美しい星 遠藤湖舟の「気ままな星空」 「多摩川日記」 Koshu ENDO
Tamagawa Diary
更新 : Wednesday, October 13, 2004
多摩川日記-Part2 Blogです。最新日記
2004.09.26 遅い夏休みをとって山にでも行ってこようかとこの十日ばかり考えていたのだが、結局細かい用事で九月最後の週に突入。十月は1日くらい山に行けるといいなぁと思っている。でも、海でシーカヤックをしている人を見たら、カヌーをしてみようと思った。かつて八丈島にカヌーを持って行き、海に漕ぎ出したことがある。カヌーから飛び込んだ黒潮の海の色は群青色だった。多摩川でカヌーをするつもりと何日か前の日記で書いたが、しばらく暑かったので未決行。ほんと弱体なんだから。 シーカヤック
2004.09.21 暑い一日だった。東京は32度くらいまで気温が上昇したようだ。昨夜は久しぶりのダンス(アルゼンチン・タンゴ)を1時間、それでも汗が出ていい運動になった。ダンス・グループの女性にTAKAGIのチョコレートをいただいたのだが、この方は84歳、お元気にダンスを続けていらっしゃる。帰宅してから板チョコを1枚食べてしまった。濃い緑茶が美味しい。今朝はこの緑茶のカフェインおかげ?で5時に目覚め、外で朝の風に吹かれて気分良し。でも、ヤブカにあちこち刺されて痒み止めの臭いで一日が始まった。ヤブカも早起きなんだね。あーかゆい。
2004.09.17 ブログを開設、使用開始。携帯からもアップできるようになった。
http://blogs.dion.ne.jp/sho_endo/
■一昨日はM社のテキスト(英語版とハングル語版)の納品が完了し、大きな仕事が一段落した。中国版制作の企画も進んでいる。
■昨日は平日であったが仕事は休みにして海に出掛けた。昼間の数時間だったが、風と光の中、海の小動物とも戯れ、1週間ほどの夏休みを取ったかのような透明な気分になった。腕が焼けて赤くなり、痒い、、、数年前よく行った東南アジアの島の空気を思い出した。
ヨットそして光る海

窓の向こうに光る海

鳶(とび)の飛翔、スケッチ風にNo1

鳶(とび)の飛翔、スケッチ風にNo2

鳶(とび)の飛翔、スケッチ風にNO3

多摩川台公園からの夕陽(9/13)

2004.09.14 現在のPCシステムはディスプレイ、キーボード、マウスをそれぞれ1台に集約し2台のPCで共用している。必要に応じて切替機のスイッチでPCを瞬時に切替ができる。4台まで増設できる。1台のPCでWebラジオを流しながらもう1台のPCで画像編集をしている。
リック・アストレーもカバーしていた、
「恋に落ちたとき」
When I fall in love
この曲はナット・キング・コールも歌っていた。
コニー・フランシスの
「ボーイハント」
Where the Boys Are 1960
「いそしぎ」
The Shadow of Your Smile (1965)
などが次々に流れる。
今、カスケーズの
「悲しき雨音」
Rhythm of the Rain (Cascades) (1963)
が流れている。
そうこうするうちにレターメン
「涙のくちづけ」
Sealed With A Kiss(1960)
プロコル・ハルムの
「青い影」、
ビートルズの
「While my guitar gently weeps」
と、もう大変なタイムスリップです。ジョージ・ハリスンのこの曲は僕がビートルズを好きになったきっかけの曲。それまではたとえば「ヘイ・ジュード」なんて長ったらしくて好きになれないなぁなんて言っていた。大学入学で上京した年、毎朝僕の部屋に、どこからかこの曲が流れ込んできて、いったい誰の曲なんだろうと夢の中で聴いていたのだった。正統派ビートルズ・ファンではない僕はその後ポール・マッカートニー&ウィングスの「My Love」を買ってWingsの世界に、そしてジョン・レノンの「Imagine」を聴いてアルバム「ROCK'N'ROLLロックン・ロール」
へと進む。そして今、「Here Comes The Sun」がかかっているが、これもジョージの曲・・・。
■アルト・サックスをやってみたいと思っていたのは、シカゴの「長い夜」
25 Or 6 To 4 (1970)がずっと心にあったからだ。高校生のとき、文化祭前夜祭で同窓生グループが演奏したその曲は僕にとても大きなインパクトを与えた。管楽器編成の音楽は新鮮で、大変高揚したことを覚えている。ボーカルを担当した女性が緊張からか時々音をはずした部分も耳に残っている。僕の記憶が正しければこの女性は今は何某有名作家の奥さんになっている。シカゴの曲は「素直になれなくて」Hard To Say I'm Sorry(1982)を知っている人の方が多いかもしれない。
2004.09.13 ■先週、新しいPCを買った。メインのコンピュータが小さな叛乱を起こし、最近インストールしたばかりのソフトが起動しなくなったからである。締め切りにかかる仕事は大半が済んでいたのであわてることがなかったが、とにかく大変だった。まず、HDのフォーマットから始まってOSのインストール、アップデート、ドライバのインストール、フォントのインストール、アプリケーションのインストールと果てしない。昨年の秋にもPCが次々に壊れ、新しい機種を入れたのにバックアップ体制ができていなかった。仕事ではPCが使えなくなることは致命的だ。古い2台を引退させ、3台がいつでも同じ環境で使えるようにシステムを作り上げつつある。それにしても今の普及機は1年前の高性能機と同等以上の性能を持つことに驚かされる。システム作りも、1台の高性能機にコストを集中するよりは、普及機を複数台LANで結んだシステムのほうが遥かに優れている。メモリーも1GBだ。もう1台のPCもメモリーを1.5GBに増設する予定。■PHSのアドレス帳がいっぱいになったことを機に買い換えることにした。携帯を検討したのだが、Webサイトをそのまま見ることができるブラウザ、Operaを搭載した機種がPHSにあり、すぐにそれに決めた。またメジャーな選択から遠のき、マイナーなPHS使用者となった。PHS使用者は全体の1%くらいではなかろうかと思う。全国に張り巡らされた中継機を贅沢に使っていることになる。携帯が通じにくいところでもPHSは繋がるし、音声品質も断然良い。あまりのマイナーさに迷惑メールも来ない。おまけにWebにガンガン繋げることができる。■デジタル一眼レフのレンズをヤフオクで購入。仕事用です。 新PHS

新レンズ超広角ズームレンズ

2004.09.08 ■台風が過ぎた朝。まだ暗い路地に出てみると、雲の流れは早く、迫力のある風が時折、塊となって襲ってくる。リビングの椅子で寝てしまうことがある。昨夜も遅い夕食を取って、そのまま寝てしまった。台風の風の音に何度か目を覚ますのだが身体が深く沈み込んだままで、寝室まで行く気が起こらない。早朝4時半に起き出し、朝のテレビをちょっと見た後、多摩川まで出てみた。まったくオフの日を2〜3日作りたいのだが、次の仕事がちょこちょこと入ってくる。これはありがたいことなのだが、組み立てをうまくやらないと時間にメリハリがつかなくなってしまう。9月は「クリア月間」と勝手に名づけているのだが、これは仕事の忙しさで鈍くなった感性をクリアにするという意味。何もしない時間を持つとか、自然の中に行くとか簡単なことなのだけれど、溜まった意識を代謝してしまうことで次の創造へと向かえる気がする。
2004.08.26 ■21日の日記での二羽のヤマトシジミは求愛行動と結論を出す。オスは羽を開いたときに青い色がほぼ羽全面に有り、メスは黒い。今日はカタバミの葉を鉢植えに発見し、そこにヤマトシジミが卵を産むのを見た。カタバミの葉は幼虫の餌である。
■ちょうど一月前に多摩川で見た甲虫が何匹も我が家の玄関先に飛来していた。恋の季節のようである。
■声楽家のコンサートのリーフレットが仕上がり、印刷所から届いた。
■明日は鹿児島からシンガーソングライターのMさんがCD制作の打合せのために上京する。待ち合わせ場所と時間を決めた。
ヤマトシジミ蝶の♀

飛来した甲虫

2004.08.26 ■涼しくなったせいか食欲が出てきた。いろんなものが美味しく感じる。
■朝日新聞朝刊でヤマト運輸が全面広告を出していた。ローソンが日本郵政公社の「ゆうパック」を取り扱うこと対して、ローソンでの「宅急便」取扱いをやめたことの理由が書いてある。公正な競争をしていない郵政公社に対しての意見である。30年ほど昔、大学進学で地方から上京した僕に、両親がよく「小包」を送ってきた。ちょっとしたものを送るのに、けっこう料金は高く、時間もかかっていた。大きなものは相当高くなってしまうので、「チッキ」という鉄道輸送の小包を利用したこともある。これは安い分、集荷所のある駅まで自ら取りに行かねばならず大変であった。庭に植えたサクランボに実がついたと送ってくれた荷物を開けたら腐っていたことがあり、母はいまだにその話をする。ここ数年、仕事で宅急便を毎日のように利用するようになった。驚くことにトラブルが全くといってよいほど無い。こちらのパッケージが十分でなく破損したときも、即座に品物の料金を弁償してくれた。今ではコンピュータで伝票を入力できるので効率も良く、大変助かっている。集荷の担当者はどの人も対応が明るく、こちらの無理な要望にも極力応えてくれ、何よりも確実に荷物が届くことがありがたい。そういった日々の経験からヤマト運輸を信頼し、このシステムを作り上げたことに尊敬の気持ちを持っている。手紙や葉書など信書の取扱いも始まっているが規制制約が多く、参入障壁となっている。手紙を出すのにポストまで行かなくてはならない不便を考えると、この分野もやがて各戸集荷になって行くだろう。公社化した郵便局は相当の努力をせねばならないだろう。それはとても良いことに違いない。
2004.08.21 ■夜7時から8時までの花火は 第三京浜と二子玉川の間の河川敷で、川崎市が主催となって打ち上げられた。そう言えば去年、長年行われてきた二子玉川での花火はスポンサーが手を引いて最後の打ち上げであったが雨で中止となり、我が家で計画した引越記念花火見物パーティーはリビングルームでのパーティーになった。今年はそれに代わるものとして、たくさんの人が見に来ていた。堤防の道路は車両通行止となり、のんびりとした人の列ができ、我が家に近い河川敷はバーベキューやら宴会やら、思い思いのスタイルで人々はゆったりと鑑賞していた。 多摩川の花火1

多摩川の花火2

多摩川の花火3

2004.08.21 ■湿度が低く快適な日である。それなのに仕事をしている。このところ「朝4時起床で仕事」が定着していたが、今日は8時まで寝ていた。ちょっと寝不足なので・・・。
早朝、テレビをつけるとオリンピックである。メダルラッシュで楽しい。
今日の夜は多摩川で花火大会がある。見てこようと思う。
家の前の畑にはミカン

玄関先に迷い込んだアジアイトトンボ♂

ヤマトシジミ蝶の吸蜜

ヤマトシジミを捕獲したササグモ

ヤマトシジミの求愛行動かテリトリー示威行動か

2004.08.19 ■彗星の写真がアメリカの天文雑誌「SKY & TELESCOPE」10月号に掲載された。彗星を発見したブラッドフィールドさんについての記事ページである。イタリアの天文雑誌の表紙からフランス、アメリカの雑誌へと世界の3大天文雑誌に載ったことになる。

SKY & TELESCOPE 表紙

SKY & TELESCOPE 掲載頁

2004.08.19 日本最大のクモ、アシダカグモ。大きいものは足まで入れると10cmくらいある。
2004.08.18 天空の色彩2004.08.18
2004.08.15 ■寒冷前線は半月ぶりの雨と涼しさをもたらしてくれた。雨の中の散歩は会う人もいない。元気なのは鳥たちだけだ。岸辺の一本の木の周辺をツバメが舞い遊んでいる。木を中心にクルクルと舞っている。僕は近づき、風景に溶け込む。するとツバメは僕の肩からほんの1mくらいのところまでやって来ては素早く翻って、また木の周りや近くの川面を飛び回る。それはまことに自在だ。ツバメの鳴き声に合わせて口笛を吹くと、より近く、より多くのツバメが集まる。他の鳥の鳴き声に変えると、ツバメは離れてしまう。6羽のツバメが僕のすぐ近くをスイスイ飛び回ると、なんとも賑やかで楽しい気分になる。
■セミの木も雨に濡れていた。アブラゼミもミンミンゼミもじっと木にしがみついている。気温の低下が動きを鈍くさせているのだが、あるものは羽の先端に雨の雫を作るほど濡れている。このところ晴れ続きだったので、彼らにとっては初めての受難の日のようだ。
茶色く濁った多摩川は雨に打たれながらとうとうと流れていた。
2004.08.14 ■今日も朝から暑い。近くのコンビニまでパンを買いに行った。急にガーリック・トーストが食べたくなったのだ。外は熱気が佇んでいる。お盆の東京は静かである。戻ってからバターとガーリックを塗ったパンをオーブントースターで焼いた。午前11時頃にはゆっくりとお風呂に入った。シャワーが続いていたから、久し振りのお風呂はなんだかとてもリラックスできた。
■サックスはどうも音が上手く出ない。僕が初心者だからと思っていたのだがどうも本体が気になる。孔のパッドを全部調べてみると、上部の二つに隙間が空いていた。これはどうも初期調整が不十分だったか、力が加わって変形したかのどちらかに違いない。布を挟み込み、空気の漏れを無くして吹いたら、サックスらしい豊かな音が出た。メーカーの修理店に持っていこうと思う。
昆虫には表情がある(小さな蛾)

昆虫には表情がある(名前不明)

昆虫には表情がある(名前不明アップ)

昆虫には表情がある(ハエトリグモのアップ)

昆虫には表情がある(テントウムシ)

季節はずれの花(藤・四月下旬に満開だったのに)

花は色彩に満ちている(ユリの葯)

夕暮れに同じ表情はない(落陽と軍艦)

2004.08.12 ■昨日午後から空気が変わり、気温,湿度とも下がって、幾分過ごしやすくなった。昨夜9時過ぎ、多摩川まで散歩に出かけた。暗い水面は滑らかで、時折魚が跳ねる。帰り際、先日蝉の幼虫のいた木に行くと羽化したばかりのアブラゼミがいた。羽化の期間が意外と長いことを知った。
■先週からサックスに挑戦し始めた。知人から借りたアルト・サックスは20数年前のYNAGISAWA製。自己流で吹いているが、ソラシの音がとても出にくく、調整が必要のようだ。カッコよく演奏できたらいいなと思う。腹筋と心肺機能強化、そして将来のボケ防止の役に立つに違いない。
■今年は何年ぶりかで、多摩川でカヌーをしようと思っている。近場のお手軽スポーツは得意である。ゆらゆらと川の流れに身を任せ寝転がっているので、ほとんどスポーツにならないのだけれど。
■締切間近の仕事が4件もあるのに、こうして日記を書いている。優先順位が分かっていないようだ。
アルト・サックス
2004.08.06 ■昨日、夕刻に駐車場に行くと、感動的な夕焼けが空一面に広がっていた。この2、3日は、日毎に夕焼けがダイナミックになってきていたが、どうやらそのピークだったらしい。撮影する時間の余裕がなく、その美しさを心に記録する。夕焼けを眺める時間がなかったのは、午後、声楽家のYさんが撮影に訪れていたからだ。スタジオでの撮影はテンポよく進み、とても満足していただける結果となった。被写体との良いコラボレーションが良い写真となる。この写真はリーフレットに使われる。デザインするのが楽しみである。
■今日は青空がいっぱいに広がる日であった。打合せで昼食を取ったレストランからは東京湾が良く見えた。ヨットが何隻も出ていて、夏休みらしい風景である。公園は蝉時雨に覆われていた。何匹か素手で捕まえ、また、そっと木の幹にとまらせた。蝉は何事もなかったかのように元の体勢に戻った。
木の幹にカマキリの子

東京湾にヨットの白い帆

2004.08.03 ■郵便物をポストに出しに行ったついでに夕刻の多摩川に出てみた。もう太陽も沈んで、このまま夜へと大人しく移ってゆくのかと思いながら雲を眺めていた。空全体の色彩がグレーを帯びてきた中、北西に突然1箇所、鮮やかな赤が現れた。それは見る間に雲から雲へと渡り、キャンパスに絵が描かれるように西の空は赤い雲の模様で彩られた。天空の神は絵筆を持って、ほんのひとときだけ色彩の躍動を見せてくれた。
■それまではいまひとつ気持ちが乗らず、時間ばかりが無為に過ぎ、仕事が進まなかった。そんな日もある。
2004.08.02 ■素晴らしい日であった。南風であるにもかかわらず空気は爽やかで空も抜けるように青い。日差しの透明さに心も躍った。日陰では通り抜ける風のなんと心地よいことか。
■朝から仕事の打ち合わせのために築地界隈に行ったのだが、こんな日は、すれ違うあらゆる人の心が軽く明るく感じられる。
■昼間の素晴らしさもそのままに、筋状に広がる雲に夕日の赤味が射して、ターナーの絵さながら力強い夕刻となった。多摩川に出てその落陽の時を身体全体で受け止めた。コンクリート岸壁を背に寝転ぶと、昼間の太陽の暖かさが背中に広がり、瞬き始めた一番星を優しい気持ちで眺めることができた。
空-1

空-2

空-3

空-4

2004.07.31 ■7月最後の日。やはり台風10号は慈雨をもたらしてくれたようで、雨不足と猛暑で喘いでいた河川敷の草木は息を吹き返し、歩いてみると、そこから生命のエネルギーが立ち上っているのが分かる。多摩川は久し振りに増水して力強い流れとなった。流れの速い本流に流れ込む川に稚魚が避難し、たくさんの魚影が水底を走る。

夕刻、柳の大木の下に行くと、セミの幼虫が羽化のために木登りを始めていた。周辺の低い木にも幼虫が取り付いている。二匹を枝につけて持ち帰り、部屋で羽化させた。

夏らしい空と雲

夕刻の月

川面を突付く小魚が作る波紋

木に登るアブラセミの幼虫

羽化-1
羽化-2

羽化後のアブラセミの羽

羽化からしばらくたったアブラセミの羽

羽化からしばらくたったアブラセミの羽

2004.07.26 ■今日は朝から雷雨。暑い日が続いていたから、窓から眺める雨の風景は天の慈しみのように感じる。多摩川河川敷の草木も息を吹き返したことだろう。駐車場の傍らにアップル・ミントを見つけた。雑草に混じって力強く伸び、既に花をつけていた。一枝手折り、葉を刻んだものでお茶を入れ、今日のお客さんのおもてなしとした。 カメムシの一種

カメムシとアリ

ナガコガネグモと捕えられたショウリョウバッタ

ナガコガネグモと捕えられたショウリョウバッタ2

花のオシベを食べる甲虫

バッタ

バッタ

2004.07.24 ■早朝、多摩川を散歩する。アブラゼミは羽化のピークを過ぎたらしく、木の低い位置に2匹ほどしか見かけなかった。早朝は昆虫の動きも活発ではなく、撮影をしやすい。道すがら目に入った昆虫のいくつかをカメラに収めた。雨が少なく、河川敷も乾いていて、根の深い葛などを除いて枯れた草や元気のない草がそこここに見られる。一雨欲しい今日この頃。
■アルゼンチン・タンゴのレッスンは今日で一段落。1時間のレッスンを月2回ではなかなか覚えないが、運動のつもり。
昆虫 1

昆虫 1-2

クモ 1

蚕食された葉

ハエの一種

甲虫の一種

2004.07.23 ■昨日は音楽録音のスタジオを検討するにあたり、赤坂の日本コロムビアに行ってきた。1991年に『CD-ROM電子美術館』を日本コロムビアと共同開発して以来で、当時の担当者は退職したり別会社に移ったりしていて、時の流れを感じた。「ひばりスタジオ」とも言われた1st Studioはスタインウェイのフルコンが置かれ、フルオーケストラの録音ができる。木質の床と壁が落ち着いた飴色になってとても雰囲気がいい。数々の名演奏がここで録音されたのだと思うと、壁や空間に美しい波動が今も息づいているように感じた。この歴史あるスタジオも来年には取り壊されてしまう。ビル前の道路拡張に伴って、ビル自体も解体されるからだ。予算が合えば使いたいと思うのだが・・・。
■赤坂の公園ではミンミンゼミが羽化していた。ニイニイゼミもまだ鳴いている。ヒグラシの鳴き声も聞いた。今年は早くから暑くなったせいで、例年であればセミの種類によって順番に羽化するものが、一度に地上に出てきてしまったらしい。そういえば4月に咲いた藤の花が再度咲いていたのを見たし、ニセアカシアの花も同様に二度咲きしていた。それを確かめたわけではないが、ある公園の前では秋のイチョウの実(銀杏)に似た香がしてきて、既に実をつけたのではないかと不思議な気持ちがした。自然の出来事はとても興味深い。
再び、部屋に出没するJumping Spider(ハエトリグモ)
クモの巣を張らないクモで、ぴょんぴょん跳ねて可愛い。拡大撮影してみると目が8個もあって、奇怪な様相である。けっこうたくさん種類があるようで、注意して見ようと思う。

Jumping Spider 1

Jumping Spider 2

2004.07.20 ■スタートは遅くなったが、朝の多摩川を久々に散歩した。夏草の繁茂は気持ちよいほどで、わざわざ刈り取らないことに感謝すらした。川は梅雨の雨が少なかったせいで流量が多くなく、濁りもある。土砂の堆積による川の風景の変化も予想以上で、新しくできた河岸も草が思いっきり伸びている。全国的に広がったコイヘルペスの影響で、ここ多摩川のコイも数が減っていることが舟着場に集まるいつものコイの数で知ることができた。草にはさまざまな種類があり、どこから種が運ばれてきたのだろうか、ミントが生えていた。柳の大木にアブラゼミを見つけた。何匹かが比較的低い位置にとまっている。このように低い位置にとまっているセミは昨夜か今朝羽化したばかりのもので、僕はセミの抜け殻を探してみた。すると木の周りのあちこちの葛の葉に抜け殻を発見した。土から出た幼虫は羽化の場所を探すが、葛の葉に登り始めてしまうと、葛の葉が低い位置にあるので、地上30〜50cmで羽化するはめになる。ニイニイゼミに引き続き、今日からアブラゼミの大合唱が始まる。 アブラゼミ

まだ完全に羽が伸びきらない羽化後のセ

セミの抜け殻

ベニシジミ

草と空

2004.07.19 ■暑いけど比較的湿度が低いせいか爽やか感のある真夏日。夜、多摩川を散歩した。草が背丈以上に伸びており、しばらく来ない間にすっかり様子は変わっていた。舟の桟橋に腰をおろし、街灯の映る暗い川の流れを見ていた。川面を吹く風は涼しく、時折魚がジャンプする。風と遊び、草の香に満ちた細道を戻る。
■僕は相変わらずPHSを使っている。結構偏見があって、「いまどきPHSですか」なんていう目で見られる。090が携帯だったが、080も出てきたから070でもそう肩身は狭くないと思っている。メールなんかガンガン使っているし。第一、昔から音がいい。かつての携帯はひどいものだった。第二にデータ通信にいい。第三に東京では携帯よりも電波の途切れは圧倒的に少ない。以上、便利なので使っているわけです。去年ベトナムへ行ったときは国際通話のできる携帯を持っていった。今度もし携帯に変えるとしたらVodafoneしかないなぁ。
ササグモ
2004.07.18 ■昨日は声楽家Yさんのディナーショーに行ってきた。クラシックから、ジャズのスタンダードまでその領域を広げ、新しい分野に挑戦をしておられる。満席の客の一人として、食事とビールを楽しみながら「上質な大人の時間」を過ごした。
■今日も暑い。今月初めに取り付けたETCのテストを兼ね高速道路に乗ったがどこも渋滞。しかし料金所では待つことも停車することもなく通過して、その便利さを実感した。テストが今日になったのはETCの取り付けと登録、そしてカードの入手が良くわからなかったからだ。現在使っているカード会社に申し込むとETCカードが送られてきて、それを差し込めば使えるのである。いろんなところに聞いてみたのだが、結局分からなかったというのが正直な話。分かり易く説明してくれないものか。
夕暮れ
2004.07.12
追加2
■芸術家は孤独である。震えるほど微細で、希な感受性は、それを理解できる人も希だから。作品に表現された魂を感じるには、表現する技術を除いて、作品に接するものにも、その芸術家と同等以上の力量を要求する。微細な波は荒い波に飲み込まれて見えなくなってしまう。「いったい誰が受け取ってくれるのだろう」、芸術家は深い孤独と悲しみに打ちひしがれる。
それでも芸術家は表現をやめない。それが魂の欲求だから。それが生きることだから。
微細な波は宇宙の果てまで届く。
2004.07.12
追加
■「愛」について考える。一般的に男女の間で「愛している」というのは愛情のことで、そこには「情」の海が広がっている。人を好きになるということはその海に舟を漕ぎ出すことで、目の前の大海は自分を待っていてくれる豊かな何かに思え、一所懸命舟を前へ前へと進める。吹き渡る風は心地よく、満天の星は希望の光になる。しかし時として海は嵐で荒れ狂い、小船は翻弄され、投げ出された彼あるいは彼女は水底深く沈む。よしんば立派な帆を手に入れ、進む速度が上がったとしても、凪(なぎ)がやってきて倦怠の太陽にジリジリと焼かれ、方向を見失ってしまう。人は考える、「ほんとうの愛とは何か」。男女の愛は文字や言葉に表現できるが、真の愛は・・・難しい。誰にも、何にでも普遍的にあるが、微細で、それをもし表現しようとしたり分かろうという意志が働くと、表現するものにも、受けるものにも感じる力量が相当いる。すぐそこにあるものなのに。
このところ70才前後の二人の男性からサン・テグジュペリの話題をいただいた。お二人に共通するのは「人間」ということである。サン・テグジュペリは孤独であったに違いない、それは彼の残したものから強く感じることができる。人間関係が苦手だった彼は砂漠の飛行士となった。広大な空間にぽつんと存在する感覚を味わった人間は、人間社会での疎外から感じる孤独とは異なった「孤独」そのものを実感する。「孤独」そのものは宇宙の中心として自己を認識することでもあるし、深い深い悲しみを知ることでもあり、それらは表裏一体となってその人を覆う。永遠の静寂。
■僕は「癒し」という言葉に馴染めない。10年程前になるだろうか、知り合いの雑誌編集長に「これからは『癒し』がキーワードになるから、その企画を立てようと思う」と言われ、「僕はその言葉が嫌いなんだ」と答えたことを覚えている。「癒し」ブームはいまだに続いている。「卑しい(いやしい)」とか「イヤラシイ」に似たこの言葉は、単に似ているだけでなく、そういった絡みつくような意味も見え、腑に落ちない何かが付きまとう。ついでに言うならば、「精神世界」という言葉には拒否感が生じてしまう。その言葉には明らかに本質からの「分離」が存在する。「熊野古道」が世界遺産に指定されたとき、「白神山地」指定のときとは何かが違った。
■今では全く体力がないが、かつて山にはよく登ったものだ。真夜中に高山の尾根から雪渓を一人で下り、麓までたどり着いたことがある。雨のそぼ降る中、雲と雪の淡い光だけを頼りに、もくもくと歩いた。止まった途端に物の怪が襲ってくるのではないかという恐怖を振り払わずにはいられない闇であった。やはり深夜、神社の深い森を一人歩いたことがある。半端でない暗闇と森にぽっかりと穴のあいたような白い玉砂利の空間。そのとき「人が最も怖い」と心底思った。
■その神社は伊勢に近いところにあった。伊勢といえば伊勢戦国時代村の壁画制作をしたことを思い出した。入口から真正面に見える巨大な龍である。40m以上の野外エスカレーターの屋根に描かれたそれは、特殊な塗料を使ったためいまだに色彩は衰えていない。目にはほんものの金箔を貼った。雨の多い季節だったので、雨が降らないように天にお願いし、半月後の完成時、もういいですよと言ったら、雨がパラパラと降った。さすがに、龍である。伊勢の近くの鳥羽は真珠の故郷。今、M社の真珠のテキスト(英語版と韓国語版)を編集制作している。それが7、8月のメインの仕事となる。■今日はいろんなことが浮かんで、忘れないようにと記した。
2004.07.12 ■大気が入れ替わり、心の透明な朝を迎えた。遠くの音が手にとるように聞こえる。立体的で透明な空間を感じる。■昨日、神奈川は猛烈な雨が降ったようだ。東京は比較的穏やかで、雨もパラパラと降った程度。■やはり昨日、若い女性が撮影に来た。とてもよい表情を見せてくれたので、撮影結果も満足できるものだった。■夕食が済んで時計を見ると午後8時10分前、ふと選挙に行く気になった。涼しくなった夜風に吹かれながら投票所に行き、そこで初めて候補者と政党を選んで投票した。ギリギリだったのだが、僕の後にも投票する人が来ていた。■土曜日のコーラスは素晴らしいものであった。「自分達が楽しめた」という言葉にそれが表れている。演奏後の皆さんの顔は輝いていた。リーフレットやプログラムを制作することで、この喜びに参加することができ、感謝。■やはりリーフレットを手掛けた声楽家のYさんのディナーショーも満席となった。10日と17日の2回行われるが、僕は17日に行く。■人の心はよく変わる。僕は心というものを半分、全く信用していない。それは環境によっていくらでも変わることを経験しているからだ。その一方で半分は信用している。自己の奥から湧き上がってきたものを心が捉えたとき、そこに真実を感じる。この矛盾を抱えながらも、それが整理できるようになった最近は、感覚器として「心」を信頼できるようになった。 雨後の空
2004.07.10 ■今日も朝から暑い。昨夕から空の色が少し違っている。地平に近い空域が真珠のような光り方をして、それが空全体を透明感のあるベールで覆っているような感じなのだ。空の青も微妙な色彩の混入がある。すっこ抜けた透明感とは異なった、光が空間に佇む透明感とでも言おうか。■外国の天文サイトで「Blue Moon」という言葉を見た。「青い月」なんてあるのだろうか。夜空にぽっかりと青い月が浮かんでいたら、ちょっと不思議な感じがする。歴史的にはほんとうに「青い月」が現れたようだ。火山の噴火で空を覆った塵が赤い波長の光をさえぎり、月が青く見えたのだという。塵の大きさが1ミクロンだとそのような現象が起きると説明されている。「Blue Moon」という曲は知っている。スローテンポで好きな曲だが、英語ではごく希なことを blue moon と言うらしい。once in a blue moon 希なこと。なんとも情景の美しい表現だ。この青い月は一月の間に二回満月があると現れると伝えられてきたようだ。月はほぼ29日周期で形を変える。一月は30日や31日あったりするから、二回満月のある月はときどきあるわけだ。アメリカでは今月7月がそれにあたり、話題に上ったようだ。調べてみると日本では来月が1日と30日の二回満月となっている。現実的ではないが、「青い月」を見るチャンスかもしれない。もっとも、昼間に見える月は青いのだけれども。 画像処理で青い月
2004.07.09 ■暑い日が続いている。このところすっかり多摩川にもご無沙汰で、事務所で座って仕事をしているためか、少し身体がなまったような気がする。その時間のほとんどをコンピュータの前で過ごすため、前から電磁波が気になっていた。少々敏感な感覚を持っているため、PCが原因と思われるなかなか取れない疲れを感じていた。最近になって靴箱に入れていた炭を出したので、それをPCやディスプレ−の上に置いておいたら、あまり疲れないことに気付いた。炭素が電磁波を吸収することは分かっていたが、実際やってみるとこれは良い。いろんな器械に炭を置いてみようと思う。電気が流れると必ず電磁波が生じる。波であるから、人間にとっての「良い」「悪い」はあるはずで、どの波長や振動数が良いか特定できていない今は、少なくとも無くすことが環境を整える方策だと思う。■電気といえば近くの高圧線の鉄塔から時々ブーンという音が聞こえる。雨の日や湿気の多い日に大きく聞こえる。その音は、なにか異常が起こったと思えるほどの大きさになることもあり、気になった。調べてみるとそれはコロナ放電による音と分かった。高圧であるがゆえに、湿気で空気中に放電が起き、その際に音を発生するということである。不気味な唸りの時もあり、まるで怪獣かUFOでも現れそうな効果音である。僕はそんな風に連想する世代である。
2004.07.04 ■ツキミソウが咲いた。夜、数輪があっという間に咲き、朝には萎んでしまう花。太宰治が『富嶽百景』で「富士には月見草がよく似合う」と書いたが、「私の目には、いま、ちらとひとめ見た黄金色の月見草の花ひとつ、花弁もあざやかに消えず残った。」とあることから、これは待宵草(マツヨイグサ)のことであると分かる。この短編の元となった場所、御坂峠を太宰が訪れたのは昭和13年である。甲府から河口湖に抜ける街道にあるこの峠からは富士が一望でき、その景色が風呂屋のペンキ画のようで、俗っぽいその姿に太宰は嫌悪感を持った。日本画家川合玉堂が名作『峰の夕』の下絵となるスケッチをしたのが確か昭和10年だったので、太宰よりも早くにその地を訪れていたことになる。玉堂は富士ではなく、御坂峠に連なる山並みを絵にした。■昨日のSさんのコンサートは素晴らしいものになった。舞台がひとつの作品のように感じられた。久し振りのご自身のコンサートであるため、かなり緊張されたようだが、後半に向かって歌声と心が空間に溶け込んで行くのを感じた。Sさんは心で伝える声楽家である。天性の声と美しい容姿、そして長年培われたテクニックがおありで、それが舞台で輝き、心がその光に乗って広がる。 ツキミソウ
2004.06.27 ■7月10日の女声合唱団演奏会のプログラムの印刷が24日に上がり、7月3日の声楽家Sさんのコンサート・プログラムも今日出来あがった。予想通りいい感じ。イメージが形になることは楽しいことだ。それは表現すべてに言える。■Sさんのコンサート・チケットは既に売り切れ。もう少し広いホールでも良かったのにと思うが、ホール予約時点とはまったく状況が変わってしまったのだから仕方がない。縁あってNHK『中学生日記』の曲を長年担当なさった作曲家熊谷賢一氏がたいへん熱心に応援してくださることとなり、コンサートにも名古屋からわざわざおいでくださるという。ピアノを演奏するFさんのCDがきっかけとなって事態は急展開した。人生は分からないから楽しい。■プログラム発送の折、女声合唱団の団長さん(この方も美しい女性である)に次のようなメールを送った。「表現ということは、五感すべてを動員して伝えるための時空を作り上げ、そこに研ぎ澄まされた伝えたいものを置くことのように感じます」。自分自身でもう少し考えてみたい内容だったので、日記に書いて残しておくことにした。■声楽家Kさんのコンサート・リーフレットなどもデザインすることになった。たいへん前向きな行動力のある方で、一度歌声を聴かせて頂いたことがある。「伝える」デザインをしたい。
2004.06.23 ■昨日は鹿児島からSさんがCD制作の件で我が家にいらした。才能溢れる美しい女性である。4月に鹿児島に行ったのはシンガーソングライターである彼女のコンサートを聴くためであったが、彼女の「表現」へのモチベーションが高まり、彼女自らが動き始めた。制作が楽しみである。
■台風が真夏を運んできた。いさぎよく暑い夏は好きだ。
■身近な人々を見ていると、それぞれの人間関係で「愛する」とはどういうことかが分からず、お互いの心が彷徨っている場面を多く見かける。
台風が運んできた空

その日の落日

2004.06.17 ■16日は新規オープンの素敵なコーヒーショップのメニュー撮影で一日が終わった。エスプレッソを基本にして、微細に泡立てたミルクをブレンドしたコーヒーは、かつてない滑らかな感触と柔らかいテイストで、数あるコーヒーショップとは一味違ったお店となっている。成功を祈りたい。
■撮影に飛び出す前に、デザインの完成したコンサート・プログラムの印刷手配やら他のリーフレット・デザインの詰めなど、相変わらずバタバタしているが、それをこなしている自分にも驚いている。
■14日には完全な徹夜で仕事をし、翌日も眠らずにしっかり仕事をした。身体が変わってしまったようで、不思議な感じがした。
■玄関脇のコアシナガバチの巣では次々にハチが羽化し、当初雌蜂1匹だけだったのが数匹活動するようになっている。そろそろ危険なので、蜂の巣を撤去することにした。水をかけてハチを落とし、殺すことなく巣を取り除いた。
モノトーンの空を窓越しに眺めながら

レストランのテーブルに映るスタンド・ライト

夕暮れに炎が揺れる

コアシナガバチの巣、その後

ハチのアップ

2004.06.10 ■一昨日は金星の太陽面通過だったが東京は曇り。もし晴れていたら撮影に出掛けるつもりでいた。でも、雲ってほっとした。午前中に仕事の電話がかかってきたからだ。午後に2件、打ち合わせのため我が事務所に来ていただいた。仕事優先は続いている。
■昨日はやはり仕事の打ち合わせで出掛けた。ベトナム産の貴重な原料を使った製品を取り扱うことが決まった。帰宅は夜遅くになってしまった。出がけに母が渡してくれた折り畳み傘が役に立った。
■そして今日は事務所にこもってデザインを2件仕上げ、発送。ふう
■8日の新聞記事にインドネシア・ジャワ島のブロモ山が軽い噴火をし、二人が死亡したと出ていた。この山は8年前に登り、火口をぐるりと一周した思い出がある。確かに噴煙を上げる活火山だった。インドネシアにヒンドゥー教が盛んだった時代、聖なる山として崇められたが、今は観光地化している。このときはインドネシアの温泉に入ったり、旅行者などほとんど行かないスパイス・アイランドの島へ渡ったり、スキューバ・ダイビングをしたり、ヤシガニを食べたり・・・、いろんな思い出が蘇ってきた。
道端のヒルガオ

透明な夕暮れ

モノトーンな風景

2004.06.02 ■爽やかな一日。窓という窓を開けてスタジオと事務所を掃除した。
■今日は二人のピアニストがプロフィール写真の撮影にスタジオを訪れた。同時刻での撮影を提案し、撮られるだけでなく、交互に撮る側にも回ってもらって、撮影の光の中でどう撮られるかを見てもらいながらの撮影だった。とても良いテンションが生まれ、最高のショットを得ることが出来た。
■コンサートのリーフレットとプログラムの制作が三つ同時進行となる。その他にも今月スタートの仕事が数件あり、充実した6月になりそうだ。
■声楽家Sさんのコンサート記事が読売新聞に載った。けっこう大きな取扱いでSさんもだいぶ気合が入ったようだ。今年はSさん大飛躍の年になりそう。Sさんのリーフレットを手掛け、これからプログラム制作を開始するが、ご協力できることは嬉しいことだ。
写真のない日もある
2004.05.31 ■会社の確定申告所を税務署に出し終わった。日頃の怠惰が祟って悪戦苦闘。でも、間に合った。明日からはすっきりとした気持ちで仕事ができそうだ。
■29日のハエトリグモはモンシロコゲチャハエトリではなくネコハエトリの幼体だろうと、専門家の方が指摘してくださった。もう少し様子を見てみよう。
■30度を越す暑い一日だったが、夜半の今はぐっと気温が下がってきている。
ハエトリグモはやはりハエトリグモだった
2004.05.29 ■今月末日までに会社の決算報告書を税務署に出さねばならない。今週末は休日返上で書類制作。とは言っても今日はダンス・レッスンに行ってきた。運動不足のこの身体では忙しさを乗り越えられない。たった1時間のグループ・レッスンだけれども汗をかいた。
■修理に出していたデジタルカメラが戻ってきた。修理代が2万円弱!落としてあちこちヒビが入っていたから仕方がない。仕事で使うものだから。
■テスト撮影で玄関周りの虫と花を撮影。僕独自の特殊レンズと特殊照明を使っている。ハエトリグモはクモの巣を張らないクモで、ひとつの科に分類され種類も多い。ぴょんぴょん跳ねる姿をよく見かけるが、英名はそのままJumping Spider。8個の目を持っている。
Jumping Spider
コアシナガバチの巣と幼虫
コアシナガバチの卵と巣の補修
Aura-Flora-200401
Aura-Flora-200402
2004.05.28 ■昨夜は窓を開け、外気に包まれて寝た。気持ちよく眠れた。一時、朝の起床が辛かったが、再び早い時間に起きるようになった。早朝の空気は僕に合っている。玄関脇の壁にカマキリの子供を発見した。昨年も1匹だけ鉢植でときどき見かけたが、それは大きく成長した。この子も元気そうで期待できる。1cmにも満たない子がお尻をピンと上げ、鎌を揃えてカメラを見据える目はすっかり一人前。アブラムシでも食べながら成長するのだと思う。 カマキリの子

玄関脇の蜂の巣、その後・・・コアシナガバチと判明

2004.05.27 ■イタリアから遅れること10日、フランスの天文雑誌『Ciel & Espace』が届いた。僕の写真は1/2ページのスペースにトリミングされることなく載った。結構レベルの高い専門的な内容の天文雑誌である。
■天体写真はほとんどがデジタルカメラを使うようになった。一眼レフのカメラはCCDセンサーに埃がつくと黒い影が点々と写ってしまう。先週のスタジオ撮影で人物のバックにそれが現れ、気になっていた。今日は仕事の打ち合わせで銀座に出た折、カメラメーカーのサービスセンターに寄り、センサー上の埃を除去してもらった。
■久し振りの銀座。もう1件寄る用事が出来たのだが目的のお店が分からず、4丁目交差点の交番でそのお店の場所を尋ねた。おのぼりさん状態であった。
■駅から我が事務所まで、等々力渓谷を経由して帰った。新緑が渓谷を覆っている。
フランスの有名天文雑誌『Ciel & Espace』

太陽と雲
流れる川と落ち葉
露草の中で見つめる蛇(ちょっと怖い)
見上げると青葉
朽ちた葉に新葉

2004.05.22 ■リビングのカンノンチクに花が咲いた。カンノンチクに花が咲くのは珍しいらしい。ちょっと色が生っぽくって気持ち悪いとも言えるし、海中のサンゴのようにも見えて美しいとも言える。ベトナムで見たタニシの卵を思い出した。これも似たような色で、たくさん集まると、敬遠したくなる。このような色には意味があるはずだが、それは謎。カンノンチク(観音竹)は中国南部原産で江戸時代に日本に入ってきたという。ヤシ科の植物で雌雄異株というから家のカンノンチクはどちらだろうか。 カンノンチクの花
2004.05.18 ■夜、このサイトを見てみると、表示が極端に遅くなっている。アクセス数も多いのだろうが、プロバイダのサーバを使っているので仕方のないことなのだろう。画像だけでも専用サーバに移し、ストレスのない環境でアクセスしてくれた人に楽しんでもらいたいと計画している。
■4月13日の更新での手違いで、このページを全て作り直さなくてはならなくなってしまい、時間がないという理由でインターフェースが不完全のままだし、古い日記の画像表示がされないままになっている。早く何とかしたいのだが、やはり時間がない。
葉っぱ
2004.05.17 ■イタリアの有名天文雑誌『Coelum』の表紙を僕の彗星写真が飾った。表紙全面だから大きな扱いである。夕刻、雑誌が到着。それにしても早い。驚いた

■蒸し暑い。蜂は1匹で巣を作り、卵を産み、育てる。玄関に巣を作ってしまった蜂は不幸である。我が家の来客が刺されないようにと巣を落とさねばならない。

■晴れそうだったので近くの駐車場でニート彗星を見ることにした。雲がなかなか取れずほとんど諦めていたのだが、双眼鏡で輪郭のぼんやりした彗星をかろうじて見ることが出来た。ちょいと迫力不足。でも、東京都世田谷区内で見られるのだから良しとしなくては。

イタリアの有名天文雑誌『Coelum』
同社のWeb site

雌蜂と巣

夕日に新緑
神々しい夕暮れ@
神々しい夕暮れA

ニート彗星

宵の明星(5月3日)

2004.05.16 ■今日は雨、梅雨の走りのような雨、季節の前倒し。 太平洋に横たわる銀河
星の撮影をした海岸に来る犬J
星の撮影をした海岸に来る犬K
駐車場で見かけたゴマダラチョウ
2004.05.04 ■3日夕刻に撮影した月の写真が、先日の彗星の写真に次いでNASA関連サイトのトップページに載った。
■彗星の写真はフランスとイタリアの天文雑誌からも掲載のオファーが来た。
   Comet Bradfield
2004.04.27 ■25日早朝に撮影した彗星の写真がNASA関連サイトのトップページに掲載された。日替わりで話題を扱うので、今日は画像へのリンクのみが表示されている。代わってアメリカの有名天文雑誌「Sky and Telescope」のサイトに掲載された。同社の雑誌[Nght Sky」掲載へのオファーもあった。星の写真を撮影しに遠出するのは1年4ヶ月ぶりであったが、出掛かけるたびに宇宙はさまざまな美しい現象を見せてくれる。この日は地上が明るくなるほどの大火球や明るい流星が流れたし、天空を行く人工衛星も見ることができた。もちろん美しい夜明けも。特に雄大な銀河と心が通じた実感は新鮮だった。 ブラッドフィールド彗星(C/2004 F4)
彗星とアンドロメダ星雲

Sky and Telescope

夜明け前の海と雲
夜明け前
日の出
光る海
光る波頭

打ち寄せる波
砂紋

2004.04.19 ■17日18日は仕事で鹿児島に行ってきた。準備があって夜1時に寝て4時に起き、1番の飛行機で羽田を飛び立った。初めての地はたいへんエキサイティングで、とても濃い二日間だった。17日の夜は鹿児島在住のシンガーソングライターMAMIさんのコンサート。天性の声はとても素敵だった。Sさんが始終、気遣いとサポートをしてくれ、とてもありがたかった。夜11時半帰着。 雲上の富士山
桜島
2004.04.16 ■上野の奏楽堂へ声楽家のYさんのお誘いを受け、演奏を聴きに行ってきた。奏楽堂の周りは芽吹いたばかりの青葉できらきらとしていた。太陽の光の中にいると、気持ちが柔らかく、透明になるのを感じる。そんな気持ちで聴いた演奏会。素晴らしかった。 青葉の頃K
青葉の頃L
2004.04.15 ■何故だか沈んだ気持ちがすぐには取れず、夕暮れの多摩川に行き、草を背に空を眺めた。こんなときは風景も悲しく見える。 @明けの月
A蚊柱
B蚊柱
C風景(川崎)
D芽吹き
E落陽
F花
2004.04.13 ■更新していたら、ちょっとした手違いで全て消えてしまった。ヤフーのキャッシュからようやくここまで回復。何日分かの日記は戻らない、記憶も曖昧・・・。嗚呼
■というわけで、4月1日〜12日は思い出したらおいおい追加しようと思う。■今日は寒い。こんな日に限って外出することになる。麹町でリーフレット制作の打ち合わせ後、そのまま銀座まで足を伸ばし、レコード店にご挨拶した。ふと思い出して、声楽家のYさんが薦めてくれたフォーレの『レクィエム』を購入。バルトリ(ソプラノ)とターフェル(バリトン)、指揮チョン・ミュンフンのCDにした。それをかけながら日記を書いている。■銀座では久し振りの外食ランチで、「バリ・ハイ」という東南アジア料理屋さんのバイキングは懐かしい東南アジアの香りと味。並んで待つ客も多く、大半が若い女性だ。それは美味しさの証明。■恵比寿のレコード店にもご挨拶。そしてまたまた思い立って東京都写真美術館にまで足を伸ばした。ロバート・キャパ展と野町和嘉展。恵比寿ガーデンプレイスではボテロの彫刻がたくさん設置されていたのだが、1995年にロサンゼルスの道路沿いに何点も設置されていたのを見て以来である。・・・とにかく・・寒かった。
@恵比寿ガーデンプレイスに設置されたボテロの作品J

A恵比寿ガーデンプレイスに設置されたボテロの作品K

Bとにかく寒い

2004.04.12 ■鮫洲の陸運局まで、車検に行ってきた。全て自分で行う、いわば「ユーザー車検」である。25年前に初めて自分で車を持ち込んで車検を行った。それ以降は最低限の費用で済ませてきたことになる。陸運局に到着してから新しい車検証をもらうまで、1時間とかからなかった。わが車の費用は重量税の50,400円と2年間の自賠責保険料の27,630円、そして検査登録代の1,500円!で、合計は79,530円。後は時間節約のために行政書士に書いてもらって1,300円、ブレーキランプの片側が切れていたので陸運局近くの修理屋で交換してもらって1,530円しかかからなかった。 【新しい車検標章】
2004.04.11
2004.04.10
2004.04.01 ■父母が多摩川の散歩でヨモギを摘んできた。夕餉のヨモギのてんぷらは春の香り。■気温が上昇し、春にしては比較的澄んだ空に金星とスバルが接近している。今日は水星、金星、火星、土星、木星、そして月を一度に見ることができた。久々の星の撮影は近所の駐車場から。■雨上がりの今日は草木の芽が一斉に出たようで、風景の色彩が生命の喜びに溢れている。■明朝は散歩に行こうか。 金星とスバルの接近
2004.04.01 ■今日から4月。新しい年度の始まりである。例年以上に「何かの始まり」という感覚を持った。■このところ仕事のBGMはラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」。モニク・アースのピアノで聴いている。初めて、ラヴェルの曲がこんなに自分の感性に合うことを知った。オーケストラ演奏の他の曲も聴いてみたが、ラヴェルは楽器を良く知っているという印象を持った。つまりどの楽器に何を奏でさせるか、その音域や音色から構成しており、楽器が無理をしていない。もちろんこれはあくまで私自身の受けた印象であって、ほんとうにそうなのかは知らない。■平原綾香の「明日」「ジュピター」もいい。ジュピターは今、しし座にある。■去年の今ごろは何を聴いていたのだろうか。矢井田、宇多田、MISIA、スピッツ、そしてモーツァルトにカンツォーネ、サントリーの烏龍茶コマーシャル集・・支離滅裂、今この日記を書きながらエディット・ピアフ。クィーンはフレディー・マーキュリーの声が昔から好きだ。◆今年に入ってから、長年使っていたスピーカーのコーン紙が劣化して破れてしまった。PCに接続してあるスピーカーよりもましとは言え、低音域がまったく失われたままのスピーカー。それをそのまま使っていたが、そろそろ買わねばと思っている。スタジオに来るお客さんにこんな音を聴かせたらセンスを疑われてしまう。モニターに使われるスピーカーだったのになぁ。
2004.03.30 ■ヤフーに振り回されている。会社で扱っている「ゴーヤ茶」で検索すると、必ずトップページに表示されていたものが、今月上旬、完全に消えた。ネットを使った販売の場合はトップページにないと成り立たないという。どこが悪かったのだろうかと検討と更新を繰り返した。1週間後、突然トップページに返り咲いた。そしてまた・・消えた。一昨日は午前と午後に表示順が変わっていたし、1ページ目と2ページ目に同時表示されていたり、ジェットコースター状態である。今、ネットの世界を席巻している検索エンジンはGoogleで、ヤフーもこれを採用していた。この戦略が間違っていたことに気付き、独自のアルゴリズムを作り上げようとしているようだ。ネットは目まぐるしい。昨日の勝者が明日の敗者にもなる。人生も自分自身のアルゴリズムを作り上げないと、他者に振り回されることになる。ちなみに[ 「多摩川日記」で検索すると12,900件中3番目にランク、これってすごくないですか。 ■今年もツバメがやってきた。 ■お隣さんはネコ好き。昨年生まれた3匹の野良の小猫に餌を与え、居付かせている。近所の中学生の遊び相手になっている。これ以上増えるとネコにとっても不幸になる。不妊手術をお願いしておいた。カメラに警戒の目線。■トップページ「美しい星」の私の写真が太って見えるとの指摘を前からいただいていた。冬はスキーウェアを着込み、ホカロンで武装して星空を見上げる。それでも寒い・・。身長181cm、体重72kg、体脂肪率20%・・・・・太っていないでしょ。そろそろ写真を変えようかと思案中。 私の好きな花「オオイヌノフグリ」

ツバメの羽繕い

手術から帰ってきた隣のメスネコ

2004.03.24 ■1日中冷たい雨。■女声合唱団のリーフレット最終デザインが昨日完成。皆さん、「表現者」になろうとしてくれた。「積極的な選択」、それは充実感、達成感に繋がる。■いつかどこかで見た空と水。その「とき」、その「場所」に再び立ったようで、心が泣いた。
2004.03.22 ■しばらく日記から遠ざかっているうちに、東京は桜が開花。開花に合わせたかのような冷たい雨が降る。寒暖の繰り返しと雨で、植物は活動を開始する。■知らなかった、「河鍋暁斉(かわなべ・きょうさい)。昨夜のNHK「新日曜美術館」で特集されているのを見て画面に釘付け。幕末から明治初期(1831-1889)の日本画家。鹿鳴館を設計したジョサイア・コンドルJosiah Conder(1852-1920イギリス) も弟子入りした。近現代の有名な画家は一応知っているつもりだったのだが、・・・知らなかった。興味津々。先月見たモダン・アーティストの作品とともに心にインスパイアした。■今日から1週間ほどロサンゼルスに住むイトコが我が家に逗留。また、撮影依頼の方が遠方より来る。人的動きの1週間。■春の到来ともに事務所、スタジオが大きく変わった。
2004.02.28 ■昨日は早咲きの桜を見ようと、久しぶりに朝の散歩に出かけた。7分咲きの桜はソメイヨシノよりも幾分濃い色で、立派な枝振りで4本並んで咲いていた。たくさんのヒヨドリが花をついばみ、メジロが花の蜜を吸いに集まっていた。  ■去年の春は大田区に住んでいたのだが、そこでは梅の花で始まり、沈丁花の香りで本格的な春という順番があった。今年の場所は近所に沈丁花は見当たらず、空気に徐々に満ちてくる花の香りから多摩川の早咲き桜へと季節が移り変わってゆく。■引き続き会社の事務所を気分一新するため、模様替えに着手。机の配置を変えたら、予想以上に広い空間ができて感激。今朝は東に大きく開いた窓からまぶしい朝日がいっぱいに差し込んだ。今日は机上に白い樹脂の板を張ること、壁の木枠部分をオレンジに塗る予定。部屋が変わると気持ちも事情も、そして人生も変わるようだ。■27日の「おもいっきりテレビ」で、ゴーヤ茶が肝臓に良いとお医者さんが言っていた。 多摩川の早咲き桜

桜花アップ

2004.02.23 ■昨夜は日本海の発達した低気圧から延びた寒冷前線が関東地方を通過し(天気予報風)、強風と強い雨が窓ガラスを激しく叩いた。昨日の気温も5月上旬とか。今日も暖かい。多摩川では早咲きの桜が開花していると、父が知らせてくれた。
2004.02.22 ■日曜日は新宿のレコード店にCDの件でご挨拶に伺った。予想以上に売れて、引き続き販売に力を入れてくださるとの事。私のデザインしたPOPも棚の一番上の目立つところに置いていただいている。試聴器にも1番目にディスクが入っている。■その帰り道、渋谷でふと「印象派展」に寄った。取り立てて心に残る絵は無かったのだが、「色彩」というキーワードで、何か漠然と思っていたことが明確に理解されたように思う。会場のソファーに座り、1時間半ほどその空間で過ごした。アートな心が疼いた。
2004.02.21 ■今日21日は会社の創立記念日。1990年設立だから、丸14年たったことになる。組織変更もあり、心新たなる再出発の日であった。知人から「おめでとう」と言われ、会社の創立記念日を意識したのは初めてだと気づいた。心からのその言葉に、感謝の気持ちでいっぱいになった。■デザインを頼まれていた声楽家のコンサートのリーフレットが完成し印刷所から届いた。背景が幾分濃い目に上がってきたのだが、なかなか良い。■また、リーフレット、チケットとプログラムのデザインを依頼されたコーラス団体の出演が「みなとみらい」小ホールであり、コーラスの皆さんと指揮者、ピアニストにお会いすることが出来た。「理解」してからデザインするのが私の方法。だから必要以上に時間もかかってしまう。帰路桜木町駅へ向かう途中、わざわざ回り道をし、横浜美術館の脇を通ったが、『東山魁夷展』は人の列で、入場まで80分かかると係員が言っていた。かつて何度か東山さんにお会いしたことがある。物静かで柔らかい笑顔に、哲学的な雰囲気が漂っていた。そして、奥さんの無垢で透明な笑顔を見たとき、東山さんが画業に専念できたのもこの奥さんがいらしたからだと思った。素晴らしいご夫婦であった。
2004.02.18 ■しばらく日記に向かわなかった。2月も後10日ほど。先週末に春一番が吹き、春の暖かさがやってきた。夜明けは早まり、夕暮れは遅くなっている。夕方、西の空には金星が輝いている。火星も見える。そして東には木星が昇り、天上には土星。空は華やいでいる。
■今月は3度ほど、ふらりと海に出かけた。そういえば1年前の九十九里海岸以来、まったく海には縁が無かった。東京から1時間もあれば行ける近場の海も、素晴らしい表情を見せてくれることを知った。波打ち際を歩いたり、海水をなめて塩の加減を確かめたり、岩場のヤドカリを摘まんでみたり、海を眺められるレストランで海面を流れる雲の影を追ってみたり、ただただ岸壁で波を見つめていたり。美しく広々とした風景を見て心が喜んだり開くことはよくあることだ。しかし、まったくその逆に、心が開くと、素晴らしい風景が与えられることを経験したように思う。心が起点となって人生が展開する。夕暮れの海→
■昨日、サンフランシスコから絵葉書が届いた。アメリカの大学に一月ほど滞在予定の若者から。さまざまな素晴らしい出会いに、瑞々しい心は何かを掴みつつあるようだ。とてもとても嬉しい。Card from USA→
2004.02.01 ■2月が始まった。雲の多い朝だけど、月初めということで散歩に。日曜日の朝は空気がのんびりしている。Photo→
2004.01.31 ■昨日は建築竣工写真の撮影で一日外だった。建築家による個人住宅。建坪は40坪くらいで、3階建ての大きく広い建物。外光がたくさん入る2階リビングは、時間によって(太陽の位置によって)さまざまな表情を見せる。建築家の意図を表現すべく、朝から夜まで、その表情を追った。31カットの要望に対し、200枚くらい撮影して選別。いい仕事が出来たと思う。
■7時20分にはリビングに朝日が差し込むようになった。
■いつもお世話になっている花屋さんで薦められた大きな黄色いユリ。香りは優しい。黄色いユリ→
2004.01.28 ■寒さもピークに近い。夜明け、地平に沿って空が赤く染まり始めると夜の名残も群青色に色彩を変え、鮮やかなコントラストを演出する。冬至からひと月も経つと、太陽高度も上昇し、光には春の兆しが現れる。引き締まった冬の光が柔らかい春の光へと、日々変化してゆく。
2004.01.20(白い朝)→
2004.01.23(二日月・夕方)→
2004.01.28→
2004.01.22 ■早朝5時に起き出す。外には星がまだ輝いている。南西には木星が明るい。静かな一日の始まり。宝石のような時間。新月の朝。
2004.01.16 ■このところ時間がどんどん過ぎていくようで、仕事や自身のことがなかなか片付かない。若いときは有り余るほど、あるいは持て余すほどあると感じていた時間。時間は伸び縮みする。多分心のどこかに「あせり」に似たものがあるのだろう。今は朝7時35分、リビングに朝日が差し込む。昨日、お客様が持ってきてくれた「カイザー」のパンとコーヒーで一人の静かな朝食をとった。パンもコーヒーも僕にとっては珍しい。同じ光の中にノートと鉛筆を置き、今日一日やることを書き留めようと見つめていたら、あまりにもそこにある光が穏やかで、ふと心の穏やかさを忘れていたことに気付いた。光の中で「穏やかさ」をしばし味わう。
朝日の中の紙と鉛筆→  シンビジュームの花→  ロールカーテンに朝日の影→
2004.01.14 ■我が家のリビングの南南東を向いた広い窓から朝日が差し込み、食卓には光のテーブルクロスが敷かれる。テーブルの端をはみ出た光は、更に奥の壁まで届いて、テーブルに置かれた花をシルエットで映し出す。Photo→
■12日に行われたピアニスト藤木明美さんのリサイタルは素晴らしいものであった。「深いメッセージを伝えることが使命で、会場で聴いてもらえればそれは必ず伝わる」という揺るぎない確信を持っている藤木さん。終演後、来場者は顔を輝かせて会場から出てきた。アウトプットとしての「表現」にはその表現者の精神性が現れる。関係者としてその空間に立ち合わせてもらったことに感謝。Photo→
2004.01.07 ■朝6時前の目覚め、そして透明な意識。枕元の本をランダムに開くと意識と一致する文章があった。恒例の朝のお茶は濃く煎れた緑茶かゴーヤ茶、今朝は75度の温度で煎れた緑茶。新聞の一面にはフラクタル立体が電磁波を蓄積する記事。注目。加速する時代と新しき意識の目覚め。ふと、散歩に行くことに心が動く、それもカメラを持たずに。いつも「カメラという作為」をなくしたいと思う。カメラを使わずに写真が撮れたらどんなにいいだろう。透明な意識は周りの風景をありのままの存在として認識する。不安が払拭され、希望のみがある。この感覚は、忘れてもまた必ず思い出すだろう。雨のない日が続き、多摩川は水量が減って砂利の河原が広くなっている。間近にチドリガモが20羽あまり。撮影はまたの日。朝食は七草粥。
2004.01.05 ■三箇日には散歩時の撮影時間もたっぷり取れたのですが、これからはちょっと無理かなと思います。3日のシラサギの撮影ではシラサギの捕食行動を見ることができました。川の中で足を小刻みに震わせ、驚いて飛び出した小魚をくちばしで捕獲するのです。じっと魚が近づいて来るのを待つのかと思っていたので、その独特の漁法には驚きました。2回ほど小魚を捕まえた瞬間を見ることができました。夕刻にはカワセミも来るといいます。いつか見ることができるでしょう。また、ピラカンサスPyracantha coccinea の実にはたくさんのヒヨドリやムクドリが集まります。ピラカンサスの実はあまり美味しくなく(というよりは青酸配糖体が含まれ、食べるとシアン中毒になるそうです)、ほかに食料がなくなったときに食べるということです。
2004.01.03
■昨日撮影したマガモのオスには物語がありました。十数年連れ添ったメスに昨年先立たれてしまったというのです。それは台風の翌日のことでした。その日、付近の住人が目にしたのは、いつも「つがい」だったカモが一羽だけになっていた悲しい風景でした。カモにも「悲しみ」という感情があるのかは分かりません。しかし撮影したときに感じた物悲しさはそのことだったのかと、なんとなく思いました。乾いた言い方をすれば、感情はエネルギーとなって残るものです。感情とまではいかなくても、カモは何かを失ったという感覚は抱いたように思います。小さな生き物までも物語を創っているということに気づかされた朝でした。
本日出会った鳥(ヒヨドリ、ムクドリ、シジュウカラ、メジロ、カルガモ、シラサギ、
コイ カル・メス?)
       陽光に メジロつがいて 寒桜 (湖舟)
シラサギ6態→
メジロ→
ヒヨドリ→
2004.01.02
■散歩始め。多摩川を上流に向かって二子玉川まで。写真よりも歩くことに重点を置き、早歩きで行くと、かつてふらりと行った一人の山歩きを思い出しました。普段あまり歩かないせいか歩き始めてしばらく経つと腿が痒くなってくるのです。これは血行が良くなったためですが、痒くて痒くてたまらない。でもまたしばらくすると痒みは引くのです。毎日きちんと歩いていればこんなことないのに・・・。散歩ついでに足を延ばし、寒桜のある用水まで。カモが休み、シラサギが小魚を狙い、寒桜にはメジロ。暖かく穏やかな休日の朝の散歩は時間を忘れます。
本日出会った鳥(メジロ、ヒヨドリ、ワカケホンセイインコ、ハクセキレイ、キジバト、カラス、スズメ、カルガモ、マガモ(オス)、ホオジロなど)。
Photo→
2004.01.01
■新しい年が明けました。昨日(大晦日)は夕方になってやっと一段落し、久しぶりに両親とゆったりとした時間を過ごしました。長野県の松本に住んでいた父母は12月15日に東京に住民票を移し、「東京人」となりましたが、高齢となった二人が傍にいることでなんだかほっとしている私です。多摩川の散歩をご無沙汰している私に代わって、新年の今日、二人は多摩川園まで河川敷を散歩し、帰りはバスを利用して戻って来ました。丸子川という名前の小川のような多摩川用水が近くにあります。年末、「用水沿いに寒桜が咲いていたよ」と話しておいたのですが、足を伸ばして見てきたようです。明日あたり私ももう一度見てこようかと思います。元旦から仕事を始めた私。人生における大変革が訪れた昨年に引き続き、面白いことが待っている予感のする2004年です。「深いところにある私自身の平安が、人々や世界といった外界の平安に繋がる」と、妙な確信を抱いている元旦の私です。
2003.12.18
■「冬はつとめて(早朝)」、寒い朝です。夜の寒さに凝縮した大気が多摩川に下ります。地上にしがみつくように生える草が、それを受け止めます。陽が射すまでの一時のデコレーション。太陽に融けた霜は露へと姿を変え、やがてまた大気へと帰ってゆきます。
Photo→
2003.12.13
■濃い青空が広がり、穏やかできらきらとした日。車で通りかかった多摩川沿いの公園は黄色で染め上げられていました。青と黄のコントラストが鮮やかです。冬の陽は、枝に残るプラタナスの葉イチョウの葉を輝かせながら透過し、地上に陽だまりを作ります。夜、昨夜今夜と家のベランダで土星を観望するも、大気が不安定で像の揺れが激しく、撮影を断念。月のクレーターがゆらゆらと波打っていました。
2003.12.11
■最低気温更新中といった寒い日。昨夕はお月さん(十六夜・いざよいの月)がやけに黄色く、夜半には中天にかかり、真上から地上にたくさんの光を投げかけていました。頭上の月は結構ダイナミックな印象で、ちょうどふたご座の膝あたりにある土星の近くに浮かび、周りには冬の星座がきらきらと賑やかでした。しばし本を読みながら就寝。今朝は6時前から目が覚めましたが、曇天の寒さと朝からやることの多さに散歩はパス。今週は2度ほど地震雲に似た細長い雲を見ました。大きな地震がなければいいが、と思います。
2003.12.09
■今年一番の寒い朝、多摩川に霜が下りました。風のない晴天の朝、地上の草木は白い妖精に覆われました。クリスタルのような寒気は身も心も引き締まります。
親指の腫れが回復に向かい、ようやくゆっくりだが歩けるようになり、今朝はまだ暗いうちから起き出し、活動を開始しました。昨日までは身体を休めることを優先していたのですが、散歩ができるようになりました。
玄関の鉢植のハイビスカスは秋も毎日せっせと花を開いていましたが、さすがに冬ともなると花弁は完全に開かず、花芽も増えません。それでも真っ赤な半開きの花は朝日に輝きます。

Photo01 Frost on aleaf
Photo02 Frost on a lesf
Photo03 Frost on a leaf
Photo04 Oyster bird
Photo05 Oyster bird
Photo06 Oyster bird
Photo07 The morning sun
Photo08 Hibiscus in the winter
2003.12.06
■昨日夕方、ちょっとした気の緩みから左足の親指を強打してしまいました。氷で冷やし、湿布薬を貼って寝たのですが、今朝起きて見ると、見事に内出血をおこして指の表全体が腫れていました。今日はお昼にダンス(アルゼンチン・タンゴ)のレッスンでしたが、当然お休み。先週からの腰痛と関係があるのでしょうか・・・。このところ心も身体も大変革を起こし、今までの思考パターンからの脱却は身体の構造までも変えているように感じます。身体−心−魂、これはまさに三位一体で、何十年の人生を経て、今ようやくそのことが思考から感覚へと広がってきました。「素晴らしき未来へ向かっている」と思っています。
2003.12.04
■先週、疲労と冷えから腰を痛めてしまいました。それをまだ引きずっています。昨夜はある方からエリック・クラプトンのコンサートのお誘いを受けていたのにお断りせざるを得ませんでした。腰痛はじっと休んで良くなるのを待つしか方法はないそうで、直ったと思って運動をしたりするとまたぶり返してしまうと忠告されました。腰痛って、なんとも情けない気持ちになります。そんなわけで朝の散歩も何日かぶり。激しく歩くわけにも行かないので、写真でも・・・。
Photo→
2003.12.01
■いよいよ師走。外は雨。
ユリカモメは古典に出てくる「都鳥」だと言われています。都鳥といえば在原業平(ありわらのなりひら)の東下りを思い出しました(高校生のときにやった古文)。
改めて調べてみました。
所は隅田川。
伊勢物語、での歌、

   名にしおはばいざこととはん都鳥わがおもふ人はありやなしや

伊勢物語には
「わたしもりはやふねにのれ日もくれぬといふに、のりてわたらんとするに皆人ものわびしく京におもふ人なきにしもあらず、さるおりしもしろき鳥のはしとあしとのあかき、しきのおほきさなる水のうへにあそひつついををくふ、京にはみなれぬ鳥なればみな人みしらすわたし守にとひければ、これなん都鳥といふ……」と書かれています。

古今和歌集の方が読みやすいので載せます。
「渡守、はや舟にのれ、日も暮れぬといひければ、舟にのりて渡らむとするに、皆人物わびしくて、京に思ふ人なくしもあらず、さる折に白き鳥のはしと足と赤き、川のほとりに遊びけり。京には見えぬ鳥なりければ、皆人見しらず、渡守に、これは何鳥ぞと問ひければ、これなむ都鳥といひけるを………」。

哀愁の都鳥です。

2003.11.26
■雨上がりの朝は好きだ。昨日の激しい雨もすっかり上がって、朝から快晴の今日。大気のダイナミックな入れ替わりによって、空気の匂いが昨日とは全く違う。緑の大地に育まれたことを感じさせる風の匂い。こんなに呼吸が楽なのは何日ぶりだろう。小道に落ちる自分の影も楽しそうだ。クズの葉も光に揺れている。いったん水かさを増した川も、すでに水が引き始め、流れに洗われた草々も下流になびきながら頭をもたげている。ユリカモメ(1) ユリ カモメ(2)は相変わらず空の主役。いろんな姿を見せてくれる。
2003.11.23
■自然と対話できないときがある。この2週間がそうだった。どのように意識を変えようとしても、何かベールのようなもの、それも細かで不快なバイブレーションが体を覆って、曇りガラスを通して外を見ているようだった。でも、朝の来ない夜はない。曇りガラスも徐々に透明になり、遂には以前よりもクリアな意識が戻ってきた。自然をダイレクトに感じられる予感で朝の散歩に出ることができた。こんなときは空も晴れてくれる。堤防のさくらは鮮やかに色づき、青空とのコントラストが絵画のように美しい。一雨ごとに草木は衣を変え、深秋の色となってゆく。このあたりの河川敷には全く手を入れない個所が残っており、その「整えない美」が私は好きだ。ススキの穂は朝日にきらきらと揺れる。
2003.11.18
■この地に5月に引っ越してきてから早くも半年が経った。忙しかったとは言え、すぐそこに多摩川があるというのに、実際に行ったのはほんの数回。もったいない話である。このところ早起きして一日の体制を整えるようにしている。朝は多摩川の散歩が日課となった。朝の光は自然のすべてのものを美しく見せる。玄関を出ると空にはすじ雲が朝日に輝く。堤防の桜は色づいた葉を落とし、河原のススキはやはり秋の空に良く似合う。河川敷には結構大きなが立ち、それが単調になりがちな河川敷にアクセントとなっている。足元はさまざまな種類ので覆われ、空には鳥の群れがラセンを描いて舞い、高圧電線に羽を休める。この季節多く見られるのは北から渡って来たユリカモメで、それは朝日を羽に受けて川面を滑るように飛んでゆく。私は河原の小さな花を手折り、黒い小さな花瓶に挿してテーブルに置いた。それは窓から差し込む朝の光と戯れながら、毎朝私を迎えてくれる
2003.10.24 ■多摩川にがいるということは聞いていたが、見るのは初めてであった。13日の雨上がり、増水した多摩川に投網をする人があり、かかった鮎を見せてもらった。季節からすると「落ち鮎」であろうか。美しく整った体形に多摩川が本来の自然を取り戻しつつあることを実感し、嬉しく思った。その日の夕景は殊のほか色彩がダイナミックで、力強いエネルギーが私の心に流れ込んできた。
■ベトナムに行ったのは丁度1月前。いまだに輝きを失わない火星を見るたびに出発した夜を思い出す。夕刻発のフライトは雨を突いて飛び立った。窓の外の色彩は主翼に点滅するライトだけ。先端のフラッシュに雨粒が一瞬止まったように浮かび上がる。ジェットは上昇し続け、巡航高度1万メートルに達した。すると突然雲が切れ、窓の上端に赤い火星が現れた。最接近からそれほど日の経っていない火星は高貴な輝きで天空に浮かび、地上では見えなかった多くの星が、火星の周りの黒い空間を煌びやかに飾っていた。1万メートルから見る宇宙は星星の存在が際立ち、それはまるで、私が遥か昔に旅立った故郷であるかのように感じられた。この瞬間、私の今生が存在する地球と、私が過去に生存した宇宙の中間に浮かび、時と空間の概念の中で、とても言葉では説明できない不思議な感覚を味わうことが出来たのだった。
2003.09.11
■9月11日中秋の名月。夏の暑さがいまだに残る。でも、空気は澄んで白銀の満月が高貴な光を放って浮かんでいました。地球の大気がフィルターとなり、日によって月が黄色く見えたり、赤っぽく見えたりします。人や物事を澄んだ心を通して見たら、きっとそのものの本質が見えるに違いないと思うのでした。
2003.09.09 9月9日火星と月が大接近。ちょうどこの日は渋谷のホテルでパーティーがあって、両者が一番近づいた時間はホテルの中にいました。パーティーをおいとまして駅に向かう途中、ビルの間に火星を従えた月がとてもクリアに浮かんでいました。いい風景でした。帰宅してから望遠鏡をベランダに引っ張り出して撮影。最も近づいた時から2時間後でした。最接近時がベストなのでしょうけど、無理せずに星を見るというペースは心がゆったりしていいものです。月と火星の色の対比がとても綺麗です。月はほとんど色彩を含まないニュートラルグレー、ぽつんと浮かぶ火星は橙色がはっきりしています。
2003.08.28 ■27日は火星が最も地球に近づいた日でした。人の心も近づいたとき、お互いの輝きを受け、より明るく輝きを放ちます。そんな時を大切にしたいと思います。
■9月20日から23日まで、仕事でベトナムに行くことが決まりました。海外は4年前の南アフリカ(仕事)以来、久しぶりです。'90年代はよく海外へ行っていました。
2003.08.24 ■相変わらず雲の多い天気の続く東京でも、火星が久しぶりに姿を現しました。この夜はたいへん蒸し暑かったのですが、大気は比較的安定し、火星表面の模様を見ることができました。朝4時半起きで小旅行に出かけなくてはならない日なのに、火星を見るチャンスを優先。旅の電車では夢の中。
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