MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−過去の書評群 (掲載順)−  


99/10/31
土屋隆夫「青い帽子の物語」(角川文庫'78)

'49年(昭和二十四年)旧『宝石』誌で行われた百万円コンクールと呼ばれる大懸賞小説募集の結果、短編部門の第一席に選ばれた『「罪ふかき死」の構図』を筆頭に'68年に執筆された『淫らな骨』まで広い時期の作品が集められている。収録作に通ずる特定のテーマはないようだ。

画家が毒物自殺をした現場は、彼の遺作の絵と全く同じ構図を呈しているように見えたのだが、残された姪には一つ気になる点があった『「罪ふかき死」の構図』
若い妻の不倫に苦しむ作家は家庭に帰りにくくなり失踪。行きずりの男に帽子を与えたことから思わぬ事態へ発展する『青い帽子の物語』
一人の男が自分の無罪を訴えながら殺人の罪で死刑となった。判決の過ちを糾弾した男の言葉に、裁判官は心が揺れる『死者は訴えない』
投機の失敗で自殺したと思われていた妻は、実は不倫の告白文を新聞に投書していた。影にいる男を探る新聞記者『情事の背景』
出世を望むあまりに大学教授の茶坊主と化した男は紹介された縁談に飛び付いたが、彼女は問題の多い女性で教授一族の厄介払いだった『寒い夫婦』
特ダネを逃して失意の新聞記者は駅のホームで入念にコンパクトをはたく女の子を見かける。彼女は毒入りのみかんを食べて列車の中で死亡する『死の接点』
派出所に勤務する警官のメモ。覗き魔の注意から始まった彼の上司の一家を襲う悲劇『淫らな骨』以上七篇。

事件/論理=解決+割り切れない感情
土屋隆夫氏はトリックを重視する作家である。本短編集においてもその実感は変わらない。物理トリックに限らず、アリバイにしろ、倒叙型のにしろ、何らかの「読者の錯誤」「読者の勘違い」などを狙ってとにかく「読後に落差」を感じさせる作品を追求している。更に、本作のような執筆年代を経ていく作品集になるとプラスαの土屋作品の特徴も見えてくる。「感情」とでも呼べば良いのだろうか。事件、犯罪に対する登場人物の感情が物語に色濃く反映されているのだ。
例えば『死の接点』における主人公の新聞記者。偶然、幼女の死亡事件と巡り合わせた男が犯人らに抱く言いようのない感情。殺意に近いかもしれないこの感情を、土屋氏は彼がわき目もふらず、記事に取り組む姿を余韻として表現する。『淫らな骨』に登場する警部。酔っ払って彼が部下に見せた涙の真意。『青い帽子の物語』。妻の不倫で逆に家庭に戻れなくなってしまう男の哀しさ。そして、氏が得意とする法曹もの『死者は訴えない』。一種の「神」たる役割の裁判官を断罪する物語。「神」を宿命づけられた人間がそのことに疑問を抱いた時の怖さ。彼の感情は切ないくらいに物語を覆う。更に読者は、どの視点で彼を見れば良いのだろう?
それぞれに「切ないくらいの想い」が込められていて、土屋氏の操るトリックと共に、その彼らの感情が激しく読者にぶつかっていく感がある。ミステリでありながらこの激しい感情により土屋作品の文学性ということが論じられるのだと思われる。

多少作品によっては小味のものもあるが、それでも作品内からはトリックが足りない分を感情で補うような迫力が滲み出ている。全てに統一された印象はないけれども、溜息をつきたくなるような作品が多く、それがまた土屋作品ということなのか。


99/10/30
戸板康二「あどけない女優」(文春文庫'85)

'78年に新評社から出版された単行本が元。新劇、映画などの俳優、女優を主人公に据えたミステリーで、中村雅楽は登場しないノンシリーズの短編集。

世間の評価の高い俳優と、同期の冴えない劇作者との見えない確執が悲劇を呼び起こす『意外な幕切れ』
新劇の二枚目俳優と美人女優の息子は、あまり父親に似なかったが、自らの意志で俳優を志す『鬼っ子』
劇団のベテラン文芸部員。三十五まで独身で来たのは子供の頃の美人先生のイメージが強烈だったから『四月吉日』
劇団の看板男優は卑怯な手で若い女優を食い物にした。彼女は婚約者がいたが山中で自殺してしまった『ぬき稽古』
幼い頃から自分が美人だと思っている女優の玉子は似た顔立ちのライバルがトントン拍子に出世するのが許せない『光の輪』
強面の役がはまり役の男優が、美人女優の前で上がってしまい思わず筆談を使ってしまう『脇役の万年筆』
劇団主宰者が不器用な妹と売り出し中の男優を結婚させようとするが男には十八歳の恋人がいるという『あどけない女優』
フランスの田舎に劇団で行くという女優はその街出身という修道僧の老人と引き合わされる『ナンシーの老女』
憧れの女優宅の窓の側。近づいた中学生はその中で交わされる淫靡な会話に聞き耳を立てる『盗み聞き』
嫉妬に狂う役柄を巧くこなせない旦那を奮起させるべく策を友人と練るその妻『内助の功』以上十編。

日常の謎の元祖であると同時に男女の機微が細やかに描かれる
帯の文句が巧い。「血は流れません 凶器もありません 新劇界を舞台に描く洒落た都会派ミステリー」――嘘はない。しかしこれをそのまま鵜呑みにしてはならない。物語は単純な殺人傷害窃盗詐欺……などの犯罪をテーマにしたものではなく、後の「日常の謎」に通ずる物語が多い。しかし犯罪を除いてミステリを成り立たせるのは「男と女の物語」。ここには嫉妬羨望悪意同情怠慢怯懦……人間の持つ全ての感情がある。確かに読み終わって暖かい人の気持ちに触れる作品があるのと、同時に恋愛の持つ怖さを同時に感じさせる作品も存在しているのだ。男女の仲がハッピーエンドで必ずしも終わらないことを思い出さされる。
また戸板氏の巧さは、自らの得意分野である芝居や俳優といった人達を登場人物に配置することで際立つ。普通の人間にさせると歯の浮くような台詞、それこそ芝居がかった行動など、一般人には難しい行動も彼らならやりかねない、と思えるし、更に主に虚構世界に身を置く人々の「ナマ」の感情は、一般人の感情より更に生々しい感触で読者に迫る。それでいて物語そのものの口当たりはソフトに感じられるところが巧さだろうか。
しかしてやっぱり『脇役の万年筆』『四月吉日』などやっぱりハッピーエンドの作品の方が、悪意が滲む作品より好まれるか。

戸板康二のミステリ短編集では文春文庫『家元の女弟子』に次いで入手し易い作品集かと思う。ミステリと叙情の融合という点で、連城三紀彦の作品を読んだときの味わいに少し似ているような気がした。


99/10/29
鮎川哲也「裸で転がる 鮎川哲也名作選7」(角川文庫'78)

長編を十二作刊行した角川文庫の短編集。「名作選7」とあるが、「1〜6」は存在しない。何よりも本作は解説がデビュー前、単なるワセミス一OBの宮本和男(北村薫)氏

冬の鳥取砂丘で崖から墜落した車が発見された。被害者は会社社長、どうやら人為的な事故と思われた『死に急ぐもの』
豊橋駅近くで絞殺された男の死体が発見される。遺留品の手帳には六桁の電話番号が記されていた『笹島局九九0九番』
マネージャーにも女中にも行き先を偽って姿を消した女優は首を切られた無惨な姿で発見された『女優の鼻』
無断外泊した夫を追及すべく会社に電話した妻は、夫の名刺の会社が実在しないことを知る。そのまま夫は失踪してしまっていた『裸で転がる』
歯科医に飛び込んで治療を求めて来た男は娘を自殺に追い込んだ演出家だった『わるい風』
鹿児島の川内に出張に向かった筈の男が失踪、水戸にて死体で発見された『南の旅、北の旅』
自分の勤務する会社の課長が殺人容疑を受けている。彼の疑いを晴らすため奔走する部下『虚ろな情事』
『暗い穽(あな)』以上八編。

ヴァリエーションに富んだ鮎川短編。そのトリックにしろ叙情にしろ出来にしろ
名作選という名で始まったにしては、本作に収録されている短編そのものは多少小粒かもしれない。鮎川短編(長編でも)に時々見られるのだが、肝心のトリックが破れた後、ばたばたばたと終幕を迎える作品が多い。物語そのものの内容は、お得意アリバイトリックから心理トリック、倒叙まで様々。丹那刑事が登場する作品もあり「色んな鮎川」が味わえることは確かだ。
最も印象に残るのは表題作『裸で転がる』。宮本氏も触れているが、マジメ一辺倒で詰まらない男と思っていた自分の夫が失踪、怒り心頭の妻が旦那を探そうとするのだが、会社は存在していないわ、何の職についていたのか分からないわで逆にびっくりする辺り、ホームズのあの名作を彷彿とさせる。最終的にアリバイトリックに持ち込まれる展開には少し不満が残るが、「人間の謎」をテーマにした序盤から中盤にかけての物語展開には目を引くものがある。また『女優の鼻』。これも失踪から物語はスタートするのだが、こちらは展開よりも最後の種明かしに力点がおかれた水準作。首を切られた猟奇屍体にも、それなりの意味がきちんと込められている。

北村ファンは必死で探すべきかもしれないが、鮎川作品を読んでみたい、という人なら別に本作にこだわる必要なないかもしれない。それでもやっぱり鮎川作品は「安心して読める」ことは間違いない。


99/10/28
左右田謙「狂人館の惨劇―大立目家の崩壊―」(春陽文庫'88)

ごくごく一部、僅かな人たちの間で話題沸騰の左右田謙。春陽文庫オリジナルで古書でもないため、逆に相当に入手しにくい本。題名は少なくともインパクトでは成功している。

紀伊半島の海岸線沿いに古色蒼然たる館があった。前の持ち主は「自分は誰かに狙われている」という妄想を持った人物で、外からの侵入を拒むような形に館を設計、建築していた。外周を囲む堀、窓のない部屋。人呼んで「狂人館」。現在の持ち主は実業界の花形の地位にいながら、数年前に謎の隠棲を遂げた財産家、大立目健蔵。彼と彼の妻、そして血のつながらない弟の峯雄と二人の使用人、計五人がその館の住人だ。クリスマスイヴの日。健蔵の碁友の近所の教師、伊勢先生と、その教え子で今やプロ野球「三洋セネターズ」のエースピッチャーである村山洋、健蔵の旧くからの友人の実業家、兵頭氏が館に招かれた。クリスマスの余興のカルメンの劇を演じようと扮装を整えるために部屋に籠もった村山が、銃声と共に密室の中で死亡。外から開けられない扉を斧で叩き割ったところ、中から黒いフードを被った男が唐突に飛び出し逃走してしまった。黒い男は村山に恨みを持つ元プロ野球選手と思われたが、続いて兵頭氏が電話の最中に謎の言葉を発して殺されてしまう。

論理の筋道が通っているやらいないやら。厚顔というかそれを含めて楽しむべきか
戸田さん@謎宮会によると「綾辻行人の十角館が出た後、その後釜?を狙って執筆されたに違いない」とのことだったが、果たして……。
それは頭を抱えるような凄さである。なんでもかんでも要素を取り込もうとした結果、論理が通るような通らないような素晴らしい作品になっているのだ。登場人物はまぁ、普通。過去を持った実業家、同じく秘密を持つその家族。よくある範囲の設定だ。。まぁ、これも仕方ない。狂人が建てたのだから、こういう建物もありだろう。警察。お間抜け。もっときちんと捜査しろよ、おい。遺産のコトを考えないなんて間抜けすぎ。動機。我慢は出来る。でも我慢が必要。トリック。最高。おいおい、こんな不確実性の高いいくつもの偶然に頼ったトリックはありなんですかそうですか。確かに実行可能なトリックかもしれない。でもそれは「実行不可能ではない」の裏返しにしか過ぎないよな……。なんでこんなに策を弄する必要があるのか、最後まで判然としない。ダイイングメッセージにも脱力。「バカトリック」に限りなく近い。それでも「笑って許せる」人向け。探偵小説の時代ならこの大技も或いは許されたか?

でもこの本はいい。春陽文庫の不思議なくらいのいい加減さがよく出ている。まず、解説あとがきの類がない。カバー見返しには句読点が全て「!」で書かれた粗筋。帯の裏には何故か「島田一男の好評既刊」とか違う作家の作品が並んでいる。そもそもこの題名、今じゃちょっと怖くてどこの出版社も出せないよね。B級を越えたC級好みの方には絶対に楽しんでもらえると思うのですが。


99/10/27
宮部みゆき「地下街の雨」(集英社文庫'99)

'94年に集英社から出版された単行本の文庫化。ジャンルにこだわらずエンタテインメントを追求する宮部さんらしく、本作もミステリ、恋愛、SF、ホラーと様々なテイストの短編から成る。

喫茶店で働く麻子は投げやりな一人の女の客の話し相手をしていた『地下街の雨』
なかなか来ないタクシーを待ちかねた見ず知らずの二人は歩きながら話をする『決して見えない』
一家四人心中事件の真相がインタビュー形式で不気味に浮き上がってくる『不文律』
妹にかかってくる悪質ないたずら電話に対して、兄が「マニュアル」を元に立ち向かう『混線』
叔母が癌で死んだ。終生教師として過ごした真面目で堅いと思われていた彼女は実は『勝ち逃げ』
部長刑事の元に通ってくる礼儀正しい男。彼は正当防衛で殺人をしてから人生が狂っていた『ムクロバラ』
ある日突然、家の中の一切の音が聞こえなくなるようになった。私だけでなく家族全体で『さようなら、キリハラさん』以上七編。

人の心の情動を描くのが、そして伝えるのが、ホントに上手い
冒頭にも述べたように、本作ジャンル分けが出来ないような作品が集められている。例えばミステリであれば、犯罪やちょっとした謎。恋愛小説であれば、男女の様子。SFであれば奇抜な設定。そしてホラーであれば、宙吊りにするような超自然現象。そういった下敷きとなる作品観について、宮部さんはどの分野に出張しても、きちんと押さえるべき部分を押さえる。この点だけを取れば、あくまで小説のテクニックの一つであり、知識を増やして技術を磨けば、多少のセンスさえ持ち合わせていれば誰でも到達出来るものと思う。
宮部小説が人気を博しているのは、やはりこれらのしっかりした土壌の上に、「人」の持つ様々な感情をきちんとしっかりと誰にでも伝わるように描くことが出来る「巧さ」を兼ね備えているからだ、と感じる。本書で言うなら『地下街の雨』の主人公の戸惑い。『勝ち逃げ』の主人公の気持ちの揺れ具合。『ムクロバラ』での得体の知れない狂気。他の作品でも、登場人物それぞれが、小説上でありながらきちんと「一個の人間」として頁の上を動いている。登場人物の気持ちは、主人公でなくとも、別に感情移入をしなくとも「ああ、こうだろうな」と余すことなく伝わってくるのだ。簡単なようで、全ての作品において、きちんと表現をパーフェクトに持ち込むあたり、さりげなすぎる宮部みゆきの凄さだろう。もしかすると、宮部さんは「日本人の最大公約数」なのかもしれない。

代表作として挙げられることはあまりない短編集だが、やはり水準をきちんとクリアしている。宮部ファンでなくとも読んで悪く言う人はいないのではないだろうか。


99/10/26
牧野 修「プリンセス奪還 トウキョウ・バトル・フリークス」(ソノラマ文庫'95)

押しも押されぬ人気ホラー作家、牧野氏。デビュー作『王の眠る丘』に続く二作目の書き下ろし。版元が示すとおりジュヴナイル。

いくつかの災厄を経た未来の日本、トウキョウ州。霊的なモノの侵入を防ぐため真言に守られた都市の内部で熱狂的な支持を得ているプロスポーツが「リカプト」だ。叩き上げの会社社長、三木松は夢の中で「プリンセス」としか呼べないような可憐な女性から毎晩助けを求められる。彼は彼女のメッセージは「リカプト」の道具で用いられるプリンセスのことと思いこみ、私財を抛ってプロチーム「プリンセス・ガーディアンズ」を創設する。データを駆使して選ばれた五人はそれぞれ十六才の不良少年、性転換した男、女占い師、自殺願望を持つ男、六十になる老人。それぞれは元々優秀なリカプトの経験を持つ者だったが、その特異な状況によりプロとして活躍出来る状態になかった。”説得の三木松”の異名をとる彼は、自ら彼らを一人一人説得、監督として「リカプト」にプロデビューを飾る。チームはプロのBリーグからスタートするが、「リカプト」界で大きな影響力を持つヨドエジムがバックにあるチームに初戦は惜敗。しかし徐々に実力を発揮、勝利をモノにし始める。そんな折り、彼らの元に一人の少年が迷い込む。事情ありげな彼を匿うプリンセス・ガーディアンズの元に、二人組の怪しい男達がやって来て、彼を寄越すよう要求してくる。

超ド級かつ、完全B級。問答無用のSF熱血スポーツ近未来アクション
落ちこぼれ、はみだし者を集めてみると一人一人は何か足りなくても、チームワークにより長所が伸び、短所を補いあって目茶苦茶強力なチームが出来る。世間の評判を余所に強さを発揮するが、強大な敵の前にあっさり挫折。一旦チームは目茶苦茶になるが、何らかのきっかけを元に更に強力になって復活、敵を粉砕する……典型的な少年マンガ・熱血アニメ・スポーツドラマの筋書き。
この作品は確かにその「枠」に近いものを完全に作品内部に取り込んでいる。つまりはお約束の世界。活躍の場と信頼できる仲間の元で、登場人物はそれぞれの鬱屈を晴らすかのように大活躍。種々の妨害を乗り越え、頂点を目指す。ふむふむ、面白いじゃねーか。うん。その上で御約束の枠を越えようと画策した部分もかなり見受けられる。世界設定や、プリンセスの存在、更にある種の能力者を登場させている点などにその意欲が感じられる。ただ、壮大すぎるこれらのイマジネーション全ては残念ながら完全には伝え切れていないのが正直なところ。それでも「御約束の枠」内部だけで十二分に楽しめるエンターテインメントとなっているので、余り気にならない。登場人物の造形の妙は牧野氏ならでは。とにかく入りやすく、読みやすく、面白い。エンタメの三拍子が揃っている。スピード感もある。
しかしこの「リカプト」、寺沢武一の名作漫画『コブラ』の中で似たような設定の架空プロスポーツがあったような気もする。偶然の一致、かな?

大阪の「お笑いカルテット」の一人、牧野氏による「自身初のあとがき」はとにかく必見。思わず吹き出すこの文章、読んだらついこの本を持ってレジに並んでしまいそうな気もします。ソノラマを置いてあるリサイクル系の古本屋で探しましょう。


99/10/25
篠田節子「美神解体」(角川ホラー文庫'95)

角川書店の雑誌『小説王』に'94年に掲載された中編を文庫化するにあたって大幅な加筆修正を行ったもの。篠田節子の八冊目となる。

パーティでのシャンソン歌手の専属ピアニストの代役として舞台に上がった麗子。彼女は完璧に美しい「顔」を持っていたが、それは自らの容貌に嫌気がさした上で行った美容整形の成果であった。アイドル上がりの歌手の下手さに四苦八苦する麗子を歌手は貶すも、主賓格の一人の男が彼女を救う。彼らは激しい雨の中、運命的に彷徨い歩き一夜を共にするが、男は名前さえ告げずに麗子の元を去る。言い知れぬ寂寥感で満たされた麗子は一ヶ月後、とある見本市の会場でその男と再会する。彼の名は平田一向。若手の有名デザイナーであった。互いに惹かれ合う二人。しかし一向は再び、黙って八ヶ岳にあるという山荘に一人で向かってしまい、麗子の前から姿を消してしまう。彼を追って麗子は山荘に一人愛車を駆って向かう。そして……。

篠田作品にしては軽め?に楽しめるサイコホラー
ホラー作品を形容するのに「軽め」という言葉を使うのもどうかとは思うが、私の印象がそうなのだ。 どうしても中編の焼き直しを一冊の文庫としているため、本が薄く活字が大きく行間が広い。まずこの点が軽い。また展開も中編のそれであるためか、主人公の二人の男女を徹底的に描写していて他に重要な登場人物が現れない分軽い。ヒント、伏線が分かり易いため、主人公と、相手の男性が本質的にどのような人物か、途中で分かってしまう。この分、ラストのカタストロフィが軽い。
かといって、軽いからつまらない、という意味では決してない。主人公の「元々自分は醜貌である」というコンプレックスからもたらされる激しい不安、過去の深いトラウマによって引き起こされた相手役の男性の異常な神経。それぞれ、中核となる二人それぞれの物語が、納得の行く形でしっかりと描かれており、想像力を大きく働かせなくともその光景と展開は瞼に浮かんでくる。間もなく雪に閉ざされようとしている山荘の中で繰り広げられる、二人の男女の葛藤は少しずつ硝子にヒビを入れているかのような脆さが漂っていて、読み応えは充分。これ以上深く傷つけると取り返しのつかない状態。かさぶたを剥ぐような気分。ぎりぎりの緊張感の持ち上げ方はやはり巧い。ただもっと破滅的なラストを用意しても良かったとも個人的には思うが、それは篠田さんが一般読者へ配慮をして押さえたのかな、とも。「美容整形」で変身した女という魅力的なテーマを本気で描けば、恐らく闇の深淵を覗くような違った形で恐怖を描ける作家であるし、そっちの方向性も見てみたかった気もする。

根本的な問題「怖いかどうか」を尋ねられたら、「人によっては」と答えざるを得ないことも事実。しかしノンジャンルエンターテインメントたる篠田さんに筆によるサイコホラー、それなりの味がある、とだけは確実に言える作品である。


99/10/24
山田正紀「物体X」(ハヤカワ文庫JA'86)

ハヤカワ文庫JAで出版された山田正紀の作品はそのほとんどが一度角川文庫にて数年以内に再刊されている。その中で角川文庫に収録されなかったハヤカワオリジナルになる中編集。ちなみに現在山田SFはハルキ文庫での復刻が進んでいる。時代を超えて評価されているようだ。

社会記事を得意とするルポライターの美奈子は、北海道における「北方領土返還運動」の取材を命じられる。漁船に乗って海に出た美奈子らは、気付かないうちにソ連領海に侵入してしまい、謎のタンカーの体当たりを受けて船が沈没。流れ着いたソ連領土の海獺島で彼女らが見たものは?『物体X』
未来世界における泥棒にして自称「スーパー痴漢」怪盗カタツムリ。彼はサザレという女性に真剣に恋をするのだが、結ばれる為には「子宮センター」のチェックにパスしないといけない。どうも事前テストの「傾向と対策」では良い結果が得られない…『暗い大陸』
その時代、市民と呼ばれる人間はTMIPと呼ばれる健康センターに登録され完全な形での健康管理を享受していた。しかしその莫大な保険料が支払われない人々は地下に住処を追われ、義務もない代わりに権利もない「見えない人間」としての生活を余儀なくされた。支払いが滞り「見えない人間」として探偵を生業としている彼は「失踪した旦那を探して欲しい」と市民の人妻より依頼を受ける『見えない人間』

同じ作者の筆とは到底思えない、三つの中編が織りなす三つの異世界
本作の売りは山田氏が「50年代、60年代、70年代のSF」を三つの作品でイメージして書いた、という点。SFの歴史に疎いので自信がないが、前の方の作品から順に当てはめていけば良いのではないか、と思う。サイケな雰囲気が漂うキッチュなストーリーの『暗い大陸』、現実のSF映画の主題としても取り上げられそうな全体社会下でのアウトローを主人公に据えた『見えない人間』も、それなりにSFファン的には評価されるのではないかと思えるが、個人的なツボはやはり怪獣(怪物?)ホラーとも言えそうな「物体X」である。
孤島に取り残される限られた人間と怪物との生死を賭けた戦い。主人公と怪物との対決にてクライマックスとなるのだが、それに至るまでの設定が心憎い。入念に何重にもプロローグや冒頭で伏線を張り、登場人物達がいきなり事件に巻き込まれる割りに、少なくとも読者には違和感を覚えさせないよう細心の注意が張られている。「ソ連」(当時)という身近で遠い場所に舞台を設定している点も成功の理由の一つと言えそうだ。とにかく謀略と怪物、ミステリとホラーの手法が交互に現れ、一気にラストまで引っ張られる作品。対決シーンの迫力もそれまでの種々の作品で培われた筆力が爆発している感。B級のお約束が炸裂している。

SF作品の「中編」というのは珍しいのだろうか?最近少し沈黙しているようにも思える山田氏の中期の佳作、と考えても良かろうかと思う。


99/10/23
貫井徳郎「プリズム」(実業之日本社'99)

『週刊小説』誌に'97年より'99年まで四度にわたって掲載された連作中編を一冊にまとめた作品。

美人で性格の良い小学校の女教師、山浦美津子が殴殺された。凶器は現場にあった置き時計。一人暮らしのアパートの窓ガラスは割られた後があり、かつ鍵はかかっていなかった。一見、物取りか変質者の犯行にも思えたが、彼女の身体からは睡眠薬が検出される。睡眠薬は彼女宛に当日宅急便で届けられたチョコレートの中に仕掛けられていた。
彼女が受け持っていたクラスの生徒たち四人が親から聞いた情報などを総合して犯人を指摘する『虚飾の仮面』
彼女の同僚の女教師が、彼女が当日大学の同窓会に出席していたことを知り関係者に事情を聞いて犯人を指摘する『仮面の裏側』
彼女の元恋人が自分の知る事実と入手した彼女の日記から、彼女に不倫相手がいたことを突き止め犯人らしき人物を指摘する『裏側の感情』
彼女と不倫していた男が、自分の立場を利用して情報の入手に走りある事実に思い至って犯人を想定する『感情の虚飾』以上の中編四編による連作形式。

一つの事件を巡って構築される多数の論理。これもまたミステリの楽しみの一つ
ある程度、推理小説を嗜む読者なら本作の構図を読んだら必ずA.バークリーの『毒入りチョコレート事件』を思い出すことだろう。作者自身あとがきでそういった作品が書きたかったと述べている。事件はただ一つ。しかし四つの作品全てでその別々の探偵たち(便宜上こう呼ぶ)がその事件について、自らの材料、そして主観によって異なった推理を凝らす。事件そのものは必要以上に凝ったものではなく、どうとでも受け取れる部分が多く残されている。四編がそれぞれ独立した中編仕立てであるため、それぞれの推理の過程がじっくり楽しめるようになっている。
全ての物語を終えて思うのは、四人の探偵たち一人称視点で描かれていることの効果。これが絶大。被害者の山浦美津子は、彼ら四人の立場により全く異なるアイデンティティで認識されているのだ。彼女は良き教師であり、天真爛漫な同僚であり、女王様気取りの嫌な女であり、宝石のように魅力的な女性である。立場により、接し方により、関係の浅薄により、同じアイデンティティを持つ筈の人間が、こうも違った眼で見られていることの不思議。一見「人間」を一人称に比べて客観的に演出出来そうな多視点を使用することで、逆に「人間の存在」の不可思議さが浮かび上がる。四人の探偵たちが導く四つの結論。(物語中にはもっと多くの推論がある)それぞれは、あくまで彼らの視点における事実でありながら、神の視点が登場しないこの物語における絶対ではない。全ての登場人物の行う行動は、手掛かり、証拠などから論理で事件の構図を組み立てていく本格ミステリのそれながら、四人の異なる推論を重ねることで物語はミステリを否定するアンチ・ミステリとなる。
もう一つ注目して欲しいのは、四人の性別立場年齢感性の異なる人物の一人称を、全く違和感なく自然に使い分ける貫井氏の筆力の高さ。特に『虚飾の仮面』における小学校五年生視点の物語は、往年の仁木悦子さんの子供ものを思い出させる程、巧い。

少なくとも今年度の「本格ミステリベスト10」入りは確実クラスの作品(「このミス」は分からないが)。どうも新刊ながら、出版社の都合か入手し辛い面があるようだ。少なくとも「本格」ファンなら間違いなく買いの一冊。断言出来る。


99/10/22
日影丈吉「多角形」(徳間文庫'86)

'65年に東都書房より刊行された作品。これより約十年間、'76年に『殺人者国会へ行く』を発表するまで日影氏は長編の執筆を断っていた。(本書を読む限り何らかの理由が作品にあるとは思えなかったが)

男性向け流行月刊雑誌の編集長、落合捨巳は月野景好という無名の作家が投稿してきた小説のプロットを読み、これはモノに出来るかも、という感触を掴む。その小説の舞台となっている南伊豆の蘭生という街に静養にやって来た落合は、滞在するうちに、その街で起きている事柄、その街そのものが小説とそっくりであることに気付く。小さな街で勢力を争うベテランの大病院と若手の個人病院の医者。その若手の医者の持つ特殊な能力。理論肌の大病院の院長が仕掛ける討論会に困惑する若手の医者。そんな中、大病院の院長が死体で発見される。カーブを曲がり損ねた単なる交通事故と思われるその事故だったが、ハンドルに指紋がないなど不審な点があり他殺ではないか、と県警の安藤部長刑事は疑う。一方、落合もこの事件は殺人ではないか、と月野の小説から類推する。

一見単純ながら計算し尽くされた物語。仕掛けと雰囲気、トータルで楽しむ作品
日影作品の特徴でもあるようだが、物語の記述者がところどころ入れ替わる。本作の場合、手の内の小説から現実を推理しようとする編集者と、警察の捜査に張り付いて独自の推理を行う地元紙記者の二人の視点が中心。事件そのものは極端な話、病院院長の事故死に見せかけた殺人、ただ一件なのだが、少しずつ浮かび上がる証拠と、巡らされる想像力、登場人物中のシビアな会話などで「何かが隠されている」という予感を保ち続けたまま、ラストまで引っ張られる。合わせて南伊豆ののびのびとした雰囲気、真夏の太陽、薫る潮風など、日影氏ならではの表現力により、事件は「街」に埋没させられ、全体から不思議な情感を湛えている。叙述形式を取ることで読者に対して狙われている効果。複数人による記述を使用するこの手は、現代の推理ファンならある程度見通せるかもしれない。それでも執筆時期を考え合わせれば、実験的な試みとして大いに評価出来よう。
物語の本筋とは関係ないが、作品内の登場人物に代弁させている(と思われる)日影氏の犯罪観、推理小説観も面白い。特に犯罪構造の歴史的変化を鋭く観察していること(そしてその予言は現在へと繋がっていること)には感心させられた。動機なき犯罪、通りすがりの犯罪。物語における犯罪は「多角形」であっても、現代の現実の事件はどうも角が取れて円になってしまっている。日影氏の予言より時代が進んで(そして荒んで)いるからかもしれない。

'80年代に徳間文庫によって日影長編がいくつか本書のように復刻されているが、その中でも比較的入衆が困難であるようだ。その時なぜ日影だったのかは分からないが、でもこのシリーズは有り難い。


99/10/21
綾辻行人「どんどん橋落ちた」(講談社'99)

実に三年ぶりとなる綾辻行人の作品集。立風書房の『奇想の復活』や小説現代別冊『メフィスト』等に掲載された中短編五編を集めたもの。

綾辻氏のところにやって来たUと名乗る青年は「犯人当て」の小説を彼に提示する。どんどん山を舞台にした不可能犯罪。『どんどん橋落ちた』
綾辻氏のところにやって来たUと名乗る青年は「犯人当て」の小説を再び提示する。ぼうぼう山を舞台にしたWHO DONE IT。『ぼうぼう森燃えた』
綾辻氏がU山氏の別荘で聞いた葛西さんのタケマル殺猿事件は誰にも実行出来ない不可能犯罪に思われた『フェラーリは見ていた』
お魚くわえたドラ猫、おおっかけぇてぇ、も今は昔。日本の典型的な三世代同居家族、伊園家はいくつかの事件をきっかけに崩壊の危機に瀕していた『伊園家の崩壊』
再びU君登場。綾辻氏自身も登場するテレビドラマ。そのシナリオ会議の最中に事件が発生した『意外な犯人』以上、中短編五編。

あらゆる手法が出し尽くされたかに思われた現代本格ミステリ界の一つの完成型
本格ミステリとは何か。綴られた物語の中に全ての手掛かりを配した「フェア」な「謎解き」小説。
優れたミステリとは何か。全ての手掛かりが開示されているにも関わらず、読者の予想を大きく裏切る「真相」を作者が提示する小説。

本作品集に収録された作品はまず「驚き」に満ちている。読者は驚かされた後、いかにその作品が「フェア」であったかを追確認する。そして思う。「やられた」と。本格ミステリを指向する読者は精緻なディテールや、深い人物描写を読書の究極の目標にしている訳ではない。もちろん、この部分を軽視するあまり、読む気が失せてしまう推理小説もある。しかしこの「やられた」という思いがあまりにも強いとき、そんな付随する事柄はどうでもいいや、という気分にさせられてしまうのだ。読者をいかに驚かせるか腐心する作者と、騙されないぞ、という読者との知恵比べ。ゲームの作成などに大きく時間を取られ、ミステリの新作を長らく発表していなかった綾辻氏だが、本作は確実に「本格ミステリ」の原点に立ち返っている。
確かに一部ディテールなどだけ取り出せば「おいおい」と思わせる部分もあるし、フェアとアンフェアの境目が非常に微妙なバランスで成り立っている点も否めない。それでも本作が考え抜かれた「本格ミステリ」であり、少なくとも私は満足出来る読後感を得られた。
個別には『どんどん橋』『ぼうぼう森』の二作のトリッキーさのレベルが高いが、ブラックなパロディ『伊園家』は広がる想像力に(登場人物には悪いとは思いながら)面白さを感じた。

ここ二回、雑誌『メフィスト』の購入を控えていたので各作品を新鮮に味わえた。いずれにせよ、現在の本格ミステリを語るに外せない作家の、真っ向ストレートの作品集。一見、変化球に見えるかもしれないが、キャッチャーミットに入った瞬間「あ、ストレートだ」と気付かされるはず。