MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−過去の書評群 (掲載順)−  


99/06/10
戸川昌子「大いなる幻影」(講談社文庫'78)

'62年、第八回江戸川乱歩賞の受賞作品。この年の乱歩賞は天藤真、中井英夫が落選するなど、後々まで語り継がれる程の激戦だった。佐賀潜『華やかな死体』との同時受賞。

交差点でトラックが赤いスカーフを巻いた人物を刎ね殺してしまう。女性かと思われたが実は女装した男性であった…二人の男女が地下室に子供の死体を埋めるシーン…アパートの管理人が、以前に宿泊届けを出した人物について尋問を受ける…国際結婚の夫婦の子供が誘拐された。夫は警察に知らせないことを主張する…四つのバラバラの、そして意味深なプロローグ。
大塚にある「K女子アパート」。女性の復権のシンボルとして建設された独身女子専用の五階建てのアパート。時が経ち、住人も齢を重ねていた。数十人にも上る彼女らは様々な職業、身分を持っていた。教師を引退した女性、夫の大学教授の仕事を引き継いでいるという女性、新興宗教に傾倒している女性、生活費を浮かせるために、他人のゴミを漁って暮らす女性。彼女らが、互いのプライバシーに興味を持つことで、そのアパートの奥底にしまわれていた「大いなる幻影」が姿を現す。

人生の終焉が近い人々の織りなす舞台劇
粗筋の紹介が難しいのだけれど、一種のモザイクノベル、と考えて頂きたい。自らの社会的な役割を半ば終え、人生の目的を喪い、模索する老女たちが集うアパート。微昏く、黴臭く、惰性と怠惰とに支配される、永遠に変わらぬ場所。そんな彼女らにも、大事に大事に抱え込んでいる、他人からすると取るに足らない秘密やプライドがある。一本のマスターキーが、彼女らを導き、目覚めさせ、それぞれ関係ないように見える行動を取らせ始める。そうして画面は錯綜しつつ、背後にある巨大な何かを感じさせつつ物語は進む。
「おばさん」「おばあさん」というエンリョのない世代(失礼)で、且つあまり恵まれない環境にある人々を配すことで、人々のエゴと共に彼女らの持つ、目的の喪われた虚しく寂しい人生が、そこかしこに映される。執筆されたのは既に三十年以上も前にも関わらず、コンクリートの壁に阻まれた高齢者の孤独と絶望は、現在はもちろん、更なる未来へ向けた時代への警鐘とさえ感じられる。
最終的に明かされるトリックも意外なものであり、京極夏彦氏の話題作を彷彿とさせる高度なテクニックが使われている。とはいえ、『大いなる幻影』は、あくまでミステリの形式を借りながら、老女たちの哀しい人生を見事に観客に提示している物語である。彼女らの葛藤、悩み、嫉妬、喜びなどの感情は、舞台をナマで観ているかのようにリアルに伝わってくる。凄い。

私は購入してあった最も古い本で読みましたが、講談社文庫の復刻や、大衆文学館などにも収録されていますので、新刊書店で容易に入手が可能です。幻惑の舞台を眺める楽しさを、感じ取って下さい。


99/06/09
佐々木丸美「雪の断章」(講談社文庫'83)

北海道在住の女流ミステリ作家、佐々木丸美。本書は'75年に講談社より書き下ろされた、佐々木さんの最初作品。現在でもカルトな人気を誇っている理由が段々分かって来た。

あすなろ学園で育てられた孤児、倉折飛鳥。彼女は六歳の時、本岡家という家庭に引き取られる。そこで女中以下の扱いを受け、家族にもさんざん苛められ、堪えられなくなってその家を飛び出してしまう。そんな彼女は滝杷拓也という青年に巡り会い、彼の元に引き取られる。彼の親友の近端史郎、拓也を世話する家政婦のトキ、アパートの管理人のおじさんらの庇護の下、彼女は新しい生活を始める。他者との人間関係を築いたり、新しく経験する出来事の度に、挫けそうになったり、気持ちに正直になることが出来なかった彼女。しかし中学を卒業して、新しいアパートの住人である厚子さんや、親友となった順子らに励まされ、着々と成長を続けていた。そんな折り、住人の集まるパーティで毒殺事件が発生した。

生きていくために、成長するために、大切なこと
とても不思議な物語だと思う。ストーリーもなぞるだけなら、大した内容ではない。不幸に生まれついた少女の一種のシンデレラストーリー。この内容なら世界中に何千作と類似作品があるに違いない。しかし本作は、それらの中に置いても、必ず自己主張してくる確信が持てる。その理由は、主人公の飛鳥が発する、眩しくはないが、確実に煌めく光
佐々木さんの文章はマジックの如く、彼女の多少屈折した心情をリアルに、ダイレクトに読者に伝えてくる。眼目はあくまで、主人公の精神的な成長。まるで、作者自らが同時成長しているかのような迫真の心理描写、少女らしい頑なさと少女らしい優しさ。舞い上がり方も、落ち込み方も激しい彼女。ページを捲るたび、章が進むたび、確実に主人公は成長を続けており、その表現がなんとも巧い。「白馬の王子様」は単に待ち望んでいるだけではダメで、それを迎え入れるに相応しい努力が必要なんだ、という当たり前ながら、なかなか気付きにくい事実を分からせてくれる。自分自身の経験を、自分自身の力で乗り越えていく辛さと大切さ。ここまで表現出来ている作品は、そうはないと思う。
物語のベースとなっているのは、マルシャークの童話「森は生きている」。森に迷い込んだ心の美しい少女と、十二の月を司る森の精たちの心温まる触れあいの物語。作品の中で適宜引用されている、その物語が大いなる伏線となって物語を引っ張っている。このあたりのさりげなさがまた良い感じ。

殺人事件も発生し、ミステリとしても勿論読むことは出来る。とはいえ、本作ではその事件そのものも単に主人公が成長するための、数ある事件のうちの一つにしか過ぎない。素直に一人の女性の成長を楽しみたいところだ。語弊がないといいが、女性には無条件お勧め。


99/06/08
土屋隆夫「芥川龍之介の推理」(角川文庫'78)

土屋氏が'65年から'73年にかけて推理雑誌等に発表した短編を集めた作品。

小さな市で発生した三件の十代の少年少女の自殺。芥川を偶然手に取った担当の警部は彼らの自殺原因に思いを馳せる『芥川龍之介の推理』
第三者証言と娘の証言との食い違いにより、冤罪で死刑判決を受けた男性。彼は娘の名を呼びながら獄中死した『縄の証言』
警察に出頭した男は、街の名士の家から小汚い靴を盗んだ、と自首。持ち主は家の者の靴ではないと主張『三幕の喜劇』
夜中に侵入された謎の男に強姦された妻は、その事実に煩悶、自殺してしまう『夜の判決』
警察に拘引された男が自供したという強姦事件は、襲われた当人には全く身に覚えのない出来事だった『沈黙協定』
旦那不在の家に泥棒に入った男が、体力のある奥方に逆に殴り殺されてしまった『正当防衛』
長期出張から戻ると、妻は遺書を残して自殺をしていた。その義妹が真相を推理する『加えて、消した』以上、七編。

男尊女卑の時代を反映、夫婦の間に潜む恐怖と絶望
後半部の四作が全て「夫婦」ないし、その何れかが主人公。間接的に取り上げられている『三幕の悲劇』まで含めれば、表題作と『縄の証言』の二作を除いた全ての主題は「夫婦の浮気」であり古めかしく表現すると「姦通」である。本作では、本作でのこの関係は、必ずしも男女の同意とは限らず、強姦やそれに類するものも含まれるため、はっきり言うと読後感があまりよろしくない。土屋氏が作品に用いているトリックや動機、心理状態の前提となっているのは、現在より三十年前後前の、封建的とも言える夫婦関係。妻は夫に絶対服従、妻の浮気は疑いがかかるだけで死ぬに値する大罪……今の読者なら、違和感を覚えて当然。しかし逆に、旧弊な夫婦価値観が、この日本に確として存在した時代があったことを、土屋氏の本格推理が浮かび上がらせている、と受け取りたい。推理小説は時代を映す鏡である。価値観が変遷するにつれ、推理小説そのものも変遷をせざるを得ないことが、本作を通じて感じられた。
別テーマの二作。表題作『芥川龍之介の推理』、かの文豪が主人公になるのか、と思いきや彼の文章からの連想がそのまま謎解きに繋がっていく不思議な展開。何らかのミッシングリンクという考え方こそ裏切られるが、彼らが自殺に走るに至る過程の推論は、読み応えあり。そして二番目の『縄の証言』。こちらは、土屋氏が頻繁に取り上げるテーマ「冤罪」がメイン。最終的には死刑囚の娘の復讐譚となってしまうが、「目には目を」的な不気味な迫力が興趣をそそる。

本作に関しては、全体的なトーンが低く押さえられているような感触。一種の怖い物見たさに近い感覚でページを繰ってしまう。短編の名手と言われる土屋氏ではあるが、本作に関しては一見さんは避けた方が無難かも。この癖のある暗さは、読む人を選ぶ気がする。


99/06/07
仁木悦子「三日間の悪夢」(角川文庫'80)

角川文庫の六冊目の短編集。収録作品は六編だが'60年から'73年にかけて幅広い範囲の作品が選ばれている。ママ悦子が活躍する『ただ一つの物語』以外、独立した探偵役が登場する。

母親と祖母を残して家出した息子が、殺人の容疑で捕らえられた。奔走する母親だが悪い方へ事態が進む『三日間の悪夢』
娘と二人暮らしの牧師の家に転がり込んできたチンピラ。彼ら三人は隣家のパーティに出席することに『罪なき者まず石をなげうて』
幼い頃、実母が自殺したと聞いている涼子は、母親が殺されたのではと考え始める『虹色の犬』
悦子が病気の筆友からもらった手作りの子供向けの絵本を見たい、という女性が現れた『ただ一つの物語』
憧れのまろみちゃんとのデートの成功した小五の「僕」。しかし戻ってみると彼女の弟が誘拐されていた『恋人とその弟』
足の不自由な十四歳の「あたし」は複雑な家庭環境で弟の面倒を見ながら暮らしていた。隣室に住むの同い年の男の子が彼女の心の支えだった『壁の穴』以上六短編、『罪なき……』は短めの中編。

多彩な探偵陣が繰り広げる人間関係の妙
兄妹の妹、悦子が探偵を務める『ただ一つの物語』、主人公が探偵役を務める『虹色の犬』。この二編については、優しさと哀しさ、更に人間の狡さが加わった複雑な人間模様が織りなす謎を解く、仁木さんのスタンダードナンバー的作品。これらは、縺れた紐が解きほぐされていく「過程」に快感があり、味わい深い。
本作品集における他の四作。こちらにちょっと不思議な話が揃った。息子が容疑者となって狂乱する母親をブラックに描いた『三日間…』、牧師親子と根はいいチンピラとの交流を描く『罪…』、主人公が誘拐事件に巻き込まれる『恋人…』、身障者の辛さをしっかりと描いた『罪なき…』。それぞれ物語や設定、背景に力をしっかりと注いであり、犯罪そのものより、彼らの心情や、恐怖に重点が描かれている。トリック重視のミステリというより、サスペンス色がかなり濃厚。読者を巻き込むどきどき感を狙っている。そして結末。誰が探偵役を務めるか、まで含め、様々な意外な結末が読者を迎える。その結果、得られるカタルシスは「驚き」だけに止まらない。人間を書くことに巧みな、仁木さんらしいと言えば仁木さんらしい短編集。

角川文庫で出版されている短編集は、基本的に全体的に似たコンセプト。探偵役を揃えず、出来る限り一冊に色んなバリエーションを加えているようだ。その中でも本作品集は、異色な印象を受けた。恐らく、ちょっとしたコンセプトの違いなのだと思うが、御自身で確かめて欲しい。


99/06/06
東 雅夫(編)「屍鬼の血族」(桜桃書房'99)

季刊『幻想文学』『ホラーウェイブ』の編集長を務めると同時に、日本でも有数の怪奇幻想文学評論家である、東氏。氏の人となりは、ご自身のサイトに詳しいので、そちらをご参照されたい。

1884年、小泉八雲が『異文学遺聞』の中で『屍鬼二十五話』という十一世紀インドの詩人によって成された伝奇小説について触れた。そして1998年、日本では小野不由美が現代最高とも言えるホラー・ジャパネスク『屍鬼』を著した。東方の吸血鬼譚はヒマラヤ山中に始まり、極東日本の『屍鬼』に及んでいる。そしてこの吸血鬼・ジャパネスクともいえる本書は、両方の屍鬼の連想から『屍鬼の血族』と名付けられた。
第一章は「真紅のエキゾティシズム」と題され、江戸川乱歩、中河与一、城昌幸、柴田連三郎、日影丈吉といった巨匠らがそれぞれ著した『吸血鬼』という小説、小文で統一されている。第二章は『ヴァンパイア・ジャパネスク』。日本固有の土地風俗を作品内部に結実させた吸血鬼小説群。岡部道男『ドラキュラ三話』半村良『血霊』梶尾真治『干し若』新井素子『週に一度のお食事を』赤川次郎『吸血鬼の静かな眠り』五編。そして吸血鬼の持つ独特の貴族性、俗人との断絶性を描き出した第三章「吸血貴族の幻影』。文豪三島由紀夫が著した有名な吸血鬼小説『仲間』から、倉橋由美子『ヴァンピールの会』中井英夫『影の狩人』須永朝彦『契』菊地秀行『D−ハルマゲドン』  第四章「夜の姉妹たち」岡本綺堂『一本足の女』都筑道夫『夜あけの吸血鬼』夢枕獏『かわいい生贄』大原まり子『愛撫(なだめ)』種村季弘『吸血鬼入門』怒濤の二十編。

日本人による日本人のための吸血鬼譚
本書を読了して痛烈に感じことがある。自分が「日本人」であることだ。
吸血鬼譚を読んで感じる恐怖は、異種的存在である「吸血鬼」が自分の存在を侵犯してくるところにある。自分の身近な存在が異形の者に変ずる恐怖、身近な存在が実は異形の者であったと気付く恐怖、自分自身が変質させられる恐怖。これらは世界中の人間が持つ共通の恐怖感の一部だと思う。この点に関しては、世界の数多くの吸血鬼譚の名作も本書掲載の作品もツボは同じだろう。その上に本書は別のテイストを加えて強調することで恐怖の度合いを高めている。それは「日本へのこだわり」。編集方針にも掲げられているので、自明のことではあるが、その方針が良い形で成功している。日本人は日本人としての原風景を持つ。日本固有の寂寥感漂う夕暮れ、風の音さえしない真の暗闇。日本固有の自然への懼れ。日本人にしか描けない風景と、それらと異質でありながら溶け合い、我らを脅かす異形の存在。ルーマニアのお城で繰り広げられる恐怖を想像力を駆使して味わうのではなく、夜道を歩くだけで次から次へと湧いてくるようなごく身近な不安感、恐怖感を本書はじわりじわりと味わわせてくれるのだ。これこそが、ヴァンパイア・ジャパネスクの恐怖
個別には第一章の各氏の奇妙な味わいと、都筑道夫氏、梶尾真治氏の各作品が、強烈に印象に残った。赤川次郎氏の作品は、他のアンソロジーで読んだことがあっったにも関わらず、柔らかい語り口と忍び寄る恐怖のギャップが腹に響く。他の作品も単なる吸血鬼の話に留まらず、何らかの手法を試そうという意図が見える。

出版されたばかりなので、入手方法には問題はないでしょう。後は2,300円という定価に退かないこと。重量感ある装幀、藤田新策氏の芸術的な表紙等々、内容と存在感共々、価値あり。


99/06/05
天藤 真「完全なる離婚」(角川文庫'84)

夫婦など男女関係に関する作品が集められた角川文庫での三冊目の短編集。『鷹と鳶』は旧『宝石』の'63年一月増刊に掲載された作品で、第二回宝石短編賞を受賞、アンソロジーにもよく収録されている。収録作は上記より〜'81年までの幅広い期間にわたり、『エロティック・ミステリー』という雑誌掲載作品まで含んで、多少の艶もある。

剛と柔、性格の異なる共同経営者に一人の美女が加わる。彼女を巡り争いだした彼らは、互いを疎ましく感じ始める『鷹と鳶』
若い学校の先生と仲良くなる妻。彼女はある日、夫がゴミ箱に怪しげな葉書を捨てていることに気付く『夫婦悪日』
娘の婚約パーティが間近の富豪宅に届いた謎の手紙。それは相手の男が殺人者である、という密告だった『密告者』
妻の浮気に長い間気付かなかったぼんやり教授。探偵事務所の力を借りて姦通者に復讐するが……『重ねて四つ』
若い愛人を作った男。ベタ惚れされている妻と円満に離婚したいと考え、円満に離婚を行うという組織に入会する『完全なる離婚』
人里離れた崖の下に建つ二軒並んだ一戸建て。片側の主婦を執拗に付け狙うストーカー『崖下の家』
酔って帰宅の最中、崖の側を通りかかった私は車を避けようとした年輩の男と共に転落。彼と身体が入れ替わってしまう『私が殺した私』
結婚後しばらくして自殺した姉が妹に送っていた手紙にはあまりにも破廉恥かつ恐ろしい告白が書かれていた『背面の悪魔』
バー勤めしていた女房の旧友が遊びに来たが、彼女はその晩暴行され、殺されてしまった『三枚の千円札』
突然家にやって来た女性は、女房が亡くなった旦那の初恋の人なので話を聞かせて欲しいと切り出す『純情な蠍』以上、中身の濃い十編。

平凡な男女の生活はブラックな罠と隣り合わせ
天藤真は不思議な作家である。ユーモラスな筆致でシリアスな物語を軽いタッチでほんわかと描くかと思えば、平々凡々な夫婦生活にちょっとした毒を振りかけるだけで、強烈にブラックな味わいの作品にしてしまったりする。変幻自在の発想と、枯れたユーモアは氏の右に出る者はいない、と断言したい。
本作品集は後者にあたり、笑いというより悪意に重点が置かれている。平凡な夫婦生活に突如襲ってくる嵐。そのきっかけは旦那、女房の浮気だったり、古傷をほじくるゴロツキだったりとそれ程、突飛な事件ではない。それでも、甘い誘いには乗るな、と人に注意する人間に限り、自分のことになると、つい甘さを見せてしまい、彼、彼女らは易々とその陥穽に引っかかってしまう。そこからの奇想天外な展開が見どころ。慌てた彼らの行き着く先は、果たして? テーマがテーマだけに決して全ての作品の後味は必ずしも良くないのだが、それでも小説としての魅力が高いのは、必ずラスト数行で読者を落とすための穴を掘って天藤さんが待ち構えているから。最後にニヤリとしたり、ドキリとしたり。仕上の見事さはショートショートの魅力に通じるものがある。

天藤作品の魅力は生半可な言葉では言い尽くせない。創元推理文庫の全集の続刊が真剣に待ち望まれる。それまでは、天藤真の短編に関しては角川の四冊の短編集を探すしかないのが実情、見たら買い、ですよ。


99/06/04
芦辺 拓「時の誘拐」(立風書房'96)

芦辺氏のミステリでは四作目にあたる大長編。森江春策ものでは三作目にあたるが、ハードカバーで一冊2,300円とボリュームがあることもあってあまり読まれていない?ように感じられる。

1996年、大阪府の知事候補となるべく、東京から派遣された内務省OBの落下傘候補、根塚。遣り手の秘書と共に選挙運動を開始、大阪人の反発を和らげるため関西弁のレクチャーまで受ける。そんな中、東京に残してきた根塚の娘、樹里が大阪へ向かう途中の新幹線の車内で何者かに誘拐される。犯人からの身代金の要求は二億円。そして受け渡しの実行者として指名されたのは、根塚とは何の関係もない、阿月慎司という青年だった。大阪ならではの巧妙な方法で警察と阿月を翻弄した挙げ句、身代金を入手した犯人。だが人質の樹里は、依然として戻らず、阿月は犯人グループと目されてしまう。
物語は変わり、昭和24年の大阪。占領軍の指導の元、国家警察とは別に自治体による警察が存在していた時代があった。その一環として「大阪警視庁」が誕生する。若い女性がピアノ線のようなワイヤーで首を吊った偽装自殺事件が発生、続いて同様にワイヤーで首を絞められ、若者が殺されたという通報が入り、連続殺人の様相を呈してきた。大阪警視庁の海原警部と夕刊新日本の記者、高塔は、この事件を追う。

時代を股にかける大作
冒頭の誘拐部分、芦辺作品の中でも群を抜くスピーディな展開があり、一気に作品中に引き込まれた。身代金略取の方法の巧みさ、なぜ無関係の人間を利用するのか……。加えて作中作となっている昭和二十四年に発生した連続殺人事件。大阪警視庁という消え去った組織を中心に描かれる古式ゆかしく謎の多い本格推理。過去と現在の二つの事件がどのように解けていくのか。そしてどのように繋がるのか。興味は尽きない。
トリックや動機はちょっと本作の造作を考えると細いような気もする。とはいえ、物語の中での整合性は見事に完結。その剛腕には敬服したい。またトリック重視の本格部分に加え、後の作品でも見られる「警察批判」「官僚批判」のような社会派的な部分も垣間見える。ある意味こちらがメインディッシュのような印象も。冤罪がどのようにして作られるのか。物語中とはいえ、無害な人間が犯人として告発されていく様子はフィクションながら怖さも感じた。
少し残念なのは誘拐場面で重要な役割を果たした'96年当時のあるものが、たった三年のうちに時代がかってしまっている点。この手の技術は日進月歩なので作品に取り入れるリスクがどうしても発生するのだが。

とにかく大作。単なる装飾や、作者の趣味部分も多く、ごてごてした部分もありますが、誘拐、密室、WHO DONE IT? WHY DONE IT?とミステリの諸要素を全てぶちこんだ点は評価すべき。過剰な「探偵小説」への傾倒に関しては本作では控えめ、か。昭和24年の事件、アリバイ崩しの場面で「あの人」が登場します。名前は出ていませんが一目瞭然。


99/06/03
瀬戸川 猛資「夜明けの睡魔」(早川書房'87)

瀬戸川氏は'48年生まれのワセミス出身のミステリ評論家。特に海外ミステリに強く、《BOOK MAN》という雑誌の編集長を務めていたことも。代表作の本書は様々なファンに大きな影響を与えたと言われる。'99年3月、惜しまれつつも逝去された。

本書はまず『夜明けの睡魔』から入る。この部分は早川書房刊の『ミステリマガジン』'80年7月より30回分掲載されたもの。当時の英米を中心として登場してきた新しい作家たちに目を向けたコラム。作者が自ら述べているように、狭義のミステリにこだわらず、ハードボイルド、スパイ、スリラー、冒険小説など広義のミステリーに至るまで広い分野について取り上げられている。続いて『昨日の睡魔/名作巡礼』として'84年から同じく『ミステリマガジン』に『新夜明けの睡魔』として連載されたコラムが続く。こちらは海外ミステリ古典(的名作)と呼ばれる作品を現代的な視点で再評価、持ち上げたり、突き放したり、解釈の違いについて語ったりという少し異色の内容。更に『明日の睡魔』として本書のために書き下ろされたコラムが三編加わっている。

驚嘆。ワタシの求める理想の書評がここにある。
ここまで、書いていいのだろうか?  ……この本なら、いい!
ここ二年の私の読んだ本の90%はこのサイトに掲載している。リストを御参照下さればお分かりのように、分野はとにかく99%が国産である。告白すると、海外本格ミステリに関しては、若い頃に目を通した通り一遍の知識しかなく、下手をすると普通の人よりも読んでいないくらいなのだ。(冒険スパイ小説だけは読んでいたのだけど)その私が「ああ、読みてぇ!!」と苦しくなるくらい、「読みたい気持ちの引っぱり出し」が巧いのだ。
瀬戸川氏の文章そのものには目立つ特徴はない。自問し、回答を探し、理由を述べ、引用し、要約し……と、表面的には評論家なら誰でも用いている形式である。その書評の魅力の原動力は、「面白いかどうか」をきちんと自分の頭で判断するポリシーであろう。世評がいくら「名作」「傑作」と叫んでいても、氏は自らの価値判断で「面白い」「大したことはない」ときちんと判断している。そして、それを読者に伝える言葉が明快なのだ。「評論家がどう思ったという最終結論」よりも読者が知りたいのは「何故、その評論家がそう判断したか」なのである。この点は面白いが、ここに欠点がある。こういう角度から評価すると面白い。前半は正直退屈だが、後半に一気に読ませる……分かり易い。そして、数ある取り上げられた作品の中に「この作品は傑作中の傑作」なんて言われた日には、無条件で本を持ってレジに並びたくなる。また、古典に関しても、(当時の)新刊に関しても評価軸が「現代人が読んだら」ということで固まっている点、安心できる。とにかく分かり易く、安心できる書評。御本人は、本当はかなりのマニアの筈なのに、出来るだけ読者側に立った物言いをされている点も共感できる点の一つ。そういうスタンスを取ることで本当に感じたこと、思ったことを遠慮なく言っている、と少なくとも思わされる。
海外ミステリも新刊が大量に発売されている裏側で、入手しにくい作品もどんどん増えている。でも、本書を読んだら、草の根分けても探し出して読んでやろう、と何故かそういう気になる。極端な話、瀬戸川氏には瞞されてもいい。本気で思った。

'99年、本作は瀬戸川氏を偲ぶかのように(なぜか)創元ライブラリにて再刊された。文庫サイズで1,100円というちょっと躊躇うような価格だが、ここは張り込んででも買っておきたい。この名文、名推薦はミステリファンは味わわないと損。貴方の心の中の「読みたい本リスト」が何倍にも膨らむはずだから。


99/06/02
北村 薫「ミステリは万華鏡」(集英社'99)

ミステリ作家としてだけでなく、現代のアンソロジストとして、深い洞察と多岐に渡る知識を披露している北村氏。氏が『小説すばる』誌に'97年から'99年まで連載していた、ミステリに関するエッセイをまとめたもの。

古めの探偵小説、乱歩であるとか、小栗虫太郎、久生十蘭について短編や小文を抜き出し、解釈やその素晴らしさについて語っている……と思いきや、話は日常で感じた、例えば「お茶」であったり「虎」であったり「猿の絵」といった事柄が気付くと探偵小説の一節に結びつけられていたりする。エッセイの中盤を過ぎると、到底ミステリとは関係ない詩や、童謡、幼児向け文学の話になったり、北村氏の過去の体験が綴られたり。そして今までの北村氏の著作の裏話や、本格ミステリとは、などを、あくまで北村調で、優しく分かり易く語りかけるように伝えてくれる。

お茶を飲みながら北村さんから話を聞いているような……
そんなリラックスした気分にさせてもらえるエッセイ集。
冒頭の一文を抜き出す。「よくいうことだが、薔薇が先にあったわけだ。」何のことやら分からない、だけれども興味はそそられる。そんな北村流のテクニックが駆使されながらも、そうと全く感じさせない素晴らしい文章が詰まっている。風雅な趣味を持ち、多感な少年時代を送り、昔から今に至るまで本を読むことが好きで好きでたまらない……作品を読んでも感じる、北村氏の暖かさ、優しさがほのぼのとページから伝わってくる。
反面、取り上げられている探偵小説を中心とした作品が、(古い読者には常識ながら)現在の北村作品を支えている、マニア度が薄い普通の若い方にはちょっとしんどいように感じる。ただ、未読であってもネタは極力割らないようにという配慮は勿論なされているし、マニアでもちょっと普通は入手出来ないような本も取り上げられたりしているので神経質になる必要ないかも。あくまで本書の基本となるのは「本格ミステリについて」であり、北村氏自身、相当なマニアでありながら、それを露骨に感じさせないあたりは流石。

本書を読む前に押さえておきたい作品。ネタバレのある北村薫『覆面作家シリーズ』(角川文庫など)。そして本書で取り上げられる江戸川乱歩『鏡地獄』(角川ホラー文庫他)夢野久作『瓶詰の地獄』久生十蘭『ハムレット』『湖畔』(それぞれ創元推理文庫探偵小説全集)など。短い作品なので立ち読みでも何でも押さえておきたい。それだけで本書に対する興味が倍くらい変わってくるはず。


99/06/01
江戸川乱歩「妖虫」(創元推理文庫'94)

雑誌『キング』誌に'33年(昭和8年)から翌年にかけて連載された作品。この頃『新青年』に連載開始した『悪霊』が連載中断するなど乱歩のスランプ期にあたるのだが、本作はきちんと長編として、まとまった仕上がりを見せている。少年向け明智作品『鉄塔の怪人』は本作を乱歩自身が翻案したという。

推理マニアの大学生、相川守が妹の珠子、家庭教師の殿村京子とレストランで食事中、殿村が読心術を使い隅のテーブルで食事をしている青めがねの男の会話を盗み見る。彼らは明日の晩、谷中の空き家で何者かを刺し殺す相談をしているというのだ。興味を持った守はその時刻、空き家を探しだす。果たしてそこではミス・ニッポンの女優、春川月子が実際に殺される現場であった。目撃して慌てた守が警官を伴って戻ってくるも、空き家はもぬけの殻で、血で描かれたサソリの絵が残されているばかりだった。しかし月子の死体は胴体は井戸の中、手足は草むらから発見された。事情聴取を受け帰宅する途中の守は、見せ物小屋のテントから出てくる青めがねの男を再び発見。追跡するが逆に彼から、次の標的は貴様の妹の珠子だ、と予告されてしまう。そして自宅で入浴中の珠子は窓の外に青めがねの男の姿を認め失神、その裸体の後背には赤いサソリの死体が……。

猟奇と怪奇が渾然一体漂う万感の乱歩世界
良くも悪くも乱歩の大衆向け作品。今回のテーマは「サソリ」である。犯罪の場所に目印として残されるサソリの絵や、サソリの死骸。神出鬼没の犯人。匣の中から聞こえてくる不気味な声。乱歩独特の奇妙な現象をそこかしこに展開しながら進む、スピーディな展開。一旦は勝利をもぎ取りながらも思わぬ逆転を食らう主人公たち。周到に張り巡らされた罠。残虐な犯人。怪奇には魅力があり、文体は読みやすく、物語への引き込み方はやはり並ではない。乱歩大衆作品は、いくつかあるトリックを大きなパターンで組み合わせたバリエーションであることが多い。そうと半ば分かっていながらも読者を決して飽きさせないのが、また乱歩の乱歩たる所以。装飾と小道具を過剰に使うことによる効果。うむ。
本作、探偵役が明智小五郎ではない。解説の戸川安宣氏によると「危地に陥り九死に一生を得るような目にあうのは明智のキャラクタに反するから」だという。確かに本作の探偵役は年がいっているせいもあり、今ひとつ冴えない。ということで過程には「あれれ」と思う部分もある。それでも、とにかくラストの明快さは明智ものと変わらずすっきり爽快。個人的には、探偵役がもっと色々と危地に陥った方が物語としては盛り上がるように感じた。今更言っても詮無いことだが。

乱歩作品の荒唐無稽な面白さは相変わらず。それに加えて本作では「意外な犯人」「意外な動機」を楽しむことが出来る。プロットや展開の巧みさは言うに及ばない。少年よ、乱歩を読もう。