MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−過去の書評群 (掲載順)−  


99/05/31
小野不由美「東の海神(わだつみ)西の滄海 十二国記」(講談社X文庫ホワイトハート'94)

言わずとしれた小野不由美の人気シリーズの三作目。一応は外伝の扱いとなる。時代こそ異なるも登場人物達はお馴染み。

雁国は長年の間治世を行ってきた暗君にして暴君、梟王の代に国土は焦土と化し、ぼろぼろになってしまっていた。梟王が倒れ、延麒である六太が選んだ国王は尚隆。彼は蓬莱の国、戦国時代の荒波の中で滅亡しつつある小松家の三男坊だった。二人は「新しい王さえ来れば、雁国は良くなる」という民の期待と熱狂と共に雁国へ迎え入れられる。当初いきなり破格の人事を行った後、尚隆はお忍びで街に繰り出し、政務を取り合わない。延麒もいい加減な性格で、家臣は彼らを諫めるのに忙しい。そんな折り、王を見つけられなかった延麒が放浪していた時代に知り合った少年が、成人して城下に延麒を訪ねてくる。彼は妖魔に育てられ、虐げられ生きてきたのだが、雁国の中の州の一つにて官として働いているという。気安く彼について町外れに向かった延麒だが、そのことが結果的に大きな争いを雁国に引き起こすことになる

十二国記世界の国家運営とは。
以前に、中国歴史物(戦国春秋、三国志)に嵌っていた時期がある私の読み方。もちろん、普通にストーリーを追えば充分楽しい。
主人公格の二人、雁王尚隆、彼の麒麟である延麒。この二人の人物は良くも悪くも物語の最初から完成された人物像が描かれていて、揺るぎがない。豪放磊落でいて実は深謀遠慮を巡らす尚隆、こちらもいい加減なようでいて、実は優しさ故の悩みを抱える延麒。二重性を抱える主人公二人の行動、そして麗しい主従愛が物語の主題の片側を一つを担う。しかし主従愛が持つ一種の青臭さを吹き飛ばす程、本作が強く主張しているのは「仁」そして「徳」「義」「智」。これが中国の史書で繰り返し説かれる、これらの概念、本書でもそのテーマを深く扱っている。国家とは、民とは、民の幸せとは。「十二国記」の中でも(中だから)「政道」は登場人物にとり、永遠の課題であり悩みの種である。表層的なストーリー展開とは別に、この部分における小野さんの主張を強く感じた。
もちろん元々中国を下敷きにしたオリエンタルファンタジーであり、史書が多く参考にされている部分は今までも感じられた。実際の歴史で発生した訓話におけるエッセンスを小野さんが改めて噛んで含んで自らの世界に持ち込んでいる。それが分かり易く、そして爽快。

最終的に「敵」である人物が解体されていく過程で段々と「仁」「徳」「義」「智」とは?という辺りを浮き彫りにしつつ、そのことが逆に疑問を読者に投げ掛ける。単純な勧善懲悪を世界に持ち込まないところが小野作品の魅力。軽く読める作品の割に、感じるところは深い。


99/05/30
森 雅裕「平成兜割り」(新潮社'91)

森雅裕氏の刀剣の世界を題材にした連作短編集。雨の会編アンソロジー『やっぱりミステリーが好き』に単行本時に収録され、文庫化時に収録されなかった幻の短編『虎徹という名の剣』を所収。

六鹿義巳は横浜の元町で骨董商「六鹿屋」を父親から継いで営んでいた。彼が出会った刀剣に纏わるミステリー。
新撰組局長、土方勇の愛刀、虎徹。その刀を鑑定して欲しいと六鹿屋に一人の女性が訪れた『虎徹という名の剣』
書画骨董の交換会で、偶然に兼定という短刀を入手した六鹿。すぐにそれを売って欲しいという二人の老人が彼を訪ねてきた『はてなの兼定』
スキャンダル中のアイドル歌手、森川映磨が六鹿屋を訪れ、祖父から伝わる村正を売りたい、と言ってきた『彼女と妖刀』
信州の蒐集家に寄った帰り、六鹿は現代の刀工宅を訪れる。そこでは男女の修羅場の真っ最中だった『現代刀工物語』
100°Cクリスマス』で主役を張った舞門都美波が登場、同田貫という実用本位の刀を六鹿屋に求めに来る『平成兜割り』以上五編、いずれも少し長めの短編。

森雅裕刀剣ミステリの大いなる第一歩
本作品より後に刊行された作品中、森雅裕の作品中で大きなウェイトを誇る小道具「刀」。本作、五つの短編全て、刀をモチーフとしたミステリであり、単行本では初めて刀をメインに据えた作品。
森雅裕作品では、メインとなる男性、女性登場人物の性格が、非常によく似ている場合が多い。本作品の主人公、六鹿もやはりいつも通り、不器用な真っ直ぐな性格、減らず口、人間関係下手。またヒロインになる女性も舞門都美波はじめ、女子高生の畑小路晶子ら、やはりそっくり。明るく快活、口は悪いが世間に妥協せず、媚びずに生き抜くタイプ。ある意味、森雅裕ファンは名前が異なる彼、彼女が主人公の、時代や背景がが異なる並行して存在する同じ物語を読んでいる、とも言える(これはあくまで肯定的な意味で捉えて欲しい)。
「刀」というと血生臭いイメージがつきまとうが、本書で追及されているのはあくまで、芸術の極みであり美術品としての「刀」。蘊蓄には歴史ゆえの流血発言もあるが、本書ではせいぜい怪我する程度。「刀」という芸術品に、たまたま関わることになった人間同士のミステリー。トリックやプロットに大きく目立つ点もなく、謎の度合い(レベル)はあまり深くない。それでも「刀」の持つ不思議な魅力を土台にしていることで、ミステリーな雰囲気が充満している感。一種のモノマニア故に繰り広げられる、特殊な人間模様が様相を複雑にしている。作者の意図は読者を欺くというより、一緒に雰囲気に浸れる人を望んでいるのではないか、と感じた。

文庫化されておらず、意外と入手しにくい。逆に図書館などでは比較的見つけやすいのではないだろうか。作者自身、孤高の人となり、一般読者に振りまくエンターテインメント性が確実に薄れつつある時期の作品なので、今まである程度は森雅裕作品を読んでいる人の方が楽しめるように感じる。


99/05/29
歌野晶午「ブードゥー・チャイルド」(角川書店'98)

'98年度の「本格ミステリベスト10」で第五位を獲得。歌野氏にとり『ROMMY』以来、実に三年ぶりに書き下ろされた長編となる。

八王子に住む中学生「僕」こと日下部晃士は、外科医師の父親とその後妻にあたる母親、和子、彼女の連れ子の麻衣との四人暮らし。晃士は自分は黒人の子供でチャーリーという名前であったという「前世の記憶」を持っている。記憶の中でチャーリーは、家にやって来たバロン・サムディという黒ずくめの悪魔に腹を抉られて死んでしまうのだ。幼い頃からその記憶に悩まされてきた晃士は、自らの記憶を物語調にしてホームページにて公開するが、なかなか情報は得られない。そんな折り「ホリイキン」と名乗る謎の女から父宛に「自分たちの子供のことで」という電話を晃士は受けてしまう。父親の浮気だと考えた晃士は一人で解決すべく、父親に代わり待ち合わせ場所に出向くが、彼女と会えないまま結局一夜を明かす。翌朝、母親からの激しい追及を避けるため、カラオケボックスに逃げ出した晃士。だが家に帰ると、母親が何者かに惨殺されていた。

展開の巧さと探偵役の魅力
主人公の抱える「前世の記憶」この正体を探ることが主眼となると思いきや、序盤から主人公の両親が次々と凶行に遭遇する。残された主人公とその姉に出来る行動は、中学生ゆえに限られ、降って湧いた不幸の原因を自分自身の過去に追い求めていくことしか出来ない。ここからの展開が物語の見どころだろう。インターネットで検索し、親戚に話を聞き、両親を知る牧師を訪ねる。少しずつ明かされていく謎と共に少年の、悲観的に傾きがちな心は悪い方へ、悪い方へと想像が巡っていく…。こなれた読者には、輪郭は見える結末かもしれない。それでも展開で読ませるところは、ストーリーテラーとしての歌野氏の巧さか。島田荘司、あるいは「新本格」の呪縛も解けた、と言えそう。
そして、さりげなくも良いのが探偵役。このキャラクタの造形には驚かされると同時に感心。天藤真のある作品を彷彿とさせる、いかにも現代的な安楽椅子探偵。ハッキリ言うと信濃譲二より、数段個人的には好み。

あと、いくつか瑕疵が作品中にあるのは既に有名。まぁそのあたりは作品を味わうことを主眼に出来る人ならば、気にせず無視して進めて頂きたいところ。これまでの「誘拐」をテーマにした一連作品でも片鱗は見えていたが、「小説」の巧さは、同時期デビューで一緒くたに括られる作家群の中では随一。仕掛けられたトリックと合わせ、謎が少しずつほぐれていく過程を主人公と共に追うことを楽しめる一冊。


99/05/28
都筑道夫「ときめき砂絵 なめくじ長屋捕り物さわぎ」(光文社時代小説文庫'88)

御存知、なめくじ長屋捕り物さわぎのシリーズ九冊目。本作の直前の『おもしろ砂絵』までは角川文庫にも収録されていたが、この作品集以降は光文社及び、光文社文庫からのものがオリジナルになる。角川文庫版も現在では全て光文社文庫のラインナップに所収されている。

呉服屋の旦那が首を吊った。彼は天女が羽衣をくれる、と言い残していた『羽ごろもの松』
マメゾーが出刃包丁を使った芸をしているところで、包丁が突然見物人に刺さってしまった『本所へび寺』
ユータとカッパが百物語の幽霊の余興を引き受けた。彼らが飛び出ると、うちの一人が刺されて殺されている『待乳山怪談』
子供の誘拐が流行り、その誘拐現場では不思議な歌が聞こえてくるという『子をとろ子とろ』
江戸の月見は年に三回。去年の月見に主人が変死したという商家は今年も何かあるのではと心配でならない『二十六夜待』
河の氾濫の見舞いに出かけた下駄常は、素っ裸で髪の毛を切られた女性の死体と出会う『水見舞』
雪の降る江戸、大きな雪だるまが一晩に四体も首を落とされ、その後に紅糊で血を表現した凝った悪戯が発生『雪達磨おとし』以上、いつもの「砂絵」と同じく七編。

「江戸時代」を覗いているうちに入り込む一冊
同じシリーズでの九冊目。現在でも執筆が続いているこのシリーズは都筑氏のライフワークと呼んでも過言ではないだろう。執筆期間は優に二十年を越えるのだけれど、それでもやはり都筑氏は自らの理論「謎と論理のアクロバット」にあくまでこだわった渋いミステリをこの「捕り物騒ぎ」で体現し続けている。冒頭の奇妙な謎、膨らむ謎、あっと驚く着地点。本作でも、洪水の中に浮かぶ全裸死体、血糊までつけられて首を落とされる雪だるま、誘拐現場に流れる童歌…等々、それぞれ作品冒頭から魅力的な謎を散りばめている。まずはその点を評価したい。そしてシリーズをこれだけ重ねるにあたり、ミステリのポイントこそは外さないまま、都筑氏の筆はどちらかというと江戸町人の賑わい、風俗、季節について語るときにより饒舌になっているように感じる。刊を重ねることにより、いつの間にやら「なめくじ長屋」の住人とまでは言わないまでも、御近所に住んでいるかのような気分になっている。「江戸」がとても身近で親しみをもって感じられるような不思議な感覚が味わえるのだ。

今更ながら、本シリーズを初期作品から復刻している光文社の英断には拍手を送りたい。新刊書店で購入できる今のうち、と老婆(爺)心ながら忠告。特に時代物の雰囲気が好きな方に。後悔はさせません。


99/05/27
山田風太郎「忍法双頭の鷲」(角川文庫'80)

角川文庫収録にあたり題名が改められている。原題は『妖の忍法帖』で'69年に雑誌『小説宝石』に連載されていた。一応長編だが一話一話の独立性が高く、印象としては連作短編の様相。

徳川四代将軍家綱の死去と同時にその後継者争いが勃発。時の権力者、大老酒井雅楽頭は、外から新将軍を招聘すべく手を打つが、正論で綱吉公を推した若年寄、堀田筑前守に押し切られ失脚した。それと同時に幕府を隠密同心として支えていた伊賀組が解任され、代わって今まで彼らの下の地位に甘んじていた根来衆が登用された。前の権力者の元で働いていたため、伊賀組はほとんど誅殺されたものの、うち十名が辛うじて江戸を落ち延びる。一方、新しい役目に張り切る根来衆の若手、秦漣四郎と吹矢城助は二人一組で技を繰り出す凄腕の忍者。性格や外見は違うが二人して根来衆の長、狐雲の一人娘のお蛍に好意を寄せていた。彼らは公儀隠密として各国の実情を探るために様々な地方に派遣される。

忍者とは。隠密とは。
漣四郎と城助は「公儀の」隠密として、妙な風評の立つ諸国を探りに出掛ける。この時代、江戸を中心としながらも各藩は政治の独立運営を図っており、その実態は中心からは分かりにくく、どうしても隠密が必要だったのだ。経済力もないのに巨大な公共事業を引き受けた、殿様の息子が何人も変死した、殿様が別人ではないかという噂が立った……それぞれ藩内部には特異な事情があった。奇怪な事態は藩主が名君であることの裏返しであったり、幕府との繋がりを必死で模索する姿であったりとそれぞれの事件、風評には思いも掛けない裏が。感心、同情しながらも公儀隠密として判明した事実を報告する二人。だが、幕府の下す結論は二人の価値判断では納得出来ないものだった。落ち延びた伊賀忍者たちが諸国で事件の糸を引いていたりするのだが、あくまでそれはスパイス。本作における風太郎の妙味は忍者の価値基準とそれを使役する幕府の価値基準の差だろう。それは一般人と政府の感覚差であり、極端な話、税金を節約するため福祉を削るような現代日本にも通じる。忍法帖ではあるが、いろいろと示唆するものがある作品だ。

長編ではあるが、一国ずつ異なったエピソードが発生して独立した物語としても楽しめる。最終的に一気に集約され、破局と解放に向かうカタストロフィは風太郎忍法帖独特のもの。しかし味がある。現在は、かなり入手困難になっている一冊。


99/05/26
乾くるみ「塔の断章」(講談社ノベルス'99)

'98年に第四回メフィスト賞を『Jの神話』にて獲得した乾さんの三冊目の単行本。

独特のカットバックの手法を多用しているため粗筋が紹介しにくい。
出版社の企画する新しいゲームの開発プロジェクトの為に集まった八人の男女。原作者、イラストレーター、プランナー、編集者、アシスタント……。出版社のオーナーの息子である十河家の一風変わった別荘に集まった彼ら。プロジェクトの思惑、旧来からの因縁、男女の関係が入り交じりながらも、表面上は平穏に時は流れる。別荘は通常の二階建ての建物の上に塔が高く聳え立つ妙な様式。冒頭にそこでの二人の会話が描かれる。自らの妊娠を相手に告白する女。そして、もう一人は彼女の告白を聞くと、塔から女を突き落としていた……。

物語のジグソーパズル
本書は、物語の本筋とは別に断片的なパラグラフを少しずつ挿入する小説手法を意図的に全編にわたって採用している。本来この形式は、過去の出来事だとか、本筋とは違う場所で発生している重要な物語などを、ちらりと作者が読者に見せるために使うことが多い。その点を逆手にとった本作の徹底ぶりは、「ここまでする?」という意味では驚嘆に値する。ある女性の独白調の物語が、切り裂かれ、時系列ばらばらで一見脈絡なく読者に提示される。それなのに転落した女性、彼女はイラストレーターで、美人で、彼らは出版社でテレビゲームの企画をしていて…という事柄は序盤で浮かび上がるように配慮されている。ということで人間関係や背景についてはある程度分かる。しかし手法の効果か、その輪郭はずっとぼやけたまま。結局のところ、最後まで読み通して初めて物語の真相が明かされるのだけれど、そこに行き着くまでどうしても続きが気になり、すらすらと読めてしまった。
逆に、これが正順で語られていたら、陳腐なサスペンスにしかならないところを手法で救っているという見方も出来なくはない。ただこの試みゆえ本書は一応「新本格」足り得ているという感触。

特にシリーズ的には独立した作品なので、乾さんの他の作品を読んでいないと楽しめないということはない。ただ本書がベストか、というと多少首を傾げざるを得ないのも事実。他の作品と読み比べてみてください。


99/05/25
小泉喜美子「殺人はちょっと面倒」(C★NOVELS'84)

四編が収められた短編集。初出は、収録順に'82年、'72年、'73年、'81年とかなりの幅がある。また掲載雑誌も『小説現代』や『別冊婦人公論』と多様。作品のトーンは揃えられているけれど。

ミス・ニッポンに選ばれた女性が、過去に知っている女性だと気付いたジャーナリスト崩れの男は彼女に秘密の会見を申し込む『ラヴホテル<朧>にて』
芸者見習いの小蔦は、デパート勤めの堅気の男に惚れていた。しかし男は次期社長の娘にアプローチ、段々と小蔦のことが邪魔になる『殺人はちょっと面倒』
山奥の山荘に住む盲目の主人は人との接触を極端に嫌がる人物だった。彼に仕える家政婦の独白『夜のジャスミン』
病院のベッドから逃げ出した女性。身動きの取れない彼女は非常階段に蹲りながら自分が入院するに至った経緯を反芻し始めた『空白の研究 A Study in Blank』

洒落た雰囲気を楽しむ軽めミステリー
一応、強調しておこう。本作に収録された作品は「広義のミステリ」俗に言う「ミステリー」(音引き)に近い。いずれも主人公は女性で、ミスコン優勝者、芸者、家政婦、バレリーナとちょっとひねられた職業についている。そんな彼女らが体験する奇妙な物語をサスペンス風にまとめてある。物語における謎、解決とも実はあまり感心できるほどの凄さはない。しかし小泉さんは彼女たちに女性ゆえという悩みをそれぞれ抱えさせ、女性の視点に立った物語を操り、女性ならでは、の感性をもって題材の料理している。その切れ味や洞察の角度については「これは女性にしか書けない!」と脱帽させられる。内容を辿るだけでは確かに軽さが目に付くし、オチのひねりもミステリ読みには簡単すぎるきらいもある。掲載雑誌を考えるとミステリファンの為だけに書かれた作品ではないので、文学作品のミステリ風味という楽しみ方が正しいのかも。

ノベルズ版のみで文庫化はされておらず、かつ絶版。小泉さんの作品群の中での位置づけがハッキリ分からないので、もう少し他の作品を読んだ上でコメントしたくなりました。いずれにせよ、軽く読了出来るタイプの本であることは確かです。


99/05/01
島田荘司「ひらけ!勝鬨橋」(光文社文庫'92)

もちろんミステリに傑作の多い島田荘司の多才さを物語る一冊。「ユーモアサスペンス」とでも表現したくなる内容。良いのだろうか。初出は'87年のカドカワノベルス。

千葉県にあるO老人ホーム。ここでは納付した金額により金持ちは優遇される一方、お情けで施設のボロ家「竹の子寮」には費用を納入できない何人かの老人が住んでいた。彼らのうち六人は、本田叡吉を筆頭に「青い稲妻」というゲートボールチームを結成。足腰も弱り耳も遠くなってきてはいたが、威勢だけは良かった。ボランティアで彼らを慰問に来る翔子ちゃんが彼らの先生。しかし彼女はあまりの彼らの物覚えの悪さにあきれ果て、ゲートボールを教えるのを止める、と言い出す。慌てた彼らは真面目に(老人なりの)特訓に取り組み始める。さらに仲間がボケて街を徘徊したり、それなりの波乱はありながらも平和に暮らしていた。そんな折、老人ホームの経営者が詐欺にあい、土地建物の権利がヤクザの手に渡ってしまった。老人たちを追い出すべくチンピラがホームに乗り込んでくる。刃向かう「青い稲妻」だったが、そこは老人の哀しさ、こてんぱんにやられてしまう。更に翔子ちゃんがヤクザの一人をカンフーでのしてしまったことから、逆に彼らに襲われてしまう。

愛と勇気と感動のスポ根ドラマ!!(但し主演は老人)
さりげなく凄い作品だ。島田荘司は『嘘でもいいから…』シリーズなどユーモアミステリも執筆するけれど、決してそれ専門の作家ではない。しかしこの作品はギャグで笑える。これは微笑ましいだけのユーモアミステリに慣らされた身には新鮮。かなり老人を描写する時のタブーも確信犯的に破っており、ブラックな笑いも加わる。そしてスポーツシーンも凄い。老人しかも貧乏人にも出来るスポーツ、それはゲートボール。果たして日本の作家で、息詰まるようなゲートボール対決を描写した作家が他にあるだろうか。そして、高齢化社会における諸問題。社会派、とまではいかないまでも、ポイントポイントで確実に読者に対して年を取って生きていくこと、に対する告発めいた部分が感じられる。そのあたりは決して押しつけがましくなく、さりげなく読者の心に訴えかけてくる程度なのだが、同時にエンターテインメントとしての完成度を下げていない。絶頂期の島田作品(と呼んじゃっていいのかな)らしい巧みな構成の作品。

内容的のベースは「勧善懲悪」なので誰が読んでも楽しめる。ミステリ、として捉えるとかなり弱いが、読了して得られるカタルシスはミステリ以上。特に、自分の衰えを感じ始めた方、年齢が気になり始めた方に読んで欲しい傑作サスペンス。


99/05/23
奥田哲也「冥王(ハーデース)の花嫁」(講談社ノベルス'99)

SF、ホラー、そして新本格と色々な顔を持つ作家、奥田哲也。ミステリとしては五冊目の単行本にあたる長編。作中に登場する「団精二」なる人物、ある有名作家の翻訳時の筆名と同じなのだが、関係は特にないらしい。

野原の斜面で発見されたという女性の全裸変死体に対面した深町警部は思わず吐き気を堪えた。死体は首を切断され、そのなくなった首は死体の腹の中に収まって、でこちらを向いていたのだ。深町は警官になる前に米国に居住していたことがあり、その頃の雇い主であった変人舞台演出家の団精二に呼び出され、事件について資料を要求される。団は昔からトラブルの絶えない男であったが、犯罪や犯罪者の研究を趣味で行っており、深町は彼に情報を提供する代わりにアドバイスを求める。団は、この凄惨な死体はギリシャ神話に登場するハーピィに状態が似ている、との言い、更に第二、第三の死体が出てくるはずだ、と予言する。数日後、とあるファミリーレストラン。駐車場に停車した一台の車から不審な人物が立ち去り、店員が車内を覗き込むと妙な女性が座っているのが見えた。それは首の代わりにカボチャが頭にバーベキューの串で固定された死体であった。コートが掛けられた死体の腹部からは、やはりその女性の頭部が発見された。焦る捜査陣を嘲笑うかのように次々と同様の処置が施された死体が発見される。

新本格ミステリとサイコホラーの境界作品
切断された首が腹の中に収められているという奇妙な謎、更に雰囲気を盛り上げるカットバック、一応きちんとした論理の元に行われたという合理的な解決、と本格ミステリの骨子は整っている。もちろんそのように読めばミステリとしてのカタルシスは充分に味わえる。二重三重に犯人が仕掛けた事件の構造も複雑かつ面白いし、解決部分の緊張感も心地よい。
ただ、私自身は主人公の陥る混迷状態の深さに引きずられるようにホラーを味わうような読み方をしてしまった。現実と残酷な死体が登場する事件との間に挟まれる深町の苦悩。この男の情けないくらいのふらつき方が、この作品の根本構造以上に作品に対する眩瞑感を与えている。事件の真相もサイコがかったものであり、犯人の動機、方法など普通のミステリでは許されないような領域にまで突っ走ってしまっている。サイコホラーとしても読めるはず。文章や蘊蓄にくどさがあって、読みづらさが多少感じられたのは勿体ない。

読者によっては受け付けないアクの強さがこの作品からは感じられる。猟奇的な描写や、ちょっとくどい感のある蘊蓄だけでなく、密やかに漂うホラーの香りのせいだから、のような気がする。万人オススメではないけれど、新本格独特の幻想的雰囲気を好まれる方に。


99/05/22
日影丈吉「真っ赤な子犬」(徳間文庫'82)

本書は'59年に桃源社より刊行された作品。徳間文庫に収録された日影作品としては二冊目にあたるが、長編としては第四作目(のはず)。

会社の二代目社長ながら芸術家肌で決断力のない五ツ木守男は、会社問題や労働争議や重なった上、内密に婚約者に婚約の解消を言い渡されてしまい「贅沢の為に」自らの人生を終わらせる決意をする。色々と自殺方法を考えた彼は、大屋敷の四階にある自室に籠もり、使用人を遠ざけ、サーロインのステーキにたっぷりの胡椒と毒物サントニンを振り掛け、食することにした。これで最後の晩餐を味わいながらあの世に向かおうというのだ。工場の争議団がやって来る頃、守男のことを気にした婚約解消を知らない婚約者の父親で国務大臣の三渡淳造が彼を内密に訪ねてくる。守男がトイレに立った隙に腹を空かせていた淳造は、出来立てのサーロインステーキを口に入れていた。慌てて淳造を止めようとした守男は気付くと四階から真っ逆様に転落していた。慌てて淳造は逃げだしてしまったが、絨毯に散らばる食べかけの食事、直後に駆けつけ卒倒した召使いが見たという「真っ赤な子犬」などから捜査陣は他殺と考えて捜査を開始する。

形容しがたい不思議な味わいが全編に漂うミステリ
優れたマジシャンは、右手で観客の注意を惹きながら、左手で手品のタネを仕込む、という。本作品にはそんな味わいがある。まず、自殺を試み、最終的に転落死する守男の視点で物語が進められる。更に、誰にも見つからずに秘書と連れだってやってきた政治家の姿も描写されている。捜査陣は、この点は分かっていない。つまり読者は作者により、物語中の捜査陣よりも多量の情報を得ているのだ。しかしここから日影氏はだんだんと意地悪を開始する。切羽詰まった状態だというのに、影武者を立てて別荘地に向かう政治家。失踪する料理人。別荘地にいる謎の人物。登場人物は一見無軌道な行動を取り始める。そしてまた雪の中での足跡のない殺人が発生、この段階に至ると、読者は捜査陣と同じだけしか材料を与えられない。そして謎が謎を呼び混乱の極みに落とされてしまう。もちろん最終的には提示された謎は一点に向かって集約するのだけれど、その段階に至ってようやく日影氏が読者に仕掛けた手品に気が付く、という算段だ。マジックを見せつけられているような不思議な感覚
また全部でA〜Zの二十七章で構成されていたり、執筆の時代を考えると色々と洒落たアイテムが登場したり、と作品を彩る品格は高い。(なんたって「芥子のように真っ赤な小犬」が登場するし)日影氏がミステリを高級な娯楽として引き上げようと試みた痕跡さえ窺える、とは言い過ぎだろうか。

上記の通り、徳間文庫版なら探せば見つかるかもしれないが、やはり古書店で探すにはそれなりの苦労が伴うように思う。図書館で借りるなり、機会を見つけて試して頂きたい作品。


99/05/21
泡坂妻夫「猫女」(双葉文庫'90)

'85年『小説推理』に二回に分けて掲載され、同年に双葉社より新書で刊行された作品。双葉文庫では他に『乱れからくり』『11枚のとらんぷ』『湖底のまつり』など角川から移行した作品が文庫化されていたが(現在は全て創元推理文庫所収)本書は同社のオリジナル第一弾にあたる。

衛生陶器の大手である音澄陶磁の御曹司、音澄忠行の結婚披露宴。出席した若手社員の柚木孝生は、新婦、佐竹理子の双眸に「猫」のイメージを重ね見る。その式の最中、忠行の祖父で音澄陶磁の会長の音澄甲六が、突如目の前に現れた黒猫に驚愕、心臓麻痺で死亡してしまう。披露宴を妨害しようとしていた自勝院奈江となのる老女は、自勝院家が再興し発展させた咲良焼を音澄家が横から簒奪し今の隆盛を築いたのだと憤り、かの一族の為に呪咀を続けているのだ、と孝生に語る。それから二ヶ月後、忠行の叔父にあたる工場長が病死。ロンドン勤務から僅か数ヶ月で呼び戻された孝生は、自勝院家の内情を探るよう、会社の命令で咲良の窯場に潜入することに。彼の到着後、音澄一族が次々と身体の一部が引き裂かれたような死体で発見される事件が発生する。

泡坂流現代化け猫物語
粗筋では触れられなかったが、本書に登場する女性陶芸家の自勝院笛子、彼女の存在感が凄い。仕事師として、女性として、彼女がカリスマに過ぎてしまい泡坂氏独特の作風「ミステリと叙情の融合」という点では、本作はミステリ部分が強くなってしまっている。それが欠点かというと、決してそんなことはなく、冒頭部分から丁寧にしかもいくつも張られた伏線が、最終的に綺麗にまとまる様はやはり泡坂氏の本領発揮と言えるだろう。下敷きにされたのは「化猫」つまり、恨みを孕んで死んだ主君に代わり、相手を呪うバケモノなのだけれど、そのモチーフが巧く作品全体の中に溶け込んでいる。連続する猟奇的な、そして開かれた密室で繰り広げられる不可能犯罪。これを「呪い」の中に溶け込ませ、言いようのない不安感を読者は感じさせられる。これは解決の付けようがないんじゃないか?猫の怨念なんてある筈がない?という読者の疑念が頂点に達したのを見越して、きちんと論理の落とし所を持ってこられると、ただただ泡坂氏のテクニックに頭が下がるだけになる。しかし、終わってみるとこれしかない、という解決なのにどうして序盤で見抜けないんだろう。また陶芸という伝統工芸に対する真摯な描写も、自らが職人である泡坂氏ならでは。
付け加えると、結果的にある有名作品のオマージュになっているようにも思えるが、それは読んでからのお楽しみ、ということで。

丁度、再評価、復刻が進んでいる泡坂初期長編と、現役で入手できる最近の長編との端境期にあたる作品となるので、少し手に入れにくいかもしれないが、まだ古書店等で充分に発見可能だろう。特に、代表長編を一渡り読まれた、という方にオススメ。