MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−過去の書評群 (掲載順)−  


99/06/30
江戸川乱歩「湖畔邸事件」(創元推理文庫'95)

表題の『湖畔邸事件』に『一寸法師』を併録。『湖畔邸事件』は'25年、『サンデー毎日』誌に、『一寸法師』は同じく'25年から'27年まで朝日新聞に連載された。乱歩自身の評価は低く、執筆終了時に放浪の旅に出てしまうほどの『一寸法師』だったが、映画化も三度にわたり、極端に出来が落ちるとも思えない。

『湖畔邸事件』 「私」は幼い頃よりレンズや鏡にこだわりを持っていた。そんな「私」が青年となり、湖畔の宿屋で退屈している折り、持参したレンズや鏡で、自室にいながらにして女風呂の更衣室を覗けるよう細工を施し、毎日それを眺めて淫靡な楽しみに耽っていた。ある日、そのレンズの中で女性の背中にナイフが突き刺さり、血が吹き出るのを「私」は目撃する。しかし、風呂場には血の痕跡こそ残されていたものの、女性の死体は見当たらなかった。
『一寸法師』 小林紋三は酔って歩いている時に、かたわ者の一寸法師が人間の腕を持っているのを目撃。一寸法師は寺の中に消えてしまう。疑念を感じた小林は、翌日寺を訪ねるが、住職はそんな人間はいない、と言う。その帰り、小林は密かに憧れていた、山野という実業家婦人より相談を持ち掛けられる。彼女の娘が密かに家出した、というのだ。しかし、その家は密室状態。困った小林は明智小五郎の助けを仰ぐ。

本人評価が低くても、プロットが破綻していても
エンターテインメントとしての乱歩作品は、やはり凄いと思う。

まず『湖畔邸事件』。短編『鏡地獄』を彷彿とさせるレンズ嗜好と覗き趣味。文章中ではいやらしさは押さえられているけれど、主人公自身の持つ趣味は、いかにも乱歩的な退廃的雰囲気に溢れている。背徳的な後ろめたい気分を持ちながら事件そのものへの興味を捨てられない主人公の葛藤、乱歩通俗作品に氾濫する装飾を、逆に削り取ることで全体的にシンプルな作りの探偵小説として成功している。多少の強引さは感じられるが、それもまた良し。
そして『一寸法師』だが、乱歩の自己嫌悪というのも分からないでもない。ただ、それでもエンターテインメント作品としては、全く他の諸作品と比べ、ひけを取るとも思えない。切断された女性の死体、跳梁跋扈する一寸法師、脅迫される美人妻。提示された謎は、きちんと着地するし、ラストが冒険調になってしまう点も、スピード感が楽しめる。トリックそのものは乱歩他作品に通じていて目新しさこそ味わえないものの、作品全体を楽しむ分には全く支障はない。

『湖畔邸事件』を乱歩の本格探偵小説のベストに推す人もいるようだし、『一寸法師』は乱歩の通俗らしい楽しさを目一杯味わえる。そういう意味ではお得なカップリングとも言える一冊。挿し絵もGOOD。


99/06/29
日影丈吉「非常階段」(徳間文庫'81)

日本推理小説界で異才を放つ孤高の天才((C)葉山響さま)日影丈吉。'49年にデビュー、以後四十年の長きにわたり悠々と創作活動を続けた。幻想的な文体と、不思議なミステリが融合した作品は幻想文学、ミステリどちらの分野からも高く評価されている。本作は'60年に講談社より刊行されたものを徳間文庫が復刊したもの。

都下のちょっと雰囲気のあるビルに事務所を構える、日進海運へ就職面接に訪れた女性、兼任絹子。折りからの就職難の中、採用される女性のほとんどは縁故採用で固められており、残る枠は後一名だった。彼女の美貌に採用係の八木原聡一は惹かれるが、人事課長の市原、その部下で八木原の先輩の二戸は、もう一人の候補者であり、市原の縁故である辻宮睦子採用に傾いていた。そんな中、第三次面接の健康診断を終えた絹子を二戸が「話がある」と定時後の診察室に呼び出し、眠り薬を飲ませ暴行しようとする。情実採用に憤る、総務課勤務の真杉織枝と共に会社に戻った八木原は、眠りこけた彼女と、背中を刺されて死亡している二戸を発見する。絹子の将来を慮った二人は、社内の人気のもっとも少ない非常階段に死体を移動、事態を改竄する。ところが翌日になっても死体は発見されず、二戸は欠勤扱いのまま日々が過ぎていった。しかも八木原が恐る恐る確認したところ、非常階段に置いた死体が消え失せてしまっていた。

平凡に思われた事件が徐々に変質していく不思議さ
一般的に「日影丈吉の凄さは文体にある」と言われている。しかし、本作についてはそれに加えて「物語構造の巧みさ」に「日影丈吉の凄さ」を強く感じた。
一種のセクハラの結果、過ちを犯した女性、彼女を救うための騎士となり、状況を隠蔽する主人公ら。冒頭の展開だけ見ていると「刑事コロンボ」「古畑任三郎」的な「事件の発生」→「捜査によって犯人のミスを浮かび上がらせる」という倒叙形式の推理小説を想像する。もちろん、物語の興味の一つは隠された犯罪が、どのように明らかにされるか、にもある。ところが、日影氏はこの興味を微妙にずらしていくのだ。つまり犯人の行った行動に、更に何者かが作為を加えているのだ。犯人視点で物語を読んでいるつもりの読者は、現れた奇妙な事実にはぐらかされる。本作では、隠した死体が一度消失し、再び現れるところなど、不思議な現象が頻発する。最終的な真相も、一気に全ての謎を解くのではなく、不明点を少しずつ明かしていく形になっており、本当の最後の謎が解かれるまで、ずっと引き込まれっぱなし。
もう一つ気付いたのは、このミステリ的な展開をにより、登場人物それぞれ個人が持つ罪悪感、倫理観という点を浮かび上がらされていること。事件が解決に向かう途中で感じられる、関係者の意外な反応。犯罪を犯す人間は必ず「悪」なのか。「善」意による犯罪の隠蔽は許されるのか。実は本編の真の主人公は「登場人物の持つ倫理」なのかもしれない。事件の現場となる瀟洒なビルとその一角。この一角に観客席のある舞台がしつらえられ、登場人物の行動と共に心情を読者は観察する。「視せる」ことを意識した物語世界、これが日影作品の真骨頂か。

本書の背景となる過去の就職難、そして封建的な会社思想は本筋とは関係が薄いながら、現代の人間から見ると奇異に映る点が多々ある。それもまた、別の意味での本作の面白さに繋がっている。ただ本書、絶版です。


99/06/28
鮎川哲也「西南西に進路をとれ」(集英社文庫'82)

'69年から'76年間に執筆され、特に他の作品集に収められなかった七作品が集められた作品集。表題はもちろんヒッチコックの「北北西に進路を取れ」からの連想と思われる。

酔っぱらい運転で人を刎ね殺した二人のうち一人が、自首しそうな相手に殺意を抱く『ワインと版画』
二流の漫才コンビの一人が弱みを握られている相方に対して殺意を抱く『MF計画』
社長の娘から一目惚れされた男が、交際している女性を殺害しようと計画『濡れた花びら』
平凡な夫婦宅に突然やって来た男は旦那を脅迫。しかし旦那は奥さんになんの説明もしない『猪喰った報い』
マンションで男性死体がボイラー室で焼かれていた。犯人と目された女はマンションから出ていないという『地階ボイラー室』
スキー場で雪に埋まった女性の死体が発見され、その夫であるタレントが疑われる『水難の相あり』
妻を殺された大学教授。彼はその頃女子学生とドライブをしていたと主張『西南西に進路をとれ』以上、文庫初収録作品七編。

比較してこそ映える、鮎川本格短編
しっかりとパターンの分けられた構成になっており、前半に鮎川「倒叙」作品、後半に鮎川「本格」作品が三作ずつ並び、比較が容易。そして収録された短編だけ、での比較では「本格」の方が絶対に面白い。解説(山前譲氏)によると鮎川氏は、枚数の少ない短編を依頼されると倒叙を好んで執筆した時期があったという。他の作品集に収録された倒叙には素晴らしい作品もあるのだが、これら三作品は今一つ。途中に色々と興趣を盛り込んではいるのだが、どうしても作品の締めにあたる「犯人が犯したミス」がワンアイデアとなってしまっており、オチを読んでも「やられた」という気にならない。ところが本格作品と来たら、短編集でありながらぶっ通しで「アリバイ崩し」が語られており、これが有る程度鮎川作品に慣れた身には、小気味良いのだ。鉄壁に見えるアリバイが「実は……だった」ああ、これぞ鮎川本格の快感。
真ん中に収録された『猪……』は、仁木悦子を彷彿とさせるストーリー運び。謎の恐喝者の正体を旦那に秘密で探り出そうという、奥さんの奮闘。そして明かされる真相ともどもバランスが取れており、意外性は小さいがこれはこれで楽しめた。

集英社文庫の短編集は後半出版された作品の入手はかなり難しい。現在の創元推理文庫の復刻がどこまでを対象としているのか不明だが、鮎川短編は、本格好きには押さえて頂きたいもの。ただ今の「新本格」好きな方にウけるのかどうかは、分かりませんが。ちなみに本書は中橋さんより書庫の部屋100,000アクセス記念に頂きました。多謝。


99/06/27
都筑道夫「にぎやかな悪霊たち」(講談社文庫'82)

最初の一編『蝋いろのかお』は'74年に『別冊小説宝石』に登場、その後の作品は『SUNJACK』という雑誌に翌'75年から足かけ三年にわたって連載された作品。同一主人公が活躍するシリーズ短編集。本文庫版の解説は作品と同じ題名の高信太郎の四コマ漫画。

テレビで活躍するオカルト研究家、出雲耕平。パトロンである喫茶店経営者のビルに「出雲オカルト研究所」事務所を構えているが、実は耕平自身は霊感が全くない。そんな耕平と共に、児童向け週刊誌で彼のコラムを担当している編集者、鶴来六輔、喫茶店アルバイトで恋人の由香里、カメラマンの亀田らが(どちらかというと彼らが中心になって)、訪ねてきた訳ありのお化け絡みの依頼を調査、奇想天外な方法で解決していく「ドタバタお化け物語」。ポルターガイスト、幽霊、生き霊、キツネ憑きなどなど、ありとあらゆるこの世の怪異。怪異を消し去る訳でもなく、逆に飲み込まれかけても、事件を鮮やかに解決していく痛快ストーリー。
『蝋いろの顔』『湯気の中から』『黒く細いもの』『騒ぐ霊』『女嫌いの女の絵』『幽霊坂マンション』『出雲ぎつね』『激写あの世ヌード!』『モンロー変化』『男の首』『化け方教えて』『水わり幽霊』『人形たちの夜』『夜の猫は灰色』『離魂病診断書』内容の濃い十五編の連作短編。

ツヅキ節がたっぷり込められたスラップスティックゴーストストーリー
この物語世界において「悪霊」の類は確実に存在し、そのものについて合理的な解決はない。ただ、あくまで日常世界の延長なので、その「悪霊」を見る人も限られているし、例えば霊感が強い人には見える、などのエクスギューズはもきちんと存在している。そして「悪霊」の出現は決して無軌道なものとして描かれていない。基本的に、亡くなった人の現世への恨み、思い残しといった「思念」が、「悪霊」をこの世に発現させるための重要な役割を果たしており、原因なしには一切何事も起きない。鶴来ら、主人公に出来るのは、その「悪霊の思い」を理解し、それを整理して、一種の成仏を彼らに成し遂げさせることだけである。つまり本作の主人公らの行う「悪霊退治」とは、そのまま裏に隠された事件の解決のことを指す。
全て短編ながら、「悪霊」たちは色々な突飛な形で出現するし、必ず裏には色々な関係者の思惑が隠れているので、さながら短編ミステリ的な展開を意図的に都筑氏は使用している。このあたりの物語展開は、流石に短編の名手。独壇場。あっという間に引き込まれるし、その解決にも唸らされる。「悪霊」が実は……だった、などという話が意図的に交えてあったり、有名な怪談のパロディでは、と思わせられる作品があったり、とこれだけの短編を詰め込みながらも飽きさせない工夫があり、バラエティも満点。鶴来、由香里、出雲の三角関係など連作短編的興味も。淡淡と怪異を描くでもなく、幽霊を隠れ蓑にミステリを描くでもなく、どちらも、という贅沢な造りで成功しているのは、都筑氏らしいユーモア感覚が溢れているから。中途半端な腕では、このテーマを活かすのは難しい。

残念ながら品切れ、絶版の作品。当時の定価で460円、昔の講談社文庫らしく活字がぎっしりと詰まっていて412頁と、かなりのボリュームがある作品。ミステリともホラーとも言い切れない分野の作品ながら、読み応えは充分。郊外型古書店などでまだ見つかるはずです。


99/06/26
戸板康二「グリーン車の子供」(講談社文庫'82)

中村雅楽が探偵役を務めるシリーズ第二作品集。表題作となる『グリーン車の子供』は第二十九回日本推理作家協会短編賞受賞作品。本作品集は'60年より、'82年に至る長期に渡る作品を順に収録している。戸板氏はばりばりの劇評家であり、乱歩の推挽で書き始めた作家業の方が副業である。

新聞記者の武井は、京都は清水の舞台で見知らぬ女性に声を掛けられらた『滝に誘う女』
劇評で批評を受けた錦織という訳者が姿を消してしまった『隣家の消息』
歌舞伎の能役者の若手子役が扼殺された事件、雅楽が古書展で購入した本から謎を解く『美少年の死』
新幹線内で隣に居合わせた子供に強く心惹かれる雅楽『グリーン車の子供』
飲み屋でイタリアの大女優のサイン入り写真をなくしてしまった女優『日本のミミ』
誰もがみんな認めるいい女でありながら、良縁に認められない役者の妹『妹の縁談』
ある俳優の奥さんが亡くなり、彼女を追悼するうちに奇妙な出来事に思い当たる『お初さんの逮夜』
新劇女優と舞踊の家元の夫婦が、一人の女性を巡って不仲になった『梅の小枝』
雅楽の舞台に出る子役の様子が初日以来少しずつおかしくなってくる『子供の病気』
雅楽がその推理力を最初に発揮した事件は西洋人に惚れた色男がらみの問題から『二枚目の虫歯』
雅楽の知り合いの俳優が理由が不明ながら家出をしてしまった『神かくし』以上十編。

固めの文体で綴られた、元祖「日常の謎」
収められている最初の作品から既に四十年近く。歌舞伎の世界は一般に馴染みの薄い娯楽となっている。前作『團十郎切腹事件』と比して、歌舞伎という芸能が占める割合が下げられ、その分日常的な物語が増えたことで、作品集として親しみやすい造りになった印象。文体から受けるに骨っぽさ、辻褄合わせの強引さは多少残るが「〜事件」と殺人事件が多数を占める前作よりは余程話の流れがスムーズである。
個人的に一作選ぶと、嵌ったのは表題作よりも『お初さんの逮夜』。泣きそうになった。ある歌舞伎役者の早くに亡くなった奥さん。彼女が彼との出会いで演じたちょっとした不思議なエピソードを雅楽が解き明かすのだが、現れたのはひたむきで切ない一途な想い。これこそ、いい女。これを追悼の形でやられるのだ。登場人物ならずとも泣ける。さりげなく「情」が込められた逸品であり、個人的にこれを推す。他の作品においても「謎」そのものに加えて、底流に流れる男女の、親子の「情」を感じながら読んでゆきたい作品が揃っているように感じた。
どうしても「日常の謎」というと思い浮かぶのが北村薫の「私」&円紫シリーズ。円紫は落語家で、戸板康二の中村雅楽は歌舞伎俳優である。探偵役が伝統芸能を職とするのは、偶然なのか、北村氏がやはりこのシリーズを意識したのか。代々続いて演じられる定型の物語から謎を引き出すという、伝統芸能通ならではの面白さ、という部分もあるが、全ての作品で必要とされる事柄でもない。この点、もっと詳しく分析してみたい気もする。

同じ「日常の謎」として並べて比べると、現代人にとっては北村薫の方が物語的にも、文章的にも数段巧い。とはいえ、戸板康二の作品には氏ならではの美しさが込められている。是非比べてみて欲しい。古書的には人気があり、意外と入手しにくい。図書館で探してみては。ちなみに徳間ノベルスでも同題の作品集が刊行されているが、内容にはかなり異同があるので見つけたら片方を所持していても、購入しましょう。


99/06/25
大下宇陀児「金色藻」(春陽文庫探偵CLUB'95)

大正末から昭和三十年代半ばまで三十年以上にわたり、膨大な作品を発表してきた人気作家、大下宇陀児。戦前戦後、著書は二百冊以上とも言われるが、現在手に出来る本は数冊に過ぎない。本書は'32年に『週刊朝日』に連載された、大下の代表的長編の一つ。

新米新聞記者の蘆田良吉は、上司に命ぜられ裁判所の見学に訪れていた。何気なく傍聴していた強盗事件の裁判、被告の五味という男が忍び込んだ宅に住む女優、桜木ハルミについて供述しようとした瞬間に、無声拳銃にて射殺されてしまう。犯人は警備の警官に化けていたニセ巡査。本当の警備員も既に殺害されており、犯人は事件の混乱に乗じてまんまと逃げ果せてしまった。ところが時を同じくして、桜木ハルミ自身が舞台の控え室から突如姿を消してしまう。そこには彼女の熱心なファンの他殺死体が。新聞社にて報告を聞いた蘆田の上司は、事件の鍵は桜木ハルミが握っている、と判断、そこへ、彼女についてお話ししたいことがある、と堀野医学博士と名乗る男が新聞社を尋ねてきた。ハルミの異常性を主張するその男に胡散臭さを嗅ぎ取った蘆田は、男の帰り道を尾行する。それはばれてしまうが、蘆田は開き直り、男から真実を問いただそうとするも、後ろから突如殴られて昏倒。通りかかった被告の娘、五味志津子に助けられる。

この素晴らしく大袈裟なところが、探偵小説の魅力
発端は偶然。しかしその偶然から主人公が関わることになった事件は異常性を孕みながら膨らみ続ける。証言途中で殺害される男、失踪する女優、謎の情報をもたらす偽医師、MMMとい謎の組織、見せ物小屋、謎の言葉を残して死ぬ悪役……乱歩の通俗長編とも通じる、大風呂敷、大袈裟、胡散臭さが物語全編を通じてうっすらと漂っている。これはマイナスに作用するものではなく、逆に「この独特の雰囲気」が存在することにより、探偵小説的興味が倍加させられるのだ。なんといっても、作者はこれら作品中に登場する怪しいコード、怪しい人物全てに、合理的解釈、合理的正体を与えねばならない。つまり怪しさが大きければ大きいほど、「真相が解き明かされる快感」という読者に対するプレゼントが沢山になる、ということだ。探偵小説によく見られる、多少の強引な解決も、無理矢理の偶然の一致も、最終的なカタルシスのためには全てを許容する気分になってくる。しかも本作、探偵的興味以外にも、アクションあり、サスペンスありと冒険、スパイ小説的な興味も作品中には加わっており、全て合わせ、エンターテインメント総合小説のような印象さえ受ける。
主人公が即ち探偵役なのだが、彼は「非常に勘がよい」ということを武器にしている。後の笠井潔作品中の探偵、矢吹駆が用いる「本質的直感」とも通じる、もしかすると意義のある探偵なのかもしれない。

ちなみに本書は「こんじきも」と読む。現在入手可能な大下氏の本の一冊。探偵小説がお好きな方は今のうちに買っておきましょう。読みやすく、楽しい作品。「探偵小説」がどんなものか、良く分からない、という方には「これが探偵小説だ」と言っておきましょう。


99/06/24
山田風太郎「軍艦忍法帖」(角川文庫'86)

角川文庫の忍法帖シリーズの中では比較的近年に発行されたもの。ただ出典は'59年『漫画サンデー』に『飛騨忍法帖』の題名で連載されていた、忍法帖長編では三作目にあたる初期の作品。

明治維新直前、激動の江戸へ一人の飛騨忍者が向かっていた。幕府の御前試合に出場せんとする、飛騨幻法の使い手、乗鞍丞馬。蓬髪に筋肉質の逞しい身体、おおよそ武士とは思えない身なり。彼の出場を阻むべく五人の兄弟子と、彼の超人的な肉体を下って五人の女が彼を追って来ていたが、丞馬は彼らをものともせず江戸に辿り着く。果たして御前試合、素手で剣を受け止め、むしった髪の毛を自在に操り、口から吹き出す水で幻影を造る……幻術の前に屍の山を築く相手武士たちであったが、丞馬はある女性の美貌に惑い、不覚にも旗本の宗像主水正に片腕を切り落とされ、その配下となる。その女性とは、主水正の妻となる、美也。軍艦奉行たる勝海舟の命で動く宗像主水正は、江戸町奉行の小栗豊後守との政争の犠牲となり、美也を横恋慕する元の同僚五人組に卑怯な手段によって殺される。美也は夫の敵たちに復讐を誓い、彼女を崇拝する丞馬は彼女に従い、その望みを叶えるべく奔走する。

遅すぎた、そして無器用極まりない忍者と時代の嵐
本作、維新前の江戸から京都にかけて、激動の時代を舞台にしている。世の中の戦いの主流は剣や弓ではなく、既に拳銃、鉄砲から大砲、そして軍艦へと動き出している。科学が目覚め初めた時代における忍者。当然、相対するのは近代兵器。果たして主人公はどのような戦いを挑むのであろうか、というのが興味の一つ。更に、勝海舟を筆頭に、坂本龍馬、近藤勇、岡田以蔵といった維新を彩る志士たちが、きちんと物語の筋に沿い、必要に応じて登場する。このあたりに無理がなく、歴史人物を物語に組み込むのが上手い風太郎ならではの味わいがある。しかも物語の発端から終結まで五年を越える歳月を書き通しており、明治維新という一大歴史イベントを、神の視点ではなく、地を這いずり回る登場人物たちからの全く別の方向から捉えることが出来る。
本作の主人公は紛れもない忍者。その類い希なる幻術、忍術を使いこなす彼にして、「維新」という時代の激動には抗う術もなく、逆らおうにも流されていく。叶わぬ恋に身をやつし、彼女の願いを叶える、彼女を守ることだけを願う一人の男。彼の愚純なまでの一念には胸を打たれる。忍法帖に登場する忍者に対し、風太郎は残酷な結末を用意することが多いし、本作も例外ではない。しかし彼の激情は、その無器用さが余りにも哀しく、激しく胸を打つ。

長編第一作である『甲賀忍法帖』で既に完成されていた感がある忍法帖シリーズであるが、本作も完成度は高い。物語としての面白さは保証。うまく進めばいずれ講談社文庫で復刻されるかも。それまでは角川文庫探し。


99/06/23
夢野久作「瓶詰の地獄」(角川文庫'77)

角川文庫における六冊目の夢野久作作品集。文庫だけでも多数のシリーズによって作品化されている作家だけに、(私が)読了済みの作品がいくつか見られる。とはいえ再読、再々読でも夢野作品から受ける感慨は常に新しい。

無人島に流れ着いた幼い兄妹を襲った悲劇『瓶詰の地獄』
何もない場所を見て「人の顔が見える」と養父母に訴える子供『人の顔』
大戦中、元露西亜兵がある人物に自らの数奇な体験を独白する『死後の恋』
露西亜の酒場の生娘が奇妙な性癖を持つ亜米利加軍人に惚れ込んでしまう『支那米の袋』
相場師の叔父と共に暮らす少年は、電話から天性の勘を働かせることが出来た『鉄槌(かなづち)』
右足を切断し、入院している主人公は、その右足が勝手に歩き回っている夢を見る『一足お先に』
失踪している女優のサディスティックな趣味を見せられた新聞記者は彼女を完全犯罪で殺害することを考える『冗談に殺す』以上七編。解説は中井英夫。

幻想と幻惑、空想と夢想。境界はぼやけ、現実に溶け込む
夢野作品、特にその文体には大きな特徴がある。例えば代表作『ドグラ・マグラ』あたりを想起して貰えれば分かり易いと思うのだが、会話文はおろか、地の文まで含めて、それが空想、幻想の世界を描写しているのか、現実の出来事を描写しているのか、という判別がとてもつけにくいのだ。当然、作者自身の意図として書かれている部分もあろうが、夢野氏の天賦の才能が、そのあたりをどちらとも取らせられるように筆を進めている、とも感じる。そして、ふと自分自身に立ち返った時に、物語内部での現実と空想の境界が曖昧となり、鮮烈な夢野イメージを読者は受け止めることになる。現実の犯罪は、幻想へ逃げ込み、幻想の悲劇は現実に跳ね返る。読者を不安に陥れるまでの微妙なバランス。この虚実が混じり合う、曖昧な世界が夢野作品の魅力に繋がっているのだ。
本作品集では現実である探偵小説的な題材から書かれた作品と、最初から幻想的テーマを取り上げた作品とが混在している。設定のアプローチとしては確かに両者異なっている。しかしその物語を通して語られるのは、奇妙な経験、不思議な衝動、形容しがたい恐怖であり、これらは二極の物語どちらも読んでいても、共通して現れ、結局のところ、どちらからも奇妙な曖昧な世界へ行き着くようになっている。

『瓶詰』『死後』『支那』については以前に取り上げた『あやかしの鼓 夢野久作怪奇幻想傑作選』にも収録されていた。そちらも参照頂ければ幸いです。はっきり申し上げてこの角川文庫版の入手は困難なので、ちくま文庫なり、教養文庫なり、不思議文学館なり、入手出来るところから夢野ワールドに進んで下さい。


99/06/22
倉阪鬼一郎「死の影」(廣済堂文庫'99)

日本でただ一人の怪奇小説作家、倉阪鬼一郎氏の六冊目にあたる本書は、文庫書き下ろしの長編。倉阪先生自身のホームページはこちら

新興宗教団体「愛と平和の園」が母体となって経営し、系列幼稚園に隣接する敷地に立つ新築マンション「FENNOIR東都」。七階建ての四階には住民は入れず、資材置き場になっているらしい。そのマンションに引っ越してきた覆面作家、唐崎。彼の唯一最大のヒット作品『ブラッド』は、実は事故死した婚約者の洋子の作品であり、唐崎は常にそのことに負い目を感じていた。同じマンションに越してきた元モデル、夏木エリカ。彼女は、自分の芸能生命を断った芸能プロ社長の女性を惨殺し、引越を繰り返しながら、自らの美貌を侮辱した、と彼女が判断した人間に対し鉄槌を下すことを生き甲斐としていた。その犠牲となった人間は、既に十名近くに達している。OLの綾美もそのマンションに越してきた一人。彼女は極端なストーカーにつきまとわれた過去があり、そのストーカーは彼女の部屋に忍び込んで呪咀を残して自殺していた。その事実がトラウマとなって彼女の精神を脅かす。そんな彼らが生活を開始してしばらく、隣の幼稚園に通う幼女が一人行方不明となる事件が発生した。

ぶち切れの後半が大きな魅力。怒濤の勢いを持つハイブリッドホラー
倉阪先生の「あとがき」を抜粋する。「エンタテインメントの三つのジャンルに限って作者の組成分析をしますと、八割強がホラー、一割がミステリー、残りがSFということになります。この作品には自然にそれが投影されているような気がします。」
作者の言葉に付け加えるのは僭越ながら、この作品については「八割強のホラーのうち半分がスーパーナチュラル、半分がサイコ、残り二割のうち一割半がミステリー」と個人的に(勝手に)分析した。ミステリ読みでも「あ!」と思わされる仕掛けが凝らしてあり、ミステリ的な要素が一割以下、ということはあるまい。そして倉阪氏は本作に関して、自身の言う「ホラー」部分の更に内訳となる「スーパーナチュラル(超自然)」と「サイコ(狂気)」の比率を、意図的に少し変えているように感じる。従来作品に比べ、「サイコ」が活躍する比率が確実に高い。この点は両刃の剣。サイコキラーに喚起される恐怖の部分は確実に「一般読者」に受け入れられやすく、倉阪作品未体験の読者にも本作品は入りやすく出来ている。反面スーパーナチュラルの部分が、多少サイコに隠れるように存在するため、「コアなホラー読者」には物足りなく感じられるかもしれない。だが、注意して読み進めると、背後に隠れているように見えるその超自然的恐怖は、手抜きがないことも勿論、実は物語をそちらが飲み込むような迫力を持っていることに気付く筈だ。締めくくり方は、「これぞホラー!」的な美しさを覚える。
実際、とにかく不気味なもやもやした雰囲気が漂うマンション内を、サイコな人物がキレまくり、暴れ回る後半はそのちぎれ方を辿るだけで充分に怖い。その人物の影に隠れて数少ない場面だけに登場する人物も、かなり壊れた存在として描写されている。たとえ散漫になったとしても、彼らのバックグラウンドを語って欲しかったと思うのは、望みすぎだろうか。

小池真理子さんの『墓地をみおろす家』にインスパイアされた、とのこと。ただ、私がそちらを未読なので比較出来ない。マンション、エレベーター、新興宗教と都市の恐ろしさを綴るコードを巧く使用し、更に幾重ものからくりが施された力作。特に雰囲気を盛り上げる文章、徹底的に凝ったアナグラムなど、独特のこだわりが感じられる。倉阪作品を読んだことのない方の入り口に最適かと思う。もちろん、怖い。


99/06/21
鷹見緋沙子「悪女志願」(徳間文庫'88)

謎の閨秀作家、鷹見緋沙子さんの四冊目の単行本。本書あたりから、本当に作者は一人になっているのかな?いずれにせよ、正体は不明。徳間書店の三十周年を記念して書き下ろされた作品。

ある地方都市の信用金庫に勤務する真面目なOL、坂下真利子。恋人と信じている田沢は、地元の観光資源開発を行う”自称”青年実業家。田沢は資金繰りの厳しさを理由に、真利子から多額の借金を重ね、窮した真理子は遂に組合の帳簿を誤魔化すに至ってしまう。結婚を約束し、女の悦びを引き出してくれた田沢を信じる真利子だったが、田沢のマンションに一人でいるところを、何者かに暴行され、そのことに気付いた田沢に激しく罵られる。ショックの余り自殺を考えた真利子は、死に場所を探しに車で人気のないところを彷徨っているうちに、別の事件の現場に出くわす。不動産屋から五千万を強盗してきた男達が、協力者の女性を殺し、その死体を処理しようとしていたのだ。真利子は、彼らが車を離れた隙に、その五千万を奪って逃走する。

思い詰めた女性は怖い。サスペンスミステリー
鷹見緋沙子の四冊目は、「いかにも二時間ドラマ風」の作品。ある程度先の読める序盤、特徴はあるものの薄っぺらい登場人物。ただ、それら御都合主義的な展開にさえ目を瞑れば、立派なクライムサスペンスとして充分楽しめる。
非情な男に食い物にされる主人公。基本的に彼女の一人称にて物語は語られる。その女性が彼の裏切りから死を覚悟、そして初めて知る男の正体。彼女は彼らへの復讐を考える…と、ここまでは残念ながら多少ありきたりの感もある。しかしここから、この作品は大きな盛り上がりを見せる。彼女の立てた計画は犯罪者同士の疑心暗鬼を誘って同士討ちを狙うもの。かなり大胆な計画である。大金を目の前にして変貌し、仲間同士でさえ、奸計を弄して互いが互いを欺かんとする男達。このあたりのスピーディかつ、無駄のない展開はなかなか迫力アリ。しかも後半近く、主人公は絶体絶命のピンチに陥るのだが、そこから更にどんでん返しが読者を待っている。
真面目で臆病だった筈の主人公が、徐々に「悪女」に変貌していく。彼女が復讐に名を借りて仕掛ける犯罪計画には、大きな悪意が籠もっており、一種の「狂気」が垣間見える。このあたり、平然と書かれていながら、冷静に考えるとかなりコワイ。復讐に際して相手の男達に加えられる「罰」に、全く手加減がされない。裏切られた彼女の痛みもさることながら、結局として男達はそれ以上の激しい目に遭わされる。

少なくとも本作からは天藤真の香りは感じられなかった。(元からそういう噂もないが)謎の作家の書いたサスペンス、といった位置づけで良いだろう。ある種のカタルシスは得られるミステリー。前三作に比して人気がないのか?古書店でよく見かけます。