MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−過去の書評群 (掲載順)−  


99/10/10
筑波耕一郎「危険を買った男」(角川文庫'80)

雑誌『幻影城』デビューの推理作家、筑波氏の長編四作目にして角川文庫書き下ろしの一冊。

冬木はしがないクラブのピアノ引き。彼は店に来た美矢子と名乗る女性と深い仲になる。彼女は貿易会社の社長秘書で、時々社長の命を受けて危険な物資の運び屋をやらされている、と冬木に語る。彼女の取引に同行、箱根に向かった彼は、取引相手の外国人の車が銃声と共に炎上するのを目撃、彼自身も銃弾を腕に受ける。美矢子は彼を病院に偽名で運び込むとそのまま失踪してしまった。三ヶ月後傷心のまま退院した冬木は病院で知り合った同じアパートの木戸という名の老人から頼まれ事を受ける。謎の白い粉末をある男に届けて欲しいというのだ。しかし再び取引場所で、相手の男はまた何者かに射殺されてしまう。

世界を股に掛けた大きな大きな構想。ただ現実との接点が……少し気になる……
サスペンス&謀略スリラー。冒険小説のコードを使ってサスペンス的な小世界を構成しようとする試み。序盤から物語上の謎が頻出する。付き合っていた美女は主人公の元を去ってしまうし、取引に行くとなにせ相手が必ず殺されてしまう。心当たりがないのに何かと狙われる。一体何故?隠された秘密を苦労しながら(半ば意地で)探ると、相手はどうやらかなりの大物らしい。執拗に襲い来る敵、張り巡らされた罠。主人公はいかに秘密を暴き、決着をつけるのか?
背後に隠された謎は大きい。戦時中の醜聞と現在の政界を巻き込む国際問題。不思議なのはいくら行きがかりとはいえ、巨大でかつ綿密に計算した行動を取るはずの敵がなぜわざわざ何の取り柄もない主人公を標的にしたのか、が今一つ見えてこない。また、巻き込まれただけの主人公がそれぞれの事件に自ら望んだが如く、どっぷりと首を突っ込むところが、今ひとつすっきりしない。この二点の「?」によって冒険小説に必要な感情移入が今一つ出来なかった印象が残る。他にも細かい齟齬というか、登場人物の行動、登場に唐突さ、不自然さが多く感じられ、少しずつ引っかかるうちに全体としてのリーダビリティーが低下してしまうという勿体ない感触を受けた。

本作はサスペンスと分かっていて読んだのでこの作者の評価としては「外」としたい。文庫に落ちていない他の初期長編が手に入りにくい(幻影城ノベルスやんか)のが難点。どうしても現代に読み返す必要があるか、というとちょっと疑問符。


99/10/09
鮎川哲也「企画殺人」(集英社文庫'78)

本書は'71年に三笠書房より刊行された『七つの死角』という短編集を改題して文庫化したもの。小説現代を中心に'67年より'69年の間に執筆、発表された「倒叙」の推理短編がまとめて収録されている。

芸能プロダクションの若手営業部長は年末の賞レースの評価委員を殺し、お抱え歌手のライバルに嫌疑を着せようと計画する『錯誤』
過去を語らない作家には結婚詐欺の前歴があった。彼は自分そっくりの男を殺してその過去を合わせて葬り去ろうと計画する『偽りの過去』
ロシア語翻訳を生業とする男は、過去の不正をネタに強請を続ける同僚をロシアの推理小説のプロットを使って殺そうと計画する『蟻』
金持ちの婦人と不倫中の男は自らを興信所職員と偽って旦那を呼びだして、彼を殺して嫌疑を彼の息子にかけようと計画する『墓穴』
友人と買った宝くじが高額賞金を獲得、秘密のうちに使い込んだ男は友人からの半額弁済要求に困り、相手を殺そうと計画する『憎い風』
キャバレー勤めの妻の金持ちの叔母を会社勤めの旦那が遺産目当てでガス自殺に見せかけて殺してしまおうと計画する『尾のないねずみ』
会社の上司の妻と不倫している男はホテルでの情事を盗聴して、彼らを強請ってきた男に困惑。部下がアリバイ造りを申し出てくる『てんてこてん』以上七篇。

犯罪の綻びを探しながら、犯罪へ至る動機を楽しむ作品か
全て倒叙で固められた作品集。ということは序盤から終盤にかけては主人公?格の一人称の人物が殺人を計画、そのトリックを案出した上で実行する部分がメインとなる。完全犯罪では単なる犯罪小説になってしまうので、最終的にその犯罪は破綻、露呈してしまう。それゆえ「ミステリ」「推理」作品としての倒叙作品への興味は「なぜその犯罪が失敗したか?」に尽きる。普通は。
ただ、本作を読んでいて私はどうもその部分より深い感慨を得ることが出来なかった。「倒叙」と分かって読んでいるせいか、ちょっとでも不自然な行動があると「あれ?」とすぐ引っかかってしまい、見通せてしまうのがその一因である。そしてもう一つ、あくまでこの作品集に関して言うと、残念ながらそのトリックそのものが正直あまり出来が今一つよろしくない。決して悪いとは言い切れないまでも「本格の鬼 鮎川哲也」に対して読者が求めるレベルまで達していないように感ずる。(作品集全体をトリックの伏線にしてしまう意外な結末の最終話『てんてこてん』は別格)しかして、面白くなかったか?と言うとそれなりに面白かったのだ。
その犯罪を犯すに至る過程、犯罪者の心理、犯罪者が弄するトリック……。これらは鮎川氏がノっていた時分のせいか、バリエーションも良し、この程度で殺意を?という意外性も逆に良し。「過程」を楽しむのには持ってこいであった。この辺り、全ての読者にヒットするかは分からないけれども、読んで損をした、という気分にはならない。手堅い、というのか。

ただ、流石に鮎川短編集として本作を最初に手に取るのは避けたい。(でも古書店では版を重ねている関係か、見つかりやすかったりする)鮎川短編に入るなら、出来る限り新刊で購入できる創元推理文庫版などにして下さい。


99/10/08
小泉喜美子「月下の蘭」(徳間文庫'85)

元は'79年に双葉社より刊行された単行本。『小説推理』誌に連作短編として発表されたもの。四編の長めの短編はそれぞれ春夏秋冬と季節に因んだ歌舞伎を題材に統一されている。

蘭を自ら栽培し、その花をこよなく愛する義姉。しかし彼女の結婚は不幸だった。夫妻宅に挨拶に行った新婚の男は、彼女にほのかに惹かれるが、妻から彼女が急に海外旅行に出たと聞かされる『月下の蘭――春は花』
舞台を支える五十台の大女優は若手俳優と愛し合っていたが、彼は年下の新人女優と恋仲に。彼らは思い出のモーテルを舞台に互いで互いを欺く芝居を開始する『残酷なオルフェ――夏は星』
田舎道で急に交通事故を起こした人気作家は、手術を受けたその病院が気に入る。見舞いに来た編集者は何か異質な雰囲気をその病院で味わう。付近の住民も病院を良く思っていない『宵闇の彼方より――秋は蟲』
鳥撃ちの名人として世界に名を馳せていたが、引退して山奥で一人暮らしをしていた孤独な老人。クリスマスの夜、彼の元に珍しく女性が訪ねてきたが……『ロドルフ大公の恋人――冬は鳥』

幻想と論理の狭間、ぎりぎりの淵で止まる危うさが大きな魅力
それぞれ歌舞伎、能の有名な作品、順に「双面水照月」「田舎源氏露東雲」「土蜘」「積恋雪関扉」を登場人物などを現代に移し、それぞれのエッセンスを現代に蘇らせるというコンセプトで作られた作品だという――が、無教養な私にとってそんなエピソードを語られても残念ながら「?」である。「歌舞伎の知識がなくても楽しめるようになっている」と作者自身が言っている。もちろんそれは正しい。
ただ私が本作にそれ以上に魅力を感じるのは全編に覆う怪奇的な雰囲気。人面花を栽培したいという人妻、若い恋人への狂わんばかりの嫉妬に燃える五十女、人気のない病院から聞こえる謡(うたい)の声、雪山のガラスに移る鳥のシルエット。男女の情念が妖しく渦巻き、狂気が足許を這う。そんな中発生する事件。解決されているようないないような、理で割れるけれども、気分的に割り切れないような解決。小泉さんの力量そのもの、と言えばそれまでだが、もし「歌舞伎」を題材にした結果このような一種の怪奇ミステリが生まれるのであれば、元になった「歌舞伎」もまた実は「怪奇」の持つ闇を抱えているのではなかろうか。たった四つの作品から巨きな存在に還元するのは乱暴だとは分かっていながら、そのように考えることへの誘惑を感じる。

二十年前に執筆された作品でありながら、時を越える不思議な魅力を持つ。恐らく今から二十年経った後でも、新鮮な気持ちで読まれるであろうミステリ。トリックや構造だけでなく、作品全体を使って不変の感情を強く訴えてくる作品だから。


99/10/07
佐々木丸美「風花の里」(講談社文庫'89)

佐々木丸美によるファンタジーワールド、俗に「会社シリーズ」と呼ばれる三部作『雪の断章』『忘れな草』『花嫁人形』の外伝的作品。九冊目の単行本の文庫化。文庫では七冊目。

北海道、札幌。八木星玲子(やぎれいこ)は四歳のある冬の日、幼なじみの献納丈と愛猫のとらと共に大きな屋敷に悪戯で忍び込み、三人の雪ん子を目撃する。大人に見つかって大慌てで逃げ出した星玲子たち。しかし逃げる途中、とらが誤って川に転落してしまう。通りがかったお兄さんがとらを救い出してくれるも、彼は名前を告げずに去ってしまう。彼が残したのは一枚のマフラーと一冊の本。その裏表紙には「一野木昌生」と記してあった。「一野木昌生」に淡い憧れを抱く星玲子だったが、家の都合で小樽へ引っ越すことになってしまう。丈と手紙を交換しながら成長する星玲子。しかしある日、両親が突然事故で亡くなってしまう。猫のとらを捨ててしまえ、という親戚に反発、一路札幌を目指した幼い星玲子は、札幌で丈と合流、二人して世話好きで有名なおじいさんが管理するアパートに転がり込んだ。彼らはそこで生活を始めるが、影で彼らを保護していたのは北斗興産という会社であった。

繊細な少女の心の成長を描いた、ストレートな佐々木ファンタジー
会社シリーズ内にまだ少女の介在する余地があるの??と思いながら読み始めた。大いなる謎の遺産が存在、その継承者から利益を得るために「会社」が奔走させられる南原家と並び立つ旧家、八木家。この八木家の娘を主人公に据えている。そうか、まだいたか。幸福な家庭に育ちながら、幼くして両親を事故で失ってしまう星玲子。彼女が幼なじみの丈くんと共に成長する物語。報われぬ恋に焦がれ、周囲の親切が理屈で分かりながら軋轢を繰り返すあたり、他作品とも通ずるところがある。ラストは予定調和ではあるけれど、そこに至る過程で人間の弱さ、強さを剥き出しにしてしまう手法に感動の秘密があるように思う。運命の残酷さから誰も逃げていない。
佐々木丸美の作品世界は全て陰に日向に繋がっており、他の作品で知る登場人物が他の作品でも頻出する。七冊目を読んでようやく気付いたのは、会社に直接関わる人間は決して「視点」を持たない、ということ。作品全てが主人公格の少女の一人称で描かれており、彼女らは「会社」に翻弄されるものの「会社」そのものには直接関わらない。従って「会社」内部で何が進行しているのか、「会社」を巡る男達の人間関係は果たしてどうなのか、「会社」の目的は結局なんなのか。こういったところが全て伝聞形式で処理されている。なので私自身、ここまで読みながら、ようやく朧気に世界が見えてきたかな、というくらい。それでも肝心なところは霧がかかっているし、今まで読んできた自分の記憶もあやふやなところがあるし、で未だクリアに認識出来た訳ではない。確固たるものは作者の胸の内にしかないのかもしれないが。

以前に、どれから読んでも、という意味のことを書いたようにも思うが、やっぱり順番に読んだ方が良さそう。恐らく一渡り読んだ後、再読、再々読していけば、見えなかった部分が見えたりして興味深そうではありますが……私はまだそこまで試すことが出来ていません。


99/10/06
連城三紀彦「私という名の変奏曲」(双葉文庫'88)

恋文』で直木賞を受賞した翌年、'84年に双葉社より発表された長編がそのまま双葉文庫に入ったもの。現在は「連城三紀彦傑作推理コレクション」という形でハルキ文庫で現役で入手可能。

「私を殺したいほど憎んでいる人間が七人いる。男が四人と女が三人」そして私は今日殺される。今その人物は私のグラスに青酸カリの粉末を落とし入れた……。
美織レイ子は作られたファッションモデル。孤独で平凡だった彼女は、交通事故を示談にする代わりに米国の最新医学と技術による整形手術を提供された。手術の跡を全く感じさせない類い希なる美貌、風が吹くと倒れてしまうとまで言われた細い躰。変身した彼女は一人の写真家にスカウトされたのを契機にファッションモデル、スポンサーに金で買われてCMモデルへと、スターダムを駆け上がり、遂に世界のトップモデルへと頂点を極めた。しかしそんな彼女は、逆に自分自身をこの境遇に引き上げた彼らに対し、異常な憎みを覚えるようになっていた。本当の彼女を喪わせた彼ら。彼女は表面で微笑みながら、裏で虎視眈々と彼らを破滅に導く弱点を次々と握っていった。彼女の脅迫は対価を要求しない、ただ彼らを苦しめること、破滅に追い込むことだけを目的になされていた。

事件は一つながら登場する複数の犯人……??序盤に叩き込まれる激しい眩瞑感
あくまで本編の主人公でありながら、序盤で殺されてしまう美貌の女性、美織レイ子。しかも彼女は相手が自分に殺意を覚えていること、自分が殺されることを知っている。間抜けな医師を利用して犯人の為にお膳立てまで整えてやり、青酸カリ入りのウイスキーを煽って死亡する。他人の手を借りた自殺。 ここまではいい。普通の一人称による事件の描写だ。ミステリ的に凄いのは、この彼女を殺した、と一人称で語る犯人が次から次へと登場すること。少なくとも皆、自分が彼女を殺したと堅く信じており、彼女の家でとった行動までも皆同じ。二人きり、青酸カリで殺される熱帯魚、ウイスキー、毒殺。この段階で読者の頭の中は「?」でいっぱいになる。(少なくとも私は)
中盤がほとんどなく、一渡り登場人物が出揃う段階には既に終盤に差し掛かる。そして、最後に行き着く前に解かれる、物語のからくり。特に感心するのは、人間感情を描くのに巧みな連城氏が更に気合いを入れて描いたと思しきこの主人公、レイ子の造形。美しい表情と狂気じみた負の熱情。彼女であるからこそ、トリックも物語も展開も全てに納得させられてしまうのだ。自らの人生を悔やみ、その悔しさを恨み辛みに変じて、人生に深く関わった男女を骨髄まで恨み抜く。極端な美しさゆえに自分自身を喪う女性、一見背反しそうな彼女の哀しみを連城氏は見事に描いている。読み終わって胸に残るのは大きなトリックの凄さに加え、全編にわたって主人公レイ子が迸らせている感情だった。

「連城三紀彦の巧さ」が目立つ。それも技巧に走ったという感じでなく、極端な男と女の関係を描くうちに物語が出来てしまったかのような、不思議なさりげなさ。(もちろん綿密に実際は計算されているのであろうが……)ふぅ。溜息が出る。


99/10/05
小栗虫太郎「悪霊」(桃源社'76)

探偵小説界の奇才、小栗虫太郎の短編五十五篇を三冊に分けて刊行する試みを桃源社が行った際の一冊(らしい)。戦前、'41年(昭和十六年)から'43年(昭和十九年)までに執筆された作品に未発表作品二作、探偵小説雑誌『ロック』に連載され未完に終わった絶筆『悪霊』を加えて編集されている。掲載媒体は『新青年』から『戦線文庫』『戦時版よみうり』など時勢を感じさせる。十七編。

『暗黒星』『ウクライナの女密使』『熱海魔』『ベーリング海隧道』『深海の囚虜』『南東貿易風』『北洋の守り星』これらの作品は、戦前世界に羽ばたいた日本人たちが主に主人公。何事にも負けない克己心と道徳と義侠を忘れない真っ直ぐな心をもって主に仮想敵国のイギリスがあの手、この手で仕掛けてくる卑劣な罠に対抗、勝利を収める物語。
『椰糖垂範記』『南印度苦力』『その前夜』『ソロモンの南』『会議派殿下』これらも世界が舞台ながら、異境の地で苦労を重ね成功したり、尊敬されたりする日本人の姿を描いている。
『成層圏魔城』新聞連載の長めの作品。小栗ジュヴナイル。亜細亜の空を脅かす成層圏の魔物と日本人青年&少年&現地の少年トリオによる秘境冒険小説。
『マライ西遊記』『冥府の鶏』青少年を対象とした東南アジアを舞台にした寓話。
『悪霊』小栗の代表作となり損ねた長編探偵小説の絶筆。海野十三による本作の小栗の構想についての解説がある。
『赤馬旅館』本作のみ'28年(昭和十三年)に執筆された放送用原稿。

異境と秘境に魔境と自然の驚異と脅威が物語を埋め尽くし、登場人物は舞台を股に掛け、日本人の心意気を示す
秘境冒険小説『人外魔境』と基本的に似たコンセプトで描かれた作品が前半部を占める。日本人には想像も出来ないようなアジア諸国、や環太平洋の異界。異常気候、疫病、劣悪な環境、交通の要所、異文化。これらを下敷きにした世界の中で、故郷を離れながら逞しい日本人魂を忘れない人々が活躍する。異文化を持ち上げも見下げもしない態度は立派ながら、戦意昂揚の文章というのがなんとも今となっては虚しい。このような物語しか当局から認められなかったということなのだろうか。戦争を直接に賛美こそしていないものの、玉砕精神を至上のものとする精神は人によっては受け付けない人もいるかも。またアジア諸国を侵略していた日本の都合の良い解釈もまた、ある意味勉強になる。文章やプロット構成が巧みなだけに主題が余りにもさりげなく入ってくる点、凄いというか、怖いというか。
作品として特筆したいのは『成層圏魔城』。子供向けと侮るなかれ。日本人天才博士の家に寄宿する少年たちが主人公。最新の飛行機に忍び込み、文武両道の青年と行動を共にする彼らの科学冒険譚と思いきや、あっさり敵の攻撃を受けて、飛行機は密林に墜落、不時着した彼らがジャングルを抜け敵国の博士と対決する秘境冒険譚に早変わり。小栗らしからぬ優しい語り口といい、手塚治虫を想起させる場面場面の飛躍といい、戦時の教育宣伝思想が鼻につくことを除けば、しっかりと小栗の奇想、衒学的知識が鏤められた「ジュヴナイル」、これしかないという出来。
伝説の遺作『悪霊』は、冒頭たったの二十枚。しかして雰囲気は良く伝わってくる。探偵役が川を歩いていると死んだ魚が次々と流れてくる……陰々とした出だしが予感を誘う。未完では仕方ないが。
もう一つ『赤馬旅館』。シャーロックホームズもの。ラジオ劇のシナリオで作品内容もさることながら、参考で記されている放送時のメンバーが物凄い。乱歩がホームズ役を務め、他声優陣に虫太郎本人、大下宇陀児、水谷準、延原兼、城昌幸、海野十三ら。さらに演出は久生十蘭。(なんなんだこの豪華さは……)文士劇みたいなものだったのだろうか?

某古書展でそれなりの金額を支払って購入した。私の浅い経験内では、販売しているところをそれ以前、以後とも見たことがない。小栗の短編集は限られた作品以外はかなり入手困難?とはいえ、金額に見合う内容。十二分に楽しめた。


99/10/04
倉阪鬼一郎「緑の幻影」(出版芸術社'99)

'99年に入ってから「隔月刊」と見紛うばかりの刊行ペースで新作を打ち出す倉阪氏の十二冊目の著書にあたる。クトゥルーを下敷きにし、伝奇と絡めた書き下ろし本格ホラー長編。

赤緑色盲を患っている白坂貴は、ホラーの月刊雑誌「ウィアード」の編集長。他に社員は男性一人、アルバイト二人という小さな所帯で編集を行う日々。次月の特集は「クトゥルー」の予定で、目玉は戦後のカストリ雑誌に掲載されていたという日本初の「クトゥルー」短編で、累龍三という無名の作家が執筆した『死苦奈の復活』である。それに関連する「ウトクナ」という地名と、熱心に「食屍鬼」テーマの原稿を投稿してくる野火絵という人物の住所とが同じ黒野市とが近いことに白坂は気付く。帰宅後、彼は詩の雑誌の編集をしている恋人、春田恵美子がまた、黒野市に近い黒野温泉に行っていることを知る。社員の間で流行っているイエッタ・ホプナールの音楽を聴きながら、彼女の雑誌の投稿欄を読んだところこの雑誌にも野火絵と同一人物が投稿していることに気付く。更に翌日、アルバイトの女性から、黒野温泉の無料宿泊券をもらった白坂は、数々の暗合が交差する黒野の地へと運命に引かれるように向かった。

緑、緑、、緑。アナタの見ている緑は本当に緑ですか?
一人の男が何者かに操られるように体験させられる恐怖の体験。表に裏に現れるクトゥルー。とはいえ、実際それほどクトゥルー的な展開という印象は受けない。あくまで下敷き、登場人物の立つ地面の奥底に確実に蠢いていることは確かながら、直接現れるものではない。なのでクトゥルーにこだわった方々が読まれると物足りない?かもしれない。が、物語の展開、方法は倉阪ホラーの王道を行っている。
徹底的に継続する悪夢の中途切れることなく登場する、緑という色彩に徹底的にこだわった美しくも汚く、華やかで醜い圧倒的な情景。光景は神経に迫り、状況は脳味噌を掻き回す。二転三転と目まぐるしく変化する「白坂の置かれる状況」は、狂気を伴って多少の設定の強引さを打ち消すように迫ってくる。確信犯的に状況変化を極度に強調することで、読者は半ばねじ切られるような感覚と共に現実との繋がりを断ち切られて行く。例えば自分が殺される夢を見て、目が覚めると自分は殺されていて、でもまたそれは実は夢で……果たして自分は生きているのか死んでいるのか、いま認識しているこの世界は現実なのか非現実なのか、それともそれ以外の何かなのか。段々と自分の立脚している場所がぐらぐらぐにゃぐにゃと変化していくような感覚……。しかもその一つ一つのシーンが血や膿、狂気と叫喚に満ちている訳で。
状況の上下感覚というか、静と動の差によって揺さぶりを掛けられている感。決して身近ではないけれど、どこかに異界は存在する、という点を確信させられる。伏線が初期に色々と張られ、最終的に回収した上で更に一撃、というのは少しミステリ的構造を思わせる。ただ勿論、回収の仕方そのものは勿論ホラーのそれ、だが。

西村有望氏による蛇身の女性が不気味な赤と緑のカバー。カバーの下には真っ赤な装幀。紐栞は緑、そして何よりも全ての活字が緑色。作者自らプロデュースしたという「この本そのもの」も一つの作品として優れている。これが本格ミステリであれば創元のベストで優秀装幀賞が受賞可能のレベル。(それにしても仕掛け、とは?)本書そのものは映画などへの言及など「ホラーマニア」が強く意識されている感。初心者の入り口にはちと、きついかと。


99/10/03
土屋隆夫「地獄から来た天使」(角川文庫'76)

角川文庫にて当時単行本未収録だった作品を集めた短編集。'50年前後のデビュー直後に旧『宝石』に発表されていた作品から当時の最新に近い'75年の作品まで25年にわたる土屋作品の集大成。

一年間の休筆期間を終えた作家の復帰作をモノにした編集長は、作家志望で自殺した青年の妹の訪問を受ける『氷の椅子』
官庁の外郭団体に勤務する主人公の新婚家庭に、上司の甥という浪人生が下宿にやって来る。徐々に冷え込む夫婦仲『潜在証拠』
自殺した元軍人を父に持つ生徒が「父は殺された」という作文を提出する。先生は知り合いの朝霧警部にその文章を見せる『絆』
市役所に勤務するエリート課長の元に、謎の老人が「市営のモーテルを建設すべきだ」と意見をして執拗く付きまとう『老後の楽しみ』
元革命家の弁護士が事務所の一室から秘書、客などが環視する中、遺書を残して忽然と消えてしまう。捜査にあたるのは朝霧警部『私は今日消えていく』
自分の執筆した三文戯曲の上演を見物に行った作家は、舞台上で実際に俳優が毒物死する状況を目撃する『わがままな死体』
財産家の父親が寝たきりになり残された親族は放埒を極める。ある日彼らの一人がエロ映画を上映中停電、一人が刺し殺された『地獄から来た天使』以上七篇。

トリックを作品の命とする土屋氏のスタンスの良く出た作品集
まず気付くのはこの「二十五年」という歳月の中で土屋氏の筆致というか、文章表現の方法がほとんど変化が見られない、ということ。デビュー時に既にそれなりの年齢に達していており、既にその段階で完成されていたことの裏返しかもしれない。巻末を見るまで執筆時期が想像出来なかった。
そして本作品集から最も強く感じられたのは「トリックへの強いこだわり」。後世に批判される「トリック偏重」とも思える作品もあるが、物理トリックのみならず心理トリックや倒叙トリックなどきちんと「核になるアイデア」が作品に盛り込まれている点には注目したい。それぞれサスペンス風や、ユーモア風の味付けはされているけれども、土屋氏はその「核」を決して見失わずに創作を続けているのだ。特に密室からの人間消失を描いた『私は今日消えていく』は秀逸。衆人環視のビル内の密室で茶碗の割れる音と同時に外部から人が踏み込んだところ、一通の遺書を残して、中にいたはずの人物が消えている。しかも向かいのビルからその人物の靴だけが発見される……。この魅力的な謎と、また美しいまでに論理的な解決は、そのトリックと共に残される叙情性と合わせ、土屋作品らしい楽しみが本作でもっとも強く打ち出されているのではないか、と感じた。

逆説的に言えば、やはり土屋氏の文章は男性的で硬い。その硬い文章内部にさりげなく織り込まれる詩情が、厳しく律された論理の世界の中に垣間見えるところもまた魅力。土屋氏の長編に見られる錯綜するようなトリックの群はやはり凄いが、一つのトリックで構成された短編と向き合うのもまた違った意味での楽しさがある。


99/10/02
横田順彌「山田太郎十番勝負」(角川文庫'86)

角川文庫では四冊目なのだけれど……横田氏の作品の中でどのような位置づけなんだろうか?一応、連作短編集の体裁ながら、長編的に一気に読めてしまった。

郊外(田舎とも言う)に念願のマイホームを建てた中小企業勤務の平凡なサラリーマン、山田さん。妻と息子の三人で引越の整理をしていた日曜日、一人の男がやって来た「たのもうーー」地獄谷鬼衛門と名乗るその男、身長2m、体重200kg(推定)彼が言うには「相撲で勝負しろ!」「負けたらこの家を出ていくこと」が条件。理由はさっぱり分からないものの、山田さん一家は彼と勝負することに。何とか彼を撃退した一家が安堵の溜息をもらしたのも束の間、翌月の日曜日、再び風呂から「たのもうーー」の声が。そして毎月日曜日(ないしはその近く)になると、山田家には謎の訪問者が次々と一家に勝負(しかも様々な)を挑んで来る。狸による想像麻雀。小さなロボットによる謎の将棋。サンタクロースによるマラソン。透明人間による隠れん坊……彼らを撃退しなければ家を失う山田家に明日はあるのか????

電車の中で平然を装って読みながら、自然と頬が痙攣するのを止められない
……というくらい、おかしい面白い。不条理が嫌みなく笑いに結びつくSF作品。個性を剥奪された一家。現代の象徴、核家族。山田という姓に太郎という名の主人。サラリーマン。都心に立てられず通勤時間がかかることを犠牲に建てられた、それでも一戸建て。これほど当たり前な家族、当たり前の風景の中、不条理が爆発する
その不条理は怪人が家にやって来ることから開始され、勝負を指定された挙げ句、負ければ出ていけ、だ。こちらは何も望んでいないのに、なぜ?? また怪人たちのバリエーションもさることながら、みんなどことなく抜けていて、そこがまた奇妙に笑いのツボをくすぐる。次ぎに来る怪人はどんな奴?挑んでくる勝負は何?山田さんはどのような形で勝利を収めるのか??と十回(厳密には十一回)の勝負が全て楽しめてしまう。確かにハチャハチャSFの横田氏だけにダジャレもそれなりに飛び出すものの、本作での程度は薄く(正直)微笑みを誘う程度。少なくとも「ダジャレ」先にありき、という感触はしない。(使い方は巧いけれど、ね)あくまで本作の主役は怪人達と山田さん一家なのである。こんな奴らが家にやって来たら……などとは絶対思わないけれど、ヤだな。

数ある横田作品の中でも「この作品が好き」と挙げられることの多い作品(今は絶版ですが)。これくらいのところから入った方があの無茶苦茶のノリのハチャハチャに実は適応しやすいものなのかもしれない。でもこれは見つけたら買いですよ、買い。ワタシ的お勧め。


99/10/01
仁木悦子「死の花の咲く家」(角川文庫'79)

仁木悦子の角川文庫五冊目の短編集。'66年から'71年頃に各種の雑誌媒体に発表された作品が集められている。丁度仁木悦子中期の作品と言える。

遺産目当てに重病人を看護する親族の一人が首を絞められ殺される。残されたダイイングメッセージ『死の花の咲く家』
魔女の方が立派な白雪姫の絵を描く少女。その母親が殺された事件を幼稚園の先生が推理『空色の魔女』
『赤い真珠』 街を騒がす暴行魔に襲われた女性を助けた町内のおじさんは逆に犯人から刺し殺されてしまった『巷の騎士』
野球のホームランボールを取りに行った先で「僕」は男女の秘め事を目撃する。それから一緒に野球をしていた青年、修二の様子がおかしい『夏雲の下で』
富豪の青年と結婚の決まった女性が、向かいに住む男性からある殺人事件に関して恐喝を受ける『毒を制する法』
仲良しのアコちゃんの家に遊びに行った伸子は、一緒にテスト勉強をした帰りにジュースをご馳走になり腹痛に。テストは受けられなかった『鬼子母の手に』

同時期なのに幅広い作風を見事に使い分けるテクニシャン
お馴染みの浅田(旧姓仁木)悦子ママをはじめ『殺人配線図』に登場した休職新聞記者、吉村らシリーズキャラクタがところどころに顔を見せている。またお馴染みの子供視点一人称作品もいくつかあり、全体的に本格タッチ、サスペンスタッチ、スリラータッチ……と一つの作品集の中にバラエティに富んだ作品が集まっている印象。読んでから気付いたが、これらを同時期に執筆していたというのだから、仁木さんの執筆姿勢は常に貪欲に多岐の方向にわたって伸びていた、ということか。
本作品集に限って言えば、謎解きを指向した本格系の作品よりも、登場人物へ感情移入して味わうスリルと恐怖を主題とした作品に秀作が目立つように感じる。例えば、「真相」は読者は主人公よりも前に十二分に察知しながら、子供である主人公がその毒を避けきれないで窮地に落ちていく最終話『鬼子母の手に』など、作品構成として決して優れているとは言い難いにも関わらず、その強い印象は忘れがたい。「オレが証明しなければ、お前に殺人事件のアリバイは立たない」妙な脅迫を受ける女性を描いた『毒を制する法』これはラストの毒が効いている。
もちろん仁木さんらしい暖かさを持つ『巷の騎士』では「善意の第三者が犯罪を止めようとして返り討ちにあう」。ありがちで、しかも深い悲劇の中に隠されている真相。心地よいラストを堪能した。

角川にしろ、講談社にしろ丹念に探せばそれほど苦労せずとも入手出来る。それはそれとして、出版社は仁木悦子の全集を何らかの形で検討すべき時期に来ているのかもしれない、としみじみ思う。どこか出さないかな?