーカーに勤務する杉田平介は夜勤明けの食事をしていた。モーニングニュースはスキーバスの転落事故の悲惨な映像を放映していた。不安を覚えた平介は妻と娘が事件に巻き込まれたことを知る。病院に駆けつけた平介を待ち受けていたのは妻、直子の死亡と小学生の娘の藻奈美が意識不明という現実だった。意気阻喪した平介だったが、妻が息を引き取って間もなく娘が意識を奇跡的に回復させたことに悦びを見出した。ところがその娘の様子がおかしい。彼女の精神はいつの間にか、妻、直子のそれと入れ替わっていたのだ。身体は娘で心は妻という事態を信じられないながらも、彼女の記憶や物腰から状況を受け入れざるを得ない平介。直子は藻奈美の身体で平介の世話をし、そして小学校に通いだした。「身体の成長」という時と共に少しずつ考え方が変わりつつある妻に平介は戸惑い、思い悩む。

シチュエーションが引き出す様々な愛の形
娘の身体に妻の精神が乗り移る……確かに北村薫氏の『スキップ』を想起はする。(逆だけど)しかし受けた感銘は全くと言っていいほど別物だった。表面上は両者、比較出来そうな気もするが、実はこちらの方で取り上げられている「愛」の方が複雑でかつ深いように感じる。というのも主人公の平介の視点、考え方から「娘への愛」「妻への愛」そして「妻&娘への屈折した愛」の三つの苦悩が見受けられるから。シチュエーションの勝利と言ってしまえばそれまでだが、「妻の精神が娘の身体に宿る」ことより、思いもよらない事態が次々と発生、よくぞこれだけ想像&創造したものだと感服。「妻の精神を持つ娘」が、その存在を少しずつ変質させていく様子。それを対等の夫であるゆえに側で見守るしかない平介。そんな彼の複雑な感情が赤裸々に描写され切々と綴られている。描かれた感情は赤裸々であるが故に強い説得力を持ち、そこから哀しさと感動を誘う。『スキップ』で得た感動は主人公の「人間の自立」だったけれど、『秘密』では主人公ともう一人が自立していく姿が描かれている。互いに相手を思いやる、やるせないけれどもこれしかない、という行動。陳腐な表現で申し訳ないけれども、敢えて書く。「泣けます」

本書、茶色一色のカバーを捲ると、美しく凝った表紙が現れる。じっくり鑑賞する価値がある。よく知られているはずだが念のため。読んだ人、読んだ人、みんな絶賛するのでそれなりに高いハードルをもって望んだつもりだったが、期待は裏切られなかった。恐らく貴方の期待をも裏切らないと思います。


99/05/11
式貴士「カンタン刑」(角川文庫'82)

あのスーパーSF作家、式貴士の記念すべきデビュー短編集。式作品名物の『長ァ〜いあとがき』まで完全収録。(文庫ではモノにより割愛されている)

家に帰ると妻が二人になっていた。いつの間にか妻は更に三人になり、五人になった『ポロロッカ』
醜貌に悩む科学者が発明した薬品は動物の身体と身体の切断面を合わせるとくっついてしまう薬品『おてて、つないで』
「ルピ」という薬を服用すると男性は女性になり、女性は男性になった。社会ではそれが当たり前のこととして処理されている『ドンデンの日』
女性を八人も陵辱し切り刻んで殺してきた男性が裁判で死刑では軽すぎると「カンタン刑」を宣告された『カンタン刑』
教授の妻と浮気をしていた学生は、ばれたことに気付き教授の殺害計画を立てるがそこに彼が以前に殺した人間の幽霊が『バックシート・ドライバー』
アルセーヌ・ルパンを遂に追い詰めたガニマール警部。しかしルパンは周到な罠を用意していた。しかしガニマールはさらに……『ルパンと竜馬とシラノと』
ある日の午後、日本国民全てが全く眠らなくなってしまった。二十四時間動き続ける日本はいろいろと変質を始める『日本が眠った日』
予備校生の次郎は電車で出会う女子高生に一目惚れ。しかし彼は身体を自由に変形させられる別の世界の住人でもあった『不思議の国のマドンナ』
その病気にかかるとその段階から年齢が逆行するUターン病。四十歳の川島もその病気にかかってしまった『Uターン病』

押さえられてはいるが零れ落ちてくる狂気の跫音
SF作家としてのデビューを飾るか、飾らないかという段階での作品ということもあるだろう。後に創られる式作品と比較するに、奇想もどちらかというと押さえ気味。エロもグロも多少はあるけれど、型破りで破天荒な式節が漂ってくる程ではない。スピリッツとして内包していることは、ふつふつと感じ取れるのだけれど、まだ表に出していない、とそういう印象の作品群である。
だからと言って凡作か、と言うとそれもNO。『カンタン刑』のゴキブリ地獄は思わず目を背けるえげつなさがあるし、『ルパンと竜馬とシラノと』にはSMなどかなりどぎついエロもある。それと並んで『おてて、つないで』『Uターン病』など強烈なSFシチュエーションの元、純粋な愛を描ききった作品も並んでいる。エログロ作品と並んでこの感動系作品群も実は式作品の一部に最後まで伝わるパターンの一つ。もちろん一つ一つ短編SFとして読んでも着想展開など水準以上だし、オチも確信犯的なひねりがあって楽しい。

「式貴士」というカルトなブランド名がなくとも、普通のSF作品として十二分に面白いと思う。あまり強烈なエログロは苦手だけど、式貴士に興味はある、という人はこの作品から入って下さいね。(何人くらいそんな人がいるのだろう?)