MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−過去の書評群 (掲載順)−  


99/08/20
河野典生「アガサ・クリスティ殺人事件」(詳伝社NON NOVEL'83)

河野典生は'61年に『殺人群衆』でデビュー、'64年に『殺意という名の家畜』にて推理作家協会賞を受賞。本作は雑誌『幻影城』に'79年1月から3月まで連載されていたものの、廃刊で中断したため、更に五年の歳月をかけ書き下ろしに直して発表したという作品。

一九七八年。インド政府が、各国からインド関係者や文化人を招いて開催した旅行「目的地は南インド旅行団」。日本より参加の作家、高田晨一は、七十九歳で存命、矍鑠としたあのエルキュール・ポワロ本人と出会う。名探偵ポワロは作者クリスティと面識のある、実在の一青年を主人公として書かれた物語だったのだ。ポアロの助手役ヘンドリックスもまた実在しており、現在はインド警察のオブザーバーとして働いている。そして高田は名作『オリエンタル急行殺人事件』もまた、実際に一九三三年、南インドを走るハイデラバード急行内で発生した事件を元に描かれていた、ということを知らされる。旅行団の出発前、ポアロの元へ二通の脅迫状が届いていたおり、それはハイデラバード急行内で再び事件が繰り返されることを暗示するものだった。警戒するポワロは、あらゆる手段を尽くし乗り合わせる乗客の身元を調べる。どうやらハイデラバード急行事件の関係者が多数旅行団に加わっているようなのだ。

クリスティへの大いなるオマージュか、大いなる挑戦か
基本的に河野典生はハードボイルド作家、であり、本作は、どちらかというと氏にとってはアウトサイドの作品であるらしい。(他作品がまだ未読なので) また(ちょっと?な)題名ではあるが、本作の主人公はクリスティの代表的探偵の一人、エルキュール・ポワロであり、相棒のヘイスティングスである。クリスティが死体となって登場する小説ではない。
まず言っておきたいのは、推理小説として(というかエンタテインメント小説として)の瑕疵がいくつかみられる。作中に登場する外国人関係者が大量に過ぎ(私には不必要な人物が多いように思えた。容疑者を増やすことが謎を深めるとは限らない)、個々の名前や人物像の印象が今一つ。更に、事件の発生が終盤に差し掛かってからと極端に遅く、興味の持続に読者の我慢が要求される。
それでも本作が記憶に残る作品として挙げられる理由はやはり、その大胆な設定にある。「ポワロは実在した」「オリエント急行殺人事件は実際にあった」…本書で下敷きとされているバックグラウンド。浅学にして実際のところ、全てがフィクションなのか、一部でもノンフィクションを含むのか、全く不明だが、小説世界においては「全て現実」。その前提で楽しみたい。その舞台で発生する事件、展開、そして解決。これには「オリエンタル急行殺人事件」他、クリスティやポワロへの「愛」が詰まっている。特にオリジナルである「オリエンタル……」のラストを吹き飛ばすような強烈な仕掛けがあって、クリスティの別の名作を想起させるあたり、ただ巧い!という印象を受けた。ホームズもの程ポワロのパスティシュは見かけないけれど、この新解釈、そして新展開にはクリスティファンならずとも大いに驚けるはずだ。

本作を読む前にクリスティの『オリエント急行殺人事件』はしっかりと読んでおきたい。ネタばらしもあるが、なんとなくネタだけ知っている、程度よりしっかり内容が分かっていた方が楽しめるはずだ。本作、文庫化もされておらず、そうそう入手が簡単でもないのがネック。


99/08/19
今邑 彩「繭の密室」(光文社カッパノベルス'95)

カッパノベルス五十周年記念の書き下ろし。今邑さんのシリーズ探偵の一人、貴島柊志刑事ものの四作目。数年前に本作のTVドラマも放映されていた。

都内のマンションで大学生が飛び降り死体となって発見された。被害者、前田博和は、遺体に鈍器で殴られた上に頸を紐のようなもので絞められた形跡がみられた。更に、自室の窓から飛び降りたにも関わらず、死体は何故かスニーカーを履いており、部屋は内側からチェーン錠まで掛けられた密室状態だった。事件を担当する貴島は当然、この不審点に目を付け、前島の交友関係を調べ始める。前島と仲良くしていたのは大学の友人ではなく、中学生時代からの「腐れ縁」の三人組。聞き込み時に残された二人が何かを隠している、と直感した貴島は更に調べを進め、その結果、彼らの中学生だった六年前、成績の悪い同級生が彼らに絡んで謎の自殺を遂げていることを突き止める。東京に住むその時の教師を訪ねてみると、彼の同居している妹が現在何者かに誘拐されていると聞かされた。

サスペンスフルかつスピーディな展開が魅力の本格ミステリ
「ノベルス」という読み物の本質?として「新幹線の中でサラリーマンが丁度読み終わる程度」という言い方がある。一口にこう言うのは簡単だが、もちろん薄すぎてもいけないし、内容がつまらないのも論外。読者(ミステリファンでなくとも)の心をきちんと序盤で掴み、一気にストーリーに没入させ、最後まで読了させる……。大量消費されるミステリの要件とも重なるのだが、それはそれで全ての基準をきちんと満たして支持を得ることは、作者にとってのハードルはかなり高いはずだ。
その点、本書。プロローグとして「謎の誘拐」を取り上げ、冒頭に飛び降り+密室という不気味な事件を持ち込み、その後はテンポ良く捜査の様子が描かれ、事件の真相を匂わせ、そして更にきちんとどんでん返すなど、ミステリーとしての上手さが目立つ。今邑さんの長編でよくみられる凝ったパズル性は陰を潜め、あくまでスピーディな展開で楽しめた。ミステリ短編の名手である今邑さんが、長編にもその手法を持ち込んだ、ということか。作品中、現代社会の「個人」や「若者」への大いなる警鐘まで包含されており、全体から受ける軽い印象とは裏腹に、メッセージ性は高い。
密室の解明は「その手か」という程度?かもしれないものの、「何故、靴を履いたまま飛び降りたのか?」という疑問に対するヒネリには、結構唸らされた。伏線の張り方が上手だったので、特にそう感じたのかもしれない。

出版時期からして、一年以内に文庫化される可能性が大。その時に読まれても良いかも。シリーズ探偵役が板についた貴島が格好良い。島田作品の吉敷を彷彿とさせる好人物。


99/08/18
篠田節子「アクアリウム」(新潮文庫'96)

元本は'93年にひっそりとスコラ社から発行された、とのことで文庫化が待ち望まれていたらしい。『絹の変容』『神鳥(イビス)』と合わせ東雅夫氏命名?の「SF禽獣ホラー三部作」の二作目にあたる。

地方公務員で、ダイビングと魚の飼育が趣味の長谷川。彼の親友が、奥多摩の地底湖に危険を省みずダイビングし鍾乳洞内で行方不明となった。横恋慕していた親友の恋人に請われ、捜索で発見されなかった彼を求め、単独で湖に潜ることに。そこは複雑に入り組んだ迷路のような場所。命綱のザイルを自ら切り取り、何かに惹かれるかのように奥に奥に進んだ長谷川は、友人の無惨な姿を確認したものの、自分の位置を見失い、呆然とする。そこに現れた巨大な生物。「彼女」に導かれるように、無事に出口に到達した長谷川は、その生物に魅せられ再びその地底湖に潜る。「彼女」は穴居型の今まで発見されていない水棲哺乳類で、高い知能を保有するようだ。更に不思議な方法で「彼女」は長谷川に「意志」を送ってくる。「彼女」と密会?を続ける長谷川は、奥多摩の開発計画が「彼女」の生息域に大きな影響を与えていることを知り、焦る。

目まぐるしいプロットの展開、美しく大胆な自然保護ホラー
非常に危ういバランスの上で成り立っているな、というのが読後の第一印象。序盤、謎の洞窟型の生物と主人公が邂逅する幻想小説的な部分。奥多摩の開発計画に身を投じた主人公が無力感に悩まされる社会派ミステリ的な部分。そして実力行使を試みる冒険小説的部分と共通のテーマを全く違う作者が描いているかのような展開。ジャンルミックスという言葉さえも拒絶する「超ジャンルミックス作家」篠田さんだからこそ、成立する危ういバランスで物語は保持される。
勿論、それぞれの構成部分は決しておざなりではない。必要な部分にきちんと科学的、社会的な考証を加えてあり、現実との接点は喪っていないし、登場する人物も一人一人に独特の「陰」があり、頭の中に印象的に残る。彼らの行動はきちんとそれぞれの「己のルール」に乗っており、決して違和感を覚えない。強いて言うならば主人公の変節ぶりにちょっとだけ「あれ?」と思わないでもないが。
結局のところ、エンタテインメントの美味しい部分をたくさん詰め込んんでありながら、それぞれの部分が奇妙にマッチしている不思議さが強い印象として残る。それら全てを内包している器は、やはり「謎の生物」であり、本書そのものは幻想小説に感じられた。

恥ずかしながら篠田作品を長編で読むのは本書が初めてなので、全体の中での位置づけは出来ない。それでも一般的に言われている「ジャンルミックス」「エンタテインメント」の味はしっかりと味わえた。もう少し読んでみます。


99/08/17
有栖川有栖「ジュリエットの悲鳴」(実業之日本社'98)

'90年から'98年にかけて発表された短編とショートショートのうち、単行本未収録でかつシリーズキャラが登場しない作品を収録した作品集。雑誌『週刊小説』掲載の作品が半数を占める。

上着を取り違えた会社員がライバル社員に自らのある不正の証拠を握られる『落とし穴』
夫と死別した結果、没交渉となった愛人とその息子に会いに来た男。子供の土産から意外な展開『裏切る眼』
長野駅に到着して同時に並ぶ特急「しなの」。男の出張当日、陰険な殺人事件が発生する『危険な席』
作家の集まるパーティ、そして二次会。売れっ子作家達は皆同じ舞台の夢を見て、大傑作をモノにしたという『パテオ』
作家志望の男のもとに訪れた「作家専用グッズ」販売員。爆笑小説『登竜門が多すぎる』
SF。木星のホテルで一人の男が殺された。三人の容疑者は皆エイリアン『タイタンの殺人』
子供の頃の記憶、昔の恋愛……男の人生は夜汽車の風景に不思議な縁があった。『夜汽車は走る』
ロックグループのCDから微かに聞こえる女性の悲鳴。インタビュアーがその真実を聞く。『ジュリエットの悲鳴』以上七作。これに加えインターミッションとしてショートショート的作品『遠い出張』『多々良探偵の失策』『世紀のアリバイ』『幸運の女神』の四つが間に挟まり、全十一作品。

余裕さえ持てれば。有栖川「変格」はこんなにも面白い
本作、ショートショートも含めた有栖川氏の今までの「遊び心」の集大成といった感。人気の高い学生アリス、作家アリスといったシリーズに比べ、氏自ら「本格の看板を背負っている」という気負いがないせいだろうか、(もしくは、失礼ながらこちらが高い期待を持たないせいか)純粋に有栖川氏の奇想と文章、そして構成の巧さを楽しめたように思う。いわば、有栖川氏による「変格ミステリ」なのだ。もちろん「本格志向」の作品もあるが、その処理の仕方にシリーズ作品との差異が感じられるあたりが特徴。綿密に練られた犯罪計画が日常生活のほんのちょっとした穴から決壊する姿。自分の過去に思い悩む青年。宇宙を舞台にした、ちょっとおいおいな本格ミステリ。シリーズものとしてはちょっと弱いかもしれない作品も、展開や登場人物を読ませないノンシリーズだけにそれぞれ、見せ所が全く異なり、またそれぞれが映えている。氏自身、結構愉しんで書いたのでは、とも伺え、その気分が読者にも乗り移るようだ。
とはいえ、本書の中でもっとも楽しめたのは、「ミステリ小咄」といった感じの作品『登竜門が多すぎる』。ちょろっとミステリを囓って、ある程度の背景知識を持っている人ならば、爆笑すること請け合い。ワープロソフト「虫太郎」「京太郎」「平井太郎」……って、面白そうでしょ。

装幀も洒落ており、渋めながら楽しい一冊。講談社ノベルスのシリーズものにもせめてこれくらい……と思ってしまうのはファンの勝手だろうか。


99/08/16
山田正紀「神々の埋葬」(角川文庫'79)

デビュー直後のSF作品がハルキ文庫で次々と復刻されているが本作は、まだそのラインナップには入っていないはず。(入ってたかも?)第四回角川小説賞の受賞作品。

銀座で画廊を経営している榊賢二は、幼い頃共にインドで飛行機事故に遭い、奇跡的に妹と共に救出された過去を持つ。その事件以降、彼は政財界の大物が所属する「渡虹会」という強大な闇の秘密組織の庇護の元、生活をしてきた。妹の乃理子はパリに留学していたが、帰国の途中で行方不明になってしまう。妹の行方を探すうちに、「翁」という「渡虹会」以上の力を持つ人物の存在を知り、その配下の西丸という人物と知り合う賢二。彼はその行動のうちに自分自身に「人間ならざる力」が身に付き始めていることに気付く。一方、「翁」は西丸を通じて、日本の広告業界の腕利き達に湯水のような金を投じて「神」に対するキャンペーンを始めるように命じていた。兄妹の行き着く運命は?

「神」の視点から見下ろす世界
初期山田正紀作品には「神」をテーマにした作品が多い。『弥勒戦争』はまだ未読なので分からないが、デビュー作『神狩り』では人間と神との戦いがテーマとなっていた。本作、主人公が神、である。強いて言うならば本作のテーマは神の孤独、神同士の戦い、とすべきか。山田正紀にとって神とは慈愛に満ち、人を導き、救いを与えてくれるような存在ではない。常に全てを、特に人間を超越した絶対的な存在こそ神であり、その意志一つで世界など吹き飛んでしまうような強大な力を持つものとして描かれる。本作には、色んな意味でタフな人間が登場する。殺し屋、財界の大物、政治の黒幕、どんなに踏み付けられても立ち上がってくる男たち。物語上で彼らは悪にしろ、善にしろ独特の野性的な魅力のある存在で、その言動、行動は魅力に満ちている。人間界においてその地位を極め、君臨し、絶対的な存在である筈なのだが……山田氏はそれを最終的に、いとも簡単に吹き飛ばしてしまう。人間という種のうちで上位に立つものが手も足も出ない存在に、一般市民が対抗し得るわけがあろうか。この「人間」「神」の対比と、物語を語る主人公そのものが「神」で、その視点を通じて世界を感じることで、物語が進むにつれ読者の視点も神の高みに誘われる。そこから見えるのは何なのか。これは実際に手にとって確かめて頂くしかない。

初期山田SFの魅力の詰まった作品。山田正紀の初期作品は続々復刻されているハルキ文庫を読めば良いかと思うが、本作も、美しい表紙、裏表紙!共々、興味があれば探す価値はあるかと思う。


99/08/15
横田順彌「脱線!たいむましん奇譚」(講談社文庫'81)

うーん、作品としてどういう位置づけになるのか分かりません。ヨコジュンのハチャハチャSFの作品集であることは確かなのですが。

ある朝目覚めると巨大化した精虫ミュータントが現れ、しかも口を利いた『おたまじゃくしの叛乱』
ご町内を股に掛けて活躍するスパイがハチャハチャに活躍する『鯨が出て来た日』
板垣進助は松戸裁園テストのたいむましん「本妻号」で博士のきんぴらへの恨みを晴らすために、過去の世界へと向かう『脱線!たいむましん奇譚』
前作の博士、進助、魔王とネタ切れの作者が対話形式で一緒になって考えるSF巨編『メグロの決死圏』
便所にて用を足し終わった主人公は緑色で口が八つ、手が八つ生えた不思議な生き物と遭遇する『くみとり物語』
未来の世界、クローン人間の一歩手前クロー人間は侵略してきた宇宙人と勇敢に戦ってそして……『空から落ちてきた轢死体』
その変異は御井戸博士の奇妙な発見から始まった。アパラチア山脈が○○○そっくりに変化したのだ『日本ちんぼ*』
20**年、河豚助流足袋師から免許を受けた俺は師匠の代わりに宇宙探検に参加することに『20**年宇宙の旅』
この素晴らしき宇宙文明世界の説明が延延と続けられる『STAR BAWS』以上九編。

駄洒落を越えたダジャレ、言葉での説明不可能
一ページに平均二個以上ダジャレが詰まっていると思われる。(力が抜けるので数えていないけれど)そのダジャレが先にありきでストーリーは後からついてくるもの、ときっとヨコジュンは(少なくとも本作に収録された作品については)割り切っているのかもしれない。いや多分、いやきっとそうだ。とにもかくにもまずダジャレ。日本人たるもの、ダジャレごときのギャグ、全てがヒットするわけはない。ただ、人によって差はあるだろうがが日本人だからこそ、ダジャレの何割かは確実に笑い袋を直撃することは保証する。私も電車でにやにやしたり吹き出したりと、少々恥ずかしい思いをしてしまった。
ただきちんと読めば、その大量のダジャレをベースにした奇想天外、ハチャハチャなシチュエーションにも気付くはず。これがまたうまい。なんたってシチュウ・エーションっていうくらい……失礼。という訳でいかに異常なシチュエーションに溶け込めるか。読者の想像力如何でどうとでも評価される不思議な世界かと思う。

横田作品は本を選ばなければ古書店で色々売ってます。ああ、個人的にはまだ二冊目なので評価は難しいのだけれど、一冊読んでみて、貴方に合うか、合わないかを判断して欲しい作家です。


99/08/14
宮部みゆき「初ものがたり」(PHP研究所'95)

『小説歴史街道』という雑誌に'94年から'95年にかけて連載されていた作品。江戸時代を舞台に岡っ引きが主人公の捕り物形式を取っており、更に連作推理としての興趣を織り込んである。

本所深川一帯を預かる「回向院の旦那」と呼ばれる岡っ引き、茂七が巡り会う様々な事件や人々。夜中まで店を出している一風変わった稲荷寿司屋の主人は、中盤から登場する少年占い師、日道さまとは一体何者なのか。
大柄な女性の土左衛門が川端に上がった。醤油の担ぎ売りをしていたお勢という女だという『お勢殺し』
お稲荷さんの祠に棲み着いた浮浪児五人が毒入り稲荷寿司で毒殺された『白魚の目』
貧乏人相手の魚屋に大商人の番頭が現れ、鰹を一匹千両で譲って欲しいという『鰹 千両』
船宿で殺しが発生。殺されたのは弟で下手人の兄は現場で大人しくしているかに見えた『太郎柿次郎柿』
奉公人上がりの商家の若旦那が新巻鮭が一匹盗まれた、と茂七に相談に『凍る月』
霊感占い師の日道さまがごろつき数人に襲われ、金を奪われた。日頃の遺恨を捨てて下手人探しに励む茂七『遺恨の桜』以上六編。連作短編集。

罪を憎んで人を憎まず、人情味溢れる捕物帳
中年の岡っ引きを中心に据え、気のよい手下とおかみさんを回りに配し、基本的には人情溢れる集団を動かしながら、一方では、悪意に満ちた商人や卑怯な人間たちによる事件を取り扱わせている。そうすると従来からある捕物帳にありがちな、単純な勧善懲悪になりそうなものなのだが、宮部さんの視点はそこからは一段上から全体を俯瞰している。つまり、あくまでも許されないことながらも、悪いことをする人間にもそれなりの理があることまでも、読者に提示しているのだ。
ただ、序盤ではアリバイトリック、Who & Why done it ?とミステリ的にも魅力的な謎が一編一編に込められていたのが、後半はさすがに息切れしたのか、犯罪と人情が絡むちょっとした小話に落ち着いてしまっているのが残念。もう一つ気になるのは、序盤から引っ張った「謎の人物」たちの正体にあまり意外性が感じられなかったことか。ただ、本作にはそれを補うだけの江戸情緒、季節感、そして現代人には喪われつつある、厚い人情話が籠もっており、読み物としてはやはり水準をクリア。このあたりは宮部みゆきたるもの、外してはいない。

ここまで触れてきた内容、そして題名からもお分かりの通り、本作通じての最大のテーマは「初物」江戸時代、粋と風流を好んだ町人が楽しみにしてきた旬の季節感。どうぞ召し上がれ。文庫版も出ています。


99/08/13
浅暮三文「カニスの血を嗣ぐ」(講談社ノベルス'99)

メタファンタジーの傑作、『ダブ(エ)ストン街道』にて第八回メフィスト賞を受賞、ネット上でも各所で活躍中の浅暮三文氏。氏の受賞後第一作。

元広告デザイナーで交通事故にて片目を失い、現在、失意のままにバーテンを生業としている男、阿川。彼はいつの頃からか、強烈に嗅覚が発達、ありとあらゆるものの匂いを感じ取り、その意味を理解できるような体質 となっていた。六甲山麓で一匹の犬の死の匂いを感じた後、一人で別の店で飲んでいた阿川に、「マイコ」と名乗る女性が急接近する。彼女は死んでいた犬、ブラッキーと共通する匂いを持っていた。彼女と一夜を共にする阿川だったが、翌日早朝に彼女は山の中で変死していた。彼女の死が己の境遇と関係があると悟った阿川は、彼女の匂いの元を追うべく、東京に向けて旅立った。名店での食事が好きで、単独行動ながら抜群の検挙率を誇る野崎刑事を筆頭とした捜査陣が彼女に迫る。その女性、田附美枝にはどうやら不幸で不思議な過去があるようだった。

生きることで何かを喪ってしまった大人に捧げる。ファンタジックハードボイルド
主人公の阿川は人生の中盤から「匂い」に関して特別な超能力を持つようになった。分別のある彼はそれを決して世人には明かさず、悪用もせず、ただ喪った片目の代わりの能力として「存在」するもの、として生活するに過ぎない。せいぜい、野犬たちと独特のコミュニケーションを取るくらい。なので、決してスーパーマンではない。その彼から私は「独特の格好良さ」を感じて止まない。
本書そのものは、浮き草暮らしに慣れ親しんだ男が、あるきっかけから「心の転回点」を探し求める物語。表層上、行きずりで一晩過ごした女性の自殺と、彼女の残した「匂い」の秘密を探る決意をする……なぜ? そんな彼は理解し難い存在かもしれない。執拗い警察官、野崎の追及や、追っている「匂い」を持つ女性は彼に牙を剥いてくる。社会的にも肉体的にも危険極まりない状態。真実を探り当てたとしても、何も得るものも、変わることもない。それでも、彼は諦めない。それは彼が「カニス」(ラテン語の犬)の血を嗣ぐ者だから。犬は犬だから狙った獲物を執拗に追い、そこに本能こそあれ、理由など存在しない。主人公、阿川の行動は少しずつ主題を見失いつつ、しかし止まらない。止められない。その姿に「格好悪さ」を見出すか、それとも「格好良さ」を見出すか、それはもしかすると読者次第なのか?
どうもミステリやハードボイルド、SF的な解題を逆に拒否されている気がする。物語の根底にあるのは、大人が「心の底にだけ持つことを許される」メルヘンティック、そしてロマンティックな感覚。否定されようが、嘲笑われようが、決して喪いたくない気持ち。

この小説の魅力を表現するのにどうしても散漫な文章しか書けない自分がもどかしい。表層だけで捉えて欲しくない、ハードボイルドな物語の下に流れる「男の叫び」を感じて欲しい。浅暮氏が一歩、自らの表現力の高みに近づいたように感じた。


99/08/12
若竹七海「ヴィラ・マグノリアの殺人」(光文社カッパノベルス'99)

若竹七海さんの、初めてのノベルス書き下ろし。長編では九作目にあたる。

神奈川県葉崎市の海の側に作られた十戸の建て売り住宅、ヴィラ・葉崎・マグノリア。前の地主が戦前に建てたという大邸宅の前にこじんまりと建つ住宅は、しっかりした造りで割安だったにも関わらず、余りの交通の便の悪さゆえ、一風変わった人間しか住み着いていない。大邸宅にこそ名の通った老ハードボイルド作家が隠棲していたが、他の住人は近所のリゾートホテルの経営者、翻訳家、古書店経営の女性、老婦人、男二人で住む塾講師などなど、クセとアクの強い人たちばかり。そんなある日、空き家だった三号棟で身元不明の男性死体が発見された。顔と指紋を潰されている上に、その家は内側から鍵のかけられた密室だった。住人達は当然のごとく大騒ぎ。平和な住宅地でなにゆえ、こんな事件が起きるのか。捜査にあたった警官たちは、内部の様々なゴシップや人間模様を聞かされることになる。

閑静な住宅街、クセのある住人、柔らかなユーモア……そして難解な事件
若竹さんが目指したのは、コージーミステリ、という。COZY MYSTERY。直訳すると「居心地の良い暖かなミステリ」。(そうかコージーコーナーってそういう意味か)平和な住宅街、おしゃべりで詮索好きだけれど、根はそれほど悪人ではない住人。ちょっとおっちょこちょいな警察。舞台は揃っている。
だけど。私としてはそういう「暖かさを愉しむ」読み方にはならなかった。従来の若竹作品において最大の特徴で武器であった「隠された悪意」が、やっぱりこの小説にも見え隠れしていたから。そう、確かに表層の彼らは、多少のクセこそ持っているが「仲の良い住人」を演じている。住人それぞれの多視点で描かれる一種の閉鎖世界は、恐らくもの凄く手間がかかっていることも分かり、その力の入れようも興味深い。だけど、殺人事件が発生して、捜査が進むにつれて、やっぱり「隠れた不倫」だの「深刻な仲違い」だの「過去の遺恨」などが少しずつ剥がされ、読者の前に並べらるのだ。その段階で、物語は徐々に表面上のユニークさをかなぐり捨ててしまい、やっぱり「若竹ミステリ」に変じてしまったように感じた。
もちろん、それが欠点とは思っていない。明示こそされていないものの、住人の中に犯人が存在することは丸分かりでありながら、なかなか犯人像が見せない構成のテクニック。一番目の死体の身元がはっきりしないため、動機の線では探れないし、一般住民ならではでアリバイもあるようなないような状態である。推理が難しい。第二の事件では住人から死者が出るが、これまた恨まれるような行動を取っていた人物だけに、推理が更にまた難しい。解決に向け誰が探偵なのか分からないまま、進み、明かされる真相も凝っている。つまり「犯人当て」ミステリとして充分に楽しめたから。

若竹七海はその知名度の割にまだまだ文庫化されている作品が少ない。そういう意味では入り易い作品かとは思うが、出来れば他の作品も併せて読んでみられた方が良いような気も。


99/08/11
殊能将之「ハサミ男」(講談社ノベルス'99)

メフィスト覆面座談会で出版に関して意見が分かれたというが、本作を世に問わないで何がメフィスト賞か。第十三回メフィスト賞受賞作。もちろん新人。(覆面作家説も?)

中小出版社にフリーターとして勤務する「わたし」は成績の良い美少女に対し、強烈な興味を持っていた。そう、世間を賑わす猟奇連続殺人鬼、マスコミの寵児の「ハサミ男」は「わたし」。「わたし」は今まで二人の美少女を絞殺、死体にハサミを突き立ててきた。そして同時に強烈な自殺願望を持ち、様々な手段で自殺を試みては、悉く失敗している。「わたし」はあるきっかけより次なるターゲット、樽宮由紀子に興味を持ち、その生活のトレースを開始。彼女は、目黒区鷹番の高級マンションに住み、東急東横線学芸大学駅を利用して葉桜学園に通う女子高校生であることを突き止める。日々バイトをきちんとこなしながら、たまの休みに彼女を追う「わたし」はある日、研ぎ上げたハサミを鞄に彼女を待ち伏せていた。ところが通学途上の公園で何者かに殺されていた彼女を発見する羽目に陥ってしまう。しかも彼女の喉には「わたし」の持つハサミと同型のハサミが深々と突き刺さっていた。慌ててハサミを現場に捨てて「わたし」は他の発見者と共に警察に通報する。そして由紀子を殺した真犯人を捜す羽目に陥る。

現代をハサミで切り裂く強烈なエンタテインメント。完成度抜群!
無造作で渇いた文体ながら、世の中を妙な角度から自由に切り開いている。'99年の日本をこれほどまでに鮮烈に、そして奥底を切り取って描写した作品は、そうそう巡り会えない。
本作、もちろんミステリである。しかしそれと同時に主人公たる「ハサミ男」の造形、そして「眼」を通してあくまでシニカルに描かれる、「現代日本の持つ独特のいかがわしさ」がとにかく良い。情欲も渇望も動機らしい動機もないまま殺人をする。反対に様々な手段で自殺を試み(それもまた動機もない)、失敗すると乖離した人格が現れる。頭は良く、世間と表面的には折り合いながら、裏では自分自身の価値基準のみに従う……「ハサミ男」、一方、舞台として、別に歌舞伎町の奥底とか、いかにも、というような土地ではなく日本全国、ある意味どこにでも重ねることの出来る舞台。それを「ハサミ男」の目によって、普通のフリーターの、普通の警察官の、普通の一般市民が持っているとされる「世間」「良識」「社会」がいかに虚飾に満ち、いい加減な価値観の元で成されているものなのか、が気負い無く暴かれていく。人々が「理解できないもの」を「都合良く対象を変換」して「理解したつもりになっている」過程、その裏に潜むのこそ「心の平安」の裏返し、「恐怖」なんだと思う。そして「ハサミ男」にとって「普通」の価値観こそ、我々が、心の奥底に仕舞いこんでいて決して表面に現わさないだけで、実は普遍的な感覚でなのではないか、と感じた。
もう一つ感心したのは、否定されている世界(つまり我々の一般的な常識ないし思いこみ)が、作品のミステリとしての骨格を補強するミスリーディングとして機能していること。トリックそのものは多少弱い感もあるが、黴の生えた価値観や、凝り固まった良識に楔を打ち込み、心を直接揺さぶってくるような、この世界観をひっくるめて捉えたい快作。

殊能将之という新人作家、間違いなく'99年のミステリエンタテインメント界の収穫の一人。文章と世界がこなれており、自らのスタイルが完成されているところがまた嬉しい。次作にどんな作品を見せてくれるのか楽しみ。