MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE フクさんの独断偏見に満ち満ちた感想・書評群。

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−過去の書評群 (掲載順)−  


99/12/31
小泉喜美子「暗いクラブで逢おう」(徳間文庫'84)

日下三蔵さんより頂いた小泉喜美子の短編集。元本は'76年に同名の新書版で出版されたもの。'72年より'75年の間に『小説CLUB』等の雑誌に掲載された作品を集めている。

元ボクシングチャンピオンの男は数年ぶりに離婚した妻に引き取られた息子に会う日を楽しみにしていた『日曜日は天国』
昔作家を志していた男は今や人気ナイトクラブの経営者。彼の店にいまだ作家を目指す古い友人が訪れる『暗いクラブで逢おう』
場末の女優がサラブレッド俳優と結婚、そして女優の仕事が忘れられず離婚。そんな彼女が自殺して……『死後数日を経て』
ぼくは友人に連れられ、オトナの女性のところに飲みに行く。翻訳を仕事とするその女性に僕は惹かれていく『そして、今は……』
慰問に訪れた若い音楽家の歌う死刑囚の歌に涙する男。彼は田舎に恋人がいたが東京で悪い女に引っかかったのだ『故郷の緑の……』
札付きの悪をパトロンに持っていた情婦が取り調べの刑事の熱意に惹かれて自白。刑事を自宅に招いて夕食を共にしようとするが……『酒と薔薇と拳銃(ガン)』以上六作。初刊本に掲載された小泉さん自身のあとがきも収録。

「洒落た」という形容詞をいくつも贈りたくなる格調高い作品群
単純にミステリ的な興趣で捉えれば『故郷の緑の……』のインパクトが最も高いだろう。最後まで読み通すことで思いこまされていた事実が反転、全く異なる別の世界を出現させてしまう手腕は小泉さんがエッセイで語っている信念とも重なり、見事、という他はない。
ただ、収録されている他の作品に関しては「単純なる驚き」で語ることが出来ない大いなる付加価値が込められている。 もちろん作品に随所に現れる都会的な洒落たセンスや風俗はそれはそれで大きな小泉作品の魅力であろう。素晴らしく「洒落て」いる。
しかし本作で私が強く感じたのは別の事象。「人生」とでも呼べばいいのだろうか。短編ばかりで決して長い文章を費やしていないに関わらず、登場人物の生き様、信念、愛情が全ての作品から垣間見える。表面的には「頽廃」とか「虚無」とかが当てはまりそうなろくでなし達。逆に「純情」とか「無垢」とかが当てはまりそうな男女達。彼ら全てが小泉さんの手にかかると「どうしようもなく愛おしい」存在と変じてしまう。人間の心の本質を直接的に描いていないのに、読者の心の中に浮かび上がらせる力。 このテクニックが最も小泉作品を「洒落た」ものにしている根元ではないだろうか。

本作も入手はそれほど簡単ではありません。小泉喜美子は復刊されている作品も限られており、短編集で現在も読める本が絶無という状況はあまりにも寂しいことです。もっと評価されるべき作家の一人でしょう。


99/12/30
岡嶋二人「ビッグゲーム」(講談社文庫'88)

『週刊現代』誌に'84年に連載され、翌年に講談社ノベルスより刊行されたものが底本。岡嶋二人の丁度中期にあたるノンシリーズ作品。

三年連続のリーグ優勝を誇る新日本アトラスというプロ野球チーム。万年Bクラスのこのチームを引っ張ったのは梶浦監督、そして彼の肝煎りで球団に設立された「資料課」と呼ばれる集団だった。資料課は監督の指示の元、ビデオ、マイクなどとコンピュータを使った解析で徹底的なデータ野球を推進していた。ところがその新日本アトラスが今年は最下位と低迷。昨年同様のデータ野球が通用しないのだ。そんなある試合、三塁側よりデータを送る役割の男が、試合途中に行方不明となり、スタンドの照明塔から転落して死亡する。資料課の佐伯はその事件を調べるよう上司より指示され、死亡した男の通夜の席で何者かと彼が接触していた事実を掴む。ところが佐伯に次なる連絡が入る。今日も三塁側を担当していた別の男が行方不明になったという。

たかが野球されど日本野球。それはゲームでなく駆け引きある真剣勝負
日本で最も人気のあるプロスポーツ。プロ野球というのは特殊な娯楽である。プロ野球観戦を嗜む?人は、ほぼ全員が贔屓球団のベストメンバーをそらで並べ、投球のパターンからヒットエンドランのタイミングまで、プロ解説者顔負けの蘊蓄を述べることが出来る。一方、その趣味を持たない人にとっては、球団名さえあやふや、ルールくらいは漠然と分かるものの、何のことやらよく分からないスポーツ。熱中するのは余人に取っては所詮ゲームだから。しかし人々をこれだけ魅了する、ということはそれだけ、その裏にある見せられない部分が暗躍する余地のある、ということ。本作は決して告発小説ではなく、完全なるフィクション。それでも「もしかしたら」と思えるところは、やはりプロ野球という世界を持ってきたことにあるか、と思う。
加えて岡嶋二人の物語構成の巧さが際立つ。サスペンスタッチで次から次へ発生する事件、球場を中心にした舞台設定の魅力などは勿論、そもそも設定された「謎」が大きな魅力。球種を盗むことが出来れば、自チームのバッティングは有利になる。しかしもう一つ存在する相手チームの攻撃を骨抜きにする方法、アナタには想像出来ますか?
解説によると「新日本アトラス」という球団は、当時データ野球を標榜して無類の強さを発揮していた広岡達朗率いる西武ライオンズを想定しているらしい。妙に納得が行くのは、本当に当時の西武野球は見ていて詰まらなかったから、かもしれない。

講談社文庫で現役。プロ野球に興味のある人なら絶対に楽しめます。野球を知らない人にはメインとなるトリックの面白みが分かるかどうかは、ちょっとだけ「?」です。


99/12/29
竹内志麻子「夢みるうさぎとポリスボーイ」(集英社コバルト文庫'88)

ぼっけえ、きょうてえ』で第六回角川ホラー大賞を受賞した作家、岩井志麻子さんの少女小説デビュー作品。こちらが本名とのこと。どうしても気になったので探し出して読んでみた。

葉桜高校一年生の瀬川千夏子。夏が始まったある日、両親のいない自宅で親友の葉摘と酒盛りして夜更かしし、学校に遅刻してしまう。開き直って学校に向かう彼女にちょっと格好良いオニーサンが声を掛ける。「送って行ってあげるよ」しかし、彼は自転車だった。二人乗りで学校に到着すると彼は自分は地方公務員と名乗り「何か、キミも迷っているような気がしたから」と言い残して去っていく。丁度、彼氏の淵本くんとしっくり行っていなかった千夏子は、気が付くとオニーサンに惹かれていた。しばらくたったある日、好意を寄せられていたガリ勉同級生に路上で絡まれ、困惑する千夏子は一人の警察官によって助けられる。青田公園前派出所勤務の沢野涼巡査、彼こそ自転車のオニーサンだった。

キープされる独特のハイテンションに魅了される叙事詩的小説
……これって「少女」小説、なの?
もちろん私に少女小説の読書経験がほとんどない。その点を割り引いても、この作品は独特のテンションを持っているように感じた。ベースは主人公の女子高校生、千夏子と派出所警官の涼との恋物語。主人公一人称視点で描かれる友情と葛藤と愛情の三年間。千夏子にも涼にも恋のライバルが現れるものの、最終的に二人は結ばれるストーリー。さて、どこが不思議なのだろう。
当たり前だが私には「少女だった経験がない」もんで、的外れを覚悟で。 女の子が恋をして盛り上がるべきポイント。初めてのキスだとか、その後の段階を経て踏み込んだ関係になっていく過程とか。そのポイントポイントで本作、あまり盛り上がりを見せない。ずーっとハイテンションだった主人公が、そのような関係部分を経験する段になると急に作者の筆が引いていってしまっているように感じられる。それがまた全然普通の部分で妙な盛り上がりを見せていたり、女の子同士の会話だと下ネタ全開だったりと、時々「?」を感じる。逆にそのことで物語全体のテンションの均一化を狙っているのかも。いずれにせよ「不思議」なお話。
しかし、逆にそれこそが本当の現実の女子高生像の反映とも思う。本作の主人公、千夏子くらいドライでテンションの上げ下げのアクセルブレーキが、こちらが勝手に思い込んでいる「一般的女性像」とかけ離れている女の子。これこそ、実はどこにでもいる女の子、なのかもしれない。(思わずマジメに考察してしまった……)

岩井志麻子さんにとって”竹内志麻子”とは「川島なお美が「お笑いまんが道場」に出ていたことを言われるのに近いのではないかと」(「このミス」2000年度版より)というものらしい。少なくともホラー作家へと続く前触れは全く本作からは感じられませんでした。けれど単純に読んで面白かったので良いです。


99/12/28
倉阪鬼一郎「白い館の惨劇」(幻冬舎'00)

『赤い額縁』に続く、倉阪鬼一郎さんのホラーミステリ系列に属する作品で、今後は「館もの」合計四冊のシリーズとなる予定とのこと。奥付では来年一月発売扱い。

男はこの世のものとは思えない砂嵐の中を彷徨、屋敷へとやって来た。彼は記憶を失っており、のみならず自らのアイデンティティを照明するもの一切を持ち合わせていなかった。激しい気象を避けるように館へと足を踏み入れる男。そこは芸術家一家が居住する美術館を兼ねた洋館。そこで男は館の執事より「先生」として出迎えを受ける。どうやら自分は「名探偵・御影原映一」として扱われているようだ。屋敷では解釈の困難な事件が発生しており、彼はその解明の為の依頼を受けているらしい。事件は美術館を訪問していた女性が腹をナイフで刺された上、斧で頭を叩き割られているという凄惨なものであり、その現場は密室。更に彼女は「EM」と謎のダイイングメッセージを残していた。記憶喪失のまま、捜査に関する鋭敏さだけを取り戻してきた男は、名探偵として謎に向き合っていく。

冒頭のゴシック、中盤のユーモア。ミステリとホラーの特異な融合、これぞクラサカワールド
上記の粗筋は作品の序盤を支配する物語。どういう位置づけにあるのは読んでのお楽しみ、ということにしたい。そしてこの部分、些か時代外れのイメージもあるゴシック的な雰囲気を重厚に塗り重ねた「館」が舞台。複雑な血統の一族、火傷の顔を仮面で隠した母子、嫌みなミス研の学生、いかにもな執事。偏執的に繰り返されるアナグラムの饗宴により館の持つ狂気は増大し、解決不可能の事件は興味と共に恐怖心を煽り立てる。新本格「館」ものへのホラーサイドからのアプローチ。雰囲気の構築は抜群に巧い。アナグラムが執拗いという意見もあるようだが、私としては「言霊」の持つ怖さを実感できる上、雰囲気作りに大きな役割を果たしている以上、必要不可欠と感じた。
一方、人畜無害(有害か?)の吸血鬼コンビの活躍する中盤。二転三転する事件の解釈という正統派ミステリの手法と共に、キャラクタ造形の成功によって滲み出るユーモアがまた楽しい。吸血鬼原理主義者と平和主義者の対決?部分も面白くはあるが、このパートはすっきりとミステリ部分を際だてた方が良いかも、とも。
そして最終的に広がった要件が少しずつ収斂していく結末部分。館で繰り返される惨劇。次々と訪れる幻想的光景。メタ構造が読者を襲い、惑乱の渦に叩き込まれる。これがミステリホラー(ホラーが主でミステリが従)の醍醐味。現実が次々と反転する不安定さ。割り切れなさ。そして割り切れないことが最上の結末と気付く時の快感。

「ミステリホラー」「ホラーミステリ」便宜的な呼ばれ方はあるものの、倉阪さんの作品はそのジャンル分けを峻別した「クラサカワールド」を確立しつつある。現在進行形だけに今後へも興味が尽きない。


99/12/27
海野十三「蠅男」(広済堂ブルーブックス'73)

KIYOKA-CHANからお借りした本。以前に講談社大衆文学館版の同題作品を取り上げているが、未読の短編が収録されているので合わせ再読してみた。

暖炉の煙突の中の半焼け死体!手足をもぎ取られた蠅が同封された殺人予告!完全警護の密室の中で鋭利な刃物で殺害される大富豪!帝都を揺るがす恐るべき殺人鬼「蠅男」の正体とは!熱情迸る探偵、帆村荘六と「蠅男」の対決!見どころ満載の長編『蠅男』……については以前に取り上げたこちらから。
肺結核を新療法によって奇跡的に治療された大富豪、柿沼は夫婦ぐるみでその医者と交際するうちに、医者の細君と深い仲になってしまう。医師に子種が無いに関わらず、子供を宿した医者の妻はそれをネタに柿沼を脅迫し始める。表面上平静を装う柿沼は、ある装置を開発、医者の妻に対抗しようとするが……『震動魔』
未来。その国では一日一度十八時に強制的に聞かされる音楽により国民の能力を高めると共に国王への忠誠を誓わせていた。天才科学者博士コハクの発明になるもので大統領ミルキも彼には全幅の信頼を置いていた。そんなある日、コハクは大統領夫人と共に女大臣アサリの陰謀にて毒殺されてしまう。音楽浴装置を濫用するアサリに国民は……『十八時の音楽浴』
新宿駅に毎日佇んでいる一人の美女が、何ら前触れなく電車に飛び込み轢死した。身元不明で引き取り手が無かったものの「彼女は自分の妹の梅子だ」と言う男が現れ彼女は埋葬された。ところが葬式を済ませた後、当の梅子が帰宅したというのだ。墓場を検分した警官は棺から遺体が消失している、と報告してくる『赤外線男』以上、長編一編に短編が三編。

空想科学小説であり、変格探偵小説。奇抜、非凡な着想が冴え渡る
本書の諸作が執筆されたのは戦前のことである。しかしながらその予備知識を持たずに読まれる読者にとってはそんな時代性はほとんど感じられないのではないか。なぜなら描かれている風俗や時代性を超越した奇想が全ての作品に込められているから。
冷めた目で、かつミステリ的に読み解くとそれぞれの物語の真相は一種の「バカミス」扱いになってしまうかもしれない。しかし海野作品については、ウェルズもかくや、というような強烈な想像力の方に重点を置いて読む本だろう。SFという言葉がまだなく、変格探偵小説として全てが一括りにされていた時代。論理で読み解く探偵小説でなく、奇想を楽しむ探偵小説。それが現代人が海野作品を読む際の心構え。そしてまた探偵役、帆村荘六の活躍も熱い。頭脳明晰というより行動で示すタイプ。愛すべき単純さ。度重なる活劇。時々冴える頭脳。これぞエンターテインメントの主人公の王道。

海野作品は現在に至るまでアンソロジーなどへも度々収録されており、これからも常に何らかの形で残っていくに違いない。ミステリファンならずとも、SFファンを自認する方も彼の奇想については押さえて欲しい。戦前の日本にこんな凄まじいイマジネーションを抱えた作家がいたことを。


99/12/26
恩田 陸「木曜組曲」(徳間書店'99)

'98年より翌年にかけ『問題小説』誌に連載された作品に加筆修正の上出版された単行本。

カリスマ的女性幻想小説家、重松時子は三年前、自宅の仕事部屋で青酸カリを飲んで自殺した。遺書らしき自筆の文書が残されていたものの「良いアイデアを思いついた」と編集者や親戚の作家の前から姿を消してしまっていきなりの事件だけに疑わしいところを皆感じていた。毎年、その日近い木曜日に時子と近しい女性がその家に集って三日間集うことになっており、今年も彼女らは来た。彼女の担当編集者で身の回りの世話をしているえい子、出版プロダクションを経営する静子、歯科技工士で純文学作家のつかさ、主婦兼サスペンス作家の尚美、そしてノンフィクションライターの絵里子。相応に美しく、文筆関係の職を持ち、そして飲むことと食べることが好きな五人。今年は彼女の家に大きな花束が何者かから届けられる。フジシロチヒロより。それは時子の遺作の主人公の名前であった。

この小説の持つ不思議な魅力はミステリだけでは割り切れない
重松時子という途轍もなく巨きな存在を巡る惑星。それが彼女たちなのだ。その惑星の墜落(自殺)を巡るいくつかの謎。五人の近しい関係の女性の数日間。複雑に絡み合う感情のもつれ、彼女らがそれぞれ持つ人に言えなかった過去、悩みなどを絡めつつ、時子の死の真相に迫っていくのがメインストーリー。
筋だけ追って、その真相に驚愕するだけでも充分に水準の出来なのだが、それにしては周りの女性達が巧く書けすぎている。
良くも悪くも現代的な価値観を持ち、自分の生活の糧を自分で獲得し、美しく魅力的な彼女たち。もともと親戚で、時子と時子の作品に填り込みながらもそれほど完全にお互いを許していない警戒感。互いに互いを罠に仕掛けんとする緊張感。重くなりそうな主題を、淡淡としたタッチで描いていく恩田さんの構成力、文章力は、その迫力と緊張を損なわないままラストまで引っ張って行く。解決と加わる種明かしに驚くことはもちろん、気付くと彼女たち一人一人が「頑張ろう」と充実した気分になっている辺りにも注目したい。ミステリでありながらその周辺を念入りに描くことでミステリ以上の感銘を読者に与えている感。
同じ章の中で、(改行はあるものの)一部の登場人物からの視点と神の視点たる第三者視点が混ざり合っている手法が散見された。トリックとの関連性がない以上、小説的な技巧かとも思うのだが、折角の流麗な文章の中に違和感をところどころに覚えてしまい、その点のみ少々残念かも。

いずれにせよ一見軽い内容の中に様々な仕組みを凝らした贅沢な内容。SF・ファンタジー系からミステリ方面に進むのかどうか。同時期刊行の『象と耳鳴り』の二冊と共にある意味ターニングポイントになり得る作品かと感じた。


99/12/25
依井貴裕「歳時記 ダイアリイ」(東京創元社'90)

東京創元社のミステリハードカバーシリーズ<黄金の13>の一冊。未だ文庫化はされていない。

大学のミステリーサークルに所属する多根井理は、下宿で深夜に原稿を執筆していたところ、ある男の訪問を受ける。新井と名乗ったその男は、一ヶ月前に自殺したサークルの先輩、田部木の葉さんの伯父にあたる現職の警察官。田部さんは飛び降りで遺書はなかったが、彼女の旦那、母親が次々と亡くなり打ちのめされていたところに自らの子供も流してしまい動機は充分にあったという。しかしその動機から一ヶ月後という時間が開きすぎていることを新井は気にしていた。彼は自殺した彼女が書き貯めていた『歳時記 ダイアリイ』という推理小説にその秘密があるのでは、と多根井にその小説を託す。舞台は変わって大阪に各駅停車を使って移動する多根井をはじめとするミステリサークルの面々。彼は後輩の富岡秀之に『歳時記 ダイアリイ』を託し読ませ始める。その物語は奇術愛好家の集団が原因不明のまま次々と殺されていく連続殺人を扱った作品だった。

純粋に論理のパズルがお好きな方へ
『歳時記』と題された連続殺人事件を扱った作中作が本作の大きな役どころとなる。自殺した女性が書き残した遺書代わりの推理小説。その作品に隠された真相、それが作中作の外の本来の世界を解読する鍵となる。ただ作中の登場人物が自ら「これが原稿料をもらって書いている作者の文章だったら読者は許せないだろう」と暴露しているように、その作中作の出来、というかリーダビリティは決して良くはない。そしてその不安定さの理由は作者が読者へ(「読者への挑戦」つき)仕掛けた大がかりのトリック故だから、なのだ。論理を追及した結果、リーダビリティを犠牲にせざるを得なかったのが真相か。作中作の謎解きは流石に論理の固まりである。細かい文章上から読みとれる情報を次々と分析、推論や背景を読みとりながら真相が組み立てられていく過程は「これ以上はないほどパズラー」ならではの迫力を感じる。この部分が本作の醍醐味であるのだろう。
ただ、この作中作の枠となる部分の処理が何にせよ少々甘く、違和感が先に立つ。自殺者が推理小説を残さざるを得なかった背景、殺人者の動機の部分に詰めの甘さを大きく感じるのだ。以下ネタバレ反転。
犯人たる田部さんが親戚の刑事や検死官にエンリョして真相を公開出来なかったというのはいいとして、何も推理小説にして多根井に解かせる必然性がない。直接手紙を書けば済むことでしょ?それに彼女が殺人に至った背景が「新幹線で同席した被害者達の煙草が原因で流産したこと」ということになっているが、気分を悪くしたのは事実にしろ、「自分は妊娠しているから煙草はエンリョしてくれ」の一言も言わず、この煙草が本当の原因かどうか分からないのに、同席しただけの五人を次々と殺害してしまう彼女の残酷さは一体?作者は彼女に同情的だが、偏執的な彼女に狙われた五人の方がよっぽど可哀想ですぜ。(ここまで)

論理をあくまで重んずる正統派パズラー好みの作品かと思います。読みやすさとか、社会性とかとは無縁の古典的本格推理の衣鉢を継ぐ作品だと感じました。


99/12/24
都筑道夫「血のスープ」(詳伝社NON NOVEL'88)

現在は継続していないNON NOVELのハードカバーシリーズの一環として出版された作品。帯には「書き下ろし長編恐怖推理」とあるが、吸血鬼を題材とした紛う事なきホラー作品。

大塚でハンコ屋を営む小野寺慶吉は、娘の留学先であるハワイに逗留していた。退屈を持て余した彼は、ポルノ映画館に入り、美貌の男娼のケイと名乗る美少年から声を掛けられる。心とは裏腹に彼の後に付いていく慶吉。アパートではマリワナを体験し、目眩く幻覚と眩瞑感の中、彼と交わる。ケイから変わった腕時計を貰った後、無事に日本に戻ってきた彼は、平静な生活に戻る。しかし、慶吉は何処からともなくケイからのメッセージを受け取るようになる。ケイは慶吉に大金を送り、その金で東京都内にマンションを借りるように指示を出してきた。不思議と唯々諾々と従ってしまう、慶吉。そしてケイはマンションに長持を用意しそこに土を入れて用意するようにいよいよ具体的な指示を出してきた。

都筑式吸血鬼サスペンス
あまり『吸血鬼ドラキュラ』に詳しくないのだが、レンフィールドというドラキュラに忠実に使える下僕たる男が存在するという。本編の主人公たる印鑑職人のオヤジ、慶吉もそのような存在である。彼はハワイでケイに太股を吸われ、その存在に変わるのだ。彼には女性に快感を与える特殊な能力が与えられるものの、彼自身に下僕たる実感は全くない。その結果、彼はある若い女性と親しくなり、彼女と共に主人たるケイと戦う決意をすることになるのだが……。
登場する吸血鬼、ケイは古色蒼然たる吸血鬼ではない。血を吸う生き物ではあるけれど、その生態そのものが、この世に与り知らぬ存在として描かれており、本当に得体の知れないものがある。物語の構成的には前半は、本人の自覚がないままに、いいように操られる吸血鬼には一般的に信じられている弱点があるも。しかし、ケイにそれは通用するのか、今ひとつ定かでない。その弱点探しと、最後の対決で後半はクライマックスを迎える。
大人向きの都筑作品は、ホントにエロティック。不思議と明るい色気を作品内に持ち込むことで、都筑作品の濡れ場?は数あれども、あまり嫌らしさは感じられない。この辺りの処理の巧さも、楽しんで欲しい。そしてもう一点、ケイから慶吉に伝えられる思念の表現。活字の配列を巧く利用した眩瞑感も実験性は高いもののインパクトが強い。

比較的近年に著された都筑道夫のホラー作品として、それなりの位置づけされるべき作品。だと思うのだが、本作の入手は今となっては、かなり難しいと思う。内容が内容だけに図書館等にも置いてあるかどうか。


99/12/23
泡坂妻夫「妖盗S79号」(文春文庫'90)

元本は'87年に文藝春秋社より出版されているが、更にそれ以前の出典については不明。

神出鬼没、錦鯉研究という雑誌から切り抜いた予告状を送りつけ狙った獲物は逃さない怪盗、人呼んで(というかファイル上の名前が)S79号。彼を追うのは警視庁の腕利き東郷警部と二宮刑事。決して捜査の狙いどころは悪くない彼らの裏を必ずかき、男女とも判別しないS79号は今日も目的を果たして逃げ果せる。
海水浴に来ていた女性からルビーを奪い、何もない砂浜に隠したS79号『ルビーは火』
更藤デパートの厳重な警備の元で展示されている貴重な巻き貝を奪うS79号『生きていた化石』
誘拐事件を偽装して五重塔から高価なサファイアを消し去ってしまうS79号『サファイアの空』
リアルを身上とする劇内で使用された百両もの小判と名刀を盗み去るS79号『庚申丸異聞』
現行犯逮捕を避け、風船にて宝石を飛ばし奇抜な方法で後に回収するS79号『黄色いヤグルマソウ』
セザンヌのコレクションが展示されている美術館に届いたS79号の予告状『メビウス美術館』
富くじを発売している事務所が盗難被害に遭うがS79号が盗んだのはルーペ一本『癸酉組一二九五三七番』
捜査班の二宮家の蔵の中にある特に価値のない茶碗がS79号の標的として指定された『黒鷺の茶碗』
不倫を楽しむ美術商の自宅から円空の仏像がなくなった。果たしてS79号の仕業か『南畝の幽霊』
高名な父親の遺産を継いだ目の出ない芸術家。お手伝いが金に困り美術品を持ち出す『檜毛寺の観音像』
パリにて美術品の盗難事件が続発、手口がS79号に酷似しているため東郷二宮が飛ぶ『S79号の逮捕』
S79号を未逮捕にて引退を余儀なくされる東郷の最後の捜査舞台は岩手県の古寺『東郷警視の花道』以上十二話。

コンゲームであり、本格推理であり、政治や社会への諷刺でもある泡坂マジックの結晶
泡坂作品ハイブリッド なんて呼び方は妙だろうか?
神出鬼没で華麗なるテクニックを以て、美術品、宝石などを次々とモノにしていく怪盗S79号。物語の視点はS79号を捕らえるべく、日夜努力を続ける専従捜査班の東郷警部、二宮刑事のコンビから描かれる。腕利きと呼ばれながらもちょっと間が抜けているコンビの面白さ。十二もの短編が連作になってきちんと繋がっている凄さ。泡坂氏ならではの妙な宝物、不思議な舞台設定、登場人物の魅力……しかし何よりも興味が湧くのはやっぱり、厳重に警備された獲物をいかに盗み出すのか?、という点に向かうかな。
この「盗む」という行為。犯罪が起きて、而して解明する通常の本格推理とは異なり、先に伏線を然るべき所に鏤めた上で、最終的なクライマックスが事件。順序が逆の本格ミステリの顔も持つ。つまり本作に必要なのは「逆トリック」。泡坂氏はそれを苦もなく様々な「逆トリック」を案出・実行、S79号と共に読者を煙に巻いてしまう。序盤の作品は先に「獲物」があって「警備」があってそれに「対策」があって「裏」をかいて……と分かり易い?泥棒話なのが、中盤に向かって徐々に「何が盗まれるのか分からない」「盗まれたことが分からない」等々、謎の質を変化させていくあたり、興味を削がせないためのテクニックなのだろうが、巧い。終盤では「果たしてS79号は何者なのか?」という最も読者知りたくてうずうずするような中身に迫っていく。その正体、そして最終話の話運びは泡坂作品らしい皮肉に満ちている。(もう少しひねりがあっても、とも思うけれど、これはこれで良し)
いずれにせよ、独立短編としても楽しめるし、通して読めば尚楽しめる。この楽しさはどこか泡坂氏の代表作品「亜愛一郎」シリーズとも似たものがある。

代表作として挙げられることは少ないように思うが、誰が聞いても佳品と呼ぶような作品。泡坂妻夫、作品も多いがその奥はやたら深い。


99/12/22
友成純一「淫獣迷宮」(天山ノベルス'90)

友成氏の怪獣作品『放射能獣−X』を読み、ここはやはり友成純一の得意とする「鬼畜ホラー」の作品を読んでおこうかと。ホラーではなかったが、鬼畜ではあった。

日動自動車パリ支店長の一人娘が、地元パリの五人組の犯罪集団”悪魔の手”によって誘拐された。過去に日本人外交官の息子を誘拐して200万米ドルをせしめることに成功した彼らは、味をしめ再び日本人を狙ってきた。パリ警察の担当警部と共に、日本から特別に派遣されてきた権藤太郎、今村喜美恵の両刑事は被害者が移された脅迫内容のビデオに憤慨する。犯人の要求は現金で300万米ドル。ビデオに堂々と映っていた犯人らの情報を基に、慣れないパリにて聞き込みを続ける二人の日本人刑事。チンピラを締め上げて情報を入手するも、パリ警察側も同時期に情報を入手、犯人とその隠れ家が判明した。装備を揃え現場に急行しようとした彼らだったが、隠れ家を監視していた警察官が逆に襲撃され犯人は逃走してしまう。警察に内通者がいたのだ。後日犯人は更に身代金を500万米ドルにまで値上げ、再びビデオを送りつけてきた。

エログロの厚い皮の中にきちんとエンタメが潜っている……が、エログロ、きつすぎ。
物語の筋としてはフランスでの誘拐→誘拐犯逮捕失敗→身代金奪取(人質帰らず)→モロッコへ高飛び→追加身代金の要求→犯人仲間割れ→日本人と誘拐犯の生き残りとの対決……と続く。ミステリ的なトリックはないものの、サスペンス的な要素はふんだんに盛り込まれ、中盤にいくつものどんでん返しが用意されており、展開の起伏を激しくするなど物語としてはそれなりの完成度を感じる。この手の作品にありがちな平板さがない点は評価出来よう。特に後半から自滅していく誘拐犯人達と最終的に犯罪者に下される裁きの方法あたりに工夫も感じられ、結末も悪くはない。楽しめる部分が多々ある作品だ。
……後は……  表現に対する個人の耐久力に委ねられるか。
上記の紹介文は読んで頂けただろうか。わざと省略した部分がいくつかある。ここにどのようなエログロが込められているか、想像されたい。一つだけ言っておくと誘拐された女性はラスト直前に原型を留めない状態で息を引き取る。誘拐されてから死亡するまでに彼女が味わう経験は、「鬼畜バイオレンス」に満ちたもの。省略や手抜きを一切なく「過程」を描くあたりが真の「鬼畜作品」の所以だろう。ちなみにエロの度合いはマドンナメイト・フランス書院クラス。グロの度合いは綾辻『殺人鬼』クラス、と考えてもらって差し支えない。この両方の表現に耐えられないと最後まで通して読むことはままならない。

はっきり言ってノーマルな読書家にオススメはしない、というか出来ない。恐らくマニア及び好事家向け。量を読むことで何らかのスピリッツが感じられるのかもしれないのだが、ワタシ的にはアウト、です。


99/12/21
仁木悦子「青じろい季節」(角川文庫'80)

仁木さんの比較的後期の長編。天藤真の連作短編集『遠きに目ありて』の主人公、信一少年のモデルと言われる身体の不自由な男の子が登場することで一部では有名。(出番は少ない)

小さな翻訳事務所を経営する、元大学助教授の砂村朝人は、下訳のアルバイトをしている矢竹という学生より依頼した覚えのない英文を受け取る。訝る彼だったが単なる商用文にそれは見えた。そんな折、矢竹の母親と名乗る女性が砂村の事務所を訪ねて来る。どうやら彼は数日前から行方が知れないらしい。母親から頼まれ、彼の部屋を調べに訪れた砂村は矢竹が興信所に樋立という男のアリバイ調査を頼んでいた書類を発見。調査を受けた興信所員の話を聞き、その男が知り合いの経営する同業に勤務する従業員であることを知らされる。そして砂村はその帰りに何者かに襲われ、鞄を奪われる。その傷にもめげずに更なる調査を行う砂村だが、彼の前に婚約者を殺された別の女性が現れた。

色んな想いの込められた軽めのハードボイルド
砂村という三十三歳の行動力のある男性の視点による、知り合い失踪事件の捜査。物語の手法、構成様式共々、本格としてのこだわりを残しながら、物語の後半で明かされる人間関係の問題が真相に大きな役割を果たすなどハードボイルド的な展開を見せる。ただ紋切り型に想定されるハードボイルドとは一線を画しているのはハッキリと感じられる。丁寧な伏線や、意外な犯人というミステリ的な面白さを兼ね備えながら、細かい点に仁木さんなりの主張が見られるのだ。
特に印象深いのは、幼児期に辛い思いをしたり、現在も身体の障害を持っていたり、やむを得ない事情から家族が離ればなれで暮らしたり、と恵まれない境遇の人々がさりげなく多数登場することだろうか。仁木さんが描く世界の中では、彼らは決して単純なる弱者として登場しない。そういった逆境においても、一人一人がきちんとした自己主張と優しさを備え持った存在として描かれている。ミステリ本筋としての関連は少ないながら、彼らが登場することにより、物語世界の深みが二重にも三重にもなっている。不幸な境遇=不幸せ、なのではない、という当たり前のようでいて、なかなか実感できない事柄をこの作品は気付かせてくれる。

これも残念ながら現在は角川文庫を探して頂くしかない作品。本格ミステリ的な興趣としては少し薄めかもしれないながら、仁木作品の持つ独特の魅力に関しては十二分に感じられる佳作かと思う。