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那覇市 (1997年4月〜1997年12月) |
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| 大学卒業後に勤めた某食品メーカーで沖縄支店を希望したら、すぐに異動になりました。当時は沖縄ブームの前だと言うこともあって、沖縄への転勤を希望する奴は変わり者だと、白い目で見られたのを覚えています。まあ実際に変わり者でもあるんですけどね(笑)。職場の上司が勝手に選んでくれた那覇市泊にあるマンションンに住んでいたんですが、住環境は最高でしたよ。あの当時は新都心の開発前で、泊あたりはまだ静かな住宅街って感じ。すぐ近くにスーパーやコンビニ、居酒屋、予備校生向けのお弁当屋さんなどが揃っていて、とても便利でした。また泊小学校への進学を希望する親御さんも多いと聞くから、良い学区で、良い住環境だと思います。毎年マスコミに報じられる、荒れる成人式を皆さんご存じだと思いますが、同じ那覇市内でも荒れた学区もあるのも事実。住まいを選ぶ際は、その辺を考慮に入れて探すのが良いと思いますよ。ちなみにこの頃はまだ若かったので、夜な夜な飲み屋街に繰り出したり、週末は平和通りを探索したりと、元気に動き回っていました。実は那覇市に住んでいた時にはマイカーを持っていなかったんですが、十分に生活をエンジョイ出来ましたよ。 |
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名護市 (2001年4月〜2006年3月) |
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| 沖縄で長く住もうと思って、まず移り住んだのが、やんばるの拠点である名護市です。とにかく名護市は住みやすい街でした。スーパーやコンビニ、飲食店、病院、図書館など公共施設の全てが揃っていて、市外まで出かけなくても十分に暮らせます。僕が名護市から引っ越してからはさらに開発が進み、ジャスコなど大きなスーパーやファミレスの出店があるは、次々と新しいマンションアパートが建設されています。個人的には昔ながらの名護市の雰囲気が無くなってきているのは少し寂しく感じますが・・。また海はすぐ近くにありますし、名護岳や嘉津宇岳など登山を楽しめる山も多く存在します。出来る事ならココで一生を過ごしても良いと思えるような街でした。ただそうは言っても、沖縄の中心地である那覇市へは遠いのが難点です。僕は仕事柄、沖縄県内全域への転勤がありえるんですが、運行スケジュールを見る限りバスを利用しての通勤は不可能。自家用車で毎日名護市と那覇市往復出来るか問われると正直辛いです。名護市内では沖縄自動車道の許田インターまでが意外に遠いのと、那覇市内は西原インターや那覇インターを降りてからの渋滞が酷くてかなりの時間を要するんですよ。あと終の棲家を建てようにも、なかなか良い不動産物件には巡り合えませんでした。名護市内では海を望む物件ってかなり少ないんですよね・・。 |
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恩納村 (2006年4月〜2007年10月) |
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| 名護市の次に住む場所として選んだのが、恩納村。リゾートホテルが立ち並ぶ、県内でも有数のリゾート地です。何故、名護市から恩納村に引っ越したかと言うと、当時の職場が南部で通勤時間を少しでも短くしたかったのと、犬を飼える住環境を求めたのがあります。恩納村名嘉真にある希望が丘と言う、貸しペンションやペンション、ホテルが多い団地。海まで徒歩で10分足らずでしたし、周囲は森と自然はかなり豊かと、まさに僕好みな立地条件でした。何より東シナ海に沈む夕陽を簡単に眺めることが出来るのは幸せでした。ただ恩納村はリゾート地と言うこともあって、スーパーや病院、図書館など公共施設などは少なく、名護市や金武町、読谷村など村外まで出かけないといけないのは難点でしたね良くも悪くも恩納村はリゾート地だったと今になって実感しています。また休日に希望が丘の貸しペンションを利用する、自由奔放な若者たちにも大いに悩まされました。何せ夜中の午前2時や3時に大騒ぎをするは、花火を打ち上げるはで、警察沙汰にあることもたびたびありました。朝3時に隣の貸しペンションで一気飲みコールが始った時にはさすがにブチ切れて怒鳴りこんだんですが、反省をしているような男性陣がいた一方で、泥酔した若い女性陣は「警察呼べるもんなら呼んでみろ!」でしたからね(努)。まあその場ですぐに警察に電話しましたが(笑)。最近はリタイア後に希望が丘へ移り住む方も多く、不動産の物件もかなり出ているようですが、近隣に貸しペンションはないか事前にチェックすることをお勧めします。また恩納村はリゾートホテルからの固定資産税が財政にかなり貢献していることもあって、一般の住宅からもかなりきっちり固定資産税を徴収すると噂がありますので、ご注意を。まあ海沿いの土地で坪当たり25万円はするような物件を買える人には、何の苦にもならないかもしれませんが・・。 |
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うるま市(2007年11月〜現在) |
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| 恩納村の次に移り住んだのが、うるま市。うるま市は平成17年に、石川市、具志川市、勝連町、与那城町が合併して出来た自治体で、僕はうるま市石川に住みました。別に最初からうるま市に住むつもりは無く、本当は職場があった名護市に住みたかったんですが、名護市内は犬も飼えるような一戸建ての物件が少なく、あっても一ヶ月の家賃が10万円と高額だったり、飲食店向けな家の造りで家族で住むには向かない物件ばかり。名護市内の全ての不動産業者を連日回ったんですが、ついに良い物件には巡り合えませんでした。家賃10万円も払うんだったら、マイホームのローンで同じ金額払うほうがよっぽどマシですからね。ちょうどそんな時にうるま市具志川の不動産業者に、うるま市石川に家賃4万5千円と格安な一戸建てがあるとの情報を入手。見に行くと、築40年を超える、屋根は琉球瓦で成る、まさに古民家。小さいですが犬を放し飼いできる庭もあったので、迷わず契約しました。ただ住んでみると分かるのが、やっぱり古い建物だってこと。壁の隙間からヤモリは自由に(?)出入りしますし、どんなに掃除をしても室内にネズミやゴキブリなどが侵入してきます。また壁はブロックなんですが、夏は暑くて冬は寒い、まさに盆地のような環境。冬は室外よりも寒いなんてこともありました。住環境としては、うるま市石川はマズマズだと思います。スーパーやコンビニ、病院、図書館など公共施設は揃っていますし、上下水道完備なのも素晴らしい。また美しさでは恩納村には到底敵いませんが、海が身近にあり、石川岳など山が近くにあるのもアウトドア好きな僕にはたまらない環境です。ただやんばるに比べると、米軍の戦闘機の爆音凄いですし、養豚が盛んな地域なのでかなりの悪臭が漂うこともあります。 |
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離島で暮らす日は来るかな? |
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| せっかく沖縄に移住したんですから、一度は離島で暮らしてみたいです。 |
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終の棲家を何処に建てるか? |
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| いずれ終の棲家を建てようと考えているんですが、問題なのは何処にするかってこと。移住当初はとにかく海を望む土地を第一条件にして探していたんですが、よく考えると住環境や通勤、子供の教育、そして何より重要な予算の問題などクリアしないといけない条件は多数存在するのに気付きました。今の段階では名護市や宜野座村あたりを候補に考えていますが、北中城村や中城村あたりまで探してみよかと最近は考えています。いよいよ現実味を帯びてきたら、経緯をこのサイトでアップしていきますね。 |