MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−過去の書評群 (掲載順)−  


99/10/20
笹沢左保「人喰い」(双葉文庫'95)

日本推理作家協会賞受賞作全集の14。「木枯らし紋次郎シリーズ」の大ヒットなど時代小説作家と思われがちな感じられる筆者も、以前はれっきとした推理小説作家。本作は'60年に光文社より出版され、翌年第十四回の探偵作家クラブ賞を水上勉の『海の牙』と分け合った。

銀行勤務の女性、花城佐紀子。彼女が早退して戻ってきたところ母親代わりに彼女を育ててくれた姉の由記子の遺書を発見した。勤務先の「本多銃砲火薬店」で労働組合の婦人部長を務めていた由記子は、社長の息子と将来を誓っていたが、社長の家族の陰謀により職を追われ、別れを強制されていた。先鋭的な労働組合と対立する社長一派との争いの中、二人は固い決意を胸に秘め、心中を仄めかしての失踪だった。警察が頼りにならないことを知った佐紀子はを自分の恋人で同じく「本多銃砲火薬店」の労働組合委員長を務める豊島に相談する。焦燥の時間が過ぎ、社長の息子が山梨県の昇仙峡で発見されたとの報せが入るのだが、その場には姉の由記子の姿は無かったという。殺人の疑いをかけられたまま姿を完全に消した由記子は、浦賀の会社の工場で目撃され、その直後、工場は何者かによって爆破される。その現場からは由記子の遺留品が発見された。

これぞ、昭和中期に発生した「新・本格推理小説」
人が集まるとよく「初期の笹沢左保は凄いぞ」と聞かされた。読んでみて「なるほど」と唸った。
執筆されたのは昭和三十年代。推理小説というジャンルが従来の探偵小説からの脱皮を図ろうとしていた時代とも言える。松本清張らはデビューしていたものの、従来のトリック重視の探偵小説に閉塞感が強まり、もっと人間を社会を取り入れた新しい作品が評価されつつあった。その時代にあり、トリックを内包しつつ、男女の切ない情愛、社会的な問題など種々の条件をきちんと肉付けした本作は、当時最も望まれていた形の作品であると同時に、「現代のミステリー」と呼ばれるジャンルの理想型を既に完成させているように感じる。(音引きのミステリーにしたのは意味がある)
ブルジョワVS労働者の対決、戦闘的労働組合などの社会。時代に即した恋人同士の愛の語らい。探偵小説になかった要素をジャンルミックス。その上、いくつものトリックを使用し時代を超えて不変の「本格」へのこだわりも充分に感じさせる。これらの条件を巧くミキシングすることで、現代のミステリーに通じる一流のエンターテインメント小説に笹沢氏は本書を仕上げている。勿論、氏の見事なストーリーテリングがそれらのまとまりを良くしていることは言うまでもない。

失礼ながら、意外な掘り出し物に当たった感。人間の本性が見える真相、叙情に包まれたラスト。時代を感じつつ、(そして知りつつ)、本格的なミステリを楽しむ。もしかすると贅沢な一冊なのかもしれない。


99/10/19
皆川博子「殺意の軽井沢・冬」(祥伝社ノン・ポシェット'87)

'86年に『恋紅』にて直木賞を受賞した筆者の受賞後第一作。ノン・ポシェット書き下ろし。初刊行は古いが、'98年に何故か同文庫で第二版がかかっているので、入手は意外と楽かも。

キャリアを誇るベテラン女流ミステリー作家、日崎萌子。彼女は我が強く、勝ち気で周囲の見えなくなる性格にも関わらず、寂しがり屋だった。酒好きで泥酔癖があるため、酒の席での失敗が多く、友人はほとんどいない。そんな彼女がその年の最優秀ミステリー賞にあたるホームズ賞にノミネートされた。七人の候補の中に他に女性が一人。詩人出身で美人で知られる木谷梨世。遙かにキャリアが短い彼女がノミネートされていることに反感を覚えていた萌子だったが、梨世が受賞したことを知り、激昂する。ヒステリーを起こした彼女が友人宅に転がり込んだ時、その友人から「梨世の作品は実は夫が書いているものだ」と喫茶店で聞いた、という話を聞きつけた萌子は、梨世を引きずり降ろすべく画策を開始する。

高慢で強欲な女性の一人称が醸し出す不思議な雰囲気+サスペンス
高慢でプライドが異常に高く、嫉妬深い上に強欲、意地っ張りで見栄っ張り。誰だって付き合うのが嫌になるような人物が主人公に据えられている。そして彼女の一人称で物語は進む。気分的に全く感情移入できない主人公であるにも関わらず、逆に怖い物見たさの感覚からか、作品世界へするすると引き込まれてしまう。事件は雪の山荘が舞台。容疑者としてまつりあげられてしまう一人称の主人公が、何しろ泥酔してすぐに意識を喪ってしまうので、本当に犯人なのか、それとも別に犯人がいるのか容易に分からない。この辺り、さりげなくも設定が巧い。いかにもありがちな舞台装置ながら、主人公を酔っぱらわせるだけで、全く従来とは違った意味でのサスペンスを創り出している。主人公が徐々に窮地に立たされ、現実と虚構の区別がつかなくなってくる辺りの眩瞑感覚が作品の主眼か。読者も同じ気分に引き入れられ
そして登場人物の特異なキャラクタに打ち消されないだけの骨組みがまた良い。たまたま、記述の方法論から「サスペンス」という分類にされそうでありながら、使用されているトリックは、形を変えれば堂堂と「本格推理」にも使えるのではないか、というレベル(ちょっと狡いかもしれないが)。最終的に明かされる真相の意外性も高い。

本当に様々の分野の作品を手掛ける皆川さん。そしてその文章力は高く評価されている。もちろん、それがミステリであっても「魅せる」術をきちんと駆使されているのが嬉しい。長期的にもっと作品を読んでいこうと思わされる作家である。


99/10/18
日下三蔵(編)「乱歩の幻影」(ちくま文庫'99)

乱歩作品のパスティシュ、乱歩自身が登場する小説、乱歩作品を下敷きにしたミステリなど「乱歩にまつわる作品」を集めたアンソロジー。「乱歩小説」と呼ばれるこれら作品は季刊『幻想文学』誌四十二号('94年)で初めて体系的に紹介されたとのこと。

・高木彬光『小説 江戸川乱歩』東北の旅館に宿泊する男は平井太郎と名乗り、地元で発生した殺人事件の話を興味深そうに聞いていた。そんな折り再び殺人事件が発生する。
・山田風太郎『伊賀の散歩者』藤堂藩の領主、高次の新しい寵妾、おらんの方。彼女は不美人ながら才気煥発な魅力的な女性。一方彼女の弟、平井武左衛門は散歩が趣味の捉え処のない男だった。
・角田喜久雄『沼垂の女』主人公が終戦直後の超満員の買い出し列車で乗り合わせた女性に導かれるように体験する不思議な世界
・竹本健治『月の下の鏡のような犯罪』乱歩の短編、『目羅博士』の続編とも思われる妖美な体験を綴った掌編。
・中井英夫『緑青期』醜貌を持ち、小さな頃から色んなコンプレックスに悩まされ続けている男が生々しい自我について語る。未完。
・蘭光生(式貴士)『乱歩を読みすぎた男』年取って功成した男は、子供の頃、性的に無性に焦がれた乱歩の『人間豹』の世界を、金に飽かせて創り上げ若い女性を誘拐する。
・服部正『龍の玉』幼い頃の小林少年を中心に若き明智小五郎、怪人二十面相を描く
・芦辺拓『屋根裏の乱歩者』「屋根裏の散歩者」を乱歩が主人公役、横溝正史が明智小五郎役で映画に撮影するという情景から始まる幻想譚。
・島田荘司『乱歩の幻影』長編『網走発遙かなり』の第三章。幼い頃に入手した乱歩の写真から、乱歩マニアになった女性が巡り会った一冊の同人誌。
・中島河太郎『伝記小説 江戸川乱歩』小酒井不木博士の訃報に接した乱歩が出会いの頃からの自分自身の足跡を回想する。河太郎には珍しい小説形式の作品。 以上十編。

「超」が沢山付くような豪華な執筆者。これこそ乱歩の影響の広さ、深さ
まずは収録された執筆陣をとくと御覧頂きたい。各世代のミステリ、探偵小説作家を代表するかのような豪華な面々。江戸川乱歩という日本文壇でも希有な存在が、本家の推理小説はもちろん、幻想文学、恐怖小説等、彼を中心に扇形に後世に大きな影響を与えたのかが分かる。本人の知名度としても勿論、時代を超えても語り継がれるであろう奇想、着想、トリック。少年達に「ミステリ」への好奇心をいつの時代も最初に植え付け続けてる「少年探偵団シリーズ」の執筆。日本のミステリ界に乱歩の影響が皆無という人間は存在しないのではなかろうか。
本作は乱歩を自らの内側に取り入れてしまった作家達の業績を俯瞰するのに最適のアンソロジー。乱歩作品のパスティシュという以上に、乱歩という人物が作中で活躍したり、乱歩の著作に多大な影響を受けた主人公が登場したりと、作品全体のバラエティにも富んでいる。乱歩はロジカルな推理小説作家としての業績と合わせ、対角線上に耽美な幻想小説としての作品も描いている。本書で取り上げられた作家がそれぞれ、幅広い乱歩作品のどのような部分を取り出して血肉としているのかを想像するのも楽しい。
個人的には乱歩の通俗長編でしばしば見られる「猟奇性」をポルノ作品として復活させてしまった蘭光生の作品がツボ。具体的に描写することで、下品度(というかエロ度)も高いながら、乱歩作品の底流に流れている自己愛的な思想を巧く下敷きにして料理している。忍法帖の様式を借りた風太郎の『伊賀の散歩者』も傑作。下敷きは乱歩の御先祖物語。いくつもの乱歩作品や随筆などのエピソードをこれでもかというくらいに内部に取り込んでいながら、トータルとしてのエンタテインメント性が全く損なわれていない。中井氏島田氏の両編は、読む者を幻想世界に引きずり込む乱歩の凄さを、竹内、服部、芦辺氏らはつい作品の背景を想像してしまう乱歩マニアの業を感じさせてくれる。「乱歩ファン」のための「乱歩小説」。まさに。

ただ乱歩作品を知らずに読んでも、それほど面白いとは思えないだろう。その分、基本的な長編、代表短編を読まれた方はまず大丈夫。ほとんど乱歩を読み尽くしたという剛の方にはこれほど面白いアンソロジーはないはず。


99/10/17
都筑道夫「雪崩連太郎怨霊行」(集英社文庫'80)

オカルトミステリ、と呼べば良いのだろうか。'78年、立風書房から『怨霊紀行』という題名で出版された作品を集英社で二分冊にされて刊行したもの。繰り返しになるが出版芸術社ふしぎ文学館『雪崩連太郎全集』にて全てが新刊で入手可能。

福島県いわき市。この世に異変が起きる時、明治期に生きながら地に入ったという尼さんが声をあげるという『五百羅漢』
秋田県由利郡。連太郎が人を殺したことのある町。旧家の屋根にある見事な鬼瓦が時々うめき声を立てるという『鬼板師儀助』
鳥取県米子市。達磨寺と呼ばれるその寺では五年ごとに、三つ目の達磨を奉納するという。その目を入れるのは五の倍数の年齢の処女『三つ目達磨』
三重県小柾美町。この地の神社では正月の十五日、藁で作った午の人形を火祭りで燃やす。ただその人形には足が六本『六本足の午』
山梨県鰍沢近辺。この地では「女の子」が「女性」になった時、色硝子の小瓶に涙を入れて母親に渡す風習があるという『色玻璃なみだ壺』
愛知県豊橋市。人形が花火の力で動いて曲芸を行う「からくり花火」を復刻しようと苦心する若き花火師を連太郎が取材『からくり花火』
東京都練馬区。その寺に奉納されている小さな人形のセットはそれぞれ昔の葬式の場面を模したものだという『小函のなかの墓場』以上七編。

これこそが、オカルトミステリ・ジャパネスク
「オカルトミステリ」というジャンルがある。あまり一般的に認知はされてはいない言葉だし広義に使用する場合と狭義に使用する場合の意味合いが違ったりするので迂闊には使用できない。例えばよく挙げられるのがJDカーの『火刑法廷』。ミステリの枠組みを持ちながら、オカルト的な道具を使用し、どこかに一部割り切れない部分を残すといった作品のことを指すようだ。(人によっては京極夏彦氏の諸作を挙げる向きも)
本書をシリーズ前作である『雪崩連太郎幻視行』と合わせて読み終えて感じたのは、雪崩連太郎の向き合う事件がそれぞれまさに「オカルトミステリ」でかつ余りにも「日本的」なことだ。オカルトとしての小道具はそれこそ幽霊から黒魔術まで何でも含まれるのだろうが、本シリーズではあくまで日本における怪異、伝説に限定されている。連太郎が取材に行く段階では、事件とは言えない。各地に残る「歴史的にちょっと面白いもの」でしかない。ところがそこに歴史が混ざる。不思議な経緯が混ざる。そして連太郎が取材に取り組む時には何故か男女の問題まで混ざっている。大抵は殺人事件や事故に見える死亡者が出るのだけれど、その事件には必ず「闇」が付きまとう。その「闇」からオカルトの薫りが紛々と立ち上っているのだ。連太郎が解決する部分こそ「理」にて割り切れるのだけれど、その「事件」そのものはほとんどの場合「闇」を抱えたまま終結する。シニカルにミステリとして見れば、割り切れない部分が残されるので、説明が足りない、狡い、ということになりそうなものが、実はこの「闇」こそが事件、そして雪崩連太郎シリーズを通しての主人公なのである。

本書の後味は丁度、真夏の怪談を読み終わった時の気分に似ている。都筑道夫が「現代日本」を舞台に綴ったこの作品群こそオカルトミステリ。都筑氏にしか出せない独特の雰囲気と共に、時を経ても色んな場所で本シリーズの名前が挙がるのは、やはり日本とオカルトを有機的に結びつけた本作の素晴らしさ故のことだろう。


99/10/16
山田風太郎「忍法落花抄」(角川文庫'83)

自分的に現在講談社文庫より刊行中の風太郎忍法帖の短編集続刊支援計画は続けていくのだが、角川文庫の未読を片づけるのも大切なので。角川文庫の忍法帖短編集の一つ。'63〜'65年頃執筆された作品が集められたという。

土壁に刻印された面壁に顔を押し当て自由自在に面相を変化させる『忍者 仁木禅正』
自らの体の一部を瞬時に殺し、生き残った部分で油断した敵を討つ『忍者 玉虫内膳』
困窮する江戸の伊賀忍者。人の姿にそっくりの人形を製造して操る『忍者 傀儡歓兵衛』
仕官を求めて腕試し試合に望む武士。妻を不死身の醜い忍者に売る『忍者 枯葉塔九郎』
自らの身を乾かして体積を減らして敵の奥深くに侵入する公儀隠密『忍者 帷子万助』
仮死しながら女体と交わり復活する忍法の使い手は牢屋に侵入する『忍者 野晒銀四郎』
関ヶ原、小早川秀秋は東西どちらにつくのか伊賀忍者が情報を探る『忍者 撫子甚五郎』
山田風太郎はいかにして忍法帖を執筆するに至ったのか。エッセイ『「今昔物語集」の忍者』以上八編収録

己の役目を知り、過剰にストイック、目的の為に自ら駒と成らんとす
ほとんどの作品の題名に「忍者」という言葉がついているように、主人公を忍者に採った作品が並んでいる。(最後の一つはエッセイ)そのせいか、時代は戦国時代から江戸時代まで様々ながら一種マゾヒズムさえ漂う忍者の凄惨な生き様を浮き彫りにした作品が目立つ。上官から命ぜられた任務の為に、己自身が信ずるところの為に、数年から数十年もの間、極限まで鍛えて磨いた技を、一瞬の輝きを残して燃焼させる……。短編の紙幅の関係もあろうが、物語一つ一つの忍者がその存在を「技」をもって主張するのは、それぞれ一ヶ所限り。彼らはその後、命を失うか、永遠に表舞台を去ってしまう。特に『野晒銀四郎』、愛する女性から裏切られた彼が最終的に行き着いた先。裏切って北叟笑んでいたはずの側が、彼により突き落とされる恐怖は、ホラー小説としても読んでも優れていると思う。
その一方、長編にはよく登場する己の欲望のためにその特殊能力を使う忍者。『枯葉塔九郎』もまたその一人。逆に欲望に惑わされた武士が落ちていく魔道と、飄々と生きていく忍者との取り合わせが面白い。本作は過去に水木しげる氏により漫画化され、最近出版された『風太郎千年史』に所収されている。水木老が眼を付けただけのことはある佳作。
そしてもう一つ。『「今昔物語集」の忍者』。そのものは「今昔物語」における怪異などをピックアップして風太郎流の解釈がつけられたもの。本論周辺で忍法帖の執筆動機が語られていて、その部分だけ読んでも興味が湧いて楽しい。

角川文庫版での入手はやはりそれなりに苦労があるかもしれない。なので、講談社文庫で現在刊行中の風太郎の忍法帖短編集を是非とも購入しましょう。(ううう、ホントに完結しちゃったんですか??>日下さま)


99/10/15
篠田真由美「祝福の園の殺人」(講談社文庫'99)

建築探偵桜井京介のシリーズで人気を博している篠田真由美の長編第二作目。デビュー作『琥珀の城の殺人』に続く、中世を舞台にしたゴシック風ミステリ。東京創元社より'94年に出版された作品が講談社より文庫化された。

1670年、中世のイタリア中部ラツィオ近郊。バーニャイア侯爵モンタルト家の伝説の美女、エレオノーラが二十年前生前情熱の全てを注ぎ込んだと言われる庭園が舞台。彼女の死後、其処は跡目を嗣いだ弟により閉鎖されていたが、彼女の娘でエレオノーラの再来とも言われる美女エルミオーネによって強引にその扉が開かれた。彼女の婚約者、アントーニオと共にこの庭園で夜会を催すという。庭園に集まる一族や関係者。そんな中、冴えない風貌を持つ彼女の家庭教師、グエルチーノは庭園に配置された様々なオブジェや植物などから不吉なメッセージを読みとっていた。果たして、一族が集められた長い宴会を終えた翌朝、アントーニオの取り巻きの一人が庭園の中央部の噴水に死体となって浮かんでいた。グエルチーノは死体を調べ、これは事故ではなく他殺であると看破する。

ゴシック、館、家族関係、ペダンティズム。様々な要素を注ぎ込んだ篠田ミステリの原点
本編の主人公はエルミオーネの従姉妹にあたるチェチーリアとその侍女オルテンシアなのだが……上記粗筋に入れられなかった。それだけ背景が広大であるという証明か。(私が下手なだけか)
作者自身のあとがきで、前作を「タカラヅカや少女マンガのようだ」と言われ「知らないくせに」と発憤、「それなら本当にそれらを題材にしてミステリを書いてやる!」と決意して執筆を開始したという。しかし通読して感じたのは、舞台や登場人物やその関係にこそ、通俗的少女マンガ的な(というよりお伽噺的な)ものからの影響があるようにも思えたが、連続して殺されていく主要人物といい、二重三重の推理が可能なミステリとしての構造といい、そして何よりも全編にわたってそこかしこに挿入されるペダンティズムなどなど、『虚無への供物』『黒死館殺人事件』などへのオマージュが感じられた。また、舞台となる「庭園」そしてその中に建てられた「館」、それらを建築した人物からの呪いとも受け取れるエピソードや物語構造からは、この作品が綾辻行人の「館シリーズ」から篠田さん自身の「建築探偵シリーズ」へと脈々と受け継がれる「俗に言う新本格推理小説」の大きなトレンドの一部「館もの」の印象もある。更に複雑な家族関係とそこから派生する動機も、また歴史ミステリという体裁などから合わせて考えてると、様々な推理小説の趣向いろいろが一作に詰め込まれている、というイメージ。ぎりぎりで消化した、という危うさもまた同時に存在するが。

軽い気分で読み出したところ、意外と色んな意味でしっかりした作品でした。登場人物を辿るだけでも読めるので、必要以上に難しく考えることはありません。後の篠田作品に見られる傾向も感じられるので、ファンは必携でしょう。


99/10/14
吉村達也「地獄谷温泉殺人事件」(講談社文庫'99)

'98年、ほとんど活動を休止していた吉村氏も'99年に入り出版ラッシュを再開。本作は「和久井・志垣コンビ」の温泉シリーズの第十三作目にして、昨今珍しくなった文庫書き下ろしの作品。

学生時代に放送部に所属していた光橋陽子は、同じ部に所属していた竹井哲雄と熱烈な恋愛をし、将来を誓い合ったつもりであったが、現実的な竹井は彼女を捨て、代議士の娘と結婚しNYへ行ってしまった。陽子は出版社勤務の進藤弘と結婚、しかし進藤の派手で場当たり的な性格が裏目に出て、独立して始めた事業が失敗してしまう。荒れた夫と経済的な困窮に苦しむ陽子の元に学生時代の同窓アルバムが送られてきた。消息不明の竹井の欄には「永眠」の二文字が。事情を知るべく旧友に連絡を取る陽子は、その一人から「竹井は地獄で殺された」と聞き、また学生時代にプロポーズされたことのある教授からは、再度の熱烈な愛の告白を受ける。どうやら彼らは「竹井が殺された」という情報を、同窓生だった立花めぐみから引き出しているようなのだが、当のめぐみは不思議なことに連絡が取れない状態になっていた。更に陽子は進藤から、彼のこしらえた三千万円の暴力団金融からの借金の名義人にされたと聞かされ、大喧嘩をする。一方警視庁捜査一課の和久井刑事は、草加市で花屋のアルバイトをしていた陽子に一目惚れ。わざわざ住まいを草加に引っ越す程の入れ込みをみせていた。

旅情色を薄めて細かいネタに冴え。初期の吉村流ミステリ復活の兆し
一般的な吉村達也ファン。内田康夫や西村京太郎らと層が重なる……と思われる人たちに取り、本作は少し物足りないかもしれない。というのは五百枚を越えるボリュームを擁して「猿が入浴するのが名物、地獄谷温泉」に主題を構えておきながら、物語の主要部分は東京で進行するなど、のんびりした温泉や、旅情といったムードがあまり作品から感じられないからだ。何よりも志垣、和久井の名物コンビの入浴シーンがない、などなど、ここのところ数作のマンネリ化しつつあった温泉シリーズとは「何か違うな」という雰囲気が本作からは漂っている。
調子はサスペンス調。探偵役以外の登場人物の造形が相変わらず巧く、その点から引き込まれる。同窓会のアルバムに記された「永眠」の文字から様々に展開する人間模様に、細かいトリック、アイデアが随所に凝らされ、きちんと張られた伏線から導き出される解決には、それぞれ深く感銘を受ける程ではないまでも、「お」と、頷かされるレベルにある。また動機と人間観察の妙は吉村氏ならでは。十年という時間を意外な視点から処理して、物語に持ち込んで料理してしまうところなど、吉村節の復活を感じる。でもまだラストがちょっとばたばたしてしまうのは相変わらずかも。

吉村氏の作品群中、もっとも軽いミステリーと思われる温泉シリーズの中では、「ミステリ」としてなかなかのレベル。現代の人間の姿を作品内に巧く反映した作品かと。


99/10/13
紀田順一郎「古本屋探偵の事件簿」(創元推理文庫'91)

書誌に関するの著作が多く、個人全集も出版されている紀田氏の作品のうち「古本屋探偵須藤康平」シリーズの中長編四編を創元推理文庫にてまとめた作品集。巻末には解説代わりに紀田氏と瀬戸川猛資氏による対談が掲載されており、こちらも楽しい。

「本の探偵――何でも探し出します」という広告を掲げる愛書家上がりの新米古書店「書肆 蔵書一代」主人須藤康平。彼の元に持ち込まれる調査の依頼は本や、本の知識を必要とする調査など様々。
図書館に寄託した幻の超稀覯本がいつの間にかすり替えられていた。限られた容疑者の中から犯人を捜して欲しいとの依頼『殺意の収集』
戦前最初に出たシートン動物記を探して欲しいという女性の依頼人はすぐに断りの連絡を入れてきた。その裏に変わり者の蔵書家の存在を嗅ぎ取った須藤は調査を継続する『書鬼』
明治九年に発行された『横浜新誌』という本を探して欲しいという怪しい紳士の依頼。過日の即売会にて売れてしまったその書を何とか入手したいという『無用の人』
個人の住宅を本ごと買い取るような蔵書家からの依頼は、戦争直後に稀覯書である性関係の書物を限定出版していた謎の男を探して欲しいというもの『夜の蔵書家』長編。以上四作収録。

全ての本好き、愛書家必読。本と本にまつわる人間の不思議を見よ
こういう作品を「個人的ヒット」と呼ぶのだろう。ミステリの分類的には米国のハードボイルド小説調の捜査に実践を伴うタイプで、物語が進むにつれ調査が進み、隠された人間関係などが少しずつ明らかになる。その構造だけでは決して私の心にここまで訴えて来ることはなかったと思う。何と言っても本書に登場する愛すべき登場人物達、「愛書家」。彼らの一喜一憂が私の神経を直撃した。
デパートの即売展の初日に朝から並び互いを牽制し、店員に呆れられながら下着売場を駆け抜け、会場に我先に駆け込む彼ら。
古書店の目録を人より早く入手するために速達用の切手をわざわざ店に送りつける彼ら。
欲しい本がある古書店に雪の中閉店後に駆け込み、直談判で購入、その前にポストにあった他の客の申込を勝手に捨ててしまう彼ら。
ステッキに印を付け、一旦買い物に出るやその線まで本を買わないと機嫌の悪い彼ら。
家の中に本を詰め込みすぎて、家屋が崩壊してしまう彼ら。
人の葬式で線香を一本上げた先から、遺産の中から目的の本を譲って貰う交渉をする彼ら。
傍の一般人から見たら、書痴というのは本当に「痴」でしかないだろう。でも私は彼らを愛するし、彼らほどではないまでも彼らの血が自分の中に流れていることを知っている。そして恐らく「本」を「切手」「レコード」「CD」「テレホンカード」等々に置き換えれば多かれ少なかれ全ての「コレクター」に流れている「血」に繋がるはず。
更に、登場人物以上に本作の骨組みを重厚に支えているのは、古今東西の「本」や「古書店」などの正確な知識や情報。例えば古書店の仕組み。戦後直後の出版の状況。昔の印刷工場。図書館の仕組みなどなど、ありとあらゆる「本」に関する雑学が自然な形でストーリーと関係している。仕立てこそミステリーの形式ながら、作品中で取り上げられている作品はいわゆる「推理小説」でない純文学作品や歴史的意義のある作品などであり、そのバランスも良い。

知らず知らずのうちに古書の世界、本の世界に引き込まれるような作品。「本」が好きで堪らない、という人には必ずや魅力が籠もっているのではないか、と思える。かなり分厚く読み応えもある。じっくり取り組みたい。


99/10/12
松本 泰「清風荘事件」(春陽文庫探偵CLUB'95)

日本の探偵小説は江戸川乱歩に始まる、と言われるが、乱歩より前に探偵小説に手を初めていた作家。人気雑誌『新青年』には表題作一編を掲載したきりだったが、自ら興した雑誌『秘密探偵雑誌』『探偵文藝』などに作品を発表したという。本作は『キング』や『講談倶楽部』などの雑誌に発表された作品が集められている。

『清風荘事件』『男爵夫人の貞操』『毒杯』『翠館事件』『赤行曩の謎』『一羽落ちた雁』『暴風雨に終わった一日』『宝石の序曲』『謎の街』以上中短編九編収録。個別の内容については本作では省略させて頂く。

茫洋として捉え処のない探偵小説
……大変関係者には失礼ながら、読み終わった瞬間に印象がなくなってしまった。探偵CLUBシリーズの解説を務める山前譲氏の本書の序文に掲げられた松本氏への乱歩の言葉がその雰囲気、そして理由?を良く表しているように感じる。
「彼は論理やメカニカルなトリックなどには殆ど興味を持たないやうに見えた。又強烈な「悪」への興味、怪奇への夢も殆ど感じられなかった。軽い意味の「謎」と、停車場の待合室に佇んで静かに雑踏を眺めてゐるやうな旅行記風の「味」のある文章とが記憶に残ってゐる。」
まさに、この通りなのである。大正昭和初期の探偵小説らしからぬ内容の薄さ。確かに雰囲気のある文章。どこかモダンで当時の人々の生活や感情がそれなりに表現されており、「謎」も提示されている。しかし……やはり現代に持ち帰って改めて読ませるには、プラスαが足りない。全体的に平板に過ぎ過ぎるというか、「謎」がそもそも薄く、登場人物は平凡。そして何よりも読者を驚かせようという気構え、探偵小説を執筆していることの悦びといった作者からのメッセージがあまり感じられない。トリックに興味がない、といくら言っても、何らかの印象を読者に残してこそ初めて探偵小説であるように思うのだけれど……。トリックがある作品にしても(現代の基準では)レッドカードもので少なくとも余り感心できなかった。もちろん「探偵小説」というものを求めなければ、何らかの価値も見出すことが出来るのであろうが。それにしても俗に言うように「人間」がしっかり描かれているでもなく、残念ながら私にはやっぱり理解出来ない。

こういう言い方をするのも気が引けるが、今まで読んできた春陽文庫の探偵CLUBシリーズの中では最も印象が残らない。(私自身まだ未読が残ってはいるけれども)シリーズ完読を目指すのでなければ、本書に無理に触れる必要は無いように感じられた。


99/10/11
藤本 泉「地図にない谷」(徳間文庫'82)

本作、は受賞作無しとなった第十七回乱歩賞の最終候補作品、『藤太夫谷の毒』という作品が、三年後の'74年に産報より出版されたもの。その年の最終候補作品の中でも小林久三、中町信らの実力派を押さえ、最も評価が高かったものの、扱われたテーマに二の足を踏む委員が多かったという。

東京の女子大に通う帯金多江は、信州諏訪の名家の出身。彼女の母親は鬼兵衛谷という閉鎖された土地の絶対的存在として君臨しており、その地の調査を身内を含め絶対に許さなかった。帰郷した多江は人口が急激に減りつつあるこの土地に興味を持ち、近隣の地主の田代家の長男で、幼なじみで小さい頃に許婚として定められ、互いに反発していたモンと二人してその土地の謎について調べ始める。その痩せた土地に住む人々は虫や蛞蝓などを常食しており、謎の風土病に罹っているのでは、と疑った彼らは身分を医学生と偽って谷へ潜入する。二人は死体の排泄物を取得、調査機関へと送った。しかし戻った彼女は母親の問答無用の折檻にあう。しかし多江とモンは母親の目を盗み、土地の秘密を調べ続けた。そこは過去に一揆を起こした人々が閉じこめられた土地であった。

閉鎖的日本的村社会的様式との戦いと解放。訴えのあるサスペンス
まず舞台の設定が抜群に良い。閉鎖された貧しい地域、細々とした自給自足の生活。土地の険しさと地所を管理する分限家によって、情報も物資も遮断され、コントロールされている一帯。不思議な病気によって人口が着々と減り続け、そのことに疑問を持たない住民達――その事実だけでも大いなる謎を孕んでおり、それが本編を包む「大きな謎」になる。細かい殺人事件だの密室だのアリバイなどは登場せず、主人公や母親の一族と土地の住民との歴史的な経緯がいかに明かされていくのか、それはどんな内容なのか、が興味の中心となる。現在進行形でなく、思い出や古文書、日記の形で次々と顕れる事件や現象が少しずつ繋がって、物語全体の謎の確信に迫っていくあたりミステリ的な構造であるが、その過程で主人公が体験する冒険や衝撃がそのまま読者への興味となって伝わるあたりはサスペンス的でもある。しかも、この謎が「家制度」というより「歴史」を反映させている点、現在でも鑑賞に堪えうる普遍性となっているように感じられた。
普通に読むと「伝奇ミステリ」「歴史サスペンス」と捉えられるのだろうけれど「青春ミステリ」としてもなかなか良い出来。旧来の土地慣習と絶対的な母親に縛られていた女性が、形だけの許婚に徐々に心惹かれ、彼と共に行動するうちに彼女の前に立ちはだかる「壁」を打破していく姿はには、ミステリとしてとは別の感慨を覚え、そちらの観点でも注目したい。

横溝正史賞がもしこの時代にあって、本作が応募作であったなら受賞は間違いなかったのではなかろうか。(藤本さんは本作から六年後に『時をきざむ潮』で乱歩賞の受賞を獲得するのだが)伝奇的な背景を下敷きにサスペンスと雰囲気を盛り立てる手腕には並々ならない力を感じた。物語への引き込み方がとにかく巧い。