MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE予備
MYSTERIES THE PRIVATE COMFORTABLE アンチャ四周年記念。祥伝社400円文庫の特集

 −著者名別索引 及び読書歴(平成編)−
 −著者名別索引 及び読書歴(昭和編)−
−著者順全部索引− 


01/11/10
田中啓文「星の国のアリス」(祥伝社文庫'01)

祥伝社が企画する「400円文庫」の第二期作品として刊行された一冊。括りとしては「競作「吸血鬼」SF・ホラー&ミステリー」に属する。田中氏お得意の地口もなく、かなり真面目にSFホラーを追及している点が特徴か。

十六歳になった少女アリスは、兄の結婚を機会に家を追い出されて辺境の星へと向かうことになった。利用するのはオンボロ貨物宇宙船〈迦魅羅号〉。乗客乗員入れて七人の船にて、出航直後に死体が発見された。頭を殴られ、今死んだばかりのはずの被害者の身体からは極端に血液が抜かれ、頸筋に二つの小さな傷が残されていた。乗客名簿によれば船にはドラキュラ伯爵の子孫が乗っているはずだがその姿は見えない。既に乗務員の誰かに憑依しているのか? ワープを行ったことで隠れて乗り込んでいる人物がいないはずの船内では次々と犠牲者が出てしまう。やっぱり彼らは血を抜かれていた……。

吸血鬼ものホラーにして宇宙船SFにして雪の山荘テーマのミステリ
田中啓文氏御本人は「お笑いカルテット」の一人として知られるが、実は作品は(地口が入らないタイプであれば)かなりシリアスなホラー観に覆われた本格的な作風を持つ。本書は完全なるSF世界をベースに、そのホラー感覚だけでなく、ファンタジーとミステリの風味を融合させた佳作となっている意外な作品。
完全に密閉された宇宙船の中で跳梁跋扈する謎の吸血鬼。絶海の孤島ミステリと同じようなシチュエーションにおかれ、互いの疑心暗鬼の状況がミステリ的に納得の行く書かれ方をしている。その上、意外な犯人ものとしても収穫だろう。舞台と物語との希有な融合。そして冒頭に引かれている『鏡の国のアリス』が、底の方で意外なBGMとして、そして伏線として使われている点も巧い。SF的設定そのものについては、多少安易な気がしないでもないが、ミステリとしての展開興味が著しく大きいため気にならなかった。(本格的なSFファンはまた異なる受け止め方をする可能性もあるが)。

私はミステリとして読んだが、恐らくホラーとしても、SFとして読んでも楽しめるに違いない。残念ながら短い中編という形態ゆえに、今後も田中氏の代表作とされることはないだろうが、それなりに評価されるべき作品である。


01/11/10
鯨統一郎「CANDY(キャンディ)」(祥伝社文庫'01)

祥伝社が企画する「400円文庫」の第二期作品として刊行された一冊。括りとしては「華麗なるSFファンタジー競作」に属する。凝った歴史ミステリが得意の鯨氏初のファンタジー作品。

目が覚めた時に元の世界にいるとは限らない――。目が覚めたときに記憶を喪っていた”あなた”。自分の名前や境遇さえも分からないうえに、この世界は日本であるのに、どうやら自分の常識が通用しない。更に、自分は誰かに追われているらしい。ふざけた世界を逃げ回る中、現れた健康的な美女は”あなた”をラブホテルへと連れ込んで「キャンディを三つ集めなければ、世界は破滅する」と告げる。リンリンと名乗る彼女は、”あなた”を予言者、マッケン爺の元へ連れていくため、沖縄へと向かう……。

変てこな世界と地口とダジャレのオンパレード。鯨統一郎の全く別の側面発見
鯨氏といえば、歴史ミステリ。そうでなくとも『九つの殺人メルヘン』などにみられる端整な本格ミステリの書き手だと認識していた。間違っていました。こんな風変わりなファンタジーも書けるんですね。この方。
よくある、というと失礼かもしれないが設定は典型的パラレルワールドもの。朝、目が覚めると別の世界に来ていたというもの。一応説明はあるものの、冗談で満ちた世界に存在する三種類のキャンディを手に入れないと世界が滅びる、という設定の中にいきなり投げ込まれる。うまく表現できないが、地口あり、駄洒落あり、テレビネタ、芸能ネタ、風俗ネタ……等々、テキストという形態を最大限に利用した「冗談」で満ちたストーリー展開に付き合うことになる。個人的には、どことなく小林信彦の『オヨヨ大統領シリーズ』の現代版、かつSFバージョンといった趣きを感じた。

読み終わってみても、変てこなファンタジー、という以上の感慨は抱けず。当然、物語はギャグに奉仕しているため御都合主義や安易な展開も多く、ミステリ的興趣はカケラもない。ただ、一種独特の雰囲気を醸し出していることは確か。読書における許容範囲が広ければ広いほど、本書が合う確率は高くなるとは思う。本格ミステリマニアの方なら、かえって手に取らない方が無難かも。


01/11/10
山田正紀「日曜日には鼠(ラット)を殺せ」(祥伝社文庫'01)

祥伝社が企画する「400円文庫」の第二期作品として刊行された一冊。括りとしては「華麗なるSFファンタジー競作」に属する。かっての山田氏が得意としたSFアクション系列に並ぶ作品。

二十一世紀に突如日本に現れた完全なる恐怖政治による統治国家。日本人の思想は統制され、100%の管理が為される世界。その統主(ファーザー)の誕生パーティの日、恐怖城と名づけられた要塞に八人の政治犯の男女が解き放たれた。恐怖城は人間が恐怖した時の行動パターンをソフト化するための実験施設。人間を血祭りにあげるロボットがうようよするこの城には迷路ゾーン、レールゾーン、ガントリーゾーン、そして渓が存在し、生存率はこれまで0%。テロリストや元刑事、主婦、ニュースキャスターとそのアシスタントら、それぞれ秘策を胸に、この要塞に挑む。

山田正紀の得意分野! 生死を賭けたアクションバトルレースに大興奮!
序盤こそ、物語の背景となる恐怖政治について語られていて冗長な気が一瞬した。だって為政者がどうあろうが、恐怖城に収監された囚人たちには関係ないではないか。脱出出来なきゃ殺される。殺されたくない。競争相手を蹴落としてでも生き延びたい。サバイバルレースに、込み入った理由はあまり必要じゃない。
しかしさすが山田正紀。レース(ゲーム?)が始まってからのスリルとスピードに乗った展開は見事の一言に尽きる。徒手空拳で放り出された人々が、いかに超強大かつ冷酷なロボットたちと立ち向かうか。当然、奇想と智恵と大胆さが勝負を分ける……。掛け値なしの「手に汗握る」ストーリー。中編のボリューム故に、投獄の背景が語られてすぐに僅かの活躍だけで斃死していく登場人物。普通なら勿体ないな、と感じるところだがロックが背景に流れているかのごとき展開にそんな思いを抱くヒマすら与えてもらえない。繰り返すが、さすが山田正紀。複数の登場人物を配したアクション主体の物語を中編にぎゅうぎゅうに詰め込みつつ、読みやすく、かつエンターテインメント性も非常に高い。題名もカッコイイ。表現力不足を紙幅で補いがちな若い作家には決して真似出来ない、宝石のような中編

中編小説のお手本のような作品ながら、ここまで完成されていると今度は「もっとじっくり読みたかった」などと理不尽な思いさえ抱いてしまう。恐らくハードカバーの大長編として刊行してもペイするだけの中身がある。それが400円文庫で読めてしまうのは幸せなこと。


01/11/10
歌野晶午「生存者、一名」(祥伝社文庫'00)

祥伝社が企画する「400円文庫」の第一弾として二十一冊刊行されたうちの一つ。括りとしてはテーマ競作「無人島」に属する。このテーマには他、西澤夏彦、恩田陸、近藤史恵ら当代の人気作家が参加した。

カルト的新興宗教、真の道福音教会に所属する四人の男女は教会幹部の指令により「人々を覚醒させる非常ベル」として大*駅に爆弾を仕掛け多数の死傷者を出す事件を起こした。四人は教会の指示により海外に逃亡するため、二名の教会幹部と共に鹿児島沖の無人島、屍島に身を隠すこととなった。首尾良く逃亡を果たした四人は一夜の宴を設けるが、翌日幹部の一人がクルーザーと共に姿を消してしまう。残された一人の幹部から四人はスケープゴートにされる予定だったことを聞かされ絶望に沈む。数ヶ月分の固形食料が残されており、その段階ではまだそれほどの深刻な事態には陥っていなかったのだが……。ある日、自分勝手な行いの目立った教会幹部が死体となって発見された。

短い頁数でも、使い古された絶海の孤島ものでも、ミステリのサプライズはアイデア次第で拡がる
昨今、ミステリに限ったことではないが、エンターテインメント小説の長大化がいわれて久しい。なぜ長くなるか、というと内容が膨らみ過ぎる場合や、物語効果の為に事象を丁寧に語る必要がある場合など考えられるが、実際のところは作家の文章(表現力というのか)のレベルが落ちてきていることが原因に感じられることがままある。本書の薄さはそういった作品群を嘲笑う。 本格ミステリという分野でも、これだけで充分深くて広い物語が出来ることを本書は証明している。
絶海の孤島、助けを求められないテロリスト、疑心暗鬼、いくつかの殺人。シチュエーションは単純でも、そこに到る背景への目配りが絶妙なため、ぐいぐい物語に惹かれる。 そして「絶海の孤島」もののパラドックス――事件が進めば進むほど、犯人の範囲が絞られる――という弱点を、逆にトリックに活かすしたたかさが本書から見える。一人減り、二人減りと生き残りが絞られれば絞られるほどに読者は混迷状況に追い込まれる。犯人は? 題名の意味は? 犯人、そしてトリックが明かされても物語は続く。そしてラストのリドルストーリー。この幕の引き方も渋い。

初期作品はとにかく、近年の歌野作品はミステリファンにとって相応に満足出来る水準の作品が並ぶ。そういう期待に対して本書も裏切っていない。雰囲気の出し方も巧く、本格ミステリとしてだけでなく、サスペンスとしても楽しめる作品である。


01/11/10
山之口洋「0番目の男」(祥伝社文庫'00)

祥伝社文庫十五周年として企画された「400円文庫」の第一弾として二十一冊刊行されたうちの一つ。括りとしては「充実の奇想SF&ホラー」に属する。

ウズベキスタンのある場所にある樅の木が目印の酒場。そこには私、マカロフと同じ顔をした男たちが何十人も集まっていた。わたしがこの街を訪れるのは実に七十年ぶり――のことだった。
西暦二〇一〇年。地球の環境汚染が急速に進行し、一国家の対策では追いつかなくなっていることに気付いたウズベキスタンの政府はあるプロジェクトを実行に移した。国を盛り上げるための優秀な人材をクローン技術によって〈大量生産〉するもの。優秀な環境工学の技術者だったマカロフに白羽の矢が立ち、彼はその”親”となることを承諾する。彼は共同研究者かつ妻のイレーナと共に人口冬眠に入ることを希望するがイレーナは拒否。マカロフは七十年後の世界で一人目覚める。

独創的な設定だけに留まらず、それを通じて様々な「人間模様」が伝えられる逸品
作家が物語を創るとき、どのような順番で設定というものを決めていくのだろう。特にファンタジーやSFといった想像力が物を言う世界では。 ……ふとそんな疑問を覚えた。というのは、この作品、ほんの短い中編のなかに設定だけで様々な要素が無理なく詰められているから。「数百人の自分の分身が存在する近未来世界」。これが唐突さなく、するりと読者の頭の中に形成されるのだ。ウズベキスタンという国家を選んだこと、環境工学が絡むこと、さりげなくも巧みな部分が多い。恐らく私の気付かない部分にも様々な配慮があるのだろう。
そして。物語では様々な人生を送った自分との不思議な交わりが描かれる。この設定の中で繰り広げられる人生模様は多種多様。 確かに人生において一つの決定をした段階で他の無限の可能性を消し去ってしまうという側面は否定できない。果たしてその決定が正しかったのか? 後悔することも実際にままある。ただ自分自身(作中では当然マカロフだが)が眺める別の人生を傍観することで、そんな後悔など意味がないことに気付かされる。自分の顔や性格や頭脳を持ったバーテン、泥棒、刑事、長老、女性、謎の若者……。様々な自分を物語に配置することで、本書は適宜ナルシズムや人間のエゴにまでテーマを広げており、最初から最後まで実に興味深い。

本書、東欧系が舞台というのが苦手ということもあって、実はあまり期待せずに読み出したのだが実に巧妙に人間の人生を描いた小説であり、またラブストーリーでもある。中編ながら、心に沁み入る読後感が心地よい傑作。