MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−過去の書評群 (掲載順)−  


99/09/30
式 貴士「虹のジプシー」(角川文庫'83)

鬼才、式貴士の生涯唯一のSF長編。氏自身の思い入れが、もっとも深いと言われる。

ある時、地球の周りに無数の月が出現した。それは月ではなくもう一つの、もう二つの……地球だった。それは天体観測では地球と同じようにアメリカ大陸や日本列島が存在することが分かったが、文化的に同程度なのか、その星から使者がやって来ることはなかった。
普通の地球。生まれながらにして厭世的で自殺願望を持つ大学生、流水五道は神田の古書店街で一人の少女、淀志津子と知り合う。数年後、叔父の病院にRhマイナスの血液を供給に来た五道の前に輸血相手として現れたのが志津子の姉、貴美子。五道は末期の骨髄癌を患う貴美子に一目惚れし、貴美子もまた五道に熱烈な初恋を覚える。日が経つにつれ、病状が重くなる貴美子。病状が一瞬良くなった時に五道は彼女をドライブに連れだし、結ばれた後、鍾乳洞で心中を図る。しかし彼は、一人知られざる世界に飛び込んでしまい生き延びてしまう。

式貴士の全てが詰まった唯一かつ至高の超大傑作
短編作家である式氏の唯一の長編は、初めから様々な趣向をてんこもりに出来る設定で描かれている。実は氏が得意とするリリカルな叙情系純愛からスタートした物語はその骨組みを細く繋げたまま、パラレルワールドへと展開していく。実は強引な設定なのだが、式ワールドにおいて科学的な合理性というのはあまり追求しても意味がないし、描かれる世界そのものの強烈さが大きいので目立たない。それに作者の求める理想そのものが根本的に異なる。
主人公の流水は最愛の女性を喪った後、テレポート能力を得てパラレルワールドの地球に飛び立つ。文化の痕跡はあるが緑に覆われた地球。暴力が支配する地球、文化的価値観が全く異なる地球、統一国家を持つ地球……。主人公の行動はパラノイアックな「性」に走りがちで現在の地球(!)の価値観ではアブノーマルに属する行為も他の地球に行けばそれは正常。さりげなく現代人への批判、警鐘が込められている辺りも式氏ならでは。モノの見方を変えることによって価値観はこんなに揺さぶられるものか。一つの価値観に囚われていた主人公が、様々な愛、様々な経験を通じて自我を広げていく、一種の青春SFでもある。

息を詰めたまま一気に読み尽くしてしまう作品。想像のつかない展開、想像のつかないラスト。世の中を斜めに見るような皮肉な視線で描かれていながら、人間そのものへの愛に満ちている。それでいて全編が超絶エンターテインメント。不思議な不思議な作品。式作品の中でも一、二を争う名作であることは疑いない。


99/09/29
岡嶋二人「チョコレートゲーム」(講談社文庫'88)

'85年に講談社ノベルスで刊行され、翌'86年に第三十九回推理作家協会賞長編賞を受賞した作品。岡嶋流ストーリーテリングの巧さが全編に張り渡されており、受賞が納得させられる内容。

作家の近内は、妻から息子がこの二週間学校を休みがちだったことを打ち明けられる。息子は毎朝家を出ていて普段と変わった様子はなかったらしいが、妻の話によると頸筋に痣があると言う。話を聞こうとした近内は、息子の部屋で買い与えた覚えのない高価そうなパソコンやギターなどを眼にする。一方息子は近内を完全に無視。更に翌日、部屋の中で何かを燃していた息子を叱ったところ、そのまま家を飛び出してしまう。翌朝、息子の通う秋川学園大学付属中学校の同級生、貫井直之が殺されたと新聞で近内は知り、それを息子に報せたところ息子は酷く動揺した。内心、言いようのない不安を感じた近内は知り合いの新聞記者を通じて事件の話を聞かせてもらう約束をし、その足で息子の学校に向かい、担任教師の植村から話を聞く。どうやら近内の息子の居る三年A組では、彼以外でも欠席や早退遅刻、更に非行化がここ一ヶ月で急速に進行しているという。

親はいつから子供が見えなくなってしまったのだろうか?子供はいつから親に見切りをつけてしまうのか?
体裁としては「何かを隠している息子の謎を探ろうと奮戦する父親」という形と表現すれば良いのだろうか。ふと気付いた時、息子が「親に理解出来ない存在」になっていることに気付いた父親が遅蒔きながら、自分なりの方法で理解しようと努める物語。しかし父親自身が息子を心の底から信頼出来ていない段階で、無惨にも息子の命は喪われてしまう。しかも事件の犯人として……。その後の嫌がる周囲をよそに父親の手で掘り起こされる事件の真相、そして彼らの間で交わされていた「チョコレートゲーム」の謎が物語の筋となる。
メインの筋を追うだけで充分にサスペンスと本格ミステリの融合したスリルと謎解きの面白さを備えている。ただ私は、この作品にて描かれる「様々な親子関係」に目が行って仕方がなかった。近内のように「理屈では信じてやらねば、と思いながら実は信じていない親」。他にも「理解しているつもりで理解していない親」「理解のあるつもりで逆に馬鹿にされている親」「真剣に理解しようとしている親」……と様々。優等生が故に陥る罠に、子供達が理解できない存在だと気付いた親達がどのように対処していくか、そして対処していたのか。各家庭で異なるのは当たり前ながら、極端な例をさりげなく物語に取り入れることで現代の親子関係への大きな問題意識が提示されているように思えた。
本書の解説で権田萬治氏は「中学生の実態を先取りして作品に取り入れている」という。本書が執筆されて二十年。現在「普通の」中学生が彼らであり、「彼ら」に当たるのは当時では想像もつかない程、更に先鋭化した子供たち。岡嶋二人の類い希なる予見能力を持ってしても、世代を越える毎に子供達は予想のつかない存在となっていく。

誰が読んでも面白い作品である点は絶対。でも特に現在小中学生のお子さんを持つ親に読んでみてもらいたいな、と思った。この作品は「何かを考えるきっかけ」になるパワーを秘めている。講談社文庫で現役本。


99/09/28
坂口安吾「坂口安吾集 日本探偵小説全集10」(創元推理文庫'85)

純文学で独自の地位を極めながら、探偵小説分野でも大いなる足跡を残す坂口安吾。本書は創元推理文庫の全十二冊のうち十巻目にあたる。……読破はまだ遠い。

風博士と蛸博士の仁義なき戦い。短編『風博士』
第二回探偵作家クラブ賞受賞、芸術家宅で発生する謎の連続殺人。懸賞犯人当てでも有名な長編『不連続殺人事件』
戦争後、古本屋で見つけた旧友の蔵書から暗号文書が見つかった。名作短編『アンゴウ』
「明治開化安吾捕物帖」として『舞踏会殺人事件』『密室大犯罪』『ああ無情』『時計館の秘密』『覆面屋敷』『冷笑鬼』『狼大明神』『乞食男爵』『トンビ男』連作で短編が九編。
見込みなく選挙に出馬した工場主の抱える謎を駆け出し新聞記者が追う『選挙殺人事件』
稀代の心霊術師の奇術の最中、暗闇の中で一人の男が刺し殺される『心霊殺人事件』
そして都筑道夫による解説「安吾流探偵術」中島河太郎による年譜が付く。

時代を越えて成立している「理想構造」のミステリ群
『不連続殺人事件』は双葉文庫版で読了して感想も書いているが、再読してみてもやっぱり冒頭数章での大量の人間関係の把握が非常に困難であった。元より「犯人当て」の意図抜きで読んでいるからかもしれないが、人間の書き分けこそ出来ていたとしても(私の能力の、か?)限界を感じる。その分、後半になって人物が次々殺され、登場人物が絞られてくると途轍もなく展開が面白く思えるのだが。明かされる真相の論理も抜群。でも安吾自身による「読者に対する挑発」が最も面白い、と書くのは反則か。
そして特に本作品集で初読の『明治開化安吾捕物帖』。これは都筑氏が『半七』『顎十郎』と並んで『なめくじ長屋捕り物騒ぎ』のルーツとして挙げている作品で、真の探偵役とは別に普通のお間抜けワトソンよりもハイグレードな探偵を別に設定しているところがミソ。しかもそれが勝海舟。安楽椅子タイプ故の推理、そしてミス。その上を行く実践型探偵の結城新十郎の論理。二階建ての推理が楽しさを引き立てる。扱われる事件も多岐に渡っており、政商が仮装パーティ中の混乱の中で殺されただの、土蔵で暮らす大商人が密室状態で殺された、というHOW?のミステリから、女運の悪い男が商売で漸く成功するもまたも酷い目に会ってしまう話、病気で覆面を始終付けている名家の跡取りが最後に焼け死んでしまう話、身内が骨肉の争いを始めるように画策する陰険な父親の話など、一つの物語として諄々と彼らや取り巻く人間関係を語り、最後に起きた事件の仕組みを問うWHY?ミステリまで幅広い。特に後半に配置されているWHYのミステリの読み応えは、事件が起きなくてもそれまでのストーリーだけで充分に堪能できる深さを持つ。明治という風俗と日本の土着の風習が、人間の欲望と混じり合って発生する事件は、こういった捕物帖形式で表現されるのが、最も適しているように感じられる。
後半の短編二編は既読ながら『アンゴウ』これは北村薫も安吾のベストとして取り上げる短編。謎と感情、そして叙情で閉じられる不思議な環は、ミステリファンならば誰でも感じ入るところがある筈だ。

読み通すのに時間はかかったが、それだけの甲斐はあった。どうしても『不連続』のイメージが強いし、元々純文学畑なので探偵小説の中でも敬遠されがちだが、やはりこの人はミステリマニアで、更に上を目指すべく日々希求していたのだ、と感じさせられた。「小説」も巧いし「ミステリ」も巧い。


99/09/27
篠田節子「絹の変容」(集英社文庫'93)

現代文学を舞台にジャンルを越えて縦横無尽の活躍が素晴らしい、篠田節子。彼女のデビューのきっかけとなったのが本作で、第三回小説すばる新人賞を受賞した作品。

自分の家の蔵で祖母が残したレーザーディスクのように絢爛に輝く絹織物。包帯工場の二代目、長谷康貴はその織物を再現すべく、周りの反対を押し切って情報の収集を開始する。彼の家は代々織物業を営んでいたのが時代の変遷で業態を変えざるを得なかったのだ。八王子の山奥で材料の糸を吐く野蚕を発見した長谷は、その魅力を事業家すべく取りつかれ、バイオテクノロジーの天才科学者、有田芳乃と協力、野蚕の人工繁殖に取り組む。その蚕はある植物の変種しか食さず、個体も病弱だった。しかし有田の執拗な研究による交配操作によって食性が変化、友人の資金援助により繁殖に成功する。彼らは輝く織物を武器に、京都での着物ショーに匿名で参入、事業として成り立つように思えたが、そこには意外な落とし穴があった。

サスペンス風でミステリ風でSF風。エンタメの要素を何でも取り込んだドラマティックホラー
篠田節子初期動物ホラー三部作の第一作――という位置づけでもある。が、しかしこの段階で篠田さんの頭の中に「三部作」構想は恐らくなかったのではないだろうか。種々のエンタメの要素を貪欲に取り込みながら大量の「エンターテインメント」情報をスピーディにまとめた、という印象のある作品。動物ホラー、ラブストーリー、人間の弱さ、社会問題……様々なことを全編から訴えてくる。
バイテクによって変化させられる蚕が跳梁する化け物蚕。一匹一匹は踏みつぶせば死んでしまう程度の存在を大量に発生させることで物理的、生理的嫌悪を湧出させる方法は、古来から「虫」系のホラーでは頻繁に培われてきた手法ではないかと思う。それでも各作品が輝きを喪わないのは、想像力を駆使して描かれるその具体的な在りよう、人間との関係など、直接人間に害を及ばさずとも人々の心の奥底の生理的な恐怖感を突くからに他ならない。本作でもこのうにうにぶよぶよは健常な人間への直接的脅威となる存在ではない……のだが、やはり人間の原始的な嫌悪感に直接訴えてくるものがある。そして気持ち悪いだけでなく、この蚕は成長し、美しい蛾に変化する。この蛾が夜の空を埋め尽くす様からは恐怖感と共に得も言えぬ眩瞑感をまた覚えた。恐怖の対象であっても美しいものは美しい。でもそこがまた怖い。

短めの長編ということで、間を省いた展開や書き込み不足、中途半端なラヴストーリーなど、不満点も感じられるかもしれませんが、デビュー作でこれだけ完成度を持っていることは特筆すべきでしょう。本作が全ての篠田作品の原点であり、その言葉に恥じない多要素を包含した作品かと感じます。


99/09/26
北村 薫「月の砂漠をさばさばと」(新潮社'99)

四十点にも及ぶカラーの挿し絵がおーなり由子さんによって描かれており、二人の作品と言えるかもしれない。十二編の連作短編のうち「ダオベロマン」など五編が「FINAL」や『少女物語』という本に既出らしい。(『少女物語』は朝日新聞でいろいろな小説家が少女を主人公とする掲載したシリーズを一冊にまとめた本。<國桃櫻さん情報 「FINAL」は不明)残りは全て書き下ろし。

物語作家のお母さんと小学校三年生のさきちゃんという女の子との、何気ない日常会話や彼女たちの想いで綴られる物語。ミステリではなくあくまで童話なので題名を記すに留める。しかし、この題名だけで読了したら話の中身が思い出せてしまうくらいに、それぞれに印象がある。
『くまの名前』『聞きまちがい』『ダオベロマン』『こわい話』『さそりの井戸』『ヘビノボラズのおばあさん』『さばの味みそ煮』『川の蛇口』『ふわふわの綿菓子』『連絡帳』『猫が飼いたい』『善行賞のリボン』あとがきとして『さきちゃんとお母さんのこと』

北村薫が打ち出す、疲れた現代人への「癒し」の文学
文章は平易。状況は平凡。一般家庭の普通の母子の生活、会話。お父さんは登場しない(というか背後に語られないエピソードが存在するようだ)。「ベランダに干していた筆が見当たらない」「さそり座の元になったギリシャ神話」これら、何でもないようなちょっとしたエピソードから膨らむ母子のイマジネーションが物語全体を独特のオーラで包みこむ。素朴。純情。悪意のない暖かな北村薫の持つ文章のマジックと、おーなり由子さんのほのぼのとしたイラストがどんぴしゃに噛み合って、オトナのための物語世界を形成している。本書を読むのは子供より大人だろう―――。私が男性のせいか、二人の母子に感情を移入することはなかったが、それでも出来るだけ近くで見守っていていたい、それもずっと。何かこう、春の日の日溜まりのような不思議な気分を味わえた。
そして全編に言えることは「言葉」へのこだわり。九歳のさきちゃんにとっては「言葉」そのものが大きな謎を孕んだミステリ的な存在であるということ。お母さんにとっても、さきちゃんの頭脳を通して投げ掛けられる疑問が、今まで見過ごしていただけで新たな発見となる。二人で前向きにこの「言葉」の持つ謎を解いていく(たとえそれが妙な回答であっても)過程が楽しい。母子であっても、常に謎に前向きに取り組んでいく姿勢が嬉しい。考えようでは円紫シリーズの「私」の子供の頃は、こうだったのかもしれない、などと思えてみたり。

この挿し絵がとにかく良い。後に文庫化されてもイラストが全て再現されない可能性があるし、絵の大きさバランスを考えれば、ハードカバーの現時点で思い切って購入してしまうべきかも。1,400円。昨今のノベルスの価格を考えれば決して高くはない。特にさきちゃんと、オトナになったさきちゃんへ。


99/09/25
都筑道夫「雪崩連太郎幻視行」(集英社文庫'80)

都筑道夫のホラーのシリーズ作品の一つ、雪崩連太郎。彼が招かれ、出会う怪異を描いた短編集。都筑ホラーの代表とされる作品が多く収録されている。本作では『人形責め』は数多くのアンソロジーに収録されている傑作。

東北。名家に伝わるからくり人形や鬼の角を取材した連太郎は彼の家の人間関係が気になった『人形責め』
松山。狸の取材に来た連太郎。あるきっかけでベッドインした女性の背中には蝶のような痣が『背中の蝶』
富山。両性具現のミイラがあるという寺に取材に来た連太郎。そこには八百比丘尼の伝説もあった『白蝋牡丹』
南房総。編集部の女性の実家の近所の森では彼女の息子が行方不明となったことがあった『花十字架(くるす)』
浜松。旧家にある比翼の鳥の置物は、両方の羽根が揃うと不幸なことが起きると言われていた『比翼の鳥』
木曽。旧家で和歌礼櫛と呼ばれる伝説を伴う見事な櫛を見せてもらう連太郎。そしてその家の姪に相談事を持ち掛けられた『和歌礼櫛』以上六編。

この世の話ではないが、あの世の話でもない物語
本文庫の田中小実昌氏の解説で余りに見事に本作の本質を言い当てているので、そのままフレーズに引用してしまった。本作は「ホラー短編(怪談)とミステリー短編(推理)」の融合という命題に対して都筑氏が提示した一つの回答である。提示される出来事はまさしくホラー。不条理な出来事が発生しているのだが、その背景となる出来事、人間関係を合わせて丹念に描写することによって良い意味での「ホラーの整合性」を実現している。突然に「怪異」だけを発生させて、スーパーナチュラルで片づけるのも一つのホラーの形式かもしれないが、都筑氏はその「怪異」が発生するためのバックグラウンドをきちんと埋め立て、その上で説明が付くような付かないような微妙なバランスの上に「怪異」を発生させている。恐らく本作はホラーサイドからもミステリサイドからも一定の評価を受けよう。それはこの微妙なバランスが両者の境界線上でゆらゆらと揺れているからに他ならない。
作品別では『人形責め』は別格。人形の持つ不思議な魔力とそれに魅入られた人物とが醸し出す異界。その異界に踏み込んだ者が織りなす衝撃の結末。凄い。『白蝋牡丹』『花十字架』も段階を踏んで「怖さ」の対象が代わり、結末に向かって転げ落ちていくような感覚が味わえる作品。

'93年に刊行された、ふしぎ文学館『雪崩連太郎全集』出版芸術社には、集英社文庫刊行のもう一作『怨霊行』と本作の全ての作品、それに更に未収録作品が二作加わっている。そちらで読む方が絶対にお得。日下三蔵さんの仕事、とのことです。(商売巧いなぁ)


99/09/24
日影丈吉「女の家」(徳間文庫'86)

'61年(昭和三十六年)東都ミステリーの一冊として単行本化された作品を再録したもの。代表作『恐怖博物誌』『応家の人々』など同年に執筆され、最も日影丈吉が多作だった頃の作品。

正月気分さめやらぬ一月十七日、銀座の裏手に建つ一軒家で女性が睡眠薬を飲んだ上、ガス中毒にて死亡した。折竹雪枝という名の彼女は、とある実業家の妾で彼との間に一児があり、女中三人と暮らしていた。その妾宅には雪枝と一時関係を持った為に解雇されていた家庭教師、祖生武志が家族同様に出入りしており、殺人であったなら彼の容疑は非常に濃かったにも関わらず、雪枝に過去に二度の自殺未遂歴があったため、一旦は自殺として処理された。しかし所轄の小柴警部は事件当夜に、付近でガス工事が行われ未明の三時から四時の間にガスが停められていた事を知るや再捜査を開始する。すると調査の結果、いろいろ意外な事実が明るみに出てきた。

構成、内容、そして結果含めて不思議な作品。……少なくとも私には。
本作、四つの段落に大きく分けられている。それぞれに「起」「承」「転」「結」とうたれており、その通りに物語は展開される。また二人の一人称、一人は所轄の担当警部である小柴、もう一人は女主人に仕えて数年の女中、お乃婦により、事件の輪郭が描かれていく。この二つの視点で、冒頭に死者として登場する女性、雪枝の事件が語られる。警部はもちろん捜査に沿って、女中は回想と後日談の形式で。事件そのものは単純なのだが、次々と明かされる事柄によって、事件の見え方は二転三転する。自殺なのか、他殺なのか、事故死なのか。ただ、日影氏の狙いは別の部分にあるように感じられるのだ。
「第三者によって過去を振り返る形式」では、普通対象となった人物が、物語が進むに連れ浮き上がって来るものである。この手法は効果的に人物を後から語るために使用されるもの、と思う。ところが、日影氏は同様にこの技巧を尽くしていながら、影の主人公たる死亡した女性、雪枝の生前の姿が浮き彫りになるどころか……逆にさっぱり見せないのだ、これが。警部の捜査も、お乃婦の回想も、雪枝という女性を浮かばせる意図があるのだが、その気持ちは「彼女の輪郭」から数ミリ離れたところまでしか届かず、彼女自身が何をしたか、どう行動したかまでは見えても、最後の最後まで「何を考え、何を想ったのか」を見せていない。恐らく日影氏の確信犯的な行為かと感じる。(もしかしたら私以外の人間には見えているのかも?という疑念も正直、ある)しかしミステリの体裁を取りながら沈鬱な妾宅を通じて、当時の例えば「家」の概念、高々三十年前の日本での男性家長主義的な裏表などはしみじみと感じさせられた。

徳間文庫版が入手できれば読んでみて下さい。文学的な技巧が強すぎて私に分からなかった部分を解説してくれる人が出てくることを祈ります。(弱気かも)


99/09/23
大下宇陀児「石の下の記録」(双葉文庫'95)

黒っぽいカバーでお馴染みの「日本推理作家協会賞受賞作全集」の中の5。大下宇陀児の代表作が現役で買えるし、特に初期作品は美味しい文庫である。軽視している方には是非とも初期ラインナップを御覧になって頂きたい。

戦後すぐの東京。正義感と押しの強い代議士、藤井有太は野党では名の通った存在。しかしその息子、有吉は学生ながら悪友らと虚無的で退廃的な生活を送っていた。悪友らもそれなりの良家の子弟ではありながら、賭事や女性に金を注ぎ込んでおり、常に金に困って友人の笠原から借金をしたり、家の物品を持ち出して金銭に換えたりして凌いでいたが、遂に池袋の銀行家宅に強盗に押し入る。その笠原は学生離れした感覚と緻密な頭脳を持ったドンファンで女性を取っ替え引っ替えする男。彼が狙いを定めたのは藤井の妻、貴美子だった。一方、藤井宅に諸内という代議士が訪れ、有太が不在にも関わらず強引に賄賂の入った果物籠を置いていってしまう。有吉はその金、二十万円のうち五万円を持ち出し、残りを書斎に隠してしまう。数日後、身体を痛め書斎で臥せっていた有太は、闖入してきた何者かによって斧で頭を割られ死亡する。

青春小説で社会小説、今となっては時代風俗小説でもあり、しかし確乎り探偵小説
結局、現代という時代も、戦後と何ら変わりがないのではないだろうか?少なくとも若者たちが目標を喪っているという点については。特にこの時期、「戦争」に向かって全員が真っ直ぐな価値観を持っていた時代が崩壊したことにより、その虚無感は更に激しいものだったのではないかと思う。そんな中を生きていく様々な若者の姿が軸となって物語は進む。体裁は探偵小説。しかし殺人事件は発生するが、その事件そのものの「HOW?」よりも「WHY?」「WHO?」に力点が置かれている点に、それまでの探偵小説からの飛翔を図る大下氏の力の入れ方が感じられる。トリックは仕掛けられてはいるものの、その印象はあまり強くなく、明かされる犯罪の動機面に強い印象を感じる。
学生で本作の悪役である笠原。女性を次々と取り替え、友人に高利で金を貸し、自分以外の誰も信用していない男。作品全体を見渡しても、正義と悪との間で心を揺らす主人公や、熱血書生で正義の味方の友杉なんかより、最も深い魅力を持っているのが実はこの笠原なのだ。目標不在の時代において少なくとも彼は「自分自身の目標」「自分自身の価値基準」を明確に持っている。その頼もしさが、女性や友人達をまた引き付ける力になっていたのだろう。

ある程度「探偵小説」を読まれた方には堪らなく面白い作品である、と感じますが、トリックだけを求める本格ファンにはちょっと物足りないかもしれません。各種小説の面白み全てを味わうつもりで読んで頂きたい作品。


99/09/22
竹本健治「入神」(南雲堂'99)

ネット上では(それ以外でも)以前より話題になっていた竹本健治が描くところの漫画作品。現役の作家、ライター、漫画家、編集者百三十余人がアシスタントを務めたという「お祭り」作品であり、文壇囲碁名人戦にて過去二度にわたる優勝を獲得している筆者の「囲碁」に対する思いが詰まっている。「にゅうしん」と読む。

IQ208を誇る天才囲碁棋士牧場智久。彼は「事件に巻き込まれる体質」で過去様々な事件に巻き込まれている。十七才で本因坊タイトルを史上最年少で奪取、一気に時の人となった彼は剣道少女武藤類子と知り合い、共に事件に巻き込まれる。そんな彼の前に立ちふさがったのが、強烈なオタクにしてデブ、そして最強の棋士、桃井雅美である……。その状況下、本編は静かにスタート。ある囲碁トーナメントに参加する牧場。彼は桃井に出会ったことで受けた強烈なスランプから徐々に立ち直りつつあった。しかし彼の極限まで思考を研ぎ澄ます囲碁への取り組み方は、彼自身の身体に多大な負担を掛けていた。友人の植島と類子は、牧場の身体の変調に気付くも彼を止められない。対局を続ける牧場は神の領域に達しようとしつつも、身体は限界に近づいていた。

竹本健治が漫画で放つ「究極の囲碁」への挑戦
種々のテーマ、例えば各種のスポーツを取り扱った小説、漫画をはじめ、工芸品の職人であろうと人殺しのプロたる殺し屋であろうと、何事でも究極の世界に達しようとする人々には神が宿るという。人間の限界を超えた先にあるのは何か?この問題を追求していくと、どうしても「その上の存在」=「神」に近づいていくもののようだ。(引き合いが悪いが車田正美『リングにかけろ』の終盤を思い出して欲しい)本作は「囲碁」という一種、究極の頭脳ゲームの世界で神に近づいた男たちの物語。今まで竹本氏が描いた牧場智久という存在は、あくまで「囲碁の天才棋士」であると同時に「探偵」としての価値を付与されていた。本作に限っては牧場は「探偵」を降り、純粋に「囲碁」の世界に打ち込んでいる。究極に進む為には余計なことはしていられない。
「探偵」はいない。「事件」も起きない。それなのに不思議と作品全体からは「ミステリーっぽさ」が漂っている。恐らく、牧場とライバル桃井との戦いのベースたる「囲碁」というゲームに騙し騙されの、ミステリ的な要素が多分に含まれているからだと思う。ただ私自身囲碁そのものがよく分からないので、本書で駆使されている専門的な知識が百分の一くらいしか理解できていないことが返す返すも残念。囲碁ファンにはもっと突き刺さるようなものがあるのだろう。(くそう、推測でしか書けないぞ)

帯の文句が「竹本健治、21年ぶりの再デビュー」。竹本健治が元々漫画家志望だったことは有名な話である。ただ本作、作者もコメントしているがあまり絵は上手とは言い難い。それでも「入神」という作品から伝わってくる不思議な感動は、もしかすると文章では表現できないものなのかも、と思わされる。豪華なアシスタント執筆陣目当てで購入した人も得した気分になれるはず。


99/09/21
泡坂妻夫「天井のとらんぷ」(講談社ノベルス'83)

『小説現代』誌に'80年から'83年にかけて掲載されたシリーズをまとめた作品集。主人公として活躍する「曾我佳城」は泡坂氏の持つシリーズ探偵役の一人で他の作品にも色んな形で登場する。

一時期、彗星のように一流の技術とその美貌で奇術界を賑わせ、あっというまに結婚で現役を引退、さらに現在は未亡人となっている「元」奇術師、曾我佳城。彼女が出会う不思議な事件の数々。
教室の天井には一枚のとらんぷが貼り付けられていた。この悪戯はどうやって行われたのか?『天井のとらんぷ』
米国シアトルへ奇術ツアーに出掛けた一行。その中の一人の男が殺されてしまった。『シンプルの味』
凝った朝顔を作る同好者で賑わう寺の境内。一人の女性が一鉢の朝顔の前で足を止めた『空中朝顔』
ワイドショーのシナリオ形式。女子寮で発生した食中毒事件の真相を佳城が解き明かす『白いハンカチーフ』
紐の結び方に興味を覚えた女性がホテルでの奇術の講習会に出席。そのホテルで殺人が『バースデイロープ』
雪のペンションで奇術を披露した佳城。翌朝彼女がサインしたもの一式が盗まれていた『ビルチューブ』
銃弾で人を的に撃ち、その後ろの林檎を破砕する手品が、失敗、死者が出た『消える銃弾』
佳城の知り合いの古本屋に届いた、友人からの手紙はどうやら暗号で書かれているようだった『カップと玉』以上八編。

優美で繊細で豪奢で華麗。奇術とミステリの相性は超抜群
テレビ等で時たま放映される「マジックショー」の類の番組が私は好きだ。シルクハット。ラメ入りのドレス。色鮮やかな小道具。動物。そして欠かせないのは、美女。その全てが織りなす「華麗」という言葉が最も似合い、観る者を如何に驚かせるかが競われる世界。奇術を観る、という行為と出来の良いミステリを読む、という行為は余りにも似ている。どんな奇術にもタネはあることは頭で理解していながら、いくら目を凝らしてもその「タネ」は分からない。その結果、奇術を眺める我々は「奇蹟」を味わっている。
そして本作、舞台のほとんどがその「奇術」の世界を何らかのモチーフとして用いている。舞台での事件、奇術師による事件、奇術師が被害を受ける事件。この「奇術」の世界が犯罪に応用されると、基本的に一般人は手が出ない。その一つ一つの行為が「奇蹟」なのだから。事件の切り口が人間業を離れていたり、表面に見えないような事柄にも深い作為が隠されていたり。この奇術世界を相手に謎を解くには、目には目を、奇術師と探偵、両方の能力を兼ね備えた存在でなければならない。曾我佳城が、物語内にこんなにも填り込み、そして魅力が高いのは、この奇術世界で活躍するゆえのことなのだろう。元から我々一般人にとって「手品」「奇術」というのはある種不思議な魅力を感じさせる存在。更にそれに「ミステリ的謎」を付加することで、物語の魅力は倍加している。いや、もっとかも。
全てが計算づくなのだろう。泡坂妻夫しか書けないし、泡坂妻夫だから魅力を引き出せる世界と探偵。こんなの、他にありません。

どうも微妙に入手しにくいらしい。私の読んだ本書は約束なので、おーかわくん@BNBの元へ。古書店よりも図書館での方がこの近辺の泡坂作品は見つけやすいかもしれない。